凶悪犯罪者バトルロイヤル 第74話

 スカーフキッス控室。松永太は、加藤智大ら仲間とともに、ロープで四肢を拘束され椅子に縛り付けられた、裏切り者の尾形英紀を囲んでいた。

「Nさん、無事に帰れた?そう、よかった。今回のことは、申し訳なかったわね。私が至らないばかりに、怖い思いをさせてしまって・・」

 重信房子が、Nに電話をして詫びている。アクシデントの際、すべての責任を被ってくれる便利な存在である。

「松永さん、重信さん、すいません・・。八木茂から、破格の条件で寝返りの誘いを受けて、つい・・。心を入れ替えて軍団のために働きますんで、どうか許してください」

 尾形が、聞いてもいない裏切りの理由をペラペラと喋った。

「いくらで誘われたんですか?」

 哀願する尾形に、松永は期待を持たせるような優し気な口調で問うた。

「前金100万の、成功報酬200万です。前金にはまだ20万くらいしか手をつけていないです。全額納めますから、軍資金にお使いください」

 早くも勘違いを起こした尾形が差し出してきた、現金が保管されたコインロッカーのキーには目もくれず、松永は八木軍の財力を推量する。我が軍を含め、まだ多くの勢力がじっくりと力を蓄えることに専心している中で、300万もの金をポンと出せる資金力。立地を考えれば、いずれは我が軍が上に行くにしても、現在の資金力は、互角か向こうのほうがやや上なのかもしれない。そして――それだけの金を出すほど、八木は我が軍を目の敵にしているということ。

 八木茂――。いつかは、雌雄を決さなければならない相手。早いか遅いかの違いだけだ。いいだろう。戦いの舞台に立ってやる。「麻原包囲網」計画を進めながら、一方で八木を倒す。なめているわけではない。自分はつねに、全体を見ている。先々のことを見据えて行動している。片手間で八木軍と戦い、そして倒す。それが最善の策なのだから、その道を行くだけだ。

「松村くん、カギを。お金はみなさんで等分してください」

 功労者には酬いる。人を大事にしなければ、第二、第三の尾形がいつ出てくるかわからない。

「ありがとうございます。これから誠心誠意、みんなのために・・」

「なに勘違いしている。誰が君を許すと言った」

 松永の冷厳な一言で、尾形の変形した顔が凍り付いた。

「裏切り者を処刑する。松村くん、前上さん、あれをお願いします」

 松永に言われて、松村と前上が車から持ってきたのは、松永がこの日のために選りすぐった、オリジナルの「拷問グッズ」である。

 松永の心は、遠足のバスに乗る少年のようにウキウキとしていた。待ち侘びていたこの日。今までは加藤らに経験値を積ませる目的もあり、まともな戦いばかりをしてきたが、ようやく自分の趣味を優先できる機会が巡って来た。単に己の性癖を見せつけるだけではない。裏切り者がどんな酷い目にあうかを見せることにより、再発を防止する、趣味と実益を兼ねた、一挙両得の殺戮ショーが始まる。

「さて。では始めますか。今回は初心者の方もいらっしゃいますから、まずは入門コースから行きますかね」

 料理教室の講師のように言って、松永は、尾形の頭に防火性のゲルを塗ったシャンプーハットをつけ、その上から灯油をかけた。そして、ライターの炎を近づける。

「やめて・・・」

 ボコボコの顔を恐怖に歪ませる尾形の哀願を無視し、松永は尾形の頭髪に着火した。

「あああああああああああああああああああああっ」

 咎人を断罪する地獄の業火が、尾形を焼く。その叫び声はあまりにも悲痛だが、自分の心に響くことはない。自分には、人と痛みや悲しみを共感する能力が欠落している。命乞いの類は、自分の嗜虐心に火をつけるだけだ。

「はははは。これは愉快だ。まるで人間ローソクだな」

 鎮火した後の尾形の頭髪は、荒野のようになっている。焼け焦げた髪の毛が発する耐え難い臭いが控え室に充満し、皆が吐き気を催す中、一人興奮しているのが、前上博である。

「はああ・・・松永さん・・首を絞めさせてくれないか・・お願いだ・・」

 シリアル・キラーと窒息フェチが一人の人間に宿った悲劇。開けてはならないパンドラの箱を、開けてしまったようだ。

「まあ、焦らないでください。すぐに殺したりはしませんから。夜は長いですから、腹ごしらえでもしましょうか」

 調理場から軽食が運ばれたが、松永と前上以外に手を付ける者はいない。歴戦の女傑、重信房子ですら、これから起こる残虐ショーに恐々としている。

「おや。君もお腹が空いたのですか?仕方ありませんねえ」

 薄ら笑いを浮かべながら、松永はついさっきまで自分が使っていたフォークを、尾形の左目に突き刺した。絶叫、絶叫、絶叫。松永はフォークを180度回転させ、眼球と眼窩を繋ぐ神経を根こそぎ切断し、眼球をくりぬいた。

「さあ、おいしそうな目玉が取れましたよ。ほら、食べてください。お父さんお母さんから貰った大切な目玉なのだから、また自分の体の一部にしないと」

 三国志の英傑が残した、なんとも壮絶な理屈を用いて、激痛で失神している尾形の口腔に、松永は無理やり眼球を押し込んだ。

「うっ・・・すみません、ちょっと、俺はこれで・・」

「私も・・・」

 加藤智大が口を抑えて控室を去ると、畠山鈴香、松村恭造があとに続く。自分の残虐行為で人がひくのは変態冥利に尽きるのだが、まあ、無理に参加を強要しても仕方がない。残った者で、続きを楽しむとしよう。

「あれ?寝ちゃったんですか。いけませんねえ。食べてすぐ寝たら牛さんになってしまうと、小さいころにお母さんから教わらなかったのですか?」

 松永は食卓の上のタバスコを、尾形の、目玉がくり抜かれて空洞になった眼窩に注ぎ込んだ。目玉の無くなった眼窩から、涙と一緒にタバスコがあふれ出てくる。尾形の悲痛な絶叫が、松永の耳にはサラ・ブライトマンの歌声よりも心地よく聞こえる。

「うぎい・・むぎい・・ぐむう・・がっ・・・がっ・・」

 虫の息の尾形は、もはや何を言っているかもわからない。まだ、余興は始まったばかりであり、試したいことはいくらでもあったが、ここで死なれて、前上博にへそを曲げられてもかなわない。

「そろそろ、楽にしてやりますか。トドメをどうぞ、前上さん」

 大トリを譲られた前上が、瞳を爛々と輝かせて獲物に歩み寄り、首に両手をかけた。尾形の、余ったもう一つの眼球がせり出し、隻眼の蛙のようになる。細くなった気道からヒュー、ヒュー、と酸素を貪る声は徐々に小さくなり、やがて完全に消え去った。

「ふうっ・・ちょっと、トイレに・・っ」

 これから、両の掌に残った余韻を噛みしめながら、欲望の落とし子を放出しに行くのだろう。前上の背中を見送り、松永は、ロゼのボトルを開けた。

「ご一緒に、どうですか?」

「・・いえ・・。先に、ホテルに帰ります・・」

 最後まで室内に残っていた重信に声をかけたが、彼女もまた、そそくさと消えてしまった。松永は苦笑し、グラスに注いだ、真皮を思わせる色合いのロゼを飲んだ。

 めくるめく処刑ショーの閉幕。自分の欲望を満たすとともに、ここまで、爽やかで人当りのよい表の顔で心を掴んできた仲間たちに、自分の違った一面を見せることもできた。成果は上々。今度は、八木茂――。あの男の惨めで憐れな屍を見れたなら、今よりもっと美味い酒が飲めることだろう。

 ロゼのボトルが半分ほどになったところで、松永は立ち上がった。まだ酔えはしないが、これ以上、この部屋の空気を吸うのは限界だった。屍は美しいが、糞尿の臭いは耐え難い。前上の趣味に付き合ってやったことによる弊害。この程度のことも計算に入れられなかった自分のミス・テイク。

 屍を回収しにくる委員会には、清掃も依頼しなければ。いや、Aの便利屋に仕事を与えてやるのもいいか。

 灯りの消えた室内に尾形の屍を残し、松永は、明け方の歌舞伎町へと消えていった。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第73話

 張り詰めた空気が流れるハイエースの車内。味方だと思っていた尾形英紀さんが、なぜ私に刃物を向けるのか。思考がミキサーで掻き回される。

「・・・ホミカを降ろしてあげて」

 私は、努めて冷静に言った。

「ほう。胎は据わってんだな。さすがに素人じゃねえや」

「聞こえなかった?ホミカを降ろしてあげて」

「だめだ。ちょっとでも動いたら、命はないものと思え」

「これは監禁よ。バトルロイヤル参加者は、一般人に危害を与えたら処罰されるんでしょう?早くホミカを解放しないと、命がないわよ」

「はっ。お前、何言ってんだ?監禁罪はな、被害者側が監禁の事実を認識していない場合はグレーゾーンなんだ。今、お前の友達はどうしてるよ?」

 ホミカは私の膝を枕に、すやすやと寝息を立てている。尾形の言っていること――完全なハッタリとも思えない。Aの起こした放火事件から考えてもわかる通り、グランドマスターなる男は、参加者の犯罪について、意外となあなあで済ませるところがある。尾形がホミカに直接手でも触れない限り、処罰の対象になることはないだろう。

「殺しはよ、ギャラリーがいねえとつまんねんだろ。俺ぁよ、女の怯えている顔を見るのが、何よりも好きなんだ。大好きなお友達をぶっ殺されて泣きわめいているホミカちゃんを見たら、イッちまうかもしれねえな」

 尾形は黄色い歯を剥き出しにして、正視に絶えない笑みを浮かべている。大声を出すべきか?が、その瞬間、ナイフが私の喉めがけて飛んできたら?何を迷っている。汚れた私の命などより、ホミカの安全を第一に考えなければならないのに。でも――私も生きたい。せっかくできた友達。二人で生き延びる方法は、なにかないの?

「さて。じゃ、死んじゃおっか。じゃあねNちゃん、成仏してねー」

 思考をフル回転させた。漆黒の状況を打破するために。すべての情報を脳に総動員した。そして下した、生き残るための決断――。

「てめえ・・・なんのつもりだ」

 私は、眠っているホミカを起こし、我が身を守る盾とした。尾形は私の予想外の行動に、慌てふためいている。

 罪悪感が、自己嫌悪で掻き毟られる。それでも私は、大好きな友達を盾にしている。ドブネズミのように浅ましく、醜い姿を晒して、それでも私は生きようとしている。生きててありがとうって、言ってほしいから。最低、自分勝手――自分への卑罵が、生への渇望に掻き消されていく。

「・・・???ドラエもん??ドラエもんがいなくなっちゃったよ。あのね、ドラえもんがね、両さんに殴られてね、アンパンマンになっちゃったの。ドラエもんはどこに行っちゃったのかな????」

 さっきまで見ていたのであろう夢の内容を、小首を傾げながら語るホミカ。5~6歳くらいの女の子が発するのと同じ周波数の無垢なオーラに、尾形はすっかり毒気を抜かれて、握ったナイフを持て余している。

 脱出のチャンス――。スライドドアに手を伸ばしかけて、止めた。

 脱出?もし逃げ出したとして、残されたホミカはどうなる?失態を犯した尾形が、我を忘れ、腹いせにホミカに危害を加えないとも限らない。そんなことになったら・・。

 私の瞬間の躊躇を、尾形は見逃さない。やに下がりかけていた瞼が吊り上がり、瞳がみるみる内に異様な光を帯びていく。

 慌ててスライドドアを開け、ホミカを連れて外に出たが、一歩遅かった。一瞬で追いついてきた尾形に、後ろから襟首を掴まれ、引きずり倒された。仰向けの体制から見上げる空には、街燈の光を受けて煌めく白刃が見える。万事休すか――。死を覚悟したそのとき、尾形が視界からフェードアウトし、拘束を失ったナイフが落ちてきた。

 ナイフを躱して起き上がり、何が起こったのかを確認する。車体に後頭部をぶつけて呻いている尾形と、ドタドタと走って去っていく肥満体の男性――。救いの神が、現れたらしい。

「ホミカ。ちょっと、目を瞑ってて」

 胸をなでおろしている場合ではない。私は倒れている尾形に駆け寄り、脳天にゴム製のスラッパーを見舞った。革のしなりを利用して破壊力を生み出すスラッパーは、女性でも扱いやすく、強い力を生み出せる護身用具だ。

 静かな夜道に、骨を打つ鈍い音がこだまする。1ダース、2ダース。タコ殴りにされた尾形の顔面が、三倍くらいに膨れ上がったところで、私は攻撃を止めた。

 携帯電話を取り出す。そこで少し迷う。Aと松永社長――。どちらに連絡をしたらいいのだろう。尾形はスカーフキッスの関係者なのだから、この場合は松永社長か。

 電話はすぐに繋がり、わずか15分ほどで、松永社長が配下を引き連れて現場にやってきた。

「大変でしたね。とりあえず、一度店まで来てください。ホミカくんも」

 私は、寿命が一年縮んでしまうのではないかと、こちらが心配してしまうほど心配げな顔を私に向けている加藤店長の運転する車でスカーフキッスに戻り、そこでAに連絡して、迎えに来てもらった。

「明日の勤務は、二人ともお休みでいいですから。しっかりリフレッシュして、また明後日から元気な接客を見せてください」

「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます」

 休みといっても、私はAたちと行動しなければならない。安息が得られないのならば、せめて夢に向かって仕事をしたかったのだが、社長命令に従わないわけにもいかない。

「あの・・尾形さんは、どうなるんですか?」

 私は、ボロ雑巾のようになっている尾形を見ながら、なにやらウキウキした様子の松永社長に問うた。

「君はA軍の人間です。あとのことは、我々に任せてください」

 そう答えた松永社長の口角は吊り上がり、悪魔のような形相になっていた。それでもう、これから起きることは想像できた。同情はしない。一つ違えば、私がその立場を演じていたのだから。

 私とホミカはAの運転する車で、改めて自宅マンションへと帰って行った。

 味方のはずの尾形が私を襲った理由、尾形から私を助けてくれた男性の正体・・。
 ホミカを盾にしてしまった私は、一体どこまで堕ちていくのか・・。
 気になることはいくらでもあるが、とりあえず、今晩はゆっくりと休もう。
 明日からまた始まる、血塗られた戦いに備えて・・。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第72話

 スカーフキッスでの勤務を終えたNは、二十分ほど酔客を介抱していから、控室へと引き上げていった。室内に入って、首を傾げる。今日は同僚のホミカと、常連客のアフターに付き合うことになっていたのだが、彼女の姿が見えないのだ。

 ホミカは私より一つ下の20歳で、私と同じ未経験組だった。家出をして新宿歌舞伎町をふらついていたところを、松永社長にスカウトされたのだそうだ。

 ホミカは小柄で愛くるしい顔立ちをしているロリ系で、年齢も若いのだが、一つ重大なハンデを抱えていた。軽い知的障害の持ち主なのだ。加えて、家庭環境にも問題があった。時代錯誤でエゴの強いホミカの両親は、彼女に適切な支援を受けさせず、あくまで健常者の枠にねじ込んで育てようとした。ホミカがテストで悪い点を取ってきたり、問題行動を起こすと、ただ罵倒し、蔑み、打擲した。

 悲惨な境遇の彼女に手を差し伸べる者は、誰もいなかった。学校の教師は、学業や生活面の遅れを認識しながら、ヤクザまがいの父親の恫喝に負けて、ホミカを特殊学級へと移さなかった。同級生は、彼女をただ嘲笑い、陰湿なイジメを繰り返した。

 中学校卒業時のホミカの学力は、小学校一年生レベル。普通高校への受験が絶望的で、進路は障碍者枠での就労しかないとなった時点で、ホミカの両親は、彼女を家に閉じ込めた。家の恥を、外には出さないというわけだ。

 ホミカは親の目を盗んで外に出かけた。人との繋がりを求めて、外を彷徨い歩いた。ホミカを相手にするのは、悪い男だけだった。17歳で強姦相手に妊娠させられ、堕胎、不妊手術。18歳でリタリン中毒になった。さすがに家でもホミカを持て余すようになり、彼女は薬物治療施設、障碍者施設、病院などをたらい回しにされ、20歳でホームレスとなった。そして、北朝鮮の農村部の少女のような憐れな姿で歌舞伎町を彷徨っているところを、松永社長に拾われた。

 知的に遅れのある女の子が夜の世界で働くことは、それほど珍しいことではない。就職難の時代で、最近では大卒で資格も持っているような女の子がキャバクラや風俗で働くケースも増えているが、やはり多数を占めているのは、どこかネジの緩んだ子である、というのが現状だ。

 ただ、そうした子の働き口は、夜の世界は夜の世界でも性的サービスを行う店がほとんどであり、ホミカのように、会話メインのキャバクラで働くケースは稀だ。松永社長のアイデアを誰もが訝しがり、せせら笑ったが、ホミカは周囲の視線を気にもとめず、ブレイクを果たした。

 知的障害を抱えるホステス――。ハンデを売りにする商法は、初めは物珍しさからある程度客受けするが、徐々に「痛々しい」との思いが上回るようになり、客は離れていってしまう。大事なのは、卑屈さを感じさせない強さと明るさなのだが、これが中々難しい。

「障害にもめげず、明るく前向きに生きている彼ら」「私は健常者を妬んではいませんよ。ただし、羨んではいますけれどもね」「だから私をあなた方の仲間に入れてください」―-。そうした、「健常者が求める障碍者像」を演じ、単に「健常者の枠で頑張ってる自分に酔っている」だけの障碍者は、いつかは化けの皮が剥がれる。

 自伝がベストセラーになった某四肢切断者が、その典型例である。ジャーナリストの職を得て、メディアを使って自分の主張を広く世間に訴えていける立場にありながら、障碍者の支援充実には積極的に動かず、健常者に媚びを売って稼ぐことしか考えていない。挙句、ツイッターで憂さ晴らしなどをやっているから、健常者にも同胞にも見放されてしまう。

 どう取り繕ったところで、障害は辛いには違いないし、それで心が歪むのも仕方ないのだから、臭いモノに蓋をせず、暗い部分だってもっとさらけ出していけばいい。「ご都合主義のお伽噺」などは、いつかはその嘘臭さと胡散臭さがばれてしまうのだから、最初から裸になっていけばいい。人間は暗いままだって、前に進めるのだ。

 筆談を武器に銀座トップのホステスにのし上がった女性と同様のスタンスで、ホミカは成功した。といっても、本人がそれを意識したわけではなく、松永社長がそう指示したわけでもない。彼女はホステスとして、天賦の才があったのだ。現在、ホミカは売上7位につけており、前回の順位発表から一週間が経った現在では、すでにナンバーを伺う勢いを見せている。私とホミカで、店の看板を背負っていきたい―。店でただ一人の友達と、よくそうやって語り合っていた。

そのホミカの姿が見えない。いったい、どこに行ってしまったのだろう?

「あの、先輩。ホミカのこと、知りません?」

 順位発表で私に負けたユウコに聞いた。

「は?知らねーし。バカだから、約束忘れて帰っちゃったんじゃねーの?」

「でも、バッグはロッカーに置いてありますけど」

「っぜーな。知らねえっつってんだろ!」

 取り付く島もない態度である。仕方なく、電話をして本人に聞くと、勤務時間が終わった三十分前から、ずっとトイレに籠っていたとのこと。ホミカは私同様――いや、気が優しくて、言葉で反撃する能力を持たないことから、私以上に、先輩から辛いイジメを受けていた。

「ホミカ、私が来たからもう安心だよ。さあ、アフターに行こう」

「でもね、でもね、行けないの」

「・・どうして?」

「あのね、あのね、ホミカがアフターに行くとね、加藤店長が死んじゃうから、行けないの」

「・・誰がそんなことを?」

「あのね、あのね、みんなが、そう言ってたの」

 無垢な瞳を輝かせて、ホミカは大真面目な口調でそんなことを言う。二十歳の大人の女が、先輩たちに吹きまれたそんな大ぼらを、信じてしまっているのである。この狂った社会の中で、よく今まで生き延びられたと思う。彼女には、幸せになる権利がある。

「大丈夫。加藤店長は、死んだりしないから。さあ、コイズミさんが待ってるから、行こう」

 私はホミカを抱きしめ、手を取って、店外へと出た。スカーフキッスでの勤務においては、健常者のキャストたちと差別なく扱われるホミカだったが、一人でアフターに行くことだけは禁止されている。ホステスは、よほどのことがなければ、客と一線を越えてはいけない。体を手にした客はそれで満足してしまい、もう店に通ってくれなくなってしまうからだ。その男の性を逆手にとって、「切り時」と判断した男には積極的に体を許し、さっさと消えてもらうという術もあるが、場合によってはさらにのめり込まれてしまうこともあり、一概にはいえない。ようは、相手に合わせた使いようである。そのさじ加減ができないホミカを、一人で店の外で男に会わせてはいけない。太客に誘われてどうしても断れない場合は、必ず私がついていくことになっている。

 ホミカは、懐石料理屋でのアフターでも、テーブルを弾けさせた。店では六時間も喋りっぱなしだったのに、疲れたところを見せない。ホミカは記憶力が優秀で、幼少の頃の思い出話が得意だった。無垢ゆえの失敗談などを語ると、客は大いに盛り上がる。やはり世間は、ご都合主義の偽善話だけではなく、ハンデを抱えた人のリアルな話を聞きたいと思っている人も多いのだ。その暗いネタも明るく話すから、聴衆は引きつけられる。ホミカは、もっと上へと昇っていける。

 やがて夜も更け、この日は解散となった。家まで送っていくというコイズミを振り切り、私は男性従業員でバトルロイヤル参加者の尾形英紀さんを呼んだ。敵がいつ、どこで襲ってくるかはわからない。私はいつも、スカーフキッスの従業員に送り迎えをしてもらっていた。

 尾形さんが運転するハイエースは、ホミカのマンションに向かっていく。一日を終えた安堵感で、ウトウトとしかけたそのとき――。車が、突然止まった。信号でもないのに。飲み物でも買うのかしら。でも、ドリンクホルダーには、飲みかけのコーラが・・。

 夢うつつになりかけてきた意識が、一瞬で覚醒した。
 視界に現れたのは、尾形さんの射るような視線と、鋭いナイフの切っ先。
 なぜ――。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第71話


 加藤智大は、新宿のフィットネスジムで、ウェイトトレーニングを行っていた。フィジカルを徹底的に鍛える。地道だが、強くなるためには、これが一番確実な方法だ。ダンベルやバーベル、あるいは自重を用いたトレーニングは今までも行っていたが、ジムで行うマシンを用いたトレーニングは、筋肥大の量が違う。また、初心者でも筋肉に効果的な負担をかけられるメリットもある。

 現在のサイズ――168㎝、59㎏。体脂肪率12%。体重を、あと6㎏は増やしたかった。体重は、イコール、パワーである。戦いにおいて、体が大きくて損をするなどということは、ほぼあり得ない。小よく大を制すは理想だが、体が大きいほうが有利なのは、紛れもない事実なのだ。

 あの男――宅間守とは、ちょうど16㎝の身長差と、16㎏の体重差がある。体格面での不利は明白だ。身長はどうしようもないが、体重はトレーニングで確実に増やせる。まずはそこから、差を詰めていく。

 一昔前は、筋肉によって体重を増やすと動きが鈍くなるという迷信が、半ば常識として信奉されていたが、ここ十年ほどの有名スポーツ選手の活躍で、今やその考え方は完全に否定されている。日本人史上最強投手と称されるとあるメジャーリーガーによれば、筋肉が動作を阻害するには、ボディビルダー並の量がなければいけないそうだ。そんな筋肉は、つけようと思ったって中々つくものではない。短距離走の選手を見てもわかるように、筋肉を太くすれば太くするほど、スピードだって伸びるのだ。

 また、忘れてはならないのが、怪我を防止する効果だ。ストレッチに時間をかけることが前提だが、筋トレは基本的に、怪我の防止に役立つ。関節回りの筋肉を鍛えれば炎症が抑えられ、単純に肉の量が増えることによって、打撲時の衝撃吸収力が増加される。筋トレの失敗例として挙げられる某野球選手がいるが、逆の見方をすれば、彼は筋トレをしていたからこそ、あの程度の怪我で済んでいたのだ、と考えられなくもない。それに彼はアスリートとしては脂肪が多すぎ、無駄に下半身に負担をかけていた部分もある。一部分だけを見て、誤った結論を下してはいけないということだ。

 トレーニングと並行して、プロテインと、納豆、豆腐、鳥のササミ、魚肉ソーセージなど、高タンパク、低カロリーの食事を、一日八回に分けて食べる。配分を間違えると脂肪も増えてしまうが、多少ならば構わない。適度な脂肪は一年を戦い抜くエネルギー源となり、実戦では肉の鎧になってくれる。

 毎日感じられる筋肉痛と、見た目に感じられるトレーニングの成果は、精神的な安定をもたらしてくれる。自分はこれだけの努力をしてきた、という自信。フィジカルを鍛えることで、俺の最大の課題である、メンタルをも鍛えられる。トレーニングは、いいことずくめだ。

 ウェイトを開始して2時間。麻薬的な陶酔感に浸り始めたところで、重信さんから電話がかかってきた。オーバーワークにならないように、チェックしているのだ。

 俺はたっぷり30分をクールダウンに費やし、プロテインを補給した後、また30分をイメージトレーニングに費やしてから、シャワーを浴びた。トレーニングで汗をかいた後はすぐにシャワーが浴びたいと思うところだが、それは筋肉の発達を妨げるのだという。小さな心がけの積み重ねが、鋼の肉体を作っていく。妥協するわけにはいかない。

 トレーニングを終えたら、すぐに店に出勤だ。オープンから一か月が過ぎ、経営も軌道に乗り、松永さんからはトレーニングに専念するように言われたが、俺は店に残る決断をした。それも、店長という責任ある立場で、フルタイム出勤することを願い出た。

 今後は絶対、敵軍がわが軍の資金源である「スカーフキッス」を直接襲撃してくる機会が出てくるだろう。そのとき俺が店にいなければ、仲間やキャストを守ることはできない。それに――。俺以外の男に、Nを任せるわけには―――。

 歌舞伎町を歩いていると、妙なビラが風で宙を舞っているのが目に入った。手にとって見てみる。「歌舞伎町スカーフキッスのNは、淫乱だ」「スカーフキッスのNはエイズ持ち」「スカーフキッスのNは、ホストを食いまくり」そんなことが書かれてあった。どこのどいつがやったことが、大体見当はつくが、放っておいた。

 業界に入って一か月のルーキーが、いきなりナンバー入り。やっかみや妨害があって、当然だ。それを乗り越えられないようではNの成長はないし、妨害する奴らにしても、Nの躍進を悔しく思うくらいの気骨があってくれないと、店全体の発展には繋がらない。ま、俺自身が嫉妬深い性格だから、妨害をする奴に強く言えない、というのも、本音ではあるのだが。

 従業員通用口から店に入った。早速、仕事を開始する。帳簿の記入、キャストの出勤管理、酒や備品の発注――。店長になると、事務作業が一気に増えてくる。キャストの管理業務がなくなるわけではないから、重い負担が圧し掛かるだけだ。

 トレーニング、仕事、トレーニング、仕事、トレーニング、仕事。ひたすら、課題に埋没する。休息の時間は、日に日に減ってきている。それでいい。疲労の泥沼に身を沈めているときだけは、なにもかも忘れられる。犯した罪の重さも、生きることへの絶望も、自分自身への、憎しみも――。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第70話

 
 宅間守は、角田美代子からの要請を受け、配下を率いて駒込の駅前商店街に赴いていた。今日はここに拠点を構える、金嬉老事件の金嬉老、小松川事件の李珍宇のコンビを攻めるのだという。3日前、角田軍はこのコンビから襲撃を受けており、その報復であった。

「なんでわざわざこっちから攻め込むんや。別に、仲間を殺られたわけやないんやろ?ほっといたらええやんか」

「襲われて、何もやり返さないんじゃ、ナメられちまうだろ。そしたら、また次があるかもしれないじゃないか。二度と手出しをさせないためにも、報復はきっちりしとかないといけないんだよ」

 宅間の素朴な疑問に、淡々と答えを返す角田。たしかに一理ある。報復も感情任せには行わないところが、いかにもこのババアらしかった。

「旅館に立て籠もって八十八時間も戦い抜いた金嬉老は、参加者の中では、三菱銀行籠城事件を起こした梅川昭美に並ぶ、籠城戦のスペシャリストや。その金が、子供ながら参加者中屈指の体力を持ち、奸智に長けた李珍宇を従え、このアパートの二階に立て籠もっている。これは、厄介な戦になりそうだよ」

 角田が、名鑑に載った二人の写真を指して言った。

 籠城犯――。確かに、厄介な相手ではある。かの孫子も言っているが、施設に籠る敵を攻めるのは、戦争においては下策中の下策である。施設の入り口は限定されているため、そこにだけ警戒していれば侵入者を簡単に迎撃できるし、長期戦で陽射しや雨に晒されっぱなしの攻撃側に対して、防御側は屋根のある室内で過ごせるため、体力を温存しながら戦うことができる。現代のように破壊力に優れた科学兵器が存在しない中世以前においては、籠城戦は防御側が圧倒的に有利な戦術であった。

 もっとも、一度侵入さえしてしまえば、相手は袋のネズミであるため取り逃しがないことなど、攻撃側に有利なこともないではないのだが、自分がこの戦いに参加したのは角田軍の援軍としてであり、そもそも意識の低い中では、決死の覚悟で施設内まで攻め込んでからようやく発生するメリットなど、無いのと同じだった。

「まどろっこしい。相手は銃を持っているわけじゃないんだろう?なら、こいつで身を守って突っ込めばいいだろ」

 藤井政安がそう言って取り出したのは、機動隊などで用いられる、ジュラルミンの大楯である。なるほどこれで上半身を覆いながら施設に近寄っていけば、大抵の飛び道具からは身を守れる。が・・。

「うわーーーっ、なんだこりゃっ!」

 商店街の路上に漂う悪臭。階段に向かって近づく藤井に向かって、アパートの窓からバケツで放たれたのは、人間のものと思われる糞尿だった。

 殺し合いで糞尿を投げるとはおかしなようだが、馬鹿にしてはいけない。金川が遊んでいるロールプレイングゲームの補助魔法と同じで、相手に嫌がらせをして戦意を喪失させてこそ、弓矢や刀剣での決定力が生きるのだ。実際、糞尿攻撃は、古来よりの籠城戦での常套戦術である。衛生観念の薄い昔だったら、それだけで疫病が蔓延して軍団が壊滅してしまうこともあったほど、強力で効果的な戦術なのだ。

「ね、姐さん、助けて・・」

「バカ、近づくんじゃないよ!」

 黄土色に染まった顔面を悲痛に歪めている藤井は、すっかり戦意を喪失してしまったようだった。

 戦線は膠着した。糞尿攻撃を使ってくるところを見ると、金嬉老とやらは、籠城戦の定石は一通り知っているとみて間違いない。迂闊に手を出せば、糞尿のほかに熱湯攻撃などもあり得るだろう。特殊部隊なみの装備があればそれは防げるが、今度は重たい家具などが降ってきたら、首が折れて一貫の終わりだ。

 宅間たちはひとまず、施設の四方に人員を配して補給を断ったが、これは完ぺきな戦法とはいえない。外部に協力者がいて、宅急便か何かで物資を送ってきたら、妨害のしようがないのだから。つまりバトルロイヤルにおける戦いでは、城攻めにおいてもっとも確実で安全な、兵糧攻めは使えない。

 宅間は思案した。一体、いかなる戦術をとれば、リスクを最小限に抑えたうえで、城を落とすことができるのか。

 火攻めは不可能だ。アパートには、コリアンコンビ以外の住人も住んでいる。一般人に犠牲者が出てしまったら、委員会から処罰されてしまう。ならば同じ理由で、ショベルカーを用いて、外壁ごと破壊してしまうのも無理ということなる。窓ガラスを破壊し、ホースで水攻めにするという手も考えられるが、消防車でも持ってこない限り、室内を水浸しにするほどの水は送り込めないであろう。城内に内通者を誘うことができない限り、このアパートは不落の要塞か。いや。一つ、方法がある。

「おい。目には目を、でいくで。なるだけ強烈な臭いが出るもんを、ありったけ持ってこいや。それと、画鋲や。画鋲を、大量に買ってこい」

 まきびしと異臭攻撃のコンボ。床にばら撒かれた画鋲が、同時に大量に投げ込まれた汚物を撤去することを許さず、敵は地獄を味わうという寸法である。そして一時間後、宅間の命令で、飲食店から出た生ゴミ、有機肥料、自前の糞尿などといったバイオテロ兵器が集められた。

「よし。やれや」

 宅間の指令を合図に、まずは大石が投げ込まれ、アパートの窓ガラスが破壊された。そこから、汚物と、画鋲を詰め込んで厚紙で蓋をしたグラスが投げ込まれる。グラスは室内で砕け、画鋲を床にまき散らす。鼻がもげるような悪臭と、金と李の悲鳴が、同時に漏れ出してきた。

 コリアンコンビはそれから6時間粘ったが、やがて音を上げ、降伏を申し入れてきた。角田は思案した後、二人を、普段は別行動だが、いざというときには角田軍に全面協力させる、傘下団体とすることを決断した。元々この戦いは、最低限、コリアンコンビに恐怖を与え、二度とちょっかいを出してこないようにさせられればそれでよし、という戦いである。両軍の間に、深い遺恨はない。ならば、ここで無駄に殺してしまうよりは、生かして今後の戦いに使ったほうがいい、という理屈であった。

 無論、二人が裏切らないという保証はない。だが、そのリスクを考えてでも、角田のオバハンは、二人を生かすことを選んだ。

 麻原のオッサン率いるバドラ、歌舞伎町に拠点を構える重信とかいう女の一派、池袋の八木とかいうオッサン、北村一家・・。バトルロイヤル開始から三か月余りが過ぎ、大勢力が生まれてきている。つまらん小競り合いでいたずらに人を殺していたら、それら大勢力と戦う力を得ることはできない。参加者は、勝ち残り8人の椅子を争うライバルであると同時に、貴重な人材なのだ・・。

 というのが、角田のオバハンの話。宅間にとっては、今回の戦闘の謝礼、100万円が手に入れば、それでよかった。

 全体戦略になど、興味はわかない。考える気もない。今も昔も、刹那の時を生きるだけの自分には、生き残るために女々しい努力をする奴らの気持ちなど、わかりっこなかった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第69話

 麻原彰晃率いるバドラは、ツンベアーズのワタルが通う「蒼龍小学校」を訪れていた。といっても今日は、公式な活動で訪れたわけではなく、遊びにきただけだった。麻原たちは、ワタルへのイジメを解決した功績から、小学校側より、連絡さえとれば、小学校の設備を自由に遊びに使っていいとの特別許可を得ていたのだ。

 今、体育倉庫の中にいる麻原の目の前に、腹部にナイフの突き立った勝田清孝の死体が横たわっている。死亡推定時刻には、体育倉庫のシャッターは閉まっていた。完全な密室の中で、殺人は行われたのだ。この密室の謎を解かない限り、真犯人を究明することはできない。麻原は途方に暮れていた。

「さあ、尊師。早く事件を解決してください」

 死んでいるはずの勝田清孝が、それは楽しそうにニヤニヤと笑いながら、麻原の推理を眺めている。

「待て。もうすぐ・・もうすぐ、パズルのピースが揃うのだ」

 麻原は眉間に指をやり、頭脳をフル回転させた。

 麻原たちの今日の遊びは、「金田一少年の事件簿ごっこ」だった。ルールは、じゃんけんで探偵役と犯人役、被害者役をそれぞれ決め、他の者は犯人役のサポートに周り、探偵役は、制限時間内に、犯人が誰かを推理する、というものだった。

「・・よし。わかった。謎はすべて解けた!」

 16:56。制限時間ぎりぎり一杯で、どうにか事件解決にこぎ着けた。麻原は皆を集め、推理を披露し始めた。

「まず、この密室の謎だが、犯人が清孝を殺した現場は、ここではなかった。別の場所で殺害を行い、死体をクレーンか何かで、あの開いている天窓から中に降ろしたのだ。そして、真犯人だが、清孝の周囲に散らばったボールが、ダイイングメッセージとなっている。野球ボール、バレーボール、ラグビーボール・・その中から清孝は、一番大きなバスケットボールを選んで、抱きしめている。これは真犯人が逮捕された年の数字が、もっとも大きいことを指している。つまり犯人は、2005年に逮捕された、小田島鐵男!おまえだ!」

 麻原は鬼の首を取ったような顔を浮かべ、先日新たに加入した信徒、小田島鐵男を指さした。

 戦時中の北海道に生を受けた小田島鐵男は、幼少の頃から窃盗や詐欺などあらゆる悪事に手を染めてきた。1990年、練馬区で起こした監禁事件で初めての長期刑。獄で知り合った守田克実と組み、2002年、マブチモーター社長宅強殺放火事件を引き起こした。その後も全国を行脚しながら殺人、窃盗を繰り返し、2005年に逮捕。死刑が確定し、拘置所の中から「獄中ブログ」を執筆していた。

 4歳のころに母親に無理心中を迫られ、11歳のころまで過ごした親戚の家では、ロクロク食べ物も与えられずに折檻を受けて育つなど、愛情に恵まれない少年時代を過ごし、実に人生の三分の一以上を塀の中で生きてきた小田島だが、意外にも社会への適応性は高く、バーテンやミシンのセールス、自動車学校の教官など様々な仕事を務め、フィリピン人ホステスとの間に一子をもうけるなど、女性との縁にも恵まれていた。犯罪経験値の豊富さは参加者中でも屈指であり、肚も座っている。頭脳、戦闘、両面において活躍が期待される逸材だった。

「ぶっぶー。ざんねーん。真犯人は小田島さんじゃなく、俺でしたー」

 関光彦が、得意気な笑みを浮かべて名乗り出てきた。

「なんだと・・」

 納得がいかなかった。自分の推理は、完璧だったはずだ。状況証拠は、すべて小田島が犯人であることを示している。これ以外の結果など、考えられない――。

「では、俺がどうやって勝っちゃんを殺したかを説明しまーす。俺はアメリカNBAのスパースター、レブロン・ジェームズをマインドコントロールして、密室の体育倉庫の中で勝っちゃんを殺させたのでしたー。レブロン・ジェームズのジャンプ力なら、天窓の淵に飛びついて脱出することも可能でーす。勝っちゃんがバスケットボールを抱えているのは、そのまんま、バスケット選手が犯人であることを表していたのでしたー。そして、レブロン・ジェームズをマインドコントロールできるのは、常に尊師の傍にいて、洗脳術を研究してる俺だけだから、俺が犯人なのでしたー」

 なにを言っているんだ、こいつは。これは、ミステリーに対する冒涜である。麻原は、怒りを抑えることができなかった。

「な・・なんだそれは!無茶苦茶だ!なにがレブロン・ジェームズだ!そんなのがありだったら、真冬の雪山で、山荘から1㎞離れたコテージで死体が発見された、死亡推定時刻には全員山荘にいた、犯人はどうやって一瞬でコテージに移動したのか?というアリバイトリックのとき、実は犯人は整形手術を受けた浅田真央ちゃんでしたー、水撒き器を使って長―いスケートリンクを作って、トイレに行くふりをして一瞬でコテージに行き、殺してきたのでしたー、とかも、ありになってしまうではないか!」

 麻原は憤慨して抗議し、別のケースを持ち出した。

「え・・それは無しですよ、尊師」

「浅田真央ちゃんを洗脳したとかならともかく、浅田真央ちゃんが真犯人とかはだめですよ」

「そうです。尊師、それはルール違反です」

「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがある」

 麻原が例えに出したケースは、信徒全員から否定されてしまった。どうにも釈然としないが、まだ始めたばかりの遊びなのだから、ルールが固まっていなくても仕方ない――。そんな風に無理やり考えて、納得することにした。

 その後、夜の19時まで「金田一少年の事件簿ごっこ」をして遊んだバドラは、「夢庵」で食事をとり、帰宅後は、「マリオテニス」をするなどして、皆の絆を確かめ合った。

 バドラの人員は、自分を含めて現在9人。そんなことはあり得ないが、このまま最後まで全員が生き残ったとして、8人の枠に収まるためには、誰か一人は死ななくてはならないわけで、本当なら疑心暗鬼が募ってもおかしくはないが、バドラにはそういう雰囲気は一切ない。皆、今を楽しもうと心がけている。自分のムードメイクの、賜物だった。

 生き残りの参加者中、実に8分の1が集中する、圧倒的最大勢力。あまりに人数が膨れ上がったバドラに、単独で勝負を仕掛けようとする参加者はおらず、好循環で人数はますます増えていく。地域での人望も日増しに高まっており、金もどんどん集まってくる。特定の同盟勢力こそないが、宅間軍との反目意識がなくなった今、直接敵対する勢力もなく、外交関係も悪くはない。

 このまま、勝ち残りを決めてしまうのか?そう信じてもおかしくないほど、麻原彰晃の勢いは、止まりそうになかった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第68話

 物事は、どこで何がヒントになるか、わからないものである。まさか、宮崎勤がプレイするゲームが、謀略の着想に繋がるとは、完全に想定の範囲外だった。加藤智大に、宮崎宅に盗聴器を仕掛けさせたことが、思わぬ形で生きる結果となった。

 そのとき、松永太は、ビジネスホテルの一室にてブルーマウンテンを啜りながら、軍略を練っていた。

 5月2×日。バトルロイヤルが開始されてから、もうすぐ三か月が経とうとしている。まだ焦る時期ではないと思っていたが、近ごろの麻原の勢いを見て、松永は考えを変えていた。

 まさかバトラと宅間軍の間に、友好の兆しが見えるとは思わなかった。最大勢力のバドラと、人員は少ないながら戦闘力において最強の宅間軍が手を結んだら、厄介どころでは済まないことになる。その上、宅間軍はすでに角田美代子軍と同盟を締結している。麻原―宅間―角田のラインが成立してしまったら、対抗するのは不可能だ。

 出る杭は、早めに潰して置かなければならない――。のだが、忘れてはいけないのは、他の勢力から見れば、我が軍団もまた、「出る杭」には違いないということだ。

 オープンから一か月が経ったスカーフキッスは、全国のキャバクラで五指に入る売上を記録した。純利益は1000万円を超えている。経済力においては、参加者中ダントツの№1である。人材には、実戦経験豊富な重信房子に、最強候補の加藤智大がおり、さらに永田洋子と同盟を結んでいるから、戦闘力においても、バドラに匹敵する。参加者の中には、我が軍をバドラ以上の脅威として警戒している者も多いだろう。

 その筆頭が、池袋で「IKB48」を経営している、八木茂である。常々歌舞伎町に進出する機会を狙っているあの男は、暴力団の東の雄、佐野組と手を結んだ我が軍に対抗し、暴力団の西の雄、横山会と手を結んだ。これは両軍に、同盟の可能性が一切なくなったことを意味する。現在は情報戦の段階だが、近々、血で血を洗う抗争の火ぶたが切って落とされるのは明らかだった。

 八木の動向に目を光らせながら、一方でバドラに負担をかけていかなければならない。有史以来、二正面作戦は愚策とされているが、バトルロイヤルには一年という期限がある。八木を全力で潰すためにバドラを完全に放置してしまっていては、八木と戦っている間にバドラはますます肥え太り、一方の我が軍は八木軍との戦いで損耗し、挽回できない戦力差が生まれてしまう。先に本格的に八木軍と事を構えつつ、バドラの勢力伸長を妨害することも、水面下で進めていかなくてはならない。

 幸いにも、まだ、課題を一つ一つ潰していく時間的余裕がある。今のうちに、出来るだけの手を打つ。

 まずは、麻原彰晃と宅間守の同盟を、なんとしても阻止することである。方法は現時点では二つ考えられるが、一つは二人が惚れている、アヤとかいう保育士を利用する手だ。なんとかの陰に女あり、という言葉もある。かの董卓と呂布の仲を引き裂いたのも、女だった。

 が・・・。どうもそれは難しいようだ。まず、生に執着していない宅間はともかく、麻原は女のことで大局が見えなくなるような男ではない。また、アヤは明るく聡明な女である。アヤは麻原と宅間が争うことを好まないだろう。「この女を手に入れるためなら、何でもやってやる」ではなく、「この女が悲しむ顔を見るくらいなら、争いをやめる」と男に思わせる、陽性の気質を持つ女なのである。もっとも、そんな女の気持ちを無視しても我を通すのが犯罪者、特に宅間という男であり、争いの火種に使えないことはないだろうが、優先して考える手段ではない。

 もう一つのは、金で落とす手である。有史以来の謀略の基本。もっとも手っ取り早い方法だ。

 我が軍の資金力を、宅間にちらつかせる。宅間がわが軍に味方すれば、加藤との両輪で、誰も対抗できない戦闘力を獲得できる。

 が、そこで注意しなくてはならないのは、宅間が同盟している角田軍の存在だ。宅間を奪われた怒りで、現在中立の立場の角田が我が軍を完全に敵対視し、総力を上げて攻めかかってくる可能性は十分に考えられる。

 それを見て宅間が心変わりし、Uターンして角田に寝返ってしまったら、大変なことになる。もともと、その信用ならない点を危惧して、自分は宅間ではなく加藤を選んだことを、忘れてはならない。

 何か手を打とうとすれば、必ず問題が発生する。メリットとデメリットを天秤にかけた結果、動くことができない。だが手をこまねいていれば、訪れるのは滅亡のみである。いったい、どうすればいいのか。頭が煮詰まっていたときに、機械に繋いでいた盗聴器から、宮崎勤たちの声が耳に入ってきた。

 「大連合」の結成――。宮崎勤らが、ゲームの中で膨張する麻原軍に打った手だてが、自分に道を示した。

 謀略というのは、深く考えすぎてもいけない。単純でわかりやすく、一見大味に見える作戦ほど高い効果を発揮することも、現実にはあるのだ。部屋の中に引きこもって、チマチマと物事を考えていると、どうも発想が小さく小さくなっていけない。もっと豪快に考えていけばよかったのだ。

 誰々と組んだら誰々を敵に回すとか、小さなことはあえて考えない。味方を増やすことだけを考える。特定の組織の属している者、個人で活動している者をひっくるめ、現在生き残っているすべての参加者に連絡をとる。欲深い者には金をばら撒き、思慮深い者には理をもって説き、麻原彰晃に敵対させる。大連合を組み、最大の敵と、それに与する者を滅亡させる。

 謀略王松永太の最大の計画「麻原包囲網」が、発動しようとしていた――。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第67話

 午後1時、自宅マンションで目を覚ましたNは、新大久保にあるAの事務所へと向かっていた。今日は「スカーフキッス」は休みで、そういう日はなるべくAやTと一緒に行動するように言われている。戦闘は、いつ起こるかわからないからだ。

 Aは松永社長が提携する暴力団、山崎会の出資で、便利屋「クイックサービス」を開業していた。都内から首都圏全域まで、幅広く依頼は受けつけているが、バトルロイヤル参加者は東京二十三区から出てはいけない決まりになっているから、その場合はアルバイトの社員に任せている。

 便利屋の仕事は時期にもよるが、引っ越しや清掃など、半分近くが肉体労働になると言っていい。それも個人の家庭よりも、企業が依頼主になることが多い。専門の業者に頼んだ方が仕事は確実だが、コストパフォーマンスや、見積もりから仕事までの早さなど、便利屋に頼むことのメリットも大きいのだ。

 肉体労働以外の仕事は、そのイメージ通り非常に多岐に渡る。ペットシッターやチケットの順番待ち、イベントのサクラ、代行運転、害虫駆除など、あらゆる仕事を受け付けている。

 基本的にどんな立場の人間からの依頼でも、金さえ貰えればなんでも受けるというのが便利屋だが、絶対に受けない依頼もある。ヤクザからの依頼と、法が絡む依頼である。

 便利屋というと、アンダーグラウンドのイメージを持つ人も多いが、それは稀有といっていい。復讐代行や別れさせ工作などを謳っている業者と、地域密着で様々な依頼を受ける業者とは、同じ便利屋でもまったく毛色が違う。キャリア警察官とノンキャリ警察官のように、まったく別路線を歩んでいるといったほうがいい。

 また、断言できるが、特殊工作を売りにしている業者などは、99・9%が詐欺である。確かにそれなりのノウハウもあり、元から成功率が高い依頼などは、顧客が満足する成果を上げることもないではないが、大半は、大金をぼったくるだけぼったくっておいて、肝心の仕事は「それなり」の成果で、「これだけ頑張りましたよ」ということだけを強調され、「なあなあ」で済まされて終わりである。人の恨みや憎しみの感情に付け込んで、金を騙し取ることしか考えていない業者がほとんどなのだ。

 本当に恨みを晴らしたい人間がいるのなら、歌舞伎町や百人町あたりの在日中国人や朝鮮、韓国人に依頼した方が遥かに確実である。彼らは復讐代行業者よりもさらに信用できず、ちゃんと仕事をしてくれるのは多くて一割だが、騙されたとしてもずっと安くつく。

「やあ、Nちゃん。よく来たね。お昼ご飯は食べた?」

 インターホンを鳴らした私を、トレードマークのベースボールキャップを被ったAが出迎えた。

「いえ。お昼は、いつも抜いているんです」

「ホステスさんやから、食事制限せんといかんからね。なんだか悪いけど、時間も時間やし、僕ら、これからお昼頂くね」

 そう言いながらも、Aの昼食は、コンビニのおにぎり一個である。

「Tさん、こんにちは」

「あっあっ・・Nちゃん、こんにちは・・」

 「なか卵」の大盛り牛丼弁当を食していた、西鉄バスジャック事件のTが、汚れていた口元を慌てて拭った。Tは「クイックサービス」の副社長を務めており、現場に出向くことの多いAに代わり、事務方の仕事を担当している。

「っと・・電話だ」

 Tが、事務所にかかってきた電話を受け取り、商談を始めた。

「はい。はい、わかりました。では、すぐに人材を向かわせますので・・。社長、足立区の方で、カラオケの相手の依頼です」

 話を聞くと、言葉通り、カラオケに一緒に行くだけの依頼ということだった。変わり種の依頼と思いきや、こうした出張ホストやコンパニオンまがいの依頼は、意外と珍しくはないという。老人の話し相手をするだけというのもある。世の中、寂しがりやで一人ではどこにもいけないのに、悲しいかな友人がいない、という人間は意外と多いのだ。

「女性を希望か・・。非常勤の主婦を派遣できんこともないけど、危険な目にあっても困るからな・・」

 Aは腕を組み、悩んでいる様子だった。金の取れる依頼だが、リスクを考えて、二の足を踏んでいるようだ。

 ちなみに、便利屋の従業員は、人件費削減のために、多くは非常勤の社員で賄っている。フリーターや主婦など、時間に余裕がある人が暇なときに仕事を依頼し、働いてもらった時間に応じて給料を払うのである。彼らにも予定があり、召集をかけて必ず都合がつくというわけではなく、だからこそ、何人かに断られても必要な人員は必ず揃うように、分母の数は確保しておかなくてはならない。開店から一週間の時点で、「クイックサービス」にも、すでに男女合わせて20人の非常勤社員がいる。半分程度都合がつけば、イベントのサクラの依頼にも十分に対応できる。

「私・・行きましょうか?」

 悩むAに、私は申し出た。

「え?いや、ええよええよ。せっかくの休みなんだし、Nちゃんはゆっくりしとってよ」

「っていうのも、退屈で逆にしんどいですし・・。私なら度胸も体力もあるし、変なことあっても大丈夫だから、適任だと思いますよ」

「そうか・・じゃ、お願いしちゃおうかな」

 再三に申し出る私に、Aも首を縦に振った。

 依頼主の男性は、早期退職者の五十代。寂しがりやというよりは、カラオケが大好きで、人に歌を聞かせたくて仕方ないといった感じだった。そのレベルは下手の横好きといった程度であり、暇つぶしにもならなかったが、食事に高級な寿司をおごってもらい、キャバクラの営業にはなった。

「ご苦労、Nちゃん。依頼主さんは大喜びで、感謝の電話を頂いちゃったよ。さすがは、接客のプロやね」

 帰ってきた私を、Aが労った。なんであれ、人に褒められるのは悪い気はしない。

 キャバクラでナンバーに入り、月収何百万という収入を得ているといっても、私も女である。男性に従属することに喜びを感じる本能がある。店に出ているときは、松永社長や加藤店長に。それ以外では、Aに。まだ若く人生経験も不足している私には、彼らの言いなりになっているのが安全であり、最善の策でもある。

 でも、利用されるだけで捨てられたりはしない。彼らが私を蔑ろにするならば、喉笛を食いちぎってやる。女にだって意地がある。

 Aの脅迫に屈し、参加させられてしまったバトルロイヤル――。しかし、参加したからには、勝ち残ってみせる。開き直りが早いのは、男性にはない女の精神的な武器である。

 私はもう、泣いていることしかできなかったあの頃とは違う。必ずやこの手で、勝利を掴んでみせる。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第66話

 210年。中国大陸に、三つの国家が建国されていた。

 長安に首都を構え、献帝を擁立し、屈強な涼州の騎馬軍団を従え、天下を伺う宮崎勤国。河北の鄴を本拠に、正史の魏の武将と桃園の三兄弟を中心に天下を伺う、麻原彰晃国。建業に首府を構え、正史の呉の武将を中心に、北上の機会を伺う山地由紀夫国である。

 三国は、正史同様に、互いが互いを牽制し合う三すくみの状態となり、膠着した。しかし、戦力格差は確実に開いていた。肥沃な中原を押さえ、荀彧、程昱、郭嘉など、優秀な文官を抱える麻原軍が、兵力、経済力において抜きん出たのだ。あたかも東西冷戦下において、西が栄え東が自滅していったのと同様に、矛を交えずして、麻原軍が他二国を圧倒し始めたのである。

 焦った僕と山地くんは手を結び、麻原軍を西と南から挟撃することにした。大戦の火蓋が、切って落とされたのだ。が・・・。

 戦局は、1年ほどで決してしまった。無双の豪勇、宅間守を筆頭に、強力な武官を擁する麻原軍は、二国を相手どっても、圧倒的な力を示したのである。

 麻原軍は、西部戦線は押さえにとどめ、南部の山地由紀夫国の領土を刈り取っていく方針を立てた。この戦いにおいて、伝説の軍師、諸葛亮孔明と、平成の大策謀家、松永太の頭脳対決が行われたが、駒の差は明らかである。山地国はじりじりと圧迫され、216年には、すべての領土が麻原軍に併呑されてしまった。

 こうなると、我が宮崎勤国も、もうもたない。洛陽、長安の二大都市を失い、献帝も奪われ、ほうほうの体で西涼の奥地に引っ込むしかなかった。麻原彰晃は献帝を廃帝して自らが帝位に登り、新国家「馬土羅」を建国した。

 もはや天下万民誰の目にも、麻原彰晃による統一が見え始めていた。プロ野球でいえば、シーズン終盤で、首位が二位に十ゲーム差をつけてぶっちぎっている状況である。チーム単位での勝敗が決してしまったとなれば、あとの興味は個人タイトル争いということになる。

 落日の宮崎軍において、正史における蜀の丞相、姜維の如く孤軍奮闘する男・・加藤智大。加藤は魏の勇将、張遼や夏候兄弟を相手に一騎打ちで勝利し、さらに、豪傑関羽と切り結んで敗走させるという、大活躍を見せていた。

 加藤と宅間が戦わば、勝つのはどちらか・・?天下万民の興味は、そこに集約されていった。

 218年、麻原軍が総力を結集した涼州討伐において、その機会は巡ってきた。加藤と宅間、中華最強が決まる瞬間が、ついに訪れたのである。このとき、すでにプレイヤー勢力が滅亡していた山地くんは、コンビニにタバコを買いに行っていた。この戦いが見れなかったとわかれば、さぞ悔しがるだろう。

 一騎打ちは、はじめ、呂布から方天画戟を奪った宅間が優勢に進めていった。加藤も関羽から奪った青龍偃月刀で対抗するが、力の差は明らかで、じわじわと体力ゲージを削られていく。このまま勝負が決まるかと思われたが、突然、加藤の身体から気焔が上がった。戦法が発動したのである。これで体力ゲージは、互角となった。あと2、3太刀で、勝負は決まる。僕と菊池くんは、固唾を飲んで画面を見守った・・が。

 玄関のドアが開いた。山地くんが帰ってきたのではないことは、重量感溢れる足音でわかった。

 僕が、逃げて、という前に、菊池くんは脱兎のごとくベランダに走り、持ち寄ったロープを柵にかけた。アクロバティックな動きで柵を乗り越えると、そのまま地上を目指し、凄い速度でロープを伝って降りていった。さすがは、拘置所の厳戒態勢を潜り抜けて、脱獄を成し遂げた男である。

 地上に降りたった菊池くんは、そこから僕に一礼し、瞬足を飛ばして去って行った。朴訥な印象だったけど、頭の回転は結構早いし、なかなかいい奴だったな。彼は麻原彰晃の軍団に所属しているから、なかなか難しいかもしれないけれど、できたらまた、遊びたいな。

「ただいま、勤さん。あら、ベランダなんかに出て、どうかなさったの?」

「おかえり。いや、いい天気だから、ちょっと外の空気が吸いたくてね」

「こんなに曇ってるのに?変な人ね」

 会話をしながら、僕は菊池くんがかけたロープを回収し、山地くんにメールを送り、緊急事態が発生した旨を連絡した。遊びはお開きとなり、僕は、ゲームの電源を切った。

 そこで、大変なことに気づいてしまった。宅間守と加藤智大・・どちらが勝ったのか、確認するのを忘れてしまった・・。中華最強の豪傑の座は、空位のままで終わってしまったのだ。僕は激しく後悔したが、後の祭りである。

「ねえ勤さん。ちょっとまた、お仕事を頼みたいのだけど、よろしいかしら」

 仕事の依頼は久々だった。前回の仕事のときに、山地くんとの出会いを果たしたのだっけ。

「うん、わかった。それで、どこの誰を殺せばいいんだい?」

「あら、珍しいわね。いつもは何だかんだ言って逃げようとするのに、今日はやけに素直じゃない」

 木嶋香苗が、太陽が西から昇ったのを目の当たりにしたような顔をする。

「僕だって、子供じゃないからね。共同生活の義務くらいはこなすさ」

 仕事は嫌いだ。たとえそれが、殺人であってもだ。
 
 人から命令されることが、嫌で嫌で仕方ないのだ。
 
 だけれど―――。友達と一緒なら。
 
 山地くんと一緒なら、嫌な仕事も、楽しいレクリエーションになる気がした。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第65話

 宮崎勤たち三人は、「三国志Ⅷ」を開始した。シナリオは、194年。陶謙を討ちに徐州へと侵攻した曹操の背後をつき、呂布が兗州で旗揚げした年である。この年代は、全体的に突出した勢力がなく、在野の武将も多く、群雄割拠として一番面白い年だ。

 僕たち三人はいずれも、どの勢力にも属していない、在野武将として中華に降り立った。この立場は一番自由で、既存の勢力に仕官することもできれば、人材を集めて自ら旗揚げすることもできる。僕は西涼の馬騰軍に仕え、山地くんは人材集めに専心し、菊池くんは、洛陽で旗揚げしていた麻原彰晃軍に属した。

 初め快進撃を見せたのは、麻原彰晃軍だった。バドラの人員に加え、徐晃や黄忠など、この時点では在野だった優秀な武将の活躍で、洛陽に加え長安や許昌、さらに荊州北部にまで版図を広げ、瞬く間に中原の最大勢力に躍り出た。

 だが、諸侯は麻原彰晃の一人勝ちを許さなかった。「三国志Ⅷ」には、連合軍というシステムがあり、突出した勢力が出ると、全国の軍を糾合して攻め込むことができる。正史では、悪名高い董卓がこれを食らったことで有名だ。

 全国の大軍で四方八方から攻めかかられた麻原彰晃軍は壊滅し、洛陽を放棄して放浪軍となった。変わって洛陽に入ったのが、我が馬騰軍だ。馬騰軍では、麻原軍が廃帝しようとした献帝を擁立し、手堅く天下を狙う方針を固めた。

 年代は198年になっていた。この頃には山地由紀夫軍も長江流域で旗揚げし、小覇王孫策と、熾烈な領土争いを繰り広げていた。

 そして199年、麻原彰晃軍は、河北で再起した。この頃、曹操に滅ぼされていた劉備軍のうち、在野となっていた劉備、張飛、孫乾など優秀な武将を配下に据え、更に遼東の公孫瓚を滅ぼして趙雲を配下に据えるなど、着実に勢力を拡大していた。

 「演義」では、この時期すでに公孫瓚は袁紹に滅ぼされ、趙雲は袁紹麾下に据えられていた劉備の元にいるはずだが、これはゲームであるため、各勢力の方針や伸長速度はまちまちで、実際の歴史とは、勢力の興亡も人材の流れも、まったく異なる結果となっている。まあ、ゲームだから当たり前だが。

 201年になると、我が馬騰軍は、五斗米道を下して漢中を制し、中華の西北部を完全に固めた。人材も、錦馬超を筆頭に、もとは在野だった加藤智大、角田美代子、金川真大などを加えて厚みを増しており、経済力だけなら全勢力トップに立っていた。

 が。ここで、僕が反乱を起こした。僕はこの時期、馬騰軍の都督となり、最前線の洛陽で大軍を預けられていたのだが、その力を全て、大恩ある主君を滅ぼすことに振り向けたのだ。

 血で血を洗う戦いが始まった。馬騰軍には馬一族、宮崎軍には加藤智大らバトルロイヤル参加者が味方するという構図で、初めは一進一退であったが、漢中攻防戦にて、加藤智大が馬超、龐徳の二大武将を一騎打ちで連破したところから均衡が破れ、鍾繇・張既など、内政の得意な武将も寝返ったことにより経済力も開き、203年を迎えるころには、主君の領土をすべて奪い取ることに成功した。

 だが、その宮崎軍は、最大勢力にはなれなかった。袁紹を滅ぼして河北を制した麻原彰晃軍は、さらに返す刀で、乱世の姦雄、曹操に攻め込んでいった。天下分け目の決戦、ネオ官途の戦いが始まったのである。この戦において、まず、曹操軍に所属していた呂布が裏切り、麻原軍についた。そして、その呂布と、平成の怪物、宅間守との一騎打ちが実現した。

 戦いは熾烈を極めた。呂布と宅間守は、同じ武力数値100だが、強力な武器である方天画戟を持っている分、実数値では呂布が8も上回っている。宅間守は敗北し、怪我を負ってしまった。

 呂布が宅間を破った勢いのまま麻原軍は南下し、中原の主要都市を次々に落としていった。もはや大勢は決したが、一人、諦めなかった男がいた。宅間守である。宅間は麻原軍の張飛を破って、武器である蛇矛を手に入れると、さらに趙雲を下して、完全に名誉を挽回した。そして、天下無双の豪傑、呂布とのリベンジ戦に挑んだのである。

 再戦は初め、呂布優勢のもとに進められた。蛇矛を手に入れ、多少は数値の差は埋まっているが、まだ力関係は逆転していない。このまま呂布の無敗伝説は続くのかと思われたそのとき、宅間守の戦法が決まった。呂布は落馬し、そのまま絶命した。宅間守が、中原最強の称号を手に入れた瞬間だった。

 しかし、その宅間守が、沈みゆく泥船から脱出し、麻原軍に寝返った。これで勝負は決した。乱世の姦雄、曹操は麻原彰晃によって滅ぼされ、その人材は大半が麻原の配下となった。

 同じころ、江南の山地軍も、孫策を破り、首都を建業に定めて長江流域で勢力を拡大していた。軍師の松永太の采配の元、さらに荊州南部の劉表軍を破り、中華南部に地歩を固めていく。松永太の切り崩しは見事で、麻原彰晃軍に攻められる曹操軍から、多数の人材を横取りすることに成功していた。

 そして204年、宮崎軍と山地軍は双方手を結び、蜀の地へと攻め込んだ。宮崎軍が北部、山地軍が南部と、きれいに領土を分け合い、ここに三国が鼎立した。

 バトルロイヤルの前哨戦は、さらに苛烈な後半戦へと向かって進んでいく――。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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