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栃木リンチ殺人事件 3



犯人c

 写真:少年c


 栃木リンチ殺害事件




 石橋署の無能警官から電話を受けたAたちは慌てふためきました。

 警察が自分たちを探している。恐喝、傷害、詐欺・・・捕まったなら、刑務所に入れられることは確実である。無い頭を必死で絞った彼らは、逃げ切るためには、須藤さんを殺害し、Cのホンダ・インテグラを処分するしかないという結論に達しました。

 このころから、犯人グループに、「第4の少年」が加わり、Aらとともに行動するようになっていました。「第4の少年=D」は、Aらより二歳下で、東京のクラブでAと意気投合。Aらとともに、飲み食いや女遊びをして、ホテルを泊まり歩いていましたが、須藤さんに暴力を振るうことはなかったようです。

 須藤さん殺害を決意したA,B,Cの三人は、とにかく殺して山に遺体を埋めると決め、栃木県を北上します。が、Aが「ここでいい」と殺害現場に選んだのは、山奥でも何でもない、幹線道路から数メートルも離れていない林の中でした。

 BとCが、須藤さんを埋める穴を堀り、遺体を固めるためのコンクリートをこねる間、Aはこの期に及んでも、須藤さんに消費者金融のCMソングを歌わせていました。Dはといえば、三人と行動をともにしながら、「あれ須藤さんを埋める穴じゃないっすよね?」などと尋ねるなど、殺害に関して詳しい話は聞かされていなかったようで、三人との間には一定の距離があったようです。

 自分が殺されることを悟った須藤さんは、Aが車を降りた後、Dにセブンスターを所望しますが、Dの一存では決められません。最後に煙草一本吸うことさえ許されないまま、須藤さんはBとCに紐で首を絞められ(Cは途中で紐を離し、Bが一人で締め上げた。これが二人の量刑に差をつけた)、殺害。須藤さんの遺体は、コンクリートで固められて穴に埋められました。その晩、Bはホテルにて、Cが殺害の状況をジェスチャーで再現するのを見て、マスターベーションに耽ったといいます。

 事件が発覚したのは、最後に仲間に加わった、Dの自首がキッカケでした。自宅に帰って、罪悪感に駆られたDは、母親と祖母に事件のことを話し、自首する考えを伝えました。このとき、母親は反対したようですが、 「あいつら、絶対許せねえ」と、Dの決意は固く、祖母に付き添われる形で、警視庁に出頭しました。

 警視庁はすぐに動き出しました。Dの記憶には曖昧なところもあったようですが、Dの自首からたった6時間で、須藤さんの遺体は発見されたそうです。

 Dがギリギリのところで人に戻ったのは確かですが、褒められるべきというほどではなく、逆に、今さら遅い、なぜもっと早く通報しなかったのかと言われてもおかしくはないでしょう。ですが、もしDの通報がなければ、こんなわかりきった事件が迷宮入りしていた可能性もあったのです。警視庁がたった6時間で見つけた須藤さんを、栃木県警は、2か月間もの間、探そうともしなかったのです。

 一体、なぜ、栃木県警は、これほどまでに「動かなかった」のか?

 この事件がけして、3匹の悪魔をムショ送りにしただけで終わるものではないということを、次項で明らかにしたいと思います。

nissann.png



 日産

 
 事件を精査したジャーナリストは、栃木県警が二か月もの間動かなかったことは、ただの「怠慢」とは思えず、上層部からの「強い意志」が働いていたとしか思えない、という推論を展開しています。

 冒頭でも書きましたが、日本の警察官は世界的に見ても非常に優秀で、末端の警察官も常に正義感と使命感を持って、日々の勤務にあたっています。何割かは「不良警官」がいたとしても、栃木県警のすべての警察官がそうであったとは考えられません。23年間も、実際に警察に在籍したジャーナリストの意見ですから、私はこれを信用したいと思います。

 何か、この一件を「事件にしたくない」という強い意志が働いていた。その意志の出どころは、いったいどこだったのか?

 主犯格であるAの父親は警察官でした。警察には身内を庇う体質があり、現役警察官の息子が事件を起こしたことが発覚するのは都合が悪いと判断したというのであれば、確かに辻褄は合います。

 しかし、Aはもともと札付きの悪で、Aが何か悪いことをすると、いつも警察官であるAの父親のところに連絡が行っていました。父親の責任で何とかしろ、ということですが、今回に限って、なぜかAの父親のところにも連絡が行かず、父親が事件を初めて知ったのは、警視庁がAらを逮捕した後のことだったそうです。

 そもそも、Aがかつて、100万円の恐喝事件を起こしたときには、警察に逮捕され、ちゃんと取り調べを受けています。今回に限って、身内を庇うというのもおかしな話です。

 Aの父親を庇う目的ではなかったのならば、いったい、なにが「動かなかった」理由だったのか?栃木県警に、どんな圧力があったというのか?

 ここで浮かびあがるのが、須藤さんが勤めていた大企業「日産」の思惑です。

 日産のような大企業のほとんどは、警察など官公庁の天下りの受け入れ先となっているものです。天下りは、官、民が一体となって世の中に貢献していくために必要な良い面もありますが、ドラマなどでもよく取り上げられるように、癒着の温床となってしまっている場合もあります。

 日産は、被害者である須藤さんだけではなく、犯人グループの一人であるBが勤めていた企業でもありました。須藤さんは、無遅刻、無欠勤、残業も断らずやる優良な社員でしたが、Bは自動車工場に勤める身でありながら、入社早々、シートベルトを着用せず自動車事故を起こして休暇扱いになるなど、会社からすると、何かと問題の多い社員でした。

 日産は、被害者が勤める企業であると同時に、加害者が勤める企業でもあった。企業イメージを大事にする日産が、天下りを受け入れている警察に対して、「事件として取り扱わないように」と、要請した可能性があるということです。

 天下りで民間企業に受け入れられるのは、署長クラスの職を歴任した一部のエリートだけで、現場で働くほとんどの警察官にとっては、天下り先の意向などに配慮したところで、何のうまみもないはず。どうして、思考停止で上からの命令に従ってしまうのか、私のように、組織に忠誠を尽くした経験のない人間にはよくわからないのですが、警察というところでは、組織の意向を無視して動く警察官など「杉下右京」くらいしかおらず、ほとんどすべての警察官は、とにかく「上司の命令は絶対」になってしまうようです。

 もしかしたら、日産側も事態を楽観視していたのかもしれません。最初のニュアンスは、もっと穏やかなものだったのかもしれません。しかし、人から人に伝わるうちに、簡単な「要請」が、強力な「命令」に化けてしまい、栃木県警が、意地でも動かないという態度になってしまった――これが、真相のようです。


あくにん



 悪党ども



 それにしても、日産と栃木県警が、須藤さんの両親にとった態度は、酷いものでした。

 日産、そして警察は、自分たちが動かなかったことを正当化するために、須藤さんが自ら望んで、Aらと行動を共にしているようなでっち上げ工作を行おうとしていました。事件中だけではなく、事件が発覚して以後も、です。

 確かに、須藤さんはAらの悪ふざけによってスキンヘッドに刈り上げられて、凄みのある風貌に代わっており、また、電話などでは、確かに望んでAらとつるんでいるかのように喋らされていたようですが、須藤さんの日ごろの勤務態度や、周囲からの評判を考慮すれば、望んでAらと行動していたなどあり得ないと、素人にもわかる話です。こともあろうに、捜査のプロが見誤るはずなどありません。自分たちが馬鹿だと言ってるようなものだと思うのですが、どうすればここまで開き直ることができるのでしょうか。

 日産はある一時期から、須藤さんの両親に、しきりに、須藤さんが退職届を出すように迫っていました。須藤さんを日産とは関係ない人物だと主張するためでしょうが、入社以来一日も休まず、身を粉にして働いた青年に、どうしてこんな冷たい態度がとれるのでしょうか。論旨解雇――須藤さんに下された処分の内容ですが、犯罪の被害に遭った人の処分が、「労働者側に非があった」というニュアンスなのは、どういうことなのか?

 日産からは、須藤さんの葬儀に参列した者は、ただ一人としていませんでした。あくまで、「我々には関係ない」というポーズ。警察ともども、縦割り組織の弊害といったらそれまでですが、組織の中に、人の心を持った人間は一人もいなかったのでしょうか。

 警察、日産の責任転嫁は、須藤さんのみに留まらず、両親にも及びました。

 須藤さんの両親が警察署を訪れた際、無能な五十代の警官はメモも取らず(警察は異常なほど記録を重視するにも関わらず)椅子をグリンコグリンコ(お母さん談)回しながら、ボールペンを回して遊んでいたはずですが、後になって、突然、警察署で行われたという会話の記録を持ち出してきました。その内容が噴飯ものです。

警官 「須藤君か。はやく帰ってきなさい」

須藤さん 「うるせえ。俺の勝手だ仙台だ」

お母さん 「この馬鹿野郎、家にそんなにお金があるはずはないだろう。お前みたいな馬鹿野郎は死んでしまえ。このデレスケ野郎」

 嘘をつくにも、もう少しまともな嘘をついて欲しいと思います。警察官は多忙で、ドラマや映画など滅多に観れないのかもしれませんが、いい大人が知恵を絞って、こんなくだらないセリフしか思いつかなかったのかと思うと、呆れを通り越して失笑が漏れてしまいます。

 このように事実をねつ造して、須藤さんや須藤さんの両親の名誉まで傷つけていた栃木県警の非道を、我々は絶対に忘れてはいけません。

 センスのかけらもない栃木県警と違い、須藤さんのお母さんは、言葉のチョイスが可愛らしい、言語感覚の素晴らしい人で、法廷に現れたA,B,Cに対し、「重役みたいだったわよ」という感想を残しています。20そこそににして顎が二重になるほど太り、ガニマタでのしのし歩く姿を表現したものですが、心が醜い人間とは、姿形まで醜くなるものなのでしょうか?

 法廷にて、主犯である少年Aが放った言葉――。

「出所したら彼女とやり直して、殺してしまった須藤くんの分まで長生きしたいと思います」

 一見、被害者遺族を煽る目的であったかのようですが、もしかすると、Aなりの、心からの「反省の弁」だった可能性もあります。こういう、人とあまりにも感覚が違い過ぎる人間をどう受け入れていくか、社会全体の在り方が問われるところです。判決では、主犯のA、須藤さんを直接殺害したBに無期懲役、積極的に犯行に加わったCには、5~10年の不定期刑が下されました。

 文字通り、虫も殺せぬ優しい青年であった須藤さんの周りにこれほどの悪党どもが集まってしまったのは、皮肉としかいいようがありません。


 総括:

 事件を取材した元警察官のジャーナリストは、犯人グループの少年たちが悪魔に変貌してしまった理由を「親の甘やかし」「与えすぎ」に求めています。確かに、犯人グループの少年たちは、暴走族の少年に多い貧しい家庭の子供ではなく、普通以上に裕福な家庭で、何不自由なく育てられた子供でした。犯人グループの金銭感覚は常軌を逸しており、なんでも与えられすぎ、甘やかされすぎて育てられるのは、確かによくないことなのかもしれません。

 他人を思いやる気持ちをまったく持てない犯人グループの凶行、「上からの命令」があったとはいえ、困っている人にかくも非情になれる日産、警察の対応には、戦慄すら覚えます。こういう悪党どもにつけ入られないためには、やはり、ある程度の「エゴ」も必要なのかもしれません。

 「優しい」というのは、世の中に生きる誰もが持っているべき、大切な性格的資質だと思いますが、「性善説」に偏りすぎるのもよくありません。この世には、話しても分かり合えない、どうしようもない悪党もいるものです。善人の皮を被った悪人もいます。

 警察の責任は追及されてしかるべきですが、そもそも世界的にみれば、警察とはあまり頼りにならないものであり、最低限、市民が自己防衛の意識を持つのも大事なことである。

 それが、事件を客観的に眺められる立場にある我々が、須藤少年の死を無駄にしないための教訓ではないかと思います。

 栃木リンチ殺人事件 完
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栃木リンチ殺害事件 2

 しょうねんB


 写真 : 少年B

 事件にならねば動けない


「警察は事件にならないと動けないんだ!あんたらの息子が金を仲間に分け与えて、不良の仲間と楽しく遊んでるんだろう」

 これが、須藤さんの両親が相談に訪れた、石橋署の生活安全課の刑事の対応でした。一回はまだしも、二回目からは椅子にふんぞり返って、ボールペンを手で回し、口調もぞんざいになるなど酷いものだったといいます。挙句の果てには、「あんたらの息子は麻薬をやっているんじゃないのか」などと決めつけたというから呆れてしまいます。

「じゃあ、麻薬の線でもいいから捜査をしてください」

 両親はそれでも根気強く、捜査の必要性を訴えましたが、事実無根の決めつけで被害者を侮辱した石橋署の五十代の警官は、「事件にならないと動けないんだよ」の一点張りで、あからさまに迷惑そうに、両親を追い返そうとします。

 そうこうしているうちにも、息子が酷い目に遭わされているかもしれない。両親は独力で須藤さんを奪還しようと動き始めます。須藤さん失踪から一週間あまり経った頃には消費者金融のカードも限度額一杯になっており、犯人グループは、須藤さんの友人に借金を申し込ませていたのですが、犯人グループがあるひとりの友人宅を訪れた際に、お父さんは遠く離れた場所から、須藤さんたちの様子を伺っていました。その場に出ていくことができなかったのは、友人が犯人たちからの仕返しを怖れたためです。

 お父さんはさぞ歯がゆい思いだったでしょうが、なんとか車のナンバーを抑えることはできました。これと目撃証言を掛け合わせて、犯人グループにBとCが関わっていることが明らかになりました。Bは須藤さんが勤める日産の社員です。両親は日産に調査協力を依頼し、実際にBを会社の事務所に呼ぶところまでは成功したようなのですが、なんと日産は、事件には関係ないというBの言い分を全面的に信じて、Bをさっさと帰してしまったのです。

 後に詳述しますが、この事件が悲惨な結末を迎えてしまったことには、日産の対応のまずさも深く関係していました。当時の報道では、栃木県警の対応については、石橋署の警官ばかりが悪いように言われていたのですが、後の調査により、警察の非協力的な態度の裏に、日産の思惑が絡んでいた疑いが濃厚であることがわかってきたのです。

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 見殺しの五十代刑事

 友人に借金を申し込んだ場面では、須藤さんの右腕には包帯がまかれており、顔面が腫れ上がっていたという目撃証言があったにも拘わらず、警察はまだ動こうとしません。この頃、すでに須藤さんは重度の火傷に皮膚を蝕まれており、膿んで悪臭を発し始めていたため、A自らが付き添って、病院に治療に訪れていたのですが、須藤さんはすでに逃げる気力を失っており、病院からの通報もありませんでした。

 非道な犯人グループは、重体の須藤さんをなおも脅しつけ、両親を諦めさせるため、電話口で「おやじ、金を出さないとぶっ殺すぞ」などと罵倒させることさえ始めていました。お母さんは食事ものどを通らず、短い期間で一気に痩せこけてしまったといいます。

 すでに須藤さんが犯人グループに拉致されてから、数週間の月日が過ぎていました。ここに至り、両親は犯行に関わっていることがわかっているBとCの親に、強い口調で須藤さん奪還への協力を迫りました。BとCの親は最初は素直に従い、須藤さんの両親と一緒に、石橋署へと向かいました。

「何なんだ須藤さん、この騒ぎは。日産からも人を寄越したりして、何を騒いでいるんだよ。今日は何しに来たんだ」

 例の五十代の刑事は相変わらずの態度です。もう慣れっこになっている両親は、BとCの親と一緒に、須藤さん捜索を要請しますが、須藤さんが重度の火傷を負っているという情報を出しても、刑事はまだ、事件にならないと動けないの一点張りです。と、そこに、須藤さん本人から電話がかかってきました。いつもの金の無心だったのですが、ここで機転を利かせたお父さんは、電話を五十代の刑事に代わってもらうことにしました。
 
 刑事は曲がりなりにも、捜査のプロです。須藤さんからの電話を受け取れば、刑事にも事の重大さがわかり、捜査に踏み切ってくれるという判断だったのですが・・・・。

「石橋だ。石橋署の警察のモノだ・・・・あれ?切れちゃったよ」

 なんと、お父さんが「友達に代わるから」とわざわざ断ってから電話を交代したにも関わらず、無能な五十代の刑事は、バカ正直に警察だと名乗ってしまったのです。これでは、犯人グループを警戒させるだけなのは素人にもわかります。

 さすがにまずいと思ったのでしょう。刑事は両親に「Cの車を手配する」と約束しましたが、時すでに遅し。このときの電話がきっかけとなり、須藤さんへの連日の暴行が警察に発覚するのを恐れた三人は、とうとう須藤さんを殺害することを決意してしまったのです。


とうしょうぐう


 
 最悪の事態はどうすれば防げたのか

 
 事件で一番非難を受けるべきは犯人グループの少年三名、次に、一向に動こうとしない警察と、警察に「動くな」の指示を出した可能性がある日産であるのは間違いありません。しかし、国際水準でみれば、もともと警察はあまり頼りにならないもので、治安が民間人の自衛の意識に委ねられている部分が大きいのは確かです。

 須藤さん殺害の顛末を書く前に、被害者を責める意図ではなく、客観的に、警察が頼りにならないものであるという前提で、被害者側がどうすればよかったのかを考えてみたいと思います。

 この事件を知った誰もが疑問に思うことは、被害者の須藤さんは、なぜ犯人グループから全力で逃げようとしなかったのか、ということでしょう。事件中、須藤さんは完全な監禁状態に置かれていたわけではなく、飲食店、飛行機、火傷の治療に訪れた病院、金を借りにいった友人の前など、頻繁に外部と接触していました。にも拘わらず、どうして彼は、なりふり構わず逃げ、助けを求められなかったのか。

 一度、逃げようとしたことはありました。しかし、それで酷い暴力を受けた結果、須藤さんはおそらく、「学習性無気力状態」という心理に陥ってしまったのでしょう。DVなどでも同じですが、抵抗して酷い目に遭わされたとき、人間は反抗の気力をなくし、加害者に対して盲従的になってしまうものです。

 酷な意見かもしれませんが、須藤さんがあまりにも優しすぎた、というのも原因かもしれません。逃げたら家族を殺してやるというAの脅しを信じてしまったというのはまだしも、なんと須藤さんは、自分が逃げたら、今度はBとCが、主犯であるAに酷い目に遭わされることを心配していたというのです。

 これが本当なら、被害者が加害者に共感し協力的になる、いわゆる「ストックホルム症候群」に近い状態になっていたともいえるでしょうが、それにしても異常なケースです。確かにBとCに被害者的側面がなかったとはいえませんが、二人は須藤さんのイジメに積極的に加わっており、悍ましい笑顔さえみせていたのです。そんな二人を庇おうとするとは・・・・。

 「優しさ」は「弱さ」なのでしょうか?そうではないと思いたいです。

 須藤さんを奪還しようと動いていたご両親の方はどうでしょうか。
 
 須藤さんの身内からは、いっそのこと地元のヤクザに相談してみればいいのではないか、という話も持ち上がっていました。

 ひとつの手だったかもしれません。栃木県は、全国でもヤクザの勢力が強い地域です。ヤクザは必ずしも犯罪組織と同義ではなく、世間体というものを非常に重んじます。まったくの義理人情だけでは動かないでしょうが、犯行グループのリーダー格のAは住吉会系のヤクザがバックに付いていると嘯いており、後にそれは事実無根であったことが確認されています。ヤクザに話を持ち込んでいれば、ヤクザは己のメンツにかけて、犯行グループを全力で探してくれた可能性はないとはいえません。

 ヤクザでまずいというのなら、民間の調査会社に動いて貰うという手段もあったでしょう。もちろん費用の問題もあり、第三者が偉そうにいえたことではありませんが、理髪店の仕事もしながら、ご両親が独力で須藤さんを奪還するというのは、やや無理があったようにも思います。

 事件の教訓を生かすとすれば、速やかに第三者機関に相談するということになるのでしょう。しかし、この件でご両親を責めるというのはあまりに酷な見方であり、私にその意図がないことは重ねて記しておきます。

 両親が、日産の寮に残された須藤さんの家具を、トラックで運び出したときのことです。たまたま寄った店で居合わせたダンプの運転手が、両親のトラックを追いかけて、信号に捕まったときにわざわざダンプを降りてきて、お父さんに、「横倒しにした冷蔵庫を起こしたとき、すぐに電源を入れると壊れるから、時間を置いてから電源を入れなよ」と、忠告してくれました。

「世の中にはこんなに親切な人もいるのに、市民を犯罪の魔の手から守るはずの警察は、私たちをまったく助けてくれなかったんですよ」

 栃木県警は、両親の言葉をどう受け止めたのでしょうか。

犯罪者名鑑 栃木リンチ殺害事件 1

とちぎ

写真:少年A
 
 警察の見殺し

 
 ひと昔に比べれば物騒な世の中になってきてはいますが、世界的な水準で見れば、日本はまだまだ治安の良い国といえます。それを支えているのが、全国に約二十五万人いる警察官の皆さんであることは言うまでもありません。高い犯罪検挙率も示す通り、日本の警察が世界一優秀と評されるのは、けして誇張ではないでしょう。

 我々は、警察官が真面目で正義感が強い、ということを当たり前のように思っていますが、世界的に見れば、それは本当に奇跡的で、幸せなことなのです。海外の警察官には資質に問題がある人など山ほど居り、後進国になれば賄賂で犯罪を見逃してもらうことも茶飯事で、それこそチンピラが制服を着ているだけといったような危険な警察官もいます。しかし、日本の警察官は末端の警察官に至るまでよく教育が行き届いており、トップの警視総監から交番勤務の巡査まで、誰もが国家の治安を守るという強い使命感を持って勤務に励んでいます。トップだけを競わせればそれほど差はないかもしれませんが、末端の警察官まで皆優秀で使命感に溢れ、かつ、国民の強い信頼を得ているなどという国は、日本以外にはないでしょう。

 しかし、どんな組織にも膿というものはあります。何事にも表と裏の両面が存在しますが、日本の警察官が、世界的に見て稀有と言っていいほど国民の高い信頼を得て、滅多に批判をされることがないのをいいことに、国家権力を笠に着て市民に対して横暴に振る舞う警察官も、残念ながら一定数は存在します。また、これも警察官の仲間意識が強いことの裏返しですが、警察に身内を異常なまでに庇い、また問題を起こした身内に甘い処分を下す体質があることは、紛れもない事実です。

 この事件は、そうした問題警官が、一人の若者の尊い命を見殺しにした事件です。


totigi.png


 
 少年グループ


 事件を起こしたのは、宇都宮市内に住む、三人の少年たちでした。三人はいずれも被害者の須藤正和さんと同じ19歳で、同じ中学校の出身でした。

 主犯格のAは、犯行当時無職。幼稚園のころから、友達に無理やり草を食べさせたり、近所の犬に石をぶつけるなど問題行動が目立ち、中学に入ると本格的に不良の仲間に入って、十七歳のときには、友人から百万円もの金を脅し取って保護観察となる事件を起こしています。

 Aの父親は、なんと現役の警察官でした。Aが問題を起こしたときに必ず出てくるのがこの父親で、百万円の恐喝事件でも、父親が土下座をして謝り、全額を弁済することで、示談で済ませるよう取り計らっています。警察官の親に甘やかされて育ったAは、人の痛みが分からず、嘘を平気でつく人間に成長してしまいました。一方、強い者の前では大人しく、事件の前に勤めていた鳶職の会社では、先輩に対して卑屈ともいえるほど礼儀正しい態度だったといいます。

 Bは、被害者の須藤正和さんと同じ日産の社員。学生時代には目立った悪事は働いていませんでしたが、母子家庭で、母親の帰りが遅いのをいいことに、自宅を暴走族のたまり場にするなど不良グループとの付き合いはあり、Aとは親分子分のような関係でした。友人曰く、「自分から積極的に悪いことをするわけではないが、誰かが悪いことを始めると流されて、そのうち言いだしっぺ以上に調子に乗る」タイプだったといいます。

 Cは、A同様無職。裕福な家庭で甘やかされて育ち、須藤正和さんを連れ回すのに使われた二百万もする車、ホンダ・インテグラは、母親がCに買い与えたものでした。あの「昭和の怪物」江川卓と同じ作新学院高校を卒業後に就職した会社を数か月で退職し、無職となった後、道路工事のアルバイト先で、中学卒業後疎遠になっていたAと再会。同じころ、交通事故を起こして休暇中だったBともつるむようになり、三人は結束を強めていったようです。


いいいとちぎ



 邂逅

 
 1999年、十月――。無職と長期休暇という期間中につるむようになった三人でしたが、彼らは対等ではなく、AがBとCを従え、言うことを聞かせるだけでなく、金まで出させるという、主人と奴隷、いや寄生虫と宿主のような酷い関係でした。Aは「ヤクザがお前を狙っている。金を払わないと赦してもらえない」などと、デタラメな理由をつけてはBとCに消費者金融から借金をさせ、金をせびっていました。

 やがてカードが限度額いっぱいになり、BとCがこれ以上金は出せないと泣きつくと、Aは「じゃあ、代わりの奴を探して来い」と一方的に命令します。そしてBに目をつけられたのが、同じ日産の工場に勤める、須藤正和さんでした。Bは同僚を通じて須藤さんを呼び出し、「ヤクザの車にぶつけてしまって修理代を出さなくてはならないから、ちょっと貸してくれ」などといって、所持金の七万円をだまし取ったのです。

 須藤さんは、部屋の中を虫が飛び回っていると、「殺されちゃうから、出てお行き」と、窓を開けて逃がしてやるような、文字通り「虫も殺せない」優しい少年でした。学生時代の友人にも、彼のことを悪くいう人は一人もいません。優しいだけではなく、ユーモアもあり、「一緒にいて楽しい」人柄の持ち主でした。世の中がすべて須藤さんのような人ばかりであれば良かったのでしょうが、現実はそうではありません。

 何事であれ、極端というのはよくありません。両親も、息子は人が良すぎるのではないかと心配していましたが、案の定、須藤さんは若干19歳という年齢で、あまりにも高すぎる授業料を払うことになってしまったのです。


とちぎい


 誘拐


 
 須藤さんからだまし取った七万円を、パチンコであっという間に使い果たしてしまった三人は、須藤さんをすぐに帰さず、事実上誘拐し、AがBとCにさせていたのと同じように、消費者金融めぐりをさせるようになりました。やがてカードが限度額いっぱいになると、今度は須藤さんの両親、知人友人に借金をさせるようになります。そうして須藤さんからむしり取った何百万という金で、三人はホテルを泊まり歩き、飲酒、風俗、ギャンブル、東京や北海道への旅行など、豪遊三昧の日々を送ります。

 そのうち三人は、須藤さんを金主とするだけでなく、肉体的にいたぶって遊ぶことも始めました。Aが戯れに、須藤さんの髪の毛を剃りあげたのが最初で、ホテルで六十三度にもなる熱湯をかけたり、百円ライターでキンチョールの霧に着火し、火炎放射器のようにして炙るなど、暴力は日を追うごとにエスカレートしていきました。最後に遺体となって見つかったとき、須藤さんの皮膚はボロボロに爛れ、重度の火傷状態になっていたといいます。

 Aには性的な屈折がみられ、須藤さんに己の精液を飲ませたり、フェラチオをさせるなどといった行為も働いていました。また、彼は常に場が賑やかな雰囲気にないと不安になってしまうらしく、少しでも場が湿っぽい雰囲気になると、飛行機の中でも構わず、須藤さんやB,Cに、プロミスやアコムなど、消費者金融のCMソングを歌わせていたといいます。最後に須藤さんを山中に埋めに行く、その車の中でも歌わせていたといいますから、Aの変態性に悍ましさを感じずにはいられません。

 須藤さんを連れまわしていた期間、当然、須藤さんは会社を欠勤していました。このとき須藤さんは会社の寮で暮らしており、両親のもとに、須藤さんが会社を休んでいることが知らされたのは、須藤さんが誘拐されてから数日が経ったころでした。須藤さんに金を貸した友人の話では、須藤さんは何人かの男たちに、車で連れまわされているという話です。

 何か事件に巻き込まれているのでは・・・。両親は須藤さんの捜索を依頼しに、警察署に足を運んだのですが・・・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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