凶悪犯罪者バトルロイヤル 第四十五話

 

 加藤智大と五人の男たちが、小林正人軍のアパートを目指して駆けていく。6時間以上にも及ぶ車内での待機であったが、エコノミークラス症候群の予防のため、こまめに車内で立ち上がったり、足の上下運動をしていたため、その足取りは軽い。

 全員お揃いの黒のつなぎ服。闇に紛れる効果があるが、すでに陽光が降り注ぐ今の時間帯では、さほどの効果もない。武器は、重信軍の面々がダガーナイフ、永田軍の面々が、特殊警棒を携えている。殺傷力を考えるなら、全員が刃物を装備するべきなのだろうが、相手がヘルメットや防刃チョッキを着ていた場合を考え、永田軍には鈍器を装備させたのだ。状況に応じた様々なパターンの装備、戦法がとれるのも、数の利点である。ちなみに、刃物なら日本刀、鈍器なら金属バットと、よりリーチと破壊力がある武器も所持しているが、今回は狭い室内での戦いとなるため、採用は見送られた。

「俺に行かせろッ!」

 永田軍の栗田源蔵が、口角から涎を垂れ流しながら吠えた。永田軍では、戦争が起きた場合、殺害数に応じた報酬制度を敷いているという。一見、モチベーションアップに効果的なようだが、これは諸刃の剣だ。一歩間違えれば、たちまちスタンドプレーのるつぼとなってしまう。ゆえに、重信軍では、単に殺害数のみで評価するのではなく、後方支援でもなんでも、戦闘にどれだけ貢献したかに応じて報酬が支払われる制度を敷いている。我が軍の者だけが配下なら楽であったが、今回のミッションでは、永田軍の連中もうまくコントロールしてやらなければならない。前線指揮官の俺にかかる責任は大きい。

「よし、栗田行けっ。石橋栄治の脳みそをかち割ってやれ!」

 栗田の闘争心を掻き立てるため、あえて過激な表現を用いて、指示を出した。狙われた石橋栄治が、あたふたして奇妙なステップを刻んでいる。

「ま、待てっ。俺は、俺は、あんたらの仲間に加わりたくてっ」

 松永さんの推理は正しかったようだ。が、もう間に合わない。せめて、ドアを開けた瞬間、手招きするとか、わかりやすい合図を示してくれていたらよかったものを。

「ぐぎゃあーーーーーーっ」

 栗田の一撃。鈍い音がして、石橋が倒れ込んだ。栗田は容赦なく、二発目、三発目を打ち込む。

「もういい、中に入るぞっ」

 今のでトドメを刺せたかどうかわからないが、室内にいる小林、間中が体勢を整えない間に突入する方が先決だ。もし、石橋が逃げ出すようなそぶりを見せれば、後方支援の仲間がトドメを刺してくれるだろう。

「なんでだっ。こいつを、こいつをっ」

「ごちゃごちゃうるせえっ。とっと行けっ!」

 命令に従おうとしない栗田に、俺は声を荒げた。上官命令は絶対である。どんな優秀な兵士であろうと、反抗を許してはいけない。それをした瞬間に、全軍の規律は乱れ、軍としての機能を失う。

 部下に命令するだけでなく、俺は真っ先に室内に突入した。

 第二次世界大戦で欧州を席巻したナチスドイツ軍の戦術は、小隊の指揮官が真っ先に前線に突入する、というものだった。戦国時代最強の上杉軍団では、総司令官の上杉謙信自身が、先頭に立って戦っていた。

 死を恐れるな、と、部下に言っておきながら、自分が命を惜しんでいたのでは、下の者はもうついてこない。自分が真っ先に命を捨てる覚悟を見せてこそ、下の者も「この人こそは」と付いてくる。総指揮官はともかく、下級士官は、自分の命を兵士以上に考えてはいけないのだ。

 もっとも、栗田源蔵クラスの豪傑になれば、命を惜しむということはないだろうが、俺に手柄を横取りされる、と、別の理由で尻に火が付いたようで、石橋にトドメを刺すのを諦め、俺のすぐ後ろに続いた。

 俺は玄関から、まっすぐにリビングへと進んだ。昨日、間中から送られた室内の写真を見る限りでは、トラップは設置されていないようだったが、夜のうちに何かが仕掛けられているかもしれない。が、恐れる気持ちはなかった。速度と勢いを失いたくなかった。
 
 リビングへと雪崩れ込んだ俺たちを、フルフェイスヘルメットを被った一人の若い男が迎えた。シールドの向こうに覗く、ドロリと濁った一重瞼の目・・リーダーの小林正人だ。間中博巳の姿は見えない。どうやら間中博巳は、小林軍に残るでもなく、重信軍に寝返るでもなく、何もかも捨てて逃げ出してしまったらしい。

 賢い選択をしたのかもしれない。実際には、松永さんと重信さんは間中を仲間として遇するつもりだったのだが、間中の方からは、彼らの本心はわからないのだから。

 右手に包丁を持って壁際に立つ小林と対峙した。栗田を先頭に、仲間たちが続々と部屋の中に雪崩れ込んでいく。

 小林は幼少期から窃盗、強姦、暴行を繰り返し、何度も少年院に送致されるなど、どうしようもない社会不適合者ではあるが、ギャングの頭目を務め、10人からの少年少女を率いていたのだから、知能はけして低くはないだろう。腕っぷしも強いに違いない。6対1、勝敗はすでに決しているが、こちらに犠牲者を出してしまうかもしれない。

 今後の経験のために、それでも戦うべきか。降伏を促し、首脳陣の判断を仰ぐか。俺がしばし、指示を躊躇っていると、小林が空いた方の左手を背中にやった。なにか、とてつもなく嫌な予感がする。脳内に警報がなる。

 小林の左手が、前に突き出された。なにか、スプレー缶みたいなものを持っている。トリガーが引かれた。ヘルメットに隠されていて見えないが、その口元が弧を描いたような気がした。

「伏せろっ!」

 慌てて指示を出したが、遅かった。室内に、オレンジ色の霧が舞ったかと思うと、突然、瞳に針で突かれたような強烈な痛みが走った。目を開けていられない。涙がボロボロと流れ落ち、視界は完全に奪われてしまった。

 催涙スプレー。軍隊でも採用される、強力な非致死性兵器である。風の無い室内で噴射することにより真価が発揮され、飛沫が一滴、目に入っただけでも数十分は行動不能となる。小林がフルフェイスヘルメットを被っていたのは、このためだった。

 窮鼠猫を噛む。ルールでは化学兵器の使用は禁止されているはずだが、小林は委員会に追われる身となってでも、まずはこの場から生き延びることを優先させたらしい。

 ガラス窓が空く音が聞こえる。小林はベランダから、逃亡を図ろうとしているようだ。一階にアジトを構える利点。侵入されやすいが、逃亡も容易である。長所はいつも、短所のすぐそばにある。

 永田のオバサンの膨れっ面が浮かんだ、そのときだった。鈍い音と、小林がうめく声が聞こえてきた。伏兵の一撃。首脳陣が、後方支援の人員をベランダに配していたのだ。

 千載一遇の好機。俺は、瞼を無理やりこじ開けた。涙で滲む視界に、慌てて室内に引き上げようとする小林の姿が、微かに映った。小林との距離、目測で2メートル。俺は、何かをまたぎ越えるように、大きく足を踏み出してステップインした。小林の、ヘルメットの下から露出する首に見当をつけ、闇に向かってダガーナイフを突き出した。

 ヒュー、ヒュー、と、笛を吹くような音がして、生温い液体が俺の顔にかかる。ドサリ。小林が倒れたようだ。伏兵たちが室内に入ってきて、倒れている小林にトドメをさす。やがて、男たちの、獣のような息遣いだけが聞こえるようになった。

 小林軍殲滅を達成した俺たちは、小林軍の軍資金156万円を奪い、アジトを後にした。戦後の論功行賞では、一番槍をつけた栗田源蔵が報酬100万円を、その他の人員には報酬20万円が支払われた。俺にも、栗田源蔵に次ぐ70万円が支払われるはずだったが、辞退した。「スカーフキッス」で開かれた戦勝祝いにも、乾杯に付き合っただけで帰った。

 土壇場で不要な時間をとってしまったために、小林の反撃を許してしまった。奴の攻撃はルールに抵触するものであったが、それだって、想定していなければならなかった。もともと、社会のルールから逸脱したことでお縄になった連中なのだ――俺を含めて。それが、委員会が決めたルールを順守するなどと考えている方がどうかしている。

 あの場では、小林が「逃げる」という選択をしたために犠牲者が出ることはなかったが、もし、小林が、行動不能になった俺たちに襲い掛かってきていたら?ヘタしたら全滅していたかもしれない。今回の戦は、反省ばかりだ。とてもではないが、浮かれて騒ぐ気分ではない。

 トレーニングだ。トレーニングに打ち込むしかない。もっと、もっと強くならなければならない。でないと、生き残れない。生き残るためには、強くなるしかない。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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