犯罪者名鑑 加藤智大 5


~後編~消滅の園へ――加藤智大、秋葉原までの「漂流」


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 派遣のくせに


 加藤は警備の仕事を辞めた後、新しい派遣会社に登録し、埼玉県の工場に派遣されました。この頃加藤は、燃費の悪かったスバル・インプレッサーを手放し、新しいマツダ・RXを購入していましたが、もともと借金があったにもかかわらず、新しいローンを組んでしまったことで、加藤は土日も単発のアルバイトに精を出さなくてはならなくなってしまいました。当然、車に乗る機会は少なくなります。本末転倒な話ですが、加藤は真面目そうな風貌に見えて、かなり金銭にルーズで、計画性のないところがあったようです。

 休みもない生活で余裕が失われたせいもあり、新しい工場では、親しく話せる友達の一人もできませんでした。この時期から加藤は、「掲示板」に居場所を求めるようになっていったようです。

 もともと加藤が掲示板を利用していたのは、好きなゲームの攻略法を教え合う目的だけでしたが、この頃からは、自分の悩みや雑談など、さまざまなカテゴリの掲示板に手を出すようになっていきました。加藤は掲示板を「帰る場所」と表現し、休みの日には一日中掲示板に入り浸るなど、居心地の良さを感じていたようです。完全に中毒の状態といっていいでしょう。

 職場では真面目に働いていたようでしたが、あるとき、ちょっとしたトラブルを起こしてしまいました。加藤が、自分の担当する部品の置き方を変えるように提案したところ、正社員から「派遣のくせに、黙ってろ」と言われてしまったのです。

 酷い話であり、正社員の言い方には明らかに問題がありますが、言っていることそのものは、間違いともいえません。

 派遣労働者は、技術の蓄積をまったく考慮されない、使い捨ての存在です。こういう立場の人に期待される性質は、いわゆる「無能な怠け者」でしょう。

 言われたことだけやって、余計なことはやらない。やる気なんかいらない。ただロボットのように、命令されたことだけを忠実に守っていればいい。人を物扱いする酷い働かせ方だといえばその通りですが、まったく逆の見方をすれば、「何の責任もない、期待もされない。適当に手を抜きながら、言われたことだけやればいい」という、仕事で自己実現を目指さない人にとっては、非常に気楽な面もあるといえます。

 条件が悪すぎるのが問題なのであって、労働の性質そのものが大きな問題というわけではない。私の経験からいえば、派遣という労働の性質を無視して、変に「積極性」を求めてくる会社はむしろブラック率が高く、派遣を「心のあるロボット」程度に見ている会社の方が、まともな会社です。

 正社員にも自分のリズムというものがあり、頭の中で考えた計算があります。よほどいいと思える改善案ならともかく、どうでもいいようなことを言われたのでは、逆にリズムを崩されるだけで不快に思ってしまう気持ちもわからないではありません。おそらくはこの一件だけで「派遣のくせに」が出てきたわけではなく、この正社員は、前々から加藤が見せる変なやる気にイライラしていたものと思われます。ただ、やはり言い方は良くなかったと思います。

 このトラブルに対する加藤の対応は、派遣先企業ではなく、派遣会社に報告をし、派遣会社を通じて、派遣先に抗議をするというものでした。加藤のとった対応は適切だと思いますし、派遣会社の対応も適切だったと思います。加藤もこのときは「もうちょっと頑張ろう」と思えたようでしたが、いつまでも当の正社員から謝罪がなかったことを理由に、結局は数か月後、会社に相談もしないまま、突然バックレてしまいました。

 2006年、4月。加藤23歳。派遣会社での労働期間は一年に及んでおり、ちゃんと契約を全うしてやめていれば失業保険ももらえたはずなのに、こういう短絡的な行動をとってしまう。今度はまず派遣会社に相談するなど、少しは学んでいるようでしたが、悪い癖は完全に治っていたわけではなかったのです。


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 自殺未遂

 埼玉での仕事をやめた加藤は、しばらく仙台の友人の厄介になった後、茨城の工場に派遣されて働き始めました。

 茨城の工場では目立ったトラブルを起こすことはありませんでしたが、職場の仲間とは、まさに職場だけの関係で、プライベートで会うような友人は一人もできませんでした。地元の友人とも次第に疎遠になり始め、毎日メールをするようなことはなくなっています。次第に孤独感を募らせていく中で、掲示板でのトラブルが起こりました。

 内容は、加藤が掲示板で愚痴や弱音を吐く人に、「本音で厳しいことを書いた」というものでした。その一件以来、掲示板の雰囲気が悪くなり、掲示板に書き込む人がいなくなってしまったということです。加藤はその一件で酷く落ち込み、また掲示板の主にも悪いことをしてしまったと思い込み、掲示板の利用をやめてしまいました。「居場所」を失ってしまったのです。

 自分は誰からも必要とされていない、と感じるようになった加藤は、「自殺」を思い描くようになりました。想像し出してから実行に移すまではあっという間で、加藤は2006年の8月31日には、青森で自殺未遂騒ぎを起こしていました。現場に青森を選んだのは、「地元の友人に自分が死んだことを知ってほしかったから」だそうです。

 加藤の気持ちは何となくわかります。このまま延々と、自分が誰にも必要とされていない孤独の寂しさを味わい続けるよりは、自分が死んでみんなが悲しむ光景を想像できた方がいい。もちろん、本当に死んでしまっては、自分の葬式の光景もみることはできないわけですが、それを想像できるだけでも幸せである、ということです。

 私は、加藤の手記に「寂しい」という表現が見られないことが気になって仕方ありません。加藤が自殺の場面で述べているのは、「孤立は恐怖であった」という表現です。まったく同じ感情を表しているのだと思うのですが、加藤の表現だと「寂しい」に比べて、胸に突き刺さってくるような感覚からは遠のきます。加藤の手記は全般的に、そのような、胸に響く、自分の弱さが伝わる表現を避けているように思えるのが特徴です。

 加藤は消費者金融のカードを限度額いっぱいまで使ってから、酒を煽って、愛車で夜中の国道を走り始めました。ハンドルを握る直前、加藤は母親や友人にメールや電話をして、自分がこれから死ぬことを告げたそうです。

 そこで母親や友人から、加藤を心配するメールが帰ってくる。みんなが葬式のとき、涙を流してくれるだろうことがわかった。満足感を抱えたまま、対向車に正面衝突して、逝く――。それが加藤の計画であったようです。

 しかし、幸か不幸か、車は対向車にぶつかる前に、縁石に乗り上げ、動けなくなってしまいました。仕方なしにレッカーを呼びましたが、すぐの修理は断られてしまいました。

 強固だった加藤の決意が挫けていきました。加藤は自殺を思い留まり、そのまま実家に帰ることにしました。友人たちからは、加藤が自殺を思いとどまったことに対する、安堵のメールが送られてきました。

かと0ともだい


 
 再生

 母は、およそ3年ぶりに実家に帰った加藤を抱きしめました。そして、「ごめんね」「よく帰ってきたね」と謝り、幼いころからの、行き過ぎた「教育」について謝罪しました。

 この頃は、加藤の弟さんも高校を中退して引きこもり生活を送っており、母はようやく、自分の教育が間違っていたことに気づき始めていました。加藤が実家に帰ってくる一年前、母は弟さんに「お前たちがこんなになってしまったのは私のせいだ」と謝っており、弟さんはこのときはじめて「母と邂逅した」と語っています。

 破損した車を見て、母にも加藤の「本気」が伝わりました。母は車の修理代とレッカー代をすべて肩代わりし、加藤にしばらくゆっくり休むように言いました。しばらくして、別居中だった加藤の父も仙台から帰ってきて、「ずっと家にいればいい」と言ってくれました。

 高校時代の友人たちは、加藤のために、飲み会を開いてくれました。このときは、自殺未遂騒ぎのことには触れず、いつも通りに接する友人と、自殺未遂騒ぎのことにちゃんと触れて、自分たちがどれだけ加藤を心配したかを、多少キツイ口調で伝えた友人と両方がいたようです。

 前者が間違いとはいいませんが、より正解なのは後者でしょう。本質的なところに触れず、なあなあで済ませてしまったら、加藤の悩みはまったく解決せず、加藤はまた同じことを繰り返してしまう可能性があります。実際問題、加藤は自分に厳しい言葉をかけてくれた友人を煙たがるどころか、「ありがたく、申し訳ないと思った」と語っていました。

 加藤の友人を責めるわけではないですが、このときだけではなく何回も、もっと本気で、加藤にぶつかってくれる人がいたら、また違っていたのではないか・・・とも思います。

 家庭再編と、友情再編。青森の地で、加藤という人物を中心として、二つの人間関係が修復されようとしていました。

 24歳。まだ、いくらでもやり直しがきく年齢。雨降って地固まるの例え通り、ギャンブルともいえる自殺未遂を経て、加藤に「再生」のチャンスが巡ってきたのです。
 

 
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No title

加藤は真面目な人物であるように見えて実は浪費家だったり結構破天荒ですよね。
加藤は見た目のイメージとは逆の性格ですので周りの人達も驚くことも多かったでしょうね。
心の拠り所であった掲示板で誰もいなくなってしまったことは加藤にとっては自殺まで追い詰められるくらいの出来事だったのですね。
自殺を決行しようとして車が縁石に乗り上げてしまうというアクシデントも加藤らしいですね。
加藤は地元にずっといた方が良かったのではないでしょうか。
都会で一人暮らしは性格的に合わなかったような気がします。
母親との和解が出来たことは本当に良かったですしずっと家にいてもいいという安心感も得て友人達もいるという環境でこれから良い方向になりそうなのにどうしてなのでしょうね。
以前の環境とは違いこのような良い流れの中で犯罪に繋がる要素が見当たらないですね。

No title

seasky さん

 ちゃんと就職できていればローンでそこまで苦しむことはなかったかもしれないので、一応、借金の件を派遣批判に結び付けることはできます。ただ加藤の場合短大時代勉強しなかったり、自分からチャンス棒に振ってる面がありますからね・・・。

 やはり東北は仕事は相当厳しいので、残りたくても残れない事情はあったのではないかと思います。まぁ派遣会社と交渉すれば、いずれは地元で働ける方向に話が進んだかもしれませんが、慣れた職場を離れるのも勇気がいりますし・・。

 加藤がこのチャンスをいかせなかったのは痛いですね。

派遣で車のローンが組めるとは知りませんでした。
まぁ〜正社員が派遣のくせにと言うのはもっともだと思います。
加藤がでしゃばって改善案を提案する自体間違ってますね。
こういう余計な事をすると正社員だけでなく同じ派遣の仲間にも嫌われると思います。
正社員に言い方にもよるが、派遣で働いている以上こういう言い方で言われるのを当たり前だと思ってなければいけないと思います。
結果論ですが自殺未遂のとき死んでいたのが加藤にとって幸せだったと思います。
青森の実家に帰り母親と和解しても地方では仕事もないのでまた家を出たのでしょう。
宅間みたいにさっさと死刑確定させて死刑になればまだカッコつきますが最高裁までいって死刑確定したら再審請求してるのはどうかと思いますね。
潔く死刑になった方がカッコいいと思いますが…
まぁ〜犯罪者にカッコいいもワルイもないかもしれませんが…

No title

まっちゃんさん

 加藤の態度はスタンドプレーとみられても仕方がなかったかもしれません。今更やる気になるくらいだったら、なぜ短大時代に頑張らなかったのかって話ですしね(本人なりに事情があったにせよ)。

 加藤本人もある程度納得しているようですし、このエピソードを派遣叩きに使うのはちと微妙でしょうね。ただ正社員の言い方はやはり問題だと思います。こんな言い方じゃ誤解を生みますし、加藤に謝らなかったのもおかしいと思いますね。

 結果的にはここで死んでた方が幸せでしたね。このあと挽回のチャンスが来るには来るんですけども・・・。

今回の記事を読む限り、加藤は心機一転人生の巻き返しを図るにはいいスタートを切ったように思われますね。



私も友人が少なく、疎外感や孤独感を味わった事は何度もあります。それでも友人が皆無というわけではないので、加藤のように友人が1人もいないという人間の悲痛を、推し量る事は出来ても、身を持って痛感する事は出来ぬのだな、と思います。


1人もいないというのはさぞ辛いでしょうね。

そうなるに至ってしまう経緯については一先ず置いておいて……辛いでしょう。


No title

L.W さん

 友人だけじゃなく、「家庭」「友人」「仕事(本気でやりがいもてるもの)」「財産」「女」どれもなかったというのが問題でしたね。貧困問題の第一人者である湯浅誠氏が言うところの「タメ」がまったくなかったという状態です。 他のどれかがあれば、必ずしも友人じゃなくてもよかったでしょう。

 加藤は「タメ」のうち、比較的何とかなりそうな「家庭」と「友人」に縋ろうとして、こういう騒ぎを起こしたともいえます。そしてこの時点では、希望はかなえられ、仰る通り心機一転人生の再スタートが切れたといえますが・・・。

掲示板では居場所を失ってしまったけれど、リアルでは母親と和解し、正面からぶつかってきてくれる友人・遠回しに気遣ってくれる友人に恵まれて、良い方向に進んでいくような環境なのに・・・
それだけでは消せない闇を抱えてるって事ですかね?
津島さんの小説ではじめて詳しく知りました。
彼には色々な辛いことがあったのですね。
それでもたくさんの無関係な人を刺し殺してしまう理由にはならないと思いますが・・・

No title

ひなさん

 「アリス」の方でも触れますが、他人から見て全然恵まれているように見えても、本人は自分は不幸だ、大事にすべきものは何もないと思っていることはよくあります。国民の幸福度指数で上位にあるのが軒並み発展途上国で、先進国は下位にあるというのがわかりやすい例ですが、同じ国の中でも、人生に求める幸福の度合いは人それぞれ違います。

 加藤が事件直前の状況でなかったもの・・・・いくら本人は否定しても、やっぱり「女」は絡んでたんじゃないかという気はしますね・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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