犯罪者名鑑 闇サイト殺人事件 3

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 被害者・磯谷利恵さん 


 裁判編に移る前に、この事件で被害者となった、磯谷利恵さんの経歴について紹介していきます。

 磯谷さんは当時三十一歳。派遣のOLとして、名古屋市内の会社で働いていました。幼い頃に父を亡くし、母の手ひとつで育てられた彼女はとてもお母さん思いで、お金をためてお母さんに一軒家をプレゼントすることを夢見ていました。趣味はグルメと囲碁で、食を取り扱ったブログ http://kuishinbounagoyan.blog96.fc2.com/は、事件を知った人からの多くのコメントで溢れています。

 事件当時は囲碁を通じて知り合った大学院生と交際しており、事件の十日前には、名古屋城に流星群を見にデートに出かけていたそうです。誰からも好かれる人柄であった彼女が殺害されたのは、自宅まであと僅か二百メートルという地点でした。逮捕後、川岸健治は「人生は運だ。俺が捕まったのも運。彼女が殺されたのも運。無期懲役の判決を貰ったのも運。生かしてもらえて、取りあえず感謝してる」ということを語っていました。「そう言っちまえばそれまで」と言えるのは、被害者や第三者であって、犯人ではないでしょう。


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 被害者遺族の奮闘

 裁判において、被害者遺族である母の富美子さんは、三人の死刑を目指して運動を開始します。お姉さんや被害者の会の協力を得て、駅前での署名活動や、テレビ番組への出演、大学での講演などと精力的に活動します。もっと休んだらどうかと周囲の人も心配するほどだったそうですが、唯一の生きがいを失った富美子さんからすれば、じっとしている方が苦痛だったのでしょう。

 富美子さんがこうした活動をするのをみて、したり顔で「この人出過ぎじゃない?目立ちたがりなんじゃないの?」という人間が富美子さんの周囲にもおり、実際にそうした内容が書かれた手紙が届くこともあったそうです。光市母子殺害事件の本村氏も同じようなことを散々に言われてきたそうですが、私はこういう人間こそが、磯谷利恵さんの命を奪ったのだと考えます。被害者遺族の気持ちを想像することもできない人間が、犯罪者の気持ちを想像することなどできるはずがありません。追い詰められた人、うまく生きられない人の気持ちが想像できないこういう人間が、単なる無能者を、犯罪者へと変えるのです。

 富美子さんが行った署名活動では、およそ30万人もの署名が集まりました。世論の後押しを受け、闇サイト殺人事件の裁判が開始されました。

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 裁判


 富美子さんの意向もあり、三人全員の死刑を求刑する検察側と、殺害人数が一人という理由を盾に死刑回避を目指す弁護側は激しく争います。この裁判で露呈したのは、ネットを介して出会い、ともに殺人まで犯した三人の男には、いかなる友情も絆も存在しなかったということ――。裁判の中で三人は、醜い罪の擦り付け合いを繰り広げるのです。

 神田が、「絵を描いたのは川岸、殺害を主導したのは堀」と主張すれば、堀はまるで反対のことを言い、川岸は「お前らのせいで犯罪者になっちゃっただろ!」など、二人に向かって叫び出します。お互いを仲間だなどとは欠片も思っていない三人は、自分だけが助かろうと、自分はただ傍観していただけという態度を貫こうとするのです。

 第一審の結果は、川岸に無期懲役、堀、神田に死刑という判決でした。川岸は自首を認められて、罪一等を減じられたのです。遺族は不満だったようですが、この判決は一応妥当ではあるでしょう。前例で自首をしたにも関わらず死刑判決が下った人には、オウム事件の岡崎一明がいますが、彼の場合は教団から逃亡して自首をするまでにかなり長い潜伏期間がありました。その間、オウムは数々の反社会的な活動を行っています。川岸の場合は明確に事件の早期解決に貢献しており、ここで死刑判決を強行してしまっては、今後の事件抑止に繋がりません。

 川岸は判決以前には、「お母さんの言葉は胸に刺さりました」と反省するような態度を見せていながら、無期懲役判決を勝ち取るや否や、前述のような放埓な言動をし始めるなど態度を一変させます。それが遺族の感情を逆なでしたことは間違いありません。

 川岸が無期になろうが死刑になろうが、磯谷利恵さんが戻ってくるわけではありません。そもそも、自首したのは偉いなどといっても、もとはといえば、この男の書き込みからすべてが始まったのです。遺族が徹底的にやりたい気持ちはわかりますが、やはり社会全体のことを考えれば、自首の功績は功績として評価しなければなりません。無期以上死刑以下という刑罰があるならそれに処すべきところでしょうが、無期の上には死刑しかない以上、この判決で仕方ないと思います。

 他方、神田と堀は一審の判決に対して控訴。このうち、神田はすぐに控訴を取り下げ、死刑が確定します。三人の中でもっとも反省の色が薄かったのが神田で、川岸が「胸に刺さった」と語った富美子さんの陳述に対しても「特に言うことはない」とあっさり言ってのけ、交際女性にあてた手紙には、磯谷さんが車酔いを訴えて降ろしてもらおうとすることを書きながら「車酔いなら、背中に汗をかくもんだよ。嘘吐き姉ちゃん。嘘なら俺の方が上手だぜ」、磯谷さんが震えながら許しを乞うところを書きながら「がったがた。マグニチュード10?」など、ピカレスク小説のセリフさながらの言葉を堂々と記述しています。

 池田小事件の宅間守などと同様の完全に開き直った態度で、ある意味「正直」に心の内を語った神田に真っ先に死刑判決が下され、心の内をまったく明かさず、反省した「フリ」を見せていただけの川岸と堀が無期懲役を勝ち取る・・・どっちが正しい、ということもいえませんが、これが裁判というものです。神田は最高裁の判決後に再審請求を出しますが、延命のためなのか、それとも暇つぶしなのか、真意は不明です。

 そして堀には、最高裁で無期懲役判決が下ります。裁判の中で、殺害人数一人を理由に死刑を回避しようとする弁護側に対し、検察側は事件の凶悪さ、殺害の手口の凶悪さについて強調するのですが、最終的に無期の判決を下した裁判長は「殺害方法が凶悪になったのは、被害者が中々死に至らなかったためであり・・・」などと、とんでもない失言をしてしまいます。これでは誰がどう聞いても、「被害者がしぶとかったせいで犯人が凶悪にならざるをえなかった」と言っているようなものです。判決自体は、やはり殺害人数一人ということもありますし、堀は表向き反省の態度を見せていましたから、妥当とまではいえませんが「あり得る」判決であったとは思います。ただ、この裁判長の発言は、公正、公平に事件に携わる者としてはあり得ない、まさしくとんでもない失言です。

 さらに、堀に無期刑の判決を下した裁判長は「堀の前歴を考えれば、更生の可能性がないとはいえない」などと発言していたのですが、なんと最高裁の判決からわずか三週間後、その堀が1998年の強盗殺人及び強盗殺人未遂の疑いで再逮捕されたのです。裁判長は赤っ恥もいいところです。

 私は様々な事件の本を読んでいますが、こういうトンチンカンなエピソードこそ目にしても、裁判の中で司法に携わる人間が有能だった、名言を残したというエピソードはほとんど見たことがありません。人間とは誰しも無能で、間違いを起こすものであり、無能な人間が人を裁くために、裁判というものがある・・・ということではありますが、それは個人の資質の低さを擁護する理由にはなりません。自分が加害者、被害者いずれかの立場で裁判に関わる機会があったときには、無能な裁判官や弁護士に巡り合わないよう祈るばかりです。

 


 総括:事件を起こした三人は、犯罪に関しては素人でした。事前に入念な計画を立て、リスクを回避することのできるプロの集団ならば、事件がここまで凶悪化することはなかったでしょう。厳しい社会情勢の中で大量の貧困者が生み出され、いつ、誰が犯罪者となってもおかしくはありません。闇サイトはいまだ健在で、Twitterなどで共犯を募る例もあり、ネットを介して俄か犯罪集団が結成されるケースは増えています。日本の治安がいつまでも安全と思うのは過信でしかありません。犯人を責めることも大事かもしれませんが、各個人、特に女性が自分の安全を意識することが重要となってくるでしょう。

 
 闇サイト殺人事件 完
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犯罪者名鑑 闇サイト殺人事件 2

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  殺害事件前夜~事務所荒らし 

 磯谷利恵さん殺害事件の前夜、川岸と本堂は、名古屋市内の事務所荒らしを決行します。四人が集合する前、「カノンちゃん」と会ったときには神田と掘の二人でしたが、このにわか犯罪集団を結成した四人は、出会いから逮捕までの間、常に行動を共にしていたわけではありません。四人のうち神田と堀の自宅は名古屋市内にあり、夜はそれぞれ自宅に帰っていました。ある程度バラバラに行動していた時間帯は多かったようです。

 ただ、パシリの本堂くんはホテルに泊まるカネもなかったのか、川岸のバンの中で寝泊まりをしていたようで、どちらの発案かはわかりませんが、磯谷利恵さん殺害事件の前日は、二人で事務所荒らしに入ろうという話になったようです。

 しかし、この事務所荒らしの計画、ドアを破ったまではよかったものの、結局そこまでが限界で、建造物侵入未遂に終わってしまいます。物音にビビったのか、機械警備が発報したのか、川岸が突然逃げ出し、薄情にもパシリの本堂くんを置いて、バンで逃げ去ってしまったのです。川岸も本堂も、犯罪に関してはまるで素人だったことを証明していますが、お金もなく、雨風を凌げる寝床も失って、土地勘のない場所に放り出された本堂クンは限界を悟り、警察に自首する道を選びました。

 哀れなことに、本堂クンはこのとき、所持金が二百円しかありませんでした。このことはスルーされるか、ただの笑い話として済まされているのが殆どのようですが、この社会に生きる我々は、稼働年齢にある男性ひとりの所持金が二百円にまで減ってしまうという現実を、もっと重く受け止めなければいけません。本堂クンは覚せい剤使用の前科があり、そういう如何わしい物にお金を遣ってしまったということも考えられますが、決めつけることはできません。

 川岸健治は、闇サイトに「派遣で働いていたが、給料は安すぎ、仕事はキツくて、働くのがバカバカしい」という書き込みを行っていました。神田司は、犯行直前まで朝日新聞の専売所で働いていました。社会にロクな仕事がなく、必ずしも勤労意欲がないわけではない人が、結果として経済的困窮者となってしまうのが、今の世の中です。

 この犯罪は怨恨や快楽ではなく(強姦未遂もあったが、副次的なもの)、金品を目的として行われたものでした。規制緩和により労働者の非正規化が押し進められ、底辺は殆どの場合一生、底辺として据え置かれてしまう何の希望もない世の中でなければ、もしかしたら、磯谷利恵さんの命は奪われることはなかったのではないか?こういう社会的な背景まで考えなければ、事件の考察をしたとはいえないでしょう。

 事件の凶悪さを批判するだけでは、今後の犯罪の抑止には何も役に立ちません。闇サイト事件を扱ったほとんどのサイトは、犯人を「クズ」と罵るだけで終始しているだけのものが目立ちますが、それでは、罵った本人の自己満足にしかなっていません。犯人の目線に立って事件を考えてみるということが、事件の考察には重要なことです。

 さて、逮捕された本堂クンは、警察にすべてを話し、闇サイトで三人と出会い、犯罪計画を練っていたことも打ち明けたのですが、警察はすぐに動くことはありませんでした。本堂クンも含め、犯行メンバーはそれぞれ偽名を名乗っており、携帯の番号以外に本堂クンが知っていることはなかった(バンのナンバーも知らなかった?)こと、また、この時点で場所が特定されるような犯行計画はなかったこと、などを考えれば、それほど強く警察を責めることはできないでしょう。ただ、犯行を未然に防ぐ大きなチャンスであったことは間違いありません。

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 磯谷利恵さん強盗殺人事件 

 本堂クンが捕まった翌日、それまで通りに集合した四人は、今後の計画について話し合います。といっても、すでに所持金も残り少なかったのでしょう。ここでいよいよ、「夜、一人で歩いている女性を襲い、金品を強奪する」計画を実行に移すことを決定します。飢えた猛獣のような男たちが、ついにその牙を剥きだしにしたのです。
  
 八月二十四日、午後十時ごろ、男たちを乗せたバンは、名古屋市千草区自由が丘の住宅街をうろついていました。一応、まったくの当てずっぽうではなく、「三十歳前後のOL風で、ブランド物などは身に着けていない、質素な女」を狙うと決めていたようです。神田によれば、そういう恰好をした女は、堅実で貯金をため込んでいる可能性が高いのだとか。本当にそうなのか知りませんが、不幸にも男たちの狙い通りの恰好で歩いていたのが、事件の被害者、磯谷利恵さんでした。

 男たちは磯谷さんに狙いを定めると、バンでゆっくり近づき、道を尋ねるふりをして、磯谷さんをバンの後部座席に引きずり込みます。神田が磯谷さんに刃渡り20センチの包丁を突き付け、まず動きを封じた後、堀が手錠をかけ、監禁した状態で、岐阜県内の山中へと向かいます。

 三人は磯谷さんに、キャッシュカードの暗証番号を吐かせようと脅迫します。そして、番号を聞き出すことに成功すると、すぐさま磯谷さんの殺害を決断します。「顔を見られたから」というのがその理由だそうですが、彼らにはマスクを被るなどして顔を隠してから犯行に及ぶ知恵はなかったのでしょうか。奪った後殺すことを最初から決めていたならわかりますが、これが川岸の言う「勢い、流れ」による結果だとしたら、あまりの稚拙さに飽きれるほどです。この世で本当に怖いのは、極力リスクを避けようとする犯罪のプロではなく、専門的なノウハウを持たない素人の集団ということが言えるかもしれません。

 磯谷さんを殺すことを決意すると、ただ殺すのでは勿体ないとばかりに、川岸が磯谷さんを強姦しようとします。神田に、「川岸の頭は性欲いっぱいの猿みたいだな」などと茶化されながらも、川岸は磯谷さんを襲おうとしましたが、夏の暑いさなかに何日も車内泊が続き、文字通り獣のような体臭がしていたという川岸に犯されそうになった磯谷さんの恐怖は、想像することもできません。ただ、結局この強姦は、磯谷さんに「彼氏がいるからやめて」と頑強に抵抗されたおかげで未遂に終わりました。女といえども、死ぬ気で暴れる人間を取り押さえるというのは、案外に難しいことらしいです。そのうちに、「体内に証拠が残るからやめろ」などと堀にもなだめられ、川岸は強姦を諦めました。不幸中の幸いといったところでしょうか。

 しかし、これで磯谷さんが殺されることは決まってしまいました。三人は磯谷さんの頭にビニール袋を被せ、粘着テープで身体をぐるぐる巻きにします。そのうえで、ハンマーで磯谷さんの頭部を殴打しました。誤解を恐れずにいえば、こうとなっては、あとはできるだけ楽に死ぬことを望むしかありません。しかし、磯谷さんは中々死なず、打擲はなんと、50回以上にも及びました。

 どれほど殴っても、「殺すのはやめて」と命乞いを繰り返す磯谷さんに、鬼畜のような男たちも恐怖を覚えたことでしょう。最後には、ビニール紐で磯谷さんの首を絞め、絞殺しました。せめてこちらが先だったらということが無念でなりませんが、素人集団に狙われた不幸でしょうか。

 こうして磯谷さんを殺害した三人は、喜び勇んで、コンビニのATMに向かいます。ATMにカメラ機能が設置されていることも知らなかったようですが、磯谷さんの貯金だけでも引き出せていたら、数か月くらいは生活できていたかもしれません。しかし、なんということか、磯谷さんから吐き出させたキャッシュカードの番号では、お金を引き出すことはできなかったのです。

 磯谷さんが三人に教えた番号は、2960(ニクムワ)――語呂合わせが得意だったという磯谷さんが、男たちに報いた最後の一矢でした。磯谷利恵さんのお母さん、富美子さんは、正直に番号を吐いたところで殺害されることがわかっていた磯谷さんが、むざむざお金まで奪われるよりは、と考えたのだろう・・・と語っていますが、狭い車内に監禁され、刃物まで突きつけられた状況で、敢えて嘘の番号を教えるというのは、すさまじい胆力としか言いようがありません。人間が極限状況に追い詰められると、男より女のほうが強いというのは、本当かもしれません。

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 逮捕

 男たちが人を殺してまで奪ったのは、結局、磯谷さんの財布に入っていた、わずか6万円あまりの現金のみでした。とても割に合っているとはいえません。士気が下がった状態で、穴を掘る気力もなかったのでしょう。磯谷さんの遺体は発見当時、下半身にわずかな土が被さっているのみだったといいます。

 犯行後、三人は、名古屋に戻って、同じ手口の犯罪をもう一度行うことを誓い合います。パチンコで負けた人が、五万吸い込まれるも十万吸い込まれるのも一緒とますますのめり込んでいくように、一人殺すも二人殺すも同じことだと考えたのでしょう。

 その晩は解散となりましたが、この後川岸が心変わりし、警察に自首をします。二人殺せば、死刑は確実――死の恐怖に怯えた男は、言いだしっぺでありながら、自身の告白によって、事件に幕を閉じました。川岸の供述によって、自宅の住所を押さえられた神田、堀が相次いで逮捕。こうして、第二の悲劇は起こることなく、悪魔のような三人は、獄中に繋がれる身となったのです。

犯罪者名鑑 闇サイト殺人事件 1

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 出会い 写真:川岸健治


――――なにか裏の仕事ないか。

 すべての発端となったのは、ホームページ「闇の職業安定所」に書き込まれた、犯人の一人、川岸健治の書き込みでした。これに対し、住まいの近かった三人の男が反応します。はじめに川岸、堀、本堂が愛知県内のファミリーレストランで顔を合わせ、その後、鳴海のツタヤの駐車場にて、はじめて四人が集合しました。

 言いだしっぺの川岸健治は、犯行当時40歳。結婚して4人の子供がおり、元々は警備員やトラック運転手の仕事をしていましたが、借金苦で生活が立ち行かなくなり、離婚。犯行当時はミニバンでの車上生活を送っていました。

 判決で死刑を受けた神田司は、犯行当時36歳。幼いころに両親が離婚、父親に引き取られるのですが、家は貧しく、父親は慢性的な頭痛を抱えていた神田を病院にも連れて行かず、放って置いていました。そんな経緯からか、少年時代から非行を繰り返すようになり、一時は暴力団にも所属。薬物で逮捕されたこともありました。様々な職を転々とし、犯行当時は朝日新聞の拡張員として働いていましたが、給料は安く借金苦に陥り、闇の職業安定所を利用するようになっていました。

 堀慶末は犯行当時32歳。高校中退後、外壁工事などの仕事をしていましたが、犯行当時は無職。直前まで女のヒモ暮らしをしていましたが、その女性や、その他知人らに計400万あまりの借金を抱えている状態でした。当初はもっとも地味な扱いでしたが、実はこの男が一番とんでもない男で、無期懲役確定後の2012年に、1998年に起きた強盗殺人の容疑で再逮捕されています。殺害された男性が経営していたパチンコ店の常連客が堀で、当時の掘の住所は現場のすぐ近くにあったということです。

 そして、知らない人も多いと思うのですが、この事件には「第4の男」が存在していました。本堂裕一郎、犯行当時29歳。ただ彼は、最初の出会いの直後に行われた事務所荒らしの時点でグループを抜けて自首しており、磯谷利恵さん強盗殺人には加わりませんでした。覚せい剤使用の罪で執行猶予中の身であり、神田によれば「足りないヤツ」だったそうで、根っからのパシリ体質らしく、他の三人からは始終バカにされていたようで、そのことがグループからいち早くぬけた原因の一つだったのかもしれません。

 かくして、お互いに顔も名前も知らない四人が、ネットを通じて俄か犯罪集団を結成したわけですが、言いだしっぺの川岸健治には、当初なんのアイデアもなく、四人はまず、どんな犯罪をして金を得るかということから話し合います。この「ノープラン」というのが、結局事件があそこまで大きくなった要因でした。

 後に川岸健治は、テレビ局の取材に対して「あの事件は勢いと流れ。たとえば、甲子園初出場のチームが一回戦に勝って、一気に決勝までいっちゃった。そんな感じ」などと語ったのですが、これは事件の本質をよく表しているといえます。この後の四人の動きを見ると、まったく計画性というものに欠け、まさにお互いが虚勢を張り合い、引くに引けなくなった結果の「流れ、勢い」としか思えないところがあります。堀慶末には強盗殺人の前科の疑いがありますが、そもそも彼らが犯罪のプロであったとはとても思えません。四人はそれぞれ金銭的に追い詰められており、入念な計画を練る余裕がなかったともいえますが、それにしても大の男が四人も集まってこの程度の知恵しかなかったのかと思えるほど、これから紹介する事件の内容は稚拙なものでした。

 この事件、強盗でいくら奪うとか、詐欺でいくら奪うとか、誰かが初めから明確なゴールを決めていれば、最終的に人の命が奪われることはなかったと、私は思います。まさに川岸の言う甲子園の初出場チームと同じように、「自分たちに、どれだけのことができるかわからない」素人同然の集団が、ろくに計画も立てずに勢いで犯行に臨んでしまった結果、人の命まで奪われる惨劇へと発展してしまった、そのような事件だったと思います。

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 序章・カノンちゃん  写真:神田司

 
 最初の犯行?は、四人が集合する前、神田と堀がまず二人で落ち合い、川岸と本堂を待っているときに行われました。出会い系サイトを利用して人妻を呼び出し、性行為に及んだのちに写真を撮り、「旦那に見せるぞ!」などと脅してお金を取ろうというものです。

 その犯行?は、未遂に終わりました。神田によると、待ち合わせ場所に現れた、HNカノンなる女性はとんでもない「チビデブ・ブサイク」だったということです。お金を脅し取る目的でも抱けない「チビデブ・ブサイク」とはいったいどれほどの容姿だったのか、逆に気になるところです。

「カノンと合流後、堀がレイプして写真を撮り、旦那に見せるぞと脅す段取りを計画した。これも金になるぞっと。携帯電話で待ち合わせ場所に誘導、その女性カノンが来た時、なんと!チビデブ・ブサイクだった。自転車で来やがって、汗臭くて、こりゃダメだ。彼女がコンビニに買い物に入った隙に、すかさずにトンズラ。大ハズレだ。」

 神田が交際女性にあてた手記からの抜粋ですが、もしもこの人妻が、神田らの好みというほどでなくとも、せめて抱けるくらいの容姿であり、彼女からお金を巻き上げられていたら、のちの悲惨な事件は起こらなかったのか?それは、誰にもわかりません・・・・。

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 彷徨う男たち 写真:堀慶末

 
 さて、四人が無事に集まったはいいものの、先ほども書いたように、彼らはてんでノープランでした。まず、川岸が一年前、派遣会社に勤めていた際、寮の自室に送られてきた(前の入居者のものか?)という他人名義のクレジットカードで買い物をしようという話になりました。まず、パシリの本堂を使って、試しにコンビニで食料品を買わせたところ、「生きてる」ことが判明。それで18金のネックレスでも買って換金しようと、ミニバンの車内は大いに盛り上がりましたが、どうも限度額はさっきの買い物でいっぱいになってしまっていたようで、18金のネックレスは購入できなかったようです。

 次に、当面のアジトを確保しようと、彼らの共通の知人が紹介した空き部屋に向かいますが、その住所には建物はなく、情報は嘘だったと判明。ガセネタを流した知人を追い込み、「今はカネは払えないが、あとで払うから許して」という言葉を引き出しますが、問題なのは今、現在であり、後でカネを払ういう約束を取り付けただけでは、何の前進にもなりません。

 続いて一行は、堀の提案に従い、堀の行きつけであるダーツカフェを襲撃に向かいますが、立地条件や店内の状況から、堀の目算と違って犯行は難しいだろうという意見が出て、「やる、やらない」といった押し問答の末、結局「やらない」という結論に達します。

 途方にくれた車内では、パシリの本堂くんが、「二日間も動いているのに金が手に入ってない。住むところがない」とブツクサ文句を言い始め、三人は苛立っていきます。我慢できなくなった神田が、

『じゃ、今すぐにここら辺歩いてる人襲う?すぐに金が欲しいんだろ!付き合ってやるから誰彼構わず"強盗"しようよ!』

 と提案すると、本堂クンは途端に弱気になり「いやーできません」とペコリと頭を下げます。

 何か、粋がっているだけで大きなことは何もできない中学生のヤンキー集団を見ているようで、少し微笑ましい気もしますが、彼らは立派な大人です。いざとなったらパパとママのおうちに帰ればいい中学生と違い、寄る辺もなく、後がありません。黙っていても人間腹が減り、金はなくなっていきます。「やる、やらない」で迷っていられるのは、いくらかは余裕があるときだけです。

 神田は後に、このとき何気なく出た自分の一言が、「いざとなったら、誰彼かまわず襲う」というビジョンを、四人の共通認識にしたのではないか、という推論を語っています。まさにこのときから、四人は磯谷利恵さん殺害へと向かっていったのです。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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