完成版私小説 愛獣 7

                  

 僕を故郷に連れて帰る成果をもって、僕との関係を決着させようと考える折茂。しかし、当然のことながら、僕は折茂の望む返事はしなかった。

 伊勢佐木屋警備隊が撤退する日は確実に近づいていく。焦る折茂がとった手段は、「嫉妬の感情を利用する」ということであった。具体的には、僕と同じように、己と近しい立場の若者の世話を焼いたり、優しく声をかけた後、僕に対して「お前、あのとき嫉妬してただろ?」と聞いてくるということを、何度も、何度もやってきたのだ。

 あくまで、「僕は本当は折茂に好意を持っているのに、恥ずかしがって素直になれないだけ」との前提で話を進めようとする折茂は、僕に嫉妬をさせて焦らせば、「折茂さんが好き、憧れている」という本音(折茂が思い込んでいるだけであり、そんな本音は一切ない)が引き出せると考えていたのである。

 この時期、バックれた立義の後釜として、伊勢佐木屋警備隊に赤田という新人が入ってきた。二十二歳、僕より一個年上の大学生で、就職活動も終わって卒業に必要な単位もすべて取り終え、余った時間にアルバイトをしようと入ってきたのだという。

 赤田は日勤隊、折茂や僕は夜勤隊と働く時間帯も違うが、折茂はこの赤田に積極的に声をかけ、僕に「嫉妬させるため」の努力をし始めたのである。

「博行。お前はさっき、俺が赤田と話しているのを、凄い怖い目で見ていたな」

 自分の目つきが人からどう見られているかなどは自分ではわからないが、少なくとも嫉妬をしていた事実などは、一切ない。全部折茂の妄想である。

「博行。俺が赤田と話しているからといって、不満そうな顔をするな」

 自分の顔つきが人からどう見られているかなどは自分ではわからないが、少なくとも不満を感じた事実などは、一切ない。もし不満気に見えていたとするなら、それは、「どうせまた、後で嫉妬がどうのって話が始まるんだろうな」とうんざりしていたのが、顔に表れていただけの話だ。実際、折茂は僕がいくら嫉妬していないと主張しても聞かず、二十回でも三十回でも、僕に意地でもうんと言わそうと、何度も嫉妬云々の話をしてきたのである。

 折茂の執念は凄まじかった。僕が嫉妬していたことにする、ただそれだけのために、自分の女友達まで巻き込んだのである。

「この前、赤田と俺の女友達を会わせましたよ。あいつになら、女友達を安心して任せられますからね」

 塩村にそんな話しをしながら、僕の方を、チラッチラッと見てくる。そして、塩村がいなくなった後、「嫉妬したか?」と来るのである。

「いや・・・別に嫉妬はしてないですが・・・幸せになればいいんじゃないですか」

 当時、女には飢えていたが、本当に嫉妬などはしなかった。自惚れ屋で、リア充を気取る折茂の女友達などは、自信家で自己主張が強く、容姿や収入などで平気で男を見下すような女に違いなく、そんな女などは、顔面をグチャグチャに潰して泣かせてやりたいとは思うが、付き合いたいとは思わない。それに、その女を通じて折茂との関係も継続してしまうことになっても困る。

「そうか。それはそうだよな。何しろお前は、俺が好きなんだもんな」

 自分の都合のいい解釈をする・・・というより、逃げ道を見つけることにおいて、折茂は天才的であった。

 折茂が言うように、僕が嫉妬深い男であることは、間違いではない。しかし、その嫉妬心は、自分が特別に欲してやまない成功を収めた人間をみたときや、特別に好きな女を取られたときのみでしか発動しない。

 たとえば、僕は小説で成功したいと思っているので小説で成功した人をみたときは嫉妬するが、まったく畑違いの分野で成功した人を見ても、とくに心は動かされないし、共感できるところがあれば素直に尊敬できる。友人が誰と付き合っていてもどうでもいいし、街中でカップルを見かけたとしても何とも思わない。ましてや、自分が快く思っていない折茂が誰の世話を焼いたところで嫉妬などするはずがないし、むしろ「どうぞそっちに行ってくれ」という話である。

 折茂が、僕を「嫉妬していたことにする」ために利用していたのは、赤田だけではなかった。どこで知り合ったのかしらないが、僕と同じ二十一歳の大学生で、アメフト部か何かに入っているという若者である。その若者が、折茂に憧れて、よく電話相談などをしているというのである。ちなみに、僕はその若者に会ったことはない。写真も見たことはない。だから、折茂が作り出した、架空の人物という可能性もある。

「おう、電話してきたか。今?今仕事中だが、電話ぐらいは出られるぞ」

 ある日の勤務で折茂の携帯が鳴り、そのなんとか君との会話が始まった。実に都合よく、まるで見計らったかのように――アラームでもセットしていたかのように――仕事の手が空いて暇なときに、電話がかかってきたのである。

「またその悩みについてか。うん。それは自分次第だよ。うん」

 やり取りについては、それなりに自然であるようには聞こえる。まあ、折茂が握っている携帯の画面に、ちゃんと人の名前と通話時間が映し出されていようと、ただのオプション画面が表示されているのであろうと、僕には関係ない。中学三年生のとき、一緒に野球観戦を約束していた友達が急用で来られなくなり、一人で球場に足を運んだとき、当時、なぜか一人で野球を観ることが恥ずかしいことだと思っていた僕も、自分の席の周りにいる人に対して、わざわざ友人の急用を伝えるための「偽電話」をやった経験はあるから、たとえ折茂が架空の人間と喋っていたのだとしても、折茂をバカにはできない。

 閉口したのは、そのあとのことである。折茂が突然、僕の手を引き、トイレに連行して抱き付いてきたのである。

「ちょ・・・な、なんですか突然」

「博行。嫉妬をするな。俺はお前が一番だからな」

「いや・・・ちょ、やめ・・・」

「博行、ガードをするな。俺に抱かれるのが嫌なのか」

「いや・・・あの・・・やはり男同士でこういうことをするのは、おかしいですよ・・・」

「どうしてそんなことを言うんだ。昔のお前は、俺に抱かれて喜んでいたじゃないか」

「いや・・・あれは、心が弱っていたときだったから・・・」

 それでバカの一つ覚えみたいに何度も抱き付かれては困る、というのが、僕の心の中の声である。
 
 男同士で抱き合うなどは、特別に感極まったときでなければ、人からどういう目でみられるかは、本人だってわかっているはず。だからわざわざ、絶対に人に見られないよう、トイレにまで連行して抱き付いているのではないのか。

 自分でも恥ずかしいとわかっていることをやってまで、僕を信者にしようとする折茂。その執念だけは、確かに凄まじいものがあった。

  ☆         ☆          ☆   

 「嫉妬してることにする作戦」を駆使しても、僕が一向に信者になろうとしないことに、次第に業を煮やし始める折茂。募る苛立ちと焦りが、ついに爆発するときがやってきた。「大説教・大激怒二時間SP、秋の陣」の幕が上がったのである。その理由というのがとんでもないもので、折茂がかねて敵視している戸叶と僕が、仲良さそうに話していた・・・というものであった。

「みんなで戸叶を追い込もうと約束していたのに、お前は何をやってるんだ!俺の言うことが聞けないのなら、戸叶の下で働けばいいだろ!」

 仕事と学歴は関係ないと豪語し、自分の知能は東大卒にも勝り、策を練らせれば右に出る者はいないという「軍師折茂」が、宿命の敵、戸叶を倒すために考えた渾身の策が、「みんなで戸叶を無視する」というものであった。これが天才の策というのなら、日本中の女子中・高生は全員が天才策略家ということになる。中学、高校時代にさっぱり女にモテなかったからだろうか、僕は折茂の天才的な策略についていけず、戸叶と仲良く喋ってしまった。それが折茂の不興を買ったのである。

「湊さんもお前の行為には怒っていたぞ。日勤隊の湊さんは仕事上の絡みがあるから、ある程度戸叶と話さなきゃいけないこともあるが、戸叶と話す必要の薄いお前があんなに戸叶と和気藹々としているのは何事か!とな」

 僕から慕われたいならば、他の人の誤解を解き、僕を庇ってくれるべきであるはずが、他の人が僕に不信感を抱いていることを、言わなきゃわかりゃあしないことなのにわざわざ伝え、みんなが僕を嫌っているように思わせて、追い詰める。これが折茂の本当の姿であった。

 湊が怒っていたというのも、たぶん折茂が煽った結果であろう。冷静に考えれば、こんなことをしたら僕の気持ちは遠のくだけというのは折茂にもわかったはずなのに、彼はやってしまった。怒りが爆発すると歯止めが利かなくなってしまうのである。

「も、もう辞めますよ。あと少しで撤退だけど、もう我慢できない」

 二時間に及ぶ説教に耐えきれず、僕は席を立ち、着替えを取りに待機室へと向かった。

 限界だった。前回の、「大説教・大激怒二時間SP、春の陣」においては、実際に仕事上で失敗があったのは事実であった。隠ぺい工作をするとか卑怯なことをしたわけでもない。物がとられたわけでもない。ごめんで済むことであり、二時間も説教を食らうのは異常であるが、それでも、僕に過失があったことは確かである。

 だが、今回は違う。僕は何も失敗などしていない。誰にも迷惑をかけていない。戸叶と仲良くしゃべることが悪いと考えるのは、「折茂教」の教義にすぎず、客観的に見て、それを僕が守らなかったからといって責められるいわれは何もない。

 着替えをしに、待機室に向かおうとした僕を、折茂は後ろから抱きとめた。

「すまん博行。俺も言い過ぎた」

 自分でも、おかしなことをやっている自覚は少しはあったのだろう。折茂は、ここは素直に謝った。
 
 しかし、自らの存在を、絶対に間違ったことをしない、神聖にして無二の導き手と信じ、僕のことは、未熟にも程がある赤子と思い込んでいる折茂が、己の非を完全に認めるわけはない。仮眠から明けたあとになって、折茂は「お前はあの時、家に帰ろうとしただろう。実はあの戸叶も、仕事で気に食わないことがあったからといって、怒って勝手に家に帰ったことがあったんだ」などと言い出し、暗に僕の行為を非難し、かつ、自分が戸叶を追い込もうとしている正当性を主張し始めた。
 
 もはや鍵紛失事件のときの洗脳も完全に解けており、どう取り繕ったところで折茂への印象が回復するわけもなく、むしろ余計なことを口にすればするだけ不信感、及び不快感は増すだけであったが、当の本人は、この期に及んでも僕が折茂を慕っているという前提で話を進めたいようで、「大説教・大激怒二時間SP・秋の陣」の数日後には、同僚である鳥居や塩村に、僕を故郷に連れて帰るという最終目的を打ち明けたらしい。

「つっしー、折茂さんと一緒に住むの?」

「まさか・・・。そこまでは、さすがに・・・」

「そりゃそうだよね。いくらなんでも、ねえ・・・」

 隊員の中でもっとも折茂を好意的に見ている鳥居にして、この反応である。折茂のジレンマがすべて、彼自身の望みが異常すぎることから来るものであるのが、このことからもわかる。

 折茂はけして、対人関係のバランスが取れない人間ではない。もっと鳥居や塩村、あるいは湊に接するように、近づきすぎず離れすぎず、適正な距離を保って接してくれれば、僕だって露骨に拒絶反応を示さずに済んだはずだった。折茂が僕を信者にしようと、一緒に住もうとか、抱き付いてきたりとかするから、僕も自分の身を守るために、抵抗し、折茂にとっては望ましくないリアクションをしなければならなかったのだ。

 彼がここまで頑なに僕を信者にしようと、異常に高い望みに拘るのは、彼が自己愛を満たすため、己を常に崇めてくれる存在を求めていたからに他ならないが、もう一つ思い当たることがある。もしかしたら彼は、自分の人生の中で、好感を持った相手に、ここまで激しく拒絶されるという経験をしたことがなかったのではないだろうか。

 折茂は僕に好かれようと、あの手この手を尽くしていたが、反対に僕の気持ちは離れていくだけであった。激しいジレンマと屈辱を味わい、膨大な時間を僕のせいで無駄にさせられたと思った折茂は、これを取り戻すためには、もう普通の先輩後輩、友人関係ではだめで、僕が信者にまでなってくれなければ割に合わない、と、歪んだ望みを膨れ上がらせてしまったのではないか。

 これが、ストーカーの心理というものである。ストーカーとは、相手が大好きだから執着するのではない。自分の想いを踏みにじられた屈辱、プライドを取り戻す目的で、相手に執着するのである。
 
 こう思い至ったのは、僕にもまた、折茂と同じ、ストーカー気質があるからである。好きになった異性から想いを踏みにじられ、あまつさえ女のクソみたいなプライドを満たすためのサンドバッグとして扱われた結果、その女への好意がなくなるのではなく、むしろここまでされたからには何としても付き合ってもらわねばならないと、逆に執着を強めてしまう思考に陥った経験があるからである。

 それは折茂と別れてからの経験で、当時はまったく気づかなかったことなのだが、今にしてみれば、思考回路としては似たようなものではなかったかと思うのである。もっとも、ただ単に、自分と同程度の容姿の女に男女の関係を望んだだけの僕と、教祖と信者というより強い結びつきを望んだ折茂とでは、その実現可能性に大きな隔たりがあるはずで、かつ僕は、あの女のように、自ら悪意をもって折茂を傷つけたり、悪口を言ったことなどは一度もない。また折茂のように、己の優位な立場を利用する卑劣さもなかった。従って折茂に同情するつもりなどは一切ない。


  ☆         ☆        ☆    

 伊勢佐木屋が閉店する十月になった。気候的には一年でもっとも過ごしやすい時期で、本当なら仕事にも身が入るところであろうが、折茂と一緒の僕は違っていた。

「博行。こんど、湊さんや鳥居さんたちと一緒に、飲み会をやるぞ。お前も来い」

 伊勢佐木屋警備隊はシフト制で動いているため、これまで皆で集まって一緒に酒を飲む機会もあまりなかったのだが、折茂は最後に打ち上げをしようという。僕はこれに乗り気ではなく、なんとか断る口実を模索した。これからも長らく付き合いがあるというならともかく、もうすぐ別れる人たちと飲んでもカネが飛ぶだけで、僕には何のメリットもないのである。折茂らに好感を持っているならまだしも、折茂以外の人たちはともかく、主催者の折茂には嫌悪感を抱いているのだから、ツラを突き合わせて酒などは飲みたくなかった。

「あの・・・・。もうすぐウチの犬が死にそうで・・。できる限り傍にいて、一緒の時を過ごしたいんですよ。ですから・・・」

 口実は口実だが、まったくの嘘ではなかった。この時期、十四年間、兄妹同然に過ごしたうちの犬は息を引き取る寸前で、もう足腰も立たない寝たきりの状態であった。四六時中起きて看病をしようというわけではなかったが、できるだけ一緒にいたいのは確かだった。

 しかし、それを理由に折茂主催の飲み会を断るというのは、折茂からしてみれば、己が犬に負けたということになる。親兄弟ならともかく、犬に負けるという屈辱を味わった折茂の顔は憮然としていた。そして、悔し紛れに放った一言がこれである。

「言っておくが・・・・犬は法律的には、物として扱われるんだからな」

 他者の所有する動物を傷つけた場合、器物損壊罪として扱われた判例を持ち出して、こんな最低の一言を吐き捨てたのである。これが、僕を故郷に連れて帰り、お前の人生を背負おってやるなどと公言する「人生の師」の言葉というのである。飲み会の誘いを断られた悔しさのあまり、こんな最低の言葉を口にする奴が、「器のでかい男」を気取っているのである。

 声を大にして言うが、僕は折茂の「クソつまらない」飲み会などより、間もなくこの世を去ろうとする犬と一緒にいる時間の方が、ずっと大事であった。折茂との飲み会など、「行くだけ無駄」「寝ていたほうがマシ」であり、また折茂などは「死んでもどうでもいい」存在であり、兄妹同然に過ごした犬こそが、僕にとってかけがえのない存在であった。

 それを物とか言われたのではたまらない。しかしそれを言われてしまったのは、僕が折茂との飲み会を断ってしまったからでもある。一晩中ついて看病しているわけでもなし、別に行くなら行ってもよかったのである。また断るなら断るで、別の口実を使ってもよかった。

 折茂、そして自分自身への憤りと悔しさが、胸の中に渦巻いていた。折茂の方もさすがに失言を自覚したのか、それ以上しつこく誘ってくることはなかった。

 結局、飲み会は僕抜きで開催されたのだが、その後に彼らはみんな揃って、僕と塩村が勤務をする伊勢佐木屋保安室に押しかけてきた。別に邪魔になるような人たちではないし、仕事も暇な時間帯だからいても良かったのだが、厄介だったのは、当時服用していた精神安定剤を飲む瞬間を、折茂に見られてしまったことである。

「博行、お前はいつからこれを飲んでいたんだ?」

「警備隊に入る、少し前からですが・・・」

 己が追い詰めたせいで僕が薬を飲み始めたわけではないことが確認できると、さっそく「折茂劇場」の幕が上がった。

「博行・・・・もう俺がいるんだから、薬は必要ないだろう?それとも、俺の愛では、薬をやめられないのか?」

 どう見ても、みんなに自分の恰好よさをアピールするためのパフォーマンスなのだが、この言葉自体はおかしなものではないかもしれない。というのも、かの有名な「夜回り先生」水谷修氏にも、「愛で薬は辞められる」と信じ込み、自分が献身的に世話を焼いているにも関わらずドラッグを辞められなかった生徒が、自分で然るべき施設を探してきてそこに行くと言い出したとき、自分の愛を否定された気分になってつい冷たい言葉をかけてしまった結果、心乱れた生徒が自殺同前に死んでしまったという過去があったからだ。

 水谷氏はその件で、自論であった「愛で薬は辞められる」はエゴに過ぎなかったと反省し、ドラッグ撲滅と教育に人生のすべてを捧げるようになったわけだが、水谷氏と折茂の違いは、水谷氏の「愛で薬は辞められる」が、深い愛の中の小さなエゴだったのに対し、折茂の「愛で薬を辞められる」は「全部エゴ」だったということである。

 水谷氏の生徒が服用していたのは、人体に多大な害がある違法なドラッグであり、それは「直ちにやめるべきもの」であった。しかし、僕が服用していたのは効き目がマイルドな精神安定剤である。人体にそれほど甚大な害が出るものではない。たとえ無意味なものだったとしても、カネをドブに捨てるのは本人であり、それを無理やり辞めさせようとするのは、「俺が薬を辞めさせた」という栄光が欲しいだけのエゴでしかないであろう。エゴの塊で、エゴで生きているような折茂が、水谷氏のように反省などするわけもない。

 余談になってくるが、精神安定剤について、今現在の僕の考えを述べれば、回転効率しか考えない三分診療で、患者に簡単に精神疾患のレッテルを張り付け、カウンセリングもロクにせずドバドバと依存性のある薬を出す精神医学会のやり方には問題があると思う。 

 本来、うつ病とかいうものは、特に理由もないのに落ち込んでいる状態が続いていることであり、失恋だとか、試験に落ちただとか、原因がはっきりしているうちはまだ病気ではない(その、初期の段階であり、放っておくと本当の鬱になる可能性はある)と思う。そういう人間が立ち直る手段として一番効果的なのは、薬ではない。「良き出会い(誰にでも訪れることではなく、運もあるが)」と、泥にまみれながらも一歩一歩前に進んで、自信を取り戻していくことだ。

 ただ、世の中には、辛くて辛くてどうしようもない、ギリギリの状態の人はたくさんいる。どうしても前には進めないという人もいる。そういう人たちは、「言い訳」を求めている。すなわち、自分は「頑張りが足りないからダメなんだ」ではなく、「病気だからダメなんだ」という、周りの人から同情を買うための何かを欲しているのである。それがなかったら、自殺してしまうかもしれない。この当時の僕もそうだった。病院にいって、鬱病という診断をしてもらうだけで自殺が防げるなら、その方がいいではないか。そういう、必要悪的な側面もないとはいえない。

 問題は、その辛い精神状態の治療を薬物というインスタントな手段で行おうとしていることで、患者を薬物依存症という新しい病気にしてボロ儲けしているヤツがいるということだ。この点は、今後規制の強化などによって改善されていかなければならないだろう。 

 もしかしたら、突然薬が貰えなくなって自殺をしてしまう人も出てくるかもしれないが、そういうリスクを考慮してでも、徐々に薬物中心の治療方法は改めていかなければならない。勿論、病気の人を治す方法ばかり考えるのではなく、そもそも人を病気にしないために、貧富の格差是正やセーフティネットの充実、また、発達障害のように、うまく生きていけない人に対する世の中の理解を深めていくなど、世の中全体の取り組みも必要になってくる。できることは、すぐにでも、そして全部やらなくてはいけない。

 話しに戻る。

 犬を侮辱された件や、薬物の件でますます折茂から心が離れたとき、十一月のシフト発表があった。折茂はこの月が最後で別の現場に飛び、僕と塩村、鳥居らは十二月以降も残務処理があるという予定である。そのシフトを発表したとき、折茂がまたわけのわからないことを言い始めた。

「博行・・・お前は、このシフトでいいと思っているのか?」

「え・・・?」

 言われて、他の月と違うところを探すと、いつも十回はある折茂との相勤が半分近くまで減っていることに気づいた。折茂はおそらくこのことを言っているのだろう。勿論、折茂との相勤が少なければ少ないほどいいと思っている僕は、敢えて気づかないフリをしておいた。しつこくしつこく、何回も聞いてきたが、僕が「わからない」で通していると、折茂はとうとう痺れを切らし、相勤の数を意図的に少なくしたことを打ち明けてきた。

「近頃、お前の心が俺から離れている気がしてな。もしかすると、俺がいない方がやりやすいのかと思って、こうしたんだ」

 今さら気づいたのか、という話であるが、これに同意してしまうと、またいじめられかねない。僕は慌てて、「いや、僕も折茂さんから独立しなければならないと思ったんです」などと、変な言い訳をした。それで納得しておけばよかったものを、一度猜疑モードに入ってしまった折茂は、しつこく僕を問いただしてくる。

「博行。やはりお前は、俺を避けているだろう。この前戸叶と仲良くした件で怒ったときからじゃないか」

 正確に言えばそれよりもずっと以前からであるが、まあ、あれが特別理不尽であったことは間違いない。僕がどう答えればいいかわからず黙っていると、折茂は一人で話しを進める。

「もしかして・・・お前は、厳しくされるのが嫌なのか」

 気づくのが遅すぎた。あまりにも遅すぎた。折茂が己の路線が間違っていたと気づくまでに、僕がどれほどの恐怖と不快感を味わったか。折茂がどれほどの時間とカネを無駄にしたことだろうか。
「博行。俺が怖いんだろう。話しを聞くと、塩村さんや鳥居さんとやってるときは、もっと伸び伸びとやっているそうじゃないか。正直に言え」

「いや・・・」

「いいから、正直に言え」

「こ、怖いです・・・」

 折茂は黙りこくった。このときばかりは、心底自分の行いを恥じ、後悔していたのであろう。本当に沈痛な表情だったのを覚えている。

「・・・・恐怖を植え付けちゃった俺も悪いけどさ・・・・でも・・・・」

 でも、何だというのだろう。あの関係性のどこに・・・僕と折茂が繰り広げてきたやり取りのどこに、僕が折茂を親以上の存在と仰ぎ、故郷にまで付いていくほどの絆を結ぶ要素があったというのだろうか。人の価値観は人それぞれであるが、少なくとも僕には、彼がそう信じた理由はわからない。

 
 ☆           ☆           ☆               

 折茂との相勤は残り五日となった。僕が折茂を慕っているのではなく、ただ恐怖で従っていただけであることがわかってからも、折茂はまだ僕を信者とすることを諦めようとはしなかった。残りがあと三か月もあるなら接し方を変えようともなったかもしれないが、あと一か月、五回しかないならば、もう貫くしかないということであろう。折茂の「ファイナルアタック」が始まったのである。

「博行。お前はまた、俺が他の人と仲良くしているのを見て嫉妬をしていたな」

「いや・・・していませんが・・・」

 これが三十回目くらいの否定である。これほどしつこく繰り返されても根負けしなかった当時の自分に、拍手を送りたい。

「だが、お前は明らかに嫉妬をした顔をしていたぞ。お前は本心と表情が別に出てくるんだな。精神分裂病じゃないのか」

 折茂の趣味はチェスであったそうだが、表情の機微などという主観的な印象だけで人の感情を決めつけてしまう彼には、対人ゲームはとても向いていないだろう。精神分裂病とは現在は統合失調症と言い換えられていて使用されておらず、また統失は、折茂が口にしたような病気ではない。

 また、これはもっと前の話であるが、僕が冷蔵庫に入っている塩村の食べ物を、テナントからの差し入れと勘違いしてうっかり食べてしまったとき、折茂から説教を食らったことがあった。そのときの折茂の言葉がこれである。

「人の物を勝手に食べるのは・・・・ジャイアンと同じだぞ!」

 わかりやすい表現ではあるが、本人が顔を赤らめているように、いささか威厳を損なう表現である。
 前記の統失発言と合わせ、別に折茂の恥を晒す意図ではない。この程度の知識、語彙しか持たず、「伝える」能力に欠けた人間が、「人を教え導く」ことなどをしようとした無謀さ、浅はかさ、無責任さを強調したいのである。

 ぶつ切りのようになってしまって恐縮だが、最後に在庫一掃セールということで、まだ語っていない折茂のエピソードを個々に語る形にしたいと思う。

「博行・・・俺はお前に、薬をやめろとはいわない」

 何とかの一つ覚えに定評があり、しつこさにかけては右に出る者はいない折茂が、珍しく自論を引っこめた瞬間であったが、もちろん何の理由もなく言うのをやめたわけではない。彼は、僕に薬を辞めさせるのと同じくらいの栄光を発見したのである。しかもそれは、努力をまったく必要としないという点で、薬を辞めさせることよりも優れていた。

「だが、俺は精神に病を抱えたお前を差別せず、同じように扱うぞ。こんな人がお前の周りにいるか?」

 人として当たり前のことを、さも凄いことをしているように語るのである。彼の周りにいる人間の平均レベルがあまりにも低いことが伺える発言である。

「折茂輝幸は津島博行を愛している。さあ、お前も、津島博行は折茂輝幸を愛している、と言ってみろ」

 僕はこれ以来、「タ○チ」が観れなくなった。

 折茂の「i love me」エピソード、ここまでは前菜である。いよいよメインディッシュを発表したいと思う。まだミクロのレベルで残っていた折茂への親しみもなくなり、僕が完全に折茂を見限る原因となったエピソードである。

「博行、元気がないな。どうした」

「ええ。昨日、うちの犬が往生しまして。火葬に出かけていたので、寝不足なんですよ」

 十四年間、兄妹同然に過ごしたうちの犬が、とうとう息を引き取った。もっと一緒に散歩に行って遊んでやっていればよかったとは思うが、大きな悲しみはなかった。ラブラドール・レトリバーの平均寿命を超えており、天寿を全うしての死であった。

 その、うちの犬に対して、折茂が「犬は死んだらモノだ」などと発言し、僕がくだらない飲み会の誘いを断ったことを責めてきたことは、すでに紹介した。折茂もおそらくこの件に関しては自身の失言を認め、それ以上しつこく誘ってくることはなくなった。普通なら、この件に関してはもうコメントを控えるか、失言を帳消しにするため、「残念だったな」とか、「思い出の中で生き続けるよ」など、僕と犬の絆を礼賛するような言葉をかけるところであろう。

 しかし、自己愛性人格障害という精神の病を抱える折茂は違っていた。

「博行。さっきの仮眠中、お前のうちの犬が俺の夢に出てきてな。俺になにか、訴えかけるような視線を向けていたんだ。あれは俺に、お前のことを託すと言っていたのかなあ」

 こともあろうに折茂は、このような妄言を吐き、死者までもを自分の目的に利用しようとしたのである。なんで馬鹿正直に犬が死んだことなどを教えてしまったのかと、後悔が募る。折茂がここまで狂っているとは思わなかったのである。

 折茂としてはおそらく、さっきの言葉で、自分の失言が帳消しになったつもりだったのだろう。そのうえで、僕を自分に心酔させる、一石二鳥の手段だとでも思っていたに違いない。

 折茂が見ているのは、自分自身だけ。素晴らしい自分以外のすべての生物を見下しており、本人が口にしているように「モノ」としか見ていない。利用価値がないとわかったら、僕の前任の阿川や、戸叶のように、徹底的に攻撃し、排除しようとする。それが、「正義感溢れる、漢の中の漢」を気取るこの男の正体である。

「どうしようかな。俺、お前の家に挨拶に行った方がいいのかな。やっぱりお前を故郷に迎えるには、お前の家に挨拶に行った方がいいよな」

「いや、いいですよ・・・。折茂さんの故郷には、行かないですから・・」

「・・・・・だったら、俺はお前を誰に託したらいいんだ」

「いや、託すもなにも、僕は実家で特に不自由なく生活できていますから・・・」

「・・・・」

 この一件により、伊勢佐木屋警備隊の保安室は、当時の僕にとって、この世でもっとも不快な場所に変わった。もはや僕の頭には、一か月後にまで迫った退職のことしかなくなったのである。

 ☆        ☆          ☆            

「津島。お前は折茂を避けているようだが、それでいいのか?」

 十一月のシフトが組まれる少し前に、塩村が深刻な顔で僕に尋ねてきた。記憶がはっきりしないのだが、十一月のシフトは折茂ではなく塩村が決めたものであったような覚えもある。もしそうなら、折茂は僕と一緒に勤務に入りたいからなどという理由で、他の人が考えてくれたシフトにケチをつけようとしていたことになる。公私混同である。

「まあ・・・はい」

「そうか。それがお前の考えなら、仕方がないな」

 塩村はかねがね、友人が一人もいない僕を心配していた。最初は自分が友人になれればと、遊びや飲みに誘ってくれていたのだが、折茂が僕を信者にしようと必死になり始めたころからは、自分は一歩引き、折茂と僕をくっつけようと尽力していた。

 底なしの善人である塩村には、折茂の異常性をすべては見抜けなかったわけだが、残り期間も短いこの段階で、今なお僕が折茂を拒絶していることがわかると、もうそれ以上、折茂と仲良くしろとは言ってこなくなった。代わりに、今度こそ自分が僕の友人になってやろう・・・いや、僕の友人になりたいと、アプローチをしてくれるようになった。

「なあ、もう少しだけ一緒にやろうぜ。俺はお前と一緒に仕事がしたいんだよ」

 実は、伊勢佐木屋の閉店に伴う残務処理が思った以上に時間がかかるということで、南洋警備保障との契約期間も二か月延長して二月までやることになっていた。当然、会社側としては僕に残ってやらせるつもりだったのだが、僕はそれを断り、意地でも十二月で辞めると言ってしまっていた。このあたり、当時の僕がなぜここまで依怙地になっていたのかはわからないが、たぶん、嫌な思いばかりした伊勢佐木屋から一刻もはやく離れたかったのだろうと思う。十一月で折茂がいなくなっても、折茂との思い出はなくならないのである。

「博行。お前は俺と仕事ができないなら意味がないから、十二月で辞めるんだな」

 もはや「残気」に触れることも嫌だと思われているとは露も知らない折茂の言葉であるが、もはやこの段階になれば、笑って受け流すだけである。

 そして、その折茂との最後の勤務の日がやってきた。僕がB、折茂がCの日であったのだが、折茂は保安室に入ってきた瞬間、涙を流し始めた。

「博行、俺はお前と最後の日を・・・」

 ここで、僕の様子に折茂が不信感を抱く。

「博行。お前はどうして泣いてないんだ?」

 折茂は、僕が涙を流していないことをもって、己に共感していないと疑い始めたのである。天才的な頭脳を持ち、誰よりも洞察力に優れていると豪語するわりに、目に見えるものだけですべてを判断してしまうのがこの男である。もっとも、本当に僕の心を読んでしまったら、それこそ彼にとっては発狂ものだろうが・・・。

「いえ、最後ぐらいは笑って別れようと思いまして・・・僕も寂しいんですよ」

 このぐらいの嘘は、もうお手のものである。折茂がやりたいのは、「僕を一人前の男にしてやる」であったようだが、実際に僕が折茂と一緒にいることで磨けたのは、嘘をつく能力だけだった。

「博行。俺はお前とずっと一緒に・・・」

「いや、今日はもう帰ります。お疲れ様でした」

 最後に朝食をとり、自宅に行こうという折茂の誘いを振り切って、折茂とはそこで別れた。それきり、彼とはもう会っていない。

 折茂がいなくなった十二月は、実に平和であった。伊勢佐木屋はすでに営業を停止しており、テナントも商品を引き上げた後であったから、巡回や受付の負担もほとんどなく、給料をもらって暇つぶしをしているだけのような日々が続いていた。

 鳥居や塩村も気が抜けて、勤務中はただゲームをやったり本を読んでいるだけで、実に快適な毎日であった。折茂は別の現場に行ってからも伊勢佐木屋にちょくちょく顔を出すと言っており、僕もそれを危惧していたのだが、結局折茂が来ることはただの一度もなかった。

 こうなってくると、早まって十二月に辞めると言ってしまったのを後悔したものだが、すでに会社側は次の人探しを始めており、また僕の方も、折茂の「残気」に触れるのも嫌だったから、最初に宣言した通り、十二月いっぱいを持って退職する予定は変更しなかった。
「どうも、お世話になりました」
 色々とあったが、大きなミスもした僕を十か月も使い続けてくれた南洋警備保障には、やはり感謝の気持ちも忘れてはならないだろう。ここでの嫌な思い出は殆どが折茂によってもたらされたものであり、会社が提供してくれた労働環境自体は良いと思えるものだったのだ。

「しょうもねえ仕事だったけどよ、お前と一緒にやれたのは楽しかったよ」

 僕と友人になろうとしてくれた塩村とは、南洋警備保障を退職したあと、一度だけ会っていた。伊勢佐木屋で残務処理のため残っていた塩村のところに、差し入れをもって遊びに行ったのである。
 退職後、僕はまず自動車の運転免許取得に動き、同時進行で禁煙に取り組んでいた。塩村と会ったのはその時期のことである。

 ちなみに、同じころ、折茂からの電話もあった。二度コールがあったのを二度とも無視したのだが、それきり彼からは、電話もかかってこなくなった。彼は僕の自宅の住所も知っており、もしかしたら、自宅まで来るのではないかという恐怖もあったのだがそれもなく、折茂との交流はここで完全に途絶えた形である。

 読者にとっては、案外あっさり終わってしまったと、期待を裏切る結果だったかもしれないが、折茂の方もいざ僕と離れてみて、憑き物が落ちたということかもしれない。変に話を盛ってしまっては私小説ではなくなってしまうし、折茂本人の名誉にもかかわる。今後の人生で彼と関わる可能性もないとはいえないが、ひとまず、彼との関係はここで終わっている。

 免許取得と禁煙を無事達成すると、宿願であった裏社会への進出を目論み、インターネットでサイトを立ち上げようとしたのだが、当時、知識も行動力もなかった僕は、自分でホームページひとつ作り上げることすらできなかった。そんな無能が裏社会でやっていけるはずもなく、中途半端にうまくいかなくてよかったと思う。

 気分だけでもアウトローになろうと、スタンガンや催涙スプレーなどの防犯グッズを購入し、仕事を確実にこなすため、ADHDの唯一の特効薬であるリタリンを買ったりもし、トバシの携帯まで入手していたのだが、そんなくだらないものを買っているうちに、せっかく貯めたお金はどんどんなくなっていった。そのうち、もし逮捕されたら、実家でぬくぬくと暮らせるこの生活もなくなってしまうという当たり前のことに気が付き、裏社会でやっていこうという気概はなくなっていった。文に起こすと、改めて当時の自分のバカぶりがわかる。

 退職から四か月ほどが経って、貯金が底をつき、そろそろバイトを探さなければいけないとなったころ、塩村から遊びの誘いがあった。すっかり意気消沈していた僕はこの誘いを、断るどころか無視してしまった。ひょっとしたら折茂も来るかもしれないという恐怖もあったので、無視したのは仕方ない部分もあるとは思っているが、それきり、塩村との交流も途絶えてしまったのは悲しいところである。

 自己愛を満たすためだけに僕に接近し、僕を「信者」にしようとし、「お前とずっと一緒にいてやる」などと傲慢極まりないスタンスであった折茂と違い、塩村は僕と対等の友人になろうとし、「友人になってくれ」というスタンスで接してくれた。あの職場に折茂さえいなければ、彼とは今でも続く友人になれていたかもしれない。結局、塩村と別れて以後も、僕には本当の友人はひとりもできず、そのうち友人がほしいという願望もどんどん薄くなってしてしまった。

 僕も、本質的には折茂と同じ人間なのである。「対等の友人」よりも、「支持者」が欲しい。そのために始めたのが小説だ。自分の作品をお金を出して買ってくれ、評価してくれる人が欲しい。今、僕はそのために人生のすべてをかけて活動している。折茂が僕を信者にしようとしていたのとは、比べものにならないくらいの執念で、である。

 ともあれ、南洋警備保障で出会った人々との交流はここで終わった。あとは、この半年後、貯金が尽きた僕が別の警備会社に入ったときに、合同警備で南洋警備保障の管制と顔を合わせたのと、一年後に、バックれた立義と公園で再会したくらいか。

 この時代の僕の思い出は、折茂に始まり折茂に終わるといっていい。彼は、良くも悪くもではなく、すべて悪い意味で僕に影響を与えた人物であった。彼は僕に、社会に対する恐怖を与え、自分に対する自信を必要以上に奪い去った、害悪のような存在であった。

 折茂がその後どういう人生を送ったかについては、少し興味はある。北朝鮮と同じで、直接かかわるのは嫌だが、限りなく第三者的な視線で眺めてみるのは面白そうである。

 折茂がもっとも充実した人生を送るとしたら、ヤクザになることだろう。国が決めた法律や社会の風潮よりも、小さな組織の中での約束事や、組織のなかでの人間関係を大事に生きる折茂の価値観は、まさしくヤクザのそれである。押しの強い性格で、気性が激しいところもぴったりだ。社会にとっては迷惑な話だが、ヤクザになれば折茂の人生はハッピーに違いない。

 もしくは、新興宗教団体の教祖にでもなることか。自己愛に枯渇し、人望を求める当時の折茂を振り返ると、僕には、かの日本史上最悪の犯罪者と言われる、あのオウム真理教の教祖、麻原彰晃がダブってならない。麻原も、己のかつての信者から、自己愛性人格障害の疑いがあると言われていた。麻原と折茂は似ているが、折茂は麻原の域にも達していない。

 結果的には間違った道を進んでしまったが、若い頃の麻原彰晃は、人望を得るため、ヨガの修行や宗教の勉強に明け暮れていた。努力はしていたのである。多数の人間を洗脳し、折茂のように一人の人間をいじめるのではなく、国家に喧嘩を売った。犯罪史の枠に収まりきらない日本史級の人物であり、折茂とはスケールがまったく違う。

 折茂も人望を獲得するため、努力はしていた。しかしそれは、安易な努力であった。勉強や修行をして自分自身を磨くことはせず、空っぽのままの自分を崇拝させようと、僕という個人に執着し、洗脳を試みていた。折茂は口では大層なことを言いながら、本当の努力を惜しみ、安易な努力に逃げ込んでいたのである。

 そして、僕もまた、折茂に似た人間である。いや、はっきりいって僕は、自我の強さという点で折茂を遥かに凌駕している。自己愛だって折茂以上かもしれない。ただ僕は、「今の何もない、空っぽの自分を愛する気持ちが起きない」という点で折茂とは異なっている。それゆえ、何とか社会的な成功を掴もうと――個人ではなく不特定多数の人に自分自身の考えを訴えかけようと――いずれは文筆家として書店に本を並べようと、活動をしている。その点において――まだ成果は十分ではないが―――当時の折茂よりは、進歩していると信じている。

 繰り返し言うが、僕は折茂と同じ側の人間であり、自我の強さという点では折茂以上である。その自我が強い僕を洗脳によって信者にできると思った――今の僕にとっては、それこそがもっとも許しがたいことなのである。折茂から受けたパワハラ、セクハラといった行為は些末な問題にすぎず、そもそも彼が僕を舐め腐っていたことが、もっとも腹立たしい問題なのである。

 とはいえ、それは自我を確立し、はっきりと自分の道を定めた現在の考えである。当時の僕はまだ確かにいかようにでもなった部分はあり、折茂みたいな自己愛性人格障害者につけ込まれる余地もあった。

 この時点でいい出会いがあれば、僕には十分、この社会に大きな疑いを持たずに溶け込める可能性があった。しかし、二十代前半の僕が出会ったのは、折茂のような人格障害者であり、また、この一年と数か月後に入学する専門学校で出会ったクソ女と、それを取り巻く「偽善者ども」であった。

 折茂に洗脳されそうになったこと。そして、「偽善者ども」に丸め込まれそうになったこと。それらに屈服しなかったことにより、僕の自我は、踏まれるほど強くなる麦の如く強靭になってしまった。

 その自我には、おそらく、現在の社会では悪とされる価値観も多分に含まれているだろう。しかし、僕はそれを捨てる気はない。僕の自我は、二度と折茂のようなヤツに洗脳されないため、偽善者どもに丸め込まれないために身に着けた、大切なものだ。自我を捨てた瞬間、僕は死ぬことになる。誰になんと言われようとも、僕は自我を捨てる気はない。

 僕が社会と完全に折り合いをつけることは不可能である。もはや小説を書いてそれで金を稼ぎ、自分の世界の中だけで生きるほかはないと考え、今こうして執筆活動に取り組んでいる次第である。

 色々あったが、今現在、折茂には恨みはない。僕が彼から受けたのは、まぎれもなく被害といえるものであり、当時彼を訴えていれば勝ったとも思うが、今現在、恨みはない。 

 当時の折茂はまだ二十五歳であり、僕が二十五歳のときは、途中で述べた向精神薬依存のニート暮らしをしていたことを思えば、若さゆえ道を誤る事に関しては寛容にみなければならないという気持ちもある。

 だが、もっとも大きな理由はそれではなく、彼が底辺のフリーアルバイターであったことである。上がり目のない底辺で、一生このままかもしれないという絶望の青春を知る人間として、僕は彼に受けた被害を大幅に割り引いて見てしまうのである。

 復讐心というのは、被害の多寡にかかわらず、社会の中で自分より上位にいる人間に向けるべきものだと思う。それが僕の美学である。

 折茂に恨みはない。復讐したいとかは思わない。不幸な人生を歩んでほしいとも思わない。だからせめて、僕の小説のネタとなって、活字の上でその若き日の過ちを衆目に晒し、僕に社会的な成功をもたらすことにより、償いを果たしてほしい。この言葉をもって、折茂との、真の意味での決別としたい。
 
 愛獣 完
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まっちゃん

底辺労働者の中に一人だけまともな人間が入って来ましたね。
大学生で就職先も決まっていて必要な単位も取り終わってるなんてこの時点では人生バラ色ですね。
私なら折茂と仲良くしてる事では無く違う所で赤田に嫉妬するかもしれません。
何故、折茂は津島さんにこれほどまでにこだわったのでしょうか?
12月で辞めてしまったのはもったなかったですね。
折茂との関係も二回電話があっただけでアッサリと切れて良かったですね。
折茂みたいな奴がいる職場で10カ月も出来たら何処に行っても勤まる気がしますがどうなんでしょう?
これほどの小説をタダで読ましていただきありがとうございます。
今は単行本で700円位しますからかなり得しました。
そう思っているの私だけなんでしょうか?
なにしろかなりの変わり者ですから…

No title

まっちゃんさん

 折茂が執着した理由は本文に書いたこと以外にいえば、私に嫌われているという事実を塩村らに認知されたことでメンツがつぶれたという考えもあったのかもしれません。折茂にとってみれば、「折茂が私に嫌われていること」よりも、「塩村たちに折茂が私に嫌われていると思われていること」が不快であったと。

 だから、私が会社を辞めてしまったら、執着する理由もなくなったと。この時点で、ヤツの執着心など、「神山恵美子」にいまだ執着している私に比べたらカスのようなものといえますw

 折茂はどうなんですかねえ、私からしてみればあまり関係ないです。その点でいえばむしろ神山の方が大きな存在ですね。昨年一昨年と底辺の職場で嫌なヤツにあっても耐えられたのは、「あの本当の宿敵を倒すまでは、こんな雑魚に構ってられない」というのがあったからでしたから。

 楽しんでいただけたようでよかったです。最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。

折茂さん許してあげるんですね!さすが津島さん、優しく寛容ですね。私だったら、怖くて引きずってしまいそう。彼も、根っからの悪人ではないのが伝わってきますけどね。でも、困ったさんですよね。愛情の示し方が極端でずれているし、津島さん相手に上から目線なのが許せません。

No title

あやかさん

結局は最後の上から目線ってとこにつきるでしょうね。恐怖を克服できたのは私自身の成長だと思います。自分は誰の支配にも入らないというプライドを獲得できた意味では、まあいい経験かもしれません。

8888888888888888888!!!
面白かったです!!!

折茂の最後の誘いを断って、颯爽と帰る(私のイメージですが)津島さんにスカッとしました!
人前なのに涙をポロポロと流してしまうようになってしまった時は、読んでいて本当に切なくなりましたが、最後の方には津島さんが強くなった感じですね。
“折茂劇場”にも適当に受け流しが出来るようになってたりw
21歳と言う年齢で、折茂の様な人がいる職場で、ここまで勤めあげたり何とか対処できるのは凄いと思います!

面白い小説を、ありがとうございましたm(_ _)m!
読み終わってしまった淋しさはありますが、次の「偽善の国のアリス」も楽しみです。



No title

ひなさん

 もう二度と理不尽な支配を受けないという決意ができた意味ではいい経験でしたよね。この書き方だと、なんかこの話の中で強くなったみたいですが、実際に強くなって、折茂と完全に決別できたのは「アリス」以降でした。そして強くなるために犠牲にしたものも大きかったですね・・。

 意外なことに3年間で直しまで終わって、世間にアピールできるところまでもっていけた小説はこの一作だけでした。今年の五月からはこのくらいの長さ(原稿300枚くらい)のものを量産していく方針でやっていこうと思ってますがサイトで発表するかどうかは迷ってますね・・・。

 「アリス」も最初はノベライズ形式で書こうと思っていたんですが、今自分の中で一番完成度の高く書くのも早い、犯罪者名鑑の文体で書くことにしました。応募には使えませんが、今までコメントくれなかった方にも満足していただいているようなので、これはこれでいいのではないかと思っています。ぜひ読んでみてください。

No title

愛獣読ませて頂きました。
折茂さえいなければという言葉に尽きますね。
物語としては最後に折茂と喧嘩するという展開にもなるのでしょうが実際はあっさりとしたものになるのでしょうね。
折茂が他の誰かを信者にしようとしていたなら違った展開にもなったのでしょうね。
誰が自分に忠実になるか考えていたのでしょうね。
塩村は本当に良い人物ですね。
好意的とされるような人は周りにも気を遣いますから遠慮してしまうと思いますね。
強引な性格な人はガンガン来ますからね。
折茂に洗脳されずに済んだのは本当に良かったですね。
折茂は自分の絶対的な信者が欲しかっただけで悪い人物ではないような気がします。
ある年齢になって疑うことなく相手を信用するというのはなかなか難しいとは思いますね。
折茂は恋人を得て結婚し精神的な安定を得ればまた変化も見られるかもしれないですね。
私小説というジャンルは読んだことがなかったのですが面白かったです。
本当にありがとうございました。

No title

seaskyさん

 最後はアッサリした結末になってしまいましたね。これ読んで折茂がブチ切れて私の家に乗り込んで来たら話題になったかもしれませんが、もうすぐ引っ越してしまいます。あんだけ好き放題やってくれたんだから、宣伝の役くらいには立ってほしかったですけどね・・・。

 年齢も影響あるでしょうが、大きいのは本人の自我と自信の問題だと思います。いい歳して洗脳される人もいますし、若くても自分の意志で道を切り開く人もいますからね。私の場合は、このサイトを立ち上げた3年前から自分の意志で人生を切り開く決意ができ、何者にも惑わされなくなりました。けして早い方だったとは思ってませんが、まあ、自分を確立できてきたのはよかったですよね。

 小説はセリフまで思い出さないといけないんで大変です。神山に比べれば、折茂の方が印象に残るセリフをたくさん放ってくれたんで、そういう意味では小説にしやすかったですね・・・。

博行曰く燃えよカオス

「八畳間のカオス」「(自己)愛は渾沌の隷也」も思い付いたがなんとなく自重<タイトル欄

かなり出遅れた感あるが修正乙!何とか更新休止前に読み終わった
初稿よりだいぶ読みやすくなってたよ!
最終話の大学生新人については私も勝ち組の彼を死ぬほど妬んでしまうだろう
億が一最後の勤務日に折茂氏の自宅へ行ってたらと想像するとアーッ!

>「人の物を勝手に食べるのは・・・・ジャイアンと同じだぞ!」
ツーリング時のの素のORM兄貴の次にここすこ(彼の人間味がにじみ出ていて)
漫画版ジャイアンが怒った時のあの顔で脳内変換余裕でした

フィクションだったら筆者が退職した後も連絡を取り続けてくるだろうにあっさりフェードアウトというのはリアルならではか
筆者に心的外傷を負わせた罪は深いがそれなりに良い人生を送ってて欲しいね
ともあれ完成版うpありがとー

No title

ムクゲタンさん

 この私小説の直しはとにかく無駄な文章、自分でもよくわからん文章を削る作業でしたね。私小説だから当然ですが、あらすじは変わっていないのと、サイズが小さいんで2か月くらいで終わりましたが・・。

 「ジャイアン」とか言っちゃった後に自分で恥ずかしくなって顔を赤らめるシーンは今見たらちょっと可愛いと思うかもしれませんねw

 あっさり関係が切れたのは、彼にも内心罪悪感があったからかもしれませんね。そこまではなくとも、私が彼を侮辱したりしたわけではありませんでしたから。

 「被害者意識」っていうのがあると本当に厄介で、いつまでも相手に執着し続けることになってしまいます。

 まぁ当時若かったし、折茂も今はそれなりの社会的地位で、それなりの収入を得て幸せにやってるかもしれません。逆に大学生の方が勝ち組人生かどうかはかなり怪しいです。今の時代、ちょっといい大学でるだけじゃ勝ち組人生保証されませんから。。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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