凶悪犯罪者バトルロイヤル 第183話

 市橋達也は、今日の勤務の待ち合わせ場所である、ファストフード店前に立っていた。

「お。たっちゃん。今日も一緒か」

 集合時間を二分すぎて現れたのは、23歳のシゲユキくんである。日雇い派遣に登録してから二週間ほど、彼とはよく相勤になった。話す機会も増え、今ではお互いにタメ口で呼び合う仲となっている。

「場所がわかりづらくて参ったよ。スポットは毎回現場が違うから厄介だよね。俺なんかパソコンもスマホも持ってないし、いい地図が用意できないからさ」

 ぶつくさと文句を言う彼は、規則で決められたチノパンではなく、ジーパン姿である。

 規則を守らないのは、当然まずいことである。現場で怪我をしたとしても、それが規則を守らなかった結果であった場合、労災が支払われないことも多いのだ。

 取りあえず言われたことを守っておけばいい。こちらがそう考えておけば間違いはないわけだが、規則について満足な説明もしない会社側の姿勢もどうなのだろうか、とは少し思う。ガキではないのだから、一つ一つの規則にちゃんと意味があることがわかれば、誰だって面倒くさくても守るのに、ただ頭ごなしに言われるだけでは、一見意味のわからない規則はバカバカしくて守る気が起きなくなる人がいてもおかしくはない。スタッフを人間ではなく、家畜に近いものとして見ているから教育などはしないということであろうが、労災を死んでも払いたくないという姿勢なら、登録時に5分なり10分なり時間を設けて、一通りの説明くらいはしておくべきではないかと思う。

 やがて引っ越し屋の車がやってきて、僕たちを回収していく。昔は、沢山いる日雇い労働者をトラックの荷台に積んで輸送するといったことも行われていたらしいが、今はさすがにそんなことはない。それぞれ別の車の助手席に乗せられ、僕たちは現場へと向かった。

「水は持っているか。茶よりもスポーツドリンクがいいぞ。塩飴もあるから、いくつか持っていきな」

 連日、熱中症の話題が喧しいこともあり、社員はそれなりに気を使ってくれる。あれだけ騒ぐと、逆に思い込みで症状を悪化させてしまう人もいそうな気もするが、それで助かっている人の数の方が多いには違いないから、どんどん騒ぐべきであろう。確かに近年の暑さは凄まじい。自分の身を守れるのは、最終的には自分自身しかいない。各自、対策はしっかりとらねばならない。

 現場に到着し、仕事が始まった。マンションの四階に、重たい家具などを次々と運び込んでいく。昔は真夏だろうが引っ越し屋がエレベーターなどは使えなかったそうだが、いまどきはそんな残酷なことは言うオーナーもいないという。住人には嫌な顔をされることもあるが、こっちは日に何件も仕事を抱えており、体力を温存しておかなければいけないのだから、気にしてはいられない。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 社員に心配されているのは、シゲユキくんである。全身から滝のような汗を流し、足もとはふらつき、いかにも倒れそうに見える彼だが、僕は彼のそんな姿を、冷ややかな目で見ていた。

 荷物は小さい物しか運ばない。ふと見ると、陰に隠れて休憩をとっている。一番若い彼が一番仕事をしていないのに、どうして一番疲れているのだろう。確かに体力は人それぞれには違いないが、僕にはどうも、彼は全力を出し切っていないように思える。

 しかし、やがてシゲユキくんの行状に社員も気づきはじめ、注意を受けることになってしまう。

「君さあ、サボるんだったら帰るか?仕事しない奴には金やりたくねえよ」

 仕事のキツさに応じた金をもらっているとは言い難いし、頑張って仕事をしたところで貰える金は同じなのだから、できるだけサボろうとするのは当たり前なのだが、シゲユキくんの場合はちょっと目に余る。怒られるのは無理もない。

 それから、少し真面目に働くようになった彼だが、何か不満そうな顔をしながら仕事をしていた。社員に怒られたことを気にしているのかと思っていたが、それが違っていたことが、休憩時間に明かとなる。

「ゴキブリでも見るような目で見やがって・・。あの家の夫婦、絶対俺のこと見下してたよな・・・」

 お客の夫婦は、シゲユキくんより少し上くらいの年齢であった。いまどきそのくらいの若さで、家賃8万はするようなマンションに住めるのだから、いい会社に勤めているのだろう。シゲユキくんが僻むのは無理もないかもしれないが、見下していたとは、被害妄想が強すぎるのではないか。

「だからって、サボるのはよくないんじゃないか。あれは怒られるよ。仕事ができなくてもいいけど、せめて頑張ってる姿勢は見せないと」

 別に彼の今後を心配したとかではなく、単純に、話題を繋ぐために、僕はそう言った。

「だって、バカバカしいよ。やってられないよ。あんな仕事、真面目に頑張る方がバカだよ」

 シゲユキくんは、開き直ったように言う。初めて会ったときにはオドオドしていた彼だが、親しくなるにつれ、だんだん本当の顔を僕に見せるようになっていた。

「俺は確かに仕事ができない能無しさ。正式に診断を受けたわけじゃないけど、頭に障害があるんだと思う。だからって、なんで人より頑張らなきゃいけねえんだよ。逆だよ。能無しだから、逆にサボるんだよ。人の何倍も努力して、ようやく人並み。それでやる気が起きるか?人が手を抜いてもできていることを、なんで俺だけが死ぬ気になってやらなきゃいけねえんだよ。努力ってのはゴールに向かってするものなのに、なんで俺だけがスタートラインに立つために努力をしなきゃいけねえんだよ。そんなの不公平だろ」

 こっちもそこまでは言っていないし、おそらく他の誰かに言われたわけでもないだろうが、被害妄想に凝り固まったシゲユキくんには通用しない。僕は黙って彼の話を聞く。

「頭に障害があるけど、私は頑張ってます。健常者様に認められるために、いじましい努力をして、人ができて当たり前のことを自分だけは一生懸命にやっています。健常者どもを喜ばせるためだけに、なんで俺が、そんな偽善テレビ番組でやるようなストーリーを演じなきゃいけないんだ?バカにすんなよ。頑張れとか言いやがって、もし頑張った結果、貧乏まみれの人生から抜け出せず、結婚もできなかったら責任とれんのかよ。障害者だからそれでも我慢しろってか?ふざけんな」

 能力がない人間だからといって、プライドがないとは限らない。若いシゲユキくんのプライドは強烈だが、半端だ。その半端なプライドが、彼が持つ本来の可能性を狭めてしまっている。

 プライドさえ無くなれば少しはマシになるだろうが、それはおそらく無理だろう。彼は自分を卑下してはいるが、自分が好きなのだ。好きな自分を変える気が起こるはずもない。他人から説教などされたら、余計に依怙地になってしまうだけだ。
 
 ADHD。人に理解されない障害を抱えた者には、彼らにしかわからない世界がある。それは健常者が容易に立ち入るべきではない世界だ。健常者の世界についていけないシゲユキくんは、自らの歪んだ世界の中で哲学を作ってしまっている。それは健常者には到底受け入れ難い哲学である。

 犯罪者である僕には、シゲユキくんが犯罪をおかすのは、時間の問題に思えた。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第182話

 中目黒のキャバクラ、「クラッシュ」で勤務を終えたT・Nは、客から貰った貢物の整理に追われていた。

「時計、財布、バッグ・・・。すごいですね。今まで貰ったもの全部質に流せば、百万くらいにはなるんじゃないですか」

 整理を手伝ってもらっているのは、「クラッシュ」ではマネージャーを勤める、「青春の殺人者」佐々木哲也くんである。

「そんなことできないわよ。お客さんの中には、プレゼントされたものを身に着けていないと気分を悪くする人もいるんだから・・。全部ロッカーに置いて、お客さんによって付け替えないと・・」

 そうして溜まってしまった貢物が、前の店から合わせて、もう35点である。ロッカーの中だけではスペースが足らず、いずれ専用のレンタルルームを借りなければいけなくなるのは、時間の問題だった。

「先輩、お先に失礼します」

 帰路につく後輩のキャストたちが、Nに頭を下げる。

「うん、お疲れ様。また明日ね」

 後輩のキャストたちは、皆キャバクラは未経験。私より年上の者が多いが、皆、他店で実績のある私を敬ってくれる。初日にいた経験者で、私に妙な対抗意識を燃やしていた女は、オーナーの八木に頼んで早々に追い出した。売上も当然、私がナンバー1。オープンから一週間を過ぎた段階で、ナンバー2にトリプルスコアを付けての独走状態である。

 ここは私の王国。逆らう者は、誰一人としていない。何もかもが思い通りにいく。八木の店に移るにあたって、私が狙っていた通りの展開になっていた。

「うらぁ、八木はおるか、八木は!」

 私以外のキャストがいなくなった店舗に、突如として粗暴な怒鳴り声が響き渡る。

「なに?なんなの」

「Nさんはここで待っていて。いざとなれば、裏口から逃げてください」
 
 同盟者である私を残して佐々木くんが出ていったホールの様子を、私は廊下から影に隠れて見る。そこには巨漢の男たちが三名・・。大会参加者の、北村一家であった。

「お前ら・・!」

 佐々木くんは、ナイフを構えて威嚇する。しかし北村一家は、何か不敵な笑いを、肉厚の顔に張り付けているだけである。

「あほが。今日俺たちが来よるんは、そげなんじゃなか。にしゃらのごたる雑魚は、俺らがやらんでも、いずれ他の誰かにやられよる。俺たちが今日きよったんは、きさんらから金を頂くためバイ」

「なんだと・・・」

 八木と佐々木くんは、北村一家からは敵ではなく、ただの財布としか思われていない。殺そうと思えばいつでも殺せるが、あえて生かして金を奪う。吸い尽くされるだけ吸い尽くされて、いずれ死ぬだけの存在。そうした彼らに対する認識は、おそらく麻原や松永ら他の参加者も一緒・・。残酷であるが、それが今の八木、佐々木コンビの現状であった。

「逆らえばこの場で殺すだけやが・・・。もし大人しく金ば出すなら、ちょこっとは寿命が延びるぞ。さあ、どげんするね」

 小学生の子供を相手にするような、舐め腐った北村一家の態度。実際に、彼我の戦力に大人と子供ほどの開きがあるのは間違いないが・・・。

「ふざけんな、お前らっ!」
 
「ちょっと待って」

 激昂して北村一家に切りかかろうとした佐々木くんを、私は制止した。そして、北村一家に、今持っている財布を投げつける。

「それに四十万は入ってるわ。お金だけ抜いて、財布は返して。お客さんからもらった、大切なものだから」

 北村一家は財布の中身を抜き、福沢諭吉の数を確認すると、私に空になった財布を投げて返した。

「ふん、今回んところは、こんくらいで勘弁してやるバイ。次くるときは、こん金を倍にして寄越せ。なんなら、そこにいる姉ちゃんが、ワシの息子らに一発ずつやらしてくれるってんでもよかぞ」

 下卑た笑いを浮かべる三人の巨漢男に、私も鳥肌を禁じ得ない。しかし、けして視線は逸らさない。

「また来るバイ」

 襲撃者は去っていった。三日分の給料を失ってしまった私は、オーナーである八木の部屋へと向かう。八木はあろうことか、デスクの下に隠れ、頭を押さえて、小動物のようにガタガタと震えていた。

「ずっとそうしていたの」

「・・敵は・・・敵は帰ったのか?」

 冷たく見下ろす私に、八木は怯えた声音で問う。

 何もかもが、変わり果てている。松永との戦いで、八木は財産だけでなく、男のプライドまでも砕かれてしまっていた。

 頼りがいの欠片もない中年男。その姿はダメオヤジそのもの。しかし私は、この哀れな八木を見捨てることができない。

「敵はいなくなったわ。今日はもう安心だと思う。念のため、あなたが帰るまで、うちの男二人に護衛を頼んでみるから」

 自分の財布から出した金で襲撃者を追い払ったことは、八木には言わなかった。私のための「王国」への投資だと思えば、あのくらいは安いもの。そう自分に言い聞かせた。

 やがて迎えに来たA・Sとともに、私たちは揃って帰路へとつく。「王国」を維持するために、私は八木を捨てるわけにはいかない。それよりも――何よりも私は、哀れな八木を捨てないことこそが、かつて道を踏み外し、今もなお醜い犯罪者と血みどろの戦いを繰り広げている自分が唯一、「人」である証なのだと、固く思い始めていた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第181話


 保育士マキとのデートから、十日余り。「毒魔羅」が完治した宮崎勤は、かつてない煩悶に苦しめられていた。

「僕は木島香苗が好き。僕は木島香苗が好きじゃない。僕は木島香苗が好き。僕は木島香苗が好きじゃない。僕は木島香苗が・・・」

 花占いは、また恐ろしい結果が出てしまった。これでもう、五回連続である。

「あっあっあっ。こんなのは、嘘なんだっ、ああっ、ああっ」

 錯乱した僕は、先ほど、四、五歳の女児が口をつけて飲んだ公園の水を、自らもまた口をつけて飲んだ。次にやったのは、僕の恋のキューピッド、松永への電話だった。

「宮崎さんですか。どうしたんですか?」

「あっあっあっ。さっき、五歳の女の子の虫歯菌が、僕の口の中に入ったんだっっっ。これで明日僕の歯はボロボロになり、入れ歯を入れなくちゃいけなくなって、口がうんこの臭いになって、木島に嫌われるかもしれないんだっ」

「そうですか。では、ポリデントをお届けすればよろしいですか?」

「あっあっあっ。またかけなおすんだっ」

 僕は電話を切り、今度は公衆トイレに入って、昨日から取り組んでいる、ある実験に入った。

「となりのトットロ、トットーロ」

 iPodから流れるのは、僕のリスペクトする、宮崎駿監督の名作アニメ、となりのトトロである。これを聞きながら、かつて愛した女、マキをおかずにオナニーをした場合、射精までに要する時間は、4分21秒である。

「こ~い~しちゃった」

 続いては、YUIなる歌手の代表曲、「こ~い~しちゃった」である。これを聞きながら、木島の痴態を思い浮かべてオナニーをした場合、射精までに要する時間は、4分11秒・・・。先ほどのタイムを、10秒上回っている。

「あっあっあっ」

 いったい、どういうことなんだ。二発目なのに、あんな木島をおかずにしたのに、こんな、本当のタイトルもわからないような「こ~い~しちゃった」なんて曲を流しているのに、どうしてさっきよりも早いタイムが出るんだ。しかも、こ~い~しちゃった、のリズムに合わせて魔羅を摩擦すると、すさまじい快感が走るのは、なんでなんだっ!

 納得のいかない僕は、再び松永に電話をかけた。

「どうしました、宮崎さん。今度は、8歳の女児の淡を飲んだとか、そういうことですか」

「あっあっあっ。こーいーしちゃったを流したら、トトロのときより出るのが早くて、僕はいったい、どうしたらいいんだっ」

 松永が適当なことを言いやがったのには若干腹が立ったが、僕は怒りたいのを我慢し、さっき起こったことを的確に述べた。

「そうですか。宮崎さんの意中の女性こそトトロみたいなのに、変な話ですね」

「あっあっあっ」

 松永が木島の体型を揶揄したとき、僕の心の底に溢れるのは、怒りである。つまり、僕は木島に恋をしている・・・?

「ちなみに、宮崎さんが先ほどおっしゃった曲のタイトルは、CHE・R・RYです。宮崎さんはもうチェリーボーイではないのだから、そんなに慌てる必要はないのではないですか」

「あっあっあっ」

「では、また何かあったら、お電話ください」

 松永が適当にまとめやがったのには腹が立ったが、ともかく、僕はトイレの床にぶちまけた精液をそのままにしてトイレを出、そのトイレにさっきの五歳の女児が入ったのを見届けた後、家へと帰った。

 木島香苗の姿は見えない。どうやら、何処かへ出かけているようである。さきほど、立て続けに二発精を放ったばかりであり、木島のパンツを漁る気にもならない。落ち着いた僕は、尊敬する夜原なおき先生への手紙を書くことにした。

――夜原せんせい、こんにちは。私は今、恋をしています。その相手は、ふくよかな体型をしていて、人の心を操るのがとっても上手い人です。もう、苦しくて、胸が張り裂けそうで・・。どうすればいいのか、困っています。 今田夕子

 こんな悩みなど打ち明けたら、夜原先生の創作の妨げになってしまうかもしれない。しかし、僕のために約束を守り、何だか知らないが、何か大事な戦いに勝ってくれたという夜原先生なら、何か力になってくれるのではないか。ずうずうしいと思いながらも、期待を込めて、手紙を書いた。

「勤さん」

「わっ」

 手紙を書き終えた僕の後ろから、でかい顔をぬっと突き出し、いきなり木島香苗が声をかけてきた。書くのに夢中になりすぎ、象が歩くようなでかい足音に気が付かなった。

「お、おかえり・・・なんだい」

「あのね。さっき、お世話になっているある人から、久々に殺人の依頼を受けたのよ」

 この声を聴くだけで、ドギマギする。なんでこんなことになってしまったんだ。

「そ、そう・・・で、今度は、誰なんだい」

「麻原彰晃の命を、取ってきてほしいの」

「え!」

 麻原彰晃といえば、大会最大の大物・・・。戦いにはまったく興味がない僕でも、あいつを殺すことは、他の奴らを殺すこととはわけが違うことくらいはわかる。簡単には頷くわけにはいかない。

「お願い・・・」

 しかし、木島に上目づかいをされると・・・。僕は、僕は、参ってしまう。

「う、うん・・・。わかったよ・・・。いつか、ね・・・」

 本当に、なんでこんなことになってしまったのか・・。煩悶に苦しめられつつ、僕は今日も、「小学五年 国語」の教科書を開き、「赤い実弾けた」を読んだ。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第180話


 兵どもが夢の跡。今は遺体の回収も済み、すっかり平静を取り戻した「あやめ橋交差点」を訪れた松永太は、斥候のヤクザから上がってきた報告を聞き、今回の戦いを総括していた。

 我が軍が経験した「環七通りの戦い」以来の、大兵力によるぶつかり合い。今度の戦いでも多くの血が流され、大会の帰趨に大きな影響をもたらした。

 バドラ側の戦死者は一名。戦闘エースであった造田博の命が失われた。宅間守、加藤智大と比べると一枚格が落ちるとはいえ、これまで有事の際の精神的支柱となってきた彼の離脱は、バドラにとって大きな打撃に違いない。彼の死は、単なる信徒一人の死よりも重要な意味を持つ。いずれ来る我が軍とバドラの戦闘も、これで進め易くなったというものだ。

 角田軍側の戦死者は三名。運命に導かれ、出会いを果たした闇サイトトリオの三人は、死の際も運命を共にした。車両を利用した奇襲戦術が得意であった彼らにとって、正面からの白兵戦は土俵外の戦いだった。神出鬼没の彼らを亡き者にしたことによって、ようやく宅間らは枕を高くして眠れることだろう。

 これにより角田軍の傘下団体は、コリアントリオのみとなった。合計人数は8人で、我が軍及び永田軍のライン10名とは、数の力が逆転した格好である。包囲網によりバドラを追い詰めつつ、潜在敵国である角田軍の力をも削いでいくという松永の狙いは、成功した形となった。

「やあ、松永さんかい?」

 受話口から聞こえる皺枯れた声――。「同盟者」からの、事後報告が入ったようである。

「お疲れ様です。今回のご協力、感謝します」

「いやいや。こっちの総力を結集しておきながら、敵の首は一つしか獲れんで、恥ずかしい限りだよ。こんな戦果しか挙げられんのなら、松永さんに頭を下げて、兵を借りておくべきだったかもしれないね・・」

 出陣にあたって余計な遠回りをし、我が軍の斥候を撒いてから戦場に向かったくせに、よくそんな言葉が出るものだ。お蔭で我が軍は、疲れ果てたバドラ、宅間軍を討ち取り、漁夫の利を浚うことができなくなった。ようするに、我が軍には少しの手柄も渡したくないわけだが、それは松永とて一緒。角田を責めることはできない。

「それで、松永さん。これからのことなんやけど・・・」

「ええ、わかっています。しばらくはゆっくりと休んでください。今度は我々が兵を出します」

 松永は明言した。角田軍がここまで骨を折り、一定の戦果も挙げてくれたのは紛れもない事実なのである。功績を帳消しにするほどの落ち度でもない限りは、次は我が軍が動かなければ、包囲網全体からの信望を失ってしまう。

 角田美代子との電話を終え、松永はバドラとの直接対決にあたっての、具体的な戦略を練る。

 まず、攻め込む時期のことだが、これは早ければ早い方がいいだろう。というのは、バドラの同盟者、宅間守が負傷で動けない隙を狙うということだ。

 バドラ、宅間連合を崩すにあたって、角田美代子は、数の少ない宅間軍を集中的に狙うという方法をとった。間違いではないし、当初は松永もそれを考えていたのだが、宅間軍の脅威的な粘りを見た今、それは得策ではないような気もする。人数は三人とはいえ、宅間軍の戦闘力はバドラを凌ぐのではないだろうか。また、潤沢な資金を持つバドラならば、壊滅し略奪することで我が軍の戦力を増強もできるが、宅間軍を壊滅させても、経済面で大したうまみはない。

 それらのことを踏まえて、松永は宅間軍が動けぬ隙を狙い、バドラに的を絞って攻めることとした。しかし、角田軍のように、大人数のバドラに真正面からぶつかろうというのではない。分断工作を図り、直接対決の際にはできるだけ数的有利を作るつもりである。

 無論、簡単にはいかない。固い絆で結ばれたバドラには、内通の類は一切通用しない。また現在、バドラでは信徒の「ワーク」を禁止しており、行動するときは、常に全員が一緒である。バドラのシンボルである「秘密基地」には、城番としてわずかな信徒が留め置かれているが、夏休みである現在、昼は小学生の子供たち、夜は中、高校生の不良少年が常在しており、一般人に危害を加えてはいけないルール上、攻めることはできない。

 悲観することはない。バドラも人の作った組織である以上、何か必ず付け入る隙があるはずである。川俣軍治ら包囲網参加者に声をかけ、できるだけ多くの兵を募るとともに、バドラの兵力を分断させる方法を探っていく。

 分断工作に成功した結果、相手の兵に麻原が混ざっていなくてもいい。チャンスよりもリスク。一足飛びに麻原の命を奪うよりも、バドラの戦力を確実に削ることを優先する。焦る必要はない。手、足と順番にもぎ取り、最後に首を刎ねればいいのである。

「いよいよ、バドラとの決戦ですね。角田さんたちには、包囲網盟主に相応しい戦いぶりを見せてあげましょう」

 傍らにいる重信房子が力強い言葉を述べる。自分がお膳立てをした後は、この女が戦場で敵を討つ。重信に花を持たせるため、自分は裏で駆けずり回るのだ。

 賞賛はすべて重信が独占する。それでいい。批判もすべて重信に集まるのだから。

 大会の山場となるであろう今の時期を最高の形で勝ち残るため、松永の策謀には余念がない。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第179話


 金川真大を突破した永山は、麻原目がけて一気に距離を詰めていく。

「ムカついた!ぶっ殺す!」

 教祖の危機に動いたのは、バドラ最強の男、造田博であった。対峙していたイチヌの肩口をナイフで切り付けると、とどめは刺さず、麻原へと向かう永山の進路へと立ちふさがった。

 互いに実績のある、今大会トップクラスの実力者同士の戦いが始まる。間違いなく、今回の「あやめ橋交差点の戦い」において、もっともレベルの高い一騎打ちだ。

 麻原が見る限り、今までの戦いにおいては、集団心理の一種なのか、「俺がやらなくても、誰かが決めてくれるだろう」と、殺し合いながら、どこかに「のんびりとした」部分があった。戦場をよく見ると、敵味方双方ともに、体には無数の傷が刻まれ、アスファルトには鮮血が垂れ落ちているのだが、これは殺し合いを無傷では乗り切れないという当たり前の話であると同時に、人に致命傷を与えるのがいかに難しいかという証明でもある。

 相手を死に追いやるだけの傷を与えられないのは、自分が死ぬ覚悟ができていないからである――昔なにかで読んだ本の受け売りだが、ようするに、皆、踏み込みが甘いのだ。だから深くナイフの刃を入れられない。

 しかし、永山だけは違う。自分の命も危険になるレッドゾーンにいとも簡単に踏み込み、必殺の一撃を放っている。何が何でもここで決めようとする永山の勢いに造田博も応え、二人の戦いは、今までにない激しい打ち合いとなっている。

 神の化身としてではなく、人としての直観でもわかった。この一騎打ち、どちらかが必ず死ぬ――。

「尊師!もういい加減、車に戻ってなよ!」

「お、おう・・・」

 関光彦の言葉に甘え、麻原はワゴンへと退避する。熾烈な格闘の末、どうにか、尿意は去っていった。今田夕子ちゃんとの約束は果たした。もう、逃げてもいいだろう。

 ワゴンへとたどり着き、ロックをかけた麻原は、フロントガラス越しに戦場の様子を見守る。冷静に全体を見渡すと、永山や造田博といった強豪を含めても、戦場にいる者はみな、肩で息をしているのがわかった。命を奪い合う極限のプレッシャーは、人の体力を十倍、二十倍の早さで奪っていく。加えて、この八月の暑さ。すでに敵味方双方ともに、限界が見えてきているようだった。

 厭戦気分が漂っている。誰もが、この戦いに何か「落としどころ」がつけられることを望んでいる。麻原にはそう感じられる。

 「麻原包囲網」を代表して来ている以上、敵方は手ぶらでは帰れない。誰かひとりでも、こちら方の首を持ち帰れなければ、他の勢力に示しが付かなくなる。こちらとしても、その願いは同じだ。これだけの戦力を結集して戦いの舞台に訪れた以上、誰か一人でも敵の首を取り、今後の負担を減らせなければ報われない。金川真大が1の島への援軍に訪れたことから、もしかしたら敵の誰かを討ち取ったのではないかとも推察されるが、誰もがそれに気づいているわけではないのだ。

 皆の思いが、二人の男の戦いに集約されている。永山則夫と造田博。この一騎打ちが終われば、おそらく、「あやめ橋交差点の戦い」は終わる。

「アーマンダラムンダラ、ハーサルンダメッタラッダ、ダマサッタラダッサラダッタラ」

 こんなとき麻原には、ただ祈りを捧げることしかできない。偉大なるシヴァ大神の加護を持って、造田博に勝利の栄光をあたえたまえ――。

「ぐふっ」

 麻原の願いは、脆くも打ち砕かれた。疲れで動作が緩慢になった造田博の腹部に、永山のナイフが深々と突き刺さる。造田博はそれでも諦めず、横からナイフを薙ぐが、永山は冷静にバックステップで躱し、スペアのナイフを抜いて、造田博の腹部にとどめの一撃を入れた。

 ホットプレートのようなアスファルトに崩れ落ちる造田博。同時に、宅間守が、配下の上部康明に
肩を担がれて、1の島に姿を見せる。闇サイトトリオは壊滅したようだった。

 両軍に落としどころがつけられたのがわかり、参加者たちは戦うのをやめた。敵方は順次撤退していく。体力も気力もつきたバドラ、宅間軍に追うものはいない。真夏の惨劇の幕は下りたのである。

「尊師・・・わしは、マハーニルヴァーナにいけるかのう・・・」

 虫の息の造田博が、ワゴンを降りた麻原の顔を見つめて、悲痛な声音で問う。

「ああ。行けるぞ、博。お前は、マハーニルヴァーナへと行ける」

 勇敢に戦った戦士の魂が、一切の煩悩から解き放たれた涅槃へと旅立っていく。その顔は鮮血で真っ赤に染まっているが、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。貧困と挫折、自暴自棄の半生を送り、通り魔殺人へと至った男とは信じられないほど、穏やかな表情だった。

 ともに濃密な時を過ごした信徒たちが涙にくれる。麻原の目にも、熱いものが滲んでいた。

 戦闘が激化するこの時期に、痛すぎる最強の男の死。哀しみと絶望に包まれながら、バドラは委員会指定の病院へと向かって、ワゴンを走らせていく――。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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