犯罪者名鑑 麻原彰晃 6

asahaaaaa1.png


 
 取調室にて


 薬事法違反で逮捕された智津夫を取り調べた五十代の刑事は、視力障碍のハンデキャップを背負った智津夫に一定の同情を感じ、取調べの対応は割と優しかったようです。智津夫も自分の父親のような年齢の刑事に心を開き、次のような言葉を口にしました。

「自分が生きていく上において、世間一般からの抵抗やしがらみが、あまりにも大きすぎるんですよ」

 人との間に摩擦を引き起こし続け、挫折を繰り返す智津夫の人生。高すぎる野望に社会的成功が追いつかず、智津夫の心の中には二十七年間ずっと、鬱屈したものが積み上げられていました。老刑事はこの智津夫の姿を見て、次のように語っています。

「気を吐いて、精一杯生きていることだけは間違いなかった。目が不自由というハンデキャップを背負いながら、九州の田舎から出てきて、仲間もなく、鍼灸の組合に入っているわけでもなかった。親兄弟とも没交渉だというし、それだけで、どんな育ち方をしてきたかは想像できました。正直、同情するところはあったんです。松本智津夫は、健常者と同じようには生きていけなかった。上昇志向があっても、普通のことをしていては上にあがれない。そして、なにか始めると、かならず権威や権力というものが立ちはだかってくる。~中略~血も涙も流したことのない人間には、あんたらにはわかってたまるかと、敵意のようなものを抱いている」

 いかがでしょうか。

 私も智津夫の盲学校時代のエピソードなど、ちょっと小馬鹿にしたような書き方をしている部分もありますが、智津夫が必死であることまでを否定しているわけではありません。智津夫が自分の目的を達成しようともがき、足掻いている姿はわかります。しかしそれは、智津夫の生い立ちを知り、ある程度好意的に見る人にしかわからないことで、多くの人に伝わるものではありません。

 努力はしているはず。なのになぜ、思ったような結果が付いてこないのか。智津夫は狭い豚箱の中で、自分の二十七年間の人生を振り返りながら、毎日のように考えていたでしょう。

 導き出した答えが、宗教の道でした。私はこのとき智津夫は、努力は努力でも、努力の質が良くなかったと気づいたと思うのです。

 智津夫の人生にも、人に評価された時期がまったくなかったわけではありません。盲学校時代、柔道で講道館二段の段位を取得したときには、学校中から拍手喝采を浴び、ヤクザの親分にも可愛がってもらいました。代々木ゼミナールで一生懸命受験勉強をしていたときには、皆がノートを貸してくれるなどサポートしてくれ、人生の伴侶も得ることができました。浅はかな知恵で犯罪行為を働いたり、適当な思い付きでリサイタルをやっても、人には評価されません。地道にコツコツ、一つのことをやり遂げようとしている姿にこそ、人は惹かれる。そのことに気づいたと、私は思うのです。

asahararrrrrrra3.jpg



 「彰晃」の名づけ親、西山祥雲 


 不起訴になり釈放された智津夫は、自分には宗教しかないと、今度こそ不退転の決意で人生を切り開くべく、これはと見込んだ、ある男の元を訪れます。

 西山祥雲。競馬で稼いだ十四億円の金を元手にビジネスを始めて成功をおさめ、自らの宗教まで起こしたという、後の麻原彰晃に勝るとも劣らず胡散臭い、しかし怪物的な人物です。

 智津夫の目的は、西山の弟子になることでした。西山は、背広姿に作業靴、鞄の先からなぜかソロバンが飛び出しているという怪しげな風貌の智津夫をはじめ相手にしませんでしたが、智津夫は熱心に西山の元に通い詰めました。西山は、自分に教えてほしいならセミナーに参加しろと伝えますが、智津夫は授業料払いたくなさに、個人レッスンを懇願します。オウム教団では、自分のイニシエーションを受けるのに何十万とかいう金をとっておきながら、自分が教わるときはタダじゃなきゃ嫌というのはどういうことかと思ってしまいますが、しかしその情熱にほだされ、西山は智津夫の夜の訪問を許すようになっていきます。

「宗教には、悩みがあったり、どうにもならない人間が集まってくるんだ。そいつらを魚釣りのように釣ればいいじゃないか」

「宗教は、クモの巣を張っておけばいいんですよね。そうしたら、自然に引っかかってくる。あとは弱るのを待てばいいだけなんですよね」

 西山の教えを受け、智津夫は教祖としての輪郭を固めていきます。西山が著名な姓名判断師を呼び、自らと十六人の弟子に名前を授かったとき、智津夫もおこぼれに預かり、「彰晃」の名を貰い、以後「松本彰晃」と名乗るようになります。

 西山の教えの中で智津夫が特に注目したのは、西山が何気なくやってみせた、手品でした。

「西山先生は日本人ですか?人間ですか?それとも、宇宙人ですか?それをやれば、本当の神様だと思って、みんな飛びついてきますよ。先生、私にもぜひ、やり方を教えてくださいよ」

 その言葉で、智津夫が宗教にマジックを利用しようとしていることを見抜いた西山は、「いまの君に教えたら、大変なことになる」と、智津夫の頼みを突っぱねます。このときは断られましたが、智津夫の考えは変わらず、オウムを開いた智津夫は、マジックではなく、宗教的修行により得た「超能力」を使って、信者を掻き集めるようになっていきます。


asaharraaaaaa2.jpg


 矛盾という橇―――覚醒前夜
 

 智津夫と西山の師弟関係は、長くは続きませんでした。西山の家に足しげく通うようになった智津夫の態度は、次第に図々しいものになっていきます。勝手に冷蔵庫を開けて、ジュースを飲む。西山専用のタオルを勝手に使う。挙句の果てには、五十万円ばかり貸してほしいとねだってくる。二十七歳の松本彰晃青年が世間知らずというわけではない。この男は、どこか人と違う。西山がそう感じ始めた、矢先のことでした。

「先生、私を自念信行会のナンバー2にしてください。なあに、心配はいりません。お布施やお金のことはすべて私がやりますから、先生は左団扇でおればいいんですよ」

 智津夫の魂胆は、西山の宗教団体にちゃっかり潜り込み、手っ取り早く出世の足掛かりを得ることでした。西山の家で図々しい態度をとっていたのは、西山が自分にどの程度心を許しているかを見るための、計算ずくでの行動であったと思われます。それをやがてエスカレートさせ、ゆくゆくは自念信行会を乗っ取る気でいたのでしょう。

 智津夫の企みがわからない西山ではありません。ある日、図に乗った智津夫が、お釈迦様のように左手でわっかをつくり、手のひらを上に向けたポーズを取って、「お釈迦さんだって、こんなポーズを取っているでしょう。銭持ってこい、と言ってるんですよ」などと口走ったのに、ついにブチ切れます。

「言っておくが、俺はお前を扱いきれん。宗教をやるなら、人を頼らず自分でやれ。貴様は今まで俺のところに押しかけてきていながら、酒徳利のひとつでも持ってきたことがあるか。それとも、一か月分くらいの授業料はおいていくか。それとも、俺からげんこつの一つでももらって帰るか、こらあっ!!」

 西山のあまりの権幕に、根が小心者の智津夫はすっかり竦みあがり、涙を流して許しを請います。盲学校時代、悪さをしたとき、先生に自分の屁理屈が通用しないとわかると、涙を流して反省したように見せかけた松本智津夫少年そのままの姿です。大人になって多少は世間の辛酸を舐め、世渡りの術は学んでも、根っこのところは何も成長していなかったということです。

「もうここに来るのはよせ。お前は、ふつうの男とは違うんだ。考えがちがうんだよ」

 自分には宗教しかないと不退転の決意を固めた智津夫でしたが、またしても挫折を味わう結果となってしまいました。 しかし、絶望している場合はありません。叱られて涙を流すのは盲学校時代と同じでも、あの頃と違い今の智津夫には、背負う物があります。家族のためにも、泣いて洟を垂らしたまま終わるわけにはいきません。西山の自念信行会に潜り込むことに失敗した智津夫は、しかし最後に男の意地を見せ、涙を拭いて、西山の前で力強く宣言します。

「私は矛盾の中で生まれ、矛盾の中で育ってきたような男です。これからも私は、矛盾という雪の上を、矛盾という橇で滑っていくしかないと思っています。私はどうなってもいい。間違っているかもしれませんが、それでも私はいいです」

 これを単なる捨て台詞とは、私は思えません。この言葉に、麻原彰晃という人間のすべてが詰まっているような気がします。

 第一章 完
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

神格化される者もいる日本犯罪史上において、尊師の存在はやや低く見られがちな気がします。あれだけ大それた事をした割に。

異常性や残虐性が高い単独犯の方が人々の興味を引くものなのですかね。


しかしこの記事を読むと、はやり尊師は日本犯罪史上においてチャンピオンであると再認識します。


No title

麻原彰晃にまさか師匠がいたとは驚きです。
でも麻原は弟子のままで留まっている性分ではないですよね。
西山祥雲から貰った名前を自分が教祖のときも使い続けたのは麻原自身気に入っていた名前だからでしょうね。
自分も麻原彰晃という名はかなり良い名前だと思います。

こんばんは
本文とは一切関係ないのですが(申し訳ないm(_ _)m)、一つ思いつきました
エッセイを書いてみたらどうでしょう?
たまにで良いので。
前に書いたかもしれないですが、元々私がこのブログを読み始めるキッカケになったのが「良いイケメンと悪いイケメン」なんですね
何これー 面白いじゃんー 新しいちゃんー!と思って読み始めたわけなんですが、
エッセイの才能はあるのかもしれないですよ
個人的な要望です。
暇な時にでもお試しに

尊氏の苗字朝原はいつ決まったか気になりました

気になってる犯罪者は松永太氏です
緒方家からの金、詐欺の金の使い道が特に気になります
ある程度の貯金は共犯者の彼女?以外が亡くなってから少女が逃げるまで生活できていたことで残ってたと予想
複数の女性から金と体提供
飲む、打つ、買うの内買う必要は少ない
仮に高級クラブ通いしても貢がせる能力があると思う
打つは博打で増やす必要性を感じない

高級な車、時計、服代に使ってもあまりそう

もしかすると新しい詐欺会社をつくる為の資金に貯めていた?

No title

>>L.wさん

 尊師は低くみられてますかね?俗物的な面が強調されて矮小化されているのは確かでしょうが、日本史上最強最悪の犯罪者ということは誰もが認めるところだと思っていましたが・・・。
 
 犯罪者が注目を浴びる要素には色々ありますが、「殺害人数」「年齢」「残虐性」の三つの要素が特に大きいでしょうね。一番目の代表が宅間守、二番目は酒鬼薔薇くん、三番目は宮崎勤など・・・。そのときどきの社会問題が追い風になればさらに加速するでしょうね。加藤智大のように・・・。

>>seaskyさん

 独裁者的気質を持ちながら、自分より強い立場にある者や、凄いと認めたものには素直に学ぶ姿勢があるのは尊師の強みでしょうね。

 人物が注目を浴びる要素には名前というのも重要な要素ですが、確かに麻原彰晃はインパクトがあり響きがよくいい名前だと思いますね。

>>読者Aさん
 
 エッセイ的な記事はこれまでにもいくつも書いているので・・・。それでこの結果というのは、それまでだということだと思っています。思いついたら書いていきますが、特に優先度を上げることはないと思います。すみません・・・。

>>Nさん

 苗字が決まったのはこの後すぐですね。自分で考えたのか姓名判断をしてもらったのかは不明です。

 松永太の金の使い道は確かに不明ですね。特に贅沢をしていたという話もないですし、やはり資金を貯めていたのかもしれません。いずれ記事で取り上げられれば、また勉強しなおしたいと思います。

 

矛盾という名のソリ

麻原の「矛盾という名のソリで…(中略)」は名言ですね。うっかり心を揺さぶられてしまいました。麻原についてもっと知りたいと感じてしまいました。やばいですね…。

No title

通りすがりさん

 矛盾という橇は名言でしょうね。アドルフ・ヒトラーの「私は間違っているが、世間はもっと間違っている」に通ずるものがあると思います。報道で知られているようなテロリストとしての麻原しか知らないと、「犯罪者が何言ってんだ」としか思ってもらえないと思いますが、彼の前半生を知るとまた印象が違うと思うんですよね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR