犯罪者名鑑 佐世保小6女児殺害事件 3

担任



 意欲のない担任教師

 
 六年間を一つだけの学級で過ごす大久保小学校ですが、担任の交代はありました。Aの六年次の担任は、以前から大久保小に勤務していましたが、Aのクラスを受け持つのは、六年次が初めてでした。

 担任は三十代の男性教師で、六年生の担任経験は豊富でしたが、どうも彼には、教師としての資質に問題があったという噂が囁かれているようです。保護者によれば、担任は教育よりも趣味のサッカーに熱心で、放課後は早く帰って、大人同士のサッカークラブの活動に参加することばかり考えており、事件の前、保護者との懇談会で、「本当はこのクラスを受け持ちたくなかった」と発言し、また、児童の前で「喧嘩は俺の見ていないところでやれ。面倒なことを俺に相談するな」というようなことを常日頃言っていた、などという話が聞かれています。

 これについて、担任は後に、「このクラスを受け持ちたくなかった」は、「六年生の担任ばかりをやっていたので、他の学年の担任を希望していたのですが、また六年生になってしまいました」・・・・「喧嘩は俺の見ていないところでやれ」は、「六年生なのだから、自分のことはある程度自分で解決しよう」がと言ったのが、それぞれ間違って伝わった、という弁明をしています。

 確かに、人の言葉が誤解を生むことは珍しいことではありません。特に、「このクラスを受け持ちたくなかった」とは、教師以前に一人の大人として資質が疑われる発言で、保護者の前でそんなことを言うというのは、確かに現実的ではありません。

 担任が本当に、「問題教師」であったのかどうかはわかりません。しかし、彼が教師として、果たすべき説明責任をしっかり果たしていれば、あらぬ噂が立つことはなく、集中砲火のように批判を浴びることもなかった、とはいえるでしょう。

 担任は事件後、精神を患ったとして自宅に引きこもり、保護者の前にもあまり顔を出さず、マスコミのインタビューにも積極的に応じませんでした。確かに、自分が受け持った生徒が殺人事件を起こしたというショックは大きく、大人であっても正気ではいられないでしょう。

 ですが、担任は、Aが六年生になってから事件が起きるまでの経緯をもっとも詳しく知る人物であり、さらに事件直後のAと、切られた直後でまだ息があった被害者、御手洗怜美さんの様子を目の当たりにしていた、貴重な証言者なのです。その彼が、事件について詳しく語らなかったのでは、保護者の間に不満が募り、「突かれたら困ることでもあるんじゃないのか?」と疑われ、上記のような噂が囁かれるようになってしまうのも無理はないでしょう。

 担任の休養は長引き、結局、Aのクラスの担任に復帰することはありませんでした。しかし教員は、一年後、大久保小とは別の小学校で、何事もなかったかのように教員として再起しました。大好きなサッカークラブも続けていたようです。

 第一回から、この事件には関係者の隠ぺい体質が目立つということを紹介してきましたが、Aの親に加えて、担任教師もまた、口を固く閉ざし、事件について詳しくは語ろうとしないのです。


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 被害者、御手洗怜美さんとの関係



 殺害したのも小学六年の少女、殺害されたのも小学六年の少女ということで注目を浴びたこの事件。被害者の御手洗怜美さんがどのような児童であったのかを知ることも、事件の解明には重要なことです。

 怜美さんは小学校四年生のとき、ジャーナリストであるお父さんの転勤に従って、大久保小学校に転校してきました。四人兄弟の末っ子だった怜美さんは、男手ひとつで子供たちを育てるお父さんの手伝いを良くする優しい性格で、途中から加わった学級でもすぐに中心人物になれる、明るい少女でした。

 Aとは小説、絵という共通の趣味を持っており、二人はすぐに意気投合。同じミニバスケットチームにも所属し、誰からも仲良しと見られる関係を築いていました。Aからの指南を受ける形でホームページも始め、日記上で「Aの絵は私よりうまい」と褒めるなどしています。

 こういう二人のトラブルとしてありがちなのは、一方が唯一無二の親友だと思っていたものが、片一方にとっては大勢いる友達の内の一人にすぎず、独占欲が満たされないことへの不満から危害を加えるに及ぶというパターンですが、この二人に当てはまるかどうかは少し微妙で、怜美さんは言わずもがな、Aも怜美さん以外の友達と普通に遊んでいたようで、いわゆる陰の側が陽の側に過度な執着心を抱き、逆恨みをしたということではないようです。

 そもそもAと怜美さんは、六学年の四月まで、集合写真でも仲良く隣同士で写るなど、良好な関係を築いていました。少なくとも傍目から見れば、争いになる要素は影も形もなかったのです。



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 第二の被害者



 集合写真の四月から、事件が起きた二○○四年六月一日までの間に、Aと御手洗さんの間に何があったのか・・・。二人のトラブルを語る前に、ここで、事件の第二の被害者とでも言うべき男子児童(以下Bくんとする)について紹介します。

 軽い聴覚障害の持ち主だったBくんは、ある日、授業中に先生に指名されたとき、「問題をもう一度言ってください」、とお願いしました。それに対し、担任は「変な質問をする人には教えません」とにべもなく言って、Bくんがまるで授業をちゃんと聞いていなかったかのような形にしてしまいました。

 このあたり、五年次から六年次に、担任の間でちゃんとした引き継ぎができていなかった可能性も考えられます。大久保小学校では週一で教職員会議があり、担任はその会議での報告により引き継ぎができていたつもりになっていた、と語っていますが、全学年の状況を纏めて話し合う教職員会議の場では、児童個別の引き継ぎまではできなかったでしょう。家庭訪問など、保護者との個別懇談でやることだ、という考えであったのかもしれませんが、それであるならば、個別懇談があるまでは、上記のような、児童を傷つける恐れがある対応はすべきではなかったでしょう。

 この件を境に、Bくんへのイジメが始まってしまいました。「担任公認」の大義名分が大きな効力を持っていたことは、言うまでもありません。このイジメというのがどのような規模だったのかわかりませんが、恐らくはAもBくんに対しては「こいつは何をしてもいいヤツ」といった認識があったのでしょう。六年生のころから、AはBくんに対して、内に秘めた暴力衝動をぶつけるようになっていきます。

 あるときは、図書室で男女複数名で遊んでいた際、AがBくんに馬乗りになって、暴力を振るったことがありました。その際、担任は、Bくんからロクに事情もきかず、「お前がいつまでも図書室に残っているから悪いんだ」と一方的に怒鳴りつけ、その場を収めてしまったといいます。

 また、事件が起きる一週間前、Aが学校で本を読んでいたのを、「今度は何を読んでいるんだろう」と、Bくんが後ろから覗いたことがありました。「世界の中心で、愛を叫ぶ」と、ハードな内容の作品を好むAには意外なチョイスでしたが、それが気恥ずかしかったのか、Aは突然カッターを持ち出し、それをBくんに振りかざしました。後に御手洗怜美さんの命を奪った、あのカッターです。

 Bくんは事件後、「もしかしたら、殺されていたのは自分だったかもしれない」と、強烈なPTSDに苦しめられることになります。BくんがPTSDを患ったのは、Aとのことだけではなく、担任や校長らの対応にも原因があったのですが、それについては事件後編で詳述するとして、ここでは事件前のAの様子について、担任や校長ら大人の報告とBくんの報告に、大きな食い違いがあったことを紹介します。

 事件前のAの様子について、担任は「真面目で授業にも積極的だった」「たまに男子を叩いているのは見たが、ヘラヘラとふざけている感じで、深刻とは思わなかった」と、事件を起こすのが信じられないといった回答をしています。それに対し、Bくんは、「Aの暴力は激しく、日常的で、担任もそれは把握していた」「酷くなったのは六年次からだが、五年次から兆候はあった」と、正反対の回答をしています。

 人によって受け方が違うというのはよくあることですが、担任の一連の対応を見ると、責任逃れの意図があったようにも思われます。ちなみに、「兆候はあった」という五年次の担任は、「Aちゃんが暴力を振るっているのは見たが、もっと問題のある児童は他にいて、Aちゃんは目立ってはいなかった」と答えています。

 六年生で問題があったのは、Aだけではありませんでした。日常的に暴力行為があったというクラスの空気の中で、善悪の境が希薄になってしまったということはあるかもしれません。ただ、それでも、ただの暴行と殺害との間には天と地ほどの開きがあり、まして暴行だけで他人に大怪我を負わせることはあまり考えられない小学生の教員では、殺意という感情は「まず予見できない」と、教育関係者も、口を揃えて言っています。

 今は両親が共働きをしていない家庭を探す方が難しいという時代で、担任がすべての教科を担当する小学校では、教師の方が親よりも、児童に接している時間が長いのかもしれません。国の未来を担う子供を預かっているという立場上、普通の職業以上の責任感が求められなくてはいけないのは事実ですが、一方、教師とて勤め人、学校を離れれば普通の人です。生まれたときからその子のことを知っているわけではない他人であり、他人が他人を知ることには限界があることも、一応考慮はしなくてはいけません。
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No title

この事件は関係者によって証言が大きく違いますね。
このことにより事件の真相が隠されてしまっていますね。
この場合教師よりも生徒の証言に信憑性がある気がしてなりません。
教師はいつでも生徒と共にいるわけではないですから休み時間等はよく分からない部分もあるでしょうからね。
Bくんは六年生の時期はかなり辛く苦しい時間だったのだろうと思います。
デリカシーのない教師や口の悪い教師だと障害のある子や病弱の子を傷つけてしまう言動をしがちですからね。
教師がBくんを理解して守ってあげればもしかするとここまでの事件に発展していなかったという考えもありますね。

Bくんは大人達相手にこれだけ証言したことを考えると
弱い子ではなさそう
自分がいじめられていた時、怪我して教師に事情を聞かれた時
その場で緊張してしまって言いたいことも上手く言えず
「いじめられるお前にも原因がある」ということにされ
いじめっ子の転校までは何も解決していなかった

Bくんは事件が起きたことにより初めて大人達に話をまともに聞いてもらえたのだろうか?
だとしたら複雑だ…

担任にBの難聴が伝えられなかったのなら担任は悪く無いと思う
もしBが不登校になったとしても本人が一番悪いと思う世論

見てない所での悪いことは高校の担任が「タバコと飲酒は見てない所で学校の側はやめてくれ」「俺も注意したくない」と言ったり
どんな仕事でも厄介事は勘弁
仕事増やしても給料や出世が変わらないのなら

中学受験の増加等で小6の担任適性が低くなったのかと
小1担任より授業時間が長いのに同じ給料で小6担任は辛そう

未来を担って親より子供と接する時間が長いから職業意識を高くするのなら保育士は小学校教諭より職業意識を高くしなければならない
ファーストフードで働く時給数百円の高校生バイトも食品衛生を考え職業意識を高くしないといけない

朝8時台から3時過ぎ迄授業
他にも全教科教える為の自宅勉強時間もある
昼も教室で食べる教師は勤務時間長いと思う
授業が終われば速攻帰宅でもいいような(小学校教諭の休憩時間は授業間休みしか無い)
仮に毎日完全下校過ぎに帰宅なら奴隷労働と思う

余暇に何しようが自由
息抜きは必要

事件の精神的ストレスは第一発見者の担任が一番辛いと思う

仮に小学校教師を辞めた場合は再就職困難(何故辞めたか聞かれ不利になったり、一般労働では塾講師位しか無いし偏差値高い大学卒以外は辛そう)

私の中2担任(中1は1年クラス担任)は中3の時に1年担任
本人は中3の担任をしたかったらしいのだが2年以上副担任してた教師の嫁が妊娠して担任手当てが必要で尚且つ久しぶりの担任だから副担任してた学年を希望したから3年担任になれなかった

ネバダちゃんの親が中学受験特化にさせる為に日中は塾に行かせていたのなら事件は起きなかった
ネバダちゃんも小学校と家庭しか居場所が無くストレス発散場所が無い

中高で出会った教師は消極的選択で教師になった人多数

No title

seaskyさん

 先生や大人たちの証言は、どうも事件の真相を自分に有利な形にしようとする意図が垣間見えますよね。逆にBくんのほうは、ふつうに考えたら、自分がいじめられていたとか、ネバダちゃんに事件の兆候があったということを語るメリットはないですから、やはりどちらかといえばBくんの証言の方に信憑性があるように思います。Bくんを守ってあげるということは、Bくんに危害を加えていたネバダちゃんにも向き合うということですから、確かにB君を守ろうとしていたら、ネバダちゃんも救えたのかもしれません・・・。

  

 

No title

MSKSさん
 
 子供は頭の中で考えていることをうまく言葉にしていえないですから、考えを察してあげるということが、教育に携わる人間には求められます。それには根気と、ある程度の心の余裕というものが必要だと思いますが、教員に課せられる過重労働が、その余裕を奪っているのかもわかりません。

 加藤智大や黒バス事件の犯人もそうですけど、事件を起こしたことによってはじめて世間が話を聞いてくれた、心の闇に気づいて貰えた、結果として少し救われた、というのは、皮肉ですけど結構ある話ですね。被害者とか第三者の場合は珍しいかもしれませんが。

No title

Nさん

>もしBが不登校になったとしても本人が一番悪いと思う世論

 まったくないとはいいませんけど一部に限ったことだと思います。


>「タバコと飲酒は見てない所で学校の側はやめてくれ」

 まったくやるなと言うよりは、そういわれたほうが、「じゃあ先生にだけは迷惑をかけないようにしよう」ということはあるかもしれません。タバコと飲酒くらいならこのくらい大らかでもいいかもしれません。

 ただ今回の事件では小学校ということがあります。小学生相手にそんなに高度なコミュニケーションは必要ありません。ましてイジメですから。

>どんな仕事でも厄介事は勘弁
>小1担任より授業時間が長いのに同じ給料で小6担任は辛そう

 こういうことを考える人は民間企業に入るべきです。こういう人間をハネる、もしくはうまく再教育するシステムが必要です。仮にも教育に携わるものに「公」の意識が低いのは困ります。

>未来を担って親より子供と接する時間が長いから職業意識を高くするのなら保育士は小学校教諭より職業意識を高くしなければならない

 
 時間の問題ではないです。


>ファーストフードで働く時給数百円の高校生バイトも食品衛生を考え職業意識を高くしないといけない

 公と民間の違いを考慮してください。バイトテロのことを言ってるなら、あれは職業意識以前の問題かと・・・。

>仮に毎日完全下校過ぎに帰宅なら奴隷労働と思う

 専門の事務員を増やして、教員の負担を軽くするのは必要だと思います。


>事件の精神的ストレスは第一発見者の担任が一番辛いと思う
仮に小学校教師を辞めた場合は再就職困難(何故辞めたか聞かれ不利になったり、一般労働では塾講師位しか無いし偏差値高い大学卒以外は辛そう)

 不運は不運ですけど、逃げることですべてを解決しようとするのではやはり批判は免れません。


>中高で出会った教師は消極的選択で教師になった人多数

 基本的にはそっちが間違っているんで、そっちに考えを合わせないようして頂けると嬉しいです。

複雑…

私がバトロワで二次創作サイトやってた時に話題になりしょっくな事件でした。こんな事情があるとは。再考する良い機会でした。犯罪者名鑑楽しみにしてます。山地くんの続き気になります。

懐かしいですね。

学齢期、私が従っていた教師達は、今になって思えば従うに値しない人々ばかりでした。到底、人に何か指導する器であるとは思いがたい人々が、クソの役にも立たない話をよくしていました。


それから、ついこの間まで仲良かった人と口を聞かなくなるとか、私も多感な時期にはよくありましたね。


色々な不満が鬱積してそうなるパターンもあれば、なんとなく相手を蔑んだりしてそうなるパターンなど、ホント子供って未熟で気分屋ですよね。


承認欲求なんて下らない、そう考えて動こうとしても、自らが身を置く世界の大半がそうした下らない事にこだわって生きてる以上、自らもその流れに巻き込まれ続けてしまう、という面倒くささ。


自我の獲得を目指し彼我にしがみつく滑稽な人間関係。中学が1番酷く、高校も普通に酷く、大学は予想外に酷く、大学一年生ぐらいまでは年齢に比例して嫌気も増していきました。ストレスで耳にきた事はありましたが、持ち前の楽観主義により、その他具体的な疾病や、社会との関係の断絶などには至りませんでした。

No title

かなえさん

 バトロワ系二次創作は今でも盛況みたいですね。私も人に言われて一回あっちでも宣伝してみましたが、そこから入ってくれた人はいるんだろうか・・・。

 山地くんはすみません、間違えて図書館に資料を返してしまいまして。予約しておいたので、入手でき次第、再開します。

 Lwさん


>承認欲求なんて下らない、そう考えて動こうとしても、自らが身を置く世界の大半がそうした下らない事にこだわって生きてる以上、自らもその流れに巻き込まれ続けてしまう、という面倒くささ。

 ここは難しいですね。たしかに前の私小説の折茂とかみたいな、気に入らなきゃ辞めりゃあいいだけの、しょっぱいバイトの世界で承認欲求に拘る人は半端じゃなく迷惑ですし、やってること明らかに間違ってますけど、学校とか、ちゃんとした正社員だと簡単に移ったりできませんし。自分の居場所で、自分の立場を守るのに必死になるのが、むしろ人間本来の姿なんじゃないかとも思いますし。

 社会の形態が想像もできないような形にならない限りは、いつまでもある問題だと思います。 

「むしろ人間本来の姿……」


その通りだと思います。観念全般はこの世に存在しないので、そんな事は気にせず行きましょう。と言ったところで、観念に支配されて生きるのが人間です。


存在的な真理と人間の認識とは別問題ですね。


今回、「教育」というのが大きな議題になっていますね。


最早それを学校に求めるのは無理なのかもしれませんね。教師が権威を持っていた時代(それによる弊害も無論ありました)は過ぎましたから。

それについて、今なんとなく思いついた持論を申し上げます(進学率の向上に伴い、教師よりも高学歴な親が増え、親が教師の権威を剥奪した。とかの考えを省略した上での記述です)


メディアの発展などにより、皆、物事を相対的に考えやすい時代になりました。しかし、実がない考えなど非常に不安定、絶対的権威(生徒達の中で)を失った教師でも、現実空間では確かに生徒達の上に君臨します。そういった隔たりが、上記のような問題を更に助長しているような気がしますね。


すると、教育を行う役割を地域毎の共同体に委ねたがったりたりしますよね。


大人達がそれを上手いことこなすのは至難の技でしょう。大人達も、ヤバい人多いですから 笑

この事件とは関係ないですが、以前取り上げた闇サイト三人組の一人が死刑になりましたね。タイムリーな出来事だったのでびっくりです。

彼もこんなに早く死刑になるとは思ってなかったでしょうね…因果応報のサイクル早いですね。

No title

L,wさん

 教員の権威が低下したのは悪いことではないと思います。体罰教師などの問題もありますし、保護者が監視していく姿勢はやはり必要だと思います。

 子育ても自己責任になってしまったのがいけないと思いますね。昭和とか、子は国の宝で、国全体、地域全体で育てていこうという意識があった時代なら、こういう事件の受け止め方も違っていたはずです。教師にしろ親にしろ、責任がピンポイントにのしかかり過ぎで、その点には関係者に同情します。

 金満家さん

 神田司が死刑執行ですね。遺族も肩の荷がおりたことでしょうが、反省したフリを見せ、過去の事件も隠していた堀よりも、ある意味正直だった神田が先に執行というのは複雑な気もしないではないです。過去の余罪を小出しにすることで裁判を増やし、執行を遅らせる戦術は海外にもありますからね・・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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