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party people 3

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 藤井や友麻のような奴らに傷つけられた俺に、いつも塩を摺り込んできた奴ら。

 ココロキレイマン。

 人を嫉まず、憎まず、常に自分のせいだと受け止められる謙虚な心を持ち、愚痴をけしてこぼさない。
 
 人が本来持っている感情を抑え付けるという方法では絶対に幸せになれない貧乏、不細工、無能のくせに、自分を踏みつけていった勝ち組の言うことに共感したフリをし、同じ負け犬の頭を抑え付けて満足している奴らが、影沼の言った通り、藤井と友麻を殺してから、雨後の筍のように湧いて出てきた。

「青木くん、話は聞きました。あなたは自分をフッた友麻ちゃんを逆恨みして、嫌がらせ行為を働いていたそうですね。だからフラれたんですよ。女の子には、危険な男を嗅ぎ分ける、嗅覚みたいなものが備わっているんです。友麻ちゃんは、あなたがそういうことをする人だということを、最初から見抜いていたんですよ」

 満智子と結ばれた翌週の頭、俺にいきなり喧嘩腰で突っかかってきたのは、派遣社員で、三十四歳の独身女、高津だった。

 俺が、自分を振った友麻に嫌がらせ行為を働いていたというのは影沼の創作だが、仮にそれが事実だったとして、それをやってもいない、告白した時点から、俺が危険な男だと見抜いていたように言うのは、卑怯な後出しというものである。

「あと、青木くんって、風俗を利用しているみたいですね。まともな女の子は、風俗を利用するような男を選びませんよ。もちろん、風俗に勤めている女の子も含めてです。青木くん、彼女が欲しいとか思っているみたいですけど、風俗なんかに行っている時点で無理ですよ。諦めた方がいいですよ」

 もちろん、俺に風俗嬢に対する偏見はまったくないわけだが、それにしても、風俗嬢が真っ当に男と付き合うのは当然で、風俗を利用している方が一方的に後ろめたく思えというのは、なんとも凄い理屈である。

 ただ一つ間違いないのは、開いているのか閉じているのかわからないほど目が細く、鶏ガラのように痩せこけて出るところがまったく出ておらず、肌はカサカサに乾燥して粉を吹いており、髪の毛もスカスカでキューティクルがはげ落ちている高津の容姿では、風俗に勤めても指名などは一本も取れず、到底、高収入などは見込めないということだけだ。

「これは、ココロキレイマンの一種、オンナハスゴイマンだな。女というのは、先天的に男より優れた生き物であり、世の中でもっと優遇されなくてはいけない存在であると主張している。それはいいとして、オンナハスゴイマンが問題なのは、彼女たちが、女という生き物の中での個体差を無視していることだ。なぜか、ブスである自分を、美女と同等の存在であると認識しており、自分が報われない原因は、すべて見る目がない男の方にあると思って、やたらめったら男に突っかかってくる」

「ようするに、気狂いじみたフェニミストってやつか」

「言い換えればな。こいつの撃退法は、もうわかっているよな?」

 影沼に対し、俺は自信満々に頷いた。

「三十四歳。彼氏いない歴、イコール年齢」

 俺はそれだけ言って、影沼とともに、その場をすぐに離れて行った。

「失礼なこと言わないでください!私はかつて、社会的地位の高い男性とお付き合いをしたことがあります!その人とは価値観の相違で別れましたが、今でも尊敬し合う仲です!フラれた女性に逆恨みをしているあなたとは違うんです!」

 高津が弁明しながら、顔を真っ赤にして、俺の後を追いかけてきた。

 高津が本当に男と付き合ったことがあるのか、その男が本当に立派な男であったのか、そんなことは知ったことではない。大事なのは、何も知らない者が、高津という女をパッとみたときにいかなる印象を抱くかということを、わかりやすく本人に伝えてやることである。

「智哉ぁ。帰ろ帰ろぉ」

 長年、求め続けてきた、好きなときにセックスのできる女。

 俺の彼女、満智子が女子トイレから出てきて、俺と腕を絡ませるのを見て、高津が表情を凍らせた。

 したり顔で、俺に彼女などできるはずがないと決めつけていた高津が、己の眼力のなさを突き付けられ、プライドを粉砕された瞬間を目の当たりにし、俺の胸は充実感に満ち溢れていた。

 これだった。これをずっと、俺はやりたかったのだ。

 貧乏、不細工、無能のくせに、なぜか金持ち、イケメン、有能たちと同じ価値観をありがたがろうとするココロキレイマンどもに、嫉妬と憎悪の塊で、自己中で我儘で甘ったれで、異常な性欲の強さと歪んだ性癖を持ち、まるでヘドロみたいな、いや、ほとんどヘドロそのもののような俺の方が、ココロキレイマンよりも幸せになっている姿を見せつける「証明」を、ずっとやりたかった。

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり、けして愚痴をこぼさない。

 世間一般で正しいとされる価値観を信じていても、まったく幸せにはなれなかった俺が長年抱き続けてきた願望が、影沼についていけば叶えられる。

「満智子、満智子、満智子ぉっ。ヤるぞぉっ。満智子とヤリまくるぞぉ!」

 四十三歳。熟れた女体を、三日と空けずに貪った。これまで、俺がずっとやりたかったことを、やってやってやりまくった。

「おぉうぉぉおっ、あぁぁあぁぁおぅぅっ、智哉ぁ、智哉、ダメっ、死ぬっ、いやぁぁおぉぉっ」

「満智子ぉっ、俺の子を産めィっ!ハゲでメガネかけてる不細工な俺の子を産めィっ!」

 超高速で腰を振りながら、俺は腹の下で全身の肉を揺らしている満智子を、開いているのか閉じているのかわからないほど目が細く、鶏ガラのように痩せこけて出るところがまったく出ておらず、肌はカサカサに乾燥して粉を吹いており、髪の毛もスカスカでキューティクルがはげ落ちている高津に置き換えていた。

 長年にわたり女にまったく相手にされず、女に飢え続けていた俺は、どんな女とでもヤレる。容姿に加えて性格も最悪の高津でも、裸になって、俺の腹の下で寝ていてくれれば、俺は勃起したイチモツを喜んで挿入し、腰を振りまくってしまう。

 舌が肥えすぎてもいいことはない。安物で満足できるのなら、それが一番幸せなこと。美人でしか性欲を満たせない、不自由な金持ちとイケメンより、俺は勝っていると思う。

 金持ち、イケメンどもが見向きもしないブスとババアを、ヤリまくって孕ませる――。

 ビャグッビルルルドブドブゥ!

 俺はそのために生きている。                           
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「青木っち~、青木っちのために、俺の調合した、スペシャルブレンド精力剤を持ってきてやったぞ~。これには、マカ、亜鉛、ガラナ、ニンニク、朝鮮人参など、あらゆる精力増強エキスが混ぜ合わされている。これ飲んでビンビンになって、満智子さんをずっこんばっこん突きまくって、ザーメンをどっぷどぷ注ぎ込んで、青木っちのハゲハゲ遺伝子を受け継いだ赤ちゃんを、ぽっこんぽっこん産ませちゃいなよぉ」

 休憩時間中、影沼がみんなに聞こえるようなデカい声で下品な言葉を並べ立てるのに、その場にいたスタッフたちから笑いの声が漏れた。

「ああ。俺は満智子に、ポッコンポッコン赤ちゃんを産ませまくる。汚い顔の俺が子供を作ったら、その子供もきっと汚い顔になるだろう。そしてそいつは、女を好きになる年齢になると、女にフラれまくり、地獄を味わい、自殺を選ぶようになる。一年に一回、必ず子供が自殺をする。俺と満智子は、それを意にも介さず、不細工ベイビーをぽこぽこ製造しまくるんだ」

 俺を工場の中で「異常性欲の変態キャラ」に仕立て上げようとする影沼に合わせるように、俺も異常でおかしな言動を大声で口にし、周囲のドン引きと笑いを誘った。

 その目的は「証明」。そしてもう一つの目的は、他人の考え方に干渉し、他人に考え方を変えさせることで自分の正しさを証明しようとするココロキレイマンたちを、俺たちの元へおびき寄せること。

「青木くん。君にも彼女が出来たんだから、休憩の時間はちゃんと守れよな。彼女がいるんなら、もっとちゃんとしろよ。彼女がいるんなら、社会人としての、自覚を持てよ」

 帰りの間際、俺に突っかかってきたのは、彼女などとてもできそうにない、鼻毛が五本以上も飛び出た不細工面の四十五歳、大場だった。

「青木くん。君はまさか、自分一人の力で、彼女ができたとは思ってないだろうな。君に彼女ができたのは、この工場があって、君の面倒をよく見てくれた人たちがいたお陰だということを忘れてはならないぞ。浮かれてるだけじゃだめだ。もっと周りの人に対して、感謝の気持ちを表せよ」

「・・・・・」

「青木くん。君は彼女ができたくせに、いまだにフラれた友麻ちゃんのことを悪く言っているそうだな。そういう態度は、男らしくないんじゃないか。友麻ちゃんにこっ酷くフラれたお陰で、満智子さんと結ばれた。あーよかったな。そう考えることはできないのか?俺も履歴書で言ったらボロボロの人生だけど、人間万事塞翁が馬だと考えているからさ。君もそういう風に考えてごらんよ」

「・・・・・」

 自分自身は女がいないくせに、なぜか、女を持っている俺に、上から目線で物を言ってくるココロキレイマンに、俺は「説得」することもできず、血管がブチ切れる寸前だった。

「あれは、ジカクヲモテマンだ。人がちょっとでも何かを手に入れると、すぐに”責任感”を求めようとし、社会の模範となるような生き方を強制しようとする。その理由は・・・」

「そういう風に生きている自分を、褒めて欲しいからだろ?」

「その通り。人の幸せを祈り、人を良くしようとしている風を装っているが、結局のところ彼らの本心は、他人に自分の人生を後追いさせ、先にそういう生き方をしていた自分を尊敬させたい、ただそれだけなんだ」

 影沼がフォローしてくれなければ、不快なジカクヲモテマンを、ぶん殴ってしまいそうだった。藤井や友麻のように、殺してしまいたいほどではないが、ボコボコにしてわからせてやりたいほどにはムカついていた。

 他人に自分の考え方を押し付ける。

 極端な話、世界の紛争のほとんどは、それが原因で起こっている。

 正義などというものは、立場によって簡単に変わる。ある人間にとっての正義が、またある人間にとっては悪ということもある。人の数だけ正義が存在する。

 自分の考えを絶対的な正義であるなどと盲信し、他人にそれを押し付けようとすることが、どんなに愚かで危険な行為であるかをわかっていないヤツが、この世には多すぎる。

「ざっけんなよな。なんで彼女ができたくらいで、そんな立派な聖人君子にならなきゃいけねえんだよ。彼女ができただけで簡単に変わったり、人生で起きた嫌なことのすべてを納得して自己完結しちまうようなツマンネー野郎には、逆に彼女なんか出来ねえっつーの」

 工場を出たあと影沼と立ち寄った公園で、俺はパンダの置物を蹴り上げながら叫んだ。

「それを言ってしまっては、彼らを救うことはできない。こらえるんだぞ、青木っち」

「つーかさ、なぜアイツらは、いつもあんな上から目線なんだ?アイツらが、俺と満智子をくっ付けたわけじゃないんだぜ?なぜアイツらは、人が自分の時間を使って努力し、リスクを背負って挑戦して手に入れたものを、あたかも自分の応援のお陰でゲットできたかのように言って、感謝を強要してくるんだ?」

 心の底から気になっているのが、そのことである。

 ただ傍観し、ときたま口を挟むだけで、実質何もしていないのに、自分が相手に何か凄いものを与えたかのように物を言い、自分への感謝を強要してくる。

 一体どうしたら、人が人に対してそこまで図々しくなれるのか、本当に不思議だった。

「彼らの中で、努力し、挑戦することは悪なんだ。人よりちょっとでも目立ったことをしようとする人間を見ると、すかさず出る杭を打たずにはいられない。なぜならば、それをしないと、努力も挑戦もしていない自分が惨めになってしまうからだ」

「つくづく、器の小せえ野郎どもだな」

 ココロキレイマン。

 奴らの思考回路のすべては、自分が何もしない理由を探すことに向いている。自分が努力も挑戦もしないでいることを正当化するために、努力、挑戦している者がこぼす愚痴や、ちょっとした失言に目ざとく反応して批判し、努力し挑戦している者を自分の下位に置こうとする。

 底辺から這い上がろうと足掻くのをやめ、何も望まずに生きていれば、心も傷つかず、愚痴もこぼれないのは当たり前である。
自分がただ挑戦から逃げている臆病者、努力から逃げている怠け者でしかないことを知らず、努力し挑戦してなかなかうまくいかないから他者に嫉妬、憎悪を抱き、愚痴をこぼしている人間に対し、偉そうにする権利があると思い込んでいる。

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。ただ単に、自分が底辺に安住しているからそうできているだけのことを、人格的に優れているのだと本気で勘違いしている。

 ココロキレイマンどもの生態は、知れば知るほどに吐き気を催すものだった。

「なあ。前から思ってたんだが、なんであんたは、あんな面倒くさい不快な連中を、わざわざ改心させてやろうとするんだ?あんな奴らを何とか引き上げようとするより、あんた自身が努力して、上を目指した方がいい気がするんだが・・・」

 低収入の派遣労働をしながら、まったくの無償で、梅雨時のブロック塀にビッチリとこびり付くヤスデの大群よりも不快な生物「ココロキレイマン」を改心させようとする活動に邁進する影沼のモチベーションは、一体どこから来るのだろうか。

 前から一度は聞いてみたかった疑問を、俺はこのタイミングで影沼にぶつけてみた。

 影沼はしばしの間、躊躇いがちに下を向いていたが、俺が強い眼差しで見つめ続けていると、やがて咥えていたタバコを踏み消し、深呼吸を置いてから語り始めた。

「話は、今から十年前に遡る。当時、俺は沖縄でやっていた建築関係の仕事で、五歳年下の青年と相部屋だったんだが、彼・・タカシの生い立ちは、それは壮絶なものだった。タカシの家庭は、父親がタカシの姉を犯し、タカシの兄が母親を犯し、タカシの兄と姉も性的関係を結んでいるという、とんでもない近親相姦一家だった。やがて、母親は失踪、姉は父か兄か、どちらの種かわからぬ子を自宅で産み落とし、そのときの出血多量が元で死亡。兄は父を殺して刑務所に収監された。タカシも窃盗の容疑で逮捕され、少年院へと入ったんだが、そのとき母親から届いた手紙が、タカシの心を完全に壊した。手紙には、母親は今は別の男と再婚し幸せに暮らしている。タカシのことは、もう息子だとは思っていない。少年院から出ても、自分をけして頼ってくるな、と書かれていた。ニ十歳にして天涯孤独の身の上となったタカシは、本土を離れて沖縄にやってきた・・・」

 家庭崩壊などというレベルの話ではない。そんな、生まれた瞬間から業を背負ったような人間が本当にこの世にいるのかと疑うほどだが、悲痛に顔を歪ませる影沼が、嘘偽りを語っているようには見えなかった。

 タカシ。

 どうやらその青年との出会いが、影沼がココロキレイマンを憎むキッカケとなったらしい。

 俺は影沼の告白に、黙って耳を傾けた。

「タカシは俺によく懐いていてな。俺も、タカシのことを実の弟のように思っていた。タカシのために、何かできることはないかと常に考えていた。しかし、今もそうだが当時の俺は、人に与えられるような物を何も持っていなかった。そこで俺がやったのが、今から思えば最悪の手段、すなわち、ココロキレイマンだった。タカシに何かしてやろうにも、金も力もない俺は、タカシに、人を嫉まず、憎まず、謙虚でありけして愚痴をこぼさない、正しい人間になれと、道を説こうとしてしまったんだ」

 人に何かしてあげたいという気持ちは強いが、肝心の原資がない。そこで、人に与えるのを諦めるのではなく、金銭や物資の代わりに、正しい道を説こうとする。

 すべての宗教の起源もそこにあるが、ココロキレイマンが偉大な宗教家と違うのは、彼らが人に正しい道を説こうとするのは、その人に本当に良くなって欲しいのではなく、ただ自分が人から感謝され、褒めて欲しいという理由でしかないこと。

 人がそれに従って成功すれば己の手柄を主張し、従って成功しなければ相手の努力不足で片づける。人がそれに従わずに失敗すればそれ見たことかと得意げに胸を張り、それに従わずに成功したときは、何も言わずに姿をくらます。

 お下劣で気色悪く、不快な生物。殺してやりたいほどではないが、ぶん殴ってわからせてやりたいほどにはムカつく生物。

 もとは影沼こそが、ココロキレイマンだった・・・?

「タカシの人生は、呪われた家族から解放されてもうまくいかなかった。仕事ではミスを連発し、会社のみんなからいつも怒鳴られていた。プライベートでは、救いを求めた初恋の女に散々金を貢がされたのに、一度もヤラせてもらえなかった。俺はそんなタカシに、ひたすら心がキレイでいることを求め続けた。人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。正しい心さえ持っていれば、必ず幸せは巡ってくるなどと無責任なことを言い続け、タカシが愚痴や不満を漏らす度に、その態度は間違っている、それじゃダメだと説教した。タカシは俺の言葉を信じ、健気に、心のキレイな、男らしい男であろうとした。道で重い荷物を背負った老人が歩いていれば代わりに担いでやり、飢えているホームレスを見かければ、食料を施してやった。土地柄、部屋には年中、でかいゴキブリが入ってきたんだが、タカシは俺がハエ叩きを取るや否や、ゴキブリを素手で掴んで、さあ出てお行き、殺されちゃうから、もう来るんじゃないよ、と逃がしてやった」

「そんな。それでうまく行かなきゃ、それこそ地獄じゃないかっ」

 俺が思わず怒気を顕にすると、影沼が微かに唇をわななかせた。

「一途に、幸せが訪れることを信じ続けた。しかし、幸せは来なかった。自分に幸せが訪れないだけならまだよかった。いけなかったのは、会社でいつもタカシを虐め、殴る蹴るの暴行を働き、また、自分が傷害の前科者であることを誇りにしていた男が、タカシが心を寄せていた女と子供を作って結婚し、あまつさえ、祝儀として十万円も払わされたことだ。なんだ、心がキレイになろうとすることは、幸せになることと何の関係もないじゃないか。それどころか、心がキレイじゃない方が幸せになれるじゃないか。残酷な事実を突きつけられ、もっとも信頼する俺に、まんまと騙されていたことを知ったタカシは、ついに生きる気力をなくし、自ら命を絶ってしまった・・・」

 影沼が肩を震わせ、目尻から零れ落ちた涙を拭った。

「人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。キレイなココロを持っていれば幸せになれると信じ込み、素晴らしい聖人君子のようになろうと無理を重ねてしまったせいで、タカシは心を病み、死を選んでしまった。タカシを殺したのは俺だった。俺は自らの過ちを悔いると同時に決意した。タカシのような貧乏、不細工、無能の三重苦を背負った人の、心をキレイにしてはいけない。貧乏、不細工、無能のくせに、まるで重荷を背負い、自らの足に鎖を付けるようにして生きている人たちがいたら、この手で救ってやらなければならないと」

 影沼が、自分の瞳と同じように真っ赤に染まった空を見上げて言った。

 影沼のココロキレイマンへの憎しみと、底辺世界からココロキレイマンを駆逐しなければならないという決意は、自らが元ココロキレイマンであったせいで、大切な人を死に追いやってしまった苦い過去から来るものだった。

 倫理観の崩壊した家庭で育ち、社会に出てからも、貧乏、不細工、無能なせいで何一つとしてうまくいかなかったにもかかわらず、心のキレイな正しい人間を目指そうとてしまったせいで自ら命を絶ってしまった青年、タカシ。

 俺も何かが違えば、タカシのような末路を辿っていたかもしれなかった。タカシを死に追いやった反省から、正義の戦士として覚醒した影沼と出会わなければ、俺自身がタカシと同じように、自ら命を絶っていたかもしれなかった。

 タカシのようになってはいけない。貧乏、不細工、無能は、けして心のキレイな人間を目指してはいけない。もし、貧乏、不細工、無能の三重苦を抱えているくせに、なぜか金持ち、イケメンと同じ価値観を大切にしている人を見かけたら、ただちに改心させ、この底辺世界から、ココロキレイマンをなくさなければならない。

「そういう事情があって、俺はこの底辺から永久に抜け出すことができない。俺はタカシを殺した罪を、一生背負っていかなければならない。俺は幸せになってはいけないんだ。だが青木っち。お前はいつか、ここから這い上がる人間だ。俺みたいに、いつまでもここに居ちゃいけない。ココロキレイマンを倒すのは大事なことだが、それと同じくらい、青木っちがこの底辺世界を卒業するのも大事なことだ」

「ああ。わかっている」

 影沼に言われるまでもなく、俺もいつかは世の中で価値のある人間だと認められ、この底辺世界から這い上がってやる所存である。

「やってやる。クソみたいな底辺人生を終わらせて、明るい未来を切り拓いてやる」

 終わりのない活動に人生を捧げる影沼に報いるためにも、俺は努力し、挑戦して底辺世界を抜け出し、せめて人並み以上の富と名誉、そして女を得て、世の中で苦しむ貧乏、不細工たちの希望の星となることを心に誓った。

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「おはよう美都ちゃん!美都ちゃんは今日もかわいいねぇ」

「ありがと美都ちゃん!美都ちゃんはいつ見てもかわいいねぇ」

「美都ちゃんゴメン、製品に傷をつけちゃった!美都ちゃんはやっぱりかわいいねぇ」

 電子基板製造ラインの中に響き渡る、影沼の、川辺美都への賛辞の言葉。

 この日、影沼が始めたのは、ラインリーダーである川辺美都を、一時間に一回はかならず褒める、というイベントだった。

 他のラインよりもずっと賑やかな俺たちのラインに、多くのスタッフは好意的な視線を送ってくれるが、なかにはそうでない連中もいる。真面目一辺倒の態度で仕事をしない俺たちの存在を快く思わない、「ココロキレイマン」たちである。

「岸くん。アイツら最近、調子乗ってるんだよ。ここで一丁、アイツらにギャフンと言わしてやってくださいよ」

 口でゴチャゴチャ能書きを垂れるだけでは、彼らに紛れもない事実を伝える「説得」を食らって返り討ちにされるだけだと学習した
ココロキレイマンたちは、近頃、俺たちが殺した藤井の親友の岸に接近を始めていた。

 口でゴチャゴチャ能書きを垂れるだけで、俺たちに対し、具体的に自分が優れているところを見せつけられるわけではないココロキレイマンたちは、俺たちと同じ貧乏だが、不細工、無能ではない岸に、俺たちの成敗を託したのである。

「相変わらずキメぇ奴らだな・・・。ねぇ川辺さん。今週末、タイタンズの試合、一緒に見に行かない?一緒に行く予定のヤツが急にキャンセル入っちゃってさ。チケット余ってるんだ」

 ココロキレイマンたちに背中を後押しされる形で、休憩時間に俺たちのラインにやってきた岸が、川辺美都を、地元のサッカーチームの応援に誘った。

 声をかけた時点で、すでに勝ち誇ったような表情の岸は、川辺美都が自分の誘いに応じるのを、微塵も疑っていないようである。 

「え・・・。いや、いいです」

 川辺美都が、「なんで誘ってくるの」と、嫌悪感を露骨に表した顔で断りを入れると、自身満々だった岸の表情が凍った。

「ねえねえ美都ちゃん。こういうイケメンのナンパ師って、どう思う?」

 影沼がすかさず、川辺美都に訊いた。

「遊んでそうで嫌です」

 川辺美都が即答すると、岸はもうそれ以上口を開けなくなり、すごすごと退散していった。

 川辺美都の岸への対応に、俺は深い感動を覚え、しばし作業の手を止め、棒立ちになっていた。

 女という生き物すべては、イケメンが無条件に好きなものだと思っていた。女という生き物すべては、俺のような不細工に言い寄られたときは全力で拒もうとするものであり、イケメンに対しては、言い寄られてもいないのに自分からウリウリと腰を摺り寄せていくものだと思っていた。

 それがどうやら、違うようだとわかった。俺の長年の宿敵、イケメンを撃退してくれた川辺美都の姿が、神聖でけして侵してはならない女神のように見えてきた。

「川辺さん・・・世界で一番かわいいね」

 俺も影沼と一緒に、川辺美都を褒めた。川辺美都から返ってくる笑顔は眩しすぎて、直視もかなわないほどだった。

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 川辺美都は、神聖にしてけして侵してはならない、女神である。劣情の対象にはしても、その身に触れることは許されないし、考えてはならない。

 今は。今はまだ。

 その晩、ホームセンターで、フライパン、鍋、菜箸、ボール、泡だて器、包丁、キッチンバサミ、フライ返しなど、調理器具一式を買いそろえた俺は、思い出せないほど久しぶりに料理を始めた。

 クソみたいな人生だが、何もやってこなかったわけじゃない。
名前が書ければ誰でも入れる五流大学に通っていたころ、居酒屋でバイトしながら取った、調理師免許の資格。

 こんな俺にも、夢はあった。まずはチェーン店に入社してノウハウを学び、エリアマネージャーくらいになって自信をつけたら、独立して自分の店を持つ。

 俺の夢をぶっ壊したのが、藤井や岸のようなヤツ。イケメンのリア充たちだった。
調理場でも休憩室でも、ヤツらはいつも楽しそうだった。

 人前では楽しいことしか話していないだけで、実際には、それと同じくらい辛いこともあったのかもしれない。だが、少なくとも当時の俺には、ヤツらは俺とはまるで違う、光り輝く太陽のような人生を送っているかのように見えた。

 仕事はできる方だったと思う。だがあそこでは、自分が必要とされている実感は、ちっとも得られなかった。

 店長に褒められるのはいつも、愛想のいいだけが取り柄のヤツ。要領のいいヤツらは、仕事はできる人に集まるとか言いながら、いつも俺に負担を押し付けた。仕事を抱えきれずにミスを連発する俺に、店長の叱責は集中した。

 いつか自分の店を持ち、繁盛させて、こいつらを見返してやる。お前らが楽しそうに喋っている女たちをみんな俺の前に傅かせて、勃起したマラを咥えさせてやる。

 怨念にも似た感情だけを支えに、二年間、死ぬ思いでバイトを続け、欲しかった調理師免許を取った。

 意気揚々と挑んだ、正社員の面接で爆死した。不採用の理由は、俺が不細工で、性格も暗いからだと思われた。

 いけなかったのは、バイト先で一緒だった、俺より明らかに仕事のできないヤツが、俺が入りたくて入れなかった会社にあっさりと採用を受けていたことだった。しかもそいつは、その会社の内定を保留にし、最終的にまったく畑違いの会社に就職していった。

 その経験でわかった。

 世の中に求められているのは、夢があって努力しているヤツではなく、人に合わせるのが得意で、友達が一杯いるヤツ。就職先があっさりと決まるヤツは、遅くとも就活が始まるまでには童貞を捨てて、二人、三人と、経験人数を順調に増やしている。俺みたいな童貞は女ともヤレないばかりか、まともな働き口さえ見つけられない。

 やる気がなくなって、就活を中断した。大学にも行かなくなった。ずっと部屋に引きこもる俺に、家族はいつも冷たい言葉を投げかけた。初めは無視を決め込んでいたが、段々追い詰められてきて、働くしかなくなった。

 いつまでもヤツらに嫉妬し、ヤツらを憎んだ。だが、俺自身がヤツらのようになりたいのかと言われると、それは違う気がしていた。女を抱いているのは羨ましいが、それほど多くの友人に囲まれたいとは思わないし、人に合わせるのがうまいヤツは、どこか自分というものを持っていない気がした。

 自分が自分でなくなってまで、アイツらと同じ人生を手に入れたいとは思わなかった。

 俺がやりたいのは、自分が「陰キャ」のままで、「陽キャ」に勝つことだった。
 
 人を憎まず、妬まず、謙虚であり愚痴をこぼさない、キラキラキレイなココロを持とうとするのではなく、憎悪と嫉妬の塊で、異常な性欲と性癖を併せ持ち、自己中で甘ったれの、ヘドロそのもののような俺のまま、「陽キャ」のヤツら以上に女を抱き、「陽キャ」以上の幸せを手に入れたかった。

 一人のままじゃ、にっちもさっちもいかなかった。

影沼と出会ったことで、ようやく重い扉をこじ開けることができた。

「よし。出来たぞ」

 出来上がったオムライスをフライパンから皿に移し、デミグラスソースをたっぷりかけて、端っこをスプーンで掬い、口に含んだ。

「うめっ。うめっ、うんめっ。いける。これならいけるぞ」

 口の中でハラリと解けていく卵の中から現れる、辛めのケチャップライス。ソースとの絡みが絶妙で、ふんわり感が最高だった。半年も真剣にやれば、好きで毎日料理していたころの腕を取り戻せると確信した。
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