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犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 9

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 監禁

 仕事や日常生活を送りながら、毎日久留米から片道2時間(高速代が勿体ないということで、途中から3時間)かけての小倉通いを続ける緒方一家は日に日に衰弱していきました。勤務先で居眠りしたり、上の空でいることが多くなり、交通事故を起こすことも(緒方家は松永のマンションで酒盛りをしていたので、飲酒運転だったのではないか)度々ありました。

 緒方一家の様子がおかしいことは親族の耳にも入り、どうも家長の誉が松永という男に騙されているらしいことを知った親族は、誉を説得しようとしますが、誉は「松永は今に偉くなる男だ。それまで私が助けてやるんだ」と聞く耳を持ちません。親族との面談に応じた松永は、はじめからヤクザのような態度で「自分は純子及び緒方家から迷惑を受けているのであり、自分が緒方家から数千万を受け取ったのは正当な理由あってのことである」と主張しました。

 いつものように柔和な笑顔で警戒心を解かせるのではなかったのは、松永に焦りがあったからでしょうか?このままではどうにもならないと思った親族は、指名手配中の純子と松永を追っている部署に連絡します。捜査員はすぐに緒方の家に向かい、在宅していた静美に事情を聞こうとしますが、静美は「松永の居場所は知らない」の一点張りでした。静美から連絡を受けた松永は、すぐに緒方一家を自分のマンションで暮らさせることを決断しました。

 警察はこれだけの有力な情報が寄せられながら、なぜもっと捜査員を増員して捜査に力を入れないのかと思ってしまうのは、この事件が日本犯罪史に残る大事件に発展することを知っている我々が後から考える結果論なのでしょうか?静美が洗脳されていたことを知らずに迂闊に声をかけてしまったのは仕方ないにしても、もう少し真剣に探していれば最悪の事態は防げたのではないかとどうしても思ってしまいます。やはり詐欺くらいの事件では、警察は本気は出さないのでしょうか。

 緒方家をマンションに迎えるにあたって、松永は一家に可能な限り借金をさせました。松永に土地を譲渡するのを阻止した親族にも、誉、静美、主也、理恵子の連名で「私たちが久留米にいられなくなったのは、あなたたちのせいであることを覚えていてください。人の心があるなら、緒方家の土地の仮登記をはずしてください」などと書かれた手紙を送るなど、あとは殺すだけの緒方家一家から、搾り取れるだけ搾り取ろうとしていました。

 この時点で松永が緒方家から奪い取った金は、少なく見積もっても6300万にのぼりました。

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 一家崩壊

 こうして松永のマンションで共同生活をすることになった緒方一家には、清志と同様の厳しい生活の制約が与えられました。

 基本は台所に一家全員で立ったまま過ごし、寝るときは布団は与えられずに台所の床で雑魚寝。睡眠時間は3~4時間ほどで、松永の気分でもっと短くなることもありました。家族での会話は禁止され、松永が「金を作る話し合いをしろ」と命じたときのみ、立ったまま話し合いました。

 服は一着のジャージを着たきりで、洗濯は許されませんでした。食事は食パンやごはん、カップ麺を一日に一回、そんきょの姿勢でとらされました。排泄も一日に一回のみで、便座を使うことは許されず、大便は便器から腰を浮かせたまま、小便は風呂場でペットボトルにしていました。

 通電虐待も毎日のように行われました。松永の気分によって緒方一家の序列は目まぐるしく入れ替わり、最下位の者が通電を受けました。緒方一家は結束して松永に反抗するよりも、家族の落ち度を密告して序列を上げることに努め、ときに主也と理恵子の9歳の子供も標的になることがありました。

 心身ともに休まる暇がない中で、緒方一家は「学習性無力感」に陥っていきました。思考能力を停止させられた彼らは、こんなに酷いことをする松永に精神的に依存するようになっていきました。家長である誉の口から「私たちはもう松永さんにぶら下がって生きていくしかありません」という言葉を聞き、松永はほくそ笑んだでしょう。

 どんなに酷い虐待を受けても娘は売らなかった清志と同様、緒方一家も主也と理恵子の幼い子供は庇いましたが、大人同士の信頼関係は無きに等しく、互いを見張り、裏切り、隙あらば自らの序列を上げることだけに腐心していました。一家の絆は完全に壊れ、洗脳は最終段階に入っていました。

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 最初の犠牲者

 緒方一家の序列は頻繁に変わっていましたが、初めは誉が最下位に置かれることが多かったようです。松永にしてみれば、親族の妨害によって緒方家の土地に手が出せなくなったのは、家長であり土地のことに詳しい誉のせいだという思いがあり、悔しさから誉に当たっていたのでしょう。

 そしてあるとき、「主也と理恵子の娘の彩の態度が悪いのは緒方家の教育がなっていないからだ」と難癖をつけた松永は、代表として誉が通電を受けるように指示しました。実の娘である純子から、心臓に近い乳首への通電を受けた誉は、正座した状態から前のめりに倒れて昏倒してしまいます。

 自分は殺すつもりはなかったというポーズをとるためか、松永は誉に人口呼吸を施し、緒方一家にもマッサージをするように指示しましたが、誉は通電のショックのために命を落としてしまいます。

 誉の遺体をどうするかという話し合いが行われ、松永は一言「清志のときのような方法もあるぞ」とボソッと呟きました。どう考えても、遺体を解体して捨てろと言っているのは明らかで、緒方一家は有無も言わずに役割分担を決め、誉の遺体の解体に取り掛かりました。誉は亡くなるときに金歯が一本なくなっており、証拠を残さないようにするためか、松永はそれを絶対に見つけ出すように一家に厳命していました。

 驚くべきことに、松永は誉の解体を、わずか9歳の彩にまで手伝わせていました。彩が昔、出先で冷やし中華を食べさせてくれるという約束を守ってくれなかった誉に腹を立て、「おじいちゃんなんか死んじゃえ」と祈ったことがあるというエピソードを聞いていた松永は、「おじいちゃんが死んじゃったのは、彩ちゃんがお祈りしたせいなんだよ」などと言って、幼い彩にも罪悪感を抱かせ、犯行に加担させていたのです。

 血抜き、切断、煮込み、ミキサー掛け、ペットボトル詰め、海や公衆便所などへの投機という工程を、一家は十日間をかけて行いました。松永が見つけ出すことを指示していた金歯は、なんと肺の中から見つかりました。
 



 
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犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 8

 
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 恭子と純子

 純子が湯布院に行ったころから、恭子はそれまで浴室で寝起きから食事までしていたのが、リビングで純子と松永の子供たちと一緒に生活できるようになりました。そして純子が湯布院から連れ戻されると、今度は純子が浴室で寝起きし、恭子から毎日の食事、排泄を管理されるようになりました。松永の下で、純子と恭子の順位が入れ替わったのです。

 恭子は今までの鬱憤を晴らすかのように些細なことでも松永に報告し、純子は松永に命じられた恭子、ときには自分の息子から通電を受けていました。純子と松永の子供はこの頃2人に増えて(清志の死体を解体しているとき純子は身重だった)いましたが、実子の目の前でされる虐待はかなりの精神的苦痛だったでしょう。

 純子はこうした境遇に耐えきれなくなり、恭子と2人で用事に出かけたときに逃亡を図りました。まず駅を出た瞬間にタクシーに乗り込みましたが、すぐ追いついてきた恭子が窓を叩き、運転手に迷惑をかけまいと思ったのか、純子はすぐ出てきてしまいました。直後にやってきた電車に飛び乗ろうともしましたが、恭子に取り押さえられ、この頃には恭子と純子の栄養状態は逆転していたため引きずりだされてしまいました。

 そしてマンションに帰ってから、純子は激怒した松永から酷い通電虐待を受けました。

 このとき、父の敵である松永の命令に唯々諾々と従う恭子はどういう心境だったのでしょうか。父や自分に酷いことをしていた2人のうち、純子だけでも懲らしめられてせいせいしていたのでしょうか。恭子にそういう感情があったとして、松永はそれすらも巧みに利用し、自らを王とするランク制度を維持していました。

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 緒方家

 偽葬式前夜、松永はマンションに集めた緒方家の人々に清志を殺害し、その死体を遺棄したことを打ち明け、「すべての責任は純子にある」と信じ込ませました。

 松永は緒方一家を毎日のようにマンションに呼び寄せ、酒を飲ませながら「今後、純子をどうするか」について話し合いを行いました。緒方家の住む久留米からマンションのある小倉までは車で2時間もかかり、仕事や家事の合間に通うのは大変な労力がかかります。松永が得意とする、疲労とアルコールで正常な思考力を奪う手口がここでも使われたのです。

 松永の狙いは、重大犯罪を犯した純子を、家族が松永に「預けている」という形をとらせ、大金をせしめるというものでした。

 初め話は、無実の松永にとって厄介者である純子を、家族が大金を払って引き取るという流れになっていましたが、実際の主犯は松永であり、純子を実家に返したら最後、洗脳は解け、事件のすべてが明るみになることがわかっている松永には、純子を手放す気は毛頭ありませんでした。

 交渉が纏まりかけた最終の段になって、松永は、「純子との子供二人を自分が引き取る」という条件をつけてきました。これで純子が「松永とは絶対に別れない」と言い出したのです。

 コトは母の愛という次元を超えており、ここで家に帰っていれば一家全滅の惨禍は防げたはずで、純子もどうかと思ってしまいますが、こういうところが洗脳の怖さなのでしょう。平静な状態なら、むしろ子供のことを思えばこそこの時点で警察に出頭し、さらなる悪事を未然に防ぐという判断ができたはずですが、純子は強情にも松永の元を離れないという意志を示し、最悪の道に突き進んでしまいました。

 平静な判断といえば、まだ純子ほど深い洗脳状態に陥っていなかった緒方家の人々は、なぜ松永の策略にまんまと嵌ってしまったのでしょうか。

 善良な常識人であり、由緒ある家柄である緒方家には、それが故に、近所の評判を非常に気にするという弱みがありました。特に父親の誉は事件当時農協の副理事で、さらに理事の座を狙っており、スキャンダルを隠し通したいという意識は強く持っていました。

 静美、理恵子については、松永がいつも既婚者を落とすときの手段と同じで、まず酒を飲ませて夫に対する不満を吐き出させ、その後に彼女たちの弱み、具体的には過去の不貞を暴き、それを追求して負い目を抱かせました。

 静美に関しては具体的な話はなく、古い世代ですから手を握ったであるとか、一時心が揺れ動いた程度のことでも罪悪感を覚えてしまったのかもしれませんが、妹の理恵子は筋金入りで、両親から男女交際を禁じられていたはずの学生時代から多数の男性を渡り歩き、妊娠、中絶の経験もあり、主也と結ばれてからも他の男性と性的関係を持っていたことはどうやら事実であったようです。

 さらに、松永は静美、理恵子と強引に性的関係を結び、彼女たちの弱みを握りました。彼女たちが松永と関係を持っているのを純子は知っていたようで、純子は母、妹に嫉妬を抱いていたといいます。

 老人である誉、女である静美、理恵子を洗脳にかけ支配下に置くのは、ワールド時代から10年以上も洗脳術に磨きをかけてきた松永には赤子の手を捻るようなものでした。

 松永にとってもっとも厄介だったのが、力のある成人男性であり、警察官でもあった理恵子の夫、主也でした。

 松永は主也を篭絡するために、酒の席では常に主也に一目置いているような態度を見せ、緒方家の中で主也を特別扱いしていい気分にさせました。そして、婿養子に入る際にかわされた、土地の一部を主也に譲渡するという約束が履行されていないことに目をつけ、「あなたは緒方家に騙されているんですよ」と、緒方家に不信感を抱かせました。

 トドメのように、理恵子が不貞を働いており、その証人(理恵子の友人。松永は短期間でここまで辿りついていた)もいることを打ち明けると、主也の緒方家への不信感は決定的となり、松永を味方だと錯覚するようになってしまいました。松永が主也に「緒方家のあなたへの仕打ちはあまりにも酷い。一発殴ったらどうですか」と提案すると、主也は本当に誉、静美、理恵子の頭をポカリと殴ったそうです。

 こうして主也と緒方家の仲を分断しておいてから、今度は松永は「早朝、嫌がる理恵子にセックスを迫った。女性を侮蔑している」などと主也を責め立てて負い目を抱かせました。続いて、主也と理恵子の子供たちに通っている幼稚園をやめさせ、小倉に引っ越させ、純子や恭子、自分の子供たちと一緒に住まわせることに成功しました。

 人質まで取られて、これで主也も完全に松永の支配下に置かれてしまったのです。 

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 洗脳

 緒方家を見ればわかるように、善良であること、常識人であることに拘っていたとしても、この世に完璧な人間などはいないのですから、逆にわずかな綻びに付け入られて相手の言い分を飲まされる理由になってしまいます。善良であること、常識人であることは良いことですが、洗脳にはかかりやすい条件であるともいえます。

 では、一体どういう性格の人が洗脳にかかりにくいのでしょうか。この事件で被害に遭った人をみると、純子のように自責的で自罰的な人は危険なのですから、その逆を考えれば、洗脳にかかりにくいのは「程よく他責的で利己的な人」、清志のように夢見がちな人は危険なのですから「自己評価がさほど高くなく、死に物狂いの努力や多額の出資をしてまで大きな成功は望んでいない人」、緒方家の人々のように周囲の評判を気にし、欠点のない完璧人間を目指している人は危険なのですから「少しくらいの素行の悪さは屁とも思わず、また周囲へもそう思わせている人」

 ステレオタイプなイメージで恐縮なのですが、「競馬場の周りにいそうな小汚いオッちゃん」のような人は、まず洗脳からは縁遠いところにいるのではないかと思います。完全な悪ではいけませんが、「ちょい悪」というのは非常にバランスの良い性格であるように思います。

 このブログ内でも度々述べていることですが、正しいことはいいことだとしても、正しすぎるというのは考えものです。この世に悪があることを知らず、心に闇を持たない人は、その偏った正義によって人を傷つけるか、容易に騙されやすい人の二極であると言っても良いかもしれません。

 プライドというのは生きる上では何かと邪魔になることが多いのですが、けして失ってはいけないプライドもあります。己が自由であることへのプライド。己の生活を他人に支配されたくないというのは、その重大な一つです。

 他人を利用しようとする人間を信用するなというと、世の中のすべての関係は互いを利用することで成り立っているものであり、よくわからない話はまったく聞かないという態度を取っていると、本当にうまい話を断ってしまうこともあるので、判断は非常に難しいところです。しかし、少なくとも清志や緒方家のように、完全に取返しのつかないところに行くまでに気づくポイントは必ずあるはずです。「あいつはどうも怪しい」「どうもこの話はこっちが損だ、自分は一方的に利用されている」これにどれだけ早く気付くかが自分や大切な人への被害を防ぎ、卑劣な詐欺師に楽して得してを許さないことに肝要となります。

 この事件はあまりにも凄惨だったため当時は報道規制が敷かれましたが、人がサイコパスを見抜く目を養うためにも、今こそもっと多くの人が知るべき事件といえるでしょう。

 
 

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 7

ショーンk

 金主

 清志の遺体を処理した松永は、次に清志の親友の妻だという女性に目を付けます。松永は自分を塾講師だと偽り、清志の協力も得て、既婚者であった女性とデートを重ね、男女の仲となっていきました。

 松永は「自分は村上水軍の末裔だ」「東京で兄が医者をやっている」「塾講師の月収は100万円くらいだが、寺で一週間生徒を預かり、集中講義をやればもっと高収入になる」と嘘を重ねました。ラブホテルでも女性に相対性理論のビデオを見せ、30分以上も相対性理論について熱心に解説するなどしていたといいます。

 様々な詐欺の手口が明らかになった昨今では、松永のウソのつきかたはそれほど上手いとは思えません。ウソつきの世界ではすべてをウソで塗り固めるのはご法度であり、むしろ殆どは本当のことを話し、肝心なところだけウソをつくのが上手いウソのつき方とされています。

 こうしたすぐわかるようなウソを信じてしまう、信じようという気になってしまうポイントは、「この人についていけば自分にもこんなメリットがある」と思う、またそう思わせてくるというところにあるのでしょう。ただ華々しい経歴をひけらかすだけではいけ好かないヤツだと思われるだけですが、異性であれば結婚して一緒になるとか、同性であればビジネスで協力して成功できるということを強調すれば、何でこんなことを信じたのかというウソに騙されることもあり得るということです。

 メディアの世界でも、すべての経歴をウソで固めていたショーンKなる人物が実際に長らくテレビのコメンテーターとして活躍していたという事実もあり、恐ろしいほどの自信と、ウソの経歴に見合った実力というか、それらしいことが言えるコメント力があれば、すべてをウソで塗り固めていても人を納得させることはできるのかもしれません。

 松永に騙された女性は、清志が亡くなる一か月前に協議離婚を成立させ、三人の子供を実家に連れ帰りました。こうした行為も批判しようと思えば批判できますが、まあ松永と出会っていなければ不満を抱えながらも家族と平穏に暮らせていたであろうことを考えればそれほど目くじらを立てても仕方ありません。最近またもや九州で起こったママ友洗脳事件のように、すでに家庭を持って安定している人でもかかる洗脳の恐ろしさをもっと真剣に考えるべきでしょう。

 女性が離婚するや態度を豹変させた松永は、「小説家としてやっていくので塾講師は辞めた」などと言い出し、女性に生活資金として消費者金融から250万円を借り入れさせました。同居を始めてからも、理由をつけて女性の長女、長男を前夫や実家に送り返させ、代わりに純子と己の子供二人を連れてきてマンションに住まわせました。
 
 松永はこれまでと同じように、女性に凄惨な虐待を加えて金銭をむしり取っていきました。人質にするために家に残していた次女に危害を加えると脅されていた女性は、食事を制限されて栄養失調に陥り、睡眠も3時間程度しか取れないという状態で会社に通っていました。

 あまりの苦痛に耐えかねて、女性は純子が換気のために開けた窓から飛び降り、マンションの2階から決死の脱出を試みました。腰骨を折りながら、どうにか病院まで逃げたという女性は、その後しばらくは虐待のPTSDに苦しんだといいます。

 女性の逃亡がわかった松永は、すぐにもともと自分で借りていたアパートに帰りました。次女は前夫の家まで車で連れて行き、路上に放置しました。

湯布院

 湯布院

 女性に逃げられて以降、しばらく金主の獲得に苦しんだ松永は、純子に当たり散らすことが増えていました。「俺ばかりが金を工面してきたんだから、今度はお前が金を作る番だ!」などと松永に言われていた純子は、母親の静美に連絡して150万円の送金を頼みましたが、すげなく断られます。

 困った純子は、子どもを叔母の元に預け、自分で働いて金を稼ぐことを決断します。はじめは大阪で働こうと思いましたが、運賃が足りず湯布院を目指しました。

 湯布院へとやってきた純子は、飲食店や旅館を一軒一軒まわり、雇ってもらえないかと頼み込みました。そして焼き肉店の常連からホステスの求人を紹介してもらった純子は、さっそく面接に足を運びました。

 純子の様子を一目見て事情を察したホステスのママは、店の二階の空き部屋を用意し、美容院に行くようにと一万円を渡して翌日から働いてもらおうとしていましたが、純子はわずか一晩で姿を消してしまいました。

 「突然挨拶もせず出ていくことをお許しください。主人が亡くなったので、急遽帰らなくてはいけなくなりました。この恩は一生忘れません」と、置手紙には丁寧なことが書いてありましたが、しばらくすると純子から、「給料が安すぎる!もっと寄こせ!」など、店に凄い剣幕で電話がかかってきました。ママが一日も働いていない者に給料は渡せないと当然のことを言うと、純子は「これから取りに行く!」とすごみ、代わりに出た男性のオーナーが「来るならこいや!」と啖呵を切ると電話は切れました。

 言うまでもなく、これは親しい者との関係を断ち切らせようとする松永の命令によるものでした。純子は他にも店を紹介してくれた焼き肉屋の常連のことも、「娘が薬を横流ししている」と、常連の娘の勤務先の病院に電話をかけるなどしていました。

 親切にしてれくた人にわざと失礼なことを言わせ、関係を断ち切らせる。地味ですが純子にはこれが一番精神的に効いたかもしれません。

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 偽葬式

 湯布院から一晩で姿を消した純子は、いったいどうなっていたのか。

 純子は湯布院に行ってから、子供の様子を聞くために毎日実家に電話していたのですが、面接を受けた翌日、理恵子から「松永が長崎県の西海橋から身を投げて亡くなった」と告げられました。

 着払いでいいからタクシーで帰ってこいと言われた純子は、すぐに松永と一緒に住んでいたマンションへと向かいました。部屋に入ると緒方家の家族が居て、室内は線香の香りがし、テーブルには松永の遺影が置いてありました。

 何とも手の込んだことに、松永は直筆の遺書まで用意していました。出会った頃からの思い出が綴られた手紙を読んだ純子は、自分が松永を一人にしたせいで松永は自殺してしまったのだと自責の念に駆られ、感傷的な気分で遺影に手を合わせました。

 そのとき、急に押し入れのふすまを開けて出てきた松永が「かかれ!」と叫び、緒方家の家族が純子を取り押さえたというのが、「偽葬式」の顛末でした。

 大の大人が揃って何をやっているのかと思ってしまいますが、こうしたことを平然とやってのけ、また他人にやらせることができるのが松永という男でした。

 偽葬式の後、純子はいつにも増して激しい制裁を受けたようで、あまりのことにこの時期の記憶は殆ど飛んでしまっているようです。

 純子は殺人事件の加害者でもありますが、明らかに松永の暴力の被害者という側面もありました。多数の人の命を奪った罪は重いとはいえ、主犯の松永との量刑を分けないのは理不尽というものであり、最終的に死刑の松永よりも軽い無期懲役の判決が下されたのは妥当な判例だったでしょう。純子の全身には通電によるケロイドが残り、松永のチョップで喉を潰されてしまったせいで声質がハスキーに変わってしまったそうです。

 そしてこれが、平穏な一家がこの世から忽然と消失する、緒方家一家殺人事件の幕開けでした。

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 6


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 解体

 完全犯罪。

 予期せず死んでしまった清志を見て初めて思いついたのではなく、おそらく初めからそれを狙って清志を弱らせていった松永は、清志の遺体を、アパートの一室という人工的な空間で細かく刻み、自然に還すことを計画していました。

「バラバラにして捨てるしかないが、あんたたちが解体しろ」

 松永のこの言葉で、純子と清志の実娘、恭子による清志の解体作業が始まりました。

 遺体の腐敗はまず血液から起こるため、純子と恭子は、まずすべての窓を目張りすると、清志を風呂場に運び、清志の首と手首を切って血抜きを行いました。恭子ははじめ嫌がっていましたが、松永の指示を受けた純子に無理やり包丁を握らされ、父親の首を切りました。

 血抜きを終えると、純子と恭子は包丁に加えてノコギリも使って、清志の四肢を切断し、内臓を取り除きました。純子は松永から「清志の死因を調べろ」と言われていました。後々、罪を逃れる材料を探していたのでしょうが、医学の知識のない純子に検死解剖などできるわけもなく、そもそも清志が死んだのは松永に与えられた数々の精神的肉体的なストレスと栄養失調のせいに決まっているため、何の意味もない命令でした。

 遺体の解体というのは、完全犯罪を目指す輩が必ず考える手段のようです。埼玉愛犬家連続殺人の主犯、関根元などは、肉はサイコロステーキ状に細かく切り刻んで河川に流し、骨は自宅敷地内でドラム缶で一本一本、灰になるまで焼却するという方法で人間を「消して」いました。建築会社と関わりを持っているヤクザならば、練りたてのコンクリートに混ぜてしまうということもできますが、逃亡犯という立場であり、住宅街のアパートで暮らしている松永は、それとはまた違う方法を考えました。

 松永はまず、切り刻んだ遺体を家庭用の鍋に入れて煮込むよう、純子と恭子に命じました。少しでも料理の経験があればわかりますが、肉というのは長時間煮込むとホロホロに柔らかくなります。

 臭い対策のネギやショウガと一緒にクタクタに煮た肉や内臓をミキサーにかけて液状化し、いくつものペットボトルにつめて、公園の公衆便所などに流させました。骨はハンマーで叩いて粉にし、味噌で団子状に固め、クッキー缶に入れて運び、夜更けにフェリーの上から海上に散布しました。

 解体に使ったノコギリや包丁は川に捨て、アパートを入念に洗浄し、清志の衣服もシュレッダーで刻んで捨てて、約一か月をかけて、一人の人間が生きていた痕跡を徹底的に抹消しました。

 こうしてみるとわかる通り、松永はアパートの外において、純子や恭子の単独行動をかなりの範囲で許していました。純子は外出中もこまめに松永に連絡を取ることを義務付けられ、トイレに行くにも報告が必要だったといいますが、警察署や交番の近くを通ることもあったはずで、逃げようと思えばいつでも逃げられる状況だったはずです。にも拘わらず、彼女たちが逃げようとしなかったのは、このサイトでも紹介した栃木リンチ殺害事件の被害者と同じ「学習性無力感」状態に陥っていたため、また、松永から繰り返し「警察に捕まる、拷問され酷い目に遭わされる」など、共犯意識を植え付けられていたためでしょう。

 人を殺すという大胆な行為を綿密な計画と繊細なこだわりで成功させる。洗脳を徹底的に行った後は、ある程度自由な行動を許す。何ごとも中途半端が一番ダメで、すべてを徹底的に行えば物事は成功するという見本とはいえますが、根本的に間違っているのではどうしようもありませんでした。

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 独演会
 
 以上が服部清志殺害事件の顛末ですが、法廷で松永の口から語れらた事件のあらましは大きく異なりました。

 まず松永は、初めに清志を詐欺にかけた競馬予想事業についてはデタラメなどではなく、「データを使ってちゃんとやれば、今でも儲かると確信している」と言い切りました。それほど自信のある事業をなぜ頓挫させてしまったのかという当然の質問については、出資者である清志の内妻にコンピュータを取り上げられたからだと主張していましたが、純子の弁護士が、松永が酒代として毎月20万30万もの金を使っていたことを指摘し、「数か月お酒を我慢すればまたコンピュータを買えたではないか」と言うと、松永は次のように返しました。

「それは先生みたいに着実にやっていける人間の言うことで、私たちみたいに酒が好きな人間は、そういう目的があっても、ついついお酒に金を使ってしまうんですよ。だらしないと言われればそれまでです」

「確実に儲かるというなら、誰がどう考えてもお金を溜めてコンピュータを再購入して事業を始めるのではないですか」 

「先生みたいに頭のいい方はそう考えても、お酒が好きな人間はお酒に使ってしまうんです。それは弁解のしようがありません。私は逮捕されて留置場に入って、ようやく酒をやめられたくらいです。理屈ではわかっていてもやめられないのが、酒飲みの性分じゃないでしょうか、先生」
 
 ああ言えばこう言う、まさに口先から生まれたような人間とは松永のことでしょう。確かにユーモラスな男であったことは間違いなく、犯罪史上に残る凶悪犯であるにも関わらず、松永の答弁では傍聴席から笑いが起こることもあったそうです。

「恭子ちゃんを預かる前から、飲んでいるときに清志さんは、私たち親子は絆が強いんだ。普通の親子より仲が良いんだ。と自慢しているふしがありました。どういう絆なのか聞くと、恭子ちゃんとエッチなことをしているという内容の話を始めました。あんまり自慢げに話すので、本当のことだと思いました。私が、それは仲が良いのとは違うんじゃないですか、と言っても、清志さんは、いやあなたにはわからない、ととくとくと述べていました。こんな場面を目撃したこともあります。飲酒の席で清志さんが、おい、触れ、と言うと、恭子ちゃんが清志さんのちんちんを触り始めたのです。自分はびっくりして、きょとんとして、凄いですね!と言いました。純子はそのとき台所で料理を作っていました。また、恭子ちゃんからも打ち明け話を聞きました。私が、清志さんに反省させないで放っておいたら、もっとひどくなる。いかんことはいかんとわかってもらうために、一筆書いてもらおう、と言うと、純子も賛成してくれたので、説得して書いてもらいました。清志さんは不満を言わず、さばさばしていました」

「私が清志さんに行った通電は、虐待ではなく、秩序型通電と言います。秩序とは、共同生活をするにあたって、返事をするとか、挨拶をするとか、タオルなどの日用品は自分のものを使う、人の物を取らない、冷蔵庫を勝手に開けないなどのことです。そして、エレクトロニクスを扱っている自分たちは、暴力の代わりに通電を行って秩序を守るんです、と説明して納得してもらい、清志さんに通電デビューしてもらったのです」

「その後、清志さんがルール違反をしたときに私は、今度で一本!と言いました。はじめに注意をして、また同じことをしたら通電をしますという警告です。清志さんが、普通、三度じゃないですか。仏の顔も三度までと言うでしょ、と言うので、いや、私は仏ではないから、二度目から通電しますよ、と言って納得してもらいました」

「栄養満点スペシャルメニューとして、カロリーメイトを与えていたことはあります。清志さんが、豚のように太ってもいいから栄養があるものを食べさせてくれ、と文句を言うので、栄養があってバランスがあると宣言しているカロリーメイトを食べてもらうことにしたのです。清志さんも納得して食べていました。清志さんは三箱から五箱を一度に食べていましたが、三種類の味があるので全然飽きなかったみたいです」

「清志さんが水シャワーを浴びていたのは事実です。冬の寒い時に冷たいシャワーはひどいと思われるかもしれませんが、水を全開にし、お湯を全開にして、それが混じって、温度が高めの水になる。要するに、温かい水になる。それを使っていたので、おお冷たい、という水ではありませんでした。清志さんは、かかっているときは冷たいけど、洗った後は身体が温もります、と納得していました」

「清志さんの大便の回数を制限していたのは事実です。制限しないと、あの人は一日に四、五回もトイレに行かせろと言うので、一日二回にしてもらいました。トイレを掃除するのは純子の役目なので、私は文句を言いました。純子も愚痴を言っていました。でも三回以上、トイレに行っても制裁はしませんでした。便座を使うのを禁止していたのも事実です。清志さんが大便をすると、勢いが強いので、便座の後ろや蓋に大便がついていました。あんなに勢いよく大便をするなら掃除が大変ですから、しばらく便座を使わないでください、と言ったら、はい、わかりましたと清志さんは納得していました」

「清志さんに大便を食べさせたことはあります。浴室内に大便らしきものがあったので、これは大便じゃないですか、と聞くと、違うと言い張るのです。じゃあ、食べれるということですね?と言うと、うん、食べれますよ、とさらに意地を張って、本当に清志さんはそれを食べました。大便かどうかは今ではわかりませんが、私が指示したのではなく、清志さんは自分で食べたのです」

 松永はこのように言い回しを面白おかしくしながら、清志への虐待にはすべて意味があった、清志も納得していたということを強調しようとしていました。すべてがこのような調子だったので、検察官は松永の反対尋問を控えるようになっていきました。松永版ストーリーとでも言うべき事件のあらましは考察するだけ無駄というもので、ここでは松永の発言を紹介するだけにとどめます。

 松永という男は確かに一面魅力的であり、まるで豊臣秀吉のような人たらしの才能はあったのでしょう。秀吉ほどではなくとも、社会で成功する人間はそういう要素を必ず持っているのかもしれません。秀吉はズルさと同じくらい誠実さも持っていために大成功しましたが、それが致命的に欠けた松永は、ただの詐欺師、殺人鬼として社会に害をなすだけの人間になってしまいました。
 

犯罪者名鑑 北九州監禁殺人事件 5

マツダ


 地獄

 アパートで純子、恭子と共同生活を始めた清志は、通電をはじめとする様々な虐待を受けるようになりました。

 毎日の食事は白米や食パン、カップ麺など栄養価の低いものに制限され、それをそんきょの姿勢で15分以内に食べろと命令されるなど、理不尽な制約も課されていました。シャワーは冬場でも水しか使わせず、身体を洗うときは亀の子たわしで擦らされ、一着しかない服を洗濯して乾くまでは全裸にさせられていました。トイレに行くにも松永の許可が必要で、用を足すときにはいつも焦らされ、大便を漏らしたときにはそれを全部食わされていました。

 また、清志は普段カツラを被っていたのですが、ある日それを松永に娘の恭子の前で剥ぎ取られたということもありました。それ以後は、ずっとハゲ頭を露出しながら過ごしていたそうです。

 食事、入浴、排せつという人の暮らしの軸を制限され、精神的にも屈辱を負わされる。大変な人権の侵害ですが、力の弱い女や老人ではなく、成人の男である清志がここまでされて反抗できなかったのはなぜだったのでしょうか。

 清志と出会ったころの松永は東大卒のコンピュータ技士を装っており、事業で一発当てたいと考えている清志に夢を持たせるようなことばかりを言っていました。単純な清志が松永をすっかり信じ込み、内妻に「この人は凄いんだよ」と紹介するところまで気を許したところで、松永は今度は、清志をチクチクと責め立て始めます。

 ある酒の席で、酔って饒舌になった清志が、「客から消毒作業を引き受けて、実際にはやらずに消毒費だけを懐に入れる。ちょっとした小遣い稼ぎになる」と、不動産会社勤務時代の小さな悪事を暴露したことがありました。 

 取るに足らぬ話ですが、それを聞いて怒った(フリをした)松永は、居丈高になって清志に説教をし、「本来はA社に入れるべき消毒費を着服していたことを認める」という文面の「事実関係証明書」なる書類を書かせました。

 さらに、松永は清志が勤めていた不動産会社で起きた100万円の窃盗事件について、「お前が犯人だろ!」と決めつけ、清志を厳しく問い詰めます。事実に反することなので清志はなかなか認めませんでしたが、松永から冤罪を作り出す警察のように執拗に執拗に尋問されて、とうとうやってもいない罪を認めさせられてしまいます。この件でも「事実関係証明書」を書かされ、これで心が折れてしまったのか、清志はなんと「娘の恭子に対する性的いたずらを認める」という証明書の作成まで同意してしまいます。

 もちろん、清志が恭子を性的虐待していたという事実はありませんでした。しかし、恭子は松永への恐怖からウソの事実を認めてしまい、これで清志の立場は決定的に悪いものになってしまいました。

 後の緒方家でもそうでしたが、松永は洗脳の対象に序列をつけることで、集団をうまくコントロールしていました。

 序列下位の者は上位に上がるために松永の機嫌を取ろうとし、序列上位の者は下位に落ちないように松永の機嫌を伺い、下位の者を積極的に痛めつける。松永は共産国家のように密告も奨励しており、ワールド時代の従業員や緒方家の人々は団結して松永に抵抗するよりも、互いのアラを探し合い、松永に報告することに努めていました。

 このときの序列は松永→緒方→恭子→清志の順番でした。序列最下位に置かれた清志は、前述した通電や食事、排泄、入浴の制限の他に、いびきがうるさいという理由で寝るときも横になることを許されず体育座りを強制され、ついには扉と窓に南京錠がかかった浴室に常時閉じ込められるようになりました。

 序列の3番目に置かれた恭子の扱いも悲惨なもので、育ち盛りにも関わらず食事は清志と大差ない貧相なメニュー、寝るときも体育座りで、入浴も清志と同じ水シャワーを使わされていました。学校は休みがちになり、貧血や吐き気を催したり、生理が2,3か月来なくなったりしたこともありました。

おがた


 監禁
 
 「初め善意を装って相手の信頼を勝ち取り、徐々に相手の落ち度を突いて罪悪感を抱かせ、精神的に優位に立つ」

 これがワールド時代から培われた松永の洗脳術でした。

 「洗脳の対象に毎日大量の酒盛りを強制し、睡眠不足に陥らせ、思考を麻痺させる」


 この手法も実に効果的でした。

 清志のように日中は仕事をし、帰れば朝の5時まで酒を飲まされるという生活では、どんな人間でもまともな判断力を保つのは不可能でしょう。飲酒には気が大きくなって秘密を打ち明けやすくなる効果もあり、後には緒方家の人々もまた、清志が消毒作業費を着服していたのを話したのと同様、過去に犯した過ちを松永に告白してしまい、それに付け入られることになってしまいました。

 松永のアパートで共同生活をするまでになれば、もはや手、足をもぎ取ったも同然で、さらに暴力やあらゆる生活の制限、序列づけや密告奨励といった手法で被害者は洗脳されていきます。

 監禁されてから、清志は親や友人に泣きついて約1000万ほどの借金をさせられていましたが、それもできなくなると、虐待はいよいよ凄惨を極めました。

 指に銅線を巻き付けて電気を流され、肉がただれて骨が見えてしまいましたが、病院に行くことは許されませんでした。一度に強烈な電気を流され、跳ね返った腕は肩から上に上がらなくなってしまいました。

 親類縁者にこれ以上の借金を断られ、絞りカスも出なくなった清志には、もはや虐待されて松永の酒の肴になることしか存在価値がありませんでした。清志の身体に電気を流すのは恭子や純子の役目で、松永はけして自分は手を汚さず、清志が苦しむのを見て愉しんでいました。

まつながあ


 死亡

 平成7年の暮れごろから、清志は吃音が酷くなったり、「えんま大王が・・」など意味不明のことを呟くなど、言語障害が著しくなっていきました。痩せこけて顔がどす黒くなり、表情も消えるなど、見た目にも廃人のようになっていました。

 心身ともに衰弱し、死ぬのを待つだけという状態の人間を見て愉しむ。こうした感情が異常であり、松永が異常な性癖の持ち主であったことは疑いありませんが、人間は必ずしも己の欲求だけで人の道を踏み外すものではありません。犯罪者のほとんどには暗い生い立ちがあることは常識といってもいいですが、言ってしまえば「自分は不幸なのだから何をやっても許される」という理屈が、人を悪の道へと進ませるのです。

 例えば松永と同じ九州の出身者であり、マインドコントロールに長けていた麻原彰晃には親に捨てられたという悲しみがあり、弱視というハンディキャップがありました。結局は欲に飲まれて道を踏み外しましたが、若い頃は真剣に修行をしていた時期もあり、また父の責任感と己の子への愛情は、形は歪んでいたとはいえ貧乏だったころから教団を率いるようになるまで変わりませんでした。

 特に貧乏でもない家庭で母や祖母に甘やかされ、容姿にも優れていた松永の幼少期のどこに不幸な要素があったというのでしょうか。彼の生い立ちに歪んでしまう要素のあるエピソードは何もなく、成長してから理不尽な痛みや大きな挫折を味わったという話も見当たりません。松永の息子は「アイツもいっぱいいっぱいだったのかもしれない」と語っており、確かに指名手配犯という立場で切羽詰まってはいたのでしょうが、その自業自得の状況を「自分は可哀そう」という理屈に変換できる人間は誰もいないでしょう。

 少なくともこれを書いている私には、松永に共感できるところは何一つありません。月並みですが、松永という男は天性の犯罪者であったという以外に表す方法がありません。

 そして平成8年2月26日、浴室で大量の軟便を漏らした清志は、そのまま昏倒して帰らぬ人となります。

 清志の遺体を前に、松永、純子はいつものように酒盛りをし、未成年の恭子にも酒をすすめました。

「清志の身体には通電の痕や恭子がつけた噛み痕が残っている。警察にいけば恭子も逮捕される」


 松永のこの言葉を鵜呑みにした恭子は、緒方とともに、父、清志の解体作業を行うことを同意させられてしまいます。 
 
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