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外道記 改 5

               
                            5


 「王子様」唐津圭一が工場に派遣されてきたのは、莉乃が入ってから、ちょうど三週間後のことだった。

 年齢は二十歳。俺や莉乃より、十二歳も下の青年である。

 原色のTシャツにだぼだぼのジーンズ。茶髪、シルバーのネックレス。軽薄そうなヒップホップ系のファッションをした唐津は、当初、いつもムスッとしていて不愛想で、時々俺の方を見て、なにか小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべるなど、可愛げというものがまったくなかった。

 唐津は莉乃のことも、バカにしているようであった。送迎バスの中で、タバコ仲間と一緒に、いい歳をしてお姫様気取りだの、うんこ漏らして職場に残る気が知れないだの、おかっぱに色白という見た目が、とある特撮の怪獣に似ているだのと、ひそひそと、周りに聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声でよく話していた。

 おかしなようだが、莉乃を馬鹿にしていることに関しては、俺が憤りを感じるということはなかった。むしろ、若く見てくれのいい唐津が、莉乃を眼中にないと思ってくれるのは、俺にとって喜ばしいことであった。

 俺は下川莉乃という女を手に入れたいと思っているのであり、総選挙でセンターを取って欲しいわけではない。ライバルが少なくなることを考えれば、むしろ、莉乃の周りからの評価は、低ければ低いほどいいのである。

 好きな女に、万人に好かれてほしいなどと思うヤツは、本当にその女を愛してはいない。周りに愛されている女を所有している自分を愛しているだけだ。俺は周りが莉乃をどう思っていようが関係ない。俺一人だけが、莉乃を魅力的だと思っていればいいのだ。

 だから莉乃が、男を自分の目で見極めるのではなく、他人の価値観、世間一般の価値観をアテにして選んでいるようなことを言い出したときは、頭に濃い靄がかかったような気分になった。

 大体、世間一般の価値観でいえば、三十を過ぎて、非正規の派遣労働しかできない俺などは、底辺も底辺、最底辺の男である。底辺の派遣労働者なのは唐津も同じだが、彼には若さがあり、これから浮上のチャンスがいくらでもある。小づくりな輪郭に、くっきりとした二重瞼、少し赤らんだ鼻、引き締まった唇が中央寄りに集まった顔立ちは、年齢より少し幼く見えるものの、まずまずイケメンの部類である。唐津と俺の男性的魅力を比べるのは、それこそ、老いさらばえたジャッカルと、鬣も凛々しい若いライオンを比べているようなものである。端から勝負にもならない。

 莉乃はといえば、自分が唐津にバカにされているのを知っているのかいないのか、最初は唐津のことは意にも留めていないといった様子だった。二十名からの派遣スタッフたちの間に、莉乃を中心とする空気ができ始めててからも、唐津とは挨拶を交わす程度で、二人で話しているようなところは一度もみたことがなかった。

 俺の知っている限り、約十名の男性派遣スタッフ中、唐津以外の若い男で現在交際相手がいないのは、豚男の宮城一人。つまり、ライバルは皆無といっていい。唐津さえ手を出してこなければ、莉乃への交渉権は俺の独占状態でなのである。

 ずっと、その状態が続いてくれていればよかった。しかし、昔から、起こってほしいことは必ず起きず、起こってほしくないことはかならず起きることの連続が、俺という男の人生である。お天道様に背を向けるどころか、糞をひりつけるような生き方をしてきた俺の人生に、明るい陽が射すことを願うなど、虫の良すぎる話だったのだ。

 ある日のこと、バスの中で俺とよく話していた四十代の男性派遣スタッフ、田辺が、その禿げ上がった頭を中井に打擲された際、唐津が割って入って、中井に食ってかかった。

「あんた、人を簡単に殴ったりなんかすんじゃねえよ!この人の親が見てたらどう思うかとか、考えねえのかよ!」

 ちょうど、東山が別の仕事で作業場に顔を見せていないときに起きた出来事で、殴り合いに発展しかねない一触即発の事態に陥ったのだが、粋がっているだけで実際には気の弱い中井があっさり引いたことで、そのときは収まった。

 俺にとって意外な展開を見せたのは、その後のことである。

 今までなら、東山や中井のような正社員に逆らった派遣スタッフは、正社員や、正社員の差し金である深山らから、徹底的な嫌がらせを受けるところであった。

 入れ替わりが激しい非正規労働者の間には、横の繋がりが生まれにくい。団結して対抗するということができないから、しばしば会社や正社員がやりたい放題になる。周りに誰一人、味方もいない状況で追い詰められた派遣スタッフは、もう辞める決断をするしかなかった。

 今回は違っていた。伏線となったのは、莉乃の存在である。例の、みんなで莉乃を支えるという雰囲気の中で友好を深めていた派遣スタッフたちは、勇気ある行動で理不尽な暴力から仲間を助けた心優しき唐津を、皆で庇う姿勢を見せたのである。

「唐津君、東山や中井に何をされても、気にしなくていいからな。俺たちはみんな、君の味方だ」

 莉乃同様に、英雄唐津の周囲にも、段々と人が集まり始めた。休憩時間には話に花が咲き、ある日は唐津の身の上話で盛り上がった。

「子供のころから、うちは何だか冷たい家庭だなという感じはしていました。そんなに貧乏でもないのに、なぜか服も全然買ってもらえないし、誕生日やクリスマスにプレゼントもない。でも、まあ、当時はあまり深く考えず、ケチな親くらいにしか思ってなかったんだけど、十八歳のときに突然言われたんです。お前は私たちの本当の子供ではない。十八歳になったらもう里親手当は出ないから、お前を育てることはできない。これからは家を出て、一人で生きてくれって」

 身寄りのない児童を里子として引き取った家庭には、国から一定額の養育費が支払われる。里親が福祉の指導に従わず、その手当を里子の養育以外の目的に使い込んでいるケースも中にはあるというが、唐津の家庭もそんな家庭の一つだったようだ。

「別にショックはなかったです。尊敬も感謝もしてない親だったから。ああ、そうなんだ、って。学校でも暴れまわったり、優等生だった弟・・・だと思ってきたあの家の子供をイジメたりもしてたし。むしろ、今まで迷惑かけてすいませんでした、って」

 ある日突然、両親が本当の親ではないと告げられたうえ、ボロ雑巾を捨てるように、家から追い出された少年。そのとき唐津は、世界のすべてが崩壊するに等しい衝撃を受けたことであろう。他人に理解されない苦しみを抱えて生きてきた俺とは違い、実にわかりやすい不幸話である。

 同情はする。俺の邪魔さえしなかったなら、いい友人にもなれるだろう。だが、俺にとって大事なのは、唐津がどれだけ可哀そうかどうかではなく、莉乃に手を出そうとしているかどうかである。それが全てであり、それ以外の判断基準はない。

 俺が唯一莉乃を譲れるとすれば、宮城のような、俺より顔も悪く金もない、俺以下の恋愛弱者だけだ。俺より何もかも劣るヤツが幸せになる分には、何も問題はない。底辺が底上げされていくなら、俺は後々、もっと幸せな思いができる可能性がある。

 だが、地盤沈下は許すことはできない。容姿に点を付ければ、少なく見積もっても十点満点中七点はある若い唐津に、十点満点中五点程度の、若くもない莉乃を落とされたら、それこそ世の中では、限られた一部の男しか恋愛ができないのだということになってしまう。唐津のように、もっと若くていい女をいくらでも抱ける男が、莉乃のような、腐れかけの三十路女と交際するなど、あってはならないことである。そんなことになったら、俺はもう一生、まともな容姿の女との恋愛は望めない。一生涯を、お下劣なゆかりと一緒に暮らさなくてはいけないことになってしまうのである。

「実家を出てからは、しばらく友達の家に居候してたんですけど、そこの親からも、段々疎んじられるようになってきて、三か月くらいで出ていきました。それからはネットカフェを転々ですよ。最初は気楽でいいなとも思いましたけど、毎日カップラーメンばっか食って、硬いリクライニングで寝ているうちに、病んじゃいました。もう一生こんな生活なのかなって、自棄になってきて。心が荒んで、何度も自殺を試みました。日雇い派遣で何とか食いつないで、一年くらいかなあ。貧困者支援のNPO団体の存在を知って、そこの援助でどうにか、一人暮らしができるところまで生活を立て直すことができたんです。安心もしましたけど、後悔もしましたね。一年もネカフェ難民やってないで、そういう立場の人を助けてくれる団体があることをもっと早く知っていれば、手首にこんなミミズみたいな傷痕を幾つも作らずに済んだのになって」

 いまやパソコンやケータイがひとつ手元にあれば、暮らしに必要な情報は容易に手に入る時代になった。しかし、それは情報機器を使いこなせればの話である。コンピュータは所詮一と〇の羅列でしかなく、持っているだけで知識が湧き出てくるものではない。使う側に頭がなければ、子どもがおもちゃを持っているのと変わらない。情報機器がいかに発達しようと、生活の格差が一向になくならないのは、使う側の脳の格差が埋まっていないからである。

「今はまだ、夢も持てない状況だけど、とにかく頑張りますよ。産んでくれた親。育ててくれた親。NPOの人たち。今、一緒に働いている仲間。みんなに感謝を忘れないようにしたいです」

 自分を捨てた親への恩讐を乗り越えて、明るく前向きに生きる、今どき珍しい、殊勝な心掛けの好青年。唐津が職場で身の上話をして以来、この立派な若者をみんなで助けてやろうという空気が、派遣スタッフたちの間に醸成され始めた。それは日を追うごとに濃くなり、やがて元あった、莉乃を支えようという空気と融合を始めていく。

「唐津君。ちょっとこの作業のやり方を教えて欲しいんだけど・・・」

 莉乃はやがて、元「教育係」の俺を差し置いて、仕事の指導を、後輩である唐津から受けるようになっていった。唐津も喜んで応じ、そのうち休憩時間中にも、二人で話す光景がみられるようになった。

「莉乃さんって、最初は箱入り娘っていうか、男に慣れてなさそうな感じだと思ってましたけど、全然そんなことないんですね。すごく普通に話すんで、ビックリしましたよ」

「私は、男の子の友達も一杯いたんだよ。二年前も、中学のお友達みんなと、箱根にピクニックに行ったんだ。こんど、そのとき撮った写真を持ってきてあげる」

 周囲の派遣スタッフたちは、二人のやり取りを暖かく見守り、二人をくっつけようとするような雰囲気までも出し始めた。かつて、俺と莉乃にそうしたように――。

「唐津くんと莉乃ちゃん、最近仲良いね。少し年の離れた、カップルみたいだよ。あ、年の離れたは余計か」

「いいんです。私、唐津くんのお姉ちゃんみたいになれればって思います。そのかわり唐津くんは、私の先生です。私の知らないこと、いっぱい、い~っぱい、唐津くんに教えてもらうんです」

田島が二人を冷やかせば、莉乃はいっぱい、い~っぱいのところで、手を大きく広げるジェスチャーをしながら、嬉しそうに細い目を見開き、口元をほころばせる。そして、最初、莉乃を馬鹿にしていたはずの唐津も、それに満更でもなさそうにはにかむのである。

 唐津の登場は、俺と莉乃との関係性をも変えてしまった。もちろん、よくない方向にである。

「なあ、莉乃さん。ここから五駅ほど行ったところに、フラワーパークがあるの知ってるよね?もしよかったら、一緒にそこに・・・」

「莉乃ちゃん莉乃ちゃん。昨日のラブミー・エブリバディ見た?もう祥吾くん、すっごくカッコよくて、私興奮しちゃった~」

 松原のババアを筆頭とする唐津と莉乃の取り巻き連中は、唐津と莉乃が仲良くなるのを暖かく見守る一方で、はじめに莉乃を狙っていた俺が莉乃に近づこうとすると、突然会話に割って入ってきたり、莉乃がついた作業テーブルに俺が寄ってこないように、人海戦術であっという間に占拠したりなど、あからさまに妨害してくるようになったのである。

 周りがそんな不穏な動きを見せ始めたのは、莉乃本人が、俺を避け始めたからである。先だって、莉乃とは携帯のアドレスを交換済みであったが、唐津が現れてからというもの、莉乃は俺のメールにまったく返信を寄こさなくなった。出勤の時間なども意図的にずらすようになったのか、朝、バスで一緒になることも滅多になくなった。

 それどころか、莉乃は俺から送られてきたメールを、唐津や松原らに転送し、「こんなこと言ってて、おかしいですよね、あの人」などと、俺の口説き下手を愚弄するようなことさえしていたようである。

 莉乃がバカにしていた俺のメールは、「お姫様の莉乃ちゃんを、不思議の国に連れて行ってあげたいなぁ」といったもので、確かにちょっと恥ずかしかったかもしれないが、だからといって、なぜ、他人に転送されて笑いものにされるような仕打ちを受けねばならない?あるいは、唐津に対して自分のモテぶりをアピールし、「はやく私をゲットしないとまずいよ?」と、唐津にプレッシャーをかける目的もあったかもしれないが、いずれにしても、俺がコケにされた事実は変わらない。

 客観的に考えても、莉乃のやっていることはかなり酷いと思うのだが、なぜか莉乃を咎める人間が出てこないのは、語彙の少ない莉乃が発散する「無邪気」「純粋」といった雰囲気のせいだろう。それが百パーセント「擬態」だとは思わないが、莉乃が持つもう一つの素顔――婚期を逃して焦りに焦った三十路女が、俺のようなモテない男に言い寄られると、ここぞとばかりにコケにして、ズタボロになった自尊心の修復を図ろうとする歪んだ一面を覆い隠す効果を出していたのは確かであったといえる。周りの連中は、完全に誑かされているのである。

 普通の男なら、莉乃の異常さに気づいた時点で、愛情は冷め、これ以上踏み込むのをやめるのだろう。しかし、俺の場合は違っていた。ここまでコケにされたからには、何としてでも俺と付き合って、二回なり三回なりセックスをしてチャラにしてもらわなくてはならないと、莉乃への執着を逆に強めてしまったのである。

 俺に財産でもあったら、もっと自分の人生を大事にしよう、あんな女にこれ以上執着するのはやめようと思えたのだろうが、いま俺が持っているものといえば、汚臭を放つ四十四歳の女ぐらいである。東山との出会いによって金回りは良くなったが、贅沢ができるというほどでもない。法律を犯すことの罪悪感も希薄で、世間体もまったく気にしない。想定される最悪の事態が、俺にとっては何の足止めにもならないのである。

 このまま莉乃を諦めたら、俺には莉乃に愚弄され、ストレス発散のために利用された嫌な思い出が残るだけだ。引くも地獄、進むも地獄なら、コンマ幾つの可能性にかけてでも進む。それが、自分を大切にできず、ストーカー気質の強い俺という男の考え方であった。

 意地でも莉乃を落とそうと考えた俺は、ある日、莉乃が一人で倉庫の廊下を歩いているところに、速攻で間を詰めて会話に持ち込もうとしたのだが、その際莉乃は、強姦されそうになったように大きな声をあげ、面と向かって、俺に拒絶の意を伝えてきた。

「蔵田さんは、怖いです!私を誘拐しようとしているみたいです。蔵田さんは、狼さんです」

 そのときはあまりのショックで何も言い返すことができず、駆け付けた松原にガードされながら、逃げるように早足で去っていく莉乃の後ろ姿を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。家に帰ってからも、歯槽膿漏特有のうんこめいた口臭をまき散らしてえへえへ笑いながら教育テレビを観ているゆかりを殴る気力もおきず、ヒーリング音楽をイヤホンで聞きながら、一人酒を飲み、涙にくれるしかなかった。

 莉乃が俺を怖いと言ったのは、「マジ」ではなかろう。本当に怖がり、警戒しているのならば、唐津とイチャついているところを俺に見せつけたりしないし、唐津や松原たちと一緒に、独り言が多い俺の癖を「妖精さんと話してるんですかね~?友達いなくて、寂しいんですかね~?」などと、陰で笑ったりはしない。莉乃は、唐津や皆から、俺という「狼さん」から守られている「か弱い子羊さん」である自分を演出し、己の立場に酔っているのである。

 莉乃が俺に、面と向かって「怖い」などといえるのは、俺が本当は気が弱く、心の優しい男であり、何を言っても自分に危害はくわえられないと、タカをくくっているからである。俺の惚れた弱みを利用して、手も足も口も出せないのをいいことに、恋心をぐちゃぐちゃに踏みにじり、馬鹿にすることによって、己のコンプレックスで歪みに歪んだプライドを愛撫しているのだ。

「唐津くん。ここから一こ、二こ、三こ、四こ、えーっと、五個の駅をこえたところに、フラワーパークがあるのは知ってる?私が子供のころから、よくおばあちゃんに連れられて行っていたところなの。お花がいっぱい、いーっぱいあって、とっても楽しいの。よかったら今度、二人で行ってみない?」

「フラワーパークかぁ。面白そうですね。ぜひ、行ってみたいです」

 腹の底で燻っていた昏い炎が、轟々と音を立てて燃え盛り始めていた。

 俺が感じているのは、ただの嫉妬ではない。人の世の不条理を味合わされたときの、噛みしめた唇が破れるような悔しさである。

 地味な容姿をしており、三十二にして処女ではないかと期待もした莉乃は、飛んだ食わせものだった。純粋無垢のように見えても、一皮むけば、所詮莉乃も、婚期を逃して焦りに焦る、浅ましい三十路女の一人にしかすぎなかった。

 それはそれで仕方ないにしても、だったらだったで、最初からその中身通りに、浅ましい三十路女らしくしてろと言いたい。見極める目のなかった俺が悪いのだといっても、莉乃は確かに、その純粋無垢さを武器に唐津を釣ったのだから、俺の方が、まさに一杯食わされたというべきではないか。

 婚期を逃した三十路女が、まだ相手を選ばずに必死になっているなら、少しは応援してやる気持ちにもなるが、己より十二も下の男に色目を使う余裕があるというなら、共感できるところはまったくなかった。頭が弱いせいでガキとしか話が合わないだけなのを、若い男を引き付ける魅力と勘違いしている莉乃のおめでたい脳みそを、かち割ってやりたかった。

 わかっている。年相応の地位も名誉もあるオッサンだったらともかく、三十ニにして派遣労働者の俺が、唐津をガキなどと言ってみても、負け惜しみにしかならない。男は若ければいいというものではないが、何もない三十路男と、何もない二十歳の若者だったら、それは二十歳の方がいいに決まっている。

 野ウサギに逃げられたジャッカル―――ジャッカルの手をすり抜けたウサギが、まだジャッカルのテリトリーである、深い草藪の中を逃げ回っている内はいい。自分が空腹を満たせなくても、まだ同族の胃袋に入るのであれば、次のチャンスを信じる気にもなれる。

 だが、シマウマを追いかけるのに疲れ、手頃なウサギで小腹を満たそうと考えるライオンが、草藪の中まで突っ込んできて野ウサギを取っていってしまうのはいけない。ライオンが野ウサギは俺の獲物だといって、これからもずっと野ウサギを食べるというのなら、ジャッカルは餌のランクを一段落として虫を食べるか、餓死するしかないのである。

 横暴なライオン――ほかにもっと若くていい女をいくらでも抱けるくせに、わざわざ三十を過ぎた、メルヘン趣味の痛い女などに手を出そうとしている唐津は、いったいなんだ?

 俺もすべてのイケメンに嫉妬を抱き、毛嫌いをしているわけではない。イケメンはイケメンらしく、美女の尻だけを追いかけている分には、まったく恨む理由はない。俺の利害にはまったく関係ないからだ。

 ホストや結婚詐欺師、DV男、禁治産者などのロクデナシなども、女が不幸になるだけだから結構である。男を顔や収入でしか判断しないクソ女が酷い目に遭うのなら、俺はそのイケメンを全力で応援する。

 そうではなく、ルックスも良く、それなりの収入もあり、大きな欠陥もないくせに、モテない男たちの米櫃に手を突っ込み、並みかそれ以下の女を掻っ攫っていく節操なし、こいつらが問題なのである。

 女どもにとっては、「外見よりも内面で女の子を見てくれる、心のキレイな人」かもしれないが、俺のような冴えない男からすれば、こいつらこそが一番とんでもない外道である。こいつらが並みかそれ以下の女に構うせいで、女が妙な勘違いを起こし、モテない男に見向きしなくなる。食物連鎖が乱れ、生態系のバランスが崩壊してしまうのである。

 他にもっと、若くてイイ女をいくらでも抱けるくせに、モテない俺が必死になって追いかけている、三十路で地味な弥生顔の莉乃を掻っ攫っていく唐津は、とんでもない節操無しだ。まさしく、新鮮なシマウマをいくらでも食えるくせに、餓えたジャッカルが必死に追いかけている野ウサギを分どっていく、強ツクで横暴なライオン。生態系の秩序を乱す極悪人だ。 

 そもそも貴様は、もともと莉乃のことを小馬鹿にしていたのではないのか。なぜ、莉乃を小馬鹿にしていた唐津が、いつの間にか莉乃の心を恣にしている?莉乃が好きで、莉乃を幸せにしたいと思っていた俺をグチャグチャに踏みにじって、自分を小馬鹿にしていた唐津に、自分からうりうりと腰をすり寄らせていく莉乃は、いったいなんだ?これでは、女などいくら好きになったって無駄ではないか。

 そして、なぜそのことが、当たり前のように、周りに祝福されている?なぜ、最初から莉乃が好きだった俺が、莉乃から怖いなどと言われ、取り巻きどもに、莉乃から引きはがされるような目に遭わなくてはならない?

 莉乃は、莉乃を最初から好きだった俺よりも、最初は莉乃を小馬鹿にしていた唐津を選んだ。それこそ、莉乃が男を、自分を飾るアクセサリーのようにしか見れない証拠であった。莉乃にとっては、職場の同僚や親兄弟、友人に、その男を連れている自分がどう見えるかということだけが重要で、相手が自分を本当に大事にしてくれるかどうかなどは、二の次三の次なのだ。

 では、アクセサリーとしては莉乃のお眼鏡に叶わなかった俺は、彼女にとってまったく利用価値がないと見做されたのかといえば、そうでもない。俺はいわば、サンドバッグに使われたのである。莉乃は俺の惚れた弱みに付け込んで、絶対に言い返してこない、手出しもできない俺を散々に侮辱することで、さして美しくもない売れ残りの三十路女の、コンプレックスに塗れた心の奥底に、ゆかりのへそのゴマのようにびっちり詰まったストレスを解消させていたのだ。俺に美味しい思いは、何一つさせないで、である。

 すべての情報を整理したうえで冷静に考えれば、何かがズレていることに気づくと思うのだが、周りに受け入れられたのは、何もしなくてもいい、ありのままの莉乃を魅力的に思った俺が莉乃と結ばれる物語ではなく、莉乃を小馬鹿にする唐津に認められるため、涙ぐましい努力を重ねる莉乃の奮闘物語の方だった。莉乃と唐津という、品行方正で非の打ちどころのない男女が愛し合うのを妬む俺は、心の醜く、器の小さい男であり、一方的な悪者なのだとされた。その周りの反応こそが、唐津に莉乃を取られたこと以上に致命的な傷だったかもしれない。

 俺を嫉妬地獄に落とし込んだ莉乃と唐津を、酷い目に遭わせてやりたい。だが、東山という金主を手に入れ、ようやく人生に光が差してきたところで、自ら幸運をドブに捨ててしまうようなリスクの高い行為を働くのも躊躇われ、俺は奴らに手を出せないでいた。度胸もない無能な俺が、身動きも取れない状況でできたのは、「俺が失恋して落ち込んでいるところを見せつけて、唐津が莉乃に手を出しにくくする」という、苦し紛れのデモンストレーションしかなかった。

 デモとはいえども、俺が落ち込んでいるのは紛れもない事実だったから、特に芝居を打つ必要はなかった。激しい嫉妬心に蝕まれ、精神を病んでいた俺は、自然に食欲がなくなって、僅か一か月間の間に、体重が五キロ以上も落ちていたのである。

 頬もこけ、眼球も落ちくぼんだ俺の衰弱は、誰の目にも明らかであったろう。俺が一種のハンガーストライキを行っていたことは、職場にいた派遣スタッフ全員に伝わっていたはずだが、奴らは俺の命を張ったデモンストレーションを、意にも介さなかった。

「莉乃ちゃん莉乃ちゃん、フラワーパーク、どうだったの?」

「はい。とっても、と~っても、楽しかったです。圭一くんが喜んでくれて、すっごく、すっご~く、嬉しかったです」

 とうとう唐津のことを、下の名前で呼び始める莉乃。痩せさらばえた俺など目にも入っていないというふうに、莉乃と唐津は、ますます距離を縮めていったのである。

「おう、唐津くん、莉乃ちゃんとフラワーパーク行ったんだって?どうよ。最後までいったの?」

「えへへ・・・いやあ・・・・」

 俺が今なお、莉乃に想いを寄せているのを知っているはずの周りの連中は、そんなのは最初からなかったことだとでもいうように、平然と俺の目の前で、莉乃と唐津が仲を深めていくのを祝福していた。

 信じられなかった。俺は最大限、わかりやすいサインを発しているつもりである。莉乃と唐津が恋仲になるのを、俺が食も受け付けないほど不愉快に思っているのがわかったはずである。奴らには、俺が抱いていた嫉妬や絶望、怨念といった負の感情は、一切目に入っていないというのだろうか?

 裏切られた、と言いたいわけではない。自分に配慮してほしかったわけではない。俺は警戒してほしかった。自分を恐れてほしかった。これ以上、莉乃と唐津の仲が深まっていくのを容認すれば、血の雨が降ることなると察してほしかった。

 振られた俺が莉乃を逆恨みし、唐津に嫉妬しているのを、奴らが忌々しく思い、俺を排除しようとするなら、それでもよかったかもしれない。俺も心置きなく暴れて、それでスッキリできたかもしれない。それで人生も終わってしまっていたかもしれないが、ジワジワと真綿で首を絞められるように、長い時間かけて生命力を奪い取られるよりは、爆発するキッカケを与えてくれた方がよかった。

 俺が我慢ならないのは、受け入れられないことではない。無視されることだ。どんな形であれ、奴らが俺の存在を認識し、何らかの反応を見せてくれるのなら、まだ俺の立つ瀬もあったのだが、完全にいない者として扱われるのでは、プライドも何もかもメタメタである。存在を抹消され、殺されているのと同じことだ。

 せっかく東山と出会ったことで食生活が豊かになったというのに、唐津と莉乃のイチャイチャを見せつけられたことで、俺の胃袋は、一日にカップヌードル一食しか受け付けないほど弱ってしまった。唐津が丸菱の倉庫にやってきてから一か月。憎悪の炎が燃え盛るのと反対に、命の炎は消えかけていた。生きるだけならともかく、とても労働に耐えうる状態ではない。座したまま死を待つか、苦しみの原因である唐津と莉乃をこの世から取り除くか、二者択一を迫られつつあった。

 唐津と莉乃が距離を縮めていくことを後押しし、俺の命をかけたデモンストレーションを完全に無視する周囲の空気は、俺にとって到底容認できるものではなかった。俺の中では、これだけでも、莉乃と唐津を殺害する十分な動機になったのだが、驚くべきことに、奴らは程なくして、さらに、これ以上に、俺を不快にさせる「空気」を、倉庫の中に醸成させ始めた。

「蔵田さん、最近痩せましたね。ちゃんと食べた方がいいですよ」

「蔵田さん、元気がないですね。みんな、心配していますよ」

 奴らは、莉乃と唐津の関係が深まっていくのを祝福し、囃し立てる一方で、嫉妬に苦しみ、痩せさらばえる俺のことを「心配」しだしたのである。あるいはそのフリをしていただけかもしれないが、とにかく奴らは、莉乃と唐津が仲良くしていることが、俺が衰弱していた原因であることを知りながら、俺の体調を気に掛け始めたのである。

 何も知らないヤツは、ありがたいことではないかと思うかもしれないが、俺にとってこれは、信じられない、到底受け入れられないことであった。

 「莉乃と唐津が仲良くなっていくのを祝福し、後押しする」と、「俺を心配する」――俺の中で、この二つの感情は、絶対に同居できるものではなかった。こんな矛盾した行為を並行して行える奴らのことが、まったく信じられなかった。

 奴らのおめでたい頭の中身は、俺には信じられないが、理解はできる。

 友人の男女が仲を深めていくのを祝福するのは、楽しいこと、前向きなこと、善いことである。

 落ち込んでいる知り合いを心配し励ますのは、優しいこと、暖かいこと、善いことである。

 奴らの頭は、楽しいこと、前向きなこと、優しいこと、暖かいこと、善いこと―――キレイごとだけで出来ている。臭い物には蓋をして、見なかったことにし、すべてをご都合主義で塗り固めて生きている。だから、矛盾した行為を、平気で行うことができる。

 動物愛護を訴える人間が皮革もののベルトやバッグを平気で身に着け、環境保護を訴える人間が、毎夜煌々と明かりをつけ、大量のごみを出す。曲がったことが大嫌いで、男が女子供を襲ったりする犯罪や、権力者が不正を働き私腹を肥やすような悪事を嫌う人間が、なぜか学校や職場にいる、身近な弱い立場の人間をイジメている。

 世の中は矛盾でできている。社会に適応するということは、矛盾に適応するということだ。だから俺は、まともに生きられない。表で良い顔をし、裏で人を虐げる自己の矛盾に耐え切れないから、いっそ百パーセントの悪に染まろうとする。純粋・・・というより、根が生真面目なのかもしれない。

 矛盾を矛盾のまま放置するのを良しとせず、根本的な解決を図ろうとする者が、一人もいなかったわけではなかった。俺とよく話していた四十代の派遣スタッフ、田辺である。

 彼は派遣スタッフの中でも、俺の莉乃への恋をもっとも後押ししていた一人であり、俺の気持ちを変に盛り上げてしまったという罪悪感もあったらしい。それについては、彼が勝手に悪いと思っているだけであり、俺の方ではなにも恨みはなかった。だって、田辺のおかげでうまくいった可能性だってあったのだから。

 そのまま黙っていれば良かったものを、田辺は余計な一言によって、俺の嫉妬の炎に油を注いでしまい、三十路男の横恋慕を、生きるか死ぬか、あの東山との戦いと同じ「生存競争」にまで発展させてしまった。

「蔵田くん。きみがまだ莉乃ちゃんに気があるのはわかるけど、ここは諦めようよ。きみは男だし、唐津くんから見たら年長者でもある。大人になろうぜ」

 時代錯誤の、大馬鹿野郎の言葉である。

 確かに、一億総中流などと言われた昔の、国家、企業、家庭ががっちりとスクラムを組んで、一家の主である父親を支援するシステムが機能していた時代なら、オッサンは社会的な強者であるといえたかもしれない。若い者と恋の争奪戦になったときには一歩身を引いて譲り、女は無条件で労わるべきだといえたかもしれない。

 今は米国式の新自由主義経済の導入によって、年功賃金、終身雇用に支えられた中間層は崩壊し、巷は金も地位もないオッサンで溢れかえった。逆に、若くても女でも、才能と運さえあれば、オッサンの頭を踏み越えて、高い収入に有り付くことも可能である。

 そんな時代に、「年長者だから」「男だから」「譲るべきである」、などと言ってしまう田辺のようなヤツは、旧来の価値観に逃げ込んで、いまの世の中で、金も地位もない中年の男がどれだけ惨めで、社会的な弱者であるかを認めたくないだけのアホだ。田辺のようなアホがいるから、莉乃のような男をなめ腐った女が跋扈し、唐津のような、強い者がすべてを独占していいのだ式に、惨めな中年オヤジのささやかな希望も奪い去ろうとする節操なしが現れるのではないのか? 

 いま三十二歳の俺は、非正規の派遣労働者であり、正社員としての実務経験はなく、この先、今より上の生活条件を手に入れられる見込みは皆無である。過去にいい思いをしたことも一度もない。対して唐津は、いまは俺と同じ非正規の派遣労働者かもしれないが、若さという無限の可能性を持ち、これからいくらでも浮上のチャンスがある。

 自分より有利な立場にある人間に何かを差し出すことを、「譲る」と言えるのか?一方的に奪われることが、「譲る」になるのか?むしろ、この先の人生どうとでもなる唐津の方が、この先の展望のない俺に、女ぐらいは譲れという話ではないか。

「あいつらまとめて地獄に落としてくれる。どうせ失うものはねえ。俺の人生と引き換えにしてでも、奴らを痛めつけてやる」

 田辺に独りよがりな説教をされたことで、俺は逆に莉乃への執着を強め、唐津への嫉妬をより深めてしまった。

「ふざけんな。こんな理不尽があってたまるか。こんな不条理があってたまるか」

 自由恋愛の社会の中で、格差が生まれるのは仕方がない。格差が問題ではない。貧困が問題なのである。俺はけして、分不相応な贅沢を望んでいたわけではない。「健康で文化的な最低限度の女」が一人得られれば、不平不満を述べたりはしないのである。そしてそれこそが、俺が「世間」と和解するための、最低限度の条件であった。

 唐津が若く美人で女をいくら抱こうが、俺には関係ない。草原を我が物顔で闊歩するライオンと、深い草藪の中に潜むジャッカルと同じで、どれだけ「食料事情」が違っても、そもそも別路線を歩んでいるという意識なのだから、嫉妬する気持ちなどは起きない。だが、強ツクで節操無しのライオンが、これからは野ウサギは俺の獲物だから、お前は虫を食って生きろというのなら・・・モテる男がすべての女を独占し、モテない男に、健康で文化的な最低限度の女一人すら回さないというのなら・・・。

 窮鼠猫を噛む――それしかないではないか。

 今の苦しみを解決するための、もっとも簡単な方法はわかっている。莉乃と唐津を、東山に命じて、職場から追い出してやることだ。だが、問題なのは、たとえ莉乃と唐津を放逐できたとしても、
俺が勝利したことには、まったくならないということだ。

 優良企業の正社員ならともかく、こんな非正規の派遣労働の職など失ったところで、痛くも痒くもない。俺がゴリラや豚、サルのような連中と愉快な毎日を送っている間、唐津は三十路女の熟れた身体を抱きながら、莉乃は性欲の塊のような若くみずみずしい男の身体に抱かれながら、惨めな三十二歳のフラれオヤジが、あんな奴隷工場にしがみついていると、俺をあざ笑うに決まっているのである。

 このままでは、この丸菱の倉庫という場所は、莉乃と唐津にとってはハッピーな出会いの場であり、俺にとっては、奴らの幸せを見せつけられただけの、不快な場所という思い出が残ってしまう。なんとしてでも、この丸菱の倉庫での思い出を、莉乃と唐津にとっても、俺という男と出会った不幸な思い出として残してから去ってもらわないと、納得できなかった。

 しかし、度胸もない無能の俺では、奴らに思い知らせる有効な手立てはなにも思い浮かばず、むなしく時だけが過ぎていく。莉乃と唐津は、それからも着実に距離を縮めていき、周囲の者どもが二人を後押しする空気も濃くなっていく。

 復讐がうまくいかないならば、莉乃以外の女を手に入れるしかない。世界に女は星の数ほどいる。俺にも「健康で文化的な最低限度の女」があてがわれるなら、莉乃と唐津にバカなことをしたいという気持ちもなくなるかもしれない。人生というものを前向きに考えるならば、それがもっとも良い解決法なのはわかっている。

 だが、なんとしたことか、東山に命じて職場に掻き集めさせた女どもまでもが、俺ではなく、莉乃や唐津の方へと流れてしまった。俺は女どもに相手にもされず、女どもは莉乃や唐津と仲良くなり、奴らが距離を縮めていくのを後押しする側に回ってしまったのである。持ち駒を全部敵に取られて、逆に王手をかけられてしまったのだ。

 やることなすことが裏目に出て、どんどん不利な状況に追い詰められていく俺がストレスをぶつけられるのは、何も事情を知らないゆかりだけであった。

「おい。てめえの息子にこの前会ったらよ、パパは大好きだけど、お前のことは豚みたいに太ってて臭えから大嫌いだと言ってたぞ。はやく死んで欲しいってよ」

「やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて」

「ほら、けんじとたつやから、手紙が来てるぞ。ほら読んでみろよ」

 ゆかりの眼前にかざした手紙には、俺がわざと汚く書いた字で、「おかあさん、しんで」と書かれていた。

「やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて」

「やめてやめてうっせえんだよ!」

 俺に毎晩のように殴られて、ゆかりの顔面は、豚からイボイノシシに変わったようになっていた。また、面罵され続けたことで負ったストレスからか、放屁の回数が異常に多くなり、部屋の中は常に、香しいおならの臭いで満たされるようになってもいた。

 

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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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