犯罪者名鑑 宅間守 3


たくままもるs


 「親を恨む」ということ


 大阪池田中に入れなかった理由を、「親が勉強に適した頭に産んでくれなかったせいだ」と恨んでいた宅間守。 一見、とんでもない考え方のようにも思えます。まるで人生がうまくいかないことすべてを、親のせいにしているようにも思えます。

 宅間の言い分をとんでもない考え方だと、嫌悪感を示す人もいるでしょう。感情論としては、それは正しいと思います。しかし、そういう考え方をする人を、きちんと筋道を通して説得することができる人は、意外に少ないのではないでしょうか?

 ネグレクトや虐待は、ここでは論外とします。そういう誰にも同情してもらえるような理由ではなく、経済的に不自由なく、躾もちゃんとされ、世間的には何も問題なく育てられた子供が親を恨む理屈について、今回説明したいと思います。 

 例えば、いま、親に感謝し、親を尊敬しているという人でも、一日十時間以上勉強しても志望校に入れなかった、一日も休まず練習しても部活でレギュラーになれなかった、自分よりルックスのいい奴に好きな異性をとられた、など、「努力」ではどうにもできない壁にぶつかった経験が、一度くらいはあるでしょう。

 ただ挫折しただけだったら、親を恨むところまではいかないでしょうが、そのときにもし、自分と同じDNAを持った親から「お前の頑張りが足りないだけだ。私はできた」という風に言われたとしたら、どう感じるでしょうか?「おいおい、ちょっと待てよ」と言いたくはならないでしょうか?たった一回の挫折ならまだしも、人生なにをやってもうまくいかない、どんなに努力しても報われない、挫折まみれの人生だったとしたら?

 それでも、「産んでくれた親を恨むとは何事!」と怒る人もいるでしょう。しかし、「産んでくれて感謝」というのは、「産まれてきてよかった」という実感があってこそ成り立つ感情です。人生の中で明らかに喜びより苦痛の方が大きかった人が、「産まれない方がよかった」と思った瞬間瓦解する、極めて脆いものです。極端な話、この世に生まれなければすべての苦痛はなかったわけですから、自分を生んだ親がすべて悪い、という考え方が出てきてしまうのも、理屈としてはありえない話ではないです。 

 宅間の主張には、「拡大解釈」はあるものの、まったく突拍子もないものだとはいえないと思います。宅間の考えに深い嫌悪感を覚える人はいると思いますが、それは宅間の考えがある意味で「正論」であり、かなり「痛いところを突いている」ことの裏返しではないでしょうか?

 もともと昔の人は、自分の子供というものを、現代人のようには大事に考えていませんでした。儒教国である中国では、親殺しが天下の大罪であるのに対し、子供を殺すことはそれほど大きな罪には問われず、漢の高祖劉邦が、追っ手から逃げる際、馬車を軽くするために子供を投げ落としたなどという話が「美談」として語られています。日本でも、昔の貧しい農村では「間引き」などということが行われていました。

 基本的に「子供は死んでも、また作ればいい」もので、親が子供を守るために犠牲になる、子供のために人生を尽くすという考え方はあまりなかったのです。それぐらい子供を雑に扱っておきながら、昔から一生懸命、親には感謝しなければならない、親は尊いものだ、などと言われてきたのは、逆にそれぐらい一生懸命言わなきゃいけないほど後ろめたいことを親がしてきたからであり、親に感謝しなければならないという理屈が、実は極めて根拠が弱いことを、昔の親がよく知っていたからだ、とみることはできないでしょうか?

 正義だとか道徳なんてものは、その時代の社会情勢によって大きく変わるものです。人類の歴史を、親と子の闘争史として見てみれば、何千年もの間、「親」に絶対服従を強いられてきた「子」が、ここ百年くらいの間でようやく覇権を奪ってきたとみることもできます。 

 自分が勝手に産んだ子供が苦しんで死んでも知らん顔、親には何の責任もない、というのは、大きな矛盾です。あまり真面目に考えすぎていたら、今よりずっと食料が少ない時代で子供を作るなんてことはできなかったことも事実でしょう。ですが、逆にいえば、最低限食わしてさえやっていれば子供に感謝されるという、安上がりな面もありました。しかし飽食の時代が訪れ、親が子供に与えなくてはいけないハードルがグッと上がるに至り、人類は最大の矛盾と向き合うべきときが来たのかもしれません。

 とはいえ、悲観ばかりしなくてもいいと思います。深く考えすぎることでもないと思います。「言うは易し行うは難し」を承知で言わせてもらえば、「親は尊ばなければいけない」という極めて根拠の弱い感情論を過信するのではなく、また他所の家庭と比べるのでもなく、どれだけしっかり自分の子供と向き合えているか、自分の子供の特質を理解しようとしているかだと思います。

 毎日栄養のある食事を食べさせる、着ていく服や最低限の遊び道具に不自由させないのは大前提として、古い価値観を当てにせず、それぞれの家庭が、それぞれの家庭に合った親子関係、道徳を模索していけばいいのではないか、と思います。


たくまもろ


 
 性犯罪

 
 中学校に上がると、宅間の性犯罪者の素質が本格的に開花していきます。

 もともと小学校の頃から、守少年の性的異常者ぶりは際立っていました。


 ・小学校一年のころ、女の子のほっぺたに唾をべちゃっとつけた。

 ・小学校二年のころ、友達に「あっち向け」言って、次に「手を差し出せ」言って、小便をジャーッとかけた。

 ・小学三年のころ、「模型クラブ」を主幹し、模型は作らず、女ばかり集めて、「胸に手を突っ込んだ」「ズボンに手を突っ込み、ケツをグジュグジュと触っていた」

 ・小学校六年のころ、音楽の授業中に、ポケットに穴が開いているのに気づき、そこからちんこをギューッと引っ張って女に見せたら「キャーッ」とか言われ、担任にチクられ、「君は異常か?」とか言われた。


 それでもまだ、守少年のおちんちんが、幼稚園児のころ、バスの運転手さんに披露してみせた、可愛いポークピッツの頃からさほど成長していないときまでは良かったのですが、第二次性徴が訪れ、生殖能力のない可愛いおちんちんが、「ワシが宅間守や!」と言わんばかりの、黒光りした立派な男根に成長すると、もうシャレではすまなくなってきます。


 ・好意を持った女子のミニハンバーグに精液を振りかけ、食べるのを見ていた

 ・ちょっとズべ公な女の胸を、人前で「キュキュキュキュ」と触った

 ・夜な夜な徘徊して、暗がりで後ろから女に近づき、「ガバッ」と抱き着いた



 この頃になると周りの女子がいい加減警戒し始め、守少年は「変態」などと言われるようになってしまいました。大人になると、女子中学生から変態呼ばわりされるのを「ご褒美」などとのたまう輩も出てきますが、ローティーンの少年にとってはキツイ一言のはずです。ところが守少年は、女子から変態の烙印を押され、可愛いあの子と健全な男女交際ができなくなることに、何の痛痒も感じていなかったようです。

 まだ汚れを知らない十代のころから、女を徹底的に、肉欲を満たすための道具としか見ないというスタンス。いったい、守少年の心は、なぜこれほど荒んでしまったのでしょうか?共感性の薄さという言葉一つで片付けていいのでしょうか?

たかうあままもる



 暴れ馬


 守少年は十代のころから、非常に神経質なところが目立つようになっていました。


 ・体育でソフトボールの試合中、急にある漢字のことが頭に浮かび、どう書くのかが気になって、守備そっちのけで、空中にその漢字を書いてみなければ気が済まず、エラーをしてしまった。

 ・町を歩いているとき、すれ違った男女が、どっちが前を歩いていたかどうかが気になって、友達に聞かずにはおれなかった。

 ・学校でテスト中、朝方にやり合った母親との喧嘩のことを思い出し、帰ってから言い返す内容を問題用紙にメモしているうちに、時間が終わってしまった。



 拘りが強く、感情の切り替えが苦手なのもADHDなど発達障害の特徴ですが、なるほど確かに、これじゃ勉強どころじゃなかっただろうな、という気はします。友達や女の子を思いやる心の余裕を持つことが難しかったのもわかる気がします。

 十代というのは身体の中のホルモンのバランスが乱れ、精神的に不安定になりやすい時期です。自分で自分のメンタルをコントロールする方法もわからず、語彙も少ないため、自分が今何を考えているのか、うまく言葉にすることもできません。もちろん個人差はありますが、この時期にまったく「荒れなかった、悩まなかった」という人はいないでしょう。しかし、守少年のそれは、普通の人と比べてもかなり異常であったように思います。

 これほどの暴れ馬を脳内に抱えていた守少年が、果たして「努力」で何とかなったでしょうか?また、こんな子の面倒を必死に見ていたお父さんを、「無責任」「鬼父」と責めるのが、果たして正しいというのでしょうか?

 どう考えても、個人を責めて終わる問題ではないように思います。
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また記事読ませてもらいました。
宅間氏は犯罪を起こす宿命にあったのでしょうか。
何か彼の中に救いになる要素はなかったのか…

せつないです。

確かにら外見、素質、資質などいくら努力してもどうにもならない事はありますね。
それを親の責任と言えば確かに親の責任なのかもしれません。
産んでくれて感謝するのは人生上手くいっている人のみで底辺にいる者は勝手に産んで恨んでいる人も結構いると思います。
小さい頃からこれだけの悪事を働くとはどうなってるのでしょうか?
もし宅間が金持ちの恵まれた環境で育っていたらこれほどの悪事は働かないでしょうね。でも考え方はある程度生まれ持った資質ですから性犯罪位はしたでしょう。
宅間の場合自殺未遂した時死んでいたのが一番良かったような気がします。

人間、生ていく上で何かしらの慰めや言い訳をしなければなりませんから、それを親に見出しても、別になんら不思議な事ではないと私は思います。


ただ、何でもかんでも親のせいにするのはある意味で自己否定している事になると思います。


親から与えられた悪因で全てダメになってしまったという考え方は、悪因に左右される自分の無力さを認める事になりますから、ある意味、自分を物凄く低く評価する事で、私なんかの場合だとそれがシャクなんですがね……親を恨む場合、親如きの影響で俺の人生が左右されてたまるか! と 笑


まあ「親を恨むのはおかしい」という考え一元的に捉える輩には、児童虐待の事例でも見せて、それでも尚その意見が通るか否かを問うてみればいいのですよ。




宅間、やはり規格外ですね。今回も初耳の情報が多々ありました。


やはり宅間が世間に与えた最大のインパクトは、彼の異常性でしょうね。


人格障害なんて言葉は今や世間にも広く流布されていると思います。日本においてその実例として宅間程の適任者は他にいないのではないでしょうか?


前頭葉の異常とか、やはりそんな感じにしか話が収束しない気がしますね、宅間程になると。

No title

宅間は子供の頃からわんぱく少年やガキ大将とかのレベルでは明らかにないですね。
かなりぶっ飛んでいて精神に問題を抱えている少年で学校や家庭では処理できないような気がしますね。
犯罪者になってしまう可能性は極めて高かったでしょうね。
こんな環境や資質を持って生まれて来てしまったら親に感謝など到底できるはずもないですね。
山地が自分は生まれてくるべきではなかったと言っていましたがこのような思考になってしまうことはおかしな考えでも何でもないと思います。

No title

こんにちは
子供への影響は親よりも子供の時の友達づきあいのなかでのポジションと付き合いのほうが 影響すると言われてます
子供時代の友達との付き合いに異常性が出ています
典型的な犯罪者になる素養はあったのでしょうね・・・・・
ただ犯罪を行ったところから遡ってのことですから
子供の時の犯罪者になる素養から将来犯罪者になるというのは
いえないでしょうけど・・・・・

No title

まっちゃんさん
 
>外見、素質、資質などいくら努力してもどうにもならない

 まあこれを突き詰めてしまうと、一部のエリート以外は子供作っちゃいけないって話になるので、産んだだけで責任云々ではない、と言っておきます。

 問題は挫折したとき・・・いや一回や二回だったら、まだ「頑張れ」でもいいと思いますが、挫折が何度も続いて、心が完全に挫けたときになんて声をかけられるかでしょうね。 この期に及んでまだ「頑張れ」と言い続けるようだと、「お前の遺伝子が悪いんじゃ」と言い返されても仕方ないかもしれません。

 なにも言わず、そっとしておくという手もあると思います。引きこもりでも、犯罪よりはマシでしょうし・・・。

 この前の芸人もそうですが、性犯罪は下半身の欲求を満たすよりも、スリルを楽しむ目的でやってるところもあるんで金があっても解決できないんですよね。まあ金があれば殺しまではやらなかったでしょう・・・。


>宅間の場合自殺未遂した時死んでいたのが一番良かったような気がします。

 悲しいですが事実ですね。

No title

あいさん
 
 今だったら子供のころからソーシャル・スキルのトレーニングを受けさせるとか考えられますけど、焼石に水かもしれませんね。どこまでもツキがなかった加藤などとは違い、宅間の場合チャンスが何度もあったのを自ら棒に振ってるところもありますから・・。

No title

seaskyさん

 教育というのが何の役にも立たない人間というのは一定数います。薬漬けにして病院に繋いでおく以外の方法も一応考えてみたいのですが、なかなか難しいところはあります。 

 家が貧乏なわけでもないし、長身で顔も悪くないという人からみたら羨ましいほどの素質も持った男ですが、中身がこれでは生かしようもないですから、親を恨む考えに行き着くのも仕方なかったように思います。

No title

カズさん

 宅間の場合特徴的なのは、友人というものをまったく必要としない点ですね。孤独を屁とも思ってない。女は肉欲を満たすための道具でしかないし、男は子分にして殴ったりパシリにさせるためにしか利用しない。普通の子みたいに、友達ができてうれしいとか喧嘩して悲しいとかが全く欠落している。

 共感性の薄さというのは問題ですけど、学生時代非リア側にいた私からみれば、その孤高さがどこかかっこよく見えたりもします。

No title

L.Wさん

 児童虐待とかはここでは論外とします。そういう誰にも同情してもらえるようなことではなく、多くの人が、「そんなことで・・・」というような理由で親が恨まれるという可能性について、今回言及してみました。

 「親の遺伝子が悪い」、という考え方は、自分の無力さを完全に認めた人の論理です。本文に追記するなら、これが使われるのは、100%、親の金を毟り取るのを正当化するときです。お前の遺伝子のせいで自分は社会でまともにやっていけない、だから責任もって、成人後も面倒みろという理屈です。

  宅間は親を恐喝して毟りとっていましたが、引きこもりとかパラサイトもその一種です。だから自立して生活できるレベルの人には一生縁のない考え方かもしれません。ですが、自分の子供から恨まれる可能性もありますから、すべての人が、一応考慮に入れておくべき考え方だとは思っています。

 まあ、脳の異常があったのは明らかで、何やっても焼石に水だったかもしれませんが、まだ前編で匙を投げてしまうのも何なんで、一応宅間が救われる道についても、これから考えていきたいと思います。

宅間はとんでもない子どもだったんですね。
好きな娘のハンバーグに精液をかけるなんて、気持ち悪い!
この事が公になって「もしかしてあの時・・・」なんて、思い当たってしまう人がいたかもしれませんね。
出された物が食べられなくなってしまうトラウマになりそうですね。

宅間は幼少の頃からすでにおかしかったんですね。
障害を背負って生まれてきた、頭を強く打って更に狂暴になってしまった、余裕のない家庭に生まれてしまった…宅間にも同情の余地はあるんですね・・・



No title

ひなさん

 子供のころの奇行といえば、私も友達にトイレに連れ込まれて、お尻の穴にティッシュを詰め込まれるというイタズラを受けたことがありました。彼が今犯罪者になっているという話は聞かないので、このころまでであればまだ真っ当な道に適応するのも可能と思いたいですが・・・。

 遺伝子レベルで現代社会に合わなかったのは確かだと思います。家が貧乏とか明らかな毒親に育てられたわけでもないし・・。難しいですね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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