犯罪者名鑑 麻原彰晃 17

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修行者から教祖へ

 

 オウムを宗教化してから、麻原は次第にいち修行者ではなく、教祖として振る舞うようになっていきます。そのことをもっともよく表しているのが彼の呼び方で、オウム神仙の会時代にはまだ、人に対する尊称である「先生」と呼ばれていたものが、仏に対する尊称である「大師」となり、さらに他の幹部たちと区別するため、「尊師」と呼ばれるようになります。「真理の御霊 最聖」などと付くこともあり、普通の人がここまで大仰な呼ばれ方をすれば顔がこそばゆくなるでしょうが、麻原にはそういう羞恥心は一切なかったようです。

 外見にも、草創期のころの面影がなくなっていきます。伝説の空中浮揚の写真ではキリッと引き締まっていた麻原の身体に、でっぷりと脂肪が乗ってきたのはこの頃からのことです。本人は「悪いカルマを引き受けたせいでホルモンのバランスが崩れてしまった」などと言い訳していたようですが、逮捕後にはスッキリと痩せたことからもわかるように、体質的なものではなく、ただの食い過ぎによる肥満であったのは明らかです。麻原が信徒の前で「水中・エアー・タイト・サマディ」なる修行を披露した際、麻原は一週間、この日のために滝に打たれ、断食を続けてきたと言っていましたが、妻の知子からは「尊師はこの一週間、東京の事務所でステーキをパクパク食べていましたよ」と暴露されています。

 「水中・エアー・タイト・サマディ」とは、空気を遮断した三メートル四方の箱に入り、五日間もの間飲まず、食わず、排泄せず、呼吸や代謝などすべての肉体機能を停止させ、仮死状態のまま瞑想を行うという修行です。もちろん、「最聖」でもなんでもない、ただの肥満親父の麻原にそんな過酷な修行ができるわけもなく、「毒ガスが出た(防水シートを貼ったボンドから漏れた微量のガスで頭痛を引き起こしただけ)」などといって中止にするのですが、麻原はこの修行のために何百万という布施を信徒から集めていました。

 どうもこの頃から、オウムの修行内容は地道なヨーガを極めるものから、一目でそれとわかる、パフォーマンス的なものに変容していったようです。オカルト信者たちにより強く訴えかける目的もあったでしょうが、最大の理由は、麻原自身があまり修行をしなくなったことでしょう。麻原が唯一「あれだけは本物だった」と評価されるシャクティパットも、丹沢集中セミナーのころは、「一人ひとりが効果を実感できるまで何時間でもやる」というものだったのが、オウムが真理教となったころには、「一人十分、効果が出なくてもやめ(効果がでないのはグルへの信が足りないせい)」というものに変わってしまいました。もうこの頃には、修行により蓄えられるという神秘的なエネルギーがなくなっていたのでしょう。それでいながら、シャクティパット一回にかかるお金は、丹沢集中セミナーのころよりも増えて、五万円になっていました。本物の「超能力」を失った麻原は、派手なパフォーマンスによる見た目のインパクトで誤魔化しかなくなったということです。

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 信徒に崇められる

 
 教祖として君臨し始めてから、麻原は性格面も変わっていきました。丹沢集中セミナーのころに見られた高潔さやリーダーシップは影をひそめ、独裁的な権力を持った者に特有の傲慢さと猜疑心が目立つようになっていったのです。麻原の子供たちが施設の中を走り回るのを注意した信徒を竹刀で打擲するなど、理不尽な振る舞いをこの頃から見せていました。

 修行をしなくなり、読心術も失った麻原ですが、唯一残されてしまったのが、人を疑う心、猜疑心でした。信仰心が疑われる(と思い込んだ)信徒を追い詰めるときの麻原の決まり文句が「お前は○○のスパイだろう」というものでした。これは逮捕されるまでずっと続くのですが、麻原は何かあると必ず「スパイ」と決めつけるのです。実際にそれで煮え湯を飲まされた経験があったのかもしれませんが、本当に教義に自信があるなら、スパイが出ようが堂々としていればいいだけの話であり、疚しさの裏返しに他なりません。

 外見も性格もすっかり変わってしまった麻原ですが、なぜか麻原を神格化する風潮だけは、むしろ強まっていきました。そのことについては、日本人の「ブランド信仰」が多大に影響しているように思えます。

 日本人というのは男も女も「ブランド大好き」な民族です。服にも食べ物にもサブカルチャーにもいえますが、日本人は自分自身の頭で価値判断をせず、「友達が良いと言ってるから」「雑誌で良いと言ってるから」と、なにかといえば物の価値の評価を他人に依存します。大衆迎合を至上と考える「和を持って尊しとなす」の民族らしい傾向といえますが、その点、オウムの信者も典型的日本人でした。

 修行者から教祖へ、いや客観的にみて、ただの我儘な肥満親父に変わっていくだけの麻原が、なぜか逆に神格化されていったのは、「幹部の誰々さんが尊敬しているから」「私よりステージが上の誰々さんが凄いと言ってたから」と、他人の評価を自分の評価のように考える「ブランド信仰」が働いていた結果としか、私には思えません。

 麻原自身が、そのように誘導していったということもあります。あの空中浮揚の写真撮影の際も、麻原はどう考えても足の力でジャンプしただけの「空中浮揚」をやってのけた後、その場に居合わせた会員たちに、「おかしいなあ。前のときは一秒近く浮かんでたんだけどなあ。今日も確かに身体が軽くなって、ふわっと浮かんだ気がしたんだけど。みなさんはどう思いますか?」などと問いかけ、「落ちたとき、あまり音がしなかった」「すごいですよ、先生」などといった言葉を引き出しています。また、信徒の前で「最終解脱した」と宣言し、そのとき、最終解脱とはいかなるものかと問われて言葉に詰まったときに、「なあケイマ、私は最終解脱したんだよな?」などと、やはり自分の評価を他人の口から言わせています。

 オウムを真理教と改め、教祖となってからも、麻原は幹部会議で何かを決定する際には、必ず何人かの幹部に「これでいいよな」などと同意を求め、またその決定を一般の信徒に伝える際には、それを自分の口からは行わず、村井秀夫など幹部の口を通じて伝えさせています。

 「あの人がああ言ってるから、尊師は凄い――」

 こういう風潮が一度できてしまえばしめたものです。以前のように過酷な修行をせずとも信徒が勝手に崇めてくれ、またポカをやらかしても、思考停止状態になった信徒は、麻原を疑いもしません。毎日が楽になりましたが、入ってくるカネはどんどん増えていきます。

 こうした過程を経て、かつては純粋な修行者としての一面を持っていたはずの麻原は、俗物丸出しの貪欲な「怪物」に変貌していったのです。
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No title

オウムが大きくなるにつれて麻原と信者の距離が開きすぎてしまったのでしょうね。
みんなのお父さんから王様になってしまったという感じでしょうか。
麻原から「これでいいんだよな?」と言われたら「はい、そうです。」というしかないですよね。
「○○でいいんだよな?」という言葉を使う麻原面白いです。

言わずもがな、アニメ化した尊師のビジュアルは……。


ブランド信仰をする者(何の疑念も持たず、生まれたての赤子のような無垢さで)ニーチェやオルテガやフーコーなど、そういった人々を相手取りディスりまくっているので、たまに読むと痛快です。



尊師の「前に1秒浮いた」という発言を聞いた熱い信仰心を持つ者は、自らが1秒浮く尊師の姿を目の当たりにしたかのような錯覚を平気で抱いてしまうのでしょう。

尊師の、言語によって他者を説得する技量は流石ですね。


ただ「虫さんだって……或いはアリさんだって……」(合ってましたっけ?)アリはどう考えても虫という集合の一部分なのに「或いは」という接続詞を使ってしまう、お茶目な尊師ではあります。



そういえば、オウム全盛期、とある雀荘に集うサラリーマン達の間で、「よし、明日の競馬で当たるように、俺がシャクティーパットしてやる!」などという冗談が飛び交っていたそうです 笑

小学校だけじゃなかったんですね。

No title

seaskyさん

 麻原が自己神格化に成功したのは、麻原自身がそれを目指したのと同じくらい、信徒の方がまた麻原を望んで持ち上げたという視点も重要になってくると思います。いずれその視点から記事を書いてみます。

 あと、犯罪者名言集にコメントいただいたのにお応えする形になるかわからないのですが、近々麻原の名鑑を独立させ、別の犯罪者の名鑑を書いていこうと思います。麻原の名鑑が思った以上に長引きそうでもあるので・・・。

L,wさん

 「最終解脱」など、本人も深く考えていない、適当な思い付きで発せられた言葉が独り歩きしているうちに、いつの間にか深い意味があるかのようになってしまうのはマジックとしか言いようがないですよね。もちろんそう持って行ったのは麻原であり、麻原の技量の高さを示すものです。

 麻原の説法は動画でみると「引き込まれる」要素が確かにあるのですが、文字に起こすと突っ込みどころ満載で、なにいってんのかよくわからなくなりますよね。長嶋茂雄の、いわゆるひとつの~、みたいに、慎重に言葉を選んでいるうちに可笑しな言い回しになってしまうのでしょうね。

 オウムが使う宗教用語はネタになりましたね。「ポア」など、宗教的知識の薄い一般人にはインパクトが強いものでした。

耳慣れない宗教用語を多用して教義を語る麻原に対し、無能っぽい記者が「意味が分からない」と言ったとき、麻原が「私は人間界にある言葉では語れない、天界の概念を語っているんだ。わかりにくいのは当たり前で、逆にこれだけわかりやすく語れるのは私だけだ」とあっさり返してのけたときは、やはりこの男はタダモノではないと思いましたね。

 

No title

麻原名鑑はどうしても長期の連載になってしまいますよね。
麻原は一般の犯罪者のカテゴリーではないですからね。
新しい犯罪者の名鑑期待しています。
誰になるのか楽しみです。

No title

seaskyさん

17回やってまだ坂本弁護士事件どころか最初の殺人事件までいってないですからね。40回までに収まるかどうか・・・。

来月にサイトの大改修を行い、犯罪者名鑑と犯罪者バトルロイヤル以外の記事を極力片づけていこうと思っています。
連載は麻原名鑑、犯罪者名鑑、外道記、屍、あと闇サイト事件をモチーフにした新作で回していこうかなと思っています。なので第一弾は闇サイトでいきますかね・・・。
迷っているのが私小説の続きなんですよね。施設警備員時代の話ももうすぐ削除する予定なんで、それと一緒に削除してしまうか、取りあえず続けてみるか・・・。コメント状況次第ですね。
1コメ以下=連載中止 2コメ=更新するけどいつになるかわからない 3コメ以上=週一で更新 今のモチベーション的にはこんな感じですかね。これは名鑑も一緒です。私小説に関してはやっぱりコメントも少ないのに自分の人生を晒す気にはなれないですからね・・・。2ちゃんの自分語りスレの「お前ら読んでないならやめるで!」と一緒なんですよね・・・。

記者へ対する尊師の返し、前半は何となく有りそうですが、後半は、厚顔とでもいいましょうか、確かにただ者ではないですね。


犯罪者名鑑。早い段階で取り上げられるのは、やはり宅間などでしょうか?

宅間の精神鑑定書さえ、まだ読んでいない私です。

「津島さんの書いた記事を読めば、その犯罪者に関する情報を1番いい形で得られた」みたいな感想を読者が抱くような記事を期待しております。

No title

L,wさん

 私は後半こそが妙だと思いますけどね。そのまま黙っていたら自分が不利になるようなことを言われても、返し方がうまければ、逆に自分を高く見せることができ、質問した方がバカという空気になる、これこそが詭弁術というものです。

 ただ情報を垂れ流すだけなら本を読んでもらった方がいいという話になってしまいますので、私なりの考察を挟んでいきますけど、それがどう取られるかですよね。どうしても憶測の領域になってしまいますし。無責任ちゃ無責任ですが、あまり細かく正確性に拘るより、「面白く読ませる」ことを意識して書いていきたいですね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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