完成版私小説 愛獣 5


           
 
 その日の勤務は、塩村との相勤であった。

「それでは、事務館点検巡回行ってきます」

 二十三時前後、いつもと同じように、ごく普通に、僕は巡回へと出発した。鍵の点検簿には、すべての確認印が押されている。この時点では、確かにすべての鍵が、キーバッグの中に納められていた。

 が・・。点検巡回から帰ってきたとき、一階商品管理室の鍵が、忽然となくなっていたのである。
 
 血液が氷結する思いだった。鍵の紛失とは、警備員が一番やってはいけないミスである。勤務初日、隊長の戸叶に、弁償代百万円などと脅されたのは大げさにしても、それぐらいに気を付けなくてはいけないのは間違いない。

「おいおい、勘弁してくれよ・・・」

 塩村の顔も青ざめている。事態は深刻である。

「すいません。今すぐ事務館に行って、鍵を探してきます」
 今やれることは、それしかない。

「いいか。絶対に見つけだしてくるんだぞ」

 塩村に送り出され、僕はついさっき回ったばかりの事務館に戻っていく。悲壮な覚悟での捜索が始まったのである。

 巡回のコースを、丹念に見て回った。可能性が高いのは商品管理室の周辺だが、別の場所で落としたということも考えられる。商品管理室の鍵には大き目のタグが付いており、鍵の中では目立つ方ではあるのだが・・・。

 一時間・・・二時間・・・。いくら探しても、鍵は影も形も見当たらなかった。こうなってくると、問題解決能力に乏しい僕の頭はパニックになってしまう。完全に冷静さを欠き、闇雲に同じところばかり何度も探し回って、ますます時間をロスしてしまう悪循環に陥ってしまっていた。

「なんで見つからないんだよ・・。なんで・・」

 絶望的な感情が脳内を埋め尽くしていく。ADHDの僕は、これまでの人生で何度となく、物をなくすミスを繰り返してきた。その都度、周りの人からは叱責を受けたし、自分でも十分に反省したのだが、不注意は一向に治らなかった。そして二十歳を越えた今なお、大事な物を失くして、会社に損害を与えようとしている・・・。

「なんでだよ。なんでいつもこうなるんだよ。」

 人が出来て当然のことが、自分だけにはできない。親や、折茂のような説教好きからは「努力不足」などと言われるが、僕から言わせれば、努力不足でこうなったのではなく、目いっぱい努力した結果がこれなのである。いったいどこの誰が、「努力不足」で愛するペットを餓死させるというのか?全て「やらない」のではなく、「できない」のである。

 小さいときに、親が気づいてくれなかったのが運のつきだった。まだ小さいとき、思想も確立されていないときに、親が僕を然るべき機関に連れて行って、改善に向けた取り組みをしてくれていたら、また違った人生もあったと思う。

 日本人は、「短所を潰す」という育て方が大好きである。集団に所属する人間に対し、個性を重んじるのではなく、画一的で和を乱さない人間であることを望む。

 だから発達障害者に対しても、その個性を尊重するのではなく、「健常者と同じくらいの努力で追いつかないんだったら、健常者以上に努力をしろ」ということを言ってくる人が多い。しかし僕は、それは違うのではないか、と考える。間違っても、発達障害を克服するために、健常者ならやらないようなことまではやったりしない。

 だって理不尽だからだ。みんなが「ゴールに向かって努力をしている」中、どうして僕だけが、「スタートラインに立つための努力」をしなければならないのか?それでは理不尽ではないか。「目いっぱい努力して努力して、ようやく人並み」で、どうやってやる気を出せというのか?そんな小さい夢には、小さいなりのエネルギーしか出ない。

 問題を問題のまま放置されているうちに、僕は一つの哲学を作り上げてしまった。鉄は熱いうちに打てという言葉はまったくその通りで、いったん「努力をしない哲学」を作り上げてしまったら、もう変えるのは容易ではない。

「こんなのは理不尽だ」

 膨れ上がるのは、劣等感と嫉妬心、孤独感ばかりであった。同世代が大学に通い、友人や恋人に囲まれて青春を謳歌しているときに、僕は将来の展望もない施設警備員の仕事などをし、自己愛性人格障害者に執着され、今は仕事で失敗をし、暗い建物を彷徨い歩いている。こういうとき、心の支えになってくれる人は、僕には一人もいないのである。

 あまりの人生の差に、絶望的な気分になる。こんなので、発達障害を克服するための努力をする気になどなるか。発達障害さえ克服できれば人生が薔薇色だったらいくらだって頑張るが、発達障害を克服したところで、友人もおらず、女もできず、一生非正規のガードマンのような仕事をやるしかない、惨めで孤独な、糞みたいな人生しかないんだったら、無駄に労力を使っただけ損ではないか。バカバカしくて、やってられるか。

 運命を呪いたくなる。今よりは悪くならないと信じてみても、実際はまだ下があるのである。どうして僕だけが、こんな目に遭わなければいけないのか。

「見つけなきゃ。絶対に見つけなきゃ」

 とにかく、鍵さえ見つけてしまえば、今現在の苦しみからは解放されるのである。必死だった。必死になりすぎていた。頭に血が上っていては、見つかるものも見つからない。状況を自分で悪くしていた。

 若かった僕は、追い詰められた状況で、思考の幅が極端に狭まってしまっていた。

 ここでまず考えるべきは、あと四か月弱で、伊勢佐木屋は閉店するという事実だった。建物自体も、すぐに取り壊されることが決まっている。

 つまり、仮に鍵を失くした事実が発覚したとしても、客先はそれほどうるさいことは言ってこなかったはずなのだ。あと四か月弱のために、南洋警備保障との契約を解除して別の警備会社を入れるとは考えづらい。仲間たちに迷惑をかけることもなく、何事もなかったかのように勤務が継続した可能性はかなり高かったと思われる。

 それでも、複数の扉に対応するマスターキーだったら大事になっていたかもしれないが、今回失くしたのは、たかが一つの扉だけに対応した鍵である。また、これは後から発覚した事実なのだが、事務館は建物自体古いのもあってセキュリティ面はザルそのもので、なんと、ドアの構造が似ている四階裏階段の鍵を使えば、商品管理室も開いてしまうようになっていたのである。

 ごく冷静に頭を働かせれば、今の状況は、それほど思いつめるものではないとわかるはずだった。しかし、感情の針が両極端に振れやすい僕は、必要以上の自責の念にかられ、自分の首を自分の手で締め上げてしまっていた。

 そして思い浮かぶのは、折茂の怒声であった。折茂は、普通ならごめんで済むようなことでも、会社に大損害を与える重大ミスかのように怒鳴るような男なのに、本当に会社に損害を与えるミスをしたら、一体どうなってしまうのか?失敗をして申し訳ない、という気持ちはやがてなくなり、ただ子供のように、怒られるのが怖い、それしか考えられなくなってしまった。

 五時を回り、空が白み始めると、もう鍵を探すことは諦めていた。次に考え始めたのは、いかに自分に降りかかる火の粉を抑えるか。どうしたらみんなに同情してもらえるか、ということである。
 パニックが極限に達した僕が向かったのは、屋上であった。


  ☆        ☆         ☆


 屋上へと出た僕を、乳白色の空が出迎える。通常、屋上へと出るのは、夜二十三時の事務館点検巡回のときだけだから、これは普通に勤務していたら絶対に見るはずがない、あり得ない光景である。

「なんでこんなことになったんだ。なんで・・・・」

 ブツブツと独り言を呟きながら、僕は夢遊病者のような足取りで、フェンス際へと歩いていった。
 そのフェンスを乗り越え、アスファルトへとダイブしようとしているわけではない。さすがに死ぬつもりはなかった。僕はこれから、同情を買うための演技をしようとしていたのである。

 鍵を失くしたことで、津島は死ぬほど思いつめた。そういうことにすれば、怒られないで済むと思った。

 今から考えれば、本当にバカなことを考えたものだと思う。あまりにも身勝手な考えだとも思う。しかし、極限まで追い詰められた状況で、当時二十一歳の青年だった僕には、この選択肢しか思い浮かばなかった。

 やると決めたら、あとは中途半端せず徹底的にやるのみである。僕は鉄製のフェンス際まで辿り着くと、コンクリートの地面に、身体を横たえた。そして、パニックで精神崩壊状態に陥ったことにリアリティを持たせるため、故意に失禁した。日本語を変えてもう一度書くが、わざと小便を漏らしたのである。

 繰り返して書くが、僕は本当にどうしようもない、大馬鹿である。他にも方法は色々あったのに、なぜこんなバカなことをしたのかと思う。犯罪を起こしたわけでもないし、高額な金を弁償しなければいけないわけでもないのだから、手をつき、膝をついて謝ればそれでよかった。小便など漏らすよりも、そちらの方がよっぽど、男としてのメンツを保てた。二十一歳、男としてのプライドも確立できていない、小僧であったがゆえの悲劇である。

「津島!」

 演技を開始してから一時間ほど経ったころ、声とともに、塩村が屋上の入口に姿を現した。一緒にいるのは、若い管制官の江崎である。すでに会社にまで連絡が行っていたのだ。

「おい、津島。しっかりしろ」

 僕の演技はいっそう堂に入る。仰向けに倒れた状態で、視線をうつろにし、口をパクパクさせ、涎を垂らし、呼吸を早め、意識が平常でない様子を装った。

「津島、鍵は見つかったから。鍵は見つかったよ!」

 たぶん、僕を安心させるための嘘であろう。ここで気を緩めて、演技の手を抜いたりはしない。
 塩村と江崎は、僕の演技に騙されているようである。してやったり・・・とは思わない。とにかくこのときは、無我夢中である。

 やがて、救急隊員が現れた。担架に乗せられ、階段を降り、救急車へと運ばれていく。日勤隊の港はじめ、何人かの人が心配そうに見ているのが、視界の端に映った。

 そして救急車に乗り、病院へと向かう。塩村は勤務が残っているため現場に残り、江崎が一緒に乗ってくれた。救急隊員に血液型などを説明するため、江崎が僕の財布を漁ったとき、風俗の名刺が見えてしまったのが恥ずかしいと感じるくらいには、冷静さを取り戻していた。取りあえず、芝居はうまくいったと安堵していた。

 病院に到着し、一通りの検査を受ける。異常などは見当たるはずはない。演技なのだから。その演技がバレないか、それだけが心配であった。

 検査の結果、当然のことながら、あっさりと退院となった。小便まみれのトランクスはトイレの個室で脱ぎ、ビニール袋に入れて持ち帰った。

「おう、どうだ調子は。大丈夫か?」

 病室を出た僕を、インテリヤクザ風の南洋警備保障部長、この日休みであった隊長の戸叶、夜勤を終えて駆け付けてくれた塩村らが、心配そうに出迎えてくれた。皆にファミレスに連れて行ってもらい、部長のおごりでジャンバラヤを食した。

「部長、五十万のプラズマテレビ買ったんですって?」

「なにそれ、誰から聞いたんだよ」

 皆は敢えて、事件の話題には触れないようにしているようだった。塩村にしろ戸叶にしろ、いたっていつも通りの感じである。落ち込んでいるときには、変に心配されるよりいつも通りに接してくれた方がありがたかったりもするのだが、重要な話題に全く触れられないというのも、こっちは心配である。医師からどういった説明を受けたのか、芝居はばれていないのかということが、気になって仕方がない。食欲などあるはずもなく、注文したジャンバラヤは殆ど喉を通らなかった。

「どうやら大丈夫みたいだな。落ち着いたらまた連絡するから、今日はゆっくり休んでくれ」

 部長のこの一言で、僕の芝居には幕が下りた。どうやら、看破されたわけではないようである。ほっと胸をなでおろし、僕は塩村と一緒に駅へと向かい、電車には一人で乗って帰った。 

 この一件では、多くの人に迷惑をかけてしまった。この日相勤だった塩村には、特に申し訳なく思う。折茂に対しても、この件に関しては、僕は彼を責める資格はない。

 迷惑をかけてしまった人に対し、陳謝したい気持ちはある。だが、失敗を犯したこと、またその後に芝居を演じ救急車まで呼ぶほど騒ぎを大きくしたことに対し、そこまで罪悪感は感じていなかった。

 だって僕の人生は、こんなことの繰り返しになることが確定しているのである。どんなに気を付けていても、不注意を繰り返してしまう。どんなに出来るようになったと思っても、いつかは落とし穴に嵌ってしまう。その度にまともに反省していたのでは、とてもではないが精神が持たない。

 いや、反省はしている。だから僕は、不注意による失敗をしたとしても、仕方ないと開き直ることにしている。注意欠陥障害という理不尽な運命に生まれてしまった僕は、可愛そうなのだから、まともに責任など取る必要はない。もちろん法律の範囲内で責任をとらなくてはならないことは責任はとるし、表向き謝罪の意は示すが、内心では鼻くそをほじって、アホらしい、面倒くさいと考える。

 それが、「ADHDを克服する努力」を放棄した、僕の解答である。ただ、僕だけでなく、ADHDが社会で生きていくには、実際、それぐらい図太くなるしかないと思う。対策は対策で必要だろうが、どれだけ対策しても限界があるのだから、これは自分が悪いのではなく、自分の遺伝子が悪いという考えを貫くしかないということだ。社会は守ってくれないのだから、自分のメンタルは自分で守るしかないのだ。


  ☆          ☆       ☆     


 鍵紛失事件後、僕は二日間の休養に入った。務めて仕事のことは考えず、家でゆっくりと過ごす。この間、会社からは特に連絡はない。あんな大きな失敗をし、救急車まで呼ぶ騒ぎを起こした後であるから、ひょっとしたら辞める辞めないの話にもなってくるのではないかと思っていたのだが、会社側としては、僕を当然のように続投させるつもりのようだった。 

 これは僕が必要だったというよりも、その方がメリットがあったからだろう。何しろ、伊勢佐木屋の現場はあと数か月で終わってしまうのである。あと数か月のために手間をかけて人を探し、高い金を出してインターンを組むよりも、能力にかなり難があっても、既存の隊員を使い続けた方がいいに決まっている。

 事件のことは会社を通じて母親にも伝えられた。説教はされなかった。だが、そんな向いていない仕事は辞めろとも言われない。家で休むよりは、外で苦しみぬくのを美徳と考える人である。

 伊勢佐木屋の同僚からの連絡もなかった。気になるのは、やはり折茂のことである。病院を出た後に食事をした際には、折茂は東京支社の方に研修の講師として出かけていたため駆け付けられなかったが、とても心配していた、という。

 だが、実際彼に会って話したわけではないので、本当かどうかはわからない。些細なミスをしただけで、まるで会社に大損害を与えたかのように怒る男が、本当に会社に損害を与えかねないミスをしたとき、どれほどの怒りを見せるのか?出勤が憂鬱で仕方なかった。

 明け公休の二日間はあっという間に過ぎてしまう。いよいよ、事件後初勤務のときがやってきた。精神安定剤のデパスをいつもの倍の量飲み、家を出る。この日C番だった僕は、二十二時の上番である。シフト通りであれば、折茂と塩村との勤務である。

「おう、元気か?」

「ええ。ご迷惑をおかけしました・・」

「いいって。気にすんなよ」

 塩村の様子はいつも通りである。折茂はそのとき本館の巡回に出かけており、席をはずしていた

「なくなった商品管理室の鍵だけど、どうやら五階裏階段の鍵が使えそうだから、差し替えておいたよ。五階裏階段の鍵は従業員が使うことはほとんどないし、たぶんバレないだろ」

 実際、翌日自分で試してみてわかったが、確かにちょっとコツはいるものの、五階裏階段の鍵は問題なく使用できた。たかがその程度のセキュリティ。自殺未遂を演じるほど思いつめる必要など、どこにもなかったのである。

「折茂も随分心配してたぞ。元気な顔を見せて、安心させてやれ」

 そう言われても、実際に心配してもらっているところを見たわけではないので、僕のほうが安心できない。本当の答えは、もうすぐ出る。生きた心地がしない。

 保安室の木戸が、ゆっくりと開く。折茂が現れた。彼は何も言わず、僕を抱きしめた。

 純粋だった僕は、ここで涙を流した。おいおいと、声をあげて泣いた。怒られなかった安堵の気持ちもあるが、本当に嬉しかったのである。

「この二日間、俺はお前をどう迎えればいいのか、頭が壊れるくらい悩んだよ。怒ったらいいのか、笑顔で迎えたらいいのか・・・。結局、答えが出ないままこの日になってしまったが、実際会うと、考えるより先に、体が動いたよ。そしてわかった。俺もお前が好きなんだ」

 折茂も涙ぐんだような目で語る。嘘を言っているとは思えなかった。俺も・・・などと、僕が折茂を好きという前提にされてしまっていることも、このときは気にならない。僕は折茂に、本当に感謝していた。

「今回の事件で一番悪いのは、お前ではなく俺だ。俺があんなにもお前を追い詰めなかったら、お前があんなパニックになることはなかったんだ。博行、すまん」

 折茂もけして根っからの悪人ではない。僕に辛くあたりすぎていた自覚はちゃんとあり、それを正当化する論理を唱えながらも、内心では申し訳ないとも思っていたのである。わかっていながら、自分を抑えられなかったのだ。

「博行。これからはもう、何があってもお前を離さないからな。俺とお前とは、両想いだからな」

「はい。ありがとうございます。僕も折茂さんについていきます」

 体育会系の暴力教師の常套手段・・。怒鳴られ、プレッシャーをかけられて、限界一歩手前まで来たところで、ちょっと優しくする。普段鬼のような人がふとしたときに仏の顔になると、普段仏の人よりも神々しく見えてしまうことがある。このときほど、それが見事にハマった状況はなかった。秋葉原事件以来、嫌悪方面に向いていた折茂への感情は、また好感方面へと振れていた。半分自業自得とはいえ、僕は完全に「洗脳」にかかってしまったのである。

 この日から二日間、折茂と一緒の勤務が続いた。彼は自分がどれほど僕のことを大事に思っているかを繰り返し伝え、今までにない優しさを見せてくれた。事件当夜、塩村が折茂に助けを求めて電話をした際、「おい塩村、落ち着いて行動しろ」などと言ったことを伝え、非常時には年上だろうが呼び捨てにする自分のかっこよさをアピールした。なぜそれをかっこいいと思ってしまうのか、洗脳下にあった僕にすら意味不明であったが、大した問題にはならない。

 塩村や鳥居も、鍵を失くした僕を咎めたりすることはなかった。ヤバいを通り越した、本当にシャレにならない事件があったとき、人はむしろ優しくなるものかもしれない。

 そして二日目の勤務が明け、話の流れとその場の勢いで、僕は折茂の自宅に伺うことになった。僕が自分に憧れていると信じてやまない折茂は、僕と一つ屋根の下で一日を過ごすことこそ、立ち直りにもっとも効果がある方法だと思ったのである。


   ☆          ☆        ☆  

 折茂の家は駅からも近く、レンタルビデオ店やスーパーなども近くにあり、中々に住みやすそうな所にあった。平凡な1Kのアパートで、室内は程ほどに整頓されている。特に変哲のない、普通の男の部屋であった。

「今、飲み物を出すから、遠慮なく寛いでくれ」

「は、はい・・」

「どうした?何か気になるか?」

 緊張して室内に視線を巡らせる僕に、折茂が問う。自己顕示欲の塊である彼としては、たぶん何かを気にしてほしいところなのだろう。確かに、せっかく客人として招かれたのなら、部屋の様子に対し、何かひとつくらいはコメントすべきかもしれない。

「折茂さん、ガンダムが好きなんですか」

「ああ。ガンダムは俺のもっとも思い入れの強いアニメでな。ほぼ全シリーズを見ているよ」

 折茂の部屋には、アニメ「ガンダム」のプラモデルやフィギュアが沢山置いてあった。己が「出来る男」「大人の男」「スタイリッシュな男」であると見せることに全力を尽くす折茂に、こんな少年っぽい趣味があったことが、何か微笑ましかった。

「博行は、エヴァンゲリオンが好きなんだっけ?」

「え?いや、めちゃくちゃ好きってほどではないですが・・まあ、実はアニメはそれくらいしか見たことないんで・・・」

「そうか。エヴァンゲリオンが肌に合ってるなら、ガンダムよりもラーゼフォンの方がいいのかな。DVD借りて、一緒に見てみるか。さっそく、駅前のビデオ店に行こう。即断即決だ」

 「即断即決」とは、折茂が金科玉条としている言葉である。今回の場合は「即断即決」というより、「思い立ったら即行動」とでも言うべきだろうが、ともあれ、この後、僕は折茂と二人、「ラーゼフォン」なるDVDを鑑賞することとなる。

 あまり細かいストーリーまでは覚えていないのだが、印象的だったのは、この作品について折茂が、「主人公の境遇が、外の世界を知らないお前と被る」と語っていたことだ。何が言いたいかというと、折茂から見て僕は、よほどの世間知らず、温室育ちと見えているということである。

「今まで殻の中にいたお前を、俺が外の世界に解き放ってやる。もう、お前を縛り付けるものは何もないからな」

 それは確かに、二十そこそこで一人暮らしを始め、ヤクザまがいの会社に勤め、三百万もの借金を背負い、今はダメ人間の巣窟、人間牧場である警備会社に所属する折茂から見たら、僕は世間知らずもいいところのお坊ちゃんなのかもしれないが、たかだか四歳上にしか過ぎない人から、なんでここまで見下されければならないのだろうかとも思う。そして引っかかるのは、親が僕を「縛り付けている」という言葉である。

「今までお前は、両親によって家の中に縛り付けられ、外の世界を見ることができなかった。だが、これからは違う。お前にとって、両親よりも重い存在となった俺が、お前を外の世界に連れ出してやる」

 ついさっきまで、自分が追い詰めすぎたからこそ僕がパニックになったと考え、申し訳なさそうな態度をとっていた男が、もう自信を取り戻すどころか、以前にまして自信過剰になってしまっている。僕の両親より重いという言葉で自己の存在を大きく見せているようだが、どうしてこう、何に関しても「仮想敵」を作り、他人と張り合わないと気が済まないのだろうか。

 僕は親をそこまで尊敬しているわけではないが、自分の親を、わけのわからないアニメの設定と勝手に重ね合わせられ、縛り付けたとかなんとか、事実無根のことを言われれば、良い気はしない。この一言で、僕のテンションはまた冷めてしまった。せっかく僕を洗脳するチャンスを、折茂は自分で台無しにしてしまったのだ。

「うーん・・・いや、両親より重いというのは・・・」

「博行。お前が屋上から飛ぼうとしたとき、誰の顔が浮かんだ?誰のおかげで、お前は思いとどまることができた?」

 自分のことしか考えられない折茂には、あまりにも魂胆が見え見えだと、そんな魂胆も見抜けないと思っているのか、と、なんだかバカにされている気分になり、それに応えたくなくなってしまう人間の心理は理解できないらしい。変にまどろっこしいやり口で心を掴もうとするから、余計に僕の気
持ちは遠のいてしまうのである。

「いや・・・まあ・・・それこそ、家族の顔ですかね・・・」

「そうか。わかった」

 自分でもおかしなことを言っている自覚があったのか、折茂はこのときはあっさり引き下がった。
 この一件で少し白けはしたが、折茂に不信を抱いたというほどでもない。帰りたいなどとは思わず、むしろ、折茂の家にまだまだ居たかった。あんな事件があった後で、僕の心は疲弊しており、誰かに寄っかかっていたい気持ちは強かったのだ。

 二人きりでいることに、何の疑問も警戒心もなく折茂の家で過ごすうち、段々と夜の帳が降りてくる。DVD観賞が終わり、夜のクイズ番組の時間となった。


――関ヶ原の合戦で、西軍の総大将を務めた人物はだれか?

 歴史の問題である。これに対し、僕が答えたのは、毛利輝元。折茂が答えたのは、石田三成である。

「お前、何を言ってるんだ。関ヶ原の合戦といえば、石田三成と徳川家康の戦いだろう。そんな誰かもわからん・・・・」

 力説する折茂であったが、読み上げられた答えは、毛利輝元であった。

「関ヶ原では、石田三成は西軍のコーディネーターとして全体を調整していただけで、名目上の大将は五大老の毛利輝元だったんですよ」

「・・・・」

 折茂は口惜しそうな顔を浮かべる。人には得手不得手というものがあり、ましてや僕の歴史好きに関しては前から説明していたはずなのに、歴史のクイズで負けたことで悔しがってしまう。折茂は、僕に対しては、すべてにおいて勝っていなければ気が済まないのだ。なぜならば、僕は、外の世界を知らない赤子、だからである。

「・・・確かにお前は、うんちくはあるのかもしれない。だが、現実の仕事では、そんなものは役に立たないからな」

 折茂が悔し紛れに絞り出した負け惜しみであったが、別に仕事で折茂に勝ちたいなどと思っていない僕には、何の痛痒もなかった。

 その後、折茂と夕食をとりながら、僕たちはお互いの過去について語り合った。

「俺は中学時代からイケイケでな。親父に反発して非行に明け暮れて、いろんな人に迷惑をかけたな。毎晩暴れまくって、警察に補導されてさ。よく格技場に連れていかれて、空手の稽古をつけてもらったよ。高校では、その刑事さんに勧められるまま空手部に入って、練習に明け暮れた。それで段々、荒れた心が静まっていったんだ。あのときの刑事さんが、俺を変えてくれた大恩人だ」

 折茂の憧れの人物が、また登場した。相変わらず自分に陶酔したような口ぶりで語るのだが、曲りなりにも武道をかじったことがある人が、どうして部下の頭をクリップボードで殴ったりしてしまうのだろうか。そんなことをして、大恩ある師匠が泣くとは思わないのだろうか。

「博行は、ガキの頃から大人しかったんだろう?」

 そうでもない。僕にも中学のころ、折茂と同様に非行に手を染めており、不良グループに属していた時期があった。

 しかし、足を洗うのも早かった。経済的に貧しくはなく、常識ある両親に育てられ、無償の絆で結ばれた犬までいる家庭環境にあった僕は、住んでいる世界が違う不良たちにはついていけなかった。彼らは明確に違う世界の人間だった。

 例外もないことはないだろうが、不良やヤクザになるような人は、家庭環境に問題があるケースがほとんどだろう。家族の愛情に恵まれなかった人は、「疑似家族」を求めるのである。

 あの世界は、ただ単に親や学校への反発心や、アウトローへの憧れだけで続く世界ではないと、一時期身を染めたことがある僕は断言できる。ならば、折茂の場合はどうであろうか。

「うちは貧乏ではなかったが、親父がどうしようもないヤツでな。俺やお袋に暴力をふるったりして、いつか殺してやるって毎日思ってたよ」

 こういう事情があったのである。彼の生い立ちにも、同情すべき点はあったのだ。

「あと・・・これは俺の絶対に消えないトラウマだが・・」

 さっきの話の続きで、折茂は二十歳ごろ初めて知ったという、自らの出生の闇について語った。本当のことかもわからないし、僕も他人に晒していいことと悪いことは弁えている。いくら快く思わない人物だといっても、一線は越えてはならない。その一線を越えてしまったら、僕も殺されても文句は言えない。だから詳細は書かないこととする。

 とにかく折茂にとってそれは、自殺も考えるほどショックな出来事だった。彼の人格にもっとも陰を落としているのがおそらくこの出来事で、このとき生まれた強い自己否定を埋めるために、彼は逆に極端なナルシスト、自己愛性人格障害者になってしまったのではないか。あくまで憶測にすぎないが、彼も根っからおかしい人ではなく、悲しい運命を背負った人だったのだ。

「・・・さて、風呂の準備をするか」

 ひとしきり語り終えた折茂が、バスルームへと向かって歩き出した。

「どうする?一緒に入るか?」

「え?」

 いたって真顔で、折茂は僕と同じ湯船に浸かろうという。銭湯のような大浴場ではない、アパートの狭い浴室である。そんなところに男二人で入ろうという、その発想がまったく理解できなかった。

「い、いや・・・それは・・・」

「なんだ、恥ずかしいか?」

 恥ずかしいのではない。意味がわからないのである。

「博行・・・もっと自分に、素直になってもいいんだぞ」

 なぜ、僕が本心を隠していると思ってしまう?僕が他に何を思っているというのか?

 まったくわけがわからない。恐怖が頭を埋め尽くす。男としてノーマルに生まれた僕が、絶対に守り通さねばならぬものが犯されようとしている恐怖である。

 折茂が塩村の冗談を真に受けていることは、もはや確定的となった。いったい何故だろうと思う。折茂は確かに頑固で一本気な男だが、他の人との会話をよく聞いてみると、まったく冗談が通じないという感じではない。塩村や鳥居らとは、適切な距離を保ってコミュニケーションが取れているのである。それがどういうわけか、僕のことになると、理性を失ってしまうのだ。

 折茂は僕に、特別な執着を抱いていた。僕を自分の信者にしようと・・・自分を崇め奉り、褒め称えてくれる存在にしようとしていた。他人にとってはバカバカしい話だが、己の強烈な自己愛が満たされず、常に枯渇感に苛まれている折茂にとって、それは飯を食べることや寝ることと同じこと、「生きるため」必要不可欠な活動なのである。

 洗脳は、心身ともに弱り果てた人ほどかかりやすい。僕を「信者」とする千載一遇のチャンスに、折茂はすべてをかけていた。

「い、いや・・・やめておきますよ。男同士で風呂に入るって・・・変ですよ」

「そうか?俺は昔よく、友達と風呂に一緒に入ったりしていたが」

 世の中に人の集団は無数にあり、それぞれ常識も違う。折茂が僕を風呂に誘ったのはゲイ的な意味ではなく、僕の経験してきた友人関係と、折茂の経験してきた友人関係が違うだけか?とも考えたが、たとえそうだとしても、僕は男同士で狭い風呂になど入りたくはない。また、ワナという可能性も考えられる。

「まあいい。じゃあ、博行、先に一人で入れ」

 どうにか折茂をやり過ごし、風呂には一人で入ることができたのだが、不安の種が尽きたわけではない。まだ、夜は長いのである。

 ただちに帰ろうと考えていたわけではなかった。なにしろこのときの僕は、まだ心が弱っている。貞操を奪われる恐怖は確かにあったが、折茂に寄りかかりたい気持ちも同じくらいあった。折茂もいくらなんでもいきなり襲い掛かってきたりはしないだろうし、この段階で帰るのはあまりに失礼に思えた。

 やがて眠気に襲われ、思考能力が低下していく。僕はそろそろ寝ようかという折茂の言葉に、首を縦に振った。

 布団に入り、目を閉じたそのときだった。ふいに、折茂が自らの頬を、僕の頬に押し付けてきた。

「・・・な・・・?」

「博行、愛しているからな」

 まったく突然の出来事で、反応できない。引き剥がそうと試みるが、折茂に空手の心得があるという情報が、ここで引っかかる。力で抵抗すれば、より大きな力で抑えつけられるのではないかという恐怖を感じたのである。

「ちょ、やめて・・・」

「博行、自分に素直になれ」

 どうしても、僕がそっちの道に目覚めたと認めさせたい折茂。百歩譲って、自分がゲイに目覚めて僕を好きになったというだけならまだいいが、僕の方をゲイということに仕立てあげようとする、それが嫌で仕方なかった。

 プライドの高い折茂は、自分の方が先にゲイに目覚めたとは、間違ってもいえない。ゲイの僕が先に折茂を好きになり、それに合わせて、仕方なく自分もゲイになったという形にしようとする。

 しかし彼はなぜ、頑ななまでにゲイにこだわるのだろうか。そもそも彼の性癖はノーマルなのに、なぜ無理をしてまで、僕との関係をゲイに持っていこうとするのか。

 折茂は、僕が折茂の前に出ると、目を泳がせたり、どもったりしてしまう僕のリアクションを、折茂への苦手意識から出たものではなく、好きな人の前に出て緊張してしまっているということにしようとしている。信じられない話だが、折茂にとっては、僕がゲイということにした方が、僕が折茂を怖いと思っているよりはいいらしいのだ。

 僕の勝手な推理にすぎない。しかし、それ以外には、折茂がこのような行動に走った理由はわからない。

「いや、ほんと、やめてくださいよ・・」

「・・・暑いか?くっつかれて、暑いんだな?」

 生理的に受け付けないのだとは、どうしても認めたくないのである。

「は、はい・・」

 取りあえず、そういうことにしておいた。もう疲れていて、眠りたかった。

 翌朝ははやくに目が覚めた。折茂はまだ寝ている。やることに困り、僕はひとり、近所を散歩しに出かけた。

 心地よい朝の陽射しを浴びながら、しかし僕は憤りを覚えていた。

 ゲイなんて、冗談じゃない。僕は女性が好きなのだ。

 仮に僕が、男を愛することがあるとしよう。しかし、その相手は折茂ではないことは断言できる。彼は洞察力に優れていると自分で言っている割に、なぜか僕のことを受け身側の人間と思い込んでいるようだが、今小説などを書いているように、僕は自分が発信したい側の人間なのである。折茂の信者になり、「折茂ワールド」に染められることなど我慢できない。僕の主義、主張を一切無視して、僕に自分の考えを押し付けてくるような人は、女であっても恋愛対象にはなりえない。

 また、僕はけして自分の容姿をいいとは思っておらず、実際女にはモテないが、そのことが、不快感に拍車をかけていた。仮に僕が、道を歩けばすれ違う女すべてに振り向かれるような美男子ならば、折茂のような男に迫られたとしても、「そういうこともあるか」と思えるだろう。ぜいたく税みたいなものである。

 しかし、なぜ僕のような冴えない男が、男に迫られなければならないのか?なんで女にはまったく相手にされないのに、ゲイに迫られなくてはいけないのか?神は、僕に女は無理だから、男に走れといっているのか?

 あらゆる憤りが、マグマのように煮え立っている。僕が神に作られたのなら、神を八つ裂きにしたかった。 

 ここで帰ろうかどうか真剣に悩んだが、この日の昼になれば滞在の予定も終わるということが、決断を思いとどまらせた。あと少しなのだから、時間まで我慢した方が、角が立たずに別れられると、冷静に考え直したのである。

 折茂が起きてくると、僕たちは二人で公園へと出かけた。折茂は僕がもと、バスケットボール部に所属していたという話を聞いて、公園のゴールで1on1をして遊ぼうと提案してきたのである。

「痛っ」

 折茂のディフェンスはやたらハードで、バチバチと僕の手を叩いてくる。バスケットは、背中でゴリゴリ押し合うようなフィジカルコンタクトには寛容だが、叩く、ぶつかるなどといった類のコンタクトには、厳しくファウルをとるスポーツである。素人の折茂でもそれぐらいは知っているはずで、知らないにしても、もう少し遠慮しろよとは思う。

 しかし、敢えて指摘することはしなかった。折茂が怖いからではなく、このときは純粋に、人と一緒に身体を動かすのが楽しかったからだ。スポーツには、人の心を通わせる、不思議な力がある。

「飯を食ったら、今度はツーリングに出かけようか」

 折茂にはバイクの趣味があった。健全でいい趣味だと思う。趣味だけでなく、元二号警備員の折茂には、交通費を浮かせるという実用的な面もあった。

「おい、ちゃんと俺の腹に掴まれ。落っこちちゃうぞ」

「す、すいません・・・」

 バイクの二人乗りを自転車の二人乗りと同じように考え、後ろの荷物置きに掴まっていた僕に、折茂が注意を促した。昨夜の一件もあり、折茂の体に触れることには抵抗を覚えたが、これは変な意味はなく、純粋に、安全面に配慮してのことであると理解できた。

「どうだ、楽しいか?」

「ええ、楽しいですね」

 モータ音とともに、風を切って走っていく感覚には、僕も確かに快感を覚えた。バイクに乗っているときの折茂は本当に楽しそうである。まるで少年のようだった。変に恰好を意識したり、僕にバイクの免許を取るのを薦めてくるようなこともない。自己顕示欲の塊で、常に他人と自分を比べなくてはいられない折茂がただ一つだけ、誰に見せるためでも誰に勝つためでもない、ただ好きだからやっている、という趣味を持てたのはいいことだと思う。それはきっと彼の救いとなるだろう。

「さて、もう昼だが、どうする?」

「そうですね。予定通り、帰ります」

「ずっとうちにいたっていいんだぞ」

「いえ・・さすがに、それは・・」

「博行、もっと自分の欲求に素直になれよ」

 まるで僕が折茂の家に住み着きたいと思っているような言い方だが、本当は、折茂自身が僕と同棲したがっているのである。

 しつこさは後ろめたさの裏返し。僕に素直になれと何度もいうのは、自分自身が素直になれないからである。

 折茂が自分の気持ちを素直に言えば、まだ僕の心も動くかもしれないのに、なぜか、僕の方が折茂に気があり、折茂がそれに答えてやっている、みたいな形にしようとするから、こっちは余計にその気がなくなってしまう。相手が自分のことをどう思っているかなどこの際どうでもいいから、自分の正直な心を真正面からぶつけてくればいいではないか。それができないのは、彼は僕のことが好きなのではなく、自分自身が愛されたいだけだからだ。

「まあいい。帰るというのなら、送っていくよ」

 折茂のバイクに乗り、僕は自宅へと帰った。一人は落ち着くものである。このひとときを捨てて、他人と生活をするなど、やはり考えられない。女ならばいいが、男は無理だ。男同士で寝泊まりをするなどは、修学旅行など短期間だから楽しいのであって、好きにオナニーもできない環境で毎日を過ごしていたら、ストレスで爆発してしまう。

 余談であるが、僕が勤めたことがある別の警備会社では、寮の三人部屋で、家賃がひとり四万というふざけた搾取を行っていた。いまどきタコ部屋労働でも、こんな条件はないだろう。福利厚生の一環というより、それで儲けてやろうと思っているのである。

 こういうことについては会社が一番悪いのは間違いないが、労働者の方も、不満があるなら、待遇の改善をみんなで訴えていかねばならないと思う。なんでもかんでも言いなりになってはいけない。少しでもいい暮らしがしたいのなら、奴隷根性は捨て去らなければならない。

 折茂の家で起きたことは、これで大体話せた。彼の家の門をくぐったときには、折茂を深く信頼し、深い洗脳下にあったものが、帰ってきたときには大分抜け出していた。すべて折茂が、自分自身の行動によって招いた結果である。

 しかし、折茂から逃げ出したいと思うレベルには至っておらず、このときの僕は、これから先の伊勢佐木屋施設警備の仕事が楽しいものになるであろうと期待を抱いていた。折茂とはずっと一緒にいるわけではないのだし、我慢しよう。あと数か月は安心していられるくらい関係を改善できてよかったと、呑気に考えていた。

 僕のそんな気楽な思いをよそに、折茂の方は、ますます僕への執着を強めていた。あと数か月、波風立てずうまくやっていこうという僕の考えをよそに、僕と一生一緒にいる気でいた折茂によって、僕の安息はめちゃめちゃに壊されていくのである。


 

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致命的なミスとは鍵をなくした事だったのですね。
それにしてもわざと小便を漏らし死ぬほど思いつめたふうに見せかけるのは流石にやり過ぎのような気がします。
警備員はバイトですよね?バイトにこれほどの重大な責任を押し付ける方が悪いと開き直るべきですね。
まぁ〜折茂みたいな上司と一緒に仕事してたらパニックになるのも分かるような気がしますが…
まぁ〜底辺労働なんかミスして怒られ気に食わなければさっさと辞めれば済む事ですね。さっさと辞められるようにある程度の貯金はしとくべきですね。
金が無いと辞めたくても辞められませんから…
それにしても折茂の自宅に泊まるのはまずいでしょう。まして狭い風呂に男二人で入ろうかなんて完全なゲイの世界ですね。
危ない所で踏み止まり良かったですね。
折茂の思い込みは親より重い存在になったなどと勝手に決めつけられムカついて来ますね。
もし折茂が頭の良い人でもっと巧妙に洗脳されたら折茂とホモ関係になっていたのでしょうか?
折茂がバカで不幸中の幸いでしたね。

No title

まっちゃんさん

 まあ、当時、自分というものがなく、人として最低限のプライドもない人間だったゆえの悲劇だと思いますね。このままブラック企業とかに就職していたら、自殺とかしてたのかもしれません。折茂みたいなヤツに付け込まれたのも仕方なかった部分はあったように思います。

 ホモはどうなんですかねえ。書いたようにホモ云々は折茂が私を信者にするための作戦の一環であって、ガチホモってわけじゃないので・・・。ただ、もっと魅力的な男だったら・・・?まあこればっかりは、なってみないとわからないですね。
 

「僕も折茂さんについていきます」
この言葉だけでは満足しなかった…と言うか、ますますヒートアップした感じですね💦
津島さんを何がなんでも自分のモノにしたいと言う折茂の思いが、文章から生々しく伝わってきて、ジワジワと恐ろしくなってきます(((・・;)
ターゲットにされてしまった津島さんが可哀想です。
津島さんの何かが折茂にとって魅力的で、自分がホモになって手に入れたくなるほどだったんでしょうね。
折茂の明かされない暗い過去…そこにこんな性格になってしまった理由が隠されているんですね。そう思うと折茂も被害者なんでしょうかね・・・

No title

ひなさん

折茂が私に執着したのは、私が魅力的っていうより、ただ単に憧れの人云々でプライドを傷つけられたからでしょう。これがストーカーの心理ですね。「偽善の国のアリス」では、こんど私の方がそれを味わうことになります。

折茂の生い立ちは可愛そうではありましたね。自己愛がどこまでいっても満たされないのもわかる気はします。私に協力できることは何もありませんが…。

No title

この回はかなり衝撃的ですね。
屋上に向かったとあって一瞬ヒヤリとしましたよ。
演技であって本当に良かったです。
鍵紛失で謝るよりも大騒ぎを起こしたほうが良いと思いますね。
皆から叱責されるかもしれなかった事を心配されるという方向に持っていくことは凄いことです。
こういう状況の後で折茂から抱きしめられたら普通だと引くかもしれませんが心が弱っている時なら神に見えるかもしれません。
折茂は相手の精神状態を操る部分に長けているようで実は詰めが甘いところがありますね。
折茂が発した世間知らずやいいところのお坊ちゃんという発言は良くないですね。
人それぞれ家庭環境や経済状態も違い本人の性格もありますからこういう発言は相手にするべきではないですね。
折茂は相手よりも優位に立ちたくて仕方がないのですね。
優しい部分があるので余計に完全に離れられない状態になるのかもしれないですね。

No title

seaskyさん

>>皆から叱責されるかもしれなかった事を心配されるという方向に持っていくことは凄いことです。

 狙ってやったわけではないですが、確かにこれは使えるテクニックかもしれませんね💦今はそこそこ男としてのプライドもあるのでやりませんが。
 
>>実は詰めが甘いところがありますね。

 結局、折茂が私を手に入れたいと思うのは、私が好きなのではなく、全部自分が愛されたいだけだから、いざというときボロが出るんだと思いますね。


>>折茂は相手よりも優位に立ちたくて仕方がないのですね。

 歴史クイズの件は完全に笑い話ですねw
 知らないのが恥ではなく、知らないのに知っているフリをするのが恥といういい見本です。こういうとき恥をかきたくなかったら、人に偉そうにしないことですね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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