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犯罪者名鑑 宅間守 6


 ~後編~ 定めの地へ――宅間守、大阪池田小までの”彷徨”


たくまあ



精神病院


 
 父、武士との「決闘」から暫くして、守は自らの意志で、精神病院へと入院しました。当事者の声を聞いていただいた方が状況がわかりやすいと思うので、父、武士のインタビューを掲載します。

「まあ、そんなんしてレイプ犯罪熱中してたとき、たまたま奴は一個だけ引っかかったわけよ。それは不動産賃貸物件の紹介案内をした際にやった事件や。女の客を部屋に上げて犯ってしまうもよし、合鍵ももっとるさかい、契約成立すれば入居してからいつでも犯れるし、趣味と実益を兼ねてヤツにはもってこいの仕事やったんやろね。この件の捜査が始まっとったことを察知したのか、今思えばあれほど入院するの嫌がっとった精神病院に、己から急に飛び込んでいったのはやはりそれやろ。守の犯罪ライフプランによると、キチガイの実績をここんとこでちゃんと積んどけば、後々女の件でも使えるちゅうこっちゃ。ヤツなりに悪知恵働かせたうえでのことやろ。パワーアップや。犯罪者も進化するっちゅうの。昭和五十九年の十二月のことや」

 武士の推察通り、守が自ら精神病院に入ったのは、レイプ犯罪を起こしても、いわゆる「心神喪失状態による無罪」を勝ち取るための実績づくり、また詐病のノウハウ獲得のための「研修」のつもりだったようですが、守の当ては完全に外れてしまいました。軽い研修の気分で入ったはずが、精神病院とは、守が思っていた以上の「地獄」だったのです。以下、当人の言葉をお伝えします。

「あんな鍵かけられて無茶苦茶やられるところやと思わなかった」
「なんかしたら縛られる」
「薬飲むとよだれバーーッと出てくる」
「なんかソワソワソワソワしてイライライライラして」
「早朝覚醒するし」
「小便は出んようになる」
「看護人に、あんなんやったらお前、何年でも入っとけとか言われるし」


 この「地獄」から逃れるため、宅間はとんでもない暴挙に出ます。なんと、精神病院の五階から、地上めがけて決死のダイブを試みたのです。

 幼き日、人前でチンチンを平気で露出し、月光仮面の真似事をして両親をハラハラさせる、「坊ちゃんとクレヨンしんちゃんのハイブリッド」であった守は、大人になって、「クレヨンしんちゃん」の部分がパワーアップされ、ちんちんを露出するだけでなく、そこら中の女に片っ端から突っ込むようになってしまいましたが、「坊ちゃん」の方も大幅パワーアップし、学校の二階から飛び降りた本家を越える、五階から飛び降りてしまったのです。

 どうやら向精神薬の影響もあって、衝動性がますます盛んになってしまったところもあったようです。一体何のための薬なのでしょうか。当然、五階から飛び降りて、タダで済むはずがなく、守は全身を複雑骨折し、一か月半以上の長期入院を余儀なくされてしまいました。また、父、武士の言葉で当時の状況を紹介します。

「そのとき病院見舞いに言ったら、恨めしそうな顔でこっち見とるんよ。下あごが砕けて口も聞けんようになっとったが、なにやらもごもご言っとったよ。わけわからんことをよ」

 守の被害妄想かもしれませんが、どうやら守の母親が、守を精神病院に長期収容し、絶対に外に出さないように働きかけたということがあったそうです。守はそれを酷く恨み、母親に「慰謝料」を払うように求めたそうですが、母親は断固拒否。この直後、守は強姦罪で奈良少年刑務所に収監されることになるのですが、守は刑務所の中からも、母親に対する「請求書」を送り続けていたといいます。

 守はこの飛び降り事件によって、チックの後遺症を負ってしまいました。他にも、手足のしびれなどの症状が、この後も度々あったようです。

 また、確実な話ではありませんが、守はこのとき、脳の前頭葉も損傷してしまった可能性もあります。ドラゴンボールの悟空などは、頭を強く打ち付けたことで穏やかな性格になりましたが、実際にはその逆で、事故で脳の一部を損傷した人は、衝動性を抑えることができなくなり、粗暴になったり、また異常性欲に悩まされたりする場合が多いようです。宅間がもともと持っていた性質が、事故の後遺症により、ますます増幅されてしまった可能性があるということです。


kouつうじこ


 
 武勇伝


 
 二十代の頃のタックマンの武勇伝を纏めて紹介します。

 ・昭和六十年の御巣鷹山飛行機墜落事故の際、遺族とウソをついてバスで事故現場まで行き、一泊した。

「トコトンのことをやっていると思わせたかった。好奇心ゆうか暇つぶしに、ひょっとしたら散らばってる死体みれるかなあと思いたかった」

 後学のため、一度「実物」を見てみたいという気持ちがある人は少なくはないと思います。しかし、大抵は死者を冒涜することの畏れなどが先に立ち、自ら現場に行くということは躊躇われるものです。

 倫理を超越しているというより、私が感じるのは、底なしの「絶望」です。死者に祟られることを恐れるのは、幸福な人生を送っている者、大事にしたい何かがある者だけです。何も失うものがないと思う者には、亡者はまとわりついてきません。宅間の人生には、冥界に引きずりこまれて困るものは、何もなかったのでしょう。自分の命すらも。

 ・昭和六十一年ごろ、奈良刑務所で、「結婚式の引き出物を作る仕事」があった際のこと。

「結婚式の引き出物だい、と帰るヤツがあれば、不快な思いをするやろうと思って(笑いながら)、ケツに指突っ込んで、ウンコ掻き出して、チュッチュッとぬっとった」


 退屈な刑務所暮らしですから、この程度のことは割りと誰でもやるような気もします。自分でその光景が見れるのだったら、私も間違いなくやると思います。手を洗うついでに、ムカつくヤツのお味噌汁に溶かし込んでおくのもいいでしょう。

 ・刑務所出所後、ダンプやトラックの運転手を勤めていたときのこと。

「山奥に産業廃棄物を十トンダンプで運ぶ仕事をしていたときに、下りのカーブでブレーキ踏んだらスピンして、対向の十トントラックにボカーンと当たって、十トンのヤツが何日か後に死んだ。警察には、向こうがセンター割ってきたとウソをついて、不起訴になった」

「トラックを運転中に、首都高速の付近で、乗用車とかぶせあいとなり、割り込んでブレーキを踏むことを十回くらい繰り返しているうちに、相手の乗用車が側壁にぶつかり、運転手が失敗して死んだ。知らん顔して逃げたので事件にはならなかった」


 二件の死亡事故について、宅間は薄ら笑いを浮かべながら語り、

「こんな形で死に損になってるヤツ、なんぼでも世の中におるやろうなあ」

 と、他人事のように言い放ったそうです。

 二件は書類上では事故として処理されているものの、宅間の無茶な運転が原因であったことはおそらく間違いのないところでしょう。そして、日本では年間4000~5000人が、交通事故で命を失っています。

 宅間の言う通り、「こんな形で死に損になっている」人は、世の中には案外、たくさんいるのかもしれません。

うんこ


 
 精神疾患

 二十代のころ現れていた宅間の精神疾患について纏めて紹介します。

 二十代のころから、宅間は被害妄想が激しくなり、人が三、四人集まっているとき、自分の噂話をヒソヒソとしているのではないか、と疑うようになっていました。視線恐怖もあり、「誰かにじーっと見られている気がして」いつも不快で仕方なかったといいます。

 誰しも経験はあると思います。ようは頻度と程度の問題ですが、宅間の場合はしょっちゅうで、思い込みも強く、刑務所でもシャバでも喧嘩騒ぎを起こしていました。

 潔癖症も現れていました。

 宅間は排便について異様なこだわりがあり、自衛隊に入っていたころから、「うんこがついているような気がして」共同便所のサンダルがはけなかったり、手を石鹸で洗わなければ気が済まなくなったりするようになっていました。

 それはまだしも、刑務所を出たころから、「水しぶきがかかるような気がして」うんこを流さなくなったというのはいただけません。手を洗ったあとも、自分がひねった蛇口が、「うんこついてる気がして」もう触れず、水をずっと出しっぱなしにしていたというのも酷い話です。

 電車の座席にも「うんこついてる可能性あるから」座ることができず、自宅の座布団にさえも、「うんこついてるかもしれんから」お気に入りのズボンを脱いでからでないと座れなかったそうです。

 ちょっと前に、自分のうんこを結婚式の引き出物にくっつけたときのお前はどこに行ったという話ですが、二十代のころの宅間にとっては、「うんこ」との戦いがひとつの重大なテーマだったようです。
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偽善の国のアリス 8


 10月に入り、情報クラスが目標としていた、「基本情報技術者試験」が迫ってきました。この時期の私は毎日居残り勉強をしており、努力の甲斐あって、過去問題では大抵合格圏内の点数を取っていました。

 勉強に関しては本当に頑張っていたと思います。そして、周囲から「頑張り屋」という風にも見られていたと思います。ただ居残って黙々と机に向かうだけでなく、先生によく質問をしたり、周りと積極的に教え合ったり、コミュニケーションを取りながら勉強していたので、より一層「頑張ってるなあ」という印象で見てもらえたのでしょう。

 神山も試験前になると残って勉強するようになり、二人で席を並べて勉強するようなこともありました。私の方が学習ではリードしていたので、大抵、私が教えるような形だったと思います。こうしたこともモチベーションとなり、一層勉強には身が入りました。

 しかし・・・努力はむなしく、私は本番で躓き、自己採点の段階では、到底合格圏内に入らない点数が出てしまいました。なんであれ、努力が実らないというのは悔しいものです。このときの絶望は果てしないものがありましたが、このときに神山が、私に励ましのメールを送ってくれたのが、私の支えになりました。神山もどうやら自己採点では合格圏内に達しない点数が出ており、また一緒に頑張ろうというようなことが書いてあったと思います。

 こういうエピソードを思い出してみると、神山も根っから悪い人間ではなかったようにも思います。蛆村にイジメられ、野村軍団に小馬鹿にされて悔しい思いをしていたときに私に話しかけてくれたことといい、神山は当時の私にとっての「救いの女神」でした。

 その女神が、私がもっとも憎む、「男を顔でしか判断しない女」「非モテをコケにする性悪女」であることを認めたくなかった。だからこそ、諦められなかった――ということも、あったのかもしれません。

 結局のところ、神山がとんでもない面食い女だった、フツメン以下のモテない男を見下す女だった、という事実が、私の中で、神山のすべてを否定する材料になってしまっています。神山を「女」として見る私にとっては、神山に「友達として」優しくされるのは、何の価値もないことでした。

 結局あの女は、自分のことをロイヤルプリンセスか何かと勘違いしており、私のようなダサ男に優しくしたのは、プリンセスが「貧しい乞食を哀れに思って」というような、見下した感情から出たものだったのではないのか。だから、乞食が身の程知らずにも恋心など抱けば、優しい仮面を脱ぎ捨てて、「下郎が、分を弁えよ!」などと、厳しい態度で突き放す。そんな風に考えてしまい、優しくされたことすらも、激しい憎しみの対象となってしまうのです。

 そんなわけで、私と神山は、自己採点の段階では、合格はかなり厳しい、落ちている前提で今後のことを考えた方がいいという状況だったのですが、試験から一か月後、公式に試験の結果が発表された際、なんと私と神山は、見事に合格していたことが明らかになりました。どうも、この年の試験は例年に比べて難易度が高く、合格率がかなり低かったようで、調整のため、一部の問題の正答に点数が上乗せされることになり、結果、自己採点より大幅に上回る点数になったようなのです。

 目出度し目出度し、といったところで、これから一層、勉強に就職活動に弾みがつくはずでしたが、このタイミングで、またも暗雲が立ち込めてしまいました。人づてに聞いた話で、自己採点~公式発表の一か月の期間中に、神山が、「イケメンクラスへの移籍」を、先生に対して要望していたことが、耳に入ってきたのです。

 「大河原」のカリキュラムでは、基本情報技術者試験に合格した生徒は、その1ランク上の資格である、「応用情報技術者試験」の授業へと進むことになっていました。応用情報からは、選択式の問題が記述式になり、午前免除などの制度もありません。ここから上は、無勉で受かったという話はほとんど聞きません。現役のIT技術者でも全員が持っているわけではない、運要素も絡む、難易度の高い資格です。

 一方、基本情報技術者試験に落ちた生徒は、もう一度基本情報技術者試験の授業を、最初からやり直すことになっていました。59点で落ちた者であろうが、30点で落ちた者であろうが、みんな一緒に、一から学び直しです。神山は自己採点の段階では、合格点に達しない点数が出ており、通常であれば、基本情報を学ぶクラスに入ることになるはずだったのですが、神山は学校の方針に従わず、応用情報のクラスに行くことを希望し、責任者の先生に「手紙」を送っていたというのです。

 普通なら、学習意欲が高くて結構じゃないかという話だったでしょうが、私にとっての問題は、応用情報のクラスには、ここまで話に出てきた、「石原」「深沢」「中尾」に加え、この後神山とカップル成立することになる男など、「イケメン」が勢ぞろいしていたことでした。私の覚えている限り、基本情報のクラスに、こいつらに太刀打ちできるようなルックスの男はいません。試験の結果で、キレイに、「イケメン」と「ダサ男」が分かれてしまったのです。

 神山が先生に手紙を送った時点ではまだ自己採点の段階で、本決まりではなかったのですが、ほぼ確定である、という前提で、今後のことを考えた方がいいという話は出ていました。このままでは、ダサ男どもに囲まれながら、三か月も四か月も勉強しなくてはならなくなってしまう・・・。なんとか、イケメンのいる環境に移らなくては・・・。そう焦った神山が、自己採点から公式発表のある一か月の期間に、「工作」に動いていたのではないか?という疑惑が、ここで浮上してしまったのです。

 神山が「イケメンクラス」への移籍を希望する手紙を書いた理由として主張していたのは、「もう一度最初から、同じ基本情報技術者試験の勉強を繰り返すのは苦痛である」ということでした。一見、前向きで素晴らしい理由のようにも思えます。しかし、この年の試験は確かに難易度が高かったとはいえ、試験に落ちたということは、理解や能力が足りていなかったということなのですから、本当に試験に合格したいのなら、もう一度最初から、基本情報技術者の勉強をし直した方がいいはずです。

 それでも、「今回は運と巡り合わせが悪くてたまたま落ちただけ!私は実力十分!上のクラスでやる!」というのなら、それもいいでしょう。が、私の知る限り、神山は多少居残り勉強などはしていましたが、飛びぬけて学習に意欲を見せていた生徒ではありませんでしたし、負けず嫌いでファイトのある女でもありませんでした(闘志を表に出さないタイプだったのかもしれませんが)。

 私が神山の性格で確実にわかっているのは、男を顔でしか判断しないこと、イケメンのチンコをしゃぶることだけには、ファイトを見せていたことです。その事実を考えると、どうしても、神山は「イケメンのいる環境にスルッと潜り込むために」、わざわざ手紙などを送ったのではないか・・・という、邪推をせざるをえません。あまり憶測でものを言うのはよくないとわかりつつも、どうしても疑念がぬぐえないのです。

 嫉妬心と猜疑心。私は中学生ごろから、この二つの感情のコントロールに、大変悩まされていました。

 嫉妬心はうまく利用すれば努力するためのモチベーションになりますし、猜疑心がなさすぎる人は、悪いヤツにすぐ騙されます。なさすぎるのもまずい二つの感情ですが、これがあり過ぎると、社会に適応できない原因になります。勉強にしても交友関係にしても、私はこの二つの感情のせいで、大事なものを数えきれないほど失ってきました。

 神山が「イケメンを漁るために」クラス移籍を申し出た疑惑のあったこのときも、私は猛烈な嫉妬心に苛まれていました。あのとき、一緒に頑張ろうと言ってくれたのはなんだったのか?冬休みも近づいてきており、「性夜」クリスマスに、神山がイケメンのちんぽをしゃぶる妄想が、毎日止まりませんでした。

 なんとしても、二学期が続いている間に、神山をモノにしなければならない――焦燥にかられた私は、まだ時期尚早の感があったにもかかわらず、このタイミングで、神山に自分の想いを、はっきりと打ち明けることを決断しました。そこで、2学期終了もあと数日となった12月のある日、

「明日の放課後、ちょっと残ってくれないか」

 というメールを送ったのですが、神山から帰ってきた返事は

「怖いからヤダー」

 というものでした。

 言うまでもなく、これは私の用件が何なのか、わかった上での返事です。神山の返事は、私にとって、到底納得できるものではありませんでした。振られるのは仕方ないにしても、話すら聞いてもらえないとは・・・。私はすぐには食い下がることなく、神山とのメールを続けました。私は神山に、

「怖いというのは、男と二人きりになるのが怖いということ?僕という人間が怖いということ?」

 という質問をしました。

 この時点での私は、神山の地味な見た目から、神山はまだ男経験のない処女なのではないか、という期待?を抱いていました。これは私だけではなく、クラスメイトのほぼ全員がそうだったと思います。

 私が神山に抗議したい点の一つが、この「見た目詐欺」です。みなさんが、まだ初心な二十代前半という年齢のときに、目が細くて色が白い平安貴族のような地味顔におかっぱ頭で、紺のワンピースなどの、地味で肌の露出を避ける服を好む、「野口」な見た目の女を見たとき、その女が男を顔でしか判断しない、とんでもないミーハーの面食い女だと思うでしょうか?普通なら、自分に自信がなく、恋愛経験も少ない、消極的な女ではないかと思うのではないでしょうか。実際、クラスの連中は、最初はみんなそう思っていました。

 イケメンのちんぽをしゃぶることしか頭にない淫乱女なら、そのことを、もっとわかりやすく表現しておけよということです。いかにも自分が控えめだというような装いをしておいて、後から「男はただのアクセサリー。顔が良くない男はゴミ。友達に自慢できるかどうかだけがすべて」というのは、ちょっと酷いのではないか、という気がします。
 
 ファッションなどは人それぞれ好みもあり、神山の地味な装いがすべて「ビッチ隠し」のためだったとは思いませんが、もし、神山が最初から男を顔でしか判断しないことを公言し、見た目も派手めに装っていれば、私も「コイツやばい」と感じて、好意など抱かなかったと思うと、どうしてもヤツに文句を言いたくなってしまいます。

 しかし、このときの私は、神山の「処女ぽさ」を、自分の逃げ道として使おうとしていました。すなわち、自分が怖いと言われたのは、私という人間が怖いのではなく、男と二人きりになるのが怖いのだ・・・ということなのだと、信じたかったのです。それを確かめようと、神山にメールを送ったのですが、神山から返ってきた答えは、

「怖いのは津島くんだよ」

 というものでした。

 言葉通りに受け取るつもりは、今も、当時の私にもありませんでした。神山が本当に私に恐怖を感じているのなら、それをわざわざ本人に言って、相手を刺激したりなどないはずです。これはただ単に、私をおちょくって愉しんでいるだけです。

 なぜ、こんなことになるのか?シカト、メール転送事件から、また再び仲良くなってくれたのは、いったい何だったのか?やはり神山は、私を「哀れな乞食」として慈悲をかけていただけだったのか?

 耐えられなくなった私は、ここで、

「僕は君が好きなんだ。それを直接伝えたかっただけなのに、なんでそんなこと言うの?」

 と、ストレートに打ち明けてしまいました。ここまで言えば、さすがに神山の心にも何か響くものはあると思ったのですが、フツメン以下の男は「哀れな乞食」としか思っていない神山は、そんなタマではありません。私のメールを見て神山が送ってきたのは、

「○○(イケメン俳優の名前を3,4人挙げて)とかだったら結婚するよー」

 というものでした。私の告白を真剣に聞く気など、かけらもないのです。

 なぜ、ここまでコケにされなくてはならないのか?イケメンでない男は、異性を真剣に想う権利もないとでもいうのか?

 美人の女に言われるのなら、まだわかります。別に美人の女が偉いからというわけではなく、「言葉も通じない野蛮な池面族」には、何を言っても無駄だからです。そんな言葉も文化も違う池面族にバカにされ、コケにされるなら、「他部族なんかに恋をした自分が悪い」と、自分の非を認めることができます。

 しかし、同じ普面族の神山から、なぜここまで屈辱的な扱いを受けなくてはならないのか?なぜ神山は、同じ普面族の仲間を、ここまでメタ糞にするのか?自分を虐げてきた池面族に、なぜ尻尾を振ろうとするのか?

 私にとって、コンプレックスというのは、非常に大事な要素です。コンプレックスのない人とは、絶対に友人にはなれません。私が美人を追い求めないというのもそういうことです。何もかもに恵まれ、踏みつけられる人間の気持ちなどまったく知ることもなく生きてきた美人とは、どんなに趣味や会話が合ったとしても、最後の最後のところで、絶対に分かり合えないからです。

 では、イケメン好きの神山にはコンプレックスはなかったのかといえば、私はそうではないと思っています。むしろ神山は、私と同等か、それ以上のコンプレックスの持ち主だったと思います。

 私と神山の違いは、コンプレックスというものを、否定するかしないかの違いでした。

 私はコンプレックスというものを、ある意味肯定的にとらえており、「コンプレックスを抱えた者同士、共感し、仲良くやっていければいいのではないか」という風に考えます。コンプレックスのまったくない人間の方が異常なのであり、そんな弱い人間の気持ちがわからない、野蛮な人間よりも、ある意味俺たちの方が上等なのだ、という考え方です。

 一方、神山はコンプレックスを全否定しており、コンプレックスを抱えている自分を、心底恥ずかしいと思い込んでいる。自分と同じ、コンプレックスの塊である私のような男と付き合うことは、「傷のなめ合い」にしか見えず、到底受け入れられるものではない。だから、コンプレックスのないイケメンや美人に異常なまでに媚び、コンプレックスを抱えた私をメタクソに踏みにじることで、自分を必死に、生まれつきコンプレックスとは無縁の、イケメンや美人の側に置こうとする。

 神山が私に対して見せる攻撃性こそが、私は神山が、私と同等かそれ以上に、コンプレックスの塊のような人間であった証拠と考えています。

 しかし、当時の私は、まだ神山を、「弱い者の痛みがわかる、上等な人間」と信じていた時期です。ムキになった私は、神山に執拗に食い下がりました。メール越しに憤懣を露わにする私を、神山はさらに、

「誘拐されるー」

 などと挑発します。

 ここで私はキレてしまいました。

「神山は性格が悪い」

 という内容のメールを、送ってしまったのです。

 神山が、悪魔の顔でほくそ笑みました。もちろんメール越しには神山の顔は見えませんが、これは憶測ではなく、確信です。

  

なりすまし警報発令


 最近荒らしが手法を変えてきて、名無しでの誹謗中傷ではなく、私の名を騙って、読者さんに失礼な返信をすることにより、読者を減らそうとしているようです。

 荒らしは非常に頭が悪いため、文章を読めばすぐになりすましだと気づくと思いますが、万が一、私から違和感のある内容の返信がきたとしても、冷静にやり過ごしていただければ、と思います。

 また、今後蛆虫が皆さまの名を騙ってコメントしてくることも考えられますので、もし、「なりすまされた」ときは、こちらの記事の方にコメントをいただいて、私に知らせていただければ、と思います。本人かなりすましかはホストを見ればすぐわかりますので、なりすましを確認次第、なりすましのコメントは削除します。

 よろしくお願いいたします。

犯罪者名鑑 酒鬼薔薇聖斗 6


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 連続通り魔事件


 1997年2月10日、酒鬼薔薇は、神戸市須磨区の路上にて、二人の女の子を、ショックレス・ハンマーによって殴打する事件を起こしました。一人は頭蓋骨陥没の重症。事件はこの時点では非公開捜査とされていました。

 一か月後の3月16日、酒鬼薔薇は、神戸市須磨区の竜が台公園にて遊んでいた、山下彩花ちゃんに近づき、「どこか手を洗えるところは知りませんか?」と声をかけました。そうして近くの小学校まで案内させたあと、「お礼を言いたいので、こっちを向いてください」と言い、振り返った彩花ちゃんを、八角げんのうで殴打しました。その直後、付近にいた別の小学三年生の女児を小刀で刺傷。胃袋を貫通させる大けがを負わせました。二人はすぐに病院に運び込まれ、刃物で刺された女児は2週間後に退院しましたが、彩花ちゃんは、数日後に息を引き取りました。

 それぞれの犯行に使われた凶器が違ったのは、酒鬼薔薇が、人がどのようにすれば壊れるのか、「実験」を行う目的のためでした。

 以下、事件の詳細も兼ねて、酒鬼薔薇がこの時期ノートに記していた、「神」への手紙を紹介します。

・愛する「バモイドオキ神」様へ H9.3.16 (中2)
 
 今日人間の「こわれやすさ」をたしかめるための「聖なる実験」を行いました。その記念としてこの日記をつけることを決めたのです。実験の内容は、まず公園に一人であそんでいた女の子に話しかけ、「ここらへんに手を洗う場所はありませんか?」と聞き、「学校にならありますよ」と答えたので案内してもらうことになりました。2人で歩いている時、ぼくはあらかじめ用意していたハンマーかナイフかどちらで実験を行うか迷っていました、最終的にはハンマーでやることに決め、ナイフはこの次にためそうと思ったのです。しばらく歩くと、ぼくは「お礼を言いたいのでこちらを向いて下さい」と言いました。そして女の子がこちらを向いたしゅん間、ぼくはハンマーを取り出し、女の子は悲鳴をあげました。女の子の頭めがけて力いっぱいハンマーをふりおろし、ゴキッという音が聞こえました。2、3回なぐったと思いますが、こうふんしていてよくおぼえていません。そのまま、階だんの下に止めておいた自転車に乗り、走り出しました。走っていると中、またまた小さな男の子を見つけ、あとをつけましたが団地の中に入りこみ、見失ってしまいました。仕方なくもと来た道を自転車で進んでいると中、またまたまた女の子が道を歩いているのが見えました。その女の子が歩いている道の少し後ろの方に自転車を止め、公園を通って先回りし、道から歩いてくる女の子を通りすがりに今度はナイフをつかってさしました。まるでねん土のようにズボズボっとナイフがめりこんでいきました。女の子をさした後にその後ろの方に止めておいた自転車に乗り、家に向かって走り出しました。家に帰りつくと、急きゅう車やパトカーのサイレンの音がなりひびき、とてもうるさかったです。ひどくつかれていたようなので、そのまま夜までねむりました。今回の「聖なる実験」がうまくいったことを、バモイドオキ神さまに感しゃします。 
  
          
・愛する「バモイドオキ神」様へ  H9.3.17 (中2)                                           
 今日の朝新聞を読むと、昨日の「聖なる実験」の事がのっていたのでおどろきました。内容を読んでみると、どうやらあの2人の女の子は死んでいなかったようです。ハンマーでなぐった女の子の方は、意識不明の重態で入院し、ナイフでさした方の女の子は軽いケガですんだそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなかったけど、今回の実験で意外とがんじょうだということを知りました。
・愛する「バモイドオキ神」様へ  H9.3.23 (中2)   
  
 今日の朝目が覚め、階段をおりて下に行くと、母が「かわいそうに、通り魔におそわれた子が亡くなったそうよ」と言いました。新聞を読んでみると、死因は頭部の強打による頭蓋骨の陥没だったそうです。頭をハンマーでなぐった方は死に、お中をさした方は順調に回復していったそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなってきました。容疑も傷害から殺人と殺人未遂に変わりましたが、以前として捕まる気配はありません。目撃された不審人物もぼくとはかけはなれています。これというのも全てバモイドオキ神様のおかげです。これからもどうかぼくをお守り下さい。

・愛する「バモイドオキ神」様へ  H9.5.8 (中3)

 バモイドオキ神様、ぼくは今現在14歳です。もうそろそろ聖名をいただくための聖なる儀式、「アングリ」を行う決意をせねばなりません。ぼくなりに「アングリ」についてよく考えてみました。その結果、「アングリ」を遂行する第一段階として、学校を休む事を決めました。いきなり休んではあやしまれるので、まず自分なりに筋書を考えてみました。その筋書きとはこうです


 バモイドオキとは、「バイオもどき」のアナグラムで、おそらくは「生物っぽいけど生物ではない」異形の怪物である(と思い込んでいる)酒鬼薔薇自身が、名前の由来ではないかと思います。この時期酒鬼薔薇が書いた文章としてもう一つ有名な「懲役13年」も、同時に紹介します。


・「懲役13年 」  97.4?(中3)                                                                
1.いつの世も・・・、同じ事の繰り返しである。
  止めようのないものはとめられぬし、殺せようのないものは殺せない。
  時にはそれが、自分の中に住んでいることもある・・・
  「魔物」である。
  仮定された「脳内宇宙」の理想郷で、無限に暗くそして深い防臭漂う心の独房の中
  死霊の如く立ちつくし、虚空を見つめる魔物の目にはいったい、“何”が見えているのであろう
  か。
  俺には、おおよそ予測することすらままならない。
  「理解」に苦しまざるをえないのである。

2.魔物は、俺の心の中から、外部からの攻撃を訴え、危機感を煽り、あたかも熟練された人
  形師が、音楽に合わせて人形に踊りをさせているかのように俺を操る。
  それには、かつて自分だったモノの鬼神のごとき「絶対零度の狂気」を感じさせるのである。
  とうてい、反論こそすれ抵抗などできようはずもない。
  こうして俺は追いつめられてゆく。「自分の中」に・・・
  しかし、敗北するわけではない。
  行き詰まりの打開は方策ではなく、心の改革が根本である。
3.大多数の人たちは魔物を、心の中と同じように外見も怪物的だと思いがちであるが、事実は
  全くそれに反している。
  通常、現実の魔物は、本当に普通な“彼”の兄弟や両親たち以上に普通に見えるし、実際、そ
  のように振る舞う。
  彼は、徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう・・・
  ちょうど、蝋で作ったバラのつぼみや、プラスチックで出来た桃の方が、実物は不完全な形で
  あったのに、俺たちの目にはより完璧に見え、バラのつぼみや挑はこういう風でなければなら
  ないと俺たちが思いこんでしまうように。
4.今まで生きてきた中で、“敵”とはほぼ当たり前の存在のように思える。
  良き敵、悪い敵、愉快な敵、不愉快な敵、破滅させられそうになった敵。
  しかし最近、このような敵はどれもとるに足りぬちっぽけな存在であることに気づいた。
  そして一つの「答え」が俺の脳裏を駆けめぐった。
  「人生において、最大の敵とは、自分自身なのである。」
5.魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばなら
  ない。
  深淵をのぞき込むとき、その深淵もこちらを見つめているのである。
    「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと
              俺は真っ直ぐな道を見失い、
                          暗い森に迷い込んでいた。」

 こうした文章を書き残した理由として、酒鬼薔薇本人が述べているのは、「自分の中に潜む止みがたい殺人衝動と、僕なりに葛藤していた」ということです。

 酒鬼薔薇は事件後、自分のやったことが怖くなり、毎日を不安の中で過ごしていました。自分は異常な行動をしたはずなのに、日常は何も変わらない。その強烈な違和感は吐き気を催すほどで、今、自分が見ているのは夢なのではないか、と思いたくなるほど、危うい精神のバランスの中にいたといいます。

 ギリギリの状態から何とか助け出してほしくて、「神様」に縋ろうとした。また、自分の中に潜む魔物と、必死に戦おうとしていた。そんな気持ちから、この二つの文章は書かれたようです。


ばもいどおき


 人間らしさ

 酒鬼薔薇が通り魔事件を起こした際に感じていた恐怖は、いかにも、人間的な感情のように思えます。気の小さい、普通の少年のように思えます。人の命を奪う大罪を起こした時点で、何を言っても擁護する理由にはならないのは事実ですが、こうした酒鬼薔薇の人間らしい心について、「同情して欲しいから言っているだけである」「欺瞞」と決めつける意見には、私は首を縦には振れません。

 前々回の記事で、読者さんから、「絶歌」の内容について、酒鬼薔薇が自分の罪について正当化している、同情を買おうとしているのではないかというご意見をいただきました。私はそのご意見を否定させていただいたのですが、見返すと、意見を否定した理由をちゃんと語っておらず、コメント返信として失礼な対応に当たると思ったため、このタイミングで、私が「絶歌」において、酒鬼薔薇に「正当化」「同情を買う」目的はないと考える根拠について語ろうと思います。

 まず、酒鬼薔薇が手記を書く・・・それはいいにしても、印税を遺族の元に送るというのではなく、自分自身の懐に入れているなどと世間が知った時点で、もう大バッシングの荒らしであることは、酒鬼薔薇自身、よくわかっていたと思います。また、絶歌の中には、淳くんや猫を殺害するシーンを、小説的な表現を交えて書いた記述などもあり、これもまた世間の批判を浴びるであろうことは、あれだけの文章を書ける知能のある酒鬼薔薇なら、ちゃんとわかっていたと思います。

 酒鬼薔薇が最初に出版社に持ってきた原稿は、「絶歌」以上に過激な内容であったといいます。「これはあんまりだ」と編集者に直しを要求された結果、酒鬼薔薇が渋々直して出版にこぎ着けた原稿が、「絶歌」の内容でした。

 酒鬼薔薇は、世間から批判されることを屁とも思っていない。むしろ炎上して話題になればなるほどいいと思っている。逆に考えると、酒鬼薔薇の「セールスポイント」であるヒール性が薄まってしまう、人間らしい罪悪感や、人を思いやる感情をわざわざ描いた記述は、かなりの程度、酒鬼薔薇の「本心」であると、信用していいと思うのです。

 「俺のことをいくら悪いと思ってくれてもいいし、むしろ世間が悪いと思ってくれればくれるほど金になっていいが、これだけは本当のことだから書いておくぜ」

 ということです。


sssばもいどおき


 
 ダフネ君


 酒鬼薔薇は四件の通り魔事件後、当時の親友であり、「懲役13年」のワープロ清書を依頼した、「ダフネくん」という友達に暴力をふるう事件を起こしていました。酒鬼薔薇は「懲役13年」の清書を依頼するにあたり、自分の昏い衝動や、実際に猫殺しをして愉しんでいるということをダフネくんに告白していたのですが、ダフネくんは、それを面白がって、ほかの友達に言いふらしてしまったようなのです。

 こう書くと、ダフネくんを信じて相談をした酒鬼薔薇を、ダフネくんが裏切ったことで、酒鬼薔薇が激怒したのかと思うでしょうが、実際には、酒鬼薔薇はただ単に、ダフネくんを殴りたかったから殴っただけだ、ということを書いています。酒鬼薔薇がダフネくんに振るった暴力は尋常ではなく、前歯を折り、最後には刃物すらちらつかせる場面もあったそうです。不良同士の喧嘩ならまだしも、無抵抗の相手にここまでやってしまうのは尋常ではなく、事件のあらましを聞いた先生も驚いていたそうです。 酒鬼薔薇とお母さんは、ダフネくんに謝罪しましたが、ダフネくんはこの事件で心に大きな傷を負い、すぐさま転校してしまいました。

 酒鬼薔薇はダフネくんを殴った理由について、「僕が身体障碍者をイジメているというウソを、ダフネが言いふらしたから」と、ウソをついていました。共感性の薄さと虚言癖。「絶歌」において、前述の通り魔事件の被害者についてはあまり多くの筆を割いていない酒鬼薔薇が、友達のダフネくんを殴ったことについては何ページもの筆を費やし、自分が情勢欠如の、異常な欠陥人間であったことを悔やむ記述を残しています。

 私も子供のころは喧嘩っ早い方であり、実の弟にほとんどイジメというような酷い暴力をふるったこともあったので、子供の頃の暴力については、酒鬼薔薇にあまり偉そうなことはいえません。ただ、現在は弟とも和解し、曲がりなりにも一人の社会人としてまっとうに暮らしている身から言わせてもらえば、「一線」さえ越えなければ、人間何とかやっていけるものです。

 友達を傷つけたことを反省するのは結構なことだと思いますが、それよりもっと重い罪、殺人についての記述を端折ったり、小説的な表現で書いたりするというのは、一体どうなのかとは思います。

 ダフネくんが転校してから10日後、酒鬼薔薇は、幼馴染の淳くんの命を奪ってしまいました。


さけおにああ


 
 淳くん殺害事件



 1997年5月24日、酒鬼薔薇は、道を歩いている途中に偶然出会った淳くんを「亀を見に行こう」といって、近所のタンク山に連れて行き、首を絞めて殺害しました。前回の殺害方法と違う方法をとったのは、やはり殺人は酒鬼薔薇にとっての「実験」だったからでしょう。

 「絶歌」における、淳くんをタンク山で殺害する場面の記述は驚くほどに少量に留められています。彩花ちゃん殺害に関する記述が少ないことも述べましたが、酒鬼薔薇の「絶歌」を読むと、ネットや他の書籍などで十分に紹介されている部分についてはできる限り簡素な記述にとどめ、まだ世間に知られていない部分に多くの筆を使っていることがわかります。

 酒鬼薔薇は、世間に発表されている酒鬼薔薇関連の情報に、よく目を通しているということでしょう。酒鬼薔薇を扱った文献の中には、酒鬼薔薇や彼の家族を強烈に批判したものも少なくありませんが、酒鬼薔薇は、いったいどういう気持ちでそれらの資料を読んだのでしょうか。自分に対してマイナスのことが書かれたものについては目を背けようとするのが普通の心理だと思いますが、この部分がやはり、酒鬼薔薇が常人とは違う「マゾヒズム」の信奉者であったところなのでしょうか。

 淳くんの遺体をタンク山内のアンテナ施設に隠した酒鬼薔薇は、夕方、友人と遊んだ後に帰宅。淳くんがいなくなったことを報告したお母さんに、「ふうん」と気のない返事をしたといいます。

 翌日、酒鬼薔薇は再びタンク山に登り、アンテナ施設の中に放置されていた淳くんの遺体から、頭部を切断しました。酒鬼薔薇は射精していたといいます。酒鬼薔薇は、切断した頭部をビニール袋に入れて、一旦、近所の「入角の池」にある「生命の樹」の洞の中に移動させて保管。その晩は再び家に帰り、翌日、さらに頭部を、自宅の屋根裏に移しました。ついに淳くんの頭部を家にまで持ち帰った酒鬼薔薇は、心ゆくまでマスターベーションに耽ったようです。

 ちなみに、このころ酒鬼薔薇は完全に不登校になっており、学校にはまったく通わず、ときどきお母さんと一緒に、児童相談所に通う程度でしか、社会と繋がっていませんでした。不登校になってしまったこと自体は酒鬼薔薇だけの責任ではありませんが、酒鬼薔薇が膨大な「時間」を手にしていなければこのような悲劇も起きなかったかもしれないと思うと、遺族はやりきれないところでしょう。

 そしてその晩、酒鬼薔薇は、有名な犯行声明文とともに、淳くんの頭部を、自らの通う中学校の正門前に置きました。酒鬼薔薇本人が、「僕が起こした事件が、人々に異常極まりない印象を与えた原因」であると語る残虐な愉快犯的行為により、酒鬼薔薇聖斗の名前は、瞬く間にして日本全国の人が知るところとなったのです。

 その数日後、酒鬼薔薇は、ニュースで酒鬼薔薇の名を「さけおにばら」などと読み間違えたキャスターを非難する声明を新たに発表。世間を挑発し続けますが、事件から約一か月後の6月28日、とうとう逮捕され、惨劇に「一応の」幕が引かれることになりました。

偽善の国のアリス 7

 
 野口ブスの神山が、ジャニーズにいてもおかしくない深沢に、マン汁を垂れ流しながら話しかけていく光景には、私は強烈な嫉妬と不快感を感じていましたが、割と短期間で、このマン汁アタックは終了しました。随分後(2年生の後半くらい)になって鍋島から聞いた話では、「何回か話してみて、あの人おかしいと思ったからやめた」とか言っていたようですが(フィーリングが合ったのはどこいった?)、まあ、おそらくは負け惜しみで、実際は自分が女として見られていないことに気が付き、深手を負わないうちに撤退したのでしょう。人づてに聞いた話でしかないので、詳しいことはわかりませんが。

 かわりに神山に突撃するようになったのは、「岡田(23)」という男でした。この話は一応、私が悲劇のヒーローっぽい立場で書いていますが、この岡田に比べたら私はまだマシな方で、私は少なくとも男友達は沢山おり、神山からも「友達」とみられていた時期はあったようですが、岡田は神山からはほとんどゴミとしか見られておらず(話しかけようとしたとき顔を顰めて移動される。名前すら憶えてもらえない)、男からもバカにされ、軽んじられていました。

 私より悲惨な男のことをあんまり詳しく書くのも気が引けますが、岡田は締まりのない下膨れの顔をしており、お腹がぽっちゃりして、いかにも不摂生しているような見た目をしていました。トークにも捻りがまったくなく、私はコイツの言ったことで笑ったことが一度もありませんし、他の人が笑っているのも見たことはありませんでした。
 
 私は神山を、「健康で文化的な最低限度の」女だと思います。便宜上ブスに括ることもありますが、完全に致命的なブスとは思いません。最低限度の女ですから、まあ、最低限度の努力すらしていない男くらいは振る権利はあると思います。顔やトークは仕方ないにしても、さすがに腹ぐらいは引っ込めた方がいいでしょう。とはいえ、それを差し引いても、神山の岡田への態度は酷いものでした。

 岡田に神山を恨む権利があったかどうかは微妙なところですが、まあ、岡田が神山に復讐をするというのなら応援しようと思います。

 ここまで書いて、「神山モテるんじゃね?」と思った方もいるでしょう。実際に、岡田と私が、神山に求愛したのは事実です。もう一人、最終的に神山とカップル成立する男がおり、それにはどっちから求愛をしたのかは詳しくわかりませんが、まあ相思相愛の仲になったわけですから、神山はモテていたとはいえると思います。

 神山の顔面は、紛れもなく以前UPした画像と同じレベルです。本人ではなく、あくまでなんとなく似た人物の画像でしかありませんが、大きな誤差はないことだけは自信を持っていえます。

 みなさんから届いた評価は、例の表で4~6・・・。お世辞にも、美人とはいえない。ただ、「オタサーの姫」「理研の花」というふうに、環境次第ではモテる可能性はあるというレベルではある。くらいの感じに思ってもらえたと思います。

 神山が二年間で3人の男から好きになられるほどモテていた理由として一番大きいのは、やはり、男が20人に女が4人というクラスの男女比だったでしょう。二十代にもなれば、学校や会社以外で異性と出会う機会もあり、数が少ないことが必ずしもモテにつながるとは限りませんが、重要な要素には変わりないはずです。この後クラス替えが一応あったのですが、男女比は最後まで変わりませんでした。

 また、これは確証を持って言えることではありませんが、本人が「フェロモン」を出していたのも理由だったのではないか、と思います。

 どんな美人だろうと、独身だろうとフリーだろうと、「私は彼氏なんていりませーん」と、毅然とした態度でいる女には、言い寄ってくる男はあまりいないものです。逆に、耐えずマンコから汁を流して、「どっかに男いねがー」という目で男を見ている女のところには、ルックスがイマイチだろうが、既婚者だろうが彼氏持ちだろうが、「こいつはヤレる」と思った男が多数言い寄ってくる・・・。そういう例を、見たことがある人はいると思います。

 神山はこの時期、二歳下の深沢に邪な感情を抱いて、マン汁を垂らしながら近寄っていたことが、本人の口から明らかになっています。すなわち、「マンコパカパカ、フェロモンむんむん」状態だったのです。

 神山は私や岡田のようなフツメンかそれ以下の非モテに迫られて「迷惑だ」と思っていたのか知りませんが、自分がフェロモンを振りまいておいて、寄ってきた男が御眼鏡に叶わないからといって邪険にするというのは、いったいどういう了見なのでしょうか。婚活サイトでやるんだったらともかく、現実世界でそんなことをやっていれば、私じゃなくても、いつかは「ジョーカー」を引くとは思わなかったのでしょうか?

 とはいえ、まあ、フェロモンという概念自体不確かなものではあるので、あまり強くは主張しませんが・・・。

 それと、一応、神山自身の内面的魅力(反吐が出ますが)ということも書いておきます。神山という女、ありふれた言葉で言えば「不思議っ子(反吐が出ますが)」「天然(反吐が出ますが)」キャラを確立しており、クラスメイトの写真を撮影して面白おかしく加工してみせたり、恍けた行動をとったり(イマイチ具体的なエピソードが思い出せないのですが、漫画でよくある、居眠りをしてむにゃむにゃ寝言を言うシーンみたいな、そんなことです)と、20代の女には相応しくないような、子供じみたところがありました。

 前回前々回と、神山の行為を、なぜ他の連中は疑問に思わなかったのか?というコメントを多数頂きましたが、結局この「不思議っこ」キャラというのが、神山の悪意を、かなり薄めて見せる作用があったのだと思います。あの女なら突拍子もないことを言いだしてもおかしくないし、きっと悪意はないんだろうな・・・と、みんなに何となく思わせる雰囲気というのを、確かにアイツは持っていました。私自身、ヤツのその「不思議っこ」「天然」を、自分が無視されたことの逃げ道にしていた部分もありました。

 ヤツの「不思議っこ」「天然」が、100%、自分の正体を周囲に悟らせないようにするための「擬態」であったとはいいません。そっちもまた、神山の素顔だったのでしょう。しかし、結果的にそれが、神山のもう一つの素顔、「色欲に塗れた、ただの面食い婆。歪んだプライドの持ち主で、自分のストレス発散のために他人のプライドを踏みにじってもなんとも思わない糞女」を覆い隠す効果を生み出していたことも、間違いないと言えます。

 一概に「不思議っこ」「天然」が良いともいえないでしょうが、まあ、あの集団に属していた連中からは、ヤツのそういう部分が好意的に受け入れられていたことは、事実ですから記しておきます。

 内面的魅力・・・などと書くと、「やっぱり神山は自分を磨く努力をしている子じゃないか。頑張り屋の素晴らしい子じゃないか。何の努力もしないでいじけているお前なんかとは釣り合わないんだ」と思われる方が出てきてしまうかもしれませんが、それはちょっと釈然としません。自分で言うのも気が引けますが、人に好かれてるから神山が素晴らしいというのであれば、この時期の私は、間違いなく神山よりも、クラスの連中の心を掴んでいたからです。

 私の28年の人生を振り返って思うのは、所属する先々の集団において、全部とはいいませんが、一時期はかなり好かれていたという時期が必ずあったということです。私の場合、好かれる属性と同じくらい嫌われる属性も持っているため、最終的には誰も友達がいなくなるというのがいつものパターンなのですが、それでも一時期は必ず、平均以上に交友関係に恵まれていたという時期があったのは確かです。

 己惚れているわけではありませんが、面白いことはまあまあ言えるほうだと思います。ときに「いじられキャラ」を演じることも、別に苦にはなりません。面倒見がいいわけではありませんが、受けた恩は返そうとする方です。今はそうでもありませんが、当時は仲の良い者同士でにぎにぎわいわいやるのは好きな方でした。自分に合う、合わないというのを吟味する性格も持ち合わせていないため、年上だろうが下だろうが、明るかろうが暗かろうが、誰とでも同じように仲良くすることができます。

 この時期、クラスメイトの8割くらいが、「友人」といえたと思います。だから偉いとかいうわけではありませんが、間違いなく好かれてはいたと思います。神山が「内面を磨く努力」をしていたから偉いというのなら、私も間違いなく努力をしており、この時点では神山以上に結果を出していたはずです。にもかかわらず、神山は「男を顔でしか判断しなかった」。

 私は別に、自分が内面を磨く努力とかしていたとは思っていません。みんなに好かれる私も、みんなに嫌われるた私も、ただただ私の「素」だと思っています。ただ、神山が「性格とかいくら良くても糞。男は顔がすべて。友達に自慢できるかどうかだけがすべて」と言うのなら、私も神山の「内面を磨く努力」など一切尊重する気はない・・・という話です。

 私の友人が日増しに増えていく状況を見て取ったからか、それとも、「案外、面白いヤツじゃん」と思ったのか知りませんが、ゴミ糞のような野村、金澤、福山、中尾の四人も、次第に私をバカにするのをやめ、仲良くするようになってきました。四人の中でリーダー格は最年長の野村でしたが、野村が率先して私に親しく語り掛けて仲良くなり、残り三人との間を取り持つような感じでした。

 私もそこまで器の小さな人間ではありません。親を殺されたというならともかく、ちょっと小馬鹿にしていたくらいで、自分と仲良くなろうとしてくれる人間を拒絶したりはしません。いつの間にか、過去のわだかまりなどまったくなかったかのように、私と野村軍団も親しくなっていました。

 これを見て、神山も、「これ以上コイツをシカトするのは、私の悪口をみんなに言われそうで得策ではない」と判断したのか。それとも、私が神山に話しかけなくなったことで、「ダサ男が、ようやく分を弁えたようね」とでも思ったのか。はたまた、普通に私に、「友達としての魅力」を感じたのか。あるいはその全部だったのか。私が何か働きかけたわけではなく、神山の方から、私に話しかけるようになってきました。神山との仲は、完全に修復されたのです。

 私が「リア充」の仲間入りをする追い風のように、この時期、学校行事として、N県への研修旅行というものがありました。研修といっても、学習塾の勉強合宿のように、向こうで机と椅子を並べて資格の勉強をやっていたわけではなく、ただただレクリエーションと自由時間、おいしいご飯の繰り返しでした。

 単なる遊び目的に高い参加費を払うのかと思う親がいるのか知りませんが、私は自分が楽しかったからというだけではなく、これは非常にいい取り組みではなかったかと思います。社員旅行なんかもそうだと思いますが、同じ目標に向かう仲間と、一つ屋根の下で同じ飯を食い、寝泊りするというのは、集団に強い連帯感、団結心を産み、仕事や学習の効果を増幅させるものです。勉強を中断してでもやる価値があるかといえば、私はあったと思います。勉強、就職一辺倒ではなく、こういう活動の機会を設けてくれるというのは、非常によかったのではないかと思います。

 N県への研修旅行の中で、私の神山に対する想いも、いつの間にか復活していました。私はどうも言葉というよりもちょっとした仕草に弱いようで、みんなで花火をやったのですが、そのときTシャツの裾をクイッと引っ張られたときにもう完全にやられました。非常に胸糞が悪いのですが。

 よせばいいのにと思うかもしれません。痛い思いをしたのだからやめておけと思うかもしれませんが、やはり男というものは、一度女を好きになると、すべてをポジティブに考えてしまうものです。

 神山がイケメンの深沢に近づいていったことは、「好意があったわけではない」。メールを晒されたことは「天然だからしょうがない、悪意があったわけじゃない」と、自分に都合の悪い事実からは完全に逃げ、神山が私に親しく接してくれることだけを見て、「イケる!」などと思い込んでしまったのです(バカだなあと思いますが)。

 この時期の学校生活は、本当に充実していました。私が学校なり会社なり、特定の集団という枠組みの中で、心の底から充実感を味わうのがこれで最後になるとは、このときは夢にも思っていませんでした。

犯罪者名鑑 加藤智大 5


~後編~消滅の園へ――加藤智大、秋葉原までの「漂流」


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 派遣のくせに


 加藤は警備の仕事を辞めた後、新しい派遣会社に登録し、埼玉県の工場に派遣されました。この頃加藤は、燃費の悪かったスバル・インプレッサーを手放し、新しいマツダ・RXを購入していましたが、もともと借金があったにもかかわらず、新しいローンを組んでしまったことで、加藤は土日も単発のアルバイトに精を出さなくてはならなくなってしまいました。当然、車に乗る機会は少なくなります。本末転倒な話ですが、加藤は真面目そうな風貌に見えて、かなり金銭にルーズで、計画性のないところがあったようです。

 休みもない生活で余裕が失われたせいもあり、新しい工場では、親しく話せる友達の一人もできませんでした。この時期から加藤は、「掲示板」に居場所を求めるようになっていったようです。

 もともと加藤が掲示板を利用していたのは、好きなゲームの攻略法を教え合う目的だけでしたが、この頃からは、自分の悩みや雑談など、さまざまなカテゴリの掲示板に手を出すようになっていきました。加藤は掲示板を「帰る場所」と表現し、休みの日には一日中掲示板に入り浸るなど、居心地の良さを感じていたようです。完全に中毒の状態といっていいでしょう。

 職場では真面目に働いていたようでしたが、あるとき、ちょっとしたトラブルを起こしてしまいました。加藤が、自分の担当する部品の置き方を変えるように提案したところ、正社員から「派遣のくせに、黙ってろ」と言われてしまったのです。

 酷い話であり、正社員の言い方には明らかに問題がありますが、言っていることそのものは、間違いともいえません。

 派遣労働者は、技術の蓄積をまったく考慮されない、使い捨ての存在です。こういう立場の人に期待される性質は、いわゆる「無能な怠け者」でしょう。

 言われたことだけやって、余計なことはやらない。やる気なんかいらない。ただロボットのように、命令されたことだけを忠実に守っていればいい。人を物扱いする酷い働かせ方だといえばその通りですが、まったく逆の見方をすれば、「何の責任もない、期待もされない。適当に手を抜きながら、言われたことだけやればいい」という、仕事で自己実現を目指さない人にとっては、非常に気楽な面もあるといえます。

 条件が悪すぎるのが問題なのであって、労働の性質そのものが大きな問題というわけではない。私の経験からいえば、派遣という労働の性質を無視して、変に「積極性」を求めてくる会社はむしろブラック率が高く、派遣を「心のあるロボット」程度に見ている会社の方が、まともな会社です。

 正社員にも自分のリズムというものがあり、頭の中で考えた計算があります。よほどいいと思える改善案ならともかく、どうでもいいようなことを言われたのでは、逆にリズムを崩されるだけで不快に思ってしまう気持ちもわからないではありません。おそらくはこの一件だけで「派遣のくせに」が出てきたわけではなく、この正社員は、前々から加藤が見せる変なやる気にイライラしていたものと思われます。ただ、やはり言い方は良くなかったと思います。

 このトラブルに対する加藤の対応は、派遣先企業ではなく、派遣会社に報告をし、派遣会社を通じて、派遣先に抗議をするというものでした。加藤のとった対応は適切だと思いますし、派遣会社の対応も適切だったと思います。加藤もこのときは「もうちょっと頑張ろう」と思えたようでしたが、いつまでも当の正社員から謝罪がなかったことを理由に、結局は数か月後、会社に相談もしないまま、突然バックレてしまいました。

 2006年、4月。加藤23歳。派遣会社での労働期間は一年に及んでおり、ちゃんと契約を全うしてやめていれば失業保険ももらえたはずなのに、こういう短絡的な行動をとってしまう。今度はまず派遣会社に相談するなど、少しは学んでいるようでしたが、悪い癖は完全に治っていたわけではなかったのです。


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 自殺未遂

 埼玉での仕事をやめた加藤は、しばらく仙台の友人の厄介になった後、茨城の工場に派遣されて働き始めました。

 茨城の工場では目立ったトラブルを起こすことはありませんでしたが、職場の仲間とは、まさに職場だけの関係で、プライベートで会うような友人は一人もできませんでした。地元の友人とも次第に疎遠になり始め、毎日メールをするようなことはなくなっています。次第に孤独感を募らせていく中で、掲示板でのトラブルが起こりました。

 内容は、加藤が掲示板で愚痴や弱音を吐く人に、「本音で厳しいことを書いた」というものでした。その一件以来、掲示板の雰囲気が悪くなり、掲示板に書き込む人がいなくなってしまったということです。加藤はその一件で酷く落ち込み、また掲示板の主にも悪いことをしてしまったと思い込み、掲示板の利用をやめてしまいました。「居場所」を失ってしまったのです。

 自分は誰からも必要とされていない、と感じるようになった加藤は、「自殺」を思い描くようになりました。想像し出してから実行に移すまではあっという間で、加藤は2006年の8月31日には、青森で自殺未遂騒ぎを起こしていました。現場に青森を選んだのは、「地元の友人に自分が死んだことを知ってほしかったから」だそうです。

 加藤の気持ちは何となくわかります。このまま延々と、自分が誰にも必要とされていない孤独の寂しさを味わい続けるよりは、自分が死んでみんなが悲しむ光景を想像できた方がいい。もちろん、本当に死んでしまっては、自分の葬式の光景もみることはできないわけですが、それを想像できるだけでも幸せである、ということです。

 私は、加藤の手記に「寂しい」という表現が見られないことが気になって仕方ありません。加藤が自殺の場面で述べているのは、「孤立は恐怖であった」という表現です。まったく同じ感情を表しているのだと思うのですが、加藤の表現だと「寂しい」に比べて、胸に突き刺さってくるような感覚からは遠のきます。加藤の手記は全般的に、そのような、胸に響く、自分の弱さが伝わる表現を避けているように思えるのが特徴です。

 加藤は消費者金融のカードを限度額いっぱいまで使ってから、酒を煽って、愛車で夜中の国道を走り始めました。ハンドルを握る直前、加藤は母親や友人にメールや電話をして、自分がこれから死ぬことを告げたそうです。

 そこで母親や友人から、加藤を心配するメールが帰ってくる。みんなが葬式のとき、涙を流してくれるだろうことがわかった。満足感を抱えたまま、対向車に正面衝突して、逝く――。それが加藤の計画であったようです。

 しかし、幸か不幸か、車は対向車にぶつかる前に、縁石に乗り上げ、動けなくなってしまいました。仕方なしにレッカーを呼びましたが、すぐの修理は断られてしまいました。

 強固だった加藤の決意が挫けていきました。加藤は自殺を思い留まり、そのまま実家に帰ることにしました。友人たちからは、加藤が自殺を思いとどまったことに対する、安堵のメールが送られてきました。

かと0ともだい


 
 再生

 母は、およそ3年ぶりに実家に帰った加藤を抱きしめました。そして、「ごめんね」「よく帰ってきたね」と謝り、幼いころからの、行き過ぎた「教育」について謝罪しました。

 この頃は、加藤の弟さんも高校を中退して引きこもり生活を送っており、母はようやく、自分の教育が間違っていたことに気づき始めていました。加藤が実家に帰ってくる一年前、母は弟さんに「お前たちがこんなになってしまったのは私のせいだ」と謝っており、弟さんはこのときはじめて「母と邂逅した」と語っています。

 破損した車を見て、母にも加藤の「本気」が伝わりました。母は車の修理代とレッカー代をすべて肩代わりし、加藤にしばらくゆっくり休むように言いました。しばらくして、別居中だった加藤の父も仙台から帰ってきて、「ずっと家にいればいい」と言ってくれました。

 高校時代の友人たちは、加藤のために、飲み会を開いてくれました。このときは、自殺未遂騒ぎのことには触れず、いつも通りに接する友人と、自殺未遂騒ぎのことにちゃんと触れて、自分たちがどれだけ加藤を心配したかを、多少キツイ口調で伝えた友人と両方がいたようです。

 前者が間違いとはいいませんが、より正解なのは後者でしょう。本質的なところに触れず、なあなあで済ませてしまったら、加藤の悩みはまったく解決せず、加藤はまた同じことを繰り返してしまう可能性があります。実際問題、加藤は自分に厳しい言葉をかけてくれた友人を煙たがるどころか、「ありがたく、申し訳ないと思った」と語っていました。

 加藤の友人を責めるわけではないですが、このときだけではなく何回も、もっと本気で、加藤にぶつかってくれる人がいたら、また違っていたのではないか・・・とも思います。

 家庭再編と、友情再編。青森の地で、加藤という人物を中心として、二つの人間関係が修復されようとしていました。

 24歳。まだ、いくらでもやり直しがきく年齢。雨降って地固まるの例え通り、ギャンブルともいえる自殺未遂を経て、加藤に「再生」のチャンスが巡ってきたのです。
 

 

偽善の国のアリス 6


 神山に屈辱を味合わされた私ですが、この時点で特に動くことはしませんでした。

 まず、神山からのメールを受け取った鍋島、深沢は、神山の言ったことを真に受けたわけではなく、タチの悪い冗談だとしか思っていなかったようで、私とは普通に仲良くしてくれました。このことが、けして当時の私が、異常だったわけでもなんでもない証明になると思います。

 神山の方も、それ以上に何か動いてくるわけではありませんでした。私を本当の異常者だと思っているなら、自分の忠告を聞かない鍋島や深沢を何としてでも私から引き剥がそうとするはずですが、そうしなかったということは、神山の目的が、ただ単に私をバカにするだけだったという証明になると思います。
 
 学生の本分の勉強の方ですが、私は、自分で言うのもなんですが、クラスの中でも、相当しっかりやっていた方だと思います。クラスメイトの中には、高卒現役の子ならともかく二十代の中にも、夏休みの宿題もやってこない人間もいましたが、私は夏休みの間に、宿題だけでなく、すでにかなりの程度まで自己学習を進めており、小テストでは毎回良い点数をとっていました。

 友人も多く、第二回で紹介した連中の何人かとは、夏休み中遊んだりもしていました。また、この頃になると私に飽きたのか、ゴミ糞のような野村、福山、金沢、中尾らの嫌がらせも一段落していました。交友関係は、まあまあ充実していたと思います。

 言うまでもなく学校に行く主目的は勉強であり、就職です。とりあえず、勉強をするには差し支えない環境は整っています。神山があれ以上、何か、私の評判を落とそうと動いてくるならともかく、私を無視するだけで何もやってこないのなら、ひとまず事態を静観しようと決めていました。神山に無視されるのも、なにかの誤解であり、きっと状況はよくなる、と信じていました。

 しかし、段々と心の平静を保ってもいられないようになっていきました。神山が、私のメールを転送した「深沢」に、よく話しかけるようになっていったのです。

 話しかけるだけで、恋愛感情を持っているとは言えません。しかし、私のように嫉妬深い人間は、どうしても邪推をしてしまいます。

 まずいことに、深沢は顎が少し出ているのが気になるものの、細面で目がパッチリした二重をしており、ジャニーズ系どころか、ジャニーズにいてもおかしくないイケメンでした。例の表の男版を作ってみるとしたら、7はまず固く、私の恨み補正も入っているかもしれませんが(イケメンの方が恨みが増幅する)、8もあり得るレベルだったと思います。 

 「普通以下の女がイケメンと付き合う」。私はこの構図に非常に強い憎悪を燃やしており、こういうカップルを発見次第、射殺できる世の中になればいいと思っています。

 別に、すべてのイケメンを憎んでいるわけではありません。イケメンはイケメンらしく、同じ美女の尻を追いかけていてくれる分には、全然かまいません。私は美女は端から諦めていますから、それなら私の利益には何ら関係しません。警察のキャリアとノンキャリと同じで、待遇が違ったとしても、そもそも別路線を歩んでいるという意識なので、嫉妬や利害で対立するということがありません。

 イケメンが並み以下の女と付き合うパターンでも、ホストや結婚詐欺師、そこまで悪くなくても、禁治産者とか、女に暴力を振るう男であれば、クソ女が不幸になるので、それはいいとします。神山がそういうイケメンに引っかかって酷い目に遭うなら、むしろそのイケメンを全力で応援します。

 有名人でいえば気になるのはダルビッシュですが、あれはなんか「アスリート縛り」みたいなのがある感じがしますし、アスリートの中だけでしか選べないのだったら、奥さんは結構美人な方だと思います。フィジカルエリートの優秀な遺伝子を交配させるのは社会的な意義もありますので、まあ、そういうのも例外的にいいとします。

 そうではなく、ルックスも良く、一定以上の社会的地位や稼ぎもあり、特別な拘りがあるわけでもないくせに、美人を追いかけずに、フツメン以下の米櫃に手を突っ込んでくる、「意識低い系」のイケメン、こいつらが問題なのです。こういうクズがいるから、美人なんかいらないし、モテなくてもいいから、並み程度の女と、そこそこの恋愛を楽しめればいいではないかと考える私のような男が苦労するのです。

 女はこういうクズどもを、「女を外見じゃなく中身で見る、心のキレイな男性」とか言って持て囃しますが、私からすれば、心がキレイなんてとんでもないことです。この「意識低い系」のイケメンがやっていることは、自然界の生態系を崩すのと同じ悪行だからです。

 イケメンを百獣の王ライオン、フツメン以下の男をジャッカルとします。非力なジャッカルは、草原を駆け巡るシマウマは、確かに食べられる肉は多いものの、挑んだところで蹴り殺されるだけだとわかっているため、端から諦めています。また、シマウマを食べられるライオンに嫉妬する気持ちも起こりません。自分の力をよくわかっているジャッカルは、手に負えない相手はさっさと諦め、藪の中に潜み、自分でも容易に仕留められそうな野ウサギを追うことに専心します。

 ところが、ここに、シマウマの味に飽きて、野ウサギをつまみ食いしてみたくなった、節操無しのライオンが現れました。ジャッカルはライオンに自分のテリトリーを荒らされ、食料にありつけなくなってしまいました。野ウサギも、ライオンが深い藪の中まで突っ込んでくるなら、隠れていたってしょうがないと気づき、広い草原に出て行ってしまいました。ジャッカルはますます飢えて、とうとう死んでしまいました。

 この例えで重要なのは、たとえジャッカルが野ウサギに逃げられたとしても、同じジャッカルが野ウサギを仕留めるのならば、なにも問題はないということです。それだったら生態系は何も変わらないので、ジャッカルは今後、また別の野ウサギを捕まえられる希望があるということですから。

 しかし、ライオンがこれからはウサギは俺の獲物だといってウサギを取っていってしまうのなら、これは大変なことです。同じジャッカルではなくライオンがライバルということになれば、これからジャッカルはもう二度と野ウサギにありつくことはできず、餌のランクをもう一段落として虫を食べるようになるか、もしくは完全に餓死するしかないのですから。

 生態系を乱すライオンの横暴をむざむざと許すくらいならば、リスク承知で反乱を起こす。「窮鼠猫を噛む」―――。そういうふうに考えるジャッカルが現れても、けして不思議とはいえないでしょう。

 後になって発覚したことですが、神山は過去にイケメンと付き合ったことがあり、「あの人くらいモテる(イケメンではなくモテるという言葉が曲者。後でまた触れます)人じゃないと恋愛する気にならない」という発言をしていたようです。その話が事実だとしたら、もっといい女をいくらでも抱けるくせいに、野口似の神山をつまみ食いしたその糞節操無しのせいで、私が屈辱を味合わなくてはならなくなったともいえます。
 
 加藤智大の言うように、イケメンが女を独占するせいで、不細工に女が回ってこなくなる。また、イケメンが下手にブス女に構うせいで、ブス女も勘違いをしてプライドが高くなり、彼氏がいない状況でも不細工に振り向かなくなる。まさしく生態系の崩壊です。

 この構図、女も悪いですが、元をただせば、つまみ食い程度の気持ちでブス女に手を出したイケメンからすべてが始まったわけですから、どっちかといえば、イケメンの方が罪が重いと思っています。なので私が総理大臣になるとしたら、イケメンとブス女のカップルが成立したことが発覚次第、イケメンは死刑、ブス女は不細工男とセックスして子供を一人産む法案を作りたいと思います。少子化対策にもなり一挙両得です。
 

 神山と深沢のカップルが成立するにおける問題は、「モテ界の生態系の崩壊」ばかりではありません。神山23、深沢21という年齢も、私にとってはかなり気になるところでした。

 最近は姉さん女房が増えており、かくいう私の女房となる女も3歳上なのですが、伝統的にカップルの年齢は、男が上、女が下の方が「しっくりくる」イメージがあると思います。女が上のときだけ、わざわざ「姉さん」が付くのが、もともとそれがイレギュラーであることを表しています。

 日本という国は世界でも類を見ないほど、女性の貞淑を重んじる国であり、女は基本的にアプローチを待つ側で、女から積極的に行くことは、なんとなく「はしたない」イメージがある国ですが、私の場合、「しっくりくる」男上、女下のカップルのときは、女が熱烈にアタックして男をゲットしたパターンでも、あんまり「肉食」という感じはしません。「一途」だなあと思います。

 また、男上、女下のパターンなら、ある程度の年齢差があれば、女側のルックスが男に比べ劣っていても、そんなに気になりません。女という生き物において若さというのが重要なステイタスになるのは誰しも異論のないところで、男にとって若い女をゲットするのは、美女をゲットするのと同等に名誉なことだからです。

 イケメンにブス女を掻っ攫われる形だったとしても、年齢差がある場合は、老いて群れから置き去りにされたライオンがウサギを捕まえるような感じですから、「生態系の崩壊」とはなりません。例の表も、若さという概念を重視したら、だいぶランクが変動するかもしれません。

 反対に、女が上、男が下というパターン。この場合、男が熱烈にアプローチした結果なら、特に違和感は感じません。しかし、女側から近づいたパターンだと、若い女がオッサンに告白したパターンより、なんとなく「肉食」感が強いと感じるはずです。女のルックスがイマイチで、男のルックスがよかった場合、その感覚はより顕著になります。

 23歳の神山が、21歳の深沢にアプローチするというのは、年齢差だけみればそれほどでもありませんが、「しっくりくる」パターンとはいえません。こうなると、神山5、深沢7~8という顔面の大きなランク差が存在するというのが問題となってきます。

 野口顔の神山が、ジャニーズの深沢にマンコから汁を垂らしながら近づいていく光景は、私にとっては、「肉食」「ガッツいてる」「びっち」 「チーズくさい」「おちんぽシャブリーナ」「きゅうりが親友」「全身生殖器」「淫乱ババア」「ヴァギナ怪人オカッパ・ダダ」「頭の中セックスだけ」「とにかくくさい」という風に見え、大変不快なものでした。

 そして、私のこの不快感はけして特別なものではなく、程度の差こそあれ「そう見える人が多い」ことは、他ならぬ神山自身が証明してくれました。

 一応、このときは神山が深沢に気があったのかどうかまではわからず、また、混乱を避けるため、結局、神山と深沢のカップルは成立しなかったことはこの時点で書いておきますが、随分あとになって鍋島から聞いた話によれば、やはり神山は、この時期深沢に気があって、深沢とあわよくばいい関係になれればという狙いから、深沢によく話しかけていたようです。

 それ自体は、「やっぱりな」というだけの話でしたが、問題だったのは、神山が深沢に惚れた理由として、「フィーリングが合ったから」と語っていたことです。
 
 この「フィーリングが合ったから」という理由、これは並みかそれ以下を振って、イケメンや美女を選ぶということをした時点で、言っちゃいけない、説得力のない言葉だと思います。

 たとえば、ある俳優がハンティングをする企画があったとします。武器にライフルと黒曜石の槍を選べたとします。俳優はライフルを選んで、見事に獲物を仕留めました。インタビュアーが俳優に、「なぜ、武器にライフルを選んだのですか?」と質問をぶつけました。俳優はこう答えました。「ライフルの方が、私との相性が合ってるからさ」と。

 「それってなんか違くない?」と思わないでしょうか?相性もクソも、黒曜石の槍よりもライフルの方がはるかに殺傷能力が高いことは、子供でもわかることです。もし、俳優がライフルではなく黒曜石の槍を選んだうえで、「相性が合ってるから」というなら、「カッケー!」とみんな思うでしょうが、逆では何の説得力もありません。俳優がライフルを選んだ理由は、ただ単に「強いから」ということでしかないはずです。

 恋愛もそれと同じです。もし、神山がイケてる深沢ではなく、イケてない私の方を選んだうえで、「フィーリングが合ったから」というなら、みんな「おー!」と感心するでしょうが、イケてない私の気持ちを踏みにじって、イケてる深沢のほうにマン汁を垂らしながら近づいておきながら、「フィーリングが合ったから」なんて言っても、「いやいや・・・」という話でしょう。

 「フィーリングが合ったから」なんてことは、本人だけが感じているかもしれないことで、深沢の方は何とも思ってないかもしれません。そんなことより、深沢はイケメンであり、それは誰しもが認めていることなのだから、神山が惚れた理由として、明確で伝わりやすいのはそっちであり、実際、ただ単にイケメンだったから、神山は臭いマンコからベタベタ汁を垂らしながら近づいただけのはずです。

 神山がウソをついたのは、まさに私が感じたように、他人から「ビッチ」「肉食女」「男を顔だけで判断する女」と思われたくなくなかったからでしょう。それなら、深沢に気が合ったこと自体言わなければいいだけの話ですが、頭がバカだったからついポロッと言ってしまい、何とか取り繕うために、「フィーリングが合ってたから」などと言い出したに違いありません。

 前回述べたように、神山恵美子は「自分の評判を落とさないための姑息な計算が働く女」ですが、所詮頭が悪いため、わかる人にはわかる「浅知恵」にしかならない。そんなところが、こういうちょっとしたエピソードからでもわかると思います。

偽善の国のアリス 画像について



 前回、画像について、神山恵美子の恋愛に関係する者に限り、おおよそのイメージ画像を貼ると書きましたが、ぶっちゃけ、今から似た画像を探し出すのはちょっと無理でした。

 実は神山恵美子のイメージ画像は、もともと勘違いブスの画像くださいスレを眺めていて、「あーアイツとちょっと似てる女が調子乗ってんな」と思ってずっと記憶にとどめていたものであって、この作品を書くにあたってわざわざ探し出してきたものではなかったのです。

 例の表で同レベルぐらいにある人物の画像を貼るくらいだったらできますが、同レベルというだけで全然似てない、イメージがつかめない人物の画像を貼るだけだとあまり意味がないような気がします。

 そういうわけで、もう画像は使わないことにします。例の基準表でランクいくつだぐらいは書きますので、例の基準表の美的感覚を、なんとか男に当てはめて想像してもらえれば・・と思います。

偽善の国のアリス 5


 私が送ったメールを、鍋島や深沢に転送し、「あの人頭おかしいから、気を付けた方がいいよ。関わらない方がいいよ」と言う。また、自分の大学の友人とやらにも同じように転送し、「私、頭おかしい、やばいヤツから好かれてるみたいで怖い」というようなことを言った(それをわざわざ鍋島に報告した)。それが、神山が行った行為でした。

 私のメールの内容は、普通に、「夏休みだし、どこか遊びに行かない?」というだけの、当たり障りのない内容だったと思います。ただ、当時まだ女経験が少なかったのもあり、やはりちょっとおかしな書き方をしてしまったのかもしれません。しかし、それにしたところで、仮にも好きな相手にメールを送ったのに失礼な表現があったとは思えませんし、まして、「頭おかしい、ヤバい」とまで言われるような酷い文面だったはずもありません。
 
 この神山の行動ですが、私は神山の意図は十中八九、私のメールを鍋島や大学の友人とやらに晒して、バカにし、笑いものにすることであったと思われます。ただ、「あんなダサいヤツが調子に乗って私にこんなメール送ってきて、チョーうけるんだけどー」と本音を言ってしまうと、自分が性悪女だと思われるのはわかりきっているので、「頭おかしい狂人に狙われて、怖い思いをしている」という形にしたのだと思われます。

 後にまた別のエピソードを通して紹介しますが、神山は、まともな人から見てエッと思われるような行動をとっても自分の印象を悪くしないための、姑息な計算が働く女でした。まあ、気づく人にはすぐ気づかれるレベルなので、「浅知恵」といった方がいいかもしれませんが。

 まだ書いていませんでしたが、神山はフランスが好きで、フランスに移住したいということを、よく言っていました。フランス最大の英雄といえばナポレオンですが、ナポレオンは、結婚当初、妻ジョゼフィーヌの浮気に手を焼き、妻の心を掴もうと遠征先で毎週のようにジョゼフィーヌに熱いラブレターを送っていましたが、手紙の返事はほとんど来ず、ジョゼフィーヌは友人にナポレオンのラブレターを見せびらかし、「私の旦那がこんな手紙送ってきて、ちょーウケるんだけどー」と、無骨な軍人で男女の機微には疎いナポレオンの口説き下手を愚弄していたというエピソードがあります。

 フランス好きの神山は、このジョゼフィーヌを気取っていたのかもしれませんが、曲りなりにも夫婦であったナポレオンと違うのは、私は神山との関係において、何一つ美味しい思いをできていないということです。一回でもセックスできていたなら「・・・ま、いっか」で済ませられたかもしれませんが、何の見返りもなかったのでは、屈辱と恨みしか残りません。

 何も美味しい思いをさせていない相手を一方的に愚弄したら恨まれることもわからなかった、バカだったのでしょうか。それとも、イケメンでない男は、屈辱を屈辱と感じるナイーブさもない「虫ケラ」だと思っていたのでしょうか。はたまた、「あんたのようなゴミは、私を見ることができるだけでも感謝しなさい!」と思っていたのでしょうか。

 先日、神山のイメージ画像をUPしたところ、読者の方から、「神山レベルの顔は努力すればモテる。努力しているのは尊敬できる 」、といったコメントをいただきました。これから反吐を吐きそうになるのを我慢して書きますが、確かに神山は、モテるための努力(私はこれ自体尊敬できるものではないと思う。努力の方向性というだけなら、まだ頑張って勉強してた蛆村の方がマシ)・・・というか、「イケメンのいる環境に、するっと潜り込む」努力はしていました。

 また、別の読者さんからは、「神山レベルの女は自信のないイケメンよりモテる」といったようなコメントをいただきました。自信・・・というか、あの画像レベルの顔の癖にイケメンと町を歩いてもまったく引け目を感じない「図々しさ」、「恥知らず」、「面の皮の厚さ」(あの顔は普通にイケメンと釣り合うという人がいてももう知りません。もっと多くの人の目に触れる勘違いブスの画像くださいスレから拾ってきたんだから、そっちが世論だと思って押し通す)があるなら、イケメン・・・というか、後にこれも詳しく書いていきますが、「フツメン以下の米櫃に手を出してくる、節操のない、殺されても当然のイケメン」をゲットできてもおかしくないのかもしれません。

 確かに、人が努力をするということは尊いことかもしれません。自信を持つということは素晴らしいことかもしれません。社会の発展を考える上では、それは「大正義」なのかもしれません。
  
 しかし、うまくできない他人を見下し、貶してガス抜きをしていないとできないような努力だったら、しない方がマシです。他人を愚弄していないと維持できないような自信だったら、ない方がマシです。自分が努力をした代わりに、他の誰かを無意味に(競争の結果の淘汰ではなく、個人の趣味において)潰しているわけですから、社会的に考えた上でも、やっぱり神山や蛆村のようなヤツは害悪です。

 蛆村と違って、神山にはお前から声をかけたんだろ?お前が自爆しただけだろ?と言われるかもしれませんが、それは「手榴弾攻撃」と「地雷」を比べているだけです。私がホストや結婚詐欺師のように、神山に悪意を持って近づいたというなら仕方ないですが、普通に、23歳の男が23歳の女に好意を持って、遊びに誘っただけで、送ったメールを関係ないヤツに転送されて、笑いものにされるような仕打ちを受けたのではたまりません。

 努力というと美しいことのようですが、努力は骨が折れることであり、十分な成果が出なかった場合、徒労感というストレスになって襲い掛かってくるという側面もあります。私もその気持ちは痛いほどよくわかります。しかし、だからといって、八つ当たりされて黙っていられるほどお人よしではありません。ヤツが私に美味しい思いをさせていたなら「しょうがねぇなぁ」で済んだでしょうが、ただひたすら、サンドバッグのように一方的に甚振られただけなのだから、遺恨にならないわけがありません。

 なぜ、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか?鍋島や深沢にまで私が異常者だと思われて、私はどうすればいいのか?激しい苦しみに身悶え、私はしばらく、食事ものどを通りませんでした。

 ここまで、私が神山の行為にいかに激しい憤りを覚えたか書きましたが、私が一方的に神山の行為を非難するだけでは公平さに欠けるため、ちょっと神山の視点から考えてみたいと思います。

 もし、神山恵美子が何かのキッカケで私のサイトと、「偽善の国のアリス」を知ることになり、神山が私をグチャグチャに潰し、殺意まで抱かせてしまったことの正当性を証明しなければいけない場面があったとして(どういう状況かわかりませんが)、そのとき神山は、十中八九、「津島がしつこかったから」と主張すると思います。「あんなしつこいヤツを諦めさせるには、キツクいうしかなかったのよ!」と。

 確かに、今後の私がしつこかったのは事実です。私なりの「引くに引けない」理由はこれからゆっくりと書いていくつもりですが、理屈はどうあれ、私が神山にいくら拒絶されても、諦められずに思いを抱き続け、少なからず不快な思いをさせたのは事実として認めます。私も一方的に悲劇のヒーローを気取るつもりはありませんし、この話は私が「悪」でも成立する話なので、私自身の問題についても、隠さずに書いていきます。
 
 しかし、それはそれとして、神山の「津島がしつこくして、それに対する防衛措置として、神山は津島を侮辱した」という言い分は、神山が最初から・・・私がたった一回デートに誘っただけという段階から、すでにこういうナメたマネをしてきたという時点で瓦解します。ヤツが「アイツがしつこかったから」というのなら、私の方も、「ヤツがここまでナメ腐ったマネをしてこなければ、しつこくしなかった」、と答えます。

 実際にはわかりません。ヤツがやんわり断ったところで、私がいつまでも諦めなかった可能性もないとはいえません。が、それは神山の愚行によって、「if」のストーリーになってしまいました。言い訳の余地を与えた時点で、ヤツの過失です。

 ストーカーといえば偏執狂の犯罪のように言われます。それは間違いではないかもしれません。ストーカーをやるようなヤツは、通常とは違う、精神のねじ曲がった野郎だと思います。しかし、やられる方にも、まったく落ち度はなかったのか。「言わなくてもいい余計な一言」「やらなくてもいい余計なこと」をやってはいないか。

 世の中には色々な人がいます。私のサイトにも、少なくとも半年くらい前からずっと粘着し続けている荒らしがいますが、何の落ち度もない、自分に何か迷惑をかけたわけでもない相手に一方的に執着する異常者も、確かにいるのかもしれません。しかし、私の場合は、少なくともそれはなかったと断言できます。過去に振られた経験は三度ありますが、根に持ってるのは、「私を振る以上のことをしてきたヤツ」だけです。

 世の中にストーカー対策本の類は沢山出回っていますが、自分自身の行いをまったく振り返らずにそんなものを読んでも、はっきりいって無駄だと思います。ブラック企業が必死に組合対策を考えているのと一緒で、ストーカーを呼び寄せる自分自身の問題を解決しない限り、一人ストーカーを撃退しても、すぐにまた別のストーカーの被害に遭うだけです。

 本当にストーカーができるようなヤツだったら、まだよかったのかもしれません。実際には、ストーカー気質があるだけで、ストーカーすらできないヘタレだった私は、この先ただ、神山たちが織りなす「偽善の国」のおとぎ話に、精神を蝕まれていくことになります。

 また、神山がするかもしれない正当化その2として、「神山エスパー説」が考えられます。前回、お悩み相談系の掲示板で、「相手はお前の考えを見抜いていたのではないか、だから振られたのではないか」的な意見を目にしたことがあると書きましたが、神山も私が送ったメールを見て、「私はアイツが異常者であることを見抜いていた!異常なアイツに改心してほしかったから厳しく言った!」あるいは、「異常者に異常者といって何が悪い!」といったような、完全に開き直った主張を展開するかもしれないということです。

 私が、「異常者」「悪人」である――。神山が鍋島や深沢に送ったメールを字義通りに受けとるなら、確かにそういう解釈になります。実際問題、「悪人」の定義を社会不適応とするのなら、私は確かに悪人ということになるのでしょう。いい出会いがあったのと、生活環境に恵まれていたお陰で、今のところお巡りさんの厄介になった経験はありませんが、確かに私が今現在、犯罪をすることへの抵抗が普通の人よりかなり弱い、犯罪者予備軍であることは否定しません。

 しかし、普通に考えて、「神山が私の悪を見抜いていた」説はまずあり得ないと言っておきます。

 まず、私はこの時点で、神山と出会ってからまだ二か月程度であり、二人きりでデートをしたこともありません。大した個人情報も教えておらず、この時点でヤツは、私が高卒か大卒か、どこの駅から学校に通っているのかすら知らなかったと思います。

 そんな程度の交流期間、交流頻度、少ない情報で、「相手が悪人である」、と見抜き、かつ断定できるような人間がいたら、そんなのは洞察力云々ではなく、「エスパー」であり、そんな超能力者が、金さえ払えば誰でも入学できるような専門学校にいるはずもありません。

 また、私を本当に異常者だと思っているなら、そもそも神山がとった行動はおかしいはずです。

 もし、自分が「異常者」からメールが送られてきたとして、普通はどうするでしょうか?少なくとも、鍋島や深沢のような共通の知り合いにメールを転送するなどという、あとで私に知られたら神経を逆なでするとわかりきっているような行動はしないのではないでしょうか?そんなふざけたマネに及べるのは、神山が私のことをバカにして、「どうせアイツは何もできないだろう」と、舐め腐っている証拠です。

 もう一つ、神山が「見抜いてた」説があり得ないという証拠はあるのですが、先走るのも何なので、これは後のお楽しみに取っておきます。

 結論――神山は己のストレス発散目的で私をバカにし、愚弄し、クラスメイトを私から引き剥がそうと、メールを転送し、悪口を言うなどという愚行に及んだ。これ以外には考えられません。

 最後に言わせてもらえば、神山が私を悪だ、異常だと言ったとして、悪であり異常であることが確かな事実だったとしても、それは「結果論」だということです。

 神山が私を愚弄する目的で「悪人だ、異常者だ」などと言い出したということは、ヤツは、私が悪だ異常だと言われて傷つく人間、つまり、本当は心が優しい、正常な人間であることをわかっていたということです。自分をそういう人間だと思っていた私は確かに、この件でいたく傷つきました。

 この心の傷を埋める方法として、何が考えられるでしょうか。「そうか、僕は異常者だったのか・・・じゃあこれからは、異常と言われないように、心がキレイな人間になろう」という風に考えられるでしょうか?

 実は、私が素直にそう考えていた時期もありました。私は神山のことが諦められず、神山に自分を好きになってもらいたかったからです。男は好きな女と付き合うためならどんな理不尽な言い分でも飲めるし、どんな努力もできるものです。

 しかし、希望は消え去ってしまいました。私は、もう二度と自分が神山に好かれないと気づいたとき、考えを改めました。

 神山が私を悪だ異常だと言って傷つけようとするなら、私は悪だ、異常者だと言われても傷つかない人間、つまり、本当の悪人、本当の異常者になってしまえば解決するではないか。悪であることになんの引け目も感じない人間になってしまえばいいではないか。

 そして、生真面目な私は、それを徹底的に実践しました。私は内定していた会社を蹴ってニートとなり、ただ飯を食らいながら親から金を毟り取る暮らしをはじめ、毎日精神安定剤を飲みながら異常な妄想に明け暮れ、社会や他人に毒づきまくり、それらのことを恥とも思わない、立派な社会不適応者となりました。

 それから自分の女を手に入れ、社会に対する正しい知識も少しずつ身に着けていく中で、今は最悪の状況からは脱しましたが、神山への恨みが消えたわけでも、社会や世間と完全な折り合いをつけられたわけでもありません。もし、今後最終的な結末として、私がナイフを手に取らなくてはいけないことになったとして、そのとき私は、この世のどこかにいる神山に向かってこう言うと思います。

 「それが望みだったんだろ?」と。 

犯罪者名鑑 宅間守 5


たかうあままもる



 決闘

 自宅で始めた運送屋ごっこをやめた、21歳ころの宅間は特に荒れており、何度も警察沙汰を起こしては、身元引受人である父、武士に警察署まで迎えにきてもらうことを繰り返していました。武士は息子の悪行三昧、金食い三昧にほとほと疲れ果てており、途中で何度も、車で崖に突っ込んで、守と心中を図ろうとしたことがあったようです。

 家庭内暴力も始まっていました。武士も身長170㎝台半ばで、戦前生まれにしては大柄な方であり、守が幼いころは体罰を加えたこともあったようですが、成長した守を止めることはできませんでした。守は父や兄が家を空けている隙に、いつも母を殴っていたようです。

 この武士の体罰についてですが、私は世代を考えれば、そこまで突出して酷いとはいえないのではないか、と思います。まだ軍国教育の名残が残っていたころで、武士は特に、男らしさが価値を持つ、薩摩の国の出身です。酒を飲んだくれて暴れているというならともかく、子供が悪いことをしたとき、殴って痛みで覚えさせるという理屈は、今は悪とされていますが当時としてはそんなに珍しくはないもので、これで武士を非難するなら、この時代の親の半分ぐらいは鬼親になってしまうと思います。
 
 ただ、いくら時代的な背景を考慮すれば酷いとはいえなかったとしても、肝心の子供がどう感じていたかはまったく別の問題である、ということは、一応書き加えておきます。

 そして守は、ある日母を連れて、五百万円ものお金を持ち出し、突然に家を出てしまいました。武士は失踪した妻と子を、四方八方手を尽くして探し、半年後、兵庫県内のアパートで暮らしていることを突き止めます。武士は妻に自分のところに戻るように言いましたが、妻は夫に反発し、帰ろうとはしませんでした。

 母は暴力を振るう守の元から、なぜ離れようとしなかったのか?とあるジャーナリストは、この時期、守と母の間に、近親相姦があったのではないか、という推論を述べています。

 二度と繋がるはずがなかった母と息子が、再び一つに結ばれてしまった。息子を「男」と認識してしまった母は、理性ではいけないとわかっていても、下半身の疼きに抗うことができなかったのではないか――。まことに悍ましい話であり、宅間本人の口から事実が語られたわけではないのですが、かなり「怪しい」ことは否定できないでしょう。

 妻を取り返しにアパートに赴いた武士と守の「決闘」が始まりました。

 守はアパート近くの建設現場からスコップを持ってきて、肩を怒らせながら武士に近づくと、スコップを脳天めがけて、思いっきり振り下ろしました。守は本気で殺しに来ていたようです。

 当時五十歳で、まだ身体は動き、力も強かった武士は、守の渾身の一撃をかわすと、一気に間合いを詰め、守をタックルで突き飛ばしました。テイクダウンに成功すると、武士は仰向けになった守の身体に馬乗りになり、傍にあったレンガを掴み、頭をめがけて思い切り振り下ろしました。父も本気で、息子を殺すつもりだったのです。

 これまで父を舐め腐っていた守は、まさかの父の本気の殺意を感じ取り、動転した表情を浮かべていたといいます。しかし、悪魔の頭脳は冴えていました。守はここで、まさかの命乞いに出たのです。

お父ちゃん、やめといてんか。ゴメンヨ、ボク、考え変えるわ、もうせえへん。ゴメンよ、後生や、許してんか。ボク考え変えるわ」

 これまで見たこともないような守の哀願の表情と、聞いたこともない弱弱しい声を耳にして、武士の脳裏に、まだ可愛らしかったころの守の姿が浮かびました。

「お父ちゃん、殺さんといて。改心するさかい」

 守の命乞いを受け、盤石だった父の意志は砕けてしまいました。守の頭上に振り上げられたレンガが手から零れ落ち、息子の身体にかける体重も弱くなってしまったのです。一瞬のスキをついて、守は父の下から脱出しました。

 守は一目散に二十メートルほども遠ざかると、そこでさっきの哀願の仮面を脱ぎ捨て、もとの冷酷で残忍な悪魔の貌で、武士を睨みつけました。

「バカめ、まんまと引っかかったな。覚えとけ、地元ヤクザの○○に言って、お前ら二人(父と母)、無茶苦茶にしてやるから。死ぬまで俺様のために苦しめてやる。この請求書は高うつくぞ」


 父、武士にとっては、このときが一生の不覚でした。悪魔の予言通り、まさにこのときから、宅間家の完全な崩壊が始まっていったのです。

たくまあああああああ



 家庭崩壊

 
「今考えればあの時じゃろ、ヤツの中の”怪物”が一回り大きくなったんは。もうその暴走が誰にも止められんようになっていくんや」

 父、武士が語るように、母を父に奪い返された守は、宅間家に様々な嫌がらせ行為を働くようになっていきました。以下、そのまま武士の言葉で紹介します。

「あれから大変やったで。十件を超すレンタルビデオ店から未払い分のエロビデオの請求書わんさと来るんや。確かにヤツの言っとった通り請求書は高こう付いた。どれも一件十万円を超えていたんや ~略~ また夜になると我が家や車に向かって投石があるのよ。兄貴がアウディゆう外車買うたら、守のヤツから「生意気じゃ」と脅しがあり、ある夜また投石があったんで外に出てみたら案の定、兄貴の車フロントガラスが割られるわ、ボンネットぼこぼこにされるわ・・・。兄貴はショックでしばらく寝込んだよ」

 私が説明するよりも、、当事者の言葉をそのまま読んでいただいた方が重みがあると思うので、この時期の武士の疲弊具合を表すコメントの紹介を続けます。

「ワシらがヤツを刑務所にぶち込むチャンスは何度もあった。でも、警察の理解者がどれだけ尽力しても、司法と精神医療の現場では高い壁が立ちふさがっておるのよ。人権っちゅうやっちゃ。じゃがワシは敢えて言う。鬼畜に人権いりまへん。いらんヤツにいらんもんくれて、ややこしゅうしとんのが、ええ大学出のおっさんたちや。問題や事件が起こればそりゃ当然犠牲者が生まれるやろ。そちらの悲劇ばかりやが、ワシらキチガイの家族はどうなんねん。事件が起きる、そのずっと前から危なっかしいキチガイの一番近くでビクビクしながら暮らしとんよ。そこんとこもう少し考えてくださらんと、ワシらキチガイに人権蹂躙されとんや。もうええかげんにしてくれな」

 宅間もなかなか味わい深い言葉を吐く男でしたが、この武士さんもユーモアのセンスに溢れた、トークのうまい人で、彼へのインタビューを載せた「新潮45」の記事は、一つの読み物として非常に面白い出来になっており、私がお勧めする一冊です。

 武士の言う通り、日本という国は被害者遺族への配慮もまだまだ十分とはいえませんが、加害者家族の保護というものも、まだまだおざなりになっています。世の中にはキレイごとを吐くだけで、実際の援助は何もしないという人種は大勢いますが、武士が批判する人権屋という人たちも、口々に平等だとか博愛を叫ぶだけで、実際の守の面倒はすべて武士ら家族に任せていただけだったとしたら、ただの自己満足の偽善者と言われても仕方ありません。

 2ちゃんねるやヤフコメを見れば一目瞭然ですが、日本という国は、「悪いヤツだったら何を言ってもいいし、何をやってもいい」という風潮のある国です。同じ厳罰化の世論が強いアメリカもそういう傾向がありますが、加害者はまあ仕方ないにしても、問題は社会のバッシングが、加害者家族にまで及んでしまうということです。百歩譲って、親は批判されても仕方ないかもしれませんが、兄弟や子供にまで飛び火するのは明らかなやり過ぎで、正義の名を借りたイジメにしか過ぎません。

 親だって本当に悪いかはわかりません。犯罪者名鑑でいえば、山地や加藤、小林薫の親あたりは明確な毒親かもしれませんが、私は宅間守の父、武士は、ちょっとアクが強いだけの、ユニークなおっさんくらいにしか思いません。

 先日、清原が逮捕された際も、憔悴した面持ちで警察の車に乗り込もうとする清原に、「清原さん何か言いたいことはありますか」などと質問をぶつける記者の姿が映されましたが、ああいうのを見ると、マスコミはやっぱりマスゴミと言われても仕方ない人種なんだと思います。

 37歳の息子から借金の申し出があった際、「お前のようなヤツは死ね」と言い放ったこと。不躾な質問をぶつけるマスゴミに、「死っねーーーーっ」と、誰もが当たり前に思う言葉を言い放ったこと。世代的に見ればそう珍しくはない体罰。

 息子から受けてきた精神的苦痛に比べればあまりに軽い、たったそれだけの要素で、長年、息子の起こしたトラブルの尻拭いに奔走して疲れ切った武士を「鬼父」などと決めつける。それがマスゴミと、世間がやったことでした。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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