犯罪者名鑑 麻原彰晃 3

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 強い者には絶対服従


 
 麻原彰晃といえばオウム真理教の中では最高指導者の立場にあり、その上に君臨する者は誰一人としていませんでしたから、あまり人に頭を下げるイメージはないかもしれませんが、松本智津夫時代においては、必ずしもその限りではありませんでした。

 小学校低学年のころには、女の先生に上目づかいで母性本能に訴えたり、中学に入って厳しい男の先生に怒られるようになると、涙と洟をたらして、「もう先生、もうせんです」と謝ってみせたりなど、子供のころから、立場が上の人に許しを請う態度は一人前です。それが単なるその場しのぎにすぎず、心から反省したわけではないのは、言うまでもありませんが。

 盲学校時代の智津夫が最も畏怖していたのは、十二歳年上の長兄でした。早くから全盲となっていた長兄は、智津夫を目にかけ、幼い智津夫に政治や哲学について説き、喧嘩のやり方まで仕込みました。両親に捨てられたと思っている智津夫には、この長兄こそが親代わりで、智津夫も長兄を鬱陶しがることはなく、絶対服従の態度だったといいます。気性は智津夫以上に荒く、金銭に貪欲で、大言壮語の癖があったといいますから、智津夫の人格形成にはこの長兄が多くの影響をもたらしていた可能性もあります。ただ一つ、長兄の場合、どんなに大ボラを吹いても、「金を沢山儲けてやる」といった自分個人で完結する程度の話でしたが、智津夫の場合は、「政治家になる」など、大言壮語の中に名誉欲、支配欲が多分に含まれるところが、決定的に違ったようですが。

 さらには、柔道部時代、盲学校の生徒でありながら、健常者の大会で優勝を飾った際、たまたまそれを観ていたヤクザに大したヤツだと見込まれて、歓楽街で遊びを教えてもらうなど、世話になっていたこともあったようです。九州という土地柄はヤクザも堅気も気骨ある人が多く、親が子を守り、また子も親を命をかけて守るといった義理人情が強く根付いていますから、独裁者気質に思える智津夫の中にも、世話になった人に恩義を感じ、忠誠を尽くすという価値観があったのかもしれません。


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 盲学校卒業へ

 
 盲学校の高等科卒業が近づいてくると、ビッグマウスの智津夫は突然、「俺は熊大医学部に進む」ということを言い出します。一人で勝手に受験すればいいものを、わざわざ学校中に吹きまくっていたそうですが、先生も生徒も、皆「また始まった」と、まともに取り合いません。当時の先生によれば、智津夫がいきなりそんなことを思いついたのは、当時普通高校から目の障害で盲学校に転校してきた同級生の一人が、図抜けた学力と新たな風を吹き込んだことにより皆の人望を一心に集めていたのに嫉妬したせいに違いないということでした。

 智津夫の学力は盲学校の中でも中の中で、とても熊大医学部になど合格できるレベルではありません。結局、二日目の試験を棄権し、受験は失敗に終わりました。同級生の話では、「まともに全部受けて不合格を告げられるよりマシだと思ったのだろう」ということでした。適当な思い付きで手をつけたことがうまくいかなかったとき、「知ーらない」とばかりにトンズラをこく姿は、まさに後の大尊師麻原そのものです。

 受験に失敗した智津夫は、盲学校の専攻科に進み、鍼灸師の免許取得を目指します。長兄のアドバイスもあったでしょうが、自信過剰な智津夫が、ここで無茶をして社会に飛び出そうとはせず、冷静に着実な進路を選ぶことができたのは、柔道でコツコツ、身の丈にあった稽古をするという経験も役に立ったのでしょうか。ともあれ、二年間の専攻過程で無事鍼灸の免許を取得し、晴れて盲学校を卒業します。

 盲学校で過ごした、十三年間の人生。生徒会長への立候補、人望を得るという道では苦い挫折も味わいましたが、柔道の道では、真面目にコツコツと努力を積み重ねて結果を残し、拍手喝采を浴びる充実感も味わいました。智津夫も自分の能力、身の丈というものを知り、地に足を付けた人生を歩んでいくだろう。先生や生徒の中には、ホッと胸をなでおろす人もいたでしょう。が・・・・。

「俺は東大法学部を卒業して政治家になるぞ。将来は内閣総理大臣だ。田中角栄の再来だ」

 自分の進路に納得がいっていなかった智津夫は、卒業間際、またしても大ボラを吹き始めたのです。夢を懐くのは人の勝手。それを人前で吠えるのも人の勝手ですが、彼の夢に、一体なんの根拠があるというのでしょう。彼はその夢に向かって、一体どれだけの努力をしているというのでしょう。せっかく柔道で実のある成功体験をしていながら、このときの智津夫は、未だ言行不一致で、自己を客観視できていませんでした。

「ながい教師生活の中で、智津夫よりも行動面ではすごい連中は何人もいましたよ。指導していくと、こちらの気持ちが確実に伝わっているという実感がありました。しかし、智津夫にはそれがないんです。智津夫にあるのは、自己主張だけでした。そして最後に私に残ったものは、あきらめなんですね。指導できなかったという挫折感があれば、まだ救われるんですよ。挫折感を懐くということは、生徒に何らかの形でこちらの思いが伝わった事実があったということですからね。挫折感があれば、教師というのは生かされるんですよ。けれども智津夫に対しては、それすらない。智津夫は、教師としての責任感とか、そういう対象から外れた存在でした。ですから智津夫を語ることには、嫌悪感しかないんです」

 それが、智津夫を送った先生の言葉でした。

 かくして、二十歳の松本智津夫青年は、本人が焦がれて焦がれぬいた「光の世界」へと解き放たれたのです。
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凄く細かく調べていますね。

No title

>>ケイさん

全然大したことはないです。
私が調べただけでは意味がなく
読者様から何かリアクションが帰ってこないことにはどうしようもないので
もっと突っ込んだ話題を投げかけてくれること期待していますよ。

No title

写真が入ってると良い感じすなあ
部屋の中に控えめに花かあるような

僕はどうして麻原含めやばい人間が育つのかは興味あるようです
自分の子供がいたら(または身近な人間との)接し方の
参考になりそう
 

No title

>>ジョンドウさん

  尊師いい笑顔ですよね。

 生まれつき社会への適性がなく犯罪者になりやすい人はいますけど、環境や人との出会いによってどうにか真っ当に生きていける場合はありますね。特に麻原などは意外に家族思いなところもあり、信者など自分の世界に入ってきてくれる人については彼なりに大事に思っていたようですから、善性がまったくないわけではなく、どこかで何かが違えば、まともに生きていられた可能性はあります。

 ――自分だけは(自分の子供だけは)犯罪者にはならないと確信して生きている自称善人、自称常識人こそが、犯罪者を作り出す。

 これが私の持論です。臭いものにふたをして、見向きもしようとしない。だから扱い方を間違います。危ない人間には関わらないというスタンスは正解ですけど、無視というか受け流し方にだってやり方というのはありますからね。

子供を犯罪者にはしたくない、自分が犯罪者にはなりたくない、犯罪の被害に遭いたくない。だったら臭いものにふたをせず、いつどこで誰が犯罪者になってもおかしくないという考えで、犯罪のことをしっかり学ぶべきと、私は思います。

麻原編も面白いですが次は加藤智大か宅間守を是非読みたいです。
ニュースで散々やってましたが彼らの様な弱者の反抗はどの様な経緯であの結果に至ったのか今一度勉強し直したいです。
しかしこの犯罪者編相当長くなりそうですね。

No title

>>金満家さん

私小説以外にコメントもらうのは初めてですかね。
ありがとうございます。

もちろん加藤智大や宅間守も執筆予定です・・・!が、私も興味深いコンテンツはある程度温存しておきたいという考えもあり、尊師終了後、何人か昭和の犯罪者などを挟んでから書く形にしたいのですがよろしいでしょうか・・・?

長さに関しては、尊師編は20~30回くらいになりますかね。オウム事件は国家的テロで、事件史というより日本史のカテゴリに入るような事件ですから、ちょっと別格なんですよ。宅間守や加藤智大くらいなら5回~10回、昭和の犯罪者なら1回で済むようなことも多いと思います。

今の時点では一応そういう予定です・・・!

尊師編の後で昭和の犯罪者挟んでも全然大丈夫です!バトルロイヤルは読んでいましたが正直知らない犯罪者も居ましたしね。勉強になります!

確かに尊師は別格感ありますよね。逮捕の時は小物感が出ていましたが。犯罪者編、文章本当に読みやすく読んでて面白いです。

No title

>>金満家さん

 尊師は逮捕時に見せたような卑小な姿と英雄的資質を垣間見せるカリスマ的姿が同居した人物なんですよね。他にも、教団の施設建築の際、信者の前でクレーマーに卑屈な態度で頭を下げるのを見せたときなどもありましたが、単に情けない小心おやじ的な態度を、あれこれと理屈をこねて崇高に見せてしまう詭弁術に長けていました。

 加藤智大、宅間守とも私の生涯をかけて研究したい人物なので必ず書きます・・・。しばらくお待ちください・・・!

No title

麻原はいい加減さや無責任さも持っていながら自分に見合った目標なら地道に努力を続けるところもあり気持ちの切り替えがうまくできていますね。
俺はできる人間だという感覚は常に持っていたような気がします。
「俺は東大法学部を卒業して政治家になるぞ。将来は内閣総理大臣だ。田中角栄の再来だ」という発言は未来予言的ですよね。
学校の先生の言葉は麻原の性格を見抜いていますね。
悪い意味で印象に残った生徒だったのですね。
麻原のような個性が強すぎる生徒は指導も大変だったでしょうね。
挫折感すらあればまだ救われるのにそれすらないとまで言わせるのはかなりの問題児ですね。
熱心な先生を最終的にあきらめさせてしまう麻原は意地でも自分を曲げなかったのでしょうね。

No title

seaskyさん

 大言壮語の癖があった麻原でしたが、しっかり足元を見て地道な努力を続けることができるという強みがありました。この若い時期、商売のイロハを教えてくれた兄、代ゼミ時代に金銭的な援助をしていたと思われるヤクザの親分に出会うなど人運に恵まれたのは、やはり何か持ってるんでしょうね。

 後のことを考えると、麻原は共感性に欠けていたというよりも、常に個人ではなく大衆を意識していた人物だったのかなとも思えます。ヒトラーなどまさにそうなのですが、視野が常に全体に向けられているので、一人の人と向き合うということができない。麻原を一人の人間として指導しようとした人には、何もかえってこないという感想になる。

 カリスマになった男というより、カリスマにしかなれなかった男、という気もします。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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