偽善の国のアリス 14


 11月の半ばでようやく就職が決まった当時の私は、「薬漬け」という状態でした。

 ドグマチールの他に、デパスとリフレックスという薬も服用していたのですが、このうちリフレックスという薬の睡眠効果が大きすぎて、当時の私は、学校が3時ごろに終わったとしたら、家に帰ってすぐに寝始めて、翌朝の6時までずっと起きないという生活を送っていました。一日の睡眠時間は12~15時間で、ほぼ、相撲取り並みに寝ていました。

 まだ身体も無理がきき、遊びたい盛りで、毎日が楽しくて仕方ないはずの20代前半という年齢で、一日の半分も寝ているというのは明らかに健全ではありません。この時期の私は、薬のお陰で幾分かストレスは和らいでいたのですが、毎日頭がボーッとしているような状態で、とにかく思考能力が鈍っていました。毎日、夢遊病のような感じだったといってもいいと思います。

 だから、これから書くことが、100%確実とはいえない、ということは、あらかじめ前置きしておきます。

 神山はこの時期から、「金澤」と交際を始めていたようです。一年生のころ、私及び、神山のこともバカにしていた、あの「金澤」です。

 本当にこの時期の私は、薬の影響で常に頭がボーっとしていて、状況認識が曖昧なところがありました。それでも、周りが彼らの交際の事実を伺わせる会話をしていたのは確かに聞いたので、ほぼ確実だとは思うのですが、本人たちに確認を取ったわけではありません。だったら決めつけるなと言われるかもしれませんが、自分で確認が取れるくらいだったら、そもそも私は奴らのことを憎んでなどいません。もう、当時の人間とは誰一人として連絡を取り合っていないので、確認を取る術もありません。とにかく、私は現在、この事実を前提として、彼らに激しい恨みを抱いています。

 以前の回で、私の中で本当に明確な一線が存在したのは、「神山と付き合えない」ことではなく、「神山に彼氏ができる」ことでもなく、「神山が誰かと付き合っているところを見せつけられる」ことだと書きましたが、「神山が金澤と付き合うこと」は、明らかにその一線を越えています。同じクラスの誰かと付き合うにしても、よりによって、蛆村がいたときから私を小馬鹿にしていた、金澤と付き合わなくてもいいではないか!神山を好きになって以来、私は常に激しい嫉妬心に苛まれていましたが、まさに最悪の想定が実現してしまったのです。

 神山が「中尾」と付き合いたいと言い出したところで説明したことと重複しますが、私は二人が交際しているという事実を知ったとき、凄まじい気持ちの悪さを覚えました。

 金澤は最初、神山のことを、確かにバカにしていたのです。私はそのときの光景を、確かにこの目で見ています。神山は「気づいていなかった」というかもしれませんが、神山が私を「極悪人」と決めつけられるほど洞察力に優れた女だというのなら、間違いなく気づいていたでしょう。津島が侮辱して潰しても構わない極悪人であることは見抜いていたが、金澤が自分をバカにしていたことには気づかなかった。そんなご都合主義は認めません。

 金澤のルックスについてですが、もうあれから4年弱の月日が過ぎて記憶も多少薄れかけており、写真の類もまったく残っていないので、金澤の顔が「イケメン」と呼べるほどであったのか、若干、自信がないところもあります。私の記憶の中では、顔だちはかなり整っていた方だと思うのですが、元AKBのあっちゃんのように、パーツがやや中央よりでバランスが悪かったような気もしますし、「中尾」「深沢」のように、周囲からイケメンイケメン言われていたわけではなかったと思います。ただ、「中尾」「深沢」と特別仲が良く、いつもつるんでいたために、なんとなく「同族」という気がしているだけかもしれません。

 ただ、「中尾」「深沢」に、うんこのカスがびとびとくっついたマンコから、イカの香りが漂う汁を垂れ流しながら近寄っていった実績のある神山の選んだ男ですから、間違いなくイケメンであったのでしょうし、イケメンと思った方が私の恨みが増幅するので、イケメンということにしておきます。

 最初から自分に好意を持っていた男をグチャグチャに潰し、ルックスさえよければ、最初は自分をバカにしていた男にも好意を寄せる・・・。女がみんなこんな生き物なら、この先いくら女を好きになっても無駄である。私にはもう、女を得られる望みなどない。中尾のときはまだ、「冗談で言っただけかもしれない」と思うこともできましたが、金澤とは正式に交際しているというのであれば、もう、逃げ道はありません。私はもうこの時点で、すべての生きる希望を失ってしまいました。

 本当に、神山という女の精神構造は、どうなっているのでしょうか?

 私もかつては、金澤にバカにされていました。その後、N県への研修旅行あたりから関係はよくなり、一年生の終わりごろには、「友人」といえるくらいの仲の良さにはなっていたと思いますが、過去のいきさつを忘れたわけではありません。胸の中にはけして消えないしこりが残っています。「親友」になれるかと言ったら、それは無理だったでしょう。

 本当に負け惜しみで言っているわけではなく、「自分をバカにしていた男」と、いつの間にか普通に付き合っちゃう、臭い短小包茎ペニスもペロッとなめて、汚いチンカスも食べちゃう、という神山の神経は、私にはまったく受け付けられません。弱い人間はとことん見下し、強い人間にはとことん媚びる。一言でいうなら、「山ほど高いがハリボテのように薄っぺらい」プライドの持ち主だから、こういうことができるわけです。
 
 神山も神山ですが、「自分がバカにしていた女」と、いつの間にか普通に付き合っちゃう、という金澤も金澤です。一応、納得のいく説明があるとしたら、もうちょっとイイ女と付き合おうと思って頑張ってみたけどうまくいかなかったから、とりあえず神山で妥協した、遊びのつもりだった、ということしかありません。もしそこで、「女を見た目で判断するのはやめた。俺は彼女を内面で愛したんだ」とかキレイごとを抜かすなら、私は金澤を神山以上に憎み、殺したいリストの筆頭に置かなくてはならなくなります。

 キレイごと――私が一番憎む、私の最大の敵ですが、キレイごとが嫌いになったまさにそのキッカケが、このときの一連の出来事でした。

 今の世は持てる者がすべてを独占し、持たざる者はケツの毛まで毟り取られるという世の中であることを否定する人は誰もいないでしょうが、それでも最低限、強者の利益を弱者に再分配するシステムは存在します。金儲けのうまいヤツが、いくら能力のある人間が富を独占するのは当然だと嘯いたところで、現実には、どんな国でも一定以上の収入がある人間は、低所得者より余計に税を納めなくてはならない仕組みになっていますし、労働者や扶養家族に対する社会保障もあります。なんだかんだといっても、経済については、世の中は完全には「弱肉強食」ではありません。

 その一方、完全に規制がなく、強い者が何でも好きにしていいということになっているのが、「恋愛」です。一部のイケメンが女を独占したところで、法的に罪に問われるなどまったくなく、モテない男に対して最低限の保証があるわけでもない。ライオンとジャッカルの例えも書きましたが、恋愛の世界こそ完全に弱肉強食の世界であり、サバンナのような「無法地帯」といえます。

 規制がないという中で、なんとか強者の一人勝ちを抑止しようと、「風潮」を作ろうとする動きはあります。もう最近は「イケメン至上主義」でそれすら薄れつつありますが、まだ、「人は外見じゃなく中身」ということを、ドラマやアニメ、バラエティなどを通じて頑張って主張していこうとする向きはあり、その成果もあって、「中身で異性を見られる人」はイメージがよく、「顔や経済力でしか異性を見れない人」はイメージが悪いと、誰もがなんとなく思っています。

 ここで、外見や経済力重視の人を批判しようとしているわけではありません。私が言いたいのは、「神山が自分のやったことを周囲にどう捉えさせたか」「周囲が目の前で起こったそれをどう捉えたか」という問題です。

 神山は最初からずっと神山のことを好きだった私をグチャグチャに潰し、最初は神山を馬鹿にしていた金澤や中尾には、マン汁を垂れ流しながら近づいていった。本人がいくら違うといっても、事実関係が、神山は「外見」だけで男を判断しており、「中身」など一切見ていないということを物語っています。

 しかし、深沢のところでも書きましたが、あの女は、どう考えても顔だけで選んだ男を「中身で選んだ」などと嘘の主張をし、どう考えても顔で足切りした男を「中身が悪いから振った」と主張していました。すべて、「自分がビッチだと見られたくない」という、つまらない見得のために、です。

 私は人間の恨みの強さというものは、

 ①相手から受けた被害 × ②相手の経済力、社会的地位 × ③相手の好感度

 という乗算で求められると思っています。

 ①、②についてはわかりやすいと思いますが、例えば親を殺されたとして、相手が刑務所に入っていたり、経済的に貧しく、社会の底辺でのたうち回っているというのと、シャバでのうのうと暮らし、しかも、ステイタスの高い職について高収入を得ているというのとでは、当然、後者の方により強い恨みを抱くことになります。サレジオの首切り少年が弁護士を廃業に追い込まれたり、印税生活の酒鬼薔薇が大バッシングを浴びているのもそういうことです。

 今回ポイントになるのは③ですが、親を殺した相手がステイタスの高い職に就いていたとしても、そいつが、「暴君」「金の亡者」など、周囲から「極悪人」とみられていたとしたら、そいつに対する恨みは多少緩和されるはずです。同じ被害者がいれば、一緒になって心を支え合ったり、手を組んで立ち向かうということもできます。

 しかし、相手のその本性が世間に理解されず、むしろ人望を集めていたとしたら・・・?相手の醜い本性を知っており、相手を恨んでいるのが自分一人だけであったとしたら・・・?逆にそいつを恨んでいる自分の方が、「悪者扱い」されていたとしたら・・?

 傷をなめ合う相手もおらず、やり場のない怒りが内で膨れ上がり、そいつへの恨みは、「殺意」にまで昇華することになってしまいます。 

 神山は、自分に情緒というものが欠落しており、男を顔だけでしか選べないミーハーなビッチであるという事実を、ちゃんと公言しているべきでした。堂々と言ったところで、別に犯罪を犯したわけでもないのだから、ヤツのことを叩く人間などいなかったはずです。むしろ私の方が、「お前の見る目がねぇだけだ」と、呆れられていただけだったでしょう。神山が汚名を着るというか、自分を正直に打ち明けていたなら、私自身、少しは納得できたはずです。

 それを、ちっぽけな見栄を張って、本当は醜い心のヤツが変にいいカッコしようとするから、「全部相手が悪い」という形にしなくてはならなくなる。結果、相手に深く恨まれることになる。人から殺意を抱かれるようになったのは、アイツが自分で蒔いた種です。

 「自分のイメージを悪くしない」ことに全力を尽くす神山の努力が功を奏して、クラス内では、神山は相変わらず「独特の感性を持った不思議っこちゃん」として親しまれていました。私からすれば、鳥居みゆきが美少年を食い漁りながらあのキャラを維持しているような強烈な違和感があったのですが、クラスの連中に、神山をビッチ扱いするような雰囲気はまったくありませんでした。

 とはいってもまあ、そもそも、私と神山、金澤のこと自体、クラスの他の連中にとっては「他人事」ですから、神山の本性に気づいてもらうことを期待するのは、ちょっと無理があることだったのかもしれません。大体、神山がビッチだったところで、彼らにとってはどうだっていいという話ですから。

 だから問題は、「他人」である彼らが、私に対してどう接してきたか、他人事だと思えば何でも言えるからって、無責任でくだらない説教などをしてこなかったか、ということになります。

 さすがに、直接、「神山と金澤の交際を素直に祝福しろよ」とか言ってくる人間はいませんでした。ガサツな体育会系の稲生のような男でさえも、そこまで無神経ではありませんでした。

 一応、少しは気を使ってくれていたようなところもあったようにも思います。小さな声で、「神山と金澤が○✕・・・」と話しているのは聞きましたが、少なくとも、私の前でおおっぴらに、神山と金澤の二人を囃し立てるようなことはなかったと思います。

 だから、彼らを無理やり私の「敵」と考えようとすれば、どうしても被害妄想的な思考が入ってきてしまうのですが、このとき、私の頭の中にあったのは、当時私が一番の友達だと思っていた関口の、

「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」

 という言葉でした。

 私は今ではこの言葉、関口が真剣な気持ちで言ったわけではなかったと思っているのですが、当時はやっぱり、何となく、「それが世論なのかなぁ」という気も少しはありました。

 冗談で放ったつもりでも、軽い気持ちで言ったつもりでも、言葉というのは生きているものです(私自身、気をつけなくちゃいけないと思いますが)。この時期私は、関口だけではなく、クラス全体から、「お前も男だったら、神山と金澤を素直に祝福しろよ」と言われているかのような「同調圧力」みたいなものを、なんとなく、肌身で感じていました。

 また、当時、私が関口と同じくらい信頼していた人物でありながら、神山と金澤の交際が発覚した件をきっかけとして、逆に疑いの目で見ざるを得なくなってしまった人物がいました。

 「野村」です。

 こんな結末を迎えるなら、野村は私に、励ましの電話などしなかった方が良かったと思います。

 野村は金澤と、特に親しい関係にありました。一年の最初のころ、彼らは「福山」「中尾」らと一緒につるんで、私のことをよく小馬鹿にしていました。野村や金澤の中ではなかったことになっていたのかもしれませんが、私はそのことを、まだよく覚えています。二年生になっても、彼らの仲は相変わらずで、たぶん野村の中での優先度は、金澤>津島だったと思います。

 だから当時の私は、こう考えました。

「野村は金澤が神山と付き合っても気まずくならないようにするために、津島をキレイごとで丸め込もうとしただけではないか?」

 ひねくれた見方と思われる方もいるかもしれませんが、私の中で、「落ち込んでいる津島を励ます」と、「金澤と神山の交際を祝福する」という二つの行為が、どうしても相容れないのです。だって、私が落ち込んでいる原因は神山のことであり、野村はそれを良く知っているのですから。にも拘わらず、二つの行為を同時にやってのけることに何の矛盾も感じない野村の脳みそは、どんだけご都合主義にできているんだ?と思ってしまうのです。

 矛盾した行為を平然とやってのけられるのは、「裏」があったからだ――。当時の私はそのように考え、野村に対しての信頼を完全に失ってしまったわけですが、関口に対する穿った見方が消えたように、今は別の考えがあります。

 野村のやったことは、何もかもすべて「100%の善意」だった。結局、野村の目には、「楽しいこと」「きれいなこと」「明るいこと」「前向きなこと」しか見えてなかったんだ・・・ということです。

 落ち込んでいる友人を励ますのは、「きれいなこと」「前向きなこと」です。だからそれは全力でやる。

 一方、経緯がどうあれ交際に至った友人を祝福するのは、「楽しいこと」「明るいこと」です。だからそれも全力でやる。

 一種の宗教みたいなものなのでしょう。野村のような、「前向き教の前向き族」にとっては、「楽しいこと」「きれいなこと」「明るいこと」「前向きなこと」を全力でするだけが大事なのであって、「津島を励ます」のと、「神山と金澤の交際を祝福する」ことを同時にやってのける矛盾は、まったく見えていなかったのです。

 矛盾というなら、そもそも「神山を最初バカにしていた金澤」が、いつの間にか神山と平気で付き合っていること自体が、私にしてみれば大いなる矛盾です。金澤は神山のことを、最初はバカにしていたにも関わらず、奴らは自分たちを、出会うべくして出会った理想のカップルのように装い、周囲もまた、結ばれるべくして結ばれたベストカップルのように祝福している。「他人事」ならまた違ったのでしょうが、「当事者」として、私はこの構図に、とてつもない気持ちの悪さを感じていました。

 私がこのとき突きつけられたのは、どうも私という人間は、「矛盾」に対する抵抗が人よりも弱い、ある意味、潔癖すぎるところがある人間だという事実でした。

 動物愛護を唱えながら、人間の都合で異常に品種改良されたブロイラーの肉を平気で口にする。

 環境保護を唱えながら、一日何キロものゴミを出す。

 遠くの国で苦しんでいる人を心配しながら、自分の会社の部下をイジメている。

 世の中は、あらゆる矛盾の元に成り立っています。矛盾を平気で受け入れられるヤツ、矛盾を平気で見て見ぬフリをできるヤツが、社会に適応できるヤツです。

 現代社会に適応するために、人は矛盾に適応していかなければならない。「臭いモノに蓋をして」、前だけを見て進まなければならない。たとえ「当事者」であっても――。
 
 ここは偽善の国――。

 本音なんてどうだっていい。そいつの本性なんてどうだっていい。上っ面だけ良ければ、それで十分。腹の中で何考えてようが、目に見える部分だけ良ければ、それでいい。

 他人の「楽しいところ」「きれいなところ」「明るいところ」「前向きなところ」だけを見る。「楽しいアイツ」「きれいなアイツ」「明るいアイツ」「前向きなアイツ」だけが友達なのであって、「本当は寂しいアイツ」「本当は汚れたアイツ」「本当は根暗なアイツ」「本当は後ろ向きなアイツ」には目もくれず、黙殺する。「本当は寂しいところ」「本当は汚れたところ」「本当は根暗なところ」「本当は後ろ向きなところ」を見せた瞬間、そいつは友達でもなんでもなくなる。

 性格が良いか悪いかなんて関係ない。「良いヤツ」とは、「醜い本性を隠すのがうまいヤツ」のこと。「悪」とは、社会不適応のこと。悪は神山じゃない、悪は君だ。全部君が悪い。

 君の居場所は、ここにはないよ。

 私が神山たちから突きつけられていると感じていたメッセージは、そういうこと――いや、それよりも、もっとタチが悪いものでした。

 彼らは、けして私を拒絶などしていなかった。それこそが、私がもっとも耐えがたい屈辱でした。

 彼らに言われるまでもなく、この「偽善の国」に、私の居場所はないのだと思います。変化の早い現代社会で、悩んでいる暇なんてない――悩むこと、立ち止まることは悪である。深く考えることは悪である。強い感情を抱くことは悪である。社会の発展ということを考えるなら、正しいのは私ではなく、彼らなのだと思います。

 わかった上で、私は彼らの仲間に入ることを拒絶します。「矛盾」に対する抵抗が極めて弱い私には、そんな生き方はしようと思ってもできないからです。私が間違っていると言われるなら、正義そのものが私の敵ということになります。正義を敵に回しても、私が神山と手を握ることなどはあり得ません。

 それだけの覚悟を決めている私にとって一番の苦痛は、間もなくに迫った卒業式で、みんなの晴れ晴れしい門出を祝う会場において、神山たちから、「津島もこれで幸せだ――」などと思われてしまうことでした。

 卒業式というと妙に大団円というか、無理やりにでもハッピーエンドにしようとするような演出を、誰しも想像すると思います。昔の中学校で、卒業生のお礼参りを防ぐためにああいう演出をするようになったのがキッカケという説もありますが、あの一種暴力的とも思える「幸せの押し売り」が間もなく迫っているという事実が、当時の私には怖くて怖くてたまりませんでした。

 情報クラスでは、卒業式の後に、みんなで居酒屋に繰り出してどんちゃん騒ぎをするというのが恒例になっているという話を、私は講師から聞いていました。

 「幸せの押し売り」の雰囲気の中、神山と金澤も抑制が利かなくなって人前でイチャイチャしはじめ、野村たちがそれを囃して立てる・・・。結婚はいつするの?とか聞いちゃう・・・。一人ちびちびと酒を飲んでいる私のところに関口がやってきて、「津島さん。自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿ですよ」とか言っちゃう・・・。私も新生活に向けて、夢と希望に満ち溢れているだろう、と勝手に思っている神山と金澤が二人手をつなぎながらやってきて、「津島くんも頑張ってね」とか言って、握手を迫ってきちゃう・・・・。

 「本当は幸せじゃない」私を、「無理やり幸せだったことにしようとする」――彼らの「偽善の国」に取り込まれることへの恐怖。私が私ではなくなる・・・私を殺される。神山を取られないかという妄想でもなく、飯を食えなくなって死にかけたことでもなく、それこそが、私が学校生活で味わった、最大最強の精神的な苦痛でした。

 二学期の終わりまでは気力で頑張れたのですが、冬休みを挟んでしまったことで気持ちが途切れてしまい、私はもう、立ち上がることはできなくなってしまいました。ドグマチールが効き過ぎたせいで正月太りしてしまったこともあります。こんな容姿を見られたら、ますます「津島もこれで幸せだ」と思われてしまう・・・・。
 
 「偽善の国」に取り込まれないために――。私は三学期の授業を全休し、卒業式にも出席しないことを決断しました。
 
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No title

恨みの強さの公式は③の相手の好感度は①と②に比べて本人だけにしか理解することができないという所が肝ですね。
周りが正しいと信じていることが自分にとっては間違っているということですからどんなに周りに訴えても信じてもらえないというのは相当な恨みの感情になってしまいますね。
集団内の絶対的な価値観というものは例え間違っていても従うべきもののようで恐ろしく感じますね。
野村は他人の明るい面だけを見て割り切りができる人物のようなので悪い人物ではない気はしますね。
卒業式後の居酒屋でどんちゃん騒ぎをするのも野村にとっては嬉しいイベントでしょうね。
周りが相手の気持ちも知りもせず幸せだと決めつけるのはやってはいけないことですね。
このような出来事もあり最も苦痛を受ける時期だったのですね。
この世界全てが偽善の国だと思ってしまうと自分以外全て敵であるという思考に陥ってしまいかなり危険な精神状態になってしまいそうですね。

神山が付き合ったのは中尾ではなく金澤だったのですね。
神山も流石に中尾は無理だと思いレベルをさげ金澤にしたのでしょうか?
恨みの強さは確かに③もありますね。
②は成功していたら妬みという形で全然関係ない奴から思われる可能性ありますね。
たとえば津島さんが有名な賞をとり又吉みたいに本が何百万部も売れ作品が映画化したりしたら全然関係ない私も妬むかもしれません。
勿論応援してますがほどほどに売れるならいいがあまりにも売れ過ぎて別世界の人になったらどうなるか分かりません。
金澤もバカにしてた女と付き合うとは何を考えているのでしょう?
遊びで付き合うのなら許せるが本気なら許せませんね。
野村の励ましより関口の自分の愛した女の〜と言うわざとらしいセリフの方がたとえ冗談でもわたしは許せませんね。
勝手に幸せな事にされてしまったら本当に悲惨ですね。

結局年下でもイケメンでもなかった…
神山はイケメン好きじゃなくて
人気者グループにいる男が好きなことがわかった
一人の彼氏より多人数の人気者にチヤホヤされたい女の人は
意外とどこにでもいる
おばあさんになってもそんな感じの人もたまにいる
深沢や中尾が「塩対応」だから「押し変」しただけなのだろう
もし本当にイケメン好きなら卒業後も「彼氏の友達」という理由で深沢や中尾と会い続けるだろう
隙があれば誘い続けるかもしれない
その場合かわいそうのはこれまで誘いを断り続けていた深沢だ
深沢に本命彼女がいるなら更にかわいそうだ
といってもイケメンの多くは神山と違って相手に恨まれないように断るスキルがあるだろうからたいして心配ではないが
神山タイプを口説く方法は浮気覚悟でイケメンと友達になるのが正解だったんだろう
1対1で口説くのは無理
ところで神山が一流企業に就職が決まったタイミングで彼氏ができるということは
彼氏の方はやっぱり金目当て???
そうだった場合は人気者グループ目当ての神山とはお似合いカップルになってしまうが…

No title

まっちゃんさん

 神山も神山ですが金澤も金澤です。あくまで雰囲気的なことなんで伝えるのが難しいんですけど、エヴァンゲリオンのアスカみたいなツンデレとかいうわけじゃないですからね。「バカシンジ!」じゃなく、ガチで見下してバカにしてましたから・・・。 陰でこそこそやってましたしね。

 まあ、もしそこまで別次元の成功収めたら誰から何言われても仕方ないでしょうね。有名税みたいなもんです。そこまで行ったら、私も妬まれても命狙われてもしゃーないと思います。ダウンタウンの松本とかツイッターでファンと喧嘩してるらしいですけど意味わかりませんね。意外と器小さいというか・・。たけしみたいにデンと構えられないから人を動かせず、いい映画作れないんでしょうか。

 それはそうと、又吉何百万部も売れたんですかね?シリーズ累計とかでもベストセラーの部類ですよ。本当だったらテレビなんて出てる場合じゃないと思いますが・・・。

 こういう場合、キレイごと抜かされたり、全部キレイごとで丸め込まれるほうがムカつきますよね。そこに共感して頂けたのは嬉しいです。

No title

seaskyさん

 人にもよるかもしれませんが、私の場合は、完全な悪人よりも「偽善者」に対して憎しみが強くなるようです。あの女が、あんなに本性と違うイメージで周囲に捉えられてなければ、ここまで恨んでいませんよ。

 私の神山に対する恨みは、宅間の三番目の妻に対する「周囲に対してはまったく品行方正」「エエカッコシイ」「自分ばっかり悪モンにされた」「お前もこんなヤツやないかい!と暴いてやりたかった」という憎しみに似ていますが、やはり宅間は言語能力はかなり高い男だったと思います。ぶっきらぼうながらも、恨みという感情の本質を実によく表現できている。

 最後に書いた卒業式後の飲み会は私の妄想ですけど、実際、野村や関口の反応を見る限り、これに近い展開になるのは分かり切っていましたからね・・。

 結局、神山と金澤が交際を始めた時点で、私が学校生活をハッピーエンドで終えられる目はすべて閉ざされてしまったわけです。野村や関口がどれだけ頑張ってキレイごとで丸め込もうとしても、それは私のことを思って、というよりも、神山と金澤の都合になってしまう方が大きくなってしまいますから。

 そう考えると野村に対する疑いも、私の完全な誤解とはいえませんね。野村本人にそのつもりはなかったとしても、やはり結果的にはそういうことになってしまいますから。

 

No title

MSKSさん

 あの連中は顔は良かったと思いますが、顔が良ければ人気ってわけでもないですし、あの連中が特に人気者グループだったかは私にはわかりません。金澤と付き合いつつ、深沢や中尾にも色目を使うというのは、確かにあのダダならやっていそうですけどね。

 本当に見た目からしてもそうですが、そういうヤツなら最初から公言しとけって話ですね。潔くねぇから腹が立つんです。

 前にも言いましたが、一流企業っつっても専卒で入れるレベルですし、金澤の方も普通に就職したので金は関係ないと思います。

金がたくさんほしいから金澤という仮名なわけなかったか…
単なる人気者好きのミーハーでなく
顔のバランスの悪い男と付き合いながら
顔のいい深沢や中尾を諦めてないとすると
神山にもストーカーの素質はあるかもしれない
しかも短い専門学校生活とはいえ
その素質を巧妙に隠し通した

金澤は負け組を見下し勝ち組に媚びるタイプだから
大学卒業後に就職できず専門学校に入ってくる負け組はバカにして
一流企業に就職の決まった勝ち組には手のひら返しする
中身が好きになるというのは必ずしも性格のいい女を好きになることではない
同じようなレベルの性格の悪さ、汚れ方の女と
フィーリングが合ったw場合にも使っても間違いではない
例のランク表でもバランスの悪い金澤は
深沢や中尾より神山のランクに釣り合っているだろう
こうして外見も中身もお似合いカップルが誕生し
とりあえず専門学校生たちは祝福したw

No title

MSKS さん

 ストーカーみたいな一途さがあるんだったらまだ少しは見どころがありますが、そうではなく、ただ単に節操がないビッチというだけですよ。全然、根本的に全く違うものです。

 性格悪いって意味ではお似合いカップルかもしれませんねぇ。私がムカついたのはそういう腹黒いやつらが、例えば紀香と歌舞伎役者の結婚報道のように、あたかも理想的な、すべてのカップルの模範となるベストカップルのように扱われていたことです。

 まぁ他の連中はあいつらの本性や過去の経緯をすべては知らないから無理もないところもありますし、私の嫉妬と被害妄想も入っているかもしれませんが・・・。

最近コメント出来なくてすみません

私も学齢期よく目にした「昨日の敵は今日の友」的なノリには強烈な嫌悪感を覚えましたね。

その理由は主に4つ。1つ目は、それが平然と行われるのは個々の身勝手な利益の獲得のためにであるという事(利己的過ぎて醜い)。2つ目は、それが平然と行われるのはつまるところその場のノリによるものである事(馬鹿も大概にしろ)3つ目は、それが平然と行われるのは「正義」なる多数派の意向の下にであるという事(もういい加減にしろ)4つ目は、それが平然と行われているという矛盾。

2つ目について、他人を傷付ける根拠がノリだなんて自由を許していいのか? なんて思った私は、ニーチェやオルテガやフーコー等に多いに共感し「大衆マジ死ねよ」と、大衆は得手して思考停止状態にある事を知ったのでした。


そして4つ目、津島さんもとりわけ強調なさっていた「矛盾」について、当時の私も色々考えさせられました。

何で、自分の言った事やった事に責任を持たないで、平然と掌返しみたいな真似が出来るんだ? そりゃあ自分が可愛いからでしょうが、だったら「正義」を語らず自分の悪性を認めなさい! と、当時の私も憤慨した次第であります。それに強い反発を覚えた私は自分は絶対に矛盾してなるものか、と自分の思想や行動を常に精査し、矛盾を孕んでいないと思われる道を歩み、矛盾を孕んでいないと思われる論を唱えました。が、そんなものは周囲から受け入れられるはずもなく、単に生活を息苦しくさせただけでした。なんで矛盾だらけの奴等に殆ど矛盾していない私が勝てぬのか、悔しかった。


ただ、その後、偉大な科学者達の輝かしい功績に触れる事により、世の中には矛盾を孕んでいないものなど存在せず、とりわけ人の心なる曖昧で移ろいやすいものはその最たるものであるという事を知り、私は少し楽になったような気がしました。


矛盾の滅亡を論理で企てた青年は、矛盾の必然を論理で諭されたわけです 笑


すると、矛盾だらけの世の中じゃ良いも悪いも興味がないよね、とまではいかないもでも、以前ほどクズ達に目くじらを立てずに生きていけるようになりました。というか、すっかり不感症のそれです。


でもやっぱり、卒業式のあの感じとかキモいですよね。

イジメっ子とイジメられっ子が笑顔で肩組んで写真なんかとっちゃって。

青春という輝かしい大舞台の締め括りには過去の一切の罪は滅却されるってか?
やられた側もそれでいいんかい!?

就職も決まって(決まりそうで)後は最後の学生生活を楽しむだけ、恋愛でもしちゃおうか。
と言う感じで、神山達はお互い手短なところで手を打ったのかもしれませんね。
人に対して、複数人で嫌がらせをする奴らですから、お似合いと言えばお似合いですね。
お目当てのイケメンをゲットできなくてざまあみろ、と言った感じですw

卒業式後飲み会の津島さんの想像、絶対あるでしょうね。
一番嫌なのは、落ち込んでる津島さんの側に来て、きれい事を言って明るい方に持っていこうとする慰めてるつもりのヤツ、関口でなくても誰かがやるでしょうね。
ゾッとします。
本当に気に掛けてくれているのなら、私だったら無理にでも神山達の悪口でも言って欲しいと思います。
この頃の津島さんは肉体的危機からは脱出したものの、精神的に一番辛い時期だったんですね。
学校に行かないことを選択した気持ち、辛いですね。
ラスト、どうなってしまうのでしょうか。
最終的な津島さんの気持ちが気になります。

No title

L,wさん

 >>その理由は主に4つ。1つ目は、それが平然と行われるのは個々の身勝手な利益の獲得のためにであるという事(利己的過ぎて醜い)。2つ目は、それが平然と行われるのはつまるところその場のノリによるものである事(馬鹿も大概にしろ)3つ目は、それが平然と行われるのは「正義」なる多数派の意向の下にであるという事(もういい加減にしろ)4つ目は、それが平然と行われているという矛盾。

 完璧な解説で、私の方から特に付け加えることはないですね。規模は全然違いますけど、原爆の後遺症で苦しんでる人をほったらかしにしながらいつの間にかアメリカさんと仲良くしちゃってるのと似たようなもんですよ。

 理屈ではそれがみんなが幸せになる道だとわかっていても、割り切れない人間がいる。もちろん人が二十人も集まれば、全方位が幸せになる結末など滅多にあり得ないでしょうが、せめて勝者の理屈を押し付けないべきだった。妄想は妄想ですけど、高い確率で実現していたことだと思います。

 矛盾に対する私なりの解答は次回書いていきます。

 

No title

ひなさん

 「何はともあれ、二人は幸せになった」

 何はともあれで済むのは他人だけであって、当事者である私にそれを押し付けられたって簡単に納得できるわけがありません。あのおとぎ話みたいに甘々な空気に取り込まれそうになったときのことを思い出すといまでも吐き気がしますね。関口のバカ面を殴りつけてやりたいです。

 ひなさんの仰る通り、誰か一人でも理屈では割り切れない私の気持ちを理解し、話に付き合ってくれる人間がいたら違っていたでしょうね。しかしまあ、幸せなこと、前向きなことを追っかけることだけが人生というやつらにそれを期待しても無駄だったのでしょう。裏側なんてどうだっていい、表向き明るければそれでいいっていう奴らのおとぎ話の中では、立ち止まって悩む私には人権すら与えられていませんでした。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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