栃木リンチ殺害事件 2

 しょうねんB


 写真 : 少年B

 事件にならねば動けない


「警察は事件にならないと動けないんだ!あんたらの息子が金を仲間に分け与えて、不良の仲間と楽しく遊んでるんだろう」

 これが、須藤さんの両親が相談に訪れた、石橋署の生活安全課の刑事の対応でした。一回はまだしも、二回目からは椅子にふんぞり返って、ボールペンを手で回し、口調もぞんざいになるなど酷いものだったといいます。挙句の果てには、「あんたらの息子は麻薬をやっているんじゃないのか」などと決めつけたというから呆れてしまいます。

「じゃあ、麻薬の線でもいいから捜査をしてください」

 両親はそれでも根気強く、捜査の必要性を訴えましたが、事実無根の決めつけで被害者を侮辱した石橋署の五十代の警官は、「事件にならないと動けないんだよ」の一点張りで、あからさまに迷惑そうに、両親を追い返そうとします。

 そうこうしているうちにも、息子が酷い目に遭わされているかもしれない。両親は独力で須藤さんを奪還しようと動き始めます。須藤さん失踪から一週間あまり経った頃には消費者金融のカードも限度額一杯になっており、犯人グループは、須藤さんの友人に借金を申し込ませていたのですが、犯人グループがあるひとりの友人宅を訪れた際に、お父さんは遠く離れた場所から、須藤さんたちの様子を伺っていました。その場に出ていくことができなかったのは、友人が犯人たちからの仕返しを怖れたためです。

 お父さんはさぞ歯がゆい思いだったでしょうが、なんとか車のナンバーを抑えることはできました。これと目撃証言を掛け合わせて、犯人グループにBとCが関わっていることが明らかになりました。Bは須藤さんが勤める日産の社員です。両親は日産に調査協力を依頼し、実際にBを会社の事務所に呼ぶところまでは成功したようなのですが、なんと日産は、事件には関係ないというBの言い分を全面的に信じて、Bをさっさと帰してしまったのです。

 後に詳述しますが、この事件が悲惨な結末を迎えてしまったことには、日産の対応のまずさも深く関係していました。当時の報道では、栃木県警の対応については、石橋署の警官ばかりが悪いように言われていたのですが、後の調査により、警察の非協力的な態度の裏に、日産の思惑が絡んでいた疑いが濃厚であることがわかってきたのです。

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 見殺しの五十代刑事

 友人に借金を申し込んだ場面では、須藤さんの右腕には包帯がまかれており、顔面が腫れ上がっていたという目撃証言があったにも拘わらず、警察はまだ動こうとしません。この頃、すでに須藤さんは重度の火傷に皮膚を蝕まれており、膿んで悪臭を発し始めていたため、A自らが付き添って、病院に治療に訪れていたのですが、須藤さんはすでに逃げる気力を失っており、病院からの通報もありませんでした。

 非道な犯人グループは、重体の須藤さんをなおも脅しつけ、両親を諦めさせるため、電話口で「おやじ、金を出さないとぶっ殺すぞ」などと罵倒させることさえ始めていました。お母さんは食事ものどを通らず、短い期間で一気に痩せこけてしまったといいます。

 すでに須藤さんが犯人グループに拉致されてから、数週間の月日が過ぎていました。ここに至り、両親は犯行に関わっていることがわかっているBとCの親に、強い口調で須藤さん奪還への協力を迫りました。BとCの親は最初は素直に従い、須藤さんの両親と一緒に、石橋署へと向かいました。

「何なんだ須藤さん、この騒ぎは。日産からも人を寄越したりして、何を騒いでいるんだよ。今日は何しに来たんだ」

 例の五十代の刑事は相変わらずの態度です。もう慣れっこになっている両親は、BとCの親と一緒に、須藤さん捜索を要請しますが、須藤さんが重度の火傷を負っているという情報を出しても、刑事はまだ、事件にならないと動けないの一点張りです。と、そこに、須藤さん本人から電話がかかってきました。いつもの金の無心だったのですが、ここで機転を利かせたお父さんは、電話を五十代の刑事に代わってもらうことにしました。
 
 刑事は曲がりなりにも、捜査のプロです。須藤さんからの電話を受け取れば、刑事にも事の重大さがわかり、捜査に踏み切ってくれるという判断だったのですが・・・・。

「石橋だ。石橋署の警察のモノだ・・・・あれ?切れちゃったよ」

 なんと、お父さんが「友達に代わるから」とわざわざ断ってから電話を交代したにも関わらず、無能な五十代の刑事は、バカ正直に警察だと名乗ってしまったのです。これでは、犯人グループを警戒させるだけなのは素人にもわかります。

 さすがにまずいと思ったのでしょう。刑事は両親に「Cの車を手配する」と約束しましたが、時すでに遅し。このときの電話がきっかけとなり、須藤さんへの連日の暴行が警察に発覚するのを恐れた三人は、とうとう須藤さんを殺害することを決意してしまったのです。


とうしょうぐう


 
 最悪の事態はどうすれば防げたのか

 
 事件で一番非難を受けるべきは犯人グループの少年三名、次に、一向に動こうとしない警察と、警察に「動くな」の指示を出した可能性がある日産であるのは間違いありません。しかし、国際水準でみれば、もともと警察はあまり頼りにならないもので、治安が民間人の自衛の意識に委ねられている部分が大きいのは確かです。

 須藤さん殺害の顛末を書く前に、被害者を責める意図ではなく、客観的に、警察が頼りにならないものであるという前提で、被害者側がどうすればよかったのかを考えてみたいと思います。

 この事件を知った誰もが疑問に思うことは、被害者の須藤さんは、なぜ犯人グループから全力で逃げようとしなかったのか、ということでしょう。事件中、須藤さんは完全な監禁状態に置かれていたわけではなく、飲食店、飛行機、火傷の治療に訪れた病院、金を借りにいった友人の前など、頻繁に外部と接触していました。にも拘わらず、どうして彼は、なりふり構わず逃げ、助けを求められなかったのか。

 一度、逃げようとしたことはありました。しかし、それで酷い暴力を受けた結果、須藤さんはおそらく、「学習性無気力状態」という心理に陥ってしまったのでしょう。DVなどでも同じですが、抵抗して酷い目に遭わされたとき、人間は反抗の気力をなくし、加害者に対して盲従的になってしまうものです。

 酷な意見かもしれませんが、須藤さんがあまりにも優しすぎた、というのも原因かもしれません。逃げたら家族を殺してやるというAの脅しを信じてしまったというのはまだしも、なんと須藤さんは、自分が逃げたら、今度はBとCが、主犯であるAに酷い目に遭わされることを心配していたというのです。

 これが本当なら、被害者が加害者に共感し協力的になる、いわゆる「ストックホルム症候群」に近い状態になっていたともいえるでしょうが、それにしても異常なケースです。確かにBとCに被害者的側面がなかったとはいえませんが、二人は須藤さんのイジメに積極的に加わっており、悍ましい笑顔さえみせていたのです。そんな二人を庇おうとするとは・・・・。

 「優しさ」は「弱さ」なのでしょうか?そうではないと思いたいです。

 須藤さんを奪還しようと動いていたご両親の方はどうでしょうか。
 
 須藤さんの身内からは、いっそのこと地元のヤクザに相談してみればいいのではないか、という話も持ち上がっていました。

 ひとつの手だったかもしれません。栃木県は、全国でもヤクザの勢力が強い地域です。ヤクザは必ずしも犯罪組織と同義ではなく、世間体というものを非常に重んじます。まったくの義理人情だけでは動かないでしょうが、犯行グループのリーダー格のAは住吉会系のヤクザがバックに付いていると嘯いており、後にそれは事実無根であったことが確認されています。ヤクザに話を持ち込んでいれば、ヤクザは己のメンツにかけて、犯行グループを全力で探してくれた可能性はないとはいえません。

 ヤクザでまずいというのなら、民間の調査会社に動いて貰うという手段もあったでしょう。もちろん費用の問題もあり、第三者が偉そうにいえたことではありませんが、理髪店の仕事もしながら、ご両親が独力で須藤さんを奪還するというのは、やや無理があったようにも思います。

 事件の教訓を生かすとすれば、速やかに第三者機関に相談するということになるのでしょう。しかし、この件でご両親を責めるというのはあまりに酷な見方であり、私にその意図がないことは重ねて記しておきます。

 両親が、日産の寮に残された須藤さんの家具を、トラックで運び出したときのことです。たまたま寄った店で居合わせたダンプの運転手が、両親のトラックを追いかけて、信号に捕まったときにわざわざダンプを降りてきて、お父さんに、「横倒しにした冷蔵庫を起こしたとき、すぐに電源を入れると壊れるから、時間を置いてから電源を入れなよ」と、忠告してくれました。

「世の中にはこんなに親切な人もいるのに、市民を犯罪の魔の手から守るはずの警察は、私たちをまったく助けてくれなかったんですよ」

 栃木県警は、両親の言葉をどう受け止めたのでしょうか。

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No title

この事件は警察の対応が早ければ須藤さんは助かったのではと思うとやりきれませんね。
しかし実際にこんな不誠実な刑事もいるのですね。
ちょっと考えられないですよ。
自分の子供の命が懸かっているのにこのような対応をされてはもうどうしようもないですね。
基本的に一般市民は何かあった時にはまず警察に通報するでしょうし親身になって対応してくれると思ってしまうものです。
病院関係者は2人を見て何かおかしいと感じていたかもしれませんね。
暴力で支配されるという極限状態に置かれ続けたなら逃げることは不可能であるという精神になってしまうでしょうね。
BとCの心配をするということはBとCもAに支配されているだけの被害者であるという気持ちもあったのではないかと思います。

警察の態度が悪いのは私も経験あります。車で当て逃げされた時に4桁のナンバー覚えていて電話でナンバー言って調べてくと言ったら警察は忙しいからこんなくだらない事に構っていられないと言われ相手にされませんでした。他にも株で詐欺にあった時も相手の住所とか言ったのによく言われる自己責任だろうと言われ相手にされませんでしたね。
この事件の対応に日産も絡んでいたとは知りませんでした。
須藤さんは優しすぎた事が悲惨な結末を迎える事になったんですね。
BとCの心配するなんて自分が同じ立場なら絶対ないですね。逆にBとCの立場なら同じ事して殺人者になったんでしょうね。
恨みのある奴殺して殺人者になるならまだいいけどAみたいな奴に脅され殺人者になるのは納得出来ませんね。これも自己責任なんですかね。
ヤクザに関わり合うのは後々面倒な事になりそうですね。

No title



seaskyさん

 前半で触れたように、警察の不誠実な態度の裏には日産の思惑が絡んでいた可能性もあるのですが、それで五十代刑事の罪が消えるわけではありません。なんでこんな横柄な態度が取れるのかわかりませんが、権力を与えられた立場であるという驕りでしょうかね。


 医師には患者の怪我が事件性が高いと思われたときは通報の義務があるはずですが、この当時はそこまで徹底していなかったのでしょうかね。Aたちは須藤さんに、火傷の原因をラーメンを作ったときにできたと言わせていたようですが、そんなわけがないことはプロならわかったと思うのですが・・・。

 あと私小説第二段の件ですが、コメント消しちゃってすみません、かけるとするなら専門学校時代のことを書こうと思っています。書ける状況になるかわかりませんが・・。

No title

まっちゃんさん

ケースバイケースでしょうがそんな対応をされることもあるんですね・・・。勉強になります。

> 恨みのある奴殺して殺人者になるならまだいいけどAみたいな奴に脅され殺人者になるのは納得出来ませんね。

 まったく同感です。Aみたいな奴の言いなりになるというのは、彼らも根は小心で臆病な子供だったんでしょうね。不良はそういうのが多いと思います。

以前にも申し上げた通り、この事件を取り上げた書籍を私の母親の友人が書いています。


その書籍で病院の下りを読みました。


不審がる医者に対し、須藤さんは衣服の下の火傷を見せようとしなかったそうですね。

悔やまれます。




津島さんが仰られる通り、ワイドショーなどのメディアに頼ったりするのも手だったかもしれませんね。

No title

L.Wさん

元警察官のライターの方ですかね。見事な推理は、さすがに前職の経験が生かされていると思いました。個人的に元警察官が書いた本は、誰であれ、なんであれ面白い印象ですね。インテリが書いたものより、よっぽど「ツボ」を心得ています。上から下まで、世間をよく知ってるからですかね。

メディアはまず、取り合ってくれるかという問題がありますけど、一応選択肢のひとつだったかもしれません。
一番いいのは民間の調査会社を利用すること、それから、突飛なようですけどヤクザは有り得たと思います。
費用などは加害者側から分捕るとかで、取りあえず手付金くらいでやってくれたとは思うんですが、やっぱり悲劇的なケースを知っていないとそういう発想も中々浮かびませんね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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