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犯罪者名鑑 宅間守 5


たかうあままもる



 決闘

 自宅で始めた運送屋ごっこをやめた、21歳ころの宅間は特に荒れており、何度も警察沙汰を起こしては、身元引受人である父、武士に警察署まで迎えにきてもらうことを繰り返していました。武士は息子の悪行三昧、金食い三昧にほとほと疲れ果てており、途中で何度も、車で崖に突っ込んで、守と心中を図ろうとしたことがあったようです。

 家庭内暴力も始まっていました。武士も身長170㎝台半ばで、戦前生まれにしては大柄な方であり、守が幼いころは体罰を加えたこともあったようですが、成長した守を止めることはできませんでした。守は父や兄が家を空けている隙に、いつも母を殴っていたようです。

 この武士の体罰についてですが、私は世代を考えれば、そこまで突出して酷いとはいえないのではないか、と思います。まだ軍国教育の名残が残っていたころで、武士は特に、男らしさが価値を持つ、薩摩の国の出身です。酒を飲んだくれて暴れているというならともかく、子供が悪いことをしたとき、殴って痛みで覚えさせるという理屈は、今は悪とされていますが当時としてはそんなに珍しくはないもので、これで武士を非難するなら、この時代の親の半分ぐらいは鬼親になってしまうと思います。
 
 ただ、いくら時代的な背景を考慮すれば酷いとはいえなかったとしても、肝心の子供がどう感じていたかはまったく別の問題である、ということは、一応書き加えておきます。

 そして守は、ある日母を連れて、五百万円ものお金を持ち出し、突然に家を出てしまいました。武士は失踪した妻と子を、四方八方手を尽くして探し、半年後、兵庫県内のアパートで暮らしていることを突き止めます。武士は妻に自分のところに戻るように言いましたが、妻は夫に反発し、帰ろうとはしませんでした。

 母は暴力を振るう守の元から、なぜ離れようとしなかったのか?とあるジャーナリストは、この時期、守と母の間に、近親相姦があったのではないか、という推論を述べています。

 二度と繋がるはずがなかった母と息子が、再び一つに結ばれてしまった。息子を「男」と認識してしまった母は、理性ではいけないとわかっていても、下半身の疼きに抗うことができなかったのではないか――。まことに悍ましい話であり、宅間本人の口から事実が語られたわけではないのですが、かなり「怪しい」ことは否定できないでしょう。

 妻を取り返しにアパートに赴いた武士と守の「決闘」が始まりました。

 守はアパート近くの建設現場からスコップを持ってきて、肩を怒らせながら武士に近づくと、スコップを脳天めがけて、思いっきり振り下ろしました。守は本気で殺しに来ていたようです。

 当時五十歳で、まだ身体は動き、力も強かった武士は、守の渾身の一撃をかわすと、一気に間合いを詰め、守をタックルで突き飛ばしました。テイクダウンに成功すると、武士は仰向けになった守の身体に馬乗りになり、傍にあったレンガを掴み、頭をめがけて思い切り振り下ろしました。父も本気で、息子を殺すつもりだったのです。

 これまで父を舐め腐っていた守は、まさかの父の本気の殺意を感じ取り、動転した表情を浮かべていたといいます。しかし、悪魔の頭脳は冴えていました。守はここで、まさかの命乞いに出たのです。

お父ちゃん、やめといてんか。ゴメンヨ、ボク、考え変えるわ、もうせえへん。ゴメンよ、後生や、許してんか。ボク考え変えるわ」

 これまで見たこともないような守の哀願の表情と、聞いたこともない弱弱しい声を耳にして、武士の脳裏に、まだ可愛らしかったころの守の姿が浮かびました。

「お父ちゃん、殺さんといて。改心するさかい」

 守の命乞いを受け、盤石だった父の意志は砕けてしまいました。守の頭上に振り上げられたレンガが手から零れ落ち、息子の身体にかける体重も弱くなってしまったのです。一瞬のスキをついて、守は父の下から脱出しました。

 守は一目散に二十メートルほども遠ざかると、そこでさっきの哀願の仮面を脱ぎ捨て、もとの冷酷で残忍な悪魔の貌で、武士を睨みつけました。

「バカめ、まんまと引っかかったな。覚えとけ、地元ヤクザの○○に言って、お前ら二人(父と母)、無茶苦茶にしてやるから。死ぬまで俺様のために苦しめてやる。この請求書は高うつくぞ」


 父、武士にとっては、このときが一生の不覚でした。悪魔の予言通り、まさにこのときから、宅間家の完全な崩壊が始まっていったのです。

たくまあああああああ



 家庭崩壊

 
「今考えればあの時じゃろ、ヤツの中の”怪物”が一回り大きくなったんは。もうその暴走が誰にも止められんようになっていくんや」

 父、武士が語るように、母を父に奪い返された守は、宅間家に様々な嫌がらせ行為を働くようになっていきました。以下、そのまま武士の言葉で紹介します。

「あれから大変やったで。十件を超すレンタルビデオ店から未払い分のエロビデオの請求書わんさと来るんや。確かにヤツの言っとった通り請求書は高こう付いた。どれも一件十万円を超えていたんや ~略~ また夜になると我が家や車に向かって投石があるのよ。兄貴がアウディゆう外車買うたら、守のヤツから「生意気じゃ」と脅しがあり、ある夜また投石があったんで外に出てみたら案の定、兄貴の車フロントガラスが割られるわ、ボンネットぼこぼこにされるわ・・・。兄貴はショックでしばらく寝込んだよ」

 私が説明するよりも、、当事者の言葉をそのまま読んでいただいた方が重みがあると思うので、この時期の武士の疲弊具合を表すコメントの紹介を続けます。

「ワシらがヤツを刑務所にぶち込むチャンスは何度もあった。でも、警察の理解者がどれだけ尽力しても、司法と精神医療の現場では高い壁が立ちふさがっておるのよ。人権っちゅうやっちゃ。じゃがワシは敢えて言う。鬼畜に人権いりまへん。いらんヤツにいらんもんくれて、ややこしゅうしとんのが、ええ大学出のおっさんたちや。問題や事件が起こればそりゃ当然犠牲者が生まれるやろ。そちらの悲劇ばかりやが、ワシらキチガイの家族はどうなんねん。事件が起きる、そのずっと前から危なっかしいキチガイの一番近くでビクビクしながら暮らしとんよ。そこんとこもう少し考えてくださらんと、ワシらキチガイに人権蹂躙されとんや。もうええかげんにしてくれな」

 宅間もなかなか味わい深い言葉を吐く男でしたが、この武士さんもユーモアのセンスに溢れた、トークのうまい人で、彼へのインタビューを載せた「新潮45」の記事は、一つの読み物として非常に面白い出来になっており、私がお勧めする一冊です。

 武士の言う通り、日本という国は被害者遺族への配慮もまだまだ十分とはいえませんが、加害者家族の保護というものも、まだまだおざなりになっています。世の中にはキレイごとを吐くだけで、実際の援助は何もしないという人種は大勢いますが、武士が批判する人権屋という人たちも、口々に平等だとか博愛を叫ぶだけで、実際の守の面倒はすべて武士ら家族に任せていただけだったとしたら、ただの自己満足の偽善者と言われても仕方ありません。

 2ちゃんねるやヤフコメを見れば一目瞭然ですが、日本という国は、「悪いヤツだったら何を言ってもいいし、何をやってもいい」という風潮のある国です。同じ厳罰化の世論が強いアメリカもそういう傾向がありますが、加害者はまあ仕方ないにしても、問題は社会のバッシングが、加害者家族にまで及んでしまうということです。百歩譲って、親は批判されても仕方ないかもしれませんが、兄弟や子供にまで飛び火するのは明らかなやり過ぎで、正義の名を借りたイジメにしか過ぎません。

 親だって本当に悪いかはわかりません。犯罪者名鑑でいえば、山地や加藤、小林薫の親あたりは明確な毒親かもしれませんが、私は宅間守の父、武士は、ちょっとアクが強いだけの、ユニークなおっさんくらいにしか思いません。

 先日、清原が逮捕された際も、憔悴した面持ちで警察の車に乗り込もうとする清原に、「清原さん何か言いたいことはありますか」などと質問をぶつける記者の姿が映されましたが、ああいうのを見ると、マスコミはやっぱりマスゴミと言われても仕方ない人種なんだと思います。

 37歳の息子から借金の申し出があった際、「お前のようなヤツは死ね」と言い放ったこと。不躾な質問をぶつけるマスゴミに、「死っねーーーーっ」と、誰もが当たり前に思う言葉を言い放ったこと。世代的に見ればそう珍しくはない体罰。

 息子から受けてきた精神的苦痛に比べればあまりに軽い、たったそれだけの要素で、長年、息子の起こしたトラブルの尻拭いに奔走して疲れ切った武士を「鬼父」などと決めつける。それがマスゴミと、世間がやったことでした。
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No title

宅間親子の死闘は壮絶ですね。
母を巡る父と息子の争いとはまた凄いです。
一つの物語になっていますね。
母が父の元から離れて宅間と一緒に住んでいたのはもしかしたら秘め事があったかもしれませんね。
宅間だったらやりかねない気はします。
宅間と住むことは普通の父親だったらもう家庭を捨てて逃げるレベルですね。
長年宅間の暴走に耐え続けるということはもう疲れ果ててどうにかなりそうです。
宅間の父はある意味凄い親ですよ。
犯罪者の親や兄弟は本当に辛い立場にあると思います。
加害者家族は意見さえ聞き入れてもらえない状況になってしまうのは問題だと思いますね。
加害者側を絶対悪にしてしまう姿勢は改めないといけないですね。

犯罪者の生育歴が悪行で彩られているのは良くある話で、それを聞いた時に、やっぱり昔から悪だったのか、等の感想を持つ人は多いと思います。

ただ、宅間のそれに関して私は最早、上記のような感慨すら持たぬ程に宅間という人間の悪性を強く意識しているのかもしれません。


犯罪の加害者遺族の被害者性については、私も兼ねてから同情していました。


職場にいられなくなったり、縁談を取り消されたり、酷いと自殺に追い込まれたり……。


津島さんが指摘した通り、とりわけ私も加害者の両親以外の遺族への世間の風当たりが気になります。


本件に限らず、後天的な理由で他人を区別するのはいいですが、先天的な理由で他人を差別するのは駄目だと思います。


血縁は先天的なものだから、無論それで他人を差別するのも駄目です。



大義を掲げても差別は差別です。

No title

seaskyさん

 宅間の人生の前半のハイライトシーンですね。世間の常識に縛られないで行動できるのは強みの一つかもしれませんが、ここまでタブーを簡単に乗り越えてしまうのはヤバ過ぎですね・・。ここでもう引き返せなくなったのかな、という気がします。

 厳罰化の弊害がこういうところでも起きていますが、最初から悪と決めつけて見ていたらなんでも悪に見えてしまうものです。客観的に見れば宅間父は常識人の範囲内であり、誰も責めることなどできないことはわかるはずなんですが、マスコミのレッテル貼りが全部ゆがめてしまうんですよね・・。

No title

L,wさん

 私は宅間すらまっとうに生きる道はあったと信じていますが、本格的に引き返せなくなったのはここからだと思います。古代ならいざ知らず現代社会で親とことに及べるのは人生放棄してないとできないでしょう・・・。

 加藤の弟さんと結婚してもいいと言ってくれた女性くらいの優しさがみんなに欲しいですね。そう考えると、宅間ほど破たんしすぎるのはまずいにしても、中途半端に世間とやらに迎合するのもやはり良くないと思います。世間が間違っていることも絶対にある。

父としてはあの時殺れなかったことは本当に一生の不覚だったと思います。
我が子の懇願に殺意を削がれてしまう。
親として当然の感情で攻撃の手を緩めたら、結果は酷い捨て台詞と、その言葉通りの復讐…。
しかしその時に殺してしまっていたら、父は犯罪者になってしまう。
言っても詮無いことですが、宅間を身籠った時の、母の直感を信じて堕していれば誰も被害者が発生しなかったのに…、と考えてしまいますね。

No title

たにやんさん

 まさに一生の不覚でしたね。逆に、この場面でなりふり構わず命乞いができる宅間は、少なくとも瞬発的な知能はかなり高い男だったのではないかとも思います(私なら何の抵抗もできずにやられる)。バトルロイヤルでも書いた気がしますが、戦国時代にでも生まれていたら、別の人生があったのかもしれません。

 母親の直観のエピソードはあまりに出来過ぎてて真偽を疑ってしまうほどですね。私は宅間にもまっとうに生きる道はあったと思いますが、結果的には、生まれない方が良かったということになってしまいましたね。

宅間の父親はその時代ではごく普通の父親で決して鬼親ではないと思います。
宅間みたいな息子に振りまわされ気の毒ですね。
母親と二人で暮らしたとき近親相姦はやはりあったのでしょう。
たくはかなり年上の女性が好みみたいですから…
宅間は他の犯罪者と比べまともに生きるチャンスはあったと思いますが、何故犯罪者になってしまったのでしょう?
イジメにあっていたわけでもないしやはり脳がどこかおかしかったのでしょうか?

No title

まっちゃんさん

 実家に送り付けられてきたエロビデオの請求書も熟女ものとかが多かったらしいですね。若いオンナも好きでしたから、年齢にまったく拘りがないというのが正確なところかもしれませんが・・。

 この後のことですが公務員になってますからね・・。そのチャンスすら棒に振ってしまったのですから、やっぱり矯正不可能だったのかとも思いますが、母親をヤッてなかったらどうにかなった気がします。一度一線越えちゃうと、どれだけチャンスがあっても、俺は何したって駄目だって考えちゃいますからね・・。

壮絶な親子ですね。
母と連れだって家出、殺し合い…絶句します。
母親は、暴力によって思考能力が奪われていたのですかね。
近親相姦もナイと信じたいところですが…
兄とは確執は無かったのですかね?
弟の事をどう感じていたのでしょうか。
何をされるか分からないと、距離をとってそうですね。

No title

ひなさん

 母を巡る父子の闘争 普通の家庭にも例がありそうですが近親相姦まで絡んできてしまうともう修復は不可能なんでしょうね。確実にあったかどうかわからないですが・・。

 お兄さんについて本人のコメントはほとんどないようですね。齢が七歳も離れていますから、あまり一緒に遊んだりすることもなかったようです。宅間も死んだ人間のことはあまり悪く言えなかったのもあるでしょうしね・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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