犯罪者名鑑 畠山鈴香 2


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 離婚

 ニ十歳の夫と、二十一歳で結婚生活を始めた鈴香でしたが、綻びはすぐに見え始めました。

 若い夫婦の生活設計は、最初から破たんしていました。

 夫のKは、二十歳という年齢で、スポーツカーを二台も所有していました。当然、鈴香の父の会社で働く給料だけでローンを工面できるはずもなく、夫婦はサラ金からの借金で首が回らなくなっていきます。

 鈴香も家事が苦手で、とにかく外に着ていく服の洗濯だけは欠かしませんでしたが、掃除や片付けはおろそかになり、部屋の中は、常に足の踏み場もないほど散らかっていたといいます。

 やがて彩香ちゃんが生まれましたが、夫婦に育児能力がないことは明らかで、彩香ちゃんの世話は、主に鈴香の実家で行われていました。とくに夫のKは、最初から蚊帳の外に置かれていたようです。

 完全な自業自得なのですが、自分が除け者にされていると感じたKは、次第に家庭以外に癒しを求めるようになり、浮気をするようになっていきました。これで鈴香も愛想をつかしたのか、二人は結婚してわずか七か月で、離婚を選んでしまいます。

 鈴香は二十一歳という年齢で、シングルマザーとなってしまいました。

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 シングルマザー


 私が世の中でもっとも誤解に晒されている人種のひとつだと思うのが、シングルマザーと呼ばれる女性たちです。

 シングルマザーの人と接した経験は何度かありますが、私が感じた印象は、彼女たちは皆、普通のお母さんと一緒か、それ以上に頑張っているということです。

 シングルマザーは男を見る目がない。結局、彼女たちは、自分の子を不幸にしているのだ、などと非難する人間がいるのも事実です。しかし私は、彼らが言っていることが事実だとしても、それは見る目が悪いからではなく、彼女たちが普通以上に優しい性格だから、何かと問題の多い男を受け入れてしまったのではないか、と考えます。そう思うほど、私が知るシングルマザーたちは、人格的には愛すべき女性ばかりでした。

 鈴香も少々、考えの浅はかなところはあるようですが、根っからの悪人かというと、そうではないように思います。盗癖などもあって、トラブルを起こすことは度々あったようですが、悪意をもって人を陥れるようなことはなく、基本的にはいつも受け身の側でした。卒業文集に寄せたメッセージも、あれほどの悪罵を浴びながら、大変健気なものでした。

 ただ、やはり、もともとエネルギーに乏しい鈴香には、一人の子供を育てていくということは荷が重かったようです。

 鈴香は実家の援助を受け、職場を転々としながら彩香ちゃんとの生活を維持していきますが、段々と鬱症状に悩まされるようになり、精神安定剤に頼るようになっていきました。

 鈴香の勤務先での印象は場所によって様ざまですが、一番長続きしたパチンコ店では、勤務態度は真面目で、キツイ仕事も厭わずやり、別の職場で問題になった盗癖や虚言癖もなく、人間関係も良好だったようです。

 このパチンコ店で、鈴香は7歳年下の男性、Tと付き合っていました。彩香ちゃんの父親であるKと同様、やはり、どこか頼りないところのある若者だったそうです。

 私も実際に、メンヘラ気質のある女性が、なぜか年下の男ばかり選んで、短期間に五人も六人もの男を渡り歩いていた(交際以前にフラれたのが多かったようですが)のを見て、不思議に思ったことがあります。そういう女性は、年上の頼りがいのある男性と付き合った方がいいのではないかと思ったのですが、話を聞いてみると、彼女にも鈴香と同様、父親に絶対的な服従を強制されていた過去があったことがわかりました。

 父親から過度の抑圧を受けてきた女性には、年下の男を引っ張っていくことで、これまで抑えつけられていた自尊心を得たいという願望があるようです。鈴香はTを家に招くこともあり、Tは彩香ちゃんとの仲も良かったようですが、これがマスコミに、「連れ込んでいた男と一緒になるため、邪魔になった彩香ちゃんを殺した」と、希代の悪女のレッテルを貼られることに繋がってしまいます。

 相変わらず片付けは苦手で、食事もインスタントものが多かったそうですが、近所にあった実家の助けも受けながら、鈴香なりに懸命に育児と仕事を両立させ、彩香ちゃんは、なんとか小学校に上がるまで成長できました。

 しかし、その小学校で、彩香ちゃんは、イジメを受けるようになってしまいました。校庭のシーソーに「クソ、バカ、シネ、畠山」などという言葉が書かれてあったのです。

 鈴香は自分がされたイジメを思い出したのか、担任教師に食ってかかり、自分が教室に乗り込んで、直接犯人捜しもやると強く主張しましたが、担任は「イジメの事実は確認できなかった」と主張し、肝心の彩香ちゃん自身も、「べつになにもない」と、自分がイジメにあっていた事実を否認します。

 子供は自分がいじめられていることを親に話したがらないものです。鈴香自身もイジメを受けていたことを考えると、この辺りの地域性の問題で、イジメが伝統のようになっていたのではないかとも疑えるのですが、結局、この件はうやむやになってしまいました。

 こうした現状に疲れたのか、鈴香はあるとき、大量の精神安定剤を飲んで、自殺を図ってしまいました。

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 自殺未遂



 360錠もの精神安定剤を飲んで自殺を図った鈴香。しかし、長年の精神安定剤の常用により、身体に耐性ができていた鈴香は、致死量に当たる量を飲んでも死ぬことはできず、入院もせずに、数日で回復してしまいました。

  鈴香は自殺するに当たり、数少ない友人に、「ありがとう。バイバイ」とメールを送っていました。また、彩香ちゃんには、「10年後の彩香へ」と題し、離婚調停の書類と父親の写真を同封したうえで、「大きくなって会いたくなったら、裁判所を通して会いに行きなさい、途中で挫折するお母さんを許してください」といった内容の遺書を書き残していました。そして、パチンコ店で知り合い、六年間付き合った恋人のTには、「死体を発見させることになって申し訳ない」と書いたメッセージを残していました。

 鈴香なりの、関係者への誠意にも見えますが、どこか身勝手で、少女趣味のようにも見えます。

 私は自殺という手段を選ぶ人を、短絡的で乙女チックな人だと思います。死ぬという手段は大変なように見えますが、実際には、悩みから逃れるうえでは、もっとも安易な手段です。

 私も一時は自殺しかないと思った状態から、四年間も底辺の労働をしながら、報われない作家修行を続けていますが、その感、生きていて良かったと思ったことは、別にありません。妻と出会ったこと、おいしい御飯を食べたこと、素晴らしい景色を見たこと、好きな犬との触れ合い・・それらのことも、生きる上での艱難辛苦と相殺すれば儚い幸せであり、四年前に死んでも別に同じだったかな、と思う程度のことです。

 それでもどうにか生きているのは、死んだところで、何の解決にもならないことがわかっているからです。死ねば苦痛からは逃れられますが、苦痛の根本原因を取り除いて解決するには、生きて、もがき続けるしかない。

 それがわかった上で死ぬというのなら仕方ない、と私は思いますが、果たして鈴香はそこまで考えていたかどうか。

 彩香ちゃん事件から遡ること半年。もうこの時点で、鈴香は自分が何に苦しんでいるかもわからないくらいの、深い靄の中にいたのかもしれません。
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プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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