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犯罪者名鑑 山地悠紀夫 8


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 大阪美人姉妹殺人事件


 2005年11月17日午前2時半ごろ、勤務していた飲食店での仕事を終えて帰宅した明日香さんがドアを開けた瞬間、山地は背後から突然、襲いかかりました。ナイフで胸を突き刺し、痛みと恐怖で動けなくなっている明日香さんのズボンと下着を脱がせ、強姦したのです。

 その僅か10分後には、妹の千妃路さんが帰宅。お姉さん同様に、ナイフで胸を突き刺し、お姉さんのすぐ側で、同じように強姦しました。

 その後、山地は、ふつうに行為を終えた男がそうするように、ベランダでゆっくりと、タバコを燻らせていました。行動の異常性に慄然とするのもありますが、純粋に、このときの彼がどういう気持ちだった、吸ったタバコの味はどうだったのかという興味もあります。

 タバコをゆっくりと灰にした山地は、虫の息だった姉妹の胸を、再び突き刺して、完全に息の根を止めました。「山地はどうしてそこでやめてくれなかったのか、たとえ後遺症が残ったとしても、一生介護が必要だったとしても、命だけは助けてほしかった」という、姉妹のお母さんのコメントが涙を誘います。

 姉妹を殺害した後、山地は室内に放火し、現金5000円や小銭入れ、貯金箱などを奪った上で逃走しました。姉妹は出火により通報を受けた消防によって発見されましたが、搬送された病院で死亡が確認されました。

 すぐに捜査が開始されましたが、山地は事件から一か月も経たないうちに、あっさりと逮捕されました。なんと事件現場のすぐ近くの公園や神社で、ずっと野宿をしていたということです。凶器となったナイフも、神社の倉庫に隠しただけでした。最初から逃げるつもりなどなかったのです。

 逮捕された瞬間、山地が放った一言は「完全黙秘します」でした。

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  真里


 明日香さん、千妃路さんの父である和男さんは、事件について「娘がストーカーに殺害されたのならまだ納得できた」と語っていました。

 ストーカーというと偏執狂による犯罪のように言われますが、それは一方的な見方というものです。どっちが悪いかといえばストーカーが悪いのでしょうが、被害者の方にもまったく落ち度がないケースはむしろ稀で、ストーカーの被害に遭うような人は、大抵「言わなくてもいい余計な一言」を言っています。相手の想いを断るだけではなく「踏みにじって」いるケースがほとんどです。

 本題はストーカーではないのでこれくらいにしますが、ご自身が子供のころから、悪いことをすれば親や教師から鉄拳制裁を加えられ、人の「筋道」について厳しく教えられてきたという和男さんは、娘にも何か落ち度があったとしたならば、山地を許す気にはなれないにしても、少しは納得できたが、まったくの無差別に殺害されたというのではどうにも遣り切れない、と仰っているということです。

 和男さんの言っていることはまったく正しいと思いますが、微妙なのは、この事件が純粋な無差別殺人事件だったとは限らない、というところです。山地と姉妹の間には面識はありませんし、姉妹に落ち度はまったくないという点も確かなのですが、この事件は「怨恨による殺人」の可能性があるのです。

 山地を扱った書籍やHPの中には、本人の供述から、山地の第二の殺人を、「山地は母親を殺したときの快楽が忘れられなかったから」とし、山地を異常快楽殺人者のように書いているものもあります。確かに大阪美人姉妹殺人事件の手口は、実母殺害事件同様とびきり残虐なものであり、山地に残虐行為を楽しむ性向がまったくなかったとは言いませんが、山地には酒鬼薔薇のような動物虐待の過去はなく、性的サディズムを証明する根拠は、それこそ本人の供述以外にはありません。

 快楽殺人以外で、とびきり残虐な手口で人を殺す動機は、「怨恨」以外にはありえません。しかし、山地と姉妹には面識がありません。

 これまた本人の供述を鵜呑みにして、「山地はゴト師グループのボスに頭にきて、あてつけのために犯行に及んだ」などと書いてあるものもありますが、これは正しくないでしょう。恨みというものは上書きされるものであり、田岡は山地が深く関わった最後の人物ではありましたが、彼が山地の生涯でもっとも恨むべき人物であったかと言われれば、私はそうではない気がします。

 田岡は山地が出て行った後、まだ自分のアジトの近くをうろついているのを知ったとき、「頭を冷やしたら、すぐ戻ってくるだろう」と思っていたといいます。田岡はガサツな男ではあったようですが、身寄りのない山地を引き取って、息子のように面倒を見てくれた男であり、山地にもそれは伝わっていたはずです。

 そもそも山地が社会に出て苦労するようになったのは自分の起こした犯罪のせいであり、露頭に迷った原因を田岡に責任転嫁するほど浅はかな思考回路はなかったはずです。「引導を渡された」とは思っていたかもしれませんが、「恨み」まで行っていたかといえば違うでしょう。

 秋葉原事件などでもいえますが、犯罪の動機において、本人の供述が100パーセントの真実であると思うのは、あまりに単純に過ぎると、私は思います。山地が姉妹を殺害したのは動かせない事実であり、どう足掻いたところで極刑は免れません。「ドラえもんが助けてくれると思った」などと語って心神喪失でも装うというのであればともかく、このうえわざわざ、自分にとって不都合になる真実を語る必要はありません。

 では、山地が姉妹を殺害した本当の動機は何なのか?山地はなぜ、真の動機を隠そうとしたのでしょうか?

 こういうケースで男が口を閉ざす理由といえば、「女」が関わっているときではないでしょうか。男と女の力関係がイーブンあるいは逆転するに至った時代に育った最近の子ならわかりませんが、私(1987年生)以前の世代の男なら、多かれ少なかれ、「男が女のことでメソメソするのは恥」といったような感覚を持っているはずです。「惚れた女が忘れられなくて事件を起こした」なんて本当のことを言うよりも、「異常快楽殺人者」として怖れられて死んだほうが、一等箔がつく、と山地が思ったとしても、不思議ではないように思います。

 山地には、少年時代に、焦がれて焦がれて焦がれぬいた女性がいました。彼女と肉体関係を持てたことは、山地の人生で唯一といっていい成功体験であり、彼女の存在は、暗い地を這うような山地の人生で、たった一つの光でした。

 彼女は、山地の実母殺害事件の後、当時交際していたガソリンスタンド店員とは別の男性と結婚し、家庭を築いていました。姉妹殺害事件後、彼女――真里は、取材に訪れた記者に対し、激しい嫌悪感を露わにしました。

「姉妹殺害事件にわたしがなんの関係があるんですか!前の事件(実母殺害事件)では私も傷ついているんだ!」

 平穏をかき乱された真里にも、同情すべき点はあります。しかし、実母殺害事件からは6年もの月日が経ち、真里は29歳になっていました。誰も彼女を責めているわけでもないのに、彼女がこれほど取り乱す必要はあったのでしょうか。

 一貫して山地を拒絶し、迷惑だと吐き捨てる彼女の冷たい言葉が、どこかで、誰かを通じて、山地に届いていた可能性はないでしょうか。

 山地は少年院出所後も、実母殺害事件当時の真里の携帯番号を、ずっと電話帳に登録していました。もう、とっくに使われなくなっている電話番号を・・・・。

  姉妹殺害事件の前、山地はマンションの配電盤をいじくって、姉妹の部屋の電気を止めるいたずらをしていました。姉妹をおびき出したという意見もありますが、私にはなにか、山地が姉妹の気を引きたくて、子供じみたいたずらをしていたようにも思えます。

 法廷において、山地は逮捕時の言葉通り、事件の核心に触れる質問のほとんどに黙秘を貫きましたが、質問が真里に及んだときの「黙秘します!!!!」は、他に比べてずっと力が入っていたそうです。

 真里との一夜から六年あまりの月日が経った当時も、山地は真里のことを強烈に、狂おしいほどに想っていたのではないでしょうか。

 愛情は、それが強ければ強いほど、裏切られ、踏みにじられたときの憎しみも強くなります。山地は自分の人生が詰んだときは、真里を殺して刑務所に入る、あるいは死刑になることを、ずっと前から決めていたのではないでしょうか。

 しかし山地は、大好きで大好きで仕方がなく、憎くて憎くて仕方がない真里の居場所を知りません。ゴト師の田岡のところを飛び出したときの所持金は三万円程度しかなく、山地はごく限られた時間の中で、ごく限られた行動範囲の中から、「真里」を探し出さねばいけませんでした。

 山地は姉妹、とくにお姉さんの明日香さんに、真里の姿を重ね合わせていたのではないでしょうか。山地は取り調べにおいて、若い女性検事を相手に、レイプをしたときの状況を嬉々として語っていたといいますが、真里への憎しみは、少なからず真里の年頃の女性全体への憎しみになっていたのかもしれません。

 本当に嫌な言い方になってしまって恐縮なのですが、姉妹は山地に、真里の「代わり」として殺害された可能性があるということです。山地の生涯を長年追い続けたジャーナリストは、「事件のことを調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、この結論に行きつかざるをえなかった」と語っていますが、私もまったく同感です。

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 その後

  山地は逮捕時の言葉通り、裁判や取り調べにおいて、頑ななまでの黙秘を貫きました。特に、事件の動機に関する部分においては完全に口を閉ざし、何を聞かれても「わかりません」「「黙秘します」の一言で最後まで通しました。
 
 お父さんの和男さんは、裁判の傍聴に向かう前、必ず、姉妹の骨を食べていたといいます。お隣の国には、血は母より、骨は父より受け継ぐ、という有名な歌がありますが、娘の体の一部を直接体内に取り込むことで、娘の悲しみや怒りを自らの心と同化させていたのでしょう。

 山地の死刑を嘆願する署名には、2万通以上もの署名が集まりました。実母を殺害したときの署名の数が約5千通でしたから、山地の更生を望んだ4倍もの数の人が、山地の死を望んだということになります。悲しい結末ですが、それが山地が犯した罪の重さです。

 無残にも殺害された姉妹の家には、その後、姉妹が生前親しくしていた友人が頻繁に訪ねてくるようになりました。友人たちは、お母さんと一緒に料理を作ったり、布団を持ち込んで泊まっていったりと、上原家で自分の家のようにくつろぎ、ときには千妃路さんの友達が喧嘩をはじめ、お兄さんに怒られるなどということもあったそうです。

 これを知ったとき、私は友人たちの温かさに心打たれるより、痛々しさを感じてしまいました。殺人は遺族だけでなく、遺族の友人たちにも深い傷を残すのです。

 死刑確定から2年後の2009年7月28日、山地の死刑は執行されました。享年25。


 総括:山地の生い立ちには同情すべきところがありました。あの環境で、発達障害の疑いまで抱えながら、友人も作り、恋もして、山地はむしろ前向きに、立派に生きようとしていたと思います。

 日本の矯正教育は、異常なまでに「反省」を重視するという特徴がある反面、世間の前科者への風当たりは強く、受刑者の社会復帰の支援が十分に出来ているとは言い難いところがあります。このままでは、当局の社会復帰支援の不備を覆い隠すために、受刑者に過剰なまでに「反省」を押し付けているようなものです。

 この事件も私が何度も述べていることと同じ結論になってしまいますが、いたずらに厳罰化を推し進めることではなく、貧困の連鎖を断ち切ることと、不幸な生い立ちを背負った人がもう一度夢を見られる社会づくりこそが、犯罪を減らす唯一の手段であると私は思います。

 犯罪者名鑑 山地悠紀夫 完
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犯罪者名鑑 山地悠紀夫 7

やまじ


 ゴト師

 高木の家での山地は大人しく、家の手伝いをよくし、高木の幼い娘にも優しかったといいます。この時期の山地は傍目には何の問題もないように見え、山地も高木の家にずっといることを望んでいたようですが、高木の本業であるテキヤでは、山地を雇う余裕はありません。そこで高木は、パチンコ業界の知り合いのゴト師、田岡(仮)に、山地を預けることにしました。

 「ゴト」とは、パチンコ、パチスロ機を不正に操作することで利益を得る行為で、刑法上では窃盗罪にあたります(そもそもパチンコそのものが本来賭博罪であり、国益を損なう違法な商売ですが)。ようするに裏稼業の一種ですが、パチンコ業界では、お店で働いていた人間が、内部情報と業界の知識を学んだ上でゴト師側に回るのはよくあったことだそうで、また蛇の道は蛇ということで、ゴト師側の手口を知った人間が店側で活躍することもよくあり、ある意味、持ちつ持たれつの関係でもあったようです。

 当時50代の田岡はゴト師の世界では伝説的な人物として知られ、十人近い配下を連れて、大阪を拠点に、西日本各地のホールを回って荒稼ぎをしていました。ゴト師になる人には素性の知れない人が多く、また、稼げない部下には、「取れんと思うから取れんのじゃ!」と、容赦なく罵倒を飛ばす田岡の性格のせいもあって、ゴト師グループは人の入れ替わりが激しく、山地は早々に古株になり、組織の金庫番のような役目を担っていたようです。

 一方で、山地はゴトの腕はイマイチでした。ゴトの手口にも色々あるようですが、田岡が行っていたのは、「体感器」という機械を用いる体感器ゴトで、パチスロ機の内部に埋め込まれた、当たり外れを操作するルーレットの周期に合わせて体感器が振動し、使用者がそのリズムに合わせて打つことで、確実に大当たりを引くというものでした。(説明が非常に難しいので、興味がある方はYouTubeを参考にしてください)

 体感器は誰が使っても大当たりを引けるというものではなく、ある程度リズム感やセンスといったものが必要です。田岡はゴト行為をするだけでなく、体感器も自分で作っており、販売やリースも行っていましたが、その試験運用を行うのに山地を指名し、客の前で失態を演じた山地を思い切り怒鳴りつけたということが何度かあったようです。
 
 しかし、田岡が部下に厳しいのは山地に限ったわけではなく、むしろ金庫番を任せていたように、身寄りのない山地を引き取って面倒を見てやろうと思っていたようで、山地もけして田岡のことを嫌っていたのではなく、むしろ父親がわりとして信頼していたようです。

 そうでなければ、山地はゴトでまったく稼げなくなったにも関わらず、消費者金融から借金をしてまで組織にアガリを納めて、田岡の元に残ろうとしたりはしなかったでしょう。これについて、山地があまりにも不器用なせいで稼げなかったようなことを書いている本などもありますが、実際には、この頃からメーカーの体感器対策が厳しくなりはじめており、体感器ゴトというシノギそのものが限界に来ていたというのが真相のようです。

 体感器をセンサーで感知され、店側に不正行為が発覚し、警察に突き出されたり、店員から暴行を受けたりするといったトラブルが多発しはじめ、体感器のリピーターからもクレームが相次ぐなど、伝説のゴト師、田岡も、次第に追い詰められていきました。他の部下たちは次々と田岡の元を去っていきましたが、山地にはほかに頼れる人はおらず、居場所もありません。

 田岡も山地が簡単に出ていけないのをわかっており、「今は時期が悪いのではないでしょうか」と、正論を言う山地を、「お前の使い方が悪いんじゃ!」と、相変わらず厳しく叱りつけていました。

 しかし、借金が限度額に達すると、さすがの山地もこらえきれなくなり、些細な口論をキッカケにして、ついに田岡の元を去る決断をします。


すいか


 
 邪


 勢いで田岡の元を去った山地でしたが、身寄りがなく、友人の一人もいない彼には、他に行くあてがありません。アスペルガー症候群の人は、組織の枠に収まっている間はいいものの、「自由」を与えられるとどうしていいかわからず、奇妙な行動を取ってしまいがちです。ケンカ別れして家を飛び出したなら、できるだけ家から離れたところで寝泊まりしようとするのが普通だと思いますが、山地はこともあろうに、マンションの前の公園で野宿をし、夜を明かしました。

 ただ、その理由は、「どうしていいかわからない」以外に、もう一つありました。山地は田岡がアジトとしているマンションに住む姉妹に、密かに想いを寄せており、彼女たちをつけねらっていたのです。

 お姉さんの明日香さんは27歳。飲食店で勤務をしており、将来は飲食店の経営者と一緒に、ブライダル関係の会社を立ち上げるために勉強をしていました。ちょうど、山地の初体験の相手である真里と同世代に当たり、私の想像では、山地はこのお姉さんの方に、より強い執着を抱いていたものと思われます。妹の千妃路さんは19歳。当時学生で、明日香さんとは別の飲食店でアルバイトをしていました。二人は暖かい家庭に育ち、友人も多く、愛すべき朗らかな性格であったようです。

 ネット上にいい画像が見つからなかったので、気になる方は「暴露ナイト 大阪姉妹殺害事件」とかで動画を検索していただきたいのですが、率直にいって、かなりの美人姉妹です。お姉さんはやや特徴のあるキュートな顔立ちをしており、 妹さんは純粋にアイドルのように整った顔立ちをしています。可愛いなあと思うのは妹さんですが、私の好みはお姉さんの方です。

 被害者には申し訳ないですが、私自身ロクでもない人生を送ってきただけに、この二人に邪な感情を抱く山地には、もの凄く共感を覚えて仕方がありません。中卒で破滅的な人生を送って、今はゴト師のような如何わしい組織に所属しているという身で、自分とはまったく違った幸福な人生を歩んできた、若く美しい姉妹が同じマンションに住んでいたら・・・。

 淡い恋心というより、憎悪の入り混じった、歪んだ情欲が芽生えてしまうのは痛いほどわかります。山地も含めて登場人物がすべて美形というのもあり、これだけで短編小説が書けそうなテーマです。

 中卒という学歴。少年院出身という経歴。度重なる就業の失敗。わずか三万円という所持金。消費者金融からの借金。身寄りはいない。発達障害などない普通の人でも、人生詰んだと思うような状況に追い込まれた山地は、最後に自分のやりたいことを思い切りやって、警察に捕まろうと決心しました。

「人を殺して、女だったら強姦して、金も奪ってしまえ」

 山地のターゲットに選ばれたのが、上原明日香さん、千妃路さんの美人姉妹でした。

犯罪者名鑑 山地悠紀夫 6

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 出所 

 少年院の山地は模範生というべき生活態度で、三年間と収容期間が長かったこともあって、溶接やパソコン関係の資格を数多く取得しました。特に難関というわけではありませんが、それなりに意欲がなければ取れない資格です。中学校からは不登校だったこともあって、入所時にはひらがなカタカナの読み書きが精いっぱいだったという学力も向上し、本をよく読むようにもなりました。山地は学校という環境に馴染めなかっただけで、本人のポテンシャルはかなりのものであったことの証明でしょう。

 小さな成功体験を積み重ねていくことで、気持ちも前向きになり、更生は順調に進んでいたようでしたが、前回の記事で述べたように、母親のことは相変わらず敵視し続け、事件についての心からの反省がないところは気がかりなところでした。母親を憎み続けるのは「信念」だったとしても、「また人殺しをすることがないとはいえない」というのは聞き捨てなりません。私個人的には、再犯を防ぐためには、反省よりも就職などのサポートを充実させることの方が重要だと考えますが、山地の場合はそのどちらもないままに、社会に放り出されることになってしまったのです。

 また、少し気になる事案もありました。岡山少年院では、少年たちに命の尊さを学ばせるために、生き物の世話をさせるということが行われていたのですが、このとき山地が面倒を見ていた子犬が死亡してしまったのです。

 人間でも犬でも、死ぬときはあっさり死ぬものであり、抵抗力の弱い子供ではなおさらです。子犬が死んだ原因が山地にあったかどうかはわかりません。ただ、このときの山地の様子を、当時の院生が「妙に冷静で、悲しんでいる様子は伺えなかった」と語っていたのは、事実として記しておきます。

 真相は藪の中ですが、この一件が、仮に山地の仕業だったとしても、山地がすべて悪いとはいえないでしょう。

 米国で犬の訓練を少年の教育に利用するプログラム、「プロジェクト・プーチ」では、プログラムを希望する少年の調査を入念に行い、過去に動物の虐待歴がないかなどといった審査を経たうえで、初めてプログラムへの参加が許可されます。山地には動物の虐待歴はありませんが、殺人という重篤な罪を犯しており、母親を殺したことに「快楽を覚えた」ということを語っています。そういう子供に安々と犬の世話を任せるというのは、審査などは一切行われていなかったということでしょう。

 当局が犬を人間のパートナーではなく、矯正のための道具としか考えていない証拠です。


こうせいほふぉ



 更生保護施設

 
 様々な問題を抱えながらではありましたが、二十歳を迎えた山地の、出所に向けた準備が進められていきました。

 両親のいない山地にとって、彼の身元を誰が引き受けるかということは、重大にして困難な問題でした。血の繋がった親族で、それなりの生活能力がある人物は、山地の母の兄である叔父だけでしたが、叔父にとって、山地はただ一人の甥であると同時に、妹を殺害した加害者でもあります。叔父にとっては、山地本人の更生だけでなく、自分が山地を受け入れる理由として、山地が「反省しているかどうか」は重要な問題でした。これは当然の感情でしょう。

 しかし山地は、叔父の「反省しているか」という手紙での問いをまるきり無視して、ただ事務手続きだけの用件を書いた手紙を送り返すなど、叔父の気持ちをまったく無視したような態度を取ります。

 これではどうしようもありません。叔父は山地の身柄を引き取ることを拒み、山地は更生保護施設へと入ることが決まりました。

 更生保護施設に入った山地は、毎日弁当を持ってハローワークに通う生活を始めましたが、殺人という重篤な罪を犯した山地には、なかなか自分に合った仕事が見つかりません。少年院に入った子供の就職先の大半は、土木や工業関係ということですが、線が細い山地には肉体労働は向かないとの判断から事務関係を目指していたのですが、そうなると今度は中卒という学歴がネックになってしまいます。

 山地も保護施設の職員も途方に暮れていましたが、そんなとき、保護施設に出入りして、入所者に仕事を斡旋していた人物、高木(仮)が、偶然、山地の父親がパチンコ店に勤めていたころの知り合いであったことがわかりました。父の話で高木と意気投合した山地は、彼からパチンコ店の仕事を紹介してもらうよう頼み込みます。

 高木は困惑しました。たしかにパチンコ業界には明るいですが、それだけに、パチンコ業界の暗い部分も熟知しています。そもそもパチンコというギャンブルは公営ではなく、実態としては違法な産業です。こういわれたときパチンコ好きがよく引き合いに出すのはソープなどの風俗ですが、性欲という、人間の根源的な欲求に根ざし、間違いなく性犯罪の歯止めになっている風俗と違い、パチンコはただ依存症を生み出すだけです。

 社会への貢献といえばトイレステーションとしての機能くらいしかない、必要悪でもないただの悪であるパチンコ業界に、更生して社会に出ていこうとする山地を送り込んでいいものかと、高木は随分悩みましたが、結局は、父と同じ仕事がしたいという山地に根負けして、知り合いのパチンコ屋を紹介します。話は叔父にも伝わり、随分と心配したそうですが、身元の引き受けを断った手前、あまり説教するわけにもいきません。せいぜい、「頑張れよ」と、励ますことしかできませんでした。

 こうして山地は、母を殺害した山口市と同じ山口県内の下関市で、パチンコ店の店員として社会復帰することとなりました。


ぱちんこ



 社会復帰

 山地の勤務態度は良好で、半年も経つころには仕事にもすっかり慣れ、お金も溜まってパソコンを買うなど、生活の基盤も整ってきました。

 ところが、平和は長くは続きませんでした。あるとき山地は、居酒屋で少年院時代に一緒だった院生と偶然再会し、以後、勤務中に因縁をつけられるなどのトラブルに見舞われてしまったのです。店長は寮生活者で管理しやすく、仕事の覚えも良かった山地を遺留しましたが、どうしても居づらくなって、パチンコ屋を退職せざるをえませんでした。

 次もパチンコ屋に勤めたのですが、ここではなんと、店長が山地と同じ保護施設の出身で、殺人という重罪を犯した山地を雇ってはいられないと、クビを言い渡されてしまいました。

 現実には、過去に重罪を犯した人でも、自分の過去を周りの人間に知られることなく、平和に生活ができている人もいます。山地が立て続けに過去バレしてしまったのは、不運としか言いようがありませんが、二度の失敗で、山地は自分が社会で生きていく大変さを身に染みて理解したことでしょう。あるいはこのときこそ、母親殺しの罪を「反省」ないし「後悔」したかもしれません。

 山地は過去バレのトラブルが起きた際、律儀に更生保護施設に相談しているのですが、「これからは犯罪をせず、堅実に暮らせ」と指導されただけで、まともに取り合ってはくれませんでした。ねぐらを提供しているだけで、「更生保護」とは名ばかりの施設だということでしょう。保護観察の期間も終わってしまい、このまま一人で生きていくことに無理を感じた山地は、パチンコ店の仕事を紹介してくれた、高木のアパートに転がり込むことにしました。

犯罪者名鑑 山地悠紀夫 5

 やまじ



 後編~壊れたマリオネット




 
 「楽しい」管理生活


 入所した岡山少年院では、山地は分刻みでの細かいスケジュールで行動することを強制されました。

 一般人なら息苦しさを感じるような生活ですが、山地にとっては、管理される生活はむしろ楽で、幸せなものでした。

 アスペルガーの人は時間管理や、物事の優先順位をつけることが苦手です。例えば、何時までに終わらせなければいけないと決まった仕事があったとしても、なぜか日報の記入など、後回しにしてもいい仕事を先にやってしまうなどして、指定された時間内に仕事を終わらせられない、ということがよくあります。アルバイトで雇った人が、作業がとても早いので、正社員にしてアルバイトを管理する仕事を任せてみたら、アルバイトとトラブル続きで上手くいかなかった、などというケースもあります。アスペルガーの人にとって、時間や行動に裁量を与えられることは、むしろ苦痛なのです。

 一方、アスペルガーの人は順法精神が高く、規律を守ることを好みます。山地は相変わらず、同じ寮生に対しては「見下したような」尊大な態度が目立ち、ほとんど嫌われていたといいますが、教官に対しては従順で、手のかからない少年だったといいます。後年、山地は、この少年院での生活が一番楽しかったかもしれない、と振り返っています。

 山地は素行の面には問題がなく、模範生ともいえる態度でしたが、反面、事件に対する贖罪意識が薄いところが、教官たちの懸念でした。山地は少年院に入ったあとも、母親を殺したことについて「あんな母親は、殺されて当然だった」「今でも後悔していない」と、開き直った態度を貫いていたのです。面会に訪れ、山地に経本を差し入れた叔父(母の兄)にも、「自分の妹を殺した奴にわざわざ会いにくる気が知れない」と冷めた態度です。

 山地の母親への感情、また、なぜこれほどまで頑なに母親を恨むのかについては、第一回からずっと触れてきたところなので割愛し、今回は、日本の司法が犯罪者の刑罰や更生に異常なまでに重視する、「反省」ということについて、私なりの意見を述べたいと思います。


さいばん


 
 メディアの言う「反省」への疑問

 
 
 贖罪意識の見えない山地に、教官たちは何とか反省の念を引き出そうとアプローチをかけます。山地に人に対する共感性が薄いのではと判断した教官は、試しに「池田小学校事件の被害者、あるいは阪神大震災の被災者をどう思うか」などと言った質問をしました。これに対し、山地は「被害者、被災者が悲しいだろうことはわかる」と答える一方で、「彼らのことを考えても、心を揺り動かされない」と答えています。

 この池田小や大震災の質問への答えを見て、お偉い学者先生は、山地の共感性が薄いと断定したらしいのですが、みなさんはどう思われるでしょうか?私はぶっちゃけ「そんなもんだろ・・」と思いました。

 秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大は、自分が起こした事件について、「自分がまったく関係のない第三者だったら」という想定をしたうえで、「自分や自分の友人が巻き込まれていたら、怒りを覚える」と語る一方で、「自分や自分の友人が巻き込まれているのでなければ、何とも思わない」と語っています。

 これを皆さんはどう思われるでしょうか?「薄情な奴だな」「頭おかしいな」と思ったでしょうか?加藤智大は特殊な人間だと思われた方は、あの事件の際、多数の野次馬が、現場に携帯カメラを向けていたあの光景は何だったのかを説明してみてください。

 加藤智大の意見にも、私は「そんなもんだろ・・・」と思うのです。自分の周りで起きたことと、「他人事」は、どう取り繕ったところで天と地の差があります。上記の質問の答えは、山地や加藤を「正直者」とする証明にはなっても、共感性が薄いとする証明にはならないでしょう。自分と無関係な人が事件や事故に巻き込まれたときにも、自分や自分の知り合いが事件や事故に巻き込まれたのと同じくらい共感できたとしたら、それは特別に情深いのではなく「エスパー」ではないでしょうか。

 山地は出所間際には、母親殺害について、「あのときは思いつかなかったが、逃げるなり他の人に相談するなり、別の選択肢はあったと思う」と、「反省」の態度は見せないものの、「後悔」はするようになりました。

 加藤智大は、「人の死」について、「自分に共感できるところがなければ、親兄弟や知り合いでも哀しみはないが、自分に共感できるところがあれば、ゲームやアニメのキャラでも涙を流す」と語っています。

 山地の答えは、それほど異常なものでしょうか?加藤はゲームオタクの、気持ち悪い奴でしょうか?私は、どうしても許せない、恨みのある人間を殺したことに対する山地の答えは自然だと思いますし、ゲームやアニメに感情移入したことがある人間の答えとして、加藤の感情は何もおかしくはないと感じました。

 偉~い学者さんたちや、文章で収入を得ている方々は、どうも上記の事柄を、山地や加藤が異常だったことにする材料にしたいようなのですが、私には山地や加藤の発言が、何を異常とする根拠になっているのかわかりませんでした。

 もちろん、偉~い学者さんやジャーナリストさんには公人としての立場があり、メディアの前で発言する際には、多くの人の死を悼むという、人間の気持ちとして理想とされる発言をしなくてはなりません。私でもそうします。ですが、それを一人の私人を異常とする根拠として使うのはおかしいのではないでしょうか?

 加藤の発言は手記に記されていたことであるからともかく、山地の発言は、個人的に交流する弁護士に対してされたものです。山地はこの発言が、世間一般に広く公開されることを想像していたでしょうか?公人としての論理を私人に当て嵌めて人格を攻撃するなら、では学者やジャーナリストは、家にいるときでも一言一句、聖人君子的な発言ばかりをしているというのでしょうか?そんなに偉そうに言うなら、大震災で亡くなった人を悼んでいるという学者やジャーナリストは、震災被害者のために、どれだけのお金を寄付したというのか?口で言うだけなら、学者であろうが乞食であろうが、誰でもできることです。

 もしも、山地、あるいは加藤を「反省させる」ための試みとやらが、こんな的外れな質問を繰り返しぶつける程度のことだとしたら、それは矯正にも何にもならないでしょう。日光の猿軍団ではないのだから、ただ口で「反省しろ!」を言われるだけで、反省などできるはずがありません。

 では、人を「反省」させるためには、どうすればいいのでしょうか?それを次の項で考えてみます。

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 「反省絶対主義」が、本当に加害者を反省させるのか?

 

 日本という国は、犯罪者の矯正に世界でも類を見ないほど「反省」を重視する国です。裁判の結果にも「反省の態度」が重視され、裁判官の、「反省しているかどうか」という主観的な印象だけで、死刑が無期になったりします。それほど「反省」を重んじる反面、作業報奨金の異常な少なさなど、受刑者の社会復帰の支援などは疎かになっています。まるで「反省」さえしていれば何でも解決するという、「反省絶対主義」とでもいうべき姿勢です。

 私はこの、何においてもまず「反省」を優先する日本の犯罪者への矯正教育には違和感を覚えます。

 自分の罪を悔い改めることは、確かに大事なことです。でも、それは一番最初にすべきことではありません。

 「反省」というのは過去を振り返る思考であり、また、「自分がいかにダメか」を考える思考です。いわば後ろ向きの思考であり、これから何かにチャレンジしよう、前に踏み出そうというときには、逆効果にすらなる思考ともいえます。

 現在の私と同じ、無職あるいは非正規労働者の立場にある人は、「自己責任」という言葉を思い浮かべてみてください。「自分は努力をしなかったのだから、こうなるのは当然だ」「あの人は努力をしたから、高収入を得ているのも当然だ」・・・こういう考えが、「自分も努力をして、高い収入を得よう」というポジティブな考えに結びついているでしょうか?

 結びついている!という人もいるかもしれませんが、どちらかといえば、自己責任という考え方は、社会の下層にいる人に不遇な環境を受け入れさせ、かつ、搾取を行っている層に、不満や嫉妬を起こさせないようにする目的の方が強いはずです。社会の下層にいる人で、かつ自己責任論を唱えている人にとっては、「私は自己責任を自覚しているんだから、これ以上責めないで」と、ただ単に努力不足への非難を回避し、逆に努力をしないための論理になってしまっている方が多数派ではないでしょうか。

 犯罪を起こした人に、思考停止で「反省しろ!」というのは、それと同じことです。刑務所に入ってからならまだしも、裁判の過程でも「反省」を重要視し、判決内容にまで影響させるのは、明らかに行き過ぎているようにしか思えません。

 裁判で一番大事なことは、言うまでもなく、真実を語ることです。加害者が、良い判決を貰うためだけに、上っ面だけ「反省」したフリを見せ、それを信じて実際に刑を軽くしたりするのは、正しい裁判の結果といえるでしょうか。判決が出た途端に態度を変え、被害者遺族への謝罪をやめたり、被害者を侮辱するようなことを始めたとき、傷つくのは被害者や被害者遺族だということを、司法関係者はわかっているのでしょうか。

 確かに死刑囚や長期受刑者など、社会復帰が現実的に考えられない人たちには、現在の境遇を受け入れさせる意味でも、とりあえず反省させようとするのでもいいかもしれません。しかし、短期受刑者や、少年院で矯正を受けている少年たちにまで「反省!」をいうのは、むしろ前向きな更生を妨げている負の要素の方が大きいのではないでしょうか。

 私の経験から言っても、心からの「反省の気持ち」というのは、過酷な環境にいるときに起きるものではありません。逆に、「とても楽しい!充実している!」と思える環境にいるときに、「人に酷いことをした、酷いことを言った自分が、こんなに楽しい思いをしていいんだろうか・・・」と、フッと沸き起こるものです。

 裁判中、あるいは刑期のはじめのころで「人生終わったな」と絶望している人に反省を促してみても、そんな心の余裕はないというのが、正直なところだと思います。それよりは、出所が間近に迫って、気持ちが前向きになり、希望が開けてきたそのタイミングで、初めて「反省」を言ってみる方が、よっぽど効果があるのではないでしょうか。「反省」と「更生」を同一に考えるのではなく別個に扱い、まず「更生」を優先として、頃合いを見て「反省」を促してみるといいのではないか、ということです。

 犯罪加害者に反省を促すためには、厳罰化を進めたり、バカの一つ覚えのように「反省!」を言ったり、刑務所の環境を必要以上に過酷にするのではなく、刑務所の環境をむしろ緩やかにしたり、 作業報奨金の増額や、継続的な就職支援などで、出所後の社会復帰をスムーズにさせることの方が重要だと思います。刑務所の規律が日本より遥かに緩いにも関わらず、再犯率は日本よりも低いヨーロッパの刑務所を参考に、「許す」ということの効果を見直してみてもいいのではないでしょうか。

 遺族感情に配慮することも勿論大事ですが、それならばこそ、すぐに「反省!」と叫んで上っ面だけの反省、謝罪の言葉を引き出すのではなく、長い目でみて加害者が本当に反省できるような、システムや環境を整備することの方が大事ではないかと、私は考えます。

犯罪者名鑑 山地悠紀夫 4

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 実母殺害事件


 
 山地の供述によれば、母親は山地の財布からお金を抜いたときに、真里の名刺を発見し、そこに書いてあった携帯電話番号に無言電話をかけたようです。

 母親はなぜ、息子の恋人に無言電話などをかけたのか。まだ十六歳の息子が健全な男女交際をしているか心配で、相手の素性を確認しようと思ったのか?山地の収入をアテにしていた母親が、息子が女のところに行ってしまうのを恐れ、引き剥がそうとしたのか?前者の可能性もないとはいえませんが、山地が思っていたのは、後者でした。

 山地にとって、真里との交際は、人生で初めて得た成功体験でした。山地は真里との結婚を夢見て、配達数を増やして収入を安定させるため、バイクの免許を取得する準備を進めていました。中卒でダメなら、それまでの人生だ、と、投げやりになっていた山地が、初めて前向きになれたキッカケが、真里との出会いだったのです。それを、あろうことか実の母親がぶち壊そうとするとは。

 もしこのとき、真里との関係がハッキリとしていれば、母親を捨てて真里のもとへ行くという決断ができていたかもしれません。しかし、真里はいまだ、三十代の彼氏と繋がっており、二人の男で取り合いをしている不安定な状態にあります。真里はすでに彼氏とは何か月も会っておらず、このまま真里と交際しても略奪愛とはいえないでしょうが、やはり筋からいえば不利なのは山地の方で、経済的にも三十代でガソリンスタンドに勤める彼氏には及びません。

 この状態で母親からの横やりが入ったのです。まだ十六歳と未熟で、発達障害の疑いも濃厚にあった山地には、もう理性を留めることはできませんでした。完全なパニックに陥ってしまったのです。

 山地と母親との間には、父親が死んで二人きりになってから、家庭の事情を知らない者にはわからない愛憎が、ずっと渦巻いていました。積もり積もった鬱憤が、ついに爆発するときがやってきたのです。

「おどりゃあ、ふざけんな!」

 山地は母親を素手で殴打した後、いつか父親に買ってもらった金属バットを持ち出し、抵抗もできない母親を、二十回以上も殴打しました。実の母親を、二十回です。よほど強烈な怒りがあったのは確かでしょう。しかし、「オーバーキル」の理由は、果たして怒りだけだったのでしょうか?

 山地は後に引き起こした姉妹殺害事件の動機について「母親を殺した快感を忘れられなかったから」と語っていました。単なる「ヒール気取り」と見ることもできますが、姉妹殺害事件の手口も、この実母殺害事件と同じくらい、飛び切り猟奇的なものであったのは事実です。もしかしたら本当に、実の母親を殺害したとき、人の命を奪うことと、性的なサディズムが、歪に結びついてしまったのかもしれません。

 血の海の中、山地は外出する支度をしていました。母親を殺害したあと、山地は普通に、新聞配達の仕事に出勤していたのです。

 現実から逃げるため、無心で仕事をしたせいか、配達はいつもより早く終わってしまいました。家に帰り、部屋に入れば、現実との再会です。山地は母親の遺体を、どこかに隠そうとしましたが、家の中に、大人一人の身体が入るようなところはありません。

 自分はもう、社会には留まれない。この時点で覚悟を決めた山地は、最後に、大好きな真里に会うため、再度家を出発しました。人生最後のデートで、山地は雑貨屋に入り、「マリー・クアント」というブランドのポーチを、真里にプレゼントしました。楽しかった真里との思い出。やはり真里を失いたくない。山地は帰宅後、どうにかならないかと、今度は母親の遺体を毛布で包み、どこか遠いところに持っていってしまおうとしますが、遺体は重く、玄関の土間まで持っていくだけでも一苦労です。当然ながら、山地は車など持っていません。まだ残暑が厳しい時期で、遺体はすでに痛み始め、部屋の中には据えた臭いが漂っています。限界でした。

 山地は警察に自首し、生涯最初の殺人罪で逮捕されました。



ばっと





 取調べ


 留置場や取調べ室での山地は落ち着いており、カードゲームや父親の話になると白い歯を覗かせることもありました。「バットを手に取ったとき、母親の顔はすでに四谷怪談のお岩のようだった」「起き上がろうとする母親を、バットで小突いて倒し、何度も殴った」「殺してよかった、せいせいした」「父親と一緒の墓には入れない」などと、薄笑いを浮かべながら得意げに語り、血が飛び散る様を詳述するなどし、取調べに当たった刑事は薄気味の悪さを覚えたといいます。

 事件の動機に深く関わった真里のことについて、初め山地は、「友達だった」と関係を隠していましたが、やがて担当刑事に信頼を深めると真実を打ち明け、打って変わったように、思い出話を語るようになりました。

 山地は自分の置かれた現実をよく理解していなかったのか、取調べ期間中も、真里に対し、「自分を取るか、彼氏を取るか」などと、手紙を書いて送っていたそうです。刑事が「彼女に迷惑をかけたと思わんか?」と、遠回しに真里を諦めるように言っても、聞く耳を持ちません。

 その真里の方は、山地が事件を起こしたと知るがいなや、「アイツのせいで、大変なことになった」「アイツとは何の関係もない」「私は悪くないよね?」などと、たった一度とはいえ情を交わした仲とは思えない、被害者的、自己保身的な態度を見せます。山地からもらったポーチも、すぐに捨ててしまったようです。

 交通事故を起こしたときの男女の対応の違いでも、男性はまず真っ先に相手のことを心配し、何はともあれ救急車を呼ぶことを考えるが、女性はまず保身を優先に考え、あろうことか救急車より先に夫や恋人に電話をかけ、「私は罪になるの?」などと尋ねることがある・・・などという話もありますが、真里が特別なわけではなく、女性には事件や事故のとき、こういう態度を見せる人が多いのでしょうか?山地を心配する様子など微塵もみせず、自分のことだけを考えて涙を流して慌てふためく真里の姿には、かつて恋心を寄せた、山地のカード仲間の専門学生すら嫌悪感を覚えたといいます。
 
 真里は一時、三十代の恋人の元に身を寄せました。追いかけてくるマスコミに対しても、「アイツとは関係ない」「いい迷惑だ」と、山地を罵るかのような言葉を連発します。

 確かに真里と山地とは、たった一回、肉体を重ね合わせただけの関係で、真里には山地が事件を起こした責任はありません。だったらだったで、毅然として対応していればよかっただけではないでしょうか。真里は二十三歳の若さではありますが、山地よりは七歳上で、成人でもあります。こうした態度が、何らかの形で塀の向こうの山地に伝わり、山地を深く傷つけてしまうとは考えなかったのでしょうか。

 山地が真里のこうした態度を、何処かで知る機会があったのか・・・・それは、わかりません。ハッキリしているのは、後に引き起こす姉妹殺害事件のお姉さんは、山地より六歳年上、真里とは一つ違いの女性であった、ということです。

 裁判では、山地の成育歴、家庭環境が考慮され、山地は刑罰を目的とする少年刑務所ではなく、更生を目的とする医療少年院への送致が決まります。小中学校時代の同級生や、近隣住民から集まった、数千通の署名も功を奏したようです。関係者の中で署名に応じなかったのは、あの小学校時の冷酷教師だけでした。

 
 
 前編 ガラス細工の天使 完
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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