偽善の国のアリス 15


 
 講師に連絡することもせず学校を休んだ私の携帯に、2通のメールが届きました。一人は「関口」で、「元気ですか~」という一言だけが書いてありました。あんまり心配していなさそうな感じだったので、これには返信しませんでした。

 もう一人は、送り主不明のメールでした。内定先の企業の課題をやっておいた方がいいという内容だったので、このときは、内定先が同じで、そこそこ仲もよかった「江原」という人物からのメール(私がアドレスを登録し忘れていただけ)だと思い、そのつもりで返信をしたのですが、のちに江原からは、前のアドレスでまたメールが来たので、おそらく江原ではなかったのでしょう。このときの送り主は誰だったのかは、結局いまだにわかっていません。

 野村からの連絡は、今度は来ませんでした。もう、ここに至っては、私を説得するのは不可能であることをわかっていたのでしょう。

 前回において、私は「野村は金澤が神山と付き合うにあたって、後顧の憂いを断つために、津島をキレイごとで丸め込もうとした」は誤解であった、と書きましたが、あとでそれは、完全な誤解とは言えないことに気づきました。

 私が立ち直るのは、確かに「自分のため」かもしれませんが、それによって神山と金澤に、「津島に後ろからぶっ刺される危険に怯えることなく、パコパコをヤリまくる」安心感を与えてしまうというのも、紛れもない事実だからです。野村が「津島のために」と思ってくれたのは確かだとしても、私は「なんでアイツらが安心してセックスするために、僕が立ち直らないといけないのだろう・・」と思ってしまうのです。私自身、当時は気づいていませんでしたが、心のどこかにそういう感情はあったのだと思います。
 
 結局のところ、神山と金澤が付き合い始めた時点で、私はもう「詰み」だったといえます。神山と金澤がイチャイチャしているのを見せつけられながら、学校生活を幸せに終えるということは、絶対にありえないことなのです。

 私に奴らの交際を「納得しろ、祝福しろ」などと言うのは、太陽を西から昇らせろ、石を水に浮かべろと言われるのと同じ。「ムリなものはムリ」という話であって、人に言われて考えが変わることなどはないのです。

 野村も今更自分が何をいっても、神山と金澤のためのおためごかしにしかならないことをわかっていたから、私に「二度目の励まし」はしてこなかったのでしょう。おそらく神山と金澤にそこまでの意思はなかったと思いますが、結果的に、私は二人の交際によって、当時の友人との関係を、全部ぶち壊されてしまいました。

 無断欠席が続いたことで、講師からは、私のケータイではなく自宅の固定電話に電話がかかってくるようになりました。うちの母親が対応していたのですが、どうもこのとき、講師は母親に、「このまま欠席が続くと、津島くんは除籍処分になる可能性がありますよ」などと脅していたようです。

 裏を取ったわけではありませんが、私はこのときの講師の発言は「真っ赤な嘘」であり、「脅し」であったと確信しています。

 除籍処分というのは、会社でいえば懲戒解雇のようなもので、通常、留年があまりにも長く続いているとか、犯罪行為などによって、学校の名誉を著しく損ねた場合などにおいてしか適用されません。

 私はこの時点で後期の学費も納め終わっており、三学期の授業は一月で終わりになるので、全部休んでも高々二十日程度にしかなりません。どうも、卒業式の記念品を購入する証紙を提出していないことが問題になったみたいですが、たったそれだけのことで、「除籍」などという重い処分になるとは、ちょっと考えにくいことです。

 第一、内定先企業にはどう説明するのか?それこそ著しく学校の名誉を損ねる行為があったならともかく、大した理由もないのに生徒を除籍処分などにしたなどといえば、学校の方が、内定先企業から信頼を失うことになるのではないのか?

 この講師は、自分の査定のために、生徒を「騙して」「脅して」出席させようとしていたのではないのか?

 このときの一件が決定的だったのですが、他にも、3人目の講師は、書類にミスが多いとか、ミーティングの話をちゃんと聞いていなかったというだけで、私のことを人前で怒鳴ってきたり、(就職できなくて困るのは私だけであって、誰に迷惑をかけているわけでもない。怒るなら裏で怒れ)。「俺なんか一日15時間労働だぜ~。社会に出たらそれが普通だぜ~」とか、これから社会に出ようとする生徒に夢をなくさせるようなことを言ったり(本人はそれがカッコいいと思っているみたいでしたが)しており、どうも彼には、あまりいい印象がありません。

 神山、金澤のように殺意を抱くほどの恨みはないですが、関口、野村、深沢、中尾、稲生、加納あたりと同列で、後ろからハンマーでぶン殴りたいリストのなかには入っています。

 私が学校を休んでいる間に、三学期の授業、そして卒業式が終了しました。後で講師から連絡があり、私が無事に卒業はできたこと(除籍云々は最初から嘘だったに違いないですが)、みんなが私のことをとても心配していたことが伝えられました。

 心配・・・。神山と金澤が交際していることを知らない人ならともかく、あの二人の交際を祝福している連中が言っても白々しいだけで、何も胸には響きません。まあ、今さら何を言っても無駄だとわかって、変な励ましとかしてこなかったのは、賢い選択だとは思いますが。

 それから、三月の終わりごろ、突然、関口の方から連絡があり、心配というか多分興味本位から、関口、稲生、梶原、田上の四人が、私の家の近くまで会いにきてくれることになりました。「自分が愛した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」という伝説の名言を残した関口と、ガサツな体育会系の稲生というコンビですが、このときは糞みたいな説教やキレイごとを聞かされるわけでもなく、毒にも薬にもならない言葉をいくつかかけられただけでした。

 ただ一つ、私のはらわたを煮え繰り返させたのは、稲生から聞かされた「神山が津島のことを心配していた」という言葉でした。自分が散々、私をサンドバッグにしてきたことを反省したのか?と一瞬思ったのですが、答えは「否」でした。神山は、

 「津島くんがずっと学校来ないけど、どうしたのかなぁ?」

 などと、私が精神的に潰れた件に、自分が深く関与している事実を一切認知していないようなことを言っていた、というのです。

 私は稲生からこれを聞かされたことで、神山への、殺意を伴う恨みの感情を明確にしました。

 一体、神山の言葉のどこが、私を心配しているというのか?

 私は「男らしさの病」から、神山の件でずっと悩んでいたことを、あまり自分の口からは言っていませんでしたが、私が潰れた理由は、少なくとも一年からずっと一緒だった連中はみんな知っていたはずです。もちろん、「当事者」である神山が知らないはずなどなく、これはどう考えても、万が一、自分が悪者扱いされることを恐れて、「とぼけたフリ」をしていただけです。

 これまで神山は、私のことを、「ロイヤルプリンセス様に部不相応な恋心を抱く、醜い乞食」と見下しながらも、乞食のコミュニティに入ればプリンセスには何の力もないという風に、クラス内の立場としては、自分が私に比べて「弱い存在」であるということを、私を潰す正当化の理由にしていたフシがありました。

 確かに、一年次の私は沢山の友人に囲まれており、周囲からは「学校生活を満喫している、リア充である」というふうに見えていたはずで、もしかしたら、クラス内において、神山よりも優位な立場にある部分もあったのかもしれません(それを誇りにしたことなど一度もありませんが)。

 しかし、いつの間やら立場は逆転し、私は友達がいなくなったわけではないものの、いつも表情が暗く、休み時間には話し相手もおらず放置され、ついには学校にも来なくなってしまった。それと、また後で書きますが、私が内定した企業は、けして努力の結果入れた会社とはいえない、言ってしまえばブラックの可能性がかなり高い企業でした。

 それに引き換え、2年生になってからの神山は、周囲に「独特の感性を持った、不思議っこちゃん」などと言われて好意的に受け入れられ、素敵な恋人まででき、努力の結果内定を勝ち取った、ブラックである可能性は低い企業に入社を待つ身である。

 ここに至って、神山は「弱者」という大義名分が完全に消失し、私をメタクソに潰したことを正当化できなくなってしまったことを察したのでしょう。いくら相手が「醜い乞食」だとしても、さすがにやりすぎてしまった。これで自殺でもされた日には、相当寝覚めが悪い――。

 いや、罪悪感は一切なく、ただ、自分が津島をサンドバッグ代わりに利用してストレスを発散していた事実を覆い隠し、ションベンをしたときに拭きもせず、常にシラミを繁殖させているマンコを舐めてくれる金澤を手放さないために「保身」を図ろうと、「どうしたのかなぁ?」などと恍けて見せたのです。

 本当に、余計なことしかできないバカです。「やらなくてもいい余計なこと」「言わなくてもいい余計なこと」を、一々やったり言ったりするから恨まれる。私の方に、「復讐心を抱く正当性」が生まれる。アイツは最初から最後までそうでした。

 私を振ったときに、人として普通に、誠実な対応をしてくれていれば、神山は私から殺意を抱かれることなどありませんでした。

 もし、神山がちゃんと、人として言うべきことを言った上で、丁重にお断りした上で私がしつこくしてきたのなら、その時こそ正々堂々と私を非難し、私が潰れたとしても毅然とした態度を貫いていればよかっただけです。礼儀を弁えた上でのことなら、神山に何も非はない。結局、自分にも疚しいところがあるから、最後、「津島くんどうしたのかなあ?」などと、恍けた振りをしなくてはならなくなる。

 私に復讐を正当化する理由を与えた時点で、アイツの過失です。

 古代中国の兵法家の名言に、「戦は六分の勝ちをもって良しとすべし」という言葉があります。なまじ十分の勝ちを収めてしまうと、心に傲りが生まれてしまい、次の戦では必ず大敗するということを説明するときによく使われますが、そのほかに、相手に逃げ道も復興の道も与えないほど完勝しすぎてしまうと、相手から余計な恨みを買ってしまう、という意味にも解釈できます。

 神山はあまりにも私を、完膚なきまでに叩きのめしすぎました。

 私を振るまではいい。百歩譲って、「ありがとう」の一言が言えなくてもいい。百二十歩譲って、私を侮辱し、私の名誉を貶めるまでを既定路線としてもいい。

 しかし、私にわざわざ、幸せを見せつける必要はなかった。ただ男を作るだけならまだしも、よりにもよって、私をバカにしていた金澤と付き合わなくてもよかった。せめて、自分が「独特の感性を持った不思議ちゃん」などではなく、「顔だけでしか男を選べない、ただのミーハーなビッチ」だという事実を公言しているべきだった。

 男にとって、言い訳は醜いことでも、みっともないことでもありません。言い訳は、「また立ち上がるための魔法の言葉」です。言い訳の余地もないほど叩きのめされてしまったら、こっちだって引くに引けなくなってしまいます。

 神山に「ペンペン草も生えないほど」ギタギタにされた私は、完全に心が壊れ、2012年の年明けから、その年の10月ごろまでもの間、労働も勉強も、何もできなくなってしまいました。企業からの内定も辞退しました。

 私が内定した企業というのは、創業から10年も経っていない新興の企業で(IT業界はそういう会社が多いですが)、急成長中ということで大量募集を行っていたらしく、なんと最終面接すら集団面接で、筆記試験も、学校で情報処理のことを勉強してきたなら外す方が難しいというぐらい簡単な問題ばかりが並んでいました。大河原からも、大量7名が採用され、その7名は私以外、全員基本情報の資格を持っていませんでした。

 入社のハードルが低いからといって悪い企業とは限りませんが、後先考えずとりあえず大量に採って、あとで人員が過剰だとわかったら、嫌がらせでも何でもして退職に追い込む(解雇してたかはわかりませんが)というのは、ブラック企業にありがちなパターンです。入社前の課題として、社長が書いた本を「自腹で買って」、その感想文を書くというのも、なにかワタミチックな香りがします。

 憶測で企業の名誉を貶めるようなことを言うのは何なのでこれくらいにしておきますが、ただ一つ言えるのは、あの会社に入ったのは、私の努力の結果でもなんでもなかったということです。極端な話、「大河原」に通っていなくても、新卒のブランドがなくても入れた会社だったと思います。

 人間、努力をせずに得られたものにはありがたみを感じないものです。それ以前に、私はあの神山と金澤と同じ業界で働くということが、どうしても嫌でした。私がITの分野に物凄く興味があって、ずっとITに関わって生きていたいというなら、逆に意地でも身を引かず、神山と金澤の方を破滅させようとしたのでしょうが、実際のところ、私はITの分野には特に関心はなく、飯の種以上には考えていなかったので、自分が身を引くことに全く躊躇はありませんでした。

 これで正社員の道は閉ざされたわけですが、何も後悔はありません。勿体ないとも思いません。一生を神山と金澤の風下に立って生きるくらいなら、貧乏の方がマシです。

 家に引きこもっている間は、日がな一日パソコンとゲーム、そして、暗い妄想ばかりをしていました。ほとんど生きる気力も失っていた私が唯一元気になれるのは、「神山を強姦して子供を産ませ、その子供を神山本人か金澤に絞め殺させてまた強姦し、飽きたらそこら辺の汚いおじさんに種付けさせて、その子供も神山か金澤に殺させる」のを想像するときだけでした。

 いわゆるキレイごとは、私に何の力も与えてくれませんでした。それもそのはず、あの学校で味わった、私にとって最大の恐怖は、野村や関口といった連中のキレイごとに丸め込まれて、「偽善の国」に取り込まれることだったのですから。

 キレイごとで成り立っているといっても過言ではない世の中で、キレイごとを信じられないというのは不便なこともありますが、アホみたいに聞こえのいい言葉を信じるのではなく、物事を自分の頭で考える癖が付いたことは、よかったことだと思っています。別に凄いことでもなく、できる人はそれこそ十代から自然とそういう思考になっているんでしょうが、私がそうなるには二十数年という年月と、多大な犠牲を払う必要があったということです。

 「自分の顔を世にも醜いものだと思う」醜形恐怖はずっと続いており、私には暇さえあれば顔面を叩いたり、頬を押したりする(そうすることで顔を小さくしようとしている)癖がついてしまい、いつの間にか、頬の下に、安田大サーカスのHIROくんなど、極度の肥満の人にできるような黒い痣ができてしまっていました(現在は消失)。

 この癖がなくなったのは、サイト開設当初、私の顔写真をサイトにUPしたとき、読者さんから好意的なコメントをもらえたからです。私の顔を褒めたところで一文の得にもならない読者さんから顔を褒めてもらうことによって、私は心的外傷を克服することができたのです。そのときの読者さんはほとんどいなくなってしまいましたが、今でも感謝はしています。

 「偽善の国のアリス」連載中、ある読者さんから、「津島は人間関係を大切にしていないのではないか」といったようなコメントを頂きましたが、ハッキリ言いまして、それは完全なる誤解です。私だって、自分が好感を持つことができ、付き合う上でメリットがある人間関係だったら、維持できるように最大限の努力をします。結果的には破綻してしまいましたが、「大河原」に通っていた当時だって、私は神山や他のクラスメイトたちと良好な人間関係を維持できるよう、私なりに最大限の努力をしていました。

 私も人間関係を大事にするのは、皆さんと変わりません。ただ、「自分を殺してまで」人間関係を維持することに全力を尽くそうとしないだけです。

 とはいっても、程度の差こそあれ、自分を殺して、我慢してまで人付き合いなどしたくないのは誰しも同じはずで、私を批判してきた読者さんは、考え方が違うというより、それこそ関口のように「他人事だから、好き放題言ってるだけじゃないのか?」という部分が見受けられたので、厳しく反論させていただきました。

 その読者さんからは、その後コメントはなくなってしまいました。今読んでいるのかどうかもわかりませんが、自分の主張に無謬がないことを証明した結果読者を失ってしまうのなら、寂しいですが仕方ないことだと思っています。大体、あのコメントに対して、私が”確かにそうだ”と言っちゃったら、そこで物語終わっちゃいますから。

 正直なところ、(コメントをくれないという意味で)私との人間関係を大切にしない方に、私のリアルでの人間関係云々を言われるのも釈然としないという気持ちも若干あるのですが、その読者さんから見て、「自分を殺したくない」点において、私はかなり異常に見えているのは確かなようです。

 まあ、実際その通りで、私はいわゆる平均的サラリーマンには確実に向いておらず、労働者として生きていこうと思うなら、派遣のような、しがらみのない働き方をするしかないのだと思います。ですから、何度も書いてきたことですが、私は就職を棒に振ったことに関しては何も未練はありませんし、そのことで神山を恨んだりはしていません。

 自分を殺してまで人付き合いをしようとは思わないということは、反対に、ありのままの自分を受け入れてくれた人のことは、本当に大事に思うということです。ときどき感情的になってしまうこともありますが、このサイトにコメントを寄せてくださり、サイトの運営を3年間支え続けてくれた皆さんへの感謝、とくに、多数のコメントを寄せて応援してくださった方々――キレイごと抜きで、私に何らかの利益を齎してくれた人への感謝の気持ちというのは、絶対に忘れてはいけないことだと思っています。

 もちろん、ネットだけでなく、リアルで関わりがある人たちに対しても同じです。

 この当時、自分の顔を世にも醜いものだと思い込んでいた私は、私をそんな醜い、神山程度の女と付き合う幸せも与えられない顔に産んだ親を恨み(親を恨む理屈については、宅間守のコーナーで詳しく書きました)、ここではとても書けないような罵詈雑言を浴びせつつ、小遣いだけはしっかり貰いながら、一年半近くも生活していました。

 しかし、26歳のとき、生涯の伴侶となる女が出来たことで、私は自分にも、人並みの幸せは許されていたことを知り、親を恨む正当化の理由を失いました。「お前らが頼みもせんのに勝手に俺を産みやがったのだから、責任をもって最後まで生活の面倒を見ろ」などと言って小遣いをせびるわけにもいかなくなり、そもそも親からもらう小遣いだけでは交際費にはまったく届かないため、サイトの運営を継続しながら、派遣の仕事で働くことにもなりました。ニートを働かせるのは「説教」ではなく、「希望、喜び」とであるということを、身をもって証明したことになります。

 今も「産んでくれた感謝」をしているかといえば微妙ですが、とにかく生きていなければいけない以上、金銭的に援助をしてくれる存在は貴重ですし、キレイごと抜きで私の面倒をずっと見てくれたことに関しては、親兄弟、妻、ペットの犬(実家を出て唯一悲しいのは、毎日彼に会えなくなったことである)には、感謝をしています。人間最後に頼れるのは家族です。

 家族ということで言えば、もう一匹――、兄妹同然に過ごした、今は亡き先代の愛犬の思い出も忘れてはなりません。

 はっきり言って、10代のころの私は、自分でも信じられないような大馬鹿者で、彼女にほとんどイジメ同然の酷い八つ当たりなどもしていた(弟にもそうで、申し訳なく思う)のですが、そんな私を何も疑うこともなく受け入れてくれ、帰宅したときなど尻尾を振って出迎えてくれた、私はけして悪い人間ではないと信じてくれた彼女の純粋さに触れたおかげで、私は口では色々言いながらも、中学時代のチャリパクの件以外では警察の厄介になることなく生きていられているといっても過言ではありません。

 神山にあそこまで執着したのは、今は亡き先代の愛犬と、名前(本名)が一緒だったということもあります。それ自体、神山には何も罪はなく、不幸な巡りあわせとしか言いようがないのですが、もしかしたら、私の一番大事な思い出を汚されたということが、私にとって、もっとも致命的なことだったのかもしれません。

 神山に対する感情は、ただの恨みでもないし、一時期は本当に好きだったこともあるし、ここまで、400字詰め原稿用紙で約300~400枚分くらいの文量を費やしてもまだ語り切れているかわからないくらい、さまざまな思いが混ぜこぜとなった複雑なものとなっています。

 あえて一言で言うなら、「固定観念」。理屈ではけして割り切ることができないものであり、いくら神山に対する復讐心、殺意を消した方が私のためだとわかっていたとしても、それだけではどうしようもないことなのです。

 神山への恨みを消すというのは、池に石を浮かべろと言われるのと同じように、「ムリなものはムリ」というものです。「それ他人事だから言えるだけでしょ?」レベルの中途半端な説得では、火に油を注ぐように、神山への恨みが余計に増してしまうだけです。
 
 度々引用してしまって申し訳ないのですが(反対意見としては貴重なので)、ある読者さんから、神山にこっ酷い振られ方をしたおかげで、女房と出会った=よかったな、と考えることはできないのか、人間万事塞翁が馬というふうに考えることはできないのか、というコメントをいただきました。

 結論からいって、「現時点で」それは完全に無理です。確かに今の女房とはこのサイトを通じて出会ったのであり、このサイトを開いた理由が、神山に精神をメタメタにされて、サラリーマンとして生きる道がポシャッたからだと考えれば、神山のお陰で女房と出会えたと言えなくもないですが、それとて「結果論」にしかすぎません。サイト以外を通じて女房と出会えたかもしれないし、神山と円満に別れてから女房と出会うルートだって考えられるはずです。

 私にとっては一大事でも、読者さんにとって、私の体験は他人事です。私と同レベルで感情を共有できないのは当たり前のことです。私が他の人に、自分の気持ちを100パーセント理解することを強要してはいけないように、読者さんの方にも、他人事だからといって、簡単に「考え方を変えろよ」という権利はありません。

 女房と出会えたことは、確かによかったことだと思います。しかし、私はそんなことは、誰の人生にも与えられる当たり前のことだと思っています。結婚もできない、女もできない人に比べたらお前は幸せなんだから我慢しろと言われても納得などできませんし、自分より不幸な人を見て納得しろなどという理屈を突き詰めたら、それこそ、世界で一番不幸な人以外は、不平不満を述べてはいけないということになってしまいます。

 例えば年俸数億円のプロ野球選手で、黙っていれば監督の座が転がり込んでくるような、一般人の百倍くらい色んなチャンスが存在する恵まれたご身分であるにも関わらず、巨人がどうのこうのと、過ぎ去ったことをいつまでもグチグチいったり、不平不満をタラタラ延べて、挙句、薬物にまで手を出してしまうというような人であれば私もどうかと思いますが、億万長者でもなんでもない私なんかは、変な話ですが、過去のわだかまりに拘っていてもいいし、自分の境遇に不平不満を述べる「権利」もあると思います。

 ご自身は奥さんがいるというだけで満足できているのかもしれませんが、だからといって、その価値観を、赤の他人の私にも押し付けようとしてはいけません。大体、女ができたから幸せとか、そんな陳腐なハッピーエンドに私を落とし込もうとするのは、いまだ世間には認められていないとはいえ、物語を作るという活動を3年間続けてきた私への「侮辱」とも取れます。

 では、どのようにすれば、私は神山との一件を「納得」し、新たなステージへと進むことができるようになるのか?私が神山への恨みを「滅失」させる方法はひとつも存在しないのか?

 その方法はただ一つであり、実現するための手段は二つあります。方法とは、単純明快に、「私が神山より条件のいい生活をする」ことです。

 重要なのは、「神山より条件がいい」ということであって、孫正義のような大金持ちにならなくてはわけではないということです。極端な話、神山が世界最貧国で、その日の食事にも事欠きながら、過酷な強制労働をさせられる奴隷生活を送っているのなら、私はその少し上で、新宿のガード下でホームレス生活を送るのでもいいということになります。

 ちょっとハードルが低くなりましたが、作中でも申しましたように、私の頭には、「物事を自分に都合よく考える」回路が存在しません。神山はどうせ金澤に遊ばれて捨てて、適齢期を過ぎても結婚できず、相変わらず男を顔でえり好みしている婚活ババアに変貌しているに違いない、そんな惨めなヤツを恨んでも仕方ない、俺は俺で一歩を踏み出せばいいではないか、というような考え方はできないのです。

 かといって、孫正義のような金持ちの妻になってるとか、女社長として何千何万人の部下を使っているとか、あまりに大出世しているところを想像してしまったら、私が一生かかっても追いつくのは不可能ということになり、もう今すぐ復讐するしか実現の手段がなくなってしまいますので、基準は、私が知る最後の神山の生活レベルということになります。すなわち、

 ・一流半企業の正社員として、仕事ではそこそこ苦労しながらも、安定した収入がある。
 ・金澤か金澤レベルの男と結婚か結婚を前提に付き合っている。
 ・多数の友人に囲まれ、充実したプライベートを送っている。

 まあ、このくらいが、私が超えるべき最低ラインということになります。

 今の私の生活は、明らかにこれを上回っていません。
 
 私の今現在の職業は、派遣労働者です。本文中でも述べた通り、私自身、ここ数年で労働に対する見方が大きく変わっており、非正規の派遣労働を必ずしも正社員の下位に置くという考え方は消えたのですが、収入では確実に負けていますし、神山が責任の重い正社員の仕事に大きな遣り甲斐を見出しており、今の仕事は「カレー味のカレー」だと言われてしまったら、もうぐうの音もでない敗北ということになってしまいます。

 女房と出会えたのだから幸せだと思えと言われた読者さん(また、引用してしまい申し訳ない)もいましたが、神山の方にもパートナーがいる以上、それは神山を上回った証明にも何にもなりません。読者さんはどういう想像をされているのか知りませんが、世の中に完璧な女などはいない以上、当然のことながら、私にだってパートナーに対する不満はありますし、そもそも夫婦生活が幸せかどうかなど自分の考え方次第であり、極端な話、神山が夫や恋人に暴力を振るわれていたとしても、「私は幸せ」だと言われてしまったら、こっちは何も言えなくなる。

 友人多数は別に羨ましいことではないのですが、問題は、神山がそれで多好感を味わっているということです。「孤独」というのはそれ以上でも以下でもないものですが、「友達がいる充実感」は上下動するものです。場合によってはマイナスとなることもありますが、私から見た神山は、ほぼ確実にプラスの方向にいる状態でした。0である私より上にいる以上、これも看過できない問題となります。

 女房は唯一無二の存在で、大切な家族ですから、別れたり乗り換えたりすることなど考えられず、友人は欲しいとも思わない。「パートナー」「友人」で上回るということが実質不可能である以上、「仕事」で神山を上回るしか、挽回の手段はありません。私は自分をそこまで金銭への執着が強い人間だとは思わないのですが、やはり目に見える数字で上回らない限り、実質手段はないのではないかと思います。

 では、いったいどれくらい稼げばいいのか?

 私は学校を卒業して以降の神山の人生を知りませんから、神山の卒業時の社会的地位である、サラリーマンの生涯賃金といわれる二億円がひとつの基準となります。この収入を、私は「文章で飯を食っていく」ことによって超えようと思っています。もう私も30間近で、これから他の才能が開花するとも考えられませんから、実質これしかないでしょう。

 今は出版不況の時代で、印税や原稿料だけで生活できている作家はそれこそ一握りだけです。ひと昔前に比べ、そもそも枠自体が少なくなっており、入口に立つことすら容易ではありません。正直、二億円は相当な運もないと難しいと思います。

 ただ、私は会社に束縛されずに仕事をする生き方をサラリーマンの生き方より勝ちと考えますから、必ずしも二億のノルマを達成できなくてはいけないというわけではありません。私は別に書くことが大好きというわけではないのですが、読者の方から自分の作品を褒めてもらえたり、感想をもらえたりしたときは大変うれしく、書いていてよかったと思えるもので、それでお金を得られるということになれば、それは大層幸せだろうなと思います。今後ますます小説が斜陽になり、専業作家の希少価値が増すということになれば、ある意味、「俺はすげえ独特の生き方をしているんだ」、という自己満足を味わうことにも繋がります。そういう付加価値というものも合わせて、もっと総合的に考えていきたいと思っています。

 まあ、フリーターの生涯賃金との間をとって、一億二千五百万円。子供は生涯持たず、女房にも頑張って働いてもらうとして、一億円。定年を迎える65歳までの(年金の問題もあって、もっと引き上げられるって話もありますが)残り36年でこれだけ稼げれば、まあ、「神山よりも勝ち」と思っても良いかと思います。

 ただ、生涯賃金が明らかになるのはずっと先のことですから、ひとまずは、一億ないし一億二千五百万円の目標を順調に消化できていることが確認できる、年収四百万円程度の収入があれば、神山への復讐心はとりあえず消えた状態になるのではないでしょうか。

 ここまで上手く行って、まだ「結果論」と言い続けるのは、さすがに冷め過ぎているように思います。ここまで成功したのなら、それは確かに神山との一件があって、あのとき進路変更を余儀なくされたおかげであり、とある読者さんに言われたように、「塞翁が馬」と考えてもいいでしょう。これだけ充実した人生を送れるのなら、私も「復讐なんて馬鹿なことはやめよう。自分を大事にしよう」と思えるはずです。

 私が神山より幸せになれないのなら、そのときは、神山の方を不幸にしなければなりません。私は「神山よりほんの少しでも幸せなら、それでいい」のであって、けして億万長者にならなければいけないということではありません。確か「刃牙」で読んだセリフだったと思うのですが、「あの女が世界で一番不幸な人間なら、僕は世界で二番目に不幸な人間でいい」、極端に言えばそういうことになります。

 それが「方法は一つだが、手段は二つある」ということですが、後者について具体的な計画を練るのは、もっとずっと後になってからでいいと思っています。気力も体力も落ちてきて、もう完全に世の中での上がり目もないとわかった37,8歳くらいになっても芽が出ず、女房とも別れて、親も二人とも死んで財産もない・・・そういう状況に追い込まれていたら、いよいよやるしかないということになると思います。そこでリサーチする過程で、神山が私よりももっとゴミのような人生を送っていることが分かれば、それはそれで結果オーライということで、見逃してやってもいい。ホストに騙されてソープにでも沈んでいたら、遊びに行ってやるために、真面目に働くのもいい。

 自分には何もないが、実家に少なくとも中流程度の経済力があり、安定した住環境がある分、まだ恵まれている方で、まだ若いといえる年齢(当時25歳)でもある。まだ、「復讐」は時期が早い。もうちょっと、頑張ってみよう・・・。

 私がこのように考え始めたのは2012年の10月ごろからで、そのころから私は、私が神山以上になる唯一の手段として、「大河原」二年生のころから中断していた、小説の執筆を開始しました。

 小説を選んだのは、そこそこ得意で人から褒められた経験もあるというのに加え、やっぱり、神山の件だけではなく、人生の中でずっと感じてきた「怨念」を、はっきりとした言葉で書き表したい、自分が感じてきたあの不快な感情は何だったのか、自分自身はっきりと知りたい、という目的もあったと思います。犯罪者でいえば、読み書きもできない状態から、このまま何も知らないままでは死んでも死にきれないと、獄中で勉強して「無知の涙」を書き上げた、永山紀夫に近い感情だったと思います。

 当時の私はリフレックスの影響で、一日12時間以上も寝ていましたが、小説を書き始めると、そんなに寝ていては時間があまりに勿体ないということで、薬を切る決断をし、半年以上かけて精神安定剤依存から脱し、ドグマチールのせいで65キロまで太っていた体重も元に戻りました。

 ただ、小説を書き始めたはいいものの、誰も読んでくれる人もおらず、世に出るのでなければゴミになってしまうだけというのでは、いまいち、気分が乗らない。そもそも、正攻法で文学賞に応募して、何千作品という中から大賞を取るなど、雲をつかむような話で、どうしたって運の要素も絡む。調べてみたら、個人でブログを書いて、それが注目されたことをキッカケに世に出た作家などもいるようである。ブログだと、自分の作品を読んで感想をくれたりする人もいて、そういうリアクションをもらえればやる気が出そうだ。僕もやってみようか。そう考えたのが、このサイトを立ち上げるキッカケでした。
 
 サイトを立ち上げて以来、私は「神山より少し上に行くため」、自分にできることを必死でやってきました。それは夢に向かうという爽やかなものではなく、強迫観念に近いもので、成果を上げられなければ底なし沼に嵌ってしまうような、「暗く冷たい努力」の毎日でした。

 3年間、苦しみながら続けたサイトの運営ですが、本日を持ちまして、更新の方は一度終了させていただきます。理由はこれまでにも述べて参りましたが、また労働を開始して執筆に割く時間が減ってしまい、更新頻度や一回の文量が間違いなく減ってしまうこと、そうなるとコメントをくれる読者さんも減ってしまい、モチベーションの維持が困難になる――サイトを運営していることが、逆に執筆の妨げになる可能性が高いからです。

 いまだ作品を世に出し、文章で金を稼ぐという目標は達成できておりませんが、自分の中での課題や得意な部分というのが明確になってきて、なにか「固まってきた」という感触はあります。お付き合いして頂いた読者さんたちのおかげで、小説のストックもでき、3年間、犯罪者というテーマで運営してきたこのサイトも、「作品」としてそれなりの形になり、出版社へのアピール材料として利用できるようになりました。あとはもう、自分の書いたものに100パーセントの自信をもって、世間に「押し付けて」いくだけだ――、と信じて、5月以降からは、文学賞への応募という正攻法でやっていこうと思います。

 ちなみに、最後の最後まで書く機会がありませんでしたが、タイトルの「偽善の国」というのはあのクラスと、世間そのものを表現した言葉で、「アリス」は、大河原で行われていた「朝の10分間読書」の時間に、神山が読んでいた本のタイトルからとったものです。

 10分間読書の目的は、面接のときの引き出しを増やすということで、それだけであれば正直どうかとは思うのですが、それをキッカケに、今までテレビや漫画ばっかりで活字媒体に親しんでこなかった子が読書に目覚めるなら素晴らしいことです。

 他にも大河原では、「最近は挨拶ができない子が多いから、挨拶をきっちりできるようにしよう」という目的から、講師が朝、駅や正門の前に立って、生徒に大きな声であいさつをするという取り組みも行われていました。「面接のため」という目的はどうかと思うのですが、そういう基本的なことを「できているのが当たり前」で片づけずに、「できてないなら、できるようにしよう」と大真面目に考える学校の方針自体は大変素晴らしいのではないかと思います。

 あの学校の環境自体は良いと思えるもので、良い子も沢山いたはずです。「大河原」には何の恨みもないということは、最後に改めて書いておきます。
 
 神山への憎しみは現在、小康状態というところにあります。休火山のような状態で、いつ爆発するか危ういもので、極端な話、いま、目の前に神山がいたら「ヤッちゃう」かもしれません。今は首都圏を離れたところで生活しているので、その心配はほぼないと思いますが、消えたわけではまったくなく、ほとんど当時のままの激しい怒りのマグマが、私の胸の奥に眠っています。

 この恨みを忘れるときは、私が歩みを止めるときです。恨みを忘れた瞬間、私は書く理由を失います。つまり、私の文章を読んでいながら、「神山を恨むのやめたら・・?」と説得するということは、完全に「矛盾」しているということになります。恨みがなかったら、そもそも書いていないのですから。

 恨みはある意味、希望よりも人に大きなエネルギーを与えるのかもしれません。ここまで執筆活動を続けてこられたのもそうですが、あれ以来、けして気のせいなどではなく、「若く」みられることが増えました。酒類を買うときは半分以上の割合で年齢確認をされますし、初見で25歳以上にみられたことはほぼないです。肌には皺もなく、今でもピンピン水を弾きます。

 自分に嘘をつかず、本音で生きていることが大きいのでしょう。たぶん、「自分の恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」などという言葉を真に受けて、自分を誤魔化して生きていたら、こうはならなかったんじゃないかと思います。

 神山との一件で得たものは、けしてゼロではありませんでした。サラリーマンとして、組織に縛られて生きる道が潰えたことによって膨大な時間を確保でき、また、「キレイごと」に反感を持ったことによって、私の世界は確実に広がりました。そのこと自体は本当に良かったと思っており、神山と円満に別れていたら、たぶん得られなかったものだと思っています。

 ただ、それを「神山のおかげ」「塞翁が馬」と思うには、ちょっとまだ、時期尚早です。今の状況では、まだ明らかに、ダメージの方が大きい。

 「塞翁が馬」とするためには、自分らしく生きていること、人に恨みを持っていること、世界が大きく広がったこと、時間が確保できたことが、唯一完全に生かせる道――専業作家になるしかありません。

 聞こえのいい言葉ばっかり信じて生きている世間の連中の、お花畑のような脳内に、「劇薬」をぶち込んでやる――。

 これから目的を叶えるまで、今まで以上に苦しく、また孤独な闘いになりますが、本当にもう、上がり目がなくなったと確信するときまで、もうちょっと、頑張ってみようと思います。


 偽善の国のアリス 完
 
 
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神山と関わったために結果的に周りの友人が何にも役に立たない奴だと分かりその件についは良かったと思います。
とくにふざけた名言を言った関口を親友だと思いこみ付き合い続けなくて良かったと思います。
確かに神山への恨みを晴らす方法は二つしか無いかも知れませね。
できれば神山より上の生活を手に入れ神山への恨みを忘れて欲しいですね。
神山がかなり上流階級に行っていてどうしても神山より上が不可能なら最悪、神山殺害もしょうがないのかとも思いますが出来れば回避して欲しいですね。
外道記、悪魔車行、店頭に並ぶ日楽しみにしています。
前にも書きましたが津島さんには大成功はともかくほどほどには売れて欲しいですね。
年収400万とは言わず2000万ぐらいまでは売れて欲しいですね。
流石に億単位で稼いだら嫉妬から何するか分かりませんが…(笑)

お疲れ様でした。神山の言動は最後まで腹立たしいですね。津島さんはなかなかのイケメンだと思います。いつのまにかもう結婚されて新天地にいるのですね。彼女さんと共稼ぎ、作家になるまで支えあってほしいです。復讐心のことを具体的に解決の糸口を見つけるのはすごいですね。できることならもう少し津島さんと話したいですね。

No title

かなえさん

 神山の最後の言動は、あれもよく考えないで聞いてると本当に私のことを心配しているように聞こえるのかもしれませんが、私本人をそれで丸め込めると思ったら大間違いです。まあ、まさか私の耳にまで行くとは思っていなかったのかもしれませんが・・・。

 気のせいではなく、自分を誤魔化して生きていたころよりも、一昨年ヒットしたディズニーの映画じゃないですけどありのままの姿見せながら生きることを初めてから、若く見られることが増えました。関口のアホみたいに自分の恋した女性の幸せを願った結果、老けて女性にバカにされるより、自分の恋した女性を恨んだ結果、若々しさを保って女性から褒められた方が全然いいですね。

 私が出した結論は非常にシンプルだと思うのですが、考えるのが面倒くさいからシンプルにしているわけじゃなく、一生懸命考えたうえでのシンプルなのでこれでいいと思います。

 やり残したことも色々ありますが、ひとまずこれで終わりということになります。雑談コーナーは今のところ設置できるかわかりませんが、GW中は毎日サイト覗きますので、よければ他の記事にコメントください。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
  

No title

まっちゃんさん

 当時の連中はいいヤツもいましたが、神山と関係が深かったヤツはとにかく問答無用で恨んでいますね。作中で名前を挙げた人間でいえば「鍋島」「江原」あたりは、今でも好感を持っています。関口はアホなヤツではありますが、けして悪いヤツではなく、神山と金澤さえいなければメタクソに叩かれることもなかったと思うと可哀想ちゃ可哀想ですね。

 本当に上流階級行ってたら洒落にならないので、あまり神山のことを積極的に調べようとは思いません。とにかく今は自分がやるべきことをやるだけですね。

 作家は不安定なので1000万くらいだとまだ高収入とはいえないと思いますが、さすがに数千万以上まで行くなら反感を買わないように社会貢献活動などに使いたいと思います。まぁそのレベルの成功は実力だけでなくよほどの運がないとムリでしょうが、とりあえず、神山への恨みを晴らす最低限の成功は目指したいと思います。

 様々な記事に毎回コメントいただき、サイトの運営を支えてくださって、本当にありがとうございました。

  

No title

神山が金澤と交際したという事実が決定的だったのですね。
これによりもう全てが崩壊したという感じでしょうか。
学校に何も考えず気楽に通うということは絶対に出来ないことでしょうね。
学校を長期間休むというのはそれなりの理由があるのに3人目の講師は完全にブラック教師ですね。
脅しを使うというのもあり得ないことですが人前での叱責や品の無い発言などもブラック要因ですね。
教師という立場だからこそ尚更頭に来ますね。
どこの学校でもブラック教師は何人かいるのでしょうね。
神山は最初から最後まで嫌な女でしたね。
最後は何もないだろうと思っていたらあの発言ですからね。
どういう神経か全く分かりませんね。
原因を知っていてしらばっくれるという最悪の行為ですね。
偽善の国に入らずに自分の頭で考え物事を疑うということは非常に大事なことですね。
精神を病み大変な時期を経たからこそ辿り着いた結論だと思います。
サイトを開設されて良かったのではないでしょうか。
麻原名鑑の途中から読者として読ませて頂きました。
犯罪者名鑑の完成度はかなり高く犯罪者から本質を学ぶという経験は大きかったですね。
自分も気付かされたり発見があったりと大変勉強になりました。
3年間のサイト運営ありがとうございました。
正直言って津島さんの考えは共感できました。
これからも恨みを持ち続けて執筆活動をされて作家になるという夢を叶えてください。
自分を誤魔化し嘘をつき虚偽で生きている人が多い世の中で津島さんの生き方は貴重ですよ。
応援しています。
これからも頑張ってくださいね。
本当にありがとうございました。

No title

Seaskyさん

神山のババアは最後の最後までくそでしたね。あれから4年弱の月日がたっていますが、あいつはあれだけ見た目にこだわってたわりに、自分が老けてシワシワのくそババアになってたら笑いますね。まんこから発するのはせいぜいうんこの臭いだけで、加齢臭は勘弁してほしいものです。
三人目の講師は怒るんだったら裏に連れてって怒りゃあいいだけの話で、人前で怒られるのは違うと思いますね。回りにも迷惑かけたってんならともかく、困るのは私だけですからね。まあ、騙して脅すの件がなけりゃあ、ここまでは根にもってないですが。

偽善の国のアリスは途中からどんどんコメントくれる読者さんが減ってしまって、消えた人のなかには綺麗事で笑って大団円を期待していた人、もしくは私が100%被害者の可哀想な津島くん物語を期待していた人もいたと思うのですが、こういう遷移をみると、私の主張している内容は、やはりなかなか世間には受け入れられにくいのかな、とも思います。しかしこの部分こそが私と他の作家で明確に差別化できる点だと思うので貫いていきたいですね。


犯罪者名鑑、中途半端で終わってしまった作品もあり申しわけありません。個人的にはノンフィクションにも意欲はあるので、チャンスさえあればまた発表したいと思います。

ここまでサイトの運営をを支えて下さって、本当にありがとうございました。

「津島くんがずっと学校来ないけど、どうしたのかなぁ?」
過去の話と分かってても、わざとらしくてイラッとします!
私は悪くないよね、って意味も含まれてそうですね。
“不思議ちゃん”を上手く使ってる腹黒さ、こう言う人間と関わってたらイライラしそう!
告白した時でさえあんな態度だったから、他人を心配する心なんて持ち合わせてないんでしょうね。
神山にマトモな対応を望むのが間違いなんでしょうね。
まあ、本気で心配してる風な事を口にすれば「私が津島くんを追い詰めた」と白状してる事になってしまいますからね。

津島さんが神山の事をスッパリ嫌いになって、スッキリしました!
神山のような陰険な嫌がらせをし続ける人間は、嫌われて当然だと思う。
津島さんに恨みを綴ってもらえるのだってもったいない位です。

折茂は叫びたくなるような嫌なヤツ、神山は地団駄を踏みたくなるような嫌なヤツですw
私小説、面白かったです。
津島さんの文で伝える力はすごいです。
ありがとうございました。
神山に対する気持ちの変化があったら、それもまた書いて欲しいなー。

最後になりましたが、
ご結婚おめでとうございますー!\(^o^)/



No title

ひなさん

  
 まぁ神山としてはそこはとぼけたフリをする以外にはなかったんでしょうね。ヤツがそういうことをしなければならないほど、周りの連中が私のことを心配していたということなのでしょうが、私が潰れた原因そのものを祝福しておきながら私のことを心配するという矛盾に誰か突っ込むヤツはいなかったのか?と思います。結局、ヤツらは「偽善の国」ができていればそれでいいのであって、ただの構成要素の一つにすぎない私個人のことには関心はなかったのでしょう。
 
 折茂は悪い人間ではないと思うのですがアホなヤツでしたね。まあ、何者かになりたいという熱い思いはよくわかるのですが、非正規のガードマンという効率の悪い場所で自己実現を目指そうとしたこと、地道な努力で自分を高めることはせず、空っぽのままの自分を大したものに見せかけようとしていたのではどうしようもありません。ただ、遊び半分で人を滅茶苦茶にした神山と違って、彼なりに必死だったことはわかるんで、どうも恨むところまではいけないんですよね・・。

 神山に対する気持ちの変化があるとしたら、そのときには私の作品が書店に置かれているはずですので、ひとつ買って、ページを捲っていただければ、と思います。そうなれば、特にこちらから神山について言うことはないでしょう。完全に新たなステージに入って、神山への恨み以上のモチベーションも生まれているはずです。

 結婚は人生の節目の一つになりました。サイトの更新停止から半月以上の月日が経ち、最終話の感想コメントが4個しかないという状況を受けて、「私の文章の続きは楽しみだが、私という人間は嫌い。最後の挨拶もしたくない」という読者さん(コメントくれた方を除く)からのメッセージをひしひしと感じております。まぁ、私は文章で金を稼げればいいのであってアイドルになりたいわけではないのでそれはそれでいいとして、こんな私という男を本当に愛してくれる女のことは、生涯大事に生きていきたいと思います。

 最後まで読んで頂き、サイトの運営を支えてくださって、本当にありがとうございました。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

返信遅れまして申し訳ございません。

なんもやっとらん人間を見下してバカにする金澤たちのような奴らに比べれば、バカにしてきたやつらにきっちりケジメを取りたいと言ってるだけの私は全然まともだと思うんですが違うんですかねぇ・・。粘着質という部分に関しても、更新を中断した今になってもサイトに荒らし行為を続けているウジ虫にくらべたらまともじゃないかって気はします。

私としては私をどれだけ嫌いだろうが、作品を読んでもらって、感想さえくれればどうでもいいんですが、この偽善のアリス連載中にも半分以上の人が消えてしまい、最後まで読んでくださったかもわからない状態になってしまいましたから、ま、よっぽど何かがあるのでしょう。なめた行為さえしてこなければ私ほど穏やかで平和的な人間はそういないと思うんですが、どうしても誤解をまねいてしまいうみたいですね・・・。

とにかく今は文章でお金を稼ぐということを唯一の目的として活動しています。サイトの定期更新は今のところ予定がないですが、過去記事へのコメントは受け付けています。焼石に水ですが荒らし対策で名無しだと変な名前になるように設定していますので、次回コメントくださるときはお手数ですがHNの方つけてください。よろしくお願いします。

No title

昨日偶然見つけて全部読んだ。すごく面白いのですが、本当の出来事ですか?本当なら学生の頃の小説も読みたい。

No title

 
 すみません、荒らし対策で名無しだと変な名前が表示されるように設定されています。そろそろ戻そうかとも考えていますが、出来ましたらコメントいただけるときはHNを付けていただけると嬉しいです・・。

 私小説二本はすべて本当の出来事です。自分にとって都合の悪い事実もすべて書いています。偽善の国のアリスの方は、私自身、社会不適応の要素を抱える中で、「私も自分がすべて正しいとは思っていない。だけど、神山が完全な被害者ヅラするのは絶対におかしい」という想いで書いた作品でしたが、ちゃんと推敲したわけではないので、伝えきれてないところもあって補足も付けました。いつか完全版もUPしたいですけどね・・。

 学生時代にも小説は書いていたのですが、その作品は今は残っていません。本気で文章を生業にしようという決意もなく、質も量も今と比べてお話にならないレベルだった時期のことを下積み期間に含むつもりもありません。私の本当の人生はまさに、このサイトを立ち上げた三年半前から始まったといえると思います。

 応募用に書いた小説もあるのですが、商用目的でないネットでの公開にも難色を出版社もありますし、かなり手間なので、今のところUPは考えていません。現在のサイト内のほかの作品を読んでいただき、また感想コメントいただけると嬉しいです。

 
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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