犯罪者名鑑 山地悠紀夫 8


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 大阪美人姉妹殺人事件


 2005年11月17日午前2時半ごろ、勤務していた飲食店での仕事を終えて帰宅した明日香さんがドアを開けた瞬間、山地は背後から突然、襲いかかりました。ナイフで胸を突き刺し、痛みと恐怖で動けなくなっている明日香さんのズボンと下着を脱がせ、強姦したのです。

 その僅か10分後には、妹の千妃路さんが帰宅。お姉さん同様に、ナイフで胸を突き刺し、お姉さんのすぐ側で、同じように強姦しました。

 その後、山地は、ふつうに行為を終えた男がそうするように、ベランダでゆっくりと、タバコを燻らせていました。行動の異常性に慄然とするのもありますが、純粋に、このときの彼がどういう気持ちだった、吸ったタバコの味はどうだったのかという興味もあります。

 タバコをゆっくりと灰にした山地は、虫の息だった姉妹の胸を、再び突き刺して、完全に息の根を止めました。「山地はどうしてそこでやめてくれなかったのか、たとえ後遺症が残ったとしても、一生介護が必要だったとしても、命だけは助けてほしかった」という、姉妹のお母さんのコメントが涙を誘います。

 姉妹を殺害した後、山地は室内に放火し、現金5000円や小銭入れ、貯金箱などを奪った上で逃走しました。姉妹は出火により通報を受けた消防によって発見されましたが、搬送された病院で死亡が確認されました。

 すぐに捜査が開始されましたが、山地は事件から一か月も経たないうちに、あっさりと逮捕されました。なんと事件現場のすぐ近くの公園や神社で、ずっと野宿をしていたということです。凶器となったナイフも、神社の倉庫に隠しただけでした。最初から逃げるつもりなどなかったのです。

 逮捕された瞬間、山地が放った一言は「完全黙秘します」でした。

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  真里


 明日香さん、千妃路さんの父である和男さんは、事件について「娘がストーカーに殺害されたのならまだ納得できた」と語っていました。

 ストーカーというと偏執狂による犯罪のように言われますが、それは一方的な見方というものです。どっちが悪いかといえばストーカーが悪いのでしょうが、被害者の方にもまったく落ち度がないケースはむしろ稀で、ストーカーの被害に遭うような人は、大抵「言わなくてもいい余計な一言」を言っています。相手の想いを断るだけではなく「踏みにじって」いるケースがほとんどです。

 本題はストーカーではないのでこれくらいにしますが、ご自身が子供のころから、悪いことをすれば親や教師から鉄拳制裁を加えられ、人の「筋道」について厳しく教えられてきたという和男さんは、娘にも何か落ち度があったとしたならば、山地を許す気にはなれないにしても、少しは納得できたが、まったくの無差別に殺害されたというのではどうにも遣り切れない、と仰っているということです。

 和男さんの言っていることはまったく正しいと思いますが、微妙なのは、この事件が純粋な無差別殺人事件だったとは限らない、というところです。山地と姉妹の間には面識はありませんし、姉妹に落ち度はまったくないという点も確かなのですが、この事件は「怨恨による殺人」の可能性があるのです。

 山地を扱った書籍やHPの中には、本人の供述から、山地の第二の殺人を、「山地は母親を殺したときの快楽が忘れられなかったから」とし、山地を異常快楽殺人者のように書いているものもあります。確かに大阪美人姉妹殺人事件の手口は、実母殺害事件同様とびきり残虐なものであり、山地に残虐行為を楽しむ性向がまったくなかったとは言いませんが、山地には酒鬼薔薇のような動物虐待の過去はなく、性的サディズムを証明する根拠は、それこそ本人の供述以外にはありません。

 快楽殺人以外で、とびきり残虐な手口で人を殺す動機は、「怨恨」以外にはありえません。しかし、山地と姉妹には面識がありません。

 これまた本人の供述を鵜呑みにして、「山地はゴト師グループのボスに頭にきて、あてつけのために犯行に及んだ」などと書いてあるものもありますが、これは正しくないでしょう。恨みというものは上書きされるものであり、田岡は山地が深く関わった最後の人物ではありましたが、彼が山地の生涯でもっとも恨むべき人物であったかと言われれば、私はそうではない気がします。

 田岡は山地が出て行った後、まだ自分のアジトの近くをうろついているのを知ったとき、「頭を冷やしたら、すぐ戻ってくるだろう」と思っていたといいます。田岡はガサツな男ではあったようですが、身寄りのない山地を引き取って、息子のように面倒を見てくれた男であり、山地にもそれは伝わっていたはずです。

 そもそも山地が社会に出て苦労するようになったのは自分の起こした犯罪のせいであり、露頭に迷った原因を田岡に責任転嫁するほど浅はかな思考回路はなかったはずです。「引導を渡された」とは思っていたかもしれませんが、「恨み」まで行っていたかといえば違うでしょう。

 秋葉原事件などでもいえますが、犯罪の動機において、本人の供述が100パーセントの真実であると思うのは、あまりに単純に過ぎると、私は思います。山地が姉妹を殺害したのは動かせない事実であり、どう足掻いたところで極刑は免れません。「ドラえもんが助けてくれると思った」などと語って心神喪失でも装うというのであればともかく、このうえわざわざ、自分にとって不都合になる真実を語る必要はありません。

 では、山地が姉妹を殺害した本当の動機は何なのか?山地はなぜ、真の動機を隠そうとしたのでしょうか?

 こういうケースで男が口を閉ざす理由といえば、「女」が関わっているときではないでしょうか。男と女の力関係がイーブンあるいは逆転するに至った時代に育った最近の子ならわかりませんが、私(1987年生)以前の世代の男なら、多かれ少なかれ、「男が女のことでメソメソするのは恥」といったような感覚を持っているはずです。「惚れた女が忘れられなくて事件を起こした」なんて本当のことを言うよりも、「異常快楽殺人者」として怖れられて死んだほうが、一等箔がつく、と山地が思ったとしても、不思議ではないように思います。

 山地には、少年時代に、焦がれて焦がれて焦がれぬいた女性がいました。彼女と肉体関係を持てたことは、山地の人生で唯一といっていい成功体験であり、彼女の存在は、暗い地を這うような山地の人生で、たった一つの光でした。

 彼女は、山地の実母殺害事件の後、当時交際していたガソリンスタンド店員とは別の男性と結婚し、家庭を築いていました。姉妹殺害事件後、彼女――真里は、取材に訪れた記者に対し、激しい嫌悪感を露わにしました。

「姉妹殺害事件にわたしがなんの関係があるんですか!前の事件(実母殺害事件)では私も傷ついているんだ!」

 平穏をかき乱された真里にも、同情すべき点はあります。しかし、実母殺害事件からは6年もの月日が経ち、真里は29歳になっていました。誰も彼女を責めているわけでもないのに、彼女がこれほど取り乱す必要はあったのでしょうか。

 一貫して山地を拒絶し、迷惑だと吐き捨てる彼女の冷たい言葉が、どこかで、誰かを通じて、山地に届いていた可能性はないでしょうか。

 山地は少年院出所後も、実母殺害事件当時の真里の携帯番号を、ずっと電話帳に登録していました。もう、とっくに使われなくなっている電話番号を・・・・。

  姉妹殺害事件の前、山地はマンションの配電盤をいじくって、姉妹の部屋の電気を止めるいたずらをしていました。姉妹をおびき出したという意見もありますが、私にはなにか、山地が姉妹の気を引きたくて、子供じみたいたずらをしていたようにも思えます。

 法廷において、山地は逮捕時の言葉通り、事件の核心に触れる質問のほとんどに黙秘を貫きましたが、質問が真里に及んだときの「黙秘します!!!!」は、他に比べてずっと力が入っていたそうです。

 真里との一夜から六年あまりの月日が経った当時も、山地は真里のことを強烈に、狂おしいほどに想っていたのではないでしょうか。

 愛情は、それが強ければ強いほど、裏切られ、踏みにじられたときの憎しみも強くなります。山地は自分の人生が詰んだときは、真里を殺して刑務所に入る、あるいは死刑になることを、ずっと前から決めていたのではないでしょうか。

 しかし山地は、大好きで大好きで仕方がなく、憎くて憎くて仕方がない真里の居場所を知りません。ゴト師の田岡のところを飛び出したときの所持金は三万円程度しかなく、山地はごく限られた時間の中で、ごく限られた行動範囲の中から、「真里」を探し出さねばいけませんでした。

 山地は姉妹、とくにお姉さんの明日香さんに、真里の姿を重ね合わせていたのではないでしょうか。山地は取り調べにおいて、若い女性検事を相手に、レイプをしたときの状況を嬉々として語っていたといいますが、真里への憎しみは、少なからず真里の年頃の女性全体への憎しみになっていたのかもしれません。

 本当に嫌な言い方になってしまって恐縮なのですが、姉妹は山地に、真里の「代わり」として殺害された可能性があるということです。山地の生涯を長年追い続けたジャーナリストは、「事件のことを調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、この結論に行きつかざるをえなかった」と語っていますが、私もまったく同感です。

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 その後

  山地は逮捕時の言葉通り、裁判や取り調べにおいて、頑ななまでの黙秘を貫きました。特に、事件の動機に関する部分においては完全に口を閉ざし、何を聞かれても「わかりません」「「黙秘します」の一言で最後まで通しました。
 
 お父さんの和男さんは、裁判の傍聴に向かう前、必ず、姉妹の骨を食べていたといいます。お隣の国には、血は母より、骨は父より受け継ぐ、という有名な歌がありますが、娘の体の一部を直接体内に取り込むことで、娘の悲しみや怒りを自らの心と同化させていたのでしょう。

 山地の死刑を嘆願する署名には、2万通以上もの署名が集まりました。実母を殺害したときの署名の数が約5千通でしたから、山地の更生を望んだ4倍もの数の人が、山地の死を望んだということになります。悲しい結末ですが、それが山地が犯した罪の重さです。

 無残にも殺害された姉妹の家には、その後、姉妹が生前親しくしていた友人が頻繁に訪ねてくるようになりました。友人たちは、お母さんと一緒に料理を作ったり、布団を持ち込んで泊まっていったりと、上原家で自分の家のようにくつろぎ、ときには千妃路さんの友達が喧嘩をはじめ、お兄さんに怒られるなどということもあったそうです。

 これを知ったとき、私は友人たちの温かさに心打たれるより、痛々しさを感じてしまいました。殺人は遺族だけでなく、遺族の友人たちにも深い傷を残すのです。

 死刑確定から2年後の2009年7月28日、山地の死刑は執行されました。享年25。


 総括:山地の生い立ちには同情すべきところがありました。あの環境で、発達障害の疑いまで抱えながら、友人も作り、恋もして、山地はむしろ前向きに、立派に生きようとしていたと思います。

 日本の矯正教育は、異常なまでに「反省」を重視するという特徴がある反面、世間の前科者への風当たりは強く、受刑者の社会復帰の支援が十分に出来ているとは言い難いところがあります。このままでは、当局の社会復帰支援の不備を覆い隠すために、受刑者に過剰なまでに「反省」を押し付けているようなものです。

 この事件も私が何度も述べていることと同じ結論になってしまいますが、いたずらに厳罰化を推し進めることではなく、貧困の連鎖を断ち切ることと、不幸な生い立ちを背負った人がもう一度夢を見られる社会づくりこそが、犯罪を減らす唯一の手段であると私は思います。

 犯罪者名鑑 山地悠紀夫 完
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No title

山地は真里のことを忘れられなかったのでしょうね。
真里の電話番号をずっと登録していたというのも番号がもしかしたら変わっていないかもしれないという期待を持ち続けていたのだと思います。
山地は残酷な犯罪者ですが純情な男でもあったのですね。
事件の後山地が逃げなかったのはもう逮捕されて死刑になっても構わないという気持ちだったのでしょうね。
山地の場合刑務所から出所して社会で働くよりも刑務所の生活のままでいたほうが良かったのではないかと思います。
社会にいるよりも刑務所のような管理された生活が性に合っている人間もいそうな気がしますね。
山地の死刑執行の期間は他の死刑囚よりもかなり早期ですね。
宅間のように早期執行を望んで訴えていたのでしょうか。
25歳で死刑執行というのは死刑囚の中で最も若い年齢であるように感じます。
国民の多数の嘆願署名も影響があったのでしょうね。

「恋愛」というものは、とりわけ若者にとって非常に心揺さぶられる出来事の1つといえるでしょう。


様々な葛藤を鬱積させている者に爆発的な何かを起こさせる引き金としては充分であると思います。


嘗て、私と全く馬が合わない連中の中に意中の相手がいた事がありました。

その娘を抱きたい一心で連中に必死で迎合しましたが、娘が私の横で寝息をたてる日が訪れなかったため、私は連中との交流を全て断ちました。するとやはり忽ち連中は私に敵意を向けてき、私もまた連中の事を目障りに思い、全員くたばればいいとさえ思いました。


そういえば、ついこの前テレビで都井の事がやっていました。彼もまた、恋心を寄せた娘に拒絶された事を犯行動機の一旦とした者の1人といえるでしょう。

山地が姉妹を半殺しにし強姦した後ベランダでゆっくりとタバコを吸っている時どんな気持ちったのか、タバコの味はどうだったのか興味ありますね。
ジワジワ苦しめ最後にトドメを刺すところが山地の残酷な所ですね。残酷な殺し方は母親を殺した時と同じみたいですね。
確か我思うゆえに我あり 死刑囚 山地悠紀夫の二度の殺人という本には山地が少年医院に入る前に付き合っていた彼女に見立ててお姉さんの方を狙ったと作者は思っているみたいですがどうなんでしょうか?
仮に妹が帰って来なく殺したのがお姉さん一人だったら判決はどうだったのでしょうか?
山地が元彼女にそれ程の怨みを持っていたのでしょうか?
まぁ〜本人が処刑されてしまった以上同期は永遠に謎ですけど…
山地がずっと思っていた彼女は今どうしているか興味ありますね。
山地の弁護士だった人が山地に関する本を書けばいいですけどね。山地に一番近い人物なんですから…
それにしても25歳で死刑は早過ぎですね。
本当に山地の人生死刑になる為に生まれて来たみたいで犯罪者のなかでも特に同情します。

No title

L.Wさん

 まあ恋愛だけが山地が屈折した理由ではないですけど、壮絶な人生の中でたった一つの光でしたから、喪失感は大きかったでしょうね。

 都井睦夫の事件は、あの時代はあの時代で、おやつを食われた恨みで小学生が友達を銃で撃ち殺したりとかカオスな犯罪が沢山起こってて、銃社会ゆえの側面もあるし、恋愛云々、夜這い云々で一くくりにはできない事件です。紹介する機会があればと思います。

No title

seaskyさん

 今の時代、一途すぎるのは「重い」とか言われて避けられがちですが、私に言わせれば時代の方がおかしいのであって、一人の人をこれだけ深く思えるのはいいところだと思いますけどね。

 あんまりこういう考え方はしたくないですが、社会から隔離してやった方が本人のためになる場合もあるのかもしれません。山地が社会でまともにやってくのは、我々が原始時代で生きていくくらい「無理ゲ―」だったと思います。酒鬼薔薇も言ってましたが、逮捕時の山地のあの笑みほど絶望をあらわす表情もないでしょうね。


No title

まっちゃんさん

山地は確実にお姉さんと真里を重ね合わせていたと思いますね。ドラマチックにし過ぎだろうと思う人もいるかもしれませんが、死刑囚でドラマにならないような平板な生涯を送ってる人なんていませんからね。

 彼女は今40歳くらいですかね。取材への対応を見ていると事件に向き合うのを避けているようですが、きちんと向き合った方が楽になれることもあると思うんですけどね。別に世間に向けて発言する必要はないですが、旦那さんとかにはきちんと話して、重荷を下ろせていればいいと思いますね。

今年も楽しませていただきました

来年更新停止されるようで寂しいですが、なかなかコメントができなかったなあと心残りです。山地くんは死刑執行後に多くの女性ファンに嘆かれたようですが、真里よりも彼を愛してくれる女性に出会えていれば、こんな悲劇にはなりませんでしたね。作者様の目線をもう少し多くの人が持ち、世の中が動きますように。私はサイト開設直後から少ないですがコメントしてますので、挨拶に入っていて良かった。来年もよろしくお願いします。

No title

かなえさん


 あけましておめでとうございます。あれは一応仮の挨拶だったので、こっちで本当の挨拶にさせていただきます。昨年は小説を中心にコメントいただきありがとうございました。サイトは今年新生活を始めることもあって、いったん停止する予定なのですが、またいずれ再開したいと思っています。そのころには文章で金を稼ぎ、このサイトに過度に依存しすぎないようになっていればいいと思いますが・・・。 あと4ヶ月ですが、どうぞそれまでお付き合い頂ければ、と思います。

 事件当時まだ22だったので、それこそ生きていれば、もっといい女性に巡り合う可能性はあったと思うんですけどね。やっぱり、まず安定して生活できる基盤がないとどうしようもないです。

 普通のアイドルもそうですけど、女性の場合ファンといっても本当にその人が好きっていうより、女性同士で集まってワイワイやるために応援してる方が強いの気がするのが、個人的にはちょっと気になるところですね・・。ジャニーズとかだったら全然それでもいいと思うんですけども。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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