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外道記 改 1

 
                        
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 薄暗い倉庫の中には、梅雨時特有の纏わりつく湿気が蔓延している。北関東ローカルの陸運会社、丸菱運輸。体育会系のカルトな思想に魅入られた社員の連中の怒号がそこここで飛び交う、戦場のような環境で、最下層民である派遣スタッフの俺は、梱包作業に勤しんでいた。

 それぞれ大きさの違うA、B,C,Dの箱に、対応するサイズと数量の化粧品とカタログを、ひたすら詰めていくだけの、サルでもできる単純労働。時間が流れるのがひたすら遅く、思考能力が退化していく感覚に襲われる。立ちっぱなしの足はパンパンに張り、土踏まずには絶えず痛みが走っている。柑橘類の果実を握りしめたように、全身の毛穴から噴き出る汗。鼻孔に侵入するツンとした臭いが、ストレスに拍車をかける。

「おい。てめえ、作業の手順間違ってんじゃねえかよっ」

 社員の中井が、ヤニで黄ばんだ歯をむき出しにして派遣スタッフを怒鳴りつける。中井は二十三歳。怒鳴られている派遣スタッフは、中井の親ほどの年齢である。

「いや・・こっちの方が効率がいいと思ったから、そうしてるんだよ」 

「口答えしてんじゃねえっ。てめえは下っ端。偉いのは俺。てめえは言われた通りにやってりゃいいんだよっ!」

 中井が派遣スタッフの頭を、クリップボードで打擲する。指導の名を借りた権力の誇示。暴行罪が成立する事案だが、仲間の派遣スタッフは、特に色めきだつわけでもない。ただでさえ辛酸をなめ続ける人生で奴隷根性を植え付けられている上、人の出入りが激しすぎる派遣スタッフ同士には、仲間意識や連帯感が欠如している。皆、自分の食い扶持を稼ぐことだけに必死で、他人に無関心なのである。

「今度反抗しやがったら、てめえぶっ殺すからな!」

 中井にとって「ぶっ殺す」とは、「おはようございます」と同じ感覚で放たれる言葉である。それを聞きなれた俺たちも、さして抵抗は感じなくなっている。怒鳴られ、脅され、殴られることが、すっかり日常に溶け込んでしまっている。いまどきは動物の躾でも、無暗に怒鳴り、叩くことは推奨されていないというのに、この仕打ち。サルなみの単純労働に従事している俺たちの扱いは、サル以下である。

 確かに怒鳴り、叩けば、その場では労働者は頑張るが、こんなやり方では、絶対に人は定着しない。しかし、いつでも首のすげ替えがきく、非正規の派遣労働者を使う側としては、実はこれで間違いではない。技術の習熟が必要ない単純労働者ならば長く居ついてもらう必要もなく、失業者で溢れ返ったこのご時世なら、頭数はいくらでも確保できる。労働者の給料が用度課で計算され、雑費として帳簿に記載される人材使い捨ての職場で、悪循環が日々繰り返されているのだ。

「おい、お前。お客さんに迷惑かけてんじゃねえよ!」

 わざわざ他のテーブルから、頭を叩かれた派遣スタッフのところまでやってきて追い打ちをかけるのは、古株の派遣スタッフ、深山。丸菱の正社員に媚びへつらうのを事とする、阿諛追従の徒。この男、自分が派遣先の丸菱か、派遣会社・海南アスピレーションの正社員に登用されようと必死になっているらしく、海南アスピレーションや丸菱の社員から頼まれたわけでもないのに、同じ派遣スタッフに威張り散らし、やたらと仕切りたがるのである。

「てめえ、勝手に持ち場を離れてんじゃねえ!」
 
 せっかく派遣スタッフに説教をし、正社員にいいところを見せようと思ったのに、当の正社員の中井には褒められるどころか雷を打ち落とされて、深山は肩を落として自分のテーブルに帰っていった。このように、丸菱の社員は深山がいくら頑張ってもけして認めず、単にチクリ屋として利用しているだけなのだが、本人はそのことに気づいておらず、いつの日か正社員として引き上げてもらえる日を夢見て、徒労を続けているのだ。あるいは、本人も本当に正社員に引き上げてもらえるとは思っていないが、気分だけでも、「お前らとは違う側の人間だ」と思いたいだけなのかもしれない。
 
 深山の気持ちもまったくわからないではないが、指揮命令者たる正社員ならともかく、同じ立場の派遣スタッフに偉そうにされれば当然いい気はしないから、今まで深山と他の派遣スタッフとの間に起こったトラブルは数知れない。深山は俺たち派遣スタッフにとって、中井のような猛獣の脅威ではないが、顔の周りを飛び回るハエのような厄介な存在だった。

「やってらんねえわ」

 飽きた。疲れた。しんどい。つまらない。口を開けば、ネガティブな言葉ばかりが溢れ出てくる。それが正解、それが当然だ。こんな仕事、こんな俺の境遇を、職業に貴賤はないとか、今の貴方の頑張りはきっと将来につながるとか、キレイごとで誤魔化そうとするヤツは、それを言った自分が気持ち良くなりたいだけの偽善野郎だ。辛いくせに声も上げず、黙々と働いているヤツは大馬鹿だ。文句を言わないから、黙ってるから、何も変わらないし、何も良くならないのだ。

 ふと、ペンスタンドの中に納められたカッターナイフを手にとってみる。ちょっと周りを見渡して、首筋を切りつけるのに相応しい相手を探してみる。中井、深山・・・。不快な奴は数多かれど、どいつもこいつも、取るに足らぬ奴。こんな雑魚に、一回こっきりのチャンスは使えない。俺の三十二年間の恨みを、すべて乗せられるようなヤツはいない。人生にケジメをつけるのに、相応しいと思える相手は、ここにはいない。糞面白くもない娑婆に惰性で留まり続ける日々が、こうして今日も続く。

「蔵田さん、どうしたんですか。浮かない顔をして」

 中井が作業現場からいったん離れ、デスクで伝票の集計作業に入ったのを見計らって、同じテーブルの向かいで作業をしていた、宮城利通が声をかけてきた。

 宮城は俺とほぼ同時期に丸菱の倉庫に配属された派遣スタッフ。同じ寮で生活をしていることもあり、横のつながりが希薄な派遣スタッフの中にあって、ただ一人気軽に会話を交わしあえる間柄である。年齢は、三十二歳の俺より三つ年下の二十九歳。だが、初見で彼の年齢を言い当てられた者はいない。大概は実年齢より老けてみられるわけだが、失礼な話、彼の場合は若いとか老けているとかいう問題ではなく、まず、ちゃんとした人間として認められるかどうかというところから、すでに怪しい容貌だった。 

 身長は日本人男性の平均程度だが、体重は九十キロをゆうに超えているであろう肥満体。大きくあるべき目は悲しいまでに小さいが、小さくあるべき鼻はバカでかく、また豚のように鼻孔が上を向いている。唇は腐った明太子のように太く、血色が悪い。肌はクレーターのようなニキビ跡と吹き出もの、イチゴの種のような毛穴汚れに覆われ、腐乱したジャガイモのようにくすんでいる。硬そうなヒゲの剃り残し。もともとの骨格が大きいのに、さらに脂肪がついたことで、常人の倍以上もの広さになってしまった輪郭。ワカメのような痛みきった頭髪。メガネは今風のカジュアルなデザインではなく、レンズが大きな時代遅れのデザイン。

 俺の容姿とて人を偉そうに見下せるほどのものでもないが、この宮城より醜いことはないと断言できる。昔から、自分より何かしらの部分で劣った人間としか交友関係を持てない俺が、一緒にいて心の底から安心できる相手。容姿のみで俺の優越感を満たしてくれる得難い存在。まだ三か月程度の付き合いだが、宮城は今や俺にとって、ベストフレンドといえるかもしれない男だった。

「いや・・・ちょっと、こっちの方がな」

 俺は右手でわっかを作り、現在、金に窮乏している自分の状況を宮城に伝えた。そう、何もかもは金。こんな劣悪な職場にしがみ付かなくてはならないのも、俺に金がないせいである。

 現在、消費者金融からの借金、六社合計で二百三十二万円。親父が死に、お袋が精神病院に入院して一人で暮らすことを余儀なくされた二十五のときから、積もり積もって、この金額である。

 借金苦に陥ったのにはそれなりの理由があるはずなのだが、なぜかそれが思い出せない。風俗には行った。ギャンブルはしなかった。タバコは嗜まない。酒は飲む。飯もたまにはいいものを食った。「同居人」のエサ代は、犬猫と同じ程度にはかかっている。

 自分では節度を保って生活をしているつもりなのに、どういうわけか金欠に陥ってしまう。今月も今月で、とくに贅沢をした記憶もないのに、気づいてみれば預金残高は四桁を割り、残りは手持ちに福沢諭吉が一枚、野口英世を三枚、あとは両替のできない小銭十数枚を残すのみとなってしまった。

 非正規の仕事を渡り歩いたここ五年の年収の平均、二百二十万という額が少なすぎるのか、俺の金銭感覚がおかしいのか。ともかく、今のままの生活がジリ貧なのは確かだった。

「給料日までは、あと十日間ありますね・・。今、どのくらい持ってるんですか」

「八千円くらいかな・・。この間、甥っ子が事故起こしたり、叔父さんがヤクザと揉めたり、色々身内にトラブルが重なって、援助しなくちゃいけなくなってさ。派遣会社からの前借も限度額いっぱいになっちゃったし・・・。このままじゃ、牛丼くらいしか食えねえよ」

 あわよくば、宮城がいくらか融通してはくれないだろうかと期待し、俺は手持ちの金を控えめに申告し、モラリストを気取る宮城の同情を誘いそうな文句を並べた。もちろん、身内のトラブルなどは、真っ赤な嘘である。自分が窮してでも身内を助けるような義理堅さがあれば、俺は齢三十二にして天涯孤独になどなっていない。

「なんだ。それだけあれば、十日間くらいなら余裕で過ごせるじゃないですか」

「え?」

 宮城から返ってきた予想外の言葉に、俺は我が耳を疑った。全財産八千円で十日間を過ごせるという金銭感覚があまりにもリアルでなく、職場でたった一人の友人が餓死の危機に瀕しているのを見捨ててしまう、ただの薄情としか思えない。

「ようするに、一日の食費を八百円に抑えれば凌げるわけでしょう?自炊をすれば楽勝ですよ。牛丼なんて贅沢です。僕なんか、付き合い以外の外食はここ三年記憶にありません。あとで、月一万五千円で栄養のバランスが取れた食生活が送れる、僕の節約レシピをお渡ししますよ」

 たった一万五千円で、どうやったらその巨体を維持できるのか?嫌味というか、素朴な疑問をぶつけたいが、今、宮城の機嫌を損ねてはいけない。生きるか死ぬかの瀬戸際である。

「い、いや、飯だけじゃなくて、携帯料金の支払いもあるし・・。もう、四日後には止まっちゃうんだよ」

 俺たちが在籍している海南アスピレーションでは、派遣スタッフ一人ひとりに、家を出た際の「家出報告」、勤務が終了した際の「終了報告」を、会社への電話連絡にて行うことが義務付けられている。連絡を怠った場合には、家出報告には罰金百円、終了報告には罰金二百円のペナルティが課せられており、四日後に携帯が止まってしまえば、二週間後までの合計勤務分の罰金千五百円あまりが、翌月の給与から差っ引かれてしまう計算だった。

「携帯が少しくらいの間止まったとしても、人間死ぬわけではありません。むしろこれは、蔵田さんが今までの生活を見直すチャンスです。千円、二千円くらいのお金は、自分への戒めと思って、払っておくべきですよ」

 宮城の言っている意味が理解できない。豚語を喋っているのではないかと思う。

「そんな連れないこというなよ・・。宮城くん、東南アジアの子供たちを救うボランティアに参加してるんだろ?目の前に困っている人がいるんだから、助けてやってもいいじゃないか」

 俺はついに、宮城に金を融通してほしい旨を、直截に申し出た。まさかこの豚が、ここまで話のわからない奴だとは思わなかった。宮城の慈愛の心に期待していたら、千年経っても埒が明かない。

「それとこれとは話が別です。僕がボランティア活動に力を注ぐのは、自分の力だけではどうにもならない子供たちを助けるためです。自分の力で自分を救済できる人は、自力で頑張るべきです。今の蔵田さんは、助けを必要とする段階ではないですよ」

「でもよ・・・!」

 頭にカッと血が上る。この手の偽善野郎は、俺がもっとも嫌う人種の一つである。

 そう、この豚は偽善者だ。何のかんのと理屈を垂れているが、ようするにこいつは、他人に自分の行いを褒めてほしいだけだ。だから、一目で弱者ということがわかるような、海外で飢えている子供などには慈愛の手を差し伸べ、見た目には分かりづらい、他人に同情されにくい俺のような、日本国内での相対的な経済的弱者は無視する。この豚は、たとえ友人であっても、己の利害に絡まなければ一切助けようとはしない、薄情な偽善者だ。

 クソ豚が。貴様は人を助けている場合か。貧困国のガキを救う募金を集める前に、その遺伝子の不幸としか言いようがない顔の整形手術代の募金を集める方が先だろうが。

 このまま引き下がるわけにはいかない。このままでは、俺はただ豚に説教をされただけで、何も得るものがないではないか。

 何が今までの生活を見直すチャンスだ。何が自分で自分を救済しろだ。努力だの、反省だの、そんなもんで何とかなるくらいなら、俺はこんな底辺のゴミ溜めには落ちていない。

 俺はどうしようもないのだ。生まれたときからどうしようもなかった。遺伝子の不幸などと、宮城をバカにしていられる立場ではない。

 度外れた自我の強さ。どんなに努力しても、他人が作った世界に交われない、この不自由な脳構造を持って生まれてしまった時点で、俺の凋落は決まっていたのだ。



 有名企業に務める会社員の親父、市役所勤務のお袋。中の中の経済力。そこそこに躾けられ、そこそこに愛情を注がれて育った。

 身体に障害があるわけでもなく、大きな病気もしたことはない。発育も良好。知能も至って正常。どこにでもいる普通のガキだった。

 ただ一つ違うところがあるとすれば、それはいわゆる駄々っ子だったことだろう。とにかく、ワガママでどうしようもなかった。食事のメニューが気に入らなかったり、おもちゃを買ってもらえなかったりすると、一晩中でも泣いて騒いで、両親や、保育園の先生を困らせた。

 それでも、年齢一桁台のころまでは、特に問題児のレッテルを張られることもなかった。友達も沢山いて、お泊り会だの誕生日会だのにもよくお呼ばれしていた。

 どの辺からまずくなったのか、ターニングポイントというものがあるのだとしたら、小学校高学年になったころだろう。反抗期が訪れ、自我というものが強烈に目覚める時期のことである。

 俺の場合、その自我が強くなりすぎた。幼少期に見られた、ワガママ、駄々っ子という部分が、精神的成長により収まるのではなく、より増幅されてしまったのである。協調性に欠けたり、周囲の足並みを乱したりということで教師から注意されることが多く、両親にも体罰を伴う叱責を受けた。

 自我が強すぎることは、他の大きな弊害ももたらした。世間で美徳とされている価値観に染まれないのである。友情、愛情、尊敬、謙遜、努力。そういうキーワードが、どうしようもなく受け付けなかった。みんながこぞって持てはやすもの、たとえば流行りのテレビ番組やゲームといったものもダメで、自分の感性に合えばいいのだが、自分にとって好もしい要素がない場合、強烈な拒絶反応を起こしてしまうのである。そのせいで友達がどんどん離れ、浮いた存在になっていった。

 奇行、異常行動も目立った。クラスメイトの間で流行っていた交換日記を校内放送で朗読する、学校にエロビデオを持ち込んで備え付けのテレビで上映する、通学路に立つ雪だるまに犬の糞を仕込み、雪だるまを壊して回るやんちゃ坊主を自爆させる、などといったことは可愛いもので、学校で飼育している動物の檻を破壊してチャボやウサギを逃がしたり、焼き芋をするなどと言って体育館裏でボヤ騒ぎを起こしたり、好意を持つ女子児童のリコーダーを盗み、中に精液を仕込んで戻すなど、結構シャレにならない悪事を働いていた。

 そんなことをしても金が貰えるわけでもなく、褒められるわけでもないのに、何をやっていたのかと思うが、今から思えばおそらくあれは、自己顕示欲を満たさんがゆえの行動であった。周囲の価値観に染まれない俺は、悪事によって注目を浴び、自分の世界に周囲を巻き込むことで、己の存在証明をし、居場所を作ろうとしていたのだろう。

 周りから見ればさぞかし厄介で迷惑なガキであったことだろうが、そんな俺でも、悪事の発覚後に親や教師に怒られたり、やりすぎによって学級の中で自分の立場がまずくなりすぎたときは、人並みに反省はした。後悔の気持ちもあった。といっても、その反省は、被害者に対して申し訳ないというものではない。犯罪的傾向のある者の多くがそうであるように、悪事を反省するといっても、「次はもうしないようにしよう」と考えるのではなく、「次はもっとうまく、バレないようにしよう」と考えるようになっていったのである。

 中学に入るころには集団と足並みを揃えることを学び、授業態度や問題行動といった部分は改善された。しかし、本当に溶け込めたわけではない。適応を見せたのは表面上のことで、周囲との間に感じる「ズレ」は、むしろ益々大きくなり、我欲肥大の傾向も歯止めが利かなくなっていた。

 貧乏な家に生まれていたり、治安の悪い地域に住んでいれば、この時点で不良グループに取り込まれていてもおかしくはなかっただろうが、幸いにも環境だけには恵まれていたお蔭で、表向き、グレるところまではいっていなかった。髪も染めないし、タバコも吸わない。遅刻せず学校に行き、大人しく授業を受ける俺は、教師からは手のかからないガキと見えていただろう。しかし、俺は裏で悪さを働いていた。

 俺の中学には特殊学級が設置されており、所属する生徒は、給食や特別活動の時間には普通学級に来て交流を持つ決まりがあったのだが、中学二年のとき、俺は自分のクラスに来る男の知的障害児を、こっぴどくいじめていたのだ。

 直接暴力をふるったり、暴言を浴びせていたわけではない。小学校のときに散々痛い目を見た俺は、表の顔と裏の顔を使い分け、陰に隠れてコソコソ悪事を働く術を学んでいた。

 教室が変わったなどと偽って、他クラスの女生徒が着替えている部屋の扉を開けさせる。便所に行きたいといえば、わざと遠回りをして失禁に追い込む。誰それが君のお母さんをさらっちゃったよ、などと吹き込み、暴力沙汰を起こさせる。障害児のお世話係を務めていた俺は、やりたい放題だった。当初から狙っていたわけではなく、たまたま、じゃんけんで決まった係だったのだが、障害児は不幸だったとしかいいようがない。

 直接的なきっかけは、奴が俺の給食によだれを垂らしやがったとき、障害者だからという理由で不問に付され、怒りを見せた俺の方がなぜか悪者扱いされた、という一件を根に持ったことではあるが、それは最初の一回で解決し、あとはただの憂さ晴らしだった。

 勉強もスポーツもできない、顔も別にふつう。面白いことができるわけでもない。誰からも注目を浴びることもなく、好きな女には見向きもされない。糞面白くもない毎日で感じる欲求不満を、自分よりすべてが劣る者をいたぶることで解消していた。

 黒幕が俺とは、なかなか気づかれなかった。俺は一割で障害児を苛めながらも、残りの九割で、障害児に優しくしていたからである。障害児に問題行動を起こさせれば、障害児はクラスで嫌われる。すると障害児は、ただ一人の味方である俺をますます頼りにするようになる。障害児は問題行動を起こすとき、俺に命令されていることは誰にも言わなかった。

 そんな毎日が半年続いたころ、俺の悪事は、一人の男によって暴かれた。東山円蔵。俺の運命を変えた男である。

 東山という男を一言でいえば、「いじましい奴」であろう。

 授業では教師を質問攻めにしてテンポを遅らせ、クラスの皆から顰蹙を買うほどなのに、成績はドンケツ。運動ではバスケットボール部に所属していながら、異常な非力からフリースローがゴールに届かず、かけっこでは女子のスキップにも負ける始末。

 おまけにルックスも良くなかった。病的に生白い肌。紫色の唇。カマキリみたいに尖がった顎。牛乳瓶の底みたいなメガネ。後頭部が存在しない絶壁頭。第二次成長前とはいえ身長は百五十センチにも満たず、手足は細いのに胴体は太い、昆虫類じみた体形。

 己に絶望し、引きこもりになってもおかしくないような男だったのだが、どういうわけか、東山にはコンプレックスというものが微塵もなかった。何のとりえもない癖に、奴は出しゃばりの目立ちたがり屋で、クラスでは学級委員、学年では生徒会長に立候補し、所属するバスケットボール部でも、応援団長を務めていた。

 ひたむきに頑張るのも自分の範囲内だけで終わっていれば、皆から応援もされ、愛されもしただろう。しかし奴には悪い癖があった。自分の努力、根性、お涙ちょうだい物語に、他人を巻き込むことである。

 学級委員では「ありがとう運動」などと称して、一日一回は誰かに「ありがとう」と言い、帰りの会の際に、どこで、誰に、どういう場面で「ありがとう」と言ったのかと、一人ひとりその件についての詳細を発表させることを強要する。応援団長では、声の出ていない生徒を腕立て伏せ百回の刑に処したりする。大人たちからは校内の活動や地域の活動に積極的に参加する、いまどき感心な優等生と見られていたのをいいことに、教師の威を借りて、周りに自分の自慰を見せつけるようなことばかりやっていたから、被害に遭った生徒は東山を憎み、直接かかわりのない生徒も、憐れみ半分、嘲笑半分といった目で東山を見ていた。

 その東山が、とうとう俺の悪事を暴いた。こともあろうに、学年集会の場で俺を糾弾するという大げさなやり方で、である。

――蔵田くん!君は人として大変な罪を犯したんだぞ!わかっているか!?さあ、檀上に上がってこい。ここで被害者に謝るんだ!

 檀上から俺を指さしながら、マイクを通した、変声期前のキンキン声で俺に謝罪を迫る東山。明らかに東山が注目を浴びたいがための演出過剰なのだが、当時は世間でイジメ問題がかまびすしかった時期だったのもあって、学年集会の場には、東山に感化されて、俺を非難する空気が蔓延した。やがてゴリラのような体育教師が俺のところにやってきて、無理やり檀上に引っ張り上げられ、イジメていた障害児と対峙させられた。
 
――さあ、ほら!被害者に頭を下げて謝るんだ!

 体育館に巻き起こる、謝れコールの嵐。人の言いなりになることを何より嫌う俺だが、とうとうプレッシャーに耐えきれず、状況がよくわからず呑気に鼻くそをほじっている障害児に頭を下げ、ごめんと謝ってしまった。

――蔵田くん、よく謝ったね。勇気ある行動だ。みんな、蔵田くんを許してくれるかな?

 体育館中に響き渡る、東山に扇動された愚かな大衆どもからの拍手の中、俺は屈辱に打ち震えていた。誰よりも自我が強く、他人に支配されることを嫌う俺が、東山が監督、主演、脚本を務める舞台の上で、一方的なやられ役を演じさせられたのである。腸が捩じ切れそうな怒りで、その日からしばらく、眠れぬ夜が続いたものだった。

 俺にとっての悪夢はそれで終わらなかった。東山は、全校集会から一週間後に、いじめ撲滅を目的とする「君を守り隊」なる委員会を設立。自らが委員長の座に収まり、積極的な活動を展開し始めたのである。事件は風化せず、俺はさらにまずい立場に追い込まれたわけだが、東山の暴挙はそれだけに留まらなかった。

 こともあろうに東山は、俺を「君を守り隊」の委員に勧誘してきたのである。

――蔵田君、僕たちと一緒に頑張ろう!いじめた側の君が、いじめをなくす側に回る。その意義は大きいんだ!

 己のくだらないヒーローごっこのために、東山はこの俺をやられ役のみならず、己の引き立て役として利用しようとしてきたのである。

 タチが悪いのは、東山には一切の悪気がないことだ。俺を「公開処刑」にしたことも、己が痛めつけた俺を自分の手下にしようとしているのも、すべて純粋に、よかれと思ってやっている。己の自己顕示欲を満たそうとするだけの行為を、本当の善意から出たものと思い込んでいる。

 東山は、やり過ぎであった。俺が悪であり、俺がやっていたのは悪いことである。そんなことは、百も承知である。いきなり公衆の面前で糾弾するのではなく、会議室に呼び出すとか、放課後の教室で、人目に触れないところで俺を咎めればよかったのだ。

 それで俺が改心し、悪行をやめたかどうかはわからない。東山のことなど舐め腐って、知的障碍児をイジメ続けていたかもしれないが、そうしたらそのとき始めて、全校集会の場でやり玉にあげればいい。それだったら、忠告に従わなかった自分が悪かったと納得できたかもしれない。少なくとも、俺が東山に反撃したとき、同情の余地もない逆恨みということになっただろう。

 それが、東山が目立ちたいあまりに、然るべき手順を踏まず、いきなり俺を「公開処刑」にしたせいで、俺はプライドもメンツも、何もかもメチャメチャに潰されて、引くに引けなくなってしまった。さらに、昏い怨念の炎がずっと燻っているところに油を注ぐがごとく、東山は、俺を君を守り隊に勧誘してきた。

 ここまでにコケにされたことで、俺は、東山への復讐を決意した。許すべからざるあの偽善野郎を、絶対に這い上がってこれない地獄に突き落とさなければ、気が済まなかった。

 東山に対する怒りと恨みは頂点に達していたが、俺は焦らなかった。東山の「我が世の春」がいつまでも続くはずはないと、確信していたからである。俺は東山の、君を守り隊への参加については曖昧な返事をしつつ、目立たないように、おとなしく、一見、反省しているかのような素振りを見せながら、情勢の変化をじっくりと待った。

 俺の読みは当たった。設立当初こそ歓喜の声を浴びていた「君を守り隊」であったが、設立からわずか二か月後には、全クラスから批判の声が相次ぎ、廃止論が叫ばれ始めたのである。

 例によって、東山はやりすぎた。肩を軽く小突きあったり、バカやアホとちょっと言っただけの、単なる友達同士の軽口を大げさに全校集会の場でやり玉にあげたり、違反を犯した生徒には一週間の町内清掃活動を命じるなど、「君を守り隊」の取り締まり方は常軌を逸していた。

 重要なことは、「君を守り隊」を取り仕切っていた委員長が、カリスマ性溢れる人気者や、誰からも恐れられる武闘派ではなく、もともとは嘲笑と蔑視の対象にあった、不細工でバカ、運動音痴の東山だったということである。己の身の丈を弁えぬ傍若無人を働いた阿呆の末路。学年中に、東山に対する怨嗟が満ちてきたのを見計らって、俺は動いた。

 東山の机に、俺の精液で汚した女生徒の体操着を入れておく。それで東山は終わった。冷静に考えれば、まだ声変わりもしていなかった東山に、体操着をガビガビにするほどの精液を出す能力などないことくらい、中学一年生の性知識でもわかりそうなものだが、東山憎しに凝り固まった生徒たちは、事件を精査することもなく、あっさりと「ギルティ」の判決を下した。

「てめえ、調子こきすぎなんだよ!勘違いしてんじゃねえ」

「よりによっていじめられっ子の代表みてえなテメエがイジメ撲滅とか、冗談は顔だけにしろよな。身の程を弁えろ、バカ」

 精液体操着事件で、これまで抱えてきた不満の爆発した同級生たちは、その日から東山に対し、罵詈雑言の雨あられを浴びせるようになった。

 イジメを取り締まる「君を守る委員会」の委員長が、女子生徒の体操着に精液をかけるようなスキャンダルを起こしたことで、同級生たちに「イジメ=悪」の認識はまったくなくなっていた。それはつまり、かつて東山によってイジメっ子の汚名を着せられ、公開処刑にされた俺が、人権を取り戻すことができたということでもある。俺はこの機に、さらに自分の立場を安定させるために、東山を徹底的に痛めつけた。

 悪口、落書き、略奪などは朝飯前で、上履きに犬のクソを入れるようなことも平気でやった。クラスの女子生徒のスナップ写真を用意し、かわるがわるに東山に見せ、誰で射精をするかを楽しむ「ロシアン・オナニー」をさせたこともあったし、一週間ばかり入浴を禁じ、浮いてきた垢から「力太郎」を作らせ、それをフィギュアショップに売りに行かせたこともあった。東山を虐げるネタを考えさせれば、俺の頭は打ち出の小づちのように次々とアイデアを生み出したのである。

 皆に嫌われる東山を痛めつけることは、「良いこと」「積極的にやるべきこと」であった。誰よりも熱心に東山を痛めつけた俺は、いつの間にか学年中から尊崇を集め、中心的な人物となっていった。何一つ取りえのない俺が、東山を痛めつけることで、人気者の地位を得たのである。

 自我の芽生えとともに、問題行動が顕著になった小学校高学年以降、俺は友人というものを望んだことがなかった。いくら性格的に屈折していたといっても、自分から働きかければ、学校が終わったら家まで一緒に帰る友人の一人や二人できたはずだが、俺はアクションを起こすこともなかった。

 小学校低学年のころまであった、純粋に友達に囲まれる幸せ、楽しさが、なぜ、成長とともに薄れていってしまったのか。当時も疑問に思わないではなかったが、それはつまり、俺は「友人」ではなく、「支持者」あるいは「奴隷」が欲しかった、ということであった。自分を中心とした、自分が百パーセント優位に立てる関係にしか、興味が持てない。俺をちやほやし、讃えてくれる、もしくは、相手を完全に見下せる関係でないと、他人と付き合うメリットを感じられなかった。対等の関係にはまったく興味がなかったし、ましてや誰かを尊敬し、憧れるなどといった感情は、想像もできなかった。

 東山への報復行動によって、俺は自らの理想とする人間関係を得た。皆が俺に、次は何をしてくれるのかと期待を寄せ、期待に応えた際には喝采を送ってくれた。東山のお蔭で、俺は「金八先生」のような、めくるめく青春時代を送ることができたのである。

 自分を中心とした、自分が百パーセント優位に立てる人間関係にしか価値を見いだせないというのは、生徒会長だのに立候補してみたり、「君を守り隊」などを立ち上げてみたりなど、異常に目立ちたがり、特別な地位に執着を見せていた東山の方も、一緒だったように思う。裏道を行こうとする俺と、あくまで正道を貫こうとする東山のスタンスの違いだけで、俺たちは根本的には似た人間だったのだ。

 だからこそ、激しくいがみ合った。俺のせいで「理想の人間関係」を失い、一転して地獄に突き落とされた東山は、日に日に憔悴していった。

 かつては、「食べ物を残すことは、食べ物を作ってくれた人や、食べたくても食べられないアフリカの難民のような人たちに失礼だ!」などと言って、学級委員長の権限で、完食するまで昼休みに入れないルールを作っていたような男が、給食を半分も食べられないようになり、ただでさえ悪かった成績は全教科一けた台というところにまで落ちぶれ、口数も少なく、表情も沈みがちになっていた。

 東山に鬱病の兆候が表れていたのは間違いなかったのだが、教師たちにそれは伝わらず、以前のように覇気がなくなっていた東山を「最近元気がないぞ!しっかりしろ!」「昔のお前はどこに行った!やる気を出せ!」などと叱咤して、余計に追い詰めていた。狡猾さを覚えていた当時の俺は、教師にバレないよう、うまく東山を痛めつけており、またプライドの高い東山も、イジメ撲滅を掲げ「君を守り隊」など立ち上げた、その張本人がイジメを受けているなどということは、教師には言えなかったらしい。「男らしさ」という病のせいで、身動きが取れなくなっていたのである。

 俺にとっての絶頂、東山にとっての悪夢は終わらない。三年生次のクラス替えで、俺と東山は一緒になってしまったのである。これで卒業まで、東山は俺から逃げられなくなった。常に目の届くところから、東山をいたぶることができるようになったのである。

 三年に進級し、東山イジメはさらに激しさを増した。あるときはスティック菓子をケツの穴に突っ込んで、女子の群れに突撃させる。あるときは跳び箱の中に閉じ込め、中にミミズを入れる。あるときは墓地の墓石を倒させ、小便をかけさせる。狂気のアイデアを次々と思い浮かんでは、東山に実行させた。

 そこまでやっても、しかし東山は折れなかった。気丈にも皆勤賞を守り、栄養不足で痩せ衰えた身体で、バスケットボール部の練習にも参加していた。そして、驚くべきことには、「君を守り隊」の活動をも継続していた。無論、精液体操着事件で名声を地に落とした東山の言うことを聞く者など誰一人おらず、委員会は有名無実化していたが、東山は月二回の定例会議には必ず顔を出し、どんなにゴミ箱に捨てられても、冊子を作って全学年に配って回るなど精力的に活動を続け、必死に委員会の存続を図っていた。

 東山が頑張れたのは、彼に心の支えがあったからである。隣りのクラスの、山里愛子という女子生徒。ぽっちゃりした体型で、目が大きく愛らしい顔立ちをしていた彼女は、東山が作った「君を守り隊」の副委員長を務めており、他の委員が次々辞めていくなか最後まで残って、東山の活動を支えていた。

 東山から山里愛子を引き離すのは簡単だったが、俺はあえてそうしなかった。人を追い詰めるときは、逃げ道の一本は必ず用意しておくものである。すべての希望を奪ってしまえば、東山は学校に来なくなってしまうかもしれない。せっかく手に入れたサンドバッグをダメにしてしまうのはもったいない。消耗品は大事に使わなくてはならないと考えたのである。

 刺激的な毎日が続き、三年に進級して半年が経った頃。我が母校は、毎年恒例のイベントである、合唱コンクールを控えていた。大会に先立ち、クラスでは指揮者とピアノの演奏者が決められたのだが、東山は指揮者に立候補していた。合唱ではみんなをリードする立場であり、練習の際にも、自ずと指揮者を中心に段取りが組まれていく。東山の目立ちたがり、仕切りたがり欲はいまだ衰えていなかったのである。

 その日から毎日、放課後に三十分の練習時間が組まれたのだが、忌み嫌われる東山に従う者などいるはずもなかった。練習時間中は男子も女子も雑談やおふざけに興じており、特に東山を中心になって甚振っていた俺たちのグループなどは、東山の恥ずかしいところを纏めて作った「東山かるた」なる遊びを、大きな声を出して朗読しながら楽しんでいた。言っても聞かない俺たちに、背中で模範を示そうと、ただ一人指揮棒を振り続ける東山の姿は、何か壮絶ですらあった。

――みんな、ちゃんとやろうよ!力を合わせて、優勝をつかみ取ろうよ!

 東山の熱い呼びかけに応え、渋々練習に付き合ってやったと見せかけ、東山の指揮に合わせて、当時世間を騒がせていた某新興宗教団体の歌を歌ってやったときの、天国から地獄に突き落とされた東山の顔は、今でも忘れられない。

 東山は、この合唱コンクールに賭けていた。今や人望は地に堕ち、クラスでも部活動でも肩身の狭い思いをしている。自ら立ち上げた「君を守り隊」も壊滅状態。東山の学校生活は、誰がどう見ても漆黒に彩られたものとなってしまった。そのすべてを、東山は、この合唱コンクールで挽回しようとしていた。合唱コンクールで、自分を中心に皆が一つになることで、すべてのわだかまりが解け、風向きが変わると信じていたのである。

 過酷な状況の中、藁にも縋りたい東山が微かな希望を抱くのは、おかしなことではない。なんだかんだ、当日にはそれなりに盛り上がるイベントではあるから、もしかしたら、いじめられっ子が別の誰かだったら、東山が望んでいた結果になったかもしれない。

 だが、イジメられていたのは東山である。東山はどこまでも東山であった。他人の気持ちを理解できない、自分のことしか考えられない東山は、本番を翌日に控えた最後の練習の日にとった行動によって、希望の芽を自ら摘み取ってしまうのである。

――君たちっ!いい加減にしろっ!そんな態度で、この素晴らしい歌を作ってくれた作曲家さんに申し訳ないとは思わないのかっ。もう僕は怒ったぞ。君たちが謝るまで、指揮棒は振らないからなっ!もし僕に戻ってほしいなら、理科準備室まで来い!

 東山は顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、教室を出て行ってしまったのである。

 わけもわからないまま、取りあえず東山が言い残した理科準備室にまで行くと、ドアの窓から、暗い部屋の中、何かを待ちわびているような表情で座り込む東山の姿が見えた。東山は一体、何を考えているのか。ヤツの狙いは、いったい何なのか。俺は先走ってドアを開けようとする仲間を制止し、いったん教室に帰って、作戦会議を開いた。

 そのうちに、仲間の一人が、一つの仮説を口にした。

 先日、教育テレビにて、ある学園ドラマが放送された。そのドラマでは、やはり同じように、合唱コンクールで真面目に練習をしようとしない生徒に怒った担任教師が、車の中に引きこもった。反省した生徒たちは、担任教師の車を輪になって取り囲み、合唱曲を歌いだした。教師は車を出てきた。その一件で一つにまとまったクラスは、見事合唱コンクール優勝の栄冠をつかみ取った。

 東山は、そのドラマの展開の再現を目論んでいるのではないかというのである。

 安っぽいドラマに感銘を受け、現実の世界でそっくりそのままのシチュエーションを再現しようとしてしまう・・。東山ならやりそうなことだった。

 当然、俺がそんな東山の陳腐な目論見を許すはずがない。俺は東山の望みを完膚無きまでに叩き壊し、最大のダメージを与える術を考えた。期末テストでも発揮したことのない集中力で結論を導き出し、そして思いついた手段を実行するため、クラスの皆を率いて、東山の待つ理科準備室へと向かった。

 俺たちがドアを開いた瞬間、東山が浮かべた歓喜の表情は、次の瞬間、苦痛に歪んだものとなる。

―――に。人間の失敗作。頭のてっぺんからつま先まで、すべてが世界で一番劣ってる。

―――い。いつも見下させてくれてありがとう。僕らに自信をくれてありがとう。どんなに辛いときでも、僕よりダメな人がいるってわかると元気が出るよ。

―――と。取りあえず臭いよ。

―――が。頑張った量と結果が噛み合わない選手権なんてものがあったとしたら、東山くんが優勝だろうね。

―――う。うんことしっことを受け止めるパンツが可愛そうだから、今すぐ脱いでください。

―――ま。間違っても東山くんの遺伝子を後生に残したら大変だから、今すぐホモになってください。

―――お。お父さんお母さんも、本当は東山くんを産んで後悔しているよ。


 俺たちは、東山が決めた合唱曲を替え歌にして、「東山かるた」の内容を歌って聞かせてやったのである。罵詈雑言を浴びせるのに加え、東山がリスペクトする名曲をも汚す、まさに一石二鳥の作戦。精神が崩壊した東山は、その場で失禁した。その小便を無理やりに飲ませてやったのは、言うまでもない。

 東山はこれでKOされた。学校に顔を見せなくなったのである。話には、さらに続きがあった。なんと、東山を欠いた俺たちのクラスは、合唱コンクールで優勝を飾ってしまったのである。東山の存在価値を完全に無にしたこの結果。もちろん、受け取った賞状は、しっかりコピーを取って東山に送ってやった。 

 その三日後であった。山里愛子が、公園で東山に殺された。全身数十か所を滅多刺しの、まさに惨殺であった。警察の発表によると、動機は告白を断られての逆恨みであったらしい。

 逆恨みというのは、山里愛子を全面的な被害者とみる警察による、乱暴な結論である。俺は、東山には東山なりの事情があったと見ている。

 そもそも山里愛子は、本当に東山のことを思って、「君を守り隊」の活動に協力していたのだろうか。山里愛子は、俺や東山と同じクラスにいた、武田というイケメン男子に想いを寄せていたことが、当時知られていた。山里愛子は、武田に対し、弱い者に優しくする自分をアピールするために、東山の活動に協力していたのではないか。

 東山が学校を休んでいた期間、武田と山里愛子は、よく肩を並べて下校していた。事件後、武田は口を噤んだが、交際の事実があった可能性は高い。山里愛子は、悲壮な覚悟で想いを伝える東山に対し、お前はもう用済みだという類のことを言ったのではないか。

 だとするならば、東山は山里愛子に、俺に対する以上の怒りを感じたはずだ。俺は最初から敵だったが、山里愛子は、長きに渡って味方と思わせておいて、いきなり裏切ったのである。俺も東山の立場なら、同じかそれ以上のことをしていただろう。

 事件はメディアでも大きく取り上げられた。イジメがあったことも報道されたが、人ひとりを殺した免罪符となるには弱いというのが当時の世論で、首謀者たる俺は、警察や学校から簡単な事情聴取を受けたのみで、ほとんど不問に付された。

 世間的には東山一人が全ての咎を背負った形になったのだが、事件が生徒たちに与えた傷は深く、イジメにはまったく関与していないのに不登校になるような女子も続出したが、俺は何とも思わなかった。罪悪感もまったく感じていない。反省も何もしていない。

 そもそも、一連の出来事を、「イジメ」などと言われることに、俺は釈然としない。加担していた他の連中は知らないが、俺は加害者であると同時に、東山の自己顕示欲の被害者でもあった。つまり立場はイーブンである。戦争と同じで、「やりすぎ」には反省しても、戦ったこと自体を反省する必要性など感じないし、「やりすぎ」を反省するなら、東山とて同じのはずだ。

 あの「公開処刑」のとき、俺は紛れもなく、「死の恐怖」を感じていた。数の暴力を使ったのは、アイツも一緒である。東山が「君を守り隊」に俺を勧誘してきたときだって、曖昧な返事でお茶を濁すのではなく、ムキになって断っていたら、ヤツは何をやってきたかわからなかった。一歩間違えれば、俺が東山の立場を演じていたかもしれないのである。

 それに・・・東山はどうか知らないが、俺はあいつにシンパシーを感じていた。「世間」とかいう、わけのわからないものに染まれない者、自分を殺して溶け込むことができない者同士という点で、俺と東山は、本質的に同じ人間なのである。俺たちが「世間」で生き残るには、「世間」の方を、自分の色で染めるしかなかった。互いが「世間」を自分の色で染めようと争った結果、俺が勝った。それだけのことだった。

 あれはいわば、圧倒的な力に虐げられる者同士の生存競争だったのである。ゴキブリが共食いをするのを、人間から残酷だと責められたところで、ゴキブリにとっては大きなお世話でしかないだろう。それと同じことである。社会の適応者様から、上から目線で非難されるいわれはないのだ。

 俺は東山との「生存競争」には勝った。しかし、俺にとって本当の敵は、東山ではない。たかが一つの中学校の一学年を染め上げただけの話。卒業すれば元の木阿弥。「世間」との戦いからは永遠に逃れられない。

 今から思えば、むしろ東山との戦いに勝ってしまったのが、いけなかった。

 「生存競争」に勝利したことによって、俺が勘違いしたことは多かった。まず、あの成功体験によって、「悪」、すなわち世間一般的に素晴らしいとされる価値観に反して生きることこそ、自分の唯一生きる道だと思い込んでしまったこと。次に、あの成功体験が地道な努力の結果ではなく、まったく予期せぬ僥倖によって齎されたものであったため、学業なりスポーツなり、何か一つのことにじっくり取り組むのを放棄してしまったこと。暗く冷たい地の底を進んでいたかのような俺の人生で唯一光り輝いていた、あの青春の思い出がいつまでも忘れられなかったせいで、「世間」と和解するタイミングを、完全に逃してしまった。

 もし、俺が人生の中の、どこかのタイミングで、自分の方から「世間」の方に歩み寄ろうとしていれば、今よりはマシになっていたのだとすれば、東山は俺に一矢報いたことになる。あれから俺は、とうとう、この世間の中に、自分の生き場所を見つけることはできなかった。人から冷笑を浴び、蔑まれ、負け続けるだけの人生を歩んでしまった。あの頃に比べて、「世間」と折り合いをつけるのはうまくなったが、「世間」との間に横たわる溝自体は、より大きく、深くなってしまった。

 もはや大きな犯罪を犯すのは時間の問題だが、塀の向こうにも、自分の生き場所などがあるとは思えない。この上は気に入らない奴をぶち殺すか、もしくは無差別に大量の命を奪うかして死刑となり、恨み連なる「世間」にどでかい糞をぶちまけてから、今生とおさらばする結末しか思い浮かばなかった。


「おい、お前ら。何をくっちゃべってやがる」

 俺たちが作業するテーブルにつかつかと歩み寄ってきて、注意という名の因縁をつけてくるのは、派遣スタッフのリーダー気取りの深山である。

「お前とお前!お前らいつも一緒にいるが、仕事とプライベートは分けて考えろ!お前は手が早いからまだいいが、お前!口が動いている間、手が止まってるぞ!お前はよくても、海南のスタッフみんながお前と一緒だとみられたら迷惑なんだ。しっかりやれ!」

 お前お前と、声しか聞こえない者には、どっちがどっちといったところである。深山は、海南アスピレーションや丸菱運輸の正社員ならば、普段顔を合わせる機会もない他部署の人間にまで深く精通しているのだが、同じ現場で働く派遣スタッフのことは、名前すら覚えようとしない。そうすることで、自分はお前らと違う、向こうの世界の人間だと、俺たちに印象付けようとしているらしい。もはや意地でしかないが、それは彼にとっては、もっとも崇高なことなのだ。

「うるせえな。他人ばっかり気にしてやがって、あんたこそ仕事に集中してねえんじゃねえか」

「なにぃ・・・」

 手が止まっていると言われた側の「お前」であるところの俺が反撃すると、図星を突かれた深山は、憤怒に顔面を紅潮させながら、伝票の集計作業をしていた、正社員の中井の元へと駆けていった。深山の告げ口を受け、中井は肩をいからせて、何事かを喚きながら、俺たちのテーブルへと歩み寄ってくる。

「てぇめぇっ!ふざけたことしやがって、この野郎!」

 中井が糸ミミズのような血管が走る目で睨み付けるのは、俺一人である。仕事をやっていなかったことではなく、自分に口答えしてきたことが気に入らなかった深山は、俺一人がサボっていたという体にして、中井にチクりを入れたらしい。

 共犯者である宮城は、中井に一人で怒られる俺を庇うでもなく、もともと話しかけたのは自分だということを申し出るでもなく、われ関せずとばかりに、黙々と作業を続けている。己のアピールにならない人助けは一切しない。これが男マザー・テレサを気取る豚の正体である。

「てめえっ、何サボってんだっ!金稼ぎに来てんだろ!ちゃんとやれ!給料泥棒が!」

 何とかほどよく吠えるという言葉が頭をよぎる。人生と引き換えにするには、あまりにもチンケな相手。今までだったら、雑魚に構っても仕方ないと自分を宥め、やり過ごす場面。しかし、今度ばかりはもう無理そうだった。このところロクなものを食っていないせいか、酷く疲れやすい。ちょっとしたことでもイライラとして、導火線が極めて短い状態になっていた。限界だった。

「少しの私語も許さないって、ここは刑務所の作業場かよ。給料泥棒って、こっちは盗みたくなるほどの給料なんか貰ってねえよ。金稼ぎに来てんだからちゃんとやれってのは、働いた分の給料払ってる人間だけが言っていい言葉だろうが。給料以上に人をこき使ってるてめえの会社に、それを言う権利はねえだろ。つうか、一分一秒も休ませねえ割りに、怒鳴る時間はあるのかよ」

「なんだとぉ、この野郎がぁっ!」

 怒りに我を忘れた中井は、手に持っていた段ボール箱を、俺に投げつけてきた。段ボール箱の角が命中した額からは鋭い痛みが走り、熱い液体が流れてきた。

「痛。おい、これ、傷害事件だからな。てめえのこと、訴えてやるよ」

「何ぃ?」

 頸動脈を掻っ切って殺してやるつもりだったが、中井が自爆してくれたおかげで、冷静さを取り戻すことができた。

 バカバカしい。頂くものを頂いて、さっさとこんなところは辞める。ようやく、決定的なチャンスが訪れた。法に訴えるための、物理的な証拠がずっとほしかった。重労働と罵詈雑言の艱難辛苦を耐え忍び、このときをずっと待っていたのだ。

「なんだてめえ。仕事のできねえ馬鹿のくせして、訴えるとはなんだ!」

「知性の欠片もない山猿みてえな顔したお前に、馬鹿なんて言われたくはねえな」

 もうオサラバすることが決まった職場で、社員に頭を下げなくてはならない理由などはない。こうなれば、煽るだけ煽って、さらに決定的な証拠を掴んだ方が得であろう。

「てめえこの野郎!馬鹿は死ななきゃ治らねえっつうから、殺してやろうか?」

「殺すとか言いやがったな。脅迫罪が追加だ。これでお前は無職決定だ。それが嫌なら・・・」

 中井に墓穴を掘らせようと言い争いを続けていると、突然、何者かに背後から襟を掴まれ、恐ろしい力で、床に引き倒された。抵抗する間もない。凄まじい衝撃が背中に加えられ、驚きと恐怖で、ただ悶絶することしかできなかった。

「なんだてめえはっ。なに文句つけてんだっ、おおっ?」

 鬼か閻魔か。中井とはけた違いの、腹の底まで響くような怒声。下から見上げるその身の丈は百九十センチを超え、筋骨隆々の肉体はプロレスラーのそれにもひけをとらない。大男の俺の力量差は、弱肉強食の関係がほとんど物理で決まっていた原始時代なら、絶対に覆せないほど圧倒的だった。しかし、しがらみの多い現代社会においては、そうでもない。

 カマキリを思わせる、鋭角な顎のライン。巨体に似合わない、生白い肌。遠い昔に見覚えのあるその顔を見た俺は、思わず舌なめずりをしてしまった。野に捨てられ、腐肉ばかりを食らって生きてきた犬が、遠い昔に人間の家で食べた、手ずからの馳走の味を思い出したように――。

「お前ら、一つの会社に身をうずめることもしないないろくでなしが、仕事で文句なんか垂れてんじゃない!毎日定時で帰りやがって、俺なんか、一日十五時間の労働を週に五日、土曜日も出勤しているんだ!意見を言いたかったら、俺よりも働いてみろ!」

 懐かしさがこみ上げてくる。身体と声は昔の面影もないほど変わり果てても、独りよがりな精神論をぶちまけ悦に耽っているとき、生白いカマキリ顔が興奮と照れで微かに朱に染まるのは、あの頃と少しも変わっていない。

 そういえば、月初めの今日、職長の交代があるという話があったのを思い出した。朝礼に遅刻した俺は、新しい職長の顔をまだ知らなかった。

 上場企業の管理職なら、俺と同い年でも、年収は六百万はあるだろう。左手薬指に光る結婚指輪は、男に守る者が出来たことを教えてくれている。人の弱みを見つけることにかけては警察犬なみの嗅覚を発揮する俺の鼻が疼き出す。

「よう、職長。今日仕事がはけたらよ、ちょっと飲みに行こうぜ。あんたの部下の不始末について、二人でゆっくり話し合おうや」

「なに?なんで俺が、お前なんかと飲みに行かなきゃいけないんだ。お前みたいな、どこの馬の骨ともわからん・・・」

 ゆっくりと起き上がった俺は、男に粘り気を帯びた視線を貼り付けながら、袋小路まで追い詰めた獲物を絶対に逃すまいとするハンターの足取りでにじり寄っていった。男は、自分の喉仏ほどの位置までしか身の丈がない俺に心底怯え、ゴリラのような巨体を後じらせていく。

 青春の思い出――「生存競争」から十八年。糞みたいな転落人生を送ってきた俺に、太陽のような幸運がめぐってきた。

 俺は「旧友」に向かって、口角をギッと釣り上げた。

「久しぶりだなあ、東山ぁ」
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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