外道記 改 3



                   
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 玄関のドアを開けると、アンモニアと、肉が腐ったような臭いが混じった刺激臭が鼻をつく。六畳一間の中に、流しとテレビ、冷蔵庫が一つずつしかない殺風景な空間の中、長年汗を吸い続けて茶色くなり、カバーが破けて綿がはみ出したボロ布団にくるまって高いびきをかいているのは、四十四歳の内妻、ゆかりであった。

 シミ、つぎはぎだらけの寝間着からはみ出した鏡餅のような腹。腐りかけた大根のような足に生える、カビみたいな濃いすね毛。髪の毛は汗と脂でべたつき、鈍い光沢を放っている。雷のようなでかいいびきを発する口からは涎が糸を引き、豚のように上を向いた鼻の孔から飛び出た鼻毛の先には、スナック菓子のカスのような鼻くそがこびりついており、鼻息にそよいでいる。

 ペニスに血液が充満する。俺はゆかりのブス顔を叩いて、まどろみの中から引きずり出した。

「んっ・・・あっ・・・おかえりなさい」

 接着剤のようになっていた目やにが剥がれ、腫れぼったい瞼の奥から、濁った瞳がのぞく。声とともに牛乳が腐ったような口臭が吐き出されるが、この真夏に二週間は風呂に入っていない身体から立ち上る、汗と角質化した皮膚の臭いの中では、さほど気にならない。

「脱げよ・・・いや待て」

 ここ一か月は、もう一着しかない俺のお古の服を着まわさせていたが、「収入源」を得た今なら、服を無理やり引き裂くことを躊躇する必要はなかった。こうするとレイプをしているようで、興奮の度合いが倍増するのである。

 寝間着の破れ目からナンのような乳房が弾力無く零れ落ちたのを見て、俺のペニスは伝説の剛剣の硬度を獲得する。パンティも脱がすと、汗と垢の臭いに、血液と糞小便の臭いが加わった。
 俺も服を脱ぎ、不潔なゆかりの身体に、自らの裸体を重ね合わせた。出会ってから二年、疲れていようが熱が出ようが、一晩たりとて欠かさぬ情事の始まりである。


 
 忘れもしない、二年前のあの日。当時、俺は埼玉の工場に派遣されており、今と変わらぬギリギリの生活を送っていた。相変わらず女もおらず、風俗にも行けず、たぎる性欲を持て余し、そろそろひと思いに、適当な女を強姦して、刑務所でもどこでも行ってやろうかと悶々としていたとき、ゆかりが同じ工場へと派遣されてきた。

 ゆかりがまともでないことは一目でわかった。絶えずわけのわからない独り言をもごもごと呟き、勤務中だろうが勝手に飲食をする。風呂に何日も入っていないのか、近くに寄るたびに豚小屋のような臭いがする。昼休みになると、持ち込んだ油粘土で人形を作って、ままごとをやり始める謎の習性もあった。

 こんな女を雇い入れる派遣会社も派遣会社だが、社会に放り出す家族も家族である。知的か発達か精神か、ゆかりの頭に何らかの障害があるのは明らかだったが、ゆかりの親は、自分たちが死んだとき、ゆかりがどうにかして健常者の世界についていけるように、今からでも社会経験を積ませようと、派遣会社の寮に半ば無理やり押し込んだのだという。

 親のエゴのせいでゆかりも随分苦しい人生を歩んできたようだが、そんな事情は俺の知ったところではない。俺は俺で、切実な性欲のはけ口としてゆかりの肉体に価値を見出し、派遣先を三日でクビになり、行くあてのなくなったゆかりに、同棲を持ちかけた。

――なあ、お姉さん、行くところないんだろう?俺と一緒に住まないか。あんたは働かなくていい。俺が頑張って稼ぐ。俺があんたを幸せにするよ。

 これまでの人生で、親以外の他人から温かみを受けたことがまったくなかったゆかりは、この一言でもう参ってしまった。ゆかりは俺に言われるがまま、その日のうちに派遣会社そのものを退職し、俺の部屋に移住したのである。

 四十二にして処女だったゆかりは、初めて知った男の味に病みつきになった。一人でいる間は、昼も夜もなく股間をまさぐっているようで、俺が仕事から帰ってくると、む~んと生魚の臭いを漂わせながら摺り寄り、ペニスを求めてくるようになったのである。

 下半身で繋ぎ止めると同時に、俺はゆかりが完全に俺から逃げられなくなるよう手を打った。もともと厳しい躾のせいで両親との関係がよくなかったゆかりに、両親はお前を憎んでいる、実家に帰ったら殺されると吹き込んで、自ら両親に絶縁を申し出る電話をかけさせ、実家との関係を断たせたのである。

 こうしてしまえば、あとは俺の思うがままであった。俺はようやく手に入れた念願の女体を、性欲のはけ口としてだけではなく、虐待してストレス発散にも使うようになった。

 俺は女に対する愛情は人並みに持つことができたが、相手は四十女の外見に、十歳レベルの知的能力しかもたないという生物である。働きもせず、家事もしようとしない。自分の要求ばかりで、俺のことを敬うわけでもなく、俺という人間のペニスにしか興味がない。

 会話の通じない生物でも、犬や猫、あるいは子供ならば可愛がれるのは、もともと、そういう生物だからである。大人の女には大人の女に相応しい期待値というものがあり、それに大きく及ばないというのであれば、愛情など持てるはずもなく、道具並みに扱うしかない。

 それでも、メシをやって生活の面倒を見ているだけ、マシというものである。生みの親以外で、こんなグロテスクな生物を飼ってやろうなどと考えられるのは、俺くらいしかいないだろう。ゆかりは俺を恨むどころから、穴さえあればどんな女とでもヤレる俺の器の大きさに、深く感謝すべきなのである。

 
「あふぉ・・・うふぅ・・・ふぉうぅ・・・」

 俺が股間を舐めてやると、ゆかりが死にかけたセイウチのような、不気味な喘ぎ声を発した。化け物のくせに、生意気にも感じているのである。

 糞小便をして拭きもしないゆかりの陰部からは、排泄物と納豆と動物の死骸とヨーグルトを混ぜ合わせたような、凄まじい悪臭が漂っている。ゆかりは出会った頃から衛生観念が欠落しており、放っておくと何日でも風呂に入らず、経血で汚れた生理用品などもそこらへんに散らかしてしまうような女だった。最初は行為前に無理やり入浴させていたのだが、次第に俺の方が、この臭いに病みつきになっていった。今では、一週間程度で風呂に入れさせるのは勿体なく思ってしまうほどである。

 もともとはノーマルだった俺に、ゆかりに合わせる形でそんな性癖が発芽したのは、つまり俺の男としてのランクが、この汚物としか子孫を残せないところまで落ちぶれてしまったということなのか。女に関しては徹頭徹尾実用主義で、ヤレもしない美女よりはヤラせてくれるブス女の方に重い価値を置く俺も、さすがにもう一生涯、この不快な生物としかできないと思うと、頭をかきむしりたくなるほどの苦悩に襲われる。

「ふざけんな!テメエみてえなバケモンと一緒にすんじゃねえ!」

 ふいに怒りにかられた俺は、ゆかりの顔面に平手を打ち付け、次に流しからフォークを持ちより、額に突き刺した。傷口を押さえながら悶えるゆかり。もともと痛みには弱く、血を見るのは好きではない俺であったが、虫にも劣ると思える生物には、何の抵抗も感じることなく暴力を振るうことができた。

「やめて、やめて」

「うるせえ!そんな汚え顔して生きてんじゃねえ!てめえ俺を馬鹿にしてんのか!」

「してない、してないよ」

「クソブスのてめえが生きてるってことが、俺を馬鹿にしてるってことなんだよ!」

 ゆかりの顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばすと、ぶよついた身体が、この部屋に置かれた数少ない家具であるテレビの方にまで転がっていった。すぐに追いかけていき、踏みつけを食らわせようとすると、ゆかりは突然、テレビ台の下から何か小さい物体を取り出し、それに向かって、ごめんね、ごめんね、といったような言葉をボソボソと呟きはじめた。

「なにを言ってやがんだ、化け物婆が!」

「やめて。健ちゃんとたっちゃんをいじめないで」

 その名前を聞いて、心臓が飛び出しそうになる。俺がゆかりとの間に作った赤子に、ゆかりが勝手につけた名前だったからである。

「なにを握ってやがる。みせろ」

「やめて、いやいや」

 嫌がるゆかりの手をこじ開けると、中からは、黒ずんだ粘着性の物質で作られた、二つの小さな人形が出てきた。

「なんだ、こりゃあ・・・」

 鼻を近づけてみると、その人形からは、鉄のような臭いがした。犬は一度嗅いだ臭いは十年経っても忘れないというが、俺の脳も、生まれてからこれまで嗅いだ何百、何千という臭いを、しっかりと記憶している。

 脳内のメモリの中から、東山と「生存競争」を繰り広げていた時期の、遠い記憶が呼び起された。黒ずんだ物質の正体がわかった。ゆかりの手のひらに乗っている物体の正体は紛れもなく、ゆかりが自らの垢で拵えた「力太郎」である。ゆかりは、俺が生まれたその日に県内の赤ちゃんポストに放り入れたガキに未練を残し、同じ自分の体から生み出した「力太郎」を、その代用品として愛でていたのである。

「重治さんが、粘土を買ってくれないんだもん。ゆかり言ったのに、しげはるさんが・・」

「気色わりい婆が、気色わりいことしてんじゃねえよっ!」

 胸部に、俺の渾身の回し蹴りを見舞われて、ゆかりは「力太郎」を取り落とした。

「よく見てろ、クソ婆」

 俺はゆかりの目の前で、二人の「息子」を踏み潰して見せた。

「うぉうをををっ、うぉうをををっ」

 絶望の慟哭が室内に響き渡る。俺はゆかりを押し倒し、息子同様にペシャンコに潰れた乳房にむしゃぶりついた。

「ガキなんて、いらねえもんを産みやがって。どうしようもねえクソ婆め」

 自分自身を厭悪している俺が、自分の分身に愛情など持てるはずがない。そんなものは重荷になるだけだ。俺がガキを作ったのは、妊婦を犯す興奮と、母乳を味わいたかったからだけだ。育児能力などあるはずもない俺とゆかりに育てられるより、施設にでも放り込んだ方が、ガキも幸せであろう。

「ふうふう。うめえな。うめえ」

 二人目のガキを産んでからまだ三か月しかたっていないゆかりの乳からは、絞れば濃厚な母乳が迸る。反吐が出そうな顔面をしているくせに、この女の母乳は妙に甘く、癖になる味わいだった。

 母乳好きというのは、二十九歳の時、出会い系サイトで知り合った、やはり出産直後の一歳年上のシングルマザーと数か月ほど交際していたときに芽生えた性癖である。

 二十代前半のときには、やはり出会い系サイトを通じて、二歳年下の女の子と知り合い、交際できたことがあったが、俺も女にまったく縁がないわけではなく、三十二年の生涯の中には、オイシイ思いができた経験も、少なからずはあった。

 シングルマザーとは、前の旦那とヨリが戻ったという事情から切れてしまったのだが、俺は自分に十分なチャンスを与えてくれた女のことは、たとえ振られたとしても、後から恨みに思ったりするようなことはないし、別の男に走ったとしても、しつこく追い回すようなことはない。自分の方にも失態があれば、素直に反省するなど、殊勝な心掛けになることもある。

 男が自分の女を大事に思う気持ちには、純粋に異性として愛する気持ちと、自分が女に選ばれたというプライドを満たしてくれたことへの感謝という二つがあるが、俺の場合は特に後者が強いようだった。どちらが良くて、どちらが悪いというわけではない。それで女を大事にできるなら同じであり、どちらも尊い感情である。

 両者の性質の違いが現れるのは、女に振られたときであろう。女に愛を求めるヤツは、自分を一時でも愛してくれた女にいつまでも執着し、女にプライドを満たしてくれることを求めるヤツは、自分を一時すら男として見てくれなかった女に、いつまでも執着するのである。

「むふぉ・・・・くせえ・・・相変わらずくせえな、てめえは」

 俺は一旦、ペニスをゆかりから引き抜き、ゆかりのひじきのようなわき毛が群生する脇、白癬菌と水虫がかゆみを引き起こすせいでぐちゅぐちゅになっている足の臭いをたっぷりと嗅ぎ、舌を這わせた。納豆とネギを混ぜ合わせたようなハーモニーが、鼻から口から侵入し、頭の中で、幸せがいっぱいに広がる。

 いい意味でも悪い意味でも、過去の女を忘れられない性格―――。思い返してみれば、俺に女の体臭に興奮する性癖が芽生えたのは、二十代前半のころ、僅か二か月ほど関係のあった、二歳年下の女の子のことを、いつまでも覚えていたからかもしれない。

 当時、風俗でしか女経験がなかった俺は、女の陰部も手入れを怠れば、男と同様か、肛門に近い分それ以上に不潔な環境になるという事情に不得手であった。体質もあったのだろうが、シャワーを浴びずに行為に及んだときの彼女の陰部の臭いは半端ではなく、可愛いあの子のアソコから、汚い僕のちんちんよりもお下劣な臭いが漂ってきたとき、当時ウブだった俺はいたく衝撃を受けたものだった。

 それから十年あまりの月日が経ってみて、当時の彼女のことは、俺にチャンスをくれた感謝と、そのチャンスを自らフイにした後悔とがない交ぜになった、甘酸っぱい記憶として残っている。青春の思い出は、歳を取るほどに美化されるというが、あの指についた臭いが洗ってもとれなかった衝撃も、俺の数少ない、煌めく青春の一コマとして美化され、今ではフェティシズムにまで昇華されたのかもしれない。

「ふふぉ・・・・くせえ。くさいはエロい・・・・。くさければくさいほど、硬くなる・・・・」

 俺は先端からカウパーを垂らすペニスを、ゆかりの中に、再度突き入れた。

 女だ。何一つ取り得もなく、夢中になれる趣味もない俺が生きる喜びを見出せるのは、女でしかない。俺が俺であるために、俺は理想の女を追い求め、また、女体の楽しみ方を求め続けるのである。

「あっ。おっ。ふぉっ。ふっ。おっ」

 俺の腹の下でまぐろ状態のゆかりが、法悦のうめきを漏らしている。ゆかりに挿入したまま乳を搾ると、母乳が真上に向かって噴射し、俺の乳首を白く染め、甘ったるい香りを部屋中にまき散らす。乳房、腹、二の腕、太もも、あらゆる部位にこびりついた肉がぶるぶると波打ち、悪臭の原因となる汗の飛沫を飛ばす様を俯瞰して、俺のペニスに快感が走る。身体は絶頂に向かって熱くなっているのに、心の中には冷たい風が吹いている。  

 どの角度からどう見ても、ゆかりは化け物のようなブス女である。こんなブスを手に入れても、何の達成感もないし、何の喜びもない。こんなブスとしかセックスできない俺の境遇は、心底惨めだと思う。

 かつて、俺は世間と和解することを真剣に考えた際、世間に対し、俺に女を与えるという条件を出した。二か月とか三か月とかいう短期間ではなく、末永く一緒にいられる、人生の伴侶となる女である。

 世間は、その望みは今、叶えられたではないか、というかもしれないが、冗談ではない。俺が世間に差し出すことを求めたのは、こんな化け物ではなく、並み程度の容姿を持った男が、当たり前に手にする権利のある、「健康で文化的な最低限度の」女である。

 ゆかりは明らかに、その水準には達していない。これでは、世間と折り合いをつけることなどできはしない。ゆかりのような化け物で我慢しなくてはならないのは、宮城のような、最低限度の容姿すら持っていない男だけである。

 青年期に異性の温もりに恵まれないことは、貧乏にも勝る苦しみだ。女に愛されない寂しさ、セックスの快楽から切り離される喪失感は計り知れない。人生でもっとも精力盛んな二十代に、女にまったく相手にされず、常に欲求不満を抱えている苦しみを味わっていなければ、俺がここまで歪むこともなかった。

 人生で最も精力盛んな二十代を、一人の女とも交わることなく棒に振り、今後も情交の機会を得られぬまま、性機能が衰えていくだけの宮城の絶望を思う。興奮する。たった数ミリ目が細い。たった数ミリ鼻が太い。たった数ミリ輪郭が歪んでいる。たった数ミリの物理的違いに人生を翻弄される世の不細工の絶望を思う。興奮する。宮城のような不細工な男が得るはずだった女を、この俺が奪い取っている事実。興奮する。人を見下すというスパイスを加えれば、ゆかりのようなブス女でも楽しめる。 

 ふいに、地上最醜の不細工を、自らの手で作り上げてみたい衝動にかられた。俺が生涯で出会った男の中でもっとも不細工な宮城と、生涯で出会った女の中でもっともブスなゆかりで子供を作ったら、地上最醜の不細工、ブスの日本代表、いや世界チャンピオンができるのではないか?その超グロテスクな生物を見てみたい。そいつの絶望を眺めながらするセックスの味を知りたい。

 その昔、遠く満州の地で、ナチス・ドイツのレーベンスボルン計画を真似た、頭脳、身体能力、容姿、血統すべてに恵まれた男女を日夜セックスに明け暮れさせ、次代の指導者となる「超高度東洋種族」を製造する計画が、秘密裡に行われていたという都市伝説がある。ならば、その逆の発想で、頭脳、身体能力、容姿、血統すべてに恵まれず、次代の下層階級に優越感を与えるための「超劣等東洋種族」を誕生させる計画があってもいいではないか。

 あの見苦しい宮城が、化け物ゆかりを孕ませようと、ぎこちない動作で必死に腰を振っているところが見たい。それはきっと、自分がセックスする以上に楽しいに違いない。
「・・・・・!!」
 快楽のうねり―――。俺は絶頂に達する寸前、ゆかりのヴァギナからペニスを引き抜き、ドーム球場の屋根のようなゆかりの腹の上に射精した。せっかく、「超劣等種♂」の種が着床する前の、貴重な「超劣等種♀」の卵に、けして劣等とはいえない俺ごときの種を付けてはいけない。

 枕元の携帯を取った。射精後の倦怠感の中で五指を操り、「超劣等種♂」の番号を呼び出す。舌打ち。今日、昼の時点でヤツが金を貸してくれなかったせいで料金が支払えず、携帯はまだ止まっていたのだった。

 「平成のマッドサイエンティスト・蔵田博士」となった俺は、服を着て自室を出て、階段を降り、同じアパートの一階に住む、宮城の部屋のベルを鳴らした。

「蔵田さんですか。夜更けにどうしました?」

 深夜一時の訪問にも、宮城はとくに嫌な顔は見せない。バスの中で、今晩は、所属しているボランティア団体の資料作りか何かで徹夜をするようなことを言っていたのを、俺は覚えていた。

 宮城は紫のジャージズボンに白無地のTシャツをタックインした、いまどき田舎の体育教師でもしないようなファッションスタイルをしている。深夜になって、口元を覆う硬そうなヒゲは伸びきり、大根がおろせそうだ。朝に見ても夜に見ても、不細工で、しかもダサい男である。やはりこの左門豊作は、素晴らしい実験体だった。

「なんか寝付けなくてよ。俺の部屋で、茶でもどうかと思ってさ」

「いいですね。では、カンボジアの孤児院訪問ツアーの資料作成を中断して、お邪魔させてもらいます」

 今の会話の中で明らかに不必要な、自分の活動内容の報告。ボランティアに取り組むのは無私の心からではなく、それを人にアピールするためであると、自分で言っているようなものである。顔だけでなく頭も悪いこの男の遺伝子からなら、きっと俺が満足できる「超劣等東洋種族」が作れることだろう。期待感を胸に、俺は宮城を連れて二階へと上り、自室のドアを開いた。

「きゃっ・・・・」

「な・・なんですか、この女性は」

 部屋に招じ入れた宮城が顔をしかめる。ゆかりの方は生意気にも恥ずかしがり、布団で前を隠した。超劣等種族の♂と♀の接近遭遇。一目ぼれとはいかなかったようだ。

「こいつは俺の女だ。宮城くん、最近たまってるだろ。こいつとヤッていかないか?」

「言っている意味がわかりません。それに・・・この臭いは、なんですか」

 宮城が顔をしかめた理由は、ゆかりの容姿ではなく、部屋中に漂う「無洗女体」の獣臭だったようである。俺自らが「無洗女体」の虜であるとはいえ、客人に不快な思いをさせてしまったのは失態であった。

「ん?この臭いを嗅いだことがないって、宮城くん、もしかして童貞だったのかい?」

 ダンゴムシが空を飛べないのと同じくらい、見ればわかることである。

「これは一種のフェロモンさ。女はな、発情するとみんなこういう臭いを出すんだよ。宮城くんが好きとか言ってた、あのなんたらいうアイドルもそうだぞ。最初はくせえと思うかもしれないが、これが段々病みつきになってくるんだ。さあ、宮城くん、遠慮しないで、あいつの身体にむしゃぶりついて来いよ」

 俺にからかわれた童貞の宮城が、一瞬、そういうこともあるのだろうかと考えたように首を傾げる。噴き出したいのを堪えるのが大変だった。

「・・・・そういうことは、愛する男女同士でするものです。この人は、蔵田さんの恋人なのでしょう?どうして大事にしてあげないのですか」

「他の男にヤラせるからって、大事にしてないとは限らねえだろ?セックスは愛のある者同士でやらなきゃいけないって、そんな決まりもねえぜ。ほら、せっかくの機会だ。遠慮せずにやってけって。この機会を逃すと、宮城くん、いつヤれるかわからねえぞ?」

「・・・お断りします。あまりにも、女性に対して失礼だ」

 女に失礼なのは、貴様のルックスとファッションセンスだろう。折角の据え膳を食わずに、キレイごとしか吐かない豚に怒りが募る。それとも、ゆかりとヤるくらいなら、童貞のままでいた方がマシということか?もしそうだとするなら、宮城のような豚でさえ敬遠するような化け物と今までヤっていた俺は何だという話になる。

「だから遠慮すんなって。ほら、ほら、母乳だって出るんだぞ。ほらなめてみ、ほら」

 なにがなんでも宮城とゆかりをヤらせないと、自身の沽券に関わると考えた俺は、ゆかりを引き起こし、宮城に向かって母乳をピューと噴射させた。驚いた宮城は、両手で顔面をガードして後じさる。

「や、やめてください。一体なんなんですか。用がこれだけだったら、僕はもう帰りますよ」

「・・・・ったよ。ったく、恥ずかしがりやなんだから。じゃあよ、気が変わったら、いつでも言って来いよ」

「変わらないですよ。僕は、この人となら幸せな家庭を築けると思った人とだけ、身体を交えるんです。童貞だなんだというのは、恥ずかしいことでもなんでもありません。セックスに対する考え方は人それぞれです。馬鹿にするようなことを言うのはやめてください」

 こちらはそんなことは一言もいっていないのに、わざわざ本当は誰よりも童貞をコンプレックスに思っていることを打ち明けてくれる宮城。まったく愉快な豚である。

「・・・・これ。昼間話した、節約レシピです。この方との結婚を考えているなら、参考にしてください。お子さんもいらっしゃるなら、なおさらお金は大事ですからね」

 宮城は部屋を出ていった。俺は宮城が置いていった節約レシピをすぐさまゴミ箱に放り込み、ゆかりとの二回戦を開始した。

 俺を侮辱するな、童貞の糞豚め。貧乏な不細工男が、幸せな家庭とは笑わせる。あんな奴が結婚できるとしたら、結局それはゆかりのようなクソブスでしかなく、そんな両親の遺伝子を継ぐ子供は学校でイジメられ、化け物一家として世の人々の嘲笑を受けながら生きるしかないことがわかっていないのか。

 俺がゆかりと結婚など、冗談じゃない。こんな化け物ブスは、もっと若く、美しい女体を確保でき次第、すぐに捨てるつもりだ。「健康で文化的な最低限度の」女を得られない限り、俺が世間と和解することはあり得ない。

 俺がゆかりと結婚しようと考えているというのは、俺とゆかりが釣り合うランクにあると、宮城は思っているということ。さらに宮城は、愛があるセックスがどうのと言って、結局ゆかりを抱かなかった。きっと今頃、己の部屋で、化け物ブスとしかセックスできない俺のことをあざ笑っているのだろう。俺を侮辱した宮城は許さない。いつか地獄に送ってくれる。

 俺は、俺を受け入れないこの世間を憎む。俺に「健康で文化的な最低限度の」女を与えず、無条件降伏を迫るだけの世間を憎む。この世間で素晴らしいとされる価値観をありがたがる奴らは、俺の力が及ぶ限り、地獄に送ってやる。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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