凶悪犯罪者バトルロイヤル 第四十二話

 
 加藤智大の腕立て伏せの回数が、100回を越えた。二か月前、トレーニングを開始したときは50回が精いっぱいだったのだが、今では倍の数をこなしており、しかも余力を残している。もっとも、重信さんに言わせれば、筋力が付いたというよりも、精神的な慣れが大きいのだそうだが。

 続いて、スクワット200回、腹筋100回、背筋150回をこなし、20分の休憩。それから、ナイフを用いた実戦訓練に入る。急所をマーキングしたビニール人形をナイフで突く。すぐに使い物にならなくなってしまうため、数はこなせないが、その分、一回一回を大事にしようという意識が生まれるため、のべつ幕なしにナイフを振るより効果があるし、時間的効率もいい。

 それから、投擲訓練に入る。ダーツの的を狙い、ゴルフボールを投げる。訓練開始から一か月、だいぶ中央に球が集まるようになってきた。命中を安定させるコツは、下半身の力をしっかりとボールに伝えることだ。コントロールとスピードは対極のようなイメージで捉えられがちだが、実際は、ある程度スピードがないとコントロールは安定しない。スピードを上げるには、筋力も大事だが、何より正しいフォームを身に着けることである。反復練習を、何度も繰り返すこと。結局はそれが、一番の近道だ。

 そして、エアガンを用いた射撃訓練である。これに関しては、少し特殊な練習を行っている。まず、基本の静止物射撃には、現段階ではあまり時間を割いてはいない。実銃とエアガンでは反動の差が雲泥であり、同じフォームで撃ったとしても、命中精度はまるで異なる。今エアガンで練習しても、実銃を用いる際はまた一から感覚を身につけねばならず、結局二度手間になってしまうからだ。
 
 その代り、動体射撃に多くの時間を割いている。松村くんに協力してもらって、動く相手を確実に撃ち抜く技術を身に着けるのだ。射撃だけでなく、フットワークや駆け引きをも同時に学べるため、これなら、エアガンの練習でもいくらかの意味はある。

 わかってはいたが、動く的を射ぬくのは、静止した的を射ぬくのとは比べものにならない難しさだった。規則正しい動きをするマシーンでもそうなのだから、予測不能の動きをする人間相手では尚更である。動体射撃は、静止射撃とは別次元のセンスを要求され、20メートルの距離から数センチの的を射ぬく技術を持つ射撃手が、たった3メートルの距離にいる大きな人間を撃ち漏らすことも珍しくないということだったが、僕はこの一か月の訓練で、5メートル程度の距離で、なおかつ障害物がないという条件なら、ほぼ撃ち漏らしなくターゲットを仕留められるようになっていた。重信さんに言わせれば、瞠目すべきセンスだという。そんなセンスがあったなんて知らなかった。自衛隊にでも入っていたら、違った人生があったのだろうか?

 最後に、筋力トレーニングをもう1セットこなし、ストレッチをして、トレーニングは終了となる。トレーニングの前に行った、戦術、武器知識などの座学も含めて、一日四時間。体力に余裕があっても、それ以上のことは一切やらない。集中力の切れた状態でダラダラと練習しても、あまり意味はない。その時間を休息に充てた方が、よっぽど効率的である。

「お疲れ様、加藤君。近頃、一段と成果が上がっているようね。顔つきも変わってきたんじゃないかしら?」

 重信さんが、アイスティーを飲みながら言った。眩しい笑顔から目を逸らした。

「毎日、同じことをただこなしているだけですよ」

「地味な反復を、淡々とこなし続けられるのも才能よ。食事を摂り、排せつをするような感覚でトレーニングを出来るようになれば、しめたものだわ」

 継続性と勤勉性。それだけは、昔から褒められていた。だがそれも、高校時代までだ。挫折を味わい、唯一の取り柄も失った僕に、短大の教員や職場の上司は口々にこう言った。

「努力しないからダメなんだ」

 それを聞くたび、僕は相手の高みから見下ろした態度に苛立ち、自分の視点でしか物を見れない人間が、簡単に人を指導する立場になれてしまう日本社会を呪った。

 逆なんだよ。ダメだったから、努力しなくなったんだよ。

 挫折を味わっても努力をやめない。愚直さは、確かに一つの才能だ。だが、それを持っているからといって、必要以上に偉ぶるのはやめてほしい。前だけを向いて歩いていれば、車にぶつかってしまうかもしれないし、犬の糞を踏んづけてしまうかもしれない。それでも進みたいというなら勝手にすればいいが、骨が折れ、靴が汚れた者が立ち止まるのを責める権利はないと思うわけだ。

「散歩に行ってきます」

 ゲームでもしようかと思っていたが、重信さんの言葉で昔を思い出してしまった僕は、ホテルを出て外を歩くことにした。運動の後で、腹が減っている。飲食店の前を通るたび欲求に襲われたが、食事は決まった時間に、重信さんが決めたメニューを食べることになっている。我慢して、書店やゲームセンターを適当に覗いた。

 明日、僕はまた、殺人を行う。これまでは、一人の相手を、仲間とともに袋叩きにする戦いだったが、今度は本格的な集団戦だ。未知の世界だが、恐怖はなかった。自分でも驚くくらいに落ち着いている。これが、精神的成長ということだろうか。

 もともとコンプレックスの強い性格に加え、人の尊厳を奪い去る拘置所暮らしのせいで、すっかりと自分を卑下する癖がついていたが、なんだか最近は、自信めいた感情も芽吹き始めている。変なことで自信を回復して、まったくしょうもないとは思うのだが、鬱々としているよりはいいんだろうか。試しに、今日からは一人称も、「俺」に戻してみようかしら。
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Re: タイトルなし

>>夜桜さん


拘置所というと、まだ刑も確定していない段階で、
そんなにガチガチに厳しい場所というイメージはなかったのですが、
作業がないだけで殆ど刑務所と変わらないんですね。
恥ずかしい話、拘置所に懲罰があったことも知らなかったです。
勉強になります。ありがとうございます。

No title

>>夜桜さん

あと、前回のコメントくださったとき、返信し忘れてすみませんw

見てもらえばわかると思うんですが、管理人のみ閲覧できる設定でコメントいただくと、トップページ左に表示されないんで、気付かないときがあるんです。

なので、返信なくても、気にせずどんどんコメント打っちゃってください!夜桜さんのお話、本当に参考になるんで、楽しみにしているんです。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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