9月、二学期が開始された初日、私は早速、神山に話しかけてみました。メールのことには敢えて触れず、ふつうに、「夏休みどうだった?」みたいな感じで話しかけたと思います。普通に話かけた私に対し、神山は、軽くこちらを見ただけで何も答えないという、ほとんど無視といえる態度をとりました。その後も何度か会話をトライしましたが、神山は無視をするか、「あっそ」と言って去ってしまうだけでした。
いったい、なぜ、こんなことになってしまったのか?私はもう一度、神山に送ったメールを読み返しましたが、何度読み返してみても、失礼にあたるような表現があったようには思えません。
考えられるとすれば、神山は私が神山に気があるのがわかり、私を遠ざけるために、わざと冷たい態度をとっているということです。中途半端に希望を持たせるよりは、最初から思いっきり突き放した方がいいということでしょうが、冷たくされようがされまいが、そもそも神山が私を受け入れないこと自体が、私には耐えがたいことでした。
何度も書いてきたことですが、神山は「野口さん似」で、甘めに採点しても十点中五点、「健康で文化的な最低限度」の女です。しかし、文字だけではどうしても説得力には限界があります。神山が大体どのレベルの女か想像しにくいとも思うので、2ちゃんの「勘違いブスの画像ください!」スレから、ヤツと同じくらいの顔レべの女の画像を探し出してイメージ画像紹介記事にUPしました。。目元と色白さ加減が結構似ています。以後、神山は大体このくらいの顔面レベルの女だと思って読んでもらえれば、と思います。
ところで、私はかなり執念深い性格をしています。「執念」は、一般的に悪い場面で使われることが多いですが、五度の渡航失敗の末ついに日本に仏教を伝えた鑑真や、電話もメールもなかった時代、日本全国を自分の足で歩き回って薩長同盟を成立に導いた坂本竜馬などの業績も「執念」の賜物であり、執念深いこと自体が悪いこととはいえません。
私は自分が作家として生計を立てるという目標に向かっての下積み期間を、このサイトを開設した今からちょうど3年前から始まったと考えています。それ以前も書くこと自体はやっていましたが、密度も量もいまとは比べものにならず、そもそも「書く動機」もはっきりしていなかった時期のことなどは、野球選手でいえばリトルリーグですらないただの少年野球教室のようなもので、キャリアに含むべきものとは考えられません。
3年という期間が作家の下積み期間として長いのか短いのか知りませんが、私的には、「成功が保証されない(受験などとはここが違う)」目標に向かって、3年という期間、一定の努力を続けられるという人は、そんなにいないんじゃないかな?と思っています。こんなことは執念深い人間にしかできないことで、私とは正反対の、切り替えが早く、嫌なことをすぐに忘れられるような竹を割ったようにサッパリした人には、たぶん無理なのではないかな、と思います。
努力だけを誇っても仕方ありませんし、金銭収入につながらなければまったく意味はないわけですが、今後私の努力が報われ(もちろん、そのつもりでいる)、作家として何とか食えるくらいの収入を得られるまでになったとしたら、私の執念深い性格は「良い方向に働いた」といえます。
しかし、物事はなんでもコインの裏表です。サッパリした人の欠点は、「諦めが早すぎる」ということですが、執念深い性格の欠点は反対に、諦めるべき恋も諦められない、「ストーカー気質がある」ということです。
私は、自分がストーカー気質のある男だという事実を否定しません。それを直そうとも思いませんし、引け目を感じることもありません。現時点で犯罪行為に及んでいるのであれば話は別ですが、「執念」だけで留めているだけなら、ただの、「コインの裏表」にすぎないからです。
自分を振った女のことを、四年も経ってから文章にしている時点で、私がかなり粘着質な男であることはご承知いただけると思いますが、しかし私とて、自分が振られたすべての女のことを根に持っているわけではありません。今現在、私が復讐したいと思うほど恨んでいる女は、神山恵美子ただ一人です。
神山を恨む理由の一つが、ヤツがお世辞にも美人だとはいえない女だったということです。上の画像をもう一度みてください。神山の顔面レベルは、間違いなくこのレベルです。このレベルの女に、私は振られたのです。
過去に神山と同等以上の女と交際した経験が何度もあるなら、まだ神山がアホだっただけ、ということで片付けることもできます。しかし、私は23歳の時点で童貞でこそありませんでしたが、素人女性との交際経験は、19歳のときにわずか2か月ほどしかありません。ほとんど女経験がない23歳の男が、並みかそれ以下の容姿の女に振られた。もしかして、自分には一生、まともな容姿の女との交際は望めないのでは・・・?と思い込んでしまうのも無理はないのではないか、と、客観的に考えてもそう思います。
前々回で、私は女に関しては一発よりも確実性重視であると書きましたが、当時の私がまずかったのは、不美人に交際を申し込んだ場合、肉体面でのリターンを得られる可能性は確かに高いものの、「勝って当たり前」の勝負であるがゆえに、万が一負けたとき、精神面に多大なダメージを負ってしまう、ということを、まったく念頭に入れていなかったことでした。
反対に、美女を狙うというのは、確かに肉体面でのリターンを得られる可能性は極めて低く、一見、勇気ある挑戦のようですが、考え方によっては、振られても言い訳がしやすい、諦めが付きやすいという、振られたときに精神面でのリスクを軽減できるという側面もあります。
20代前半以下の方は知らないでしょうが、15年くらい前に、「ガチンコ」という伝説的な素人参加型のテレビ番組が存在しました。番組の中で最大の人気を誇っていたのは、「ファイトクラブ」という、元世界ミドル級チャンピオン、竹原慎二の指導のもと、不良たちを3ヶ月でプロボクサーにするという企画だったのですが、そのファイトクラブ生の四期生に、「梅宮」という人がいました。
梅宮は四期生の主人公的な人で、いつもこの人を中心にトラブルが起こっていたのですが、この梅宮氏、スパーリングのときになると、なぜか竹原や、Sフェザー、ライト級世界王者の畑山、あるいは現役の日本ランカーなどを指名し、同じレベルのクラブ生とは絶対に戦おうとしません。
本気で強くなろうとしているなら、強い相手に挑むだけではなく、同じレベルの相手と切磋琢磨するのも大事なはずですが、梅宮は「逃げとるのか?」と挑発されても、「雑魚とやったってしょうがねえだろ」と聞く耳を持たず、 なぜか頑なに、格上の相手とばかり手合わせしようとします。見かねたトキオ・国分太一が言いました。
「自分の本当の実力がバレちゃうのが怖いから、同じレベルのクラブ生たちとやらないんだろ!自分より強い人だったら負けても当たり前だから、言い訳できるから、竹原さんや畑山さんとばかりやろうとするんだろ!」
一般的に美徳とされる、「強い相手に挑む」ことが、逃げ道に使われる場合もある、ということをわかりやすく説明した、番組屈指の名言、名シーンといえるでしょう。
恋愛もこれと同じことで、高嶺の花に果敢にアタックすることを、周囲は凄いことだと称えがちですが、本人の深層心理の中には、「逃げ」という感情が働いていることも考えられます。ただ、ゲットできる可能性が極めて低い相手に声をかけること自体は、確かに大きなチャレンジであることは間違いない。
まさにボクシングとか格闘技が一番ぴったりな例えだと思うのですが、確実な勝利を手にし、堅実にファイトマネーを稼ぎたいなら、自分と同じくらいの実力の相手と試合をすればいい。しかし、万が一負けた場合は失うものが非常に大きく、特にプライドはズタボロになります。
一方、あまりにも実力がかけ離れた相手、例えば世界ランク2ケタの選手がチャンピオンに挑むのは、普通に考えれば返り討ちに遭うだけですが、万が一勝てたときのリターンは非常に大きなものがあります。負けても名誉を失うことはなく、少なくともプライドは傷つきません。
「大河原」での私は、「勝って当たり前の勝負」、かませ犬とまでは言いませんが、まあ安全パイの相手と試合を組んだ結果、大負けして何もかも失ってしまったボクサーになってしまったのです。
自信満々にいうことではないのは百も承知ですが、ストーカー気質のある私が断言できるのは、ストーカーとは、「相手が大好きだから」粘着するのではなく、「傷つけられたプライドを回復するため」に粘着するものです。
未来永劫明らかになることはないでしょうが、世の中のストーカー被害者を並べてみたら、おそらく飛びぬけた美人よりも、「こんなのストーカーしてまで付き合いたいか?」と思うような、並みかそれ以下の容姿の女が多いのではないかと、私は考えています。
こういう風に書いていると、恋愛経験のないピュアな読者さんの中には、
「お前は神山にバカにされたとか言っているが、お前こそが神山を見下しているのではないか!」
「お前は神山を妥協の結果で選んだだけだろ!神山はそれを見抜いていたのではないか?そんなのは、振られて当然だ!」
なんて思ってしまった人もいるかもしれません(私が相談したわけじゃないですが、悩み相談系掲示板でそういう意見を見たことがあります)。
妥協のなにが悪いって話であり、妥協のない恋愛なんて存在すんのかって話であり、見抜いていたってエスパーかって話ですが、勘違いしてほしくないのは、私は何も、まるっきりの妥協ばかりで神山を好きになったわけではないということです。仮に神山と付き合えたとして、もっといい条件の女が見つかったら乗り換えようとか思っていたわけでもまったくありません。
それどころか、神山と同じく私と同年齢の、たとえば佐々木希と神山のどっちかを確実に手にいられるチャンスがあったとして、私は(迷いはするでしょうが)たぶん神山の方を選んでいたと思います。前々回でも書いたことですが、私は美人はそもそも性の対象にならず、並みかそれ以下の女だけしか眼中にないのです。ストライクゾーンが広いのではなく、ストライクゾーンの四隅しか打てないということです。
さらに言えば、私はリア充と呼ばれる奴らが嫌いです(特にここで説明するまでもない、ステレオタイプのリア充を想像していただければいいです)。友達が多いだけならどうでもいいですが、女にモテるヤツは全員殺したいと思っています。ただ、モテるのが羨ましいのは確かですが、かといって、自分がリア充になりたいかといえば話は別です。
私も女にはモテたいですが、それは私が私らしく振舞った上でモテるのならという前提付きの話であり、リア充になってまでモテたいとは思いません。散々苦い思いをさせられてきた奴らと同じになってどうすんだって話ですし、なろうとしてうまくいくものでもないでしょう。奴らとは、価値観から何まで違うのですから。
無理をしてまでリア充になろうとするよりも、私は「非リアのままで幸せになる」ことの方を望みます。経済面はともかく、女に関しては高望みせず、見てくれなんて最低限度でいいから、気立てが良い女と、ずっと二人だけでいられればいいのではないかという考えです。
このように例えた方がいいかもしれません。
1 ある国で普面族という民族が(一応私は、自分をブサメンだとは思ってない)、池面族という民族に支配され、搾取されていました。普面族にとって池面族は不倶戴天の敵ですが、野蛮な池面族には、何を話したところで通じまいという諦めの気持ちもあり、殺したいというほどの反感はありません。普面族の村に住むTという青年は、池面族を相手に反乱を起こすよりも、普面族は同じ普面族同士で、手と手を取り合い、慎ましやかに暮らしていければいいのではないか、と考えていました。
2 T青年はあるとき、同じ普面族の村にすむKという女性に恋をしました。Kは甘めに点数をつけて十点満点中五点、DNA的には一滴のまじりっけもない純血の普面族という見た目をしており、性格もひかえめでおとなしく、普面族同士が手を取り合って幸せになることを望むT青年にとって、うってつけの相手のように思えました。
私は当時、神山のことが本当に好きでした。けして妥協の結果だけではなく、本当に女として好きだったのです。この時期は蛆村のような糞女にイジメられたばかりであり、その蛆村の子分である野村たちと同じクラスになってしまい、前途に不安を抱えていた中で、神山が私に親しく話しかけてくれたときはすごく嬉しく、冗談ではなく本当に女神のように見えました。神山は人に話しかけるとき、持っているボールペンなどで、人の背中をツンとついてくる癖があり、それに初心だった私はすっかりやられてしまいました(書いていて恥ずかしく、かつ胸糞が悪いのですが)。
しかし、神山は私が思っていたような女ではありませんでした。普面族T青年とKの物語には、続きがあったのです。
3 T青年はとんでもない勘違いをしていました。Kは普面族でありながら、同じ普面族を毛嫌いしており、池面族と同じ暮らしをすることを望んでいたのです。KはT青年の想いを踏みにじり、自分をバカにし、見下している池面族に腰を摺り寄せることばかり考えていました。
重要なことは、こういう場合往々にして、普面族のT青年の恨みは、元から敵だった池面族の連中よりも、自分と同族でありながら普面族を裏切ったKの方に、より強く向けられるということです。DNAや言語からして違う池面族が普面族を虐めるのはまだ仕方ないとも思えますが、Kは同じ普面族なのに普面族の気持ちがわからず、自分たちを虐めてきた池面族に媚びを売るという、T青年から見れば「プライドがないのではないか?」と思うような行為に及んでいるからです。
私にとっては、これだけでもう、神山への怒りは頂点に近づいているような状態ですが、それでも、ただ単に自分の顔が大したことないのにイケメン好きの身の程知らずというだけでは、四年間も根に持って、復讐の対象とするほどには恨んだりしません。私が神山を恨むのは、ヤツがとんでもない爆弾を落としていったからです。
恋愛ごっこにすぎなかった高校時代まではノーカウントとして、私は19歳から23歳までの間で、二人の女に振られていました(どちらも19歳のときで、20~22歳までは空白期間)。
一人とは2か月あまり交際し、肉体関係を結ぶところまでいきました。詳しくは書きませんが、この子に振られたのは私が至らなかったせいと自覚しており、むしろこんな男の相手をしてくれて感謝の気持ちの方が大きいです。一方、もう一人には、交際すらOKしてもらえずに振られました。まったく男としてみられず、失敗以前に何のチャンスもくれなかったわけですから、この人に対しては、それなりに思うところはあります。
しかし、私にチャンスもくれずに振った人でも、私のことを侮辱したりはしませんでした。私のプライドもある程度は尊重してくれましたし、私の立場が不利になるように追い込んだりするようなこともありませんでした。
上でストーカーは傷つけられたプライドを回復するために執着すると書きましたが、私はいくらストーカー気質のある男でも、ただ振られただけでストーカー化するような男は、そうはいないのではないかと思っています。ストーカーの被害に遭うような女は、大抵、「言わなくてもいい余計な一言」を言っているはずです。
普面族T青年とKの物語には、まだ続きがありました。
4 Kは池面族の文化を模倣し、生活様式も同じにして、池面族に徹底的に媚びを売ることによって、晴れて池面族の仲間入りを果たしました。出世を果たしたKは、まるで自分が最初から池面族として生まれたかのように、池面族と一緒になって同じ普面族を見下し、虐げようとしました。
夏休みが明けてからしばらが経ったころ、私が当時親しくしていた「鍋島」に聞いた話では、神山は私が送ったメールを、鍋島や「深沢(20歳、少し顎が出ているがジャニーズ系のイケメン)」、および、自分の出た大学の友人に見せびらかして、その口説きの下手さを愚弄していたというのです。
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