犯罪者名鑑 麻原彰晃 15

てんり



 ”真理教”の誕生

 1987年から、オウムはいよいよ団体の名称を「真理教」と改めます。

 この名称の構想自体は、まだオウムが一介のヨーガサークルに過ぎなかった1985年当時からあったようです。ある時、とある探偵事務所を訪れた麻原は、探偵に奈良県の天理市の調査を依頼しました。天理市とは、江戸時代末期に中山みきが起こした天理教の本拠地で、信者が寄り集まって生活している地域が戦後の市制でそのまま市として認められたものです。

 天理教の信者は見た目には一般の人と何ら変わりはなく、法を守り、税を納めてちゃんと仕事や学業をして生活しており、道にタバコの吸い殻などが落ちていれば率先して拾うような平和的な人たちです。天理教を信仰していない人を差別したり、国家に仇なすようなところはまったく見受けられません。しかし、病院や学校にも天理の名が冠せられ、市議会議員も天理教の信者から出ているようなところを見て、それを一種の「独立王国」のように錯覚したのか、麻原は天理市に深い関心を示し、調査に乗り出したのです。

 天理教は非常に平和な団体で、天理市の実態は、後に麻原が打ち出した「シャンバラ化計画」などとは大いに異なるものですが、ヒントにはなったのでしょう。調査を終えた探偵が提示した資料の内容に多いに満足した麻原は、その探偵に、「私も宗教団体を開こうと思っているのですが、何かいい名称はありますかね?」と問いかけました。探偵が一種の言葉遊びで、「あんり、いんり、うんり・・・」と、「てんり」の頭の文字を順番に入れ替えて言っていると、サ行の一文字のところで、麻原の目が光りました。

「しんりですか。いいですね」

 こうして、”真理教”の名前が決まったというのが、真相ということだそうです。麻原はこれを隠し、命名の由来について信徒には、「シヴァ神のお告げ」と言っていました。

 ちなみに麻原は探偵に払う調査料二十万を、前金の二万円だけを入れてバックれ、結局最後まで払わなかったそうです。

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 オウムの教義

 
 オウムの教義については、これから起こる事件の中で少しづつ触れていこうと思いますが、まず大前提となる部分だけざっと書いておきます。

 オウムの教義については、チベット密教やヒンドゥー教、大乗、小乗の仏教の都合のいいところばかりを集めたいい加減なものとして批判されますが、この批判にはおかしなところがあります。

 もともと、日本の国教は神道でしたが、聖徳太子の時代に仏教が伝来し、仏教を重んじようという崇仏派と、我が国独自の神道を重んじようという廃仏派の間で戦争が起こりました。結果、崇仏派が勝利し、仏教は神道を駆逐して日本に広まったわけですが、そのうちに「仏教と神道はそもそも同じものである」という考えが一般的になってきました。「神仏習合」という思想です。仏教の解釈に神道をミックスしたり、祭事において仏様と神様を同時に祀るということは、昔から行われていたのです。ヒンドゥー教の本場インドにおいては、仏教はヒンドゥー教の一派であるとの見方がなされています。

 このように、仏教は一神教のキリスト教やイスラム教と違い、他宗との合一を図りやすい性質を持っているのです。仏教をベースにしたオウムが、ヒンドゥー教や、仏教の一派であるチベット密教などを取り入れたところで、特別にデタラメなことをやっているわけではないのです。

 また、麻原はその発言の中で、オウムの教義が必ずしもオリジナリティを重視していないことを語っています。むしろ、既存の宗教を十分尊重したうえで、習うべきところを習い、より高みを目指していこうという姿勢であり、他宗の存在を一切認めんとする今のイスラムの過激派や、昔のキリストの十字軍などよりも柔軟であるともいえるでしょう。自分より優れていると認めた人物には素直に学べる、教祖の麻原の性格を反映しているともいえます。

 麻原は実に様々な宗教を学び、その宗教的知識に関しては専門家も認めるほどですが、ただ、教義の解釈に関しては、かなり強く捻じ曲げられているところがあるということです。特に、殺人を肯定するヴァジラヤーナの教えについては、麻原個人の意向が濃厚に反映されており、麻原がその目的のために都合よく論理を組み替えたとしか思えないところがあります。
 
 麻原は自らが高い宗教的知識を極めるとともに、信徒に対し、オウム以外の宗教を学ぶことを禁じていました。他宗の知識を自らが独占していることで、他宗の解釈を捻じ曲げていることに気づかせないようにしていたのです。論理の構築力以外に、情報の統制という面でも、麻原は巧みでした。


せいし



 ”イニシエーション”の始まり 

 宗教色を強めることによって信徒を振るいにかけた麻原は、オウムに残った信徒から、ありとあらゆる手段を使ってお金をむしり取っていきます。

 オウムは教義を過激化させるにつれ、信者に出家を迫る傾向が強くなっていきますが、初期のオウムについては、在家での修行を出家と同等に尊重する態度を取っていました。他ならぬ教祖の麻原自身が在家の修行者であった立場上、出家と在家の格差を安易に大きくするわけにもいかなかった事情があったのでしょう。しかし、出家を在家よりも至上のものとする風潮が強くなるのは止められず、また、意外に信徒は、在家の麻原が出家信者を従えている構図に疑問を持っていないことに気づいたのでしょう、麻原は次第に出家主義へと転換していくようになります。国家と対決姿勢を表し、テロ行為を繰り返すようになった教団には、一人でも多くの「戦闘員」が欲しかったということもあったかもしれません。

 しかし、先にも述べました通り、当初においては麻原は、在家の修行を出家と同等に重んじていました。それにはもしかすると、信徒を出家よりも在家に留めておいた方が、布施を集めるにおいて効率がよかったということもあるかもしれません。麻原は出家信者からは、お弁当屋さんやパソコンショップなどの販売活動をさせることにより教団の資金獲得に貢献させていましたが、在家の信徒には、俗世で労働などをして得たお金で、教団が販売するオカルトグッズを買わせることで教団に利益をもたらさせていました。「イニシエーション」が始まったのです。

 良く知られているのは、「血のイニシエーション」に始まる、麻原の肉体の一部を売りつけるものでしょう。血のイニシエーションでは一応、信者の前で自ら注射で採血してみせたようです。これがうまくいくと、今度は自分の風呂の残り湯を飲ませるようになり、入浴時に陰毛が抜けると「ご宝髪」などとして、ごはんに振り掛けて食べさせていました。果ては、人妻に精液まで飲ませていたとか。

 風俗嬢の聖水でさえ精々二千、三千円なのを考えれば、麻原のような汚らしいオッサンの陰毛や残り湯などを十万、二十万で売るなどはとんでもない話です。精子については精子バンクがありますが、精子バンクには細かい規定があり、ハーバードなどの名門大学に在籍しており、容姿端麗でスポーツ万能、二十代前半の若くイキのいい精子でないと値段がつかないのに、最終学歴が「代々木ゼミナール中退」で、見た目は「寿町男子」、スポーツはかつては柔道二段で、蓮華座のまま四十センチ近くジャンプできる筋力があるも、今はただの「メタボ親父」の麻原の精子が何十万もするなど、許されないことといえるでしょう。自分のスペックも鑑みず、そんなものを平然と売りつけられてしまう麻原の神経はやはり並ではありません。

 他にも麻原は、自分のマントラが録音されたテープや、瞑想法のノウハウが書かれた秘伝の書、インドの路上で販売されているような粗雑な作りの像などを、何十万もの値段で信徒に売りつけます。原資がほとんどかからないものを高額で売りつけることが、教団にどれだけの利益を齎していたかは、いちいち詳細なデータを出して計算するまでもないことでしょう。霊感商法の開始により、教団の資金力は一気に膨れ上がっていったのです。

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No title

オウムの信者には潔癖症の人はいなかったのでしょうね。
いたとしてもマインドコントロールによって潔癖を治してしまったのかもしれません。
お金を払ったうえに衛生的に問題があるような行為をするなどとても出来ないことですよね。
信者からすれば麻原は神でしょうから神聖な儀式と受け取っていたのだと思います。

イニシエーョンの一覧表を見た時、「グルのイニシエーョン」よりも「血のイニシエーョン」の方が高額だったので、私は思わず吹きました。

自分の名を入れてるのに……。


あと「愛のイニシエーョン」も吹きました。

No title

seaskyさん

 オウムの信者は衛生観念が欠落していたと言われますね。おそらく修行により得たエネルギーが失われてしまうと考えていたのでしょう。

 宮本武蔵の小説でも、五感が失われるのを恐れてムサシが風呂を嫌う描写があり、「ドカベン」でも、好調時の感覚を失わないために山田が何日も手を洗わない描写がありますが、それと似たような考えでしょうね。

L,wさん

イニシエーションの料金の基準については不明ですね。なにしろ元がタダ同然ですから、かなり適当に決めていたのかもしれません。

そもそもあんな容姿をしたオッサンが自分の毛や精液を売ろうと考えるその発想がミラクルすぎると思うんですよね。私がもし同じ立場になれたとしてもとてもまねできません。

天理市は本当に天理教が元になってたのか、思わず感心
一方真理教はまさかそんな由来だったとは…厭離穢土に因んでおんり教でも良かったんじゃないかな(無知)
ここで頻出するイニシエーションという単語もいにしえからの造語かと思いきや普通に実在する英語で草
更に調べてたらイニシエーション・ラブという作品が過去にあって来月映画が上映されると知り驚いたよ
面白そうな物語だけど個人的には同じ筆者なら『嫉妬事件』も気になるwww

No title

OKBさん

天理市は来月に予定している中部、近畿旅行で行ってみようかな。おんりえどはこの穢れた世の中から逃れたいという意味ですね。仏教の基本は来世利益だけど、オウムは現世利益をも同時に強く追い求めていたのが魅力だったのかなあ。

小説は最近全然読んでいないなあ。どうも嫉妬が先にたってしまって、特に最近のやつは読む気がしないです。はやく自分も世に出て、ほかのひとの作品も抵抗なく読みたいなあ…。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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