犯罪者名鑑 畠山鈴香 1

すずか



 児童虐待


 2010年代に入っても、毎年のように子供の虐待、育児放棄の問題が報道されています。子どもを虐待する親は、「鬼」と言われて厳しい批判を受け、事件のすべては親が悪いというような論調で語られています。

 親が子を思う気持ちを、現代人の多くは当たり前のことだと思っています。もちろん、それが尊いものであることは間違いありません。それがない人間は子供を持つ資格がないというのもわかります。しかし、子どもを持つ親のすべてが、二十四時間三百六十五日、無条件に子供を愛する気持ちを持てるものでしょうか。

 江戸時代以前の農村では、畑仕事ができなくなった親を山に捨てたり、跡取り以外の子供を間引くということが、普通に行われていました。この日本でも、つい二百年程前までは、人が無条件に、親や子供を愛することは、「当たり前」ではなかったのです。

 児童虐待や育児放棄の問題を、親を責めただけで解決できるのか。経済状態など、子どもを育てる環境が十分に整っていない事情までもが、「愛」の問題にされてはいないか。「親の愛」というあやふやなものに、社会のシステムが依存しすぎてはいないか。虐待を生んでいる構造の問題を含めて検証したいと思います。

よせがき


 
 源流

 畠山鈴香は1973年、秋田県能代市にて、運送会社を経営する父親と、元ホステスの母親との間に誕生しました。母親は元バレーボールの選手で、鈴香の大柄な身体はこの母親譲りだったようです。
 
 父親は暴君体質で、鈴香が幼いころから、酒を飲んでは家族に暴力を振るっていました。鈴香が中学生のころ、糖尿病で男性機能が衰えると、暴力はますます激しくなり、家族はいつも怯えながら暮らしていたといいます。

 鈴香は小学生のころから、学校で激しいイジメを受けていました。最初は小学校一年生のころ。担任にいきなり「水子の霊が憑いている」と言われたのがキッカケという、俄かには信じがたい理由でした。どうも、自分が信仰している宗教団体の御守りを買わせるのが目的だったようで、この担任は校長の判断で替えさせられたそうですが、同級生たちに与えた影響は大きく、鈴香は「心霊写真」などと仇名をつけられ、からかいを受けるようになります。

 高学年になると、給食を食べるのが遅いからと、担任から両手に給食を受けさせられ、無理やり食べさせられるなどの仕打ちを受け、これが原因で「バイキン」などと呼ばれてまたイジメを受けるようになります。担任がイジメがあったときに守ってくれなかったという話はよく聞きますが、鈴香の場合は、担任が原因となってイジメが起きてしまったのです。子どもの数が少ない田舎のことで、小学校の人間関係はそのまま中、高に持ち越され、鈴香の青春は暗いものになってしまいました。

 家庭にも学校にも安息がないという中で、鈴香には盗癖が芽生えてしまいました。小学生のころから小物や文房具などを盗んでおり、高校時代にはバドミントン部の部費六万円を盗み、停学処分を受けています。子どもの盗癖は愛情不足から出るものと言われ、物が欲しいというよりも、周囲の関心を自分に向けるために盗みを働く場合が多いといいますが、鈴香の場合は、店からの万引きだけではなく、同級生の持ち物にまで手を出してしまったのがいけませんでした。罪悪感や共感性が薄かったのかもしれませんが、これにより、イジメはますます激しくなってしまいました。

 高校を卒業するときに書かれた卒業文集は、ワイドショーなどで大きく取り上げられて有名になりました。文集のメッセージ欄に、鈴香本人は、

「一年間、長い人は三年間どうもでした。すぐには仕事をやめてこないけど二ツ井に帰ってきたときは遊んでやってください。帰ってきたらまっすぐビューホテルのあかねのとこに行くのでよろしく!!」

 と、健気に書いていたのですが、それに対する同級生たちのメッセージは、


「いままでイジメられた分つよくなったべ、俺たちに感謝しなさい」

「秋田から永久追放」

「二度と帰ってくるな」

 (有名になりそうな人のコーナー)「自殺、詐欺、強盗、全国指名手配、変人大賞、女優、殺人、野生化」

 

 などという、心無いものでした。

 こういうことを書いてしまう子供もそうですが、こんな文章を残してしまう学校側も、私には信じられません。放任主義だったのかもしれませんが、この内容は一線を越えているでしょう。これでは、まともな教育が行われていたのかと疑われても仕方ありません。

 ただ、当の同級生は、鈴香の高校時代のイジメについて、「報道されているほど大したことはなかった」と語っています。確かに、文集の中には鈴香以外にも、「強姦」「殺人犯」などとメッセージを送られた同級生が何人かいたようです。もしかしたら、子供の稚拙な悪ふざけが大げさに捉えられただけなのかもしれません。

 真相はわかりません。確かなことは、鈴香本人は、この文集を捨ててしまったということです。


すずか32

 

 長女誕生


 高校を卒業した鈴香は、栃木県鬼怒川の旅館に就職しました。父親は県外に出ることを猛反対していましたが、週に一回、近くに住んでいる叔父のところに顔を出すという条件で折れたそうです。

 父親から離れて生活するのは、鈴香の長年の念願でした。まさに解き放たれたようで、友達もでき、このときばかりは人生をエンジョイしていたようです。

 が、わずか一年ほどで、その生活も終わりを告げてしまいます。父親が糖尿病で目が見えなくなり、帰って来いと言われたのです。それは一人娘を手元に置きたい父親がついた嘘だったのですが、鈴香は言われた通りに実家に帰り、父親に束縛された生活に戻ってしまいます。

 二十歳前後の鈴香の人生は糸をつたうようで、父親に無断で、鬼怒川の隣りの川治温泉のコンパニオンや、クラブのホステスを勤めようとするのですが、すぐに父親に発覚して連れ戻させることを繰り返します。本人なりに抵抗し、逃げようともするのですが、なかなか父親の束縛からは逃れられません。この頃は、鈴香の四歳下の弟が父親を凌ぐ体格に成長しており、家庭内暴力は収まっていたといいますが、恐怖で縛り付けられていたのは相変わらずでした。

 そんな時期に知り合ったのが、一歳年下の男性、川島(仮)でした。髪を茶色に染め、いまどきの若者風の恰好ではありましたが、どこか風采が上がらず、頼りなげな感じの青年だったといい、鈴香にとっては、弟と重なり合うところがあったのかもしれません。川島とは、一度連れ戻された川治温泉にもう一度逃げ出し、またコンパニオンをしていたころに同棲をしていたのですが、川島はガソリンスタンドのアルバイト店員、鈴香もコンパニオンというのでは、先の展望がありません。このままではどうしようもないと思っていたところに、父親から、川島を自分の運送会社の社員にしてやるという誘いがあり、二人はそれに乗ることに決めました。

 自分の絶対的な支配から抜け出した娘と同棲を始めた川島を、父親は意外にも好意的に受け入れました。父親は会社の金で川島に二種免許を取らせ、将来、自分の事業を継ぐ存在として大切に育てていたようです。川島も、「厳しい面もあったが、自分と鈴香のことを想ってくれているようだった」と、好意的に語っています。

 まもなく二人は婚姻届けを提出し、実家を出て借家で生活を始めました。しばらくして、日当たりのいい町営団地に移り住み、そこで長女、彩香ちゃんが誕生しました。
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プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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