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犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 4

ふとし


 指名手配


 平成4年の8月、詐欺容疑で福岡県警に指名手配された松永は、一度石川県に逃亡した後、7歳で柳川市に引っ越すまで家族で暮らしており、僅かながらも土地勘のあった北九州小倉に潜伏先を選びました。

 最大の課題は逃走資金の捻出。指名手配犯という立場になり、贅沢をするためではなく、生活をするための詐欺を始めた松永の犯罪頭脳はますます冴えわたっていきました。 

 まずターゲットになったのは、ワールド時代の従業員の男性でした。松永に日常的に暴力を振るわれ、実母に送金を依頼するようになりました。金の工面ができなくなるとますます過酷な暴力を受けるようになり、「このままでは殺される」と、三か月後には逃亡しました。

 二人目の被害者は、松永の元交際女性でした。20歳ごろに松永と付き合いがあり、当時はすでに家庭を持っていましたが、松永に頼み込まれて金銭を提供するようになりました。

 焼け木杭に火が着いたのか、女性は十数年ぶりに再会した松永に急速にのめり込んでいきました。やがて夫や姑への不満を松永に口にするようになり、「それなら僕と一緒に暮らそう」と言われて、本当に3人の子供を連れて家出をし、夫と協議離婚してしまいます。

 それが地獄の始まりでした。態度を豹変させた松永は、女性に三人の子供の養育費を理由に元夫や親に金を無心するように強要し、女性は言われるまま1180万円を松永を貢ぎました。夫と別れ、実家との関係も悪化し、逃げる場所もなくなった女性は、あるとき大分県の別府湾に身を投げて自殺してしまいます。

 自殺の直前には、すでに元夫や親からの送金は途絶えていました。そのときには松永から激しい暴力を受けていたことは間違いなく、限りなく他殺に近い自殺でした。

 次々と人を陥れる松永の傍には、常に純子の存在がありました。

 純子の詐欺行為への加担は、幼稚園での勤務を辞めて「ワールド」で働くようになったときから始まっていました。

 あるとき、知り合いの女性の家に突然現れた純子は「いまワールドという会社で働いているんだけど、キャンペーンをやっているの。おばちゃん、カードだけ作ってくれない?」と頼み込んでカードを作らせましたが、後日、女性の口座からは勝手に100万円が引き落とされていました。

 女性が慌ててワールド社ビルに純子を訪ねると、社長の松永が対応し、女性の話を親身に聞いて「私が責任を持って純子を処分します」と約束しましたが、純子は女性を再びワールド社に呼び出し、女性を狭い部屋に押し込めて「私は松永から叱られたのよ!おばちゃん、どういうつもりなの!」と詰め寄りました。

 純子と一緒にいた若い男からも「殺すぞ!」と脅された女性は一目散に逃げ出し、以後、女性は純子とは二度と関わりたくないと連絡を断ち切りました。

 こうしたことで警察は動かないのかと思ってしまうエピソードもありますが、それだけ松永の暴力による支配は完璧だったのでしょう。「通報してもいいが、刑務所を出たら必ず殺す」くらい言ったのかもしれません。

 純子はワールド時代、この手の詐欺を何度も行い、それによって親しい人との関係を断ち切られていきました。松永の指示によって純子は孤独化し、そしてますます松永しか頼れなくなるという悪循環に陥っていったのです。

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 出産

 日常的に暴力を受け、犯罪の片棒まで担がされる。それでも純子には、松永から離れられない理由がありました。指名手配のキッカケとなった詐欺事件の直前、純子は松永との子供を出産したのです。

 最初は堕ろすように勧めていた松永ですが、やがて子供を純子を支配する道具として用いるようになりました。「自分たちが捕まって犯罪者の子どもになるくらいなら逃げた方がいい」と言われたことで、純子は自首するよりも犯罪を繰り返しながら逃亡することを決めてしまいました。

 指名手配を受けて潜伏生活をしている間も、松永は純子を「お前と子供のせいで俺は自由になれないんだ。お前たちのせいで迷惑しているんだ」という理屈でいつも責め立てており、純子は松永に申し訳ないという思いから犯行に加担していたといいます。

 もと幼稚園に勤めていた純子は大の子供好きで、自分の子供への愛情は深いものがありましたが、松永と純子が逮捕され救出された松永の長男は、純子はずっと冷たかったと語っています。もちろん、子供が懐いて純子の立場が強くならないよう、松永が純子にそう接するように強制していたのは言うまでもなく、松永にとっては、子供はあくまで道具にしか過ぎませんでした。

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 服部清志


 そして松永は、小倉に来てから「金主」としてもっとも相応しい人物、服部清志を発見しました。

 清志は松永が小倉に住居を構えるときに応対した不動産会社の営業マンでした。昭和36年生まれで松永、純子とは同年代。21歳で結婚し、事件のキーパーソンとなる少女、恭子をもうけましたが、六年後に離婚して自ら引き取りました。松永、純子と知り合った当時は内妻と同居しており、内妻の連れ子と6人、北九州門司区のマンションで暮らしていました。

 清志は良くも悪くも人を疑うことを知らない人物で、「田中」と偽名を名乗って応対した純子が、松永の愛人の名義で六ケ所もアパートやマンションを借りるのに何もうるさいことを言わず、便宜を図り続けました。前述の被害者となった女性が水死体で発見され、捜査の手が伸びるのを恐れて転居する際にも、退去点検には清志が立ち会い、純子に言われるがままに手続きを取りました。

 この一件で、「こいつはもっと利用できる」と確信した松永は、清志を本格的に「金主」とする計画を立てました。

 まず純子が清志を喫茶店に呼び出し、架空の投資話を持ち掛ける。すると清志は、詳しい内容も確認せずに快諾し、数日後に現金30万円を持ってきました。

 試しに持ち掛けた稚拙な詐欺に清志が乗ってくると、松永は自ら清志に会うことを決めました。

 「この前の30万円は配当が出るのに時間がかかるので、別のいい話を紹介する」

 純子にそう言わせて清志を呼び出した松永は、「宮崎」を名乗り、東大卒のコンピュータ技士を装って、一緒に競馬予想会社を作ろうと清志に持ち掛けると、清志はすぐに乗ってきました。そればかりか、事業の必需品である最新式のコンピュータの購入まで容易く引き受けてしまいます。この日から、松永と清志は純子も交えて連日のように飲み歩くようになり、松永は清志を「所長」と呼ぶようになりました。

 清志の内妻は大手企業の系列社員で、二人の収入を合わせれば生活費に困ることはなく、休日には家族でよく旅行に出かけていました。内妻の連れ子も清志によく懐き、洗濯、掃除など家事にも積極的で、運動会や授業参観にも必ず出ていました。 

 内妻も、清志と出会ってからの3年間は本当に幸せだったと語っていますが、松永と知り合ったころから、清志の生活は激変します。

 清志にはもともと金にだらしないところがあり、松永と知り合ったときにも借金がありました。その上に架空の投資話の30万、最新式のコンピュータ代の70万を払うというので、内妻は仕方なく自分の貯金を切り崩しました。

 毎日朝まで松永と飲んでいるために帰りが遅くなり、顔も土気色になっていきました。肝心のコンピュータはというとずっと放置されて埃をかぶった状態で、松永と清志が真剣に事業に取り組んでいる様子はありませんでした。

 睡眠不足による怠慢勤務から減給され、些細なことで苛立つようになり、清志はとうとう内妻と口論になり、恭子を連れて家を出てしまいます。初めは自分で借りたアパートで恭子と二人で暮らしていましたが、どう言いくるめられたのか、恭子は純子と純子の長男の暮らすアパートで生活するようになり、「養育費」として清志は20万円を請求されるようになります。

 そんな大金が毎晩の酒盛り代すら松永に請求されていた清志に払えるわけもありません。毎朝5時まで松永の酒盛りに付き合わされていた清志がまともに働けるはずもなく、会社も退職に追い込まれ、収入すら途絶えてしまいます。社宅に住むこともできなくなった清志は、皮肉にも自らが契約を交わした松永のアパートで、純子と純子の長男、恭子との共同生活を送り始めます。

 これが後の一家殲滅事件へと繋がる、松永と純子による最初の本格的殺人事件の幕開けでした。

 
 

 

 
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2021年 近況とこれから


 今年もこちらの方を更新していくにあたり、少し自分のことを話そうと思います。

 昨年に更新を再開した際にもお話しましたが、今現在は小説の執筆に費やす時間は減らし、自分の趣味の時間を増やしています。今年の秋からは、特にアウトドアに精を出していました。

 原稿に向かう時間はめっきり減ってしまいましたが、小説の執筆を最優先に考えるというスタイルでは6年以上もやってダメだったのですから、少し視野を広げてみるのも一興ではないかと思っています。キャンプや海釣りといったアウトドアはとにかく面白く、まだまだ世の中には自分の知らない楽しいことが色々あるのだと新鮮な気持ちです。

 仕事は順調に行っています。給料は低いですがそれに見合った内容で、激務や時間外労働はほとんどありません。休みも取りやすく、歳を取って体力が落ちても続けられそうです。何より大切な人間関係もまずまず。失敗にも寛容で、資格取得の支援も充実しており、やる気のある者は評価してくれるという環境です。

 一生をこのまま過ごすことにも不満はありません。そもそも私が小説を書き始めたのは、「偽善の国のアリス」時代の専門学校を出てから就職に失敗し、自分にはもう正社員になるチャンスはなく、まともな道では生きていけないと思ったからでしたが、いまの私は普通の会社で、正社員として普通に生きています。これしかないという悲壮感を持って小説を書く必要はなくなりました。20代までは濃厚にあった自己顕示欲的なものも薄れており、その他大勢であることを受け入れて生きることに疑問もなくなりました。

 いわば低位安定した今の生活に、なんら不満はありません。しかし、この平和な日々は、どこか生きている実感に乏しいことも事実ではあります。収入的にも、これ以上を諦めるにはまだ私の年齢は若いということもある。

 やはり私は書き続けたい。まともに生きる道を見つけたからといって、書くことを辞める必要はないし、生き方を変えたからこそ、書く上において大切なものが見えてくることも必ずある。

 比重は少し変わりましたが、自分の道の先にはまだ、書くことで生きていくという目標があります。自分の中に抱えたモヤモヤしたもの、マグマのようなドロドロとしたものを吐き出す手段は、書くことでしかありえません。

 マグマの正体もはっきりわかっていて、それはやはり「キレイゴト」に対する怒り、抵抗感というものだと思っています。ブログに私小説を二本アップしていますが、「偽善の国のアリス」はもとより、施設警備員時代に出会った折茂もことあるごとに「愛、友情」「絆」「この出会いは宝物」のようなことを口に出して言う男だった。

 本当に幸せを噛みしめている人間は、それをわざわざ口に出したりはしません。やたらめたらにキレイごとを口走るのは、なにか後ろめたいことがある人間、そのことに100%の自信がない人間だけ。

 最悪なのは、それに納得できていない人間を無理にキレイごとに丸め込もうとする行為で、それをされた人間は歪みます。罵倒を受けっぱなしならどこかで爆発して収まりますが(刑務所には入りますが)キレイごとで丸め込まれた人間は拳の振り上げどころもなく、ずっとモヤモヤとした不快な気持ちが燻り続けます。

 思い返せば、人に迷惑をかけることの多い前半生でした。親はまだしも、クラスメイトなどに対しても平気で酷いことをしてきました。若いということを言い訳にするのは簡単ですが、被害者の立場に立ってみれば、存在自体が害悪のような人間であったことは否定できません。そしてその通り、私は自業自得の冴えない青春を送りました。

 私という人間を鑑みますに、やはりどこかで痛い目をみるということは必要だったでしょう。何かの間違いであのまま私が充実した青春を送り、今ごろ高給取りにでもなっていたら、後ろめたさから常日頃「キレイごと」を言う人間になっていたに違いありません。あるいはこの期に及んでも己の過ちに気付かず、平気で人の好意を踏みにじり続けるとんでもない人間になっていたかもしれません。

 ただ、それにしても「警備員時代」と「偽善の国のアリス時代」に起きたことはいささか理不尽であり、折茂程度の男に洗脳されかけ、神山程度の女に侮辱を受けたのは、まったく災厄としか言いようのないことでした。社会というものに必要以上の不信感を抱き、引きこもることになってしまった、そのキッカケを作った出来事でした。

 自分自身も心の闇と戦っていた折茂に対しては恐怖はあっても恨みはないのですが、イケメンを吟味するだけの余裕がありながら、面白半分で私を侮辱してきた神山に対してはいまだに憎しみを抱き続けています。

 私自身に反省するところがなかったかといえば、それは大いにあります。もちろん、神山に対してではありません。

 そもそも神山に出会うよりも前の中学、高校時代には私自身が私に好意を寄せてくれた子に対して同じことをしていました。結局、のちに自分自身が容姿に拘らなくなったときに、そのときのことを後悔する羽目になりました。

 市橋達也の言うように、もっとはやく人に対しての感謝の気持ち、謙虚さというものを身に着けていれば、少なくとも女方面に関してはマシな青春を送れたでしょう。

 散々に人を傷つけ、自分自身チャンスを逃しながら、しかしそれでも、私は普通に女と付き合うことができ、結婚もちゃんとできた。だから、べつに神山という一人の女を本気で殺したいと思う必要はもうないのではないか。

 私が憎むのは、先に失礼なことをやってきたのは神山の方だったという前後関係を無視して悪いのは一方的に私の方だということにされ、何やかやも含めて、すべてキレイごとで丸め込もうとされたこと。私の中でまったく宝物ではないあんな連中との出会いを宝物のように思えというようなクソまみれのことを言われたあのときの不快な感覚は、忘れたくても忘れることはできません。

 恥多き己の若い頃を反省するにしても、あれほどの屈辱を受けたのではどこかひねくれてしまうのは仕方のないことです。記憶の中にある私は、高校の後半あたりですでに反省する方向に行っていた。因果応報といっても子供のころのことで、成人になってからあれほどの思いをしなくても良かった。若い頃の私が歪んでいたとしても、折茂や神山との出会いは完全に余計だった。

 どうしようもない自分への絶望と、それでも許せないヤツへの怒りと、運命への憎しみと、世の中への恨み。それを昇華させる手段はやはり書くことでしかありません。

 ただ、これまでは少し「己」が出過ぎてしまったことは反省し、客観的な読者の目に耐えられる、本当の「作品」を書いていきたいと思っています。

 その上でも最低限拘っていきたいのは、自分のルーツでもある人生八方ふさがりの人間をテーマにしていくこと、犯罪の描写を必ず入れること。

 子どものころから物語を書くのが大好きだというような人に比べ、私は創作という行為がそこまで好きというわけではありません。私が書く動機は、ただ自分の抱えたどうしようもないものを吐き出したいから。突然、作風をまったく違うものに変えたりといった器用なことはやろうと思っても不可能であり、自分と重なるところがまったくない人間のことを書きたいとも思えません。やはり私は犯罪や底辺を書くしかない。

 犯罪ということをテーマにするにあたって、実際に起きた事件を分析する犯罪者名鑑の方も続けていきたいと思います。これまでは私自身がもっとも多感な時期に起きた90年代後半~00年代の事件を取り上げていきましたが、時代の変化に合わせ、ここ10年ほどに起きた事件なども取り上げていきたいと思っています。

 直近の予定としましては、「犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件」「party people」、これを今年のGWを目途に完結させます。その二つは何が何でもやり遂げます。その後に関しては、現時点では未定となっています。

 こちらの運営を続けていくにあたり重視するのはやはりコメントになります。ブログを運営した経験のない方も少し考えてもらえばわかると思うのですが、読者からのリアクションが返ってこないのでは、人目に触れる場所で執筆をする意味がまったくありません。

 いまのところ記事を更新すれば少なくとも二つはコメントが入り、過去記事にも度々コメントを貰えるという状況ですが、これくらいであれば何とか運営を続けることはできると思います。この状況を続けられるよう、私も精進していきたいと思います。

 寒い季節に入り、アウトドアはオフシーズンとなりましたが、資格の勉強や部屋の片付けなどやることは沢山あります。時間をやり繰りし、執筆の方を続けていきたいと思います。

 今年もよろしくお願いいたします。

 
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