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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第76話

 宮崎勤は、友人の山地悠紀夫とともに、初台のマンションの一室を監視していた。

 藤波知子。1980年、二件の営利誘拐事件を起こした女性死刑囚が、今回、木嶋香苗に殺害を指示されたターゲットだった。

 任務が決まってからまず僕らが手を付けたのは、藤波の個人情報の把握だった。住所は初めからわかっていたとして、勤務地、通勤時間など、二人交代制で藤波を徹底マークし、その生活パターンを洗い出した。

 その結果わかったのは、藤波はナプキンよりもタンポン派であること。ブラジャーはフロントホックのものを好むこと。ムダ毛処理にはローションを用いず、入浴時に石鹸で体を洗いがてら行っていること、などだった。

「宮崎くん。カラスじゃないんだから、ゴミ漁りはその辺にしたらどうだい」

 マンションのゴミ捨て場から回収したポリ袋を、希少価値の高い化石を探す考古学者の探求心で漁っていた僕に、山地くんが、やや呆れ気味に言った。

「うん・・もう少し・・・」

 山地くんの言葉を聞き流し、僕はポリ袋の中から見つけたりんごジュースのパックに刺さっていたストローを、ペロペロと舐めた。また、伝線したパンストの、ちょっとすっぱいような臭いを心ゆくまで吸い込み、続いて、タンポンの経血が付着している部分を、コンビニで買ったアサリの味噌汁に浸して飲んだ。ちょっと鉄っぽいような、なんともいえない味だった。

「あっ。宮崎くん。藤波知子が、着替えを始めたよ」

「えっ」

 山地くんの報告を聞き、僕は望遠鏡のズームを最大にして、藤波の部屋を覗いた。数十分前に、勤務先の「マツモトキヨシ」から帰宅していた藤波は、余所行きの服から、薄いブラウス一枚、下はパンティ一枚という姿に着替え、テレビを視聴し始めていた。

「くそう・・ババアめ・・そんなに大股を開きながら、オッサンみたいな座り方をしやがって・・」

 僕は藤波に毒づきながら、テントを張った股間を、もぞもぞといじくった。

 藤波知子は、逮捕当時34歳。バトルロイヤルにも、その当時の外見で復帰している。実年齢でも僕より20歳近く年上の婆さんだ。しかし、委員会から犯罪行為を禁止されており、一般人の女性への性犯罪を行うことができない僕にとっては、藤波は貴重な性欲のはけ口だった。

 妥協の末に選んだ対象とはいえ、藤波はなかなかの美人で、女性経験が無い僕には、十分刺激的だった。近頃の僕は、あの女に「やさしいこと」をし、そのあとに「肉物体」にしてから、もう一度「やさしいこと」をし、あの女の身体の中に、大事なところが痛みを発するまで、僕の中の迸る液を放出してから、「肉物体」をステーキにして、僕の骨肉として吸収してあげる妄想を、四六時中していた。

「ったくもう・・お楽しみはいいけど、本来の仕事を忘れてると、あのでっかいオバサンに怒られちゃうよ」

「わかってるけど・・しょうがないんだよ。山地くんは、藤波を見て、欲情したりはしないの?」

「そうだなあ・・。女性の裸に興味がないわけじゃないけど、女性はセックスするよりも、殺した方が楽しいからなあ」

 山地くんはそういって、望遠鏡を降ろし、タバコに火をつけた。

 山地くんには、お母さんを殺害する前の十六歳のときに、六歳年上の女性との性交渉の経験があるという。そのときの話を聞いて、僕は羨ましくてならなかった。僕は前世において、結局、大人の女性の味を知らないまま死んでしまった。まあ、絶対数でいえば、幼い女の子の味を知らずに死んでいく男の方がずっと多いわけだから、ある意味勝ち組といえるのかもしれないが、だからといって、大人の女性とセックスがしたい欲求が消えてなくなるわけではない。

 僕は決意していた――。僕の童貞を、藤波知子に捧げることを。

「ふう。ちょっと僕、食事に行ってくるよ」

 山地くんが現場を離れた、その瞬間だった。僕が藤波宅のベランダに仕掛けていた高性能盗聴器が、ブリッ、という、妙な音を拾った。

 望遠鏡の中に見える藤波は、左手をひらひらとさせて、空気を攪拌しているように見える。それで僕はピンときた。藤波は、放屁をしたのだ。

 雷に打たれたような衝撃を受けた。これまで僕は、前世を含めた45年近い生涯の中で、女性というものは、男のように屁をしたり、糞をしない生き物であるように考えて生きてきた。たとえするにしても、それは男のように悪臭を発するものではなく、もっとこう、フローラルな、お花のような香りを発するものだと考えていたのだ。

 その信仰が一人の女によって全否定された瞬間、途轍もない性的興奮が催された。生涯で初めて女の生々しい姿を目撃したショックで、僕の分身は、まさに猛り狂っていた。

「うっ・・くっ・・・」

 聖剣エクスカリバーも顔負けの硬度を獲得した分身を、しごいて、しごいて、しごきまくった。その間に、藤波は部屋から出て、愛車の赤いフェアレディに乗ってどこかに出かけてしまったが、僕は構わず、快楽のステップを刻み続けた。脊髄を電流が走り、快感はやがてペニスへと伝わる。

「ふおおっ・・うっ・・・」

 熱い液体が、掌の中に放出された。僕はそれを一滴も零さぬよう気を付けながら、藤波の部屋にまで持っていき、ドアノブに塗りたくった。なんかベトベトして、室内プールみたいな臭いを発している。藤波がそれに気づいて悲鳴を上げるもよし。気づかず、僕の遺伝子と、良質なタンパク質が含まれたアルカリ性の液体をべっちょり触るもよし。どちらにしろ、興奮できる映像が見れそうだった。

 楽しい楽しい、殺しの任務。藤波知子。
身も心も、僕が侵してやる―――。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第75話

 市橋達也は、福田和子からの呼び出しを受けて、店へと向かっていた。今日は店は定休日だが、何か特別に用事があるのだという。バトルロイヤルを勝ち残る上での、相談事だろうか。

 福田さんは、店の前で立って、僕を待っていた。水色ワンピースに、白のレディースハット。妖艶な魅力を持つ彼女だったが、清楚な出で立ちもよく似合う。

「おはようございます。用って、なんですか?」

「あら。若い男と若い女が二人で会うのよ。デートしかないじゃない」

 唐突な福田さんの言葉に、僕は頭の中が真っ白になった。デート?殺伐とした戦いに身を投じる僕たちに、あまりにも不似合いな言葉を、僕はどう受け止めていいのかわからなかった。

「なに言うとんねん!オバハン、僕の母ちゃんみたいな年齢やろ!」

 福田さんがおどけた調子で言って、僕の頭を軽くチョップした。

「ったくもう。突っ込んでくれなきゃ、変な感じになるじゃない」

「え・・あ・・」

「ほら、行くわよ」

 福田さんに手を引っ張られ、僕は駅前へと向かっていった。

 初めに行ったのは、美容室だった。回転率重視の1000円カットだが、坊主頭にするだけなら、ここで十分だ。バトルロイヤルが開始されたから三か月あまりが立ち、僕の髪の毛はかなり伸びてきている。ここで一度リセットすれば、だいぶ印象は変わってくるはずだった。

「サッパリしたじゃない。食べ物を扱う店なら、そっちの方が衛生的でいいわね。ていうか、可愛い」

 福田さんが背伸びをしながら、180センチある僕の頭を撫でた。

 それから、僕らは電車に乗って、「東京ドームシティ・アトラクションズ」に向かった。一緒にアトラクションに乗ったり、ソフトクリームを食べ歩いたり。何も知らない人から見たら、たぶん、本当の恋人同士に見えただろう。

 僕が命を奪ってしまった「あの人」と、僕は恋人同士になりたかったのだろうか。実際、よくわからない。人を愛するということが、よくわからない。僕はただ自分の所有欲とプライド、あるいは性欲を満たすためだけに、女性を欲してきた。それについて、疑問を抱いたこともない。

 僕にとって女性は、自分を認め、思い通りになってくれる間は男性よりも上位だが、自分のプライドを傷つける側に回った瞬間、男性、いや虫ケラ以下の存在と成り果てる。人生をボロボロにすることすら躊躇はない。いやむしろ、積極的に潰すべきである。その考えが行き過ぎてしまったから、あんな事件を起こしてしまった。

 正しかったが間違っていたのかでいえば、変な日本語だが、間違いなく間違っていたのであろうとは思う。だが、改心せよと説教されるのも、釈然としない部分がある。だって、僕自身が愛された実感なく生きてきたというのに、どうして人を愛せるというのか。一度としていい思いをしたことがない人間が、人に与える気持ちになんかなれるのか。

 どこまでも、自分本位の人付き合いしかできない人間。それが改心もせず、再びこうして野に放たれてしまった。この上はもう、何も望まない。誰に何を期待することもなく生きていく。

 娑婆で味わう孤独は、獄で味わう孤独よりも辛い。みんなが裸になっているところで裸でいても羞恥は覚えないが、みんなが服を着ているところで裸になっていれば、強い羞恥を覚える。それと一緒で、手を伸ばせば人の温もりに触れられる場所で孤独でいるのは、孤独が当然の場所で孤独でいるより辛いのだ。

 だからこそ、その道を行く。一生の孤独を、「あの人」への償いの代わりとする。干上がった砂漠を、ただ一人でひたすら歩き、一人で死んでいく。

「なにを難しい顔をしているの」

 観覧車のゴンドラの中で向かい合う僕に、福田さんが言った。

「いえ、あの・・・」

「悩むなら、とことん悩めばいいわ。悩みが消えるまで、悩むしかない。それが、死ぬまでであっても」

 てっきり、考え方を変えろ、とか、悩んでたっていいことないよ、とか、前向きになろうよ、とか、石を水に浮かべろというのと同じくらい不可能なことを言われるかと思ったら、違っていた。やはり、この人はわかっている。どうしようもない暗がりに落ち込んだ者に、下手な説教や中途半端な慰めをかけるのは、ナイフで腹を刺された人に絆創膏を渡すくらいに、無意味であることを。
 
「さあ、帰りましょうか」

 夕飯時を前にして、僕たちは巣鴨へと帰っていった。なにか、逃亡の極意とか、そんな話を聞けるのではないかと思って、少し気合いを入れていたのだが、本当に、ただデートだけをして終わった。いや――。もしかしたら、髪を切らせたことといい、無言のうちに、なにか僕にアドバイスを送ってくれていたのかもしれない。寮に帰ったら、じっくり記憶を取り出して、思い出してみよう。

 お互いの住処に帰る前に、店の前を通ると、なぜか扉が開いていた。店主か誰かがいるのならいいが、泥棒が入ったのなら大変だ。僕たちは様子を見に、店へと入った。

 厨房に広がる血だまり―――。白のユニフォームを真っ赤に染めて、タイルの床に突っ伏している店主――。包丁を持って店主を見下ろしているのは、カワゴエだった。

「カワゴエくん・・・どうして・・」

「・・このクソじじいが、食材の産地を偽装していやがった。そのことについて問い詰めた。口論しているうちにエキサイトして、やっちまった」

 能面のような表情で、カワゴエが淡々と言った。

「中学を出てから13年間・・。散々に殴られて、やりたいことも我慢して、もっといい条件のオファーも無視して、この店で修行してきたってのに・・。あと少し・・あと少しで、店を開けるところまで来たってのに・・。なんでこんなことになっちまったんだよ・・。なにやってんだよ俺・・。俺の人生は、なんだったんだよ・・」

 13年分の涙が一度に流れ出したかのような、悲痛な慟哭をあげて座り込むカワゴエに、僕も福田さんも、何も言えなかった。

 頭と右腕を失い、殺人事件まで起きてしまったレストランに客が入るはずもなく、店は閉店となってしまった。

「俺には料理しかねえからよ。また一から出直して、絶対に店開くからよ。そんときは、絶対に食いに来いよ!」

 そう言って、飲食の世界に残る決断をしたのはミツルだけで、他の店員は皆、事件のせいで気力を失い、業界を去ろうとしているようだった。

 結局、レストランでの滞在も、二週間ほどにしかならなかった。手元に残ったのは、給料を日割りした十一万円だけ。福田さんとも、また別行動をとることになった。基本的に僕らは、逃亡スタイルが違う。一緒にいては、足を引っ張り合うだけだ。

 警備会社での一件といい、ホームレス村での事件といい、レストランでの事件といい、僕が行く先々で、なぜか人が死ぬ。単なる偶然なのだろうか。それとも、僕が行く先々で、死の鱗粉を撒き散らしているのだろうか。

 関わる人すべてを不幸にして――。まだ僕は生きている。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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