FC2ブログ

偽善の国のアリス 14


 11月の半ばでようやく就職が決まった当時の私は、「薬漬け」という状態でした。

 ドグマチールの他に、デパスとリフレックスという薬も服用していたのですが、このうちリフレックスという薬の睡眠効果が大きすぎて、当時の私は、学校が3時ごろに終わったとしたら、家に帰ってすぐに寝始めて、翌朝の6時までずっと起きないという生活を送っていました。一日の睡眠時間は12~15時間で、ほぼ、相撲取り並みに寝ていました。

 まだ身体も無理がきき、遊びたい盛りで、毎日が楽しくて仕方ないはずの20代前半という年齢で、一日の半分も寝ているというのは明らかに健全ではありません。この時期の私は、薬のお陰で幾分かストレスは和らいでいたのですが、毎日頭がボーッとしているような状態で、とにかく思考能力が鈍っていました。毎日、夢遊病のような感じだったといってもいいと思います。

 だから、これから書くことが、100%確実とはいえない、ということは、あらかじめ前置きしておきます。

 神山はこの時期から、「金澤」と交際を始めていたようです。一年生のころ、私及び、神山のこともバカにしていた、あの「金澤」です。

 本当にこの時期の私は、薬の影響で常に頭がボーっとしていて、状況認識が曖昧なところがありました。それでも、周りが彼らの交際の事実を伺わせる会話をしていたのは確かに聞いたので、ほぼ確実だとは思うのですが、本人たちに確認を取ったわけではありません。だったら決めつけるなと言われるかもしれませんが、自分で確認が取れるくらいだったら、そもそも私は奴らのことを憎んでなどいません。もう、当時の人間とは誰一人として連絡を取り合っていないので、確認を取る術もありません。とにかく、私は現在、この事実を前提として、彼らに激しい恨みを抱いています。

 以前の回で、私の中で本当に明確な一線が存在したのは、「神山と付き合えない」ことではなく、「神山に彼氏ができる」ことでもなく、「神山が誰かと付き合っているところを見せつけられる」ことだと書きましたが、「神山が金澤と付き合うこと」は、明らかにその一線を越えています。同じクラスの誰かと付き合うにしても、よりによって、蛆村がいたときから私を小馬鹿にしていた、金澤と付き合わなくてもいいではないか!神山を好きになって以来、私は常に激しい嫉妬心に苛まれていましたが、まさに最悪の想定が実現してしまったのです。

 神山が「中尾」と付き合いたいと言い出したところで説明したことと重複しますが、私は二人が交際しているという事実を知ったとき、凄まじい気持ちの悪さを覚えました。

 金澤は最初、神山のことを、確かにバカにしていたのです。私はそのときの光景を、確かにこの目で見ています。神山は「気づいていなかった」というかもしれませんが、神山が私を「極悪人」と決めつけられるほど洞察力に優れた女だというのなら、間違いなく気づいていたでしょう。津島が侮辱して潰しても構わない極悪人であることは見抜いていたが、金澤が自分をバカにしていたことには気づかなかった。そんなご都合主義は認めません。

 金澤のルックスについてですが、もうあれから4年弱の月日が過ぎて記憶も多少薄れかけており、写真の類もまったく残っていないので、金澤の顔が「イケメン」と呼べるほどであったのか、若干、自信がないところもあります。私の記憶の中では、顔だちはかなり整っていた方だと思うのですが、元AKBのあっちゃんのように、パーツがやや中央よりでバランスが悪かったような気もしますし、「中尾」「深沢」のように、周囲からイケメンイケメン言われていたわけではなかったと思います。ただ、「中尾」「深沢」と特別仲が良く、いつもつるんでいたために、なんとなく「同族」という気がしているだけかもしれません。

 ただ、「中尾」「深沢」に、うんこのカスがびとびとくっついたマンコから、イカの香りが漂う汁を垂れ流しながら近寄っていった実績のある神山の選んだ男ですから、間違いなくイケメンであったのでしょうし、イケメンと思った方が私の恨みが増幅するので、イケメンということにしておきます。

 最初から自分に好意を持っていた男をグチャグチャに潰し、ルックスさえよければ、最初は自分をバカにしていた男にも好意を寄せる・・・。女がみんなこんな生き物なら、この先いくら女を好きになっても無駄である。私にはもう、女を得られる望みなどない。中尾のときはまだ、「冗談で言っただけかもしれない」と思うこともできましたが、金澤とは正式に交際しているというのであれば、もう、逃げ道はありません。私はもうこの時点で、すべての生きる希望を失ってしまいました。

 本当に、神山という女の精神構造は、どうなっているのでしょうか?

 私もかつては、金澤にバカにされていました。その後、N県への研修旅行あたりから関係はよくなり、一年生の終わりごろには、「友人」といえるくらいの仲の良さにはなっていたと思いますが、過去のいきさつを忘れたわけではありません。胸の中にはけして消えないしこりが残っています。「親友」になれるかと言ったら、それは無理だったでしょう。

 本当に負け惜しみで言っているわけではなく、「自分をバカにしていた男」と、いつの間にか普通に付き合っちゃう、臭い短小包茎ペニスもペロッとなめて、汚いチンカスも食べちゃう、という神山の神経は、私にはまったく受け付けられません。弱い人間はとことん見下し、強い人間にはとことん媚びる。一言でいうなら、「山ほど高いがハリボテのように薄っぺらい」プライドの持ち主だから、こういうことができるわけです。
 
 神山も神山ですが、「自分がバカにしていた女」と、いつの間にか普通に付き合っちゃう、という金澤も金澤です。一応、納得のいく説明があるとしたら、もうちょっとイイ女と付き合おうと思って頑張ってみたけどうまくいかなかったから、とりあえず神山で妥協した、遊びのつもりだった、ということしかありません。もしそこで、「女を見た目で判断するのはやめた。俺は彼女を内面で愛したんだ」とかキレイごとを抜かすなら、私は金澤を神山以上に憎み、殺したいリストの筆頭に置かなくてはならなくなります。

 キレイごと――私が一番憎む、私の最大の敵ですが、キレイごとが嫌いになったまさにそのキッカケが、このときの一連の出来事でした。

 今の世は持てる者がすべてを独占し、持たざる者はケツの毛まで毟り取られるという世の中であることを否定する人は誰もいないでしょうが、それでも最低限、強者の利益を弱者に再分配するシステムは存在します。金儲けのうまいヤツが、いくら能力のある人間が富を独占するのは当然だと嘯いたところで、現実には、どんな国でも一定以上の収入がある人間は、低所得者より余計に税を納めなくてはならない仕組みになっていますし、労働者や扶養家族に対する社会保障もあります。なんだかんだといっても、経済については、世の中は完全には「弱肉強食」ではありません。

 その一方、完全に規制がなく、強い者が何でも好きにしていいということになっているのが、「恋愛」です。一部のイケメンが女を独占したところで、法的に罪に問われるなどまったくなく、モテない男に対して最低限の保証があるわけでもない。ライオンとジャッカルの例えも書きましたが、恋愛の世界こそ完全に弱肉強食の世界であり、サバンナのような「無法地帯」といえます。

 規制がないという中で、なんとか強者の一人勝ちを抑止しようと、「風潮」を作ろうとする動きはあります。もう最近は「イケメン至上主義」でそれすら薄れつつありますが、まだ、「人は外見じゃなく中身」ということを、ドラマやアニメ、バラエティなどを通じて頑張って主張していこうとする向きはあり、その成果もあって、「中身で異性を見られる人」はイメージがよく、「顔や経済力でしか異性を見れない人」はイメージが悪いと、誰もがなんとなく思っています。

 ここで、外見や経済力重視の人を批判しようとしているわけではありません。私が言いたいのは、「神山が自分のやったことを周囲にどう捉えさせたか」「周囲が目の前で起こったそれをどう捉えたか」という問題です。

 神山は最初からずっと神山のことを好きだった私をグチャグチャに潰し、最初は神山を馬鹿にしていた金澤や中尾には、マン汁を垂れ流しながら近づいていった。本人がいくら違うといっても、事実関係が、神山は「外見」だけで男を判断しており、「中身」など一切見ていないということを物語っています。

 しかし、深沢のところでも書きましたが、あの女は、どう考えても顔だけで選んだ男を「中身で選んだ」などと嘘の主張をし、どう考えても顔で足切りした男を「中身が悪いから振った」と主張していました。すべて、「自分がビッチだと見られたくない」という、つまらない見得のために、です。

 私は人間の恨みの強さというものは、

 ①相手から受けた被害 × ②相手の経済力、社会的地位 × ③相手の好感度

 という乗算で求められると思っています。

 ①、②についてはわかりやすいと思いますが、例えば親を殺されたとして、相手が刑務所に入っていたり、経済的に貧しく、社会の底辺でのたうち回っているというのと、シャバでのうのうと暮らし、しかも、ステイタスの高い職について高収入を得ているというのとでは、当然、後者の方により強い恨みを抱くことになります。サレジオの首切り少年が弁護士を廃業に追い込まれたり、印税生活の酒鬼薔薇が大バッシングを浴びているのもそういうことです。

 今回ポイントになるのは③ですが、親を殺した相手がステイタスの高い職に就いていたとしても、そいつが、「暴君」「金の亡者」など、周囲から「極悪人」とみられていたとしたら、そいつに対する恨みは多少緩和されるはずです。同じ被害者がいれば、一緒になって心を支え合ったり、手を組んで立ち向かうということもできます。

 しかし、相手のその本性が世間に理解されず、むしろ人望を集めていたとしたら・・・?相手の醜い本性を知っており、相手を恨んでいるのが自分一人だけであったとしたら・・・?逆にそいつを恨んでいる自分の方が、「悪者扱い」されていたとしたら・・?

 傷をなめ合う相手もおらず、やり場のない怒りが内で膨れ上がり、そいつへの恨みは、「殺意」にまで昇華することになってしまいます。 

 神山は、自分に情緒というものが欠落しており、男を顔だけでしか選べないミーハーなビッチであるという事実を、ちゃんと公言しているべきでした。堂々と言ったところで、別に犯罪を犯したわけでもないのだから、ヤツのことを叩く人間などいなかったはずです。むしろ私の方が、「お前の見る目がねぇだけだ」と、呆れられていただけだったでしょう。神山が汚名を着るというか、自分を正直に打ち明けていたなら、私自身、少しは納得できたはずです。

 それを、ちっぽけな見栄を張って、本当は醜い心のヤツが変にいいカッコしようとするから、「全部相手が悪い」という形にしなくてはならなくなる。結果、相手に深く恨まれることになる。人から殺意を抱かれるようになったのは、アイツが自分で蒔いた種です。

 「自分のイメージを悪くしない」ことに全力を尽くす神山の努力が功を奏して、クラス内では、神山は相変わらず「独特の感性を持った不思議っこちゃん」として親しまれていました。私からすれば、鳥居みゆきが美少年を食い漁りながらあのキャラを維持しているような強烈な違和感があったのですが、クラスの連中に、神山をビッチ扱いするような雰囲気はまったくありませんでした。

 とはいってもまあ、そもそも、私と神山、金澤のこと自体、クラスの他の連中にとっては「他人事」ですから、神山の本性に気づいてもらうことを期待するのは、ちょっと無理があることだったのかもしれません。大体、神山がビッチだったところで、彼らにとってはどうだっていいという話ですから。

 だから問題は、「他人」である彼らが、私に対してどう接してきたか、他人事だと思えば何でも言えるからって、無責任でくだらない説教などをしてこなかったか、ということになります。

 さすがに、直接、「神山と金澤の交際を素直に祝福しろよ」とか言ってくる人間はいませんでした。ガサツな体育会系の稲生のような男でさえも、そこまで無神経ではありませんでした。

 一応、少しは気を使ってくれていたようなところもあったようにも思います。小さな声で、「神山と金澤が○✕・・・」と話しているのは聞きましたが、少なくとも、私の前でおおっぴらに、神山と金澤の二人を囃し立てるようなことはなかったと思います。

 だから、彼らを無理やり私の「敵」と考えようとすれば、どうしても被害妄想的な思考が入ってきてしまうのですが、このとき、私の頭の中にあったのは、当時私が一番の友達だと思っていた関口の、

「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」

 という言葉でした。

 私は今ではこの言葉、関口が真剣な気持ちで言ったわけではなかったと思っているのですが、当時はやっぱり、何となく、「それが世論なのかなぁ」という気も少しはありました。

 冗談で放ったつもりでも、軽い気持ちで言ったつもりでも、言葉というのは生きているものです(私自身、気をつけなくちゃいけないと思いますが)。この時期私は、関口だけではなく、クラス全体から、「お前も男だったら、神山と金澤を素直に祝福しろよ」と言われているかのような「同調圧力」みたいなものを、なんとなく、肌身で感じていました。

 また、当時、私が関口と同じくらい信頼していた人物でありながら、神山と金澤の交際が発覚した件をきっかけとして、逆に疑いの目で見ざるを得なくなってしまった人物がいました。

 「野村」です。

 こんな結末を迎えるなら、野村は私に、励ましの電話などしなかった方が良かったと思います。

 野村は金澤と、特に親しい関係にありました。一年の最初のころ、彼らは「福山」「中尾」らと一緒につるんで、私のことをよく小馬鹿にしていました。野村や金澤の中ではなかったことになっていたのかもしれませんが、私はそのことを、まだよく覚えています。二年生になっても、彼らの仲は相変わらずで、たぶん野村の中での優先度は、金澤>津島だったと思います。

 だから当時の私は、こう考えました。

「野村は金澤が神山と付き合っても気まずくならないようにするために、津島をキレイごとで丸め込もうとしただけではないか?」

 ひねくれた見方と思われる方もいるかもしれませんが、私の中で、「落ち込んでいる津島を励ます」と、「金澤と神山の交際を祝福する」という二つの行為が、どうしても相容れないのです。だって、私が落ち込んでいる原因は神山のことであり、野村はそれを良く知っているのですから。にも拘わらず、二つの行為を同時にやってのけることに何の矛盾も感じない野村の脳みそは、どんだけご都合主義にできているんだ?と思ってしまうのです。

 矛盾した行為を平然とやってのけられるのは、「裏」があったからだ――。当時の私はそのように考え、野村に対しての信頼を完全に失ってしまったわけですが、関口に対する穿った見方が消えたように、今は別の考えがあります。

 野村のやったことは、何もかもすべて「100%の善意」だった。結局、野村の目には、「楽しいこと」「きれいなこと」「明るいこと」「前向きなこと」しか見えてなかったんだ・・・ということです。

 落ち込んでいる友人を励ますのは、「きれいなこと」「前向きなこと」です。だからそれは全力でやる。

 一方、経緯がどうあれ交際に至った友人を祝福するのは、「楽しいこと」「明るいこと」です。だからそれも全力でやる。

 一種の宗教みたいなものなのでしょう。野村のような、「前向き教の前向き族」にとっては、「楽しいこと」「きれいなこと」「明るいこと」「前向きなこと」を全力でするだけが大事なのであって、「津島を励ます」のと、「神山と金澤の交際を祝福する」ことを同時にやってのける矛盾は、まったく見えていなかったのです。

 矛盾というなら、そもそも「神山を最初バカにしていた金澤」が、いつの間にか神山と平気で付き合っていること自体が、私にしてみれば大いなる矛盾です。金澤は神山のことを、最初はバカにしていたにも関わらず、奴らは自分たちを、出会うべくして出会った理想のカップルのように装い、周囲もまた、結ばれるべくして結ばれたベストカップルのように祝福している。「他人事」ならまた違ったのでしょうが、「当事者」として、私はこの構図に、とてつもない気持ちの悪さを感じていました。

 私がこのとき突きつけられたのは、どうも私という人間は、「矛盾」に対する抵抗が人よりも弱い、ある意味、潔癖すぎるところがある人間だという事実でした。

 動物愛護を唱えながら、人間の都合で異常に品種改良されたブロイラーの肉を平気で口にする。

 環境保護を唱えながら、一日何キロものゴミを出す。

 遠くの国で苦しんでいる人を心配しながら、自分の会社の部下をイジメている。

 世の中は、あらゆる矛盾の元に成り立っています。矛盾を平気で受け入れられるヤツ、矛盾を平気で見て見ぬフリをできるヤツが、社会に適応できるヤツです。

 現代社会に適応するために、人は矛盾に適応していかなければならない。「臭いモノに蓋をして」、前だけを見て進まなければならない。たとえ「当事者」であっても――。
 
 ここは偽善の国――。

 本音なんてどうだっていい。そいつの本性なんてどうだっていい。上っ面だけ良ければ、それで十分。腹の中で何考えてようが、目に見える部分だけ良ければ、それでいい。

 他人の「楽しいところ」「きれいなところ」「明るいところ」「前向きなところ」だけを見る。「楽しいアイツ」「きれいなアイツ」「明るいアイツ」「前向きなアイツ」だけが友達なのであって、「本当は寂しいアイツ」「本当は汚れたアイツ」「本当は根暗なアイツ」「本当は後ろ向きなアイツ」には目もくれず、黙殺する。「本当は寂しいところ」「本当は汚れたところ」「本当は根暗なところ」「本当は後ろ向きなところ」を見せた瞬間、そいつは友達でもなんでもなくなる。

 性格が良いか悪いかなんて関係ない。「良いヤツ」とは、「醜い本性を隠すのがうまいヤツ」のこと。「悪」とは、社会不適応のこと。悪は神山じゃない、悪は君だ。全部君が悪い。

 君の居場所は、ここにはないよ。

 私が神山たちから突きつけられていると感じていたメッセージは、そういうこと――いや、それよりも、もっとタチが悪いものでした。

 彼らは、けして私を拒絶などしていなかった。それこそが、私がもっとも耐えがたい屈辱でした。

 彼らに言われるまでもなく、この「偽善の国」に、私の居場所はないのだと思います。変化の早い現代社会で、悩んでいる暇なんてない――悩むこと、立ち止まることは悪である。深く考えることは悪である。強い感情を抱くことは悪である。社会の発展ということを考えるなら、正しいのは私ではなく、彼らなのだと思います。

 わかった上で、私は彼らの仲間に入ることを拒絶します。「矛盾」に対する抵抗が極めて弱い私には、そんな生き方はしようと思ってもできないからです。私が間違っていると言われるなら、正義そのものが私の敵ということになります。正義を敵に回しても、私が神山と手を握ることなどはあり得ません。

 それだけの覚悟を決めている私にとって一番の苦痛は、間もなくに迫った卒業式で、みんなの晴れ晴れしい門出を祝う会場において、神山たちから、「津島もこれで幸せだ――」などと思われてしまうことでした。

 卒業式というと妙に大団円というか、無理やりにでもハッピーエンドにしようとするような演出を、誰しも想像すると思います。昔の中学校で、卒業生のお礼参りを防ぐためにああいう演出をするようになったのがキッカケという説もありますが、あの一種暴力的とも思える「幸せの押し売り」が間もなく迫っているという事実が、当時の私には怖くて怖くてたまりませんでした。

 情報クラスでは、卒業式の後に、みんなで居酒屋に繰り出してどんちゃん騒ぎをするというのが恒例になっているという話を、私は講師から聞いていました。

 「幸せの押し売り」の雰囲気の中、神山と金澤も抑制が利かなくなって人前でイチャイチャしはじめ、野村たちがそれを囃して立てる・・・。結婚はいつするの?とか聞いちゃう・・・。一人ちびちびと酒を飲んでいる私のところに関口がやってきて、「津島さん。自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿ですよ」とか言っちゃう・・・。私も新生活に向けて、夢と希望に満ち溢れているだろう、と勝手に思っている神山と金澤が二人手をつなぎながらやってきて、「津島くんも頑張ってね」とか言って、握手を迫ってきちゃう・・・・。

 「本当は幸せじゃない」私を、「無理やり幸せだったことにしようとする」――彼らの「偽善の国」に取り込まれることへの恐怖。私が私ではなくなる・・・私を殺される。神山を取られないかという妄想でもなく、飯を食えなくなって死にかけたことでもなく、それこそが、私が学校生活で味わった、最大最強の精神的な苦痛でした。

 二学期の終わりまでは気力で頑張れたのですが、冬休みを挟んでしまったことで気持ちが途切れてしまい、私はもう、立ち上がることはできなくなってしまいました。ドグマチールが効き過ぎたせいで正月太りしてしまったこともあります。こんな容姿を見られたら、ますます「津島もこれで幸せだ」と思われてしまう・・・・。
 
 「偽善の国」に取り込まれないために――。私は三学期の授業を全休し、卒業式にも出席しないことを決断しました。
 
スポンサーサイト



偽善の国のアリス 13


 6月の半ばで「応用情報試験」の勉強が終わり、私は就職活動に専念することになりました。

 最初は本当に頑張ろうと思っていました。「野村」から励ましの電話をもらったことで自己肯定感を取り戻し、初心に返って、就職という目標に向かって突き進んでいこうと思っていたのですが、その決意はもう、最初の三日、四日で砕けていました。私は神山への執着を、どうしても断ち切ることはできなかったのです。夏休み期間、神山と顔を合わせていない間は平和が訪れていましたが、2学期に入ると、また「地獄」が始まってしまいました。

 二学期に入ったころの私は、メンタルクリニックから処方される精神安定剤や、夏休み中に神山と会わなかったお陰で食欲を取り戻していたのですが、私の苦しみは、まさに「食べられる」ことから起こっていました。

 身体が食物を求め始めたといっても、私の「食べたくない」という気持ちが変わったわけではありません。

「あんな汚い顔のヤツが、ごはんを食べて身体を作ろうとしている、生きようとしている。キモチワルイ」

 神山からそう見られていると思うと、神山がいる空間では、相変わらず箸が進まないどころか、食べ物を机の上に出す気すらしないのですが、空腹感は強烈にあるため、家に帰ってからは、普通に食べることになります。食べれば当然、萎んでいた身体は元通りになるわけで、見た目が変化すれば、神山の前で食べていなくても、私がちゃんと食べていることはわかってしまう。

 神山から、「汚い顔のくせにごはん食べてる~」などと思われるくらいなら、食べられず痩せこけていく方が、まだマシでした。この時期の私は、口に物を詰め込むごとに、涙を流していました。食べること、痩せこけていた身体に肉がついていくことは、耐えがたい苦痛でした。

 ちなみに、2年生の2学期からは、また担任講師の交代がありました。3人目の担任講師ということになります。1人目、2人目の講師からは、私はどちらかといえば好かれていた方だと思うのですが、この時期は、学習や就職活動に意欲をなくしていたため、3人目の講師からは、度々みんなの前で、大声で叱責されるなどしており(就職できなくて困るのは私だけであって、誰に迷惑かけてるわけでもないのに、人前で怒鳴られるってのも若干意味わかりませんが)、嫌われるまではいってなかったなかったでしょうが、困った生徒だとみられていたと思います。

 当時の私は、自分が精神的に参っている本当の理由を、周りには言っていませんでした。まあ、神山とのいきさつを知っている人間には全員わかっていたはずですが、わからない人間にまでわかってもらう必要はありません。3人目の担任のような、私と神山の間にあったいきさつをまったく知らない人は、私を「就職できないことで悩んでいる」と思っていたようで、私も特にそれを訂正することはしませんでした。

 私がサイト内で度々触れてきた、「男らしさの病」というものです。女のことで悩む自分を、「カッコ悪い」と思い込み、「就職できないことで悩んでいる」と、よりもっともらしい、周りから同情を買いやすい性質のことで悩んでいると主張する。

 そんなのはただの虚勢であり、やせ我慢にしか過ぎず、本音を押し殺してカッコばっかり気にしていても、状態はますます悪化するだけなのですが、自分自身に素直になれず、中途半端に世間に迎合しようとしていた当時の私は、このような惨めな思考に陥っていました。

 「就職活動で悩んでる」ことになっている私のところには、様々な的外れなアドバイスが飛んできました。その一つが、私の母親から言われたことですが、

「家を出て、牧場かどこかで住み込みで働けば、甘えがなくなって、前向きになるのではないか」

 というものでした。

 私もただ文句を言うだけではなく、実際に見学にも行きました。牧場というと高校時代の修学旅行で行った北海道の牧場のイメージが強く、空気の美味しいのどかな所で、おやつでも食べながらのんびり働くといった感じを想像していたのですが、私が見学に行った西日本の牧場は、生き物相手の仕事だけに夜も昼もなく、毎日悪臭の中で泥だらけになって働く、労働基準法もへったくれもない地獄のような職場でした。

 最初はほのかな期待もあったのですが、実際に見学に行ったうえで、こいつぁ無理だと判断し、以後、住み込みで働くという選択肢は、私の頭からは完全に消え、母親もそれ以来、家を出ろと言ってくることはなくなりました。

 鬱などは甘え病であり、ニートや引きこもりに安定した住環境を与える親も悪い、ニートは追い込め、追い出せ、という意見を、いまだに言い続けている老害もいます。震災で津波が来たときに引きこもりが家から出て、働いて真っ当になったとかいうエピソードをドヤ顔で披露して、悦に耽るような人もいます。戸塚ヨットのようなやり方をいまだに称賛する人もいます。

 うちの母親もそういう世論を真に受けて、プレッシャーを感じた末、私に家を出てみろなどと言い出したようですが、鬱もニートも引きこもりも経験した私に言わせれば、そもそも、そうやって個々人が追い詰められるに至った経緯をまったく無視し、世の中で生きづらさを抱えている人をひと括りにして語ること自体が、完全に間違っていることです。

 確かに、人が厳しい環境に置かれることで前向きになる、人として成長するという例はあると思います。震災以外の例でいえば、戦後、またはがん患者のドラマ、あるいは借金まみれの多重債務から立ち直った人なんかのエピソードがそれです。成功例が華々しく語られているだけで、実際にはうまく行かなかったケースもそれと同じかそれ以上にあるはずですが、まあ、そういう例は確かにあるんだと思います。

 ただし、人を厳しい環境に追い込むことで変えるというのは、いわば「劇薬」です。劇薬は、誰しもに効果があるわけではありません。人それぞれ、体質が合うか合わないかを慎重に見極め、用法、用量を守って飲まなければ、むしろ逆効果になってしまいます。

 肝心なのは、「自分の境遇を納得しているかどうか」です。震災や戦後のように、「苦しいのは周りも同じ」、がん患者のように「誰を恨んでも仕方がない」、あるいは多重債務者のように、「100%自分が悪い」ということなら、人は自分が厳しい環境に置かれているのを納得し、そこからどう這い上がるか、と、前向きな方向に思考を切り替えることができるようになります。

 一方、当時の私はどうだったかといえば、まず、学校に行けば、毎日楽しそうにしている連中がおり、「苦しいのは周りも同じ」ではない。恨む対象は明確におり、客観的にみても、100%自分が悪いとは到底思えない。

 なんであの神山が、実家で家事もせず悠々自適に暮らしながら、冷暖房完備のオフィスでぬくぬくと働いているのに、俺は一人暮らしで毎日死ぬ思いして、泥まみれになって働かないかんのか?

 こういう思いが先に立っている限りは、厳しい生活環境に自ら足を踏み入れることなど納得できません。心の中には鬱屈が溜まるだけで、前向きな気持ちに思考が切り替わることなど到底あり得ません。もしこのとき、テレビの引きこもり特集の番組のように、親から家を強制的に追い出されていたとしたら、私は九分九厘、自殺するか犯罪を起こしていたでしょう。

 また、母親ほどではないにしろ、私が何に対して悩んでいるのか、神山との一件で本当は何があったかをよく理解していない友人「関口(神山さんへの想いを断ち切らないと津島さんはすべてを失いますよと言った友人)」からは、こんなことを言われました。

「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」

 私と神山との間にあったいきさつをすべて理解している人間なら、まず出てこない言葉です。

 今は消去してしまいましたが、確か、このサイトを開設した当初、私は彼のこの言葉を取り上げて、関口を「偽善者」などと、かなり辛辣にこき下ろす記事を書いたと思います。

 ブログに書くほど怒りを覚えたのは、卒業してから半年以上が経ったころの後、切羽詰まっていた私が、「もう死にたいと思っている」というようなメールを関口に送ったところ、彼が「死ぬなら死ねよ」といったような、突き放すメールを返してきたからです。

 関口は、私を友達だと思っていたわけではなく、私のような病んだ人間と仲良くすることで、「アイツは優しい奴だ」と、周囲にアピールするために私と仲良くしていたのではないか?だから、学校を卒業して、用済みになったら、あっさりと切り捨てたのではないか?

 口ではキレイごとを言いながら、困っている友人をあっさり見捨てるという行為。一時期の私は、かつては一番仲の良い友人であった関口を、神山と神山の男の次ぐらいに憎んでいました。

 今は多少、考えは変わりました。さすがに、周囲にアピールするだけの目的で私と仲良くしていたというのは穿ちすぎで、関口が当時、私に友情を感じてくれていたこと自体は本当だったのだと思います。

 私と関口は、土日などプライベートでもよく遊んでいました。私から誘ったのもあれば、関口が誘ってくれたのもあります。ただ単に周囲へのアピール目的というだけなら、時間とカネを使って、プライベートで遊ぶまではしないでしょう。関口が、一時期は本当に、私のことを友人だと思ってくれていたのは確かだと思います。

 ただ、関口が友達だと思っていたのは、私の「明るい部分、きれいな部分」だけでした。

 関口の、「自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿じゃないですか」という発言。この発言、関口が、神山と私の間にあったいきさつを全て知った上で、本気で言っていたとしたら、それこそドン引きするレベルで、こんなことを本気で口にしていながら「死ぬなら死ね」と友人を見捨てたのでは、関口はキレイごとばかりの偽善者だと言われても仕方ないと思いますが、私はこれは、関口が真剣な気持ちで言った言葉ではなかったと思います。

 関口は、ただ単に厄介ごとに巻き込まれたくなかったため、適当なことを言って、私をやり過ごそうとしていたのでしょう。事実、このセリフを聞いた瞬間、私は「ああ、コイツにマジになって話しても無駄だ」、と思って、それきり、卒業後10か月近く経って、本当にどうにもならなくなるときまでは、彼にメンタル面の悩みの相談をするのをやめてしまいました。

 厄介ごとに巻き込まれたくなかった――こんな風に思われている時点で、関口は私にとって、「親友」ではなかったのでしょう。関口は他にも、「津島さんのこと尊敬してますよ」など、よく調子のいいことを言っており、だからこそ私も彼を特に信頼してしまったところもありましたが、これも今から考えると、「尊敬してる、つまりお前を上に見てるんだから、さっさと立ち直れよ。俺に依存してくんなよ」という意味に捉えることもできます。

 調子のいいことばっかり言ってるだけで、私を親友とまで思っているわけではない男を、勝手に親友だとか思って、勝手に信頼して、勝手に助けを求めて、勝手に裏切られたとか思っていた私が悪かっただけだ、と言われれば、返す言葉はありません。

 「津島を親友ではないただの友人だと思って」おり、「明るい津島」が好きであった関口は、私が鬱になったところまでは仲良くし、元気になるように励ましてくれた。しかし、学校を休み始め、卒業後に自殺を仄めかすほどまでに落ち込んでしまっては、もう面倒を見切れなくなり、友情も冷めてしまった。

 関口はただ単に、私にとって親友とまではいえなかっただけで、「偽善者」というのは、彼を信頼しすぎた私の一方的な見方ではなかったか。今では、このように考えています。

 就職活動の結果ですが、私は結局、クラス25人中、一番最後の11月終わりになって、ようやく内定が決まりました。必ずしも早く内定が決まることが偉いわけでもないとはいえ、結果的には、世間は私のことを、社会人としては「クラスで最低」とみていたということになるわけですが、ともかく、来年の進路は決まりました。

 体調の方も、11月の頃にはほぼ、ベスト体重を取り戻していました。私の場合、ドグマチールという薬が非常に体質にあっていたようで、この頃は学校で食べていないということを差し引いても、それこそ中学生のような狂った食欲に襲われて、食べたくない、肉をつけたくないという意志に反して、過食を繰り返すようになっていました。

 就職内定が決まり、体調も戻って、関口のような友人もいる。周囲の人間には表面上、津島もこれで幸せだ、ハッピーエンドに向かっているという風に見えていたのだと思います。

 とんでもありませんでした。むしろ、私の懊悩はこの頃がピークであり、鬱状態は最悪になっていました。 

 関口は、「このまま神山さんへの想いを断ち切れなければ、津島さんはすべてを失うことになりますよ」と、私に忠告してきました。これは要約すると、私がこのままどんどん鬱になって落ち込んでいけば、就職活動もうまく行かないし、友人も離れていく、ということです。

 関口の忠告は、完全に的外れなものでした。私にとって一番大事だったのは、「神山の件で負け犬にならないこと」であって、就職が友人がということは、私にとって二の次三の次でした。

 とはいえ、まさか友人の前で、「お前らのことなんてどうだっていい」というわけにもいきません。また、当時の私は「男らしさの病」にかかってもおり、一番仲の良かった関口に、「厄介ごとに巻き込まれたくない」という態度を取られたこともあって、もう神山のことを、自分の口からは言い出せなくなっていました。

 そのせいもあって、11月ごろになると、どうも、関口以外の、私にとって「親友ではないただの友人たち」も、関口と同じことを考えていたようです。すなわち、津島にとって何より大事なのは就職と友人を失わないことであって、それは何とかなりそうだ。神山のことにはもう執着はないだろう、いい加減吹っ切れただろう――。

「神山に男ができても大丈夫だろう」

 と、この頃には思われていたようです。

 私の本心と、私に対する周囲の認識とのズレが、私と当時のクラスメイトとの関係を、二度と修復できぬものにしてしまいました。

偽善の国のアリス 12


 自分が餓死できる―――自分が死ぬところを、神山に見せつけられるという不思議な充実感に包まれていた私は、飢餓状態に陥りながらも、学業や就職活動に邁進していました。

 自分が生きる希望を失っていた私が、本気で就職したかったわけではありませんでした。私が頑張る理由は、食わずに行動することによってカロリーを消費し、より痩せ細るため。一歩でも「死」に近づくための、就職活動でした。

 およそ2か月弱、絶食状態が続く中で、衰弱しきった私に、死神の鎌が振り下ろされるときがやってきました。6月半ば、脳に栄養が行き渡らない状態で受けた「応用情報試験」でのこと。試験を終えて、ロビーで語り合っている友人たちの輪の中に入っていった私は、神山に、「試験の結果はどうだった?」と話しかけました。私の問いに対し、神山は何も答えず、隣にいた、「金澤」と目を合わせ、おかしそうに微笑みました。

 「金澤」は、一年生のはじめのころ、私をバカにしていた男です。私だけでなく、神山のこともバカにしていた男です。その「金澤」と、神山が顔を見合わせて微笑んだ―――。

 「キモイ顔してるくせに、コイツなに言ってんの?」

 とでも言っているような、心底おかしそうな笑顔。死神の冷たい鎌の感触を、私は確かに、首筋に感じていました。

 神山の笑顔がどうしても受け入れられなかった私は、帰宅後、酒を煽り、神山にメールを送ってしまいました。内容はよく覚えていませんが、「やっぱり好きだ。好きすぎて苦しい」といったことだったと思います。

 誰もが、「よせばいいのに」と思うでしょう。神山は一種の情性欠如者であり、私が餓死寸前だろうが情けなど一切かけることなどなく、むしろ「気持ち悪いな、早く死ねよ」と思うような女です。いくら信じたくないといっても、現実に神山はそういう女なのだから、この後に及んで執着しているお前も悪いと言われれば、返す言葉はありません。しかし・・・。

 当時の私の頭の中には、野村や金澤たちに小馬鹿にされて苦しんでいたときに話しかけてくれて、私を和ませてくれた神山の記憶が残っていました。あのとき神山が私に向けた笑顔と、試験後に金澤と顔を見合わせて浮かべた、私の死を心底願っているかのような笑顔が、私の中でどう考えても一致しないのです。

 辛いときに私を助けてくれた「女神」が、私を「殺しにきている」事実が、私にはどうしても受け入れられませんでした。

 女神といっても、神山は特別な家柄の生まれでもなく、特に容姿がいいわけでもない普通の女ですから、「崇拝」の対象にはなりません。それこそ「プリンセス・カコ」だったら、性的な目でみるなどおこがましいと思えたでしょう。高貴な家柄の生まれでなくても、せめて美人だったら、「ちょっと優しくされただけで勘違いした俺が悪い」と思えたでしょうが、美人ですらない野口似の庶民を好きになったのを「勘違い」と言われるのは納得できないし、まして「神と崇めよ」と言われても、そりゃ無理だろって話なわけです。

 しかし、私が腹を立てているのは、ただ単にブスに見下されたからムカついているのだ、といえばそういうわけでもなく、私の中には、「美人ですらない庶民」こそ、踏みつけられる人間の痛みがわかる高尚な存在であり、本当に素晴らしいのは、そういう弱い者の痛みがわかる(はずの)優しい女と慎ましく生きていくことである――「理想の女」に想いを踏みにじられたから辛かったのだ、という考えもあるわけですから、話はなんとも複雑です。
 
 宅間守は、もっとも愛した3番目の妻に対する感情を「好きやったんかな。それと憎しみと何もかもミックスしとった」と語りましたが、神山に対する私の感情もまた、あまりにも色々なものが混ざりすぎて、とても一言では言い表せません。このサイトを開いたのは今から三年前のことですが、三年前の表現力では、たぶんすべてを書き記すことは無理だったでしょう。結果的に、ここまで寝かせて正解でした。

 神山に送ったメールですが、私の元に直接は、神山からの返信は返ってきませんでした。代わりに、稲生と田之上のところに、私にあてられたメールが届き(また、他の人間を巻き込むことによって、私の名誉を貶めようとしている)、彼らが仲介する形で、私のところに神山からのメッセージが届きました。

 ・ブツブツと独り言を呟くな
 ・半径5メートル以内に近寄るな
 ・野村達を扇動して協力させようとするな(私からそんなことを頼んだ覚えは一度もない)
 ・以上のことを破った場合には裁判所に訴える

 そんなことが書いてあったと思います。

 あれから4年強の月日が経って、ある程度冷静な目で振り返ってみても思いますが、よくもまあ、ここまで一方的に相手のことを悪くいえるな、と思います。

 私は人殺しでもしたのでしょうか?あのダダは、一点の曇りもない、聖人君子のような人生を歩んでいるとでもいうのでしょうか?

 私の方に一方的な非があったケースですら、ここまで言われたら相手のことを恨んでもいいと思うのですが、どうでしょうか?

 神山が私のことを心底嫌っていることは、当時の私にも、十分すぎるほどわかりました。問題は、あの三面怪人が、私のことをなぜ嫌っているか、その理由に十分な正当性があるのかないのか、ということです。一体どちらの非が大きいのか?どっちが本当の被害者なのか?
 
 この時期、あの女に話しかけたとき、「反省してください」という言葉をかけられたような記憶があります。私に反省しろということは、神山は、私が悪いことをしていると思っている、ということです。

 私がした悪いこととは、一体何なのか?しつこく神山に好意を抱き続けていること?

 神山は周囲に対しては、それで通していたようです。しかし、これまでの話を読んでいただけたならわかると思いますが、実際には、神山は私が「しつこくする前」から、私の名誉を傷つけたり、侮辱するようなことをしていたのです。

 もう一度言いますが、神山は私が「しつこくする」前から、私の人格を否定するような、酷いことを言ったり、周囲に私の名誉を貶めるようなことを言っていたのです。すなわち、「迷惑行為」は神山が先だったのです。なのに、どういうわけか、神山は一方的に、被害者意識を抱いている。

 神山が「反省しろ」といっているのは、けして私が「しつこくした」ことではないのです。周囲の連中はみんな勘違いしていたみたいですが、神山が私を嫌っている理由は、「あいつは乞食のくせに、身の程知らずにも、ロイヤルプリンセスの私に恋をしたから」なのです。

 それで「迷惑かけたな。申し訳なかったな」などと思えるでしょうか?

 「反省」などできるでしょうか?

 神山にも十分に非はあったはずなのに、「ええかっこしい」「周囲に対してはまったく品行方正」なあの女に、「こっちばっかりワルモンにされた」。

 私はこのことが悔しくて悔しくて、食事も喉を通らず、2か月で10キロ以上も体重が落ちてしまったのです。

 神山が性格が悪いのはわかった。だが、それがわかりきっていて執着したお前も悪い――ごもっともですが、それは大事にしたい自分がある人の意見です。当時の私が自分というものを大事にできなかった理由、「進むも引くも地獄なら、進む」しかなかった事情は、すでに説明しました。

 神山がまだ好きなのと、怒りと憎しみと、あらゆる感情が、私の脳内でグジャグジャにミックスされていました。試験の結果に関わらず、就職活動はしなくてはならなかったのですが、精神的にも肉体的にも、とても外に出て活動できる状態ではありませんでした。私はここまで皆勤だった学校を、初めて休みました。

 三日間をほとんど寝たきりで過ごした後、私の元に、二人のクラスメイトから連絡が届きました。一人は、「鍋島」で、早く元気になって出てきてください、という内容のメールでした。もう一人は「野村」で、メールではなく、直接電話をかけてきてくれました。

 野村が私に伝えたメッセージは、みんなが私を心配しているということ、神山のことはもう諦めろ――世間は広い――ということ、君は真面目な性格だし、きっといいシステムエンジニアになれる、また一緒に頑張ろう、ということでした。

 野村という人物は、一年生の最初のころは、27歳という年齢の割りに非常に未熟な、はっきり言えば愚かな人物だったと言っていいと思いますが、人というものは、一年という期間でも、大きく成長することはあります。野村も就職を真剣に目指す中で自覚に目覚め、28歳という年齢にふさわしい人物に成長したのかもしれない。

 最終的に私は、このとき野村を信じたことを激しく後悔するようになるのですが、このときは、野村は本当に、私のことを心配して電話をしてくれたのだろう・・・ありがたいことだ・・・と、純粋に感謝していました。そして、野村に言われた通り、三日間学校を休んだだけで復帰しました。

 しかし、神山が目の前にいるという状況が変わったわけではありません。野村に励まされたことで、私はもう一度頑張る決意はしましたが、神山への執着を断ち切れたわけではありませんでした。神山に見られている限り、私は「飢餓状態」から抜け出せません。このままの状態が続くのはまずいと判断した私は、メンタルクリニックに通い、精神安定剤と、食欲を増進する薬をもらうことにしました。

 薬をもらい、食べられるようになったこと―――見た目の上では、体調を回復したこと――それが私を、さらなる地獄の深奥へと導いていくことになるのですが、今回はひとまず、この辺で切りたいと思います。

 ちなみにこのとき、なぜか学校では、神山のメールを私に仲介した「稲生」が悪いのではないか、という空気になっていたようです。私からすれば、稲生はあくまで仲介しただけであり、メールの件での恨みは全くなかったのですが、どうやら稲生は、私が神山のメールを見せられた晩、稲生とスカイプで会話しながら、散々泣いていた私のことを学校でからかったりしていたようで、それで稲生が悪いみたいな空気が生まれていたようです。

 稲生は神山のような腹黒いヤツではないのですが、見た目同様、脳みそまで筋肉で出来ているようなガサツなヤツで、ナイーブな気質の人間をまったく理解できないという短所がありました。単細胞だけに裏表は無く、私のことも陰でからかっているだけではなく、目の前で、ガリガリのゾンビだとか、そんなことを言ってバカにしてきたりしていました。

 文字で書くととんでもなく酷いヤツみたいですが、稲生はゴリラのような単細胞の男だったゆえに、当時の私がいかに深刻な状態だったかよくわかっておらず、単に、普通に私が元気だったときのノリで軽口を叩いていただけで、私のことを心底嫌っているわけではなかったようです。神山のような人間のクズではないのですが、非常にショウジョウバエめいた、カス的な人物でした。

 カスということでもう一人上げさせていただければ、「嘉納」というガキもいました。

 嘉納は頭がヘルメットを被っているみたいにでかいのに、脳みそがスカスカのヤツで、当時、三枚目的なキャラとして扱われていた私を本気で舐め腐っており、「コイツはプライドがないヤツだから、何を言ってもいいんだ」とか思っていたらしく、東日本大震災があった夜に、カラオケ店でみんなの金を建て替えた私に、金を返そうとしなかったり、「津島くんって頭おかしいけど、津島くんのお父さんお母さんもそんな感じなの?」とか、ふざけたことを抜かしてきたこともありました。

 神山のような腹黒い人間のクズや、初期野村や稲生、嘉納のような極めてカス的なヤツは、年齢にかかわらず、どんな集団にも一定数いるように思われます。そして、社会というものは、えてしてこういう、感情が鈍磨な人間が幅を利かせている場所でもあります。

 自分と合わない連中とも平和的な人間関係を築いていかないといけない会社員は、やはり私には最初から無理であったように思います。ある読者さんからは、「あなたは他人の人生に厳し過ぎだ」なんてことを言われましたが、無理に我慢しようとすると、このときのように、私の方が壊れてしまうのです。餓死寸前にまでなったわけですから、もう、厳しいとか厳しくないの次元ではないのです。

 「他人の人生に厳し過ぎ~」と言われた読者さんからは、神山との一件について、「いい経験だったと思え」「納得して生きろ」といったような意見も頂きました。まだ中盤に差し掛かったばかりのことで、多少フライング気味に判断されてしまったようですが、もしかしたら、内心同じように思っていた読者さんもいたかもしれません。しかし、「いい経験だったと思う」「納得して生きる」が、そう簡単な話ではないことは、もうわかって頂けたと思います。私も実際に「餓死しかける」という体験をした上で、神山に対する復讐心を口にしているのです。

 理屈では復讐心など抱かない方がいいことなど、私もわかっています。わかった上で、どうしても理屈では収まりきらない感情があるからこそ、私は神山への憎しみを口にしているのです。あまりにも、神山への復讐心を「滅殺する(和解ではない)」を前提に私を説得しようとされても、話は余計に拗れていくだけです。

 神山だけが悪いとはいえないのはわかっています。神山は確かに性格の悪い女であり、「情が薄い」ことに関しては私は足元にも及びませんが、悪の基準を「社会不適応」とするなら、私は神山など比べものにならない極悪人です。神山の「情性欠如」が異常だといっても、それで死にかけるまで落ち込む私もまた「異常」なことには違いありません。そんなことはわかった上で、それでも私は神山を恨んでいます。

 一番最初にも断りましたが、人に言われて考えが変わるレベルの話ではないのです。読者さんにとってこの物語は他人事であり、私が感じた苦痛をすべて理解できないのは当然ですが、だからこそ、「納得しろ」「忘れろ」と言われても、当事者である私がそれを受け入れるのは無理であるということを、終盤に入る前にもう一度強調しておきます。

 

偽善の国のアリス 11

 
 3.11、東日本大震災が起きた瞬間、私は歓喜に打ち震えました。あの津波がすべてを押し流し、神山も、神山に手を出すかもしれない他の男連中も、私が生まれ育った町である横浜も、すべてを破壊してくれることを望んでいました。津波が神山を飲み込んでくれるのなら、私自身の命もなくなってもいいと思っていました。

 神山が中尾と「付き合いたい」などと言い出したことは、私をそれほどの絶望に叩き落としていました。

 最初から自分に好意を持っていた男をグチャグチャに潰し、ルックスさえよければ、最初は自分をバカにしていた男にも好意を寄せる。女がみんなこんな生き物なら、この先いくら女を好きになっても無駄。私にはもう、女を得られる望みなどないということになる。女を得られない人生などは、私にとって、生きたところでまったく意味のないものでした。そんな索漠とした人生ならば、キレイさっぱりなくなった方がマシでした。

 周知の通り、首都圏は帰宅困難者で溢れ返り、私も横浜に、友人と一緒に取り残されてしまいました。一緒に行動していたのは「関口」「鍋島」といった、当時、特に仲の良かった連中でした。

 まだ肌寒い時期で、ずっと外にいるのも大変だと判断した私たちは、カラオケボックスに入りました。

 この糞みたいな世界が終わってくれる―――嬉し過ぎて、テンションがハイになった私は、当時まだ飲めなかった酒を、浴びるように飲みました。

 すっかり酔って気持ちよくなったのですが、問題は、いつまで待っても、関東方面には、大地震も津波も来てくれなかったことでした。いつ、私や神山を押し流してくれるんだ?いつ、この生まれ出てから23年、嫌な思い出しかなかった横浜を滅茶苦茶にしてくれるんだ?

 肩透かしを食らった気分が蔓延してきたころ、友人の「関口」「鍋島」の元に、神山から一通のメールが届きました。

――今日、帰れないようだったら、うちに泊まっていけば?

 このメールを、こっそり横目でみた瞬間、私の心がざわめき出しました。

 神山の家は、学校から電車を使わずに行ける範囲にあります。神山は両親と同居していますが、当然、個室は持っています。
 
 もしかして、神山は男を家に連れ込み、気持ちいいことをしようとしているのではないか?関口や鍋島は、当時の私が特に仲良くしていた連中で、ほのぼのとしたところがあり、普段は性的な雰囲気はまったく醸し出していませんでしたが、いざ、神山の裸体を目にしたら、襲い掛かってしまうのではないか?神山は、あの童貞っぽい連中の、筆おろしをしようとしているのではないか?

 神山がこのメールを、私とは別行動していた他の男――中尾や深沢にも送っていたら?奴らが代わる代わる、神山に勃起ちんこを突っ込んでいたら?疑心暗鬼が、脳みそからつま先までを侵食していました。

 震災で人が何人死のうが、私にとっては関係ありませんでした。日本がどうなろうと、知ったことではありませんでした。家で待つ家族のことはまぁ心配でしたが、それも一時、頭から消えていました。

 2011年3月11日。私の頭を埋め尽くしていたのは、神山が男とセックスをしないか、ただそれだけでした。

 神山は純粋な(ロイヤルプリンセスが下々の者に宮殿を開放するという)善意で、男たちに、うちに泊まったらどうかというメールを送ったのかもしれません。しかし、もはや神山を性的な目でしか見れなくなっている私にとっては、邪推は避けられないところでした。私だって、誘われてもいないのに、私を嫌う神山の家になど行きたくありませんでしたが、「万が一、神山が男とセックスをするのを阻止するため」に、関口と鍋島に同行しなければなりませんでした。

 とんでもない野郎だと言われるかもしれませんが、とんでもない野郎でも別にいいです。穿った見方というなら、神山とて、地震が起きて学校のすぐそばの公園に非難するとき、最後まで神山を心配して教室に残っていた私を、「私が困っているところを見て楽しんでいた」とか言いやがったのだから、おあいこです。

 結局、神山のうちに泊まったのは、神山からメールを受け取った鍋島、関口と、彼らに同行した私の三人となりました。ほかの連中では、「深沢」や「田之上」らがメールを受け取ったようですが、彼らには彼らで避難場所があったようで、神山の家に来ることはありませんでした。私が家に来た事について、神山は別に嫌そうな顔はしませんでしたが、歓迎もしませんでした。

 神山の家に泊めてもらった件に関して、感謝の気持ちはあるかと言われれば、神山のお父さんお母さんには感謝していますが、神山には「イケメンとセックスできなくてざまあw」としか思っていません。

 私が鍋島と関口についていったのは、万が一、神山が男とセックスしないか心配だったからであり、別に、本当に泊めてほしかったわけではありません。一晩かけて歩けば自宅まで帰ることも可能でしたし、若かったのですから、一晩ぐらい野宿しても平気でした。神山が(私にとって)余計なメールを鍋島と関口に送らなければ、ヤツの世話になどならずに済んだのです。

 そもそもの話として、私は震災で死んでもいい、死にたいと思っていたわけですから、「生き残るため」泊めてもらったということには、正直な話、心からの感謝の気持ちは抱きようがないのです。日本中が悲しみにくれた震災の日に、一人の女がセックスをしていないかを心配していたことを、不謹慎と思うこともまったくありません。

 それでも一応、後日、お菓子のお礼は神山に渡して、最低限の感謝の気持ちは伝えました。あのお家は神山のお父さんお母さんのものですから、お父さんお母さんに感謝の気持ちがあれば十分であって、別に神山に感謝する必要はないでしょう。とんでもない野郎だと言われるなら、とんでもない野郎でいいです。

 ともあれ、東日本大震災が「期待はずれ」に終わってしまったことで、私はさらなる地獄へと落ちなくてはいけないことになってしまったのです。

 短い春休みが明け、二年生になると、「応用情報」と「基本情報」で分かれていたクラスが統合されました。一年生のころは、全く別のクラスで学んでいた生徒も加わり、総勢30名あまりの大所帯となりました。

 新しく一緒になった人の半分くらいは、この後、また別のコースに進んでいったので、あまり印象には残っていません。よく覚えているのは、髪の短いちんちくりんの女「吉岡」と、鈴木紗理奈の出来そこないみたいな顔をした女「島野」、あと、ざんぎり頭に濃い青ひげという、とっちゃん坊やみたいな、老けてるのか幼いのかよくわからない顔をした男「梶原」の三人くらいです。

 ほとんどは知り合いだったため、新しい環境にはすぐに慣れましたが、私の心は、すでに崩壊を始めていました。

 神山が中尾となら付き合いたいと言い出した一件以来、自分はこの先、女をいくら好きになっても無駄であり、女と付き合うことは一生無理である、という思い込みに縛られてしまった私は、食事がまともに喉を通らなくなっていました。

 私はこの時期から、自分の容姿を、ことさらに卑下するようになっていました。そして、そんな醜い容姿をした自分が、「食べる」=「生きようとする、身体を作ろうとする」という行為に、ひどく疑問を覚えるようになっていました。

 一度、自分が容姿に悩んでいることを友人に話したら、「お前全然普通だよ。お前より酷いのなんかいくらでもいるよ」と言われましたが、私からしてみれば、神山レベルの女一人とも付き合えないのだったら、ちょっとブサイクぐらいだろうが、化け物のようなブサイクだろうが一緒です。極端な話、自分をイケメンだと思っていても、女ができなければどうしようもないわけで、女から評価されないことには、自信にも何にもなりません。

 いっぱい飯を食って、栄養を身体に取り込んでも、こんな汚い顔ができ上がるだけ。こんな汚い顔を作るために、必死になって飯を食ってる―――と神山に思われていると思うと、食事に手をつける気になれず、母親が作ってくれた弁当は、いつも帰ってから便所に捨てていました。

 最初は学校でだけ食べられなかったのが、次第に家でも食べられなくなり、代わりにアルコールに依存するようになりました。この頃には辞めていたタバコも吸うようになり、人が生存のために使う「口」という器官を、食事以外の快楽物質を取り入れることにしか使えなくなっていました。

 食べていなければ、当然、身体はドンドンと萎んでいきます。3月には60キロ近くあった体重は、震災の影響で3月から6月に延期になった「応用情報試験」のころには、40キロ台にまで減っていました。このころにはもう、一日にきゅうりの浅漬けを二、三枚、プロセスチーズ一つを食べるのがやっとで、一日に何も食べないこともありました。

 一日たったそれだけの食事量で力が出るのかと思うでしょうが、「飢餓状態」に陥りながらも、私は寝たきりになるどころか、逆に活動的になり、居残り勉強などもしていました。自分が確実に、死に向かっているという「充実感」が、身体を突き動かしていたように思います。ただ、さすがに、頭を目いっぱい使う、創造的な作業はできず、この時期、というかこの後ほぼ二年間は、小説の執筆は完全に止まっていました。

 わずか二か月あまりで10キロも体重が減れば、見た目の変化も顕著に表れます。周囲の連中も、段々と私のことを心配しだしました。母親にも、「頼むから食べてくれ」と頼まれましたが、私は食べることができませんでした。人間の身体というのはよくできたもので、飢餓状態が極限を超えると、腹に何も入っていなくても、大して苦痛ではなくなるのです。苦痛どころか、このときの私は、餓死できるという「充実感」に包まれていました。このまま楽に死ねるのなら、ずっと食わない方がいいではないか。逆に自ら進んで、食を拒絶していました。

 こうした極限状態の中で、「応用情報試験」を迎え、その晩、私は死の寸前まで行くことになるのですが、今回はここで終わります。

 誤解の無いように書いておこうと思いますが、私が「食べられなくなった」ことについて、私はけして、神山がすべて悪いとは思っていません。神山の「男を完全に道具としか見ない」も確かに異常だと思いますが、そのことで飯も食えなくなるほど思い詰める私もまた異常であり、私が「死にかけたこと」を、すべて神山のせいだと考えるのは無理があることはわかっています。

 私のような、特別に思い詰めやすい人間が、この先社会のレールからドロップアウトせずにやっていけたかといえば、それは余程の幸運に恵まれないかぎりは、やはり難しかったでしょう。私が「壊れる」のは早いか遅いかの問題であって、たまたま引導を渡したのが神山であったというだけ。そういう意味では、神山は運の悪い女ではありました。

 神山は神山で、復讐心を抱かれても当然の女だと思いますし、私の神山への恨みは消えるわけではないですが、私が「就職を諦めたこと」「堅実にレールの上を歩む人生が崩壊したこと」まで神山のせいにするつもりはないということは、ここでもう一度強調しておきたいと思います。

偽善の国のアリス 10

 新年が明けたのちも、神山に想いを寄せ続ける私でしたが、好意をむき出しにする感じではありませんでした。最初はただ単に、「よく話しかける」程度のことだったと思います。

 しかし、周りの連中には私の想いは丸わかりだったようで、期せずして、「私の想いを後押しする空気」のようなものが生まれていました。具体的には、私が神山と喋っているときに茶化してきたり、神山が学校主催のお菓子教室に出ることになった際、誰かが私の名前を参加希望者の欄に勝手に書いて、私も一緒に出ることになったり、といったことでしたが、こういう空気自体は、私は悪い気はしませんでした。

 そういう雰囲気を作る中心になっていたのは「野村」でしたが、彼はどうやら私の恋を真剣に応援してくれていたようですし、周りの連中も、神山のことを一途に想い続ける私のことを、暖かく見守ってくれていたようだったからです。神山がもっと、「流される」タイプの女だったら、ここで私と結ばれることもあり得たかもしれません。もしそうなっていれば、私は野村たちに、一生足を向けて寝れないほど感謝していたことでしょう。

 結果的には、ヤツの絶対の信念である「顔の良い男のちんこは新鮮なマツタケの味。顔の良い男のちんこだけをしゃぶりたい」「男はアクセサリーとして連れ歩けるか、友達に自慢できるかどうかだけがすべて」は、どう頑張っても突き崩すことはできず、神山は私には振り向かなかったのですが、実は神山を手に入れられなくても、私が「頑張る」意味はありました。

 神山と付き合うことが望み薄だとわかった私が次に考えたのは、「負け犬にならないこと」でした。神山と付き合えないのは、まあ仕方がない。神山が他の男と付き合うのも、まだ耐えられる。しかし、それを「見せつけられる」のは、もう耐えられない。私の中で本当に明確な一線があったのは、実はそこでした。

 神山が他のところで男を作ってくる分には、まだ「学校や職場などでは恋愛しない主義だったのかな」とか言い訳できる。しかし、同じ学校の、同じクラスという、まったく同じ条件下の中で恋愛をされたなら、もう、ぐうの音も出ない敗北になってしまいます。

 「言い訳」が見苦しいと思っている人もいるかもしれませんが、とんでもない。男にとって、言い訳は「命」です。喧嘩でコテンパンにのされたとしても、「体調が悪かったから」「相手が卑怯な手を使ってきたから」とか、言い訳ひとつさえあれば、納得して矛を収めることができる。ボロボロになって倒れた男がまた立ち上がるための魔法の言葉こそが、「言い訳」なのです。

 私が絶対に避けねばならないこと、それは、同じ学校の、同じクラスの中から、神山と付き合う男が出てきてしまうことでした。曲りなりにも友人は多かった私が、神山をいまだに好きだということを周囲にアピールしておけば、周囲の連中は、神山に手が出しづらくなる。私が「進む」決断をしたのには、こういう苦し紛れの理由もあったのです。

 しかし、私をサンドバッグのようにボコボコにして、最後は笑い話にして終わらせた気になっている神山には、私がいまだに神山に想いを寄せ続けていることは、甚だ不快なことであったようです。また、周囲に漂う、「私の恋を後押しする空気」これは別に、私が野村たちに頼んでやってもらったことではないのですが、神山からすれば私が頼んだのだろうが、野村達が自発的にやっているのだろうが同じことで、私を疎ましく思う理由になったようです。

 あくまで自分を「ロイヤルプリンセス」だと思い込む神山には、自分が私のプライドを傷つけすぎたせいで、私が引くに引けなくなってしまったという事情はまったくわかりません。「乞食が、分を弁えよ」と思うだけです。三学期、初めは普通に仲良くしていた神山の態度は、だんだん辛辣なものに変わっていきました。

 神山に嫌われるのは辛いことでしたが、正直、そのことは考えていられませんでした。私にとって何より重大なこと、「負け犬にならないこと」のために、私は神山が好きだということを、周囲にアピールし続けるしかなかったのです。

 しかし、私が神山にまったく相手にされていないとなると、「津島の恋を後押しする空気」も変わってきます。ここまで私を応援してくれていた野村もいい加減業を煮やしたのか、それとも単なる気まぐれか、ある日、次のような質問を、神山にぶつけました。

「このクラスの中で、誰だったら付き合う?」

 野村はクラスの男の名前を順番に上げていきました。私にとって、このときほど生きた心地がしなかったときはありません。何人かの男は、神山の御眼鏡にかなわなかったようで、神山は首を横に振りましたが、ある男の名前が野村の口からでた瞬間、神山は弾けんばかりの笑顔とともに、首をコクリと縦に振りました。

 「中尾」でした。長身で色黒の、ホスト風の容姿をした「中尾」です。ヤクルトスワローズの鵜久森選手によく似ていたような気がします。

 第二回の最後に、私は、「中尾」が、最初、神山を馬鹿にしていたことを書きました。忘れてしまった方は、一度戻って読んでみてほしいのですが、まだ情報の授業が始まったばかりのころ、「中尾」や「金澤」が、神山をバカにしていたところを、私は確かに、この目で見ました。

 私も以前には、中尾からバカにされていました。この当時は普通に仲は良かったのですが、過去のいきさつを忘れたわけではありません。「親友」になれるかといったら、それは無理だったでしょう。そっちの方が普通の感覚だと思うのですが、神山は、過去、自分をバカにしていた男と、「真剣交際したい」と言い出したのです。

 自分をバカにしていた男でも、顔さえよければ付き合える・・・。こういう考えの女を、私は好意的に見ることはまったくできませんが、一応、理解はできます。

 ようするに、男を自分を飾るためのアクセサリーのようにしか思っていないということでしょう。「アクセサリー」は自分が大切にさえしていればいいのであり、「アクセサリー」が自分のことをどう思っていようが、まったく関係ありません。神山にとって、男というものは、人生を一緒に歩むパートナーではなく、友達に自慢して優越感に浸るための道具にしかすぎないというわけです。

 では、ルックスが良くない私は、神山にとって、全く利用価値がない男だったのか?そんなことはありませんでした。ルックスの良くない男はルックスの良くない男で、神山にとっては「サンドバッグ」としての価値がありました。サンドバッグは、自分が好き放題ボコボコに殴れればいいのであって、サンドバッグも痛いだろう、苦しいだろうと、気持ちを思いやる必要などまったくありません。神山にとって、イケメンでない男とは、好き放題ボコボコにして、「私はこんなヤツと付き合うようなレベルの女ではない」と、自分自身や周囲にアピールするための道具でしかなかったのです。

 繰り返して書きますが、「中尾」は、最初、神山のことをバカにしていたのです。自分をバカにした中尾と、神山は「付き合いたい」とか言い出したのです。確かに異性を選ぶ基準として、ルックスは大事なのかもしれません。しかし、ここまで極端なヤツも、そうはいないのではないでしょうか?

 神山はもしかして、一種の「変態」だったのでしょうか?

 私も自分を侮辱した女に性欲を催すことはあります。神山だって、頭の中で何回犯したかしれません。しかし、それはあくまで、ムカつく女をレイプして、グチャグチャにしたいという、男なら誰しも一度は思う願望であり、間違っても、自分をバカにした女と真剣交際したい、結婚したいなどと思うことはありません。私は自分を真剣に想ってくれる女が好きです。
 
 では、お前はなぜ神山を諦めないのか、矛盾しているではないかと言われるかもしれませんが、それは「最初は神山が優しかったから」です。最初から中尾にバカにされていたのに、中尾と付き合いたいなど言い出した神山とは、まったく質が違います。

 また、それ以外に選択肢がなかったからでもあります。この時点で、自分を愛してくれる女など、私の周りには一人もいません。「進むも引くも地獄なら、進もう」という決断をしただけです。極端な話、このとき誰かが私に告白してきてくれていたら、私は間違いなくそっちに行ったと思います。

 自分を想っている男がちゃんといるのに、それをただ振るだけならまだしも、ケチョンケチョンに貶し、あろうことか自分をバカにしていた男に、うんこのカスがいっぱいこびりついたマンコから、どぶ臭い汁を垂れ流しながら近寄っていくような変態の考えることは、私には理解できません。

 何度でも書きますが、「自分をバカにしていた男と真剣交際したい」と思うなど、私からすれば変態以外の何物でもなく、悍ましさすら感じます。私も「特殊性癖」の持ち主ではありますが、ここまで理解不能な「変態」ではないと言えます。それこそ、頭の中にウジが湧いているとしか思えません。

 神山は、中尾が自分を馬鹿にしていたことを、知らなかったのかもしれません。もしそうだとするなら、以前に触れた、「神山は津島が悪だと見抜いていた説」は、完全にあり得ないということになります。あの時点での交流頻度、交流期間で私の人格を見抜けるくらい感性の鋭い女が、自分が中尾にバカにされていたことに気づかないはずがないからです。

 つまり、神山は何の正当性もなく私の人格を貶めていたのであり、仮に私が悪だったとしても、それは神山に精神を破壊された結果、そうなったものであるという証明になると思います。

 女がみんな神山のような生き物だったら、いくら「恋」などしても、すべて無意味。女のことをいくら想っても、まったく無駄ということになってしまいます。

 今だったら、神山が特別に異常な、男というものを完全に道具のようにしか考えられない、もしくは異常な変態女であったと理解することもできます。しかし、当時の私はまだ23歳。女経験も少なく、広く世間を見渡すということも知りません。

「女というものは、全員神山のような生き物なのではないのか?」

 このように思い込んでしまった私は、自分の人生には、もはや女方面の希望はまったくないと絶望してしまったのです。

 読者さんの中には、私がいつまでも神山を諦めないことについて、「神山に迷惑だとは思わなかったのか?」とか考える人もいるかもしれません。神山が「男なんて興味ない」「学校や職場では恋愛しない主義」だったなら、私も確かに、「迷惑かけたな、申し訳なかったな」と思ったでしょう。

 しかし、実際には、神山は学校のクラス内にいる男を品定めし、一々序列をつけて、深沢や中尾といった顔の良い男たちには、シラミの湧いた股間から腐敗した膿汁のような汁を垂れ流しながら近寄り、御眼鏡にかなわなかった男は、滅茶苦茶に罵倒してストレス発散をするような女でした。

 婚活サイトとかでやるならともかく、現実世界でそんな男を完全に舐め腐ったことをやるような女に、「迷惑かけた」と思うような感覚は、私は持ち合わせていません。神山にしつこくしたのは確かかもしれませんが、私には何の罪悪感もありません。

 神山のみならず、女すべてに絶望を抱えた状態で、「あの日」―――3.11の悲劇がやってきました。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
凶悪犯罪者バトルロイヤル
凶悪犯罪者バトルロイヤル
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR