凶悪犯罪者バトルロイヤル 第143話

 加藤智大は、小泉毅殺害のため、全軍を乗せたハイエースを運転し、敵の家へと向かっていた。

 小泉毅・・元厚生労働省事務次官の犯人。宅配業者を装って被害者宅を訪れ、ターゲットとその家族を殺傷したこの事件は、当初、年金問題に対するテロ行為であると報道され、負け組の社会への報復であるとして盛り上がりを見せていたが、逮捕された小泉が語った動機とは、幼少期に殺処分された愛犬の復讐であるという、超個人的なものだった。

 たしかに、家族同然に過ごした愛犬ならば、殺害された恨みは長年に渡って尾を引いてもおかしくはない。しかし、犬の復讐を厚生事務次官に行うというのは、例えば「エヴァンゲリオンのパチンコで十万円負けた恨みを、アニメ総監督の庵野秀明氏に向ける」に等しい、あまりに飛躍した考えである。殺害現場からの逃亡に当たって、警察のNシステムの位置を完全に把握して回避するなどの周到な計画を練る知性を持つ小泉が、そんな突飛な発想を抱くとは不自然である。

 加えて、犯行当時の小泉の生活は謎に包まれており、仕事をしている様子が一切なかったにも拘わらず、家賃の滞納もなく、ときには繁華街で酒を飲む姿も目撃されたという。そのことから、小泉は単独犯ではなく、何者かに雇われたヒットマンだったのではないか、との説もいまだに根強い。

 しかし、小泉は動機については犬の復讐の一点張りで、それ以上は黙して語らず、今こうして、バトルロイヤルの大会に参加している。立場は、俺たちの敵である。ならば殺し合うしかない。

「小泉は大会において、殺害経験こそありませんが、四月には、まだ一人で行動していた時期の宅間軍上部康明、五月には、旧八木軍の都井睦雄などと戦って生き残っています。それなりに実のある強さを有しているとみて、間違いはないでしょう」

 重信さんの分析を聞き、身が強張る。都井睦雄――俺が手も足も出なかったあの男と一人で遣り合い、生き残った男。俺は小泉に、勝てるのだろうか。

 三十分ほど車を転がして、現場に到着した。文京区の、閑静な住宅街。人が動けば、すぐに目につく場所である。

「バドラの面接は、本日、朝十時より、世田谷のバドラ本部にて行われるそうです。時間を逆算すると、ちょうど朝八時ごろ、小泉は自宅から出てくると見ていいでしょう。それまで、小泉の自宅前にて、待機とします」

 現在時刻は、早朝の四時である。重信さんの読みが正しければ、俺たちはこれから四時間、じっと車の中で待機を余儀なくされることになる。

「加藤くん、カーラジオを」
 
 重信さんに言われ、俺はラジオのスイッチを入れた。

 兵士にとって、「待つ」という行為に耐える精神力は、敵陣に突撃するための精神力と同じくらいに大切である。考えてみれば当たり前の話だが、前線においては、戦っている時間より、ただ待っている時間の方が遙かに長い。戦国時代の城攻めなどは、一年、二年も城の包囲を続けるといったこともザラであった。長期退陣の中で襲ってくる、退屈、疲労、不安、孤独などのストレスは、衛生状態の悪さから来る疫病と並び、ある意味敵兵以上の脅威なのである。

 一瞬でも気を抜けば、命を失う戦場。しかし、待機時間にまで、集中力を切らさずにいる必要はない。あまり緊張しすぎれば、訓練を受けた兵士でも発狂してしまう。談笑や、ときには娯楽も必要である。第一次、第二次の世界大戦でも、戦場の兵士には、トランプなどのカードゲームの携帯が認められていた。しかし、弛みすぎもいけない。このあたりは、小隊の統率者のさじ加減が重要となってくる。重信さんの場合は、携帯ゲームの持ち込みや、携帯でネットサーフィンをすることなどは禁止であるが、視線を戦場に向けつつ、ラジオを聴くのはOK、ということだった。

 ラジオを聞きつつ待っていると、やがて、空が白み始めた。近隣住民が起きてきて、掃除やゴミ捨てを始め、やがて、通勤通学のサラリーマン、学生の姿も見え始める。二時間も三時間も、ずっと同じ場所に停まったままの車を不審に思う住民は、誰もいない。これが田舎とは違う都会人の性質であり、俺たちにとっては、実に仕事がしやすい。

 俺たちが車を停めて待機するのはアパート前の道路であるが、小泉が確実にアパートの玄関から現れる保証はない。思わぬところから出てくるかもしれない。そこで、委員会が口出しできない最小限の距離である、半径百メートル以上に、アンダーグラウンドの一般人が配置されている。小泉がどの方向から出てきてもいいように要所を固め、完全に包囲しているのだ。小泉にはもはや、逃げ場はない。それはつまり、俺もまた、小泉と殺し合うのを避けられない、ということだ。
 
「失礼。同盟者からの電話です」

 助手席に座る松永さんが、電子音を鳴らす携帯を取り、通話を開始した。受話口から聞こえる皺枯れた声は、「麻原包囲網」参加者の一人、角田美代子のようだ。

 現在時刻、七時二十七分――。夏の朝の陽ざしは、スモークフィルムを施したガラスの向こうからも容赦なく照り付ける。俺は冷房の温度を下げた。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第142話

 
 松永太は、東京タワーの展望台から、街並みを見下ろしていた。
 
 誰もが口を揃えて言う――最強は、麻原彰晃であると。

 誰もが口を揃えて言う――麻原彰晃は、すでに一抜けを決めた、と。

  現在、生き残り参加者68名中、合計9人を抱える最大勢力。外交では、都井睦雄亡き今、参加者最強を誇る宅間守率いる軍団との同盟。内政では、地域密着政策によるモチベーションアップ、近隣住民の協力、そして多額の資金獲得。総合力において、バドラに対抗できる勢力はひとつもない。

 統率力。バランス感覚。人を惹きつける魅力。人を総べるにあたって必要なすべての能力を、麻原は身に着けている。さらに、あの強運。あんな内容の詩集がブームとなり、爆発的に売れてしまうなど、普通では考えられないことである。

 その信じられないような奇跡を起こす者を、人は英雄と呼ぶ。源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、劉邦、アドルフ・ヒトラー・・。歴史の神に選ばれた英雄たちは、皆、信じられないような幸運に恵まれてきた。今大会においては、歴史の神は、麻原彰晃を選んだということだ。 

 認めよう。自分の器量が、麻原に及ばなかったことを。

 認めよう。自分が今大会における主役ではなく、その他大勢の有象無象に過ぎなかったことを。

 敗北など、いくらでも認めてやる。敗けたからといって、ただちに死ぬわけではない。劣等感など、いちいち感じている暇はない。落胆に費やす思考があるなら、他の方法で勝つ手段を探すべきである。だから自分は人間味がないなどと言われてしまうのかもしれないが、そうでないと、一年の期間などあっという間に過ぎてしまう。

 確かに、一個の人間としての能力では、自分は麻原には敵わない。バドラと重信軍の戦力も、今や大差がついてしまっている。しかし、だからなんだというのか。強烈な個が、いつも最終的な勝利を手にするとは限らない。ナポレオンもヒトラーも、最後は結託した有象無象の力によって叩き潰されたのだ。

 麻原包囲網――。この一か月半の間、地道な準備を重ねて作り上げてきた体制が、ようやく完成にこぎつけた。一人勝ちを決めようとする麻原を、全参加者の力を結集して叩き潰すのである。

 メンバーは以下の通り。

 大規模勢力(参加者5人以上)

 重信房子軍(重信房子、松永太、加藤智大、松村恭造、畠山鈴香、小川博)
角田美代子軍(角田美代子、吉田純子、向井義己、藤井政安、永山則夫)

 中規模勢力(参加者3人以上)

 永田洋子軍(永田洋子、栗田源蔵、小原保、松山純弘)
 コリアントリオ(金嬉老、李珍宇、孫斗八)
闇サイトトリオ(堀慶末、神田司、川岸健治)

 小規模勢力、個人
 
 芸能人コンビ(西川和孝、克美茂)
 川俣軍司
 神作譲
 小野悦男

 以上、26名が、包囲網の参加者である。総数では、バドラ、宅間連合軍を上回る規模であり、これだけの軍勢が一度に攻めかかれば、さすがの麻原でも対抗はできない。

 しかし、いつの時代もそうであるが、こうした複数の勢力が結集した軍というのは統率がとりにくく、えてして数字ほどの強さは発揮できないものだ。それぞれの組織の、それぞれの思惑が複雑に絡み合い、船頭多くしてなんとやら、という事態に陥りやすいのである。

 今回の包囲網では、最大の人数と資金力を誇り、大物都井睦雄を討ち取った実績もある重信軍が盟主となったが、連合の中で完全に掌握できているのは、永田洋子軍くらいのもので、他の勢力、とくに、コリアン、闇サイトトリオを事実上の傘下とする角田美代子などは、コントロールが難しい。いくらお互いの利害が一致し、手を結んだといえ、当分は腹の探り合いとなることだろう。お互い大きな人数を抱えているが故、出し惜しみし合い、結局、数の強みをまったく活かせないということにもなりかねない。麻原を滅ぼした後のことを考えれば、いかにして我が軍の戦力を温存し、角田軍の戦力を損耗させるか、その方法も考えていかねばならない。

 包囲網の参加人数についてはおおむね計画通りであったが、一つ予想外だったのは、今まで永田洋子と並ぶ同盟者の雄であった、A・Sが、包囲網への参加を拒否したことである。Aにいかなる思惑があるのかはわからないが、参加したくないという者を無理やりさせても仕方がない。話し合いの結果、今後、重信軍とA軍は中立関係ということとなった。軍事的な協力関係はないが、T・Nのスカーフキッスでの勤務はそのままで、経済的な協力は続くという形である。

 携帯電話が鳴動する。神作譲――。かの女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人である。犯罪史上最悪とも言われる残虐事件を引き起こした犯人グループではサブリーダー的立場に名を連ね、十年の刑期を終えて出所したのち、再び監禁暴行事件を起こした、悪の権化ともいうべき男である。

「おう、松永さんか。耳よりな情報を仕入れたぜ。何円で買う?」

「君の言い値は?」

「そうだな。三十万ってとこだ。かなり有力な情報のうえ、緊急性を伴う。急いで支払ったほうがいいぜ」

「・・・山崎組の組員に、現金を直接タクシーで届けさせる。今どこにいる?」

 二十五分後、神作の指定した住所に、現金が届けられた旨の連絡が、折り返し入ってきた。

「おう、金を受け取ったぜ。情報ってのは、明日朝、丸山博文と小泉毅の二人が、バドラの面接を受けるって話だ。あいつらが俺と親しく付き合ってたってのは、前に話したろ?俺も奴らに誘われたんだ。確かな話だぜ」

「・・・どうもありがとう。真偽の確認が取れ次第、プラス20万を上乗せします」

「マジ?うっひょー、感謝するぜ!」

 神作がはしゃぐほど、高い値段だとは思わない。もしその情報が本当で、丸山と小泉の二人を始末することに成功すれば、むざむざとバドラの戦力が増幅されるのを防ぐことができるのだから。

 一発で国一つを滅ぼせる大量破壊兵器が開発された現代において、先進国同士で行われる戦争とは、情報戦争、経済戦争を指す。その意味では、第三次世界大戦はすでに始まっているともいわれている。情報は何より大切なのである。

 蜘蛛の巣のような諜報網に引っかかった、哀れな二人――。彼らには、麻原との対決の、血祭りとなってもらおう。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第141話

 七月二十日――。世間では、子供が夏休みに入るこの日、グランドマスターは、この二十日間あまりの参加者たちの戦いを振り返っていた。

「前回の報告から、ここまでの死亡者です。尾田信夫。殺害者は、西口彰とその一味。小林薫。一般人殺害のため死刑。坂本春野。殺害者は、克美茂、西川和孝。以上、3名です」

 この二十日間での死亡者は、わずか3名に留まった。

 殺された坂本春野は、1987年から1992年にかけて、複数の保険金殺人で逮捕された、女性死刑囚である。逮捕時60歳、死刑確定時77歳と高齢で、最期の時は絞首台ではなく医療刑務所で迎えたのだが、真面目に暮らしていても、経済的困窮から満足な医療を受けられず、誰に看取られることもなく苦しみぬいて死ぬ者がいる一方で、お天道様に顔向けできぬ人生を歩んでいながら、手厚い医療支援を受け、病院のベッドの上で穏やかに死んでいく者がいるというのは、なにか不条理ではある。

 そして、坂本を殺した二名であるが、この二人は一時期、一世を風靡したタレントであった。克美茂は、1960年代、歌手として名を挙げ、多数のヒット曲を世に残したが、やがて落ち目になると、痴情のもつれから愛人を殺害。出所後はカラオケスクールの講師としてカムバックし、それなりの成功を収めるが、覚せい剤取締法違反で再度逮捕・・・と、波乱に満ちた人生を歩んだ。

 西川和孝は、「大五郎」で名を馳せた子役である。しかし、その後は仕事に恵まれず、高校卒業後に芸能界を引退。スイミングスクールの指導員に転じ、やがて経営者となり、新潟の市議会議員ともなったが、スクールの資金繰りがうまくいかず、金銭トラブルから知人を殺害。タイへと逃亡したが、強制送還され逮捕に至った。

 芸能界は華やかな世界である反面、欲望と野望の渦巻く、一筋縄ではいかない世界でもある。十パーセントの才能、二十パーセントの努力、三十パーセントの臆病さ、そして残り四十パーセントの運を掴んで成功を収めた者は、その魔力に骨の髄までとりつかれ、金銭感覚が狂い、カタギに戻ったあとも、まともな生活が出来なくなる。目的のためなら手段を選ばぬ魑魅魍魎たちは、追い詰められると簡単に一線を踏み越えるのである。

 そして、小林薫が一般人を殺害してしまった。事件の真相が明るみに出ることはなかったが、今後もこのような事例はいくらでも起こるに違いない。被害者、高崎氏の冥福を祈ると同時に、今後の対策について、より綿密なシミュレートを重ねなければいけない。

「マスター、例の詩が届きました」

 秘書のアヤメがファイルから取り出したのは、夜原なおきこと麻原彰晃が発表した、「おじおち」である。世田谷区でブームを巻き起こした詩の内容とは、いかなるものであろうか。グランドマスターは興味津々に、幼稚園児がクレヨンで書いたと思われる、ひげ面、長髪(逮捕前の風貌に近づけるなと、あれほど言ったはずなのだが・・)の男の似顔絵が描かれた表紙をめくった。

 ――六月三日。きょうはおじちゃん、えっちななまえのものでだせんを組んだんだよ。一番 ちんすこう 二番 ちんちん電車 三番 ちんあなご 四番 チンギスハーン 五番ちんプレー好プレー大賞 六番 ちんたいマンション 七番 

 グランドマスターには、この詩の何が面白いのか、まったくわからなかった。まず、麻原が挙げているものは、名前にTINの音が入っているだけでエッチでもなんでもないし、しかも、面倒くさくなったのか知らないが、自分でやりだしておいて、途中で投げ出している。こんなわけがわからないうえ、手抜きの作品が、なぜ受けるのか。世の中わからないものである。

 しかし、その麻原彰晃は、「おじおち」による多額の収益と、宅間守という同志を得たことで、もはや比類するもののない、最大の実力者となった。重信軍も角田軍も、もはや単独でバドラに対抗することはできない。麻原を倒すには、もう全参加者が束になって攻めでもしない限りは不可能であろう。

 その麻原を、滅亡一歩手前まで追い詰めた西口彰。知勇と蛮勇を兼ね備えた彼の実力は、やはり本物であった。西口の本格参戦が、他の大会参加者にいかなる影響をもたらすのか、目が離せない。

 コリアントリオ、闇サイトトリオなど、中規模勢力の活動も活発になってきた。その二勢力を束ねる角田軍との連合軍による襲撃を受け、それを掻い潜った、これまた中規模勢力の宅間軍など、ダークホースの動きにも注目である。

 大会そっちのけで、独自の路線を歩む者たちも、いまだ健在である。今週末は、いよいよ、宮崎勤と、保育士マキのデートが行われる。艶やかなアヤに対し、淑やかなマキと、委員会の男性スタッフの間で人気を二分する彼女に、宮崎は何をするつもりなのか。小林薫の二の舞にならぬよう、監視を厳重にしていく必要がある。

 そして市橋達也は、また新たな職を求めて、知的障碍者施設を発った。同じ逃亡者の小池俊一、福田和子との連携はあるのか?彼を付け狙う松本兄弟から、逃げ切ることはできるのか?その動きから、目を離すことはできない。

 これから暑い季節に入り、ますます激しさを増す大会の帰趨に思いを馳せるグランドマスターは、仕事そっちのけで「おじおち」に夢中のアヤメを残し、執務室を出て行った。


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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第140話

「おう、麻原のオッサン。今帰ったで」

 世田谷の女子高生から、「おじおち」ブーム到来の話を聞き、半信半疑の麻原の元に、行商に出ていた宅間守が帰還した――。空になったリアカーを引いて。

「これは・・これは、夢ではないだろうな?」

「ワシも驚いとるが、現実に起きたことや。五千部のコピーは、三日間で完売。区民からは、早くも増刷の依頼が来とる」

「そんな・・・まさか」

「ウソやと思うなら、これを読んでみい」

 宅間が取り出したのは、読者から届いた、ファンレターの山であった。

――夜原先生の詩、とても面白かったです。次回作も期待しています。 32歳 男性

――夜原先生のおかげで、手術をする勇気が湧きました。 23歳 女性

――よるはらのおじちゃん、こんにちは。ぼくわ、いつもねるまえに、おじちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまでお、おかあさんによんでもらっています。とってもおもしろいです。 5歳 男性

――私ウガンダから来たボボと申します。夜原さんの詩を、毎朝公園で朗読しています。おかげで、日本語力が向上しました。これからも続けていきたいと思います。 44歳 男性

――なおきさん・・・・あなたの心と身体を、これほどまでに鷲掴みにする、ほみかという女は誰なのですか・・・私が殺しに行きます・・・必ずやほみかの命を奪い、あなたの心と身体を私の物にします・・・。  81歳 女性

 さらには、県外の読者からも。

――くそ・・・こんなんで・・・。うっ。 復帰年齢26歳 実年齢44歳  男性

――最低!こんな吐き気がする文章を書くような変態は、死ねばいいと思う! 21歳 女性

「ほんで、これが三日分の売り上げや。約束通り、三分の一は、ワシらの手間賃として貰っていくからな」

 宅間が、バッグから「おじおち」三日分の売り上げの三分の二、145万を取り出し、麻原に手渡した。禁治産者たる宅間が、たった三日間でこれだけの金を用意できるはずもなく、また、用意できたとて、麻原にそれをポンと手渡すはずなどない。まさしく、「おじおち」が売れた結果であることを証明していた。

「今後も、ワシらは、オッサンの詩の唯一の販売業者としての利権に預からせてもらう。見返りに、バドラに万が一のときがあったら、ワシらがすぐに駆けつける。今日この日より、正式な同盟の締結や。ええやろう?」

「うむ.。ついでに、アヤ先生をモノにする優先権を俺に渡す、ということも、条件に付けくわえてもらおうか」

「ふん。悪党めが」

 「麻宅同盟」の成立――。麻原と宅間、死闘を繰り広げた二人が手を携えた瞬間だった。

 「おじおち」ブームはその後も加速し、増刷分の一万部も、二日で完売してしまった。三刷目は二万五千部を予定し、さらに絵本化の話や、続編「おじちゃんのぱんつを、ほみかちゃんがあらうまで」の発売も決定した。また、このブームに目を付けた、参加者のT・Nが、「おじおち・N
バージョン」の発売を強要してきた。これにより、「おじおち」の二人のモデル、Nとホミカが在籍する新宿のスカーフキッスも、読者の間で話題となり、連日大盛況となった。

 ここに至り、麻原は「おじおち」の作者が自分であることを正式に世田谷区民に発表した。世田谷区内において爆発的人気を誇る大ヒット作「おじおち」の作者が、やはり世田谷区内においてカリスマ的人気を誇る麻原の作だと聞いて、幻滅する者はおらず、むしろ喝采の声が上がっていた。

「西口彰。もはやお前たちが持つ物質の効果はなくなった。俺たちはその気になれば、遠距離から大石を投げつけるなどし、施設を破壊することもできる。そうなれば、お前は一貫の終わりだ。しかし、子供たちと一緒に作った秘密基地を壊してしまうのは、俺たちの本意ではない。ここは和睦といこうではないか」

 大会期間は、まだ半分以上も残っている。ここで無理に争い、西口たちを、いわゆる「死兵」にしてしまうのは得策ではない。麻原は王者の余裕を見せ付け、西口に降伏を迫った。

「麻原彰晃。どうやら、力は本物のごたるな」

 西口彰・・。知能犯と粗暴犯の両面を併せ持つ、大会屈指の実力者が、ついにその姿を初めて、麻原たちの目の前に現した。

「前回と今回、二度の戦いを通じて、きさんの実力は重々わかった。そして、おいにその実力者と十分に渡り合える力があることもわかった。今回の戦は、おいらの完敗だが、十分に収穫はあったバイ」

 やはり、二度の戦における西口彰の目的は、麻原の力を試すことにあった。しかし、その麻原の力を見てひれ伏し、バドラに入信しようと思うのではなく、むしろ己に麻原に対抗する実力があったことに自信を深め、あくまで敵対の姿勢を貫こうとは、なんたる不敵さか。

 思えば、西口がバドラに対し、現金を直接要求するのではなく、あくまで物品においての要求で資金をすり減らす作戦に出ていたのも、今後、麻原と争う機会がまた訪れることを考えてのことだろう。現金を要求していたのでは、負けた際に必ず、金を返せという話になってしまう。だが、その都度金を使っていれば、無いものは返せないという話になる。西口はそこまで考えていた。やはりこの男、只者ではない。

「助命してくれた礼ちゆうわけやないが、この男が、あんたん味方に加わりたいいっちおる。受け入れてやってくれんか」

 入信を希望するのは、小平義男であった。

「我がバドラは、来る者拒まずだ。これからは教祖たる俺と、偉大なるシヴァ神に、永久の帰依を誓うがいい」

 麻原は、内心で小躍りした。これでまた、バドラの人数は9人になった。草野球チームが組めるのである。

 伝説の強姦魔、小平義男――。早くに逝った大久保清に代わり、我が軍の大きな戦力となってくれることは間違いないだろう。後世この二人は、豊臣秀吉の軍団を支えた二人の軍師、竹中半兵衛、黒田官兵衛の「二兵衛」同様に評価されるに違いなかった。

「あんたも、麻原彰晃についっていっちもよかぞ」

「いや。ワシはあんたに惚れた。地獄の果てまでついていったるわ」

 もう一人の配下、梅川昭美の方は、西口の元を離れぬようである。半月に及ぶ戦いの中で、敵方にも、固い友情が成立していたようだ。

 秘密基地を出た西口彰は、忠実な仲間を連れて去っていく。

「・・・・すまんな」

 西口が、軽く頭を下げた。これを言われたならば、なんJ民の麻原は、こうとしか答えられない。

「・・・・ええんやで」

 麻原のだまし討ちを防ぐ、西口の巧妙な一手だった。

「グッバイ尊師」

「フォーエバー西口」

 周囲の者たちが首を傾げる中、なんJ民同士の、リアルでのやり取り。麻原は、そもそもそれが原因で西口に秘密基地を乗っ取られたのも忘れ、新加入の小平をつれ、草野球の試合がしたくなってきた。

 こうして、麻原の自業自得から始まった戦は、幕を閉じた。最大の戦力を維持すると同時に、貴重な資金源と、宅間守という強力な同盟者を得たバドラ。もはや誰の目にも、生き残りにもっとも近い男が麻原彰晃であることは明らかであった。

 史上無比の宗教団体――世界の救済を目指し、バドラは更なる高みへと登っていく――。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第139話

 麻原彰晃率いるバドラが、世田谷渓谷公園の秘密基地の包囲を始めて、およそ二週間の月日が過ぎようとしていた。

 あの後、西口彰たちからの要求は図々しさを増す一方で、食事や風俗などのデリバリー、「通販生活」で購入した健康器具、インターネットを使うためのWIーFI設置、またバドラ自身の滞在費などの出費により、バドラの金庫は、戦闘開始時から半分近くにまで減少していた。

 包囲の間、信徒たちに命じていた「ワーク」や、世田谷のスーパーバイザーとしての活動は滞っていたから、収入はゼロ。今後もこの状況が続くようであれば、早晩、バドラの金庫は枯渇してしまう。バドラは滅亡し、信徒たちは解散。すなわち、麻原の死を意味するのである。

 バドラの信徒たちは、麻原の憂慮などどこ吹く風で、自分たちで作った「犯罪者人生ゲーム」に興じている。

「お、就職マスだ。どれどれ。ヤクザ、議員、「きらい家」「コ二ワ口」「ク夕三」、闇金融、振込み詐欺業者か・・・」

「うわ、くそ、刑務所ゾーンに突入だ!」

「俺もだ!」

「パンの耳をりんごジュースに浸して、密造酒を作った。3マス進む・・。これマジ?小田島さん」

「マジ話だよ。酒、タバコ、博打、その気になればなんでもできる。ムショでできないことなんて、女くらいのものだ」

「男のケツの穴で妥協するって手もあるんじゃ?人によっちゃ、そっちに目覚めちゃうかも」

「そういう考えもあるね!ハハハハ」

 教祖がどれだけ悩み苦しんでいるかも知らず、何ともいい気なものである。

 信徒たちにとっては、バドラが滅亡したとて、他の組織に属すればいいだけの話。だが、最大組織の教祖として全参加者からマークされている麻原は、そういうわけにはいかない。バドラの滅亡イコール、麻原の死なのである。

 唯一の楽しみといえば、三時と九時のおやつの時間出るが、ここ数日は悩みわずらいのせいで食欲もめっきり減り、十分に満喫できなくなっている。この日のおやつの時間でも、大福二個、シュークリーム三個、ばかうけ十五枚、カリカリ梅五個、ねるねるねるね一個、メントス四個、ハイチュウ三個を食べるのが精いっぱいだった。

 麻原の唯一の希望は、ホミカのアドバイスで実行した、「おじちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまで」の公開である。麻原は三日前より、世田谷区に彗星の如く現れた詩人「夜原なおき」を名乗り、記憶を頼りに日記の内容をノートに記して五千部をコピーし、食客となっている宅間守たちにリアカーを引かせ、世田谷区内で行商をさせていたのだ。

 ダメ元で始めた試みであったが、やはり今からすると、あんなものが流行るはずはないと思えてきた。宅間の報告では、初日から予想以上の売れ行きで、一部300円を500円に上げてみてもペースは上がる一方という話であったが、にわかには信じがたい。

 また、その話が本当であっても、彼らが金を持ち逃げしないとも限らない。しかし、あの破廉恥な内容を信徒に知られるわけにはいかないから、不安であっても今は宅間たちに頼るしかないの現状だ。ネット販売も開始しようかと考えてはいるが、昭和から平成初期に逮捕された者の多いバドラにおいては、まだネットを完璧に使いこなせる者はおらず、その道も難航していた。

 つまりは、麻原の目に見える範囲では、状況は何も変わっていないのである。麻原は決断を強いられていた。このままジリ貧になり、金銭枯渇による滅亡の道を辿るよりも、イチかバチか力攻めを敢行しよう、ということである。たとえ城を落とせてもこちらの損害も大きいが、背に腹は代えられない。西口たちが日記を、ペンネームなどではなく麻原本人の作者名で発表してしまう恐れもあるが、もう仕方がない。麻原はそこまで、追い詰められているのである。

「みんな・・・遊びの手を止めて、聞いてくれないか」

 麻原が神妙な面持ちで言うと、信徒たちは「犯罪者人生ゲーム」の手を止めた。

「今まで散々持久戦を主張しておきながら、すまないが・・・」

 麻原が重い口を開こうとした、そのときだった。

「ねえ、今話題の”おじおち”読んだ~?」

「読んだ読んだ!なんかあの、気持ち悪いような、おかしいような、なんともいえない読後感が最高だよね~」

 世田谷渓谷公園を通学路とする女子高生たちから聞こえてきた、会話であった。

「き・・君たち!」

 麻原はいてもたってもいられず、女子高生たちを呼び止め、彼女たちが口にする「おじおち」なる書物について、詳細を尋ねてみた。

「うん、”おじおち”は、夜原なおきって人が、世田谷区でリアカー販売している詩だよ~。クラスの半分くらいが読んでるよ。あれすっごい面白いんだから。尊師も読んでみなよ」

 やはり、”おじおち”とは、「おじちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまで」の略称であった。あの書物が、今、世田谷区内で密かなブームになっている・・?あんな心底くだらない、ダメ元というかヤケクソで始めた自分の試みが、大成功を収めようとしている・・?信じられない。だが、その信じられないことが、現実になりつつある。

 偉大なるシヴァ神の加護としか思えぬ奇跡が、今、起ころうとしていた。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第138話

 市橋達也は、「ひまわり館」閉鎖に伴う、残務処理に追われていた。

 三日前、高崎が、大会参加者の手によって殺害された――僕の目の前で。事件を受け、館長のシジマは、即刻、施設の閉鎖を決定した。元々、資金難により運営が困難になっていたところに、職員の不祥事による利用者死亡とあっては、もはやどんなに頑張っても、存続は不可能であった。

 「知的障碍者男性」が突如、理由もなく「住民男性」を襲い、もみ合った末、知的障碍者男性が殺害された――。それが、警察による事件概要の発表だった。間もなく、その架空の「住民男性」とやらは「正当防衛により不起訴」ということになり、事件は闇に葬られるのだろう。委員会による捏造、ここに極まれりである。 

 あのとき、僕は高崎を見捨てた。すべて見なかったことにして、その場から逃げ出した。

 タイミングとしては際どいところで、あの場で僕が乱入していたところで、高崎が助かったかどうかはわからない。しかし、飛び出していれば、少なくとも自己満足にはなっただろう。だが、僕はそうしなかった。

 死を恐れていた。それが半分。もう半分は、「楽にしてやった方がいいのではないか」ということだ。

 単なる免罪符なのかもしれない。しかし、実際、あれから高崎が生きていて、どうなったというのだろう。

 生産能力のない人間を生かしておいても意味がないだの、税金の無駄だの、そんなお前は何様だというような意見を言うつもりはない。あくまで、高崎の立場に立って考えてみて、ということである。

 心の拠り所としていた母親は、すでにこの世にはない。高崎には、それを知る知性もない。永遠に、存在しない母親を探して、孤独に苛まれながら、彷徨い歩くしかない。そんな人生を送って、どうなるというのだろうか。高崎に何が残るというのか。

 「人間生きてりゃ、いつかはいいことあるさ」などは、究極的に無責任な言葉である。じゃあその人の言うように実際に十年二十年生きてみて、何もなかったらどうするというのか。それを言っていいのは、実際に幸せを与えた人間だけだ。「いいことあるというなら、あんたが一万円をくれれば少しはいいことなのだからくれ」という話である。何も与えられないなら、下手なことは言うべきではない。

 だからといって、もちろん勝手に人を殺していいわけではないが、見捨てる権利くらいはあると思う。僕は、この先、高崎の人生に展望がないと思ったから、彼を見捨てた。自分の命もかかっていたことであり、それは別に、責められることではないと思う。

 気になるのは、高崎がアパートに突入する際に口走っていた言葉である。確か、「お母さん」と聞こえたように思う。当日、あの場にいた女性は、参加者のT・Nただ一人。高崎がお母さんと言っていたのは、彼女のことだったのだろうか。まず間違いなく勘違いであろうが、刑務所から届いた高崎の私物に、母親の写真は混じっていなかったから、確認はできない。調べてみればわかるのかもしれないが、そんなことをする趣味も、好奇心も、また暇もない。僕は残務処理を終え、働いた分の給料を割ってもらい、次の仕事を求めて何処かへと去るだけだ。

「ええーー!?じゃあ、たかさきくんは、しんじゃったの??」

 仕事の手を止め、トイレに立ったとき、レクリエーションルームから、利用者たちの声が聞こえてきた。

「そうだよ。高崎さんは、もう、この世にはいないんだ」

 館長のシジマが、利用者たちに高崎の死を告げている。

「たかさきくん、かわいそう・・・」

「高崎さんは、可愛そうなんかじゃないよ。高崎さんは今、天国で、大好きなお母さんと幸せに暮らしているんだから」

 そのシジマの言葉を聞いて、僕は違和感を覚えた。

 どうして一人の人の生涯について、そんな勝手なまとめ方をするんだ?誰がどう見たって、高崎は不幸じゃないか。おそらくはやってもいない罪で長い間刑務所に入れられ、その間に最愛の母は亡くなっていた。出所後もそれを知らず、愛に飢えながら、母親を探して彷徨い歩くだけだった。施設で暴れてみんなと喧嘩をし、男性の大事なところまで、勝手にいじられて・・・。

 そんな高崎の人生を幸せなどというのは、遺された者の自己満足に過ぎないじゃないか。言霊信仰でもあるまいし、それで死者が浮かばれるというのか?

 知的障碍者相手だから、そういうことにして誤魔化している・・。シジマに限って、そんなことはないだろう。おそらく、悪気があってのことではない。それはわかる。しかし・・。

 臭い物には蓋をして、事実を事実として認めない。荒野をお花畑だったことにして、勝手にハッピーエンドを作り上げ、すべてを片付ける。それでいいのだろうか。先に死んだ者から何かを学ぶ機会を、棒に振ってはいないだろうか。

 だが、シジマの考えを訂正する気も起こらない。そんな資格は、僕にはない。

 それから二日後・・。先輩職員のツクシが、高崎脱走の責任を感じて自殺した。風呂場で手首を切ったということだった。大会参加者は、間接的に二人の人間の命を奪ったのである。それでも、大会中止を告げる連絡は届かない。一般人を巻き添えにして、まだこんな殺し合いゲームを続けようというのだろうか。

 そしてその翌日、いよいよ僕が、「ひまわり館」を去る時がきた。去り際、猫の入ったケースを部屋の外に持ち出したことにより、僕が猫を飼っていたことが、施設の利用者にバレてしまった。

「かわいいー」

「おなまえ、なんていうの?」

 それでハッとした。そういえば、出会ってから三か月以上もたつのに、まだ猫の名前を決めていなかったじゃないか。

「クロッカス・・」

「え?」

「いや・・クロ。クロっていうんだ」

 咄嗟に思いついた花の名前。しかし、長すぎるし、語呂が悪いと思い、猫の色を見て訂正した。

 クロッカス・・花言葉は、「悔いなき青春」。大学の園芸学部で覚えた花である。22歳で、僕に命を絶たれた「あの人」の人生への願いが、その花の名を思い浮かばせたのだろうか。

 だとしたら・・僕こそ、人の生涯を、勝手にまとめようとしているじゃないか!100%、自分の都合のために・・。

「いちはしせんせー。いままでありがとう」

「ああ・・みんなも、達者で・・」

 自分への憤りを悟られないよう、精いっぱいの笑顔を浮かべ、僕は「ひまわり館」を去った。僕が守らなければいけないもの・・クロを連れて。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第137話

 T・Nの自宅に、グランドマスターが、委員会の戦闘部隊を引き連れてやってきた。

「小林くん、わかっているね」

 小林は、神妙に頷く。

「ああ・・。最後に、Nと話をさせてくれないか」

「うむ。ただし、時間は五分、それだけだ」

 最期の懇願が許可されると、小林は私に向き直った。

「N。お前は、俺を愛してくれていたか?」

「・・・・」

 最後の最後まで身勝手極まりない、小林の問いに対する私の答えは、無言であった。一言たりとも口にしなかったのである。愛していたかといえば、それは紛れもなくNOだが、死にゆく小林に追い打ちをかけることは躊躇われた。そして導き出した答えが、無言、だったのだ。

「なあ、N。答えてくれないか?答えて・・」

「さあ、時間だ」

 必死の形相で私の肩を掴む小林を、委員会の戦闘部隊が引きはがし、強引に連行していった。

「うう・・・」

 これから小林の訪れる、二度目の死。自ら望んだ最初の死と違い、今度の死は、小林に心からの後悔を与えることだろう。

「まさか、こんなことになってしまうとはな」

 小林がいなくなった後、血だまりの床に横たわる男の躯を見ながら、グランドマスターが呟いた。

「この後、どうするつもりなんですか?一般人の方を巻き添えにしてしまって・・」

 私は、グランドマスターに尋ねた。大会の中止、という言葉を期待して。

「死者が出ている以上、世の中に発表しないわけにはいかん。目撃者がいたかもしれないしね。ただ、報道の内容は、こちらの方で操作させてもらうがね」

 そこまでして、こんな殺し合いゲームを継続したいの?私は、実際に会うのはこれが初めてとなるグランドマスターなる男に、強い反発を覚えた。

「さて・・Aくん。君にも来てもらおうか」

 続いてグランドマスターが向いたのは、私と違い、すでに何度もグランドマスターと顔を合わせている、A・Sだった。

「なんでですのん?」

「委員会を甘く見てもらっては困る。君の考えていたことは、すべてお見通しなんだよ」

 グランドマスターが問題視しているのは、Aが松永社長に連絡し、スカーフキッスのミナミに、死亡した男性・・高崎が入所する知的障碍者施設の職員、ツクシを誘惑して呼び出させた、ということだった。

「その結果、施設の警備体制が薄くなった隙をついて、高崎氏は脱走・・・そして、今回の悲劇に繋がった、というわけだ。君は知っていたんだね。彼、高崎氏が、T・Nくんを母親と勘違いし、度々彼女の家の周りをうろついていたことを」

「え!」

 衝撃を受けたのは、初めてその話を聞かされた私である。グランドマスターの話が本当なら、依然、尾形英記に襲われた際、私を助けてくれたのは、彼・・・高崎であった可能性が、極めて高いということが考えられる。

「ええ、確かに電話はしましたで」

 Aはあっさりと、事実を認めた。

「ですが・・。僕がそれを仕組んだとして、こういう結果になることが、確実に予測できますか?僕が松永社長に電話を頼んだところで、松永社長が忙しくて、頼みを聞いてくれないかもしれない。松永社長がお店の女の子に指示を出したとして、女の子が拒否するかもしれない。女の子に誘惑されたとして、施設の職員さんが来るかどうかはわからない。施設の職員さんが職場放棄したとして、この人が脱走するかどうかはわからない。また、この人が脱走したとして、ここまでやってくるかどうかもわからない。これだけ偶然の要素が強いことを、最初から最後まで予想できると思いますか?」

 まったく悪びれたところを見せず、Aは淡々と己の無実を主張する。

「・・・・」

 グランドマスターは、言葉を返すことができない。

「もし予想できたとしたら、僕は神様かなんかやで。これを未必の故意というんは、ちょっと無理がありすぎるんちゃいますの?結論として言えるのは、この人・・・高崎さんは、不幸だった、ということだけやと思いますよ」

「Aくん・・・君ってやつは・・・」

 絶句するグランドマスター。グランドマスターだけでない。Aの残酷さに、その場にいる全員が戦慄している。

 Aの恐ろしさは、高崎なる男性をけしかけて、マンションの中に突入させようと思ったことだけではない。私にとって、もっと恐ろしいのは、Aのあまりに常人離れした状況判断、そして、私に対する本当の感情である。

 私が小林に捕らえられ、ナイフを突きつけられていたあの状況を見たときに考えるのは、普通は、「小林がNを殺そうとしているかもしれない・・だから、強引に踏み込むのはやめておこう」ということだろう。加藤店長やT・Sなどは、そう考えていたはずだ。

 しかし、Aは違った。Aはこう考えていた。「迂闊に突入したなら、小林の反撃に遭うかもしれない・・だから、一般人を犠牲にしよう」。私の身の安全などは、まるで考慮に入れていなかったのである。 

 こんな男について行って、私は本当に大丈夫なのだろうか。行く末が不安で仕方ないが、かといって、私の行動パターンを知り尽くしているこの男からは、逃げることもできない。運命の手綱を、私はこの男に、完全に握られてしまっているのだ。

「Nちゃん。今日は、ホテルの方に・・・」

 私の心情を考慮して、加藤店長が、今晩はビジネスホテルに泊まることを提案してくれた。私は頷き、加藤店長の車でホテルに行き、その夜はビールを飲んですぐに眠った。

 小林とのこと、高崎なる中年男性のこと・・。いずれ、ゆっくりと振り返らなくてはいけないときは来るかもしれない。けれど、今はゆっくりしたい。ただ深々と眠り、心と身体を休めたかった。

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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第136話

 陽の光が雲間から差し込み始める時刻――。市橋達也は、千代田区の住宅街を歩いていた。

 昨夜、高崎が、施設からの脱走を図った。初めてのことではないから、職員はもちろん警戒していたのだが、その日に限り、なぜか夜間の当番、ツクシが、何処かへ姿を消してしまっていたのだ。

 3時間近く、職員総出で足を棒にして探し回ったが、高崎は見つからない。先に見つかったのは、ツクシの方だった。なんでも、入れあげているキャバクラ嬢と、繁華街を歩いているところを発見されたらしい。

 ツクシを責める気も何もない。僕はとにかく、自分の仕事を果たすだけ――何としても、高崎を探し出すだけだ。

 高崎は体重100キロ近い巨漢であり、また、知的障碍者でもあるから、警察の目には着きやすく、今までは、夜明け前には警察に保護されているのが普通だった。しかし、今日に限っては、未だ警察からの連絡は入っていない。いったい、高崎は、どこでなにをやっているというのか――。

「――!」

 とあるマンションの近くで、ようやくに高崎の姿を見つけることができた。ホッと息をついたが、次の瞬間、身も凍るような戦慄に、安心は掻き消された。

 高崎が見つめるマンションのドア付近に、三人の若い男・・参加者の加藤智大、A・S、T・Sの姿があったのだ。

 
  ☆    ☆    ☆    ☆     ☆

 T・Nが、小林薫の腕の中に捉えられ、4時間あまりが経とうとしていた。

 私を人質に取った小林は、玄関前に立つAらに、この場から去るように要求したが、Aは頑としてそれを受け入れない。かといって、小林も人質である私を殺す踏ん切りがつかず、事態は膠着していた。

「小林の兄さん、いい加減観念したらどうなん?もしNちゃんを離してくれたら、僕らは兄さんには何もせんよ。約束する。何なら、タクシーでも呼べばいい。逃走資金が必要なら、ほら。お金も用意してあるよ」

 Aが小林に、三十枚の一万円札を、トランプの手札のようにして見せた。

「ほとんど俺の金だろうが・・」

 舌打ちをしたのは、加藤店長である。

「せやったね。まあええやん、加藤くんの方が僕よりずっと羽振りがええんやから。Nちゃんを助けるためやで。ケチなことは言ってられんよ!」

 カラカラと笑うAを、小林は身じろぎもせず、メガネの奥の細い目でじっと見つめている。

 小林に、私を解放する気はないようだった。客観的に考えて、逃走用にタクシーを呼ぶのを許してくれるのと、三十万円の資金獲得は悪い条件ではないように思えるが、小林はそれよりも、私との生活が崩壊するのを恐れているようだ。小林の中で私は、それほどまでに大きな存在となっていたらしい。

 ツンとした刺激臭が鼻をつく。4時間の膠着の中で、小林は尿を漏らしていた。私は何とか耐えているが、そろそろ、限界が近づいていた。体力も気力も、いつまで持つかどうか――。

「・・・・誰だ?」

 加藤店長とTが、マンション入り口の方向に視線を向け、表情に警戒の色を湛えた。Aはといえば、待ち人が現れたように、目を爛々と輝かせている。何か必死に、笑いをこらえているようでもある。

 開きっぱなしの玄関から一歩退いたAたちの変わりに、私と小林の視界に現れたのは、丸々と太った、中年の男性だった。

「お・・・・お・・・・」

 男性が口角から涎を垂れ流しながら、何事かを呟いている。何?この人は、誰なの?言いようのない恐怖が、私の背筋を這った。

「おがああざん!おがあああざあん!」

 いったい何を思ったのか、男性は突然、わけのわからない言葉を喚きながら、私と小林に突進してきた。この走り方――。どこかで、見たような―――?

「おがああざん!おかあざあああ!」

 男性が、両手の底で、小林を滅多無人に殴りつける。その力は相当に強いらしく、小林はひるんでバランスを崩し、とうとう私を手離した。

「こ・・・のっ!」

 脱兎のごとく逃げ出した私の背後で、恐ろしいことが起きていた。私がそれに気づいたのは、玄関の外まで出て、室内を振り返ってからであった。

 フローリングの床に滴り落ちる鮮血。腹部からシャワーのように血液を噴き出させながら、それでも小林を殴り続ける男性。しかし、三十秒が経ったころだろうか。男性の動きが鈍り、そして止まった。

「う・・・あ・・・」

 誤って一般人を刺してしまった小林は、茫然としている。Tも、加藤店長も、あまりのことに、中に踏み込むこともできない。ただ一人Aだけが、笑いをこらえきれずに口を三日月形に曲げている。

「おかあさ、おかあ、さ」

 虫の息の男性は、私の方を見ながら、まだ何かを呟いている。私は、加藤店長が止めるのを振り切り、男性のところへ行った。男性の頬を撫でてあげた。なぜかはわからない。なぜか、そうしなければいけない気がした。男性の鬼気迫る形相が穏やかになり、そして完全に呼吸が止まった。私が男性を撫でるのを、小林はただ、じっと眺めているだけだった。もはやすべてが終わったことを、悟っているようだった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第135話

 玄関前に立つA・Sの姿を見たT・Nは、玄関のカギを閉め、同居人の小林薫のもとへと走った。

「どしたんNちゃん。お店に出んでええん?」

 Aが笑いながら、ドアノブをガチャガチャと回す。小林も事態を悟ったらしく、その表情に緊張が走る。

「あ~?いつの間にカギ付け替えたん?」

 小林との同棲以来、私は、玄関のカギを交換していた。以前、尾形英紀に襲われた際、私を救ってくれた肥満体の男性と小林が別人であった――私を狙っている人物がもう一人いるかもしれない、というのが主な理由であったが、Aの干渉を防ぐという目的もあった。Aは私に無断で、合鍵を作っていたのである。

「なんで・・何しに来たんですか!」

「何しに来たって、捕らわれのお姫様を救いに来たんよ。ねえ加藤くん」

 加藤店長も、外に・・?重信軍とA軍が、連合軍となって来ているの?ならば戦っても勝ち目はない。外に出るわけにはいかない。

 部屋には潤沢な食糧がある。節約すれば、十日間は持つだろう。でも、その間はもちろん、店に出ることはできない。お金を稼げなくなるし、何より、目前に迫った、ナンバー1キャストの座がふいになってしまう。それは嫌。いったい、どうしたらいいの・・?

「来やがったか・・・」

 小林が歯噛みしている。しばらく前の、生きることに絶望し、死を恐れていなかったころの小林の顔ではない。自分はいつ死んでもいい。だから、何をやってもいいのだと、開き直っていた小林の顔ではない。生きる喜びを見つけ、心の底から生きたがっている人間の顔である。何が何でも生にしがみつきたい。そんな気迫が見て取れる。

 しかし、私は決断していた。こうとなっては、もはや一切の抵抗は無駄である。もともと、惚れた腫れたで小林と暮らしていたわけではない。ここ最近は、確かに親近感めいた感情も湧いていたが、恋愛感情というのとは程遠い。私の仕事の足かせとなるようなら、もはや小林に用はない。

「ちょっと待ってて。私が、あなたを助けるように交渉してくるから」

 私は全ての感情とともに小林に背を向け、玄関へと歩いて行った。

               ☆    ☆    ☆    ☆    ☆


「おい!小林薫!出てこい、Nを離せ!」

 加藤智大は、コンバットブーツの底で、Nのマンションのドアを蹴りまくっていた。

「まあまあ、加藤くん。女の子の家なんだから、乱暴はいかんよ」

 Aに宥められ、俺はドアを蹴るのをやめた。いけ好かないヤツだが、ここはコイツの言うことが正しい。こんなことをしても、Nを怖がらせるだけだ。どうしても、Nのこととなると、冷静さを欠いてしまっていけない。

 松永社長から、Nの家を攻めるAの援軍に迎えと命じられたのが、50分前。Nが謀反を起こしたのか?仰天して尋ねる俺に松永社長が告げたのは、さらに恐るべき事実だった。

 参加者の小林薫とNが、同棲をしている・・。しかも、強制的に監禁しているのではなく、Nもまた小林を受け入れているようなのだという。

 俺はそれを聞き、複雑な感情に襲われた。Nが男と同棲をしていることがわかったというのに、なぜか嫉妬めいた感情よりも、安心感が先に立ったのである。原因は、小林のルックスのことだ。

 昔、娑婆にいたころは、オシャレなどとは無縁の、もっさい恰好ばかりしていた俺だが、大会が始まり、夜の世界で生きるようになって、多少、いやかなり、身だしなみに気を遣うようになった。昔風のレンズが大きいメガネを今風のスタイリッシュなノンフレームに変え、年々広くなっていた額に人工頭髪を植え込み、服装も雑誌や、最近できたホストの知り合いに聞いたりして研究し、貴金属類を身に着けるようになった。自信とまではいかないが、そこそこ、人に見られる程度にはなったと思う。あの小林に負ける要素は、何もなかった。

 Nが男に求める容姿の水準が低いかもしれない、という希望。自分が確実に容姿が勝っていると思える小林が潜む部屋のドアを、俺は怒鳴り声をあげながら、ざんざと蹴りまくっている。

 自分より優れた者が相手だと途端に戦意を喪失するが、自分より劣った者が相手だと俄然強気になる、この卑しい性根。まったく嫌になるが、直しようがないものなのだから仕方がない。

「そんな無理やりにぶち壊そうとせんでも、もっとスマートなやり方がある。Tくん、あれ出して」

 Aに命じられた、西鉄バスジャック事件のT・Sが、工具箱から、スプレー缶のようなものを取り出し、それに取り付けられたチューブの先端を、鍵穴に差し込んだ。
 
「なんだ、それは?」

「ピッキングに用いる溶解液や。コイツをシリンダーの内部に流し込めば、金属がドロドロに溶けて、鍵の役目を果たさなくなるんよ」

 Aが、あたかも、学校にサバイバルナイフを持ち込んで友達に見せびらかしている少年のような笑みを浮かべて、嬉しそうに説明した。

 なんでこいつは、そんなもんを持っているのか。便利屋の業務で使うという言い訳も、さすがに苦しい。なんというか、根っから、人と違うことをするのが楽しくて仕方ないのだろう。常識に生きてきた俺とは、たとえ無人島で二人きりになっても相容れない存在だった。

「・・頃合いよしや。さあ、ドアを開けるで」

 Aが、今度はピッキングツールを用いて、鍵穴をこねくり回し始めた。カチャカチャと音がし、ものの数十秒ほどで、小気味いい開錠音が聞こえ、ドアが半開きとなった。

「お次は、ドアチェーンやね」

 続いてAが取り出したのは、特大のチェーンカッターである。そのまま凶器としても用いることができるようなそれで、Aはドアチェーンを一刀両断した。

「さあ、突入やで」

 すっかり仕切りやがって。腹は立ったが、とにかく、ここはNの救出が優先だ。いや、救出とは建前で、俺は小林からNを奪い取ろうとしている。なぜだがそれに、性的興奮を覚える。「人生最高の楽しみは、敵を殺し、大事にしている女を奪い取ることだ」とは、世界史上最大の帝国を築き上げたモンゴルの英雄の言葉だが、男には誰しも、そうした本能があるのだろう。

「来るな!それ以上入ってきたら、Nを殺す!」

 玄関に踏み込もうとすると、有名なあの写真より若干印象の変わった小林が、血相を変えながら、Nを拘束し、果物ナイフを突き付けているのが目に入った。

「あの野郎・・」
 
 Nと小林が一つ屋根の下で暮らすに至った経緯はわからないが、松永社長の話によれば、少なくとも小林の方は、Nのことを大事に思っているのだという。それは、部屋の床に、育児に関する雑誌が置かれていることからもわかる。

 愛するNを、小林は人質にしている・・。Nを殺して自分が生き延びることは考えていないだろうが、Nと無理心中を図ることは考えられた。このままの状況では、強引な手段はとりにくい。

「どうすりゃいいんだ・・・」

 T・Sも、困惑顔を浮かべている。

「うーん・・。手段がないことはないのやけど・・。困ったねえ」

 Aは言葉とは裏腹に、口角を吊り上げ、実に楽しそうな顔を浮かべている。修羅場を潜ってきた俺も、ゾッとするような顔だった。

「ま、非常時やしねえ。しょうがないか」

 Aが携帯電話を取り出し、松永社長の番号を呼び出した。嫌な予感しかしなかった。

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プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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