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犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 6


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 解体

 完全犯罪。

 予期せず死んでしまった清志を見て初めて思いついたのではなく、おそらく初めからそれを狙って清志を弱らせていった松永は、清志の遺体を、アパートの一室という人工的な空間で細かく刻み、自然に還すことを計画していました。

「バラバラにして捨てるしかないが、あんたたちが解体しろ」

 松永のこの言葉で、純子と清志の実娘、恭子による清志の解体作業が始まりました。

 遺体の腐敗はまず血液から起こるため、純子と恭子は、まずすべての窓を目張りすると、清志を風呂場に運び、清志の首と手首を切って血抜きを行いました。恭子ははじめ嫌がっていましたが、松永の指示を受けた純子に無理やり包丁を握らされ、父親の首を切りました。

 血抜きを終えると、純子と恭子は包丁に加えてノコギリも使って、清志の四肢を切断し、内臓を取り除きました。純子は松永から「清志の死因を調べろ」と言われていました。後々、罪を逃れる材料を探していたのでしょうが、医学の知識のない純子に検死解剖などできるわけもなく、そもそも清志が死んだのは松永に与えられた数々の精神的肉体的なストレスと栄養失調のせいに決まっているため、何の意味もない命令でした。

 遺体の解体というのは、完全犯罪を目指す輩が必ず考える手段のようです。埼玉愛犬家連続殺人の主犯、関根元などは、肉はサイコロステーキ状に細かく切り刻んで河川に流し、骨は自宅敷地内でドラム缶で一本一本、灰になるまで焼却するという方法で人間を「消して」いました。建築会社と関わりを持っているヤクザならば、練りたてのコンクリートに混ぜてしまうということもできますが、逃亡犯という立場であり、住宅街のアパートで暮らしている松永は、それとはまた違う方法を考えました。

 松永はまず、切り刻んだ遺体を家庭用の鍋に入れて煮込むよう、純子と恭子に命じました。少しでも料理の経験があればわかりますが、肉というのは長時間煮込むとホロホロに柔らかくなります。

 臭い対策のネギやショウガと一緒にクタクタに煮た肉や内臓をミキサーにかけて液状化し、いくつものペットボトルにつめて、公園の公衆便所などに流させました。骨はハンマーで叩いて粉にし、味噌で団子状に固め、クッキー缶に入れて運び、夜更けにフェリーの上から海上に散布しました。

 解体に使ったノコギリや包丁は川に捨て、アパートを入念に洗浄し、清志の衣服もシュレッダーで刻んで捨てて、約一か月をかけて、一人の人間が生きていた痕跡を徹底的に抹消しました。

 こうしてみるとわかる通り、松永はアパートの外において、純子や恭子の単独行動をかなりの範囲で許していました。純子は外出中もこまめに松永に連絡を取ることを義務付けられ、トイレに行くにも報告が必要だったといいますが、警察署や交番の近くを通ることもあったはずで、逃げようと思えばいつでも逃げられる状況だったはずです。にも拘わらず、彼女たちが逃げようとしなかったのは、このサイトでも紹介した栃木リンチ殺害事件の被害者と同じ「学習性無力感」状態に陥っていたため、また、松永から繰り返し「警察に捕まる、拷問され酷い目に遭わされる」など、共犯意識を植え付けられていたためでしょう。

 人を殺すという大胆な行為を綿密な計画と繊細なこだわりで成功させる。洗脳を徹底的に行った後は、ある程度自由な行動を許す。何ごとも中途半端が一番ダメで、すべてを徹底的に行えば物事は成功するという見本とはいえますが、根本的に間違っているのではどうしようもありませんでした。

ひでyといし


 独演会
 
 以上が服部清志殺害事件の顛末ですが、法廷で松永の口から語れらた事件のあらましは大きく異なりました。

 まず松永は、初めに清志を詐欺にかけた競馬予想事業についてはデタラメなどではなく、「データを使ってちゃんとやれば、今でも儲かると確信している」と言い切りました。それほど自信のある事業をなぜ頓挫させてしまったのかという当然の質問については、出資者である清志の内妻にコンピュータを取り上げられたからだと主張していましたが、純子の弁護士が、松永が酒代として毎月20万30万もの金を使っていたことを指摘し、「数か月お酒を我慢すればまたコンピュータを買えたではないか」と言うと、松永は次のように返しました。

「それは先生みたいに着実にやっていける人間の言うことで、私たちみたいに酒が好きな人間は、そういう目的があっても、ついついお酒に金を使ってしまうんですよ。だらしないと言われればそれまでです」

「確実に儲かるというなら、誰がどう考えてもお金を溜めてコンピュータを再購入して事業を始めるのではないですか」 

「先生みたいに頭のいい方はそう考えても、お酒が好きな人間はお酒に使ってしまうんです。それは弁解のしようがありません。私は逮捕されて留置場に入って、ようやく酒をやめられたくらいです。理屈ではわかっていてもやめられないのが、酒飲みの性分じゃないでしょうか、先生」
 
 ああ言えばこう言う、まさに口先から生まれたような人間とは松永のことでしょう。確かにユーモラスな男であったことは間違いなく、犯罪史上に残る凶悪犯であるにも関わらず、松永の答弁では傍聴席から笑いが起こることもあったそうです。

「恭子ちゃんを預かる前から、飲んでいるときに清志さんは、私たち親子は絆が強いんだ。普通の親子より仲が良いんだ。と自慢しているふしがありました。どういう絆なのか聞くと、恭子ちゃんとエッチなことをしているという内容の話を始めました。あんまり自慢げに話すので、本当のことだと思いました。私が、それは仲が良いのとは違うんじゃないですか、と言っても、清志さんは、いやあなたにはわからない、ととくとくと述べていました。こんな場面を目撃したこともあります。飲酒の席で清志さんが、おい、触れ、と言うと、恭子ちゃんが清志さんのちんちんを触り始めたのです。自分はびっくりして、きょとんとして、凄いですね!と言いました。純子はそのとき台所で料理を作っていました。また、恭子ちゃんからも打ち明け話を聞きました。私が、清志さんに反省させないで放っておいたら、もっとひどくなる。いかんことはいかんとわかってもらうために、一筆書いてもらおう、と言うと、純子も賛成してくれたので、説得して書いてもらいました。清志さんは不満を言わず、さばさばしていました」

「私が清志さんに行った通電は、虐待ではなく、秩序型通電と言います。秩序とは、共同生活をするにあたって、返事をするとか、挨拶をするとか、タオルなどの日用品は自分のものを使う、人の物を取らない、冷蔵庫を勝手に開けないなどのことです。そして、エレクトロニクスを扱っている自分たちは、暴力の代わりに通電を行って秩序を守るんです、と説明して納得してもらい、清志さんに通電デビューしてもらったのです」

「その後、清志さんがルール違反をしたときに私は、今度で一本!と言いました。はじめに注意をして、また同じことをしたら通電をしますという警告です。清志さんが、普通、三度じゃないですか。仏の顔も三度までと言うでしょ、と言うので、いや、私は仏ではないから、二度目から通電しますよ、と言って納得してもらいました」

「栄養満点スペシャルメニューとして、カロリーメイトを与えていたことはあります。清志さんが、豚のように太ってもいいから栄養があるものを食べさせてくれ、と文句を言うので、栄養があってバランスがあると宣言しているカロリーメイトを食べてもらうことにしたのです。清志さんも納得して食べていました。清志さんは三箱から五箱を一度に食べていましたが、三種類の味があるので全然飽きなかったみたいです」

「清志さんが水シャワーを浴びていたのは事実です。冬の寒い時に冷たいシャワーはひどいと思われるかもしれませんが、水を全開にし、お湯を全開にして、それが混じって、温度が高めの水になる。要するに、温かい水になる。それを使っていたので、おお冷たい、という水ではありませんでした。清志さんは、かかっているときは冷たいけど、洗った後は身体が温もります、と納得していました」

「清志さんの大便の回数を制限していたのは事実です。制限しないと、あの人は一日に四、五回もトイレに行かせろと言うので、一日二回にしてもらいました。トイレを掃除するのは純子の役目なので、私は文句を言いました。純子も愚痴を言っていました。でも三回以上、トイレに行っても制裁はしませんでした。便座を使うのを禁止していたのも事実です。清志さんが大便をすると、勢いが強いので、便座の後ろや蓋に大便がついていました。あんなに勢いよく大便をするなら掃除が大変ですから、しばらく便座を使わないでください、と言ったら、はい、わかりましたと清志さんは納得していました」

「清志さんに大便を食べさせたことはあります。浴室内に大便らしきものがあったので、これは大便じゃないですか、と聞くと、違うと言い張るのです。じゃあ、食べれるということですね?と言うと、うん、食べれますよ、とさらに意地を張って、本当に清志さんはそれを食べました。大便かどうかは今ではわかりませんが、私が指示したのではなく、清志さんは自分で食べたのです」

 松永はこのように言い回しを面白おかしくしながら、清志への虐待にはすべて意味があった、清志も納得していたということを強調しようとしていました。すべてがこのような調子だったので、検察官は松永の反対尋問を控えるようになっていきました。松永版ストーリーとでも言うべき事件のあらましは考察するだけ無駄というもので、ここでは松永の発言を紹介するだけにとどめます。

 松永という男は確かに一面魅力的であり、まるで豊臣秀吉のような人たらしの才能はあったのでしょう。秀吉ほどではなくとも、社会で成功する人間はそういう要素を必ず持っているのかもしれません。秀吉はズルさと同じくらい誠実さも持っていために大成功しましたが、それが致命的に欠けた松永は、ただの詐欺師、殺人鬼として社会に害をなすだけの人間になってしまいました。
 
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犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 5

マツダ


 地獄

 アパートで純子、恭子と共同生活を始めた清志は、通電をはじめとする様々な虐待を受けるようになりました。

 毎日の食事は白米や食パン、カップ麺など栄養価の低いものに制限され、それをそんきょの姿勢で15分以内に食べろと命令されるなど、理不尽な制約も課されていました。シャワーは冬場でも水しか使わせず、身体を洗うときは亀の子たわしで擦らされ、一着しかない服を洗濯して乾くまでは全裸にさせられていました。トイレに行くにも松永の許可が必要で、用を足すときにはいつも焦らされ、大便を漏らしたときにはそれを全部食わされていました。

 また、清志は普段カツラを被っていたのですが、ある日それを松永に娘の恭子の前で剥ぎ取られたということもありました。それ以後は、ずっとハゲ頭を露出しながら過ごしていたそうです。

 食事、入浴、排せつという人の暮らしの軸を制限され、精神的にも屈辱を負わされる。大変な人権の侵害ですが、力の弱い女や老人ではなく、成人の男である清志がここまでされて反抗できなかったのはなぜだったのでしょうか。

 清志と出会ったころの松永は東大卒のコンピュータ技士を装っており、事業で一発当てたいと考えている清志に夢を持たせるようなことばかりを言っていました。単純な清志が松永をすっかり信じ込み、内妻に「この人は凄いんだよ」と紹介するところまで気を許したところで、松永は今度は、清志をチクチクと責め立て始めます。

 ある酒の席で、酔って饒舌になった清志が、「客から消毒作業を引き受けて、実際にはやらずに消毒費だけを懐に入れる。ちょっとした小遣い稼ぎになる」と、不動産会社勤務時代の小さな悪事を暴露したことがありました。 

 取るに足らぬ話ですが、それを聞いて怒った(フリをした)松永は、居丈高になって清志に説教をし、「本来はA社に入れるべき消毒費を着服していたことを認める」という文面の「事実関係証明書」なる書類を書かせました。

 さらに、松永は清志が勤めていた不動産会社で起きた100万円の窃盗事件について、「お前が犯人だろ!」と決めつけ、清志を厳しく問い詰めます。事実に反することなので清志はなかなか認めませんでしたが、松永から冤罪を作り出す警察のように執拗に執拗に尋問されて、とうとうやってもいない罪を認めさせられてしまいます。この件でも「事実関係証明書」を書かされ、これで心が折れてしまったのか、清志はなんと「娘の恭子に対する性的いたずらを認める」という証明書の作成まで同意してしまいます。

 もちろん、清志が恭子を性的虐待していたという事実はありませんでした。しかし、恭子は松永への恐怖からウソの事実を認めてしまい、これで清志の立場は決定的に悪いものになってしまいました。

 後の緒方家でもそうでしたが、松永は洗脳の対象に序列をつけることで、集団をうまくコントロールしていました。

 序列下位の者は上位に上がるために松永の機嫌を取ろうとし、序列上位の者は下位に落ちないように松永の機嫌を伺い、下位の者を積極的に痛めつける。松永は共産国家のように密告も奨励しており、ワールド時代の従業員や緒方家の人々は団結して松永に抵抗するよりも、互いのアラを探し合い、松永に報告することに努めていました。

 このときの序列は松永→緒方→恭子→清志の順番でした。序列最下位に置かれた清志は、前述した通電や食事、排泄、入浴の制限の他に、いびきがうるさいという理由で寝るときも横になることを許されず体育座りを強制され、ついには扉と窓に南京錠がかかった浴室に常時閉じ込められるようになりました。

 序列の3番目に置かれた恭子の扱いも悲惨なもので、育ち盛りにも関わらず食事は清志と大差ない貧相なメニュー、寝るときも体育座りで、入浴も清志と同じ水シャワーを使わされていました。学校は休みがちになり、貧血や吐き気を催したり、生理が2,3か月来なくなったりしたこともありました。

おがた


 監禁
 
 「初め善意を装って相手の信頼を勝ち取り、徐々に相手の落ち度を突いて罪悪感を抱かせ、精神的に優位に立つ」

 これがワールド時代から培われた松永の洗脳術でした。

 「洗脳の対象に毎日大量の酒盛りを強制し、睡眠不足に陥らせ、思考を麻痺させる」


 この手法も実に効果的でした。

 清志のように日中は仕事をし、帰れば朝の5時まで酒を飲まされるという生活では、どんな人間でもまともな判断力を保つのは不可能でしょう。飲酒には気が大きくなって秘密を打ち明けやすくなる効果もあり、後には緒方家の人々もまた、清志が消毒作業費を着服していたのを話したのと同様、過去に犯した過ちを松永に告白してしまい、それに付け入られることになってしまいました。

 松永のアパートで共同生活をするまでになれば、もはや手、足をもぎ取ったも同然で、さらに暴力やあらゆる生活の制限、序列づけや密告奨励といった手法で被害者は洗脳されていきます。

 監禁されてから、清志は親や友人に泣きついて約1000万ほどの借金をさせられていましたが、それもできなくなると、虐待はいよいよ凄惨を極めました。

 指に銅線を巻き付けて電気を流され、肉がただれて骨が見えてしまいましたが、病院に行くことは許されませんでした。一度に強烈な電気を流され、跳ね返った腕は肩から上に上がらなくなってしまいました。

 親類縁者にこれ以上の借金を断られ、絞りカスも出なくなった清志には、もはや虐待されて松永の酒の肴になることしか存在価値がありませんでした。清志の身体に電気を流すのは恭子や純子の役目で、松永はけして自分は手を汚さず、清志が苦しむのを見て愉しんでいました。

まつながあ


 死亡

 平成7年の暮れごろから、清志は吃音が酷くなったり、「えんま大王が・・」など意味不明のことを呟くなど、言語障害が著しくなっていきました。痩せこけて顔がどす黒くなり、表情も消えるなど、見た目にも廃人のようになっていました。

 心身ともに衰弱し、死ぬのを待つだけという状態の人間を見て愉しむ。こうした感情が異常であり、松永が異常な性癖の持ち主であったことは疑いありませんが、人間は必ずしも己の欲求だけで人の道を踏み外すものではありません。犯罪者のほとんどには暗い生い立ちがあることは常識といってもいいですが、言ってしまえば「自分は不幸なのだから何をやっても許される」という理屈が、人を悪の道へと進ませるのです。

 例えば松永と同じ九州の出身者であり、マインドコントロールに長けていた麻原彰晃には親に捨てられたという悲しみがあり、弱視というハンディキャップがありました。結局は欲に飲まれて道を踏み外しましたが、若い頃は真剣に修行をしていた時期もあり、また父の責任感と己の子への愛情は、形は歪んでいたとはいえ貧乏だったころから教団を率いるようになるまで変わりませんでした。

 特に貧乏でもない家庭で母や祖母に甘やかされ、容姿にも優れていた松永の幼少期のどこに不幸な要素があったというのでしょうか。彼の生い立ちに歪んでしまう要素のあるエピソードは何もなく、成長してから理不尽な痛みや大きな挫折を味わったという話も見当たりません。松永の息子は「アイツもいっぱいいっぱいだったのかもしれない」と語っており、確かに指名手配犯という立場で切羽詰まってはいたのでしょうが、その自業自得の状況を「自分は可哀そう」という理屈に変換できる人間は誰もいないでしょう。

 少なくともこれを書いている私には、松永に共感できるところは何一つありません。月並みですが、松永という男は天性の犯罪者であったという以外に表す方法がありません。

 そして平成8年2月26日、浴室で大量の軟便を漏らした清志は、そのまま昏倒して帰らぬ人となります。

 清志の遺体を前に、松永、純子はいつものように酒盛りをし、未成年の恭子にも酒をすすめました。

「清志の身体には通電の痕や恭子がつけた噛み痕が残っている。警察にいけば恭子も逮捕される」


 松永のこの言葉を鵜呑みにした恭子は、緒方とともに、父、清志の解体作業を行うことを同意させられてしまいます。 
 
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