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party people 6

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 非正規の派遣という身の上ながら、将来の不安など何もないというように明るく、笑顔の絶えない影沼の周りには、いつも多くの人が集まっていた。

「おはよう、高田っち。今日はお漏らししないように、パンパースを履いてきたかァい?」

「は、ははは、履いてないよ!も、ももも、もう漏らしたりなんかしないよ!」

 影沼が、数日前、作業中に粗相をしてしまった派遣社員、高田を茶化すが、その場の空気に嫌な感じはない。

 高田は、社会人になってからトイレに失敗してしまった者の多くがそうするように、一度は会社を辞めようとしたが、影沼の説得によって思いとどまり、会社に残ることを決めた。

――高田っちは確かに、お漏らしをしてしまったかもしれない。社会人にもなってお漏らしをするような人は死んだほうがマシだし、お漏らしをすることは、自殺をするほど恥ずかしいことだ。だが、死ぬべきことではあっても、仕事を辞めるほどのことじゃない。高田っちはお漏らしをしたって、会社にいていいんだよ。

 影沼の言葉で救われた高田は、翌朝、何事もなかったかのように出勤し、己に集まる白い目を物ともせずにラインに入った。

 影沼の言っていることの意味はわからないが、影沼の言葉には不思議な説得力がある。影沼と言葉を交わした者は皆その不思議な魅力に囚われ、たちまち彼のシンパとなる。

「おお清田っち。どうしたんだァ?そのみかんはァ?」

「あっ。こ、これは、その、道端に落ちてたから」

「道に落ちてたみかんを拾ってきたのかァ。じゃあ、虫に食われているかもしれないし、ワンちゃんのよだれがついているかもしれないなぁ。そのみかんを、大好きな光代さんに食べさせる気かぁい?」

「そ、そそそ、そんなことしないよっ。お、俺が自分で食べるよっ」

 道路の端に落ちていたみかんを、拾って持ってきてしまう。

 なぜ?ただ、持っていきたかったから。

 食べるわけでもないし、後の処理に困るだけなのに、丸いものに惹かれる子供や犬と同じように、ただ持っていきたかったという理由だけで、道に転がっていたものを拾って持ってきてしまう。

 衝動と結論が直結している。小学生や犬なみに、後先のことを考えずにやりたいと思ったことをやってしまう男の行為にフォローを入れて、周りから微笑ましい目で見られるようにしてあげる。 

「こらこら、樋口っちと中村っち。発泡スチロールの棒でチャンバラごっこなんかしたりしたら、ダメじゃないかぁ」

 五十代の、ハゲて腹の突き出たオッサン同士が、発泡スチロールの棒を剣に見立てて打ち合う。

 なぜ?ただ、やりたかったから。そこに深い意味はなく、ただ、楽しそうだったからという理由で、周りからの目を気にせず、剣の打ち合いをやってしまう。

「カッコいいところを女の子に見せたいのはわかる。だが、五十歳を過ぎたら、そんなことをやっても女の子は振り向いてくれないぞぉ?それよりも、大人の男らしく、寡黙に文庫本でも読んでいたらどうだぁい?」

 チャンバラ男たちを茶化して笑いを取りつつ、さりげなく、彼らにモテるためのアドバイスを送る。彼らを見下すことも、頭ごなしに否定することもせず、やることなすことが子供じみた彼らが会社の一員として受け入れられるように取り計らう。

 影沼のお陰で、湿っていた派遣社員たちの雰囲気は明るくなった。これまで、ひと月持てばいい方だった離職率も激減した。
だが、そうした職場の状況の改善を、苦々しい目で見つめる者たちもいた。

 この期に及んでも、貧乏、不細工、無能であっても清く、正しくあることこそが正解だと信じ、それを人にも押し付けてこようとする連中、ココロキレイマンたちである。

「ふざけたことばかりしやがって。職場を何だと思ってる。岸くん、あいつら調子乗ってるんだ。ぶちかましちゃってくださいよ」

 影沼が、ココロがキレイでない方が幸せになれることを「証明」して見せても、未だに納得できないココロキレイマンたちは、亡き藤井の親友、岸を担ぎあげて、影沼のシンパに対抗する動きを見せ始めていた。
「よし・・・・」

 決闘上に赴く剣士のような眼差しで、岸が己の作業するラインへと向かっていく。

 ココロキレイマンが岸を担ぎ上げてやり始めたのは、俺たちがやっていることの逆。

すなわち、貧乏、不細工、無能であっても、金持ち、イケメン、有能と同じように、ココロがキレイであった方が幸せになれると「証明」してみせようとすることだった。

「岸くん!川辺さんが振り向いてくれないからって気にするな!君はこんなに仕事ができるんだから!」

 シゴトスウコウマン、田辺が、岸のライン作業の手際を褒めて、ココロがキレイであった方が幸せになれると、岸を使って「証明」しようとする。

「岸くん!俺たちはこんなに仲が良いんだから、川辺さんが振り向いてくれないからって気にするな!さあ、飲みに出かけよう」

 キズナダイジマン、矢島が、自分たちの親密さをアピールすることで、ココロがキレイであった方が幸せになれると、岸を使って「証明」しようとする。

「任せてください!俺、俺なんでもしますから!仕事終わったら、みんなでパーッと盛り上がりましょう!」

 ヤケクソ顔で、張り切っているように見せる岸だが、彼の姿に、憧れの川辺美都は目もくれない。

 それも無理はない。なぜなら、非正規のライン作業がうまくできることなどはすごいことでもなんでもなく、カッコイイことでもなく、意味があるかないかでいえば、まったく意味のないことなのだから。

 身も蓋もない話ではあるが、それが真実なのだから仕方がない。

 警備員時代に世話になった森尾がいい例だが、常日頃自信ありげなことを言い、実際、人並み程度には能力があると思われながら、条件のいい会社に移ったり、もっとやりごたえのある仕事に挑戦しようとせず、いつまでも低賃金の単純労働の世界に留まり続けているというヤツを、これまで腐るほど見てきた。

 俺がいなければ会社が回らないとか、後に残る人間が心配だとか、奴らはもっともらしい理屈を並べ立てるが、ようは井の中の蛙の立場に安住し、上のステージへの挑戦を恐れているだけにすぎない。ギリギリの生活を半端なプライドだけで支えている連中は、条件の良い職場で埋もれた立場になるよりも、劣悪な職場で王様気取りをしていたいのである。

 正社員のラインリーダーとして派遣労働者を使う中で、そんなくだらない井の中の蛙を山ほど見ている川辺美都は、岸がライン作業で優秀さをアピールしても目もくれない。それは予想通りだからいいのだが、わからないのは、ココロキレイマンに操られるがまま、ライン作業に熱中して醜態を晒し続ける岸である。

「もともと岸のヤツは、ココロキレイマンじゃなかったはずだよな。自分がこんなに頑張っているのに、なんで美都に相手にされないか、その理由はわかっているはずだが・・・」

 俺が言うと、影沼が憐れむ視線を、五メートルほどの長さのラインを縦横無尽に移動し、手際よく作業を進める岸に向けた。

「恋がすべてを狂わせる。イケメンの岸ちゃんは、まさか自分が美都ちゃんにあんなに冷たくされるとは思っていなかった。そこに来て、こんな不細工で何の取り柄もないような俺たちが、美都ちゃんとバーベキューの約束を取り付けたことで、もうどうしていいかわからなくなってしまった。今の岸ちゃんは混乱の極み。藁にも縋りたい状況にあるが、こんなときに頼りになるはずの、親友の藤井ちゃんはもういない。そんなときに声をかけてきたココロキレイマンの囁きに、つい耳を傾けてしまったんだ」

 影沼が、岸がココロキレイマンになってしまった理由を、そう分析した。

「アイツもああなっちまうと可哀そうだな。助けてあげる?」

 自分の言葉に驚いていた。

 親の仇のように憎み、嫉み、根絶やしにしたいと思っていたイケメンに、よもや憐れみをかける日が来るなど、思ってもいなかった。地球上に残っている核を全部集め、頭目掛けて撃ち込んでやりたいと思ったイケメンを、この俺が可哀そうだとか、救ってやりたいと思うときが来るとは、地球は明日なくなってしまうのか?

「いや・・。忘れちゃいけない。俺たちが救うのは、貧乏で不細工で無能、この三重苦を背負ったヤツだけだ。貧乏、不細工、無能、そのどれにも当てはまらないヤツは、同じ派遣をやっていても可哀そうでもないし、救済の対象にはならない。忘れちゃいけない、落ちぶれたように見えても、奴らは俺らの敵だ」

 かつて受けた屈辱を思い出し、唇をわななかせながら言うと、影沼が俺の肩に手を置き、深く頷いた。

 忘れてはいけない、ヤツらから受けた仕打ちを。忘れてはいけない、夜ごと流した涙を。忘れてはいけない、空しくティッシュに吐き出したザーメンの数々を。忘れてはいけない、ヤツらに潰された、俺の無残な恋の数々を。
 
 忘れてはいけない、許してはいけない。貧乏、不細工、無能、このどれにも該当しないヤツとの妥協は、現時点ではあり得ない。
 
 岸がココロキレイマンを頼りにするなら、ヤツを容赦なく追い込んでやる。岸がココロキレイマンなんかと関わったことを心底後悔するまで。さもなくば、あの竹山同様に自殺を選ぶまで、岸の人格を呵責なく踏みにじり、ボロボロにしてやる。

「美都ちゃーん。た、たたた、大変だぁ。か、かかか、完成品の入った箱をひっくり返しちゃったぁぁぁぁ」

「ええ~。もぅ、これからは気を付けてくださいねっ」

 美都の寵愛を受けているのは、美都がリーダーを務めるラインの作業者である影沼と俺。岸ではなく俺たちが、美都の関心を集めている。

「あっ。ところで美都ちゃん、今度のバーベキューなんだけどさ。できたらその、あの泊まりでどうかな?テ、テントとか張ってさ。あ、別に変なことを考えているわけじゃないからね。その、あの美都ちゃんとエッチなことしたり、その、怪しいことしたり、スケベなことしたり、パ、パンツを脱がせたりしたいわけじゃないからね?」

「それ、このタイミングで言いますぅ?でも・・イイですよ、泊まり」

期待が高まり、鼓動が高鳴る。思いも寄らず、川辺美都と泊まりでデートできるというチャンスが舞い込んできて、俺の胸に、甘く切ない感情が込み上げてくる。

「それじゃ、バーベキューじゃなくて、本格的なキャンプですね。青木さんは、彼女さんは連れてくるんですか?」

「え?い、いや・・。満智子は、ど、どうなのかな」

 俺の気持ちなど露も知らない川辺美都が無邪気な顔で訊いてくるのに、俺は答えを濁した。

 美都に話しかけられると、満智子―-何度も身体を重ね合わせた女のことが、頭の中から、まるで初めからいなかったかのように消え去ってしまう。脳裏のすべてが美都で満たされ、もう、美都のことしか考えられなくなっていく。

「おほっ、はほっ、んンンくっ、智哉ぁ、智哉ぁっ」

 あれほど欲情したはずの満智子の波打つ腹が、お下劣なものに見えて仕方がない。

「うううぅぅぐっ、智哉ぁ、アン、ア・・・」

 満智子が俺の上に跨り、ひしゃげた乳房を上下左右に振りたくり、獣のように吼えながら乱れる姿を見ても、エロさを感じない。

 それよりも、淡い果実のような美都を腹の下に抱き、恥じらい、懸命に快楽を押し殺そうとする彼女を、ガラス細工を扱うように優しく、俺の硬いので擦ってやりたいと思う。

「きょ、今日は中でイクぞっ、イクぞっ、イクぞォッ」

 美都の中に、ぶちまけたかった。

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 週末、俺たちは近所のハイキングコースに、昆虫採集をしに訪れていた。

「夏真っ盛りだからなぁ、カブトやクワガタが、いっぱい取れるといいなぁ」

 二十代後半から五十代前半にかけての男たちが、虫取り網を片手に、木々をかき分け歩いていく。まだ心の痛みを知らなかった頃のように目を輝かせ、カブトはいないか、クワガタはいないかと、クヌギやコナラの樹皮を見て回っていく。

「うォォい、木の割れ目から、ヒラタクワガタが獲れたぞぉ!」

「マジかよぉ。こっちはカナブンばっか・・。あ!カブトムシがいたけど、メスかぁ」

「ヒエーッ、クワガタかと思ったら、マイマイカブリだったぁ!」

 近頃、もう、思い出せないほど遠く昔に置いてきた気持ちを取り戻しつつある男たちの先陣を切って、カブト、クワガタが三、四匹もひしめく虫かごを肩からぶら下げ、雑木林を奥へと進んでいく影沼の姿が、俺には眩しく見えた。

「よし。沢山獲れたようだから、街に戻ろう」

 昆虫採集を終え、車で街まで戻り、ホームセンターでカブト、クワガタの飼育環境を整え、それからみんなでアイスを食べながら、河川敷を練り歩く。

「あ、影沼っちだ。せーの、影沼っち~」

 ヘルメットを被って自転車を漕ぐ女子中学生たちに呼びかけられ、影沼が手を振って応える。

 金もなく顔も悪く、賢くもなくても、明るく前向きに生きる影沼の姿に、人は惹きつけられる。影沼が工場に来てから三か月あまり。いまや影沼は、地元でちょっとした有名人になりつつある。

「あっ・・。おい、あれ」

「ん・・?」

 仲間の一人が指さす方を向いてみると、実の姉を殺害した江島と、新たにココロキレイマンとなった岸が二人で、八月の昼間の強烈な熱線を浴びながら、道端に落ちている空き缶、空き瓶、チリ紙の屑などを拾い集めている姿が目に映った。

「岸くん。いいことをすれば、過去の罪は許される。さあ手を緩めるな。日暮れまでに、このゴミ袋をいっぱいにしよう」

 江島は罪というが、岸が過去にどんな罪を犯したというのだろうか。

 いや、罪なら犯している。イケメンはイケメンらしく、高嶺の花を狙ってくれる分には、美人などは端から諦めている俺とはバッティングしないし、フラれたときの惨めな気持ちも同じと言える。

 いけないのは、イケメンが「見た目よりも内面に惹かれた」などとフザけたことを言って、その実、成功率の高い相手と確実にセックスすることだけを考えて、俺がヤリたくて仕方のない友麻のような微妙な女を持っていくことだ。

 女が岸のようなイケメンと俺のようなキモメンに同時に声をかけられれば普通はイケメンを選ぶし、イケメンが微妙な女を相手にすれば、女どもが勘違いを起こし、ますます俺のようなキモい男を相手にしなくなる。

 見た目よりも内面に惹かれた、なとといって微妙な女と付き合うイケメンは、心がキレイなわけでもなんでもなく、ただ志が低いだけのクソったれ野郎だ。

 生態系を破って、ジャッカルの獲物である野兎を持っていこうとするライオンの如く、ルックスに恵まれなかった男の、切実な性欲の捌け口を奪っていく節操なしのイケメンには死。奴らの罪はそれこそ、実の姉を殺害した江島にも勝る大罪である。

「さぁ、今度は街をパトロールだ。歩きスマホや、老人が横断歩道で立ち往生しているのに渡らせようとしない悪質なドライバーがいたら、即座に注意だ。鉄拳制裁も辞さない覚悟でな。岸くん、俺たちの手で、この町を良くしよう」

 誰かのためではなく、自分が気持ちよくなるためだけに善行をしようとするココロキレイマンは、平和が一番のようなことを言いながら、他人に対して攻撃的である。 

 良いことをしているはずなのに誰にも褒めてもらえず、エクスタシーが満たされない。そんな独りよがりな奴らは、自分のしている良いことをしない他人を見下し、責めることで、自分のしていることの意義を見出そうとするのだ。

「はい、江島さん!頑張ります!」

 藪蚊に刺され、日焼けして真っ赤になった顔を綻ばせながら、トングと袋を持って路上の植え込みの間を歩いて回る岸だが、その目じりには、汗ではなく涙が滲んでいるように見える。

 何をどう頑張っても空回り。もう何をやっていいかわからない。底辺世界でそんな思いを抱えているのは、岸ばかりではない。
我慢、屈従、忍耐・・挫折。

 人生の中で、その比重が理不尽に大きいと感じたならば、そのときは、自分がこれまで人から言われてきた正しいことに、疑いを持たなければならない。

 人を妬まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。それで本当に幸せになれるのか、それで豊かになれるのか、それが本当に、 人生において必要なことなのか。

 俺たちは解放されなければならない。貧乏、不細工、無能なヤツは、金持ち、イケメン、有能なヤツらが勝ち逃げを決めるために作り上げた常識、ルールなんか守らなくていい。金持ち、イケメン、有能に勝ちたいなら、そいつを絶対守ってはいけない。

 誰にも何も期待されない俺たちは、もっと自由に生きていい。自分を思い切り解き放てば、人生の楽しみは無限だ。

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「うわぁい、海だ海だぁ!」

 夏といえば海水浴。だが、貧困層特有の、異常に糖分に偏った食事メニューで体型の崩れた男たちは、水着姿の若い女がひしめく昼間には、けしてビーチに出たりはしない。

「冷や、冷やぁ。ちべてぇ。ちべたくて気持ちィなぁ」

「おぉい、花火もあるぞぉ。花火やろうぜぇ!」

 これまで、会社の若い女たちから散々、己の容姿に侮蔑の視線を投げかけられていると被害妄想に苛まれていた男たちが、「天敵」である若い女は影も形も見えない、真夏の夜の、無人のビーチで躍動する。

 煌びやかな光を放つ若い女にとって、容姿が悪く、金のないオッサンたちはキモいのかもしれない。だが、金のないオッサンにとって、若い女は「怖い」。

どれほど見目麗しくとも、自分たちに敵意しかないとわかっている相手に、魅力を感じることなどあろうはずもない。

「心の傷ついた俺たちに、太陽の光は眩しすぎる。俺たちには、月の光の淡さが心地良いんだ」

 ビールを飲みながら、線香花火を見つめる影沼の言葉が染み入った。

 俺は花火をバケツに捨てると、ひとつ深呼吸して、みんなで乗ってきたワンボックスカーの方へと歩いていった。

「ハッ、ハッ、フウ。き、きみ、可愛いねぇ。ぼ、ぼくの、お嫁さんになってくれる?」

 ワンボックスカーの中では、四十二歳の田丸が、駅前で拾ってきたホームレスの中年女を全裸に剝いて、ナンのようにペロンと垂れ下がった乳房を揉みしだいていた。

 ホームレスの中年女は、歳は若く見ても五十は越えており、頭髪には白いものが目立ち、犬小屋に敷いたバスタオルのような据えたニオイを放っている。体毛の処理など施しているはずもなく、秘部を覆う毛は太ももの付け根まで生え広がっており、腋毛も男性並みに生い茂って、赤茶けた地肌を覆い隠している。

 田丸がいたずらしているホームレス女は醜悪である。だが、その醜く、臭く、毛むくじゃらな中年女こそが、金のないオッサンにとっての「アイドル」。

 すでに、何人かの男たちが堪能した後の「お姫さま」にむしゃぶりつく田丸は鬱と不安神経症を患っており、飲んでいる精神安定剤の影響でインポテンツになってしまって、勃起はおろか、射精もできない。

だからこそ、長く楽しめる。

「あっ。あっうぉぉぉおっ。や、や、やっべておんべてぇっ、てえ、てぇっ」

 ホームレスの中年女が、鬱と不安神経症に蝕まれているのに、性欲だけは一丁前の田丸に犯され、涙と洟を流して悲痛な叫びをあげるのを見て、俺の股間もテントを張っていく。

「お。青木くんも、戦闘準備万端だねぇ」

「・・・・・・」

 見た目が悪いからといって、恋を、セックスを諦める必要などない。だが、こちらの見た目が悪いのなら、こちらも女の容姿を問うてはいけない。美人と分け隔てなく、ブスとババアにも勃起しなければならない。

 影沼の決めた鉄の掟だが、そんなことは、俺は影沼に出会う前からわかっていた。

 ずっと、ブスとババアを狭い密室に連れ込んで、好きなようにしたかった。警察に駆け込んでもまともには相手にされず、こちらに捜査の手は伸びてこないであろうブスとババアを監禁して、卑猥なことがしたかった。

 俺たち貧乏、不細工、無能にとって美人が高嶺の花で、金持ち、イケメン、有能たちの独占市場となるのなら、ブスとババアとセックスできるのは、俺たち貧乏、不細工、無能だけでなくてはならない。

 住み分けがきっちりとなされるということは重要だ。互いが別路線を歩んでいるという認識なら、身分の違う両者がぶつかることはない。

 金持ち、イケメン、有能が、俺たちの「アイドル」ブスとババアを持っていくなど許されない。もしも金持ち、イケメン、有能がすべての女を独占し、俺たち貧乏、不細工、無能に一人の女も渡さないのなら「窮鼠猫を噛む」。無慈悲にも俺たちの切実な性欲の対象を持っていく奴らは、殺されても仕方がない。

「ふぅ、ふうふぅ、ふぅ・・・っ」

 ホームレスにまで成り下がり、悪臭を放ちながら、それでも貧乏で不細工で無能な男に犯されるのはイヤなブスババアを見て、下半身を熱い血潮が走り、海綿体が膨れ上がる。もう、我慢できない。

「ど、どけっ」

 今日はもう三発も出したのに、まだ女体を求める性欲魔獣の田丸をどかせて、ホームレス女の前に仁王立ちした。ハーフパンツとトランクスを同時に下ろし、猛り狂う怒張を、ホームレス女の眼前にかざした。

「うっうぉっ。うっうっうぉっ」

 赤黒い肉の柱を目の当たりにして、五十歳は超えた、ゴリラっぽい顔をしたホームレス女が、俺の子を宿す恐怖に怯えている。それを見て、ずっと、嫌がるブスとババアを強引に犯し、妊娠させる妄想を繰り返してきた俺は、もうどうしようもなくなってしまう。

「お、うぅををっ」

ホームレス女の子宮に、俺の遺伝子ミルクをぶちまけてやろうと襲い掛かったのだが・・。

「うっ・・・」

 ひしゃげおっぱいにむしゃぶりつこうとしたところで、鼻を突くアンモニア臭にあてられて、怒張が急速に勢いを失っていく。

 自分の身体に起きた異変に驚いていた。

 なぜ、どうして。

 こんなニオイくらいで萎えるはずはなかったのに。裸の女が発する生々しい体臭は、むしろご褒美だったはずなのに。

「あ、青木くん、やらないの?お、お、おで、まだ、この子とこどもづくりしたいんだけど、い、い、いいかな?」

 三度も射精したのに、まだ怒張が勢いを失わない田丸が、物欲しそうな顔で俺の腕を引いてきた。

「ああ・・」

 涙を洟を垂れ流して恐怖に怯えるホームレス女から視線を切り、萎んだ海綿体をトランクスの中に仕舞い込んだ。女を田丸に譲って、ねずみ花火で遊んでいる影沼のところに戻っていった。

 こんなはずじゃなかった。こんなはずではないが、こんなことは起こってしまった。こんなはずではないが、起きたことが現実ならば受け止め、対策を講じなければならない。

 情欲をそそるホームレス女をみて勃起できなかった理由を自己分析するならば、それはここ数か月の恵まれた暮らし、満智子と好きなときにセックスできるのが当たり前になったことで、女を見る目が肥えてしまった、ということになるのだろう。

 人並みの審美眼を手にできたことは良かったのかもしれないが、出されるものすべてに満足できなくなってしまったことは不幸でもある。

 さらに時が経てば、俺は俺に素人女の身体を教えてくれた女、満智子とも身体を重ねられなくなるのだとすれば、これほど悲しいことはない。

 だが、今さら後戻りはできない。

「どしたい青木っち。家なき子ちゃんとエッチして、青木っちのザーメンをあげて、お腹をぷくーっと膨らませて、満足な医療も受けられない家なき子ちゃんに気持ち悪い悪いをさせて、路上でイタイイタイしながら赤ちゃんを産ませるのはやめたのかぁい?」

 ニヤつく影沼の問いに答えず、最後に残っていた打ち上げ花火を手に取った。

 夜空で炸裂する花火に合わせて、叫びたかった。

 もう、不潔なブスとババアじゃ、俺の股間は収まらない。

 俺は、俺は美都が好きだ。美都が好きで仕方がないと、叫びたかった。

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 怨嗟が、とぐろを巻いている。怒り、悲しみの声をあげているのは、底辺世界に生きる貧乏、不細工、無能な男たちだ。

 資本主義の世の中で、格差があるのは仕方がない。問題は格差ではなく貧困なのだ。

 けして、人が羨むような贅沢を望んでいるわけではないのである。

 人として、せめてこれだけはということすらできないから、苦しみ、もがき、それでもどうにもならず、最後に暴発している。

 俺たち貧乏、不細工、無能を踏みつけていった勝ち組たちは、俺たちの嫉妬の目を眩ませるために、世の中にキレイな言葉をばらまいている。

 愛、夢、絆、喜び。あるいは、希望・・・。

 奴らは、俺たちがその言葉を信じ、まやかしの光の周りを飛び回っているうちは優しくしてくれる。だが、俺たちがそのままでは朝は永遠に訪れないことに気が付き、本物の光を探し始めた途端、俺たちにこれまでとはうって変わった汚い言葉を浴びせかけ、冷たい地べたに撃ち落としにかかる。

 憎悪、憤怒、嫉妬、孤独。あるいは、絶望・・・。

 悲劇的な最期を迎えないために、そのまやかしの光は見るな、影を信じろ。陳腐なハッピーエンドに、けして丸め込まれるな。くだらぬ今を納得させようとするヤツらの声に耳を傾けるな、たとえ少しの足掻きは必要でも、錦の未来を語るヤツの声を聞け。

 誰よりも深い影を背負いながら、底抜けに明るく生きようとする男に導かれ、俺は最悪の状況を脱し、夢を見ることのできるところまで来た。

 すでに、足を向けて寝られないほどの恩がある。影沼の言葉に、疑いを差し挟むことは許されない。俺はこれからも、影沼とともに歩いていかなければならない。

 たとえ影沼が美都を独り占めにしようと、彼の幸せを笑顔で祝福しなければならない。

 だけれども。

19

「わぁぁぁぁぁっ」

 ある日の作業中、岸が突然大きな声を出して、完成品の入った箱をひっくり返してしまった。

「な、なんでっ。なんで俺がこんな思いしなきゃならねぇんだよぉっ」

 盟友の藤井を失い、美都にフラれ、ココロキレイマンに救いを求めるほど追い詰められていた岸が、とうとう「キレた」。

 連日、姉殺しの江島と一緒に町内のゴミ拾いに明け暮れているせいで真っ黒に日焼けした顔を悲痛に歪め、大事な製品をぐちゃぐちゃにして暴れる姿からは、ヤツが工場に来た当初の、俺を見下した余裕綽綽の感じは消えていた。

「・・・」

 岸を担ぎ上げて、俺たちに対抗しようとしていたはずのココロキレイマンたちは、工場の男性社員に羽交い絞めにされて涙と洟を垂らす岸を見て見ぬフリし、自分の作業を続けていた。

「なんだありゃ。薄情なヤツらだな」

「あれがココロキレイマンというものだ。口では仲間を思っているようなことを言いながら、そいつが何かやらかしたときはあっさりと見捨てる。結局、彼らの頭にあるのは、己の保身のことだけなんだ。岸くんは可哀そうに」

「保身って、あいつらは何を守ってるんだよ」

 守るものなど何もないのに、なぜか守るものがあるヤツと同じことを考えて生きている。それがココロキレイマンだとわかっているが、呆れてしまう。あれほど友情が大事だと口にし、親密さをアピールしていた岸をかばうこともせず、初めから関係なかったかのようにしている姿は、まさしく軽蔑に値した。

「・・・・・・・」

 社員たちに両脇を抱えられ、作業場から連れ出される岸が、恨めしそうな目で俺と影沼を睨み付けてくる。俺たちの存在が、岸がこの工場で送るはずだったリア充ライフを台無しにしてしまった。

「気に病むことはない。岸ちゃんを壊したのは青木っちではなく、ココロキレイマンだ。貧乏、不細工、無能な者をさらに不幸へと追いやるココロキレイマンに関わってしまったせいで、岸ちゃんは己を見失ってしまった」

 影沼の言葉に、納得して頷いた。

 深く考える必要はない。悪いことは、すべてをココロキレイマンのせいにできる。それくらいには、ココロキレイマンは罪深い存在である。

「悲劇的な結末を迎えないために、ココロキレイマンを信じてはいけない。麻薬と同じで、ココロキレイマンとの戦いは死ぬまで続く。自分は大丈夫だと思ったときが危ないときだ。克服したと思い込み、油断した隙をついて迫ってくるココロキレイマンの魔の手を、けして握ってはならない。わかったな、青木っち」

「ああ・・」

 その肉体だけでなく、そいつが生きた痕跡まで消したい。それほど憎んだイケメンの心を壊し、会社から追い出してやることに成功した。

 これまで負けっぱなしだったイケメンに、ようやくのことで待望の一勝をあげた。だが、どこか満たされない。

 肝心なのは、岸に勝ったところで、俺が実質的にここで何かを得たわけではないことだ。ゴミ溜めの中のゴミ同士の戦いに勝っても、俺の人生が前に進んだわけではない。

 新たなステージに行かなくてはならぬときがやってきた。

 この会社を去り、自分の夢に向かっての活動を本格的に開始する。三十路前でも入れる飲食の会社に正社員で入社し、三年以内に独立する。

 資本主義の恩恵を何ら受けていないにも関わらず、ゴミ溜めの中でまだ争い、ゴミ溜めの中での保身に勤しみ、底辺が底辺の足を引っ張り合って進歩がない。いつまでも、そんなココロキレイマンたちと同じ環境にいてはいけない。

 ココロキレイマンを信じていない方が幸せになれると、本当の意味で「証明」してみせる。

「岸くん、ちょっと頭を冷やそう。大丈夫だから、な」

「岸くん、ちょっとイライラしちゃったんだよな。岸くんまだ若いから、いろいろ悩みがあったんだよな」

 会社に損害を出す大変なことをやらかして、クビが決定的となった岸を心配して駆け寄り、声をかけるのは、岸をチヤホヤしていたココロキレイマンではなく、岸がついこの間まで軽蔑し侮辱していた、影沼のシンパたちだった。

「見ろ青木っち。ココロキレイマンを信じない方が、結果として心が綺麗になり、人として思いやりのある行動が取れるようになる。ココロキレイマンのくびきから解放されたことで、彼らは少年が大人となる過程で失った大切なものを取り戻せた。いいタイミングだから、彼らにこの世を卒業させてあげよう」

「え?」

 予想だにしなかった影沼の言葉で、頭が白ペンキをぶちまけられたようになる。

「なぜ、死を否定的に捉える?死は究極の癒し、救い。すべての苦からの解放だ。これからの人生は苦痛に満ちていると決まっているが、いまは充実している。この世から去るのに、これ以上のタイミングはない」

 影沼が、俺の思考を先回りしたように言った。

「で、でも・・・」

「ん?嫌なのか、青木っち」

「ま、まあ・・・」

 ここに来ての殺人の誘いに、動揺を隠すことができない。

 藤井と友麻を殺したときの俺は失うモノなど何もない状態だったし、藤井と友麻は憎みてあまりある相手だった。

 いまの俺は派遣をやめて今後の展望を描けるところまで来ており、殺そうとしているのは恨みがないどころか親しい友人、ココロキレイマンを打倒する「同士」である。相応の動機もなく、リスクを負う価値もわからない殺人の実行をためらうことに、詳しい説明がいるとは思えなかった。

「青木っち。これが最後の仕上げだ。ビビる気持ちもわかるが、ここで二の足を踏んでは、俺たちのやってきた活動が無意味になってしまう。さあ一歩を踏み出そう。最高の卒業式を、彼らに送ってあげよう」

 殺人、それも大量殺戮を行うというのに、影沼の顔は至って真剣で、目は輝いている。

「いや・・・。しかし」

 俺とて、世話になった影沼に協力したいのは山々なのだ。しかし、今回ばかりは、容易には首を縦には振れない。

 昨今の風潮では、二人以上殺せば死刑はほぼ免れない。どん底の状況下で、深い恨みのあるヤツを殺して吊るされるなら納得できたが、これからというときに、恨みもないヤツを殺して死刑台に登るなど、悔いても悔やみきれない。

「ようするに青木っちは、警察に捕まることを恐れているのだろう。その点は心配するな。仲間の中から、身よりもなく誰も探さない者たちをピックアップした」

 そう言う影沼から受け取ったA4の紙には、ココロキレイマンを憎むグループにありながら、俺が内心疎ましく思っていた三人の名が記されていた。

 三十一歳の林田はギャンブル依存症で、多額の借金を作っては親兄弟に尻ぬぐいさせることを繰り返し、いまはすべての親族から見放され天涯孤独の身の上にある。

 俺たちと仲良くなった当初はギャンブルとは縁を切っていたが、二週間前ほどから再開しており、毎日の勤務が終わるやパチンコホールに足を運び、出そうだとなれば丸一日仕事をズル休みすることもあった。

 勤めた先でも会社に給料を前借りしてはフケることを繰り返し、親しくなった同僚からも借りパクすることも。俺たちの集まりの中でもその素振りが見られ、近頃やや問題視されていた男だった。

 五十七歳の真白は婚活中で、婚活サイトに登録し、これまで五〇〇件以上見合いを申し込んでいるが、無残にも断られ続けている。

 頭髪は焼け野原、体重三桁の肥満体という容姿は仕方ないとして、問題は一八〇万円程度という年収と、非正規の派遣社員という身分を正直に言ってしまうことで、それ以外にも、己のDNAを残したい、認知症を患う親の世話を一緒にしてくれる人が欲しい、などと、いつも己の願望をストレートに言いすぎるため相手にドン引きされてしまう。その交換条件となるものが、収入は相手に管理させる、浮気は絶対にしない、というものではいかにも苦しい。

 俺たちと知り合った当初は女への憎しみを口にし、婚活はすっぱり辞めていたが、人生初の彼女を得るという夢は諦めきれていなかったようで、近頃は俺たちの生きがいであるブスおばちゃんレイプに加わらず、俺たちの行為を女性に対する冒とくだ、などと言って批判することもあった。

 三十九歳の西島は軽度の知的障碍者で、これまで万引きなど軽微な犯罪で刑務所に入り、娑婆に出たら少し遊んで、また軽犯罪を起こして刑務所に入ることを繰り返してきた累犯者でもある。

 知力が足りないせいで働いても失敗ばかり、日常生活さえも満足に送れない西島は、生きていくために、人から管理されることを求めてわざと刑務所に入らなければならなかった。刑務所の中には西島のように、身よりのない軽度知的障碍者で、自分から刑務所に入りたがる累犯者は大勢いるという。

 知的障害のある西島は、俺たちの集まりに参加はしているが、ココロキレイマンに反して生きようとする俺たちの思想を十分に理解してはいない。ただ、娑婆で珍しくよくしてくれた俺たちを「優しいお兄ちゃん」だと思って無邪気についてくるだけ。

 野球のルールを知りもしないくせにチームに入ってきて、打ってもいないくせにきゃあきゃあ叫びながら一塁に走り出したり、おばちゃんの上で頑張って腰を振っているときに、後ろから肩を叩いてきてブーブーで遊んでと言ってくるなど、空気を読まない行動に辟易としていた。

「でも、だからって・・・・」

 人に迷惑をかけることしかできないそんな奴らでも、生に希望を抱いている。惨めで不器用でも、生に縋りつこうとしているヤツらを、俺たちの価値判断だけで殺してしまっても良いものか・・。

「こんな状態になっても生にしがみつく彼らは、己が死んだ方が幸せであることも理解できない。自分が死んだ方がいいという、当然の判断もできない彼らがこのまま生きていても、どの道いいことはない。客観的に彼らの人生を眺められる俺たちが、彼らを葬ってあげた方がいいんだよ」

「ううむ・・・」 

 影沼がピックアップしたメンバーに共通するのは、身よりがなく、殺しても露見性が少ないことに加えて、俺たちの和を乱したり、俺たちの違法行為を外部に漏らす危険性があるということ。

 影沼が最初に口にした、今が楽しいのだから、楽しいうちに殺してあげようという理屈はあまり理解できないが、組織を保つための粛清ということなら、話はわからないでもない。

 大義名分さえあれば、人を殺すことなど屁でもない。快楽殺人者のように、血を見て悦ぶなどという趣味はないが、それによって俺だけでなく周りの者もよくなる、また殺された本人にとってもハッピーであるという説明さえできるなら、俺は躊躇なく人の柔腹にナイフを突き刺せるし、細首を絞め上げることができる。

 だが、昨今の風潮では、二人以上殺せばほぼ死刑。誰からも愛される善男善女でも、誰からも嫌われる極悪人でも、人の命は平等に扱われるということになっている。

 ドン底まで落ちてから、ようやく拓けた俺の未来。これから正社員の職を得て、それから自分の店を持つ。満智子とこれからもセックスしまくり、それから・・。

 美都・・・。

 俺の夢を、希望を、あんな何のために生きているかもわからないようなヤツらを殺すことで失くしてしまってもいいものか。これからも末永く影沼と共にあるというならともかく、まもなく影沼とは別の道を歩むことが決まっているのに、ここで大きなリスクを負う価値があるのだろうか。

 俺が影沼の提案を拒んだとき、影沼は秘密を知る俺を消しにかかってくるかもしれない。藤井のように、腹に何度もナイフを突き立てられ、血潮に塗れながら、打ち上げられた魚のようにピクピクとしている姿を、イトミミズの走った眼で眺めるかもしれない。

 もう思い出せないほど久しぶりに、命を失うこと、他人の命をみだりに奪うヤツのことを「怖い」と感じる。これが、失って困るものを持つということ――未来を思い描く楽しみを持つということなのか。

 ふと俺の脳裏に、けして許されない考えが浮かんでくる。

 それほど人の命を軽んずるのならば、己の命も軽く扱われることを思い知らせてやるのはどうだろうか。
 
 影沼が殺そうと言っている三人はどうしようもない社会不適合者で、人に迷惑をかけることしかしない最低の奴らだが、そんな奴らでも、生きていれば誰かの役に立つかもしれない。人の可能性を否定し、それを摘み取ろうとするなど、あの男は神にでもなったつもりなのか。

 影沼は俺にとっては恩人だが、世間から見れば二人、いや、本人の言動から察するに、両手で数え切れない人数を殺しているであろう殺人鬼だ。社会不適合者であろうと、人殺しまではやらない奴らと、どちらがこの世に生きる価値がないというなら、それは・・。

 影沼は十人以上殺しているのかもしれないが、俺とて、二人の人間をこの手で殺した殺人鬼だ。友麻の生命活動を止めたのは影沼の顔面踏みつけだが、友麻という人を殺したのは、俺が入れたちんぽだった。

 友麻を殺したのは影沼ではなく俺だったということは、俺の中での密かな誇り。影沼にできないことが俺にはできる。俺が影沼に勝てる公算は十分にある。

 それに・・。

 何よりも、それが俺にとって一番だから。

「青木っち・・・?」

 急に頭を左右に振った俺に、影沼が怪訝な顔をする。

 そうしよう、やるべきだと頭は言っている。だが、心は、影沼をナイフで突くことを拒絶している。

 どん底にいた俺をここまで導いてくれた影沼に弓を引いたりして、俺にこれから人としての幸せが待っているのか?人を殺したことがある、殺したことがないなどというのは些細な問題であって、大事なことは、俺にどれだけ美味しい思いをさせてくれたか、それだけではないのか?

「わかったよ。影沼くん。彼らにこの世を卒業させてあげよう。俺たち二人でやろう」

 まだ決意が定まっていないままに、とりあえず承諾の返事をした。

 自分がどうするべきなのかわからない。とてもではないが、すぐに決められる問題ではない。当日になっても、答えは出ないのかもしれない。

「おお。やってくれるか、青木っち。そうそう、美都ちゃんとのキャンプももうすぐだぞ。楽しみだな、青木っち」

 今は破格の男の決めた方針に、同意したフリをしておこうと思う。

 影沼の言う通りにして、今まではうまくいってきた。今度も・・という気もするし、今度という今度は・・という気もする。どちらにするか、当日までにゆっくり考えればいいと思う。

 そう、美都と過ごす最高の時間が、もうすぐ俺を待っている。三バカを殺すとか、影沼を殺すとか、俺が死刑になるとか・・。美都が来る、一泊二日のキャンプのことを思うと、もうなんでもいいかなと思えてくる。

「そうさ、このまま・・・」

 たくさん遊んで、たくさん笑って。ときにはブサイクおばちゃんを犯して、ちょっとばかり、人も殺して。

 快楽の階を駆け巡り、極彩色の未来へ行こう。
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party people 5

14

「ごめんなさい。影沼さんにこんな話をしてしまって・・」

「いい。いいんだよ、美都ちゃん。泣きたいときには思い切りお泣き。俺なんかでよかったら、いつでも相談に乗るからさ」

 ある日の昼休みにラインに戻ってみると、昨日、会社の先輩と喧嘩をしたとかで落ち込んでいる川辺美都が、影沼に愚痴を聞いてもらっているところだった。

「なんだ。やけに早く戻ったと思ったら、川辺さんと話してたのか」

「ああ、ゴメン青木っち。美都ちゃんすごく悩んでる様子だったから、心配になってさ。ゴメンごめん」

 俺の口調に、無意識に不満の色が顕われていたのか、影沼が昼休み、ココロキレイマンを改心させる活動をいかに進めるかの議論の途中で席を立ち、食堂に置いていった俺にしきりに謝ってきた。

「青木さん、影沼さんを借りちゃってごめんなさい。さ。午後の作業を始めましょう」

 美都が目じりに浮かべた涙を拭う姿を見て、俺の胸の奥で、柑橘系の果物をギュッと絞ったように甘酸っぱい感情が広がっていく。

 ずっと昔、忘れかけていた感情。いつからか、俺がそれを抱くことは許されないと思うようになって忘れていた感情が後から後から湧いてきて、体温が上がり、鼓動が高鳴ってどうしようもなくなる。

 川辺美都が好きだ。俺の中でそれは、抑えようもない爆発的な思いとなっていた。

「アン、アンアン、アンッ。智哉っ、智哉イィッ」

 四十三歳の彼女、満智子のことが嫌いになったわけではない。俺に素人女の身体を教えてくれ、男として自信をつけさせてくれた満智子には感謝しているし、満智子といる時間は楽しくもある。

 だが、それとは別のところで、俺は川辺美都が好きなのだ。たまらなく愛おしく、俺だけのものにしたくてどうしようもないのだ。

「青木っち~。今度、美都ちゃんと三人で、河川敷にバーベキューに行かないか~?」

 日頃、川辺美都を可愛い、女神だと公言してはばからない影沼だったが、彼が美都を独占しようとする気配はなく、俺にも美都と接する機会を平等に作ってくれているようだった。

「え?か、川辺さん、来てくれるの?」

「はい。楽しそうなんで、参加させてもらうことにしました」

 俺の問いに答える川辺美都が、満面の笑みを、俺ではなく影沼に投げかける。

 川辺美都とバーベキューができるのは嬉しい。だが、モヤモヤする。どうしようもなく、心がモヤモヤする。

 影沼は美都のとこが好きなのか。美都は影沼を、男としてどう見ているのか。師と仰ぎ、親友だと信じた男に、俺はいつの間にやら邪な眼差しを向けるようになっていた。

「青木くん。前から君に言いたかったことがあるんだけど」

 その日の帰りのこと、電車で繁華街に繰り出そうと駅の改札を潜ろうとする俺を、同僚の派遣社員が呼び止めてきた。

「青木くん。俺は確かにかつて、けして許されない罪を犯した。だが、いまではちゃんと反省し、真人間になろうと更生の努力をしている。青木くんも、藤井くんと友麻ちゃんをここから追い出した罪を償って、まともになろうとしろよ。赤ちゃんを妊娠させて捨てるとか、ふざけたことばかり言ってんなよ!」

 俺に「反省」を強いようとする江島は四十一歳。少年時代、進路について口論になったはずみで姉を殺害してしまい、少年院に収監された過去を持つ男である。

 赤ちゃんを妊娠させて捨てるというのは、今朝、俺が影沼や気の合う仲間たちと話していたとき口にした、女を拉致して孕ませる赤ちゃん工場を作り、生まれた子供を売り払うのが男の夢だという冗談のことを言っているのだろうが、そんなことばかり口走っていても、俺の工場での評判は落ちることなく、逆に面白野郎としての評価が揺るぎないものとなっていた。

「罪を憎んで人を憎まず。真っ当に生きようとしている姿を、お天道さまはちゃんと見てくれているんだから。だから、な。青木くんも反省して、工場の周りの清掃活動を、俺と一緒にやってみよう。な、それがいいって」

 俺たちの働く工場では、正社員たちは、持ち回りで駐車場や、工場周辺の道路の清掃活動を行うことを命じられている。派遣社員たちはその対象ではないのだが、江島は派遣先企業の慈善活動に自主参加を表明し、美都ら正社員に混じって、毎日空き缶やビニール袋などのゴミ拾いに精を出していた。

「・・・・・・」

 江島の言っていることは、まったくもってくだらない。

 贖罪の意識というのは、自分が「許された」と感じたときに初めて沸き起こるものだ。自分自身が極限まで追いつめられていたり、人生がまったく充実していないという状態では、自分の過ちに気づき、誰かに申し訳なく思うということは難しい。

 俺が友麻や藤井を殺害したことを反省するとしても、それはもっと、ずっと先のこと。他人に誇れるほどの成功を手にしてもいないのに、己の過去を振り返ってクヨクヨするなどバカバカしい。ましてや、俺が藤井と友麻を殺したことを知らない江島はただ、俺が「藤井と友麻に横恋慕したこと」だけを反省しろなどと言っているのだから救いようがない。

 大体、最終的に反省しているかどうかを決めるのは、自分ではなく他人のはずである。「反省」を態度で示すならいいが、あまり口にしすぎれば逆に白々しくなる。

江島はただ、己が「反省している」という事実に酔っているだけ。そもそも反省しなければならぬことなど最初からしなければいいだけなのに、江島は己が「反省している」ことを、誰かに偉そうにし、他人の上を取る材料にしているのだから笑わせる。

 「過去に犯した罪も、真面目に生きていれば消えるんだから。いつか、いつかきっと、赦されるときが来るんだから・・」

 死んだ魚の目をして言いながら、江島が己の手首をゴシゴシと拭った。

「そのこびりついた血を落とそうとして、報われない善行に勤しんでいるってわけか。大変だな」

 一言だけ言って、俺は江島から視線を切り、トイレで眼鏡をコンタクトに変え、髪型を整え、電車へと乗り込んだ。

 駅を出た俺がまっすぐ向かったのはソープランド。格安店だが若い女が抱けると評判の優良店。

「アッ、アッァ、アッ。お兄さん激しいィ、激しィッ」

「美都ォ。いくぞっ、美都。美都、俺の赤ちゃんを産んで。俺と、赤ちゃん作ろう」

 腹の下の娘を、好きな女、美都だと思って腰を振りながら、俺は娘の子宮へと向かって、ゴム越しに子種を落とそうとする。

 かつては、毒物かなにかのようにしか思えなかった自分の遺伝子で、愛する女を孕ませたい。そう思えるくらいまでは、俺は自らの存在を肯定できるようになった。

「はァ・・気持ちよかった。どうもね」

 かつての俺は、彼女がいない素人童貞男の、切実な性欲を満たすために風俗に通っていた。

 いまの俺は、いつでも抱ける女がいる中での、選択肢の一つとして風俗に通っている。この違いは限りなく大きく、その幸せは山より高く海より深い。

 ソープから出て、コンビニで買ったビールを飲んで、いい気分で往来を歩いていると、後ろから誰かに肩を掴まれた。

「さっき見かけて、なんだか様子が変だと思って尾けてみれば・・。青木くん。君は見下げ果てたヤツだな。君はかつて大きな罪を犯しておきながら、彼女とイチャイチャするだけでは飽き足らず、エッチなお店にまで入っていたのか。なんとお下劣なヤツなんだ・・」

 自分こそ、こんな青髭に塗れたブサイク男を尾行するという気色の悪い行為をしていたことを棚にあげる江島がワナワナと唇を震わせた。

「みなさん、聞いてください。この青木くんは、工場で愛し合うカップルを追い出すという罪を犯しながら、それを反省もせず、彼女を作って楽しそうにしているばかりか、あまつさえエッチなお店を利用するという不届き者です。それに引き換え、私はかつて、実の姉を殺害するという罪を犯しながらも、今ではそのことを深く反省し、贅沢を慎み、楽しいことも我慢して、まいにち町内の清掃活動に勤しんでいます。犯罪に重いも軽いもない。愛し合うカップルを追い出すということは、家族を殺すのと同じことなのに、それを反省もせず、女性と乳くりあっている。こんな外道を野放しにしていいのでしょうか?この外道の存在は、会社の規律が緩む原因ではないでしょうか?この外道を社会的に抹殺しなければ、この国の将来は危うくなるのではないでしょうか」

 往来で演説をぶりながらも、江島は己の左腕を、使い古したハンカチでゴシゴシと拭っていた。姉の返り血がべっとりついて今も落ちない、その腕を。

 俺はそれ以上は何も言わず、江島を置いて帰路へとついていった。

15

「あ、あ、あーーーー」

 ある日の作業中、悲壮な叫びが聞こえてきた方を振り向くと、五十代の派遣社員が、ラインの中で、股間から水滴をしたたらせているのが目に入ってきた。

 作業中にトイレに行ったことくらいで嫌味を言ってくる社員はここにはいないが、過去にそういうことがあり、それがトラウマになっていたのだろう。

作業中にトイレに行きたいと言い出せず、おもらしをしてしまう。そんなことも、非正規の派遣の世界じゃ珍しくはない。

「あも、きもうおほわったひごとのことべ、もういひどひひたいのべすが」

 工場の正社員に仕事のことで質問する派遣社員は、まだ四十前なのに歯が半分なくなっており、残った歯も根元がスカスカになって、押したら折れてしまいそうである。

 非正規の派遣労働者は歯が悪い。タバコを良く吸い、歯磨きもあまりせず、歯医者代を削ってパチンコに通う金を捻出しているので、若いうちから深刻な口腔崩壊を起こしてしまう。食べ物をうまく噛めなれば胃腸も悪くなり、ドブの腐ったような口臭をさせてしまう者も。

 髭は剃らずに鼻毛も伸ばし放題。靴下は穴だらけで左右別々。皮下脂肪が股間を覆うまで垂れていて、まるでふんどしのよう。

「この前、請負の方に入った女、イマイチだよなぁ。目元はまぁまぁだと思ったのによぉ、マスク取ったら全然じゃねーか」

 己が見た目を捨てているくせに、女の容姿にはうるさい。仕事でもそうだが、まず否定から入る癖があり、隙あらば誰かを追い落としてやろうと、あら捜しに躍起になっている。他人が犯した細かいミスを鬼の首を獲ったようにあげつらうが、己のミスは棚に上げている。

「来月のレースに投資するために、今月は昼を抜くことにしたんだ。ダイエットにもなって一石二鳥だよ」

「前の派遣先では、交通費を浮かすために、一駅歩いて工場まで行ってたんだぁ。ここは送迎バスがあるから、その手が使えないけどねぇ」

 目先の数百円、数千円を稼ぐことには全力を尽くすのだが、少しくらい金を払っても無駄な時間を減らし、空いた時間で何か資格の勉強でもして、将来の数十万、数百万に繋げていくということは考えない。

 底辺世界に埋没し、浮上の意志がない者=ココロキレイマンに共通した属性に、本当に自分の身になることをする「努力」と、ただ辛いことを耐えるだけの「我慢」の区別ができないということがある。

自分のやることの意味を考えようとしない。なんら技能の向上には繋がらなくても、とにかく苦しい思いさえしていればそれで満足してしまい、それを人に偉そうにする材料にしてしまうのだ。

それは彼らが悪いわけではなく、彼らが若い頃から何かを身に着け、成果をあげ、そして褒められるという流れ――良質な成功体験を積めなかったことがいけないのだが、努力と我慢の区別がつかぬ彼らが、己の価値観を、努力して這い上がろうとする者に押し付けてこようとするのならば同情はいらない。

「俺はヤツらと同じにはならない。必ずこの肥溜めから抜け出してやる。上に行って、本当の幸せを手に入れてやる」

 固い決意を胸に秘め、自宅では料理修行、会社ではココロキレイマンの打倒に励む俺の周りには、次第に「同士」とも呼ぶべき仲間たちが集まり始めていた。

「これまで自分の気持ちに嘘ついて、ずっといい子ちゃんやってきたけど、いい子でいたって、ちっともいいことなんかありゃしねえ。
もう、いい子ちゃんのフリなんかするのはやめだ。俺は自分の気持ちに素直に生きる」

 四十四歳、就職超氷河期世代の石川は、国立大まで出たが正社員での就職にはこぎつけず、若い頃から非正規の派遣労働の現場を転々としてきた。

 自分は真面目なだけが取り柄と思っていた石川は、派遣先でトラブルを起こすこともなく、残業も休出も嫌がらずにやった。五年前に親が倒れてからは、家にいる時間の多くを介護に捧げてきた。

 だけど、いいことなんか何もなかった。

 これといった趣味もなく、楽しみといえば家で一人酒を飲むことくらい。奥手な石川は女を口説くこともできず、また、派遣の自分は女を好きになっても相手にされないと思っていた。学生時代に友人はいたが、自然と縁が切れたり、自分が派遣である引け目から同窓会に顔を出せなくなったりして、いまは孤独だった。

「会社に何かあれば、真っ先に切られるのは俺たち派遣だ。それじゃなくても、社員にちょっと気に入られなかったり、作業がちょっと遅いってだけでクビになるってこともある。この工場に来てからもずっと不安だったけど、仲間ができて安心したよ」

 人の入れ替わりが激しい非正規の派遣労働の世界では、人と人同士の、横の繋がりが希薄になりがちである。勤務先で理不尽な扱いを受けたとき、弱者にとってもっとも大切な、団結するということができないために、辞めるか、潰れるかの二択を選ぶしかなくなる。

 互いに干渉しあうことなく、必要最低限の会話しかしない。仕事が終わればそれっきり。気楽といえば気楽ではあるが、本当にそれでいいのかという思いが、ずっと付きまとっていた。

 バラバラだった派遣社員の心を、一人の男が結び付けた。

「これまで生きてきて、面白いことなんて何もなかった。だけど、青木くん、影沼くんと仲良くなれてからは、毎日が楽しいよ。会社に行くのも、前ほどイヤじゃなくなった」

 一人の男の出現が、不幸の泥沼に、両足の膝まで浸かっていた男の運命を変えた。人生に完全に行き詰っていた石川を、明るく、前向きに生きられるようにしたのは、貧乏で不細工なヤツが清く正しく生きようとなんかしても、けして幸せにはなれない。貧乏で不細工なら心が歪んで当然であり、大事なのは、そんな自分に素直になって生きること。せっかく責任のない立場なのだから、もっと気楽に生きればいいという思想だった。

「これまで、俺がダメなのは全部、俺の根性が足りないせいだと思ってた。俺は頑張らなかったんだから、いい仕事が見つからないのも仕方ないし、彼女ができないのも仕方ないんだって、ずっとそう思ってた。でも、違ったんだな。そうやって自分を追い詰めるような考え方が、すべての不幸を招き寄せていたんだ。俺みたいなヤツだって、堂々と生きていいんだ。気楽に物事を考えて生きていいんだ」

 五十二歳の新川は中学卒業後、割烹料理店で修業をしていたが、親方や先輩の暴力、暴言に耐えきれずに逃げ出し、以後は清掃や警備など、非正規の低賃金労働の現場を転々としていた。

 これまで年収が二五〇万に届いたことがなく、女と付き合ったこともなかった新川は、自分がクソ面白くもない人生なのは、すべて社会人になって最初に勤めた板前の仕事を途中で投げ出したせいだと思い込み、根性なしの自分がこうなるのは仕方ないと思って、コソコソと日陰に逃げ込むように、冷たい地べたを這いつくばるようにして生きてきた。

 理不尽な思いをしたとき、すべて自分が悪いのだからと思って納得しようとするのは、実はもっとも楽な解決法である。人生の中で、戦うということをしなければ乗り越えられない苦難は必ずあるのに、それからも逃げて、ただ辛い現状を、努力とは似て非なる「我慢」しようとする方向に行く。

 食糧だけは豊富な日本なら、それでも確かに生命活動を連続させることはできる。だが、人として生きているとはいえない。

「社会に出て最初に勤めた店は伝統ある高級老舗で、味は確かだったけど、働く側にとっちゃ酷いもんだったよ。一日十二時間、立ちっぱなしの重労働で、休みは月に四日だけ。寮は相部屋、給料は最低賃金。プロの料理人になるために入ったのに、料理の仕方なんて、野菜の切り方くらいしか教えてもらえなくてさ。伝統とブランド名を盾にすればなんでもありだと思って、人をこき使いやがって。あんなところを辞めるのは恥でもなんでもないのに、これまで俺はそれを引け目に思って、女も貧乏も、すべてを諦める理由にしてた。まったく時間を無駄にしたよ」

 貧困は努力不足、自己責任であるという、後ろめたいことのある勝ち組が、負け組に己の不遇を納得させるために広めた風潮を鵜呑みにし、むしろそれを、己が戦わない理由として積極的に主張してきた男が、人生の折り返し地点を過ぎてようやく、重荷を降ろして道を歩み始めた。

負け組から自由であることを取ったら何も残らない。どうせ誰にも期待されていない負け組なのだから、好きに生きれば良いものを、己に枷を嵌め、あれをしてはいけないこれをしてはいけない、こう考えてはいけないそう考えてはいけないと、なぜか禁則事項を守ろうとすることばかりに目を向ける――。

 人に迷惑をかけないということばかりを考えて、守るものなど何もないのに、守るものがあるヤツと同じマインドで生きているヤツが、世の中には多すぎる。

 そんなヤツを一人でも多く、影沼と一緒に救ってやる。すべて自分が悪いのだから、何もかも諦めなければならないなどという、百害あって一利なしのくだらない考え方をやめて、金も権力もない代わりに持っている、大いなる自由を活かして様々なことに挑戦し、己の欲求を叶えていこうとする同士を増やしてやる。

「頑張ってもいいことなかったから引きこもった。引きこもってもいいことなんて何もなかったから外に出た。外に出ても、やっぱりいいことなんてなかった。この世のどこにも逃げ場はないんだって感じてた。でも、影沼くんと青木くんに出会って変わったんだ。楽しく生きるために、頑張る必要なんてない。みんなと同じように考える必要もないんだって、教えてくれたからね」

 三十六歳の沢木は、二十四歳のときに勤めていた会社を辞め、そのまま三十半ばになるまで、実家の自分の部屋で引きこもり生活を送っていた。

 会社を辞めた理由は、上司に厳しく注意されたからだったか、仕事がキツかったからだったか、はたまた、同僚の女子社員に告白してフラれたからだったか・・。今となっては、ハッキリとしたことは思い出せない。

 沢木が引きこもるようになったことに、一〇〇人が聞いて一〇〇人が同情するような、特別な理由があったわけではない。ただ、総合的に判断して、沢木は自分が人より劣っていると感じ、自分は頑張っても幸せにはなれないと確信して、心のドアを閉ざした。

「引きこもっているとき親に言われた、親に対して感謝の気持ちを持てって言葉が、ずっと引っかかってた。だってそうだろ。生きていたって楽しいことなんか何もないのに、どうやって自分を産んだ人間に感謝するんだよ。誰が産んでくれなんて頼んだんだよ」 

 沢木が問題にしているのは、衣食住にも事欠く発展途上国における「絶対的貧困」ではない。物質的な豊かさに満たされた先進国の中で、収入が少ない、学歴がない、女を持っていないということに悩む「相対的貧困」である。

 衣食住の保証された国の中での「相対的貧困」に苦しむ人間に、アフリカや北朝鮮で飢えている人に比べたらマシなのだから我慢しなさい、自分を幸せだと思いなさいなどといった言葉をかけるのは、例えば打撃不振に悩むプロ野球選手に、あなたは普通のサラリーマンの何倍も稼いでいるのだから、ちょっと打てなかったくらいでクヨクヨするのは辞めなさいと言うくらい、本質的に間違っている。

 自分と自分と他人を比較しなければ地獄も天国になることは誰でも知っているが、それから完全に逃げることは誰にも不可能である。問題はその比較対象であって、生活のステージがまったく違う世界の人間と比較された時点で、その人間にとっては死刑を宣告されたのと同じであることをわかっていないヤツが多すぎる。

 相対的貧困に悩む人間が、お前は生活の不安もなく、十分に恵まれているんだから自分を幸せと思え、前向きになれ、努力をしろ、と声をかけられたとき思うことは、絶対的貧困に苦しむ人間がそれをされたときとまったく同じ。

 「お前に何がわかる」、それだけでしかないのだ。

「勉強したって成績は伸びないし、いい会社には入れないし、女に告白してもフラれてばっかでさぁ。努力なんかしたって、何一つうまくいきやしないじゃないか。こんな俺が社会のために歯を食いしばって働かなきゃいけないなんて理不尽じゃん。働いたら負けだって、そう思ってた」

 身勝手な言い分ではある。しかし、感情論を抜きにして、それこそがニート、引きこもり問題の本質でもある。

 物質的な豊かさに満たされた先進国で、それを当たり前だと思って育ってきた人間は、ただ雨風を凌げ、食べるためだけには頑張れない。

 安定した収入があって。やりがいまではなくても、ストレスの少ない職場があって。

 気の合う友人がいて、夢中になれる趣味があって。

 恋人がいて、セックスができて。

 先進国の人間が幸せを実感するためには、それなりの高いハードルをクリアしなければならない。血の滲む努力をしてもそれが得られなかったときは、絶望して心が折れてしまうということは十分にあり得るのだが、「相対的貧困」という概念に理解がなく、持たざる者の正当な悩みを「甘え」の一言で済まそうとする人間が、この国にはまだまだ多すぎる。

「みんなこれまでの人生じゃ辛いことが多かっただろうけど、これからは楽しくなるよ。ココロキレイマンのくびきから解放された人間は無敵だ。貧乏で不細工で、何の才能もなかろうと悲観することはない。貧乏で不細工で無能でも、ココロキレイマンをやめれば必ず幸せになれるんだと、俺たちが“証明”してみせるんだ」

 破格の男が、俺たちを引っ張ってくれる。何も案ずることはない。俺たちを虐げてきた世の中の常識など気にすることはない。そんなものはぶち壊して、本能の赴くままに突き進めば必ず道は拓けると、影沼は言っている。

「さぁ、明日からは楽しい三連休だぞぉ。みんな何して遊ぶ?」

 一週間の仕事が終わると、俺たちは工場近くの公園で語らったり、花火をしたり、七輪で肉や魚を焼いたりして楽しんだ。

「ああもう、富田さん、お箸そんな持ち方だから、食べ物をポロポロこぼしちゃって。お箸のちゃんとした持ち方、親に教わらなかったの?」

 箸をフォークのように握って食事をしている四十二歳の富田に、四十一歳の石黒が、眉間に皺を寄せながら注意をした。

 子供のころ親から受けた愛情の量と、大人になってからの収入の額は比例する。

 絶対的な幸福を知らずに育った人間は、不幸が続いたとしても、「人生こんなものか」と諦めてしまい、少しの努力と工夫で今よりもマシになる機会があっても、それと気づかず放棄してしまう。

 シンデレラストーリーが持てはやされるのは、それが希少な例だからで、ほとんどの場合、愛情に恵まれなかった者は不幸となり、不幸は永劫に続く。

 不幸は連鎖する。不幸に育った子が人の親となっても、不幸しか知らない親は、子供に不幸しか伝えることができず、不幸は世代を跨いで続く。

 不幸は伝染する。不幸な者はその波長を通じて引かれ合い、負のバイアスを共感できる者同士でそれを増幅し合う。そしてよく知られるように、不幸な者は、それまでは幸福だった者をも不幸へと引きずり込む。

 不幸を人から人へ移す、負のスパイラルを断ち切る。それができるのは、ココロキレイマンではない。

「作田さん、地面に落ちたのを食べたらばっちぃよ。あと、前から思ってたんだけど、作田さん、トイレに入るときに手を洗うのに、トイレから出るときには手を洗わないのはオカシイよ」

「だ、だって、汚れた手でちんちんを触るのは、汚いから・・」

「作田さんのちんちんの方が、もっと汚いでしょ。おかしいよ、普通逆でしょ。服も昨日と同じだし、髪はボサボサ、髭はモジャモジャだしさ。作田さん、お風呂と洗濯、ちゃんとしてないでしょ」

「そ、それを言ったら、石黒さんだって、髪を自分で切って、変な段々がついた、マッシュルームみたいな頭みたいになってるのはオカシイじゃないかっ。メガネのつるが折れたのもセロテープで繋げてるだけでみすぼらしいし、虫歯も治さないでスキっぱだらけだし。人の、人のことばっか言って、自分はどうなんだよっ。ずるいよっ」

 一般的な衛生観念が欠落している。他人に厳しく自分に甘い。

 どちらも、非正規の派遣労働者にはよく見かける性質である。特に後者はココロキレイマンに多く、彼らは他人の失敗はどうでもよいことをいつまでも言うが、自分の失敗は棚に上げ、人に指摘されても聞く耳を持たない。

 だが、放っておけば間違いなく、ココロキレイマンに骨の髄まで侵されて、取返しがつかなくなっていた石黒のような人が、ココロキレイマンに疑問を感じ、まだココロキレイマンに染まり切る前に俺たちの仲間になってくれた。それが何よりも素晴らしい。

「いいんだ、いいんだ。なにもかももいいんだよ。いいから遊ぼう。みんなで遊ぼうよ」

 顔が悪く頭も悪いが、欲望は人一倍強く、自分のことしか考えない。仕事ができない、気が利かない。基本的なルールやマナーも守れない。人として当たり前のこともできない。

 だからどうした。

 仲間を欺き、陥れ、傷つけることさえしなければ十分。俺たちが人並みに楽しく生きようとすることに何の支障もない。 

「わぁい。大きなクロダイが釣れたぞぉ」

「いいなぁ。こっちはダボハゼばっかりだよ」

 みんなで河口に釣りに出かける。釣り場を指示するのは二十九歳の清田。カッとなりやすい性格で、これまで暴行の容疑で二度もブタ箱にぶち込まれて いるのが玉に瑕だが、釣りの腕前は確かで、素人でも爆釣必至の釣り場をすぐに見つけてくる。

 釣れた魚は俺が調理する。塩焼き、煮つけ、フライ、天ぷら。思い思いの味をみんなと味わい、喜びを分かち合う。

「かっ飛ばせー、前田さん!」

「石川さん、絶対抑えろよぉ!」

 人数が集まれば、グラウンドで草野球をする。中心になるのは、三十三歳、元高校球児で、県大会の四回戦まで進んだ経験を持つ飯田。

「やった!お、俺にも、ツーベースが打てた!は、初めて打てた!」

スポーツは観るのは好きだがやるのは苦手という者が多い非正規の派遣労働者たちだが、近頃は飯田の指導によってメキメキと腕を上げ、バッティングセンターでも快音を鳴らせるようになっていた。

「はぁはぁ、はぁっ。はぁっ」

 少年だった時代を、遠い昔に通り過ぎた男が、歳を取って重くなってしまった身体を揺らし、息を切らせて走り、夢中になって白球を追いかける。

「さぁみんな、エアコンの効いた車の中で、少し休憩しよう。ポカリもあるよ。風邪ひかないように、汗はしっかり拭いてな」

 運動の後の冷たい飲み物は何よりうまい。厭ったらしい労働で流す汗と違い、好きなスポーツで流す汗はサラサラしていて、ニオイもそれほどキツくない。すでに節々が痛み、翌朝の激しい筋肉痛を予感させるが、草野球に熱中する男たちは充足感に溢れ、目は澄み渡っていた。

 ココロキレイマンを駆逐する活動を続けていく中で気づいたのは、いまは非正規の派遣労働の世界で泥水を啜っている者たちも、けして初めからそうだったわけではなく、人生のどこかまでは輝いていた時期もあったということ。

 男は誰しも、もとは淀みなき少年の心を持っているもの。

 ある者は就職に破れ、またある者は夢に破れて、欲と恨みに塗れた大人の心に変異してしまった。

 俺の場合は、女だった。

 女。これにあまりにも受け入れられなさすぎると、男は歪んでいく。

 たかが女のことで笑うヤツもいるかもしれないが、冗談じゃない。俺を笑うヤツらは、地球上人類の半分、三十五億人に嫌われているかもしれないという恐怖を味わい、その汚い口を閉じろ。

 俺が友麻のバカに言いたいのは、あの女は己の容姿が女として最低限度の、これにフラれたらまともな女は諦めなくてはいけないというギリギリのラインにいたことを自覚しろ、ということである。

 これまでまともに女と付き合ったことのない男が、あんな下膨れの、前歯の突き出たビーバーみたいな女にただフラれるだけならまだしも、ストーカー扱いされ、ミソクソに貶されてフラれたら、自分の容姿はとんでもない化け物のようで、今後の人生において、まともな容姿の女を望むのは無理だと思い込んでもしまってもなんらおかしくはない。

 だが実際には、俺は少なくとも友麻には負けてはいない容姿の満智子と付き合うことができた。オカシイのは俺の容姿ではなく、友麻の思い上がりの方だったと証明できた。

 女は男の希望である。容姿に関わらず、すべての女は誰かの女神となれるが、容姿がイマイチにもかかわらず金持ち、イケメン、有能にしか股を開かない女、これは害悪にしかならない。

 アホの友麻は、自分が男に絶望を与えるだけの存在であったことを自覚し、死してもなお、己の所業を「反省」すべきである。そして、俺が友麻を殺害したことを「反省」することは、現時点ではあり得ない。

 ココロキレイマンを疑う男たちと遊んで暮らす日々は楽しい。だが、まだだ。

 美しい美都を腹の下に敷く。それでようやく、俺は友麻をこの世から葬ったことを悔い、ヤツに申し訳なかったと思うことができる。

 美都をこの手に抱く。そこまでできれば、すべての蟠りを捨て去って、まだ傷の痛みを知らなかったあのときの心を取り戻すことができる。

「なんかさぁ、最近、中学の頃を思い出すよ。いや・・小学三年ごろかな。生きるのが楽しくて楽しくて。夜になって布団に入るとき、目が覚めて、明日になるのが楽しみで楽しみで仕方なかった、あの頃みたいだよ」

 スミノフを片手に、夜空に上がった打ち上げ花火を見上げながら誰かが言うと、みんなが「戻りたいよな」「あの頃は良かったよな」と口々に言って、昔を懐かしんだ。

「戻れるさ。きっと戻れる」

 誰にともなく、俺が呟いた。

 そう、きっと戻れる。

 それぞれの理由で心に淀みを抱えてしまった者たちでも、再び少年の心を取り戻すことはできる。その方法は、何も持たない者に、人を憎まず、妬まず、謙虚であり愚痴をこぼさない心を持てなどと無茶を言うココロキレイマンではない。

 まず、己が負け組であり、人を憎み、妬み、傲慢で愚痴ばかりのどうしようもない人間であると認めさせる。それから、何の責任もなく、誰にも期待されない負け組なら負け組らしく、自由に、誰の目も気にせず生きればいいことに気づかせ、張りつめた気持ちを楽にさせる。

 自由であること、それはまさに、己がかつて通り過ぎた時代である、少年の持つ最大の属性であることを自覚すれば、男は少年に戻れるのである。

「間島さん、こんど一緒に、小学校近くの廃墟探検に行こうよ」

「ああ、いいよ。俺も前から行きたかったんだけど、一人では何だか怖くてね。でも飯田さんと一緒なら楽しそうだな」

  いくつになっても青春がしたい。そんなことも素直に言い出せなかった男たちが、影沼の出現によって、充実した交友ができるようになった。

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 自分の気持ちに素直になり、自由に生きる。それはときに、法律を破ることにも及んだ。

 週末、マスクで顔を覆い隠した俺たちは、隣県にまで足を延ばし、夜中に帰宅途中の女を、ワンボックスカーに連れ込んで強姦した。

「ぐへへへ。おで、女の人のおまんこみるの、初めてだよォ。わわ、毛がもさもさしてて、ヨーグルトをふき取った雑巾みたいなニオイがする。はわわァ、おっぱい、柔らかいィ。女の人の身体って、なんてすごいんだろう」

 先陣を切って女を脱がすのは、先日、石黒に食べこぼしを注意された富田。四十の坂を登り始めるまで女を一度も抱いたことのなかった、禿げて腹の突き出た男が、女の一番大事なところの、不浄にして淫猥な臭気を嗅いで恍惚顔を浮かべる。

「やめてっ。やめてくださいっ。ど、どうして。どうして私なんかを・・っ」

 俺たちが襲った女は年齢四十歳以上、顔面醜悪。体重は少なく見積もっても八十キロは超えていると思われた。

 おそらくは、自分が襲われることなどは欠片も想定していなかったであろう、太っていてブスの中年女。たとえ警察に駆け込んでも、強姦の被害者として同情は買いにくく、本気では捜査されないような、太っていてブスの女。

 しかし、太っていてブスの、年齢四十歳以上の女こそが、貧乏、不細工、無能の三重苦を背負い、かつそれを受け入れ、前向きに歩み始めた男たちをもっとも興奮させる、情欲の対象である。

「この子は僕のお嫁さん。ずっとずっと、大切にするんだ・・うっ、うっうっ」

「ちがわーい。この子はみんなのお嫁さんだ。みんなで、大切に、大切にするんだァ、うっ、うっ」

「この子に、僕の赤ちゃんを産んでもらうんだ。元気な、元気な赤ちゃんを、二人で育てるんだぁ。うっううっ、うっ」

 思いの丈を叫びながら、貧乏、不細工、無能の三重苦を背負った男たちが、年齢四十歳以上、太っていてブスの女の中に、己の遺伝子ミルクを注ぎ込む。

「ここに・・僕の赤ちゃんが宿るんだね。このかわいい垂れオッパイから、ミルクが出てくるんだね。パパも一緒に、ゴクゴクしていいかな?」

 好き勝手なことを言いながら、影沼の用意したバイアグラを飲んで、いきり勃ったものが収まらない五十三歳の前馬が、太っていてブスの女の、ナンのように平べったく垂れ下がった乳房、鏡餅のような段腹、萎びた桃のような尻を揉みしだいた。

「う、うぅゥゥうぅおっ。うううぅぅううおっ」

 太っていてブスの女。だが、家に帰れば愛する夫や子供たちが待っているのかもしれない四十歳以上の女が、貧乏、不細工、無能の男たちに身体を好きなままにされて泣き叫ぶ。

「その愛を、何もないこいつらに少しでも振り向けてくれていたら、こんなことにはならなかったのにな」

 一生涯を独身で終わる男には、自分が貧乏で不細工で無能にもかかわらず、女に高望みをしてきたどうしようもない男もいるが、皆がそうではなかった。今宵、レイプカーに集結した男たちの多くは、金もなく、顔も悪く、何の取り柄もない自分にも、せめてこのくらいはという女に狙いを定め、身の丈を弁えた恋愛を望んだ男たちだった。

 世の中の女が、たった一人でもチャンスをくれていたら、こいつらはこんなにならなかった。

 俺たちの中で、取り立てて美人でもない、ごく普通の女に三人以上アプローチして一人もヤレなかった男は、女を犯す権利を得る。

「お、俺の子供を産んでくれ・・」

 白目にイトミミズのような血管を走らせながら、後部座席に身を横たえるおばさんに覆いかぶさろうとする篠田のカウパーを垂らす先端には、経験の浅さを示すように、サーモン・ピンクの色素がたっぷりと残っている。

「い、いやぁっ。いやぁ、いやよぉ。い、あ、あうぅッ、あうぅッ」

 少女から女へ、女から母になり、その母の務めもまもなく終わろうとしている中年おばさんが、生涯で異性とまともな交流を持った時期が一度もなく、中身とちんぽは少年のまま中年おじさんになってしまった男たちに代わる代わる犯されている光景を見て、俺の分身はズボンの中で猛々しく反り勃っていた。

「へへ。へ・・・」

 篠田が夢中になっておばさんを犯す横で、俺も同じように、おばさんの口に赤黒い怒張をねじ込み、窮屈な姿勢で腰を揺すった。

「うっ。うぼゥぶっ、ぐっ・・・」

 ただでさえヒキガエルのような顔に、俺のでかいのを頬張ったおばさんの顔は醜い。醜いのだが、そのブスおばさんに嫌がられて、俺の隆起は蕩ける快楽を発し、背筋を甘美な電流が迸る。

 満智子と付き合って、俺は女と普通に愛し合いながらセックスをすることを知った。それはこの上ない幸せである。だが、時にはまた、地球上の半分、三十五億人の女に嫌われていると思っていたころの俺に戻ってヤリたいと思うこともある。

「い、いくぞっ。う、う、うっ、うーっ」

 自分自身を、友麻のように女として最低限度か、もしくはそれ以下の女にも嫌がられる気持ち悪い男と思ってザーメンを出したときの気持ちよさは、自分を普通の男と思い、普通に女と愛し合いながら出したときにも勝る。

「おぶっ。ぼろっ、ぶっ・・・」

 ブスおばさんの口角から、カルピスの原液よりも濃い俺の白濁がドロリと零れ落ちてきた。

「かっはぁっ。はぁ、青木くん、いっぱい出たねぇ。やっぱ若いなぁ。あっ、お、お、俺もっ。んっくゥ、くわぁっ、かっ」

 篠田も快楽の絶頂に達し、俺に勝るとも劣らぬ量の精液を、おばさんの膣口に吐き出す。

「お、おれ、もう一回っ」

「おれも、おれもっ」

 俺と篠田がおばさんの身体から離れると、じゃんけんで先勝し、すでに一度おばさんを味わった男たちが、あっという間に回復した男根をいきり勃たせて押し寄せる。

 この日に備えて、大好きなセンズリを一週間は我慢してきたという男たちは、久々に、あるいは初めて金を払わずにヤる女の中に、仲良く三発ずつ欲望を吐き出して満足した。

「うんうん。みんな楽しんでくれたみたいで何より。さァ。おばちゃんをそろそろ解放して、帰ってお酒でも飲もうか」

 俺も、彼女もいない男たちに遠慮しながらも二発のザーメンを放ったのだが、俺たちのリーダーである影沼は、おばさんにはまったく手を出さなかった。俺にはそのことが少し引っかかった。

「みんな、今日のおばちゃんの身体はどうだったかなァ?」

「すごくよかった!おっぱいも大きかったし、顔もそんなにゴリラっぽくなかったし!アナルにティッシュの滓もついてなかったし、息がドブ臭くもなかったし!」

 生物として最低レベルのそんな女とも、金を払わなければセックスできなかった男たちが、ただで三発も中出しできた歓喜に咽ぶ。

「うんうん、そうだろうそうだろう。これからも、ちょっとハリはなくなっているけど、シュークリームみたいに柔らかい熟女を車に連れ込んで、グチュグチュに犯していこうなァ」

 醜い中年女の身体を、さも素晴らしいもののように言いながら、影沼が自分で女を犯さないことが気になった。

 そういえば影沼は、俺が死んだ友麻を強姦したときも、俺が友麻を犯すところを眺めるだけで、自分が友麻を犯そうとする素振りはなかった。

 影沼が友麻の身体に興味を示さなかったのは、それは影沼が友麻よりももっといい女を、日常的に抱ける境遇にあるからではないだろうか。

 胸の奥に、近頃充実した生活を送る中で忘れかけていた、湿気含みの嫌な感情が沸き上がってくる。

 川辺美都――。

 世の中で価値のある若くていい女を、影沼はすでに手中に収めているのではないだろうか。

 影沼は贅沢な身の上から、腹の突き出た満智子の身体を有難がっている俺を見下して、あざ笑っているのではないだろうか。

「窓を開けないと。みんながおばちゃんとエッチしたニオイがこもっちゃって、俺までムラムラしてきちゃう」

 咥えたばこで車を運転する影沼の横顔に、俺が猜疑の視線を送っていることを、影沼は気づいていないようだった。

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 ココロキレイマンを改心させる活動は順調に進んでいるかのように見えたが、俺にはひとつ、気がかりなことがあった。

「あ、あ、あ、青木くん、ひ、ひ、ひ、久しぶりに、僕と・・・」

 ある日の昼休み、トイレに寄った影沼を置いて、先に食堂に向かおうとした俺の後ろを、同じラインの作業者である竹山が、金魚のフンのように付いて来た。

 竹山――。

 かつて俺と一緒に、よくランチをとっていた男。たまに二人でゲーセンに行ったり、カラオケに行ったこともあった男。二人で恋バナをしたり、理想の嫁について語り合ったりしたこともある男。

 俺に、好きだった女を取られた男。今ではすっかり疎遠になり、会話もほとんどなくなった男。

「お、間に合った間に合った。青木っち、飯行こうぜ~」

 竹山がまた口を開こうとしたところで、影沼が走って追いついてきて、俺と竹山の間に割り込んできた。

 別に、竹山をハブにしたわけではないのだが、影沼を苦手とする竹山はそれで足を止めてしまった。竹山は俺と影沼が並んで食堂に向かっていくのを、昏い目で見送っていた。

「なぁ。前から気になっていたんだけどさ。俺たちのラインにいる竹山は、ココロキレイマンじゃないの?」

 食堂のメニューで一番評判の良いカレーライスを食いながら、俺はさっそく、今気がかりになっていることを影沼に訊いてみた。

「微妙なところだな。確かに竹山っちは、湿らせた脱脂綿で拭きとった赤ちゃんのお尻よりもココロがキレイではあるが、それを人に押し付けようとする迷惑行為は働いていない。感染力が弱く、害悪性が低い」

 俺と同じカレーライスを注文した影沼が、口から飯の粒をまき散らしながら答えた。

「でも、ココロキレイマンのままじゃ、いつまでたっても幸せにはなれないんだろ?」

「本当の幸せにはな。だが、そう思い込むことはできる。自分は清く正しく、現状のままでも十分満たされている。それをずっと信じていられるのなら、それが一番幸せだろう。宗教みたいなもので、それを人に押し付けようとしてこないのなら、こちらがとやかく言うことではない」

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。自分がキレイなココロを持っているということを、他人に誇り、人の上を取る目的のために使うのではなく、ひとりでコツコツ善行を実践する。

 それを、本当の聖人君子という。

 他人に誇り、人の上を取る材料に使わなければいいだけなのにそれをやってしまい、聖人君子ではなくただの偽善者になってしまっているヤツが、世の中には多すぎる。

 言っていることは聖人君子、やっていることはクソ野郎というヤツらと違って、竹山は誰にも迷惑をかけず、たった一人でココロキレイマンをやっている。俺から見て、それはまったく報われてはいないが、こちらが何かしらの被害を被ったわけではないのだから、彼のゆく道を遮るのは許されないことである。

「だが、いつかは人に押し付けだすかもしれない。そうなってから改心させるよりも、病状が緩やかな今のうちの方が、手の施しようがあるかもしれない」

 俺が納得しかけたところで、影沼が急に思案顔になった。

 俺が竹山のことで気になっているのは、竹山がかつて恋い焦がれていた女、満智子を、竹山が親友と信じていた俺が今、抱いているという事実である。

 俺は竹山と満智子を天秤にかけて、満智子を取った。かつて藤井と友麻が俺にしたことを、俺が今、竹山に対してやっている。

 俺が、俺の抱きたかった友麻を抱いていたであろう藤井を殺したように、竹山の好きだった満智子の肉体を欲しいままにしている俺も、同じように、竹山の殺意の対象になってしまうのではないか。

 俺はもちろん今後も、満智子の熟した身体を貪っていくつもりである。だが、その結果として竹山の嫉妬と憎悪を浴びたくはないし、貧乏、不細工にココロキレイマンとなることを強いる立場の人間にもなりたくない。

「本来ならば、竹山っちレベルの人に干渉することはない。だが、同じラインのよしみだ。よし。竹山っちの救済について、ちょっとプランを練ってみよう」

だが、竹山が満智子を好きだったことを知らない影沼は、俺の抱えるジレンマなどはつゆ知らず、竹山の救済活動に乗り出すことを決心してしまった。

 よく考えもせず、竹山のことを口に出したことを後悔したが、もう遅い。先行きに微かな不安と奇妙な期待を抱きながら、俺は、いつも仕事終わりに影沼と二人で飲みに行く工場近くの児童公園に竹山を呼び出した。

「竹山っち。今の君があの工場において、非常にまずい立場に追い込まれているのは気づいているか?」

 久々に俺に食事に誘われた竹山は胸を弾ませていたようだったが、影沼の言葉で一転、表情を歪ませ、肩を震わせてしまった。

「はっきりいって竹山っちは、みんなから嫌われている。どうしようもないほどにだ。このままでは竹山っちは、みんなの総意によって、あの工場を追い出されることになる」

 影沼の言う通り、竹山は俺との仲が疎遠になったころから、工場の中で孤立の度合いを深めており、休み時間に会話をするような人は誰もいなくなっていた。

 もちろん、休み時間に居場所がないからといって、非正規の派遣社員が工場で働く上での問題はまったくないわけだが、困ったことに根が寂しがり屋で、「かまってちゃん」気質の竹山は、俺と疎遠になり、相手をしてくれる人が誰もいなくなったことで、近頃、会社で挙動不審な動きが目立つようになっていた。

 ブツブツと独り言をつぶやく。そわそわして周囲を歩き回る。会社の備品を無暗にペタペタと触って回る。

 あまりに目ざわりなので、誰かが注意をしようとして近寄ると、服の生乾きのイヤな臭いが鼻を突いて毒気を削がれる。

 はっきり言って、いま、工場で竹山に好印象を持っている人間は誰もない。ラインリーダーである川辺美都のところにも苦情が入っているようで、工場の中で、竹山の立場は危ういものになり始めていた。

「イヤになったら辞めればいいのが派遣の仕事だ。だが、それを会社から言い渡されるのは?自分の意志で去るのではなく、誰かに追い出されるのは?屈辱を黙って受け入れてはならない。竹山っち。俺たちが手を貸すから、もう少し踏ん張ってみよう」

 竹山の毛むくじゃらで湿った手を握りしめながら、影沼が力強く説くのに、竹山はただ表情を曇らせるだけで何も答えようとはしなかった。

「なんとか言えよ竹山くん。影沼くんは、あんたのためを思って言ってくれているんだぞ」

 内心複雑な思いを抱えながら、俺は竹山のココロキレイマンを取り除こうとする影沼を援護するように言ったが、竹山は困った顔で、開いているのか閉じているのかわからない小さな目を泳がせるだけだった。

「竹山っちが、どうすれば工場のみんなに好かれるようになるのか、昨晩、俺は知恵を絞って考えた。そして思い付いたのが、こういう方法だった」

 真剣に言いながら、影沼が紙袋から取り出したのは、アニメの美少女キャラクターのフィギュアだった。

 影沼の考えがわからず、俺も首を傾げるが、影沼は構うことなく、アニメの美少女キャラクターを、水戸黄門の印籠のように竹山の眼前に翳してみせた。

「これは、プリンセス・エンゲージというアニメのヒロイン、如月マリアちゃんのフィギュアだ。みろ、竹山っち。こんなに可愛くて、おっぱいとおけつが張り出していながら、ウェストはくびれている。どうだ竹山っち。一目で好きになったろう。工場で働いている寸胴鍋みたいな女たちより、全然いいだろう」

 竹山を相手にしない工場の女をこき下ろしつつ、アニメの美少女キャラクター、如月マリアを褒めたたえる影沼。

 それが工場の連中に好かれることにどう繋がるのかわからないが、どうやら影沼は、竹山に三次元の女を諦めさせ、二次元の女に興味を抱かせる、という方向にむかわせようとしているようだった。

「竹山っちは、如月マリアちゃんの良さがわからないか?生身の女と違って、アニメの美少女はいいぞ。アニメの女の子は生身の女と違って冷たくないし、人の悪口を言ったりしないし、男を顔と金だけで判断したりしない。劣化してしわしわになることもないし、ぶくぶく太ったりもしないし、まんこも臭くならない。生身の女と違って、アニメの女の子はこんなに素晴らしいんだから、竹山っちも、こっちの世界に来た方がいいぞ」

「う・・・・う・・・・」

 影沼が、如月マリアのフィギュアを握りしめながらその素晴らしさを力説するが、見た目が完全な秋葉ヲタクにも関わらず、アニメにまったく興味のない竹山は、影沼の言うことにいまいちピンと来ていない様子だった。

「ほら。マリアちゃんも、竹山っちが好きだって言ってるぞ。竹山っちにチューして、竹山っちのちんちんを入れて欲しいって、ほら言ってるぞ」

「う・・・・うむうしゅ・・・く・・・・」

 影沼が、如月マリアのフィギュアを竹山の顔面や股間に押し付けようとするのに、竹山が身をよじらせて抗った。

 竹山が嫌そうにするだけなのを見て、影沼は残念そうな顔をしながら、如月マリアのフィギュアを引っ込めた。

「すぐには馴染めないか・・・。だが、竹山っちもいずれは、こっちの世界の良さがわかってくるはずだ。ただ一つ確実なのは、竹山っちはそうならないと、あの工場で居場所がなくなってしまうということ。そしてやがては、世の中そのものから排除されていくということだ」

 最後に厳しい顔になって竹山に言い残すと、影沼は如月マリアのフィギュアを紙袋に入れ、夕陽に照らされた公園を去っていった。
 今にも泣き出しそうになりながら何かをもごもごと呟いている竹山を置いて、俺も影沼の背中を追った。

「あれでよかったのか?ああいうやり方で、本当に彼を救えるのか?」

 近くのコンビニで買ったアイスを齧りながら、俺は同じくアイスをシャクシャク齧っている影沼に訊いた。

 竹山に三次元の女を諦めさせ、二次元の女に走らせる――。

 もし、それがうまくいけば、竹山の好きだった女を取ってしまった俺としては実に都合が良いわけだが、わからないのは、それがどうして、竹山が工場の連中から好かれることに繋がるのか、ということである。

「ああ、救えるとも。そもそも青木っち。竹山っちのように、不細工で、太っていて、しかも臭い人が、アニメを観ず、秋葉原にもいかないというのは、おかしなことだと思わないか?」

 影沼が、とんでもない偏見をさらりと真顔で言った。

「え?いや、人それぞれだろ・・・。まあ、そりゃアニメ趣味でもあれば、女がいなくても楽しく生きてんだなって感じはするけど・・・」

「そう。不細工で太っており、しかも臭く、またメガネをかけている人は、必ずアニメが好きなはずであると、誰もがみなそう思っている。しかもそのイメージは、必ずしも否定的なニュアンスではなく、立派に市民権を得ているものだ。竹山っちには、手っ取り早くそこに嵌まってもらおうと思う」

「どう頑張っても彼女は無理な竹山には、アニメの世界に逃げ込んでもらうってことか?」

「その反対だ。竹山っちは、アニメヲタクになることで、三次元に生きるみんなから好かれるようになる。そして、いずれは彼女もできるようになる」

「どういうこと・・?」

 食い終わった後のアイスの棒を、家の玄関に繋がれている犬になめさせている影沼に、俺は重ねて訊いた。

 一般に、アニメヲタクと呼ばれる人種に、人気者であるとか、女にモテるというイメージはない。だが、影沼は、竹山がアニメに興味を持つことで、竹山の工場での状況が改善され、みんなから好かれるようになるのだという。

 少なくとも、今よりはマシに――。

 その理由がまったくわからず、俺の頭は混乱していた。

「青木っちは、身長が二メートルもあり、筋骨隆々なのに、スポーツには興味がなく、勉強ばかりしているという人を見たとき、どう思う?」

「え?そりゃ、その身体が勿体ないなって・・」


「その逆に、小さくてガリガリなのに、スポーツを観るだけならともかくやるのも大好きで、しかも趣味で身体を動かすだけではなくガチでやって、ボロボロに怪我ばかりしている人を見たときは?」

 例え話に首をひねる俺をよそに、影沼は矢継ぎ早に問いを重ねてくる。

「ま、まあ、あんまり無理しない方がいいんじゃないかな、て思うけど・・・」

「男が女の恰好をし、女が男の恰好をしているのを見たときは?」

「そういうのも個性として認めなきゃいけないと思うけど、まあ、正直、ビックリはするよな」

「そう。人は誰しも、他人がその見た目にそぐわない行動をとっていたとき、疑問を抱き、そして不気味に思ってしまうものだ。デカくてマッチョなのにスポーツをやらない人や、その逆に、ガリ勉タイプなのにスポーツをガチでやろうとする人を見たときの反応と同じように、どこからどう見ても秋葉ヲタクそのものなのに、アニメに興味がないという竹山っちを見たとき、周りの人は、この人は不細工で、太っていて、しかも臭いのに、なぜアニメを観ていないんだろう。この人はいったい何なんだろうと疑問を抱き、また不気味に感じるものだ。それが高じてくると、竹山っちをイジメたい、工場から追い出したい、と思う人も出てくる」

「そ、そういうもんかな・・・」

「そういうものさ。不細工で、太っていて、しかも臭いのに、アニメに興味がない。そんな宇宙人よりも奇怪な生物はどこに行っても必ずみんなに嫌われ、イジメられてしまう。竹山っちをもっとわかりやすいキャラにしなければ、竹山っちはそのうちあの工場だけではなく、世の中そのものから排除されてしまう。竹山っちを、不細工で、太っていて、しかも臭い人らしいヲタクに改造して、みんなを安心させてあげなくては、その先に待つのは、竹山っちの周りにいる人も、竹山っち自身も、みんなが不幸になる結末しかない」

 影沼が、自信溢れる口調で言い切った。

 影沼の口にする竹山についての分析は、あまりに身も蓋もなく、酷い偏見に聞こえる。

 しかし、何であれ影沼の言うことには、必ず根拠がある。俺はそれを考えた。

「藤井と友麻を殺した次の日から、あんたは俺を、貧乏で不細工なヤツに相応しい、エロガッパの変態キャラに仕立て上げたよな。その結果、俺はみんなから嫌われるどころか、面白いヤツだと思われて、彼女もできた。それと同じことを、これから竹山にもやってやるっていうんだな」

「ああ、その通りだ。協力を頼む」

 ようするに、貧乏、不細工、無能なヤツは、貧乏、不細工、無能に相応しく、現実世界に絶望して架空の世界に走ったり、心を歪ませ、犯罪行為を空想する変態であるのが当然であり、逆にそうならないとみんなから不気味に思われ、自分自身、精神の均衡を保てず、挙動不審になってしまう、ということを、影沼は言いたいのだろう。

 偏見。だが、確かに、影沼の言っていることは理にかなっている。

 俺たち貧乏、不細工、無能の三重苦を背負った人間は、まともなやり方ではけして幸せにはなれない。俺たち貧乏、不細工、無能が、この狂った世の中でまともに生きるには、犯罪行為を空想するか、ファンタジーの世界に希望を見出すしかない。けして竹山を卑下して言っているのではなく、それは紛れもない事実なのだ。

 今に始まったことでもない。

 世の中で生きづらさを抱える者たちが、架空の存在を崇めることで自分を救い、また、同じ信仰を持つ者同士で集まることによって現実的な居場所も見つけようとする行為は、有史以前から行われてきたことである。

 かつては宗教上の神や仏が担っていた役割を、いまはアニメやゲームのキャラクターが担っている。竹山を「アニメヲタク」にすれば、彼もまた、貧乏、不細工、無能にとっては地獄でしかないこの世の中に生きる希望を見出し、居場所を見つけることができる。

 現実世界から逃げるためにアニメを観るのではなく、現実世界を少なくとも今よりはマシにするために竹山にアニメを観させるという理屈が、俺にもわかった。影沼に協力しようという気になった。

12

 一週間かけて綿密に打ち合わせを行い、方針が固まると、影沼はさっそく、繁華街のアニメショップから「萌え同人誌」を買ってきて、竹山に差し出した。

「竹山っち。この同人誌で表紙を飾っている女の子、カワイイと思わないか。沙織ちゃんっていうらしいぞ。ほら、このページで、沙織ちゃんがソフトクリームを食べているシーンなんか最高じゃないか。竹山っち、これを見て、自分が沙織ちゃんの横でソフトクリームを食べている光景が頭に浮かんでこないか?俺なんか、沙織ちゃんが、お兄ちゃん大好き、なんて言いながらクリクリ目を輝かせてるところが、ありありと浮かんでくるけどなぁ」

 影沼が竹山の肩に手を置き、自分の言葉に頷きながら言った。

「本当だな。俺なんて、くたびれた四十三歳の彼女しかいないのに、竹山くんは空想の中とはいえ、十七歳のピチピチと女の子と付き合えるなんて、まったく羨ましいよ」

 影沼がアニメの美少女を褒めると、俺がすかさず、自分の女、満智子を卑下するようなことを言ってみせた。

 まず影沼が二次元萌えのヲタクであるフリをして見せ、二次元の美少女の良さについてとくと語り、それから阿吽の呼吸でもって、彼女持ちの俺が、三次元の女の醜いところを、女を知らない竹山に伝えることで、竹山に三次元の女への興味を失わせる。それが打ち合わせで決まった、俺たち二人の役割分担だった。 

「竹山っち。昨日紹介した沙織ちゃんはお気に召さなかったようだが、こっちの子なら好きになれるだろ。ソカリスちゃんっていうらしいぞ。得意な魔法は回復で、装備を整えれば肉弾戦もいけるそうだ。戦う女っていいよなぁ。俺もソカリスちゃんと一緒に魔王を打ち倒したいぜ」

 貧乏、不細工、無能は、心を歪ませて悪に走るか、アニメの中の空想世界に浸ることでしか、まともに生きる道はない。一見すると悲しいようだが、裏を返せば、心を歪ませて悪に走るか、アニメの中の空想世界に浸れば、貧乏、不細工、無能にも、必ずや道が拓けるということでもある。

 俺たちは竹山に薔薇色の未来を提供するため、毎日必死に、アニメの美少女の素晴らしさを伝え、また、現実の女の醜さを説いた。

「竹山くん。今日は俺の指に、満智子のまんこの臭いが着いているんだ。嗅いでみなよ。生身の女のまんこは、こんなチーズみたいな、くっさい臭いがするんだぞ。こんな汚いモンにちんこを突っ込むより、画面の中の美少女をみながら、キレイな自分の右手でシコってた方が、遥かに衛生的だぞ」

 ある日のある朝、俺が、満智子に手マンをしてつけてきた淫臭を竹山に嗅がせてやると、竹山は苦悶の表情を浮かべ、今にも咽び泣きそうになった。

「これでいいんだよな。こうすることによって、竹山くんを救えるんだよな」

 俺は指先に付着した、満智子のまんこのチーズの臭いをペロリと舐めながら、一部始終を見守っていた影沼に確認を取った。

「ああ、あれでいい。現実の女の性格の悪さ、体型の醜さ、そして不潔さに絶望し、架空の女に恋をする。一時的にその状態になることで、周りは不細工で太っていて、しかも臭い男に相応しいアニメヲタクになった竹山っちに警戒しなくなる。竹山っちは工場で好かれるようになり、やがては彼女もできる。竹山っちの人生が前向きに動き出す。だから青木っちは今の調子で、ベトベト満智子ちゃんのマンカスビトビトのおまんこの臭いを竹山っちに嗅がせまくり、ネバネバした現実の女を嫌いにさせるんだ」

「わかった。俺はこれからも、満智子のまんこの臭いを、竹山くんに嗅がせまくる」

 女のまんこの、クサくて、エロくて、たまらなく病みつきになる臭いを知ることなく、この世を去った青年、タカシ。竹山に、彼の二の舞を踏ませないために。

 悲劇を未然に食い止めるために、竹山を救済しなければならない。貧乏、不細工、無能なくせに、金持ち、イケメン、有能と同じ考え方、同じやり方で幸せになれると信じている竹山を、貧乏、不細工、無能が、本当に幸せになれる道に案内してやらなければならない。

 毎日それを心の中で反芻しながら、俺は竹山を救うための活動に邁進した。

「竹山くん、みろよ。これは満智子の腋毛だ。竹山くんは知らないかもしれないが、女にも男と同じように、腋毛が生えるんだぜ。放っておくと、地肌が見えないくらい、もっさもさになるんだ。竹山くん、幻滅してアニメの女の子が好きになったろ。アニメの女の子なら、こんな腋毛は生えてこないからな」

「う・・・む・・・ぐゥ・・・」

 俺が、S字にカールした満智子の腋毛を摘まみながら言うと、竹山が顔をしかめて不快感を露にし、逃げるように去っていった。

「ほら、ほら見てみろ竹山くん。二次元の女はだらしがないから、運動はせずに甘いものを食べまくって、こんなに腹がでちゃうんだぞ。竹山くん、幻滅したろ。スタイル抜群の、アニメの女の子が好きになったろ」

「うっうっ・・・ゥゥゥ」

 竹山の目の前で、満智子のTシャツをめくり、ぶよぶよの腹肉を摘まんで引っ張ると、竹山はとうとう嗚咽を漏らし、その場に蹲ってしまった。

「竹山くん、どうして泣くんだい」

 禿げ散らかした頭を抱えて、石のようになっている竹山を、俺は愉悦に満ちた顔で見下ろした。

 竹山が何に苦しんでいるのか、もちろん俺にはわかっている。

 たとえ若くなかろうが、まんこが臭かろうが、腋毛がボウボウに生えようが、乳房が垂れ下がっていようが、腹が出ていようが、竹山にとっては、画面の中より、生身の女なのだ。

 どれほどモテなくても、性欲はなくなってくれない。アニメという逃げ道を示されても、そこに逃げ込めない。

 彼女が欲しくてできない三十八歳の欲求不満の男が、自分の好きだった女を、自分より十歳若い男――かつて、親友だと思っていた男に取られ、強烈な嫉妬に苛まれている。

 満智子がけして若くなく、美人でもないことは、大した問題ではない。むしろ、満智子がこれまで女に縁のなかった竹山でも、なんとか手の届きそうだと思える女だからこそ、竹山は嫉妬にむせび泣いてしまう。

 満智子がアニメの美少女とは似ても似つかない、まんこが臭く、腹の出ている、生活感あふれる生身の女であることが、竹山の胸をジェラシーで締め付ける。

「竹山っち、ほら見てみろ。このアニメに出てくる女の子、めちゃくちゃ可愛いぞ。しかも、誰よりもお兄ちゃん思いなんだ。竹山っち、こういう子と、頭の中に思い描いた世界で結ばれるってのも、なかなか楽しいことだと思わないか?こういう子のフィギュアを集めたり、同人誌を買ったりしてみようよ。俺なんかは、いつか如月マリアちゃんと、結婚式を挙げようと思っているぞ」

 二次元のキャラクターとの婚姻届けを受け付けてくれるというサービスは本当に存在するらしいし、それを生きる気力にし、それに救われたという男も大勢いる。

 しかし、すべての男がそこに逃げ込めるわけではない。

「竹山くんはいいよなぁ。一生涯、三次元の女の子とセックスができないってことは、ずっと清潔で、キレイな身体でいられるってことだ。性病にかかることもないし、エイズにもならない。ちんちんをおしっこにしか使わない竹山くんは、日本一の清潔男だよ」

 竹山の嫉妬を浴び、竹山を苦しめているのをわかった上で、俺は竹山に対し、好きなときに、豊満な熟女と好きなだけセックスのできる己の幸福をアピールした。

 愉しかった。心地よかった。

 他人が惚れた女を掻っ攫って、そいつの前でイチャイチャぶりを見せつける。それは、これまで俺が、ずっとやられてきたことである。

 自分がやられてイヤなことは、人にやらない。保育園に通っていたころから教わってきた、人として当たり前のことだが、これがなかなか難しい。

 やってはいけない間違ったことだが、それをやらずにはいられないという時、人が用いるのが、大義名分というヤツである。多少強引でもいいから、それをやることによって、自分だけでなく周りにも、こんなに良い結果が生まれるのだということを力説する。

 俺が竹山に女がいることを自慢するのは、竹山を苦しみから解き放つために、生身の女がいかに不潔で扱いにくいものかを教え、アニメの美少女の素晴らしさを解くためである。竹山を二次元に走らせるのは、竹山にわかりやすいキャラを付けて、得体の知れない不気味さを取り払らい、工場のみんなの警戒心を解くためである。

 竹山を、ココロキレイマンの魔の手から解き放ってあげる。だから俺は竹山に、俺が竹山が好きだった女を抱いているところを見せつけていい。

無茶苦茶な理屈だが、問題はない。

 すべての正義は、人が己の利益を正当化するために、後から付け加えたものに過ぎないのだ。

「今日は竹山っちに、チェック柄の服を買ってきてやったぞ。店に置いてあるヤツで一番デカいのを買ってきたから、たぶん、竹山っちの身体にも合うはずだ。あと、こんなリュックと、紙袋も持ってきたぞ。こういう恰好、竹山っちにすごい似合ってると思うぞ。あ、そのチェック柄の服は、ズボンに入れてな」

「う・・・う・・・う・・・」

 影沼は自腹を割いて服を買ってでも、竹山をわかりやすい「ヲタク」に改造しようとするが、竹山はあくまで抵抗の姿勢を示し、影沼の好意を余計なお世話としか受け取ろうとしない。

「竹山っち。この前俺が貸したアニメ、ちゃんと見たか?第一話で、主人公の牧夫くんと運命的な出会いを果たした義理の妹の名前は?」

 簡単な質問にも答えられない竹山は、影沼が貸したアニメのDVDもまったく観ていないようである。

「う~んおかしいなぁ。これだけやってるのに、竹山っちはなぜちっとも、こっちの世界に来ようとはしないんだ?なぜ竹山っちは、アニメを観ることにこんなにアレルギー反応を示すんだ?アニメはこんなに面白いのに」

影沼が竹山にアニメを勧めるのは、何も義務感からだけではなく、純粋に、自分の好きなものをオススメしているという面もあるのだが、竹山に影沼の気持ちはまったく伝わっていないようだった。

「なにも、アニメに拘らなくてもいいんだ。アイドルヲタクでも何でもいいから、不細工で、太っていて、しかも臭い竹山っちが、不細工で、太っていて、臭い人らしい趣味を見つけてくれればいいのに、竹山っちは頑なにそれを拒もうとする。いったい、なぜだというんだ」

竹山をオタクに改造させる計画がうまくいかず、苦悩して頭を抱える影沼。助け船を出してやりたいが、影沼ほど真剣に竹山を救う気のない俺には、いい方法は思いつかない。

「そもそも、あの人の趣味って何なんだろうな?」

 俺が何気なしに言うと、影沼が驚いたように顔を上げた。

「そうだ・・・。俺は今までそれを考えていなかった。竹山っちをアニメヲタクに改造しようとするあまり、今、現在の竹山っちの趣味、嗜好を調べようともしていなかった。俺としたことが」

 一生の不覚とばかりに、影沼が金髪頭を掻きむしった。

「青木っち、なにか知らないか?竹山っちが何を好きなのか、その情報を教えてくれ」

 藁にも縋る思いの影沼が、俺の手を握って訊いてきた。

「いや、それがわからないんだよ。あの人こっちが何を聞いても、要領を得ないことしか言わないからさ。一緒にカラオケとか行ったりしたことはあるけど、あの人が家で何をしているかはわからないんだ」

「直接、家にまで乗り込んで確かめる必要があるな。どうも俺は警戒されているみたいだから、この任務は青木っちに頼みたい。やってくれるか?」

「ああ」

「竹山っちの家に乗り込み、竹山っちにどんな趣味があるのかを確かめる。もし、それが不細工で太っていて臭い竹山っちに合った、アイドル方面であったならばしめたものだ。これからはアニメの話に変えて、竹山っちと会社でアイドルの話をしまくり、みんなに竹山っちが、不細工で太っていて臭い人らしい趣味を持っていることをアピールしていけばいい」

「反対に、竹山くんの趣味が、不細工で太っていて臭い人らしいアイドル方面でなければ、これまで通りに、アニメを趣味にさせる方法を考えていけばいいんだな」

「その通りだ。不細工で太っていて臭い竹山っちが、人が聞いてオシャレだと思う趣味や、女受けする趣味などをやっていたら、竹山っちはみんなから不審がられ、ますます嫌われてしまうことになる。そんなことは一刻も早くやめさせ、竹山っちを、不細工で太っていて臭い人らしい趣味に導いてやらなければならない」

「ああ、わかった」

 影沼に言われた通り、俺は竹山にLINEを送り、いまだに俺を友人だと思っている竹山と、竹山の家で食事をする約束を取り付けた。

13

 週末に、俺は竹山の部屋を訪問した。

 三十八歳の独身男の部屋には、テレビ、電気ポット、電子レンジ、冷蔵庫、ベッドといった必要最低限の家具以外は何も置かれておらず、見事なまでの殺風景だった。

 竹山という男の空虚さを絵に現したような部屋の中で、影沼が貸した同人誌やアニメのDVDが妙な存在感を放っていた。

 この日、俺が竹山の部屋を訪れた目的は、竹山の趣味について知るためだったが、竹山という男が、いったい何を楽しみに生きているのか、部屋の中を見回した限りではまったくわからなかった。やはり、本人の口から直接聞いてみるしかない。

「じゃあ、キッチンを借りるよ」

 いきなり本題に切り込む前に、俺は買い込んできた食材を使って、竹山に振舞う夕餉を調理し始めた。

 キッチンで流れるような俺の動きに、竹山が見入っているのがわかる。思考を止めて行う、工場のライン作業とは違う。俺が、価値あるものは何もないこの底辺世界から抜け出すための特技を持っていることを、これまでの人生で何も重ねてこなかった竹山に見せつけられるのが心地よかった。

「よし、出来たぜ。熱いうちに食ってくれ」

 腕によりをかけて作った、ビーフシチューにフレンチサラダ、チーズリゾットの夕食をテーブルに並べて、俺は竹山と食事を始めた。
「・・・・・・」

 久々に二人で顔を突き合わせてみると、何を話していいかわからない。そういえば、仲の良かったころから、話題を提供するのはいつも俺の方で、また、疑問形で振らなければ、竹山はまったく口を開かなかった。

「・・・どう?おいしい?」

「う、うん・・・お、お、おいしい・・・よ」 

 人に料理を振舞われて、うまいとかいうことも、自分からはできない。何もかも受け身体質のくせに、なぜか独りではいられず、人に構ってもらいたがる男に、俺の苛立ちは頂点にまで達していた。

 こんな一緒にいるだけでイライラする男と、よくこれまでつるんでいたものだと思う。人間、生きるステージが変われば付き合う人間も変わるものだが、影沼と出会う以前の俺が、いかに暗く淀んだ泥沼に沈んでいたのか、竹山のむくんだ顔を見るとよくわかる。

「なあ、竹山くん。前から聞きたかったんだけど、竹山くんの趣味ってなに?」

 業を煮やした俺は、もはや前置きはせず、いま、竹山について唯一知りたいことを率直に尋ねた。

「おん・・・く・・・ぬ・・・ぬ・・・く・・・」

「うんうん唸ってるだけじゃわからないよ。ちゃんと質問に答えてくれよ」

 なかなか言葉の出ない竹山に強い口調で言うと、竹山は苦痛に顔を歪ませ、脂汗を流し始めた。たかだか、自分の趣味を答えるだけでこの騒ぎである。

「あ・・・青木くんと、カラオケに行ったり、ファミレスで、話したりすること・・・・」

「それは遊びの話だろ。そうじゃなくて、俺が知りたいのは、竹山くんが家で一人でいるとき、何をしてるかってことだよ。竹山くん、アニメには興味がないんだろ。だったら何が好きなのか、俺に教えてくれよ」

「も・・・が・・・ぐ・・・・」

 竹山がまた眉間にしわを寄せ、長考に入ってしまった。すでに血管はニ、三本ブチ切れているが、俺は懸命に堪忍袋の緒を締め、竹山の返答を待った。

「む・・・・ぎ・・・ぐ・・・ど・・・・あ・・・あ・・・青木くんと一緒に帰ったり、コンビニで買ったフライドチキンとか、アイスを食べたりすること・・・・・」

「じゃなくてさ・・・・」

 俺が知りたいのは、俺との交流のことではなく、竹山の個人的な趣味なのだが、重度のコミュニケーション障害を患う竹山には、俺の言っていることの意味が理解できないらしい。

 俺のことばかりを話す竹山は、一途に俺を思っているかのようだが、そうではない。

 ようするに、何もない空虚な世界に生き、誰にも相手にされない孤独な男が、たまたま声をかけてきた俺に依存し、俺との関係を大事にしているということに逃げ込もうとしているだけ。

 自分が努力して世の中で価値のある職に就いたり、女を得ようと行動もしないどころか、自分の一生の趣味を探すことからも逃げるために、自分には青木さえいればそれでいいんだというポーズを取っているだけにすぎない。

「話は変わるけど、竹山くん、渡会さんのことについてはどう思ってんだよ。俺が今、渡会さんと付き合ってることは知ってるよな?」

 これ以上同じ質問をしても埒が明かないと判断した俺は、影沼に与えられた、竹山の趣味を聞き出すというミッションを諦めて話題を切り替えた。

 竹山の、今現在の満智子、あるいは、満智子を手にした俺に対しての感情。それは竹山の趣味以上に、俺が個人的に知りたい情報だった。

 先ほど、俺と遊ぶことを趣味だと答えたことからも、竹山が、自分の好きだった満智子を取った俺に敵意を抱いている様子は見られないが、これは俺には考えられないことである。

 自分の好きだった女とヤリまくっている男を嫌いにならないどころか、その男と一緒に過ごした思い出を宝物だと主張するなど、冗談も大概にしろ。

「なぁ竹山くん。正直に言えよ。渡会さんと付き合っている俺のことが憎いんだろ?俺のことぶっ殺したいと思ってるんだろ?」

「む・・・・く・・・・ぬ・・・ち・・・ちが・・・・ちが・・・僕は・・・・青木くんが・・・・今でも・・・好きだよ・・・・」

「・・・渡会さんよりも?」

「・・・・・・うん」

 竹山の欺瞞が許せず、俺は頬を引きつらせた。

 男にとって価値のある、ヤレるカラダをした女よりも、世の中でゴキブリ以下の価値しかない貧乏、不細工、無能な男である俺と一緒にいる方が楽しいなど、ふざけるにもほどがある。

 竹山が口にしているのは、自分が価値のある女を得ようと努力し、挑戦しないことを正当化するための言い訳にしかすぎない。自分が嫉妬せず、友達をいつまでも大切に思うココロのキレイな人間だということに逃げ込んでいるだけにすぎない。

 このままでは、竹山は本当の幸せを手に入れることはできない。ココロキレイマンの魔の手に囚われた竹山を、救ってやらなければならない。たとえ俺自身が、嫉妬した竹山の凶刃に倒れるリスクを背負っても、竹山の中のココロキレイマンを取り除いてやらなければならない。

「ふざけんなよ。なわけねえだろうよ。じゃあ、満智子さんのことは、もう好きじゃねえのかよ」

「・・わ・・・渡会さんのことは、す・・・好きだよ・・・・」

「だったら、なんで嫉妬しねえんだよ。竹山くんの好きな渡会さんは、俺と付き合ってんだぞ。俺と毎週のように、ズッコンバッコンやりまくってんだぞ。竹山くん、俺が憎いんだろ?俺をボコボコに殴りまくって、ロープで柱に括り付けて、渡会さんを強引に犯しているところを見せつけたいんだろ?」

「そ・・・そ・・・そんなこと、し、したく、ない・・・・・。わ・・・渡会さんが・・・幸せになってくれたのなら・・・僕は・・・嬉しい・・・」
 俺が生前の藤井と友麻にずっとやりたかったことを言うと、竹山が世にも怪奇な言葉を吐いた。

「はぁ・・・・?自分の好きな女が他の男に抱かれていても、その女が幸せだったら嬉しい?女を抱いている男が自分の良く知っている男でも嫉妬したりせず、ただ女が幸せでさえあれば嬉しい?ふざけんなよ。見えすいた嘘ついてんじゃねえよ!本音を言えよ!俺が憎いって、俺をぶっ殺したいって本音を言えよ!」

 俺が厳しく詰め寄ると、竹山は小さな目を泳がせ、許しを請うように頭を下げた。

 いまや俺の頭から、竹山の趣味を聞き出すという目的は消え失せていた。

 そもそも俺は、竹山をアニメヲタクに改造することにより、みんなの竹山に対する警戒心を取り除く、という影沼の作戦について、正直なところ疑問である。

 その道に精通しているはずのプロが、ときに素人でさえ首をかしげるミスを犯すことは珍しくない。考えなしはもちろんいけないが、考えすぎもまた、間違いの元である。

 竹山にアニメを勧めるというのはまだしも、竹山に三次元の女の醜いところを見せつけることにより、三次元の女への興味を一時的に失わせる、という作戦は、はっきり言って逆効果になっていると思う。

 たとえ若くなかろうと、どれだけ腹に贅肉がこびり付いていようと、まんこが臭かろうと、アニメの女より、現実の女の方がずっと価値があるに決まっている。

 どれほど詭弁を弄したところで、二次元の女に走るのは、三次元の女が手に入れられないことからの逃げでしかない。他人から、三次元の女を諦め、二次元を好きになれと勧められたところで、はいそうですねとすぐに考え方を改められるものではない。

 俺がそうだからこそ、そう思う。

「竹山くん、どんなに言われても、アニメの女は好きにはなれないんだよな?」

「う・・・・う・・・・うん・・・・」

 竹山が、座卓の上に置かれた、影沼が無理やりに貸した同人誌を不快そうに押しのけながら頷いた。

「竹山くんが好きなのは、現実の女なんだよな?」

「う・・・・うん・・・・・」

「そうだよな。だから、竹山くんが好きだった女を取っていった俺のことが憎いんだよな?包丁でブッ刺して、顔面をハンマーで叩き割って、ぐっちゃぐちゃにして殺したいんだよな」

「・・・ぼ・・・・ぼくは・・・・青木くんを、殺したいなんて思ってない・・・・。渡会さんが・・・幸せになってくれたのならそれでいいし・・・・青木くんのことも、好きだよ・・・・・」

「ふっざっけんなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 まだ、竹山が手を付けていない食事が残っている座卓を、思い切り蹴飛ばしてひっくり返した。

 男にとって本当に価値のある女を取られたことに嫉妬せず、世の中で無価値な貧乏、不細工、無能な男である俺との関係を大事だなどとのたまう男に対し、堪忍袋の緒はぶち切れていた。

 自分が幸せになることを考えるのなら、俺にとっては、竹山が俺に嫉妬をせず、自分が好きだった満智子の幸せを祈れるキレイなココロの持ち主であった方が都合はいい。だが、俺は自分が好きだった満智子と、好きな満智子を取った俺との仲を祝福するなどとのたまう、嘘吐き野郎の竹山を赦すことができない。

 ココロキレイマン。そいつを許してしまったら、自分が好きだった友麻と、好きな友麻を取った藤井を殺してしまった俺はなんだったということになってしまう。

「竹山くん、今言ったな?満智子が幸せならそれでいいって。俺が満智子を取っても、俺のことを大事に思ってるって、そう言ったよな?」

 責め立てるような口調で言いながら、俺はスマホを取り出した。LINEで、竹山がかつて焦がれた女、満智子を、竹山のアパートの前まで呼び出した。

 見せつけて、わからせてやらなければならなかった。

 ココロキレイマン、それは悪徳宗教。

 ココロキレイマンは、何か後ろめたいことのある勝ち組が、自分が踏みつけてきた負け組の嫉妬と憎悪を浴びないために世の中にバラまいた思想。 

 後ろめたいことのある勝ち組は、キレイな言葉を口にしながら、実際にはその逆のことをやって幸せを手に入れている。自分たちのやっている醜い所業を見せないため、俺たち貧乏、不細工、無能の目をくらませるために、世の中にキレイな言葉をばらまいている。俺たち貧乏、不細工、無能がココロキレイマンを信じていても、ただ俺たちを踏みつけてきた勝ち組を喜ばせるだけにしかならない。

 ココロキレイマン、それは阿片。

 ココロキレイマンは貧乏、不細工、無能に、自分は金持ちでイケメンと何も違わないと信じ込ませ、現状を良しとさせて、不満を押さえつけるための思想。ゆえに、ココロキレイマンを信じていると、負け組は自分を負け組と認識できなくなり、努力して底辺から這い上がる気がなくなる。

 ココロキレイマンを信じていられる間は、貧乏、不細工、無能は幸せでいられるかもしれない。だが、やがて目が覚めたとき、逃れられない闇と地獄が、年老い、這い上がる目が完全になくなった貧乏、不細工、無能を襲う。

 竹山をこのまま放っておいたら、竹山は生涯ただの一人も女を知ることなく、狭いアパートで孤独に死を迎えることになってしまう。

 竹山が悲惨な末路を迎えないために、彼の中にいるココロキレイマンを洗い流し、ココロをヘドロで染めてやらなければならない。触れれば他人を染め上げるほどの異常なヘドロを持った俺にしか、それはできないことである。

「ああ。満智子さん来てくれた?そのアパートの二〇二号室にいるからさ。カギは空いているから、入ってきてよ」

 アパートの前まで呼びつけた満智子を部屋に上げさせると、俺はさっそく、ろくに話したこともない同僚の部屋に突然呼び出されて、いささか困惑気味の満智子の服に手をかけた。

「え?何するの智哉・・。ちょ、ちょっとやめ、やめてよ」

「やめない。俺は満智子さんと、ここでヤリたいんだ」

 羞恥に身をよじらせる満智子の口を吸って、フローリングの床に押し倒した。ふくよかな乳房をキャミソール越しに荒々しく揉みしだき、デニム越しに股間を指でまさぐった。

「う、ぐ、ぬ、む、ぐ、ぬ、ぐ、う、ぐ、ぬ、ぐ、む、ぬ、ぐ、む、う、ぬ、ぐ、う、ぐ、ぬ」

 竹山は、自分の空間で破廉恥な行為に及ぼうとしている男女に怒りを見せることもできず、口の中で何かをモゴモゴと呟いている。 

「ねえ本当にやめて・・。竹山さんが見てる。恥ずかしいよ」

「大丈夫。この人、俺たちが何やっても何も言わないし、何もしないから」

 満智子のキャミソールを引っ張り上げ、ブラを引きはがし、ショーツをズリ下ろした。一度獣と化した俺が、射精を終えるまでは何を言っても聞かないことを知っている満智子は、すぐに抵抗を諦め、されるがままに任せた。

「あぁ・・・あぁうめえなあ、満智子さんのカラダは。オッパイなんか、母乳も出てないのに、ミルクみたいに甘くて。んっちゅちゅちゅっちちゅっ・・・。あああ、唾がザラメの味だ。お、お、お・・・まんこ、しょっぱくて、たぁまんねぇ味だぁ・・。生身の女って、なんでこんな美味いんだろうなぁ。アニメの女は確かに可愛いけど、こんなに美味しい味はしねえからなぁ。俺はやっぱり、太っていても、若くなくても、まんこが臭くても、生身の女の方がいいなぁ・・・」

「ぬ・・・ぐ・・・む・・・・・」 

 自分の家で、好きな女を裸にされ、全身を愛撫するところを見せつけられても、竹山はただ、肉まんみたいな顔をくしゃくしゃにするだけで、一言も発することなく、手を出すこともできない。

 この場面で、竹山を抵抗することもできない無能たらしめているもの、それはココロキレイマン。

自分がヤリたかった女と、ヤリたかった女を取っていった男の幸せを祝福しなければならないなどと思い込んでいるから、突然家に上がり込んできて、いきなりコトを始めるなどといったフザけたことをされても、文句ひとつ言うことができない。

 ココロキレイマンがいかに何の役にも立たないものか、ココロキレイマンがいかにくだらないものか、もっともっと竹山に酷いことをして、思い知らせてやらなくてはならない。

「ほら、ほらみろよ竹山くん。満智子さんのオッパイはこんなに柔らかくて、触るとぷに~って形が変わるんだぜ。ほら、こうやって、プルプル揺らしてみるのも楽しいぞ。乳首をこう摘まむと、感じた顔するのが可愛いだろ。え?竹山くん。竹山くんずっと、これがやりたかったんだろ。アニメの美少女ではけして味わえないこの柔らかさを、ずっと味わいたかったんだろ?」

「ぬ・・・ご・・・ぬ・・・も・・・・ず・・・・」

 三十八年間、女の肌を知らずに生きてきた男に、女のカラダがどれほど柔らかく、素晴らしいものであるかを見せつけた。

 ココロキレイマンなどを大事にしていたら、この柔らかさ、素晴らしさを永遠に味わえないことを竹山にわからせるために、俺は満智子のおっぱいを揉み解した。

 女は、ココロキレイマンなどにはけして惹かれない。ココロキレイマンなどを大事にしていたら、ただ女と、女を持っている男に馬鹿にされるだけであることを竹山にわからせるために、俺は満智子のまんこを触り、蜜液を湧き出させた。

「あぁたまんねぇ。もうガッチガチで、今すぐザーメン出さないと爆発しそうだっ」

 好きな女のカラダを弄りまわしているところを見せつけられて、「ぬ、ご、ぬ、も、ず」しか言うことのできない竹山の目の前で、俺も衣服を脱ぎ去り、隆々に勃起した逸物を振りかざした。

 ペニスを排尿にしか使えない男に、生殖器として使えるペニスを、隆々に勃起させて見せつける。それはこれまで俺が、藤井のようなイケメンにずっとやられているような気がしていたこと。そして俺が、竹山のような俺よりモテないヤツに、ずっとやってやりたかったことだった。

「うぉっ・・・ぉぉぉ・・・・。入れるぞぉ。入れるぞ、満智子さん・・・」

 ココロキレイマンなどを後生大事にしていたら、後生に遺伝子を残せなくなってしまうことを竹山にわからせるために、俺はカウパーを吹き出す剛直を、満智子の潤んだ蜜壺に突き刺した。

 ココロキレイマンなどを大事にしていたら、遺伝子を残すためにある器官を、一生涯、排尿にしか使えなくなることを竹山にわからせるために、俺は豊満な満智子の上で腰を振りたくった。

「満智子さん!満智子さんいい?気持ちいい?」

 激しく抽送して、満智子の柔らかい乳房をたわたわと揺らしてみせた。ハンマーのように激しく突貫して、満智子の豊かな下腹を揺らしてみせた。腰を振りながら、腹の下の満智子と両手を繋いで、二人がいかに互いを愛し合っているかをみせつけた。

「アン、アンアンアン。恥ずかしい。恥ずかしいけどいいっ。いいぉっ」

 アパートの一室に、粘膜の擦れ合うヌチヌチクチュクチュという淫靡な音と、中年女の低い喘ぎ声がこだまする。

「おうん、おうん、おうほぉっ、おうほぉっ」

 第三者の前でセックスすることに、初めは抵抗を示していた満智子だったが、もともとその素養があったのか、段々と興奮し、感じている様子を見せ始めた。

「どうしたんだよ竹山くん。俺と満智子さん、今とっても楽しんでるんだぜ。祝福してくれよ。拍手を送ってくれよ。竹山くん、俺と満智子さんの笑顔が見たかったんだろ?」

「うっ・・。うっうっ、うっ・・・・・」

 涙と洟を垂らし、薄い頭髪を抱える竹山の目の前で、腹の下にいる満智子の口を吸った。竹山に、尻毛が茫々に生い茂った俺のケツの穴を向けながら、肉の棒を出し入れした。満智子の汗ばんだ乳をグネグネと揉みしだき、破裂しそうなほど硬くなった亀頭で子宮を叩きまくった。

「うらっ、うーっ、うっ、イグッ、イッイグッ、グーッ、ウーッ」

 ココロキレイマンの目の前でするセックスは普段の何倍もの気持ちよさで、俺は三分もかからず達してしまった。

「アオッ・・・グッ・・・ヌオッ・・・・・クッ・・・・・」

 精巣の中が空になるまで、満智子にたっぷり注ぎ込んだ。ココロキレイマンに見せつける射精は普段の何倍もの気持ちよさで、精液はあっという間に満智子の狭い穴から溢れかえり、竹山の部屋のフローリングを泡立つ白濁で汚した。

「違うんだ・・・違うんだよ・・・」

 おたまじゃくしの放流を終えた俺が、名残を惜しむかのように、腹の下の満智子と舌を絡ませ合っていると、竹山がメガネを外し、ティッシュで涙と洟を拭いながら、絞り出すような声で言った。

「・・・・満智子さん。来てもらったばっかりで悪いけど、竹山くんと話があるから、ちょっと出てもらえる?また後で会おう」

 俺が役目を終えて半萎えになったものを引き抜き、ズボンに仕舞うと、まだ物足りなそうな満智子も服を着て、潤んだ目を俺に向けながら竹山の部屋を出て行った。

「むぐ・・・くう・・ぐむ・・・ぬぐ・・・」

 肉汁の臭いが立ち込める室内で、俺は死にかけたセイウチのような呻きを漏らしている竹山に向き合った。

「やっと本音を言ったな、竹山くん。辛かったんだよな。苦しかったんだよな。竹山くん、俺が憎いんだろ。俺が嫌いで嫌いで仕方ないんだろ。俺を今すぐ包丁でブッ刺して、この世から消し去ってやりたいんだろ」

 ようやく、ココロキレイマンのくびきから解き放たれた竹山に、俺はすべての咎人を許し、極楽浄土へと導こうとする高僧のごとき穏やかな顔を向けて、改めて問いかけた。

 かなりの荒療治を施してやることになってしまったが、何とかうまくいった。こうすることは仕方なかった。

 ここまでやらなければ、朴念仁と唐変木のあいのこのような竹山に、いつまでもココロキレイマンを信じていると、行き着く先は無間地獄しかないことをわからせてやることはできなかった。

 ここまでやれば、竹山も満智子の幸せを祈り、俺のことを今でも友達だと思っているなどという大嘘を撤回するはずだった。竹山が刃物を手に取り、俺のことを憎み、妬み、殺してやりたいという本音を口にすることを、俺は確信していた。

「ぼっぼくはっ・・・ぼっぼくはっ・・」

「ぼっぼくは?ぼっぼくは何?早く言って」

 竹山のどもりを真似しながら、俺は竹山の次に続く言葉を待った。

「ぼっぼくは・・・青木くんを、友達だと思ってる・・・」

「・・・・・・・・」

 驚き、呆れ、全身の力が抜けていくのを感じた。

 この期に及んでもココロキレイマンにしがみ付こうとする竹山を見て、まだ、トランクスの中で半分くらい硬さを保っていたものから血の気が引いていった。

 目の前の男の、許しがたい思考を完全に消し去ってやらなければ、俺自身が殺されると思った。

「・・・・・あんたの中で、俺はどんなヤツなんだよ。俺のこと、どんな風に思ってんだよ」

「あ・・・青木くんは、いい人・・・」

 竹山の喉に詰まったような声が、ミュージシャン志望の藤井の、透き通る爽やかな声で再生された。

 同時に、ブチ切れた脳みその血管が、放水中にうっかり放してしまったホースのように暴れまわり、頭蓋内に煮えたぎった血液をまき散らした。

 竹山は俺を「いい人」と言った。それは大変結構なことである。だが、竹山は「いい人」という言葉には、百万通りくらいの解釈があることをわかっているのか?

 当たり前の話だが、「いい人」と「羨ましい人」は同義ではない。

 人は原則として、自分が人に良くされなければ、自分が人に良くしようとは思えない生き物だ。自分が何一つ良い思いができないのに他人の幸せを祈れるなど嘘っぱちだし、まして、自分に酷いことをしてきたヤツが幸せになっているところを見て、怒りも何も感じないなどあり得ない。

 それでも落としどころを探して、自分も今の幸せを失いたくないから相手も許そう、忘れよう、と思うのが、失うモノのある大多数の人間だが、俺に――影沼と出会う前の俺には、失いたくないモノなど一つもなかった。

 何かの機会に、藤井が俺のことを、「いい人」だと言っていたのが、心の奥にずっと引っかかっていた。

 俺に散々好き放題言ってきた友麻が、藤井と一緒に楽しそうにやっているのを黙って眺めて、奴らの幸せを素直に祝福できればいい人なのか?

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 友麻と岸が俺をバカにしてくるだけなら我慢できた。友麻が俺を侮辱したりしなかったら、藤井と付き合うのに嫉妬はしても、逆恨みまではしなかった。

 だが、友麻は俺に、言わなくてもいい余計なことを言ってプライドを傷つけてきた上で、藤井と俺を差別し、藤井と一緒になった自分の幸せをこれでもかと見せつけてきた。

 そこまで許した覚えはない。それで友麻と、友麻を欲しいままにする藤井を恨まないほど、俺はお人よしなんかじゃない。

 そこまでしなきゃ「いい人」になれないのなら、「いい人」なんかクソくらえだ。

「いい人?俺のどこがいい人なんだよ」

 俺がいい人で得をするのは俺じゃない。

 俺がいい人で得をするのは、俺を踏みつけて幸せになったヤツら。

 俺がいい人で得をするのは、俺を理不尽に侮辱したヤツら。

 ヤツらが俺をいい人だというのは、アイツはいい人だから、どんな酷いことを言っても怒らないし、何をやっても許してもらえるという意味でしかない。

 ヤツらはただ、俺に復讐する気を起こさせないために、俺を「いい人」だということにしようとしているだけ。お前はいい人なんだから、復讐なんて考えないよな、俺たちを恨まないよな、と言っているだけ。

 失うモノのあるヤツがいい人であることには、敵を作らない上で意味がある。だが、失うモノなど何もないヤツがいい人でいても損しかない。

 俺をいい人と言うヤツの言葉に、けして耳を傾けてはいけない。俺に「いい人」であることを期待するヤツが伸ばしてくる手を、全力で跳ね除けなくてはならない。

「竹山くん、俺をからかうなよ。俺みたいな性格の腐り切った男が、いい人だって?俺みたいに青髭が濃くて、二十八歳にしてデコハゲが頭頂付近にまで進行した不細工なヤローを親友だって?冗談きついぜ」

「か、顔なんか関係ないよ・・・。青木くんは、僕と一緒に帰ったり、カラオケに行ったり、ご飯を食べに行ったりしてくれた・・・。僕、とっても楽しかったんだよ・・・」

 悪徳宗教を信じる阿片中毒者――ココロキレイマンが俺に抱く好意を、けして受け入れてはいけない。

 その先に待つのは、一生涯を底辺に埋もれ、俺を愚弄して嘲笑う金持ち、イケメンたちが幸せになるために酷使されながら、竹山のようなむさ苦しい男と、ゴミ溜めの中で蠢いている人生しかない。

「ふ、ふざけんなよ!俺なんかのどこがイイって言うんだよ。こんなグロテスクな顔して、人を殺しても何とも思わなくて、いつも女をレイプすることばかり考えていて、自分より劣った人をいたぶるのが大好きな俺のどこがイイんだ!俺はただのクソだろうが!」

 よく聞いてもらえばわかると思うのだが、怒気を露わにしていても、俺は竹山のことは何一つ悪く言ってはいない。味噌クソに貶しているのは、すべて自分のことだけである。

 なのに、なぜか俺の自虐を聞いている竹山の顔は、まるで己が蔑まれているかのように悲痛に歪んでいた。そのことに、無性に腹が立った。

「あ、青木くんは、クソなんかじゃないよ・・・」

「俺はクソなんだよ。頭の天辺からつま先まで、クソにまみれたクソ野郎だ。自分がクソだって自覚があるから、無理して上がる努力してんだろうが。うんこをうんこと認めずに、これは茶色いケーキなんだとか言って、自分は十分恵まれてるんだってことにして、一生を底辺で終わろうとしているお前と一緒にすんな!」

 俺に一喝された竹山の鼻孔から、溶き卵のような鼻汁がブピッと飛び出てきた。 

「あ、青木くんが苦しんでいるのを見るのが、つ、辛かった・・・。何とかしてあげたかったけど、なにもできないことが悔しかった・・・」

 竹山が、床にぶちまけられたチーズリゾットの上に涙と洟と涎を垂れ流しながらほざくのを聞いて、頭蓋内にぶちまけられた血液が沸騰した。

「は?な、なんだよ、その上から目線は・・・・。お前、自分の立場わかってんのかよ。人の心配なんかしてる場合かよ!」

 床に転がる器を蹴り上げて壁にぶつけ、大破させた。器の中に残っていたビーフシチューが竹山の水膨れした顔面に飛び散り、竹山の涙と洟と涎と混ざり合わさってぐちゃぐちゃになった。

「おまえ、なんか勘違いしてんじゃねえか?悩みも苦しみもないから偉いんじゃねえんだぞ。悩みも苦しみもないってことは、今より良くなろうとする意志もねえってことだろうがっ。ああ!」

 床に広がる涙、洟、涎、チーズリゾットのねばねばプールに、水虫だらけの臭そうな足を浸し、べじょべじょにかき回している竹山に、俺の言っていることを理解した様子はない。
 
 竹山がもう何も考えられず、傷つきやすい心が真皮のように剥き出しになっているのをわかった上で、俺はキツイ言葉を浴びせかけ続けた。

「俺らみたいな貧乏、不細工、無能の人生は、好むと好まざるとに関わらず、悩み、苦しみに襲われることの連続だ。俺たちみたいなクソみたいな人生で、ココロがキレイなんかでいられるのは、真っ当な幸せを諦めて、競争から逃げているから、それだけだろうが。それを偉いと勘違いして、諦めずに幸せになろうと頑張っているヤツに偉そうにしてくんな!」

「ウッウッ・・・うっ」 

 影沼は竹山のことを、ココロがキレイではあるが、他人にココロキレイマンであることを押し付けようとはしない、感染力の弱い無害なココロキレイマンだと言った。

 影沼にとってはそうかもしれないが、俺にとっては違う。

 俺にとって、俺を「友達」とか言って、ココロキレイマンに染めようとしてくる竹山は、明確な敵、脅威である。

 身に降りかかる危険は、全力で排除しなければならない。

「お前は良くても、俺は嫌なんだよ。俺はこんなクソ溜めにいつまでもいるのは嫌なんだよっ!」

 ココロキレイマン。 

 殺したいほどではないが、足腰が立たなくなるまでぶん殴ってやりたかったヤツら。

「俺が欲しいのは金だ。俺に必要なのは、俺にできるだけ沢山の金を俺に稼がせてくれるヤツだ。俺が欲しいのは女だ。俺に必要なのは、俺にできるだけいい女をゲットさせてくれるヤツだ。俺に必要なのは、何の役にも立たない竹山くんじゃない。俺が一緒にいたいのは・・・・・・」

 次の言葉を口にすれば、竹山がすべての希望を失ってしまうことはわかっている。だが、言わずにはおれない。

 ココロキレイマン。

 善行をするというのなら、自分ひとりでコツコツ実践していればいいものを、奴らは他人に干渉し、他人の考え方までもキレイゴトで染めようとしてくる。

 ただ、そういう風に生きている自分を称賛して欲しい、そのためだけに。

 ココロキレイマン。

 ヤツらが俺に期待する俺には、けしてなってはいけない。

 「いま、俺に必要なのは、お前じゃない」

 頑張る前に、まず誰かに愛され、必要とされたい。だが、愛し、必要としてくれるなら、誰でもいいというわけじゃない。

 ココロキレイマンから必要とされても、俺はまったく嬉しくない。

 ココロキレイマンを地獄に落としても、俺は何の痛痒も感じない。

「俺が一緒にいたいのは、影沼くんだ。俺に金と女をゲットさせてくれる影沼くんと手を切って、俺をクソ溜めに繋ぎとめようとする竹山くんと仲良くするメリットはなにもない。俺にとって、あんたはいらない人間なんだ」 

「う、う、う、ううう・・・うおっ。う、う、うお・・お・・おっ」

 悲痛な雄たけびが、床にぶちまけられた食い物と、男と女が絡み合った肉汁の臭いが立ち込める室内に響き渡る。

 出世も結婚も諦めた。この、何の面白みもない単純労働を一生続けることを受け入れた。

 ただ友達だけがいれば、それでよかった。その友達に自分が好きだった女を取られても、思いは変わらなかった。

 青木くんさえいれば、生きていけた。

 アオキクンハ、トモダチ。

「俺は、お前を友達だと思ってないっ!」

 アオキクンハ、ボクノタカラモノ。

「俺は、お前なんかを何とも思っていないっ!」

 ウオ、ウオオオオ。

「俺がクソじゃないだと?俺に自分を大事にしろだと?ふざけてんじゃねえよっ!」

 ウオ、ウオオ、ウ、オ オオ。

「俺はゴミクソハゲの、青髭不細工だ。近寄るだけで吐き気がするゲロウジ野郎だ。俺は俺のことが大嫌いだ。死んだ方がマシのゴミムシだ」

 俺が卑下しているのは自分のことなのに、なぜか竹山は自分が貶されたかのように泣きじゃくっている。俺にはそれが許せない。

 世の中で何の価値もない俺などに心の拠り所を求めるコイツは、今より上に行くために努力をする根気も、挑戦する勇気もないカスだ。向上心の欠片もないコイツと一緒のままでは、俺の人生は淀んだままになる。

 お前とは違うということを、わからせてやらなければならない。俺はお前とともに歩む人間じゃないんだということを、こいつに教えてやらなければならない。

「だから血の滲む思いして、こっから這い上がろうとしてんだろうが。悔しかったら、お前も僕は今のままでも幸せだとか言ってないで、自分がクソだってことを認めて、今より少しでもマシになろうとしろよっ!」

 悪いのは、いつまでもココロキレイマンなんかで幸せになれると信じているお前の方だ。お前も悔しかったら、俺や影沼のようにココロキレイマンなんかやめて、自分に素直に生きようとすればいいだけだ。

 俺が竹山に厳しい言葉を浴びせるのは、竹山を貶すためではなく、竹山の改心と奮起を願ってのことである。自分にそう言い聞かせながら、俺はグロッキー状態の竹山にさらなる追い打ちをかけた。

 それから二時間もかけて、言いたいことはすべて言いきった。もうこれ以上、ここにいる理由は何もない。

「じゃあな、竹山くん」

 永遠に、サヨウナラ。

 俺は、俺が作った食い物と、俺の精液と、満智子のマン汁が零れ落ちたフローリングに、涙と洟と涎をジュルジュル落としている竹山に背を向けて部屋を出た。

 明くる朝、工場に出勤すると、ラインに竹山の姿はなかった。竹山が部屋で首を吊って死んでいるのが見つかったのは、その三日後だった。

party people 3

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 藤井や友麻のような奴らに傷つけられた俺に、いつも塩を摺り込んできた奴ら。

 ココロキレイマン。

 人を嫉まず、憎まず、常に自分のせいだと受け止められる謙虚な心を持ち、愚痴をけしてこぼさない。
 
 人が本来持っている感情を抑え付けるという方法では絶対に幸せになれない貧乏、不細工、無能のくせに、自分を踏みつけていった勝ち組の言うことに共感したフリをし、同じ負け犬の頭を抑え付けて満足している奴らが、影沼の言った通り、藤井と友麻を殺してから、雨後の筍のように湧いて出てきた。

「青木くん、話は聞きました。あなたは自分をフッた友麻ちゃんを逆恨みして、嫌がらせ行為を働いていたそうですね。だからフラれたんですよ。女の子には、危険な男を嗅ぎ分ける、嗅覚みたいなものが備わっているんです。友麻ちゃんは、あなたがそういうことをする人だということを、最初から見抜いていたんですよ」

 満智子と結ばれた翌週の頭、俺にいきなり喧嘩腰で突っかかってきたのは、派遣社員で、三十四歳の独身女、高津だった。

 俺が、自分を振った友麻に嫌がらせ行為を働いていたというのは影沼の創作だが、仮にそれが事実だったとして、それをやってもいない、告白した時点から、俺が危険な男だと見抜いていたように言うのは、卑怯な後出しというものである。

「あと、青木くんって、風俗を利用しているみたいですね。まともな女の子は、風俗を利用するような男を選びませんよ。もちろん、風俗に勤めている女の子も含めてです。青木くん、彼女が欲しいとか思っているみたいですけど、風俗なんかに行っている時点で無理ですよ。諦めた方がいいですよ」

 もちろん、俺に風俗嬢に対する偏見はまったくないわけだが、それにしても、風俗嬢が真っ当に男と付き合うのは当然で、風俗を利用している方が一方的に後ろめたく思えというのは、なんとも凄い理屈である。

 ただ一つ間違いないのは、開いているのか閉じているのかわからないほど目が細く、鶏ガラのように痩せこけて出るところがまったく出ておらず、肌はカサカサに乾燥して粉を吹いており、髪の毛もスカスカでキューティクルがはげ落ちている高津の容姿では、風俗に勤めても指名などは一本も取れず、到底、高収入などは見込めないということだけだ。

「これは、ココロキレイマンの一種、オンナハスゴイマンだな。女というのは、先天的に男より優れた生き物であり、世の中でもっと優遇されなくてはいけない存在であると主張している。それはいいとして、オンナハスゴイマンが問題なのは、彼女たちが、女という生き物の中での個体差を無視していることだ。なぜか、ブスである自分を、美女と同等の存在であると認識しており、自分が報われない原因は、すべて見る目がない男の方にあると思って、やたらめったら男に突っかかってくる」

「ようするに、気狂いじみたフェニミストってやつか」

「言い換えればな。こいつの撃退法は、もうわかっているよな?」

 影沼に対し、俺は自信満々に頷いた。

「三十四歳。彼氏いない歴、イコール年齢」

 俺はそれだけ言って、影沼とともに、その場をすぐに離れて行った。

「失礼なこと言わないでください!私はかつて、社会的地位の高い男性とお付き合いをしたことがあります!その人とは価値観の相違で別れましたが、今でも尊敬し合う仲です!フラれた女性に逆恨みをしているあなたとは違うんです!」

 高津が弁明しながら、顔を真っ赤にして、俺の後を追いかけてきた。

 高津が本当に男と付き合ったことがあるのか、その男が本当に立派な男であったのか、そんなことは知ったことではない。大事なのは、何も知らない者が、高津という女をパッとみたときにいかなる印象を抱くかということを、わかりやすく本人に伝えてやることである。

「智哉ぁ。帰ろ帰ろぉ」

 長年、求め続けてきた、好きなときにセックスのできる女。

 俺の彼女、満智子が女子トイレから出てきて、俺と腕を絡ませるのを見て、高津が表情を凍らせた。

 したり顔で、俺に彼女などできるはずがないと決めつけていた高津が、己の眼力のなさを突き付けられ、プライドを粉砕された瞬間を目の当たりにし、俺の胸は充実感に満ち溢れていた。

 これだった。これをずっと、俺はやりたかったのだ。

 貧乏、不細工、無能のくせに、なぜか金持ち、イケメン、有能たちと同じ価値観をありがたがろうとするココロキレイマンどもに、嫉妬と憎悪の塊で、自己中で我儘で甘ったれで、異常な性欲の強さと歪んだ性癖を持ち、まるでヘドロみたいな、いや、ほとんどヘドロそのもののような俺の方が、ココロキレイマンよりも幸せになっている姿を見せつける「証明」を、ずっとやりたかった。

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり、けして愚痴をこぼさない。

 世間一般で正しいとされる価値観を信じていても、まったく幸せにはなれなかった俺が長年抱き続けてきた願望が、影沼についていけば叶えられる。

「満智子、満智子、満智子ぉっ。ヤるぞぉっ。満智子とヤリまくるぞぉ!」

 四十三歳。熟れた女体を、三日と空けずに貪った。これまで、俺がずっとやりたかったことを、やってやってやりまくった。

「おぉうぉぉおっ、あぁぁあぁぁおぅぅっ、智哉ぁ、智哉、ダメっ、死ぬっ、いやぁぁおぉぉっ」

「満智子ぉっ、俺の子を産めィっ!ハゲでメガネかけてる不細工な俺の子を産めィっ!」

 超高速で腰を振りながら、俺は腹の下で全身の肉を揺らしている満智子を、開いているのか閉じているのかわからないほど目が細く、鶏ガラのように痩せこけて出るところがまったく出ておらず、肌はカサカサに乾燥して粉を吹いており、髪の毛もスカスカでキューティクルがはげ落ちている高津に置き換えていた。

 長年にわたり女にまったく相手にされず、女に飢え続けていた俺は、どんな女とでもヤレる。容姿に加えて性格も最悪の高津でも、裸になって、俺の腹の下で寝ていてくれれば、俺は勃起したイチモツを喜んで挿入し、腰を振りまくってしまう。

 舌が肥えすぎてもいいことはない。安物で満足できるのなら、それが一番幸せなこと。美人でしか性欲を満たせない、不自由な金持ちとイケメンより、俺は勝っていると思う。

 金持ち、イケメンどもが見向きもしないブスとババアを、ヤリまくって孕ませる――。

 ビャグッビルルルドブドブゥ!

 俺はそのために生きている。                           
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「青木っち~、青木っちのために、俺の調合した、スペシャルブレンド精力剤を持ってきてやったぞ~。これには、マカ、亜鉛、ガラナ、ニンニク、朝鮮人参など、あらゆる精力増強エキスが混ぜ合わされている。これ飲んでビンビンになって、満智子さんをずっこんばっこん突きまくって、ザーメンをどっぷどぷ注ぎ込んで、青木っちのハゲハゲ遺伝子を受け継いだ赤ちゃんを、ぽっこんぽっこん産ませちゃいなよぉ」

 休憩時間中、影沼がみんなに聞こえるようなデカい声で下品な言葉を並べ立てるのに、その場にいたスタッフたちから笑いの声が漏れた。

「ああ。俺は満智子に、ポッコンポッコン赤ちゃんを産ませまくる。汚い顔の俺が子供を作ったら、その子供もきっと汚い顔になるだろう。そしてそいつは、女を好きになる年齢になると、女にフラれまくり、地獄を味わい、自殺を選ぶようになる。一年に一回、必ず子供が自殺をする。俺と満智子は、それを意にも介さず、不細工ベイビーをぽこぽこ製造しまくるんだ」

 俺を工場の中で「異常性欲の変態キャラ」に仕立て上げようとする影沼に合わせるように、俺も異常でおかしな言動を大声で口にし、周囲のドン引きと笑いを誘った。

 その目的は「証明」。そしてもう一つの目的は、他人の考え方に干渉し、他人に考え方を変えさせることで自分の正しさを証明しようとするココロキレイマンたちを、俺たちの元へおびき寄せること。

「青木くん。君にも彼女が出来たんだから、休憩の時間はちゃんと守れよな。彼女がいるんなら、もっとちゃんとしろよ。彼女がいるんなら、社会人としての、自覚を持てよ」

 帰りの間際、俺に突っかかってきたのは、彼女などとてもできそうにない、鼻毛が五本以上も飛び出た不細工面の四十五歳、大場だった。

「青木くん。君はまさか、自分一人の力で、彼女ができたとは思ってないだろうな。君に彼女ができたのは、この工場があって、君の面倒をよく見てくれた人たちがいたお陰だということを忘れてはならないぞ。浮かれてるだけじゃだめだ。もっと周りの人に対して、感謝の気持ちを表せよ」

「・・・・・」

「青木くん。君は彼女ができたくせに、いまだにフラれた友麻ちゃんのことを悪く言っているそうだな。そういう態度は、男らしくないんじゃないか。友麻ちゃんにこっ酷くフラれたお陰で、満智子さんと結ばれた。あーよかったな。そう考えることはできないのか?俺も履歴書で言ったらボロボロの人生だけど、人間万事塞翁が馬だと考えているからさ。君もそういう風に考えてごらんよ」

「・・・・・」

 自分自身は女がいないくせに、なぜか、女を持っている俺に、上から目線で物を言ってくるココロキレイマンに、俺は「説得」することもできず、血管がブチ切れる寸前だった。

「あれは、ジカクヲモテマンだ。人がちょっとでも何かを手に入れると、すぐに”責任感”を求めようとし、社会の模範となるような生き方を強制しようとする。その理由は・・・」

「そういう風に生きている自分を、褒めて欲しいからだろ?」

「その通り。人の幸せを祈り、人を良くしようとしている風を装っているが、結局のところ彼らの本心は、他人に自分の人生を後追いさせ、先にそういう生き方をしていた自分を尊敬させたい、ただそれだけなんだ」

 影沼がフォローしてくれなければ、不快なジカクヲモテマンを、ぶん殴ってしまいそうだった。藤井や友麻のように、殺してしまいたいほどではないが、ボコボコにしてわからせてやりたいほどにはムカついていた。

 他人に自分の考え方を押し付ける。

 極端な話、世界の紛争のほとんどは、それが原因で起こっている。

 正義などというものは、立場によって簡単に変わる。ある人間にとっての正義が、またある人間にとっては悪ということもある。人の数だけ正義が存在する。

 自分の考えを絶対的な正義であるなどと盲信し、他人にそれを押し付けようとすることが、どんなに愚かで危険な行為であるかをわかっていないヤツが、この世には多すぎる。

「ざっけんなよな。なんで彼女ができたくらいで、そんな立派な聖人君子にならなきゃいけねえんだよ。彼女ができただけで簡単に変わったり、人生で起きた嫌なことのすべてを納得して自己完結しちまうようなツマンネー野郎には、逆に彼女なんか出来ねえっつーの」

 工場を出たあと影沼と立ち寄った公園で、俺はパンダの置物を蹴り上げながら叫んだ。

「それを言ってしまっては、彼らを救うことはできない。こらえるんだぞ、青木っち」

「つーかさ、なぜアイツらは、いつもあんな上から目線なんだ?アイツらが、俺と満智子をくっ付けたわけじゃないんだぜ?なぜアイツらは、人が自分の時間を使って努力し、リスクを背負って挑戦して手に入れたものを、あたかも自分の応援のお陰でゲットできたかのように言って、感謝を強要してくるんだ?」

 心の底から気になっているのが、そのことである。

 ただ傍観し、ときたま口を挟むだけで、実質何もしていないのに、自分が相手に何か凄いものを与えたかのように物を言い、自分への感謝を強要してくる。

 一体どうしたら、人が人に対してそこまで図々しくなれるのか、本当に不思議だった。

「彼らの中で、努力し、挑戦することは悪なんだ。人よりちょっとでも目立ったことをしようとする人間を見ると、すかさず出る杭を打たずにはいられない。なぜならば、それをしないと、努力も挑戦もしていない自分が惨めになってしまうからだ」

「つくづく、器の小せえ野郎どもだな」

 ココロキレイマン。

 奴らの思考回路のすべては、自分が何もしない理由を探すことに向いている。自分が努力も挑戦もしないでいることを正当化するために、努力、挑戦している者がこぼす愚痴や、ちょっとした失言に目ざとく反応して批判し、努力し挑戦している者を自分の下位に置こうとする。

 底辺から這い上がろうと足掻くのをやめ、何も望まずに生きていれば、心も傷つかず、愚痴もこぼれないのは当たり前である。
自分がただ挑戦から逃げている臆病者、努力から逃げている怠け者でしかないことを知らず、努力し挑戦してなかなかうまくいかないから他者に嫉妬、憎悪を抱き、愚痴をこぼしている人間に対し、偉そうにする権利があると思い込んでいる。

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。ただ単に、自分が底辺に安住しているからそうできているだけのことを、人格的に優れているのだと本気で勘違いしている。

 ココロキレイマンどもの生態は、知れば知るほどに吐き気を催すものだった。

「なあ。前から思ってたんだが、なんであんたは、あんな面倒くさい不快な連中を、わざわざ改心させてやろうとするんだ?あんな奴らを何とか引き上げようとするより、あんた自身が努力して、上を目指した方がいい気がするんだが・・・」

 低収入の派遣労働をしながら、まったくの無償で、梅雨時のブロック塀にビッチリとこびり付くヤスデの大群よりも不快な生物「ココロキレイマン」を改心させようとする活動に邁進する影沼のモチベーションは、一体どこから来るのだろうか。

 前から一度は聞いてみたかった疑問を、俺はこのタイミングで影沼にぶつけてみた。

 影沼はしばしの間、躊躇いがちに下を向いていたが、俺が強い眼差しで見つめ続けていると、やがて咥えていたタバコを踏み消し、深呼吸を置いてから語り始めた。

「話は、今から十年前に遡る。当時、俺は沖縄でやっていた建築関係の仕事で、五歳年下の青年と相部屋だったんだが、彼・・タカシの生い立ちは、それは壮絶なものだった。タカシの家庭は、父親がタカシの姉を犯し、タカシの兄が母親を犯し、タカシの兄と姉も性的関係を結んでいるという、とんでもない近親相姦一家だった。やがて、母親は失踪、姉は父か兄か、どちらの種かわからぬ子を自宅で産み落とし、そのときの出血多量が元で死亡。兄は父を殺して刑務所に収監された。タカシも窃盗の容疑で逮捕され、少年院へと入ったんだが、そのとき母親から届いた手紙が、タカシの心を完全に壊した。手紙には、母親は今は別の男と再婚し幸せに暮らしている。タカシのことは、もう息子だとは思っていない。少年院から出ても、自分をけして頼ってくるな、と書かれていた。ニ十歳にして天涯孤独の身の上となったタカシは、本土を離れて沖縄にやってきた・・・」

 家庭崩壊などというレベルの話ではない。そんな、生まれた瞬間から業を背負ったような人間が本当にこの世にいるのかと疑うほどだが、悲痛に顔を歪ませる影沼が、嘘偽りを語っているようには見えなかった。

 タカシ。

 どうやらその青年との出会いが、影沼がココロキレイマンを憎むキッカケとなったらしい。

 俺は影沼の告白に、黙って耳を傾けた。

「タカシは俺によく懐いていてな。俺も、タカシのことを実の弟のように思っていた。タカシのために、何かできることはないかと常に考えていた。しかし、今もそうだが当時の俺は、人に与えられるような物を何も持っていなかった。そこで俺がやったのが、今から思えば最悪の手段、すなわち、ココロキレイマンだった。タカシに何かしてやろうにも、金も力もない俺は、タカシに、人を嫉まず、憎まず、謙虚でありけして愚痴をこぼさない、正しい人間になれと、道を説こうとしてしまったんだ」

 人に何かしてあげたいという気持ちは強いが、肝心の原資がない。そこで、人に与えるのを諦めるのではなく、金銭や物資の代わりに、正しい道を説こうとする。

 すべての宗教の起源もそこにあるが、ココロキレイマンが偉大な宗教家と違うのは、彼らが人に正しい道を説こうとするのは、その人に本当に良くなって欲しいのではなく、ただ自分が人から感謝され、褒めて欲しいという理由でしかないこと。

 人がそれに従って成功すれば己の手柄を主張し、従って成功しなければ相手の努力不足で片づける。人がそれに従わずに失敗すればそれ見たことかと得意げに胸を張り、それに従わずに成功したときは、何も言わずに姿をくらます。

 お下劣で気色悪く、不快な生物。殺してやりたいほどではないが、ぶん殴ってわからせてやりたいほどにはムカつく生物。

 もとは影沼こそが、ココロキレイマンだった・・・?

「タカシの人生は、呪われた家族から解放されてもうまくいかなかった。仕事ではミスを連発し、会社のみんなからいつも怒鳴られていた。プライベートでは、救いを求めた初恋の女に散々金を貢がされたのに、一度もヤラせてもらえなかった。俺はそんなタカシに、ひたすら心がキレイでいることを求め続けた。人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。正しい心さえ持っていれば、必ず幸せは巡ってくるなどと無責任なことを言い続け、タカシが愚痴や不満を漏らす度に、その態度は間違っている、それじゃダメだと説教した。タカシは俺の言葉を信じ、健気に、心のキレイな、男らしい男であろうとした。道で重い荷物を背負った老人が歩いていれば代わりに担いでやり、飢えているホームレスを見かければ、食料を施してやった。土地柄、部屋には年中、でかいゴキブリが入ってきたんだが、タカシは俺がハエ叩きを取るや否や、ゴキブリを素手で掴んで、さあ出てお行き、殺されちゃうから、もう来るんじゃないよ、と逃がしてやった」

「そんな。それでうまく行かなきゃ、それこそ地獄じゃないかっ」

 俺が思わず怒気を顕にすると、影沼が微かに唇をわななかせた。

「一途に、幸せが訪れることを信じ続けた。しかし、幸せは来なかった。自分に幸せが訪れないだけならまだよかった。いけなかったのは、会社でいつもタカシを虐め、殴る蹴るの暴行を働き、また、自分が傷害の前科者であることを誇りにしていた男が、タカシが心を寄せていた女と子供を作って結婚し、あまつさえ、祝儀として十万円も払わされたことだ。なんだ、心がキレイになろうとすることは、幸せになることと何の関係もないじゃないか。それどころか、心がキレイじゃない方が幸せになれるじゃないか。残酷な事実を突きつけられ、もっとも信頼する俺に、まんまと騙されていたことを知ったタカシは、ついに生きる気力をなくし、自ら命を絶ってしまった・・・」

 影沼が肩を震わせ、目尻から零れ落ちた涙を拭った。

「人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。キレイなココロを持っていれば幸せになれると信じ込み、素晴らしい聖人君子のようになろうと無理を重ねてしまったせいで、タカシは心を病み、死を選んでしまった。タカシを殺したのは俺だった。俺は自らの過ちを悔いると同時に決意した。タカシのような貧乏、不細工、無能の三重苦を背負った人の、心をキレイにしてはいけない。貧乏、不細工、無能のくせに、まるで重荷を背負い、自らの足に鎖を付けるようにして生きている人たちがいたら、この手で救ってやらなければならないと」

 影沼が、自分の瞳と同じように真っ赤に染まった空を見上げて言った。

 影沼のココロキレイマンへの憎しみと、底辺世界からココロキレイマンを駆逐しなければならないという決意は、自らが元ココロキレイマンであったせいで、大切な人を死に追いやってしまった苦い過去から来るものだった。

 倫理観の崩壊した家庭で育ち、社会に出てからも、貧乏、不細工、無能なせいで何一つとしてうまくいかなかったにもかかわらず、心のキレイな正しい人間を目指そうとてしまったせいで自ら命を絶ってしまった青年、タカシ。

 俺も何かが違えば、タカシのような末路を辿っていたかもしれなかった。タカシを死に追いやった反省から、正義の戦士として覚醒した影沼と出会わなければ、俺自身がタカシと同じように、自ら命を絶っていたかもしれなかった。

 タカシのようになってはいけない。貧乏、不細工、無能は、けして心のキレイな人間を目指してはいけない。もし、貧乏、不細工、無能の三重苦を抱えているくせに、なぜか金持ち、イケメンと同じ価値観を大切にしている人を見かけたら、ただちに改心させ、この底辺世界から、ココロキレイマンをなくさなければならない。

「そういう事情があって、俺はこの底辺から永久に抜け出すことができない。俺はタカシを殺した罪を、一生背負っていかなければならない。俺は幸せになってはいけないんだ。だが青木っち。お前はいつか、ここから這い上がる人間だ。俺みたいに、いつまでもここに居ちゃいけない。ココロキレイマンを倒すのは大事なことだが、それと同じくらい、青木っちがこの底辺世界を卒業するのも大事なことだ」

「ああ。わかっている」

 影沼に言われるまでもなく、俺もいつかは世の中で価値のある人間だと認められ、この底辺世界から這い上がってやる所存である。

「やってやる。クソみたいな底辺人生を終わらせて、明るい未来を切り拓いてやる」

 終わりのない活動に人生を捧げる影沼に報いるためにも、俺は努力し、挑戦して底辺世界を抜け出し、せめて人並み以上の富と名誉、そして女を得て、世の中で苦しむ貧乏、不細工たちの希望の星となることを心に誓った。

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「おはよう美都ちゃん!美都ちゃんは今日もかわいいねぇ」

「ありがと美都ちゃん!美都ちゃんはいつ見てもかわいいねぇ」

「美都ちゃんゴメン、製品に傷をつけちゃった!美都ちゃんはやっぱりかわいいねぇ」

 電子基板製造ラインの中に響き渡る、影沼の、川辺美都への賛辞の言葉。

 この日、影沼が始めたのは、ラインリーダーである川辺美都を、一時間に一回はかならず褒める、というイベントだった。

 他のラインよりもずっと賑やかな俺たちのラインに、多くのスタッフは好意的な視線を送ってくれるが、なかにはそうでない連中もいる。真面目一辺倒の態度で仕事をしない俺たちの存在を快く思わない、「ココロキレイマン」たちである。

「岸くん。アイツら最近、調子乗ってるんだよ。ここで一丁、アイツらにギャフンと言わしてやってくださいよ」

 口でゴチャゴチャ能書きを垂れるだけでは、彼らに紛れもない事実を伝える「説得」を食らって返り討ちにされるだけだと学習した
ココロキレイマンたちは、近頃、俺たちが殺した藤井の親友の岸に接近を始めていた。

 口でゴチャゴチャ能書きを垂れるだけで、俺たちに対し、具体的に自分が優れているところを見せつけられるわけではないココロキレイマンたちは、俺たちと同じ貧乏だが、不細工、無能ではない岸に、俺たちの成敗を託したのである。

「相変わらずキメぇ奴らだな・・・。ねぇ川辺さん。今週末、タイタンズの試合、一緒に見に行かない?一緒に行く予定のヤツが急にキャンセル入っちゃってさ。チケット余ってるんだ」

 ココロキレイマンたちに背中を後押しされる形で、休憩時間に俺たちのラインにやってきた岸が、川辺美都を、地元のサッカーチームの応援に誘った。

 声をかけた時点で、すでに勝ち誇ったような表情の岸は、川辺美都が自分の誘いに応じるのを、微塵も疑っていないようである。 

「え・・・。いや、いいです」

 川辺美都が、「なんで誘ってくるの」と、嫌悪感を露骨に表した顔で断りを入れると、自身満々だった岸の表情が凍った。

「ねえねえ美都ちゃん。こういうイケメンのナンパ師って、どう思う?」

 影沼がすかさず、川辺美都に訊いた。

「遊んでそうで嫌です」

 川辺美都が即答すると、岸はもうそれ以上口を開けなくなり、すごすごと退散していった。

 川辺美都の岸への対応に、俺は深い感動を覚え、しばし作業の手を止め、棒立ちになっていた。

 女という生き物すべては、イケメンが無条件に好きなものだと思っていた。女という生き物すべては、俺のような不細工に言い寄られたときは全力で拒もうとするものであり、イケメンに対しては、言い寄られてもいないのに自分からウリウリと腰を摺り寄せていくものだと思っていた。

 それがどうやら、違うようだとわかった。俺の長年の宿敵、イケメンを撃退してくれた川辺美都の姿が、神聖でけして侵してはならない女神のように見えてきた。

「川辺さん・・・世界で一番かわいいね」

 俺も影沼と一緒に、川辺美都を褒めた。川辺美都から返ってくる笑顔は眩しすぎて、直視もかなわないほどだった。

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 川辺美都は、神聖にしてけして侵してはならない、女神である。劣情の対象にはしても、その身に触れることは許されないし、考えてはならない。

 今は。今はまだ。

 その晩、ホームセンターで、フライパン、鍋、菜箸、ボール、泡だて器、包丁、キッチンバサミ、フライ返しなど、調理器具一式を買いそろえた俺は、思い出せないほど久しぶりに料理を始めた。

 クソみたいな人生だが、何もやってこなかったわけじゃない。
名前が書ければ誰でも入れる五流大学に通っていたころ、居酒屋でバイトしながら取った、調理師免許の資格。

 こんな俺にも、夢はあった。まずはチェーン店に入社してノウハウを学び、エリアマネージャーくらいになって自信をつけたら、独立して自分の店を持つ。

 俺の夢をぶっ壊したのが、藤井や岸のようなヤツ。イケメンのリア充たちだった。
調理場でも休憩室でも、ヤツらはいつも楽しそうだった。

 人前では楽しいことしか話していないだけで、実際には、それと同じくらい辛いこともあったのかもしれない。だが、少なくとも当時の俺には、ヤツらは俺とはまるで違う、光り輝く太陽のような人生を送っているかのように見えた。

 仕事はできる方だったと思う。だがあそこでは、自分が必要とされている実感は、ちっとも得られなかった。

 店長に褒められるのはいつも、愛想のいいだけが取り柄のヤツ。要領のいいヤツらは、仕事はできる人に集まるとか言いながら、いつも俺に負担を押し付けた。仕事を抱えきれずにミスを連発する俺に、店長の叱責は集中した。

 いつか自分の店を持ち、繁盛させて、こいつらを見返してやる。お前らが楽しそうに喋っている女たちをみんな俺の前に傅かせて、勃起したマラを咥えさせてやる。

 怨念にも似た感情だけを支えに、二年間、死ぬ思いでバイトを続け、欲しかった調理師免許を取った。

 意気揚々と挑んだ、正社員の面接で爆死した。不採用の理由は、俺が不細工で、性格も暗いからだと思われた。

 いけなかったのは、バイト先で一緒だった、俺より明らかに仕事のできないヤツが、俺が入りたくて入れなかった会社にあっさりと採用を受けていたことだった。しかもそいつは、その会社の内定を保留にし、最終的にまったく畑違いの会社に就職していった。

 その経験でわかった。

 世の中に求められているのは、夢があって努力しているヤツではなく、人に合わせるのが得意で、友達が一杯いるヤツ。就職先があっさりと決まるヤツは、遅くとも就活が始まるまでには童貞を捨てて、二人、三人と、経験人数を順調に増やしている。俺みたいな童貞は女ともヤレないばかりか、まともな働き口さえ見つけられない。

 やる気がなくなって、就活を中断した。大学にも行かなくなった。ずっと部屋に引きこもる俺に、家族はいつも冷たい言葉を投げかけた。初めは無視を決め込んでいたが、段々追い詰められてきて、働くしかなくなった。

 いつまでもヤツらに嫉妬し、ヤツらを憎んだ。だが、俺自身がヤツらのようになりたいのかと言われると、それは違う気がしていた。女を抱いているのは羨ましいが、それほど多くの友人に囲まれたいとは思わないし、人に合わせるのがうまいヤツは、どこか自分というものを持っていない気がした。

 自分が自分でなくなってまで、アイツらと同じ人生を手に入れたいとは思わなかった。

 俺がやりたいのは、自分が「陰キャ」のままで、「陽キャ」に勝つことだった。
 
 人を憎まず、妬まず、謙虚であり愚痴をこぼさない、キラキラキレイなココロを持とうとするのではなく、憎悪と嫉妬の塊で、異常な性欲と性癖を併せ持ち、自己中で甘ったれの、ヘドロそのもののような俺のまま、「陽キャ」のヤツら以上に女を抱き、「陽キャ」以上の幸せを手に入れたかった。

 一人のままじゃ、にっちもさっちもいかなかった。

影沼と出会ったことで、ようやく重い扉をこじ開けることができた。

「よし。出来たぞ」

 出来上がったオムライスをフライパンから皿に移し、デミグラスソースをたっぷりかけて、端っこをスプーンで掬い、口に含んだ。

「うめっ。うめっ、うんめっ。いける。これならいけるぞ」

 口の中でハラリと解けていく卵の中から現れる、辛めのケチャップライス。ソースとの絡みが絶妙で、ふんわり感が最高だった。半年も真剣にやれば、好きで毎日料理していたころの腕を取り戻せると確信した。

party people 2


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「ハア、ハア、ハァ・・・・」

 友麻の中に、この晩、八発目となる豪弾を打ち込んだ俺は、友麻の身体から離れ、服を着て水分を補給した。

「あーあーあー。青木っちのセクハラザーメンが、どぷどぷ溢れ出しちゃって」

 俺に二度も犯された友麻は、生気の抜けたビー玉のような目を、星屑の浮かぶ夜空に向けながら、地面に横たわっている。口は半開きになって、涙と洟が垂れ流しになり、影沼の言う通り、秘裂からは、気泡をプクプクと弾けさせる白濁のものが溢れ出していた。

「こんなんじゃ、PTSDっちゃって、生かしてやっても、もう使いものにならないだろう。ひと思いに殺してやった方が、本人のためだ」

 俺をゴミのような目で見ていた友麻を殺すことを、影沼がゴミを処理するように言った。

「青木っち。せっかくナイフとか持ってきたんだし、青木っち、殺ってみる?」

「いや・・・俺は・・・」

「そっか。エッチして、疲れちゃったもんね。んじゃ、俺が代わりにやっとくわ」

 これからお遣いに行くような、あっさりとした口調で言って、影沼が、友麻から十メートルほど距離を取った。

「これから友麻ちゃんはぁっ、青木っちの遺伝子ミルクを持ったまま、あの世へと旅立ちまぁす!あの世で友麻ちゃんはぁ、おでこが広くて、眼鏡をかけて、ひげが濃い青木っちそっくりの赤ちゃんを、お腹痛い痛いして産んじゃいます!」

 影沼は、友麻にとって、もっとも耐え難いことを口走ると、大きく助走を取り、友麻の前で大きくジャンプして、蝋人形のように凝固した友麻の顔面を、靴の踵で思い切り踏みつけた。

「いって・・いててて・・・ぐのぉぉっ、怒ったぞぉっ」

 友麻の涙と洟に塗れた顔面を踏んで滑り、地面にしたたかに後頭部を打ち付けた影沼が、目にイトミミズのような血管を浮かべ、顔面を紅潮させながら、靴底に鉄板の入った安全靴で、友麻の顔面を何度も踏みつけた。

 友麻の眼窩の骨と鼻骨が砕け、枯れ木の折れるような音が、静かな夜の山林に響き渡る。しかし、影沼に暴力を受ける以前に、すでに心を殺されていた友麻は、悲鳴一つ上げようとしない。むしろ、これから先、俺に犯された女として生きなければならない地獄から解放されることを、喜んでいるようにすら見える。

 友麻にとっての絶望は、影沼の踏みつけ地獄よりもむしろ、俺の生殖器を大事なところに出し入れされ、俺の遺伝子を子宮に送りこまれたことだった。友麻を本当に殺したのは、俺だった。

 脳内に横溢するカタルシスの前に、これから死にゆく女への情けは、あっさり霧消した。俺はまたぞろ熱を持ち始めたものを扱きながら、影沼が、無機質な肉の袋と化した友麻の、最後の命の灯を消しに行く様に見入った。

「セクハラという言葉は、確かに、たった一言で男に致命傷を与えられる、拳銃のように便利で強力な武器だ。だからこそ、使用者側のモラルが求められる。武器というのは常に、まともに立ち向かっても到底かなわない強敵に、本当の危機に追い詰められたときにしか抜いてはいけないものなんだ。自分だけが便利な武器を持っているという万能感に酔いしれるな。すべての武器は諸刃の剣。むやみやたらとぶっ放していれば、その弾丸は、いつか自分に跳ね返ってくるんだ。お前は生涯の最後に知ったその教訓をよく心に刻み、あの世で産むことになる青木っちのセクハラベイベーに伝えてやれ」

 影沼が、悪代官と対峙する時代劇の主人公のように言ってから、また大きくジャンプし、全体重をかけた両足で、友麻の顔面を思い切り踏みつけた。

 ゲジャアッ、バキバキィッ、と音がして、断末魔を上げる力も残されていない友麻の、首の骨が砕けた。同時に、俺の下腹部に、心地よい電流が走った。

「はぁ、はぁ、ぜぇ、はぁ。ふぅ、友麻ちゃん頑張ったねぇ。もう、楽になったからねぇ。あの世で、青木っちのヒゲヒゲ赤ちゃんを、ぷりって産むときはもっと痛いかもしれないけど、でもそのときは、大好きな藤井ちゃんが一緒だから耐えられるかなぁ。そのあと、藤井ちゃんの赤ちゃんが生まれても、青木っちのハゲメガネ赤ちゃんを、イジメたりしたらダメだよぉ」

 影沼が、友麻のぷっくり膨らんだ下腹部を撫ぜながら、おちょくるように言うのに合わせ、俺も透明が僅かに白く濁った液体を、土の上に吐き出した。

「はぁ、はぁ、ぜぇ、はぁ。ちょい、休憩」

 影沼がカローラに戻ってきて、ドアを開けたまま運転席に腰を下ろし、タバコに火をつけ、貪るように紫煙を吸い込んだ。

「ははっ・・・とうとう・・とうとう、やっちまったんだな」

 俺は泥の付いたズボンを上げ、汚いものを触れたあとのイカ臭い手で乱れた頭髪を抱えながら、カラカラと笑った。

「そうだ青木っち。君はこれで晴れて、俺たちの住む底辺世界を蝕む敵、ココロキレイマンを打ち倒す、正義の戦士となれたんだ」

 二本目のタバコに火をつけながら、影沼が弾むような声音で言った。

「その・・さっきから言ってる、ココロキレイマンって何?」

 大分、呼吸の整ってきた影沼に、俺は先ほどからの疑問をぶつけた。

「さっき説明した通りさ。人を嫉まず、憎まず、すべて自分のせいだと受け止められる謙虚な心を持ち、愚痴をけしてこぼさない。世の中では、そんな人間が正しいとされている。だが、何が正しいかなんてことは、立場によって変わるものだ。底辺世界に生きる、貧乏、不細工、無能が、世の中で正しいとされている価値観なんて信じていても、何の意味も持たないどころか、幸せが邪魔されてしまうんだよ」

 影沼が否定しているのは、俺をこれまで、ずっと苦しめてきた価値観である。

 人を嫉まず、憎まず、常に謙虚で、愚痴をこぼさない。ずっとそうしなきゃだめだと、教わってきた。貧乏で不細工で無能な俺が、何かに挑戦して敗れたとき、頑張ってダメだったとき、人に馬鹿にされたとき、自分の本音を口にすると、いつも誰かに、それを言われてきた。実際に言われたわけじゃなくても、誰かにそれを言われている気がしていた。

 正論、キレイゴト――そいつがいつも、俺の傷口に塩を塗り込んできた。
 
「そもそも、それを最初に言い出した人間は誰だ。誰が何のために、それを言い出した!」

 影沼が、語尾に力を込めて言った。

「・・・そりゃ、人に嫉まれ、憎まれ、他人のせいだと思われて、愚痴をこぼされたら困る人間だろ。自分の才能や努力だけじゃなくて、後ろめたい何かを抱えながら幸せになった連中・・」

 不当な言いがかりやでっち上げで他人を追い落としたとか――。踏みつけていった相手を、余計に侮辱したとか。

 そいつらが、負け組の敵意を自分に向けさせないために、正論、キレイゴトを吐く。

「そう。だからそれを信じることは、自分を踏みにじった奴らの思う壺なんだ。それを知らずに、貧乏で不細工で無能な負け組のくせに、他人に正論、キレイゴトなんかを吐いて、自分が何者かになった気になっている馬鹿がいる。わざわざ自分を踏みつけ、不当に追い落としていった側の思惑に嵌まろうとするばかりか、同じ負け犬の頭を抑え付けて満足している馬鹿がいる」

 俺の言ったことに上乗せする形で、影沼が答えた。

「貧乏人から自由、気楽を奪ったら、何が残る。どうせ誰にも期待されていない負け組なのだから、好き勝手にやりたい放題、言いたい放題。自分の感情に素直になって生きるのは、俺たち負け組に許された唯一の特権なんだ。それを強引に剥奪し、正しさ、心のキレイさなどという、底辺生活においては邪魔にしかならないものを押し付けてくる愚か者を、改心させなくてはならない。それが、俺と青木っちがこれから取り組む活動だ」

 影沼が言っているのは、俺を藤井や友麻と同じか、ある意味それ以上に苦しめてきた連中のことである。

 世の中からゴミのように扱われている立場のくせに、世の中で正しいとされている価値観を信じ込み、あたかも、聖人君子のように生きることを金科玉条とするヤツ。自分がそんな生き方を実践するだけでなく、自分とは考え方も、歩んできた道のりも違う他人にまで、それを押し付けようとするヤツ。

 そいつがいつも、俺の傷口に塩を擦り込んできた。

「人を嫉むな、憎むな、すべて自分のせいだと受け止めて、けして愚痴をこぼすな。俺はそうしている。他人にそれを言う者は、果たして、相手に本当に良くなってもらいたいと思っているのだろうか。本当に、相手の成長、あるいは幸せを願っているのだろうか」

 影沼に言われ、俺はこれまで、俺の傷口に塩を塗り込んできた奴らの顔を思い浮かべた。

 奴らのすべてが、好き勝手なことを偉そうに言うだけで、具体的に何かをしてくれたわけではなかったのを思い出した。奴らのすべてが、好き勝手なことを偉そうに言いながら、缶コーヒーの一本も奢ってくれなかったのを思い出した。

「・・・いや。違うと思う。ヤツらは、自分が気持ちよくなりたいだけだ」

 他人事だと思って、勝手なことばかり言ってくる無責任な連中――そいつがいつも、俺の傷口に塩を塗り込んできた。

「彼らは、承認欲求の塊だ。いつも、誰かに褒められ、また、誰かに感謝されたいと思っている。しかし、悲しいかな、彼らは見た目がいいわけでも、才能に溢れているわけでもない。だからそのままでは、誰も褒めてはくれない。感謝されるために、人に何かを与えようにも、肝心の原資がない」

 言うことばかり一丁前で、行動が伴ってない連中のことを思い浮かべた――確かに、そいつらの顔は反吐が出るほど不細工で、周りから評価されるどころか、ウザがられ、軽んじられているヤツばっかりだった。

「そこで彼らは、見た目、才能の代わりに、ただ人格が優れているだけのことを誇りにしようとする。それがなってない者に、お金の代わりに、自分の素晴らしい考え方を押し付けることによって、他人に何かを与えた気になろうとする」 

 影沼の説明で、俺にもココロキレイマンなるものが、おぼろげながら理解できてきた。

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。後ろめたいことのある金持ち、イケメン、才能の持ち主が、自分が踏みつけていった貧乏、不細工、無能に、自分の不幸を納得させるために作り出した「正論、キレイゴト」を、幸せになるための方法論だと錯覚している貧乏、不細工、無能。それがココロキレイマンだと、影沼は言っている。

 ココロキレイマンが特に数多く生息するのは、俺たちの住む底辺世界である。

 見た目のいいヤツ、才能を持っているヤツは上に行く。上にいる奴らには金がある。自分をひけらかさなくても周りが勝手に褒めてくれるし、人にすぐ与えられるだけのものが手元にある。

 何もないヤツだけが、自分の正義を誇る。まるで新興宗教の勧誘のように、自分自身が考え出したものではなく、自分以外の誰かが、てめえの都合のために考え出した正義を盲目的に信じ込み、他人にまで押し付けようとする。

 愚かなココロキレイマンが、隅っこに追いやられて誰にも相手にされていないのなら、その職場は健全だ。この底辺世界、哀れなココロキレイマンが主流となり、幅を利かせている職場など山ほどある。

 影沼の話を聞きながら、俺は今の工場で働き始める前、四年間も勤めていた、交通誘導警備の会社でのことを思い出していた。



 まったくもって、クソみたいな職場だった。

 自分の待遇を少しでもマシにしようとするより、他人のアラを探すことに血眼になる連中。棒の振り方がなってないとか、現場に着くのが自分より遅いとか、どうでもいいようなことで威張りくさり、無能がさらなる無能を叩いて、自分の存在意義を確認しようとする連中。みんながそうだとは言わないが、そんな人種の割合が、ほかの業種に比べて明らかに多かった。

 俺が思うに、あの仕事をやっている連中がおかしくなってしまう主な原因は二つある。仕事が暇すぎることと、周りに女がいないことだ。

 警備員が暇なのは、お客にとってはいいことなのだから、堂々と暇そうにしていればいいのに、生真面目な日本人はなかなかそうは考えられない。自分は本当は社会の役に立っていないんじゃないか、通行人に、立っているだけで金がもらえていいご身分だと思われているんじゃないかと、どうしても、余計な不安と後ろめたさに駆られてしまう。

 しかし、焦ったところで、手っ取り早く充実感を得られるような仕事が湧いて出てくるわけではない。そこで、若い女が笑顔でも振りまいていれば、喧嘩なんかするより楽しくやった方が得だと考えられるが、得られるものが何一つないとなると、自分が評価されるという方向では満たされない承認欲求が、仲間を貶める方向に向かってしまう。仕事が暇だから、人の悪口を言い合ったり、人に嫌がらせをする時間は山ほどある。

 俺自身がターゲットになったこともあったし、ほかの人間がターゲットになるのも嫌ほど見てきた。あの仕事にいい思い出はまったくなかったが、それが四年も続いたのは、やはり仕事が暇なことと、周りに女がいないからだった。

 なまじ、手を伸ばせば届くところに女がいるから、それを持っていない自分が酷く惨めな存在に思えてくる。見渡す限り、女にまったく相手にされない小汚いオッサンばかりの職場は、女を得ようとして得られない俺にとっては、実に気が楽だった。仕事が暇でも、暇を気にして動き回ろうとする連中から受けるストレスを考慮すれば割には合わないのだが、いちど覚えた暇の味から抜け出すのは難しかった。
 
 その警備員時代、俺の「師匠」を務めていたのが、森尾という、八歳年上の男だった。

 べつに、頼んだわけではないのだが、森尾はたまたま現場で一緒になった俺を見て、こいつはすべてにおいて自分より劣った存在であり、傍に置いておけば、自分が優越感を満たす材料に使えると思ったらしく、そのときから俺を「弟子」に認定し、会社に言って、自分が隊長を務める現場に引っ張ってくるようになった。

――俺はこの会社ではエースと言われていて、誰よりも誘導はうまくできるし、みんなに頼りにされる。管制の人たちや、業者さんからの信頼も厚い。俺の動きを追って損はない。お前が俺を師匠に選んだのは正解だぞ。

 森尾は確かに、仕事は出来る男だった。上の人間や、工事の業者から好かれているというのも本当だった。しかし、非正規の単純労働がうまくできるということに、さしたる意味はない。

 非正規の単純労働を極めようとする行為を何かに例えるならば、それはドラクエで最初の町の周りをいつまでもウロウロし、スライムを何千匹も狩る行為に等しい。たしかに成長はゼロではないかもしれないが、あまりにも効率が悪く、実りが少ない。そしてそれを続けていては、永久にクリアにはたどり着けないのだ。

 それだけ自信があるのなら、せっかくまだ若いのだから、正社員の仕事を探してみるとか、警備を続けるにしても管理の仕事に引き上げてもらうよう直談判すればいいのに、森尾は「俺がいないと現場が回らなくなる」とか言って、なかなか次のステップに進もうとはせず、俺が入ったときですでに在社年数は三年を超え、休みの日でも当欠の穴埋めに駆り出されたり、日勤夜勤の連勤を何日も入れられるなど、会社にはいいようにこき使われていた。

 本当は、森尾にもよくわかっていたのだろう。世の中で不足しているのは、安価ですげ替えの利きやすい労働力であり、それをやりたいという者は優しい顔で歓迎されるが、安定した身分で働きたいと願う者には、途端に厳しい目が向けられる。お前に本当にそれができるのかと鋭い言葉が浴びせられ、これから何をしたいか、ではなく、これまで何をやってきたか、というアピールが求められる。
 
 俺も就職活動の経験者として、森尾が管理者や客から褒められ、年上の隊員のほとんどが自分に言いなりになってくれる居心地の良い環境を捨てるのが惜しくなる気持ちも、わからないではない。だが、世間はそれを、井の中の蛙というのだ。

 それでも、自分に与えられた仕事を黙々と頑張っているだけなら、俺のようなカスにまで見下されることはないという話だが、森尾は警備の現場を舞台に、自分が主役の人生劇場を演じながら、共演者を何人も潰していたのだからどうしようもない。

 森尾は自分が管理者から可愛がられているのをいいことに、自分の現場に気に入らない隊員がいると、年上だろうが平気で怒鳴り散らし、ときに折檻を加え、退職にまで追い込むような、とんでもないヤツだった。

――社内には俺を嫌う者もいるようだが、そいつらはみんな、仕事のできる俺に嫉妬して、逆恨みしているだけのクズだ。できないヤツを会社に残しておいてもみんなが迷惑するだけだし、クズを追い出すことも、俺の役割だと思っている。だが、お前は違う。俺はここでお前と出会えたのは運命だと思っているし、お前を本当の弟のように思っている。俺が責任をもって、必ずお前を一人前の男にしてやるからな。

 言っていることは立派でも、人に誇れる価値のあるものなど何一つ持っておらず、これからそれを手に入れようとする意志もなく、ただアメリカザリガニの如く、劣悪な底辺に過剰適応することだけに邁進する男が人に教えられることといえば、それは「清貧たれ」ということしかない。

――仕事をちゃんと教えてくれて、仕事が終わった後には一緒に飯を食ってくれて、毎日メールもしてくれる。こんなにお前を思ってくれる人間なんて、ほかにはいないぞ。お前は本当に幸せ者だって、みんな言ってたぞ。俺に出会えただけで、お前はハッピーだろ。

 辛抱我慢。森尾はそれを、自分を向上させるための努力とはき違えていた。これからもっと上を望むのではなく、底辺に燻って、何の進歩もないながらも、「心の師匠」はいる今、現在の状況を幸せだと思い込むことを、俺に求めてきた。

――確かにお前は、不細工で、頭も悪くて、みんなに嫌われているのかもしれない。だが、お前には俺がいるからな。俺だけは絶対に、お前を見捨てたりしないからな。

 俺の成長を願っていると言いながら、森尾は俺を滅多に褒めず、むしろ、俺の自信を挫くようなことばかり言っていた。

 俺にとっては、自分が不細工で無能で、誰からも、特に女から相手にされないこと自体が問題なのであり、そんな俺を大事とか言ってくる男がいても、まったく有難みはないという話。結局、俺を傍において優越感に浸りたいだけの森尾にとっては、俺が不細工で無能で人望もない、何の取り柄もない男のままであった方が都合が良かったのだ。

――この前、みんなと飲み会に行ったとき、もしお前がこの先、通り魔殺人でも起こしそうになったら、誰が止めるんだ?って話になったんだ。そのとき、みんなは口を揃えてこう言ったよ。青木を止めるのは、森尾さんしかいないとな。

 自分が犯罪者予備軍との自覚があっても、それを人に言われていい気分になる人間など、一人もいない。森尾の目的はただ、無能で不細工な犯罪者予備軍である俺の面倒を見ている自分自身に酔いたかっただけだが、タチの悪いことに、本人にはその自覚がまったくなかった。

 すべて俺のために、良かれと思って言ってやっているつもりだから、俺が期待した通りのリアクションを見せないと、プライドを傷つけられ、不満を抱いてしまう。しかし、その不満こそが、自分が人のために何かしようとするタイプの人間ではなく、自分のために人に何かをしようとする人間だという証明である。

 激しいジレンマを解消するために、ますます俺に付き纏い、ますます強烈なジレンマに襲われていく。俺にとってはとんでもなくはた迷惑な悪循環に、森尾は陥っていた。

――お前、宮田さんと二人で飯を食いに行ったとき、昔、自分をバカにしたヤツが、今じゃ正社員で働いて、彼女もいて幸せそうでムカつくとか言ってたらしいな。お前は俺があれほど、他人を嫉んだり、憎んだりしてもいいことはないと言ったのに、まだわからないのか?昔、お前に酷いことを言ったヤツもいたかもしれないが、そいつのお陰でそこを辞められ、今の会社に流れ着き、俺に出会えた。あー良かったな。そうやって、人間万事塞翁が馬という風に考えれば、人生は幸せなんだと、何度言えばわかるんだ?

 他人を嫉むなと言いながら、森尾は俺がほかの仲間とプライベートを共にしたり、もっといい条件の仕事に移りたいとか、彼女を欲しているとか、今以上の幸せを望んでいるようなことを言うと、烈火のごとく怒り狂った。一度森尾の逆鱗に触れると、棒のふり幅が小さいとか、声が出ていないとか、些細なことで難癖をつけられ、二時間以上も説教されるのはザラで、反省文の提出を要求されたこともあった。

――今のお前にとって、本当に必要なのはなんだ?彼女を望むのもいいし、正社員になりたいと思うのもいい。だが、その前に、お前にはやるべきことがあるんじゃないのか?お前にそれを教えてくれるのは誰だ?お前を導いてくれるのは誰だ?お前が見つめるべき人は誰だ?

 弟子の指導を大義名分に、無茶苦茶に怒鳴り散らし、俺が委縮したところで、ふいに優しげな――冷静に聞けば、かなり独りよがりな――言葉をかけることにより、自分が俺にとって必要な存在だと思い込ませる。そんな形で、森尾は俺を一種の洗脳にかけようとしていた。

――さっきは怖かったかもしれないが、俺はお前のことを、誰より大切に考えているぞ。お前は俺を尊敬しているんだよな。お前は俺に憧れ、俺を目指しているんだよな。お前は俺と、一生一緒にいたいと思ってるんだよな。

 俺が自分を尊敬し、憧れ、目指しているという確信があるのなら、わざわざそれを尋ねて、確認を取ったりはしない。不安に苛まれて、俺が自分を慕っていることを確かめようとするが、無理やり言わせるだけでは不安は晴れない。

 はた迷惑な悪循環。まったく進歩の見えない無限ループが、俺が警備会社を辞めるまで続けられた。

 森尾は哀れであり、愚かであり、滑稽な男ではあったが、根っからの悪人というわけではなかった。森尾があそこまで俺に付きまとったのは、俺を騙して、利益を得ようとしていたからではない。

 ただ、誰かに愛され、必要とされたい。森尾はただそれだけのために、四年間もの間、俺に無益なストーカー紛いの行為を繰り返していたのだ。

 森尾が見ているのは、誰よりも可愛い自分自身のみ。ただ自己肯定の材料とするために、自分より何もかもが劣った俺を利用しようとしていただけに過ぎない。

 森尾の吐くキレイゴトのすべては、俺の成長や、幸せのためを思ってではなく、自分が気持ちよくなるため――それがなってない俺を見下し、優越感に浸るだけの目的で発せられたものだということはわかりきっている。

 しかし――。

――いいか。人を嫉んだり、人を憎んだりしても、いいことなんて何もないぞ。すべて自分のせいだと受け止められる謙虚な心を持ち、愚痴をこぼしたりしなければ、お前はきっと幸せになれるんだからな。

 俺が警備員を辞め、森尾から離れて以降の人生で、幸せになるどころか、坂道を転げ落ちるように、状況がどんどん悪化していくだけだったという事実が、俺の中に残る森尾の言葉に真実味を持たせた。

 見渡す限りオッサンばかりの楽園から、狂おしい生物に囲まれる地獄に放り込まれ、手を伸ばせば届くはずのそれに、どうしても触れられない煩悶に喘ぐ中で――俺がどんなにしても手に入れられない女を、当たり前のように持っている男への嫉妬の炎に焼かれる苦しみの中で、森尾の言葉が蘇り、不気味に色濃さを増していった。

 やはり、森尾に付いていくのが正解だったのではないか・・・。森尾の言っていたことの方が正しいのではないか・・・。そう思わせることに繋がった。

 たとえこっ酷くフラれたのであろうが、自分の恋した女の幸せを祈るのが、男として正しい姿だ。酷いことを言われたのも、やっぱりお前の方に原因があったんじゃないのか。お前が我慢すればいいだけだ。友麻にコケにされ、藤井と差別された俺に、森尾がそう言っている気がした。

「人を嫉まず、人を憎まず、謙虚であり、愚痴をこぼさない。大変結構なことではあるが、それを人を見下す材料にしたら、ただの偽善になってしまう。そもそも人格などというものは、財力、見た目、才能が、他人に認められた結果ついてくるものであり、何もない人間が、それを誇りにするためにあるものではない」

 影沼の言葉が、強い力を持って、俺の中に巣食う森尾に吹きつける。しかし、四年の月日をかけて植え付けられ、ずっと俺を苛み続けてきた重しは、そう簡単に吹き飛ぶものではない。

「だけどさぁ。そんな人間だから、人生うまくいかないんだろ、て言われたらどうすんの?人を嫉んで、憎んで、他人のせいにして、愚痴ばっか吐いているから、お前は底辺なんだって・・」

 俺が、ずっと言われてきたこと。別に直接言われたわけじゃなくても、常に誰かに、言われているように感じてきたこと。そいつを、影沼の力強い言葉で吹っ飛ばしてほしい。

「それは、鶏と卵が逆になっている。因果関係を逆転させて、不満の矛先を自分たちに向けさせないようにするための方便だ」

 そんなんだからダメなんだ、ではなく、ダメだからそうなったんだ。俺がずっと思ってて、言えなかったこと。俺がダメである理由、俺が報われない理由を列挙するばかりで、肝心のチャンスを一度も与えてくれなかった世の中に――女たちに、俺がずっと言いたかったこと。しかし、奴らの言うことにも一理ある。

「だけど、やっぱり、人を嫉んだり、憎んだりしても苦しいだけだし、誰かのせいにしたり、愚痴をこぼしたりしたら、周りの人は嫌な思いをするだろ。やっぱり、人を嫉まず、憎まず、すべて自分のせいだと思って、愚痴をこぼさずにいた方が、幸せになれるんじゃ・・」

「なれない!青木っちみたいな不細工で、何の取り柄もない無能は、人を嫉まず、憎まず、自分のせいだと思って、愚痴を吐かずにいても、けして幸せにはなれない!一生涯、貧乏から抜け出せない!」

 影沼が言っているのは俺の資質の否定だが、しかし、どういうわけか、ちっとも嫌な気はしなかった。それは、俺が幸せになるための方法論を、さっきから影沼が明示しているから。

 俺が幸せになるための、唯一の方法――。影沼と一緒に、ココロキレイマンを打ち倒す、正義の戦士となること――。

「その・・ココロキレイマンってのは、説教する奴らってこと?」

 自分の進むべき道が本当に正しいのか確かめるために、ココロキレイマンについて、もっと詳しくなっておかなければならない。俺はこれから倒すべき敵、ココロキレイマンの実態を解明すべく、影沼に教授を仰ぐことにした。

「ココロキレイマンとは、世の中で正しいとされる価値観そのもの。それは青木っちの中にもいるし、藤井ちゃんや友麻の中にもいる。文明社会の中に生きる者なら誰しもが持っている、概念的なものと捉えてくれればいい」

 誰しもが持っている概念的なもの――しかし、それを信じて幸せになれる人間と、なれない人間とがいる。ココロキレイマンを信じていてもけして幸せになれない人間。それをこれから救うのだと、影沼は言っている。

「実体のないものを相手に戦うってことか?なんか、大変そうだな」

「大変だが、その手段はシンプルだ。具体的に、ココロキレイマンを打ち倒すための方法は、”抵抗” ”説得” ”証明”この三つに分けられる。”抵抗”とは、負け組にココロキレイマンになることを強制してくる人間、すなわち、後ろめたいことのある勝ち組を、力ずくで駆除すること。”説得”とは、ココロキレイマンに毒されてしまった人を、文字通り口頭で説得し、彼らの中のココロキレイマンを追い払ってあげること。”証明”とは、ココロキレイマンにでない自分が、実際に幸せになっている姿を見せつけることにより、本当に正しいのはこちらであるのを、みんなにわからせること。それを繰り返すことにより、この底辺世界からココロキレイマンを駆逐するのが、俺たちの活動の最終的な目的だ」

「・・・藤井と友麻を殺したのは、”抵抗”?」

「そうだ。藤井ちゃんと友麻は、青木っちに、自分たちを嫉まず憎まない、ココロキレイマンとなることを強制しようとしてきた。あと一歩のところで、ココロキレイマンになってしまうところだった青木っちを救済して俺のパートナーにするのと、奴らが放つ本物の輝きを消し去り、あの職場に隠れているココロキレイマンをいぶり出すために、俺はあの二人を殺すことを決めた」

 影沼の言う通りだった。

 俺が今の工場に留まるには、自分をボロクソに侮辱してきた女がイケメンと付き合う幸せを笑顔で祝福できる、ココロキレイマンになるしかなかった。大切にできるものが何もない俺が、友麻にゴミのように扱われた理不尽を納得するには、人間の女という生き物を無条件に労われる、ココロキレイマンになるしかなかった。

 女を無条件に労われなど、ふざけるのもほどがある。大人の女とは、子供や動物のような、無償の愛を注げる対象ではない。異性への思いは、受け入れられて初めて愛になるものだ。理不尽に踏みにじられたりしたら、憎悪に変わってしまうこともある。

 男女平等を叫びながら、一方で女は保護されるべき対象だと主張し、女は男に何を言っても許されると思い込むなど、けして許されるものではない。そして同じく、もっといい女をいくらでも抱けるくせに、本来、俺のような貧乏、不細工、無能に希望を与えなければならないはずのブスを持っていった藤井の節操なしも、けして許されるものではない。

 しかし、世間はそれを、逆恨みという。そいつを打ち破いてくれる理屈を、俺は欲している。

「だけどさぁ。藤井と友麻だって派遣だろ。上のヤツから見たら同じ穴の貉じゃん。弱い者が弱い者同士でつぶし合うってのは、正義の味方がやることじゃないんじゃない?ココロキレイマンになることを強制してくる人間を倒すなら、それこそ、格差社会を作り出してる政治家とかをやっつけた方がいいんじゃ・・」

「俺たちが救済しなければならないのは、ココロキレイマンではけして幸せにはなれない、世の中の貧乏、不細工、無能たちだ。これに一点でも当てはまらない者は、たとえ雇用形態が非正規であっても、救済の対象からは除外される」

「俺と藤井、友麻が同じ穴の貉なんじゃなくて、政治家と藤井、友麻が、同じ敵ってこと?」

「胸に手を当てて考えてみろ。政治家と藤井ちゃんとの差と、イケメンで、彼女がいてセックスやり放題な藤井ちゃんと、女に馬鹿にされ、部屋でマス掻いてばかりの青木っちとの差。どっちが大きい?」

 どこからどう考えても、俺と藤井との差の方が大きいとしか思えず、苦笑が漏れた。藤井が自分より政治家を憎めというのは、泥棒が人殺しを指さして、あいつを先に捕まえろというのに等しい。

「もちろん、大局的な見方も大切だが、一足飛びに大きな敵を狙ったところで、敢え無く潰されるだけだ。そもそも、今まさに拳銃を突き付けてくる相手を取り除かなければ、それを操る大敵を倒すこともできない。青木っちは藤井と友麻のラブラブを見せつけられ、ココロキレイマンに支配される寸前だった。死よりも辛いその運命に、全力で抗ったまでのことだ」

 俺の投げかけた疑問を、影沼は淀みない口調で、あっさりと論破してみせる。影沼の言っていることは至極もっともであり、反論の余地もない。少なくとも俺にとっては、圧倒的に正しいと思えることである。

 非正規社員、年収二百万以下。そこから抜け出したくて抜け出せない人間の苦痛を、ココロがキレイでなくてはいけないという強迫観念が助長していると主張する男が、俺に光を示そうとしている。

 自分に好意を持った貧乏、不細工、無能をコケにしまくって、己の穴ぼこだらけの自尊心の補修を図ろうとする、しもぶくれでビーバーみたいな顔をした友麻。ほかにもっといい女をいくらでも抱けるくせに、わざわざしもぶくれでビーバーみたいな顔をした女に手を出して、貧乏、不細工、無能のささやかな希望を搔っ攫っていった、節操なしの藤井。

 藤井と友麻を殺さなかったら、俺と同じように心を傷つけられ、ココロキレイマンとなることを強制される貧乏、不細工、無能が、もっと大勢出ただろう。俺と影沼は、その身を犠牲にして、貧乏、不細工、無能を、ココロキレイマンの毒で染めようとする悪を、この底辺世界から追い出したのだ。

 法では罰せない奴らを成敗してやったのは、正義の行いだったのだと主張する男が、俺に今まで見たことのない景色を見せようとしている。

「本物の輝きの前では、紛いものは息を潜めているしかない。けして真似できない相手がいる前で自己主張などしても、惨めになるだけだからな。だが、本物は消え去った。みていろ。藤井ちゃんと友麻が消えたあの職場から、これからココロキレイマンが、雨後の筍のように湧き出てくるはずだ。そいつらを、これから一人ひとり、叩き潰していくんだ」

 影沼の力強い言葉が、もう、思い出せないほど昔――人生が地獄でしかなくなる前に、俺が思い描いていた夢想を呼び覚ましていく。まだ、ちんぽが精力を持っていない、純真だったころの俺を蘇らせていく。

 みんなの憧れの、正義のヒーローになりたい。底辺世界にいる貧乏、不細工、無能を苦しめるココロキレイマンを一人残らず取り除き、みんなを幸せにしてやりたい。男として生まれたからには、価値のある、でっかいことがしてみたい。

 でも――。

「世のため、人のためだけじゃ動けない。あんた、ココロキレイマンをやっつけるには、自分が幸せになってるところを見せつける方法もあるっていったよな。俺はこれから、幸せになれるのか?あんたについていけば、幸せになれるのか?」

「なれるとも。人を嫉み、憎み、謙虚でなく傲慢で、愚痴をこぼしながらでも、人はいくらでも幸せになれる。むしろそうでなくては、底辺世界の住人はけして幸せになれない」

「具体的に、どうすりゃいいんだ?」

「簡単なことさ。どうせ誰にも期待されていない負け組なんだから、本音で生きろ。自由に生きろ。ココロキレイマンの信じる方角とは、逆に向かって歩め。その先に道は拓ける。俺が青木っちを案内してやる」

 俺は拳を、力強く握りしめた。

 社会の常識を逸脱し、理解不能の妄言を並べる人間に出会ったとき、ほとんどの人間は、目を背け、耳を閉じて、自分の中で、なかったことにしようとする。

 だが、俺は敢えて、向き合ってみようと思った。

 これまで、右へ倣えでやってきたが、にっちもさっちもいかなかった。でも、影沼が藤井を殺し、俺が友麻を犯して、影沼が友麻を殺したとき、俺はスッキリした。

 普通にやってちゃ、どうしても幸せになれないヤツもいる。ありきたりなことばかり言っている奴らより、コイツの言うことを聞いていた方が、まだマシになれる気がした。

 ココロキレイマン――後ろめたい勝ち組が、負け組を納得させるために作り出したそいつを、これからぶっ倒す。貧乏で不細工で無能なくせに、ココロキレイマンを信じているせいで苦しんでいる奴らを解放し、底辺世界に平和をもたらしてやる。

 自分のやるべきことがわかると――それが正義の行いであることがわかると、腹の底から、熱いものが湧き上がってくる。

「青木っちは、何かやりたいこととか、夢はあるのか?」

「いや。小学校高学年から、夢なんてもんは、一度も持ったことはない」

「就職活動は?」

「まぁ、ぼちぼちにとは考えてるけど、今すぐに動くってことはないよ」

「だったら、暫くの間、俺と一緒に、ココロキレイマンを打ち倒す、正義の戦士としての活動をしてみよう。いいじゃないか、減るもんじゃない」

「だけど、俺なんかにできるかどうか・・・」

「できる!きっとできるさ。嫉妬と憎悪の塊で、自己中で我儘で甘ったれで、異常な性欲の強さと歪んだ性癖を持ち、まるでヘドロみたいな、いや、ほとんどヘドロそのもののような青木っちなら、きっと、底辺世界を汚染するココロキレイマンを打ち倒し、貧乏で不細工で無能な人間が、せめて気楽に生きられるよう、底辺世界を変えられるさ」

 俺の人格をメタメタに非難する影沼の言葉を聞いて、腹の底から湧き上がってきた力が、全身に漲っていくのを感じる。

 ずっと、誰かに愛され、必要とされたかった。しかし、その相手は、世の中で値打ちのある人間、値打ちのある組織でなければ意味がなかった。

 俺の現在の立場は、安価で、いくらでも代えの利く、非正規の派遣労働者。その敗残者の中でさえ争いに負け、ゴミ捨て場の中の掃き溜めに掃き寄せられた「非リア」「陰キャ」。

 だからこそ、できることがあるのだと、目の前の男は言っている。

「やってやる。俺が底辺世界から、ココロキレイマンをなくしてやる」

 俺がこれからすることは、履歴書に書けるようなことではない。世間一般から、すごいこと、立派なことだと評価されることはない。

 しかし、俺がこれからやることは、圧倒的に正しく、何より楽しいことだ。まだ、ガイドラインを聞いたに過ぎない段階だが、この影沼という男に付いていけば、これからの俺の生活が最高に充実したものになるであろうことに、揺るぎない確信が生まれていた。

「自分のやるべきことがわかったのなら、さっさと後片付けして、明日から始まるココロキレイマンとの戦いに備え、家に帰ってゆっくり休もう。我々にとって幸いなことに、この産廃置き場は、違法に投棄された薬品が化学反応を起こし、いつ火災が発生してもおかしくない状況にある。よく、地元のワルどもがヤバい物を捨てに来るのに使われているようだから、身元不明の焼死体が二つ転がっていても、警察はそいつらの同類と判断して、真剣に調べたりはしないはずだ。顔もわからないほどまっ黒焦げにすれば、けして捕まることはない・・」

 もし捕まったとして、それが何だというのだろう。もともと俺は影沼がいなくとも、藤井と友麻を殺して、人生にケリをつけるつもりだったのだ。

 衝撃的な男が、俺の背中を押し、やりたかったことをやらせてくれた。

 塀の中にいるのと何ら変わりなかった暮らしが激変していく。

 影沼と、一緒なら――。

「キャアァンプ、ファイヤー!!グッバイ、ココロキレイマン!グッバイ、クソだった人生!」

 紅蓮の炎に焼かれるカローラを背に、俺は影沼を後ろに乗せた自転車で、山道を駆け下りていった。 


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「あ~あ。友麻ちゃん辞めちゃったよぉ。ダメじゃないか青木っち~、LINEをブロックされてるのに、しつっこくメールを送ったり、電話かけたりして付き纏っちゃあ。しかも、友麻ちゃんの画像でオナニーして、出した精子を、友麻ちゃんのロッカーの取っ手に塗りたくったりしてたんだってぇ?そんなストーカーしてたら、そりゃ怖くて逃げだすさぁ」

 藤井と友麻を殺害した翌日、十分間の休憩時間に、影沼が事実無根の情報を、みんなに聞こえるような大きな声で並べ立てた。

 昼休憩になると、俺は遠慮がちに後をついてくる竹山を振り切って、影沼と二人で食堂に席を取り、目を見合わせてニヤリと笑った。
 
「これでよし。あれであのフロアの連中は、青木っちのことを、最低の、どうしようもない変態クソ野郎だと思っただろう。そんなヤツが、これからここで幸せを手に入れる。ココロキレイマンじゃない方が幸せになれると”証明”してみせるんだ。痛快じゃないか」

 影沼の言葉に頷いた。だが、正直まだ、影沼を信じ切れていない部分もあった。

 ココロキレイマンじゃない方が幸せであることを証明するために、まず、自分のココロが汚いことを、みんなに大々的にアピールする。理屈はわかるが、リスクはでかい。これで本当に幸せになれなければ、俺はただの変態ストーカー野郎として終わってしまう。

 しかし、やるしかない。まともなやり方じゃ何べんやってもうまくいかなかった俺が、唯一幸せになる道が、ココロキレイマンをぶっ倒すことなのだ。

「ココロが汚いとわかった青木っちの元には、これから、自分がココロがキレイな正しい人間であることを証明したいココロキレイマンたちが、群れをなして襲い掛かってくるだろう。青木っちに説教をしてくる彼らを、逆に”説得”するんだ。最初は、俺がお手本を見せるから、青木っちは黙って見ていてくれ」

 影沼の予言は、すぐさま的中した。俺と影沼の食事が終わったころ、昨日までの「ランチメイト」田辺が、眉間にしわを寄せながら、俺に苦言を呈しに来たのである。

「青木くんさぁ、十分休憩の時間、話聞いてたけどさ、職場恋愛はご法度でしょ。石田さんだって、そりゃ迷惑したと思うよ。君は何しにここに来てるんだよ。自分のやるべきことをよく考えろよ。そんな浮ついた気分で仕事してたんじゃ、いい製品なんか出せないだろ」

「おい青木っち。トイレに行こう」

 まだ言い足りなそうな田辺を置いて、俺は食器の載ったトレーを下げ、影沼の後についてトイレに入った。

「あれはココロキレイマンの一種、シゴトスウコウマンだ」

「シゴトスウコウマン?」

 放尿しながら、俺は耳慣れない単語に首をひねった。

「生きるために働くのではなく、自分は働くために生きているのだと主張する人々。職業に貴賎なしを建前に、時給なんぼの仕事を、あたかも、世間から仰ぎ見られるような仕事であるかのように語り、仕事へのモチベーションが低い人を見下して喜んでいる人種だ」

 シゴトスウコウマン。影沼が述べた田辺の人物評は、ピタリと当てはまっていた。

「シゴトスウコウマンのほとんどは口ばかりで、中身が伴っていない。たまに行動に移しても、それはほとんどの場合、自分を過度にアピールするために出た余計な動きで、むしろ上を困らせていることの方が多い」

 またしても、影沼の言う通りだった。

 今日、田辺が、俺と影沼が食事を終えたころにようやく食堂にやってきたのも、休み時間を潰して仕事をやっていたからである。それで田辺が社員に評価されているかといったらまったくの反対で、社員の目の届かない時間に勝手なことをされるので迷惑がられているだけなのだが、本人にはその自覚がまったくなく、あくまで自分の行いは、会社のためになっていると思い込んでいるようだった。

 仕事に誇りを持つのは尊いことである。しかし、非正規の単純労働の世界でそれをやっても、ほとんどの場合、自分が向上することには繋がらず、人を見下すことにしか使えない。

 シゴトスウコウマン。藤井や友麻のような奴らに傷つけられた俺に、塩を摺り込んできた連中。自分こそ、藤井や友麻のような奴らに馬鹿にされているくせに、敵意を勝ち組に向けるのではなく、同じ負け組の頭を抑え付けて満足しようとするくだらない奴ら。俺がずっと苛立ってきた連中。殺したいほどではないが、ボコボコにはしたかった連中。

「彼らには決まって、なにか切羽詰まった事情がある。あの人、趣味はなにか知ってる?」

「う~ん・・趣味っていえるのかわからないけど、パチンコの話はよくしてるね。勝ったときしか話さないから儲けてるみたいに聞こえるけど、それで旅行に行ったとか、キャバで豪遊したみたいな景気のいい話は聞かないから、結局は軍資金に消えて、トータルじゃ赤字になってるんだろうな」

「収入の少ない者ほど、なぜか遊興費の支出が多い。働いてもお金が貯まらず、まとまった休みも取れないから、正社員で働く意思はあるのに就職活動を行う余裕がない。仕方なく、いま自分のやっている仕事を、自分が本当に就きたい仕事と同等に崇高なものだと思い込み、周囲にもそう思わせようとしている。よくありがちなパターンだ。行くぞ」

 反撃の狼煙が上がった。トイレから出ると、俺は影沼と一緒に食堂へと戻り、田辺の隣の席に腰を下ろした。

「あ。青木くん。さっきの話の続きだけどさ。そもそも職場ってのは、戦場みたいなもんだろ。戦場に女は連れて行かないのと同じように、職場で女の尻を追いかけまわすのも、緊張感の緩むもとになるから、それは慎むべきだよ。だから・・」

 俺を見つけるや、田辺の舌がフルスロットルで回転し始めた。ココロキレイマンに支配された人間にとって、自分より劣った人間、何かやらかした人間は、一流ホテルのディナーにも勝る馳走なのである。

「四十三歳。職業、派遣社員。年収二百万円。趣味、パチンコ・スロット。結婚歴なし、彼女なし」

 影沼が述べた事実の羅列に、田辺が絶句した。

「なん、なん、なん・・・・」

 何も言い返せないでいる田辺を置いて、俺と影沼は席を立った。

 ぐうの音も出ない、事実の羅列。影沼の”説得”は、ただそれだけで終わった。

「今ので、いいのか?」

 正直、意外だった。影沼が、田辺の説教を一言一言論破し、こちらの自論をズバズバと展開していくのを想像していた俺には、影沼の対応は、物足りなさすら感じた。

 しかし、田辺に与えたダメージは、それこそ百万語を並べ立てるよりも甚大だった。そのことが、驚きだった。

「自分が彼らにやられてきたことを考えろ。人は自分が正しいと思っていることを頭ごなしに否定されると、かえって頑なになってしまう生き物だ。ムキになって言い返しても、水掛け論になるだけ。だから、ただ事実を伝えるだけでいい。人を嫉まず、憎まず、謙虚で愚痴をこぼさない。それが正しいと思い、人にもそれを押し付けようとしているようですが、それで何か得られましたか?バカでなければ考えるだろう。貧乏で不細工で無能な者が、己の人格なんかを誇りにし、他人に偉そうにしても、得るものは虚しさだけではないだろうか。”清貧”なんか目指すのはやめて、もっと本音を出して、自由に、気楽に生きた方がいいんじゃないか・・と、まぁ、こんな具合さ」

 影沼の言葉を聞いて、俺は自分を深く恥じ入った。

 ただ、うっとおしい説教オヤジをギタギタにしたかっただけの俺と違い、影沼は、本気でココロキレイマンを、底辺世界から追い出したいと思っている。ただの私怨ではなく、使命感によって動いている。

 ベストな手段とは、いつだってシンプルである。無駄を省き、洗練され研ぎ澄まされた言葉ほど、効果は絶大となる。きっと影沼は、これまで幾度もの挫折を経て、「事実の羅列」という結論に至ったのだろう。俺が無駄な人生を過ごしている間、影沼はずっと、正義のための活動に邁進してきたのだ。

 影沼の、殺人すら正当化できるほどの強い使命感は、一体どこから来るのだろうか。影沼は、なぜそれほどまでにココロキレイマンを憎むのか。今度、酒でも飲んだときに聞こうと思った。

「絶対に言ってはいけないのが、自分はそうしている。お前もそうしろ。それを言った時点で、こいつは他人を思っているのではなく、ただ自分が気持ちよくなりたいだけだ、と、相手に思われてしまう。”説得”と、ただの説教との間には、天地の差があると覚えておけ」

 影沼に言われたことを、俺はしっかりと胸に刻んだ。

 底辺世界にありがちな、師匠の押し売りというパターンではない。生まれて初めて、俺自身が必要を感じ、誰かに教えを乞いたいと思った。学生時代にも、こんなことはなかった。

 俺も影沼のような、私怨ではなく使命感に突き動かされる、正義の戦士になりたい。クソだった人生とオサラバするために、俺は影沼の弟子になろうと決めた。


                            8

 

「え~、藤井くん、辞めちゃったのぉ?」

「なんか、会社に連絡もなく、いなくなっちゃったんだって」

「ショック~。いるだけで目の保養になったのに・・・」

「あの、仲の良かった同じ派遣の女の子と、別のところに行ったのかしら・・・」

 藤井が工場から去って数日が経つと、社員のご婦人方が、藤井のことをひそひそと噂し合うようになった。それと同時に、俺と影沼のアンテナに引っ掛かる「ココロキレイマン」の数も増えていった。

 本物の輝きが消え、紛い物が雨後の筍のように姿を現す――影沼の予言が、見事に的中したのである。

「青木くん、君はとんでもないことをしてくれたな。藤井くんと石田さんは、この職場で出会った大切な仲間だろう?たとえ君が侮辱を受けたのだとしても、カップルが成立したのなら、その幸せを祈るのが、男として正しい道じゃないか。それなのに、君は邪な嫉妬を抱き、彼らに嫌がらせをして、彼らを追い出した。けして許されないことだぞ」

 ある日の勤務終了後、駐輪場で俺に絡んできたのは、藤井や友麻と親しくし、彼らとともに食事に出かけることもあった、三十八歳の男性派遣社員、矢島である。

 矢島は「リア充」グループの一人ではあったが、俺が彼を羨ましいと思ったことはなかった。それは矢島が貧乏で無能、そして、でかい鼻にでかい耳、糸のように細い目、ぽっこりと突き出たお腹の、俺と同じ不細工男だからである。

 仮に女を持っていたとしても、同じ不細工であれば嫉妬はしない。単純な話で、俺にもいつかは回ってくると思えるからだ。俺が許せないのは、あくまで、もっといい女をいくらでも抱けるイケメンであるくせに、俺の獲物であるブスとババアに手を出してくる節操なしである。

 貧乏、不細工、無能。これに一点でも該当しない者は、救済の対象とはならない。同じ非正規の派遣労働者でも、彼らは底辺ではない。彼らに、ココロキレイマンとなることを強制された場合は、全力で”抵抗”し、緊急性が高い場合には、殺害することも厭わない――。

「これは、ココロキレイマンの一種、キズナダイジマンだ。知り合ってから一年も経ってないような職場の人間関係を、あたかも、長年連れ添った戦友かのように持ち上げ、それをあまり重視していない人を見下してくる人種だ。青木っち、俺がこの前言ったように、彼に事実を伝えてみろ」

 矢島が舌鋒鋭く俺を糾弾する前で、影沼が俺に耳打ちした。
 
 キズナダイジマン。藤井や友麻のような奴らに傷つけられた俺に、塩を擦り込んできた連中。自分こそ、藤井や友麻のような奴らに馬鹿にされているくせに、敵意を勝ち組に向けるのではなく、同じ負け組の頭を抑え付けて満足しようとするくだらない奴ら。俺がずっと苛立ってきた連中。殺したいほどではないが、ボコボコにはしたかった連中。

「派遣社員。年収二百万。三十八歳。結婚歴なし、彼女なし」

「な?何?何・・なんだよっ。派遣が仲間との絆を大切にすることが、そんなにおかしいか?そ、そもそも、君は石田さんをデートに誘う前に、脈があると思ったのか?興味のない男からデートに誘われて、石田さんも怖かったんじゃないのか。そういうのは和を乱すもとになるんだから、もっと慎重にしろよ」

 絶句するだけだった田辺と違い、矢島は懸命に言い返してきたが、その声音は震えていた。

 キズナダイジマン。影沼の言っていることは、矢島の人物像とピッタリ一致しているが、付け加えるのを忘れてはならないのは、彼らはさも絆が大事かのように言っているが、彼らが本当に周囲の人間から慕われているかといったら、それは大間違いであるということだ。むしろ、説教くさく、何かと余計な世話を焼きたがる彼らは、自分が大事だと思っている連中から、反対にウザがられている場合が多い。

 どれだけ絆が大事と口にしていても、それは周りから慕われることではなく、絆を重視していない人間を見下す目的にしか使えない。おそらく矢島の動揺は、自分が藤井や友麻、あるいは満智子から、本当は厄介者扱いされていた自覚から来るものであろう。そして俺は、矢島が内心、後ろめたく思っていることがもう一つあるのを知っている。

「職場の人間関係、仲間同士の和が大切であることに異論はない。しかし、それをチャレンジしない言い訳にしてどうする。あんたも藤井が来る前まで、ずっと友麻のことを狙っていたんだろ。なんであんた、友麻に一度もアタックしなかったんだよ」

 痛いところを突かれた矢島が、狼狽し目線を泳がせた。

 矢島が友麻のことが好きだったのを、俺がなぜ知っているかといえば、それは本人が直接、俺に言ってきたからである。

 藤井と友麻が親密な仲となったのがわかってから、矢島は、それまで、特に交流の無かった俺をわざわざファミレスに呼び出し、「俺も君と同じように友麻ちゃんが好きだった、でもこうなったからには、好きになった女の幸せを素直に祝福し、二人の交際を暖かく見守ろうじゃないか」などといったことを、俺に熱い眼差しを向けながら語ってきた。

 矢島がまんこにむしゃぶりつきたい友麻。友麻がちんぽをしゃぶりたくてやまない藤井。その二人と、敢えて仲良くする。

 矢島はそれにより、二人に対し、嫉妬という邪な感情を抱かず、素直に仲間の幸せを祝福できるキレイなココロを持った己を俺に見せつけ、得意げになりたかったのだろう。そして、それができない俺をいつか、こうして糾弾するつもりだったのだ。

「そ、そりゃお前、俺じゃ友麻ちゃんを、幸せにはできねえと思ったからだろうが・・。好きでもない相手から告白されたり、二人きりで食事になんか誘われたら、むこうは迷惑に思うだけだろ。相手が自分に興味がないのを察したら、黙って引くのが、大人の男ってもんだろうよ・・・」

 正社員ならともかく、失うものが何もない非正規の派遣社員が、我慢だとか、引くとかいう判断を誇りにしている。まことに滑稽であり、無益な話である。

「人の幸せを祈ってる間に、あんたは何人の女とヤッたんだって話だよ。自分のエゴを押し込めたって、何にも守れてないじゃねえか。あんたが俺に勝っているのは、ただ人に迷惑をかけていない、それだけのことだ。さっきも言ってやったろうが。 派遣社員。年収二百万。三十八歳。結婚歴なし、彼女なし。それが現実なんだよ」

「なん、なん、なん・・・・」

「大体、その脈がないってのは、なんでわかったんだ?本人に直接聞いたのか?仲間の和とか、人間関係が大事とかいえば聞こえはいいが、結局あんたは、挑戦してコケた俺をあざ笑うことで、自分が臆病で、まったく動かないでいることに意味を持たせようとしているだけじゃないのか?」

 ただ、事実を伝えるだけでいい。わかってはいるつもりだったが、抑えられなかった。俺が、この職場で唯一価値があると思っていたもの――友麻が絡んでいると、ついムキになってしまう。

「青木っち。その辺にしておこう」

 影沼に肩をつかまれ、俺はまだ何か言いたげな矢島を置いて、自転車に乗った。

「悲しいことだ。彼らは、負け組であることそれ自体を、恥ずかしいことだと思っている。自分は負け組ではない、それを証明する材料をかき集めることだけに必死になっている。自分はけして負けていないと思い込んでいれば、底辺から這い上がろうとする気が起こらないのも当然だ」

 帰りに寄った公園で、コンビニで買った焼き鳥を頬張りながら、影沼が言った。影沼の言葉に、俺は二度、三度と頷いた。

 なぜ、無理をしてまで、自分を満ち足りた人間だと思い込もうとするのだろう。

 たしかに食うには困らない。しかし、ガマの油を搾るように、生きぬよう死なぬよう、真綿でじわじわと首を絞められる生き地獄を味わっているではないか。仕事は将来の蓄積にならない単純労働で、女とセックスすることもできていないではないか。

 辛い、苦しい。

 寂しい。

 タスケテ。

 ちょっとでいいから、僕に分けて。

 キレイゴトで誤魔化さないで。

 具体的なノウハウを教えて。

 なぜそれを、大声で叫ぼうとしないのか?自分がちっとも幸せじゃないのに、他人の幸せを祈っているなど、嘘を吐いて自分を慰めようとする?弱音を吐くのを恥だと思い込み、無駄な男らしさなどを見せて、痩せ我慢をしようとする?

 自分の中に巣食うココロキレイマンを一掃しなければ、底辺世界に生きる貧乏、不細工、無能は、底辺から抜け出す一歩を踏み出すことすらできない。そのことを、ココロキレイマンに支配された他人を客観的に眺めることで、初めて理解した。

「・・・少し前の俺も、同じだった。なにもかもが俺より劣った竹山を傍に置いて、ヤツに偉そうにすることで、自分の存在意義を確認していた」

「それでも、青木っちはまだ、友麻にアタックして、現状を打破しようとしたじゃないか。たまたま、偉大なチャレンジャーを侮辱し、チャレンジすること自体が悪、というような酷い対応をする女に当たったのが不運だっただけだ。そいつに対して、ケジメはつけた。次に向かって、気持ちを切り替えられただろう」

 そうだった。俺はあのままでは、気持ちの切り替えもできない状態だった。

 キッパリ断ることと、相手を不必要に傷つけることは、まったく違う。先に因果を含めてきたのは、あなたとお付き合いすることはできません、それだけのことを伝える以外の、余計なことをしてきたあの女だった。

 復讐――マイナスをゼロにする行為は済んだ。再びチャレンジする態勢は整った。

「負けるのが恥なんじゃない。負けたままでいるのが恥なんだ。いずれ勝つためには、まず、自分が負け組であることを自覚しなければどうしようもないんだ」

 自分の立場を、客観的に理解する。すると、自分がけして、何も抗う術を持たない社会的な弱者などではないことが見えてくる。

 底辺世界にいる負け組。失うものは何もない。だからこそ、何も恐れず前に進める。考えてみれば、これほどの強みはないではないか。

 派遣社員、年収二百万、彼女なし。それは情けないのではなく、この世で最強なのだと理解する。そこから、一歩が始まる。

「俺はっ、女が欲しいっ。何よりもまず、女が欲しい。女とヤレなければ、正社員になるどころじゃねぇっ。チャランポランなのに彼女がいるヤツはいくらでもいるのに、俺だけが、彼女を作るためにちゃんとしなきゃならねえなんて、納得できねえっ。俺にも彼女はいていい。俺も、女とヤレていいっ」

 迸るような、思いの発露だった。

 頑張る前に、まず、誰かに愛され、必要とされたい。誰かに言えば、彼女が欲しいのならちゃんとしろ、とか言われると思って飲み込んできた言葉が、影沼の前だとすんなり言えた。

「おう、その意気だ。んで、青木っちは、誰とヤリたいんだ?」

「満智子だっ。俺は、満智子とやりてぇっ。満智子のでっけえおっぱいを、モミまくりてぇっ。満智子のたるんだ腹を、正常位で突きまくって、揺らしまくりてぇっ。満智子のくせぇまんこを舐め回して、俺のかてぇもんをぶち込みてぇっ」

 渡会満智子。友麻が眼前から消失したことで、俺の好意は、友麻と親しくしていた一回り年上の女へと、一直線に向かっていた。

 満智子はおばさんである。童女のような天真爛漫な雰囲気はあるものの、肌にはシミ・ソバカス、小じわが浮かび、全身に肉の乗った、どこにでもいる普通のおばさんである。作業中には関節の痛みに悩み、苦しげに腰を抑えている姿を見せ、近づけば、甘酸っぱいフェロモンの香りではなく、ハッカのような加齢臭の漂うおばさんである。

 だからこそ、俺は満智子が好きになった。

 若く美しい女を追い求めるのなら、もっと魅力的な女は、満智子よりもすぐ近くにいる。


                            9


「へぇ。美都ちゃんは、この会社のサッカー部出身だったんだぁ。どうりで、なんだか動きにキレがあると思ったよ」

「キレなんてないですよ。もう引退して三年も経つし、二十代も後半になっちゃったし」

 川辺美都――新しくラインリーダーになった女は、仕事だけでなく、プライベートの話にも積極的に応じてくれた。もっとも、話しかけるのはほとんど、影沼一人なのだが・・。

「二十六なんてまだ若いよ、ピチピチじゃん。なぁ、青木っち」

「あ?ああ・・・・」

 実力で大企業のクラブチームに入り、大学新卒と同期で社員になって、順調にキャリアを重ねている女。川辺美都の存在は俺にとってあまりに眩しく、直視すらかなわない。俺と同じ貧乏、不細工、無能であるにも関わらず、川辺美都に、まるで友達のような感覚で話しかけられる影沼は、いったいどういう神経をしているのかと思う。

「えーと。そうそう、これから、このラインの作業環境を色々改善していこうと思うんで、みんなも、積極的に案をあげて下さいねっ」

 美都が顔を横に向けながら笑顔を見せると、胸を撃ち抜かれたようになる。友麻に惚れたときとは比べものにならないほどピュアで、甘く切ないものが横溢し、全身の細胞が瑞々しくなっていく。

 俺が女に飢えているのを差し引いても、美都は可愛かった。だからこそ、俺は美都には手を出そうと思わない。

 みすぼらしいジャッカルは、逞しい四肢でサバンナをかけるシマウマには見向きもしない。後ろ足で蹴り殺されるだけなのがわかっているからだ。ジャッカルが狙いを定めるのは、非力な自分にも仕留められる、深い草藪に潜む野兎なのである。

「いいのか青木っち。美都ちゃんじゃなくて、渡会さんでいいのか?」

「ああ。高嶺の花に手を出したってしょうがない」

「わかった。じゃ、これから渡会さんに狙いを絞って、作戦を練っていこう」

 自分の商品価値を客観的に把握できる年齢になったら、「好き」と「付き合いたい」は、分けなければならない。高望みをしていたら、俺のちんぽは、ただ神が欲求不満のために俺に与えたもので終わってしまうのだ。

 俺がちんぽをぶち込むのは、ブスでババアの満智子。若く美しい川辺美都とは、ただ話せるだけで、幸せと思わなくてはならない。

「あ、あのさ・・・。昨日直してもらった部分なんだけど・・あそこは、変える意味ないんじゃないかな。ただ、やりにくくなっただけで・・・」

 影沼のように、プライベートの話をするところまでもいかない。ただ、ライン作業の改善の話ができるだけで、幸せと思わなければならない。

「ごめんなさい。いいかと思ったんですけど、やっぱり余計でしたよね・・・」

「う、うん。まぁ、全然できないってわけじゃないんだけど・・」

「すみません。明日までに直しておきますんで、今日だけ我慢してください。それでいいですか・・?」

「う、うん。いいよ」

 俺が、しょんぼりした様子の川辺美都とやり取りするのを、隣の工程の影沼は、終始渋い目で見ていた。

「なぁ、青木っち、さっきのはないだろ」

 昼休憩になると、さっそく影沼は、俺の先ほどの言動を咎めてきた。普通に、仕事の話をしていただけなのに、なぜ影沼が険しい顔をしているのかがわからず、俺は戸惑った。

「青木っち、お前、美都ちゃんのこと可愛いと思うか?」

「あ、ああ、そりゃ・・」

「美都ちゃんに気に入られたいと思うか?」

「まあ、そりゃ・・」

 男としてではない。頼りになる部下として、俺は美都に気に入られたいと思っている。

「だったら、その、否定から入っていく癖をどうにかしろよ」

「いや、でも。川辺さん、俺たちにも、改善の案を、積極的に出して欲しいって・・・」

「だから、アラを指摘するより先に、良くなったところを褒めてやれよ。美都ちゃんが改善してくれて、やりやすくなったところもあったろ。そういうのを、まず先に言えって」

「あ・・・」

 目から鱗が落ちる思いだった。

 自分自身が、褒められたことがなかった。好きに発言できるのは――俺の言うことに反応してくれるのは、便所の落書きのような罵詈雑言が飛び交う、ネットの匿名掲示板だけだった。

 相手を褒められるときには敢えて何も言わず、否定するときだけ口を開く。嫌われる人間の癖が、無意識のうちに身に付いていた。そんなことも、他人から指摘されなければわからなかった。指摘してくれる他人が――俺の成長を心から願ってくれる他人が、今までいなかった。

「そういうのは、デートのときにも出るからな。渡会さんと話すときも、気を付けるんだぞ」

「あ、ああ。気を付ける」

 俺の成長を心から願ってくれる他人が、初めて現れた。今、現在を幸せだと思い込ませようとするのではなく、俺を未来の幸せへと導いてくれる男が現れた。それで初めて、自分を変えようと思った。

「いいか青木っち。女なんてのはな、褒めてさえいりゃあ、まず間違いはないんだ」

「ああ」

 知らなかった。そんな簡単なこともわからなかったし、今までできていなかった。

「女は、たとえ一パーセントでもセックスの可能性があるのなら、全力で敬え。褒めて、おだてて、奉れ。が・・・・それでもヤラせてくれない女には、もう下手には出るな。てめえのくっせえマンコに大層な価値があるなどと思い込み、かつ、こちらから金を騙し取ったり、プライドを傷つけたり、名誉を貶めるようなふざけた真似をしてくる女がいたら、犯して殺せ」

「ああ」

「女の選ぶ権利を否定するのなら、こちらも女は選ぶな。ブスとババアにも勃起しろ。ブスとババアの好意を受け入れ、ブスとババアを美人と同じように口説き、ブスとババアを、美人と同じように大事にしろ」

「その点に関しちゃ、まったく問題ない。ブスとババアこそが、俺の欲情の対象だ」

 自分に言い聞かせるように、口にした。

「おう。四十三歳の満智子ちゃんの熟熟おまんこを、青木っちのちんぽの先についてる、ピンク色したモンスタータートルでかきまわしてやれ」

 影沼が、親指を人差し指と中指の間に挟んで言った。

 師匠の教えで、目が覚めた。

 影沼の指摘を受けて、俺が今まで、いかに女に不快な思いをさせる言動を取ってきたかを、思い知らされた。俺にも非があったことがわかって、顔や頭の回転など、持って生まれたどうしようもないものを必要以上に卑下する気持ちは薄れていった。

 これまで、フラれた女は一人ではなかった。その中には、友麻のように、初めから俺のいいところなど探す気もなかったような女だけではなく、少なくともアピールのチャンスをくれた女もいた。それを活かせなかった俺が悪かったと、素直に思えた。地球上三十五億人、すべての女を憎む気持ちは消えていった。

 満智子が好きになり、もう抑えきれなくなった。

 その日の勤務が終了し、ロッカーへと向かって廊下を歩いている途中、俺は偶然を装って満智子に近づき、満智子に話しかけた。

「お、お疲れ様です、渡会さん」

「あら。お疲れ様、青木くん」

 満智子とまともに会話をするのはこれが初めてといってよかったが、意外に話は弾み、ロッカーにたどり着くまでの五分間、会話が途切れることはなかった。

「ところであの、失礼かもしれませんが、渡会さんって、結婚してるんですか?」

「私、独身よ」

「え!!そうだったんだ。渡会さんみたいな素敵な人が独身だったなんて、驚きだぁ」

 すでに知りえていた情報。しかし、大げさに驚いてみせた。

「それじゃ、今度、飲みに行きましょうよ。二人で」

 影沼にアドバイスされた通り、満智子が独身だとわかったタイミングで、俺はすぐさま彼女を飲みへと誘った。

「え~。私みたいなおばさんと飲んだって、楽しくないよ」

「そんなことない。渡会さん素敵だし、十分可愛らしいですよ。渡会さんと飲めたら、俺、嬉しいですよ」

「そんなこと言って~。まさか、エッチなこと考えてる?青木くん、最近変な噂たってるよ」

 口調は俺を窘めるようだったが、満智子はけして嫌そうではなかった。すべての女が俺に敵意を向けているかのように思い込んでいたこれまでの俺ならここで怯んでいたかもしれないが、今の俺は、影沼のお陰で、極度の女性不信を脱している。

「お願いします!俺、渡会さんといつか、二人きりで話したいと思ってた。ずっと思ってた」

 女がすぐに承諾しないのは、必ずしも拒絶のサインではない。ここは、食い下がってもいい場面。ひたすらに押しまくれば、首を縦に振ることもある。

 そして――。

「そ、それじゃ、俺と満智子さんの幸せを願って、かんぱ~い」

「ふふ、何それ。でも、悪くないかも」

 週末、俺と満智子は、近所の居酒屋で杯を突き合わせていた。

 二十八年の人生、女とここまで持ち込めたことは、初めてではない。勝負はここから。

「ここだけの話・・・私、ずっと友麻ちゃんのこと、嫌いだった。何よ。ちょっと若いからって、私のこと下に見て・・。私にもいつか素敵な人が現れるとか、心にもないこと言っちゃって・・。結局、私のこと、自分を引き立てるための道具としか思ってなかったんだから」

 程よくアルコールが入ってくると、満智子は当たり障りのない話題から踏み込み、自分の抱えている気持ちを語り始めた。

 満智子が友麻のことを嫌っていたことは、初めて知った。それは大変結構なことだが、よく聞いてみれば、満智子が友麻を嫌っていることに、大した理由はないようである。

 これまでの俺であれば、「そりゃ被害妄想じゃないですか」などと、デリカシーの欠片もないことを言って、せっかくのチャンスを棒に振ってしまうところだが、影沼の教えを受けた今の俺は一味違う。

「それは酷い話だな。アイツがそんな女だったとは知らず好意を抱いた俺は、大馬鹿だった」

 自分のことを語る女が求めているのは、正論ではなく共感である。

 真実などはどうでもいい。大切なのは、満智子が俺に好意を持ってくれるかどうか。最終的に、俺が満智子を抱けるかどうか、ただそれだけである。

「あの。渡会さん、俺、前から渡会さんのこと、ずっと気になってて・・。渡会さん、てっきり既婚者だと思ってたから、先に石田の方にいったけど、本当は、渡会さんの方が好きだったんだ」

「え~。本当かしら」

「だからその・・渡会さんと、お付き合いできたらなって、思ってるんですけど・・」

「えぇ~。私なんか、おばさんよ。青木くんより一回りも上なのに、私でいいの?」

「いい。俺、渡会さんがいい。渡会さんは最高に可愛い。美しい。俺、渡会さんが、大好きなんです」

 遠くから眺めているときは、まるで童女のような雰囲気があると思った。しかし、一日の終わりで化粧が剥げかけ、酒に酔い、男に口説かれて照れているときの満智子の顔は、やはりアラフォーのおばさんである。

 だから俺は、満智子の肉体を求める。ブスとババアが、俺をビンビンにさせる。

「そんなに言ってくれるなら・・・最後の幸せのチャンス、信じてみようかな」

 初めてのデートでいきなり告白して、満智子からOKの返事を貰えた。二十八年、欲しくて欲しくてできなかった彼女が、呆気なく出来た。

 酒に酔い、トロンと瞳を潤ませている満智子の手を握りしめ、近所のラブホテルへと導いた。部屋へとたどり着くや、俺は服を床に脱ぎ去り、満智子をあっという間に全裸に剥いた。

 満智子の、重力に負けてたるんと落ちた乳房を摘まんだ俺の怒張はビクンと脈打ち、先端からお掃除液を垂れ流す。

「やっ青木くん。そんなとこ、汚いよ」

「はふっもぐっむぐっ。満智子さんに、汚いところなんかないよ」

 カッテージチーズのようなオリモノと、ティッシュのカスがビトビトこびりついた、納豆くさいまんこを舐めながら、心にもないことを口にした。汚い、くさぁい満智子のまんこ。でも、舐めまわす。

「渡会さんの身体、柔らかい・・ずっと、包まれていたい」

 ズプズプに柔らかい、たるんだ脂肪まみれの肉体がたまらない。

 満智子の中に、出したかった。美人ではないババアの中に、俺の不細工遺伝子を、ぶちまけたかった。

 高齢の母体に、過酷な出産を強いる。若い女相手ではけして味わえない背徳感。

 身体のいたるところにガタがきた高齢の満智子を妊娠させ、俺の子を産み落とさせるということに、俺は死んだ友麻や川辺美都のような、健康な若い女を妊娠させ、出産させる以上の興奮を覚える。

「あっ。ァアアあああっ」

 生のまま挿入し、四十三歳を吼えさせた。獣のように抽送し、緩んだ肉体を揺らしまくった。

「あっ。おぉん、いぃん、青木くぅん、青木くぅん」

「いっ、いくぅ、いくぞぉっ、満智子っ」

 電気の刺激が、ズクッと襲ってきた。

 白濁の喜びが、四十三歳の赤ちゃん部屋めがけて、ドヴァッと放たれた。
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