私小説の続き5 舐め腐った外壁清掃の会社

鉄筋



 松屋を辞めた私は、それから程なくして、ビルの外壁清掃の会社に、アルバイトとして入りました。当時の自宅から近かったというのが、その会社を選んだ唯一の理由です。

 翌日からすぐに勤務に入りました。三階建ての歯科助手の専門学校か何かだったと思うのですが、三メートル以上もある脚立に登っての作業で、安全帯の使用もありませんでしたから、落ちたら大けがです。初日ということで、私は補助的な作業だけを任されたのですが、いずれ危険な作業をやらなければならないと思うと、気分は憂鬱でした。別に凄く生きたいというわけではありませんが、死に場所くらいは自分で選びたいです。底辺のバイト現場で死ぬのは真っ平です。

 初日はまだ良かったのですが、二日目で無事終了となりました。その日の現場は十人の現場で、二台のバンに分乗して向かったのですが、社長の車に乗った私は、そこで驚きの言葉をかけられたのです。

「今日の現場は強力な溶剤を使うから、メガネを外して作業して」

 私は家にいるときや、仕事のときはメガネをかけているのですが、視力は0,1もなく、メガネを外したら日常生活もままなりません。ましてや、危険な高所作業など、メガネなしでできるはずもありません。そのメガネが溶剤で傷ついてしまうということを、現場に向かう車の中で、いきなり言われたのです。面接のときには一言も言われなかったのに、現場に向かう途中でいきなり言われたのです。

「いや、メガネ外すとほとんど見えないんで、無理ですよ・・・・」

 私がそう返すと、社長は分かったのかわからないのか、曖昧な返事をしたきりで、電話で違う話を始めてしまいました。

 私もこのとき、もっとキッパリ言っておけば良かったと思います。それは私が悪いですが、何しろこの仕事のことはよくわかりませんし、使う溶剤とやらの強さもわかりませんから、「まあ、一日くらい大丈夫だろう」という気持ちがありました。取りあえず今日一日頑張って、終わってから今後のことを考えればいいだろうと、楽観していたということです。

 現場に到着してまず驚いたのは、同じ会社の、ある作業員の風貌でした。外見は40歳くらいだと思うのですが、その人の頭髪が、金髪のオールバックだったのです。小説の中で、コブラさんというキャラを出したと思うのですが、そのモデルがその人です。

 なんというか、見た瞬間「ウワッ・・」と引きましたよ。ただ金髪だけなら、もしかしてミュージシャンとして活動しているのかな、とか、サーフィンショップでもやっているのかな、とも思います。でもそんな感じもしないんですよね。同じ金髪でも、サンドウィッチマンの伊達みたいな軽快なトークができるならイメージもまた違ったでしょうが、その人の喋りは、もの凄く間延びして、いかにも頭のネジが抜けてそうな感じなんです。

 また、これは帰りの車の中での話ですが、信号待ちの途中、窓の外に若い女性が見えると「あの女は可愛い」とか「あの女はブスだ」とか、一々査定を始めるんです。これも小説に使いましたが、こんな金髪のオッサンに査定される女性こそ、大きなお世話って感じですよね。「あの女はブスだ」って、いやいやお前の方がよっぽど面白い見た目だろうと。

 この行為の何が嫌かって、それやって何の意味があるのかさっぱりわからないところです。車降りてナンパでもするわけでもないのに。40にもなって、なんでそんな生産性もない、中身もないことやってるの?と。同じ雑談でも、もうちょっと実のある話しようぜ、と。中学生の頃、下校中とかによくそれやってるヤツがいましたけど、40のオッサンで同じことやる人がいるとは衝撃でした。この金髪オッサンが芸能関係や客商売の仕事をしているということは、まずないと思います。 

 そして勤務が始まったのですが、この日の仕事は冒頭の写真のような、鉄筋で組み立てられた足場の上で、タワシを使ってひたすら外壁を擦るというものでした。5階建てのビルで、落ちたら死亡の危険も高いです。足場を覆うようにビニールシートは貼っていましたが、やっぱり安全帯は無しでした。もしかしたら、ヘルメットもなしだったかもしれません。こんな会社は怪我しに行くようなものです。

 そしてメガネですが、見事にダメになりました。レンズがところどころ溶けちゃって、視界にもモロ影響します。会社には、メガネをかけている人がもう一人いたのですが、その人は「俺も仕事中とプライベートでは、メガネを使い分けているんだ」などと言っていましたが、この人が普通に働いていたから、特に面接で触れる必要はなかったと考えたのでしょうか?それだけでも向こうの大きな過失ですが、まだ堪えることはできました。私の怒りが決定的になったのは、現場から帰ってきたとき、社長が放った一言でした。

「だからメガネ外せって言ったじゃん~」

 今だったらぶん殴ってしまうかもしれません。そもそも面接のときに、事務員が説明しなかったのが問題なんですが、これを初めて言われたのが、現場に向かう車の中ですよ。現場に向かう車の中で、「メガネ壊れるのは嫌なんで、帰ります」といえますか?遠慮していえない人も多いでしょうし、その溶剤とやらがどれほど強力かわかりませんから、私のように、楽観視してしまう人もいるでしょう。もしあの車の中で、社長が溶剤について十分な説明をし、「どうする、帰るか?」と聞いたうえで、私が判断した結果なら、文句はいえないかもしれません。しかし、実際には、社長は曖昧な返答をしただけで、真剣に説明してくれたとはとてもいえませんでした。

 会社に強い不信感を持った私は、二日分の給料を割ってもらい、辞めることにしました。メガネの弁償代は請求しませんでした。どう考えても向こうが悪いのになぜ請求しなかったのかといえば、警備員時代の折茂のトラウマが残っていたからです。会社に対して、従業員というのは極めて弱い立場にあると思い込んでいた当時の私は、仕事関係の人間とトラブルになるのを避けたかったのです。

 現場から会社に帰ってから、社長と話し合っている最中、金髪オッサンたちが、いつまでも会社に残って、ベラベラと無駄なバカ話をしていたのが忘れられません。渋い顔で社長と話し合う私の視線の先には、アルバイトがみんなで連れ立って、ディズニーランドに行ったときの写真が立てかけてありました。前々回で最後に触れた話と重なりますが、求人広告によくある「アットホームな雰囲気」に嫌悪感を覚えるようになったのは、このときのことも大きな原因だったかもしれません。

 まだ若く、会社と戦う知恵も度胸もなかった私を、とことんまで舐め腐ってくれたこの会社のことは、今でも許す気がしません。
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No title

自分もメガネを掛けているので外すと全く視界が見えなくなります。
少しの近眼の人とド近眼の人ではメガネの重要度が全然違いますよね。
ましてや裸眼で生活している人からすれば掛けなくても見えるだろ的な感覚かもしれません。
しかし事故にならずに本当に良かったですね。
従業員の人達が別人種だと関わりたくない思いが先行しますよね。

No title

seaskyさん

 まあ確かに、裸眼だとメガネ族の苦しみはわからないってのはあるかもしれないですね。それにしても、社長の態度はいい加減にもほどがありますが・・・。

 あれは遅かれ早かれ事故になっていたでしょうね。現場仕事でも大きな会社は安全対策もしっかりしているんですが、小さい会社の安全配慮は驚くほど杜撰であきれるほどです。

 彼らはまったくの別人種でしたね。今のご時世、大学出ていても職がない人も多いですから 、底辺でも話の出来る人に巡り合わないこともないんですけど、この会社は「ザ・底辺」て感じで、とても居場所を確保できそうな雰囲気ではなかったですね・・。

私も裸眼で0.1以下です
前に書いた通り元洗い屋で働いてました
代表はハードコンタクト使ってて眼鏡をかける時は営業に行くとき等、実年齢より上に見せる時だけでした
眼鏡がダメになる薬品を使うこともあった可能性が高かったことを読んで初めて気がつきました
私が入れる現場は女と言うことで肌が大丈夫な所だけで
塩酸で火傷の話はよく聞きました
眼鏡がダメになるような薬品は肌にも悪いと思うので辞められて正解だと思います
安全帯については貸し出しを希望されないと伝わらないと思います
あえて言うなら安全帯希望を伝えないのが悪い

私の働いてた所は希望すれば貸してましたしヘルメット希望者が多くて手持ちが足りない時は事務所から私が配達してました
安全帯の配達は経験ありませんが
もし代表が作者さんの会社の社長だったら言えば貸し出してたと思います
塩酸の雨が降る現場で人が足りない時も現場仕事させてくれませんでしたし(代表のフルフェイスを被っても顔以外も傷つけたくなかったそうです)
安全帯は面倒で着けないことも多く希望者がいれば貸し出し
代表が雇われてる立場なら雇用側の会社が着けるように言えばしぶしぶ着けてたとか

基本的にアットホームな職場は苦手です
何が楽しくてプライベートを職場の人と過ごす為に使わなければならないのか
金稼ぐ為の職場で一緒にいて有意義な時間を過ごしたい人は殆どいない
余裕がある大企業の中には忘年会、新年会、社員旅行は会社や上司の金が使われるが自腹で飲み会半強制参加は時間と金の無駄
作中のディズニーランドの場合は入場料だけで5000円以上、食事や交通費等を入れると日給飛びそう
仮に日曜祝祭日+盆正月しか休みが無ければ月に5回程度の休みしかないのにプライベートで時間と日給使うって有り得ない
こんな会社はディズニーランド等の付き合いに行かないと有ること無いこと言われたりで会社の中で居場所無くなりそう
この業界のいい所は17時で仕事が終わり夜プライベートな所(土曜日仕事の替わりに残業がほぼ為し)

No title

Nさん

 当時は安全対策に無知だったので別に安全帯ほしいと思わなかったのですけど、そういう素人のアルバイトを使っているなら本人の申告任せみたいないい加減なことやらずに、会社が配慮すべきだと思いますよ。あれはひどい会社だと思います。

 辞めた理由で決定的だったのも、安全対策云々でも危険な溶剤を使ってるからでもなく、社長の舐め腐った態度が気に入らなかったからです。少しくらい環境が悪くても、仕事がきつくても、ヒトさえよければ、私の場合はそう簡単に辞めたりはしません。

 派遣とか底辺職場のモラルの無さというのは、ある意味低賃金とか仕事の過酷さよりも問題だと思うんですよねえ・・。人を人とも思わない会社は、どんどん潰れるべきです。

雇用側も作者さん雇ったことで損してると思う
レギュラーバイトを2日で辞められると求人出し直して面接に経費と時間がかかる

求人に眼鏡不可と書くか裸眼とコンタクト使用者の日給を500円~1000円上げて眼鏡かけてる人に眼鏡が壊れない現場担当にすればいいのに
眼鏡差別になるのかな?

日給と同額~2倍程度会社に利益入るけど、一般的な求人誌やフリーペーパー使えば求人代は万単位~

底辺なのに雇用者側の立場も考えるのはおかしいでしょうか?

No title

Nさん

 私としては色々雇用者側の事情をきけるのは嬉しいですけど、まあ底辺の労働者が会社を辞めるにあたって、会社のことを気遣ったり、「自分が辞めることで迷惑かかる」とか思う必要はないと思いますね。

 クソ会社が損してるようならそれはよかったです・・・。奴らの自業自得ですから。

久しぶりにオジャマします(^^)/

私がしばらく携帯イジリが出来なかった間に、私小説は完結なさったんですね!
多分3~4話は見逃した(>_<)!!
まあ…「私小説」が世に出たときの楽しみと思えば、気も休まります……かな?

続編も面白いです!
こちらはショートショートって感じですかね?
時間が出来て、書く気になったら、じっくり書くのでしょうか?
「オッサンに水の入ったコップを投げつけた」!!!!
あーーースッキリした!(笑)
メガネが溶ける現場、恐すぎ!
裸眼だったらもっとヤバそう(-_-;)
直ぐに辞めて正解だったかもですね。
ムカつく変な社長で良かった(笑)

No title

ひなさん

 私小説警備員時代に関しては、直しを入れた完全版をいつか発表したいですね。書店に並ぶことはなくても、このサイト上ででも掲載できればと思います。他の作品が書店に並んでいることが前提ですが・・・。

 いかりやや社長は個人的には同情の余地のない人だと思っていたんですが、コメントの数や内容からするとそうでもないのかな?と思い始めていたので、ひなさんの同意が得られて安心しました・・・。コメントが3人以上から貰えるなら定期的に書こうと思っていました。近日更新します。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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