完成版私小説 愛獣 6



 折茂の家で一晩を過ごしてからというもの、折茂は僕にますます優しくなった。しかし、僕にとっての安息が訪れたわけではなかった。

「博行、おいで」

 汗臭い胸の中に、僕を抱きしめてくる折茂。鍵紛失事件からの復帰初日、僕を抱きしめた際、僕が安堵の涙を流したことに味をしめた折茂は、そうすることで僕が喜ぶと思い込み、毎日のようにハグをしてくるようになった。

 僕としては、あれはただ、折茂が怒っていなかったことに安堵しただけであり、折茂に抱かれたのが嬉しいわけではなかったのだが、物事をすべて自分の都合のいいように解釈する折茂は、まったくの勘違いをしていたのである。パワハラが止んで始まったのは、セクハラだったのだ。

「いやっ、ちょ・・・」

「博行、照れるな」

 抵抗して腕を突っ張る僕の意思をよそに、折茂は強引に僕を抱きしめてくる。

「博行、お前も俺の背中に手をまわして来い」

「いや、あの・・・・ほんとすいません」

「・・・まだ、自分の気持ちに素直になれないか。だが俺は諦めない。お前の殻を、必ず破ってやるからな」

 こんなやり取りが、毎日のように繰り返されていたのである。

「・・あ、あの、折茂さん。男同士で抱き合うのは、プロ野球でホームランを打ったときとか、僕らで言ったら復帰初日のあのときとか、特別に感極まったときにやるのは、まあいいと思うんですけど、何でもないときにやるのはおかしいですよ・・・」

 一度はっきりと言ってやったこともあったのだが、折茂はきょとんとした顔で、

「何を言っている。愛し合う二人が抱き合うのは、普通のことだろう」

 などと、まるきりズレた解答をしてくるのである。

 こちらがいくら否定しても、頑なな折茂は、僕がゲイであると信じて疑わない。その第一の理由は、何度も書いてきたが、僕の挙動不審なリアクションを、僕の折茂への恐怖ではなく、恋心により出たものであるということにするためである。

 もう一ついえば、一度僕をゲイということにし、自分もまたゲイになったと周囲に表明してしまった手前、引くに引けなくなってしまったということもあったかもしれない。今さらゲイ路線をやめれば、折茂はノーマルな人間のことを勝手にゲイだと思い込んだ、大馬鹿者ということになってしまうからだ。いずれにしても、すべて彼の都合であって、僕にはただ迷惑なだけだった。

 とはいえ、この時点で――形としては歪んでいるが――折茂が僕を、完全に味方と見做したことは事実であった。しかし、折茂が丸くなったわけではない。折茂という男は、「常にトラブルを抱えていなければ気が済まない男」である。年がら年中同じ仕事ばかりをしている警備員の仕事で、自分の有能ぶりをアピールするためには、誰かと意図的に敵対関係を作り、戦いを繰り広げるしかないのだ。

 僕との問題がすべて解決したと思いこんでいる折茂が次に牙を向けたのは、日勤隊の隊長、戸叶であった。

「戸叶のバカが、いつもこの現場を引っ掻き回す。あいつは警備隊のガンだ。あいつからみんなを守るためなら、俺は徹底的に戦うぞ」

 折茂にとっては、僕を怒鳴っているよりも、名目上、自分より上の立場である戸叶に敵対することの方が、「弱い者を守り、強い者に刃向う俺カッコいい!」と、自己陶酔する上では都合がよかっただろう。しかし、実際には、会社中の嫌われ者である戸叶が折茂よりも強い立場にあったとは言い難く、折茂が喧伝しているような、巨悪に立ち向かうという構図と言えたかどうかは甚だ疑問である。
 
 口では立派なことを言いながら、結局折茂は、自分が百パーセント勝てる相手を選んで敵対しているのだ。それはそれで構わないが、だったら男を売りにするような言動もやめろといいたい。そういう安っぽい虚勢の数々が、彼をますます小さく見せていることに、折茂は気づいていなかった。
 
 とはいえ、折茂がまったくおかしなことを言っていたわけでも、戸叶に対して完全な言いがかりをつけていたわけでもない。戸叶は戸叶で、確かに問題はあった。

「十八時の施錠巡回なんか取ってきやがって・・。あいつ一人でやるならいいけど、湊さんたちまでそれをやらなきゃいけないんだからな。伊勢佐木屋の警務の人たちの仕事を奪ったせいで、変な波風が立ってしまったしな」

 戸叶のやっていることは、いわゆる「無能な働き者」がすることである。自分が仕事が大好きで、自分の頑張りを人にアピールしたいからといって余計な仕事をすれば、「あいつがやってるんだからお前もやれ」といって同じことをやらされる仲間が迷惑してしまう。みんながみんな、自分と同じくらいのモチベーションで働いていると思ったら大間違いだ。仕事が増えれば給料も増えるならともかく、見返りがないのに負担が増えるのを喜ぶ人などそういない。戸叶は集団の和を乱しているのだ。

 もっとも、戸叶の場合は働き者とか、仕事が好きというわけではなく、伊勢佐木屋警備隊に配属される以前にまで遡る過去の失敗を挽回しようとして、空回りを続けている、と言った方が正しいようだが。

 リーダーという立場は、基本的には、組織の中でもっとも優れた人が務めるべきである。そして、責任ある立場なのだから、会社はそれに見合った報酬を与えるべきである。普通の会社ではそうなっているだろう。

 しかし、警備員の仕事では、現場の隊長になったところで、賃金が増えるとか優遇されるとかいうことはない。でも、客から見れば、隊長というからにはそれなりの立場だと思われるから、何かあったときにはコイツに言ってやろうということになる。

 まったくもって、責任と条件が釣り合っていない立場。つまり警備員の仕事では、能力のある人ほど隊長などやりたがらないということになってしまうのである。

 警備会社も、現場の管理、運営を円滑に行いたいなら、賃金を上げるなり条件を整えて、隊長の立場にもっと魅力をもたせるべきだろう。今のやり方では、隊長などやりたがるのは、「金などもらえなくていいから、とにかく周りに偉そうにしたい。何でもいいから肩書きが欲しい」という人だけになってしまう。

 「そういう人間」に現場を任せれば、「こういうこと」になるのである。

  ☆         ☆        ☆        

 折茂によるパワハラは止まったが、代わりに始まったのはセクハラであった。すべての歯車の噛み合わせが狂っている僕と折茂は、どういう形であれ友好関係にはなれない運命にあったのである。それならそれで、お互いに距離を置いて付き合っていれば大きな問題は起こらずに済んだはずだが、僕を「信者」にしようとする折茂は、噛み合わない歯車を空回りさせ、無理やりにでも距離を縮めようとしてくる。その結果僕に与えられたのは、激しい苦痛だけであった。

 この状況で何が一番苦痛かといえば、折茂に抗議する手段がまったくなかったことだろう。自分がすべて正しく、僕のことは「外の世界を知らない赤子」のように見ている折茂は、僕の言うことにはまったく耳を傾けてくれない。

 他人の口を通じて苦痛を訴えることもできない。折茂は僕との相性が致命的に悪いだけで、他の仲間たちとは概ね良好な関係を築いており、仕事面での評価は高い。折茂の変なところに気が付いているのは塩村くらいで、その塩村にしても、「異常」とまでは認識しておらず、むしろ僕と折茂の仲を深めようと積極的に動いてくるぐらいだったから、相談などできるような雰囲気ではなかった。
 
 まだ、「鍵紛失事件」から日も浅い状況である。あのとき折茂は、僕を叱ったりはせず、優しく迎え入れるというパフォーマンスを、大々的にやってのけた。ここで折茂のことを悪く言おうものなら、僕の方が逆に「恩知らず」のような扱いを受けかねない空気だったのである。

 だったらだったで、すべてを諦めて逃げ出せばよかったと思うかもしれないが、それも難しい状況だった。

 繰り返しになるが、当時の僕は、ここで仕事を辞めるのは「逃げ」「根性なし」だと考えていた。ここで辞めたら、この先どこに勤めても、何をやっても通用しないと信じていた。そう考えさせられていたことこそ、折茂に洗脳されていた証拠だが、世の中には意外と、このときの僕と同じような考えに囚われ、ブラック企業から逃げ出せなくなっている若者は多いという話しを聞く。「たとえブラック企業に入ってしまっても、三年は勤めろ」なんて言葉も、インターネットの掲示板では飛び交っている。折茂だけが特別なことを言っているわけではないのだ。

 結局おかしいのは、終身雇用、年功賃金の日本型の雇用はとっくに崩壊しているのに、一つの会社に長く勤めないといけない、という精神だけが、なんの根拠もなく生き残ってしまっていることだろう。長く勤めても給料なんか上がったりしない会社が、人の流出を食い止めようとしたら、それは「逃げたら根性なし」「どこいっても通用しない」と、精神論を垂れ流すしかない。向こうが簡単に労働者のクビを切るのに、こっちが「逃げ」「裏切り」「恩知らず」などと思って、辞めることに引け目を感じる必要などまったくないのだが、そう思えない律儀な若者が大勢いるのだ。

 非正規の仕事から、気軽に辞めて、気楽に勤められるメリットがなくなったら、それはもう奴隷でしかない。ストレスなく現代社会を生きるためには馬鹿な精神論に囚われてはいけないが、当時の僕は洗脳されていた。

 また、折茂個人に対する恐怖の気持ちもあった。折茂にはすでに、自宅の住所を知られている。彼の性格を考えると、下手に辞めようとすれば、過激な手段に出てくるのではないかという恐れがあったのだ。

 日々のストレスの中、僕は次第に現実逃避に走り始めた。具体的には、アンダーグラウンドの世界で成功することを夢想し始めたのである。阿呆な話だが当時は本気で、ネットや書籍で色々研究までしていた。

 普通、現在生業にしている仕事とは別の手段でお金を稼ぐことを考え、将来に向けて具体的な努力をしている場合、それを現実逃避とはいわない。ちゃんとした「夢」や「目標」というものであり、二十代、三十代で心身ともに健康な人は、絶対にそれを持っているべきだろう。だが、当時の僕が考えていたのは、ただの現実逃避だった。

 僕がアンダーグラウンドの世界に入ることは、絶対にありえないからである。リスクの高い仕事で生きていこうと考えるのは、これ以上失うものがない人か、絶対的な自信がある人だけである。その点僕は、帰るべき家がちゃんとあり、表の仕事、それも暇な警備員すらまともに勤まらない能無しである。裏稼業に手を染める理由がないし、染めたところで、ずるがしこいヤツにいいように使われてお縄になるのが関の山だったろう。

 しかし、当時まだ小説を書き始めていなかった僕には、今より多くの収入が得られる可能性があり、「なんとなくカッコいい」生き方をするには、ワルになるしか考えられなかった。

 それに・・・・。自分の嫉妬深さ、執念深さなど様々な性格的欠陥を自覚し、すでに心の中はどす黒いもので埋め尽くされ、社会への不信感も徐々に募らせていた当時の僕は、いずれまともな社会に自分の居場所はなくなると思っていた。いつかは社会と決別し、「自分だけの世界」で生きていかねばと考えていた。その手段に、小説を書くことを思いつくのは、もう少し先の話である。

  ☆        ☆          ☆   

 折茂は理不尽に怒ったり説教することがなくなっただけで、けしてまともになったわけではなかった。むしろ、同性愛を仄めかすようなことを言って来たり、突然身体を触られるようなことがあったこの時期以後の方が異常であったろう。

 しかし、鍵紛失事件の直後に比べれば、単純に時が経った分、僕の気分自体は回復していた。笑顔を見せることもできていた。だから傍目には、僕は元気になり、性格が明るくなったように見えていただろう。そうなれば、物事をすべて自分の都合のいいように解釈する折茂が、黙っているはずがない。

「津島が元気になったって?当然ですよ、俺が家に呼んでやったんだもん」

 そもそも僕が元気に仕事ができなかった原因は折茂その人だったわけだが、当の本人は、己のかつてのパワハラを隠ぺいするかのように、会社の人たちに対して己の功績をアピールしていた。平和な土地に踏み入って、散々に民から略奪を繰り返してきた侵略軍が、土地を征服した途端に「解放軍」を名乗るようなものである。勝手にしてくれという話だが、折茂の家での件で彼がついた嘘はこれだけではなかった。

「寝ているとき、博行が俺の布団の中に潜り込んできたりして、大変だったんですよ。職場では、座っているとき膝の上に乗ってきたりしますしね」

 己の想いが僕にまったく受け入れられていないと周囲に思われるのが嫌で、折茂はありもしない、するわけもない話をでっち上げることまでしていたのである。彼にとっては、津島がはやくホモにならないと、津島ホモ説を唱え、自らもまたホモの道に入った俺の顔が潰れる、といった焦りがあったのであったろうが、そんなのは彼の都合であり、僕からすればたまったものではない。

 ある日、塩村がA、僕がB,折茂がC勤務のとき、塩村が戯れに、一枚だけ敷いた布団の上に枕を二個置いたことがあった。BとCは同時に仮眠に入る。僕と折茂に一つの布団で一緒に寝ろというジョークであったのだが、そのとき僕が、

「こんな人が不快な気持ちになるだけのイタズラはやめてほしいですよね」

 と口走ると、折茂の方は急に真顔になり、

「俺はお前の言葉に不快になったよ。俺と仲良くするのが嫌だっていうのか」

 などと怒り出したことがあった。一つの布団で一緒に寝るのと、ただ仲良くするのはまったく次元の違う話だと思うのだが、折茂の感覚はまた違うらしかった。

 パワハラ路線にしろセクハラ路線にしろ、折茂が困った人であるには変わりなかったが、先輩としていいところもまったくなかったわけではなかった。翌日が明けであった場合、勤務終了後に朝食を奢ってくれたことである。

 他人に偉そうにする人は折茂だけではないだろうが、口ばかりでなく、こういう気遣いができるなら、「まあ、アリ」かなとも思う。食事までいかなくてもいい、缶ジュース一本でもいいから奢ってくれるだけで大分ちがう。「ちょっとこの人のために頑張ってやるか」と思える。それすらしないで、人に説教をしたり、自慢話を延々聞かせたりするようヤツは、もう糞でしかないだろう。「人として成長させてやった」「お金に変えられない充実感を与えてやった」など、わけのわからない言葉だけで人に忠誠や感謝を迫ってくるなら、それはもうカルト宗教の世界だ。

 食事の席では折茂のナルシストトークを聞かされるはめにはなるのだが、それには適当に相槌を打っているだけでいい。行先はファストフードか喫茶店くらいだったが、タダで食う飯はなんでもうまかった。鍵紛失事件から一か月ほどが経った日にも飯に付き合ったのだが、その日はナルシストトークのあとに、こんな誘いを受けた。

「博行。こんど、二人で富士山に登らないか」

 折茂と二泊三日の予定で静岡に行き、日本最高峰の山に挑もうというのである。彼は登山のベテランで、富士山以外にも国内の多くの山を制覇しているらしく、僕にもその楽しさを味あわせたいとのことだった。

「ええ・・・いいですね。是非いきたいです」

 僕もアウトドアは好きである。かといって、是非というほど富士山に興味があるわけではなかったが、鍵紛失事件以後、折茂からのあらゆるプライベートの誘いを断ってきたという経緯があり、そろそろ逃げ続けるのも限界という気はしていた。ダーツバーに行くとか、折茂の友人と一緒に遊ぶとかいった誘いよりはまだ楽しそうであるとの、いわば消去法的な承諾の仕方であった。

「よし、わかった。絶対に連れて行ってやるからな」

 これで俄然やる気を出した折茂は、来るその日に向けて、僕との絆を固めるべく邁進していく。自分だけではなく僕の仮眠時間も削ってナルシストトークを繰り広げるのは当たり前となり、いつの間にか、怒鳴ったり、説教したりといったことも再開された。

 矛盾しているようだが、体育会系的な価値観の信奉者である折茂にとっては、怒鳴ること、説教することは、「僕との絆を深めるため、是非やるべきこと」の一つらしかった。今さらやり方を変えたら、過去の自分を否定することにもなり、それも躊躇われたのであろう。以前のように敵意を剥きだしにする感じではなく、説教のあとには優しくフォローもしてくれたのだが、怒鳴られ、説教されて人が成長するということがどうしても信じられない僕には、苦痛の度合いは大して変わらなかった。

 ☆       ☆         ☆       

 撤退の日が近づく伊勢佐木屋警備隊に、またひとつ事件が起きた。日勤隊の立義が、突如何の連絡もなく、会社を去ってしまったのである。

「いったい何があったんですか?」

「さあな。まあ、あいつは戸叶に目の敵にされて色々嫌がらせをされていたから、積もり積もったものが爆発したって感じじゃないか」

 そう語るのは塩村である。確かに立義と戸叶とは折り合いが悪く、先日も、内線をガチャ切りされたとかされないとかで喧嘩をしていた話しを聞いていた。そんなことぐらいで揉めるというのは、これまで何度となくトラブルを重ねてきたという証拠である。

 トラブルのことに関しては、僕が実際にこの目で見たわけではないからはっきりとしたことはいえないが、ひとつ酷いなと思ったことはある。戸叶率いる日勤隊のメインは本館と事務館での受付業務であり、受付は常に立った状態での対応になるのだが、この立ちっぱなし受付をいつまでたっても改めなかったことである。

 椅子がないわけではないのにずっと立ちっぱなしなのは、客の目を意識してのことである。そんなに気にする人もいないと思うのだが、確かに、立って受付をしていた方が、なんとなく「頑張ってる」ふうに見えるというのはわかる。

 しかし、ここで考えるべきは、立義がバックれた時点でもう八月であり、伊勢佐木屋警備隊は、あと二か月で撤退するという事実である。もうすぐお別れすることが決まっているお客に、そんな無駄に頑張っているところを見せたって、どうしようもないではないか。

 戸叶や折茂にそう突っ込めば、「あと数か月だろうが最後まで全力でやり抜くのが警備員として云々・・・」などと説教が飛んでくるに違いないが、それはあまりにも了見が狭い考えではないか。みんなが楽をする方法を考えるのが、リーダーの役割ではないのか。

 夏の暑い最中、通気性の悪い制帽を被りっぱなしで、冷房も利かないところで一日中立ちっぱなしの日勤隊は、日の落ちた夜から仕事をはじめ、ゆっくり座ることもできる夜勤隊よりも仕事はキツかっただろう。それで給料は夜勤より低いのだからたまったものではない。夜勤隊でミスばかりをしている僕は、立義や湊の辛そうな姿を見ると、申し訳ない気持ちになったものだった。

 ひょうきんな性格の立義は、よく馬鹿話などして、折茂に追い詰められていた僕を和ませてくれた存在であり、僕は彼に好感を抱いていた。折茂はそれが面白くなかったのか、立義にはよく、ぐちぐちと細かいことを言っていた。

「立義くん、もっとはやくこようね~」

 日勤隊は戸叶も湊も出勤が早く、いつも上番時刻の二十分前にはいるのだが、立義だけは上番時刻ギリギリの時間に来る。出勤する時間などは本人の勝手であり、早く来るのが偉いわけでもなんでもないのに、折茂は立義に、もっとはやく出勤しろなどと言っていたのだ。自分はいつもギリギリに来るのに、である。

 ちなみに、立義は当時の折茂より一回りも年上の三十五歳であった。年は下でも会社に入ったのは折茂が先だから、百歩譲ってタメ口はいいとしても、「くん」付けはどうかと思う。「年上に舐めた言葉遣いをする俺カッコいい!」という折茂の自己陶酔が透けてみえて、実に気持ちが悪い。立義は折茂に対しても、少なからぬ不満があった可能性がある。

「バックれた立義に根性がないのは事実だが、一番悪いのは戸叶だ。あいつには何とかして制裁を与えなくてはならない。策略を考えていかなければな」

 当時「クロサギ」という漫画に影響を受けたことで、策略に目覚めたと語っていた折茂の言葉である。天才詐欺師折茂の脳内でいかなる策略が練られていたのか、詐欺に遭う可能性はあっても人を欺く知能などない僕には想像の余地もないが、ライバルである戸叶が犯した失策を見て、折茂は本当に嬉しそうだった。

「立義は会社に金を借りたままバックれたそうだな・・。刑事告訴はするんだろうか」

 立義には同情的な僕だったが、これは批判しなくてはいけない。バックれは僕にも経験があり、舐めたことをしてくる会社であれば何も罪悪感を感じる必要はないと思っているが、借りパクはいけない。れっきとした犯罪である。

 ただ、その件に関しては、事実だったかどうかはわからない。というのも、伊勢佐木屋警備隊が撤退してから一年後、僕は旧伊勢佐木屋から歩いて二十分ほどのところにある公園で、立義と再会しているからである。特に南洋警備保障から訴えられたとかは言っていなかったから、実際には借りパクはなかったのかもしれない。

「おう。つっしー、久しぶり。茶でも飲みながらゆっくり話したいところだけど、あいにくそんな暇はないんだ。いま工場で働いてるんだけど、遅刻しちゃってさ・・・。やばいやばい、はやくいかなくちゃ」

 切迫した様子で自転車を漕ぐ立義は、相変わらずの生活を送っているようだった。

 これまで小説の中で登場させる機会も少なかったが、立義は伊勢佐木屋警備隊の中では好きな方で、もし飲む機会でもあったら今でも続く友達になっていたかもしれない存在だった。カツカツの底辺生活の中でも明るさを失わない彼に、幸あらんことを願う。

☆        ☆          ☆               

この時期における、他の警備隊メンバーとの関係であるが、まず塩村は、相変わらず職場では仲良くしてくれたが、僕をプライベートに遊びに誘ってくれることはなくなっていた。僕への親しみが薄れたわけではなく、どうも折茂に遠慮していたようである。

 彼は僕以外で、折茂の異常性に気が付いている唯一の人物であったが、残念なことに人が良すぎた。認識が甘かったのである。折茂を「病気」とまでは思っていない塩村は、僕が折茂のパワハラ、あるいはセクハラに本気で苦しんでいたことは理解してくれず、折茂が僕に抱き付いているときにヘラヘラと笑っていたり、ホモネタでからかったりしてきた。

「友達は何よりも大事だぞ」

 彼が何度も僕に説いてきた言葉である。自らの言葉通り、塩村は僕の友人になろうと、親しく接してくれた。その態度は、「ありのままの僕」を受け入れてくれるものであり、折茂のように、僕を闇の世界から無理やり引っ張り出そうとするものではなく、心地よく感じられた。彼と別の場所で出会っていたとしたら、今でも続くいい友人になれていたかもしれない。

 しかし、この職場には折茂がいた。折茂は、僕が折茂を差し置いて塩村と親しくなることにいい顔をしなかった。僕の気持ちを己に向けようと躍起になってしまった。おそらくそのことに気が付いた塩村は、年長の自分は身を引き、年齢の近い折茂と僕をくっ付けよう・・と考えたのだろう。

 彼はとんでもない思い違いをしていた。折茂の僕へのアプローチの仕方は、塩村とは対照的に暴力的なものであった。「ありのままの僕」を否定し、無理やりに自分の色で染めようとしてきた。僕がそれでいかに嫌な思いをしていたかを、塩村はわかってくれなかった。この点、彼もまた折茂と同じように、僕を大人しそうな見た目だけで、受け身で自分がない人間と勘違いしていたのかもしれない。

 友達は確かに大事かもしれない。だが、誰でもいいから友達になって欲しいと思うほど、当時の僕は孤独に苦しんでいたわけではない。そもそも、友達とは敢えて作ろうとするものではなく、自然に、何となく出来るものであり、逆にそうでなくては、その友情には大した価値はないのではないか。
 
 少し話がずれるが、日本という国では、友達や恋人ができないと嘆く若者に対してすら「お前の努力が足りないからだ」と、努力不足のせいにする論調がある。こんなのは狂っているとしかいえない。

 異性の恋人を作るには、一部の超美人やイケメン以外は確かにある程度自分で動く必要があるが、普通に学校や仕事に行っていて同性の友達が一人もできないのは、発達障害とかコミュニケーション関連の能力が著しく劣っているせいであり、それは本人の努力だけでは中々克服できないものだ。考えるのが面倒だからと、取りあえず努力不足のせいで片づけられてしまう日本独特の風潮のせいで、多くの若者が無用のプレッシャーに苦しめられている。

 次に鳥居であるが、この人こそ折茂信者であった。

「副隊長は凄い人です」

「俺がやっていけてるのは副隊長のお蔭だよ」

 と、常々折茂を讃える発言を見せていた。苦労が多い人生を送ってきた彼には、折茂のように「あなたを買っている、頼りにしている」とはっきり口に出し、必要とされたい欲求を満たしてくれる存在が有難かったのかもしれない。また、彼は隊長の戸叶には入社当時かなりイジメられていたようだから、その反動もあって、副隊長の折茂に靡いたのかもしれない。折茂も信者にしようと思うならこの人だろうという気がするのだが、「おじさんはイヤ」だったのだろうか。

 鳥居に嫌われている戸叶について変わったことは、とうとう子供が産まれ、人の親になったことだろう。四十という年齢でバツイチでもあったから、初めての経験ではなかったかもしれないが、ともかく、彼なりに責任感が芽生え、仕事に身が入るようにはなったようだ。

 日勤隊の勤務時間には、お腹周りがすっきりした奥さんが顔を見せたこともあったらしい。

「四十にして警備員の戸叶とできちゃった婚なんかして、あの女もどうかと思うな、俺は」

 折茂の苦言もわからなくはないが、まあ、男と女のことに口を出すのは野暮というものだろう。

 個人的には、底辺労働者だから結婚できないのではなく、底辺労働者だからこそ心の救いのために結婚するべきではないかと思うし、女性には経済力ではなく中身で男を見て欲しいとも思うから、戸叶の幸せは素直に祝福したいと思う。まあ、戸叶は俳優の堤真一似で、イケメンではあったから、結局は顔という、僕にとっては好ましくない話になってしまうかもしれないが・・・。

 最後に日勤隊の湊であるが、彼は相変わらず折茂に気に入られており、一見仲は良さそうに見えた。ただこの時期、折茂は湊に対し、
「あの人はみんなにいい顔をする。みんなで戸叶を追い詰めようと言ってるのに協力してくれないし・・・」
 このように不満の声を漏らしていた。

 確かに湊には八方美人的なところがあったように思える。誰に対しても愛想がいい人間は、ある意味信用できないところは確かにある。彼も本当は、折茂に心酔しているわけではなかったのかもしれない。だが、この件で折茂が湊に不満を抱くのは、明らかにお門違いだ。

 戸叶をどうにかしようと思うのなら、折茂が一対一で戸叶と対決すればいいだけの話。折茂が戸叶と同じ土俵に立てるだけの立場にないというならともかく、今は日勤隊と夜勤隊のそれぞれ頭という形で、ツートップ体制にあるのだ。何も遠慮することはなく、トップ会談に臨めばいい。

 面と向かって言い争う度胸がないならそれでもいい。だったらだったで、会社の上の人間を通して戸叶に要求をぶつければいい。折茂はそれすらしようとしない。

 結局折茂は、本気で戸叶と戦う気などはなかった。折茂がやりたかったのは、伊勢佐木屋警備隊に、己の「教団」を作り上げたかっただけであり、そのために戸叶を敵として仕立てあげていただけであった。共通の敵を作ることが、集団を一つにまとめるのにもっとも手っ取り早い手段であることは、先の戦争など、いくらでも例がある。

 折茂の過激な思想は、しかし戦後の平和教育を受けた警備隊の隊員には、完全には理解されない。伊勢佐木屋警備隊に「折茂真理教」を作れない折茂のストレスは、すべて一番弱い僕に向かうことになる。折茂と富士登山に行った後の話になるが、戸叶の件で、「大激怒、大説教二時間スペシャル・秋の陣」が開幕されることになるのである。

  ☆          ☆          ☆            

 悪夢の鍵紛失事件から一か月、いよいよ折茂との富士登山の日がやってきた。全三日間の行程で、初日は夜間にレンタカーを借りて折茂の家で前拍し、翌朝五時に横浜を出発。九時くらいに富士山に到着し、五合目から登山開始。下山予定は午後五時ごろで、それから横浜に帰ってレンタカーを返却。そのまま折茂の家に泊まり、翌日に解散・・という予定である。

「まず、必要なものを買い揃えないとな」

 登山には専用の装備が必要である。僕たちは仕事を終えると、その足で横浜の東急ハンズに足を運んだ。登山のベテランである折茂からは、何か色々と紹介された気がするのだが、結局購入したのは登山靴一個だったように記憶している。登山靴は雨水を通しにくい利点があり、普段の生活でも役に立つことはあるが、このとき買ったものは底に金属の滑り止めが付いていたため、アスファルトの上を歩くには向かず、残念ながら富士登山以後は靴箱の番人になってしまった。

 そして折茂の家に向かおうとしたところで、大変なことに気づいてしまった。

「すみません、折茂さん・・明日着る服を忘れてしまって・・」

 まさか、ジャケットにスラックス姿で山を登るわけにはいかない。

「いいよ。そしたら、お前のうちに、一緒にとりに行こう」

 「え!!」と大声で叫びそうになる。丁重に固辞したのだが、結局振りきることはできず、折茂はうちに来ることになってしまった。

「ぜひ、お前の部屋が見てみたいな」

「い、いや、それだけはご勘弁を・・・あまりにも散らかっているので・・・」

 ADHD――「片づけられない症候群」の僕の部屋は、生まれてこのかた、足の踏み場が見えていた時期の方が少ない。親にも何度となく注意されたのだが、こまめに部屋を清掃する習慣は、ついに成人になっても身に付かなかった。

 僕からすれば、「やらない」のではなく、「できない」のだが、これがなかなか親には理解されない。もちろん、百メートルを九秒台で走れとか、物理的に絶対無理なことを要求されているわけではないから、まったくできないわけではないのだが、「人と同じようには」できない。例えば、こまめに掃除をするのは無理でも、一年に一回、年末年始のときにはまとめて掃除するとか、妥協案を容認してもらえれば、お互いにストレスを感じず生活できるようになるのだが、この頃にはまだ、そうなっていなかった。

 喧嘩をしながらも、その親のお蔭で実家に住むことができ、生ゴミ関係の問題には煩わされず、ゴキブリが出ることはあまりなかったのは事実だが、この当時はタバコを吸っていたため、火災の危険性があり、大変な状況だった。そんな部屋に、他人を、しかも内心快く思っていない人間を部屋に上げるなど、冗談じゃなかった。再三再四頭を下げて、どうにか部屋に入ってくることだけは阻止し、リビングに押し込めることには成功した。

「この子が、お前んちの犬かい?」

「ええ。そうです」

 僕が物心ついたときから一緒に過ごしてきた兄妹同然の犬と、折茂が対面した瞬間である。この頃には足腰が大分弱って自力では立てなくなり、床ずれもでき始めてかなり苦しそうだった。

この対面の際には、折茂はうちの犬について特にコメントはしなかったのだが、もう少し経ってから決定的に最悪の言葉が吐かれることになり、それが僕の心が折茂から完全に離れるきっかけとなる。

 ちなみに―――余談になるが、ここまで犬の名前に触れていないことにも、ちゃんとした理由がある。伊勢佐木屋警備隊を去った後に入った専門学校で、僕の心を完膚無きまでに破壊した一人の女と、まったく同じ名前であったからである。僕の惚れた弱みにつけ込んで、僕を散々に罵倒し、自分の歪んだプライドを満たすためのサンドバッグとして利用してくれたあの女への恨みは筆舌に尽くしがたいが、名前が同じだったことはただの偶然であり、別にあの女が悪いわけではない。僕の運が悪かっただけである。大切な家族との思い出も、いつかは真っ黒に染まってしまうというのが、僕の人生ということだ。

「この”カリスマ”って本は、お前が読んでいるのかい?」

 人の家にある物が気になって仕方がない折茂は、今度はテーブルの上に置いてあった、読みかけの小説について尋ねてきた。

「え?ああ、まあ、そうですけど・・・」

「ふーん。お前、カリスマになりたいのか?」

「え?いや・・・・」

 本のタイトルを見て、読者がその通りの人間になりたいのだと思ってしまう発想はよくわからない。それは折茂のように、読書を純粋に娯楽目的でするのではなく、「流行りの○○って作家の本を読んでる私カッコいい!」みたいに、ファッションの一部として考える人特有の発想だろう。

「・・・本ばかり読むのもいいが、知識ばかりつけても、仕事の役には立たないからな」

 以前、折茂の家に行ったとき、クイズ番組で不正解を出したときの負け惜しみと同じようなことを、彼はまた言った。そういえば、いつぞや折茂は、「学歴と仕事は関係ないからな」ということも言っていた気がする。折茂に限らず、底辺のアルバイターにはこれをを言う人が結構多いのだが、これほど「井の中の蛙」を表す言葉もないと思う。

 確かに、知識の蓄積や感性を司る知能は言語性IQ、作業の効率化や注意力、整理能力などを司る知能は動作性IQといい、二つの知能の働きが違うとは言われている。よく「アイツは学歴は高いけど仕事はだめだ」などと言われる人は、言語性IQばかりが高くて、動作性IQが低いパターンである。そういう人は空気を読むといったことも苦手だから、せっかく語彙が豊富なのにコミュ障だともみられやすく、社会の中では苦労しやすい。だから、学歴(知識)と仕事(ソーシャル・スキル)が関係ないというのは間違いではない。

 だが、折茂のように読書や勉強、あるいは映画鑑賞によって得た知識や感性が仕事の役に立っているという実感が「まったくない」というのは、ようするに、底の浅い単純労働しかやらせてもらえないという証拠。それを屈辱と思う思考回路もないほど、底辺世界に無駄に適応しているだけの話ではないか。アメリカザリガニのごとく劣悪な環境にも平気で住めて、それを正当化さえしてしまえるこの適応力はある意味では強みかもしれないが、その視野の狭い考えを他人にまで押し付けてくるのは勘弁してもらいたいものである。

 ・・・などと偉そうに語る僕も、最終学歴は大学を経由していない専門学校卒である。僕の場合、これもADHDの特徴のひとつで、知的欲求自体は強いが、興味のあることしか勉強しないため、学校の成績は悪かったのだ。

 さらに読書関連で、この後、折茂の家に行った際、僕が逆に「隣人18号」なる漫画を見つけ、僕はこれの映画版を観たことがあると報告した際、折茂は、

「お前にはこういう作品は見て欲しくないな。悪影響がある」

 などと、真面目な顔をして言ってきた。隣人18号という作品はいじめられっ子がいじめっ子を残虐な方法で殺すという話なのだが、僕がそれを読んで、悪の道に目覚めないかと懸念しているのである。「もう遅い」ともいえるし、「余計なお世話」ともいえる。

 ☆          ☆           ☆           

  早朝、布団を出た僕たちは、昨日のうちに借りた車に乗り、一路、日本最高峰の山、富士山へと向かった。五合目までは車で登り、そこからいよいよ、登山道を自らの足で歩きだす。

「そういえば、聞いていなかったですが、途中、タバコを吸えるところはあるんですかね?」

 当時喫煙者であり、一日十五本は吸っていた僕にとって、途中に喫煙所があるかどうかは、切実な問題である。

「山小屋でなら、一応吸えるよ。だが、上に行くにつれて空気が薄くなって、自然と吸いたくなくなるから、心配しなくていいよ」

 折茂の説明を受け、とりあえず安心して登りだした。

「こんにちは」

 登山者同士の挨拶である。折茂はこれに、ちゃんとした意味があることを教えてくれた。
「山は常に危険と隣り合わせだからな。登山者同士でコミュニケーションを取って、違うパーティ同士でも助け合えるような雰囲気をつくることが大事なんだ」

 折茂の顔は嬉々としている。純粋に心から登山を楽しんでおり、僕にもその楽しさを味わってほしいという思いが伝わってくる。「カッコいい俺を見て欲しい!」という、彼特有の自己顕示欲は感じられない。こういうときの折茂と一緒にいるときは僕も楽しくなるし、本当の友達になれるのではないかという感じもしてくる。最初は憂鬱だったが、このときは、来てよかったな、と思ったものだ。

「大丈夫か?疲れてないか?」

「ええ、大丈夫です」

 当時、夜勤による不規則な生活と不摂生をしていた僕だったが、何しろまだ二十一歳と若い。登山のベテランである折茂のペースにも全然ついていけたが、八合目に差し掛かったあたりから傾斜がきつくなり、徐々に息が切れ始める。

「無理はするな。ちょっと休みながら行こうか」

 山小屋に立ち寄り、休憩をする。はっきりとはしないのだが、山小屋はかなり不潔であった記憶
がある。富士山といえばご来光を楽しみに登る人が多いが、僕はここには泊まれないな、と思った。

「さあ、帰りが遅くなるといけないから、ここで少し頑張ろう。お前の体力と時間配分を考慮してちゃんとペースは考えてあるから、大丈夫だ。俺を信じろ」

 登山のときの折茂は頼もしく、優しかった。指示や説明も的確で澱みなく、納得できるものである。

 警備のときも常にこの顔を見せてくれていれば、僕の印象だって違っただろう。そしてそれは、今からでも遅くはない。もう僕を信者にする、あるいは、伊勢佐木屋警備隊が終了してからも仲が続く親友になることは無理だったろうが、あと残り二か月で、笑顔でお別れできる関係くらいにはなったはずだ。

 結果はそうならなかったのは読者の予想する通りであるが、ひとまず後のことは置いておいて、登山の話を進めていく。

「あと一息だ。頑張れ、頑張れ」

「は・・はい・・・」

 僕と折茂はついに、登頂へと成功した。日本で一番高い場所に登ったときの感慨は深く、僕の心の中には、確かに瑞々しいものが満ち溢れていた。この気持ちよさ、達成感を与えてくれた折茂とも、もしかしたら真の意味で打ち解け、信頼関係を築けるのではないかと、一瞬思ったものである。

 だが、それも食事と神社への参拝を終え、下山を始めるころには、早くも崩れ始める。霊峰富士のパワーのお蔭か知らないが、富士山のてっぺんに向かう過程では、確かに「頼れるアニキ、一緒にいて楽しい人」に変わっていったはずの折茂は、富士のパワーから離れ、下界に近づくに連れ、「受け入れがたいナルシスト」に戻っていってしまったのである。

「博行。お前は自分の見た目にコンプレックスがあるか?」

 どういう流れだったか忘れたが、確かこういう質問をされた。

「え?ええ、そうですね・・・。こんな顔じゃ、女には誰も相手にされないでしょうね・・」

 思い込みが激しい僕は、当時、自分の顔をとんでもない不細工のように思っていた。当時、何人もの女に連続して振られ続けていた時期で、性欲を発散する手段を買淫に頼るしかなかった僕は、自分が置かれていた状況のみをもって、自分をとてつもない不細工だと思い込んでいたのだ。

 人間は思い込みの生き物である。思い込みによって、黒いものも白く見え、白いものも黒く見える。恋愛は相手あってのことだから簡単にはいかないが、取りあえず相手の顔を褒めて、悪い思い込みを取り除いてあげることは、誰にだってできる。僕が期待していたのは「お前は不細工なんかではないよ」と言ってくれることであり、折茂が本当に僕を思いやっているのなら、当然そう言うべきであったろう。しかし、折茂が言ったのは・・・。

「いいじゃないか。お前はこうして、顔が悪くたって、お前とずっと一緒にいてくれる人に出会えたんだから」

 僕のことを大事に思うようなことを口にしながら、折茂はいつも自分本位でしかないのである。自分のことしか考えられない折茂にとっては、僕が顔も悪ければ頭も悪い、何もかもダメなダメ人間であったほうが都合がいいのだ。僕がダメであればダメであるほど、そのダメ人間を面倒みてやっている、自分の株があがるからである。本当にこの男は、自分自身がプライドの塊であるくせに、他人のプライドを尊重しようという気持ちがひとかけらもないのだ。

 すべてを自分中心にしか見れない男。こんな男が、「人を導く人間」になろうとしているのだから、呆れるばかりである。

    ☆       ☆         ☆

 折茂の怒涛の逆戻りはさらに続く。

「博行。お前はさっきの参拝のとき、何を祈った?」

山頂の神社で参拝をしたのだが、折茂はそのとき、僕が祈った内容について尋ねてきた。

「え?いや、まあ、そういうのは口に出さないほうが・・・」

「何を祈った?」

 おそらく彼は、「折茂さんとずっと一緒にいられますようにと祈りました」と言ってもらいたかったのだろう。あまりのしつこさに根負けして、「金を儲けることです」と答えたとき、表情から激しい落胆ぶりがうかがえた。

 折茂は何事にしても、僕の気持ちが言葉とか形として明らかにならないと満足できない男であった。折茂から誕生日プレゼントに腕時計を貰ったことを書いたと思うが、あれを付け忘れたとき、折茂は「なんでつけてこなかった?」としつこく聞いてくることも、それを表している。まるでキャバ嬢が自分の貢物を身に着けていないと不機嫌になるオヤジと一緒であり、ようするに相手との信頼関係に自信がないから、はっきり目と耳で認識できるものがないと不安になってしまうのだ。

 足腰の筋疲労に加え、折茂のナルシストにも耐えなくてはいけなかったから、下山したときにはもうクタクタであった。折茂だって疲れていただろうが、帰りが遅くなりすぎてはいけないと、すぐにハンドルを握ってくれた、そのことには少し感謝する。身体が砂だらけになっていたので、高速に入る前にログハウスに立ち寄り、二人で露天風呂に入ったのだが、そのときは別に変なことはなかった。

 変なことがあったのは、高速に入ってからである。突然、折茂がハンドルから左手を離し、助手席に座る僕の右手を握りしめてきたのだ。

「ドキッとしたか?」

 ドキッとはしていない。ゾクッとしたのである。

「博行・・・お前が俺にプロポーズをしてきたときのことを、覚えているか?」

 頭の中をひよこが旋回する。今、プロポーズという言葉を辞書で調べると、「男性が女性に、または女性が男性に結婚を申し込むこと」と出てくる。僕は女性ではないし、折茂もまた女性ではない。したがって、日本の法律で結婚することはできない。法律以前に、僕は同性が好きではない。七年前、二〇〇八年当時の国語辞典を開けば、別の意味が出てくるのか?調べるのはあまりに悍ましく、また面倒くさく、Amazonで注文する気は起こらない。

「いや・・・プロポーズはしてないですけど・・・」

「あのとき俺は、お前の言葉に素直になれなかった。すまないことをした。だから今度は俺が、お前に逆にプロポーズをする」

 最高潮に自分に酔いしれ、折茂ワールドに没入している折茂に、否定する僕の言葉は届かなかった。このときスルーされたせいで、結局、僕のプロポーズというのは何だったのかは、今でもわからずじまいである。

「博行・・・俺の故郷に来ないか?実は今、昔勤めていた会社から、正社員の待遇で誘いを受けている。俺はお前も、故郷に連れていこうと思っている」

 これが、折茂の「プロポーズ」の言葉であった。折茂が、僕の存在を通して自己の偉大さを証明するパフォーマンスの集大成が、僕と同棲し、自分の故郷に連れて帰ることであったのだ。

「いや、それは・・・さすがに・・・その・・・」

 折茂と同棲など、もってのほかである。折茂という人間が好きではないということもあるが、まず、実家を出るメリットがない。同居する家族との関係は別に良くはないが、悪くもない。今の状況で、家を出るギャンブルをする理由がない。

 大体、生活が大変だろう。お金の面でも大変だし、プライバシーを守ることも大変だ。けして金持ちではない折茂との生活はワンルームのアパートということになる。朝起きる時間はともかく、夜寝る時間もある程度揃えなくはならないから、自分のリズムもくそもない。横でテレビを見られていたら、落ち着いて本も読めない。

 何より、二十一歳の僕にとってもっとも切実なのは、性欲の問題だ。同居するのが女性なら性欲を処理してもらえるが、男性では無理だ。折茂が寝ているときにオナニーをするにしても、横に男が寝ていたら気分が乗らないだろう。折茂がその点をまったく考慮に入れていないのは、僕を「汚れなき、純潔な赤子」だと思っているからか?それとも、「俺が処理してあげるぞ」ということだったのか?想像することも悍ましい。

「いや、その、ちょっと今は、考えられないです・・・」

 何も折茂だから拒絶するわけではなく、男と一つ屋根の下で寝るなどは、修学旅行などたまにするから楽しいのであって、毎日毎日一緒に暮らすのは真っ平御免である。それこそ刑務所と同じではないか。刑務所なら家賃はタダだからまだいいが、家賃を払って男と暮らすなど、罰ゲームに等しい。ルームシェアなど、お金がなかったり、地方から出てきて仕方なくやらなければならない人だけがすればいいことであり、実家に住める環境のある僕には考えられない。

「そうか。まあ、あと二か月あるから、考えも変わるかもしれない。俺はお前が、その気になるのを待っているぞ。俺はお前を一人にするのが不安なんだ。お前が俺と離れたあと、一人でやっていけるのか?とな。お前を安心して託せる人がいればいいが、俺の周りにはいないからな」

 この期に及んで、「僕が折茂を慕っている」という前提で話を進めていこうとする折茂。僕は折茂の何が嫌いかといえば、そこが一番嫌いなのである。

 まだ、現時点で己が僕に好かれていない事実を認めた上で、「俺はお前が好きだ。そしてお前に慕われたい。どうすればいい」と、自分から頭を下げて、素直に本当の気持ちを打ち明けてくるのなら、僕の心だって少しは動いたかもしれない。少なくとも話くらいは聞いてやっただろう。なのに折茂は、恥をかくのを恐れ、いまだに恰好をつけて、僕の方が折茂を求めているという形にしようとしている。そんな思い上がった態度で、どうして他人の気持ちを動かせると思うのか。別に折茂を上から目線で見たいわけではないが、そこまで安く、僕の心を売るつもりはないのである。

 このとき丁重に断ったのだが、僕を故郷に連れて帰ることを最終目標に定めてしまった折茂は、横浜に帰り、勤務が再開されたあとも、しつこくこの話題を振り、無駄な足掻きを見せてくるようになる。

 自己愛性人格障害者との奇妙な物語が、いよいよ最終章に入っていく。
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折茂は相変わらずキモいですね。
ありもしない事を周りに言いふらし勝手にホモにされるのはカンベンして欲しいですね。
戸叶みたいにやらなくていい仕事までする奴もかなり迷惑ですね。
それが当たり前になり他の人までやらされる事になりますからね。
富士山の登山は楽しそうですね。行く相手が折茂でなければさらにいいですが…
私も山登りしてみたくなりました。富士山は無理ですが、高尾山ぐらいなら大丈夫ですかね?
折茂の故郷には絶対に行くべきではないですね。
折茂との最後がどの様な結末を迎えるのか楽しみです。

No title

まっちゃんさん

 一応表向き、あの職場の諸悪の根源は戸叶ということになっていたんですよね。まあ戸叶も問題のある人ではあったと思いますが、みんなに嫌われている分、周りに相談しやすいという点で折茂よりはマシでした。折茂の場合好き嫌いが激しすぎるって感じですが、戸叶の場合はみんなに対して嫌なヤツだったんで、ある意味一貫性のある男ではありました。

 折茂のことを内心嫌っていた人間も会社内にある程度いたと思うんですけどねえ。

 富士山登ったこと自体は本当に楽しかったですね。一緒にのぼったのが折茂というのはあれですが、行った価値はあったと思います。

パワハラが止んでセクハラって!どっちも職場にあったら、会社を辞めるに十分なことですよね(>_<)
なのに、セクハラ最中にパワハラも復活ってひどいー(>_<)!
富士山に登ってる時はイイ感じだったのに…バイクの時もそうですけど、折茂の趣味をしてる時は津島さんが楽しそうにしてるのでホッとします。
でも、穏やかな時間はいつも長くは続かない…小説として読んでる分には、そのドキドキ感が面白いんですけどねー。実際に折茂みたいな人物が居るなんて、いまだに信じられない位です💦

いよいよ最終章ですね。
次位から読んでないかもです。
楽しみーーー!でも恐いーーー!
でも楽しみーーー!!!

No title

ひなさん

 趣味に夢中になってるときの折茂は異常さがかなりナリを潜めてましたね。こういう趣味は大事にしてほしいと思います。折茂クラスの変な野郎はいっぱいいたと思うんですが、折茂ほど長い期間ずっと一緒にいたヤツはいませんでしたね💦人としてどれだけ印象に残るかは関わった期間にもよりますね。

 こちらの方も皆さんが沢山コメントしてくれたので、なんか消すのが勿体なくなってきましたね・・・。勝手な話ですがずっと残しておくことにしようと思います。商業目的ではないので応募には差し支えないと思うし。

No title

折茂は本当に強引ですね。
折茂は相手の行動全てを自分の都合の良いように曲解してしまうというある意味特殊な人物ですね。
信者にするためにはどんなことでもするようなタイプですね。
出勤する度に今日の折茂はどう来るのかを考えなければいけないのは相当疲れますね。
折茂がいたら塩村との関係も断念せざるを得ないでしょうね。
富士山登頂は初心者には厳しいイメージでしたが休憩を挟めば何とかなるものなのですね。
山登りの時の折茂は別人ですが下山の時の発言はありえないですね。
これは相手を尊重することを欠いた限りなく悪口に近い発言ですよ。
誰でも不快感は感じるでしょう。
プロポーズ発言は理解不能ですね。
折茂との同棲生活は拷問だと思います。
折茂は本気で故郷で一緒に生活することを考えていたのでしょうね。
他人と住むことの不都合さを折茂が全く考慮していない所が逆に凄いなと感じますね。

No title


seaskyさん

 高度に政治的で報酬も飛びぬけた世界ならまだしも、こんなバイトでいちいちご機嫌伺いながらやらなきゃいけないとか本当に馬鹿げていますね。

 下山時の発言は、よくもまあ、ここまで人を舐めきれるものだと思います。完全にプライドもない赤ん坊同然に見てますからね・・。昔の白人と黒人というたとえが自分でも的確だったと思います。

>折茂は本気で故郷で一緒に生活することを考えていたのでしょうね。

 見得のためにここまで言えるのは凄いと思いますね。彼の天職はやはりヤクザだと思います。



プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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