犯罪者名鑑 造田博 1

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 21世紀型無差別殺傷事件の先駆

 

 周知のように、20世紀末期に我が国で導入された新自由主義的な経済政策は、かつて日本人が、100%実現はしないまでも実感はしていた「一億総中流」の社会を破壊し、富の一極集中を促進し、反対にどんなに働いても一生、食うや食わずの生活しか送れない貧困者を大量に生み出しました。

 閉塞感の漂う世の中で、社会の「負け組」とされる層の人々が、無差別に人を殺傷する事件が度々起こるようになっていきました。2002年の大阪池田小事件、2008年の秋葉原無差別殺傷事件の二つが特に有名ですが、それら、21世紀型の無差別殺傷事件の先駆けとなったのが、1999年、20世紀の最後におきた、池袋通り魔殺人事件でした。

 「短時間、単独犯での無差別大量殺人」と分類される事件は20世紀にも起こっています。戦時中に起きた「津山30人殺し」事件、80年代の「深川通り魔事件」などがその代表格ですが、津山事件の犯人には、村八分に遭ったことに対する怨恨、深川通り魔事件には覚せい剤中毒による妄想といったものが背景にあったのに対し、21世紀型の無差別殺傷事件は、犯人が薬物などの影響がない平静(精神病の疑いはある)な状態で、「殺すのは誰でもよかった」などとして犯行に及んでいることが大きな特徴です。恨みの対象が個人(集団)から社会へと拡大され、世の中は「いつ、どこで、だれが自分を狙っているかわからない」時代へと突入したのです。


ぞうだ
 
 天国から地獄へ

 造田博は岡山出身。1975年、二人兄弟の次男として誕生しました。父親は内装の一人親方、母親は被服工場の請け負いでミシン内職をしており、個人事業主である二人は腕がよく、並みのサラリーマン以上の所得を得ていたといいます。

 しかし、博が中学校に上がったころから、生活に陰りが見えてきます。母親はミシンの請負業をやめ保険の外交員として働くようになっていたのですが、この頃からパチンコ、競輪などギャンブルにのめり込み、服装もどんどん派手になっていったのです。一方、父親は体調を崩してあまり働かなくなっていましたが、遊び狂う妻を見て浮気を心配したらしく、なんと妻と一緒になって、ギャンブルに出かけていくようになったのです。

 博は優秀な子供でした。中学二年生ごろまでは、父親に連れられてゴーカートの練習に出かけるなど、中の上の坊ちゃんらしい暮らしをし、恵まれた環境に甘えていたところもあったようですが、中学三年のときに一念発起して猛勉強、下から数えた方が早かった成績を一気に学年トップクラスにまで上げ、県下有数の進学校への入学を果たしました。この経験は博にとって大きな自信になりましたが、世の中の人を「努力する者」と「努力しない者」に二極化し、後者を見下して差別しようとする考えにも繋がっていきました。

 勉学に明け暮れていた博でしたが、高校生になったころには、両親の浪費のせいで、家庭の経済事情は火の車になっていました。造田家には毎日のように借金取りが訪れていましたが、両親は対応を博に押し付けるかのように、朝から晩まで家を空けるようになります。誰がどう見ても、勉強に集中できる環境ではありません。博はとうとう、高校を中退してしまいます。学費の問題もあったかもしれません。

 その後、博は弁当屋でアルバイトを始めました。両親が帰宅は遅いながらも家に帰っているうちは、博はまだ家にいましたが、十八歳のとき、両親がとうとう姿を消して家に帰らなくなると、自力で学費を稼いで大学に通っていた兄の元に身を寄せることとなります。この両親は、結局博が逮捕された後になっても、姿を現しませんでした。無責任な話ですが、如何わしい金融業者からもお金を借りていたような経緯を考えれば、もはやこの世にいないかもわかりません。

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 泥の底
 


 造田は兄の家を拠点に生活を始めますが、仕事が長続きしません。働いているときは真面目であるものの、無断欠勤が続いて解雇をされるというのがいつものパターンで、五年間で二十近くもの職を転々とします。「努力すること」を人としてもっとも素晴らしいことと考える造田ですが、五年間で経験した仕事は、どれもアルバイトかそれに毛が生えた程度のもので、彼にとっては、努力するに「値する」ものではなかったようです。高校を中退するまでは、大学を卒業して事務職につく、と将来を思い描いていた造田は、不本意な暮らしの中で、鬱屈をため込んでいきます。万引きやタクシーの無賃乗車などといったトラブルも引き起こし、その度にいつも頭を下げるのは、大学を卒業し社会人となっていた兄でした。

 この頃の造田を支えていたものが二つあります。一つは、青年らしい恋心でした。小学校のころの同級生で、造田は彼女に「会ってほしい。一緒にいたい。返事が欲しい」と熱烈な手紙をしたためるのですが、まったく相手にされません。業を煮やした彼は、直接電話をかけ、家にまで押しかけるのですが、彼女の父親から、やんわりとした口調で拒絶の意を伝えられてしまいます。彼女にしてみれば、造田とは遠い昔、小学校のころ一緒の学校に通っていただけで、ほとんど面識もないのですから、この対応も仕方ないでしょう。中学、高校でも多数の出会いはあっただろうに、造田がなぜ彼女に執着し続けたのか、その理由ははっきりしませんが、この後も造田の彼女へのこだわりは続きました。外務省に送り付けた手紙の中にも彼女の名前が登場し、逮捕後、とあるジャーナリストに送った、手紙には「彼女の方が僕を好きだった、僕が交際を断った」などと、まったく逆のことが書かれていました。

 そしてもう一つが、アメリカへの憧れでした。造田は、おそらく高校中退という挫折の経験を根拠に、日本は「努力しても報われない国。人を学歴でしか判断しない国」と決めつけて批判します。これは間違ってないにしても、問題は、格差社会の総本山であるはずのアメリカを、なぜかその正反対「努力すれば必ず報われる国。学歴がなくても偉くなれる国」と、高い評価をしていることです。根拠はまったくわかりませんが、彼のアメリカ熱は本物で、なんと彼は、事件の前年である九十八年、僅か二百ドルあまりの所持金を手に、無謀ともいえる渡米を決行するのです。

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 単独渡米

 造田が米国に旅立った時期は、前述した女性が米国に留学していた時期と符合します。憧れの地で、憧れの女性とのロマンスを、などと、陳腐な映画のような妄想を抱いてしまったのでしょう。行動力は大したものですが、やはり所持金わずか二百ドルで、英語もロクに離せない彼が単独で渡米するのは、あまりにも無謀でした。

 はじめポートランドに上陸した彼は、一路、愛する彼女が住むシアトルへと旅に出ます。しかし、当然のことながら所持金はあっという間に尽き、英会話能力のない彼は職を求めることもできません。現実を突きつけられた彼は、錯乱し、パスポートを破り捨てるという暴挙に出てしまいます。

 結局造田は、餓死寸前の状態になっていたところを日本領事館によって保護され、一か月ほど教会のお世話になった後に帰国します。このとき教会で受けた世話について、彼は「唯一、人間らしい扱いを受けた」と振り返っており、無謀な渡米により目を覚ますのではなく、むしろ米国への根拠のない盲信を強めてしまったようです。
 
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主旨からずれた話題ですが、所持金200ドルで渡米するなんて無防な話ですよね。今も日本と比べ物価が1.5倍以上高く、それに加えてチップも支払うのがマナーの国柄ですから、切り詰めても一ヶ月も持たないでしょうね…

No title

ミトラさん

 彼はアメリカの土を踏むだけで何かが変わると思っていたようですね。さすがにここまで無計画なのは彼くらいでしょうが、多くの自分探しの若者の考えなど、その程度かもしれないですね。

No title

造田博の事件はエリートの若者が挫折して凶行に走ったというイメージでした。
母親の変化が彼に与えた影響は計り知れないと思います。
保険の外交員という環境は母親にとっても良くなかったのではないかと思いますね。
借金までしてしまったのですから完全にギャンブル依存症ですよね。
環境が変わっていなければ普通に高校を卒業して大学に進学していたでしょうね。
兄が暴走を始めた弟を守ってあげる環境も大事ですよね。

こういう社会的弱者の犯罪は、言葉が過ぎますが「同情」してしまいますね…個人的な話でアレですが、自分も39歳ワーキングプアですから。年も造田と1歳違いですし。

当時は「こんな事件もあるんだなあ」程度の認識でしたが今になって胸に刺さるのは何故でしょう…先が超気になりますが、調べずに津島さんの更新を待ちます。

ここで造田博がくるとは思いませんでした。


通り魔が流行った時期ありましたね。造田博は上部康明と金川真大とセットで覚えています。


学校化の弊害しかり、確かに造田には、多少同情します。



今後の犯罪者名鑑、津島さんは、やはり宅間守あたりを1番気合い入れて書くのでしょうか?



楽しみです。

個人的に津島さんが最も思い入れのある無差別殺傷事件の犯罪者は加藤智大だと思います。

間違っていたらすみません。

人を学歴でしか判断しない時代はいつのまにか終わり
日本の首相の学歴がアレ…(以下自粛)
学歴社会の方がまだマシに思えるコネ社会の現在
彼は何を思うのか
自分の知る限りまだ刑死してないはずだが…
ちなみに自分の通った底辺大学では
カップルが多かったが
同じ大学同士バカップルか
物欲の強そうな女の子は高卒社会人と付き合ってた
今でいう学歴廚には居心地の悪い空間だった
しかしこの世代くらいまではまだ学歴廚は多かった
卒業して底辺労働になったら
大卒であるというだけで嫌みを言われた
中卒社長は自分の出た大学を一流大学と勘違いしていた
履歴書見るまで存在すら知らなかったくせに…

No title

seaskyさん

 造田博は進学校といっても高校で中退してますから、エリートの若者というよりはエリートコンプレックスの若者という分類でしょうね。

 父親と母親どっちかが育児を放棄して家を出ていくというのはありますが、二人そろって出ていくというパターンはあまりないですね。ある意味おしどり夫婦なのかなんなのか・・・。

金満家さん

 やはり私も社会の下層階級の犯罪には共感する部分がありますね。昔と違って加藤智大が一番というわけでもないのですが、もし彼とやり取りをするチャンスがあるなら特別な思いを抱くでしょうね。


L,wさん

 宅間守は気合入れて書きますが、それだけにすぐはやらないでしょうね。今より人が集まってからやりたいです。それに、先に大物をやっちゃうと自分のモチベーションが続かなそうなんで・・。

 MSKSさん

 造田博の頃に比べたら学歴至上主義の風潮ではないのかなあ。まあ高卒や底辺大卒が引き上げられてるっていうよりは、一流大学出が没落して引きずり込まれてるって感じですけど。政治家はまあ、東大を出た鳩山が歴代最低総理の烙印を押されてますから学歴は関係ないでしょうね。麻生太郎が父親に「金持ちの息子が東大に行くのは税金が勿体ない。私立へ行け」と言われて学習院に進んだエピソード好きです。

No title

造田博の生い立ちには深く同情します。

麻原、宅間は殺人数にせよ法廷での態度にせよ
女性関係にせよ他の死刑囚と比べて群を抜いており
確かに戦後1、2位を争う大物中の大物って感じですね。

No title

Kさん

 初のコメントありがとうございます。

 麻原と宅間の人生で私が関心するのは、彼らが一貫してブレなかったということですよね。女性と愛し合ったことや、高い経済力(麻原)安定した公務員の職(宅間)という環境があっても、彼らが修羅の道に進むのは止められなかった。

 造田のように明確な動機が求められるものではない、絶対悪として彼らの存在は際立っているといえますね。

 これからもコメントよろしくお願いします。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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