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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第101話


 松永太は、初めて出会う麻原彰晃を、じっと観察していた。

 一見、なりはでかいが気の小さそうな中年男。しかし、その細い瞼から覗く瞳から窺えるのは、奸智に長けたペテン師が放つ、禍々しい光である。

 伝え聞く噂によれば、麻原彰晃は、本拠とする世田谷区において、スーパーバイザー的な地位を築き、住民からの名声を得ているのだという。住民を誑かし、わけのわからない名目で金を巻き上げたりもしているようだ。

 そして、自分にその情報を伝えた正田昭は、今、土下座をして麻原の命乞いをしている。麻原を心から慕っていなければ、こんな態度は出てこない。正田の話では、バドラではほぼ毎日のように、地域の住民も交えて遊びを行い、絆を深めあっているのだという。

 恐怖で縛り付けるのではなく、ひたすらポジティブ要素のみで人を繋ぎ止める。自分には、到底マネのできない人心掌握方法である。90年代、芸能関係の著名人を含む、あれだけ多くの国民が麻原に騙されたのは、この男に確かな「陽」の魅力があったからに他ならない。その裏に隠された、狡猾で猜疑心に満ちた「陰」の気質も含めて、すべてがこの男の本質なのだ。

 戦争において、全軍を壊滅させる前に大将を倒した場合、敵軍がとる行動は大きく二つに分けられる。敵軍の大部分が自軍に降るか、残党がゲリラとなって徹底抗戦してくるか、である。麻原に心酔するバドラの場合、後者の道を辿るであろうことは、火を見るより明らかであった。

 麻原彰晃。紛れもなく、参加者中最大の大物。八木茂と争っている今、戦うべき相手ではない。

「加藤くん。それを仕舞いなさい」

 いきり立つ加藤智大に、努めて穏やかな口調で命じた。

「え?しかし・・」
 
「加藤くん。松永さんの言う通りにしなさい」

「・・・はい」

 名目上のリーダーである重信房子にも同じように命じられて、加藤がダガーナイフをシザーバッグに収めた。

「お初にお目にかかります、麻原尊師。私、松永太と申します」

「重信房子です。私の監督不行き届きで、恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

 自分と重信が近寄って頭を下げると、麻原の表情から緊張が解けた。が、アスファルトに尻餅をついたまま、立ち上がろうとはしない。

「あ、ああ・・。威勢のいい若者だな。若者はこうでなくちゃいかん。うちの連中にも、見習わせたいものだな。お前のことだぞ、昭。はっははは」

 麻原が、震える声音で、無理やり大物ぶって見せた。褒められた加藤は、舌打ちをしただけである。

「ところで尊師。お見受けしたところ、うちのキャバクラで働いている、ホミカを気に入っていただいたようですが」

「む?この娘は、キャバクラ嬢だったのか?」

「はい。ホミカと遊びたくなったら、いつでもいらっしゃってください」

 松永はにこやかに笑って、麻原にスカーフキッス店舗の住所、連絡先、HPアドレスが記された名刺を手渡した。

「それから、尊師。私は尊師に、謝らなくてはなりません」

「ん?謝る、とは?」

「彼・・正田昭くんは、我々がバドラに送り込んだ、スパイだったのです」

 麻原に、特に驚いた様子はない。先ほどの命乞いで、すべてを察したのか。あるいは、もっと以前からすべてをわかっていながら、あえて獅子身中の虫を飼っていたのか。

「しかし、先ほどのやり取りを見て、私にはわかりました。正田くんの心は、すでにバドラにあるようです。そうですね?正田くん」

 正田が、バツが悪そうに俯く。ここで松永は決断した。金で繋ぎ止めておけないほどにバドラに心が向いている正田にこれ以上スパイの役を負わせても、正確な情報を運んでくるのは期待できない。どころか、最悪、ダブルスパイ化する可能性もある。汚れて使いものにならなくなった道具は、捨てるだけだ。

「どうでしょう、重信さん。この際、正田くんを手放してあげませんか」

「・・そうですね。このまま中途半端な状態が続いても、誰も得をする結果にはなりません。正田くん、今後はバドラで頑張りなさい」

 この言葉に、正田昭は端正な顔をパッと輝かせ、繰り返し繰り返し礼を述べた。この男は、なにか勘違いをしているようだ。自分はただ、用済みになった道具を、穏便に始末しただけだというのに。

「・・よし。では、話が纏まったところで、俺たちは行くとするか。ちと、のどが渇いたな。おい、昭。ミニストップで、オランジーナを買ってきてくれんか」

 命じられた通りに正田がオランジーナを買ってきて、麻原に手渡すと、麻原はそれを一口飲んだのち、急に手から落とした。

「くそう。オランジーナを落としてしまったせいで、ズボンがびしょびしょになってしまった。この、アスファルトにできたシミも、オランジーナによるものか。なんとも勿体ないことをしてしまったものだ。次からは気を付けねばな。はっはっは」

 妙に説明的な口調で言って、麻原がようやく道路から立ち上がった。麻原は上手くごまかしたつもりのようだが、松永の鼻は、先ほど名刺を渡した際に、麻原の下半身から立ち上っていたアンモニア臭を、確かに感じ取っていた。

「では、また会おう!」

「お気をつけて」

 麻原と正田が去っていくと、松永も重信、加藤を伴って、タクシーに乗り込んでいった。相変わらず住まいに関してはジプシー生活を送っているわが軍の今宵の宿は、杉並のホテルである。

 麻原彰晃。いまのうち精々、いい夢を見ているがいい。現在進行中の「麻原包囲網」が完成すれば、貴様の目に映るのは、終わりなき地獄だけだ。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第100話

 深夜2時半、仕事が明けた加藤智大は、店の後片付けを松村恭三に任せて早々に退勤し、個室居酒屋で酒を飲んでいた。酒にでも溺れていなければ、やってられない。ここ五日間は、ずっとそんな感じだった。

 信じられなかった。あのアカギが、あんな事件を起こすなんて。

 彼と俺が関わったのは、わずか三週間でしかなかった。短い付き合い。だが、気づいてやらねばならなかった。気づけるのは、俺しかいなかった。どうして、彼の心に吹き荒れる暴風に気付いてやれなかった。後悔と自責の念が、胸を締め付ける。

 飯を食う気もなく、酒ばかりを飲んでいたため、酔いが早く回る。1時間ほどで店を出たときには、もう、足元が覚束なくなっていた。

 「不夜城」歌舞伎町も、この時間になれば、さすがに賑わいは終息する。しかし、あれだけの事件があった後である。アカギの勤務先であったウチの店には、大挙して報道陣が押しかけてきてもおかしくはないはずだが、事件から五日が経った今日になっても、そういう状態にはなっていない。おそらくはグランドマスターが、マスコミに手をまわしたのだろう。

 どいつもこいつも。こんなクソみたいな俺たちに、こんなクソみたいな生き残り合戦をやらせるのに、こんなクソみたいな努力をしやがって。

「うおっしゃあっ、次行くぞ次いっ!」

「あんな汚えビデオを見た後には、ちゃんと口直ししないとなっ」

 ソープランドや店舗型ヘルスが軒を連ねる一角で、バカみたいに騒いでいるのは、麻原彰晃のバドラの連中だった。ふざけんな、自分たちの立場がわかっているのか。顔を見るのもいやで、早足でその場を立ち去り、バッティングセンター近くのミニストップへと入っていくと、誰かに肩を叩かれた。元わが軍に所属し、現在はバドラに潜り込んでスパイ活動を行っている、正田昭くんだった。

「加藤くん、久しぶり。元気だったかい?」

「ああ、正田くん。いや・・あんまり、元気ではないね」

「そっか。まあ、あんな事件があった後だしな」

 正田くんには、店の従業員が事件を起こしたことを伝えている。

「ところで、八木茂との争いはどうなの?」

「ああ。まだ、本格的な戦にはなっていない。今は情報集めがメインかな」

 日高夫妻の配下、間中博巳が、宅間守に殺されたようだが。現場に居合わせたAは何も言っていなかったが、まさか宅間守が、アカギの事件に一枚噛んでいたのだろうか。

「そっか。いやあ、こっちでも、西口彰との抗争が始まっちゃってね。今日はヤツに毒を盛られて、その口直しに、みんなで歌舞伎町に遊びに来たんだよ」

 こっち、という表現が気にかかる。やはり正田くんの心は、もうバドラにあるようだ。スパイの報酬が50万から100万に上がったそうだが、その効力もいつまで持つことか。気にはなるが、下手に問い詰めると逆にヘソを曲げられてしまいそうで躊躇われる。

「遊ぶのはいいけど、歌舞伎町は俺たちの本拠なんだから、できれば遠慮してもらいたいな。正田くんの方からそれとなく・・あ!」

 ガラス壁の向こうの光景を見て、俺はミニストップを飛び出していった。

「ぐっふっふー。君はホミカちゃんというのか。いやあ、可愛いねえ。いや、おじさんの友達はね、今みんな二軒目のソープに行っちゃってるんだけど、おじさんは齢だからさ。一発抜いたら、もうおちんちんの元気なくなっちゃうんだよ。でも、可愛いホミカちゃんを見たら、おじさん、またエッチな気分になっちゃうなあ。飲んでみるかい?おじさんのジャンボフランクフルトから溢れ出す、濃厚なカルピス牛乳を」

「おい!お前、なにやってんだ!」

 いつから居たのか、ミニストップ前の駐車場で座り込んでいたスカーフキッスのホミカに、鳥肌が三日は消えなくなるようなセクハラトークを浴びせていた、ひげ面、肥満体の中年男・・麻原彰晃に、俺は怒鳴りかかっていった。

「な・・か・・かかかかか、加藤智大・・な、なななな、なぜここに・・」

「うるさい!お前、ぶっ殺すぞ!」

 俺がシザーバッグからダガーナイフを抜き、麻原に迫ると、正田くんが俺たちの間に割り込んできた。

「加藤くん!頼む、お願いだ!尊師を・・尊師を殺さないで。君を買収できないことはわかっている。だから、こうして頼む。誠心誠意頼む。お願いだ。いつかは争うことになるかもしれないけど、今、この場では・・見逃してくれっ!頼む」
 
 あのクールでプライドが高そうだった正田くんが、地に額をこすり付け、自らではなく麻原の命乞いをしている。麻原に、わが軍と繋がっている事実を知られるのも、承知の上でだ。これで正田くんの心が、すでにバドラにあることは、疑いようもなくなった。

「んなこと言ったって・・」

 わが軍では、私闘は禁じられている。街中で参加者を見かけても、自分の判断で殺してはいけないと決められている。情報収集には余念がないが、それでも誰が誰と、どこで繋がっているかはわからない。思わぬ相手を殺したのがきっかけで、大勢力を敵に回してしまうかもしれない。また、罠に嵌ってしまうかもしれない。迂闊な行動は身を滅ぼす。

 しかし、今、目の前にいる男は例外ではないかと思う。この男一人を殺すだけで、参加者全体の勢力図が変わる、大物中の大物なのだ。多少のリスクを背負ってでも、この場で殺すべき相手。というか、今、この男を殺さなかったら、チャンスは永遠に巡ってこないのではないか。

 振り返ってみれば、俺はいつも、誰かの支持を受けてしか行動できなかった。よくいわれているように、幼いころの徹底的な管理教育が原因なのかは知らないが、自主性というものに欠けていた気がする。普段から自分で判断するのに慣れていない人間が、たまに自分の判断で行動すると、大抵ロクなことにはならない。俺はそれを、取り返しのつかない結果で証明してしまった。

「どうしました。何をやっているんです?」

 判断に困っている俺の後ろから現れたのは、松永さんと重信さんの2トップだった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第99話

 麻原彰晃率いる麻原彰晃探検隊一行は、多摩川のほとりにある、多摩川二子橋公園を訪れていた。バーベキュー場の近くにある、川の中州に置かれた宝箱の中に書が隠されているようなのだが、中洲までの距離は5メートルほどもあり、川を泳いでいかなくてはならない。

 さっそく、じゃんけんで取りに行く者を決めようとしたのだが、川岸に立てられた看板を見て、麻原は考えを変えた。

―――箱の中には、下北沢駅トイレの個室で拾った物を入れてある。

 麻原はそれを見て、自分ひとりで取りに行くことを決めた。実は麻原は、昨日、日ごろの暴飲暴食が原因で急に腹を下してしまい、駅のトイレに駆け込んだのだが、その際、下痢便が和式トイレの枠からはみ出してしまった。その下痢を、自分の靴で踏んづけてしまったのだ。

 麻原はその失敗を、すべては日本のトイレ事情のせいだと思っている。

 和式トイレは、機能的にどう考えても洋式に劣っている。それはもはや、疑いようのない事実のはずだ。和式のほうが用を足しやすいなどと言う人間は、世界中どこを探してもいないはずである。

 ただ、和式には和式の長所もある。他人が座った便座に、腰かけてなくてもいいということだ。男女とも、意外にこれを気にする人間は多い。

 だから併存していてもいいとは思う。問題は比率だ。三つ個室があるようなトイレでは、いまだに、和式二つ、洋式一つというような配分が多いのである。

 これはどうかと思う。駅のトイレは、通勤時間帯の一分一秒を争うようなときに使用されることも多い。そんなときには、他人が座った便座に座りたくないとか、悠長なことは言っていられないはずだ。また、焦っているから、自分のように、はみ出してしまうこともあるはずだ。

 そうなれば被害は拡大し、多くの人間が、他人が座った便座に座るよりも嫌な思いをする。大体、そんな潔癖症みたいな細かい人間だったら、日ごろから、アルコールティッシュなどを持ち歩いて、用を足す都度便座を拭けばいいだけの話ではないか。なぜ、細かいやつの基準に合わせなくてはならないのか。

 つまり麻原が言いたいのは、和式便所の比率を大幅に減らせ、ということである。バドラが日本を席捲したのちは、必ずやそれを実現するつもりだった。

 しかし、ひとまず西口彰が、下痢の付いた靴を回収していたというのは大事である。あの靴を見られたならば、駅の中にいたホームレスに靴を恵んだ、という、自分のウソが瓦解し、下痢を踏んづけてしまっていたことがバレてしまう。なんとしても、それだけは避けなければならなかった。

 ところが、川に入ることを名乗り出た麻原に、新たな問題が浮上した。看板の文言には、まだ続きがあったのである。

―――この川には、ピラニアが泳いでいる。

 これに恐れをなした麻原は、「東急ハンズ」で、ゴムボートを買いにことを提案したが、探検隊の反応は冷淡だった。

「尊師。ピラニアは熱帯魚ですから、日本の川には生息できません。それに、本来は気が小さい魚ですから、出血した状態でない限りは、滅多に人を襲うことはないんですよ」

 博学な正田昭がそう教えたのだが、麻原は聞く耳を持たない。

「いやだ!そんなのは、無責任な一般人が、ウィキペディアに書いたようなことではないか!お前は現地に行って、実際にそれを確かめたのか!絶対に安全と証明できない限り、俺は行かん!」

 麻原のわがままにより、探検隊は、十万円も出して、ライフセーバー御用達のゴムボートを購入し、麻原は一人それに乗って、川の中州へと向かっていった。

「せえの・・そーんしー!」

 橋の上から、女子中学生たちの黄色い声援が飛ぶ。麻原は軽く手を振ってそれに応えつつ、オールを漕ぎ、ついに中洲へとたどり着いた。

 宝箱を開けてみると、西口の言っていた、クソの付着した靴は入っていなかった。どうやら、ハッタリだったらしい。が、自分がトイレで失敗をしたこと自体は知っていたということで、西口にバドラの行動は筒抜けになっているのは間違いない。もしかしたら、ゴムボートを買わせることで、バドラの資金力を削ぐのが目的だったのか。だが、ひとまずそれは考えず、金庫のダイヤルの番号が記されたメモだけを回収し、麻原は川岸へと戻っていった。

 そして麻原彰晃探検隊は、金庫を開けることに成功した。二十本からのAVを、入手できたのである。

 毛虫、カナリア、ワラジムシ、ダンゴムシ、ハサミムシ、ゲジゲジ、ヤスデ、べろべろばばあ、ピラニア・・数々の強敵との死闘を経て、麻原彰晃探検隊の絆は、いっそう深まった。それは上映会にて、さらなるカタルシスとして昇華するはずだったのだが、探検隊を待ち受けていたのは、恐ろしい悲劇だった。

「ぐああああああああああああっ」

「汚ねえええええええっ」

「和田先輩って、男じゃねえかああっ、ミサキも、名前じゃなくて、ミサキゴウスケっていう、苗字だったのかよおっ」

「気持ちわりいいいいいいっ」

 麻原たちが回収したのは、エロビデオではなく、ホモビデオだった。確かに、よくよく見てみれば、どちらとも取れるタイトルではあり、一応、その可能性も考慮に入れておくべきだったのかもしれないが、この結末はあんまりである。

「ふざけんなよ、西口彰あっ!」

 そもそも、ツンベアーズと探検隊が最初にビデオを発見しなければ、この悲劇は起こらなかったはずなのだが、探検隊はすべてを西口彰のせいにし、必ずや、命をもって購わせることを、心に誓ったのだった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第98話


 麻原彰晃は、探検隊と園児たちが戯れるのを、「どらごん保育園」かいりゅう組の担任、アヤ先生とともに、微笑ましく見守っていた。

「へえ。それでは、尊師は今、その西口さんという人と戦っているんですね」

 麻原はアヤ先生に、西口との争いの話を、巧みに改変して聞かせていた。麻原は、世田谷区においては、中堅のトレーダーとして名が通っている。アヤ先生は、自分と西口のことを、株取引においてのライバルだと思っているというわけだ。

「それで、今、リードしているのはどちらなんですか?」

「今のところは、俺たちは西口に翻弄されている。だが、このままでは終わらない。必ずや、最後の勝利を手にして見せる」

 麻原は大きく息を吸い、細い目を大きく見開いた。

「やられたら、やり返す。倍返しだ」

 決まった。最高に、決まっていた。このセリフを耳にしたアヤ先生は、ハートを鷲掴みにされ、自分の妻となることを申し出てくるに違いなかった。

「尊師。西口にやり返す前に、この間貸した、ムチムチ熟女天国!熟肉8時間総集編を返してください」

 悪魔の笑みを浮かべながらとんでもないことを言い放ち、自分とアヤ先生が結ばれるのを邪魔してくれたのは、勝田清孝だった。馬鹿者めが、わざわざタイトルまで言いおって。勝田はこの前、憧れのマキ先生とデートに行ったのはいいものの、最近のアニメの知識がないせいで、消化不良の結末に終わってしまったという。その件の、憂さ晴らしをしているに違いなかった。

「え~。尊師、借りたものは返さなきゃいけませんねえ」

「い、いや、その・・おのれ、清孝め・・」

 実のところ麻原は、勝田が中古ショップで買ってきた「ムチムチ熟女天国!熟肉8時間総集編」にはハマっており、二日にいっぺんは利用していた。今後、こんなアクシデントを起こさないためにも、はやく興味の対象を別のAVに移さなくてはならない。

「よし。お前たち、旅を続けるぞ」

 麻原は探検隊を連れ、冒険を再開した。

 探検隊が次に訪れたのは、「世田谷区立次大夫堀公園民家園」である。ツンベアーズや保育園の先生たちから聞いた噂によると、古い民家や、田んぼなどが並ぶこの公園には、恐ろしい怪物「ベロベロばばあ」が出るのだという。行ってみると、確かに、一人の老婆が歩いていた。手には、よく研がれた包丁を持っている。

「おい。あれ、やばくないか?」

「おそらく、認知症を患っているのでしょうが・・。世田谷のスーパーバイザーを名乗る我々としては、なんとかしなければならないところですね」

 探検隊の相談の結果、副隊長の菊池正が止めに行くことになった。菊池は、盲目の母親に会いたい一心で拘置所を脱獄した、無類の孝行息子である。

「ばあちゃん。今日はいい天気だね」

「おお・・・たけるか・・大きくなったな・・」

「そうだ。ばあちゃんの孫の、たけるが来たよ。さあ。それは危ないから、こっちに寄越しな」

 菊池が優しくそう言うと、老婆はカッと目を開いた。

「たけるは孫ではない!ワシの息子じゃ!貴様、オレオレ詐欺だな!」

 老婆が、細腕から信じられないパワーで、包丁を薙ぎ払った。慌てた菊池は、その場を離脱する。腕に傷を負った菊池は、そのまま隊を離脱し、病院に直行した。

「手に負えんな・・警察に通報するか」

 麻原が携帯を取り出した、そのときだった。

「おお。あんたは・・」

 老婆が、急に足を速め、探検隊に近づいてきた。

「あんたは・・あんたは・・誰じゃったかのう」

 老婆は、麻原の方を向いている。あんたとは、自分のことらしい。いったい、どう答えればいいのか。

「俺は・・・・なおきだ」

 咄嗟に、自分が今、ハマっているドラマの主人公の名を名乗ってしまったのだが、これが大失敗だった。

「なおきさん・・私は、女学校時代、あなたに憧れていた、花です・・」

 老婆が麻原に抱き付き、いきなり、顔をなめ回し始めたのである。これが、ベロベロばばあの由来であった。

「うう・・」

「ああ、そうだわ・・。西口彰という人から、これを預かっていたのだった・・これを、なおきさんに渡すようにと、言われたのです・・」
 
 泣き顔になる麻原であったが、苦痛と恐怖に耐えたかいはあったらしい。口調まで若返ってしまった花なる老婆から、書を入手することができた。麻原は、家族が老婆を回収しにくるまで5分以上もなめまわされたのち、ようやく解放された。

「ひどい目に遭ったが、次で最後だ。行くぞ、お前たち」

 探検隊は、世田谷の町を歩く。

「あ、尊師だ」

「わははは。尊師たちがまた、バカなことやってるよ」

「おい、尊師。また、野球の対決やろうな」

 道行く麻原に、世田谷の住民たちが声をかける。地域の会合に顔を出したり、「夜回り尊師」としても活動する麻原の人望は、近頃うなぎ上りに上昇していた。地域密着政策は、大いに実を結んでいる。

 バトルロイヤル生き残り――その先の、国家への復讐。高みを目指して、現在は探検隊と名を変えているバドラは、階段を駆け上がっていく。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第97話


 世田谷区の砧公園を訪れた宮崎勤の股間は、張り裂けんばかりに膨張していた。

 僕がこの公園を訪れた目的はただ一つ。幼女に、精液をぶっかけるためである。先日、藤波和子で童貞を捨てた僕だったが、今は、幼い女の子を犯したい衝動が勝っていた。ステーキやラーメンを食べた後には、さっぱりしたお寿司やお蕎麦を食べたいと思うのと同様、性欲の発散方法も一種類では満足できないのが、僕という男なのである。

 委員会の処罰の対象にならずして幼女に精液をかける作戦として僕が考えたのが、アクシデントを装う、ということだ。具体的には、幼女の前で転んでズボンが脱げたふりをして性器を露出させ、精液を射出するのである。

 無論のことではあるが、射精は、刺激を与えなくてはできない。しかも、今回のミッションでは、ズボンが脱げた瞬間に、幼女が驚いて逃げるまでの僅かな間に発射しなくてはいけない。通常なら、早打ちマックでもできない芸当である。

 この問題を解決するために僕が考えたのが、ズボンが脱げるまでの間に、予めペニスに十分な刺激を与え、発射寸前にまでもっていく、という方法である。ズボンが脱げ、性器が露出した瞬間にうまく発射できるよう、絶妙な匙加減で調整をするのだ。

 一連の研究に、僕は十日の月日を要した。運動生理学と量子力学の応用、チャージ日数と射精までのタイムの相関関係、食生活の改善。ゲームやアニメを見る時間も惜しんで研究を重ね、シミュレーションを繰り返してきた。今日この日、いよいよ、その成果が試されるのである。

「さあ、みんな。尊師に教わったお歌を歌いましょう」

「わーたーちーは、やってないー。けーえっぱーくーだー」

 今、僕の邪な瞳は、世田谷の「どらごん保育園」の、イブキとかいう少女を捉えていた。そして、イブキを見ながら股間を猛らせる僕のファッションは、全身を白と青のプラグスーツに包んだ、碇シンジくんファッションである。

 藤波を犯した際、山地くんの発案で金太郎ファッションに身を包んでからというもの、僕はすっかりコスプレに目覚めてしまっていた。僕は、自分の息子を「ポジトロン・ライフル」に見立て、幼女に精液をかけようとしていたのだ。

 さっき、公衆トイレで手淫を済ませてきた僕のペニスは、今、オルガスムスの寸前にまで来ている。時間が経つと冷めてしまうから、歩きながら、ピッタリと肉に密着したプラグスーツの股間部分をくいくいと引っ張り、中の物体に微かな刺激を耐えず加えておくという徹底ぶりである。これだけの努力が報われなければ、もう、神など信じることはできない。

 季節に似つかわしくない陽の光を浴び、いい匂いを発する芝生を踏みしめてイブキににじり寄る僕の息は、ニンニクの臭いを発散させている。精力を極限にまで高め、量電子砲の火力を最大にするため、僕はこの十日間、同棲する木嶋佳苗の目を盗んで、精のつく食品を大量に摂取してきたのだ。

「シンジくん。エヴァーに乗ってくれた。それだけでも感謝するわ。ありがとう」

 耳元に当てた携帯から、サイトからダウンロードした葛城ミサトのボイスが流れる。成功確率8.7%の任務に挑もうとする僕を勇気づけてくれる声である。ちなみに、片耳だけあてたイヤホンからは、神曲「Angel of Doom」が流れている。

「綾波ほどの覚悟もない、うまくEVAを操縦する自信もない。理由も分からずただ動かしてただけだ!人類を守る?こんな実感もわかない大事なこと、何で僕なんだ??」

 僕も携帯の送話口に、セリフを送り込んだ。

「シンジくん。今一度、日本中のエネルギーと一緒に、私たちの願い、人類の未来、生き残った全ての生物の命、あなたに預けるわ。頑張ってね」

「はい!」

 といったようなやり取りをしながら、いよいよイブキとの距離が、ポジトロン・ライフルの射程圏内である1・5メートルにまで詰まった、その瞬間だった。

「うわあっ、ヤスデ、ワラジムシ、ダンゴムシ、ミミズ、ハサミムシ、ゴミムシの大群が攻めかかってきたあっ!」

「西口彰めえっ、こんなところに書を隠しやがってえっ!」

「菊池くん、なんとかしてくれえっ!」

 阿呆な声がする方を見てみると、麻原彰晃たちが、大木の近くにある湿った石をひっくり返して、ワラワラと出てきた昆虫に驚き、慌てふためいていた。

 なにをやっているのかよくわからないが、あんな奴らのことなど、僕には関係ない。僕は気を取り直して、「ふう、暑いな」とか言いながら、プラグスーツのファスナーを開いた。そして、ポジトロン・ライフルを直接つかみ、皮をずりさげ、最後の刺激を与える。

 身体中に電流が走った。オルガスムスである。実験では、あと2.342秒後に、精液が射出されるはずだった。僕は「うわあっ」と叫びながらわざと転倒し、手が滑ったふりをしてファスナーを全開にし、ポジトロン・ライフルを露出させた。目標をセンターに入れて、スイッチを押そうとした、その瞬間だった。

「正!おまえは死なん!俺が守るもの」

 僕が、このセリフだけは汚すまいと、携帯から流さなかった珠玉の名ゼリフが、ひげ面デブの汚いおっさんの口から、放たれてしまった。ふざけるな。僕が大切にしているものを、台無しにしやがって!

 これに心を乱された僕は、狙いを誤ってしまった。僕がためにためたエネルギーは、イブキではなく、マキとか呼ばれていた先生の足元にかかってしまった。

「きゃっ。なに?なんか、生暖かい液が・・」

 マキがこちらを向こうとした瞬間、僕は急いでポジトロン・ライフルをファスナーを閉めた。射精は一度では終わらないから、当然、僕のプラグスーツの中は、室内プールくさい液体で、べちょべちょになった。

「いやあ~。ナメクジでも踏んづけたのかしら・・あ!」
 
 僕の作戦を邪魔した女、マキが、喜色満面の笑顔を浮かべながら、こっちに駆け寄ってきた。

「きゃー。エヴァのコスプレだー。可愛い!」

 マキが携帯カメラを構え、僕の写真を無断で撮影した。勝手なことをしやがって。肉物体にされたいのか。

「あの・・。突然ですいませんけど、アドレスを交換しませんか?」

 僕の殺意に気が付かないマキは、瞳を潤ませて、僕にアドレス交換を申し出てきた。何がなんだかわからないまま、僕はマキの申し出に応え、アドレスを交換した。

「ありがとうございます。今度一緒に、アキバに行きましょうね」

 マキはそう言って、仕事に戻っていった。

 どうやら「どらごん保育園」の先生、生徒たちは、バドラの連中と知り合いだったらしく、彼らは合流し、一緒に「どろけい」や「缶けり」などをし始めた。僕は、恐妻家で知られる某芸能人と大学で同級ながら、一度も存在を認識されなかった影の薄さを生かし、その場から離脱した。

 帰る道中、僕の脳裏には、先ほど電話番号を好感した女、マキの顔がよぎっていた。あのときは、射精後の賢者モードのせいでピンと来なかったが、よくよく思い返せば、あの女はかなりの美人だった。抜けるような白い肌がいい。

 今、僕の心は、あの女の髪の毛を一本残らず引き抜き、逆に陰毛、腋毛、鼻毛、尻毛を頭に移植して接着剤でくっつけ、また、あの女の臍のゴマと鼻くそと耳くそとめやにを混ぜたものに、イタリアンドレッシングをかけて食し、それによって出た大便をあの女の陰部に突っ込み、さらに、あの女の陰部から生まれた僕の子を「肉物体」として、泣きじゃくるあの女に食べさせ、それよって出た大便を・・。という行為がしたい願望で満ち満ちていた。

 この感情を、淡い恋というのに違いなかった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第96話


 麻原彰晃率いる麻原彰晃探検隊は、世田谷区の「馬事公苑」を訪れていた。この地はJRAが運営する馬事普及の拠点であり、定期的に馬術の大会が開かれている。世田谷区最大面積の公園でもある。

「隊長。この公園の自然林に、呪文の記された書が隠されているようです」

「そうか。だが、自然林は立ち入り禁止区域となっている。もし入ったとして、委員会に処罰されないかどうか・・」

 麻原が心配げに首を傾げる。

「でも、西口彰も、そこに入ったんでしょ?なら俺たちが言っても大丈夫じゃないの」

「それもそうだな。よし、行くぞ、お前たち」

 関光彦の意見により、探検隊は自然林へと入っていった。クヌギやコナラなどの常緑樹に覆われた自然林。緑の色は、およそすべての色の中で最もヒーリングの効果が高いというが、荒んだ犯罪者たちの表情も、自然と弛緩していくようである。

「あ!見ろ、あそこに、光化学スモッグによる突然変異で生まれた、頭はサルで体は馬の怪物がいるぞ!」

「ええっ!?」

 麻原が突然茂みを指さすと、探検隊のメンバーが、一斉にそちらを向いた。「口裂け女」や「人面犬」だのの都市伝説が流行った世代が多い探検隊の連中には、この手のウソは覿面である。麻原は彼らの注意が他に流れた隙に、ポケットに手を伸ばし、「ぷっちょ」をパクついた。

 麻原彰晃探検隊では、万が一の遭難に備え、チョコレート菓子を大量に購入していた。それらの食糧は麻原が管理するところとなり、もちろん、非常時のとき以外は一切口にしてはいけなかったのだが、チョコレート菓子は麻原の好物であり、つまみ食いを我慢できなかったのだ。

「なんだよ、いないじゃないか」

「また、隊長の見間違いかよ」

「さっきは、身長3メートルの巨大生物、ヒバゴンのいとこ、カバゴンがいるとか言って見てみたら、上野のゲテモノ系ウリセンで一番人気のくま男、源氏名テディさんがいただけだったし・・」

 探検隊のメンバーから、不満の声が漏れる。麻原の作戦が、限界に近づいてきた証拠だった。次はいかなる方法で隊員を騙し、ぷっちょを食べるか。麻原は目的そっちのけで、そんな不埒なことばかりを考えていた。

「な、なんだこれは!」

「これは・・どうしたらいいんだっ!」

 地図を頼りに麻原たちが辿り着いたのは、大きな桜の木だった。季節は6月、梅雨時である。この時期の桜の木といえば・・。

「くっ・・毛虫がうじゃうじゃいるじゃないかっ!」

 そういうわけなのである。この桜の木の上にある木箱に、どうやら呪文の書があるようなのだが、誰も近づけない。野生児菊池正も、野生児ゆえに危険を強く感じてしまうのか、まるで手出しができない状況である。

「誰か!誰か、この木に登る勇者はいないのか!名乗り出た者には、一週間、お風呂掃除と、夕食準備の当番を免除するぞ!」

 麻原が餌を投げかけたが、食いつく者は誰もいなかった。このまま、一枚の書も入手することなく、探検が終わってしまうのか。そう思われた、そのときだった。

「隊長。あなたが行ってください」

 麻原を逆に指名したのは、小田島鐡男だった。

「隊長。あなたさっきから、非常食のぷっちょを、こっそりと食べていましたね。私はずっと見ていたんですよ」

 迂闊だった。90年代に逮捕された者が大半を占める麻原彰晃探検隊の中にあって、ただ一人、00年代に入ってから逮捕されたこの男に、都市伝説の類は通用しなかった。皆が自分の嘘に翻弄される中、この男だけは、冷めた目で自分を見ていたのだ。

 そして、ブーイングの嵐が吹き荒れる。ここは、行くしかない。ここで腹を括らなければ、麻原の人望が地に堕ちるのは必至だった。

 肥満体の麻原を木に登らせるため、脚立が用意された。麻原は右手に殺虫スプレーを、左手に火かき棒を持って、毛虫を駆除しつつ、なんとか木箱にまで辿り着いたのだが、ここでまたしても、大きな問題が発生した。なんと、木箱の中には、黄色のカナリアがいたのである。

「うっ・・・くうっ・・・」

 カナリア・・それは麻原にとって、不幸を運ぶ忌まわしき鳥である。オウム時代、上九一色村のサティアンに踏み込んだ警官隊が、毒素に敏感で、古くから炭鉱労働などでも重用されるカナリアを携行していたのは、有名な話である。

 西口彰・・奴はこの自分のことを、調べつくしている。やはり、タダ者ではない。ちなみに、西口は拘置所の房の中で小鳥を飼っていたそうだが、それにも関係しているのだろうか。

「隊長!どうしたんですか!」

「早く持って降りてくださいよ!」

「なにしてんの、隊長!」

 隊員たちが、木箱の前で戸惑う麻原に声をかける。しかし、カナリアは本当に怖いのだ。あの日、隠し部屋の中で震える自分の前で、無邪気に囀っていたあいつら・・。人間にとって、気分が落ちているときに一番キツイのは、プレッシャーではなく、他人が放つ幸せのオーラなのだ。

「持ってこないと、プロ野球スピリッツのデータを消してしまいますよ!」

 シャレにならない脅迫に、麻原の身体がビクリと震える。プロ野球スピリッツとは、麻原が現在プレイしている野球ゲームである。麻原がシーズンモードで選択した球団は、当然、栄光の巨人軍。現在118試合を消化し、71勝42敗5引き分けで、堂々の首位につけていた。個人成績でも、エディット選手の麻原照光(漢字候補に彰晃がなかった)が、395.48.143の成績を残している。王さんの記録は畏れ多くて抜かせないが、三冠王はほぼ確実な情勢だ。

 そのデータが、消されてしまう・・?冗談じゃなかった。そんなことをされるくらいなら、今ポケットの中にあるぷっちょを、全部ぶちまけた方がマシだった。

「うおおおおおおおおーーーーーーっ!」

 麻原は雄叫びをあげ、木箱を抱えて樹から降りた。木箱の中には、金庫の16桁のダイヤルナンバーのうち、4桁が記されたメモ帳の切れ端が入っていた。まだ、西口の罠という可能性は捨てきれないが、少なくとも、旅を続けること自体がまったく無意味ということにはならなそうだ。

 ちなみに木箱の中に入っていたカナリアは、カナちゃんと名付けられ、バドラの公式マスコットに任命されて飼育されることとなった。麻原は猛反対したのだが、プロ野球スピリッツのデータを人質にされてはどうしようもなかった。

 ここで尾田信夫、大道寺将司が、カナちゃんを本部に運ぶため離脱した。7人となった探検隊は、引き続き旅を続けていく――。
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第95話

 麻原彰晃率いるバドラは、世田谷区の「等々力渓谷公園」を訪れていた。

 麻原たちは、この地に、ツンベアーズのワタルらとともに「秘密基地」を建設していた。川が天然の堀の役目を果たすこの地は防備に優れており、いざとなれば、ここで籠城戦を展開することもできる。麻原の計画では、ワタルたちの通う「双竜小学校」を、最終的に天下を睥睨する主城とするつもりだったが、校長にその許可を得るまでは、この「秘密基地」を拠点に、天下を伺うつもりであった。

 麻原たちが、今日秘密基地を訪れたのは、エロビデオを回収するためである。エロDVDではなく、ビデオである。

 先日のこと。秘密基地の建設途中に、ツンベアーズの一人が、森林の中で、ダンボール箱に詰め込まれて捨てられた、二十本近いエロビデオの山を発見した。ワタルの家に集合して上映会を開こうと盛り上がってたのだが、麻原は教育上よくないと方便を言ってそれを取りあげ、秘密基地に保管していたのだ。

 現代は、アイドルでも通用するようなルックスの女性が平気でポルノに出るような時代であり、撮影技術も大幅に向上し、ユーザーも特に「美」を求める傾向にあるが、麻原の嗜好は少し違う。むしろ、少し体型の崩れた昔の女優が、チープな撮影技術や粗い画質の中で晒す裸の方に、強い性的興奮を覚えるのだ。

 ラベルに記された「危険な後輩!和田先輩の悲劇!」や、「放課後の性獣 ミサキの罠」などといったタイトルのセンスから、このビデオはおそらく、自分がオウム時代に俗世で活動していたころに制作されたものと思われる。バドラメンバーにもファンが多い伝説のAV女優、白石ひとみや桜樹ルイが活躍していた頃であり、非常に興味をそそられる。

 が。木材を組み立てて作った六畳間の小屋に足を踏み入れた麻原たちの目には、思いもよらぬ物体が飛び込んできた。合金製の金庫である。そして、エロビデオが詰め込まれた段ボール箱は、忽然と姿を消していた。

 いったい、これはどうしたことか。戸惑う麻原たちだったが、その混乱をさらに加速させる手紙を、メンバーの尾田信夫が見つけてしまった。

――宝は、金庫の中に入っている。箱を開けたければ、世田谷区内の各所に隠された、魔法の呪文の記された書を探しだせ。
                             西口 彰

 西口彰・・大会参加者の中でも大物中の大物と目される男が、バドラに挑戦状を叩き付けてきた。挑戦状と一緒に、魔法の呪文・・おそらく、金庫のダイヤルのナンバーが記されたメモ帳かなにかが隠されているのであろう、世田谷区の公園の地図が、4枚置かれている。

 いったい、これはどういうことなのか。西口彰は、なぜわざわざ、こんな手の込んだイタズラを仕掛けてきたのか。

「確信はありませんが、我々のチームワークを量ろうとしているのではないでしょうか」

 正田昭が、推察を述べた。なるほど一理ある。大会開始からすでに三か月が経ち、参加者の勢力も固まりつつある。個人で活動している参加者も、本気で生き残りを考えるなら、何れかの組織に身を預けることを考えなければならない時期に入ってきた。

 しかし、吟味は慎重にせねばならない。組織に属しているからこそ、逆に狙われやすいということもある。下手に徳や能力のない君主に付いていくくらいなら、一人で行動していた方がマシというものだ。

「だけど、何かの罠という可能性もありますよね・・」

 勝田清孝が、慎重論を述べる。これもまた一理ある説だ。地の利を整えた場所におびき寄せ、包囲殲滅するだけなら、こんな手の込んだことをしなくてもよさそうではあるが、どう考えても怪しい。

「力ずくで破壊することはできないのか?」

「無理ですね。強力な合金で出来ていますから、たとえ東京タワーの天辺から落としても壊れないでしょう」

 麻原の問いに、金庫破りのスペシャリストである小田島鐡男が答えた。やはりどうあっても、カギを開けるしかないのか。その方法が、西口の挑戦を受けるしかないのなら、罠かもしれなくても、やるしかない。

「よし。お前たち、旅に出るぞ」

 麻原は決断した。90年代のAVは、ただでさえ数が少なく、入手は難しい。復刻版の動画は、画質が修正されてしまっている。あの、妙にエロティシズムを掻き立てる粗い画質を楽しむためには、当時のフィルムを入手するしかないのだ。

 快楽を得るために、妥協をしてはいけない。それをした瞬間、男ではなくなる。麻原の心は、若き日に、悟りを開くため、遠くインドの地にまで修行の旅に出たときのように躍っていた。

 麻原のこの決断により、バドラは一時、組織名を「麻原彰晃探検隊」と改めることとなった。「麻原彰晃探検隊」は、隊長を麻原彰晃、副隊長を野生児菊池正に任命し、組織の体制を明らかにした後、全員そろって、ホームセンター「東急ハンズ」に赴いた。そこで、揃いのツナギ服とトレッキングシューズ、非常食、ステンレス製マグボトル、ロープ、懐中電灯、十徳ナイフ、野草のガイドブックなどのサバイバルグッズを購入し、準備を整えた。

「よし、出発だ。必ずやあの金庫を開け、今夜は上映会を開くぞ」

「おーー!!」

 麻原彰晃探検隊の大冒険が、今、幕を開けた。
 
 


凶悪犯罪者バトルロイヤル 第94話

「よしたまえ。騒ぎを大きくしたって、いいことは何もないぞ。君たちも早く帰りたいのだろう?」

 グランドマスターはそう言って、頭から湯気を飛ばす宅間守を抑えた。彼らの争いに興味はあるが、今日、二人を引っ立てたのは、それが理由ではない。彼らの戦いはあくまで、湿度高いあの町の中で行われなければならない。

「確認をさせてもらう。宅間くん。君は、アカギ青年が起こそうとしている事件の計画を、事前に聞かされ知っていた。そのときは冗談だと思って、けしかけるようなことを言ってみたりもしたが、まさか本当にやるとは思わなかった。事件当日、君があの場所にいたのは、あくまで偶然である。それでいいね?」

「・・よくできた作文やの。最優秀賞を授与したるわ」

 宅間が、肩を振るわせて笑う。

「A・Sくん。君も、何らかの方法で、アカギ青年が事件を起こすことは、事前に知っていた。匿名のメールを利用してアイデアまで持ちかけたが、それは君の便利屋の宣伝目的のダイレクトメールだった。アカギ青年が事件現場に乗ってきた車両、及び、逃走車両を運転したのは、便利屋として、客の依頼に答えただけである。これでいいね?」

「そういうこーとーに、しておーけばー。PUFFY、好きやったなー」

「・・わかった。あとは、私のほうでなんとかしておく。二人とも、ご苦労だったな」

 頭が痛い。まったく、頭が痛い。

 不思議な話がある。働きアリの中には、三割程度の割合で、まったく働かないアリがいるそうだが、その怠け者のアリだけで新しい群れを作ると、七割のアリが急に働きだし、逆に、働くアリだけで群れを作ると、三割のアリが急に働かなくなる、というデータである。

 刑務所でも、同じことがいえる。娑婆で同じような犯罪を起こして刑務所に入れられたはずの受刑者が、なぜか刑務所の中では、仮出所を早く勝ち取る模範囚と、懲罰ばかりを繰り返して満期出所になる受刑者に分かれてしまう、ということだ。

 バトルロイヤル参加者にも、同じ現象が起きている。真面目にカタギの仕事をし、怪しい人物と付き合ったりしない優等生と、働きもせず(能力や適性の問題もあろうが)、シャバでも悪さを繰り返す問題児に分かれ出している。前者の代表が、加藤智大、市橋達也、N。後者の代表が、宅間守、A、宮崎勤である。

 頭が痛い。まったく、頭が痛い。ここで彼らを甘やかせば、のちのち、もっと大きな事件を引き起こしたりはしないか。だが、宅間とAは、ここで処分するにはあまりに惜しい人材である。線引きというのは、まことに難しい。

「マスター、大変です」

 秘書のアヤメが、突然、ノートパソコンを持って、取調室に入ってきた。

「こんなものが・・」

 PCの画面に映し出されていたのは、YouTubeの動画。現場からの逃走にまんまと成功し、どこかに潜んでいるらしい、アカギであった。

「一億三千万の国民のみなさん、こんばんは。俺がアカギだ。いきなりだが、俺はあんたらに失望している。特アや前政権を敵に仕立て、過激な言動をとることで国民を昂揚させ、それによって国内の経済問題の不備を誤魔化して、弱者からの搾取を正当化する法律をしれっと実現させようとしている現政権を支持し、票を与えたあんたらにね。勝ち組は仕方ない。だが、負け組のくせに現政権に投票したあんたら、バカじゃないのか?本当に、失望したよ」

 演説をぶつアカギ。ボイストレーニングでも受けたのか、その声はよく通り、表情、仕草や照明効果も、よく計算されている。そして、映像を通しても伝わってくる、年に似合わない独特の風格。これを無知な衆愚が目にしたら、コロッといってしまうかもしれない。

「バカなあんたらの目を覚ますために、俺は聖戦を展開する。お台場での事件は、その初戦にすぎない。もっとでかい花火を、これから上げてやる。俺の目的は、現政権の転覆。そして、今から読み上げるブラック企業の覆滅だ」

 画面の中のアカギが、独自に編纂したらしい「ブラック企業リスト」を読み上げ始めた。「ク夕三」「ユ二ワ口」を筆頭に、過労死やそれに準ずる労働災害を起こした企業の名が、百も読み上げられる。この中に、メディアが報じている、アカギの父親の命を奪った企業も含まれているのだろうか。

「これから、今のリストに上がった企業の重役を、無差別に殺す。片っ端から殺す。生きている価値もない人でなしを、この世から駆除してやるんだ。バカなあんたらが何を言おうが、俺はやる。人でなしどもの血の一滴が枯れるまで、殺し続ける。俺は捕まらない。目的を達成するまではな。人でなしのみなさん。夜道を歩くときは、せいぜい後ろに気を付けることだ」

 言ってアカギは、撮影機材を爆弾で吹っ飛ばした。パフォーマンスのためだろうが、それだけ軍資金に余力があるということだ。これはなにか、もっと大きな政治的勢力が、彼の味方をしているのかもしれない。

「ふふっ・・。ふははははははははははぁっ!」

 音声で今の演説を聞いていた宅間守が、けたたましい笑い声を上げ始めた。

「はっははは。ああおもろい。貴様ら金持ちが貧乏人をイジメすぎた結果がこれや!ざまあみさらせ!ああおもろい!貧乏人から富を奪い去れば、代償に命を奪われることを、とくと思いしれや!」

 宅間の口舌から迸る邪悪な気に、それなりに修羅場を潜り抜けてきたつもりのグランドマスターも、圧倒される。

 あの事件から、十二年の月日が流れた。しかし、事件は風化せず、この男の怨嗟は、二十一歳の若者に火をつけ、その業火は日本中を飲み込もうとしている。

 おそらく、今後しばらくの間は、一国の総理大臣以上に有名な名前となるだろうアカギの起こす事件は、大会の趨勢にも何らかの影響を及ぼすに違いない。

 頭が痛い。だが、どこか楽しみな気もする―――。

「宅間くんとAくんを、車の方へ。彼らの希望する場所で降ろしてあげてくれ」

 グランドマスターが配下に命じ、宅間とAが護送されていった。これから、政府への釈明を行わなければならない。手間ではある。が、彼らのため、自分の何よりの楽しみのため、労力を惜しんではいられない。

 グランドマスターは、最近はまっている「ファンタ・グレープ味」を飲んで喉を潤したのち、受話器を取った。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第93話

 S県の山中―――。
 ここに、バトルロイヤル参加者の研修施設、及び、大会運営における第一支部がある。
 
 クローン技術により現代に復活した参加者たちは、ここで一年間の研修を経て、蘇った脳に、生前の記憶を叩き込まれるのである。無論、各参加者には個室が用意されており、大会前に顔を合わせるような手違いは起きてはいない。

 参加者たちの生前の情報については、委員会のリサーチチームが総力を上げて調べ上げ、可能な限り忠実に復元するようには務めた。が、やはり限界はあり、古い参加者、特に資料が少ない比較的マイナーな参加者については、どうしても完璧とはいかなかった。

 が。今、グランドマスターの目の前で、鋼鉄の椅子に縛りつけられている男は違う。

 男が罪を犯したのは、クローン復帰者の中でも新しい部類の、今から12年前。事件の余波は大きく、男に関する書籍の数は100を超え、資料も豊富である。男の記憶を復元するのには、労力らしい労力はほとんど費やさなかった。

 男の名は、宅間守。現在、参加者中最多、四人の命を奪っている男である。

「おう、おっさん。久々やのう」

 委員会の戦闘員によってアイマスクを取られた宅間が、グランドマスターの姿を確認し、不敵な笑みを浮かべて言った。

「おっさん、か・・。私は実年齢では、君よりも若いのだがね。まあいい。とにかく、今日、私は、君から色々な話を聞かなければならない。わかっていると思うが、君が面倒を見ていた、アカギという青年が起こした事件に、君がどこまで関わっていたかについて、だ」

「殺すなら殺せや。どうせオマケの人生や。ヤルことはしっかりヤッたし、悔いはない。死ぬことは、びびってない」

「そう結論を急ぐな。私とて、穏便に済むのならそうしたいのだ。だが、アカギ青年が命を奪った高校生カップルの両親は、政府の要人でね。知っての通り、政府の関係者には、大会の情報は伝えてある。君が犯行現場の近くで間中くんを殺してしまったものだから、彼らに関連を疑われてしまったんだよ」

「なんや。ほんで、ワシがあの小僧をけしかけたのを知られてしもうたんか」

「いや。まだそこまでは、把握してはいないようだ。それに、君の言動自体、教唆になるかは微妙なところだしね。ともかく、彼らに弁明するためにも、事実関係を明らかにしておきたいんだよ」

 厄介なことになってしまった。こんなことなら、宅間が大田区にて「授業」を始めた段階で、注意を促しておけばよかったと思う。まあ、あの青年――アカギの世間への憎悪は、宅間に出会った時点ですでに燃え盛っていたのであり、宅間はそれに、ほんの少し油を注いだに過ぎないのだが。

「事実関係、ねえ・・」

 くっくっくっ、と、癇に障る笑い声を漏らし始めたのは、宅間の隣で、やはり同じように鋼鉄の椅子に縛り付けられている、途中参加の参加者―――A・Sである。

「僕が、仕事を終えて寛いでいるところをいきなり乱暴な扱いされて、犬を引っ張るようにここに連れてこられたのも、何らかの事実関係を確かめるためですか?」

「そういうことだな。アカギ青年が逃走の際に、君が乗ってきた車を使用したことと、君が現場から立ち去る際に、アカギ青年が乗ってきた車を使用したこと。これについて、納得のいく説明をしてもらいたいものだな」

「場合によっては、死刑もありうる、と?」

「いいから、早く答えたまえ」

 なにかこちらを弄ぶような口調。加藤智大がこの男を毛嫌いするのも、わかる気がする。

「大したことやあらへんですよ。僕が彼に車の代行運転を頼まれた。新しい車を持ってきてほしい。そして、自分が乗ってきた車を回収してほしい。便利屋として、その依頼に応えただけです」

「・・それで話が通るとでも?私の情報が正しければ、アカギ青年に車両を交換するアイデアを持ちかけたのは、どうやら君のようなんだがね。匿名のメールでそれを伝えたようだが、発信記録を調べれば、だれが送ったかなんてすぐわかるんだよ。君は、アカギ青年の企みを、何らかの方法で事前に知っていたね?」

「そんなぁ~、人聞きの悪い・・といいたいとこやけど、マスターさんを騙せるとは思えんし、素直に白状しますか。確かに僕は、彼の企みを知っとりました。どうやって知ったかについては、企業秘密ということにさせてください。まあ、しかし、胸が躍りましたわ。これは、十数年前、僕や、隣におる、宅間の兄さんが起こした事件以来の祭りになるってね」

 Aが、隣に座る宅間に視線を投げた。

「まあ、案の定、あの騒ぎですわ。ネットもテレビも新聞も、あの事件の話題で持ち切りでしょ。ちょっと小細工かまして、うちのNちゃんと彼の約束を妨害して、ホンマよかったですわ。ねえ、兄さん」

「・・あ?」

「いやー、見てましたで。うちのNちゃんと、兄さんの立ち合い。鬼神の強さとは、ああいうのを言うんやなあと、感心しましたわ。本当なら、加藤智大くんもあの場に呼びたかったんやけど、万が一、松永さんとこの王子様を傷物にしてしまったら、僕がシバかれてしまうんでね。今後の楽しみにしときますわ」

「何をごちゃごちゃいうとるんや、貴様!」

 関西出身の大物犯罪者二人の間に、一触即発の空気が流れる。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第92話


 獣が、迫ってくる。
 鬼が、迫ってくる。
 悪魔が、迫ってくる。
 
 Nは恐怖で動けない。限界を超えた恐怖が、身を硬直させる。ここで、私は死ぬの?それは仕方がない。私は、それだけの罪を犯したのだから。
 
 だけど、もう少し。もう少しだけ、生きていたい。

 生きててありがとうって、誰かが言ってくれるまで。
 生まれて良かったって、思えるまで。

 宅間の凶刃がのど元に突き刺さる瞬間、私は身をよじって攻撃を躱した。だけど、それが精一杯。宅間守。私とは別の意味で、死の運命を受け入れた男。この怪物を前に反撃に移る余力も勇気も、私にはない。あまりに、力の差が大きすぎる。

 私が防戦一方なのがわかると、宅間は槍のリーチを生かした中距離戦から、インファイトに切り替えてきた。槍を短く持ち、ナイフのように使うのである。

 お互いの額が触れ合うような距離からの攻撃を、すべて躱しきれるわけもなく、私の身体には二つ、三つと、生傷が刻まれていった。このままでは、やられるのは時間の問題である。私は、シザーバッグからナイフを取り出して構えた。とにかく、距離を作らなくてはならない。

 それには成功したのだが、それだけだった。距離をとった宅間は、ナイフを持った私の右腕をめがけて、槍を薙ぎ払ってきた。あっさりと武器を失った私を見て、宅間の口角が吊り上がった。

「終わりや。べっぴんのお姉ちゃん」

 宅間は自らも武器を捨て、私にタックルを食らわせてきた。40キロそこそこの私の体は簡単に宙に浮かされ、アスファルトの上に叩き付けられた。ゆっくりとマウントをとった宅間が、拳を振り上げる。パウンド。しかし、宅間の拳は狙いを大きくはずし、硬いアスファルトに誤爆した。

「うっ・・」

 宅間が動きを止めた一瞬の隙をついて、私は自らに跨る宅間を突き飛ばした。起き上がる宅間の足は、よろついている。肩と左腕に負った深い傷、アスファルトに垂れ落ちる血液。おそらく、貧血でめまいを起こしているのに違いない。

 訪れた絶好のチャンス――。私は落ちたナイフを拾い、手負いの宅間に向かって突き出した。

 それが失敗だった。宅間の長い脚は、私のナイフの切っ先が届くより先に、私の下腹部にめり込んだ。

「ぐふっ・・」

 致命的なミスだった。変に色気を出したせいで、逃げるのが遅れてしまった。しかも、ボディにダメージを受けた私の足は、いつもの半分の速度も出せない。貧血を起こしているのが信じられない速度で走る宅間に、みるみる距離を詰められていく。

 万事休すかと思われたそのとき、一台のワンボックスカーが、人込みを切り裂いて現れた。運転席のAが窓から手を出し、私を招く。

 この車は、私たちが乗ってきたものとは違う。記憶が正しければ、アカギが乗ってきた車ではないか。考えている暇はない。私は後部座席へと乗り込んだ。

 宅間守・・。人間の強さではない。男と女の差以前の問題。とてもかなわない。おそらく、加藤店長でも・・。

「危なかったね、Nちゃん。Tくん、手当てしたげて」

 Tによる手当てを受けながら、私はバックウィンドウ越しに、ガンダム像を見た。被害者のカップルが、ガンダムの左右の足に、それぞれ縛り付けられている。

 なに、あれは。アカギは、何をしようとしているの。
 彼を止める方法は、本当になかったの?

   ☆          ☆          ☆          ☆

 ガンダム像前での宴が、フィナーレに入ろうとしている。宅間守は、野次馬の最前列に陣取り、駆け付けた金川真大から傷の手当を受けながら、歓喜のときを待っていた。

「ひゃめて・・ひゃめてえええっ!」

「いやあああっ。いやああよおおっ!」

 ガンダムの両足に縛り付けられた、サツキとヘイゾウ。万死に値するものどもの悲鳴が聞こえる。なんと心地よいメロディか。今まで、数限りない人間を痛めつけてきた自分だが、これほどの愉悦を味わったことはなかった。比較できるとするなら、十二年前の今日耳にした、あのガキどもの悲鳴――。それだけであろう。

 愉快や。まっこと、愉快や。

「宅間さん、すみません・・」

 日高夫妻の追撃を命じていた上部康明が、自分のところに帰ってくるなり謝ってきた。

「殺ってきたんか?」

「いえ、その・・。夫妻の口車に乗せられてしまい・・。所持金すべてを差し出すので赦してくれ、というのを、つい聞いてしまいまして・・」

「いくら分捕ったんや」

「は。90万円ほど・・」

 財布の中に、それだけの金が入っている。全財産は、少なく見積もってもその三倍はあるとみていいだろう。泳がせておけば、またいつか金を分捕れる機会があるかもしれない。

「それでええ。今は、みだりに敵を殺せばええという時期やない。お前もこっち来て、祭りを見ろや」

「は。ありがとうございます・・」

 宅間は、胸をなで下ろしていた。上部に優しく接していて、本当によかったと思う。もし、自分が上部に冷たくあたっていたなら、上部は自分の元には帰ってこなかっただろう。やはり、厳しいだけでは人は使えない。向上心というものが欠落気味の自分だが、結果、大金が懐に入ってきたのだから、ここは素直に学ぶべきであろう。

 宴は、クライマックスへと突入していく。アカギたちが、カップルの口腔に、例のお手製爆弾を押し込んだのである。

「むごおっ、むごおっ」

「何を言っているか、まったくわからんな。お前たちの耳には、俺たち負け組の声は、こんな風に聞こえていたのかな」

 アカギは配下を引き連れ、ガンダム像前を悠々と去っていく。その背中の向こうで、花火が上がった。火花と肉塊と脳漿が、ガンダムの足元に飛散した。首から上が吹っ飛んだ死体が、そのままガンダムの足元に括り付けられている。

 絶景や。これ以上ない、絶景や。

 アカギは路肩に止めてあった車――自分たちで乗ってきた車ではなく、どこかの誰かが置いていった車に乗り込み、まだ包囲の体制が整っていなかった警察を振り切って、逃走していった。自分の姿に気づいてはいたろうが、一瞥もくれることはなかった。

 それでええ。過去の亡霊は振り切り、貴様は貴様の道を歩むのや。

 むせ返るような硝煙と死臭の中で、宅間は金川が火を点けたタバコを肺腑に納めた。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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