犯罪者名鑑 酒鬼薔薇聖斗 2

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 幼少時代


 酒鬼薔薇の幼稚園~小学校低学年時代までを簡潔に紹介していきます。

 小学校に上がる前の酒鬼薔薇は、砂場遊びで取られた玩具を取り返すこともできない、気が弱く内向的な子供だったといいます。また焼きもち焼きのところがあり、下の弟が生まれたとき、両親が弟ばかりに付きっ切りになるので、足が痛い、足が痛いと訴え、接骨院の先生に診てもらったこともありました。

 日常生活では繊細な面をみせる一方で、「大舞台」に立つとなぜか大胆になるところがあり、幼稚園の音楽発表会の際、直前に熱が出て満足に練習できなかったにも関わらず、堂々と舞台に上がってトライアングルを演奏してみせたそうです。このときお母さんが酒鬼薔薇に「緊張したら、観客を野菜と思ったらいいからね」とアドバイスし、それが、かの有名な犯行声明文の内容「汚い野菜どもには死の制裁を」の着想に繋がったと説明しているサイトなどもありますが、真相は不明です。

 小学校に上がった酒鬼薔薇は、忘れ物や落し物が目立ち、その度にお母さんから口を酸っぱく注意をされていました。典型的な注意欠陥障害のケースであり、注意されて治るものではありませんが、当時はまだ知られ始めたばかりであり、お母さんもまさか障害という可能性には思い至らなかったのでしょう。

 酒鬼薔薇は成長期にも関わらず食が細く、この頃にはすでにガリガリに痩せていたといいます。現在、30代となった酒鬼薔薇も、食べることにまったく興味がないということを語っていますが、世の中にはこういうマイノリティの人が一定数います。

 酒鬼薔薇は小学校低学年からすでに成績は悪く、通知表には2と3ばかりが並んでいました。知能指数がボーダーだったという話もありますが、あれだけの文章が書ける人間の知能が低いとは思えませんから、単に勉強に興味が持てなかったのでしょう。教材忘れや授業態度も影響していたのかもしれません。

 お父さんの学歴が中卒止まりだったこともあり、両親は勉強に関しては、酒鬼薔薇にあまり厳しいことは言いませんでした。酒鬼薔薇自身は、絵を描くことが好きで、周りからも褒められることがあったため、お母さんは「漫画家を目指してみたらどうか」などと勧めたりもしましたが、酒鬼薔薇はそこまでは自信が持てなかったようです。

 ご両親としては、勉強で偉くならなくてもいいから、何か一つでも得意なことを見つけて、自分に自信を持ってくれればいいと考えていらっしゃったようですが、確かに、酒鬼薔薇少年が、なにか全てを忘れて没頭できることを見つけられていたら、悲劇は起こらなかったのかもしれません。


 ケンカ


えさけおにばら



 酒鬼薔薇の家の男の子三人兄弟は小学校低学年のころから、よく兄弟げんかをしていました。ケンカといっても、兄弟では酒鬼薔薇が一番上で、下の弟とは歳も離れていましたから、実質酒鬼薔薇の弟イジメのようなものだったでしょう。事件の被害者である、土師淳くんにも、酒鬼薔薇は暴力を振るったことがありました。

 子どものケンカ自体は否定はしません。特に男の子であれば、ある程度はケンカをするべきだと思います。まだ力が弱い子どものうちに、力と力をぶつけ合えば人間は必ず傷つき、また自分の心も痛むのだということを学ぶのは、女性にはない腕力を神によって与えられ、それを弱い者をいたぶるのではなく、弱い者を守るために使うことを義務付けられた男性には、通過儀礼として必要なことではないかと思います。

 ケンカをまったく知らずに育った男は、人を傷つける酷い男になるか、大事な者を守れない情けない男になってしまうでしょう。しかし、やりすぎも当然、良くありません。

 分岐点となるのは、小学校高学年から中学生のころでしょう。男に第二次性徴が訪れ、それまでとは比べものにならない力を身に着ける時期に、自分の力の恐ろしさに気づくか気づかないかが、人の道に踏み止まるか、獣の領域に足を踏み入れてしまうかを決定づけると思います。

 酒鬼薔薇は踏み止まれず、14歳になっても、弟や友達に暴力を振るっていました。圧倒的な力で人を傷つけたときの心の痛みを、彼は感じることができなかったのです。
 
 私も子どものころはしょっちゅうケンカをやっていたクチで、今思えばほとんどイジメだったというような酷いものもありましたが、さすがに中学のころになると、「これ以上は、殺るか殺られるかの世界だ」と気づき、安易に暴力という手段に訴えることはなくなりました。

 しかし、私はそれが当然のことだったとは思っていません。当時、十代前半という未熟な年齢で、自分の心をうまく言葉にして表現できず、世の中の理屈もわからなかったときのことを思えば、あれはまさに、「気づくか気づかないか」という、薄いプラスチックで隔てられたような微妙な違いでしかありませんでした。私が暴力で人を傷つけたときの心の痛みに気づけず、酒鬼薔薇の側に行ってしまった可能性は大いにあったと思っています。

 今でも世界中で、人が暴力で人を傷つける事件は次々に起こっています。肉体的な暴力だけでなく、言葉の暴力で人を傷つける人もいます。自分は誰にも優しくしているという人も、気付かぬうちに、人を傷つけているかもしれません。誰の心の中にも「酒鬼薔薇聖斗」はいます。

  「自分は酒鬼薔薇とは違う」と安易に決めつける傲慢な心を持ってしまった瞬間、その人の中の「酒鬼薔薇聖斗」は目覚めるでしょう。


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 サスケ 



 お父さん、お母さん、男の子三人兄弟の家には、もう一匹、ペットの犬、サスケが一緒に住んでいました。酒鬼薔薇はサスケを大変可愛がっていましたが、サスケは酒鬼薔薇が小学三年生のころ、老衰で亡くなってしまいます。そのときに書いた作文の内容が、精神科医やワイドショーのコメンテーターに、お母さんの愛情不足を責めるために使われました。


  ぼくのうちのサスケ、は生まれてすぐぼくのうちにきてそだてられたから、お母さんのかおもしりません。くもりの日や雨の日にはこやの中で「クーン、クーン」といって、目になみだをためていました。ぼくがにわにでていって、「お母さんがこいしいか」ときいてみたら、「クーン、クーン」とまたいって、ぼくの足にしがみついてきました。ぼくが「ぜったい、お母さんに会えるで。」ってわかってもいないのに、つい口に出してしまった。だって、すごくかわいそうだったからだけど、そうゆうことをゆうと、サスケのなみだがおさまって、ぼくの手をなめてくれました。
 雨がすごくふって、ぼくのかおにあたってもぜんぜんきづきませんでした。サスケとの会わにしんけんになっていたのです。そのあと、ぼくはうちの中に、サスケはこやの中にはいっていった。
ぼくもお母さんがいなかったらな。いやだけど、やっぱりぼくのおかあさんみたいのがサスケのおかあさんだったらわからないけど。やっぱりかわいそうだな。 


 ※前回の記事にも、「まかいの大ま王」の作文を挿入しました。併せてご覧になってください。

 前回の記事にも書きましたが、なんでこれがお母さんを「鬼母」などと責める材料として使われてしまうのか、私には理解できません。酒鬼薔薇自身は、「これほんとのことなん?」と尋ねるお母さんに、「いいや。違うけど、こないして書いた方が面白いやろ」と答えていますが、それで十分ではないでしょうか。

 作文でお母さんをネタにしたのなら、読む人を楽しませるために、ちょっと大げさに書いて面白おかしくすることくらいは、小学生でもやるでしょう。子供の豊かな発想を否定することが、「深層心理を読み解く」ことなのでしょうか?

 無責任なマスコミが騒ぎ立てるだけならともかく、偉い学者先生が作文に酒鬼薔薇の深層心理が現れていたとするような意見に頷いたのが、私にはまったく理解できません。当たり前ですが、専門家のお墨付きがあれば、話しの信憑性はまったく違ってきます。責任ある立場にある人が、なぜこんなバカげた説を真実だと断定してしまうのでしょうか。

 私は学者という人たちを、あまり頭のいい人たちだと思っていません。あの人たちが一番ダメなのは、「難しいことを、難しいようにしか伝えられない」ところです。

 私は歴史や事件の本をよく読みますが、学者が書いた本というのは、90%以上つまらないです。ユーモアセンスがないということではなく、そもそも読者の興味を惹こうという努力がまったく感じられないのです。歴史なら、教科書にも載ってないような人物が、何の説明もなく、「知ってることが当たり前」みたいに次々に出てきたりなど、学者の書いた本は、とにかく「不親切」です。わかりにくいということは、つまらないということです。そして、読んだ人に誤解を与えやすいということです。

 確かに専門用語の知識などでは、素人は学者の足もとにも及ばないでしょう。しかし、一般向けの書籍やテレビ番組では、学者が中心になって作ったものよりも、素人が作ったものの方が、遥かに出来栄えがいいということが多々あります。なぜそんなことになってしまうのでしょう。学者は研究室に籠り切りで人間を知らず、読む人、観る人の「ツボ」がわからないのだという人もいますが、何にしろ学者は研究が専門であって、伝える能力には欠けた人が多いようです。

 若干話がずれてしまったかもしれませんが、これだけ言えるのは、その道の専門家だからといって、必ずしも正しいことを言っているとは限らず、素人の方が真実を突いた意見を言っていることもあるということです。情報が溢れすぎているこれからの世の中では、情報を発信する側だけでなく、受け取る側の知恵も問われてくるでしょう。

 余談ですが、「伝える」能力において私が日本に比類なき天才だと思うのは、ジャーナリストの池上彰氏です。「広く浅く」をあれほど深く極めた人はいないでしょう。
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No title

ここまで読んだ段階では酒鬼薔薇は多少の問題行動はあるにせよ普通の子供と大きく異なるとは言えないですね。
酒鬼薔薇が少年時代に夢中になるような趣味や得意分野を見つけていれば自信を得ることに繋がり犯罪者までいかなかったかもしれません。
海外の凶悪犯罪者も子供の時期は内向的で自信のない子供だったということを言っていますね。
食べることにまったく興味がないというのは驚きですね。
他の分野においてもこのような人達が少なからずいるのでしょうね。
有名な学者や専門家の発言だから正しいという価値観は捨て去ることでしょうね。
素人の意見よりも学者の意見を重んじる風潮は改めないといけませんね。
作文に関してはどこが問題になるのか分からないですね。
サスケの気持ちを思い遣っている普通に良い作文だと感じます。
子供は親に対して反抗的になったり天邪鬼な言動を執ってしまうことはよくあることだと思いますね。

弱い者をいたぶるのが愉しいという感覚は、今の私にはあまり有りませんが、子供の頃には有りましたね。自己顕示欲も満たされますし。

また、ある程度年齢がいくと、他人を暴力で苦しめたいとは思いませんでしたが、単純に闘いというものに楽しさは感じました。格闘技は、観戦するのも好きですし、少しかじりました。

自分のパンチや蹴りの威力が上がるのを実感すると、やっぱり対人で試したくなってしまうものです。気分はもうミルコですよ。





学者は本当に当てにならないですね。めちゃくちゃトンチンカンな事を言う人いますよね。


本も、酷いと専門用語を接続しただけのやつとか。内容が踏襲的すぎでウザいやつとか。


かの谷崎潤一郎も言ってました。

難しい言葉知ってますナルシスみたいなのいらないから、みたいな事を。

No title

seaskyさん

 まず小学校低学年のころまでを説明していきましたが、ここまでは危険な兆候はまだ見られませんね。

 酒鬼薔薇の「絶歌」を読んで思ったのは、彼は普通の少年と大差ないということです。性的サディズムだなんだと言われていますが、彼も普通の少年と同じようなコンプレックスで悩み、同じようなことで苦しんでいます。底辺労働の現場とかもそうですが、自信がないと、どうしても人間、弱者に牙を向ける方向にむかってしまうんですよね。けして性的サディズムだけが事件の原因ではありません。彼が何か夢中になれるものがあり、自信をつけることができていれば、事件はなかったと思いますね。

 
 学者さんは基本的に、知識はあるけど、思考力や想像力は並かそれ以下という人たちです。多数の統計をとって、人のタイプをある程度大ざっぱに分類する能力には長けていると思いますが、一人の人間を様々な角度から分析する能力はあまりないと思いますね。


No title

L.Wさん

 格闘技だけでなく、スポーツの本質はやはり暴力衝動だと思います。野蛮な要素がないスポーツはやっぱり人気もないですよ。
人間がどんなに抑えようとしても残ってしまうものを発散させるために必要なものなのでしょう。暴力衝動を発生させる最大の要因は言うまでもなくストレスですが、スポーツが大衆に普及し始めた時代背景を考えると、時間拘束と単純労働というものが人間にとっていかにストレスを与えるかがわかります。

 学者の文章のわかりにくさは専門用語をひけらかしたいナルシストなのか、ある程度わかってるヤツだけが俺についてくればいいんだというような一種の選民思想なのか、読み手をまったく思いやれない想像力の欠如なのか・・。 難しい文章を書くのがカッコイイみたいな空気があるのか・・・。

 小保方さんの件とか見ても、学界というのは世俗から孤立した空間のようなので、考えることが一般の人とはちょっと違うんでしょうね・・・。

専門色が濃い本はある程度仕方がないのかな、と思います。

特に理系のなんかだと定理を積み重ねていって新たな定理を生み出したりしているので、いちいち説明してられないんでしょうね。


私の経験でしかないですけれども、小難しい本も平易な本も同じテーマを扱っているなら大して内容に差はないような気がしますね。


珍しい思想等も平易な文章で説明できない事はないと思います。


あとは読み手の根気ですね。すぐ「○○は難しい」とか言わずに、落ち着いて読む事が大事だと思います。

No title

L.Wさん
 
 小難しく書いているようだけど、あれは最大限無駄を省いた、美しい文章なんだ、と言ってる人がいたのを思い出しました。

 教壇に立つ先生の補足説明がある前提で書かれている教科書ならともかく、一般向けに売り出している以上、それでは通らないと思いますけどね・・・。

幼稚園〜小学時代までは特に問題あるとは思えませんが自分よりも年下の子に暴力を振るい虐めるのは問題ありそうですね。同級生とは喧嘩などしなかったのですかね。
親の躾けなども言われている程厳しくなくごく普通ですね。
マスコミも普通の家庭で育った子供があれ程の事件を起したと言うと世間の不安をあおるから異常な家庭と言う事にしたくて大袈裟に報道したのでしょう。
学者の書く本は確かに難しく分かりづらいですが素人が読むのでなくこの学問を専攻してる人向けに書いてると思うので分かる人は分かるのでしょう。
酒鬼薔薇は猫を虐殺していたが自分で飼っていた犬は可愛がっていたんですね。

お久しぶりです。
池上彰さんは別格ですよね。
ちなみにホリエモンもやっぱすげーなって
思いますけど・・
まぁ学者は何かあったら過去の言動に
因果関係を求めたがるんでしょう

No title

まっちゃんさん

イジメは当然良くないですが、この時期だったらまだ間に合う、と考えたいと思います。重大犯罪でも、小学校低学年以下のイジメがトラウマになったという話はあまり聞かないですし・・・。同級生とも当然ケンカがあったでしょうね。中学二年の時点で暴行沙汰を起こしていますから・・・・。

 親の躾については仰る通りです。専門書はどれだけ噛み砕いた表現にしても万人に理解されるわけではありませんが、その努力を端からしないのは問題だと思いますね・・。

 猫の虐待については、次回紹介します。

No title

けいさん

 堀江は成金の豚にありがちな、情報弱者相手に俺ツエーしてるだけなんで、池上氏とは比べられないでしょうけどね。まあ金を稼ぐノウハウを少しは出しているのは偉いと思いますが・・・。

 学者も聞かれたらなんか答えないといけないんでしょうけどね。適当なこというくらいだったら安請け合いすんなと思いますが。

釈迦は説法をする際に出来るだけ平易な物言いを心掛けていたようで、弟子達にもそうあるべきだと指導したそうです。


このように、大物ほど分かり易く主張を伝えている事が多いように私は思います(小室直樹とか小林秀雄とか)


難解な言葉と平易な言葉、どちらを用いた方が多くの読者の理解を得られるか。

いい文章は分かりやすい文章。という考えに異論を唱える人はあまりいないと思いますし、人は普通そう考えて文章を書くはずです。

その考えがあっても、難解な言葉を多様したがる人は、やはりナルシスな場合が多い気がします。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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