偽善の国のアリス 13


 6月の半ばで「応用情報試験」の勉強が終わり、私は就職活動に専念することになりました。

 最初は本当に頑張ろうと思っていました。「野村」から励ましの電話をもらったことで自己肯定感を取り戻し、初心に返って、就職という目標に向かって突き進んでいこうと思っていたのですが、その決意はもう、最初の三日、四日で砕けていました。私は神山への執着を、どうしても断ち切ることはできなかったのです。夏休み期間、神山と顔を合わせていない間は平和が訪れていましたが、2学期に入ると、また「地獄」が始まってしまいました。

 二学期に入ったころの私は、メンタルクリニックから処方される精神安定剤や、夏休み中に神山と会わなかったお陰で食欲を取り戻していたのですが、私の苦しみは、まさに「食べられる」ことから起こっていました。

 身体が食物を求め始めたといっても、私の「食べたくない」という気持ちが変わったわけではありません。

「あんな汚い顔のヤツが、ごはんを食べて身体を作ろうとしている、生きようとしている。キモチワルイ」

 神山からそう見られていると思うと、神山がいる空間では、相変わらず箸が進まないどころか、食べ物を机の上に出す気すらしないのですが、空腹感は強烈にあるため、家に帰ってからは、普通に食べることになります。食べれば当然、萎んでいた身体は元通りになるわけで、見た目が変化すれば、神山の前で食べていなくても、私がちゃんと食べていることはわかってしまう。

 神山から、「汚い顔のくせにごはん食べてる~」などと思われるくらいなら、食べられず痩せこけていく方が、まだマシでした。この時期の私は、口に物を詰め込むごとに、涙を流していました。食べること、痩せこけていた身体に肉がついていくことは、耐えがたい苦痛でした。

 ちなみに、2年生の2学期からは、また担任講師の交代がありました。3人目の担任講師ということになります。1人目、2人目の講師からは、私はどちらかといえば好かれていた方だと思うのですが、この時期は、学習や就職活動に意欲をなくしていたため、3人目の講師からは、度々みんなの前で、大声で叱責されるなどしており(就職できなくて困るのは私だけであって、誰に迷惑かけてるわけでもないのに、人前で怒鳴られるってのも若干意味わかりませんが)、嫌われるまではいってなかったなかったでしょうが、困った生徒だとみられていたと思います。

 当時の私は、自分が精神的に参っている本当の理由を、周りには言っていませんでした。まあ、神山とのいきさつを知っている人間には全員わかっていたはずですが、わからない人間にまでわかってもらう必要はありません。3人目の担任のような、私と神山の間にあったいきさつをまったく知らない人は、私を「就職できないことで悩んでいる」と思っていたようで、私も特にそれを訂正することはしませんでした。

 私がサイト内で度々触れてきた、「男らしさの病」というものです。女のことで悩む自分を、「カッコ悪い」と思い込み、「就職できないことで悩んでいる」と、よりもっともらしい、周りから同情を買いやすい性質のことで悩んでいると主張する。

 そんなのはただの虚勢であり、やせ我慢にしか過ぎず、本音を押し殺してカッコばっかり気にしていても、状態はますます悪化するだけなのですが、自分自身に素直になれず、中途半端に世間に迎合しようとしていた当時の私は、このような惨めな思考に陥っていました。

 「就職活動で悩んでる」ことになっている私のところには、様々な的外れなアドバイスが飛んできました。その一つが、私の母親から言われたことですが、

「家を出て、牧場かどこかで住み込みで働けば、甘えがなくなって、前向きになるのではないか」

 というものでした。

 私もただ文句を言うだけではなく、実際に見学にも行きました。牧場というと高校時代の修学旅行で行った北海道の牧場のイメージが強く、空気の美味しいのどかな所で、おやつでも食べながらのんびり働くといった感じを想像していたのですが、私が見学に行った西日本の牧場は、生き物相手の仕事だけに夜も昼もなく、毎日悪臭の中で泥だらけになって働く、労働基準法もへったくれもない地獄のような職場でした。

 最初はほのかな期待もあったのですが、実際に見学に行ったうえで、こいつぁ無理だと判断し、以後、住み込みで働くという選択肢は、私の頭からは完全に消え、母親もそれ以来、家を出ろと言ってくることはなくなりました。

 鬱などは甘え病であり、ニートや引きこもりに安定した住環境を与える親も悪い、ニートは追い込め、追い出せ、という意見を、いまだに言い続けている老害もいます。震災で津波が来たときに引きこもりが家から出て、働いて真っ当になったとかいうエピソードをドヤ顔で披露して、悦に耽るような人もいます。戸塚ヨットのようなやり方をいまだに称賛する人もいます。

 うちの母親もそういう世論を真に受けて、プレッシャーを感じた末、私に家を出てみろなどと言い出したようですが、鬱もニートも引きこもりも経験した私に言わせれば、そもそも、そうやって個々人が追い詰められるに至った経緯をまったく無視し、世の中で生きづらさを抱えている人をひと括りにして語ること自体が、完全に間違っていることです。

 確かに、人が厳しい環境に置かれることで前向きになる、人として成長するという例はあると思います。震災以外の例でいえば、戦後、またはがん患者のドラマ、あるいは借金まみれの多重債務から立ち直った人なんかのエピソードがそれです。成功例が華々しく語られているだけで、実際にはうまく行かなかったケースもそれと同じかそれ以上にあるはずですが、まあ、そういう例は確かにあるんだと思います。

 ただし、人を厳しい環境に追い込むことで変えるというのは、いわば「劇薬」です。劇薬は、誰しもに効果があるわけではありません。人それぞれ、体質が合うか合わないかを慎重に見極め、用法、用量を守って飲まなければ、むしろ逆効果になってしまいます。

 肝心なのは、「自分の境遇を納得しているかどうか」です。震災や戦後のように、「苦しいのは周りも同じ」、がん患者のように「誰を恨んでも仕方がない」、あるいは多重債務者のように、「100%自分が悪い」ということなら、人は自分が厳しい環境に置かれているのを納得し、そこからどう這い上がるか、と、前向きな方向に思考を切り替えることができるようになります。

 一方、当時の私はどうだったかといえば、まず、学校に行けば、毎日楽しそうにしている連中がおり、「苦しいのは周りも同じ」ではない。恨む対象は明確におり、客観的にみても、100%自分が悪いとは到底思えない。

 なんであの神山が、実家で家事もせず悠々自適に暮らしながら、冷暖房完備のオフィスでぬくぬくと働いているのに、俺は一人暮らしで毎日死ぬ思いして、泥まみれになって働かないかんのか?

 こういう思いが先に立っている限りは、厳しい生活環境に自ら足を踏み入れることなど納得できません。心の中には鬱屈が溜まるだけで、前向きな気持ちに思考が切り替わることなど到底あり得ません。もしこのとき、テレビの引きこもり特集の番組のように、親から家を強制的に追い出されていたとしたら、私は九分九厘、自殺するか犯罪を起こしていたでしょう。

 また、母親ほどではないにしろ、私が何に対して悩んでいるのか、神山との一件で本当は何があったかをよく理解していない友人「関口(神山さんへの想いを断ち切らないと津島さんはすべてを失いますよと言った友人)」からは、こんなことを言われました。

「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」

 私と神山との間にあったいきさつをすべて理解している人間なら、まず出てこない言葉です。

 今は消去してしまいましたが、確か、このサイトを開設した当初、私は彼のこの言葉を取り上げて、関口を「偽善者」などと、かなり辛辣にこき下ろす記事を書いたと思います。

 ブログに書くほど怒りを覚えたのは、卒業してから半年以上が経ったころの後、切羽詰まっていた私が、「もう死にたいと思っている」というようなメールを関口に送ったところ、彼が「死ぬなら死ねよ」といったような、突き放すメールを返してきたからです。

 関口は、私を友達だと思っていたわけではなく、私のような病んだ人間と仲良くすることで、「アイツは優しい奴だ」と、周囲にアピールするために私と仲良くしていたのではないか?だから、学校を卒業して、用済みになったら、あっさりと切り捨てたのではないか?

 口ではキレイごとを言いながら、困っている友人をあっさり見捨てるという行為。一時期の私は、かつては一番仲の良い友人であった関口を、神山と神山の男の次ぐらいに憎んでいました。

 今は多少、考えは変わりました。さすがに、周囲にアピールするだけの目的で私と仲良くしていたというのは穿ちすぎで、関口が当時、私に友情を感じてくれていたこと自体は本当だったのだと思います。

 私と関口は、土日などプライベートでもよく遊んでいました。私から誘ったのもあれば、関口が誘ってくれたのもあります。ただ単に周囲へのアピール目的というだけなら、時間とカネを使って、プライベートで遊ぶまではしないでしょう。関口が、一時期は本当に、私のことを友人だと思ってくれていたのは確かだと思います。

 ただ、関口が友達だと思っていたのは、私の「明るい部分、きれいな部分」だけでした。

 関口の、「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」という発言。この発言、関口が、神山と私の間にあったいきさつを全て知った上で、本気で言っていたとしたら、それこそドン引きするレベルで、こんなことを本気で口にしていながら「死ぬなら死ね」と友人を見捨てたのでは、関口はキレイごとばかりの偽善者だと言われても仕方ないと思いますが、私はこれは、関口が真剣な気持ちで言った言葉ではなかったと思います。

 関口は、ただ単に厄介ごとに巻き込まれたくなかったため、適当なことを言って、私をやり過ごそうとしていたのでしょう。事実、このセリフを聞いた瞬間、私は「ああ、コイツにマジになって話しても無駄だ」、と思って、それきり、卒業後10か月近く経って、本当にどうにもならなくなるときまでは、彼にメンタル面の悩みの相談をするのをやめてしまいました。

 厄介ごとに巻き込まれたくなかった――こんな風に思われている時点で、関口は私にとって、「親友」ではなかったのでしょう。関口は他にも、「津島さんのこと尊敬してますよ」など、よく調子のいいことを言っており、だからこそ私も彼を特に信頼してしまったところもありましたが、これも今から考えると、「尊敬してる、つまりお前を上に見てるんだから、さっさと立ち直れよ。俺に依存してくんなよ」という意味に捉えることもできます。

 調子のいいことばっかり言ってるだけで、私を親友とまで思っているわけではない男を、勝手に親友だとか思って、勝手に信頼して、勝手に助けを求めて、勝手に裏切られたとか思っていた私が悪かっただけだ、と言われれば、返す言葉はありません。

 「津島を親友ではないただの友人だと思って」おり、「明るい津島」が好きであった関口は、私が鬱になったところまでは仲良くし、元気になるように励ましてくれた。しかし、学校を休み始め、卒業後に自殺を仄めかすほどまでに落ち込んでしまっては、もう面倒を見切れなくなり、友情も冷めてしまった。

 関口はただ単に、私にとって親友とまではいえなかっただけで、「偽善者」というのは、彼を信頼しすぎた私の一方的な見方ではなかったか。今では、このように考えています。

 就職活動の結果ですが、私は結局、クラス25人中、一番最後の11月終わりになって、ようやく内定が決まりました。必ずしも早く内定が決まることが偉いわけでもないとはいえ、結果的には、世間は私のことを、社会人としては「クラスで最低」とみていたということになるわけですが、ともかく、来年の進路は決まりました。

 体調の方も、11月の頃にはほぼ、ベスト体重を取り戻していました。私の場合、ドグマチールという薬が非常に体質にあっていたようで、この頃は学校で食べていないということを差し引いても、それこそ中学生のような狂った食欲に襲われて、食べたくない、肉をつけたくないという意志に反して、過食を繰り返すようになっていました。

 就職内定が決まり、体調も戻って、関口のような友人もいる。周囲の人間には表面上、津島もこれで幸せだ、ハッピーエンドに向かっているという風に見えていたのだと思います。

 とんでもありませんでした。むしろ、私の懊悩はこの頃がピークであり、鬱状態は最悪になっていました。 

 関口は、「このまま神山さんへの想いを断ち切れなければ、津島さんはすべてを失うことになりますよ」と、私に忠告してきました。これは要約すると、私がこのままどんどん鬱になって落ち込んでいけば、就職活動もうまく行かないし、友人も離れていく、ということです。

 関口の忠告は、完全に的外れなものでした。私にとって一番大事だったのは、「神山の件で負け犬にならないこと」であって、就職が友人がということは、私にとって二の次三の次でした。

 とはいえ、まさか友人の前で、「お前らのことなんてどうだっていい」というわけにもいきません。また、当時の私は「男らしさの病」にかかってもおり、一番仲の良かった関口に、「厄介ごとに巻き込まれたくない」という態度を取られたこともあって、もう神山のことを、自分の口からは言い出せなくなっていました。

 そのせいもあって、11月ごろになると、どうも、関口以外の、私にとって「親友ではないただの友人たち」も、関口と同じことを考えていたようです。すなわち、津島にとって何より大事なのは就職と友人を失わないことであって、それは何とかなりそうだ。神山のことにはもう執着はないだろう、いい加減吹っ切れただろう――。

「神山に男ができても大丈夫だろう」

 と、この頃には思われていたようです。

 私の本心と、私に対する周囲の認識とのズレが、私と当時のクラスメイトとの関係を、二度と修復できぬものにしてしまいました。
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No title

女のことで苦しんでいるんだということはなかなか周りには言えないですよね。
そんなことくらいでと言われてしまう恐れもあり言いずらい雰囲気はあるでしょうね。
就職できないことで悩んでいるという方が理解は得やすいものだと思います。
ニートを今すぐ家から追い出せという暴論を言う人がいますが全く問題外ですよね。
よく考えもせずこのような発言を感情的に言う人がいるのが理解できないですね。
当事者の事を考えない無責任な人だからこその考えだと思いますね。
戸塚ヨットのような指導は完全に時代にそぐわない教育でしょうね。
関口は親友ではなくただの友達だったのでしょうね。
親友であれば卒業後のあのキツイ発言はないでしょう。
しかしあまりにも酷い発言ですね。
これは傷つきますね。
周りの考える意識というものは本人の置かれている環境を見て状況的に判断され決まってしまうのかもしれませんね。
実際は周りが考えるほど本人は幸せではなくむしろ苦しんでいるということは分からないものなのでしょうね。
神山の存在でクラスメイトとの関係が大きく変わっていく展開になっていくのですね。

No title


seaskyさん
 
 まあ、自分がこのような経験をしたことが、加藤や山地が法廷で女のことを語らなかった理由についての解釈につながったということですね。 

 ニートも人それぞれだと思いますが、私の場合、外に出るかどうかの基準は、「自分の境遇に納得しているか」それがすべてでした。そして、それを納得させるのは、キモイオッサン、オバはんの「説教」では絶対にないと断言できます。

 「我慢」などではなく、「希望」が、ニートを労働に駆り立てるものです。

 さすがに「死ぬなら死ね」ほどストレートではなく、もっと婉曲な言い回しでしたが、かなり突き放すような冷たい内容であったことは確かですね。彼も就職先で人知れず悩みでもあって、人のことに構っていられない状況だったのかもしれませんが・・。

 まあ、私にとっちゃ関口が神山を擁護する人間だということだけで恨む理由になるし、所詮本当の親友ではなかった間柄なんで、今さら和解したいとも思いませんが。

関口の言う自分の恋した女性の幸せを願うのが男として正しい姿じゃあないですかと言う言葉あきらかにおかしいですね。
女だったら恋した人の幸せを願わなくていい事になりますよね。
あきらかに男女差別ですね。
関口は島津さんの事を思ってるようでなんか言っている事が上から目線ですね。
家を出て住み込みで働くなんてとんでもないですね。
地方住まいならともかく首都圏に住んでいてわざわざ1人暮らで苦労する必要、全くないと思います。なるべく親を利用して金貯めるのが一番ですね。出来るだけ実家住まいした方がいいですね。
1人暮らしだから偉いとか実家暮らしだから甘えてるとか偏見ですね。
まぁ〜私の場合、実家超貧乏だから家出るしかなかったですが…

No title

まっちゃんさん

 本気でこれ言ってたら救いようのない偽善野郎ですし、そんな男女差別野郎はぶん殴っていいと思いますけど、さすがに本気で言ってたわけではなく、適当にやり過ごそうとしたんだと思うんですよね。

 まあ、本気だろうが適当だろうが、私は関口にこんな反吐が出そうなキレイごとで丸め込もうとされたわけで、こんな経験をした人間が「説教」「キレイごと」に激しい拒絶反応を示すようになるのは当たり前なわけです。

 家なんて出る理由があれば勝手に出ますからね。いい仕事みつけるとか、女と一緒に暮らすとか。積極的な理由もないのに無理やり追い出されたって何にもならないどころか、状況悪化するだけです。

男女の恋愛に限定しなければ
自分も一方的に好きな相手に執着したことがある
10代の頃、友達と思ってたら嫌われてたことがあった
その相手にストーカーまがいのことをした
この件で周りに同性愛者と思われた
異性で好きな相手ができるようになってからは忘れていた
一人の相手に執着する気持ちが全くわからないのではなかったことを思い出した

ところで神山って家事をしないのか?
それはこの学校の男達にはイメージダウンにならない?
昔、同級生がそれぞれ好きな男に手作りのお菓子をプレゼントしたり
彼氏に弁当を作ったりしてたのを思い出した
昔と今では「モテる努力」の内容が違っているのだろう

No title

MSKSさん

 思い返せば、私も小学一年生くらいのときは同性の友人を席替えとかクラス替えで他の友人に取られるのを心配していました。異性を好きになると同性への執着はなくなりましたが、みんなそうやってステップアップしていくもんですね。 

 家事はちゃんとやってたかもしれませんw当時たしかにこういう気持ちだったと思うんで訂正はしませんが、よく知りもしないで勝手に決めつけるのはよくありませんね・・。

ギリギリ

津島さん追い詰められてますね。
辛い体調で就職先決めたのは相当の努力があったのではと思うのですが、神山の事で精一杯だったんですね。

健常な人には、なかなか気持ちを分かってもらえませんね。薬断ちは今はできてるのでしょうか。

本当に文章が苦手で、こんなものですみません。

説教されて喜ぶドMな女は結構多い。

内実は解りませんけれど、多分、関口というその友人は大した悪気もなくそのような発言をしたように私には感じられます。


何せそれは一般論で、その年齢だと大して何も考えずに言ってしまいそうな気がします。

風邪をひいた人に「御大事に」っていうような感覚というか。


まあそれも含め、各々共有し得ぬ思いを抱え生きていかねばならないのが人の性である以上、ここでも強調せねばならぬのは「物事の価値は相対的」だから他人に何か言及する際は慎重になれよ、という事であると思います。


安っぽい正義感や理想論は所詮ただの詭弁で、それらはいつになったら現場の問いかけにに答えてくれるのでしょう?


答えられるはずがない。


だから、問いかけに答えられるはずという奢りを捨て、単に他人の志す道を微力ながら支援するのも案外悪くない人の道なのかも知れませんね。

No title

かなえさん

 就職した会社は成長中のベンチャー企業だったんでとにかく猫の手も借りたいって感じだったんでしょうね。一日も働いてないんで良いか悪いかはわからないんですが、努力の結果入れたって感じじゃなかったです。うちの学校からだけで5,6人も取ってましたから、ちょっと異常といえば異常でしたね。

 薬断ちは大変でしたが何とかできました。薬の副作用についてはまた後で書いていきます。

No title

LWさん

 自分が恋した云々については本当に何にも考えてなかったんでしょうね。ひたすら、うるせーな、知らねーよ、どーでもいいよ、というところだったのではないかと思います。

 死ぬなら死ねよの方はゆっくり思い出したんでまた後で書こうと思います。

 こういった風に、すべてをおためごかしで丸め込んで、相手の都合のいいところしか見ようとしない時点で、関口は「親友」ではなかったというのが私の考えですが、彼の側からの見方はまた違ったのかもしれません。

 そもそも彼らにとっては、すべてをおためごかしで解決する中を「友達」というのであって、変な悩みごとを持ちこむという時点で、私は彼らの「友達」というカテゴリから外れていたのではないか。

 今の世の中にはびこる、「悩むことは悪」というテーマで、次回書いていこうと思います。

神山に対しての気持ちは、この時はまだ好きと言う感情が残っていたのでしょうか?
現在のような憎しみに変わり始めるのは、まだ先の話でしょうか?

お母さん、思いきったことを言いますね!
牧場で住み込みだなんてw
津島さんが行動力あるの知っていて言ってるのでしょうが、発想が大胆ですw

No title


 ひなさん

 非常にいい質問ありがとうございます。

 結局、恨みに変わっちゃうのは、すべての希望がなくなっちゃったからなんですよね。たとえ天文学的な数字だろうと、神山と付き合う可能性がまだ残っているうちは、恨みという気持ちには切り替わらないわけです。

 あのバカな男は、卒業まであとほんのちょっと待っていればよかったものを、一刻もはやく包茎ペニスをダダに差し込みたい欲求を我慢できなかったせいで、自分の好いた女を危険に晒してしまいました。

 うちの母親は国立大も出て薬剤師の資格も取った人間なんですけど、恵まれた時代に社会に出た世代は、自分や自分の息子がレールの上を走ってる限りはものすごく優秀な答えを導き出すけど、いったんレールの上を外れるとものすごく頓珍漢な答えを導き出してしまうところがあるように思いますね。母親なりに必死だったのはわかるんですが。

 

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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