犯罪者名鑑 宅間守 1

 
前編~ 時代に咲いた”仇花”の生涯
 
  
たくまあ



 悪のカリスマ

 
 日本犯罪史上に名を遺す”カリスマ”といえばこの人物でしょう。残虐非道な事件を起こした極悪人でありながら、ネット上には今なお、宅間を賞賛するかのような声が少なくない数聞かれ、特に貧困層に生きる人々にとっては、宅間は一種の崇拝の対象といってもいい存在となっています。

 なぜ、宅間は人を惹きつけるのでしょう。

 見てくれの良さはあると思います。今、こうして宅間の顔写真を見ている私も、宅間のことを「カッコいい」と思っています。ジャニーズ系の女受けするタイプのイケメンではなく、精悍な男受けするタイプのイケメンです。身長は百八十四センチもあり、スタイルも良く、全身を見れば益々見栄えが良かったでしょう。

 また、宅間のやることなすことが、一々破天荒だったということもあると思います。


 ・小さい頃、三輪車で車道の真ん中を走り、車が列を作っているのを見て喜んでいた

 ・御巣鷹山の飛行機事故があった際、遺族に紛れて死体見物に行った

 ・刑務所に収監されていたころ、結婚式の引き出物を入れる袋を貼る作業に従事していたが、作った袋の底に、バレないように「うんこを塗った」



 などのエピソードは、常人が頭を捻っても中々思いつくものではない、天性のインスピレーションによる行動です。昔のとんねるずが人気を集めたように、人は自分にはやろうと思ってもできない大暴れができる人間に惹かれるものです。

 しかし、ルックスの良さや、大暴れをするだけでは「芸人」として優秀なだけであって、「カリスマ」になることはできません。宅間の最大の魅力は、彼の生涯における主張が、終始一貫してブレなかったところにあるでしょう。

 彼の主張、それは自分が上手くいかない理由をすべて社会や他人のせいにする、徹底した他罰的思考です。日本人はこれが大嫌いで、自分がうまくいかないのは全部自分の努力が足りないせいだ、というような発言が正しいとされる場面が多いのですが、本当にそれでいいのでしょうか?

 確かに、なんでもかんでも他人や社会のせいにしているばかりでは、職場でトラブルなども増えますし、個人が成長することに繋がらず、社会全体も良くなりません。しかし、他人や社会だって明らかに悪いにも関わらず、全部自分のせいだと思ってしまうのも考えものです。努力もしてるし、間違ってもいないのに、周りの理解が得られないとか、単純に枠が足りなくて相応の地位に就けない人だっています。

 そもそも社会情勢というものが常に変動している以上、同じ成功を掴むために必要な努力量は一定ではありませんし、チャンスに巡り合えるかどうかは運もあります。外的要素をまったく無視して、すべてを自己責任にするのは、生活レベルの格差を、すべて個人の責任と思わせておいた方が都合がいい側にいる人物の思惑に踊らされているだけです。

 自罰的思考が行き過ぎるのは、努力しても幸せになれない社会の側の問題を覆い隠すことになるうえに、必要以上に人の自信を奪い、本当はポテンシャルのある人が頑張ることを諦めてしまったり、最終的には自殺という悲劇的結末を迎えてしまうことにも繋がります。

 宅間守が事件を起こした2001年は、小泉政権が成立した年で、「聖域なき構造改革」の名のもとに、民営化によって公共サービスが削減され、新自由主義的な経済政策によって貧富の差が拡大し始めた時代でした。社会では「自己責任の風潮」がピークになり初め、貧しさの原因のすべては努力不足のせいであるとする人が大勢いました。

 そんな時代にあって、広く社会に向けて、「自分のせいだけじゃない」と言い放った宅間の言葉は、どれほど頑張っても苦しい立場から抜け出せない人々に、「よくぞ言ってくれた!」と讃えられました。彼の主張が中途半端でなく、混じりっ気がまったくない、一貫したものだったからこそ、他人にも影響を与えることができたのです。



たくま



 ”復讐”という勝ち筋


 まだオープニングですから、すぐに本筋に入らず、もう少し「ヒーローとしての宅間守」を語りたいと思います。以下の文章は、もう、この社会の中で、人を殺して人生にケジメをつけるしかないというところまで追い詰められた経験がある、という前提の上での話であり、人を殺すのが悪いことだとか、復讐は何も生み出さないという次元の話ではないことを了解して頂いたうえで、先に進んでください。

 私はこの社会の中で不遇な立場にある、一介の無業者、底辺労働者として、宅間守のやったことを「よくやった!」と思う部分は、はっきり言ってあります。


 コラッ ホームレス おまえら、何にしがみついているんや。
 おまえらは、動物や。
 ただ、死ぬのをびびって、生き長らえている動物や。
 人間のプライドが、少しでもあるのやったら、無差別なり、又、
 昔、不愉快な思いをさせた奴にケジメをつけて、懲役なり、死刑なりに、
 ならんかい。ウジウジウジウジ、生ゴミ喰うてるのか。
 何を喰うているのか、知らんが、おまえらは、動物や。

 

 宅間守の名言のひとつですが、私は既存の社会の中で、どうあがいても浮上の目がないとわかった人が社会に復讐心を抱くのは当然だと思います。勝ち組の側にいる人間にそれを非難されれば、普通以上の苦労をした経験がないヤツに何がわかるのだと思いますし、負け組の側にいる人間に非難されれば、お前が立ち上がる勇気がないからといって、奴隷根性を正当化するなと思います。弱者がいくら声をあげても、虫けらが叫んでいるだけと、社会が相手にしてくれないのなら、一定数がこうして弾けるのは仕方がないことです。

 ただ、私の中でも賛否両論あるのが、事件のターゲットとして、無辜の子供たちを選んだことです。

 わかりきった話で、人など殺せば、ほとんどは捕まります。宅間本人も後悔していることですが、自分が獄に繋がれる身となっているのに、本当に恨みに思っている人物がシャバでのうのうと生きていたら、悔やんでも悔やみきれません。一回こっきりのチャンスを使うのなら、自分が本当に殺したい人間を殺すべきでしょう。事情によっては、一定の同情を買える可能性もあります。

 ただ、この事件がこれほど注目を浴びたのは、やっぱり何の罪もない子供を殺したからだったのかな、という気もします。宅間守が殺害したのが、彼が本当に恨んでいる父親、あるいは三番目の妻であったなら、単なる私怨として片づけられ、社会全体への復讐という見方はされなかったかもしれず、それでは宅間の不満は晴れなかったというなら、私の考えも単なる価値観の押し付けにしかなりません。


>> 事件について寄せられたコメントの大半は「努力しなかったお前が悪い」という趣旨の自分に対する批判でした。それは予想通りでした。しかし、「先天性の身体障害以外は一切の不平等は存在しない。それ以外はすべて努力で埋まる。私は格差など認めない。格差はすべて当人の努力の差がそのまま反映したものでしかない」というコメントを見て衝撃を受けました。そのコメント主からすれば、都会に住む金持ちの子供と田舎に住む貧乏な子供はまったく対等であり、アファーマクティブアクションなど制度化された逆差別にしか見えないのでしょう。自分は拘置所の独居房の中で考えを巡らせました。そして「現在の日本の国教は”努力教”ではないのか?という結論に達しました」


>>自己責任、自己責任、というなら、お前らは当然、通行中、通り魔に襲われないように、常に周りを警戒しているんだろうな?
 
 前者は黒子のバスケ事件の渡邊博史の言葉、後者は2ちゃんねるの宅間守スレッドに書かれていた言葉ですが、極端な自己責任論には、弱者の側も極論で返すしかないのかな、という気もします。

  自分が一生負け組で、社会で浮上するチャンスが一つもないとわかったとき、それでも負けっぱなしでは終われないと思ったら、どうすればいいか?強大な社会に対して逆転勝利を掴むのは無理でも、せめてもの一矢を報いる――社会で成功している側の人間を一人でも二人でも道連れにする、それである程度スッキリするという人間は、勝ち組がどれだけ信じたくなかろうが、この世に一定数います。
 
 この社会で恵まれた立場にある人の大半は、必ずどこかで、誰かを蹴落として上がってきています。競争社会である以上、それは仕方がないことですが、人を蹴落とすとき、必要以上に人の恨みを買うことをしていませんか?余計な一言を言ってはいませんか?追い打ち、ダメ押しをかけてはいませんか?

 勝ち組が自己責任において負け組の人生を踏みにじるのなら、負け組が破滅覚悟で勝ち組に牙を剥くのも自己責任。追い詰められた負け組から身を守るのも、やはり自己責任です。
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No title

宅間守は知らない人がいないくらいの有名な犯罪者ですね。
あの自己責任論が蔓延していた時代にあって宅間は時代の代弁者的な部分があったのでしょうね。
宅間は父親や妻を狙うことも考えていたのでしょうがそれでは死刑まではならなかったと思います。
間違いなく死刑になる事件でないといけなかったのでしょうね。
社会的に恵まれた人よりも恵まれていない人の方がより自罰的思考に陥りやすいと言えるかもしれません。
限度はありますが他罰的思考を身に付けることは生きていくうえで精神的に大分楽になる考えだと思い始めています。
今の時代において過剰な自罰的思考は害にしかならないと思いますね。

宅間の事件には私も鮮烈な印象を受けましたね。
まず初めに、惨劇の舞台が小学校である事や殺害人数が印象的でした。その後、徐々に明らかになっていく宅間の異常性も、これまたとても印象的でした。


これ程までに「性悪説」という言葉が似合う人物も珍しいと思います。






世の中、努力して成功する場合、努力しても成功しない場合、がある事に反論出来る人はいないでしょう(ハントがバンナをボコしてベルト巻いちゃったり)

物事は事後的にしか語れないので、そもそも「努力=成功」の図式をいちいち他人に押し付ける事自体が問題な気がしますね。


努力して成功した個人が、その体験に陶酔するのは勝手ですが、それを他人に押し付けるのは良くない。


本当に他人のためを思うなら、個人の個別性(個人の特徴や周囲の環境)を参酌し、個人が目指すゴールを達成するための方法を論理的に考えてあげるべきだと私は思います。

No title

seasky さん

 自己責任論がピークの00年代を今振り返って思うのは、人はかくも無知であり、学校の社会科の授業がいかにクソの役にもたってないかということですね。考えてみれば当然の話で、しっかり勉強している人間は自己責任論を言ってた方が都合がいい側にいるんで、バカがそいつらに騙されていたということです。

 完全にバランスで、合う合わないの問題もありますが、自殺とかアホなことするくらいなら他罰にシフトするべきだと思いますね。日本人は自罰が多いと書きましたが、正確には人には自罰を押し付けながら自分は他罰の考え方の人が多い気もしてきています。

 事件当時宅間守は極端に思考能力が弱まった状態だったと思うんですが、そこでなぜ池田小に向かったかは後で詳しく考証したいと思います。

No title

L.Wさん

 結局事件があれだけ話題になったのは、子供を狙ったことと、殺害人数にあったと思うので、ネットで言われている金持ちを殺していたら英雄になったとか、復讐するなら親父にやれというのは違うんですよね。

 自分の努力を絶対化するだけの人は俺ツエーがしたいだけで、努力するノウハウを人に教えようとはしないんで、個人に合わせたケアなどはできようはずもないですね。

確かに宅間はイケメンですね。私の知る限り犯罪者で順位付けるとしたら山地、宅間、市橋ですね。
遺族からしたら許せないだろうが確かに宅間を崇拝してる人はいますね。
本当に恨みのある人を殺したのではなく子供を殺害したのでこの事件はこれ程有名になったのでしょう。
でも私がもし追い詰められ人を殺すとしたら無差別でなく恨みのある人を殺すでしょうね。
最高刑が死刑でなく仮釈放無しの終身刑なら宅間は事件を起したのでしょうか?
死刑になりたがってる人間をサッサと始末して明らかに冤罪の可能性無いのに再審請求を出しまくっている死刑囚なかなか死刑にしないのは問題ですね。

No title

まっちゃんさん

 この顔立ちで高身長なら、普通にしていても女には不自由しなかったろうに、そっちの方が手っ取り早いからってレイプをやっちゃうのが凄いですよね。

 宅間の場合は、エリートの卵を殺したかったという動機がはっきりありますからね。本当に殺したい人物を殺したのでは目的は達成されなかったでしょう。非常に限られた選択肢の中から、もっとも合理的な決断をしたのだと思います。

 社会に対する復讐ということをはっきり言っている分、ネットの掲示板でのトラブルという、被害者にまったく関係のない動機を主張している加藤よりも、ある意味遺族にとって納得できる部分もありますけどね・・・。

No title

宅間はそのカリスマを才能として活かせていれば凶行に及ばずに済んだかも知れない、と思います。
他罰的に関して言うなら、彼の父親は毒親と言うほかないのでその通りでしょうね。
自己責任自己責任で多様性を認めない世の中というのは息苦しいだけです。
多様性を認めて共生すれば結果犯罪は減りコスト削減にもなると思います。

No title

NEOさん

 カリスマというのは結局周りの人間が作り上げるものなので、事件以前の宅間がカリスマだったかどうかはわからないですけどね💦

 ただ行動力は本当に凄いと思います。後先のことがまったく考えられないにしても、あれだけアグレッシブに行ける人間はそういないですよ。

 宅間の父親はマスコミ対応が悪すぎたせいで不当に貶められている面もあるような気はします。世代的平均や、昔の九州男児の気性を考えれば毒親とまではいえないと思いますね・・。悪のチャンピオン争いをしてもしょうがないですが小林薫の父親や亀田三兄弟の父親などもっとひどいのはいくらでもいます。

 時間に余裕があるときに、他の過去記事にもコメントくださると嬉しいです。読んでから時間が経つと熱が冷めてしまって難しい面もあるかと思いますが、私もサイトを閉める前に少しでも多くみなさんと話し、有意義な時間を過ごしたいと思いますので・・。

 

確かに宅間のブレなさは凄いですよね。


何だかんだで、死刑が確定する前後で主張が揺らぐような犯罪者が多いです。


また、宅間の生育歴を知った時、それは他の有名な犯罪者と比較しても頭一つ抜けてワルだと思いました。


凶悪犯を知る上で、生育歴というファクターはとても重要であり、多くの人の関心の的であると思います。


とりわけ異常性が高い犯罪者のそれには、より興味をそそられる事でしょう。


やっぱりメジャーどころだと酒鬼薔薇なんかが、凄い狂人として世間に認識されているようですが、宅間の方が明らかに狂ってますよね?


本当に悪い事をするために生まれてきたような男だと思います。だから、死刑という生涯の閉じ方が必然であるようにさえ思えます。


不条理を解らせたかった、犯行の動機の1つとして宅間がそう言っているわけですけれども、私は子供が殺された事云々よりも、宅間守という存在そのものに不条理を感じますね。


これ程までにどうしようもない悪人がこの世に存在するという事実こそが、世間が受け止めなければいけない不条理なのでしょう。

綺麗事では済まない事態について、宅間はその存在をもって問題提起した事になるでしょう。

No title

 LWさん

ある意味信念の人だったのかな、と思います。ヤクザにもなりきれない半グレの集団に比べたら、よっぽど自分の人生に筋を通してる。

 ヒトラーの名言とされているものに「私は間違っているが世間はもっと間違っている」というのがありますが、宅間の体現したものはそれだった気がします。

No title

こんばんは
結構派手に大量殺人などを行うやつは
わかりやすく確実に逮捕 死刑になったりとするパターンで
社会はそういったわかりやすい 犯罪事件に注目しますが
ほんとうに怖いのは
普段の顔はいいやつで 真面目な人間 実は殺人を繰り返している 殺された奴も見つからないみたいな・・・・・・・
サイコパスなやつ いるかもですね・・・・・・

No title

カズさん

 そういうタイプだと、比較的最近の犯罪者では松永太でしょうね。個人の連続殺人では最多となる二十人以上を殺害した勝田清孝も、数年間全国を殺人行脚しながら、消防士として普通に働いていました。

 年間何万と不審死が起きています。意外と我々の近くにも殺人鬼が潜んでいるかもしれないです。

No title

こんにちは
そうなんですよね年間数万人の行方不明者でていますから
知らず知らずに殺害されているとか 結構いるでしょうね
犯罪の露見 ましては逮捕されるということは
それで失敗ということですからね
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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