犯罪者名鑑 麻原彰晃 22

さかもと

 
 坂本弁護士一家殺害事件 

 1989年11月3日、坂本弁護士殺害実行犯たちは動き始めました。メンバーに選ばれたのは、岡崎一明(29)、村井秀夫(30)、早川紀代秀(40)、新実智光(25)、中川智正(27)、端本悟(22)の六人です。

 中心となったのは、最古参の幹部である岡崎一明、麻原にもっとも忠実だった村井秀夫、最年長の早川紀代秀の三人でした。新実は岡崎に次ぐ古参ではあるものの、年が若いため三人の指示に従い、医師免許を持ち、薬物で坂本を殺害する役目を与えられた中川、空手の腕を買われて選ばれた端本は、出家して日が浅いため、この頃はまだホーリーネームも与えられておらず、やはり年長であり先輩幹部の三人の指示に従う形でした。

 六人はまず、二台の車に分乗して、杉並区の選挙対策事務所へと向かいました。ここで六人は、浮世離れしたサマナ服から一般的な服装に着替え、二台の車の連絡に使う無線機を入手しました。新実などは、アフロヘアーのかつらにサングラスなどをかけてはしゃいでいたそうで、この時点では、なにかピクニックにでも行くような享楽的な雰囲気も窺えます。選対事務所で一通りの準備を終えた六人は新宿に向かい、デパートで着替えの服などの物資を買い込んだ後、坂本弁護士の家がある、横浜市磯子区洋光台へと向かいました。

 はじめ六人は、麻原の指示で、駅から自宅への経路に当たる場所で待機し、帰宅途中の坂本弁護士を拉致するという計画を立てていました。もしその計画通りに進んでいれば、奥さんの都子さん、幼い龍彦ちゃんの命は助かっていたでしょうが、坂本弁護士は、いつまでたっても、六人の前には現れませんでした。それもそのはず、11月3日は文化の日で、坂本弁護士は仕事を休んでいたからです。出家教徒は俗世から離れていたため、曜日の感覚がなくなっていたのでした。

 このまま待っていても、坂本弁護士は姿を現さないのではないか。六人は午後十時前後になった時点で、最悪の場合は坂本弁護士のアパートに押し入り、坂本弁護士を家族ごと拉致、殺害することを検討し始めていました。そのためまず、岡崎一明がアパートに接近し、ドアノブに手をかけてみたのですが、部屋の中からは物音がして、誰か人がいるらしいことがわかり、そしてなんと、玄関の鍵がかかっていなかったのです。岡崎は一旦車に帰り、早川や村井と相談し、改めて麻原の指示を仰ぐことにしました。そして、麻原から下った指示は・・・・・。

「坂本弁護士が電車で帰るのではなく、すでに家にいるのだったら、家族ともどもやれ」

 暴君的体質を発揮していたこの頃の麻原には、「自分で決めたことはすぐに実行されなければ気が済まない」という性格的特徴があったようです。この坂本弁護士殺害の実行日にも、朝の四時に信徒たちを叩き起こして説法をしていました。一人殺すのと三人殺すのでは心理的な負担が段違いであり、処理も面倒になるのは誰でもわかります。普通なら冷静に、日を改めようと考えるはずですが、ほとんど駄々っ子のようになっていた麻原は、頑なに11月3日にこだわりました。

 信徒にとって、麻原の命令は絶対です。一人なら言い繕うこともできたでしょうが、同僚の目が光る前では、もう逃げることはできません。六人は近所の住民が寝静まる深夜を待って、坂本弁護士の自宅に押し入ることを決めました。


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 決行

 6人が押し入る時間は、午前3時と決められました。午前2時ではまだ起きている人もおり、午前4時になってしまうと新聞配達が始まってしまう、との判断です。決行直前、岡崎がもう一度ドアノブを回してみて、改めて部屋の鍵が開いていることが確認できると、六人は一斉に部屋の中へと押し入りました。

 このとき、村井と早川は、手袋をつけるのを忘れていました。早川は直前まで仮眠を取っており、うっかり手袋を車の中に置いてきてしまったようですが、皆の士気にかかわると思ったため言い出せず、指紋を残さないよう、握りこぶしを作りながら部屋の中に入っていきました。

 一方、村井の方は、逮捕される前に死亡したためはっきりとしたことはわかりませんが、どうやら指紋のことは完全に無頓着だったようです。村井は他にも、ゲソ痕(靴の跡)が残ってしまうにも関わらず土足で部屋に侵入するというミスも犯していましたが、やはりこの人はお利口バカというか、研究熱心ではあるのですが、実務の能力は低かったようです。

 部屋に入った六人は、しばしキッチンで暗闇に目を鳴らした後、寝室へと入っていました。当初の計画は、まず空手家の端本が坂本弁護士を一撃で倒し、一家を取り押さえている間に、医師の中川が塩化カリウムを注射して殺害に及ぶというものでしたが、予想に反し、一家の制圧は容易ではなく、必死で抵抗する坂本と都子さんを取り押さえることはできませんでした。

 塩化カリウムで人を死に至らしめるには、静脈注射をすることが必要で、筋肉注射するだけでは効果を発揮しません。そして、正確に血管を狙わなくてはならない静脈注射を成功させるためには、相手を大人しくさせなくてはいけません。中川は、このままでは一家を薬殺することは不可能であると判断しましたが、メンバーを説得できる状況でもありません。無駄なのを承知で、坂本と都子さんに筋肉注射をしましたが、当然、坂本と都子が暴れるのは止められませんでした。そこでメンバーは、その場で一家を絞殺する作戦へと転換します。六人は、坂本や都子さんを取り押さえる役と首を絞める役に別れ、首を絞める役は体力が続かなくなったら交代するという形で、一家全員を惨殺したのです。

 遺体は布団に包まれた状態で、外に停めてあった車へと運ばれていきました。


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 暴力団とのかかわり



 一つの異聞があります。坂本弁護士一家殺害事件に、オウムとは別の組織の人間が関わっていた、という説です。

 坂本弁護士一家殺害事件には、いくつか不審な点が存在します。

 まず、坂本弁護士のアパートの鍵が開いていた、ということです。確かに今よりは大らかな時代でしたが、子どものいる家が夜通し鍵をかけないまま過ごすというのはあまりに不用心に過ぎる話です。家を守る都子さんは、周囲には几帳面な性格で通っていました。毎日鍵を開けっぱなしにしておく習慣がある人ならともかく、普段きっちり戸締りをしている人が、たまたまオウムに襲われる日に鍵を閉め忘れるというのは、あまりに出来過ぎているのではないか・・・とは、誰もが思うことでしょう。

 もう一つ、現場に人が争った形跡がほとんど見られない点があげられます。実行犯たちの供述によれば、坂本弁護士はかなり激しい抵抗をしたようですが、その割には、家具の破損などはほとんど見られず、また午前3時にたまたま起きていたというアパートの住人によれば、物音はまったくしなかったというのです。そして、遺体は布団にくるまれた状態で車に運ばれましたが、都子さんや龍彦ちゃんはまだしも、体重八十キロ近い坂本弁護士を布団に包んだ状態で運ぶのは、男三人がかりでもかなり大変で、実験では壁やドアなどに何度もぶつけてしまった、とのこと。もしかすると、坂本弁護士一家は別の場所で殺されていたのではないか―――?

 また、この後でも述べますが、現場では、オウムが信徒に配っているバッジ、「プルシャ」が落ちているのが発見されました。このプルシャは、実行犯の中川智正が落としたものとされていましたが、プルシャ自体は数は沢山あるもので、教団の外にも多数出回っていました。だからこそ、現場に落ちていても決定的な証拠にはならなかったのですが、オウムはヒヤリとしたことでしょう。このプルシャは、実行グループに同行した暴力団関係者が、オウムの失態につけ込み、脅すネタにするために、わざと落としたのではないか、ということを、「別働隊存在説」の識者は唱えています。

 ヤクザというのは、情報収集能力に優れた組織です。情報を収集し、それを共有することに関しては、管轄ごとに縄張り意識のある警察より上とも言われ、特に、血と金の臭いを嗅ぎつける嗅覚は異常といってもいいものです。アコギな手段で金を集めていたオウムに、暴力団が早い時期から目をつけ、オウムの弱み、たとえば先に起きた真島事件、田口事件のネタなどをすでに掴んでいたとしても、不思議ではありません。

 この坂本事件から三年後の1992年、暴力団対策法の施行により、指定暴力団に対する当局の締め付けが強化されました。しかし、それでヤクザが壊滅したわけではないのは周知のとおりで、ヤクザはマフィア化して地下に潜り、表にフロント企業を立てて金儲けをするように変質しました。

 ヤクザはオウムの弱みにつけ込んで金を強請り取るとともに、オウムをフロント企業化しようとしていたのかもしれません。実際、90年代に入ってからですが、オウムは末期における「表の№2」村井秀夫を担当者として薬物や化学兵器の製造を行い、「裏の№2」早川を担当者として、海外から武器の密輸入を行っていました。それはすべて、オウムのテロ行為に使われる計画だったことになっていますが、実際にはかなりの数が、裏社会に流れていた可能性はあります。麻原がこの後の選挙戦での敗退によりマハーヤーナ路線を捨て、過激なヴァジラヤーナ路線に傾倒するようになった背景には、暴力団に「骨の髄まで」しゃぶりつくされ、教団が資金難に陥っていたことでの精神的不安があったのかもしれません。

 坂本弁護士が、暴力団とオウムの結びつきに気が付く前に、暴力団がオウムを共犯にして、先手を打った―――。それが坂本事件の真相だったのかもしれません。

 

 
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No title

坂本弁護士一家殺害事件には謎が多く残されているのですね。
この事件は不審な点がかなりありますね。
アパートの鍵は事前に誰かが開けていたとしか思えませんね。
オウムの幹部達が坂本弁護士宅に入ったらもぬけの殻だったということもあったということでしょうか。
麻原は事の真相を全て知っていると思いますが極秘にしておかなければならなかった事情があったと思います。
オウムが暴力団関係者と繋がりがあったとすれば他の事件にも暴力団が関与していた可能性もありますね。
麻原も暴力団から強請られている状態に耐え切れず自暴自棄になっていったのかもしれませんね。
サティアンのようなあれだけ巨大な施設を備えていたのですから何らかの組織と関係を持っていたとしか思えないですよね。

麻原は本当にわがままな暴君ですね。私も決めた事をその日にやらないと納得できないタイプですが、さすがに麻原よりは融通が効くと思います。
良くそんなんで信者が付いて来たか不思議ですね。
新実なんてまだ麻原を信じているなんて頭の中がどうなっているのでしょう。
まぁ〜人を殺しに行くのにアフロヘアーのカツラにサングラスをかけはしゃいでいるなんてその時からかなりズレてますけど…
でも考え用によってはそれだけ信頼できる人が居て幸せですね。
村井も頭がいいわりにかなりズレてますね。手袋はめないで指紋が付くの気にせず足跡残こすなんて…
暴力団が絡んでるとしたら岡崎が警察に言うのではないでしょうか?
何しろオウムが怖いとはいえ自首したのですから…
鍵がかかってなかったのは不思議ですね。
村井が生きていたら井上みたいになるのか新実みたいになるのか?



No title

seasky さん

坂本事件の「別働隊存在説」の信憑性はさほど高くはないかと思いますが(幹部たち全員が20年も真相を隠す理由がない)、オウムがヤクザに目をつけられていた可能性はあるかもしれないですね。本当の悪とは、けして表には出てこないものです。オウムの裁判は時間も人数も過去に類例をみない規模でしたから、裁判の長期化、泥沼化を怖れた検察が予めシナリオを描いたということも考えられますね。

No title

まっちゃんさん

 暴君というよりは、何か尻に火がついて焦っているようですよね。あまりにも余裕がなさすぎる。それを考えると、ヤクザに目をつけられていたという話もあながち間違いじゃない気がしてきます。

 村井や新実あたりは学究肌で、あまり機転が利くタイプではなかったみたいですね。その対照が早川や岡崎ら実践派の面々で、様々な個性はオウムの強みといえます。

 大らかな性格の新実はそこそこ一般信徒からの人望もあったそうですが、チクリ屋の村井はみんなから嫌われていたみたいですね。まさに麻原一筋で、逮捕後の麻原の醜態を見ずに最後まで麻原を信じて死んでいったのだから、ある意味幸せだったと思います。

 

村井は手袋をつけ忘れたり、
新実はアフロ被ったり、事件の重さのわりに間抜けな行動をしていますよね。
この件をきっかけに村井は指紋を消すことになったんでしたっけ?

新実は人望があったんですね。
どのような人物だったのか興味あります。
今後の記事で村井や新実の事について書いてほしいです。

No title

まんじゅうさん

 村井秀夫はこの後、中川の手術で指紋を消していますね。幹部でありながらろくにヨーガの行法に精通していなかった村井や早川と違い、初期の幹部である新実は指導力があったでしょうから、そこらへんも人望の差になっているでしょうね。

 リクエスト頂いた人物に関しては、これまでの記事で個別に紹介していきましたが不足だったでしょうか?今後も登場機会は何度もあると思いますが・・・・。

お久しぶりです。
コメントが遅くなり申し訳ありません。

こんなにたくさんの証拠を残したのに直ぐ捕まる事はなかったのですね。
警察は何故オウムに目を向けなかったのでしょう?

ちなみに菊地の判決が出ましたね。
どう思いますか。

No title

知子さん

 菊池直子は結果的に無罪になったなら逃げ得ならぬ逃げ損って感じでしょうね。晴れて無罪になったといっても、失った青春はかえってきません・・・。

 オウムの記事あと5か月で終了が難しそうなので、残念ですけど中止にします。ほかの記事にコメントください。

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No title

こんにちは
バイト仲間の巻き込まれたこと書き込みましたが
事件後も後遺症残ってるんですよね
洗脳溶けないやつなど残っているのでしょうね・・・・
最近は事件のほとぼりも冷めて 風化していることをいいことに
セミナーなどを行い知らず知らずのうちに
信者にされていたとか あるようです

No title

カズさん

 鍵付きのコメント読ませていただきました。映画みたいな体験ですね。ある意味貴重な体験でしょう。オウムも過激な手段が批判されましたけど、宗教は国家から厳しく批判されるほど固く結束するものです。非常に厄介ですが、扱い方さえ間違えなければ人に平穏をもたらしてくれるものです。オウムももしかしたら、違った道があったのかもしれません。

 オウムに限った話ではないですけど、最初は宗教色を出さず、自己啓発セミナーとかの名目で人を集めて、徐々に引きずり込んでいく手法みたいですね。有名大学とかにもそれらしいサークルが結構あるみたいです。

No title

こんばんは
映画のような話ですが そういうことあっさりと実行できるところが
訓練とか受けていたのでしょうか
本人の気質かわからないところですね
人事でないのは自分もそこに行っていたので自分がそういう目にあっていたかもです
場所が場所だけに被害者の不注意もあります

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No title

未だにすべてが闇の中なんですよね・・・・
名前を変えただけで団体も存続してますし・・・・
闇の勢力も食い込んでいたのではますます
わからない・・・・・・
闇の勢力の金づるになっていたのでしょうね

No title

カズさん

 闇の勢力の金づるになってたって説はかなり信ぴょう性が高いと思いますね。誰がどう考えたってまともな団体じゃないですから、ヤクザが早いうちに嗅ぎ付けないはずがないですよ。

 お遍路に逃亡者がまぎれているというのは、よそ者がうろついてても怪しまれないという点なのでしょうか。お遍路を怪しむよりは、地方の飯場とかにがさ入れに入ったほうが確率高い気がしますけどね・・・。

オウム・坂本弁護士事件

もうじきオウム坂本弁護士事件から27年になりますが、私はいまだに坂本弁護士事件の事を覚えています。
先日オウム幹部に死刑判決が出ましたが、死刑判決だけでは済まされない話です。

No title

るるさん

 こちらの方も読んでいただきありがとうございます。坂本弁護士事件はメディアリテラシなども含めて教訓にすべき点が多い事件でした。

 この後、オウム幹部が坂本弁護士一家の遺体を遺棄する場面、そして総選挙への出馬へと続いて第四章を完結し、90年代前半に信者数の上ではオウムの最盛期を迎え、地下鉄、松本両サリン事件へと繋がっていくところを紹介したかったのですが、無念の中断を余儀なくされてしまいました。犯罪者名鑑、終わってないコーナーだけでも自分のペースでやれたらいいなと思うんですけどね・・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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