犯罪者名鑑 麻原彰晃 4

 しょーこー


 大志ある青年の葛藤
 
「兄貴の言いなりにはならん。俺は東京に行く」

 盲学校を卒業した智津夫は、自分の漢方薬局兼鍼灸院を手伝えという長兄の言いつけを聞かず、東京へと出発します。幼いころから長兄を親代わりにし、絶対服従だった智津夫が、初めてあからさまに反発の態度を見せた瞬間でした。それほど長兄に他意を抱いていたわけではなく、誰しもある青年期の大人への反抗心というだけの話だったでしょう。こうして、大志を懐く松本智津夫青年は、世の若者と何ら変わりない気持ちで、花の都大東京へと出発していきました。

 ところが、わずか半年後には、智津夫は熊本にとんぼ返りしてしまいます。鍼灸院でアルバイトをしながら、夢である東大入学に向けて受験勉強に取り組んでいたようでしたが、生活が立ち行かなくなったのでしょう。智津夫が帰ってきたのは忌み嫌う両親がいる実家のようでしたが、ここでも特に金銭絡みの壮絶な争いが繰り広げられたことと想像されます。

 金の無心はできなかったのか、その後、智津夫は実家に住みながら、長兄の鍼灸院の手伝いを始めます。長兄は青果の卸売も始めて成功を収めるなど中々のやり手で、智津夫はこのときに商売のノウハウを学んだようです。

 しかし、智津夫はまたすぐに長兄の元を出て、今度は熊本県内の鍼灸院にアルバイトに通いながら受験勉強に励みます。盲学校卒業の際、東大進学を吹いたときには誰一人として本気で相手にしませんでしたが、この頃の智津夫はそれなりに真剣に勉強に取り組んでいたようで、勤務中でも暇さえあれば参考書を開いていたといいます。この時期には長兄の援助あってか、中国に鍼の勉強にも行ったようです。

 智津夫はなかなか、ひとところに落ち着こうとはしません。僅か二か月後には長兄のもとに戻り、店を手伝うことになります。どれだけ、「俺はひとりで生きてやるんだ」と叫んでみても、なかなか長兄の殻を破れません。鬱憤をため込んだ智津夫は、この時期、傷害容疑で逮捕されます。店の同僚から、目の前で長兄をバカにされたことに腹を立てたということでした。

 口では反抗しながらも、誰より尊敬している長兄。その長兄を超えたい一心で頑張っているのに、なかなか上に抜け出せない苛立ち。人に暴力を振るうのはよくないですが、この時期の智津夫からは、誰しも経験する青年期の葛藤が垣間見えて、思わず「頑張って」と声をかけたくなってしまいます。
 
 その後半年間、高校時代に目をかけてくれたヤクザの親分のところで世話になった智津夫は、今度こそと不退転の決意をもって、再び東京へと旅立っていきます。以後、智津夫は麻原彰晃となり、理想の王国「シャンバラ」を作るため波野村に進出するまで、九州の土を踏むことはありませんでした。

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 ”ヤソーダラー” 松本知子との出会い

 東京へと出た智津夫は、予備校の代々木ゼミナール渋谷校に通い始めます。この時期には特にアルバイトなどをしたという話もありませんから、ヤクザの親分や長兄から潤沢な資金援助を得ていたのでしょう。一日中、猛勉強に明け暮れていたようです。

 ところが、その猛勉強が、智津夫から光を奪っていきます。幼いころには1.0見えていた右目の視力が低下し始めていったのです。まだ盲学校に入る前、いずれは全盲になると医師から言われていたわりには長く持ったほうですが、負担をかけすぎたことにより、いよいよ本格的に目が悪くなっていったのです。

 有言実行。智津夫がせっかく、大言壮語を口だけで終わらせず、一生懸命努力を始めたというのに、神は残酷な仕打ちを食らわせたのです。智津夫は深く絶望し、己の運命を呪ったことでしょう。

 もがき苦しむ智津夫に再び光を与えたのは、二十二歳の智津夫より三歳年下の女性でした。麻原彰晃の妻、松本(旧姓 石井)知子と出会ったのです。声をかけたのは智津夫からで、代ゼミの授業でたまたま席が隣りになったとき、「あなたは私と結婚する人だ」などと言い放ったといいますから、何とも大胆です。おっとりとして、虫も殺さぬ優しい性格だったという知子は、戸惑いながらも智津夫のアプローチを受け入れ、交際を始めます。

 知子と出会った智津夫の性格は明るくなりました。目が不自由で、黒板の文字が見えない智津夫は、友達からノートを貸してもらうなど、この時期には盲学校のときの暴君的姿はなりを潜め、それなりに周囲の人たちから好かれていたようです。のちに麻原彰晃となってから、智津夫は目が見えないという身体的ハンディキャップを逆に自らのカリスマ性を高めることに利用する(目が見えなくても心で見えている・・・ように思わせる)ようになっていきますが、もしかするとそのヒントは、この時期に掴んだのかもしれません。

 交際を始めてすぐ、智津夫と知子の間には子供ができました。両親に捨てられた智津夫が、人の親になったのです。

 智津夫は知子と籍を入れました。一家の大黒柱として暮らしを支えていく必要に迫られた智津夫は、妻と一緒に代々木ゼミナールを退校しました。東大入学という途方もない夢を捨て、地に足をつけた生活を選択したのです。

 智津夫は後に教祖となり、多数の愛人を抱える身となっても、若年の身からともに苦労してきた知子への愛情は捨てませんでした。ヤソーダラー(釈迦の出家前の妃の名)のホーリーネームを授け、正妻として強い発言権を与え、五人しかいない正大師(他は石井久子、上祐史浩、村井秀夫、三女アーチャリー)に任命したのです。信徒に痴話げんかを目撃されるなど夫婦仲は円満だったようで、まるでかの太閤秀吉と北政所寧々の関係を思わせます。

 日本史上最悪の犯罪者と言われる麻原彰晃ですが、私はこの時期の彼からは、葛藤しながら人との出会いにより成長していく、どこにでもいる普通の青年の姿に、深い共感と親しみを感じずにはいられません。普通の人間ならば、ここからまともな道に向かっていったのでしょう。

 しかし、智津夫は普通の人間ではありませんでした。家族を持つ身となっても、持って生まれた、あまりに深き”業”を落とせなかった智津夫は、ここから大教祖、大犯罪者への道を歩み始めていくのです。
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早くバトロワの続きが読みたいです。
加藤の活躍に期待してます!!

No title

>>ケイさん

 私もそろそろ書きたいと思っているところなのですが、もうちょっとコメント欄が充実してから・・・ってところですね・・。
 一応メインコンテンツなんですけど、あの作品は応募には適さないという性質上、どうしても優先順位を下げざるを得ないんですよ。バトルロイヤルに拘らず、他の作品でもなんでも、せめて安定して毎回2コメくらい稼げるようになるとこちらも再開のモチベーションが湧くのですが・・・。
ケイさんが感想コメも書いてくれるようになれば、再開できるかもしれませんね。

No title

当初の麻原は東大入学の夢は諦めていなかったのですね。
すぐ実家に帰ってきてしまったのは家族からすれば予想できたことかもしれませんね。
猛勉強をしていた麻原の原動力は長兄の存在が大きいでしょうね。
兄を超えたいと願う弟という構図ですね。
兄弟というよりも師匠と弟子の関係に近いイメージを持ってしまいました。
再度東京に行くのは今度こそという気持ちだったのでしょうね。
予備校で妻の知子と出会うのも凄い偶然ですよね。
いきなりプロポーズするのも麻原だからできたのでしょうね。
智子なしでは麻原もあれほどまでの人生を送れなかったかもしれません。
不思議なことですが麻原は教祖になるまでの困難な時期に必ず誰かが手を差し伸べてくれていますよね。
麻原という人物は何かしら人を惹きつける能力のようなものがあったのでしょうね。

No title

seaskyさん

 読み返したらこの回実質コメント0で驚きました。こういうところから出発したんですね・・・。

 麻原の青年時代を見ると運もそうですが、時代背景も良かったんだなと思いますね。大志のある若者がいれば、それを援助してくれようとする大人がいる。今だったら胡散臭い名前の店を開いて商売を始めようなんて思っても出資してくれる人なんているわけないですからね。麻原のプレゼンのうまさもあったんでしょうが・・。

 早い段階で妻、子を得たことは麻原が人生に身を入れる動機になったと思います。苦難と挫折の連続だった麻原の二十代ですが、ホンモノの努力をしている人間は誰かしらが見てるということでしょうね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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