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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十五話

 宅間守は辟易していた。昨日から自分に、金魚のフンみたいにくっついてくる男にである。

「宅間さんマジパねえっす!宅間さんが最強っすよ!」

 金川真大。まっこと鬱陶しい、クソガキである。

「宅間さん。俺、最近まで、宅間さんに反感を持っていました。俺の方がよっぽどワルなのに、殺した人数が多いってだけで宅間さんの方が神格化されてるって・・。嫉妬してたんです。だけど、実際に会って、考えが変わりました。自分の思い上がりに気付いたんです。俺は全てにおいて宅間さんには及ばない。やっぱり宅間さんは唯一神だ!宅間さん、ずっと付いていきます!」

 メガネの奥のくりくりとした目を輝かせ、熱っぽい口調で語る金川。反対に、自分の心は白けていた。

「あんなぁ、お前・・。同じ言葉を、ワシは昨日から三十ぺんは聞いとるぞ。あんまりひつっこく繰り返されると、逆にアホにしてるように聞こえてくるわ」

「へへっ。すんませんっ」

 舌をペロリと出して、頭をかく金川。若い娘がやれば可愛らしい仕草も、この男がやると、サーカスのエテ公にしか見えない。本当に、どうにかならんものか。こいつのツラを見ていると性欲も失せ、風俗に行く気もなくなる。

 ひと思いに殺してしまいたかったが、この男が自分と同じ無差別大量殺人者だということが、それを躊躇わせていた。

同属意識から、親近感を抱いているというわけではない。自分に近い戦闘力を持つ相手と戦えば、勝てたとしても損害は大きい。今はまだリスクを犯す時期ではないことは、先々を考えるのが苦手な自分にもわかる。

この男は自分を慕っている。子分にすれば、それなりの戦力になるだろう。だが、自分は人を従える柄ではない。自分と一年も良好な関係を続けられた人間は、一人としていないのだ。今までは警察に訴えられるくらいで済んでいたが、この男に反感を抱かれたなら、命の危険に繋がる。ならば最初からお断りである。

 どうしたものか。宅間は一計を案じた。

「おい、あっち見ろや。あそこにお前の好きな、FF10のユウナちゃんのコスプレしとる女がおるぞ!」

 ゲームや漫画に登場する女に情欲を催すということはまるで理解できない自分だが、出会ってから二日で五十回も六十回も名前を出されていれば、嫌でも覚える。

「えっ。えっ、どこすか?どこすか?」

「ほれ、あっちや。ほれ見てみい!」

 宅間は、金川が「ユウナ」探しに夢中になっている隙に、その場から退散した。ようやく、これで気ままな一人に戻れた。やれやれである。

 金川と一緒にいた時、今、娑婆には、「出会いカフェ」なる施設があると聞いた。マジックミラーで女を物色し、気に行った女がいれば自由に交渉して連れだせるという、援交を合法化したような店だ。料金は、入場料+連れ出し料で、しめて五千円。自分はプレイ料金を払うつもりはないから、ホテル料と合わせれば九千円程度で女とヤレる。女の財布から金をかっぱらえば、逆に所持金を増やすこともできる。こんなおいしい施設を、利用しない手はなかった。

 だが、一つの問題があった。自分には、今、先立つものがない。入場料1500円すら払うことができないのだ。どうにかして、手っ取り早く金を稼がなくてはならない。

 宅間は、路地裏にあった自動販売機に目を付けた。周囲に人がいないことを確認し、渾身の力を込めた回し蹴りを、なんども叩きこむ。取り出し口から、大量の飲み物が溢れ出てきた。

「やっくに立たん自販機やなあ。金を吐き出せや金を。飲みもんばっか出てきたってしゃあないやろが」

 とはいえ、これ以上やっていたら、いくら人通りが少ない路地裏とはいえ、さすがに通報されてしまう。宅間はやむなく一時撤退し、付近にいたホームレスからリヤカーを強奪し、自販機から出てきた飲み物を積んで、大通りに出た。そして通行人を品定めし、気が弱そうな営業回りのサラリーマンに声をかける。

「よう兄ちゃん。今日は暑いな」

「え?真冬なみの寒波が吹き荒れてますけど・・」

「細かいことはええんや。それより、喉渇いてるやろ。飲み物いっぱいあるで。買うやろ?」

「いや、いらな」

「買うやろ?なあ、買うやろ?」

 形相を歪め、語気を荒げて言うと、サラリーマンは頷いた。

「ほうかほうか。じゃあほれ、全部で100本あるから、持っていきや。このジュースは一本500円やから、全部で5万円や」

「いや、一本で・・」

「出血大サービスや。買うやろ?なあ、買うやろ?」

 胸倉を掴んで揺さぶる。

「は・・はい・・」

「よしよし」

 宅間は、半べそ顔のサラリーマンから、5万円を受け取った。
 
 はしゃいでいたら、自分の喉が渇いてきた。宅間はコーラの缶を空け、一息に半分ほどを飲み干した。

「あとはやるわ。ほれ、飲め」

 サラリーマンが、宅間が差し出した気の抜けたコーラ、己の涙混じりのコーラを飲む。

「はっはっは。よっぽど喉渇いてたんやのう。んじゃ兄ちゃん、毎度!ほなな!」

 宅間は呵々大笑し、揚々と腕を振って街中を歩く。目指すは、出会いカフェである。

 いきなり、後ろから肩を叩かれた。おまわりが追ってきたのだろうか。それにしては、敵意を感じない。背後を取られたとはいえ、自分がこれほど相手に距離を詰められるなどは、考えられないことである。

 肩に乗せられた手を振り払い、飛びのいた。三メートルほど距離をとり、襲撃者の正体を確認した。

「宅間さん、酷いじゃないですかー、逃げるなんて。ユウナなんてどこにもいなかったし」

 金川真大が、アーチェリーの弓を手に持ちながら立っていた。
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凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十四話

 

 市橋達也は、路上で片側一方通行の交通誘導警備業務を行っていた。

 僕は五日前より、交通誘導警備の会社で働き始めていた。バトルロイヤル開始からそれまでに遣ったお金は、二万円弱。金銭には全然余裕があった。なのになぜ、他の参加者に居場所を特定されるリスクを犯してまで、働かなければならなかったのか。それには、ある事情があった。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 六日前の深夜、夜を明かすために、公園のトイレに入ったときのことだった。二十歳くらいの男女四人組が、奇妙な叫び声をあげながら、なにか盛り上がっている。見ると、子猫を苛めて遊んでいるようだ。

 沖縄のオーハ島で暮らしていたころ、僕は一匹の子猫を飼っていた。三白眼で、あまり可愛いとはいえない猫だったけど、僕によく懐いており、ヘビなどをとっては一緒に食べていた。

 その猫の記憶が蘇った。助けてあげたいと思った。だけど、今の僕は、自分が生き残ることで精一杯だ。とてもではないが、猫の世話などする余裕はない。僕は無言でその場を立ち去った。

 でも、三十分くらいしてから、やはり放ってはおけないという気持ちが強くなった。逃亡生活を続けていた二年七カ月、カラカラに渇いた砂漠のようだった僕の心が潤おされたのは、猫と一緒に暮らしていたあの頃だけだった。人間はいつかは裏切るが、動物はけして人間を裏切らない。動物を、それも逃げる脚力も持たない子供をイジメるヤツは許せない。

「やめろ」

 僕が低い声で言うと、若者たちは剣呑な視線を向けてきた。

「なんだてめえ。殺されてえのか」

 呂律が回っていない。お酒の臭いはしない。どうやら、薬をキメているようだ。

 一般人に手を出すことは、ルールで禁止されている。どうするべきか。悩んでいると、いきなり目の前に火花が散った。景色が揺れる。僕は殴り倒されていた。

「せっかくいいとこだったのに、ふざけやがってよおぉっ!」

「エイスケー、やっちゃえやっちゃえ」

 嵐のような攻撃を、僕は必死に耐えた。二十分くらいが経った頃だったろうか。ようやく、攻撃が止んだ。

「この金はもらってくからな。つうか、てめえくせえぞ。銭湯代に、1000円は残しておいてやる。じゃあな。行こうぜエリコ。ヒヒヒヒ」

 ズダ袋のようになった僕と子猫を残して、若者たちは消えていった。僕は水道で、普段の二倍くらいに膨れ上がった顔を洗い、トイレを後にした。

 よせばいいのに、余計なことをして大事な金を失ってしまった。満足感など欠片もなく、あるのは後悔だけだった。
 
 なにかの気配が追ってくる。後ろを振り返った。僕が助けた子猫が、足に縋りついてきた。
 
 お前のせいで、僕は金を失ったんだぞ。蹴飛ばしてやろうかと思った。できなかった。僕は子猫を抱きかかえて、夜の町を歩き始めた。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 それから僕は、寮完備の警備会社を見つけて面接を受けた。警備の仕事は、賃金の安さや、首都圏に同業他社が乱立していることから万年人材不足で、住所不定の僕みたいな人間も快く受け入れてくれた。採用にあたっては、警備業法によって、戸籍謄本の提出など、厳しい身分証明が義務付けられていたが、委員会が用意した偽造の書類の精度は完璧で、僕の身分が疑われることはなかった。

 交通誘導の警備は、傍目から見る分には緩い仕事のようにも思えるが、立ちっぱなしで、脳をほとんど使わず、ひたすら退屈に耐えるだけの一日は、労働量では測れないキツさがある。早期退職者や高齢で仕事を失ったような人がやるならともかく、頭と身体がよく動く若者がやるような仕事ではない。

 それでも、僕は働かなくてはならない。生きるために。

 逃亡生活を繰り広げていた二年七カ月、僕は関西の飯場で働いていた。仕事はなにをやっても続かなかった僕が、ガサツな男たちに毎日怒鳴られながら、泥だらけになって働いていた。プライドが異常に高すぎる僕は、今まで他人の些細な一言ですぐカッとなって、関わる先々でトラブルを起こしていたが、飯場で働いてからは、他人に何を言われてもまったく気にならなくなっていた。そんなことはどうでもよくなっていた。

 頼るものを全て失ったとき、人間は確実に変わるのだ。ニート、引きこもりの一番手っ取り早い解決方法が、家を追い出すことであるのは、やはり間違いないだろう。もっとも、実際には、自殺や犯罪を選んでしまう人の方が遥かに多いだろうが・・。

「おーい、あんちゃん。仕事あがりや」

 片交で僕とペアを組んでいた年配のガードマンが、勤務終了を告げた。時間は、まだ昼を少しすぎたばかりだ。

 交通誘導警備の仕事は時給ではなく日給制で、工事が早く終わっても、フルタイム働いた分の給料は支払われる。今日はラッキーな日だった。

 着替えを済ませると、僕は今日の相勤の、年配のガードマンと足を揃え、駅へと向かった。

「よう。ラーメンでも食ってかんか?」

「いえ。遠慮しておきます」

 食事の誘い、飲みの誘いは全て断っている。飯場にいたころは、人間関係に気を使って、たまには誘いに応じていたが、今は本当にカツカツなのだから仕方がない。

「なんや、金でもためとんのか」

「ええ、まあ・・」

「そうやな。金は重要やけんな・・・市橋達也」

 二人の間の空気が張り詰めていく。こいつ、僕の名前を知っている。ということは・・・。

「あんたは・・?」

「小池俊一。バトルロイヤルの参加者や」

 小池はニッと笑い、すきっ歯にタバコを指し込んだ。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十三話

 加藤智大は、重信房子、松永太、正田昭とともに、タクシーに乗り込んだ。

「前上さんが、人材を発見したそうです。渡辺清です」

 松永さんが、僕たちに出動の理由を告げた。

 参加者名鑑を捲る。渡辺清・・・・60年代に起きた、娼婦連続殺傷事件の犯人だ。

「役に立ちそうかしら」

 重信さんが問う。

「そうですね。若いですから、戦闘力はそれなりにあるでしょう。ただ、データを見る限りでは、社会性がかなり低そうですが・・。まあ今は猫の手も借りたい時期ですから、一応、会って話してはみます。不要だと判断したら、殺して金を奪い取りましょう」

 拳に力が入った。殺すとなれば、僕の出番だ。

 先日、ついにバトルロイヤル参加者に死亡者が出たとの知らせが、携帯のメールで届いた。死んだのは、仙台老夫婦強殺事件の堀江守男と、ラブホテル殺人事件の藤島光雄。戦いのうねりの中に、僕はもう確実に巻き込まれているのだ。

 重信さんがチームに加入してから今まで、僕は彼女からマンツーマンでの戦闘訓練を受けている。授業は武器の基礎知識、フォーメーションなどの座学に始まり、白兵戦の実習、銃撃戦の実習、筋力トレーニングと、みっちり五時間続く。もともと体力には自信があった方だけど、ここ最近、身体が一層引き締まってきたような気がする。

「加藤君。エネルギーを補給しておきなさい」

「は、はい」

 僕は重信さんに命ぜられ、シザーバッグからカロリーメイトを2本取り出して食した。これから殺し合いをするかもしれないということで神経は昂ぶっており、正直、食欲はまったくなかったが、さっきまで激しいトレーニングをして疲労した身体では、100%の力は発揮できない。栄養補給と休息、適度なストレス発散は、鍛錬にも増して重要だと、重信さんは言っている。

 「あの人」は、僕を擦り減らすだけで、安らぎを与えてはくれなかった。幼少期は娯楽も規制され、床にぶちまけられた食事を食べさせられたこともある。重信さんは違う。常に僕のことを考え、僕がベストの力を発揮できるようにしてくれる。彼女の気持ちに、応えなくてはならない。

「到着したようね。いきましょう」

 僕たち四人は車から降り、マンションの螺旋階段から、小さな児童公園の様子を双眼鏡で伺っていた前上さんと合流した。ベンチに腰掛けてタバコを吸っている風体の悪い男が、渡辺清らしい。

「作戦を確認します。大勢で行っては相手を刺激してしまいますから、まず、松永さんと加藤君が二人で行って交渉にあたる。仲間に引き入れられればそれでよし。交渉が決裂したら、松永さんは相図を送ってください。それに合わせて、私たち三人が一斉に攻めかかります」

 僕たちは頷いた。一斉に攻めかかるといっても、みんながマンションから公園に辿りつくまでは、早くても十秒はかかる。それまでに松永さんを守るのは、僕の役目だ。

 松永さんと僕は、ゴミ箱から週刊誌を漁って読み始めた渡辺清に近づいた。

「お初にお目にかかります、渡辺清さん。私、松永太と申します。こちらは加藤智大くん。バトルロイヤルの参加者です」

「・・ああ?あああ??な、なんだとぅ!」

 参加者、という単語を聞いて、激昂してベンチから立ち上がり、ナイフを抜く渡辺清。僕もシザーバッグに手を伸ばすが、松永さんはストップのサインを送る。

「単刀直入に言います、渡辺さん。私たちは、ともに戦う仲間を求めています。一人で行動していては今後の戦いが厳しいことは、あなたにもわかるでしょう?私たちと組みましょう。一緒に、勝ち残りを目指しましょう」

「う、うるせえっ。んなこた知らねえんだよっ!俺が欲しいのは金だけだっ。仲間になってもらいてえなら、百万よこすか、女とヤラせろやっ!」

「渡辺さん。気が動転しているのはわかりますが、どうか落ちついて、私の話を聞いてください」

「黙れやぁっ。ぶっ殺されっぞっ、くらぁっ!」

 渡辺清が吠えたけりながら、松永さんに切りかかっていった。咄嗟に、僕がタックルを喰らわせる。渡辺清は、2Mくらい吹っ飛んでいった。ここで松永さんが合図を出す。本当は、タバコに火をつける動作を合図と決めていたのだが、今回は緊急時ということで、大きく手を振って合図を出した。

 渡辺清は素早く立ち上がると、今度は真っ直ぐ僕を狙って切りかかってきた。滅茶苦茶に振りまわされるナイフをかわしている内に、重信さん、前上さん、正田くんが公園に到着した。

 武器を構えようとする三人を、僕は手で制した。大丈夫。この程度の相手なら、僕一人で始末できる。みんなを危険に晒すまでもない。

「死ねエエエいっ!」

 僕は渡辺清が横に薙いだ腕を掴み、脇固めに入った。

「いでででででっ!」

 渡辺清が取り落としたナイフを、遠くに蹴飛ばす。そこで脇固めを解いた僕は、素早くダガーナイフを構え、渡辺清の頸動脈目掛けて刃先を滑らせた。

「うぎゃああああっ」

 渡辺清は首筋から大量の血を噴き出させながらも、生への本能で、地面に転がるナイフに向かって走っていく。行かせはしない。僕は渡辺清の背後から、腎臓を狙って突き刺した。人体の急所や内臓の位置は、重信さんからみっちり教わっている。

 ナイフが背中から滑り込み、渡辺清は糸の切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなる。戦闘不能状態に陥ったようだ。遠からず、命も失うだろう。

「加藤君、見事な戦いでした。初陣でこれだけの動きを見せた人間は、革命戦士の中にもいませんでしたよ」

 僕はなにも答えず、水道の水で手を洗った。血は流れ落ちても、後味の悪さは消えてくれない。

 また、人を殺してしまった――。

 重信さんに褒められても、ちっとも嬉しくなかった。

 バトルロイヤル参加者、現在97名。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十二話

 
 松永太は、ビジネスホテルの食堂で、優雅にコーヒーカップを傾けていた。
 
 バトルロイヤルが開催されてから三週間。今までの成果を振り返りつつ、今後の作戦について思惟を巡らす。

 人材集めの面での成果は、なんといっても、加藤智大、重信房子の両者を手に入れられたことだ。

 まずは加藤智大。あれだけの戦闘力を持ちながら、従順で適応性の高い加藤が戦力になるのは、考えるまでもない。これから他の参加者との抗争が激化するにつれ、加藤が活躍する場面は増えてくるだろう。

 そして重信房子。組織運営の面から考えれば、この女を手に入れられたことは、加藤を手に入れた以上の収穫だった。もっともそれは、重信の能力に期待してのことではない。確かに重信の統率力には目を見張るものがあるが、それだけだ。戦略眼もシノギのうまさも、比較にならないほど自分が上である。

 重信に出来ることのほとんどは、自分にもできる。ならばなぜ自分は、能力で劣る重信を頭に頂いたのか。それは、今後の人事を考えてのことだ。

 現在、我が軍団の構成員は、自分、重信、加藤、前上博、正田昭の5名。今月中には、最終的な勝ち残り人数である8名まで増やす予定でいる。その後も各方面にネットワークを張り巡らし、積極的に勧誘をかけていくつもりだ。

 軍団の人数は多ければ多いほどいい。数は力である。最終的な勝ち残り人数は8名と定められているが、関係ない。増えすぎれば、適当な理由をつけて粛清すればいいだけの話なのだ。使うだけ使って、用済みになったら始末する。自分から敵を探す手間も省けて、一石二鳥である。

 たとえば、その粛清の際などに、重信をリーダーに据えた戦略が生きる。仲間を殺したことで軍団に生まれる不満と疑心暗鬼の空気を、全て重信に向けさせるのだ。もし反乱が起こったとしても、殺意の矛先は自分ではなく重信に向かう。重信が殺されたときには、自分が名実ともにリーダーとして軍団を率いていけばいい。

 重信はいつかは使い捨てにするつもりだったが、自分のマリオネットでいる内は、精々たっぷりと働いてもらう。重信の仕事はリーダーとしての役割以外に、軍団員に戦闘訓練を施すことだ。旧日本赤軍のトップとして様々なテロ活動に参加してきた重信には、豊富な実戦経験と武器の知識がある。

 今、ホテルの部屋では、加藤と正田、若い二人が重信による教授を受けている。特に加藤の吸収力は素晴らしい。もともと運動神経に優れている上、性格も勤勉で、非常に飲み込みが早い。モデルガンによる射撃訓練も行わせているが、この上昇速度なら、後のち銃器の使用が解禁された後も、銃器の扱いに長けた過去の犯罪者たちと互角以上に渡り合えそうだった。

 一方の正田昭は、戦闘技術の吸収は若い割に今一つだが、慶応卒の学士だけあり、頭は切れる。自分がいるため、全体戦略の立案などで役に立つことはないだろうが、諜報活動などで使い道がありそうだった。また、正田は熱心なキリスト教徒である。他の宗派に靡くことはない。潜りこませるとしたら、「あの男」の組織か――。

 外交面での成果は、先日、歌舞伎町に勢力を持つ暴力団、佐野組佐野一家三代目山崎会の幹部との接触に成功したことだ。裏社会には、すでに凶悪犯罪者による、東京を舞台にした殺し合いの噂は拡がっているようで、自分の正体を、北九州監禁事件の松永と明かしても、顔色一つ変えることはなかった。幹部は、今後の戦いにおいて我が軍団を全面的に支援し、後のち歌舞伎町でシノギを展開するときには、快く初期費用を全額出資してくれることを約束してくれた。

 金は、人材と同じくらいに重要である。生活費に必要なのはもちろん、人材獲得や、敵対組織の切り崩しにも、金は大きな効力を発揮する。一年という期間は、短いようで長い。予想だにしない場面で、金が必要になることもある。欲深な凶悪犯罪者には、手に入るかどうかもわからない賞金十億円よりも、手に入ることが確定している百万円を選ぶという人間はいくらでもいるはずだ。

 無論、武器を買うにも金は必要である。刃物や鈍器で戦っている今はともかく、銃器が解禁されれば、金と人脈の力が物を言う結果になるのは火を見るより明らかだ。弘法は筆を選ばずの逆で、素人こそ、いい武器を使用しなければならない。銃の使い手である都井睦雄や永山則夫が中国製の粗悪な改造銃を持っているのと、射撃の素人である加藤智大が欧米の正式軍用銃を持っているのと、どちらが脅威か、という話である。

 実は今、その金が枯渇しかけている。一刻も早く補充しなければ、戦闘どころか生活もできない。本格的にシノギを始めるのはまだ先だから、他の参加者を仲間に引き入れるか、もしくは――殺して金を奪い取るしかない。

 自分の願いに応えるように、携帯が鳴った。こういうときに役に立つ男――前上博からである。

 前上は窒息に性的興奮を覚える異常性癖の持ち主で、自殺サイトを利用して3人の男女をおびき寄せ、絞殺した男である。典型的な快楽殺人者だ。こういう人間は、自分と同じ種類の人間を嗅ぎわける嗅覚が並外れている。人材探索には、うってつけの男だった。

「松永さんか。参加者、発見したよ。今港区にいる。渡辺清だ」

 渡辺清。60年代に起きた、娼婦連続殺人事件の犯人か。年齢は若い。戦闘力もあるだろう。それなりに用心していく必要がありそうである。味方に引き入れることができればいいが、いざというときには――。

「ご苦労様です。今から、そちらに向かいますので、目を離さないようにしていてください」

 前上との通話を切ると、今度は重信の番号にかけた。

「出動です。加藤君と正田さんを連れて来て下さい」

 松永は、カップの底に残ったコーヒーを飲み干し、席を立った。

 ようするに、重信に出来ることのほとんどは、自分にもできる。ならばなぜ自分は、能力で劣る重信を頭に頂いたのか。それは、今後の人事を考えてのことだ。

 現在、我が軍団の構成員は、自分、重信、加藤、前上博、正田昭の5名。今月中には、最終的な勝ち残り人数である8名まで増やす予定でいる。その後も各方面にネットワークを張り巡らし、積極的に勧誘をかけていくつもりだ。

 軍団の人数は多ければ多いほどいい。数は力である。最終的な勝ち残り人数は8名と定められているが、関係ない。増えすぎれば、粛清すればいいだけの話なのだ。使うだけ使って、用済みになったら始末する。自分から敵を探す手間も省けて、一石二鳥である。

 その粛清の際にこそ、重信をリーダーに据えた戦略が生きる。仲間を殺したことで軍団に生まれる不満と疑心暗鬼の空気を、全て重信に向けさせるのだ。もし反乱が起こったとしても、殺意の矛先は自分ではなく重信に向かう。重信が殺されたときには、自分が名実ともにリーダーとして軍団を率いていけばいい。

 重信はいつかは使い捨てにするつもりだったが、自分のマリオネットでいる内は、精々たっぷりと働いてもらう。重信の仕事はリーダーとしての役割以外に、軍団員に戦闘訓練を施すことだ。旧日本赤軍のトップとして様々なテロ活動に参加してきた重信には、豊富な実戦経験と武器の知識がある。

 今、ホテルの部屋では、加藤と正田、若い二人が重信による教授を受けている。特に加藤の吸収力は素晴らしい。もともと運動神経に優れている上、性格も勤勉で、非常に飲み込みが早い。モデルガンによる射撃訓練も行わせているが、この上昇速度なら、後のち銃器の使用が解禁された後も、銃器の扱いに長けた過去の犯罪者たちと互角以上に渡り合えそうだった。

 一方の正田昭は、戦闘力の成長は若い割に今一つだが、慶応卒の学士だけあり、頭は切れる。自分がいるため、全体戦略の功案などで役に立つことはないだろうが、諜報活動などで使い道がありそうだった。正田は熱心なキリスト教徒である。他の宗派に靡くことはない。潜りこませるとしたら、「あの男」の組織か――。

 外交面での成果は、先日、歌舞伎町に勢力を持つ暴力団、佐野組佐野一家三代目山崎会の幹部との接触に成功したことだ。裏社会には、すでに凶悪犯罪者による、東京を舞台にした殺し合いの噂は拡がっているようで、自分の正体を、北九州監禁事件の松永と明かしても、顔色一つ変えることはなかった。幹部は、今後の戦いにおいて我が軍団を全面的に支援し、後のち歌舞伎町でシノギを展開するときには、快く初期費用を全額出資してくれることを約束してくれた。

 金は、人材と同じくらいに重要である。生活費に必要なのはもちろん、人材獲得や、敵対組織の切り崩しにも、金は大きな効力を発揮する。一年という期間は、短いようで長い。予想だにしない場面で、金が必要になることもある。度外れた物欲を持つ凶悪犯罪者には、手に入るかどうかもわからない賞金十億円よりも、手に入ることが確定している百万円を選ぶという人間はいくらでもいるはずだ。

 無論、武器を買うにも金は必要である。刃物や鈍器で戦っている今はともかく、銃器が解禁されれば、金と人脈の力が物を言う結果になるのは火を見るより明らかだ。弘法は筆を選ばずの逆で、素人こそ、いい武器を使用しなければならない。銃の使い手である都井睦雄や永山則夫が中国製の粗悪な改造銃を持っているのと、射撃の素人である加藤智大が欧米の正式軍用銃を持っているのと、どちらが脅威か、という話である。

 その金が、近頃枯渇しかけている。一刻も早く補充しなければ、戦闘どころか生活もできない。本格的にシノギを始めるのはまだ先だから、他の参加者を仲間に引き入れるか、もしくは――殺して金を奪い取るしかない。

 自分の願いに応えるように、携帯が鳴った。こういうときに役に立つ男――前上博からである。

 前上は窒息に性的興奮を覚える異常性癖の持ち主で、自殺サイトを利用して3人の男女をおびき寄せ、絞殺した男である。典型的な快楽殺人者だ。こういう人間は、自分と同じ種類の人間を嗅ぎわける嗅覚が並外れている。人材探索には、うってつけの男だった。

「松永さんか。参加者、発見したよ。今港区にいる。渡辺清だ」

 渡辺清。60年代に起きた、娼婦連続殺人事件の犯人か。年齢は若い。戦闘力もあるだろう。それなりに用心していく必要がありそうである。味方に引き入れることができればいいが、いざというときには――。

「ご苦労様です。今から、そちらに向かいますので、目を離さないようにしていてください」

 前上との通話を切ると、今度は重信の番号にかけた。

「出動です。加藤君と正田さんを連れて来て下さい」

 松永は、カップの底に残ったコーヒーを飲み干し、席を立った。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第11話

「ぶわははははははははは」

 午前のヨーガを済ませ、昼食を摂るべくリビングに入った麻原彰晃を、関光彦の大笑が迎えた。

「どうした、光彦。なにがそんなにおかしいのだ」

「だ、だって、これ・・・こんなん見たら誰でも笑うでしょ」

 関光彦は、五日前にヨドバシカメラで購入した、ノートパソコンを見て笑っているようだ。なにが映っているのかと後ろから画面を覗くと、インターネットの動画サイトで、懐かしい映像が再生されていた。

「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこー♪あーさーはーらーしょーこー♪」
 
「わはははははははは」

 スピーカーから流れているのは「麻原彰晃マーチ」。オウム全盛期に布教のため利用していた、いわゆる「オウムソング」の、最も代表的な曲である。

 聞いたのはおよそ十五年ぶりになるが、自惚れでもなんでもなく、よく出来た曲であると思う。自分の歌唱力はともかく、フレーズが非常に耳に残り易く、覚えやすい。リズムは単純で、子供にも容易に演奏できるのもポイントである。実際、サリン事件の頃などは、全国の小中学生が、リコーダーや鍵盤ハーモニカでこの曲を演奏している光景が目撃されている。自分は、同時期に活躍していたアーティスト、安室奈美恵などよりも、ずっと人気の歌手だったのだ。

「しょしょしょしょしょしょしょしょーこー♪」

 今度は、「魔を祓う尊師の歌」である。先の「尊師マーチ」もそうだが、同じようなメロディと自分の名前を繰り返すことにより、抜群の刷り込み効果を誇る名曲だ。

「ぶふっふははははは。しょしょしょしょって。連射しすぎでしょ」

 椅子から転げ落ち、腹を抱えて爆笑する関光彦。音楽を歌唱力でしか評価できない小僧には、この曲の素晴らしさはわかるまい。

「わーたーしーはーやってないー♪けーっぱーくーだー♪」

 お次は、「エンマの数え歌」である。これは、一連の事件で自分に疑いの目を向ける警察やマスコミに対しての弁解のために作られた曲であると勘違いしている者が多いが、実際には事件が公になる以前に作られた曲であり、地獄に墜ちた魂のストーリーを歌った曲である。

「ぶふふっ。ぶふっごえっ。潔白はねえだろ。ぶふっ。この顔で」

「こ、こら、光彦。いくらなんでも、笑い過ぎだろう」
 
 かつて自分が世に残した作品を目にすることで、全盛期の自分を知らぬ信徒たちが自分のヒストリーを学んでくれればいいとは思ったが、それが自分を軽んじる方向に向かってしまうとしたら問題である。フレンドリーシップは大事だが、ケジメはつけておかなければならない。

「でも、一番の傑作はやっぱこれかな。残酷な尊師のテーゼ。ぶふふっ」

 麻原は首を捻った。そんな曲は、作っていなかったはずだが。自分が逮捕された後、自分を慕う信徒が作った曲だろうか。

「ざーんーこーくな天使のように♪しょーねーんよ神話になーれー♪」

 声に聞き覚えはない。やはり、自分の逮捕後にオウムに入信した信徒のようだ。しかし、その歌唱力はズバ抜けている。聞くものの心を強く打つ、天女の歌声だ。素人のレベルではない。高学歴のエリートをも魅了したオウムの教義の素晴らしさは、芸能界にまで波及していたのか。ちなみに、歌詞に合わせて流れているアニメーションは、オウム真理教サブカル制作チーム「MAT」が制作した「超越神力」だ。

「ぎゃははははは。これマジで面白え。歌詞とアニメがシンクロしすぎだろ。とくに、窓辺からやがて飛び立つ♪のところで、尊師が空中浮遊しながら窓から飛び出していくところとか。ひいっひいっ。腹筋がねじ切れる。つか尊師、自分のこと美化しすぎ。めっちゃお目目パッチリやん。ああおもしれえ。勝っちゃんと菊ちゃんがバイトから帰ってきたら、さっそく観せてあげよう」

 無礼を窘めようとした麻原だったが、寸前で思い留まり、言葉を飲み込んだ。信徒とこうした形で信頼関係を結ぶのも、悪くないのかもしれない。

 信徒に自分を神聖なる存在と認識させ、圧倒的なカリスマをもって統治する方法は、たしかに強固な結びつきを生むが、それを維持するのには凄まじい神経を使う。たとえば以前のマントラ・イニシエーションでの一件のように、信徒の前で生理現象を見せることにすら気を使わなければならない。

 ただでさえ常に命を狙われるストレスに晒されている中で、屁一つこけず、エロ本の一冊すら読めないというのは、精神衛生上、健全とはいえない。それならば、端から人間らしさを表に出して信徒に接していた方が、いい結果を生む気がする。

 即断即決。それで行くことに決めた。神の座に君臨するのは、バトルロイヤルに勝ち残りを決めてからでいい――。

「ふふふ。俺の歌を、気に入ってくれたようだな。正と清孝にも、是非観せてやりなさい。そうだ。今度、みんなでカラオケ大会を開くとしようか」

「マジで?よっしゃ!じゃ、そのときに備えて練習しとこーっと。しょしょしょしょしょしょしょしょしょーこー♪」

「こら、光彦。しょ、が一つ多いぞ。しょしょしょしょしょしょしょしょーこー♪だ」

「あ、いっけね。よーし、もっと頑張って、尊師みたいに上手く歌えるようになるぞ!」

 束の間のブレイクタイム――。
 戦いを制するためには、こういう一時も重要だ。
 

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十話

 
 有楽町の繁華街。牛丼チェーン店「すき家」で食事を終えた宅間守は、金を払わずに店外へと飛び出していった。無銭飲食である。
 
 無銭飲食を働いたのは、娑婆に出てから、これでもう五回目だ。バトルロイヤルの参加者が娑婆で犯罪行為を行うことが禁止されているのは、クローン復活者対象の研修施設にいた頃、委員会の連中から耳にタコができるほど言い聞かされていたが、自分には関係なかった。

 参加者の体内には特殊なGPS装置が埋め込まれており、その行動は全てが筒抜けになっているはずだが、今のところ委員会の連中が自分を処分しにくる気配はない。微罪ということで、黙認されているのか。はたまた、自分の犯罪者としてのランクがあまりに高いことから、特別扱いされているのか。

 宅間を追って、男性の店員が、カラーボールを手に店外へ飛び出して来た。たかだかアルバイト店員のくせに、クソ真面目に仕事しおって。いまいましい青二才が。もし自分が、賞金十億を賭けた戦いに参加する身でなかったら、社会の不条理をわからせてやるところだ。

 184㎝、75㎏。無駄肉の一切が削ぎ落とされた肉体は、敏捷性に優れている。宅間は瞬く間に、店員との距離を広げていく。やがて店員の姿は完全に見えなくなった。

「ドアホがっ。ざまあみさらせっ!」

 宅間はタバコを咥え、すれ違いざま、通行人が白い目を向けるのも構わず、煙を撒き散らしながら歩いた。よもや自分が再び娑婆の往来を歩く日が来ようとは。研修施設から出て二週間が過ぎた今になっても信じられなかった。

 しかし、どいつもこいつも、平和ボケしたのほほんとしたツラをしている。いい大学を出ていい会社に勤めていても、中卒で無職のどうしようもない男に喉を切り裂かれて一瞬で人生が終わってしまうこともあるなど、頭の片隅にも思い描いていないというツラだ。

 こいつらは十二年前、自分が事件を起こしたときも、自己責任、自己責任といって自分を嘲笑ってきたのだろう。人に偉そうなことを言える身分であるのかどうか、自分の命で試してもらおうか。人に自己責任論を説くくらい隙のない人間なら、当然、通り魔に殺されないために、常日頃警戒心を持って道を歩いているはずだし、咄嗟の事態にも対応できるよう身体を鍛えているはずだ。

 体内でマグマのごとく湧く破壊衝動。いつも自分を突き動かして来た、呪わしく狂おしい感情。それを鎮めたのは、グランドマスターが約束した、十億円の賞金の話だった。あの胡散臭いおっさんの言う事を、全面的に信用しているわけではない。だが、自分がこの社会で生きていくためには、その話に縋らなくてはいけない事実は、悔しいが認めなくてはならない。

 自分は死んだままでもよかったというのに、まったく余計なことをしおって。またあのときのように、派手な花火を打ち上げて潔く散ってやるのも一興ではあったが、まあ、事の真偽が明らかになってからでも遅くはない。それまでは精々、娑婆の空気を満喫するとしよう。

「なあ姉ちゃん、ちょっとこれから飲みに行かへんか?」

 宅間は、すれ違った会社帰りのOLに声をかけた。長身で精悍な顔立ちをした宅間のナンパ成功率は高く、二十人に声をかければ一人くらいはお持ち帰りできるのが常ではあったが、けしてナンパが好きなわけではなかった。そんなまどろっこしいことをするより、脅して無理やり犯ってしまった方が手っ取り早い。

 宅間を無視し、早足で駅へと歩いていくOL。カッと頭に血が昇った。お高くとまりおって。思い知らせてやろうか、クソアマが。

 OLの後ろ髪を掴んで引き摺り回そうと、手を伸ばした、その瞬間。宅間は自分に向けられた殺意に気がつき、周囲に視線を巡らせた。獣の臭いがぷんぷんする。人間をやめた者にしか発することのできない氷のオーラが、自分に近づいている。

 宅間は咄嗟に、近くのビルの隙間に身を隠した。奥へと進み、壁に背を向ける。対複数戦を想定してのことだ。ここをねぐらにしているらしい薄汚れたホームレスが、驚いた目で自分を見ている。ホームレスをいたぶるのは趣味の一つではあるが、今は構っている暇はない。

 しばらくして、中肉中背の男二人組が、自分に向かって歩み寄ってきた。手にはそれぞれ、出刃包丁と鉄パイプを持っている。

「なんやあっ、おどれらはっ!」

「宅間守だな?悪いが、死んでもらう」

 ワシの恫喝に、まったく怯むそぶりを見せない。間違いない。こいつらは、バトルロイヤルの参加者や。ならば、殺るしかない。

 ワシは、けして勇敢ではない。勝てない戦はしない主義や。むしろ小心で臆病者といっていい。だが、ワシはそれを恥とは思わない。なぜなら、それこそが、獣として正しい姿だからや。

「ちょ、ちょう待ってや。ワシ生き返ったばかりやし、まだ死にとうない。有り金全部わたすから、勘忍してえな」

 勝つためには恥も外聞も厭わない、形振り構わない姿。これもまた、獣として正しい姿や。
 
 自分が命乞いをすると、二人の男は露骨に殺意を鎮めた。バカな奴らどもや。そんな甘ったれが、よく死刑になどなれたもんや。

「ドアホがっ!ひっかかりおって!」

 財布を抜くと見せかけてポケットに入れた手から、ファイティングナイフを取り出した。猫だましを喰らったように怯んでいる男の腹部を突き刺す。くの字に折れて倒れる男。素早く刃を抜き、返す刀で、もう一人の男の喉笛に切っ先を通した。シャワーのように噴き出す鮮血。自分に凭れかかるように倒れる男を突き放した。

「救いようのない奴らや。金なんぞ、風俗と競輪でとっくに使い果たしとるんじゃ」

 宅間は、白の地が血で真っ赤に染まったシャツを脱いだ。ギリシャ彫刻のような肉体が露わになる。陸に打ち上げられた魚のようにピクピクと震えている二人のポケットから財布を抜きだすと、もう彼らには目もくれず、裸のまま町へと歩き出した。ホームレスが、心臓発作でも起こしたように目を見開いて自分を見ている。

「どけやっ!」

 ホームレスの顔面を、サッカーボールのように蹴飛ばした。嫌な音がした。死んでしまったのかもしれない。どうでもよかった。アイツらは、誇りも意志もない、動物や。自分を虐げて来た社会に復讐もできずに、惨めな姿を晒してただ生きているだけの、動物や。そこらを這いまわっているゴキブリを潰すのと、大して変わらん。そんなことでいちいち罪悪感など感じていたら、人間などは殺せない。

 宅間はタバコに火を付け、街中へと出た。
 運動後の一服は、格別の味だった。

 バトルロイヤル参加者、現在98名。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第九話

 
 加藤智大は、予期せぬ男との接近遭遇に困惑していた。
 
 宮崎勤。ちょうど僕が物心ついた頃に、埼玉県で幼女連続殺人事件を犯した男。当時、僕が住んでいたのは首都圏から遠く離れた青森だったけど、女の子の同級生の保護者は、みんな恐々としていたのを覚えている。僕が事件を起こした直後に死刑が執行されたそうだけど、まさか生きて顔を合わせる日が来るなんて。

「ど、どうするんですか?松永さん」

「これは宮崎さん。お初にお目にかかります。私、松永太と申します」

 松永さんは僕の問いには答えず、一人宮崎勤のテーブルに向かって行った。大丈夫なのか?万が一のときにはすぐに飛びかかっていけるよう、心の準備をした。

 松永さんはしばらく世間話をして、宮崎勤の緊張を解した後、本題に入った。

「宮崎さん、私たちの仲間に加わりませんか?世界中の犯罪マニアに名を知られた伝説的シリアル・キラーのあなたが我が軍に加わってくれれば、これほど心強いことはありません。あなたの狂気性は才能なのです。ダイアの如き煌びやかなその才能を、我が軍で存分に発揮してみませんか?」

 僕のときと同じ、褒め殺し戦術だ。もしかして、同類と思われているのか?だとしたら、なんとも心外な話だ。

「あ・・あ・・」

「どうしました、宮崎さん」

「あの・・・ボールペンを・・」

 ボールペン?何を言っているんだ、この男は。

「ボールペンですか。どうぞ、お使いください」

 宮崎勤は、松永さんが差し出したボールペンをひったくるようにして受け取ると、テーブルの端によけられていたノートブックを開き、一心不乱に絵を描き始めた。

 唖然呆然。なんなんだ、こいつは。前上さんも重信さんも、かける言葉もなく凍りついている。ただ一人松永さんだけが、冷静に、宮崎勤の挙動を観察している。

「できた!ゴーリキ・ベース・サファイアの完成だ!」

 破顔一笑。宮崎勤が突如、今までとは一変した、明るく大きな声を発した。満足げな表情でノートブックを支給品のリュックサックに仕舞うと、松永さんに礼も言わずにボールペンをテーブルに置きっぱなしにしたまま、ここにはもう用は無いとばかりに立ち去ろうとする。

「待てっ!」

 行かせるか。お前の命は、ここで終わりだ。

「よしなさい、加藤君」

 ダガーナイフを抜いて宮崎勤に突進しようとした僕を制したのは、重信房子さんだった。

 重信さんが僕たちのチームに加わったのは七日前。松永さんと二人、五反田で人材探索をしているときに、偶然出会ったのだ。

 松永さんの説得でチームに加わることを承諾した重信さんに対し、松永さんは続けて、ある要請をした。その言葉を聞いて、僕は仰天した。重信さんに、チームのリーダーになってくれというのだ。

 確かに重信さんは日本赤軍の最高指導者で、統率力においては、参加者の中に並ぶものが無いほど優れている。インテリで、実戦経験も豊富だ。十年ほど前までは一般社会で生活していたのだから、まるきりの浦島太郎というわけでもない。個性の強い犯罪者たちを纏めていくリーダーとして、十分な器量を持っているとは思う。

 けれど、総合力を考えたら、けして贔屓目でもなく、松永さんの方が一枚も二枚も上手のように思う。その松永さんが重信さんに従えというのだから、一応は言う通りにしているが、どうにも解せない部分はある。なにか狙いがあるのだろうが、僕にはそれはわからない。

「今はまだ、他の参加者と争うべき時期ではありません。さっきの松永さんの話を聞いていたでしょう?私たちがまず考えるべきは、いかに他の勢力を出しぬいて新宿歌舞伎町に経済的基盤を築くかです。こんなところで戦力を損耗したらどうするの」

「す、すみません。軽率でした・・」

 能力では松永さんより下と思えても、重信さんには重信さんで、有無を言わさず人を従わせる威圧感がある。かなりの美人でもあるのが、そのカリスマ性にさらに花を添えている。

「宮崎さん、あなたに、現時点で我々と行動をともにする意志がないのはわかりました。ただ、私はあきらめません。私の携帯電話の番号です。気が変わったら、いつでも連絡ください。待っています」

 宮崎勤は、松永さんが手渡した名刺をポケットに無造作に突っ込むと、会計を済ませ、店を後にしていった。あいつはこれから、僕たちの敵になるのか、味方になるのか?今の時点ではわからない。ただわかっているのは、あの男が、地球外生命体よりもなお理解不能な生物ということだけだ。

「さあ、我々も行きますよ。会議の続きは、Aホテルで行いましょう」

 松永さんの言葉で、重信さん、前上さんが、椅子から腰を上げた。四人そろって会計に行くと、松永さんは、当然割り勘だと思って財布を出そうとする僕らを手で制し、支給品ではなく、自分で買った長財布からお札を取り出す。

 松永さんの仕草は一つ一つが優雅で、一切の隙を感じさせない。犯罪を起こす前は会社を経営してそこそこに成功し、女性にも大層モテていたそうだけど、それも頷ける。なにかにつけ嫉妬深い僕だが、ここまで次元の違う人には、妬む気も起こらない。

 会計を終えて外に出ると、松永さんは先頭を重信さんに譲り、自分は後方に退いた。松永さんの隣、道路側を前上さんが歩き、僕はそのさらに後ろを歩いた。

 このフォーメーションは、誰に命令されるでもなく、僕自身が提案したものだ。後ろから襲撃を受けた際に100%反応できる勘を持つのは僕だけだし、前から襲撃を受けた際にも、僕の脚力ならば、十分重信さんを守ることができる。

 僕には、松永さんのような知力も、重信さんのような統率力も、前上さんのような猟奇性もない。だが、僕には戦闘力がある。戦闘力なら誰にも負けない。この戦闘力で、みんなの役に立ってみせる。

 ただ、この人たちの命を守ることが―――それは自分も含めてだが―――それが正しいことなのかどうかは、僕にはわからないが。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第八話


 宮崎勤は、赤羽のファミリーレストランで、食事が運ばれてくるのを待っていた。

 待っている間は、趣味のイラストを描いて暇をつぶす。題材は、僕が大好きな立体の図形だ。タイトルはすでに決めてある。ゴーリキ・ベース・サファイアだ。裁判中もこうやってお絵かきをしていたら、傍聴席にいたうるさい偽善者のおっさんに怒鳴られたっけ。

 あれ。ボールペンのインクがなくなってしまった。困った。困ったぞ。

 しょうがない。ちょっと回想でもして、時間を潰すか。



 僕が委員会の教育プログラムを修了して、外の世界に出て来たのは、十日前のことだった。研修施設での暮らしはそこそこ充実していたから、僕は嫌がったのだけれど、グランドマスターを名乗るおっさんは、僕を無理やりに車の外に放り出したのだ。

 僕を生き返らせてくれたのはいいけど、たかだか200万円のお金を渡しただけで、一人きりで放り出すなんて、まったく酷いことをする奴らだ。「家族の人」を頼ることもできないし、僕は途方に暮れてしまった。そしてとうとう、道の真ん中で蹲って、泣き出してしまった。

 しばらくして、パトロール中のおまわりさんがやってきた。僕が帰る家がなくて困っていること、ある程度のお金は持っていることを告げると、おまわりさんは、近くにある漫画喫茶を紹介してくれた。

 そこは楽園だった。僕が拘置所に収監されている間に、社会にこんな素敵な施設が出来ていたなんて。ドリンクは飲み放題だし、漫画も読み放題。パソコンも出来るし、大好きなジブリアニメも観れる。ご飯も食べられるし、シャワーすら浴びれる。

 それから僕は一週間も、漫画喫茶に籠りっきりで過ごしていた。今日出てきたのは、同じような施設は都内にいくつもあることを知り、他のお店を見てみたくなったからだ。



「お待たせしました」

 料理が運ばれてきた。ウェートレスの娘は、18歳くらいの、溌剌とした女の子だった。僕の大好きなナウシカに、ちょっと似ているかもしれない。

 「やさしいこと」をしてあげたいな。そう思った。

 僕をよく知らない人は、僕を真性の小児性愛者だと思っているようだけど、それはとんだ誤解だ。僕は大人の女性も、毛の生えていない子供の女の子も、同じように性的対象にできるだけだ。

 僕の風貌は、大人の女性には敬遠されやすい冴えないものだけど、子供から見た印象では、優しそうなお兄さんといった感じで、警戒されにくい。アニメに詳しいから、話題も合う。腕力のない僕でも、子供なら簡単に制圧できる。狙いやすい女を狙った。それだけの話なのだ。

 テーブルの上では、ハヤシライスとホワイトシチューが湯気を放っている。僕の大好きな、「カレー仲間」の取り合わせだ。さっそくスプーンをとり、食事を始めた。

 暖かくておいしい。でも、拘置所で食べたものの方がもっとおいしかった気がするな。あまり良い食材を使っていないんだろうか。普通の人は知らないだろうけど、拘置所の、とくに刑が確定した囚人ってのは、結構いいものを食べてるんだよ。ま、こんなのでも、さっきの女の子を「肉物体」にして浸せば、もっとおいしく食べられるんだろうけど。

「・・・ですから、今後は人材集めと平行して、どこを拠点として活動していくかを考えなければなりません」

 僕が食事を待っている間に、通路を挟んで向かい側の席についた男女四人組の会話が、聞くともなしに耳に入ってきた。

「最も有力な地域は、なんといっても日本最大の消費都市、新宿歌舞伎町です。ここに拠点を構えれば、飲食や風俗など、あらゆるシノギを展開できる上、武器や情報を提供してくれる裏社会の人間と交流を持つにも便利です」

 ん?あいつら、どこかで見たことがあるぞ。そうだ、僕と同じ、バトルロイヤルの参加者じゃないか。
名前はなんていったっけ。名鑑を開いてみよう。えーっと・・松永太に、加藤智大、前上博、それと、重信房子・・か。

 やばいな。このままここにいたら、殺されちゃうかもしれないぞ。でも、まだ「カレー仲間」を食べ終わってないし・・。ああ、どうしたらいいんだろう。

「だったら迷うことはないじゃないですか。さっそく、歌舞伎町に拠点を構えましょうよ」

「甘いですね、加藤君。歌舞伎町を抑えることがどれだけの利をもたらすかは、少しばかり世故にたけた参加者なら誰でもわかるはずです。もし私たちが、十分な力の裏付けがないままに歌舞伎町で旗揚げした場合、他の参加者がとる行動は?一時手を携え、出る杭をよってたかって叩き潰そうとするはずです」

「そ、そうか・・」

「ですから肝心なのは、我が軍団の戦闘力を高めるとともに、他の勢力の動向にも気を配り、同盟できる勢力とは同盟し、しっかりと土台を固めた上で、歌舞伎町に進出することなのです」

 何を言ってるんだか、さっぱりわからん。たぶん、ゲームを勝ち抜くために大事なことなんだろうけど。僕の頭は、自分が興味のないことは、いくら勉強したって、どんな丁寧な説明を受けたって理解できないように出来ているのだ。

「なあ、大事な話をしているところ悪いんだが・・」

「どうしました。前上さん」

「あそこに座ってるの・・宮崎勤じゃないか?」

「!!」

やばい。僕の存在が、バレてしまった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第七話


「ヴァンデー・グールナム・チャラナラヴィンデー・サンダールシッタ・スワートマ・スカーヴァ・ボーデー・ニー・シュレヤセー・ジャンガリーカーヤーマネー」

 時刻は23時。世田谷のワンルームマンションの一室。照明の一切が消された室内。数本のローソクが放つ微かな灯りの中、麻原彰晃は、自らが立ちあげた新生オウム真理教――「バドラ」の信者に向かって、マントラを唱えていた。イニシエーションを受けているのは三名。いずれも、バトルロイヤルの参加者である。

 グランドマスターによって俗世に解き放たれてから、十日間。この短期間で、よくぞここまで来れたものだ。すべては、偉大なるシヴァ神の導きがあってのこと。感謝の意を捧げるためにも、なんとしてもこのバトルロイヤルを勝ち抜いてみせる。聖なる戦士たちの力をもって。

「サムサラー・ハーラハラ・モーハーシャンティエ・アーバーフー・プルシャーカーラム・シャンカチャクラシー・ダーリナム」

 突如、マントラに間の抜けた音が割って入った。室内に香ばしい臭いが立ち込める。麻原はマントラを中断し、糸のような目を、カッと見開いた。結跏趺坐を解き、立ち上がる。

「貴様!神聖なるマントラ・イニシエーションを受けている最中に、放屁をするとは何事か!」

 麻原が放った怒声が、ローソクの炎を揺らめかせる。怒ったように見せかけているが、麻原は信徒に感謝していた。実はさっきから自分も屁を我慢していたのだが、それをこの機に乗じて放出することができたからだ。音は己の怒声に紛れ、臭いは信徒の屁に紛れた。

「す、すみません、尊師!」

 貴様、と言いつつ、誰が屁をひりったのかはわからなかったのだが、幸いにも、信徒の方から名乗り出てくれた。信徒に常々こう言っていたのが功を奏した。自分は全てを見通す目と、すべてを聞きわける耳を持っている。だから自分には、けして嘘をつくな、と。

 名乗り出た信徒の名は、菊池正。1953年、栃木県で起きた一家四人強殺事件の犯人である。しかし、この男が犯罪史上に名を残しているのは、その罪状の凶悪さゆえではない。菊池は死刑確定後、拘置所を脱獄し、十日間に及ぶ逃亡劇を繰り広げた男なのだ。

 昔の拘置所の管理体制が、現代とは比較にならないほどお粗末なものだったのは確かとはいえ、破獄というのは、並みの人間に出来る事ではない。常人を超える知力と体力、そして精神力を兼ね備えた者にしかできない芸当である。その上この男は、無類の働き者ときている。真理の戦士として、必ずや力になることは疑いようもない。

「まあいい。お前たちはまだ、修行を開始して日が浅い。失態を犯すのも仕方は無い」

 鷹揚な笑みを浮かべる麻原。菊池がホッと胸を撫で下ろす。

「さて。イニシエーションはこれくらいにして、ワークの報告に移ろうか。ではまず、正。お前から聞こうか」

 ワークとは、オウム時代に使用していた用語で、金銭を稼ぐ行為全般を指す。あの頃は飲食やパソコンショップなどの店を展開し、年間二十億円以上を荒稼ぎしていた。信徒をタダ働きさせていたから人件費は無いに等しく、利益はほとんどが自分の懐に入った。昨今のブラック企業の経営者も、データ装備費など、わけのわからない名目で人件費をケチるくらいなら、宗教を開けばいいのだ。

 ちなみに自分は「バドラ」の信徒を、年上、年下、男女の区別なく、ファーストネームで呼ぶことにしている。親しみのこもった印象を与えるためだ。

「はい。本日は、牛丼チェーン店、松屋の面接に行ってまいりました!」

「ふむ。手ごたえの方はどうだ?」

「履歴書というものを持参せず行ったところ、君、今まで何して生きてきたの、と、呆れられてしまいました!」

 麻原は舌打ちした。委員会め、一年間もクローン復活者の教育に時間を割いていながら、なにを教えていたのだ。

「まあ、現代に蘇ったばかりなのだから、仕方が無い。次からは気を付ければよいのだ。書き方がわからなければ、あとで、光彦にでも聞きなさい。では、次はその光彦に聞こうか」

 第二の信徒――関光彦。1992年に起きた、市川一家四人殺害事件の犯人である。逮捕当時19歳、札付きのワルとして地元で名が通っていた関光彦が犯したのは、暴力団関係者から要求された200万円を支払うため、かつて己が強姦した女子高生の家に強盗に入り、家族を惨殺した後、女子高生を監禁して再び強姦に及んだという、鬼畜の所業である。人間の皮を被った悪魔と呼ぶに相応しい男――しかし、だからこそ使い道がある。

「光彦・・光彦!」

反応のない関光彦の名を連呼する麻原。この男、居眠りを決め込んでいたようだ。菊池正に肩を揺すられ、ようやく目を覚ます。

「んあ?・・ああ?」

「んあ、ではない。ワークの報告をしろと言っている」

「ああ・・仕事ね。今日はパチンコ屋の初出勤日だったけど、面倒くさくなって、三分でバックレちゃったよ。で、別のパチンコ屋でスロットやってた」

 なんでも正直に話せと言ったのは自分だが、ここまであけすけなのも考えものではある。教義を守るのと同じくらい大切と言い聞かせてきたワークをおろそかにしたことに、まるで罪悪感を抱いていないのは問題だ。まあ、しかし、この男には一般就労は無理なのかもしれない。下手に外に出てトラブルを起こさないよう、常に自分の目が届くところに置いておくのが正解か。

「わかった・・ひとまず、今晩はゆっくり休むといい。最後に、清孝。お前の報告を聞こうか」

「はい。本日はマクドナルドで、二日目の勤務をこなしてまいりました」

 第三の信徒――勝田清孝が、明瞭な口調で答えた。

 勝田清孝。1972年から1983年にかけて、立証されているだけで14件、本人の告白では22件の殺人を繰り返した、連続殺人犯である。

 殺人の検挙率が高く、また狭い国土に人口が密集している日本では、米国に比べ、連続殺人犯の発生率は低い。発生したとしても、まだ被害の少ない短期間の内に逮捕されるケースがほとんどであり、勝田ほど長期に渡り、多数の人間を殺害したケースは、後にも先にも存在しない。また、連続殺人犯は、快楽殺人犯とイコールであるケースが多いのだが、勝田の場合は強姦や強盗など、物的な欲求を満たすための犯行が主であったのも特徴的である。

 この十日間の最大の成果――それは紛れもなく、この日本犯罪史でも十指に入る男、勝田清孝を配下に据えることが出来たことだった。

「しかし、最近の電子機器というのは凄いですね。クレジットカードの処理やらなんやら、正直、ついてけまへん。ほんま、かないまへんわ」

 弱音を吐きつつ、その表情には自信が溢れている。逮捕の直前まで消防士として働いており、その勤務態度は誠実だったというから、仕事の覚えは早いはずだ。

「ふむ。ところで、マクドナルドの60秒ルールについてはどう考えている?」

 この質問には、ちゃんと意味があった。組織の命令ならどんな理不尽なことにも応じる、従順さを確かめているのだ。

「ほうですね。まあ、論理が破綻していますわ。店側は、クルーに困難な課題を与えることよりモチベーションの向上を図るなんて言っとりますが、賃金は上げずに負担だけ増やされて、なんでやる気が上がるのかって話ですわ」

 期待通りの答えが返ってきた。信徒が忠誠を誓うのは、自分が作った組織「バドラ」に対してだけでいい。

「清孝に関しては、問題なさそうだな。よし。今日はこれくらいにしよう。三人とも、ゆっくり身体を休めて、明日に備えてくれ」

 解散の指示を出すと、信徒たちは寝室に入っていった。

 まずは三人、自分の手足となって働いてくれる、忠実なる僕を獲得することができた。引き続き参加者の勧誘活動を続け、今月中には組織を固める。来月からは一気に攻勢に出る。全ての参加者たちを駆逐し、勝ち残りが確定した後は、自分が作った「バドラ」の、一般大衆への布教活動を本格的に開始する。「バドラ」を、オウム真理教以上の宗教団体に成長させてみせる。

 今度こそ君臨してみせる―――神の座に。

 新生オウム真理教「バドラ」、始動。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第六話


 市橋達也は、浅草は雷門前を歩いていた。今日は日曜日、街道は多くの観光客で賑わっている。

 逃亡するなら、人を怖れるな。人ごみにこそ、身を隠せ。さっき、コンビニで気まぐれに手にした、逃亡生活のマニュアルに書かれていた、逃亡の鉄則。

 基本的には同感だ。田舎は人が少ない分、余所者や不審者の存在が目立ってしまう。都会は、人は多いが基本的に他人に無関心で、灯台もと暗しの法則で警察のマークも薄い。生活に必要な物も揃っている。焦って遠くの地方に逃げるよりも、土地勘のある都会に留まった方が、むしろ安全ということはあるのだ。ただ、僕の場合は顔が知られすぎていて、防犯カメラを警戒する必要があったから、またちょっと事情が違ったのだが。

 僕がグランドマスターを名乗る男の手によって獄中生活から解放されて、三日が過ぎた。最初にもらった200万円からこれまで使用した金額は、3189円。おそらく全参加者の中でも、かなり少ない金額だと思う。

 用途の第一は、一日一食と決めた食費。メニューは、牛丼屋で並盛牛丼を一杯と生野菜サラダ。それで一日を過ごす。

 あの事件を起こして逃亡生活を始めてから、どういうわけか僕の身体は、少ない食事で凄いエネルギーが発揮できるように、体質が変化していた。成人男性が一日に最低限摂取すべきカロリーの半分以下で、一日で身体を壊してもおかしくない肉体労働を平気でこなしていたのだ。

 用途の第二は、生活雑貨。といっても、購入したのはウェストバッグとタオル、それから歯ブラシだけだ。

 ウェストバッグを購入したのは、言うまでもなくお金を守るためだ。グランドマスターから貰った財布には、限界まで詰め込んでも、お札は五十枚までしか入らない。大切なお金をリュックサックなんかに入れるなんて不用心なことはできない。コインロッカーに保管するのは、お金は安全だが、他の参加者に待ち伏せされて殺されてしまうかもしれない。常に肌身離さず持ち歩いているのが、結局は一番安心できる。

 タオルと歯ブラシを買ったのは、最低限の衛生状態を保つため。この三日間、僕はお風呂を使っていない。人目につかない早朝を見計らって、公園の水で身体を拭いただけだ。まだこの季節は汗が出ない。臭い的には、あと一週間はいけそうだ。そんなことを考えていること自体、あの事件を犯す前、潔癖症で通っていた僕からすれば、まさに考えられない話。人間、変われば変わるものだ。歯磨きは必要ないようにも思えるけど、ゲームの途中で歯を痛めて食事がとれなくなり、何より大切な栄養が満足に補給できなくなるリスクを考えたら、ケアは怠れない。

 用途の第三は、凶悪な犯罪者たちから自分を守る武器――サバイバルナイフを買うための費用だ。
 
 僕はけして、暴力は好まない。関西の飯場で働いていたときによくいた、口より先に手が出るような粗暴な人間は大嫌いだ。だが、いざというときには、戦う覚悟はできている。

 殺し合いで大事なのは、戦闘能力よりも胆力だ。相手を殺す覚悟だけじゃなく、自分の命も差し出す覚悟で挑む。その気迫で大抵の相手は恐れを為す。相手を気迫で呑んでしまえば、もう勝ったも同然だ。終始こちらのペースで戦いを進めることができる。

 とはいえ、それは本当に八方ふさがりの、ギリギリの状況に追い込まれたときの話。できる限りは、争いは避けていくつもりだ。グランドマスターは、他の参加者とチームを組むのも自由だなんて言ってたけど、他人とつるむ気は更々ない。僕は最後まで、一人きりで行動する。一人で生き残る。

 少し疲れを覚えた。歩くのをやめ、浅草神社の境内に腰かけた。ゴミ箱から拾ったペットボトルに詰め込んだ水で喉を潤した後、リュックサックの中から、用途の第四――古本屋で買った小説を取り出した。ハリー・ポッター。あの人の国の小説だ。

 僕はずっと海外に憧れがあった。グランドマスターは、バトルロイヤルを生き残ったら、どこか希望する異国に生活拠点を用意してくれると言っている。僕は迷わず、あの人の国を選ぶつもりだった。

 どこまで勝手な男なのか。自分でも、そう思う。けれど、僕の中では、それはケジメのつもりだった。なにがケジメなのかは、よくわからない。なぜか、そうしなくちゃいけないと思うのだ。

「夕日がきれいね」

 僕の隣に、一人の女性が腰を降ろした。

「あなた、市橋達也くんでしょう?」

 僕の名前を知っている?この人は・・・参加者?女性は戸惑う僕の顔を見てニコリと笑う。
すごくキレイで、気立てのよさそうな女性だ。年齢はどれくらいだろう。30歳くらいに見えるけど、40歳と言われればそれくらいにも見える。言葉には、全国指名手配犯だったころ、お遍路で行った四国の訛りがある。

 名鑑には、こんな顔の女性は載っていなかった気がする。けれど、女性は化粧で化ける生き物だ。それに、最初にもらった200万を、全て整形に注ぎ込んだ可能性もある。この人が参加者なら、殺さなきゃ。相手が女性なら、それは容易だ。

 でも、なぜか僕の身体は動かなかった。この人を見ていると、血の繋がったお姉さんを見ているような・・。とても他人とは思えないのだ。

「あなたとは、またいつか、どこかで会う気がするわ」

 女性は立ち上がると、夕日を浴びながら人ごみに消えていった。僕はなぜか、女性を追えなかった。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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