完成版私小説 愛獣 4

    
             
 
 折茂とのペアを中心にシフトを組むことを申し出て以来、折茂は僕に優しくなった。以前なら怒声を浴びせられていたようなミスをしても、笑って許してくれるようになったのである。

 この時期の折茂は、本当に優しかった。食事をよく奢ってくれたり、プライベートを削って職場にやってきて、僕が以前失敗した、西館の点検巡回を一から教えてくれたこともあった。

 折茂と初めてプライベートでショッピングに出かけたのも、この頃のことである。買ったのは主に服。折茂はファッションが趣味で、営業職に就いて羽振りがよかったころは、給料の半分近くを服につぎ込んでいたようなことを言っていた。

「最近の若者は酒も飲まず、タバコもやらず、質素で堅実というが、俺には理解できないね。二十代で遊ばずに、いつ遊ぶっていうんだ。貯金が趣味なんて、寂しい人生だと思うよ」

 世代的にはゆとり世代の頭の方に当たり、貯金が趣味の一つである僕より四歳年上で、氷河期世代の末期に属する折茂だが、押し出しの強さといい、自信過剰で見栄っ張りなところといい、そのメンタルは少しさかのぼって、典型的なバブル世代のそれだったといっていい。おそらく、彼が憧れていたという人たちの影響なのだろうが、折茂の場合は、同世代への反発からか、さらにその傾向を拗らせていたようだ。

 性格はまったく違うとはいえ、若い男が二人顔を突き合わせているのだから、当然、恋愛の話にもなった。

「俺は十三で童貞を卒業して、女とは腐るほど付き合ったよ。二回ほども中絶させたこともあったな。今は彼女がいるからしないが、ナンパをすれば、九十五パーセントは成功したよ」

 九十五パーセント、この話は嘘である。ナンパは、熟練のナンパ師が、慎重に相手を選んでしても二十回に一回ゲットできればいいほうで、キャッチの経験などもない素人では、足を止めてもらうことも困難を極めるものだ。などと、偉そうに言っている僕は一度も成功したことはないのだが、世の中が折茂の話に出てくる女のように軽い女ばかりなら、僕だって苦労はしていない。そんなに言うなら、実際やって見せてくれと頼んだら、彼はどう反応したのだろうか。

「そうなんですか・・・。今の彼女とは、どういう風に知り合ったんですか?」

「逆ナンだよ。勤務中に声をかけられて、上がった後に遊びに行ったのさ」

 これも間違いなく嘘であろう。折茂は確かに、俳優の向井理とやらの顔を少し骨ばらせて精悍にしたような顔だちで、ルックスはいいほうなのだが、あの底辺丸出しの二号警備員の制服を着た男に声をかけるような物好きな女などいるはずがない。

 折茂のホラ話は、あまりにもしょうもなかった。自分でそのしょうもなさがわかっていないのか、はたまた、そんなしょうもない嘘も見抜けないほど、僕のことをバカだと思っているのか。少しテンションが下がってしまったが、この程度のことで、折茂に対して生まれつつあった好感が失われたわけではない。プライベートでショッピング、飲み会に出かけた後も、折茂とは勤務後に朝食など、よく一緒にとった。四月末期の勤務では、折茂と僕の関係は順調すぎるほどうまくいっていたのだ。

 
 四月は僕の誕生月でもあり、夜勤隊の皆からプレゼントももらった。塩村からはジッポーライター、鳥居からはメンズコロン。そして折茂からは、腕時計である。

「ありがとうございます・・!感謝します」

 現在は、ADHDらしくモノ自体はすべて失くしてしまったのだが、嬉しかった思い出は残っている。色々あったが、この件に関しては、みんなに感謝はしている。

 折茂との関係が改善されたことで、僕の職場に関する悩みはすべて解決したに思われた。とにかくこの時期は、これといったストレスもなく穏やかに過ごせたのである。

 しかし、楽しい時期があっても、けして長くは続かないのが、僕という人間の人生である。ある出来事をきっかけに、折茂と僕の蜜月は終わり、また地獄へと舞い戻ってしまうのだ。

 実に些細なことであった。鳥居と一緒の勤務のとき、日勤隊の勤務内容が話題に上ったのだが、日勤隊の勤務時間帯では、社員やテナント従業員と話をする機会が頻繁にあるため、港や立義などは酒を飲みにいく友達が増えたなどという話を聞いて、僕が「楽しそうでいいですね」と言った。ただ、それだけのことだった。

 折茂はそれで激怒したのである。

   ☆         ☆      ☆      

「お前には失望したよ。この前、夜勤隊を追い出されると不安になってたのに、やっぱり日勤隊に行きたいってどういうことだ!」

「い、いや、そんなこと言ってないですよ・・・」

「嘘をつけ!鳥居さんは、確かに、お前が日勤隊に行きたいと言っていた、と教えてくれたぞ」
「いや、日勤隊に行きたいと言ったわけじゃなくて・・。ただ単に、友達ができたのは良かったですね、と言っただけで・・・」

 必死に弁解して誤解は解けたのだが、早とちりして激怒した折茂は、五月度の勤務シフトを独断で変更しており、結局また、僕は塩村とのペアをメインで働くことになった。津島が日勤隊に行きたい(と勝手に思いこんだ)から、来月のシフトを変える、という思考回路もよくわからないのだが、たぶん「津島は俺とメインで組むのが嫌だから日勤隊に行きたいと言ったのではないか」と、被害妄想的に考えたのではないか。

 人間は暇になるとロクなことを考えないという言葉があるが、折茂ほどそれが当てはまる人間もいない。仕事が暇だからこそ、二時間も人を軟禁して説教をすることができる。暇だからこそ、疑心暗鬼、被害妄想もどんどん膨らむ。すでに決まっていた来月のシフトを、直前になって強引に変えてしまうというのも、暇だからこそできる芸当だ。

 警備員とは暇な仕事であり、警備員が暇なのはお客にとってはいいことなのだから、堂々とのんびりしていればいいのに、折茂はじっとしていられない。常に何らかのトラブルを抱えていないと気が済まないのである。自己顕示欲が異常に強い折茂にとっては、トラブルがなければ、自分の有能さを周囲にアピールするチャンスもなくなって困るからだ。

 しかし、新宿歌舞伎町の交番にでも勤めているならともかく、いちデパートでの警備業務ではそうそうトラブルなど起こるはずもない。積もった鬱憤を晴らそうと思ったら、内輪で自作自演の炎上騒ぎを起こすしかなく、警備隊で一番立場の弱い僕が、火の粉をモロに浴びているという形である。
 
 本人に確認もとらず、勝手に怒り狂ってシフトまで変えてしまう折茂は明らかにおかしい。だが、この件に関しては、折茂に僕の発言を伝えた鳥居も悪いと思っている。悪い話が人づてに伝わるにつれ、尾ひれ、葉ひれがついてどんどん大げさになっていくというケースはよくあるが、そもそも最初に僕がした話は、人に悪い印象を与える要素は一つもなかった。いったい、どれだけ人の話を捻じ曲げて伝えたのかと思ってしまう。

 鳥居に悪意はなく、本当に勘違いしただけだったのかもしれないが、この件は僕にとって重大な意味をもたらした。周りの誰も、信用できなくなったということである。後から振り返れば、誕生日プレゼントまでくれた彼らが、僕を悪意の目で見ていたわけはないことはわかるのだが、当時から常に物事を悪い方へと考える癖のあった僕は、もうこの一件で、誰にも下手なことはいえないと考えるようになってしまった。教育係の塩村にも、折茂の横暴を相談できなくなってしまったのだ。

 また折茂との関係は悪化してしまったわけだが、折茂と離れられたおかげもあり、五月度の勤務においては、特筆すべきことはなかった。何事もなかった、平穏無事というのではなく、平均して嫌だったということである。

 ここで家族の話に触れておく。当時、我が家には、雌のラブラドール・レトリバーがいた。僕が保育園に通っていたころから一緒に暮らしており、このとき年齢は十四歳。大型犬としては長寿の域である。

 散歩にエサやりと、毎日ではないが世話には参加していたから、僕にはよく懐いてくれていた。アホなガキだった僕は、学校で嫌なことがあると、よく八つ当たりして叩いたりもしていたのだが、それでも彼女は僕を信頼してくれ、帰宅したときにはいつも玄関でしっぽを振って迎えてくれたし、言うこともちゃんと聞いてくれた。

 ADHDの持ち主である僕は、小学生時代に、餌やりを怠ってハムスターを死なせてしまったことがあった。それがADHDの失敗談では、一番のトラウマである。犬は小動物とは違い、自分から意思表示をしてくれるため、ある意味では飼い易く、注意力欠陥の僕とは相性がよかったといえる。無論、しっかりした家族と一緒に飼育している、という前提はつくが。

 その犬が、この頃には老齢により、かなり体が衰えていた。後ろ足が細くなって満足に立ち上がることもできず、床ずれができて毎日痛そうにしていた。トイレは散歩のときしかできないように躾けていたのが仇となり、弛んだ括約筋で必死に我慢をしていた姿もかわいそうだった。

 書いているだけで泣けてくる。彼女は、子供のときから交友関係が長く続かず、同窓会というものに一度として呼ばれたこともない僕が、唯一友達といえる存在だった。親との関係が不和になったときも、彼女だけはずっと僕の味方でいてくれた。

 その彼女と、永遠の別れのときが近づいていた。ここまで書いてきてなんだが、寂しさはそれほどなかった。天寿を全うしての死であり、苦しんでいる姿を見ると、むしろ早く楽になってほしかった。
 この話しの中で犬のことを紹介したのは、のちに彼女のことで、職場で嫌な思いをしたからである。なにもかも折茂のせいなのだが、その件に関してはのちに紹介する。

 
   ☆          ☆         ☆      

 六月度の勤務がスタートした。この月からは、僕は折茂とメインでペアを組むこととなる。本来なら五月度から実現するはずだったのだが、折茂の早とちり、被害妄想、大激怒により、一か月延期されてのスタートである。

「おはようございます」

「・・・・」

 決意を新たに迎えた、六月の一日。僕の挨拶を、折茂は無視した。

 四月のやはり一日、二名体制初日の悪夢がデジャブする。しかし、理由がわからない。五月度の勤務では、僕が日勤隊に行きたい云々が誤解であったことが知れて以降は、僕と折茂の関係は、徐々に良くなる兆しを見せていたはずである。それが一体、なぜこうなってしまうのか。月初めは波乱から始まらなくてはいけないルールでもあるというのか。

「それでは、事務館施錠巡回に行ってきます」

「・・・・・」

 巡回の出発報告。パートナーが知らぬ間にいなくなってしまうということがないようにするため、重要な職務上のコミュニケーションであるが、折茂はこれにすら無視を貫く。

 わからない。折茂の態度の意味が、まったくわからない。特に機嫌が悪いというわけでもなく、僕以外の人とは、いつも通り明るく話しているのである。僕だけに冷たい折茂の態度。まったく意味がわからない。

「あ、あの、折茂副隊長・・。僕、何かしたんでしょうか?」

 折茂の無言のプレッシャーに押しつぶされそうになった僕は、折茂が本館の施錠巡回から戻ってきた際、意を決して、折茂の真意を尋ねてみた。

「何かした?なんでそう思うんだ?」

 この日初めて、折茂が僕の言葉にまともに応じた。

「いや、その・・・折茂さんの態度が・・・・その・・・・」

「怖いのか?」

「・・・・はい」

 この時点で、僕はもう涙をぼろぼろと流している。

「あのな。俺もお前に対してはどう接すればいいか迷ってるんだよ。完全無視でいったらいいのか、もっと優しくすればいいのか」

 結果、折茂が選んだのは、完全無視という方向だった。無視を貫くことがいいことに繋がるという発想は常人の発想を超えているが、いかにしてその境地に行きついたかについては、本人が語ることはなく、今でも謎のままである。

「今のままじゃキツイか?」

「はい・・・」

「わかった。もっと優しくするよ。怖い思いさせてすまなかったな」

 折茂はそこで笑顔を見せた。安堵した僕は、また大きな涙を流す。あの「大激怒、大説教」事件以来、僕の涙腺は完全に脆くなっていた。軽いPTSDにより、体質までもが変わってしまっていたのだ。

「博行。お前が本当に憧れているのは、俺なんだな」

「はい。そうです・・・」

 追い込んで突き落とし、限界一歩手前まで来たところで、ふっと優しさを見せる。この繰り返しにより揺さぶられた僕は、確実に折茂への洗脳度合いを深めていた。まだ本当に、折茂に憧れ、慕っていたわけではないが、「折茂劇場」に付き合うことへの抵抗はなくなっていた。レイプされ、抵抗を諦めた女性の心境といったらいいのか、「何かもう、どうでもいいや」という、諦めの境地に達していた。

「博行。これからはお前のことを、下の名前で呼ぼう」

 親族以外の人間から下の名前で呼ばれた経験は、覚えている限りない。人の名を苗字で呼ぶ傾向が強い日本においては、下の名前で呼び合うことは、強く親しみを感じさせる行為である。
「お前も、俺のことを下の名前で呼んでこいよ」

「え?いや・・・」

「なんだ?嫌なのか?なぜだ?」

 自分が他人に対して特別な思い入れを抱いた場合、相手にも自分に対し、同じレベルの感情を要求、いや強要する。そして、受け入れないと怒り出す。四か月間の付き合いで、折茂の性格をよく理解している僕は、必死に逃げ道を探す。

「いや・・・その・・・・恥ずかしいから・・・・」

「そうか。わかった。無理にとは言わない」

 案外あっさりと、折茂は僕が拒否するのを受け入れてくれた。恥ずかしいというのは本当の話だが、実際には、これまで友達を下の名前で呼んだ経験がまったくないわけではなく、下の名前で呼ぶこと自体が嫌なわけではない。ただ、折茂とはまだ、そこまで親しい仲ではないと判断しているだけの話である。

 ともあれ、これで折茂はまた、僕に優しくなった。悪化、改善、悪化、改善を繰り返す、僕と折茂の関係。飴と鞭を使い分ける折茂の揺さぶりにより、僕は折茂に洗脳されていく。
 
 一貫して優しいのならば、言うことはない。一貫して厳しいのならば、すぐに辞めてしまっていただろう。しかし、折茂は厳しい中に時折優しさを見せ、関係の改善を示唆してくるので辞めるに辞
められず、僕はずるずると居続けてしまった。

 折茂は意図して、飴と鞭を使い分け、僕を洗脳しようとしていたのだろうか。それとも、何の計算もなく、ただ感情の赴くまま怒り狂ったり、笑顔で赦したりしているのが、たまたま洗脳度を深める結果を生んでいるのだろうか。

 本人に聞いたわけではないので、はっきりとしたことはいえない。彼もまだ若かったし、百パーセント計算してやったことではなかったかもしれないが、彼が僕を「信者」にしようとしていたのは事実だから、意識の片隅にはあったかもしれない。百パーセントの計算もないが、百パーセント自然だったわけでもない。そんなところが、真実かもしれない。

 絶対に相容れることのない両者がいつまでも一緒にいたことによって生まれたのは、フィクションの世界のような逆転の友情劇などではなく、滑稽で異常な、カオスな関係であった。カオスの最果てに向かって、僕たちは突き進んでいく。

 一方、狭い保安室の外の世間では、とんでもないことが起こっていた。

 六月八日。秋葉原無差別殺傷事件が発生したのである。


 ☆         ☆       ☆


 六月八日、秋葉原無差別殺傷事件当日。この日、僕は明け番であった。初めて報道を見たときの感想はといえば、別に大したことはないというか、なんか凄いことが起きているなあ、というくらいのものだったと思う。

 しかし、それから数日が経ち、報道の中から、容疑者、加藤智大の人となりが明らかになるにつれ、この事件は他人事ではないと思うようになっていった。索漠とした孤独世界に生きていた彼の人生が、僕とあまりに似通っていたからである。

 一九八二年、青森県で生まれた加藤智大は、自動車関係の短大を卒業後、警備員、トラック運転手、自動車部品の製造派遣などの仕事を転々とした後、秋葉原の歩行者天国に二トントラックで突っ込み、ナイフで七人を殺害、二十人以上に重軽傷を負わせる事件を引き起こした。当時の報道では、小さい頃の母親の異常な躾、恋人ができないのを悩んでいたことなどが伝えられ、格差社会への恨みが、事件を引き起こす大きな動機であったとされていた。

 僕は加藤智大を自分と似ていると思いつつも、必死になって「自分はこの男とは違う」と、抵抗の意思を見せていたようにも思う。自分の人生には、まだ望みがあると思っていた。加藤智大のような結末だけは迎えないものと信じたかった。

 一方で、加藤智大が犯した行為については「やってくれた」と拍手喝采を送っていた。当時ネット上では、加藤智大を英雄視する意見が散見されたが、僕もそうした書き込みをした一人である。また、加藤智大を崇めるのと同時に、特定の被害者を貶めるような風潮もあったが、ぶっちゃけてしまうと僕もそちら側の空気の中にいた。

 加藤容疑者の気持ちがわかる。そんな書き込みに対して、「共感するなら被害者に共感しろ、バカ者」などという意見を書き込む者もいたが、僕に言わせればバカはそっちの方である。下層階級が上流階級の不幸を喜ぶのは、いつの時代も当然のことではないのか?まさか、現代社会が身分社会ではないと思っているのだろうか?

 こんな偽善的な書き込みもあった。

「被害者がお前の大事な家族、友人、恋人だったとしても、お前は加藤を支持できるのか?」

 何がおかしい、何が偽善かと思うかもしれないが、これは完全に偽善である。

 なにがおかしいかというのは、加藤智大に共感する層=大事な家族、友人、恋人がいない(少ない)者に、家族、友人、恋人が被害者になったときのことを想像させようとしていることだ。自分が家族、友人、恋人に恵まれているからといって、みんながみんなそうだと思っている。あたかも、加藤智大を支持する人々を、自分のことしか考えられないクズかのように言っておきながら、実は自分自身が、自分のことしか考えていないではないか。

 家族や友人、恋人がいない(少ない)孤独な人に、大切な人を思いやれなどというヤツは、自分が孤独な人のことを思いやっていないのである。そういう、相手の立場を考慮せず、相手の考えを一切認めようとしない姿勢は、まさしく犯罪者のものではないのか。

「遺族の前で、同じように加藤を讃えられるのか!」

 じゃあ、自分は遺族に会ったことがあるのだろうか。自分を格好よくみせるためだけに、遺族を利用しているだけではないのか。

 私小説の趣旨とは、当時の自分がどういうことを考えて生きていたかをできるだけ正確に書くことだと思うので、敢えて過激な表現も多用しているが、今現在の僕の考えを書けば、犯人を賞賛してみたり、被害者を掲示板で貶めてみたりするほどには冷静さを欠いてはいない。だが、他の人がそういう意見を述べることは自由だと思うし、それが悪いこととも思わない。犯罪を起こした人を叩く資格は一般人にもあるが、犯罪者に共感する人の人格までを叩くのは、ちょっと毒されてると思う。人には思想の自由があるのだ。

 と、ここまで、当時の僕がいかに加藤智大に共感したかを書いているが、当の加藤智大自身は、その後の裁判や手記において、事件の動機は報道されているような社会への恨みや人生への不満ではなく、掲示板に書いていたことは全部「ネタ」であり、本当の動機は、掲示板上の荒らしやなりすましに対抗するため、彼らに自分の苦痛をわからせるためだった、ということを言っている。

 確かに加藤の言う通り、事件を迅速に処理したい警察、検察、面白おかしく記事を書こうとするマスコミによって、事件の真実が歪められるということもあるのかもしれないが、かといって、僕は加藤の言い分を、百パーセント真に受けるつもりもない。

 加藤智大の手記「解」の内容はそれなりに筋が通っており、一つの完成した思考のロジックには一応なっている。ネット上で活動する者にとって、自分の掲示板を荒らされることがどれだけ不快であるかもわかる。しかし、本当にたったそれだけの動機で、人を七人も殺害するエネルギーが捻り出せるものだろうか?

 加藤は手記の中で、あまりに第三者的な目線で、事件を他人事のように振り返っているため、事件当時に彼の心の中に起こっていたはずである、マグマのように燃え盛る怒りが今一つ見えてこない。

 当初報道されていた、学歴や容姿のコンプレックスなどはまったくなかったとしており、自分の弱みは、ネタとして笑ってもらえるようなものはよく話しているのだが、読んでいるこちらの胸にも突き刺さってくるような痛切な話はほとんど語っていない。

 燃え盛る怒りも、どす黒いコンプレックスがなくても人を殺す、だから異常者なのだと決めつけるのは簡単だが、加藤の言い分を全面的に信じ、当初の報道内容をすべて切り捨ててしまうのも、僕には真実からかけ離れているように思える。加藤の手記を読んだだけでは、友人もごく普通におり、人として最低限の常識も弁えている加藤智大という「普通の男」が、何の恨みもない人を七人も殺す罪悪感をどうやって乗り越えたかの説明には、なっていないと思うのだ。

 当たり前の話だが、犯行の動機について、本人にとって不名誉になるような事実を、本人自らの口から言わなければいけない義務はない。酷いコンプレックスや、トラウマの中でも人に同情されにくい類のものなど、特にデリケートな話題になるほど口を閉ざすのは、犯罪者でない人も同じである。

 警察や検察が自分たちの都合がいいように事件のシナリオを書き換えるように、犯人も、自分が本当に触れられたくないことを隠すために、虚偽のシナリオを語るということもあるのではないか・・?

 特に秋葉原事件は、世間からの注目度が大きく、多くの人が、事件の動機に関心を寄せていた。これ以上、自分の心の中を土足で踏み荒らされるのを嫌がった加藤が、防波堤としての「結論」を出してしまった、ということは考えられないだろうか。

 掲示板上に書かれていたことは彼の本心、真実も含まれていた。だが、それをマスコミに取り上げられ、世間から自分の考えを批判され、わけのわからないオッサン、オバサンどもから説教されたり、うざいオタクどもから勝手に悲劇のヒーローに祭り上げられるのは我慢ならず、真実をぼかしたのではないか。

 真相は本人のみぞ知るとしかいえないが、僕の結論は、当初の報道、加藤の手記、どっちも本当で、どっちも嘘、といったところである。

 秋葉原事件は、当時の僕にとっても、他人事とは思えない事件であった。僕と加藤智大は似ている。それは自分で思っているだけではなく、僕の周囲の人間もまた、そう思っていた。

 僕と加藤智大を結びつけた折茂の、混沌の世界が幕を開けるのである。

 
    ☆      ☆       ☆         

 
 深夜二時前、本館巡回から帰ってきた折茂が放った衝撃の一言で、混沌の世界は幕を開けた。
「秋葉原事件が起きたとき、俺はお前がやったのかと思ったぞ」

 ふつう、人はそんなことを思っても、それを本人に直接は言わないものである。自分が犯罪者予備軍という自覚があっても、それを人から言われていい気になる人間など、一人もいないだろう。

「あの日の夜、俺は塩村さんや鳥居さんと話し合ったよ・・・。もしお前がああいう事件を起こしそうになったとき、歯止めになるのは誰か?ってことをな・・・。みんなは口々にこう言ったよ。歯止めになるのは、折茂さんだ、てな・・・」

 視線を虚空に向け、己に最高潮に酔った顔を見せつける折茂。聞いている僕の方が、空に飛んでいってしまいそうだった。

 人を犯罪者予備軍扱いするのは、自分に酔うため。折茂は、自分が歯止めになってやる、などと言うことで、僕が喜ぶと思っているようだが、とんでもない話である。僕にとっては、ただ犯罪者予備軍扱いされて、とてつもなく不愉快な思いをしただけなのだが、折茂に僕の気持ちはわからず、ただひたすら、犯罪者予備軍の津島を面倒見てやっている俺は凄い男であり、津島は俺に感謝すべきだ、と思い込んでいるのである。

「は?・・・・。そうですか」

 さすがに僕も不快さを隠せない表情を見せたのだが、それに対し、折茂は特に気にした様子はなく、そのときは意外にも、あっさり話は終わった。しかし、一日の勤務が終わったわけではない。僕の仮眠休憩が明け、朝になると、折茂はまた僕と加藤智大を結び付け、「犯罪者予備軍の津島を面倒見てやっている俺は凄い男で、津島は俺に感謝すべきだ」という理屈を僕に納得させようと、独りよがりな話をし始めたのである。

「実は昨日、職場以外の友達と飲む機会があってな。お前の話をしてみたんだよ。今、職場に、秋葉原の犯人に似ている後輩がいる、てな。それを聞いた友達はこう言ったよ。そんな奴は見捨ててしまえ、と。そんなヤツに関わっていると、お前がダメになる、と。俺は友達に言ってやったよ。俺は誰に何と言われようと、博行を見捨てない、とな」

 これを聞いて、僕は感動しなければならないのか?感動しない僕が悪いのか?そんなわけがあるか。

 折茂はどこまでも、自分のことしか考えられない人間だった。この男に、僕への思いやりなどは微塵もない。あるのは僕を利用して、自分を格好良く見せることだけである。

 僕のことを犯罪者予備軍扱いしてくるだけでは飽き足らず、「津島は犯罪者予備軍だ」と、関係ない奴にまで宣伝して回ったとはとんでもない話だが、それでも、百歩譲って、その見捨ててしまえといった友人に対し、「でも、津島にはこういういいところもあるんだぞ」と、フォローしてくれたという話しだったのなら、まだ納得できる。だが、折茂が実際にやったのは、僕の人格を全否定した上で、「津島みたいな犯罪者予備軍の面倒を見ている俺ってカッコいいだろ?」と、友人とやらの前で自己アピールをしたことだけではないか。

 おそらく折茂は、僕との関係を、昔のアメリカの、白人の主人と黒人奴隷の関係のように思っているのだろう。同じ人間としてみていないのである。そして、下等生物の僕は、僕自身もまた下等生物であることを自覚しており、人並みの自尊心などは一切ないと思っている。だから、その下等生物を人間扱いしようとしている折茂様には、無条件で感謝して当然だというとんでもない理屈になる。

「博行・・・俺はなにがあっても、お前を見捨てないからな。お前の居場所はここだ。もし、秋葉原の奴みたいにブチ切れそうになったときは、俺のところに電話をしてこいよ」

 折茂は、僕のリアクションが冷めていることにも構わず、しつこく、僕を混沌の折茂ワールドに導こうとする。何もかもが寒々しかった。

 折茂の言動、行動に、おそらく悪意は一切ないのだろう。だからこそタチが悪いのだ。相手にとっても良かれと思ってやっていることだから、自分のおかしさに気づけない。なまじ骨を折っているという自覚があるだけに、余計なお世話をされた相手が喜ばなければ、「俺がこんなにしてやってるのになんだ」と怒り出す。

 折茂という人の精神病理を専門的な言葉でいえば、「自己愛性人格障害」というものに当てはまるだろう。常に自己愛に餓え、自分のプライドは山よりも高いにも関わらず、他者のプライドは尊重できない。また他者に対して支配的で、他者を自分の色で染めなくては気が済まない。有名な犯罪者では、あのオウム真理教教祖、麻原彰晃などが、同じく自己愛性人格障害の疑いが強いと言われている。

 自分のことしか考えられない自己愛性人格障害者の折茂は、秋葉原無差別殺傷事件という、多くの命が失われた惨劇すら利用し、くだらない自己愛を満たそうとしてきたのである。

 もしかしたら、本人も自分がおかしなことを言っている自覚が少しはあったのか、そのときは僕のリアクションが薄くても、特に怒り出すことはなかったが、やはり不満はあったらしい。預かりものを、鍵を取りに来た社員に渡すのを忘れてしまったという(後でこちらから足を運んで届けにいけばいいだけのことである)細かいミスを一々取り上げ、仮眠時間を削って一時間近くもネチネチと説教されたのは、翌日のことだった。


   ☆       ☆        ☆        


 先述の一件で、僕の心はまた冷め気味になっていたのだが、六月度の勤務においては、折茂の僕への態度は概ね優しかった。何はともあれ、「津島くんの憧れの人」にはすでに選ばれたという余裕が、折茂を穏やかにしていた。

 そうして、折茂と僕の仲が好転(あくまで、表向きのことである)した機会を逃すまじと、今後その関係を永続的なものとしようと奔走し始める人がいた。‘元‘「津島くんの憧れの人」、塩村である。

 塩村は塩村なりに、僕が折茂に辛くあたられることに心を痛めていた。自分が教育係を務めたこともあり、僕のことは可愛がってくれていたし、また、かつて前任の阿川隊員が警備隊を去ってしまったときに陥った、休みが取れない状況を繰り返したくもなかったのだろう。彼は折茂が僕に辛くあたる原因が「嫉妬」にあることがわかってからは(僕は別に塩村に憧れているわけでもない。折茂が勝手にそう思い込んでいただけである)、自らは一歩引き、なるべく折茂の方に僕の気持ちを向けさせる道を選んだ。

 その、「津島くんと折茂くんをくっつける大作戦」の方法がまた独特というか、塩村らしいやり方だったのだが、これが僕にとっては、あらぬ災難を巻き起こしてしまう。

「津島は折茂に恋をしてるんだろ?」

「おい、憧れの折茂先輩だぞ!告白しちゃえよ」

 塩村は、僕が同性愛として折茂が好きだ、という設定をネタとして作り、僕と折茂を冷やかしはじめたのである。

 誰がどう見てもネタとわかる行為。普通なら適当に合わせてやり、本気では取り合わないところであるが、なんと折茂は、これを真に受けてしまうのである。

「彼女に、お前が俺を好きだという話をしたら、嫉妬していたぞ」

「俺もお前を、男と女の中間くらいに見ているぞ(意味不明である)」

 折茂はどこまでも、人を百かゼロでしか見られない男だった。好きか嫌いか、正しいか間違っているか。どっちに振れるにしても極端なのである。一度でも好もしいと思えば、「憧れの人」「生涯の目標」果ては「ケツを貸してもいい」までいくことを求めてくるし、一度でも嫌いになれば、殺す勢いで潰しにかかる。

 折茂の一本気な性格は、昔の武士やヤクザの世界ならば成功に繋がっただろう。しかし、現代の日本社会では、必ずしもいい方向に働くとは言い難い。あまりにド真剣するぎあまり、軽いジョークが理解できず、何でも真に受けてしまう。つかず離れず、ちょうどいい塩梅の距離感を維持できないのである。

「塩村さん・・ちょっとマジで、勘弁してくださいよ・・・」

 さすがにこんな事態となっては、もうシャレでは済まない。

「なーに言ってんだよ。お前が憧れの折茂先輩とくっつけるように、俺がキューピッドになってやってるんじゃねえか」

 塩村はどこまでも人がいい、性善説の信奉者だった。人を悪意のフィルターを通してみるということを知らない。だから、折茂が腹に抱える底知れぬドス黒さが見えない。もっとも、だからこそ、僕のような、折茂とは別の意味で闇の深い人間とも仲良くできる、ともいえるかもしれないが。

「博行。お前が塩村さんに茶化すのをやめろというのは、それだけ真剣に俺に恋をしているからじゃないのか?」

 まったく歪んだ解釈をしてくれるものであるが、折茂が塩村の茶化しをネタではなくマジに受け取ろうとするのは、一本気な性格以外にも、どうやらもう一つ理由がありそうだった。

「博行。お前は俺の前に立つと、首を竦めたり、喋るときどもったりするが、それは好きな人の前に立った緊張から、そんな風になってしまうんじゃないか?そうだろ?」

 僕は折茂と直に接するとき、植え付けられた恐怖から、無意識に、折茂が言うような変な挙動を取ってしまっていたのだが、どうやら折茂は、それを自分への恐怖から出たものと認めたくないがために、恋愛感情から照れている、などという解釈に逃げ込もうとしていたようなのである。

 自分で僕に恐怖を植え付けておいて勝手なものだが、折茂としては、普段怒っているからといって、僕から「怖い人」と思われたいわけではない、むしろ本人はそれを気にしているようであった。だったら折茂が僕を怒らなければすべては解決する、という話なのだが、「わかっていてもやってしまう」ということであろう。

 秋葉原事件についての一件もあわせて、この時期の僕は、また折茂に対しては嫌悪の方向に針が触れ始めていた。どう頑張っても、彼と僕の関係は安定しない。絶対にうまくいかない星の下に生まれたとしか言いようがないほど、いい関係になっていかないのである。

 塩村のネタのせいで、まったくいい迷惑をしたが、彼のことを嫌いになったわけではない。おかしいのは、どう考えても冗談なのを真に受ける折茂だ。この時期、塩村は伊勢佐木屋とはまた別の現場で警備業務を行うこともあったのだが、僕が公休のとき、そこに食事を差し入れになど行ったこともある。

 そこまでしたのは、塩村が別の現場に流出してしまうのを阻止するためだった。なんだかんだといって、頼りになるのは塩村だけなのである。鳥居はダメだ。僕を悪く見ているのではないのかもしれないが、以前、何のことはない発言を変な伝え方をされ、折茂に激怒された恨みが忘れられない。塩村がいなくなってしまったら、僕はもう伊勢佐木屋警備隊ではやっていけない。

 とっとと辞めてしまえばそんな苦労もなくなるものを、ここしかないと縋り付いてしまったあたり、僕もおかしくなっていた。折茂が言う「ここでやめたら根性なし」「どこいっても通用しない」などといった言葉に縛られていたこと・・・実際に仕事は楽で、その点は捨てがたかったこと・・・あるいは惰性。
 色々あるが、この辛い状況に、ようやく神は救いの手を差し伸べた。

 伊勢佐木屋の店舗自体が、十月で閉店することが通達されたのである

   ☆          ☆        ☆         

 報せを受けた日は、塩村との勤務であった。

「まさか、こんなことになるとは・・・意外でしたね」

「前々から噂はあったらしいけどな・・。俺らはいいけど、社員の人たちは動揺しているだろうな」

 これよりしばらく後だが、年配の社員の自殺騒ぎが起きる。正社員については、全員何らかの形で雇用は確保されていたらしいのだが、例外もあったのだろうか。会社に残れたとしても、酷い条件だったのだろうか。詳しいことはわからない。

 この決定では多くの人がダメージを受けたようだが、僕はといえば、はっきりいって嬉しかった。辛い状況でも、終わりが見えると精神的に楽になるものである。運命に感謝していた。

「あと四か月弱で、僕らも引き上げるんですか?」

「しばらくは残務整理だのがあるだろうから、営業が終了しても、それからもう一か月くらいはやるんじゃないか?でも閉店した後は、仕事はぐっと楽になるだろうな」

 泣いても笑っても、あと半年ほどで全てに終止符が打たれる。折茂と離れることができるのである。
「博行。伊勢佐木屋が閉店したとしても、俺とお前の関係は終わらないからな」

 当の折茂はそんな恐ろしいことを言っていたが、もし本当に仕事の関わりがなくなった後も付きまとわれるようなことになれば、そのときはそのときで対策を考えるまでである。状況が好転したことには変わりはない。

「博行。お前と仕事で関わるのはあと少しだが、その間に俺は、絶対にお前を一人前の存在にしてみせるからな」

 ただ一つ厄介だったのは、終わりが近づいてきたことで、折茂の中に、僕の「人生の師」などという、迷惑な自覚が強固になってしまったことであった。僕に尊敬されていると思い込んでいる折茂は、このときから僕への干渉度合を一層強めていったのだ。

「博行。お前は暗黒や暴力系の小説などが好きなようだが、そういうのは変な影響を受けるからよくないぞ。読むにしても、人前で堂々と読むな。人によってはドン引きされるぞ」

 大きなお世話、ここに極まれりである。暗黒物の小説などを受け付けないのは勝手だが、それを読んでいる人の人格まで否定するのは、そちらの方が毒されているという話であろう。人が好きで読んでいる物を批判して、「明るく楽しく前向きになる作品を見ろ!」などと押し付ける行為こそ、暗黒ではないのか?

 等身大の己の器と向き合えない折茂は、自分を「人に影響を与えられる、凄い男」などと過大評価し、僕を育てようとする。趣味のことにまで干渉する折茂は、仕事でも毎日のように、僕を怒鳴った。 彼に言わせれば、それは「愛のムチ」ということである。僕には、自分が我慢できずに怒ってるだけなのを正当化しているだけにしか聞こえなかったが、まあこれに関しては、仕方ない部分もある。 

 ADHDを抱える僕は、実に多くのミスを繰り返した。わかりやすいように机のど真ん中に貼ってあったメモを見落として、従業員に鍵を渡しそびれる。施錠忘れを探すための巡回で、自分が扉の施錠を忘れて、翌朝従業員に指摘される・・・。

 警備員の仕事は楽である。しかし、楽な故に無能な僕でも出来そうな仕事と思うのは単純であった。物の管理が多く、しかも大事な鍵を扱う警備員は、むしろ僕には向いていなかったといえるかもしれない。もっとも、ADHDが向いている仕事など、この世にはただの一つも存在しないのだが・・。

 折茂ばかりを批判しているようだが、僕も僕で、彼に仕事の面で迷惑をかけていた事実は否定できない。ただ、それでもやはり、折茂は「やりすぎ」だったと思う。

 その時期、僕が仮眠時間に寝坊してしまったときのことである。

「なに寝坊してんだ!自己管理がなってないじゃないか!」

 朝っぱらからそんなに怒るくらいなら、起こしてくれればいいだけではないか。もし寝坊したのが塩村や鳥居だったら、笑って起こして、それで終わりだったはずである。これでは、僕を怒るネタを作るために、あえて起こさなかったようなものではないか。

「別に俺が早く寝たいってわけじゃない!お前がしっかりできてないことについて怒ってるんだ!」

 取り繕えば取り繕うほど、本音はバレバレなのである。

 本当は早く寝たい。だが、だからといって起こすのは、下の者を休ませ、自分が負担を負うという折茂の美学に反する。「折茂さんに憧れている」僕の前では、なおさらそんなマネはできない。しかし確実に疲労はしてイライラするから、怒鳴るということになる。

 そして、僕は怒鳴りつけられると涙を流してしまうわけだが、折茂の方はそれをただ、僕が「子供っぽいから」としか思っていなかった。

 とんでもない話である。むしろ子供のころの僕は、泣かない方だったのだ。泣くようになったのは、折茂に二時間も狭い保安室の中に軟禁され、説教をされたことで、深刻な精神的外傷を負ってしまったからである。男一人が泣くということの重みを、まるで考えようとしない男であった。

 すべての現象を自分にとって都合のいいように解釈する折茂は、この時期僕の体重が増加していたことすら、「折茂との関係が好転したことによる幸せ太り」などと思っていたらしい。実際には、不規則な生活と折茂のせいで負ったストレスが主原因である。 

 数々のミスを犯していながら、こういう風に折茂を悪く書けるのは、ここまでの僕のミスは、全部「しょうもないこと」であったからである。ミスの重さにしては、折茂の叱責が厳しすぎるから、僕には折茂を批判する権利があった。

 しかし、僕はついにやってしまったのである。折茂に文句をいえない、絶対に言い訳できない、大変なミスを起こしてしまった。

 七月の終わり――。湿度高い夜の事務館内で、僕は生死の境を彷徨うことになる。
 
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非公開コメント

明けましておめでとうございます。
完成版私小説私しかコメントがないと私の為だけに搭載してるみたいでなんか恐縮しますね。
折茂みたいな人間は本当に頭に来ますね。
関わり合わないのが一番ですが、上司なのでそう言う訳にも行かないので辞めるしか無いのでしょう。
折茂は良く誰でもすぐに分かるようなホラを平然と言えますね。なんか精神的な障害があるのでしょうか?
同じ職場の人間から誕生日プレゼントを貰うのは私は全然嬉しくはないですね。むしろウザったいですね。こう言う家族的な親密な職場は一番苦手です。
折茂は男に嫉妬するなんてホモなのでしょうか?
折茂は本当に自分大好き人間なのでしょう。人の事を犯罪者予備軍扱いした上周りの人に宣伝しておいて面倒見てやっているのだから感謝しろよなんてとんでもない奴ですね。
まぁ〜伊勢佐木屋の閉店が決まったのは良かったですね。
絶対に言い訳できない、大変なミスが気になります。

No title

 まっちゃんさん

 作業的にはすでに完成している現行に改行を加えるだけなのでまっちゃんさんのためだけでも問題はないです💦ただ当時コメントされてなかった人やまだ読んでなかった人もいるはずなのに、さすがに一個もないのは予想外でしたね。年末年始で暇になったら読むという人もいるかもしれませんが・・・。

 このあたりで完全に彼が異常者だということはわかっていただけたかと思うのですが、当時彼を異常者だと気づいていた人はほとんどいなかったんですよ。外面がいいヤツでしたから、見た目の明るさでみんな騙されてたんでしょう。人間がいかに「雰囲気」とかいう曖昧なもので人を判断するかといういい見本です。こうやって文字に起こせば明らかだと思うんですけどね。

折茂の飴とムチの繰り返し、ホントしつこいですね!
津島さんにもっともっと憧れて欲しいんでしょうね(>_<)
阿川さんにもそんな感情でイジメてたんでしょうか?
阿川さんには逃げられてしまったから、余計に津島さんに執着してるんですかね?

「・・・~みんなは口々にこう言ったよ。歯止めになるのは、折茂さんだ、てな・・・」
うわぁぁぁー(((^^;)私も空に飛んで行きたい(笑)
みんなに「折茂さん」って言わせるために、例の“折茂劇場”をやっちゃったんでしょうね。
友人に津島さんの事を秋葉原の犯人に似てるとかいったくだりは、完全に悪口ですよね(´Д`)
俺に憧れてる後輩で~とか、そこでも“折茂劇場”をやったのが容易に想像がつきます(笑)
てか、職場以外で折茂に友人がいるって事に驚きです!
彼女も含め、みんな“折茂劇場”に上手く付き合ってるんですかねー?
そう言えば、普段は爽やかで朗らかなキャラなんでしたっけ。
爽やかさが勝ってるから、ちょっと変でも付き合える・・・って感じですかね?

No title

ひなさん

 阿川さんは可愛そうでしたよね。私は面識がないので彼がどうなったかわからないですが、戸叶と折茂のせいで自ら命を絶ってしまった可能性もあります。

 折茂は外面はいいヤツでしたからねえ。広く浅くの付き合いができない人間ではないので、友人が沢山いてもおかしくはなかったと思います。ぐいぐい引っ張っていくタイプなので、完全に受け身の人なら相性は良かったかもしれませんね。ヤツを愛する女がいても不思議はなかったと思います。

 ただ、私を受け身の人間と錯覚し、信者にできると思い込んだのは、ヤツのとんだ見込み違いでしたね。

No title

折茂は冗談が全く通用しない人間ですね。
どうやら折茂は相手を服従させたくて仕方がない性格ですね。
折茂がやたら根性論を言うのも相手を離したくないからではないでしょうか。
伊勢佐木屋の閉店は驚きですね。
辞めようかどうしようかという時にはこの出来事は好機ですね。
こういう状況になると普通は優しい対応になりそうですが折茂は違いますね。
愛のムチなど要らないですよね。
折茂の美学は見栄の張りすぎでかなり歪んでいると思いますね。
休めるなら休めばいいのに結局疲れて怒るという行為に繋がるのですから本末転倒ですね。

No title

seaskyさん

「(全部俺自身のために)お前を離したくない」

 私はこれをまったく悪いことだと思わないのですが、折茂はどうしてそれを素直に言えなかったのかと思いますね。「お前には俺が必要だ」という形に持っていこうとするから、私としても反発せざるをえない。虚栄心で歪んだ、愚かな男です。

>本末転倒

 まったくその通りです。

 お前の体を気遣って起こさなかった→なぜ起きないのだと怒る

 やってることどう考えてもおかしいですねw
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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