犯罪者名鑑 酒鬼薔薇聖斗 序

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 今年は酒鬼薔薇聖斗が書いた手記「絶歌」の発表が、大きな話題になりました。同書は出版不況と言われる世の中で、これまでに二十五万部を売り上げ、酒鬼薔薇は推定四千万あまりの印税を手にしたといわれています。印税の用途については何の説明もなく、被害者遺族からのコメントも出ていないことから、すべて酒鬼薔薇の懐に入ったものと思われます。

 米国に、サムの息子法という法律があります。70年代に、「サムの息子」の名で犯行声明を出しつつ連続殺人事件を起こして逮捕された、デヴィッド・バーコイツに、出版社が多額の報酬を約束して手記のオファーを出したことが問題視されたことからできた法律で、犯罪者が自らの罪による悪評を利用して金銭を得る行為全般を取り締まる内容が制定されています。

 考えるまでもないことですが、犯罪者が自らの犯罪行為をネタにして金儲けをするなどということがまかり通っていたら、社会正義もクソもない世の中になってしまいます。「炎上商法」というマーケティング戦略もあるように、意図的に世間のヘイトを集めることで注目を浴びるのは、特にショー・ビジネスの世界では有効な手段の一つではありますが、それにしても越えてはならない一線はあるでしょう。

 「絶歌」では、酒鬼薔薇が少年院時代に受けていた更生プログラムについて何も触れられていませんでしたが、これは「第二段」のためにネタを出し惜しみしている可能性もあります。「現代社会では、情報を発信する側の人間が強者であり、誰かが発信した情報を共有することしかできない人間は弱者である」と持論を語る酒鬼薔薇は、今後も本を出版して金儲けを続けるつもりかもしれません。

 「絶歌」の後半には、酒鬼薔薇が少年院を出所してから、人並みに世間の波にもまれ、底辺の悲惨な労働環境の中で苦労をしてきた様子が書かれていました。恐らく酒鬼薔薇が手記を出版した本当の動機は、強烈な自己顕示欲を抑えられなかったのではなく、その悲惨な底辺生活から抜け出すことにあったのでしょう。出版の話がまとまるやいなや、執筆に専念したいからと、出版社から四百万円もの生活費を前借りしていたことからも、彼がよほど早く底辺労働を脱出したかったことが伺えます(取材の必要もない、自分の過去を語っただけの内容なら働きながらでも書ける)。

 同じ底辺労働にしか生き場がない者として、彼の気持ちはわからなくもないです。掲示板などで酒鬼薔薇を責める書き込みの中には、「そういう過酷な労働で苦労をするのも償いのうち・・・」などという意見もありましたが、これは完全に的外れな意見です。だって、実際に派遣などの底辺労働をしている人のほとんどは、前科などない普通の善良な市民なわけですから。酒鬼薔薇が底辺労働をするのが償いなら、真面目に生きている人たちが底辺労働をする意味は何だと言うのでしょう?

 元犯罪者にだって、人間らしい働き方をして生きる権利はあります。過ちを償うことと、悲惨な労働環境で働くことを混同するのはおかしな考えです。犯罪者的素養のない人間でさえ「やってらんねぇ」と思うような労働環境で、ちょっとしたキッカケで一線を踏み越えるような人間が根を上げるのは、ある意味当然ともいえます。

 酒鬼薔薇が安定した会社で働いていてもいいでしょう。結婚して子供がいてもいいでしょう。多数の友人に囲まれていてもいいでしょう。ただ、大儲けはやはりいけません。そこには越えてはならない一線があります。

 1969年。神奈川県のサレジオ高校に通っていた少年が、同級生の首を切って殺害する事件がありました。少年は出所後、弁護士となって成功し、子供も儲けて幸せな人生を送っていました。しかし、とあるノンフィクションが出版され、弁護士となった元少年が、遺族への賠償金を滞らせていたこと、それを追求した遺族に対して不誠実な対応を取っていたことなどが知られたのをキッカケに、世間から反感を浴び、個人情報を特定されるなどして、元少年は弁護士を廃業に追い込まれるなどの社会的制裁を受けました。

 もちろん、出所後に勉強して弁護士になったのは本人の努力であり、人が努力をするのは尊いことです。しかし、やはり世間というのは金持ちには厳しいもので、誰しも無意識のうちに、成功者を引きずり下ろすためのネタを探っているものです。それは醜い嫉妬でもなんでもありません。資本主義であり民主主義である近代国家には、「権力や財力を持つ人間には、それ相応の倫理が求められる」という絶対条件が必要です。それを成立させるためには、一般市民が政治家や資本家を監視していくという姿勢が絶対に必要です。

 いくら弁護士になるために血の滲むような努力をしたといっても、それだけでは、世間は元犯罪者が社会的な成功を収めることを許したりはしません。犯罪とは関係なく、自分で努力した人でさえそうなるのですから、自らの犯罪をネタにして金儲けを企む酒鬼薔薇が、このまま彼が言う「情報を発信する側の人間」として、勝ち逃げを決め込むのはまず無理でしょう。

 「絶歌」の中で、酒鬼薔薇は、「性依存症であったマハトマ・ガンジーが、晩年禁欲主義に転じたのは、性欲を満たすよりもそれを抑えることの方に快感を覚えただけであり、革命を成功させながら権力の座に着くことを拒んだチェ・ゲバラは、戦うことにしか己の存在価値を見いだせない生粋の戦闘ジャンキーであり、彼らは聖人君子ではなくただのマゾヒストにすぎない」などと語っています。

 納得できる部分もなくはないです。確かに、常識では考えられない行動を取るという点で、犯罪者と聖人君子は紙一重なのかもしれません。酒鬼薔薇は英雄とされる二人をただのマゾヒストとすることで、世間に批判されることを望む自分と重ね合わせているのでしょうが、ガンジーやゲバラが最後は銃弾を浴びて非業の死を遂げたように、酒鬼薔薇にもいずれ、何らかの社会制裁が待っていることは間違いないでしょう。その責め苦は、彼が自称する「マゾヒズム」などでは到底耐えられないほど強烈なものになると思われます。

 そう遠くない未来に来るであろう「そのとき」に備えて、私も酒鬼薔薇聖斗の研究を進めていきます。
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犯罪者名鑑 佐世保小6女児殺害事件 5

させぼ




  PTSD 

 事件は子供たちの心に、深刻な傷痕を残しました。6年生の児童の一部は、事件後、しばらくは言葉を発せなかったり、夜、電気を消して眠れなかったりするなどのPTSDに苦しめられました。

 中でも症状が重かったのは、事件前、Aから暴力を受けていたというBくんでした。彼はマスコミからの取材を受け、事件前、Aにカッターナイフを振り上げられたときのことを語ったのですが、後日、学校側の記者会見で、マスコミからその件について質問があった際、佐世保小学校の出崎叡子校長がとんでもない発言をして、Bくんを傷つけてしまったのです。

「学校では、何かあったらすぐに担任に報告するよう、指導を徹底していました。カッターナイフ振り上げ事件のことを、(Bくんが)事前に言ってくれていたら、対応は違ったと思います」

 これではまるで、事件が起きたのはBくんのせいだと言っているようなものです。さらに、話しはこれで終わらず、出崎校長は、「ナイフを振り上げられた児童は、アスペルガー症候群だった」などと、事実無根の記者発表をして、Bくんを不当に貶め、自分たちの監督不十分を誤魔化そうとします。

 出崎校長も、想定外の事態でいっぱいいっぱいだったのでしょうし、悪気はなかった可能性もあります。しかし、それにしたところで、あまりに稚拙な対応です。出崎校長は、発言の撤回を求めるBくん親子から逃げ続け、「訂正発表をしたら、マスコミにまたあることないこと書かれますよ」と、脅すようなことさえしたといいます。結局、謝罪が行われたのは、事件から一年も経ってからのことでした。

 最終的に作成された第一次報告書には、AがBくんに振るっていた暴力について、「ある特定の生徒がちょっかいを出しており、それに反発した」などとウソの記載がされていました。報告書には、ほかにも「担任は適切な処置を行っていた」「事前の予見は不可能であった」などと、学校関係者の責任を回避するかのような内容が書き並べられていたといいます。

 学校というところには昔から身内を庇う体質があり、校内暴力が盛んであった80年代ごろから、校内で起きた問題の責任を特定の生徒に被せて始末をつけるといったことが、当たり前のように行われていました。時代は変わり、今では「モンスターペアレント」の出現など、逆に生徒や保護者側の方が力をつけすぎてしまったという見方もありますが、どちらにせよパワーバランスを均等に保つためには、行き過ぎた行為は批判されなければいけないところです。佐世保市や出崎叡子校長のBくんへの対応は最悪といってもいいものでしたが、では、彼らの言っていることは、全部がデタラメであったのか?

 今度は学校側の視点から見てみようと思います。即ち、「予見は本当に不可能だったのか?」ということです。


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 「普通の子」


 家庭裁判所でAと接した弁護士は、Aが自分のことを「チュウカンの子」と評していたことを語っていました。記者会見では、佐世保小学校の出崎叡子校長も、女児は「普通の子」という印象だったと、同様のコメントを残しています。

 凄惨な事件が起きたとき、他人、特に子供を持つ親は、「事件は異常な家庭で育った異常な子供が犯したもので、ウチには関係ない」と思いたがる心理が働きます。話しを面白おかしくしようとするマスコミの悪ふざけがそれを煽り、ときに事実とは全く異なる犯人像が世間に伝えられることがあります。しかし、Aに関しては、関係者の誰もが、当初は「普通の子」と言っていたのです。

 「普通の子」の基準も人それぞれですが、一応の解答としては、「特別優れた能力はないが特別遅れた能力もなく、もの凄く褒められた行動をするわけでもないが、もの凄い問題を起こすわけでもない児童である」・・・・と、いえると思います。この事件は、そうした「普通の子」が犯した事件とされ、被害者のお父さん、御手洗恭二さんも、その点を不審に思う手記を残していました。

 Aは「普通の子」であったのか。わかっている情報を元に、Aがどんな子であったかと聞かれたら、私は、「頑張り屋さんで、年相応に分別もあり、友達付き合いもちゃんとできる子」と答えます。御手洗さんらとのトラブルも、この年頃の子にはよくある程度のものです。取調べに当たった刑事も、「コロシに発展するほどのことじゃないんだけどなぁ・・・・・」と、首を捻っていました。

 では、「予兆」がまったくなかったかといえばそうではなく、Aは同級生の男子生徒に馬乗りになって暴力を振るうなど、明らかに異常な行動が目撃されていました。過激な映像作品にのめり込むというのは、私は特にまずいとは思いませんが、そういうものをまずいと思う人が注意して見ていれば、別のもっと深刻な問題に気付けていたかもしれません。

 一つ一つは小さかったかもしれませんが、「予兆」はあったのです。では、それに気づけなかった関係者が悪いのでしょうか。それはそれで追及するべきかもしれませんが、親や教師など、少数の人に責任を背負わせただけで、今後の改善に繋がっていくのでしょうか。私が言いたいのは、「目が足りない」のではないか、ということです。


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 地域社会の連帯感の復活 


 事件を受け、大久保小学校と同じ中学校区内にある春日小学校の校長は、

「今回の事件は対岸の火事ではない。だが、学校だけで何ができるだろうか。これまで学校は閉鎖的だった。もはや、みんなの目を借りなければ、教育はやっていけない」

 と発言しました。学校関係者として、現実をよく捉えた、勇気ある発言といえます。

 昭和の中期まで、日本の地域社会には、子供を持つ家庭もそうでない家庭も一体となって、子供を見守り、育てていこうという機能が働いていました。余所の家庭の子をとっ捕まえて叱るといった光景も珍しくはなかったといいます。

 ところが、時代が下り、個人のプライバシーということが喧しく言われるようになると、地域の繋がりは薄くなり、ご近所同士、顔も知らない、挨拶も交わさないといったことが当たり前の社会になってしまいました。

 そもそも、忙しすぎる現代人には、余所の家庭を気にしている余裕などありません。地域で子供を見守るという機能が失われ、学校や親にかかる負担、責任があまりに重くなり、事件が起きた際には親と学校だけがもの凄く叩かれてしまう。そのせいで、事件が起きた際に学校が隠ぺいに走り、親は逃げるという態度に繋がり、結果的に、世間に真実が伝わらないという結果になっているように思います。

 今年は大阪で中学一年の児童二人が誘拐、殺害されるという痛ましい事件が起きました。あの事件でも、ビラを作って一生懸命子供を探したお母さんが何故か叩かれるという現象が起きましたが、あれはインターネットの普及により、昔から人々が感じていたことが炙りだされてきただけなのでしょうか?

 遠く離れた場所に住んでいる人の意見はあんなもんだったのかもしれませんが、少なくとも、近隣住民は違ったはずです。深夜に外を出歩いている子供がいれば、とりあえず声をかけるというのが、昔の地域社会だったはずです。防犯カメラの映像には、営業中のコンビニが映されてもいましたが、子どもが夜中に外に出ていても、取りあえず朝まで過ごせてしまうという、コンビニやファストフード店の二十四時間営業化も見直していかなければならないでしょう。

 ここまで、「昔は良かった、今はダメ」といったようなことを書いてしまいましたが、当の私も近所づきあいは面倒だと考える方で、そもそもそういう社会で小さい頃から育ってきたため、昔に還れといっても、具体的にどうすればいいのかまではわかりません。また、今は昔と違って個人の移動範囲も広く、コミュニティも無数に存在し、パソコンを開けば、自分の居心地のいい場所は幾らでも見つかるという時代です。「家が近いからというだけで、なんで世代も違う、よくわからん連中と付き合う必要があるんだ」という考えも当然といえば当然です。

 ただ一つ確実にいえるのは、「子供を作り、育てるのも自己責任」といった社会では、今後少子化はますます進む一方で、子どもが凶悪事件に巻き込まれるのを抑えることもできず、また、多数の老人を少数の若者で養う社会の維持はできないであろう、ということです。

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 その後の加害者
 
 
 犯行当時11歳、刑罰の対象にならない「触法少年」であったAは、少年院でも少年刑務所でもなく、児童自立支援施設での生活を命ぜられました。栃木県の「国立きぬ川学院」です。当初の収容予定期間は2年間でしたが、その後延長され、2008年、併設された中学校を卒業したAは、心身に問題なしとして、強制措置を解除されました。

 きぬ川学園の中でのAの様子、更生に向けてどのようなプログラムが行われたかについて、詳しいことはわかっていません。供述の中で、事件を起こしたことにたいして反省、悔悟の気持ちが弱いとされたAには、アスペルガーなど発達障害の疑いがあったことから、「他人の気持ちを理解する」ことを、感性ではなくロジックで覚えさせる、ソーシャル・スキルなどのトレーニングが行われたものと推察されますが、どれほどの成果をあげたのか、本当に社会生活を送っていけるほど更生できたのかは不明です。 
 
 今年は「元少年A」酒鬼薔薇聖斗が手記を出版したとして、大きな話題となりました。自己陶酔に満ち溢れた表現からして、彼が反省など一切していなかったのは明らかですが、私が注目しているのはそこではありません。

 手記の後半には、酒鬼薔薇が出所後、人並みに世間の波にもまれ、厳しい労働環境で苦労してきたことが伺える内容が記されていました。私は彼の手記出版の一番の動機は、「強烈な自己顕示欲」などではなく、その底辺の悲惨な労働環境から脱出したかったのではないか、と睨んでいます。

 犯罪の素養がない人間でさえ「やってらんねぇ」と思うような世の中で、ちょっとしたキッカケで一線を越えてしまう人間が、果たしてやっていけるでしょうか。「少女A」は現在22歳になりますが、22歳は大学をストレートで卒業した人が社会に出る年齢で、まだまだ人生は始まったばかりです。これから社会の矛盾や理不尽、トラブルにぶつかっていく中で、Aの「狂気」が絶対に弾けないとはいえないでしょう。

 本人だけではなく、社会全体が変わらなくては、悲劇はなくなりません。Aの事件から10年間、あれほど「命の大切さ」を子供たちに教えてきたはずの佐世保で、高校一年の女子が同級生を殺傷するという事件が起きてしまいました。「高1女子」では、事件を予見できるポイントが「小6女児」とは比較にならないほど多かったにも関わらず、見過ごされてきた経緯があります。「小6女児」の教訓をなぜ生かせなかったのか?どんなに生かそうとしても、やはり「目が足りない」のか?

 「佐世保は呪われた土地」などと言われないためにも、教育関係者には諦めず研究を続けてもらい、もう十年後には、「真の教育発祥の地」といわれるようになって欲しいものです。


 総括 : 情報が発達した今の社会は、昭和の中期に比べ、「大人は昔よりずっと子供で、子供は昔よりずっと大人」になっていると、個人的には思います。今の子供は大人が考えているより、ずっと複雑な想いを抱えて生きています。昔と同じ感覚では、もう子供を育てていくことはできません。一方で、昔の社会が持っていたいいところを、もう一度見直してみる必要もあるでしょう。


 佐世保小6女児殺害事件 完

 

犯罪者名鑑 麻原彰晃 21

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 TBSビデオ問題

 
 TBSは、問題とされる番組の制作に向けて、オウムがマスコミ向けに公開した、富士山総本部での「水中クンバカ」の模様を録画するとともに、公平を期すため、坂本弁護士、牧太郎、永岡弘之ら、被害者の会側にもインタビューを実施しました。

 インタビューの中で坂本が主張していたことを要約すれば、

 ・信教の自由は認められるべきである。しかし、宗教も社会のルールの中で行われるべきであり、家庭を破壊することは許されない。

 ・宗教が金儲けの手段ではあってはならない。オウムの金集めの方法は常識を逸脱しすぎている。

 ・麻原に空中浮揚などの特殊能力はない、イニシエーションに使われる麻原の遺伝子に、特別な効果などはない、といった客観的事実。

 というところです。

 オウムの水中クンバカ撮影は、被害者の会インタビューの収録を終えた数日後のことでしたが、水中クンバカ撮影後に行われた、麻原へのインタビューの中で、やはりオウムの金儲けについて批判する内容の質問がされたということで、オウム幹部と、ディレクターとの間で言い争いが起こってしまいます。その言い争いの中で、ディレクターが、番組の中で、被害者の会のインタビューが放送されることを、ついうっかりと漏らしてしまいました。

 事態を重く見た麻原は、後日、早川紀代秀、上祐史浩、青山吉伸の三人を、TBS千代田スタジオの「3時に会いましょう」スタッフルームへと送り込んで来ました。三人は、番組の制作スタッフに対して、被害者の会のインタビューが収録されたVTRを見せることを要求。スタッフは三人の圧力に負けて、VTRを見せてしまいました。

 これは重大な信用問題です。マスコミには「取材源の秘匿」つまり、取材相手の承諾なしに、その内容を外部に漏らしてはいけないという報道倫理があります。これが守られないと、取材相手との信頼関係は完全に損なわれてしまい、結果的に、世間に対して正確な情報が伝わらなくなってしまうことに繋がります。

 報道関係者にとっては基本中の基本、入社以前に知っているべきことのはずですが、なぜか番組制作の責任者は、こともあろうに、取材源である坂本弁護士らと対立するオウムの幹部に、未発表のVTRを見せてしまったのです。

 VTRで坂本が語った内容に関しては、これまでオウムに行ってきた批判のまとめに過ぎないもので、このVTRが直接的な原因となって一家が殺害されたとは、単純には言えません。しかし、VTRを見せたことが、麻原やオウム幹部の反感を煽る結果となったことは明らかです。

 極め付けだったのは、結局、このとき制作された番組が、世間に向けて発表されることはなかった、ということです。どうせこうなったのなら、せめて番組が放送されて、世間が早いうちから一家失踪とオウムとの関連に気づけるようになれば良かったと思いますが、オウム側からの激しいクレームに屈したのか、番組の放送は中断され、しかもその見返りとして、TBSはオウム側に、被害者の会のインタビューが収録されたVTRを見せたことを公言しないように要請したのです。

 TBSは一家の失踪が明らかとなってからも、オウム幹部にVTRを見せた一件を公表しませんでした。経緯からして、オウムが「怪しい」のは小学生にもわかることであり、この時点でTBSが過失を認め、事実を公表していれば、地下鉄サリン事件など、後に起きた事件はすべて防げていたであろうことを考えると、事実を隠匿したTBSの責任は大きいと言わざるを得ません。

 坂本本人にも、番組の放送が中止になったことは知らされましたが、オウムがスタジオに押しかけてきたこと、オウムに未発表のVTRを見せてしまったことは伝えられませんでした。坂本は「中途半端な内容では、番組がオウムの宣伝になってしまうかもしれないし、かえって良かった」と、中止になったことを歓迎しているようでしたが、すでにこのとき、麻原の殺意は、坂本に向けられていたのです。


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 対決


 オウム側のクレームにより、番組の放送はひとまず中止されることが決まりましたが、TBS側の説明では、今後同様の趣旨の番組が放送される可能性がないとはいえない、とのことでした。そこでオウムは、今後永久に、マスコミを使って教団を誹謗することを辞めさせるよう、坂本弁護士との直接交渉に臨みます。

 横浜法律事務所で行われた話し合いでは、オウム側は、青山だけがテーブルに着くという当初の約束を破り、上祐、早川を同席させます。そのことに坂本が憤慨すると、上祐、早川は別室で待機ということになったのですが、当時まだ二十代、若く血気盛んで、弁舌に自信があった上祐は自分を抑えられなかったのでしょう、持参した資料の説明にかこつけて、結局は交渉のテーブルに座ってしまいました。

 一方、早川は、部屋に置いてあった、事務所の機関誌に目を通していました。そこに書かれていたのは、坂本の家族構成と、横浜市に住まいがあるという個人情報でした。

 横浜法律事務所が入っているビルの玄関が閉まる二十一時半ギリギリまで行われた話し合いがうまくいかなかったのは、紅潮した坂本の顔と、「こちらには信教の自由がありますから」という上祐の捨て台詞、それに対する「人を不幸にする自由は許されない。徹底的にやりますからね」という坂本の返答が物語っていました。オウムは、「今後も被害者の会が活動を続けるのなら、子どもを使って、被害者の会に所属する親を裁判で訴えさせる」とまで言ってきたようです。

 坂本は憤慨しましたが、被害者の会側にも、切り札はありました。脱会信者で、百万円を払って血のイニシエーションを受けたが何の効果もなく、返金を要求したが応じられず、何とか取り返したい旨を相談してきた男性です。男性は、オウムに入信したいきさつや、教団での修行内容をマスコミに暴露していたのですが、オウムは記者と偽って男性の自宅に上がり込み、脅迫をして、マスコミに話した内容を訂正し謝罪する文書にサインをさせたというのです。

 話が事実なら、民事だけでなく、刑事でも告訴できるかもしれません。坂本は、ようやく自分の戦場で腕を振るう機会が来たと意気込んでいました。


わたぬ




 殺害指令


 翌年に真理党として総選挙に出馬することを計画している麻原にとって、加熱するオウム批判の動きは、目障りなことこの上ないものでした。

 この時点で言っても無意味なことですが、ここで疑問に思うのは、そもそも麻原が総選挙出馬など考えなければ、反オウムの動きがこれほど加熱することはなかったのではないか・・・?ということです。

 出る杭は打たれるのは世の常。また、人というものはえてして、本当の悪人よりもむしろ「偽善者」に反感を覚えるものです。明らかな違法集団がええかっこしいをして目立とうとすれば、世間から袋叩きに合うのは必然です。

 また、坂本弁護士はもともとオウムに関わるのは乗り気ではなく、オウムという社会悪を断罪するというより、困っている被害者の役に立ちたいという想いで、オウム問題に関わっていました。つまり、訴えがあった時点で、オウムが被害者に素直に信者を返すなど譲歩していれば、坂本はそれ以上オウムに深入りするのをやめ、ここまで批判の声が大きくなることもなかったはずです。麻原ほど頭の良い人物が、それをまったくわからなかったわけではないと思うのですが、総選挙に出馬することを考えると、いかなる過ちでも認めたくはなかったのでしょう。

 この後、麻原率いる真理党は、総選挙で惨敗という結果を迎えたことを考えれば、総選挙出馬という無謀な野望が麻原自身の首を絞めており、無駄に金を使い、部下を振り回しただけで、組織にとって何の得にもなっていないということが言えると思います。

 「自己顕示欲」というのは厄介なシロモノだな、というのは、こういうブラックな団体をみたときに感じることです。今でいえば「ワタミ」がそれですが、あの会社だって、バカ社長があんなに出しゃばって、企業のマイナスイメージを世間にばら撒いていなければ、あれほど業績が急激に低下することはなかったはずです。

 ワタミの肩を持つわけではありませんが、飲食の会社などはどこも似たようなものですし、世間には表に出ていないブラック企業など山ほどあります。そういう会社の社長たちは、「ワタミはバカだな。俺たちみたいに、分を弁えて、もっと目立たないようにコソコソやれば、世間から叩かれることもないのに」と、バカナベ美樹を笑っていることでしょうが、バカナベ本人は、自分がバカだなどとは夢にも思っていないでしょう。

 麻原もバカ美樹も、「自分は絶対正しい」と思い込んでいるはずです。その割には、後ろめたいところを指摘されたとき、慌てふためいてオーバーなリアクションをとってしまうのが矛盾しているように思いますが、逆に考えれば、自分を後ろめたい存在、追及されたらヤバい存在だと強く自覚しているからこそ、ああいった正反対の偽善的アピールをして、自分自身までをも誤魔化さないとやっていられないのかもしれません。こういう人間の心理も、中々興味深いものはあります。

 とにかく、反オウムの動きを苦々しく思った麻原は、オウムを批判する人々を殺害できないかと、真剣に考えます。冷静に考えれば、今現在オウムを批判している人々を抹殺したところで、別の誰かが立ち上がるだけで、事態はかえって悪化するという結論に至るはずですが、目の前の選挙戦のことしか見えない麻原は、まずはサンデー毎日編集長の牧太郎の抹殺を計画。しかし、牧が編集部に泊まり込むことが多く、危害を加えるのが難しいことがわかると、とうとう坂本弁護士をターゲットに選びます。

「坂本を生かしておけば、オウムにとって大きな障害となる。坂本がこれ以上悪行を積まないためにも、ここでポアしなければならないのではないか」


 こうして、坂本弁護士一家殺害計画が、実行に移されることとなったのです。
 
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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