凶悪犯罪者バトルロイヤル 第127話

 宅間守は、配下の金川真大、上部康明を率いて、この日闇サイトトリオが現れるという、品川区の住宅街にある、小さな児童公園を訪れていた。平日の昼間ということで、公園内は、ゲートボールを嗜む老人たちで賑わっている。

 老人は害悪である。全部が全部とは言わんが、大概がそうである。あまりにその認識が普遍すぎて、二つの言葉を掛け合わせた「老害」などという言葉まであるのが、まさに真理を表している。

 大体、社会の構造的に、老人というのはどう考えたってお荷物である。能力も体力もない癖に、若い者に遜ることもせず、態度ばかりでかい。生産力はないくせに生かすのに金ばかりかかり、国家や家庭の財政を逼迫させる。そのくせ己らは、あの世にも持っていけんのに無駄に金を貯め込んでおる。

 はっきりいって老人には、何一つ敬う必要などない。今の日本があるのは、高度経済成長を支えてきた年寄り様のお蔭~などと呑気に言っていられるのは、万に一つもコケる可能性のない一部の特権階級か、「明日は我が身」を想像する頭のない、自信過剰な愚か者だけだろう。それ以外の連中は、むしろ恨むべきなのである。

 己らが生み出したバブルで散々放蕩三昧をし、やがてそのバブルを崩壊させて日本を大不況に陥れたとき、奴らがとった行動はなんだったか。老兵は去りゆくのみと自分らが職を辞すのではなく、働き盛りの若い世代の首を切りにかかり、就職の窓口を狭めたではないか。己たちの世代の競争などは、競争とも呼べない小学校のかけっこレベルのものであったことを語ろうともせず、若い世代にはオリンピックで頂点を極めるかのような熾烈な競争を強い、それを「当然」などと、いけしゃあしゃあとウソをついてけつかる。日本をそんなどうしようもない国にしたのは、あやつらジジババなのだ。

 また老人は頭の切れは悪いが、知識は豊富、ゆえに無能ではない、などと思っている者もいるが、この情報化社会の中で情報機器を満足に使えないあやつらはむしろ、無知である。つまり、あやつらの脳は、メモリ量も少なければ回転も鈍い、産業廃棄物のようなものなのである。にもかかわらずあやつらは、無駄に重ねた歳の分だけ知恵もついておろうなどと勘違いし、己らの固定観念でしか物を見ず、自分が経験してきた狭い範囲でしか、物事を語ろうとしない。年寄りが若者に勝る部分など、何一つないといっていいのだ。

 そんなどうしようもない屑どもを、敬う必要などはない。あやつらは、この国のガン。淘汰されるべき存在なのである。姥捨て山の風習は合理的であった。合理的な制度ほど非難の対象となり、受け入れられないのが、現代という時代なのである。

 などと宅間が、己もまた禁治産者であることを棚に上げて考えていると、闇サイトトリオが乗っていると思われるバンが、公園から少し離れたところで止まった。情報は、本当だったようだ。

「奴らが現れた。いったん、木陰に隠れるで」

 宅間は配下とともに、木陰に隠れ、闇サイトトリオが公園内に入ってくるのを待った。しばらく待っていると、闇サイトトリオの堀慶末、神田司、川岸健治の3人が、姿を現した。他勢力の者はいないようである。

「よし。行くで、お前ら」

 まだ、罠がないと決まったわけではない――。リスクは念頭にあったが、宅間は構わず飛び出した。ここまで足を運んで、エサを目の前にして、引き返せるか。もはや躊躇なく突っ込むばかりである。

 情報提供者の川岸は助けてやるとして、他2人は必ず殺す――。意気込む宅間のジャベリンのリーチの中に、ターゲットの3人が入る、その寸前だった。

 ゲートボールの老人の一人が、突然クラブを振り上げ、襲いかかってきた。まったくの無警戒。ゆえに反応できない。配下の者に、援護の指示を与えてもいない。まずい――。

 が、幸いにも襲撃者のクラブは、宅間が通り過ぎた後ろの土を抉った。クラブが重すぎたのか、当て勘が鈍かったのか。とにかく、間一髪で助かった。

 しかし、動揺した宅間のジャベリンも、トリオを捉えることはなく、仕切り直しとなった。

 自分を襲ったのは、金嬉老であった。コリアントリオの連中は、変装して老人たちに紛れておったのだ。猪口才なマネをしおって。3人が倍の6人に増えたところで、どうということはない。皆殺しにしてくれる――。

 宅間は改めてジャベリンを構えたのだが、周囲に嫌な気配が漂うのを感じ、すぐにそれを下ろした。

「なんやねん、お前ら」

 吉田純子、藤井政安、向井義己・・それともう一人、新しく加入したと思われるガキは、永山則夫か。いまだに名鑑を見ていない宅間であったが、自分以前の犯罪者であったから、その像は頭の中にあった。

 角田美代子軍の連中が、なぜこの場にいる・・?奴らも奴らで、情報を掴んでいたのだろうか。

「なんだ、あんたたちも来てたんだね。私も、そこの川岸に呼ばれて来たんだけど」

 サブリーダーの吉田純子の言であるが、信じてもいいのか。吉田の言っていることが本当なら、我が軍に追い風が吹いたことになるが・・。自分の女が妻になった瞬間から浮気を疑う猜疑心の強い自分の脳は、物事をそう都合よく考えられるようにできていない。

「宅間さん、これって・・」

「やかましい!何もしゃべんな。余計混乱するわ!」

 角田軍は、敵なのか、味方なのか。時間はない。早急に判断しなければならない――。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第126話


 市橋達也が、知的障碍者更生施設「ひまわり館」で働き始めて、二週間ほどの月日が過ぎた。仕事はまだわからないことだらけだが、ついていくのが精いっぱいだった最初のころに比べたら、戦力にはなれているのだろうか。あまり自信はないが、少なくとも、利用者たちとの親密度は、それなりには深めることができたようである。

「いちはしせんせー、おはようございます」

「ああ、武田さん。おはよう」

 いい挨拶である。人と人とのコミュニケーションは、挨拶さえできればそれで十分だと思う。くだらないお喋りばかりが達者で、ろくに挨拶もできない、または、上の立場の者にしか挨拶をしない。そんな輩に、人をコミュ障呼ばわりする権利などないのだ。

「センセー見て見て、虫を一杯、捕まえたよ」

「あ、ああ・・。すごいね。でも、ナメクジはどうかな・・?」

 更生施設は隔離施設ではない。健常者との関わりは、避けては通れない。こういう人に不快感を与えるようなことは、本当ならキツく注意すべきなのだろうが、僕にはどうしてもそれはできない。僕はずっとここに留まるつもりはなく、時が経てば、また何処かへと去るつもりである。利用者のことを思うより、変に波風を立てたくないという思いが強い。

 ちなみに、猫のことは、利用者たちには伝えていない。まだ、彼らと知り合って間もないから・・というのは方便で、実際は、利用者のことを信頼していないからなのだろう。別に、悪いことだとは思わない。だって僕らは、「同じ」ではないのだから。

 「平和のための差別」は、確実に存在する。障碍者と健常者を完全に一緒に扱うことは、一部の健常者の、精神的思想的な自慰となるだけで、当の障碍者にとっては、いらぬ損を被るだけなのである。

 利用者たちと仲良くなるのはいいことである。だが、少し困ったことも。

「いちはしせんせー、おべんと作ってきたよ。食べて、食べて」

 利用者の一人、真島麻衣子。彼女が、どうやら、僕に好意を寄せているようなのだ。

 知的障碍者にも、健常者同様、恋をする。性欲もある。彼らは欲求をコントロールできないから、小さいときから親や教員がしっかり性教育を施し、欲求を処理する際は、人目につかないところでしなければならないことなどを指導しなければならない。

 自慰そのものが困難である場合には、セックス・ボランティアが介助を行う。ボランティアは異性とは限らず、同性が性奉仕を行う場合もある。尾籠な話だが、同性のほうがツボを心得ている分、高度なサービスを行うことができるということもあるらしい。

 また、どうやら彼らも異性を見た目で判断しているようで、男性も女性も若く美しいほど、彼らからの求愛を受けやすい。僕が麻衣子のお眼鏡にかなったのは光栄であるが、残念ながら、期待に応えることはできない。

「真島さん、ダメだよ。勝手に食堂のごはんを取ってきちゃ」

「なんで?喜んでくれないの?それと、あたしのことは、麻衣子って呼ばなきゃダメだよ」

「決まり事を破って作ったものは、受け取れないよ。真島さん」

「・・・」

 悲しそうな顔をさせてしまった。だが、仕方がない。麻衣子にだけは、厳しい態度で望まなくてはならない。変に期待を持たせてはいけないのである。

 性恐怖症の僕は、女性を愛することはできない。また、その資格もない――。などというのは、キレイごとになるだけだろう。単純に僕は、麻衣子に好印象を持っていない。ダウン症特有の極端に凹凸の少ない顔つきをしており、食事のコントロールができないためか、かなり肥満している彼女に好意を持たれることに、嫌悪感を持っているのである。

 「あの事件」を起こして、僕は色々変わった。他人への思いやり。弱者に優しくする気持ち。それが少しはわかった。それをすることは人のためではなく、自分に返ってくるためにやることなのだ、と学んだ。それでもまだ、昔の傲慢な自分が残っている。仕方がない。これ以上は、持って生まれた性の問題であり、一生付き合っていくしかないんだろう。

 「ひまわり館」に勤めるようになって、知的障碍者に対する知識と理解は深まった。彼らに出来ること、できないこと。健常者と同じところ、違うところ。それらに対して、適切・・と自信を持っては言えないが、まあ間違いではない対処はできるようになった。

 彼らは基本的には温和で、無垢な心の持ち主である。知的に遅れがあるとはいえ、教育してあげれば、ある程度の生活能力を身に着けることもできる。社会に適応し、定職についている人もいる。また、脳の一部が未発達な彼らは、それを補うため、脳の別の部分が異常発達する場合があり、サヴァン症候群など特別な才能を発揮して、社会的に大きな成功を収める人もいる。

 それはいい。問題は、そうした人たちの華やかなストーリーだけが伝えられ、まるでそれができない障碍者はすべて無視され、空気のようなものとして扱われてしまうことだ。知的障碍者の中でも比較的程度の軽い人や、知的には何らの遅れのない発達障害者などの場合は「努力不足」の烙印を押され、一方的に責められるようなケースもある。

 日本人には、よくわからないものを「とりあえず」で「努力不足」のせいにしようとする傾向があるが、脳に欠陥がある人を健常者の枠で扱うのは、下肢欠損者を無理やり100メートル競走に参加させるようなものであることを、まるでわかっていない。まあ、見極めは確かに難しいが、人の親や教員など、「知らないでは済まされない」人間にもその知識がなかったり、知っていても現実逃避的に無視する場合が多すぎる。立場が上の者の「エゴ」で迷惑するのは、いつも弱者ばかりなのだ。そうした無知で無情なる者たちが、基本的には無害な単なる無能者を、犯罪へと追い立てるのである。

 そうした被害者の一人が、高崎である。彼の場合、冤罪の件が事実だとしたら、その闇はいっそう深い。今日も彼は、「おかあさん」などと叫んで、夜中に急に暴れだしたのだが、彼を静止するために、館長のシジマがとった行動を見て、僕は瞠目した。

 なんと、高崎の履いたジャージを脱がせて陰茎を露出させ、摩擦を始めたのである。三十秒ほどで射精に達した高崎は、あの独特の倦怠感から、すっかり大人しくなった。なるほど、考えようによっては、鎮静剤を注射するよりもずっと人道的なのかもしれない。誰もがマネできることではないが。

 施設で暴れるくらいならまだいい。脱走だけはしないでほしい。そう考えながら、僕は廊下で眠ろうとする高崎を、シジマと二人で、医務室の方へと連れていった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第125話

 あのイタリア料理店でのディナー以来、Nの自宅には、奇怪な郵便物が次々と届けられるようになっていた。

 ――白い液体が満杯まで詰められたフィルムケース。ラベルには 「僕のカタラーニがドビュッシーしてベートーベンが出てきたよ」とある。さらに「このミルクには、エイズウィルスがたっぷり入っているよ」とも。

 ――「から揚げ弁当が好きな小林君へ」として、誰が出したかも知れぬ糞便が詰められた弁当パック。

 ――さらに、これは何の肉だろうか、とうに腐敗しきった肉片が、数匹のゴキブリと一緒に詰め込まれたタッパーウェアなど。

「宮崎の野郎・・」

 小林が激しい怒りをあらわにする。宮崎勤・・。一連のストーカー行為は、すべてがあの男によって行われているのは明らかだった。

 激しい生理的嫌悪感に襲われる。この種の恐怖は耐え難い。厳しく鍛えられた人間はライオンや熊にも向かっていくことができるが、1000匹のゴキブリには太刀打ちできないのである。ある意味、宅間守よりも手強い相手なのかもしれない。

 ストーカーが店に来るお客だったら、どんなによかったかと思う。相手が大会参加者なばかりに、Aや松永社長に相談することができない。小林のことがあるからだ。私は為す術もなく、精神的に追い込まれていった。

 そんな宮崎からの郵便物の中に、「それ」は混じっていた。送り主は、西口彰。「復讐するは我にあり」の、あの男である。

 内容は、それは酷いものだった。

――今日はおぢちゃんは、ほいくえんで、工作をしたんだよ。のりはアラビックのりではなく、でんぷんのりを使ったんだ。とっても、ねちょねちょしてるやつだよ。おぢちゃんのおちんちんから出るのりも、でんぷんと同じくらいねちょねちょしてるんだよ。タンパクしつもいっぱい入ってるしね。くっつきはそんなにないし、くさいけどね。

 脳みそが沸騰していく。こんなに激しい怒りに襲われたのは、「あの時」以来だろうか。

「ちょっと出てくる。お昼は、適当に食べといて」

 私はとるものもとりあえず、家を出ていった。向かう先は、等々力渓谷公園――西口に指定された場所である。

 「あの時」は、私は溢れる怒りのエネルギーを、友達を殺すことに使ってしまった。今度はそれを、友達を守るために使う。そして、私自身がのし上がるために――。

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆  

 麻原彰晃率いるバドラが「秘密基地」の包囲を始めて、3日が過ぎた。あれほど恐れていた西口&梅川のコンビだったが、現在のところ、彼らに目立った動きはない。彼らは「動かない」のではなく「動けない」のではないか?バドラの中に、コンビを侮る空気が生まれ始めた、そのときだった。

「うわあっ、T・Nだあっ!」

「A・S軍のT・Nが来たぞおっ!」

 敵襲――城方の強気の理由は、援軍の当てがあったからであった。現れたのはT・N。自分と同時期に逮捕された大物犯罪者、A・Sのところの小娘である。男9人から構成されるバドラにとっては、相手にもならない――と、ふつうはそう考えるはずなのだが、麻原の場合は、事情が違っていた。

 Nは、ホミカと同じキャバクラに勤めている――。麻原最大の黒歴史、「しょうこうとほみかのこうかんにっき」の内容を知っている可能性がある。もしも、あの内容を、バドラの信徒や世田谷区民に暴露されたなら、自分はもう、おしまいである。

「麻原彰晃!ちょっと出てきなさいよ!」

 なにやら、ご立腹の様子である。やはりあの娘は、麻原のセクハラ的内容が綴られた日記を、読んでいるようだった。

「な・・なにかな?」

 恍けながらテントから顔を出した麻原を、Nは離れた場所に呼んだ。ボディーガードの関光彦が帯同することを申し出たが、麻原自らが拒否した。これから話すことを誰かに聞かれるなど、冗談ではなかった。

 近年、重大犯罪が起こるたび、報道で、犯人が学生時代に書いた卒業文集の内容などが晒されるケースが増えているが、あれはある意味、死刑以上の抑止効果だと思う。「おぢちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまで」--あんなものを全国ネットで晒されることを考えたら、二度とサリン事件のような大それた犯罪を犯そうとは思えない。市中引き回しにでもなったほうが、まだマシというものだ。

「その顔は、私が来た理由をわかっているようね」

「あ、ああ・・すまなかった・・」

 麻原は、怒るNに頭を下げ、自分がなぜあんなものを書いたのか、理由を切々と語った。

 あれを書いた理由とは、スリルである。もしあの内容が暴露されたなら、自分の地位が失墜するだけではすまない。バドラの信徒に捨てられるとは、すなわち麻原自身が、他の参加者に狙われて死ぬことを意味する。いや、下手したら、委員会から処刑されるかもしれない。

 そのスリルを味わいつつ、性的欲求を満たす――それがたまらなかった。性犯罪とは、単に性的欲求を抑えられないから起こるのではなく、こうした理由からも行われるのである。

「あんたのような最低男の言うことなんて、まったくわからないし、わかる気もないけど・・。私の頼みを聞いてくれたら、許してやらないでもないわ」

「頼み、とは・・?」

「今度からは、店に来たとき、ホミカだけじゃなくて、私も一緒に指名してよ。それから、最高級のロゼを最低二本は空けて。それで勘弁してあげる」

 怒りに任せて殺されるかもしれないと思ったが、そんなことはなかったようだ。Nもキャバクラ嬢の端くれである。打算、取引の生き物なのだ。

「うっ・・くっ・・」

 売れっ子キャストを二人も指名し、ロゼを二本も空けたとなれば、四十万は飛ぶ・・。しかし、これもすべて、身から出た錆である。背に腹は変えられない。従うしかなかった。

 こうしてNは帰った。しかし、巨大勢力を率いる麻原には、息をつく暇もなかった。

「なんてこったっ!!!!」

「秘密基地に食糧を入れられちまったっ!!!」

 西口と梅川の狙いは、これであった。バドラの注意が逸れた間に、まんまと城に兵糧を運び込んでみせたのだ。秘密基地施設の隣に積まれた食糧は、軽く見積もっても、三か月分はありそうだった。

 これではもう、長期戦はとれない。絶望感が陣営を包む――。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第124話

 秘密基地のドアを開けた麻原たちの目の前に現れたのは、三菱銀行人質籠城事件の犯人、梅川昭美だった。

 戦後の混乱が続く1948年、父46歳、母42歳という高齢の両親から生を受けた梅川は、8歳のときに父親が病気で働けなくなったことから、極貧の中での幼少時代を送ることを強いられる。育ち盛りの十代に、夕餉の食卓に並ぶのが茶碗一杯の飯にたくあんのおかずだけという生活を送った梅川の心が歪むのに時間はかからず、中学時代から喧嘩や非行を繰り返し、15歳時には、強盗殺人を犯して逮捕された。

 成人後はバーテンなどの仕事をしながら暮らすが、少年期に生まれた富裕層への劣等感と恨みは培養され続け、1979年、ついに三菱銀行人質籠城事件を起こす。

 当初は現金強奪を計画していた梅川だったが、警察が予想以上に早く現場に到着すると、作戦を、行員と居合わせた客を人質に取っての立て籠もりへと切り替えた。

 映画「ソドムの市」を再現すると嘯いた梅川は、人質を男女の別なく裸に剥いて人間バリケードを作り、また些細なことで癇癪を起しては、人質を次々に射殺。殺した人質の耳を削いで口に含んで見せるなどの残虐行為を繰り返したのち、踏み込んだ警官隊によって射殺された。

 この犯罪者を語る上で欠かせないのが、日本最大の指定暴力団の三代目組長の殺害を企てた男、鳴海清との数奇な因縁である。三菱銀行事件よりちょうど一年前に三代目組長を襲撃し、最後には凄惨な私刑を受けた末に果てた鳴海と梅川は、同じ女性を愛した仲だったのだ。二人の犯罪者を結びつけた女性は、生きていれば、現在まだ50代である。

「おうおうおう。そんなところに陣取りおって、長期戦に持ち込むつもりやろうが、見てみい!食いもんはたんまりあるんや!」

 梅川が、秘密基地内を撮影した写真を、紙ヒコーキにして投げてきた。見ると、基地内には缶詰やカップ麺などのインスタント食品が、大量に積まれている。軽く一か月分はありそうだった。

 それを見て、バドラの中で、この際、秘密基地を放棄してはどうかとの意見が出るが、麻原はその声を断固押さえつけ、攻城戦の続行を宣言した。なんといっても、麻原は自らの黒歴史を人質に取られているのである。退くわけにはいかない。

 そして、包囲一日目の晩。麻原たちは、仲良くしている子供たちが作った「はんざいしゃすごろく」を楽しんだ。

「宅ま守が、おばさんをレイプした。気もちよくて、3回いった。5マスすすむ・・か」

 今のは、蒼龍小学校3年2組、高平武文くんが考えたマスである。

「山じ雪男が、ガールズ・バーに忍びこんで、女を5人殺した。楽しかったから、3マスすすむ、だって!やった~」

 黒龍中学校の不良少年、タケシが考えたマスであるが、漢字を思いっきり間違っている。変な当て字ばかりうまくても、どうしようもないということだ。

「そんしのおぢちゃんが、めろんぱんを3こと、じゃむぱんを5こと、そーせーじぱんを7こたべました。おいしかったです。でも、ぱんやさんに、いちおくまんえんはらいました。かなしかったです」

 どらごん保育園さざんどら組のスモモちゃんが考えたマスであるが、まさかこれが、バドラ創設以来初めてとなる、信徒同士の喧嘩に繋がるとは、誰も予想しなかった。

「なんでだよ!尊師はおいしかったんだから、進むだろ!」

「いや!一億万円払って悲しかったのだから、戻るに違いない!」

 そう。スモモが考えたマスには、進むのか、戻るのか、その記述がなかった。この解釈を巡り、関光彦と、尾田信夫の間で、喧嘩になってしまったのだ。

 兵糧攻めの寄せ方にとって厄介なのは、長期の布陣による欲求不満からくる、士気の低下である。今はまだ一日目だが、包囲が長く続き、イライラが募ってくれば、気の短い凶悪犯罪者どもは耐えられないだろう。後々の遺恨とならないように、火種は火種のまま、完全に鎮火しておかなければならない。

「光彦、信夫。落ち着かんか。こういうときは、譲り合いの精神が大事だぞ」

 そう言って宥めてみたのだが、二人とも聞く耳を持たない。そこで、軍師、正田昭から、ある提案がなされた。

「こういうのはどうでしょう。尊師が、実際に、メロンパン3個、ジャムパン5個、ソーセージパン7個を食べてみる。そして、一億万円とは言いませんから、一万円を店員に払ってみる。それで、うれしいか、悲しいかを判定し、その結果によって、進むか戻るかを決めるというのは」

 これにバドラの信徒たちが、それがいいそれがいいと頷く。麻原としてはあまり気が進まなかったが、ここで強硬派の自分が不平不満を述べ、みんながやる気をなくしても困る。仕方なく、スモモが考えた量のパンを、一万円を出して買って食べたのだが、結果は最悪だった。

 いかに大食漢の麻原といえど、15個ものパンをいっぺんに食べるというのは、あまりに過酷すぎた。せめて、全部違う味ならばよかったのだが、同じパンばかりをそんなに食べていては、食傷して当たり前である。結局半分近くを残してしまった。ポケットマネーから一万円もの金は払うわ、腹が膨れてしまったせいで、いつも楽しみにしている9時のおやつは食べられなくなるわで、踏んだり蹴ったりであった。

 そんなこんなで、3日が過ぎたのだが、城の中からは何の音沙汰もなかった。紙ヒコーキも飛んでこない。夜間、明かりがついたり消えたりしているようだから、まだ中にはいるのだろうが、西口と梅川は、何もアクションを起こさないのである。

「なんだ。籠城戦のスペシャリストといっても、大したことないな」

「宅間守と松永太を足して二で割った万能型犯罪者西口も、所詮この程度か」

 信徒たちからそんな声も囁かれ始めたときのことだった。

――セクハラおやじの悪行を、ホミカちゃんを大事にしている怖いお姉さんにチクらなきゃ(使命感)

 久々に飛んできた紙ヒコーキに書かれていたのが、そのメッセージである。いったい、これはなんのことだろうか。麻原には、言っている意味がわからなかった。
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第123話


 麻原彰晃率いるバドラは、世田谷区の「等々力渓谷公園」を訪れていた。この地には、バドラと少年野球チーム、ツンベアーズが建設を進めている「秘密基地」が存在する。その「秘密基地」が、何者かに乗っ取られたというのだ。

 麻原はこの秘密基地を要塞とし、有事の際にはここに立て籠もって籠城戦を展開しようと考えており、常に2名の信徒を城番として配置し、警備に当たらせていた。だが、今日はある事情で城番を置いていなかった。

 今日はバドラと、草野球チーム「世田谷バイキングス」の試合があったのである。現在、バドラの人員は9名。ちょうど、野球チームが一つ組める人数である。ツンベアーズから代役を頼むこともできたのだが、麻原は一度でいいから、バドラのメンバーだけで試合がしたかったのだ。

 100%生え抜きだけで試合をすることに拘ってしまった結果が、この有様である。いったい、どこの誰が「秘密基地」を乗っ取ったのか。麻原は「秘密基地」の前に布陣し、拡声器を使って、籠城犯に呼びかけてみた。

「おい。誰かは知らぬが、出てきてはくれんか。そこは俺たちと、子供たちが作った家なのだ」

 ここが麻原が正式に不動産屋と契約を結んだ住居ならば、もっと強気に出るところだが、「秘密基地」は、麻原たちが公園内に勝手に建てたものである。麻原が世田谷区に顔が利いていなかったら、違法建築として通報されているところだ。だから、不本意ではるが、侵入者には頭を下げて頼むしかない。

 麻原が立ち退きを頼んだ直後、基地の窓から、紙ヒコーキが飛んできた。そこに書かれていたのは・・。

―――ワイは、西口昭や。

 西口昭――またしても、あの男か。ホームレスか何かであってほしいと思っていたが、大会参加者が相手となると厄介なことになる。

 しかし、なぜ西口は、関西弁を使っているのであろうか。確かあの男は、九州の出身であったはずだが。何か嫌な予感がするが――。

「2通目が飛んできたぞ!」

 届いた紙ヒコーキには、衝撃の文字が並んでいた。

――しょうこうとほみかのこうかんにっき 配信開始。


 麻原の脳細胞が、ポップコーンのように跳ねまわった。「しょうこうとほみかのこうかんにっき」とは、麻原が新宿のキャバクラ「スカーフキッス」にて、キャストのホミカとかわしている、交換日記である。ホミカが書く内容は、その日摂った食事の内容や、今気に入っているキャラクターのことなど、ふつうの女の子らしいとりとめのないものであるが、麻原の書く内容は酷いもので、「おぢちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまで」と題された、その日のペニスの色、つや、硬度、放出量などを記録した、極めてセクハラ的な記述だった。

 うっかりしていた。そういえば先週、麻原自身が秘密基地の城番を勤めた際に、交換日記を基地内に置き忘れていたのだった。もしもあの日記の内容を公開されたなら、バドラ内のみならず、世田谷区の住民に対して麻原が築き上げたカリスマは、完全に崩壊してしまう。なんとしてでも城を落とし、日記を取り返さなくてはならない。

――7月1日 けさのおぢちゃんのおちんちんは――。

「やめろおっ!やめてくれえっ!」

 麻原は、届いた紙ヒコーキを破り捨て、秘密基地に向かって叫んだ。その直後、秘密基地から紙ヒコーキがまた飛んでくる。

――(読み上げちゃ)いかんのか?

 疑惑が、確信へと変わった。(~)いかんのか?とは、2ちゃんねるで、主に野球関連のスレッドが建ち並ぶ「なんでも実況J」板にてよく使われる言い回しである。麻原は近頃、よくなんJに書き込みを行っているのだが、西口はどうやら、それを知っているようだった。

 どこまでも麻原を知り尽くした男――。恐るべき敵に、麻原は改めて戦慄した。

 とにかく厄介なのは、西口は、麻原が恥ずかしい内容を書き記した交換日記を保持しているということだ。正直言って、あれさえ取り戻せれば、秘密基地が乗っ取られようが、壊されようが、麻原的にはどうでもよかった。

 麻原はその旨を書いた紙ヒコーキを、「秘密基地」に向かって投げ返したのだが、西口からは意外な返事が返ってきた。

――あれ?見当たらんな。尻ふき紙に使って、捨ててしまったかもしれんやで?(すっとぼけ)

 一縷の望みが生まれた。もし西口の言っていることが本当ならば、麻原の憂慮はすべて消えてなくなる。思わず笑みをこぼしかけたが、すぐさま届いた紙ヒコーキによって、束の間の安心は打ち砕かれてしまう。

――でも、内容は全部頭の中に入ってるかもしれないんだよなあ。

 さらにこう続く。

――ちょっと気持ち悪いと思った(粉みかん)

 麻原の顔面が、真っ赤に紅潮した。西口は、完全に麻原をおちょくりに来ているようだった。これでは、交換日記の返還は、迫るだけ無駄であろう。逆に、よけいに西口を図に乗らせるだけに違いなかった。

 これを受け、麻原は陣地にテントを設営し、大量の食糧、および「UNO」「野球盤」「人生ゲーム」蒼龍中学校、蒼龍小学校、どらごん保育園合同制作による「はんざいしゃすごろく」などの娯楽製品を用意し、長期戦の構えをとった。

 秘密基地は、木々に覆われた山の斜面に建てられ、その周囲を川が囲い、天然の堀の役目を果たしている。総面積は、バスケットボールのコートほどになろうか。人数が足りぬため、完全包囲はできないが、公園の周囲に、「夜回り尊師」としての活動で交流を深めた不良たちを配置して見張りに当たらせ、敵方の援軍が来ればすぐわかるようにし、兵糧攻めの態勢も整えた。

 時間さえかければ、城は確実に落ちる。麻原最大の黒歴史「おぢちゃんのおちんちんが、ほみかちゃんにはいるまで」が記された、「しょうこうとほみかのこうかんにっき」を、奪還することができる――。

 そう気持ちを切り替えた麻原の視界は、次の瞬間、秘密基地のドアを開けて出てきた男によって、
暗黒に染められた。

「オッサンが麻原彰晃かい。こんなセコイ城ひとつに、ごくろうなこっちゃな」

 風変りなファッションに身を包み、サングラスの奥の瞳でバドラの陣地を睥睨するのは、三菱銀行人質事件の犯人――伝説の籠城犯、梅川昭美だった。
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第122話


 宅間守は、今宵の女との待ち合わせ場所である、六本木の町を歩いていた。

 六本木ヒルズ―この町に聳え立つ、仇敵どもの住まう塔。大会を勝ち残り、賞金10億円を得た暁には、各国のプロフェッショナルから精鋭を選りすぐった一大テロリスト集団を結成し、この塔の住人を皆殺しにしてやるのも一興か。

 そんなことを考えつつ、オフィス街から繁華街へと移ろうとした、そのときだった。

 時速100キロを超えるスピードで、自分に向かって突っ込んでくる一台のファミリーワゴン・・・。生物的な本能で、体が硬直する。脳裏に死の文字が掠めかけたが、寸でのところで、アスファルトにダイブする格好で回避に成功した。

 ドライバーを確認するまでもない。闇サイトのヤツらや。たしかあの連中は、犯行にワゴン車を用いていたようなことを、金川のアホが言っておった。

 宅間はナイフを抜き、闇サイトトリオの連中が降りてくるのを待ったが、ワゴン車はそのまま去っていってしまった。

 その晩は普通に女と遊んだ宅間であったが、その翌日は、今度は角田軍の吉田純子が、買い物帰りにコリアントリオの襲撃を受け、右腕骨折の重傷を負ったという知らせが入った。

 ここに至って、宅間と角田にも、敵方の狙いがはっきりとわかった。

 ゲリラ攻撃―ヤツらは、戦力を一極集中させての会戦を挑むのではなく、あえて兵力を分散して機動性を重視し、奇襲に特化した戦術で攻めてくるようだった。

 角田、宅間連合軍は8人。対して、コリアン、闇サイトトリオは6人。しかし、連合軍の人員には3名の女性がいるのに対し、両トリオは全員が男性。一見、両トリオの方が、戦闘力が高いようにも見える。

 だが、問題は兵の質である。宅間、金川、上部が合わさったときの破壊力は、おそらく全勢力中最強。これに角田軍の男性陣が加われば、あのバドラさえも壊滅させかねない。両トリオが、正面からぶつかるのは得策ではないと判断したのも無理はなかった。このあたり、先週行われた「環七通りの戦い」の顛末も影響しているのかもしれない。

 宅間と角田の考えを裏付けるように、その3日後、吹石恵子が殺害された。角田の命で、ヤクザの情婦として客を取っていたところを、闇サイトトリオの方に襲われたらしい。

 あの女は美人であった。違った形で出会っていたら、口説いていたかもしれない。ええやろう。仇はとったる。ワシの利益のためでもあるからな。コリアントリオ、闇サイトトリオ。首を洗って待っておれ。

 両トリオに対抗するため、角田と宅間が着手したのは、内通者のいぶり出しであった。

 両トリオが、なぜああも簡単に、連合軍のメンバーが一人で行動する機会を把握できるのか。それは連合軍内に、両トリオに通じている人間がいるからに他ならない、というのが、角田の出した結論であった。

 しかし、相手はそう簡単には尻尾を出さない。調査を進めている間にも、角田軍の藤井政安が襲われて、背中に十五針を縫う怪我を負い、その二日後には、宅間軍の金川が、ゲームセンターで遊んでいるところを襲われ、メガネを壊された。

「宅間さん!聞いてくださいよ!メガネなしでアキバのメイドカフェに行ってみたら、いつか俺が犯そうと思ってるマリアが、メアド聞いてきたんすよ!俺のこと可愛いとか言って!合意の上だったら、殴りながら犯っても、委員会に何にも言われないのかな?くぅ~っ、春が来た~っ!!」

 底なしのアホにつける薬はないが、とにかく、このまま手をこまねいているわけにはいかない。宅間は、単独で両トリオに攻撃を仕掛ける提案をしたが、角田には反対される。

「やめた方がええ。コリアントリオが立てこもるのは四階建てのビル。高所の上、ヤツはビルの至るところに細工をし、要塞化しとる。それに、大久保という土地柄を考えてみい。下手したら、住民全体が敵に回るで」

 一理あった。古来より戦においては、地域住民によるゲリラ攻撃や流言飛語、補給の援助などが勝敗に重大な影響を及ぼす場合が多い。サッカーや野球の試合でも、ホームとアウェーの勝利が段違いなことを見れば、それがいかに大きな要素かがわかる。

「一方の闇サイトトリオは、車を住居にしている。これはもう、攻める攻めない以前の問題や」

 確かに、どこにいるかもわからなければ、そもそも攻めようがない。これではどうしようもないが、戦争開始から二週間が経ったころ、大きな進展があった。

「あ・・宅間さん、ですか?私、川岸と申しますけど・・」

 闇サイトトリオの川岸健司からの、寝返りの申し出だった。金川の話では、川岸はトリオの中でも気が小さく、警察に自首したことで、唯一、死刑宣告を免れている男だった。

 連合軍の内通者がわからない状態で、向こうのメンバーから寝返りの相談を受けた。複数の思惑が交錯する状況。何かの罠かもしれない。しかし宅間は、これを受けた。角田には一言の相談もなく、である。

 ワシは命を惜しまん。目の前に映っておるのは、1人250万の報酬だけや。べっぴんのホテトル嬢にぶち込む金を得るためなら、たとえ火の中でも水の中でも、躊躇せずに飛び込んだる。

 後先考えないで人生を生きてきた結果、ドツボに嵌った。だからなんや。いまさら反省したところで、どうなるものでもない。あれ以外の人生など、想像もできん。

 どうせなるようにしかならない人生なら、思い切って突き進むことや。穴の前で変に躊躇うから、落っこちてしまうのや。思い切って踏み切ってみれば、案外、飛び越えられるものや。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第121話

 宮崎勤は、眠っているNと男が並んで座る対面の席に、腰を下ろした。

「こうやって会うのは初めてになるか。俺が小林薫だ。よろしくな」

 小林薫・・。聞いたことがあるぞ。法廷で、「第二の宮崎勤として名を残したい」などとのたまった、あの男だ。あの陰毛みたいな髪の毛を短く切っていたから、全然気がつかなかった。

「かけさせろ」

 小林に自己紹介する代わりに、僕は自分の願望を、ストレートに伝えた。

「だめだ」

「どうしてだ。いいじゃないか」

 にべもなく頼みを拒否する小林に、僕は食い下がった。

「俺は、この女を愛しているからだ」

 小林が、開いているのか閉じているのかわからない糸のような目を細め、ニタァと笑いながら、隣に座るNの肩を抱いた。

「よくわからない。愛していたら、かけさせてくれないものなのか?」

「そうだ。俺はこの女を、誰にも汚させない。お前のようなやつには、わからないだろうがな」

 いちいちムカつく顔を浮かべやがって。これが巷に言う、「ドヤ顔」ってやつか?こいつ、ひょっとして、自分に女ができたことを僕に自慢するために、相席を持ち掛けたのか?

 忌々しい奴めーー。愛する女がいるのは、お前だけじゃない。僕にだって、マキという、生涯の契りを結ぶ相手がいるんだ。

「僕にも、愛している女はいるぞ」

「木嶋香苗のことか?」

「違う。あんなんじゃない。あれの3分の1くらいしか体重のない、しっとりした和風美人の女だ」

「ほう」

「僕はあの女の足を輪切りにし、デミグラスソースをかけて食べた後、今度は尻の肉を切り取り、あの女の唾、淡、めやに、涙、陰毛を刻んだ粉末をミックスしたドレッシングをかけて食したいと思っている。これは愛じゃないのか」

「違うな、それは愛じゃない」

 この野郎、僕の純愛を否定しやがって。まあいい。幼女を殺し、その写真を親に送り付けるなんて酷いことをする変態野郎が語る愛など、僕は真に受けることはない。それより、なんとかして、Nに「やさしいこと」をする許可を、こいつから取らなくてはならない。早くしないと、不審に思った木嶋香苗が、こっちのテーブルに来てしまう。

「おい、一つ質問がある」

「なんだ」

「愛する女ができても、オナニーのときはAVを見たりするのか」

「当然だ。いかに愛する女といえど、そこまで俺に干渉する権利はない」

「そうか。ならこうしよう」

 僕は小林に、「勝負」の提案をした。ルールは簡単。僕が、小林に、オナニーネタの提供をする。それを聞いて小林が興味をそそられ、勃起をした時点で負け。僕に、Nに「やさしいこと」をする権利を与えなくてはならない、というものだ。ちなみに、小林が勝っても、とくに見返りはない。

「いいだろう。俺のNへの愛が試されるいい機会だ。乗ってやろう」

 小林が、勃起をすればすぐわかるように「チンポジ」を調整した。こうして、僕と小林、新旧小児性愛殺人者の戦いが始まった。

「ある小学校で知り合った31歳の女教師と10歳の少年がセックスをし、子供を作った。少年はまだ働けないから、生まれた子供は、女教師の51歳の夫の子として育てられることとなった。やがて夫は定年を迎え、少年は大学を卒業し、社会人となった。そこで、少年は夫に真実を告げ、子供と妻を引き取りたい旨申し出た。夫は発狂した」

「うっ・・」

「願として譲らない夫に、少年は妥協案を提示した。妻はいただくが、子供はやる、というものだ。子供は女の子だった。そして現在、13歳。すでに初潮を迎えている。夫は喜んでそれを受けた。そして、今まで自分の娘だと思っていた子とセックスをし、子供を作った。めでたし、めでたし」

 テーブルの周囲にいた客、ウェイターの顔から、血の気が失せていくのを感じた。ゴキブリの交尾を見るかのような痛い視線が、僕に注がれている。快感だった。変態冥利に尽きる瞬間。生きているという実感がする。

「幸せな夫婦がいた。夫に手かせ足かせをはめ、檻に放り込んだ。毎日毎晩、夫の前で妻を凌辱した。やがて子供が生まれた。それまで夫には、ドッグフードを食べさせていたが、その日から違うものを食べさせることにした。妻の乳から作った、チーズだった」

「チ・・チーズ・・作れるのか?」

「知らん。食ったことないから」

 小林の鼻の孔が、さっきの倍くらいに広がっている。興奮してきている証拠だった。

「制限時間まで、あと2分か。続けさせてもらおう」

 フィニッシュ。これで小林のペニスに、大量の血液を流し込んでやる。

「雑誌に載るレベルの美女がいた。美女は純白のウェディングドレスを着ている。だが、二週間、風呂に入っていない。そして、さっきまで運動をして大量の汗をかき、また、用を足して、拭かなかった。その美女を、みすぼらしい身なりをしたホームレスが犯した。しかしホームレスは、つい一時間前、風呂で入念に体を洗ったばかりだった。二人のセックスを見ているギャラリーは、部屋を覆う悪臭は、どっちが発していると答えるだろうか?を調べる実験が行われた」

 周囲の客が僕を見る目が、ゴキブリの交尾を見るものから、ゴキブリの孵化をみるものへと変わっていった。

「あの、お客様・・お隣の席の方から、話の内容を変えてほしいとのお願いを預かっておりまして・・」

「僕の勝ちだ。Nはもらう」

 クレームを預かっていたウェイターの口を封じて、僕は小林に勝利宣言をした。小林の履いているスラックスには、立派なテントが張っている。僕は、壮絶な戦いに勝利したのだ。

「うっ・・おい、N。起きてくれ」

「…何?え、ちょ・・宮崎・・え?なにがどうな・・」

「話は後だ。さあ、もう出よう」

 小林が、動揺するNの手を引いて、会計を済ませ、足早に店を出ていった。どうやら、あのままホテルにしけこもうということらしい。

 人との約束を守らないなんて、ひどい奴だ。これでは、僕は、オナニーネタの食い逃げをされてしまったようなものではないか。

 小林薫・・。覚えていろよ。この落とし前は、絶対につけてやる。そう決意しながら、僕はNの食べかけの食事を、Nが使ったナイフとフォークで食べ、Nが使ったナプキンで、口を拭いた。

 もう一つの誓い――。いつか、違う口につけるナプキンで、口を拭ってみせる。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第120話

 Nは、新聞専売所で拡張員として勤め始めた小林薫の就職祝いに、青山のイタリア料理店「カノビアーノ青山」を訪れていた。

 思わぬきっかけから始まった同棲生活であったが、思わぬほど順調に進んでいた。家での小林は、私に手を挙げるどころか、怒鳴ったりもしない。性行為の際、頑なに膣内射精に拘ること以外は、私を気遣い、常に優しく接してくれる、良夫そのものだった。

「あの戦いから一週間か・・。俺の雇い主だった日高夫妻にも見捨てられたようだし、八木はもう終わりだな」

 色気も素っ気もないが、やはり一番盛り上がるのは、一週間前、重信軍と八木軍との間で行われた「環七通りの戦い」の話題である。

「そうかしら。八木がそう簡単に負けを認めるとは思わないわ」

 八木は往生際の悪い男である。また、執念深い男でもある。大会開始から、まだ四か月しか経っていないこの時期に、おとなしく引き下がるとは思えない。

 第二次世界大戦で、他ならぬ我が国が証明したように、「破滅へと向かう者」は、ときに圧倒的物量を超越した強さを発揮することがある。失う物のなくなった八木が、どんな大胆な手を打ってくるか。まだまだ、油断することはできない。

「加藤智大も、退院したみたいだな」

 昨日、退院した加藤店長が、店長業務に復帰した。表向き、今までと変わらない様子だったが、私には、必死の思いで強がっているようにしか見えなかった。戦では、都井睦雄に手も足も出なかったという加藤店長。この先、立ち直ることができるのだろうか・・。

「結局、重信軍の戦死者は、戦闘向きではない前上博だけか。良質な経験を積み、資金面での最大のライバルも消えた。これからも、安泰だな」

「そうね。あなたも、加入を申し込んでみたら」

「・・それはできん」

 口に出してから気づいたが、小林が松永軍に入ることは、すなわち私と離ればなれになることを意味しているのだ。重信軍とA軍は、形式的にはあくまで同盟軍。あまりに深く結びついてしまうわけにはいかない。一定の距離感は必要なのである。

 ならば、A軍という選択肢もない。Aは、己の軍が「少年犯罪者チーム」であることに、強い拘りを持っているからである。私と小林の関係が知れれば、おそらく、罠にかけられて殺される・・。

「おい、どうした。俺といるのは、退屈なのか?」

 ついつい、あくびを漏らしてしまった私に、小林が悲しそうな顔で言った。

「違うの。最近、睡眠とれてなかったから・・」

 最近、私の客に、有名企業「コ二ワ口」の幹部が着いた。服飾についての勉強で、連日徹夜が続いていたのである。

 それを知っている小林は、私に、自分が食事をとっている間、居眠りをするのを許してくれた。私をレイプした男の前で、こんなにも油断した姿を見せている。人が聞いたら、どう思うのだろう。私にもうまく説明できないのに、わかるわけがない。


   ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 
 



宮崎勤は、同棲相手の木嶋香苗とともに、青山のイタリア料理店「カノビアーノ青山」を訪れていた。

このところは、山地くんとばかり遊んでいた僕だが、木嶋の機嫌を取るためにも、たまには構ってやらなければならない。なんといっても、僕の生活は、この女がいなければ成り立たないのである。

「勤さん!スープを音を立てて啜らない!それと、パンにはかぶりつかない!一口サイズに、ちぎって食べなさい!」

 なんのかんのと、うるさい女だ。メシくらい、好きに食わせろという話である。シャバにいたときは、料理教室だかに通って、本格的にテーブルマナーを勉強していたそうだが、そんなものを学んだところで、犬に論語ってなものではないのか。

 せっかくのうまい料理も、これでは台無しである。しかし、食事代が全部この女もちである以上、口ごたえもできない。僕のコンプレックスである、手首が回らないせいでスプーンやフォークがうまく使えないことを指摘してきたら、躊躇せず「肉物体」にしてやろうと思っていたが、人間心理を知り尽くした木嶋は、そこだけには触れてこない。だから余計にストレスが募る。憮然としたままトイレに立ったのだが、そこで予想外の人物に出くわしてしまった。

 T・N・・。大会に途中参加した、佐世保児童殺傷事件の犯人だ。

 もの凄い勢いで、ペニスに海綿体が漲っていく。僕はずっと待っていたのだ。この女と、出会うときを。

 以前、藤波和子で童貞を捨てた僕であったが、あの女は実年齢で10歳以上、復帰年齢でも、僕より7歳も上のオバサンだった。世の中には熟女マニアなどというのもいるらしいが、僕にその気持ちはわからない。女は若く、美しいほうがいいのである。

 来週末には、「ドラゴンほいくえん」のマキとかいう保育士とデートの予定があるが、あの女は一般人。そうそう、「やさしいこと」はできない。しかし今目の前にいるNには、遠慮はいらない。「やさしいこと」し放題なのである。

 僕はさっそく、己の尻の穴に手をねじ入れ、香ばしい臭いを指先に擦り付けたのち、Nの口、あるいは鼻先にそれを差し込もうとしたのだが、その直前、Nが男と一緒であることに気が付き、行為を中断した。

 ちくしょう。なんなんだあの男は。あいつがいるせいで、「やさしいこと」ができないじゃないか。

 邪魔者のせいで「やさしいこと」ができなくなった僕だが、それでも諦め切れず、自分の席とNのテーブルの周りを、しばらく行ったり来たりしていた。

「勤さん、なにやってるの。ウロウロウロウロ、お行儀が悪いわよ」

 うるさい。今の僕は、お前なんかに構っている暇はないんだ。肉物体にしてやりたいのをこらえ、僕は、糞が付着した指に、今度は己の脇の下の臭いを擦りつけた上で、Nの席へと歩いて行った。

「おい、宮崎勤。挙動不審な動きをしていないで、こっちへ座れ。一緒に、メシを食おうじゃないか」

 初めて目が合ったお邪魔虫男が、僕を席に着くよう促してきた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第119話

 宅間守は、角田美代子が本拠を構える練馬区のマンションへと足を運んでいた。もともとは世田谷区を拠点として活動していた角田であったが、近ごろ世田谷では、麻原彰晃の力が大きくなりすぎ、締め出されるような形で引っ越したのだという。

「いっそのこと、麻原のオッサンと組んだらどうや?」

 宅間のこの質問に対し、角田はこう答えた。

「確かに、今力を蓄えることを考えたら、最大勢力の麻原と組むのは最高の手だろう。だが、それでは麻原を超えることは永遠にできない。あたしらと組んで後顧の憂いがなくなった麻原はさらに肥え太り、どうあがいても勝てない怪物となってしまうだけだ。麻原に力をつけさせず、あたしらが力をつけるには、たとえ茨の道だろうが、独立独歩でやっていくしかないんだよ」

 そういうものなのだろうか。自分が生き残ること、大会を勝ち残ることを考えるのにまったく積極的になれない宅間には、いまいちよくわからなかった。

「で・・今日は何の用件でワシを呼び出したんや」

 そう問う宅間に対して、角田は、金嬉老、李珍宇のコリアンコンビが謀反を起こし、角田軍への敵対姿勢を鮮明にしたことを伝えた。

「なんでや。オバハンとあいつらは、うまくいっとったんやないのか」

 先月のこと、角田軍と、参加者の向井義己と江東恒のコンビとの間で、抗争の火花が散った。宅間は、「アカギ事件」の際に負った怪我で負傷療養中であったため、金川と上部を援軍に差し向けただけで参戦しなかったのだが、その戦には角田軍の傘下であるコリアンコンビも参戦しており、李珍宇が、我が配下の上部と協力し、敵軍の江東を討ち取るなどして活躍を見せたという。なお、この戦で角田軍の松本健次が命を落としたが、相手方の向井が降伏して、新たに角田軍に加わっていた。

 あのコリアンコンビが、角田のオバハンを裏切った・・。いったい、何が起こったというのだろうか。

「どうやら、新しく加わった、古着店主殺害事件の孫斗八に唆されたようやね」

「なにもんや、そいつは」

 尋ねる宅間に、金川真大が、宅間も収監されていた大阪拘置所にて、「訴訟魔」として当局と徹底的に戦った男の話を聞かせた。

「・・・ま、大体わかったわ。せやけど、そいつを合わせても相手は3人。こっちは、オバハンとことワシら、合わせて8人や。戦力比は倍以上。力ずくで潰したったらええやろ」

「どうやら、そう簡単にはいかなそうなんだよ」

 角田のオバハンの語るところによると、コリアンコンビ改めコリアントリオは、本拠を駒込の商店街から、大久保のコリアンタウンに移し、ビルの四階に住居兼店舗の飲食店を構え、天下を伺い始めたのだという。

 大久保から百人町にかけての界隈は、多くのコリアンマフィアの根城ともなっている。コリアンマフィアやチャイナマフィアは、ヤクザに比べて数は少なく資金力にも乏しいが、暴対法などの規制がなく、また民族性もあって、ヤクザよりも遥かに凶暴で見境がないことで知られている。コリアントリオは、おそらくそうした勢力と結びついたのであろう。

 しかし、コリアンマフィアがいくら凶暴だとしても、委員会の後ろ盾がある大会参加者に、直接の手出しはできない。純粋な兵力がアップするわけではないのである。安定した資金源を得たとしても、軍事力の裏付けがなければ、角田軍に牙を剥いたりはしないはずだ。

 軍事力の裏付けは、あった。コリアントリオは、闇サイト殺人事件の三人、堀慶末、神田司、川岸健治と手を携え、角田――宅間のラインに対抗しようというのだ。

「おかしいじゃないすか。闇サイトの三人は、裁判でお互いに罪を擦り付け合い、憎しみあってるはずっすよ。なんでまた、一緒に行動してるんすか?」

 疑問を呈したのは、金川真大である。

「調べたところによると、どうやらあの三人は、事件前後の記憶を、委員会によって消されているようなんだよ。それでも、資料なりなんなりを見れば、自分らの関係性はわかると思うんやが・・」

 宅間にとっては、さほど疑問に思うことでもなかった。人と人との間には、理屈では説明できない何かがある。因縁と呼ぶべきものだろうか。100回生まれ変わっても、たとえ地球の真裏で生まれたとしても、必ずどこかで出会い、愛し合う。あるいは、憎しみ合う。そうした関係が、確かにある。

 宅間にとっては、人ではないが、あの池田小。幼きころ憧れた学び舎であり、最初の妻の勤め先でもあった。自分があの学校を襲撃したのは、理屈では説明できない何かに導かれたから、としか思えなかった。

「で、そいつらを倒したら、どんだけの報酬を払うてくれるんや」

 御託はいい。どこのどいつが相手だろうと、逃げも隠れもしない。殺して、金を得るだけや。

この世に蘇り、はや100日以上が経過した。散々、やりたいことはやり尽くした。心残りがあるとしたら、ただ一つ。死んでしもうたら、ワシの後継者のこれからの暴れっぷりを、この目で見られないことくらいか。

「一人につき、200万。約束するよ」

「・・・もう一声や」

 200万では足りん。こちとら、風俗に、ねるとんパーティへの参加にと、色々金もかかるのや。ワシだけではない。金川のアホは、最新のゲームが欲しいとかぬかしよるし、上部の鳥の巣頭にも小遣いをやらねばならん。人を使うには、まっこと、金がかかるのや。

「わかった。250万。これでどうだい」

「ふむ。とりあえず、それくらいで手を打ったるわ。ただし、相手の強さによっては、多少、報酬を上げてもらうかもわからんがな」

「悪党やね」

 当然や。かつて親父の出資で始めた運送屋を3か月で潰したとはいえ、ワシも商人の国で育ったのやから。

 角田、宅間軍VSコリアントリオ、闇サイトトリオ。死闘の幕が、今、上がった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第118話


 再び見開かれた加藤智大の目に、鬼の形相で俺に迫ってくる都井と、その後ろから駆け付ける重信さんの姿が映る。

 命を諦めることはない――咄嗟に、そう思った。俺は日本刀の切っ先を、都井に向かって突き出した。

 恐るべき反射神経で、攻撃を躱す都井。しかし、心折れたと思われた相手からの、予想外の反撃は、確実に都井を動揺させたようだ。

 俺は日本刀を垂直に構え、振り下ろした。異常な集中力のおかげで、傷の痛みは感じない。しかし、断裂した筋繊維までが回復するわけではない。左手には力が入らない。剣速は鈍く、ナイフやサーベルにはない日本刀の持ち味、重みを生かしての破壊力も発揮できない。

 剣撃は、都井の匕首に簡単に阻まれた。俺の攻撃はすべて防がれ、逆に、都井の攻撃はことごとく受けてしまう―――。完敗である。ここまで、差があるとは思わなかった。

 だが、俺にトドメを刺そうとした都井は、急に弱気な表情を浮かべ、よろめいて離れてしまった。チラリと見えた背中には、重信さんがよく使う、中東製のナイフが突き立っていた。

 投げナイフ――ゴルフボールによる投擲攻撃は、分厚い筋肉で覆われた背中に当たればほとんど意味をなさないが、刃物なら別である。都井の背筋を深々と切り裂いたナイフは、都井の戦力、それ以上に戦意を、確実に奪った。

 勝負は決した――。遅れて「森」を出てきた川俣軍司、重信さん、松村くん、そして俺の四人に包囲された都井は、それでも重信さんを道連れにしようと切りかかるなど抵抗を見せたが、最後は、松村くんのナイフを首筋に食らって倒れた。都井は、俺には完勝したが、「重信軍」には敗れたのだ。

 大怪我を負った俺は、委員会指定の国立病院に一週間入院することとなった。DNAの情報は誤魔化しがきかないから、ごく一部ではあるが医療機関には、今大会のことは伝えられているのだ。

 一週間もあれば、傷は癒えるだろう。二週間後からは、トレーニングも再開できる。だが、できるだろうか。

 あれだけのトレーニングを積んでも、俺は都井には勝てなかった。手も足も出なかった。戦闘の技術よりも、戦いに臨む気構え、そこに大きな差があった。

 都井は生には執着していない。いつ死んだっていいと思っていた。しかし、勝ちたい、とは思っていた。怒りをぶちまけ、誰かを、世界を、滅茶苦茶にしてから死にたいと思っていた。それが、捨て身の、特攻の強さを生んでいた。

 対して、俺はどうか。生きることに絶望しているくせに、無駄に死を恐れ、生に縋っている。それでいながら、勝利を渇望していない。どうせ俺なんか・・と、最初から負けるつもりで勝負に挑んでいる。もう、大きなことをしようとも思っていない。暴れる気力もないのである。それでも今までは、埋めようのない戦闘力の差で勝ってきたが、本当の強敵相手には、なにもできなかった。弱いやつにはめっぽう強いが、強いやつには、とことん弱い。小悪党の鑑みたいだな、ははは。

 あの男――宅間守が、都井以下の強さということはないだろう。今の俺では勝てない。守りたい人を、守ることはできない。

 それでいいのか――?などと、今、誰かに聞かれても、そいつが期待する返事を返すことはできないだろう。昔から、叱咤激励の類が胸に響いたことなんて、一度もなかったんだ。落ち込んでるときは、優しくされたかった。誰も優しくしてくれなかった。いたのかもしれないが、忘れた。

 どうでもいい――。今はただ、ゆっくりと休みたい。眠っていたい。

☆   ☆    ☆    ☆    ☆   ☆

 松永太は、ビジネスホテル内のラウンジにて、一人簡素な祝杯をあげていた。一応、皆にも声はかけたのだが、仲間の前上博が亡くなったということで、辞退の返事が相次いだのである。得た嬉しさより失った悲しさを優先するのは、松永が理解できない日本人の考え方の一つだ。

 ちなみに、前上の穴は、八木軍が雇った傭兵、小川博が埋めてくれそうだった。金で雇われただけの小川博は、ロクに働きもしないまま、大将が逃亡したと知ると、あっさりと降伏してきたのである。まあ、傭兵にはよくあることだ。我が軍が雇った孫斗八も、都井の強さを目の当たりにし、いち早く逃げ出していた。川俣のように残っていれば、莫大な報奨金を受け取れたというのに、もったいないことである。

 ともあれ、八木軍との抗争に、一応、一区切りがついた。戦争後、松永はAにいち早く連絡をとり、池袋の「IKB48」に向かわせ、敗走した八木を待ち伏せさせたが、さすがに八木は現れなかった。軍資金を押さえさせたが、金庫には現金はほとんど入っていなかった。どうやら大部分は、あらかじめ戦の前に、何処かへ隠していたらしい。

 ゴキブリのようにしぶとい八木がこのまま終わるとは思えないが、まあ、以前ほどの力を取り戻すことはないだろう。武力もないのに金だけは持っている分、他勢力に目をつけられ、早晩、滅びの道を辿るに違いない。

 また、今回の戦で、味方のこともよくわかった。一つは、重信房子に、戦略的な眼力がまるでないこと。

 日本赤軍の女帝などとはいっても、所詮は、美貌を買われて担がれただけの神輿にすぎない。少しでも冷静に全体を見る目があれば、たとえ八木を討ち取っても、軍事面での扇の要たる加藤を失っては痛手の方が大きく、逆に加藤を助けて敵軍のエース都井睦雄を倒してしまえば、八木などは死んだも同然ということがわかるはずなのに、重信は、敵軍総大将を討ち取るという戦果に目が眩んで、そちらを目指してしまった。そして戦が終わってから、自分が加藤を助けろと言ったのを、「部下思い」などと勘違いして、勝手に反省してしまっているのだから、始末に負えない。

 あの女は、一介の武人としては優れていても、単独で人の上に立てる器ではない。あれなら、いずれ対立するときが来たとしても、赤子の手をひねるように潰せることだろう。

 心配なのは、加藤智大である。都井とあそこまで戦力差があるとは予想外であったが、その都井はもういなくなったのだから、素直に喜んでもいい場面なのだが、ネガティブな加藤にそう考えることができるとは思えない。トレーニングに精通した小川博の加入もあり、復帰すればこれまで以上の伸びしろが見込めるのだが、果たしてどうなることか。

 一週間後、永田軍から、再度の同盟申込みの電話が入った。北村ファミリーと、和睦が成立したのだという。両軍とも、我が軍が八木軍を打ち破った報を受け、逃げ延びる八木にトドメを刺し、漁夫の利を狙おうとの魂胆で手打ちをしたのであろう。わかっていたが、快く受けてやった。来るべきバドラとの全面抗争に備え、味方は一人でも多いほうがいい。

 大会開始から、四か月――。三分の一が消化された。この時点で、ともに大戦を勝ち残った2強――戦力のバドラ、資金力の重信軍の構図が、完全に確立された。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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