凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十五話

 

 宅間守と金川真大は、角田美代子の配下、上部康明が運転するワゴンRで、角田のアジトへと向かっていた。助手席には、角田の右腕的存在である、福岡看護師保険金殺人事件の主犯、吉田純子も乗っている。

「あんたら、いい食いっぷりね~。育ちざかりの子供みたいで、可愛いっ」

 吉田がからかうのを聞き流し、宅間はコンビニ弁当を貪り食った。味も栄養バランスも関係ない。これが実はドッグフードだと言われても、自分は箸を止めないだろう。ただひたすら、胃袋を満たすことのみに専心し、貪り食った。

 腹が膨れてきた頃に、ワゴンは世田谷に建つ四階建てマンションの前に停まった。この時点ですでに、飯を食うという宅間の目的は達成されてはいたのだが、他に予定があるわけでもなし、とりあえず、角田には会ってみることにした。エネルギーも補充されたのだし、もし襲われたなら、返り討ちにして資金を強奪すればいい。

 エレベーターで最上階へと昇り、宅間達は部屋へと案内される。

「姐さん、連れてきたよ。宅間守と、金川真大」

「おう。よく来たね。まあ、くつろいどくれよ」

 宅間と金川を迎えたのは、妖怪のような風貌をした老女だった。宅間はソファに腰を降ろすと、角田の配下たちに視線をやる。角田が座る、玉座のような一人掛けソファの左右に立っている男が、藤井政安、松本健次の二人だそうだが、どっちがどっちだかはわからない。角田の後ろに控えめな面持ちで立っている女が、石川恵子か。この女は、なかなかの美人だ。違う立場で出会っていたなら、口説くか犯すかしていたところだ。

「んで、話ってなんや」

「まあ、そう急くな。関西出身の大物二人が顔を合わせたんや。まずは、郷土の昔ばなしにでも花を咲かせようやないか。そや、酒でもやるか。純子ちゃん、魔王だしたって」

 角田に命じられて、吉田が酒棚から、焼酎「魔王」の瓶を取り出した。すでに開封済みである。グラスに注がれた「魔王」がテーブルに置かれるが、宅間はそれには目もくれず、タバコに火をつける。

「せっかくやが、これは片づけてくれ。何が仕込まれてるか、わからんからな。出すんなら、缶ビールか何かにしてくれや」

 宅間が言うと、角田は嬉しそうに皺だらけの頬をくちゃくちゃにし、目を細めた。

「やはり、あんたは私が見込んだ通りの男だ。気に入ったよ。それじゃ、頼み事をさせてもらおうかね。あたしと、同盟を結んどくれよ」

 思っていたのとは違う誘いに、宅間は首を捻る。

「同盟?ワシを下に付けたいんやないのか?」

「あんたを意のままに出来ると思うほど、あたしは自惚れちゃいないよ。普段は行動を別にし、いざってときにだけ手を携える。あたしは金を、あんたは武力を提供する。あくまで対等な立場で、お互いを支援しあうのさ」

「ちょっと都合よく考えすぎなんちゃうか?そんな約束、ワシはいつ反故にするかわからんぞ?」

「それは、あんたを配下に据えたとて同じことやろ?あんたほど仁義や信義って言葉から遠いところで生きてきた人間はいないからね。それを承知しているからこそ、配下ではなく同盟者になってくれと申し込んでるんだよ。対等な立場なら、返ってくるものは小さいかもしれないが、恩を仇で返されるってことにもならないからね」

 宅間は考え込んだ。この角田という女がどんな罪を犯したのか、詳しくは知らないが、この女が確かな戦略眼の持ち主であり、また類まれなる人心掌握術の持ち主であることは、生前の評判からわかる。軍団の規模も大きく、同盟を組めば、頼もしい協力者となってくれることは確実だろう。それよりなにより、当面の資金のことがある。とにかく金が必要なのは確かであり、それがないと生きていけないのだから、角田の申し出は渡りに船ではないか。

「ええやろ。オバハンと組んだるわ」

 それ以外に、選択肢は考えられなかった。バトルロイヤルに、どこのどいつが参加しており、誰が誰と組んでいるのか知る由もないが、麻原のオッサンは敵に回してしまったし、この先、角田以上の勢力と同盟を組むチャンスが訪れるとも思えない。大局的見地で物を見るということがまったく苦手な自分であるが、この選択には間違いはないはずである。

 同盟が締結されると、宅間と角田は、それぞれ、お互いの情報を交換し合った。宅間が自分の戦歴を紹介すると、角田は満足そうに頷く。宅間が話し終えると、今度は角田が、参加者名鑑を開きながら、何人かの有力犯罪者をピックアップし、自分に紹介して聞かせた。

「組織の頭目クラスから紹介していこうか。まずは、あんたが戦った麻原彰晃。この男に関しては、説明するまでもないやろう。次に、重信房子の軍団を陰で仕切っとる、松永太。あたしが一番警戒しているのがコイツだね。何を仕掛けてくるかわからん、参加者いちの策士だよ。それから、スナック保険金殺人の八木茂。こいつも厄介な相手だね。連合赤軍の永田洋子、永田との死闘を生き残った小林正、一家全員で参加しとる北村ファミリーなんかも、最近伸びてきているみたいだね」

 誰が誰やらさっぱりわからんし、極めてどうでもいいのだが、重信房子とかいう女は美人だと思った。目が神がかっているというか、あまりにイノセントに過ぎるというか、自分や角田のような欲に満ちた獣とはまた違った狂気性を放っているのが印象的である。インテリというのも好みの要素である。しかし、この女とヤルことはないだろう。賢いオスは、交尾が終わった後に食われる可能性のあるメスには手を出さないのだ。

「次は、戦闘の面であんたの相手になりそうな奴を挙げていくか。まずは、加藤智大。2008年、あんたが池田小で暴れたちょうど同じ日に、秋葉原で7人を殺った男だ。戦闘力だけならあんたにも匹敵する、参加者屈指の豪傑だよ」

 宅間は怪訝な面持ちを見せる。こんな虚弱そうなガキが、2tトラックのアタックでかなりの数を稼いだとはいえ、成人7人を殺ったなど、信じられる話ではなかった。もっとも、隣に座っている男も、学ランでも着て歩いていたら学生と見分けがつかない坊ちゃん面のくせに、ミニ宅間などと言われるほどの事件と法廷での暴れっぷりを披露したのだから、見た目では判断できないが。まあ、このガキが本当にそれほどの戦果を挙げたのなら、いずれあいまみえる日も来るだろう。そのときには教えてやる。本当の悪魔と、ただ悪魔になろうとしただけの男の、器の違いというものを。

「そこにいる金川は味方だからいいとして、短時間での大量殺人の日本記録を持つ、都井睦雄。あんたが戦った、造田博。深川通り魔事件の川俣軍司。この辺りが目ぼしいところかね。あ、そうそう。ここにいる上部康明も、あんたらの同類だよ」

 自分と金川を、アジトまで運んだ男か。この男もまた、どうにも冴えない、印象の薄い男である。ここまで来ると、通り魔殺人とは、むしろ自分のような、見るからにデンジャラスな男が起こす方が異端なのではないかという気もしてくる。

「ふむ。そうだ、この上部はあんたにやるよ。似たような犯罪を起こした同士、そっちの方が居心地がいいだろう。どうせ戦闘のときには力を借りるんだから、あたしの戦力ダウンにはならないしね。あたしらとのパイプ役として、可愛がってやってくれ」

 別に一人で行動したって構わない自分からすれば、正直、有難迷惑な話ではあったが、角田から人質を取るという考え方なら、使ってやるのも悪くないのかもしれない。麻原軍との戦いでパシリがいなくなってしまったことでもあるし、連れていってやるとしようか。

「その他で、あたしが個人的に警戒しているのは、映画のモデルにもなった連続強殺犯の、西口彰だね。詐欺や強盗、殺人、あらゆる悪事を働きながら全国を行脚した逃亡犯。あたしの頭脳に、あんたの戦闘力、福田和子の逃亡術。それらを足して3で割ったような、個人の総合力では最高の男だろうね」

「別にビビることはないやろ。ようは、どれをとっても中途半端な器用貧乏ってことやないか。その道のオーソリティのワシとオバハンが組めば、何も怖くないやろ」

「頼もしいことを言ってくれるじゃないか。おっと、もう夕食の時間だね。あんたらも今日はここで食ってお行きよ。なんなら、泊まっていってもいいよ」

「お断りや。毒でも盛られたら敵わんわ。オバハンとワシは、戦略的に手を携えただけ。仲良しになったわけでもなんでもないんやからな」

 宅間が警戒しているようなことを言うと、角田はまた、嬉しそうに笑う。

「そうだったね。じゃあ、今日は、当面の金を持って帰りな。携帯は、いつでも繋がるようにしておくんだよ」

「24時間365日。来年の3月1日まで繋がるようにしておくわ」

 再び、二人の笑みがシンクロする。頭脳の角田と、戦闘の自分。この二人が組めば、どんな参加者も怖くはない。そして、この女も、けして怖くはない。
 
 言葉より刃。これだけ思想や化学が発達した世の中でも、最後に物を言うのは腕力なのである。小賢しい策など、力で捻じ伏せる。相変わらず生に執着はないワシやが、人の意思で命を奪われるのは我慢ならない。ワシを殺せるのは、ワシだけや。ワシを殺そうとする奴は、必ず殺す。たとえ、恩人であってもや。

「ほなな、オバハン。おいお前ら、行くで」

 宅間は、角田から受け取った50万円をポケットにねじ入れ、席を立った。
 
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十四話



 宅間守と金川真大が食を断ってから、三日目に突入しようとしていた。
 
 宅間と金川が麻原軍から奪った金は、8万2千円。その全てを、スーツ代と、ねるとんパーティーでひっかけた女との遊興費に使ってしまった宅間たちは、深刻な金欠病に侵されていた。
 
 「ファミリーマート」の前で座り込む宅間の鼻孔に、新商品「チーズナゲット」の臭いが侵入してくる。丸一日洗っていない女の陰部に非常によく似た臭いであり、体調万全ならこの上なく性欲をそそられる淫靡な香りなのだが、飢餓状態に陥った今の自分には、腹が鳴るだけだった。人間の欲求は性よりも食が上位にあることを、つくづく思い知らされる。

 昨日までは、腹が減った、腹が減ったと、300回くらい喚き、余計に自分を苛立たせていた金川も、今日は口数が少ない。生の本能が、無駄なエネルギーを消費しないよう、不平不満の多い性格までを変えてしまったようだった。

 目の前では、部活帰りの厨房が、うまそうにフライドチキンを齧ってけつかる。食の欧米化が、子供の非行や適応障害に繋がっているのではないかとの説を唱える学者は少なくないが、そういえば自分もガキの時分はよく、家事嫌いのおふくろが買ってくるファーストフードを食っていたものだ。

 奴らの食い物を強奪したいところだが、委員会からの警告メールが、自分を躊躇わせている。自分は万引きも得意なのだが、Gメン一人雇う金のない、自分から見ればどうぞご自由にお盗りくださいと言っているとしか思えない個人商店を見ても、ただ指をくわえているしかない。こんなことでは、なんのために娑婆に出てきたのかわからない。不自由なものである。

 厨房は、食い終わったフライドチキンをゴミ箱に捨てもせずに去っていった。フライドチキンには、まだ食える肉がたっぷりと付いている。まったく近頃のガキは、もったいない食い方をしおって。粗末に扱ってええのは、女だけやろうが。

「おい、小僧。今、コンビニん中に、ドラクエⅧのゼシカちゃん似の、プリプリした身体の女が入っていったで。追ってったほうがええんちゃうか」

 宅間は嘘をついて、金川をこの場から遠ざけようとした。職場で自慰行為を働いていたところを見られた際、腹いせに精神安定剤をお茶に混入したほどプライドが高い自分には、人前で拾い食いをするなどは、考えられなかった。

「嘘つかねーでくださいよ。さっきから入口見てましたけど、誰も出入りしてませんでしたよ。それに、今腹減りすぎて、ゼシカとか興味ないっすよ」

 言うことに従わない金川に腹はたったが、気持ちはよくわかった。自分とて、今この状況で、篠原涼子のような自分好みの美熟女が通ったとしても、まったく興味もわかないだろう。

 この上は羞恥を押し殺して、人に見られてでも拾い食いをするしかないのか。決断を迫られていたところで、携帯電話が鳴った。娑婆に出てからこれまで遊んだ女どもからは、ちょっと乱暴をし過ぎたせいで全員から着信拒否を食らっていたはずだったのだが、向こうからかけてくるとは。やはり、自分の味が忘れられなかったのだろう。可愛い奴め。まずはしゃぶしゃぶを奢らせ、精力を回復させた暁には、たっぷりとブチ込んでやるとしようか。

「宅間守だね。今、どこにいるんだい?」

 受話口から漏れてきたのは、年上でも生理があがったかあがらないかくらいまでイケる自分でも、さすがにお断りの年齢の女の濁声だった。

「どこって、大田区のファミリーマートの前や。というか、誰やねんお前。お前の声なんぞ、ワシは知らんぞ」

「角田美代子。バトルロイヤルの参加者さ。知ってるだろう?」

「角田美代子・・?ああ。そういや、尼崎にいたころ、あんたの噂を聞いたわ。ゴットマザーみたいなオバハンがおるっての。なんや、あんた、捕まっとったんか」

「あんた・・知らなかったのかい?呆れたね、参加者名鑑を見てなかったのか。まあいい。ちょっとあんたに用があるんだ。なに、あんたにとっても悪い話やない。これから人をやるから、詳しい番地を教えとくれよ」

「ちょ、ちょう待てや。なんでオバハン、ワシの番号を知ってるんや」

「アホ。あんたが出会い系サイトに登録して、自分で番号を載せとったんやろ」

「・・そやったか?まあええわ。ワシ、一昨日から何も食ってないねん。飯ごちそうしてくれたら、話の一つでも聞いたるわ」

「わかったわかった。待っとき」

 宅間は角田に、付近の電柱に書いてある番地を伝えた。角田の配下が、三十分くらいで到着するという。

 今の自分は衰弱している。数日前に戦った、造田博とかいう小僧のような強者でなくとも、並程度の腕力がある男なら、簡単に命を取れるだろう。本来なら、角田美代子の話は信用するべきではないが、「腹に背は代えられない」。忌み嫌うホームレスのような振る舞いをするくらいならば、首を取られたほうがマシだった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十三話

 松永太が、加藤智大から松本美佐雄殺害の連絡を受けたのは、指定暴力団、山崎組の応接室だった。

「ほっほう。いい手際でんなあ。さすがは秋葉事件で名を馳せた加藤智大や。要領ばっかり良くて肝心なときに役に立たない、最近の若い衆に見習わせたいくらいですわ」

 殺害の様子を伝えた山崎組幹部が、手を叩いて感心する。自分も、近頃の加藤の成長ぶりには、感動すら覚えていた。

 松永は、殺害現場を直接見たわけではないが、加藤の説明を受けて、その様子は手に取るようにわかった。そこが重要なのだ。殺害の状況を、微に入り細を穿つように説明できるほどよく記憶している、その冷静さ。その精神的成長こそが、もっとも大きな収穫なのである。

 数日前、杉並区のグラウンドで、バドラ麻原軍と、宅間守軍の抗争が起きたと、正田昭から報告が入った。その際に、あの男、宅間守が見せた鬼神のごとき立ち回りの凄まじさを聞いて、自分は、体中を走る戦慄を抑えることができなかった。宅間守。やはり現時点では、あの男が最強である事実は、疑いようもなくなった。加藤智大の成長も目覚ましいが、宅間の域には達していない。

 自分が思うに、加藤智大が宅間守にもっとも及ばないのは、精神的な未熟さだ。幕末の動乱期、名門道場の剣士が田舎道場の剣士に不覚を取ることが珍しくなかったことからもわかるように、殺し合いでもっとも重要なのは、技術ではなく胆力である。法廷で開き直り、ロシア最悪の殺人者、アンドレイ・チカチーロも真っ青の暴言を吐いた宅間の悪は、極まっている。対して加藤智大は、法廷では、事件の際に見せた暴れっぷりが嘘のような大人しい姿を見せている。動機に関しても、当初の報道内容とはまったく異なる、どうにも要領を得ない供述をしていた。

 こういう言い方はどうかとは思うが、加藤は「日和った」のである。幼いころから反社会的な行動を頻発させていた、先天性の人格障害者である宅間と、母親の教育や、格差社会に性格を歪められた要素の大きい加藤の違いということもあるだろうが、宅間に比べて加藤の態度が、卑怯未練とまで言っては言い過ぎかもしれないが、潔くはないものだったことは否定できない。

 しかし、自分は悲観していない。加藤が宅間に及ばないのは、あくまで現時点の話なのである。年齢的にもおそらくこれ以上の伸びしろはない宅間に比べ、加藤にはまだ成長という上積みの可能性が残されている分、宅間を超えることだってあり得るのだ。幸いにもまだ時間はある。教育係である重信房子には、頑張ってもらわなくてはならない。あの女は加藤に持てる全てを伝え、自分に殺されていくのだ。

「ごくろうやったな、松永はん。ほいで、次の頼みやが・・今度は殺害の依頼やのうて、保護の依頼なんや。実子殺害事件の畠山鈴香を、来月の二十日以内に殺されんように、匿ってほしいんや」

 幹部の依頼に、松永は心の中で手を叩いた。資金援助とともに、戦力の充実が図れる。一石二鳥の依頼である。

「了解しました。他には、何かありませんか?」

「え?他にはって、一つだけでも大変やろ」

 見くびってもらっては困る。畠山鈴香の居場所など、自分はもうとっくに掴んでいる。例によって、前上博の嗅覚による成果だ。民間の調査会社を利用することで、生活パターンも把握済みだ。説得して戦力に加えるなり、無理やり拉致するなり、依頼の内容を現実のものとすることなど、今すぐにでも出来る。

「ご安心ください。畠山鈴香の保護などは、すぐにでも叶えて差し上げますよ。二兎を追う者は三兎をも得る。それが私の信条ですから」

「ほ、ほうでっか・・。そりゃ、頼もしい限りやな。そんなら、顧客から依頼が入り次第、報告しますわ」

 顧客―――。「ブラック・ナイトゲーム」の会員。

 「ブラック・ナイトゲーム」は、ユーロマフィアが主催する秘密結社で、政治、紛争、スポーツ、果ては自然現象に至るまで、地球上で起こるありとあらゆる事象を対象に、賭け事を催している。会員は世界の富豪、裏社会の実力者など500人を超え、一度イベントが開催されれば、国が一つ傾くくらいの金が動く。

 そのイベントに、どこから情報が漏れたのか、今回のバトルロイヤルが選ばれたのだという。最後に生き残るのは誰かという話はもとより、いつ、誰が、どこで、誰に殺されるのかなど、かなり細かい項目までが、オッズの対象になっているという。

 賭け事には出来レースが付き物だ。会員たちは、それぞれが日本のヤクザとコンタクトをとり、自分が支持する参加者を生き残らせるよう、また、自分が消したいと思っている参加者を殺すように依頼し始めた。ヤクザは自分たちの手で参加者を殺すこともできたが、そこは手を打つのが早いグランドマスターが、日本中のヤクザの有力者、および「ブラック・ナイトゲーム」の会員にお触れを出し、参加者に手だしをすれば、委員会がただちに始末に向かうと警告した。ただ、バトルロイヤルを賭け事の対象とすることそのものは、容認したのだという。


 自分たちで手を下せなくなったヤクザは、各々で参加者を囲って、自分たちの手駒として動かす方針に切り替えた。ヤクザの方から、参加者にコンタクトを取り始めたのだ。

 ならば自分からヤクザに接触した自分は無駄骨を折ったのかといえば、そうでもない。関東に最大勢力を持つ佐野会の系列と手を結んだということは、裏社会の住人全てを味方につけたことと同義だからだ。

 ちなみにグランドマスターは、ヤクザが参加者を支援するのは認めたが、特定の参加者を殺した報酬として、参加者に金銭を与えることは禁止した。それではまるで殺し屋になってしまい、参加者の意思がまるでなくなってしまうからだ。また、あの男は、どうしても、参加者がアルバイトなどをして自分の力で生計を立てるところが見たいらしい。ただこれに関してはいくらでも抜け道はあるだろうし、全ての参加者、ヤクザが守るかどうかは、疑わしいものだが。

 今はまだ水面下で動いている状況であり、大勢に影響はないが、時間が経つにつれ、その影響は無視できなくなっていくだろう。「ブラック・ナイトゲーム」の動きを押さえておくこと、それが、終盤の戦いを制する一因になるのは間違いない。

「わかりました。それでは私は、店の方に顔を出さなければならないので、失礼します」

 松永は幹部に挨拶をし、組事務所を辞していった。

 死の恐怖に満ちた町で、暗い陰謀が、静かに動き始めていた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十二話

 

 加藤智大は、松村恭造、尾形英紀とともに、松本美佐雄の勤務するコンビニエンスストア「ファミリーマート」を、車の中から見張っていた。

 数日前、僕たちの軍団は、中古店でハイエースを購入していた。車は移動手段としてだけでなく、武器や臨時の住居としても使える。あって損はないアイテムである。

 ちなみに、バトルロイヤル開始から50日が過ぎた現在の段階で、僕たちの軍団は、いまだに本拠を構えていない。歌舞伎町にオープンしたキャバクラが、一応の城といえるが、生活までそこでしているわけではない。ホテルを転々とする、ジプシー暮らしだ。

 どこか一か所に定住するのは、施設を思う存分に強化できるし、コスト面で有利など、メリットも大きいが、やはり特定されやすい分、リスクも大きい。日中、起きているときはいいが、夜、身体を休めているときは、どうしたって隙が出てくるものだ。不測の事態に備えるため、僕たちは常に、三階建て以上のビジネスホテルの最上階で寝泊まりをしている。

「あっ。出てきた」

 松村くんの声で、後部座席で休憩をとっていた尾形さんが起き上った。二人が、松本に注目しつつ、僕の方にチラチラと視線を向ける。彼らは、僕の指令を待っていた。

 松本は狙われる立場、こっちは狙う立場。向こうは一人、こっちは三人。まず勝ちは動かない状況である。となれば考えるべきは、いかに損害を抑えるかということ。そして、いつか来るであろう大戦に備え、いかに質の高い実戦経験を積めるか、ということだ。僕はすでに、渡辺清を殺した経験があるが、松村くんと尾形さんは、今回が初めての実戦だ。彼らが初陣で、今後の自信に繋がるような成果を挙げられるようお膳立てをしてあげるのが、先輩の務めである。僕の責任は大きい。

 試してみたい戦術がある。ゴルフボールを用いた、投石攻撃だ。

 原始時代、人間は英知とともに、投擲能力を獲得したことで、生態系の頂点に立った。言うまでもないが、基本的に戦いは、射程距離が長い武器を持っていた方が有利である。漫画や映画などで、銃を持った相手に剣やナイフで立ち向かう登場人物が持て囃されるのも、それが普通に考えれば不利であるという認識が、観ている者の頭の中にあるからだ。
 
 投擲武器を使いこなせる人間と、殴る蹴るしか能がない人間が戦えば、その戦力差は、原始時代の猛獣と人間以上に広がる。硬いゴルフボールなら、当たり所が悪ければそれだけで相手の命を奪えるし、少なくとも怯ませることはできる。その隙に距離を詰め、殺傷力の高い刃物でとどめを刺す。

 ただ、その戦術を使えるのは、開けた場所限定である。広いグラウンドで野球のピッチャーと格闘家が戦えばピッチャーが勝つが、6メートル四方のリングでは、立場は逆転する。
狭い室内では、モーションの最中に刺されてオシマイなのだ。飛び道具は万能ではない。

「行きましょう」

 僕の合図で、三人が一斉に車から飛び出した。この辺りの道は、頭の中にしっかりとインプットされている。僕たちは三手に分かれて、松本がT字路に入ったところで包囲した。松本から見て左に松村くん、右に尾形さん、背後に僕、という位置関係である。

 作戦では、ここで松村くんと尾形さんが、ゴルフボールを投げつけるはずだった。が。二人とも、しまった、という風に口を開けて、なにやらマゴマゴしている。極度の緊張から、車の中にゴルフボールを忘れてきてしまったようだ。仕方ない、作戦変更だ。ゴルフボールを投げる役割は、僕が負うことにした。

 ポケットの中から、ゴルフボールを取り出した。よく狙いを定める。ワン・ツー、とステップを踏み、身体を前に押し出した。タメを十分に作ってから、腕を振り上げる。肘をしならせ、指先を最後までボールにかけて、全身の力をしっかりと伝え、ボールをリリースした。
 
 白球が空気を切り裂き、松本の身体目がけて飛んでいく。重信さんにも教わったが、素人が頭部などを狙っても、まず当たらない。それよりも、相手の胸部付近を狙って投げ、球が上手いこと荒れてくれればいいという考え方で投げた方が、結果的には急所に当たるという。投げるのが火炎瓶だったならば、急所を外しても相手に甚大な被害を齎せるのだが、薬品の使用は、今の段階では禁止されている。投剣や投げナイフでは精度が落ちるし、飛距離を得られないということで、僕たちの軍団では、投擲武器にはゴルフボールを採用していた。

 枯れ木が折れたような、渇いた音が響き渡る。ボールは、松本の右ひじを砕いたのだ。人間の骨なんてのは、簡単に砕けるもんなんだな。意外と冷静に、そう思った。松本はポケットから武器を取り出そうとしたようだったが、脳の指令は前腕から先に伝わらず、ただ、困惑していた。

 いけない。観察している場合じゃない、指示を出さなければ。

「二人とも、行けッ!殺せっ!」

 僕の指示で、あたふたしていた二人が、それぞれダガーナイフを抜いて、弾かれたように飛び出す。腕の機能を奪われた松本は反撃できず、僕の方に向かって逃げてきた。動かぬ腕をぶらつかせ、やみくもに走る松本。すれ違いざまに足払いをかけると、松本はもんどりうって倒れた。

「今だ・・っ」

 トドメを刺せと命じようとした、そのときだった。前方から、二十代の学生風の男二人が歩いてくるのが見えた。見られたらまずいか?いや、バトルロイヤル中に僕たちが起こした殺人は、世間には公表されないよう、情報統制がされている。現在、バトルロイヤル参加者は、10人が命を落としているが、彼らの死は明らかになっていない。問題はない。

「殺れっ!」

 血しぶきが舞い、アスファルトに赤い海が広がった。二度、三度、四度・・。松村くんと尾形さんが、壊れた機械のように、繰り返し、ナイフを振り下ろす。僕がストップの指示を出しても一回では聞かず、三回目でようやく止まった。二人とも目は血走り、喘息の発作が起きたときのような、凄い呼吸をしている。

 酷い取り乱しようだが、人を殺してしまったとき人間が見せる反応としては、それが自然と思えた。僕も、初めての殺人のときはそうだった。が、バトルロイヤル開始後、渡辺清を殺したときの僕は、自分でも驚くほど冷静だった。今もそうだ。僕はもう、人間ではない何かになってしまったのだろうか。

 肉塊となった松本美佐雄は、白目を剥き、舌を出して、小刻みに痙攣しながら、血の海に浮かんでいる。目撃者の二人は、彫像のように固まって、地獄絵図を眺めている。この体験はPTSDとして、彼らの人生に暗い影を落としてしまうのかもしれない。僕が「あの町」で起こした事件に巻き込まれた人たちの中にも、きっと・・。

「よし。引き上げるぞ」

 目撃者から視線を切り、撤退の指示を出した。車に向かって走る僕の後ろに、二人が続く。

 娑婆に出てから、二度目の殺人。渡辺清を殺したときは、強い自己嫌悪に陥り、三日間、ロクに食事が喉を通らなかった。

 が。松本美佐雄を殺した直後の、現在の僕の胸に広がっている感情で最も強いのは、投石攻撃の有効性を確かめられたことへの満足感だった。後悔、罪悪感。まったく感じていないわけではないが、自信と満足感が、それを覆い尽くしていた。高校時代に味わった挫折以来、一度も自信など持ったことのなかった僕が、今、確かな手ごたえを感じている。自信がなさ過ぎて殺人まで走った僕が、皮肉なことに、その殺人で自信を得ている。

 そんなことで自信を身につけて、僕はいったい、何になろうとしているのだろう。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十一話

 

 宮崎勤は、シンクにあった包丁を手に取ると、仰向けに転がった服部純也の死体の腹部に突き立てた。力を込めて、三センチほど刃をめり込ませると、夥しい量の鮮血が床に流れる。一たん作業を中断し、僕は服を脱いで全裸になった。

 作業を再開したところで、問題に気付く。刃の接触面積が、三センチではあまりに少なくて、うまく力が伝わらないのだ。そこで僕は、再び刃を垂直に立てると、柄の尻に手を置き、思い切り体重をかけた。

 どす黒い血液が噴水のように勢いよく吹き出して、僕の全身を染め上げる。包丁の刃は、根元までずっぷりと突き刺さった。接触面積が増えたこの状態なら、さっきよりもずっと簡単に肉が切れるだろう。僕は包丁を両手で握り、手前に向かって引いた。鋸のようにして上下に刃を動かし、摩擦力を利用して切っていくのがポイントだ。

 じゅぶ、じゅぶ、と、血液が噴き出す音と、ぶす、ぶす、と、裂けた腸からガスが立ち昇る音が、室内に響き渡る。血で汚れるのはいいのだが、糞便と吐しゃ物を混ぜ合わせ、それを何日もかけて熟成させたような、この猛烈な悪臭は耐え難かった。換気のため窓を開けるわけにもいかず、仕方なくその場にあったファブリーズを噴霧したが、効果は焼け石に水だった。くさい臭いも、小さな女の子が発していればむしろ興奮するが、むさい男では不快でしかない。この辺りは今後の課題とし、今回は我慢するしかなさそうだった。

 十分ほどで、どうにかこうにか、腹部の肉を、200gほど切り取ることに成功した。僕は、血と体液と脂とに塗れ、テラテラと鈍い光沢を放つ肉塊を手に持ち、キッチンへ移動した。コンロに火をつけ、サラダ油を敷いたフライパンをよく熱する。油がはね始めたところで、肉塊を投下した。

 強烈な刺激臭が、鼻孔に侵入・・はしなかった。臓物と汚穢が浮かぶ血の腐海から立ち昇る悪臭のせいで、僕の鼻は、突発性の嗅覚障害に陥っているようだった。
 
 三分ほど火にかけると、肉はいい色に焼けてきた。ちょっとしたポークソテーのような塩梅である。僕は火を止めると、肉を皿に盛りつけ、食卓へと運んでいった。テーブルに置かれている唯一の調味料である醤油をかけて、肉にかぶりついた。

「ふむ」

 肉は筋張っていて硬く、皮もあるため、余計に食べにくい。だが、味の方は、そう悪くない。独特の塩味が利いていて、調味料がいらないくらいである。ジューシーで、なかなかに深い味わいである。二十数年前、僕が優しいことに使ってあげた「あの子」の指はどうだったろう。じいさんの骨は、スナック菓子みたいでなかなか美味だったな。懐かしい思い出を振り返りながら、僕は食事を楽しんだ。

 200gの肉を食べ終わると、腹が膨れてきた。そろそろ、おいとまするか。僕はシャワーを使って、身体にこびり付いた血液と悪臭を洗い流してから、また服部の「肉物体」が転がる部屋に戻り、服を着た。

 が。そこで、異変に気付いてしまった。

「くせえっ」

 僕のお気に入りの白のシャツが、耐え難い悪臭を発している。凄まじい臭いだ。ファブリーズをかけてみたが、臭いは落ちない。まるで、服部の恨みが染みついたようだ。こんな服では、とても外を歩けない。

 どうしよう。
 
 服部の服をいただくか。

 と思ったが、衣装ダンスが見つからない。なんと、服部の奴、今着ている服しかもっていないようだった。それは言うまでもなく、血と悪臭に塗れて使い物にならなくなっている。もしかしたら他の服は、コインランドリーで洗濯している途中なのかもしれない。いずれにしろ確かなのは、このままでは、裸で外を歩かなくてはならないということだ。スタイリッシュな僕に、そんなことができるわけがない。

 困った僕は、木嶋佳苗に電話してみたが、出やしない。役に立たない女め。
 
 木嶋佳苗が応答するのを待つしかないのか。鼻毛が干からびそうな、この悪臭に満ちた部屋の中で?冗談じゃない、死んじゃうよ。それに早くここを出なくちゃ、最近はまっている夕方6時のアニメに間に合わないじゃないか。
 

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 うーん。

 そうだ。

 閃いたぞ。

 この前番号を聞いた、松永とかいう奴に電話してみよう。

 僕は携帯を手に取り、登録してあった松永の番号を呼び出した。

「松永です」

 松永は、2コールで応答した。

「あ・・あ・・・えっと・・」

「宮崎さんですね。ご無沙汰しております」

 名乗ってもいないのに、松永は僕が誰かわかったようだ。用件を尋ねる松永に、僕は、現在の状況と、服部のアパートの住所を教え、服を届けてほしい旨を伝えた。松永は快く了承した。

 三十分ほど待っていると、いきなりドアが開く音が聞こえてきた。インターホンも鳴らさずに部屋に入ってきたのは、加藤とか呼ばれていた若い男だった。

「な・・なんだこれは・・」

 酸鼻を覆う光景に、加藤が顔をしかめる。そんなに引くほど、グロい光景か?まあいいや、さっさと服を寄越せ。僕はタオル一枚を腰に巻いた格好で歩み寄り、加藤が持っていた紙袋に手を伸ばした。すると、加藤はそれを後ろに隠して、

「待て。服は渡す。その代わり条件がある」

 と、僕への謎の嫌悪感と警戒心を滲ませた口調で言った。

「お前のアジトに案内しろ。一緒にタクシーに乗れ」

 なんだ。そのくらいなら、お安い御用だ。僕は加藤が持ってきた服を着た後、加藤と一緒にタクシーに乗り込み、青山のマンションへと向かった。

「おい。お前は今、誰かと一緒に行動しているのか?」

 車に乗るや否や、加藤が質問を飛ばしてきた。こいつ、さっきから生意気だな。見た目は同じ年齢くらいだが、実年齢では、僕より年下のはずだろう。なのになんだ、その口の利き方は。こいつも、肉物体にしてやろうか。
 
 いや。それは無理だ。こいつの全身から発せられるオーラ。服部に感じたそれより、数段上の強さだ。とてもではないが、戦って勝てる相手ではない。素直に言うことを聞いた方がよさそうだ。
 
「木嶋佳苗って女と一緒だ」

「現在の軍資金総額は?」

「・・金は全部、木嶋が管理してる。僕は一切触れてない」

「・・一日の生活パターンを、簡単に教えろ」

 などといった会話を交わしているうち、マンションに到着した。僕がカギを開けると、加藤は断りもせず、一緒に部屋に入ってきた。無礼な奴だが、好きにさせておくことにした。僕は今、それどころではない。六時のアニメを観るため、テレビの前でスタンバイしていなければならないのだ。

「もしもし、加藤です。宮崎勤のアジトに到着しました。奴は今、木嶋佳苗と二人で行動しているようです。木嶋は今、不在にしています」

 加藤が、誰かと電話を始めた。うるさいな、さっさと出て行けよ。アニメが始まっちゃうだろ。

「カギ・・?はい。わかりました。おい、宮崎勤。カギを寄越せ」

 加藤をさっさと追い払うため、僕は言われた通り、カギを渡そうとしたが、そこでハッと思いとどまる。

「あっ・・駄目だ。木嶋佳苗に、カギを失くしたら、カレー仲間を作ってあげないと言われてる」

「つべこべ言わず、よこせよっ!」

 加藤が詰め寄ってきた、その瞬間だった。

「やめなさいっ!加藤くん!」

 加藤の携帯の受話器から、女の大喝が聞こえてきた。重信房子・・。僕が密かに気に入っている、あの女だ。

「すみません・・」

「今日のところは、もう帰ってきなさい」

「はい」

 加藤は重信との通話を終え、携帯カメラで室内の様子を一通り撮影すると、僕になんの挨拶もせず出ていった。やっと出ていったか、野蛮人め。
 
 しかし、久々に重信房子の声を聴いて、少し興奮してしまったな。アニメが始まるまで、あと5分・・か。ギリギリで、間に合うかな。
 
 僕はフローリングの床に、仰向けになった。さっき聴いたばかりの重信房子の声を、脳内でリピートした。股間に手を伸ばす。ファスナーを開けようとした、そのときだった。

「うわっ」

 重信房子の倍は面積のある巨大な顔が、僕を睥睨していた。なんだ、帰っていたのか。

「ただいま、勤さん」

「あ、ああ。おかえり」

「私の頼み事は、聞いてくれたのかしら?」

「う・・うん。君の言う通り、殺して金を奪ってきたよ。ほら」

 僕が戦利品の財布を差し出すと、木嶋佳苗は、肉厚の頬を緩め、満面の笑みでそれを受け取った。財布の中身は、約十二万円が入っている。

「思ったより、もってなかった。ごめんね」

 本当はあと一万円あったのだが、今月発売の「エヴァQ」のDVDを内緒で買うために、すでにガメていた。

「いいのいいの。スポンサーさんがお金をくれるから」

「スポンサー?」

「ふふ。勤さんは気にしなくていいのよ」

 木嶋佳苗は機嫌良さそうに言うと、ドスドスと弾むような足取りでキッチンに向かい、夕食の支度にとりかかった。こいつ、僕に何か隠してるな。気にはなったが、尋ねる気はしなかった。アニメが始まったのだ。

「今日のメニューは、ローストビーフよ。お肉はウチに来てから初めてでしょう。気合入れて作るから、楽しみにしててね」

 うへえ。肉かよ。僕はげんなりした。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十話

 宮崎勤は、江東区のアパートで、今しがた殺したばかりの服部純也の死体を眺めていた。

 成人を殺すのは初めての経験だったが、意外にあっけないものだった。こいつは比較的最近の犯罪者だから、僕のことはよく知っているはずなのに、僕が友好的な笑顔を見せて近づくと、警戒もせずホイホイ家に上げてしまった。確かに僕の風貌が、一見穏やかで人畜無害なオタク青年っぽいのは認めるが、殺し合いをしている相手を見た目だけで判断するのはどうなのか。そんなだから、ガキの頃から何度も警察にパクられて、最後にはナンパして振られた腹いせに女を焼き殺すなんていう、しょっぱい罪で捕まっちゃうんだよ、まったく。

 殺害方法は、後ろから灰皿でドゴン!だったのだが、久しぶりに運動をしたら、ちょっと疲れてしまった。僕はしばらく、服部の部屋で休んでから、木嶋佳苗のマンションに帰ることにした。

 あの女に殺人を命令されたときは、心底ビビった。人に対して、あんなに恐怖を感じたのは初めてだ。「ネズミ人間」も怖かったが、あの女の怖さは質が違う。大魔王ミルドラース的なアレである。しゃくねつのほのおで焼かれてはひとたまりもない。

 ただ、何人たりとも、たとえ大魔王であっても、僕を支配するのは罷りならない。いつかは思い知らせてやる必要があるが、今はまだ、そのときではない。何不自由ない安穏とした暮らしを守るためには、不本意ではあるが、あの女の言葉にも従うしかない。いつか来るであろう、その日までは・・。

 その大魔王ミルドラースをデザインした国民的作家、鳥山明の代表作、「ドラゴンボール」が、書棚に収まっている。疲れが引くまでの間、ちょっと手に取って読んでみることにした。

 「ドラゴンボール」は、我が国が世界に誇る、不朽の名作である。作品単体で見れば、この作品を上回る評価を得ているマンガは、この地球上には存在しないだろう。「ワンピース」などからマンガに親しんでいった最近の子供も、「ドラゴンボール」を知るや、たちまち鞍替えする場合が少なくないという。国境も時空も越える、怪物作品である。

 僕はこの作品のファンというわけではないが、それでも、この作品がいかに優れているかは、オタとして認めなければならない。この作品を通過せずしてサブカル通を名乗ることは、もはや許されないのだ。
 
 「ドラゴンボール」が優れている点に、まず、この作品は少年誌のバトル漫画でありながら、勧善懲悪の物語ではない、ということが挙げられる。意外に思う人もいるかもしれないが、悟空はけして正義のヒーローではないのだ。その証拠に、実の息子の悟飯をわざと怒らせて覚醒させたり、自分がその気になれば防げたのに敢えて地球人を全滅させ「ドラゴンボールがあるから大丈夫」と、サラリととんでもない発言をしたり、けっこう鬼畜な一面も覗かせている。

 この話は、「戦いが大好きな少年(青年)が、強い奴と戦っていたら、結果的に世界を救っていた」物語なのである。だから嫌味がないし、クドさがない。

 僕みたいな犯罪者ではない普通の人でも、ちょっと気分が落ち込んで、暗黒面に陥ることはあるだろう。そういうとき、人はキレイゴトや、説教臭い言葉をまったく受け付けなくなる。変に正義とか言われると、逆にヒネくれてしまうのだ。キレイゴトを言わない「ドラゴンボール」は、そういうとき、元気になるために読むにはうってつけの作品なのである。

 もう一つは、斬新な敵キャラクターのデザインである。ドラゴンボール最大の敵キャラといえば、十人中九人はフリーザの名前を挙げるだろうが、彼の見た目は「気持ち悪い」である。これは革新的なことなのだ。

 普通バトル漫画においては、章を締めくくるような大ボスは、筋骨隆々の勇壮な大男に描かれることが多い。キン肉マンのバッファローマンやネプチューンマン、北斗の拳のラオウなどが代表選手か。彼らは見た目に違わず性格も気高く、敵ながらアッパレな志の持ち主でもあった。

 ところが、バトル漫画の最高傑作ドラゴンボールの大ボスであるフリーザは「気持ち悪い」のである。体格は悟空よりも小さいし、顔は病的だし、口調もオカマっぽい。性格も残虐で、共感できるところは何一つとしてない。他のバトルマンガで似たようなキャラを探せば、同時期に連載されていた「幽遊白書」の戸愚呂兄、「ダイの大冒険」のザボエラやキルバーンが挙げられるだろうが、彼らは大ボスではなかった。フリーザは、「幽遊白書」における戸愚呂弟、「ダイの大冒険」におけるハドラーのポジションなのである。そのポジションに「気持ち悪い」を持ってきているのである。

 これがいかに凄いことかわかるだろうか。見た目が気持ち悪くて、弱そうな敵を、マッチョで強そうな敵よりも強く見えるように描くことが、どんなに凄いことか、わかるだろうか。戸愚呂兄やキルバーンみたいに搦め手に頼るのではなく、純粋なパワーにおいても、強く見えるように描くのである。よほど画に説得力がないと、出来る芸当ではない。

 しかも、「気持ち悪い」系のボスキャラは、ドラゴンボールにおいては、なにもフリーザだけの専売特許ではない。その次のセルも、完全体になって多少シュッとしたとはいえ十分気持ち悪い。また、後にベビーフェイスに転向したため、あまりそういうイメージはないが、ピッコロの見た目も、先入観を排除すれば普通に気持ち悪い。魔人ブウだって、カッコよかったのはゴテンクス、御飯吸収形態だけだった。

 それでも彼らは、悟空らベビーフェイスと変わらぬ人気を誇っている。あんなにキモメンなのに、みんなに愛されているのである。最近、マンガ界にも波及している「イケメン至上主義」が、いかに甘えであるかがわかる話である。イケメンキャラを使ってしか人気作家になれない漫画家は、自分にいかに画力がないかということを証明しているようなものなのだ。本当に実力ある漫画家は、リアルなら人に蔑まれているだけのキモメンを、超モテキャラにしてしまうのだ。

 このように、まさに神的作品である「ドラゴンボール」であるが、もちろん人間が作ったものだから、まったく非の打ちどころがないわけではない。強さに制限がなく、インフレが酷過ぎることや、たった数日の特訓で別人のように強くなってしまうインスタント的な修行描写は、大人になってから読むと少し萎える部分ではある。といっても、ドラゴンボール以前からバトル漫画はそんなものだったし、後のバトル漫画にもそれは継承されているため、問題点というのは酷なのかもしれない。悪しき伝統とでもいうべきだろうか。これに関しては、今後、その系譜に一石を投じる作品が出るのを期待しようか。子供ウケは悪くなるかもしれないが、僕は支持する。
 
 また、パチンコとタイアップすれば大ヒット間違いなしの「ドラゴンボール」だが、作者の鳥山明は、なぜかその話を頑なに拒んでいる。理由は、「子供のために作ったものが大人の欲望のはけ口に使われるのが嫌だから」だそうだ。

 これは現実と矛盾している。なぜなら、「ドラゴンボール」の直撃世代は、現在、20代半ば~30代半ば。そう、今、もっともパチンコ産業に金を落としている世代だからだ。彼らに夢を与えるという姿勢なら、パチンコ化の話にも応じるべきだろう。僕はギャンブルはやらないから、個人的にはどうでもいいのだが。

 一時間くらい「ドラゴンボール」を読んでいたら、疲れも引いてきた。すると、なんだか腹が減ってきた。冷蔵庫を開けたら、ビールしか入っていなかった。葛城ミサトみたいなやつだ。コンビニにでも行こうかと思ったが、ふと思いとどまった。

 目の前に、殺したてほやほや、新鮮な人間の「肉物体」があるではないか。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十九話

 市橋達也は困惑していた。
 
 直観でわかった。あのスクーターの男は、僕を殺しにきている。逃げなくては。
 
 スクーターは小回りがきかない。一度、民家の敷地内に入るなりすれば、容易に振り切れる。しかし、もし僕が逃げたとしたら、救急車はどうする?ここは土地勘のない場所だ。一度現場を離れてしまったら、正確な場所を電話で伝えることはできない。ワタナベの容体は、一分一秒を争う。助けられるのは、僕しかいない。でも・・・。

 男がスクーターの速度を上げ、すれ違いざま、鉄パイプを横殴りにスイングしてきた。地面に転がって躱す。オーバーアクション。しかし、男がスクーターを止め、降りてくるまでの間に立ち上がり、体勢を整えるのは間に合った。

 僕は覚悟を決めた。ワタナベの命を救うには、戦うしかない。腰につけていた、伸縮式の特殊警棒を抜いた。施設警備の隊員が使う物だが、会社の管制の人に頼み込んで、一本もらったのだ。リーチは鉄パイプに遥か劣るが、扱いやすさでは上だ。初撃を躱せば、こちらの勝ちだ。

 いやな予感がした。背後から、何かが迫ってくる。安っぽい排気音。もう一台のスクーター。

 慌てて飛びのいた。完全には躱せなかった。腹部に衝撃が走る。Tシャツが裂けた。二人目の襲撃者の手に握られたナイフ。相手の武器が、刃物で助かった。僕はTシャツの下に、防刃チョッキを着ていたのだ。これが一人目の襲撃者のように、鈍器を用いて破壊力で来られていたら、致命傷は避けられなかった。
 

 敵が二人に増えたことで、思考を切り替えた。戦っても、勝ち目はない。逃げるしかない。救急車を呼ぶのは遅れてしまうが、仕方がない。ここで僕が死んだら、どっちみちワタナベの命も終わりなのだ。

 決断を下すや、僕は邪魔な荷物を捨て、すぐさま民家の塀を乗り越えた。住居不法侵入。れっきとした犯罪であるが、これくらいでは委員会からの処分対象になることはないだろう。小池さんだって、よく立ち小便やタバコのポイ捨てをしている。

 幾つかの民家に侵入し、ジグザグに逃走している内、襲撃者の足音が聞こえなくなった。武器の大きさと、フルフェイスヘルメットの重さと視界の悪さが、機動力を分けたようだ。

 その後も、体力が続く限り、走って逃げ続けた。駅の近くまでたどり着いて、ようやく一息ついた。ここまでくれば、もう大丈夫だろう。僕は携帯電話を取り出し、119を押した。応答した救急隊員に、今日働いた現場の住所と、ワタナベがその近くで倒れていることを伝えた。僕自身がその場にいない理由については、車を運転していて、通りがかったときはなんとも思わなかったが、後になって気になった、と誤魔化しておいた。

 ワタナベが倒れた現場には、僕のリュックサックが残されているが、諦めるしかない。襲撃者が待ち伏せしているかもしれないのだ。リュックの中には、制服と誘導具一式が入っている。会社では制服を無くすと、入社時に受けた法廷研修の賃金が受け取れなくなる決まりになっているが、それも諦めるしかなかった。どのみち、襲撃者に会社が割れてしまった以上、もう今の会社では働けない。今月分の給料を前借りして、フケるしかない。

 会社の寮に帰ってきた。管制の人から、ワタナベが搬送された病院で息を引き取ったことを伝え聞いた。

 哀しみはなかった。飯場で働いていたころ、似たような経験は幾つもしてきた。飯場を管理する会社では、定期健診が義務付けられていたが、身体に異常が見つかったからといって仕事を休む人は誰もいなかった。ちゃんとした病院に入院しようともせずに過酷な肉体労働に身を投じ、症状を悪化させ、彼らは孤独のうちに死んでいった。

 また、僕の働いていた建設会社ではそういう仕事はなかったのだが、山奥でダム工事など高所作業を請け負う会社では、強風の日などは、やはり転落事故が相次いだという。地面と激突してバラバラになった死体は、そのまま山に埋められ、不明者扱いで、警察に届けられることもなかったという。

 そんな風景を目の当りにしているうち、僕は人の死に対する感覚が鈍磨していった。肉の袋から魂が抜け落ちるという現象に、深い感慨を抱かなくなった。「あの人」の死も、過ぎ去ったドラマのワンシーンのようなものだったのだ・・。そうやって無理やり考えることで、罪の意識から逃れていた。

 その晩のうちに、僕は荷物を纏め、子猫をケージに入れて、寮を後にした。メールで状況を伝えた小池さんと合流して、その晩はひとまずネットカフェで夜を明かした。

 警備会社には一応、退職の連絡をした。バックレは心が咎めるとか、道徳的な問題ではなく、あの襲撃者二人が、自分を探しにきたかどうかを知りたかったからだ。すると案の定、よく似た顔立ちの二人が、僕を探しに寮を訪れたという返事が返ってきた。バトルロイヤル参加者で、よく似た顔立ち・・。松本和弘、松本昭弘の兄弟だろうか・・?

 翌朝、アベノミクスによる景気回復路線を嘲笑うかのような値下げに踏み切った「吉野家」で、朝食をとりながらその話をすると、小池さんが、

「どうもクサイな。まだこの時期に、わざわざ寮に押しかけてまで、特定の個人を狙おうとするか・・?」

 と、難しい顔をして言った。

「よほど金に困っていたんじゃないですか?」

 僕が返すと、

「うーん・・それにしてもな・・。いや・・なにか、俺には、もっと大きな陰謀が動いているような気がしてならないんや・・それが何かまではわからんが・・」

 考え過ぎだ、と笑うことはできなかった。僕の数倍もの期間、逃亡生活を送っていた人の勘が、危険を告げているのだ。僕の心にも、言いようのない不安がよぎった。

 ケージの中の子猫は、この世に自分を狙う者などなにもないといったような弛緩しきった顔で、すやすやと寝息を立てている。

 僕に安息はいらない。その資格はない。しかし、彼の安息だけは守らなくてはならない。期間は残り十か月半。堂々と、里親探しができるようになるその日まで、僕がこの子を守らなくてはならない。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十八話

 
 ガス管工事の現場に出た市橋達也は、工事が終わり、アスファルトの補修も完了した道路を清掃する作業に従事していた。ホースで水を撒き、土埃を洗い流すのである。

 これは警備の仕事から離れた、完全な付帯業務だ。付帯業務でも、カラーコーンを並べたりする程度の仕事ならお手伝いすべきだが、僕が今行っている清掃作業は、そうではない。別に難しい仕事ではないが、制服が汚れてしまう。警備員はサービス業である。お客さんの前で、小汚い恰好をしていてはいけないのだ。

「おい!あっちの方、まだ汚れ落ちてねえだろうが!よく見て仕事しろよ!」

 僕に偉そうに命じているのは、現場の作業員ではなく、同じ警備員のワタナベだ。この四十歳くらいの同僚は、さっきから誘導の業務そっちのけで、作業員に混じって、泥だらけになって土木の作業をしている。確かに今日の現場は交通量が少ない僻地で、迂回経路を示す看板と一緒に、かかしみたいに突っ立っていればいいだけの通行止めの仕事しかないが、だからといって、放り出していい理由はない。警備員は、ただ突っ立っているだけで仕事になっているのである。工事会社が高い金を払って警備員を雇っているのは、交通誘導の仕事もあるが、近隣住民からの心象を良くする目的もあるのだ。

 しかもワタナベは、現場監督から余計な仕事を次々に取ってくるのはいいが、それを仲間の僕にもやらせようとしてくる。自分の勝手な、しかも間違っているやり方を、人にまで押し付けてくるのである。毎回同じ建築会社に派遣されるわけでもないのに、媚びを売ったって意味ないだろうが。業務外の作業中に怪我をしたら、労災も出ないというのに。

 ただ、ワタナベがおかしくなってしまうのも、わからなくはなかった。以前聞いた話なのだが、ワタナベは普段、日勤夜勤と言われる、日勤で働いたその日に夜勤を行うという過酷な勤務を、毎月半分近くもこなしているらしい。労働基準法で定められた日数の休日もとっていないようだ。日勤終了の18時から夜勤開始の21時、夜勤終了の6時から日勤開始の9時までの僅かな時間に休息をとっているようだが、明らかな睡眠不足である。

 もう若くもないのにそんな身を擦り減らすような働き方をしていたら、頭がおかしくなって、常識的な判断力がなくなってしまうのも無理はない。おそらく借金かなにか、やむにやまれぬ事情があるのだろう。こういうのは、ストップをかけない会社が悪いと思う。本人がやりたいと言っているのだから、という問題ではない。過労死が出てからでは遅いのだ。

「おい!終わりだ!帰るぞ!」

 ワタナベが、アガリの指示を出し、現場監督に伝票を書いてもらいにいった。威張ってはいるが、一文の得にもならない班長の役を自ら進んでやってくれるのだから、いいとしようか。

 僕たちは着替えを済ませると、並んで駅までの道を歩き始めた。今日の現場は僻地で、駅までの距離が遠いから、工事会社の人が車で送ってくれるのではないかと期待していたのだが、そんなことはなかった。朝来るときも、地図を片手に、散々迷いながら、大変な思いをしてここまで足を運んだのだ。現場にも当たりはずれがあるが、今日はトコトンはずれの現場に当たってしまったようだ。

「・・今日、悪かったな。仕事中、怒鳴ったりして」

「え・・いや・・いいですよ、気にしてないです」

 意外なワタナベの謝罪。本当に、大して気にしていなかった僕は、逆にこっちが恐縮してしまった。

「ちょっと待ってろ」

 ワタナベが自動販売機に歩いていった。スポーツドリンクを二本買って、一本を僕に手渡してくれる。喉が渇いていた僕は、礼を述べて受け取った。この時期はまだいいが、夏場になったら、水分補給だけでも相当な金を遣いそうだ。そんなことを考えながら、また歩き始める。

「俺は昔、小さいながらも会社を経営していてな。そのときから、どうも、仕事になると周りが見えなくなって、無茶苦茶に突き進んでしまう癖があってな。人にも、随分辛く当たっちまった。そのせいで、最後には経理を務めていた女房が社員の一人と駆け落ちして、金を持ち逃げされ、家族も会社も失って、このザマだ。自業自得。身から出た錆だな」

 自虐的に笑うワタナベに、僕はなにもいえなかった。

 関西の飯場で学んだこと―――。人は大なり小なり、何かを抱えながら生きている。事件を起こすまで、僕は自分が弱い人間であるのをいいことに、ワタナベのような一見強そうに見える人を、他人の痛みがわからないガサツな奴と決めつけて一方的に嫌悪していた。が、飯場で働き始めて、人に揉まれる中で、考えを改めた。世の中には、色々な人がいるのだ。

「うっ・・うっ」

 ワタナベが突然、胸を押さえて蹲った。呼吸は荒く、顔は血の気が失せて、蝋人形のように蒼白になっている。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ・・・うぐあっ・・」

 道路に倒れ、嘔吐するワタナベ。連日の過酷な勤務がたたったのだろう。症状はわからないが、危険な状態であるのは明らかだ。すぐに救急車を呼ばなくては、命が危ない。
 
 ポケットから携帯を取り出した、そのときだった。正面から、原付バイクに乗った男が、鉄パイプを構えながら、僕に向かって突進してきた。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 参加者名艦(ネタばれを含みます)

1 麻原彰晃
2 加藤智大
3 松永太
4 市橋達也
5 福田和子
6 菊池正
7 関光彦
8 勝田清孝
9 宮崎勤
10 重信房子
11 前上博   ×
12 宅間守
13 堀江守男  ×
14 藤島光雄  ×
15 渡辺清   ×
16 高田和三郎 ×
17 大濱松三  ×
18 大久保清  ×
19 造田博    ×
20 正田昭
21 金田正勝  ×
22 永山則夫
23 藤田正   ×
24 間中博巳  ×
25 小池俊一
26 松村恭造
27 尾形英紀  ×
28 永田洋子
29 小林正人 ×
30 八木茂
31 都井睦雄  ×
32 金川真大
33 橋田忠昭  ×
34 角田美代子
35 木嶋佳苗
36 松本昭弘
37 松本和弘
38  服部純也 ×
39 松本美佐雄 ×
40 吉田純子
41 藤井政安
42 松本健次  ×
43 石川恵子  ×
44 小野悦男
45 小平義男
46 北村実雄
47 北村真美
48 北村真孝
49 北村孝紘
50 畠山鈴香
51 西口彰 
52 外尾計夫 ×
53 江東恒  ×
54 江藤幸子
55 坂口弘
56 坂本春野 ×
57 川俣軍司
58 上部康明
59 綿引誠  ×
60 中山進  ×
61 山地悠紀夫
62 石橋栄治 ×
63 岡崎茂雄 ↔ A・S 
64 栗田源蔵
65 小原保
66 松山純弘
67 坂巻脩吉 ×
68 小松和人 ↔ T・S
69 加納恵喜 ↔ T・N
70 金嬉老
71 李珍宇
72 小田島鐡男
73 大道寺将司
74 尾田信夫   ×
75 梅川昭美
76 日高安政
77 日高信子   
78 小林薫    ×
79 小林カウ   ×
80 藤波和子   ×
81 佐々木哲也
82 庄子幸一   ×
83 孫斗八    
84 神作譲
85 堀慶末    ×
86 神田司    ×
87 川岸健治   ×
88 向井義己  
89 小川博
90 本山茂久  ×
91 朝倉幸次郎 ×
92 山田みつ子
93 関根元
94 丸山博文
95 小泉毅    ×
96 克美茂
97 西川和孝

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十七話

 
 バドラの信徒たちが身を挺して自分を守ってくれている間に、麻原彰晃は、ベンチまで退いていた。

 宅間守――。大阪池田小事件の犯人。自分や酒鬼薔薇聖斗が旧世紀最後の怪物なら、奴や松永太は、新世紀最初の怪物である。起こした事件のインパクト同様に、奴の戦闘力は怪物そのものであった。バドラの二枚看板の片割れ、大久保清を、ああもあっさり屠り去るとは・・。あんな男と序盤戦でかち合ってしまうとは、自分も運がない。前世のカルマの影響か・・?

「来いやぁ!うらぁ!」

「うるぁ!おるぁ!」

「ああああああああああああっ!」

 血に飢えた野獣たちの声が響き渡る。オウム時代、自分も何度か修羅場は経験したが、その全てが、小学校の騎馬戦のように思えるほど、目の前の地獄絵図は次元が違った。

「ぐああああっ!」

 菊池正が、左腕を抑えて倒れる。

「ぎええああっ!」

 勝田清孝が、右わき腹を抑えて倒れる。

 犯罪史上に名を残す凶悪犯罪者たちが、たった一人の男に、まるで歯が立たずにバタバタと倒されていく。悪夢だった。考えられなかった。マネキンと人間が戦っているわけでもあるまいに、なぜにあそこまでの差が出る?

 空自出身の宅間と素人の信徒たちでは、基礎能力が違う。それはわかる。だが、それにしてもである。人類最強と言われる男でも、武器を持って殺しにかかってくる複数人の男たち相手に、あんな立ち回りはできないだろう。比較するなら、70人斬りの宮本武蔵か。激動の時代を生きた伝説の剣豪に匹敵する戦闘力を、平和の時代を生きたあの男が備えているというのか?そんなことが、あり得るのか?

 あんな化け物とやり合っては、命が幾つあっても足りない。麻原が死を覚悟した、そのときだった。

「もう我慢ならん!ぶっ殺す!」

 宅間の仲間の一人が、突然、謀反を起こし、背後から宅間に斬りかかっていった。

「俺をなめるなやぁ!こっちかて、ガキのころからシャブ漬けの人生を歩んできた、筋金入りのワルなんやぁ!」

 かろうじて躱した宅間だったが、動揺は避けられない。勢いが止まった。

「てめえ橋田ぁ!裏切ってんじゃねえええ!!!」

 もう一人の宅間の仲間が、橋田と呼ばれた参加者に斬りかかっていった。裏切り者が引き付けられている間に、宅間がいったん、戦場を離脱する。
 
 射抜くような獣の視線が、ベンチで震える自分に向けられた。宅間が瞬足を飛ばし、自分に向かってくる。戦闘能力を残している関光彦、尾田信夫、正田昭が必死に追いかけるが、距離は離れていくばかりである。人員が出払って手薄になったベンチまで退いたのは失敗だったと後悔したが、もう遅い。

 頭が真っ白になった。目の前が真っ暗になった。万事休す・・。何人もの人間をポアしてきた自分の魂が、ついに回帰されるときがやってきたようだった。

「尊師のおじちゃんをイジメるなーーーーーーーー!」

 麻原の目の前で、宅間の動きが止まった。宅間の足元に転がるボール。自分の危機に、ワタルが立ち上がったのだ。

「尊師のおじちゃんは僕の友達なんだーーーーー!」

 ワタルが泣きじゃくりながら、宅間に次々とボールを投げつける。ボールが無くなればグローブ、グローブが無くなれば、自分が履いているスパイクを。手当たり次第に、宅間に物を投げつける。

「な、なんや、こんガキ・・」
 
 宅間に戸惑いが見える。バトルロイヤル参加者は、一般人に手を上げることを、委員会から厳重に禁止されている。たとえ自分が暴力の被害を受けたとしても、反撃は一切許されないのだ。

「いい加減にせんと、ぶっ殺すでっ、こんガキャァっ!」

 宅間がターゲットを自分からワタルに替え、突進していく。頭に血が上った野獣には、ルールもなにも関係ないらしい。五秒先の未来も見えなくなっているのだ。

「ムカついた!ぶっ殺す!」

 ワタルの首が胴体から切り離される光景を想像した次の瞬間、ベンチに留まっていた唯一の信徒が動き、宅間の前の立ちふさがった。造田博である。これまで、どんなに親しみをもって接しても心を開かず、バドラの信徒たちとの遊びにも加わらなかった彼が、自分とワタルの危機に、ついに立ち上がったのだ。

 凄まじい剣速で金属バットを振るう造田博。あの宅間が、冷や汗を流している。宅間がスタミナを消耗しているとはいえ、互角の打ち合いを見せている。

 99年、池袋サンシャイン通り魔事件。近年の、社会反逆型無差別殺傷犯の先駆け的存在。宅間守も、その意味では彼の後輩である。造田博の戦闘力は、本物だった。

「宅間さん、そいつはヤバいっす!造田博っす」

 裏切り者を始末して宅間の援護に駆けつけた仲間が叫んだ。

「宅間さんが倒した二人から、財布を奪い取りました!ここは退きましょう!」

「・・・・ちくしょうがっ!!!」

 関光彦、正田昭、尾田信夫の三人が、ようやく追いついた。このままでは挟み撃ちになり、戦況が不利になると判断したのだろう。宅間が心底悔しそうな咆哮を残して、グラウンドの外まで退却していった。

 嵐が過ぎ去ったグラウンド。菊池正、勝田清孝、戦闘不能状態に陥っていた二人もベンチにやってきて、自分を取り囲み、お互いの安否を確認し合う。

「宅間守・・恐ろしい男だ・・」

「あんな化け物と、いつままた戦わなくてはならないのか・・」

 信徒たちが口々に、鬼神のごとき男への恐怖を吐露する。一方、傍観者であるツンベアーズの少年たちにの間は、違った空気が起こっていた。

「ワタル、すげえじゃねえか!」

「見直したよ!勇気あるな、お前!」

 イジメられっ子だったワタルが、みんなに讃えられている。いつも塞いでいたワタルが、満面の笑みを見せている。

「ワタルよ、見事な戦いぶりだった。俺には、今日の結果が見えていた。お前は必ず、自分の力で試練を乗り越える。それがわかっていたからこそ、悩み苦しむお前に、敢えて手を貸さなかったのだ」

 麻原が、イジメを放置していた怠慢を正当化すると同時に、いいとこ取りを図った。

「うん・・。全部、尊師のおじちゃんのお蔭だよ」

 感謝の言葉を述べるワタル。目論見は成功したようだった。続いて今度は、バドラの信徒たちを集め、グラウンドに転がる、大久保清、宅間の仲間の橋田の死体を囲んだ。

「勇敢なるバドラの信徒、大久保清よ。お前の戦い、しかと見届けた。お前のカルマは浄化され、魂はニルヴァーナへと導かれるだろう」

 関光彦、菊池正が号泣する。勝田清孝たちも、唇を引き結び、ぐっと哀しさを堪えている。

「そして、宅間の仲間よ。悪魔の手から逃れ、一瞬とはいえ、バドラの味方をしたお前の善行も、俺はしかと見届けた。お前のカルマも、その多くが浄化され、来世では幸福な人生を送るだろう」

 身内以外の人間の死も平等に悼む自分の懐の深さに、信徒たちが感激している。
 
 大久保清の死は、確かに痛い。だが、戦いはまだ、始まったばかりである。後ろを振り返ってはいられない。最後の8人に生き残るためには、すぐに気持ちを切り替え、未来に向かっていかなければならない。

 バトルロイヤル参加者、現在91名。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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